コミュニケーション

【物理ってなんだろう②】物理の世界はもっと多様に
愛知大学での新たな挑戦で見えてきたもの

物理屋60年の軌跡の一点描

京大に23年間務めた後、後半の23年間は、愛知大学で文系学生を相手に授業を受け持ち、学問の豊かさと広がりという貴重な経験をした。研究テーマは、素粒子論に加えて、交通流理論や経済物理学へ広げ、組織的な取組が必要な環境問題、女性研究者・ポスドク問題の研究環境改善のために日本物理学会でキャリア支援にも関わった。

坂東 昌子先生の顔写真

坂東 昌子先生

~Profile~

愛知大学名誉教授 NPO法人 あいんしゅたいん理事長
1965年同大学大学院理学研究科博士課程修了(博士号取得)。京都大学理学部助手、講師を経て、87年より愛知大学教養学部教授。専門は素粒子論、非線形物理。京都大学に保育所設立を実現させるなど、女性研究者の支援でも活躍。京都大学の湯川秀樹研究室で素粒子論を専攻。ノーベル賞を受賞した小林・益川博士とは助手時代は同じ研究室。2007年日本物理学会長・同キャリア支援センター初代センター長 を経て、2009年3月若手研究者支援のためのNPO法人「知的人材ネットワークあいんしゅたいん」を設立。現在に至る。
「4次元を越える物理と素粒子」「理系の女の生き方ガイド」など著書多数。大阪府立大手前高等学校出身。

文系学生への講義で、現代の諸問題に目覚める

一般教育科目を担当するようになって、文系の学生に自然科学の講義をする場合、現代社会が抱えている問題と切り離してはいけないという想いが強くなった。急激に発展した科学技術は私たちの生活を大きく変え、同時に、科学と社会の関係を深く反省させられる深刻な問題にも立ち会うことになった。それが原爆開発、優生思想に基づく生殖革命と環境問題だった。私は、これらの専門家ではない。しかし、研究者がそれらを自らの問題として取り組むには、教育の場を通じてまずは自らを鍛えることも必要だ。専門を超えて考えなければならないという想いがあった。

そして周りの仲間と、こうした問題について考えてみようと立ち上げたのが、愛知大学内共同研究「エネルギー・バイオテクノロジー問題の総合的考察」。これが専門以外にも自分の興味を広げさせてくれるきっかけとなった。しかし、単に趣味として、あるいは教養として、より広い領域を冒険しようとするだけではだめだ。そこで納得できないことがあれば自らの目で見直し、さらに専門家とネットワークを組み対等に議論できる力量をつけることが必要だ。とはいえ、専門外の学会に進出して論文を書き、レフリーとやりあい、ジャーナルに論文掲載するまでには苦労も多かった。ただ、多くの新たな発見もあった。

愛知大学教養学部で得た刺激と仲間

教養部には専門の仲間が少なく、議論もなかなかできないと思っていたが、入ってみると杞憂だった。特に、同期転入の浅野俊夫さんとはよく議論を戦わせた。教養部には刺激的で議論好きな教員が多く、専門を超え、時間を忘れて議論した。またドクターをとっていない仲間には、「ドクターを取れ取れ」と励まし、取得したらお祝いの会もする。そんな温かい雰囲気がとても好きだった。

教養教育では、自然科学全般を受け持つ。さらに当時は情報処理センター開所に伴って導入された情報科目の中身を構築する時でもあった。情報処理センターの立ち上げ時には、組織運営などの課題に次々取り組んだが、この時には教養部の多くの仲間が労を惜しまず応援してくれた。

教養部には一般教育研究室という高校の職員室のような部屋があり、アイデア交換したり、新しい試みに向けて盛り上がったりした。そこで磨き上げられたのが、情報教育と総合科目と教養ゼミだ。

総合科目は、共通のテーマを異なる専門家で授業する。私は授業の構成、講師の選定、管理などについて、コーディネータ役を積極的に引き受けた。そのため「情報と社会」「21世紀のエネルギー問題」「環境と命」「愛知万博」などテーマも自由に選べた。講師を外部から招聘できるため、ネットワークも一挙に広がった。また大流行したはしかに対する愛大全体での取組なども含め、医学と生命科学の諸問題をまとめた「生命のフィロソフィ」(世界思想社)の執筆に取り組んだことで、法学の側面からの尊厳死などの位置づけを知ることができた。

ゼミでの取り組みと研究の進化

講義では、文系学生にわかってもらう工夫をするうちに、理系学生相手では式でごまかしていたことがわかってきた。解説本を読み漁っていると、理解している著者とそうでない人とが透けて見えるようにもなった。理解が浅いままでは、文系相手の解説で間違ってしまうことがある。文系の学生だからといい加減に解説するのではなく、自分が納得したことを言葉にしなくてはならない。教養ゼミでは、「新発売のハイブリッドカー」「次世代エネルギ―」「教科書と環境問題」「科学嫌い調査」など、ワクワクするテーマをとりあげたが、学生たちも生き生きと取り組んでくれた。身近な環境問題のテーマとして、全小中学校に毎年配布する教科書の費用をフェルミ推定を使って推定し、教科書会社の意見を問う形で問題提起したり、ハイブリッド車の効率の推定をしたりと、身近な環境問題を取り上げた。これが注目され、環境コンクールで名大大学院の環境専門のチームを抜いて優勝したり、民間の団体とともに名古屋市の環境支援資金をゲットしたりと、学生たちが大活躍をした。名古屋市の環境担当職員や名大の院生とも仲良くなり一緒に研究会も開いた。

研究活動でも視野が広がった。高速道路で起こる渋滞は、それまで「トンネルの入口など車がスピードを変えるボトルネックで起こる」が通説で、渋滞領域と自由流領域は理論式も別々だった。物理屋は「原因がないのに渋滞発生、なんで?」「統一的に理解できないの?」と考える。愛大で唯一の物理屋の同僚長谷部さんと名大のポスドクも交えて議論し、車の渋滞モデル「最適速度模型:OV モデル」を提案した※。交通流の専門家にこのモデルへの意見を聞いたら、「この問題は解決済みです」と言われた。新分野に挑戦すると論文を出すジャーナルさえわからず、苦労の連続だった。結局、アメリカ物理学会の雑誌に掲載された。アメリカ物理学会が視野を広げてその守備範囲を大きく拡張していることを痛感させられた出来事でもあった。

新参者でも内容を見て評価してくれるのは海外なのだ。この論文を見たドイツのボッシュ研究所員から「あなたたちのモデルは実験してみたらよく合う」と評価され、評判になり引用数が増えていった。こうして、ヨーロッパから世界へ広がり、国内へは逆輸入されてやっと認められた。まず海外に挑戦すべしというのがよく分かった。自動運転の時代に突入した現在、引用数はさらに増え続けて4000近くになっている。
※ 統一的理解のためには、車の集団(多体系)の間に働く相互作用(原因)と交通流(結果)の関係式は微分方程式になる。ちょっと刺激を与えると少し変化する。その積み重ねが交通流の結果を与える。結果から原因を探すコツはここにある。ニュートンが偉かったのはここなのだ。多集団の場合は、ミクロとマクロを繋ぐ動的仕組みがいる。この話は、実は南部の「自発的対称性の破れ」というメカニズムを応用したもので、やはり物理学のアイデアが生きた仕事でもあった。

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