数学II・数学B の第 2 問 〔 2 〕
「定積分を用いてソメイヨシノ(桜の種類)の開花日時を予想する」
この問題を概説すると、気温を時間の関数とみてこの関数を一次関数や二次関数を用いて近似し、これらを積分した値をもとにしてソメイヨシノの開花日時を予想するということになる。文章量は多いが、積分の計算に関しては、ごく基本的なもので。大学入試センターの問題作成方針にも書かれているとおり、日常生活の話題に対して、既知の知識(ここでは積分法)等を活用しながら導くという、数学の良さを実感できるものであった。
古くから和歌や日記に、花見を含むサクラの開花や満開などの記述は残っており、様々な時代においても人々が関心をもっていたことを知ることができる。また、気象庁では、生物季節観測(植物の状態が季節によって変化する現象について行う観測。令和2年までは動物も観測していたが現在は行われていない)を行っており、観測結果から季節の遅れ進みや、気候の違い、変化など総合的な気象状況の推移を記録している。
桜の開花予想は植物季節学の応用分野の一つであると言われており、気象庁では、1953 年(昭和 28 年)以降の桜の開花日の観測データが公開されている。ちなみに、桜の開花日は、あらかじめ標本木として選ばれている特定のソメイヨシノ(北海道の一部ではエゾヤマザクラ、南西諸島ではヒカンザクラを代替種目とする)の花が 5~6 輪以上開いた最初の日を指す。なお、胴咲き(枝ではなく幹や根から咲く)による開花は、通常の開花とは異なるプロセスによると考えらえることから、5~6 輪に含めない。
次に、桜の開花予想の歴史を見てみる。
「さくら百科」(丸善, 2010)によると、中央気象台(現在の気象庁)産業気象課では 1950 年代ごろから、毎年一定の期日に花芽を採取し、その長さ、幅、10 個の重量を測定し、過去の資料と比較してその年の開花日を推定していた。1996 年(平成8 年)からは花芽の成長段階(休眠、覚醒、成長)に応じた気温の影響の植物生理学的考察をもとに、統一された方法で各気象官署の新しい予想式を気象庁本庁で一括して作り発表することになった。この新しい予想式は、大阪府立大学農学部の青野 靖之、小元 敬男による「速度論的手法によるソメイヨシノの開花日の推定」(農業気象, 45 巻, 1 号, p. 25-31, 1989 年)、「チルユニットを用いた温度変換日数によるソメイヨシノの開花日の推定」(農業気象, 45 巻, 4 号, p. 243-249, 1990 年)等を応用し作成された。その後 IT の爆発的発展を背景に、2004 年(平成 16 年)から民間のウェザーニューズ、2007 年(平成 19 年)から日本気象協会が、基本的には気象庁の方法とは変わらないが、それぞれ独自の工夫を凝らした開花予想を発表し始めた。これにより気象庁は、「最近では、全国を対象とした気象庁と同等の情報提供が民間気象事業者から行われているため、2010 年(平成 22 年)春以降の桜の開花予想の発表は行わない」と発表した。
ではいよいよ、共通テストに沿って、積算温度による開花日の推定を行ってみよう。
この推定は、ある起算日から開花日までの基準値以上の温度の積算値が一定であると仮定し、各年の積算温度がこの平均値に達する日を推定開花日とする方法である。共通テストでは、この基準値以上の温度という制約を外したモデルを考えている。図 は 1953 年から 2023 年までの東京の桜の開花日までの積算温度(青色)である。グラフから分かるように、積算値がおよそ 400℃ (赤色)で桜が開花していることが分かる。ここで、 世界気象機関(WMO)の技術規則により、30 年間の観測値を用いて平年値を作成し、30 年移動平均(緑色)も描画してみた。これより、400℃ より僅かに高い温度で開花していることが分かる。しかし、10 年移動平均(橙色)を見てみると、ここ 2000 年からは減少傾向にあり、2017 年からは 400℃ を下回っていることが分かる。
さて、2023 年の東京の開花はどうであったか。3/13 に一部咲いていたものの、午前に 2 輪、午後に 4 輪と開花の条件にはならず、翌日に持ち越しになった。3/14 には 11 輪が咲き、はれて開花となった。これは 2021 年と同じ最短記録であった(2020 年も 3/14 であったが、この年は閏年であったため、2/1 からの日数という意味では一日多くなる)。
また、積算温度を見てみると、3/13 は 371.2℃、3/14 は 381.2℃、3/15 は 393.5℃、3/16 は 408℃ となっていた。400℃ を初めて越えるのが 3/16 だと予想されていたため、開花予想日は 3/16 となっていたが、2013~2022 までの過去 10 年の積算温度の平均を見ると 379.92℃ であったため、これを採用した場合 3/14 が開花予想日となっていた。
ここで桜の開花についてもう少し詳しく見てみることにする。「新しいサクラの開花予想」解説資料第24号(気象庁,1996)によると、サクラは、前年の夏に翌春咲く花の元となる花芽を形成する。花芽はそれ以上成長することなく休眠に入り、秋から冬にかけての低温(一説には 5℃ 前後)にある一定期間さらされると休眠から覚める(これを「休眠打破」という)。その後、花芽は春先の気温の上昇とともに生長するが、この生長量は気温が高ければ大きく、春先の気温が高い年には早く開花する。つまり、暖冬により休眠打破が遅れ、開花が遅くなることもあるが、近年の気温上昇により、桜の開花が早くなっているということが分かる。例えば、1980 年代後半から東日本は暖冬の傾向があり、休眠打破の遅れにより開花が遅くなった影響で、2/1 から開花までの日数が長い分、積算温度が高くなったのではないかと考えられる。また、2023 年の 3 月は、記録的な暖かさの影響もあり、開花が早くなったのではないかと考えられる。このように、桜の開花と温暖化は密接な関係がある。色々な解析をすることで、今日本で何が起こっているのかを知ることができる良い題材である。