剛腕、逝く
追悼、松本紘先生
元京都大学総長、理化学研究所名誉理事長、国際高等研究所所長
剛腕、と表現したら、間違いなく叱責を買っただろう。いや総長としての手腕ではなく、腕相撲の強さだと釈明したら大いに納得してもらえると思う。20代の学生にも負けないその強さを体験した人は少なくないはずだ。
時流におもねることを嫌う京都大学にあって、至難とも思える教養教育改革に道筋を付けた他、若手研究者育成のための「白眉プロジェクト」、日本の大学院改革を先導する「総合生存学環(思修館)」、アカデミアのタコつぼ化に一石を投じるための「学際融合センター」などを設置。教育・研究改革を精力的に推進、ガバナンス改革も断行された。入試改革、首都圏での京大の知名度再浮上にも力を入れられた。また副学長時代、CiRA (iPS細胞研究所)の設置を強力にバックアップされたことは良く知られる。
批判の声も聞かれなかったわけではないが、剛腕の2文字は耳にしたことがない。伝統の《対話》や《自由の学風》を尊重し、学生や若手研究者とはフランクに接する。加えて学生の送り手である高校教員への敬意溢れる接し方や、誰にでも幼少期の苦労を懐かしそうに明かされる人懐こさも、それに一役かっているのかもしれない。
人類の来し方行く末、その生存圏の未来、そして日本文化への鋭い洞察も多々お聞きした。中でもアカデミアの本質を射抜いた「学問とは真実を巡る人間関係である」の言葉は、多くの人の耳に残る。「80歳まで現役」の公約通り、総長退任後は上京し理研での激務もこなされた。一昨年春、郷里近くへ戻られ、静かな老後と思索の日々に思いを馳せられていたが、その実現は次世への課題となった。6月15日没、行年82歳。
在りし日のお姿
松本先生と高校生

千葉県立千葉高等学校・中学校の全校生徒、保護者など約1500人を前に白熱の講演。終了後、会場ロビーで高校生たちに囲まれて (2011年7月15日)。
松本先生と校長先生方

首都圏の公私立進学校の校長先生方と。恒例になった対話と意見交換会(第5回)の後で(2012年9月13日@品川)。
松本先生の講演

自ら企画した「京大高校生フォーラム IN TOKYO」(東京都教育委員会と共催)の第3回では、「100年後の未来」について高校生に考えてもらうとともに、講演も行った(2013年11月1日)。