――起業家育成教育で、近畿大学とiUが連携
近畿大学経営戦略本部 世耕石弘 本部長×iU情報経営イノベーション学部 阿部川 久広 学部長
日本では今、あらゆる分野、セクターでイノベーション創出が求められていて、その推進役となる起業家やアントレプレナーシップに満ちた人材の育成に力を入れる大学が増えています。そんな中、近畿大学とiUが、起業家育成教育で連携に向けて動き出しました。創立100周年に向けて、大学発ベンチャーを100社以上輩出するとする近畿大学。「イノベーターを育てる大学」「全員起業を目指す大学」をキャッチフレーズに、創設4年ながら学生起業数48社と早くも成果を出し始めているiU。その情報経営イノベーション学部の阿部川久広学部長と、近畿大学の世耕石弘経営戦略本部長に、今なぜ起業家育成教育なのかから、提携に至る背景およびその進捗状況や展望について語りあっていただきました。ちなみにiUは経済産業省の2023年の大学発ベンチャー実態調査で、起業率、起業増加率ともに一位(起業増加率は2年連続1位)【下図】。近畿大学は2022年にKINCUBA Basecamp、情報学部を開設、「2025年の創立100周年までに近畿大学発ベンチャーを100社に」の目標をすでにクリアしています。
今なぜ、大学は起業家育成教育に力を入れるのか
両大学の原点
世耕:長年かかわってきた大学広報の観点から見ると、受験生の保護者の多くが最も関心を寄せるのは就職実績、それもかつての《就職率》に代わって、人気400社などと呼ばれる大企業や有名企業への就職者数などのランキングです。
次が公務員試験の合格者数、率、そして医学部なら国家試験合格率。そして近年は、就職事情や働き方、また社会・経済情勢の変化から起業家育成に注目が集まっています。学生数も多いが、上場企業から中小企業に至るまで社長の数が今5000人以上で、関西の大学では圧倒的にトップの近大にとってはブランディングのしやすい分野ということで、《大学発ベンチャーを100社、さらに150社に》というわかりやすい目標を掲げ取り組んでいます。そのためのシンボリックな施設KINCUBA Basecampも作った。仲間からの刺激による影響が大きい大学では、環境を用意するだけで、カリキュラムに関係なく起業家が勝手に育つというシナリオです。「近大に行ったら起業できる」と考える野心的な高校生が入学し、それが全学3万4千人の1%でも300人以上が動くことになります。
阿部川:KINCUBA Basecampには本当にやられたなって感じでした。iUの教育のミッションは、「変化を楽しみ、自ら学び、革新を創造する」(Change,Learn ,Innovate.)。「全員起業」「失敗大学」などという言い方もしますが、原点は「イノベーターを育てる大学」。イノベーターとは自ら学んでしかもなおかつ革新を創造する者、世界中からイノベーションの種を見つけてきて、それを育てることと自分のやりたいことをマッチさせる、社会課題の解決と自分のやりたいことの両方とも叶える人といってもいかもしれません。だから世界のどこへ行っても生きていける。それに一番近くてわかりやすいのが起業家で、そんな人材を育てる大学を作ろうと始めたのが本学です。
世耕:iUさんの《起業率ランキング1位》というアピールを見た瞬間、上手な打ち出しに感心すると同時に、ベンチマークにしていきたいと思いました。18歳人口が減少する中で、大学には、わかりやすい取組が、またそれを簡潔なフレーズで発信することが求められると考えるからです。
起業も就職も
阿部川:ありがとうございます。ただ、一期生のうち8割は就職、それも保護者の納得する企業に就職しています。10%が進学で、起業は10%です。ですから学生には、「起業を勉強すると起業もできるし、就職もできる。なぜなら経営マインドが育ち、自ら仕事を創り出しマネージメントすることができるから」と言っています。時期も「明日からでも、卒業してからでも、就職して3年後からでもいい」「5年10年経ってから、ふと思い返してでも良い」と。最近は、会社に入ること、社会に出ることに否定的で、大学が一番いいと考えている学生も少なくないですが、「それなら自分で居場所を作り出したら」と言ってもまだしり込みする学生もいます。ですから「学生時代には失敗してもいいから」とも繰り返し言っています。
意外な共通点
――それぞれの立地に根差したベンチャーを
世耕:大阪は商人の街で、政治に近い東京とは違って自由な発想ができるという土壌がある。また本拠地の東大阪キャンパスのある東大阪市は、中小の工場が非常に多いものづくりの街。現在は起業というと、東京の大学のスタイルが目立ちますが、東大阪のフィールドで育った学生が起業家になれば、それとは異なる形のイノベーションが起こせるのではないかとも考えています。そんな思いから、2023年に「実社会起業イノベーション学位プログラム(修士課程)」※1を開設しました。
阿部川:起業には、プレゼンが上手で、縦板に水のごとく英語で喋るといったおしゃれなイメージがありますね。でも今おっしゃるように、起業にもたくさんの形がある。本部キャンパスのある墨田区も、都内では大田区と並ぶ匠の町。古くからの中小企業が多く、鉄の加工以外にも、皮製品、シャンプー、石鹸、それから薬、繊維と製品は実にバラエティに富んでいます。ただ、今は事業継承も大問題ですから、学生たちも、iUの大きな教育の柱である「ビジネスとITとグローバル」の全てを掛け合わせて、伝統的手法を少し効率化し、世界に対して市場をアピールするなど、サポート活動にも力をいれています。板金や旋盤などは日本の技術力の高さを示すもので、逆説的ですが、ローカルなものほど世界に通用する可能性が高いと思っています。こういうことも起業家の視点を養えば見えてきますね。
世耕:起業は地元に残ってもできるということもあり、地元志向のニーズには親和性があるのもいいですね。
連携構想について多いに語る
大学界のベンチャーと組みたい。両者のリソースを組み合わせれば可能性は無限大に
阿部川:起業支援に関してiUの持っている資産は、連携企業や客員教員が多い※2という点。これをKINCUBAの活動などと融合できれば、起業の新しい分野、あるいはやり方なりが見えてくるのではないでしょうか。
世耕:iUさんはまさに大学界のベンチャーですから、私たちの人的ネットワークが少ない東京センターも含め、勉強させてもらうつもりでご一緒させてほしいですね。
阿部川:ありがとうございます。本学では来年4月から、カリキュラムの中核でもある開学以来の「実社会でのロジェクトから学ぶ」というカリキュラムにこれまで以上に力を入れていきます。各企業や団体と具体的にプロジェクトを進められる教員が集結してきていますから、学生とともに様々な企業と社会実装を目指します。うまくいきそうなものならプロジェクトごと売ることもできるでしょう。実はiUには「儲ける大学」というキャッチフレーズもあり、企業とのプロジェクトを通じて大学も教員もしっかりと儲ける。そしてその儲けを次の研究や実装の原資に充てたい。学生には、「この大学では座って待っていても何も起こらない」と言っています。自分から教員の主宰するプロジェクトに入るのもよし、もしこんなプロジェクトをやりたいというのなら教員がそのプロジェクトを持ってくるとまで言っています。1000人を超える客員教員の中には、必ず専門家やサポートできる人がいる。それに加えて近大さんの力を借りられれば選択肢はもっと広がると思います。
世耕:近大は関西で一番学生数が多く、資金も一番あるとされていて、他大学に比べると取引企業は多く、しかもみなさん学生の起業家には好意的、協力的です。また理工学部、農学部、薬学部、医学部などには起業のリソースもたくさんあります。
目玉はeスポーツ!
阿部川:ご一緒できそうなことが無限大ではないかと思えるほどあり今からワクワクします。中でもeスポーツ。iUでは来年から、eスポーツを中心に学んで卒業できるコースを始めますから、そこで先を行かれている近大さんと一緒に何かできればいいなと思いますが。
世耕:2022年に、「esports Arena」(イースポーツアリーナ)【下写真】を情報学部棟に設置し、eスポーツサークルもすごい人数で盛り上がっています。ただeスポーツで起業という発想はまだまだ少数。ゲームが好きでたまらない学生のうちの何人かが、就職を考える際にでも起業を考えてくれれば面白いと思いますが。
阿部川:そうですね。eスポーツは野球やサッカー同様、周りにビジネスチャンスがたくさんある。プレーヤーのマネージメントからトレーニング場所やリーグの物品販売まで。うちの学生たちは、ゲームにも一所懸命ですが、ゲームをビジネスにしたいというマインドが強い。学生がiU eスポーツ株式会社を今春作りましたし、来年度から始める「eスポーツの概論」も、内容はビジネスよりです。こちらからビジネスのアイデアをいろいろぶつけさせてもらえば、今まで全くなかったビジネスやeスポーツの会社ができそうですね。
一般教育科目のオンデマンド化を一緒に増やしたい
世耕:他に本学のリソースとしては、コロナ禍に構築した「KICS(KIndai Creative Studio)オンデマンド授業」があります。一般教育科目を集めたもので、今は対面授業との併用ですが、学生の人気は高い。
阿部川:うちは客員の方々による30分動画などをオンデマンドで提供していますが、今後はさらに増やしていきたい。われわれとしてはさらに、学生の自主的な取組なども単位化もしたい。例えば年に1回の大イベント、「ちょもろー」※3の企画スタッフをこなしたとか、その他のイベントの企画などに1単位、さらには、将来的には起業したら単位を与えるなどを考えています。
高校生、保護者へのメッセージ
阿部川:自分で考えて自分で道を切り拓いていく人生が、やはり一番楽しいと思いますから、そのように考えている若者に、様々な機会を与えたい。ここ5年はそのために必要なものを用意してきましたが、今後はそれを近大さんと連携してさらに増やしていきたいと思っています。
世耕:大学のPRとしては、「起業するなら近大へ」というわかりやすいメッセージを出していきたい。かつiUさんとは東と西で分かれていてバッティングすることはありませんから、連携を深め、伝統的な大規模総合大学がベンチャーであるiUさんと組むことで、自分たちもベンチャーマインドを大切にしていることをアピールできたらと思います。
お二人:西の近大、東のiUと呼ばれるように頑張りましょう。
1.スタートアップ・アントレプレナー研究シーズと社会ニーズや課題をマッチングさせ起業できる人材
2.イントレプレナー(企業内起業家)企業における社内ベンチャーやプロジェクトリーダーとして新事業・新商品開発の活性化や改革に貢献できる人材
3.アトツギベンチャー起業家事業承継のノウハウを備えた人材
4.ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)NPO・NGO立ち上げ、グローバルな社会的課題の解決に挑戦できる人材
5.ポリシー・アントレプレナー(政策起業家)革新的な公共政策を立案できる人材。
※2 iUには客員教員が1,100名以上、また研究機構のBlab(大学・研究所、企業、行政、地域、個人を巻き込んだオープンな参加型研究プラットフォ―ム)には1,200名の研究員がいる。
※3『ちょっと先のおもしろい未来 –CHANGETOMORROW-』の略。サテライトオフィスがあり「デジタル×コンテンツ」の集積地を目指す港区竹芝で2021年からスタートした。ポップカルチャーとテクノロジーの未来が体験できるイベントで、本年は35,000名以上が来場した。
両大学の起業家を紹介します
私たち起業しました!
「自分の居場所は自分で作る」
小松田(こまつだ) 乃維(のい)さん:iU情報経営イノベーション学部4年
株式会社 Raccot 代表取締役 (2024年2月設立―大学3年次) 資本金500万円 従業員 4名(うち業務委託2名)
事業内容:全国の学生に向けたオンライン・ハイフレックス型インターンシップのマッチングプラットフォーム「ReMova」(リモバ)の運営
小学校3年生の頃から体調不良などで、あまり学校に通えなかった。両親ともに自営業であったことから、出社するイメージもなかったため、朝9時から夕方5時まで会社で働くことは考えられず、「起業するしかない。自分の居場所は自分で作ろう」と思っていた。高校時代は、アメリカの高校への留学などと進路を模索するが、コロナ禍で帰国。帰国した後は・、東北大学の学生が起業した塾で勉強した。塾が入っているビルにはコワーキングスペースがあり、起業した学生が生き生きと働いていたうえ、そこの運営者が起業に関する情報をくれたので、学生起業への希望が見えた。高3の10月に「起業」「東京」「新しい大学」のワードでネット検索をして、iUを見つけ、入学。
大学1年生の10月から「早稲田スタートアップサークルWit」に入り、2年生の5月から3年生の10月まで代表を務めた。この時の経験などを元に、3年生の2月にキャリア支援事業の会社を作った。主な事業は企業と学生をつなぐ「オンラインインターンシップのマッチングプラットフォーム」の運営だ。今はまだスモールビジネスだが、今後は事業の軸となるシステムの開発にも取り組んでいく。今後は大学院で研究し、科学的根拠に基づいて、自己実現を諦めない人を増やしていきたい。
「推しの力で世界中の心を動かしたい」
福島(ふくしま) 翔(と)和(わ)さん:iU情報経営イノベーション学部卒(東京都市大学等々力高等学校出身)
株式会社 推しメーター 代表取締役/CEO (2022年9月設立―大学3年次)
資本金 27,753,359円(累計資金調達額約5,500万円)
従業員 13名(うち5名はeスポーツの選手)
事業内容:推し活のコンサルティング、他に5事業を展開
祖父と父が柔道整復師で、接骨院を開業していたため、小学4年生の頃には「サラリーマン以外の仕事をしたい」と漠然と思っていた。高校時代に「将来、社長になるんだ!」との想いで、「マイナビキャリアコンテスト」などのビジネスコンテストに参加する過程で、iUの存在を知る。起業をテーマにした新設大学にほれ込み、1期生として入学。
大学3年次のアクセラレータープログラムでスタートアップ精神を学び、実務実習の最中に、大学関連のベンチャーキャピタルからの資金提供を受けて起業した。在学中だったため、登記会社の所在地は大学の住所だ。今春卒業したが、現在も大学の部屋をオフィスとして使用している。
高校時代はアニメ、漫画、ゲーム、VTuber、アイドルなどのエンタメから元気をもらい、なんとか学校に通っていたため、「エンタメ業界に恩返ししたい」「エンタメに触れて元気になり、外出できる子どもを増やしたい」との熱い想いが原動力となった起業だ。事業内容は、推し活コンサルティング事業、法人向けバーチャルアバタ―制作事業、推し活ユーザーが集まるアプリ「推しMAP」の運営、eスポーツチーム事業、企業のアプリ・Webサービス開発運用保守をサポートする事業と多岐にわたる。推し活コンサルティング事業としては、星野リゾートとコラボして、ホテルに推し活を楽しむための「推し活ルーム」をプロデュースし、好評を得た。エンタメで元気になる人を増やすため、エンタメを楽しむ喜びを最大限に味わってもらうために、上場も視野に入れている。
「家族に社会に笑顔を届ける」
余野 桜さん:近畿大学国際学部卒(四天王寺高等学校出身)
グーイー株式会社 代表取締役 (2023年3月設立) 資本金 410万円
従業員 8名(全員パート)
事業内容:無添加焼き芋スイーツ専門店「YonoImo(ヨノイモ)」を展開
「わくわくすることをしよう」
東(あずま) 徳人(かつひと)さん:近畿大学実学社会起業イノベーション学位プログラム(修士課程)2年 (福岡舞鶴高等学校出身)
Boo Boo Factory株式会社 代表取締役( 2023年8月設立)
資本金 100万円 従業員 2名
事業内容:オリジナルルアーを製作する釣り具メーカー。ビッグベイト、ジャイアントベイトを独自にデザインし、3Dプリンターを使って製作する。
オリジナルルアーを製作する釣り具メーカーを起業。ビッグベイト、ジャイアントベイトを独自にデザインし、3Dプリンターを使って製作する。浪人時代、自分にとって大切なものとは何かを真剣に考え、幼い頃から親しんできた釣りこそが本当にやりたいことだと気づく。大学3年のとき、近大の起業支援をたまたま知り起業する決心を固めた。昨年の10月から販売を開始して、今年の2月時点ですでに100個以上売り上げている。将来的には業容を拡大して釣り具の総合メーカーを目指す。型にはまりがちな業界を変え、自分たちで新しいものをつくりだしたい。
「身体に特化したトレーニングでスポーツ界に革命を」
細見(ほそみ) 朋暉(ともき)さん:近畿大学経営学部会計学科3年(初芝立命館高等学校出身)
株式会社Topas 代表取締役 (2023年11月設立)
資本金 20万 従業員 なし
事業内容:トレーナーと提携し、幼少期の野球少年とその保護者に対し、「栄養・フィジカル・メンタル」に特化したトレーニング指導をオンラインで行う。
トレーナーと提携し、幼少期の野球少年とその保護者に対し、「栄養・フィジカル・メンタル」に特化したトレーニング指導をオンラインで行う。もともと精神的な持病を抱えて心療内科に通っていたことがあり、その時は「普通に働くことは難しい」と担当医から言われ、また自分自身も無理だと自覚していた。どのように生きるか悩んだところに、近大の起業支援プログラムができたことを知り起業を決意した。選手が自立的に自分の心身をケアでき、保護者が選手のために適切なコーチングを提供できるようになることをミッションに掲げている。