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問われる「情報Ⅰ」の真価 共通テスト「情報Ⅰ」が拓く情報教育の未来形とは

京都市立日吉ケ丘高等学校 情報科教諭 / 京都大学非常勤講師 藤岡 健史さん
~Profile~
京都大学工学部情報学科卒業、京都大学大学院情報学研究科修士課程修了、京都大学大学院情報学研究科博士後期課程修了、博士(情報学)。京都市立堀川高等学校教諭、京都市立塔南高等学校教諭、京都市立西京高等学校教諭等を経て、2023年から京都市立日吉ケ丘高等学校情報科教諭、京都大学非常勤講師、大阪府立茨木高等学校出身。

理数系に偏っている?共通テスト試作問題「情報Ⅰ」

2022年11月9日、大学入試センターは大学入学共通テスト(以下、共通テスト)の試作問題「情報Ⅰ」を公開した。私は、当時勤務していた高校の生徒40名に協力してもらい、この試作問題を実際の60分間で解答してもらった。その正解率【下図】をもとに、試作問題の難易度や情報科と他の教科との関連性について分析・考察したところ、驚くべき結果が浮かび上がった。(藤岡健史,共通テスト「情報Ⅰ」試作問題の校内実施結果報告,第16回日本情報科教育学会全国大会,2023/7/1-2)

試作問題「情報Ⅰ」と数学の模試の点数との間に明確な相関が存在することが確認されたのである。この発見は、試作問題「情報Ⅰ」が数学的思考に密接に関わっている可能性を強く示唆している。実際の配点をみても、確かにコンピュータやプログラミングなど、典型的な理数系分野への偏りが見られるのである。

今回発表されたのはあくまで「試作」問題ではあるが、これではコンピュータやプログラミングをはじめとする理数系に偏重した力を測っていることになるのではないか。これで本当に、新しく開始された情報科での学びを正確に評価できるのだろうか。新しい学習指導要領がスタートして2年が経つものの、真の情報教育の要点が見過ごされたままになってしまっているのではないだろうか。強い懸念を抱かざるを得ない。

コンピュータやプログラミングを扱うだけが情報教育ではない

私は以前、本誌にて「情報」という概念がコンピュータや情報技術の枠内でしか扱われない傾向があることに危機感を覚え、警戒を呼びかけた。(藤岡健史,どうなる2025年度入試~新しい教科「情報」をめぐって~,大学ジャーナル)コンピュータやプログラミングを扱うだけが情報教育の全てではない。それは、学習指導要領をみても明らかである。急速に進展する生成AIをはじめとする人工知能、IoT、ビッグデータの時代において、私たちが最も必要とするのは、「情報とは何か」という基本的な概念を、「基礎情報学」の観点からしっかりと理解することから始めることだ。

3つの情報概念を用いた「情報Ⅰ」の体系化

再度、強調したい。「情報Ⅰ」の本質を理解するための第一歩は、「基礎情報学」のエッセンスをしっかりと掴むことである。「基礎情報学」は理数系ではなく、文理融合の学問である。「基礎情報学」のエッセンスには、「情報一般の原理」と呼ばれる、情報および情報技術の基底にある概念の理解が含まれている。(藤岡 健史,すべての高校生に「基礎情報学」のエッセンスを―まずは3つの情報概念から―,じっきょう.情報教育資料(56),16-19,実教出版,2023/4)

「基礎情報学」では、情報概念を「生命情報」、「社会情報」、「機械情報」という3つに分類しており、これらの3つの情報概念を用いて「情報Ⅰ」の内容を新たな視点から体系化することが可能となる(下図)。

以下、この3つの情報概念の観点から、「情報Ⅰ」の内容を眺めてみたい。

まず、3つの情報概念の間には、「生命情報⊃社会情報⊃機械情報」という包含関係が成り立つことをおさえなければならない。最も広義に位置づけられるのは「生命情報」であり、すべての情報は「生命情報」の範疇に含まれる。informという語源が示すように、情報は本質的には生物の内部(in)に形成(form)されるものであり、主観的な要素を多く含む。それは、生物が個々の経験や蓄積された歴史に基づいて情報を形成していることを意味する。この観点からみると、「情報Ⅰ」の「情報社会の問題解決」の分野で扱われる知的財産や個人情報などは、「生命情報」の枠組みを起点として考察していくことができる。例えば、著作権に関わる諸問題の解決には、主観的な情報という視点が欠かせないのである。

また、私たちは社会(共同体)の中で日常的にコミュニケーションをとることが可能である。このコミュニケーションにより、私たちは情報が伝わっているという感覚を持つ。これは、「生命情報」に内包される「社会情報」の存在による。「社会情報」とは、言語や記号を通じて意味や価値を伝達する情報の形態を指す。この「社会情報」のはたらきによって、我々はコミュニケーションを成立させているのである。「情報Ⅰ」の「コミュニケーションと情報デザイン」の分野は、この「社会情報」の領域に位置する。

3番目に位置する「機械情報」は、「社会情報」の中で意味が欠落・潜在化した情報である。コンピュータが扱う0と1のビット列は、「機械情報」の典型的な形態であり、これを用いてコピーと伝送を行うが、意味の伝達を直接的にはできない。「情報Ⅰ」における「プログラミング」や「情報通信ネットワーク」などの情報科学分野で扱う情報は、この「機械情報」である。人工知能(AI)が情報の意味を理解することができないのは、このためである。

さらに、「情報Ⅰ」の終盤で取り上げられる「データの活用」の領域では、統計学やプログラミングなどを用いて、データから意味を抽出し、新たな知見を獲得するデータサイエンスの手法が重要視される。この過程では、「社会情報」と「機械情報」の双方の層が深く関与してくる。これらの間のインターフェースとして、データサイエンスの重要性を位置づけることができる。

このように、「基礎情報学」における3つの情報概念を用いてはじめて、「情報Ⅰ」を体系的に理解することができるのである。

「情報Ⅰ」が拓く情報教育の未来形すべての高校生に「基礎情報学」のエッセンスを

先に示した学習指導要領をみても、情報科で養成すべき能力は、数学的思考とは異なる次元のものであり、独自の力である。この独自性を共通テストでどのように評価するかは非常に大きな課題である。試行問題で見られる理数系分野への偏重は、先に述べた3つの情報概念のなかで最も狭義の「機械情報」に偏っている状況を露わにしており、これでは「情報Ⅰ」の能力を真に評価しているとは言い難い。

現状では、上記の「基礎情報学」のエッセンスが高校の現場に十分浸透しているとは言えず、教科書での取り扱いにもばらつきが見られる。共通テスト「情報Ⅰ」の導入を目前に控えた今こそ、情報教育の真の目的を再考するための好機であると捉えるべきではないか。情報科の授業と共通テストは、互いに影響を与え合い、その相乗効果で教育の質を向上させることができる。そのためにも、共通テストは理数系の知識に偏重することなく、3つの情報概念を包括的に網羅するような出題を行うべきである。プログラミングの問題を解くために特化した入試対策などは、情報教育の目的を達成するにはまったく不十分である。そのような共通テスト対策に情報科の授業が堕してしまっては本末転倒であると言わざるを得ない。

今こそ、基礎・基本に立ち返り、確固たる基盤を築くべき時だ。この挑戦は、情報教育を新たなステージへと進めるための決定的な転機となり得る。情報科の授業と共通テストが互いに手を携え、文理融合の情報教育を深化させ、学びの新たな地平を切り拓く起点となることを強く望む。

1年後に迫った共通テスト「情報Ⅰ」に向け、現在高校2年生の皆さんは具体的な準備を進めるべき時期にある。新たな共通テスト時代の幕開けに際して、最初の挑戦者となる生徒たちの努力と成長を、心から支援し、応援している。皆さんがこの挑戦を通じて、自らの可能性を広げ、情報学の深い理解と活用の力を身につけることを強く願っている。未来を拓く若者たちにとって、躍動の1年でありますように!

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