「根拠のない自信」を武器に、未来を切り拓く
“Fake it till you make it” ―― ゲーマーから起業家へ
濱田 茂音 さん
Pebble株式会社 CEO
米国ブランダイス大学(Brandeis University)在学
~Profile~
2004年生まれ、東京・高尾山の麓で育つ。6カ国33都市で映像を制作する起業家兼ディレクター。中学時代は1日16時間ゲームに没頭し、プロeスポーツチームの立ち上げを経験。高校卒業後はフリーランスとして、スタートアップや上場企業のクリエイティブ制作に携わる。2024年にEdukuri株式会社(現・Pebble株式会社)を創業し、その後米国Brandeis大学へ進学。ビジネスと映画学を学ぶ。国境を超えた映像制作や、地方自治体と連携した教育プログラムの設計などを手掛ける。武蔵野高等学校出身

「起業」「米国大学進学」「映像・教育事業のCEO」。こうした肩書きを並べると、濱田茂音氏は、さぞかし意識が高く、最初から明確な目標を持っていた優等生のように映るかもしれない。しかし、実際のスタート地点は「勉強が大嫌い」な中学生だった。かつてゲームに没頭していた少年は、いかにして世界を舞台にする起業家へと変貌を遂げたのか。彼が大切にする言葉 “Fake it till you make it”(成功するまで、成功しているふりをしろ)の真意と、これからの時代を生きる高校生へのメッセージを聞いた。
衝動だけで突き進んだ、中学時代の「手探りの挑戦」
――中学生でスポンサーを獲得したというエピソードは衝撃的です。その行動力の原点はどこにあったのでしょうか。
濱田: 正直に言うと、当時の動機は「社長ってかっこいい」「お金持ちになったらモテそう」という、今振り返れば顔が赤くなるような単純なものでした(笑)。当時、僕はFPS(一人称視点のシューティングゲーム)に熱中していて、1日16時間を画面の前で過ごすしていました。「プロゲーマーになれば学校に行かなくて済むかもしれない」という淡い期待を抱き、仲間を集めてチームを結成したのが始まりです。
SNSでの発信を続けるうちにフォロワーが1万人を超え、「これならいける」と勘違いしました。そこでチーム運営資金のためにスポンサー営業を思いついたのです。もちろん、ビジネスの知識など皆無です。「ビジネスメール 書き方」と検索し、使い方もよく分からないWordに画像を貼り付け、自分なりの資料を作成しました。
大人が見れば間違いなく「荒削り」な資料です。それを何十社もの企業へ片っ端から送りつけました。結果的に、その熱意とSNSでの影響力を面白がってくれる企業が現れ、スポンサー獲得に成功しました。
――中学生でスポンサーを獲得したというのは、一見華々しいサクセスストーリーのように思えますが。
濱田: いえ、実は全然そんなことはなくて、自分の中では「中途半端に終わってしまった」という記憶なんです。一部を切り取ればすごく見えるかもしれませんが、実際は僕の管理能力不足でチームはバラバラになり、解散してしまいました。「動くことはできたけれど、形にし続けることはできなかった」。そんな挫折感の方が強かったですね。ただ、失敗に終わりましたが、その時に感じた「自分でゼロから何かを作り出す面白さ」だけは、強烈な原体験として僕の中に残りました。
「ほな、行ってきたらええんちゃうか」と言われ、現場へ跳躍
――その後、高校で本格的にビジネスコンテスト等に参加されます。そこで得た学びは何でしたか?
濱田: 高校のプログラムを通じて出会った「アントレプレナーシップ(起業家精神)」という概念が大きかったです。これは単なる会社経営のノウハウではなく、「自分の好きなもの・嫌いなもの」を掘り下げ、社会課題を見つけ出し、解決策を考えるというプロセスのことでした。
特に印象深いのは、高校2年生の時のビジネスコンテスト。「漁業の後継者問題」をテーマにしたのですが、東京の教室で議論していても現場のリアルが見えてこない。行き詰まって校長室へ相談に行くと、先生から返ってきたのは「校長だから学校を休めとは言えないけど、僕なら行くなあ。ほな、行ってきたらええんちゃうか」というシンプルな一言でした。
その言葉を真に受け、僕たちはすぐに夜行バスに飛び乗り、宮城県石巻市へと向かいました。アポなしの突撃取材です。早朝の漁港で漁船に乗せてもらい、漁師たちの生の声を聞くことで、ネット検索では分からなかった「海と生きる人々の現実」を肌で感じることができました。賢く考えてから動くのではなく、体が勝手に動いてしまう。中学生の時に企業へメールを送った時と同じで、この「とりあえず現場へ行く」という行動が、結果的に次の縁やチャンスを引き寄せていきました。
できない自分を「できる」と言い切る勇気
――高校卒業後、すぐに大学へは行かず「ギャップイヤー」を選択されました。その期間の経験が、今の濱田さんを作っているとお聞きしました。
濱田: ギャップイヤーは日本ではまだ馴染みが薄いですが、入学時期を遅らせて、学校ではできない経験を積む期間です。僕はアジアやヨーロッパを旅し、多様な価値観に揉まれる道を選びました。その象徴とも言えるのが、映像制作会社を立ち上げた直後に訪れたポルトガルで、国際イベントの撮影を引き受けたことです。
会社は設立したばかりで実績はなく、しかも自分自身、十分な英語力もありませんでした。それでも僕は、「できます。任せてください」と言い切りました。まさに、僕が大切にしている言葉 “Fake it till you make it”(できるようになるまで、できるふりをする)の実践です。
自分自身で高いハードルを掲げ、そこに自分を追い込む。「撮影した映像を翌朝のオープニングで流す」というタフなプロジェクトに対し、5日間の滞在中で睡眠時間は合計わずか1時間。仲間と共にボロボロになりながら編集を続けました。それでも、上映後にクライアントが駆け寄り、「お前らの映像はアメイジングだ(最高だ)!」と力強くハグをしてくれた時、全てが報われたように感じました。「ハッタリ」が「確かな成果」に変わった瞬間でした。

できると信じて、自分を追い込む。そうすると、何とかするしかなくなるんです。そして必死にもがいているうちに、いつの間にか「背伸び」だったものが「実力」に変わっている。僕の人生は、その繰り返しかもしれません。
人生を一冊の本だと思えば、失敗すらも面白い
――最後に、進路に悩み、一歩踏み出すのを躊躇している高校生へメッセージをお願いします。
濱田: 僕は人生を、終える時に完成する「一冊の本」のようなものだと捉えています。そう考えると、失敗すらも面白いエピソードの一つになります。失敗したら「これはいいネタになるぞ」と思えばいいし、成功したら「自分の仮説が正しかった」と証明できる。どちらに転んでも損はないんです。
中学生の時の「見様見真似のメール」も、まだ英語に自信のないままに飛び込んだポルトガルでの徹夜も、すべてはこの本を面白くするための1ページです。準備が整うのを待つ必要はありません。立派な志がなくてもいい。まずは胸を張って「できる」と言ってみる。かっこいい名刺を作ってみる。大人にメールを送ってみる。その大胆な一歩から、あなたの物語は動き出すはずです。
正解のない時代を面白がるために、まずは「できるふり」から始めてみませんか。






