実技競技❶ アッピン地質ワールド(地学分野)
本実技競技では、「アッピン地質ワールド」といわれる仮想の海岸の地質調査を行うことが目的。
どんな岩石や地層がどのように分布しているかを示した図を地質図といい、これを作るためには岩石の種類や性質、地層の走向・傾斜、厚さ、断層、褶曲、地層の新旧関係などを色々な地点で調べなければならない。これが地質調査である。
実際に野外で地質調査を行うためには、事前調査によって把握した情報を元に調査ルートを決定し、露頭を探すことから始まる。 多くの露頭を調べ、地層や岩石の繋がりを調べ、ルートマップを作成し、その分布を理解し、地質構造を明らかにしていく。
こうして、最初は点にすぎなかった露頭の情報も調査が進めば線状につながっていき、情報は点から線(ルートマップ)へ、そして線から面( 地質図)へと広がっていく。
地質図は2次元の平面図であるが、いわば3 次元の空間情報や時間情報も表している。本課題は地質調査としての特色ある課題が取り上げられており、大きく3つに分かれている。
【課題1】 では地質構造を明らかに、【課題2】では地質構造の模型作成、【課題3】では岩石標本の製作となっている。
課題1 「海岸に露出している地層の走向・傾斜を測定し、地質構造を明らかにせよ」
この課題は、実際にクリノメーターを用いて地層の走向・傾斜を測定し、ルートマップを作成し、断面線による地質断面図を作るというもの。クリノメーターと言えば、ハンマー、ルーペと共に地質調査の三種の神器といわれる重要な測定機器である。
ちなみに大学入試センターが行った平成30年( 2018年)度試行調査の地学の問題で、走向・傾斜についてクリノメーターを用いて適切に読み取ることができるかという問題が出題されたことは記憶に新しい。
問1は、クリノメーターの方位磁針の東・西の表示が逆になっている理由を問う問題。 他にも、読み取りの便宜上、方位角度が360°表示でなく90°表示になっているのも特徴である。 問2では、地層の上下構造の判定として、堆積構造に関する問題が出題された。 これらの判定では、特徴的な堆積構造として、級化成層(級化層理、級化構造、graded bedding)、斜交層理( 斜交葉理、クロスラミナ、cross-bedding)、漣痕( 砂紋、リップルマーク、ripple mark)、流痕(current mark)、荷重痕(load cast)、生痕(trace fossil) などがある。中でも級化成層は砕屑物が下位から上位に向かって細粒化する構造のことをいい、流水中において堆積する粒径の垂直的な変化のことを、級化(grading)と呼ぶ。
問3は、実際にクリノメーターを用いて地層を測定し、そこから褶曲を調べ、地質断面図を作成する問題。
地層の真の傾斜は、走向に垂直な垂直断面でのみ現れるため、それ以外の断面では真の傾斜角よりも小さく見えてしまう。
そのため、見かけの傾斜角は、真の傾斜角と、傾斜面の走向と断面線のなす角度をもとに求めることになる。
しかし今回の断面線は、走向に対してピッタリと垂直でないものもあるが、大きく外れていないので、露頭をつなぎ合わせても地層の立体構造は把握できる。
課題2 「トンネルを AR『Augmented Reality (拡張現実) 』で調査し、地質構造の模型をつくれ」
この課題( 問4 )は、トンネル内部(天井)を観察し、それに基づいて地質構造の模型を作成するというもの。 ARを用いて、トンネルの内部構造を写真および動画により観察し、いかに情報を得ることができるかがポイントとなる。
一見天井部を見ると、褶曲構造(背斜)に思えるが、左右の壁も合わせて観察することにより、単斜構造であることが分かる。
これを見抜くことができれば、単斜構造を作成し、その後にトンネル部分を掘り出せば模型は作成できる。
課題3 「地質ワールドで採取できる岩石の標本を製作せよ」
この課題(問6 )は、実際に海岸に落ちている礫を用いて岩石標本を作成するというもの。普段見かける岩石標本では、同じ大きさ、同じ形に形成されているため、実際の礫から目的の岩石を識別することができるかということがポイントとなる。
岩石は、その成因により 1862 年にBernhard von Cotta によって、火成岩(マグマが冷え固まった岩石)、堆積岩(礫・砂・泥などの堆積物が長い年月を掛けて固結した岩石)、変成岩( 既存の岩石が変成作用を受けて変化した岩石)の 3 つに大別した類型が元になっている。
今回は、火成岩2 種類、堆積岩4 種類の合計6 種類が問題として出題された。
火成岩には火山岩(マグマが地表や地下の浅い所で急速に冷えたもの)と深成岩(マグマが地下の深いところでゆっくりと冷えたもの)とがあり、SiO 2の含有量によって超塩基性岩(超苦鉄質岩)、塩基性岩(苦鉄質岩)、中性岩( 中間質岩)、酸性岩(珪長質岩)と分類される。
閃緑岩は深成岩であるため等粒状組織を持っている中性岩であり、白い地に黒ごまをまぶしたような岩石である。主に石碑や墓石などに使用される。
安山岩は火山岩であるため斑状組織を持っている中性岩であり、有色鉱物を多く含んでおり、石は灰色、褐色、赤茶色である。また大きな斑晶のあいだを小さな結晶がうめている。主に石垣や石壁、砂利などに使用される。
堆積岩には砕屑岩(浸食や風化によって岩石から生じた砕屑物によって堆積してできたもの)、火山砕屑岩(火山から噴出された火山砕屑物が堆積してできたもの)、生物岩(生物の遺骸が堆積してできたもの)、化学的沈殿岩(水中に溶解している物質が、化学的変化によって析出し沈澱してできたもの)、蒸発岩(水中に溶けていた成分が、水の蒸発によって析出し固まったもの)などの分類がある。
さらに、砕屑岩は砕屑物の粒径によって礫岩(平均粒度が2 mm以上)、砂岩(平均粒度が1 / 16 mm以上 2 mm以下)、泥岩( 平均粒度が1 / 16 mm以下)に区分される。
砂岩は形も色も模様も手触りも様々で、細かな石英の砂粒でできたものが多い。主に土木・建築材や砥石などに使用される。
泥岩は小麦粉くらいの大きさの粒なので肉眼で確かめることは難しく、色も褐色、黒色、赤色などである。主に瓦や硯などに使用される。さらに、生物岩はもとの生物がどのような成分の殻や外骨格などを持っていたかで再分類できる。
石灰岩は石灰質遺骸(CaCO 3 )によってできており、表面が白い粉をまぶしたような灰色で、丸みがある。主に大理石として石材に利用されたり、セメント、カーバイト、肥料などの原料や製鉄などに使用される。
チャートは珪質遺骸(SiO 2 )によってできており、割れたところは鋭い角を持ち、釘などでこすってもほとんど傷が付かないほど非常に硬く、赤色、黒色、灰色、小豆色、緑色、白色など様々な色がある。主に庭石や玉砂利、珪石レンガや耐火レンガ、火打石などに使用される。(足利大学 講師 中川幸一)
実技競技❷ 手のひらの金属鉱山
会場のある茨城県は、古くから多くの金属鉱山があることで知られているが、それに因んだ金属とその化合物に関する化学実験問題である。制限時間は100分、4人で行う競技である。問題用紙には化学の実験だけあって、安全に実験を行うための必要事項、白衣,保護めがね、実験用手袋の着用が明記してある。また実験中のゴミの分別や廃棄も指示されている。またSDGsを意識して、試薬の使用量が少なくなるスモールスケールでの実験を徹底させるため、操作手順、点眼ビンやセルプレートの使い方、綿棒を使ったにおいの確認方法など、写真を使ってかなり細かく説明されている。
また実験に使用した試薬類が万が一にも口に入ることのないように場内での飲水は禁止。喉の渇いた生徒は監督者の指示のもと、場外で飲むようにとの指示が黄色のマーカーで強調され記載されていた。この指示は,脱水症予防のため、教室に飲み物を持ち込み授業を受ける生徒も多い現状を知る先生方の配慮であろう。
実験は、14本の点眼ビンに入っている水溶液に含まれている化合物と6種類の金属板の同定である。
陽イオン8種類+未知の陽イオン2種類と、9種類の陰イオンの組み合わせの表が与えられていて、この表を元に14本の点眼ビンに含まれている陽イオンと陰イオンの種類を決める。また、6種類の金属板は上述の陽イオンを還元して得られる金属である。
陽イオンの種類は液の色を観て予想できるものもあるが、万能pH 試験紙によるpH測定、セルプレート上での2 液の混合とその変化( 沈殿の色,気泡発生,発生気体の臭い)などから決定していく。また、金属板も特徴のある色、持ち上げた時の重さ(密度)の違いから予想できるものもある。
陽イオンと陰イオンを特定し点眼ビンに入っている水溶液を特定した後、金属板と水溶液の反応で金属の種類が特定できる。
実験自体は平易であり、その方法についても写真入りの手引き書があり安全に実施でき、実験後の試薬の処理なども丁寧に記載されていて十分な配慮が感じられた。
ところでこの問題を見たとき私は、何の違和感もなく妙にすんなり全容を受け入れることができた。そして気付いた。「どこかで見た記憶があるな…、そう、国際化学オリンピックの問題に似ている」と。
自宅に戻り調べると、私も高校生を引率していた第40 回国際化学オリンピック(ハンガリー・ブタペスト大会)の実験問題3の類題であった(https://icho.csj.jp/index 40 .html)。
しかも私自身、2008年から第42 回の東京大会に向けてのプレイベントとして、高校生や教員の啓発のための実験教室を「化学実験カー」と銘打って全国展開していたが、その際、リメイクして使っていたのがこの問題であった。(東洋大学元教授 日本化学会フェロー 柄山正樹)