探究・学問・進路のヒント

 

シリコンカーバイド SiC異端からメインストリームへ

イノベーションの軌跡 第3回

SiCパワー半導体がパワーエレクトロニクスのこれからを拓く

松波弘之先生 京都大学名誉教授 松波弘之先生

~Profile~
○研究・教育(39年):1964年4月 京都大学助手。1971年12月 京都大学助教授。1976年9月-1977年7月 米国ノースカロライナ州立大学客員准教授。1983年2月 京都大学教授。2003年3月 京都大学定年退官。○産学連携(12年):2004年4月-2012年3月科学技術振興機構(JST)イノベーションプラザ京都館長。地域の科学技術支援と産学連携(産学連携経験8年)。2013年12月-2018年3月 「JSTスーパークラスタ事業京都」アドバイザ。○現在:2010年度-SiCアライアンス会長。2014年度-NEDO次世代パワーエレクトロニクス・プログラム推進委員。大阪府立市岡高等学校出身。

グローバルITの拡大など、世界中で電気エネルギーへの依存が高まる中、ポストコロナにおいても新たな電源の拡充に加えて、電気エネルギー利用の効率化がSDGs実現の重要なキーであることに変わりはない。そのための有力なアプローチの一つがパワーエレクトロニクス※1の革新、その切り札として急浮上してきたのがシリコンカーバイド(SiC)※2パワー半導体だ。パワー半導体は、PCなどに搭載され消費者にもなじみ深いメモリやCPUなどと同じ半導体だが、家電やエレベータ、鉄道車輌にコンバータ、インバータなどとして搭載され、電源に直結して主に高電圧、高周波の電流や電力を制御する。他にも化学工場などでは、瞬停対策装置に使われ重要な役割を果たす。素材はメモリなどと同様、シリコン(Si)が一般的だが、近年、小型化でき冷却が簡単で、電力損失も少ないSiC素材のものが量産されるようになって状況は一変してきた。“産業のコメ”とも言われ、かつては技術大国日本を象徴する存在だった半導体。メモリなどその多くがその地位を失う中、SiCパワー半導体技術・社会実装技術は、世界をまだ2周回ほどリードしているとも言われる。開発の第一人者と言われ、半世紀以上にわたって研究開発に携わってこられた松波弘之京都大学名誉教授に、反骨者と呼ばれた若手研究者の時代から、表舞台へ躍り出られるまでを振り返っていただくとともに、明日の科学技術を担うみなさんへのメッセージをお聞きした。

※1 power electronics:電力用半導体デバイスを用いた電力変換、電力開閉に関する技術を扱う工学
※2 炭化ケイ素Silicon Carbide:シリコンとカーボンを50対50で混ぜ合わせた化合物

SiCとの出会い、ショックレーの予言

水素を動力に、排出するのは水だけという究極の環境対応車として注目されるホンダの燃料電池車クラリティ【写真1】。

写真1 ホンダの新型燃料電池車 CLARITY FUEL CELL 2016年5月発売開始

水素エネルギーを使った燃料電池に加えて、SiCパワー半導体を使うことでボンネットにコンパクトに収納されたインバータ・コンバータにも特長がある。SiC半導体にはSi素材によるものに比べて優れた特徴が数々あるが【表】、小型化できることもその一つ。この夏からはJR東海の新型新幹線N700Sにも(トランス、コンバータ・インバータ、モータなどを見直すことで車両の軽量化につながる)搭載されるなど、近い将来、パワー半導体素材の地図を塗り替えるのではないかと期待されている。【図1】(図中に使用の用語については、用語集も参照)の赤線で区切られた右側は、デバイスが今後SiCに置き換えられていくであろう領域を示す。ほとんどすべての用途、電力帯(容量)、周波数帯でSiCの優位性が見てとれる。

【表】Si、SiCの比較とSiCパワーバイスのメリット
【図1】パワーデバイスの棲み分けとSiCへの期待
BPT:バイポーラトランジスタ
THY:サイリスタ
GTO:ゲートターンオフサイリスタ
MOSFET:金属・酸化膜・半導体 電界効果トランジスタ
IGBT:絶縁ゲートバイポーラトランジスタ

松波先生によると、パワー半導体にSiCを使うことで、発電から消費までの電力フローの中で、電力変換器の高効率化や、これまで使われてこなかった分野への導入によって、最低でも15%のロスを防げるという。ハイブリッドや燃料電池車が普及し、車が電力フローの中に組み込まれればその割合はさらに高まる。材料調達コストも、Siに炭素(C)が加わるだけだから問題はない。
そんなSiCデバイスの製品化を長年阻んできたのは、技術開発が極めて難しかったからだ。
1950年代、SiCは半導体の材料として、ゲルマニウム(Ge)に続いて大いにもてはやされたが、きれいな結晶が作りにくいところへ、高温動作性がGeよりも優れたSiが現れ、注目の度合いが減っていった。1960年代後半、松波先生が京都大学工学部電子工学研究科の助手時代、SiCに出会った頃には、半導体に使おうとする研究者はほとんどいなくなっていた。
そんな中で松波先生は、高い温度で使え、放射線に対しても強い特性が活かせるSiCへの期待を捨てなかった。様々な半導体で電気の流れを調べ、新材料を見つけようという物性研究全盛の中で、SiCを材料に世の中で使ってもらえるトランジスタを作りたいとの思いを募らせていった。
世界中の研究者がSiやガリウムヒ素を使った研究に参入する中で、大学の中で少人数で立ち向かっても限界があるとの判断もあった。そして、人のしないことをしてみたいという持ち前の反骨精神に火がついた。
もう一つ、今でも松波先生の頭に残る言葉がある。1959年後半の第1回SiC国際会議で、全盛のSiCに対して、トランジスタ生みの親であり、尊敬するノーベル賞受賞者ショックレー(William Bradford Shockley Jr.)が述べた次の言葉だ。
「SiCは結晶成長が難しい点がネックになるかもしれない。しかし、それを乗り越える者が出て来たらとても面白い素材になる」。この言葉に導かれるように、松波先生のSiC研究は、その後進んでいく。

青色発光ダイオードの開発で 凌いだ我慢の10年

 元素であるSiに比べ、カーボンとの化合物であるSiCは単結晶が作りにくい。現在でも、コスト面での問題は100%解決していないが、半導体ウェハに求められる表面が均一な結晶を成長させる方法の確立には、実に20年以上の歳月が費やされた。この間には、いくつものブレークスルーが、またノーベル賞受賞者のエピソードにもよく登場するセレンディピティにも恵まれた。まさに「天の時」「地の利」「人の和」によるところが大きい、と松波先生は振り返る。
SiCウェハの開発は、基になるSiCの単結晶がなかったため、Siを基板としてその上にSiC単結晶厚膜を成長させること(SiC/Si(気相)ヘテロエピタキシャル成長)から始まった。しかし、国の科学技術政策は当時も今も、目に見えて成果の期待できるものにしか資金をつけない。そこで不足する研究費を補うために並行して行ったのが、当時期待の高まる青色発光ダイオードの研究開発。電気を光に変換し発光させる研究(フォトニクス)はレーザー光技術や太陽光発電、LEDにつながるもので、電流制御(エレクトロニクス)と並ぶ、半導体を使った技術のもう一方の柱だ。当時は、RGB(赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)の三つの原色)によるフルカラーの白色実現のために、赤、緑に次ぐ第三の色である青の実現が待ち望まれ、研究助成も受けやすかった。
1976年、松波先生らはSiCを使って実用化に成功(LPE液相エピタキシャル法)。ノーベル賞受賞の対象となった窒素ガリウム(GaN)によるもの※3に比べ、光る力がやや弱いが、ヨーロッパ車ではハイビームの表示などで使われた。
一方、SiCウェハの開発の方は試行錯誤の連続で、まさに「我慢の10年だった」と松波先生。ポイントは厚膜の再現性をいかに高めるかだったが、転機となったのは高温のSi表面の原子の活性を抑制するためのバッファ層の導入。Si結晶の上に低温でプロパンガスを流し薄いバッファ層を作るというもので、これがブレークスルーとなり(1980年)、1986年には、これを材料に3C-SiC-MOSFETの試作にも成功した。

※32014年(開発完成1989年)赤崎勇(名城大学教授)、天野浩(名古屋大学教授)先生らによる。
注)赤崎先生達は、GaNのp型が作製できることを見つけられました。簡単なp-n接合では紫色しか発光せず、真の青色発光ダイオードは1993年、日亜の中村修二氏がGaN/InGaN/GaN構造で実用化したのが初めです。

第二のブレークスルーにはセレンディピティも

 成果は、世界初との評価も受け、大学研究室のものとしては満足できるものだったが、SiCとSiとの20%に近い格子定数※4の差で生じる漏洩(リーク)電流を抑えることができず、実用化には程遠かった。「学術的な成果を出すだけでは工学ではない、単なる理論(物理)屋ではなく、社会で実際に使われるものを追い求める」というのが、松波先生の反骨精神と双璧をなすもう一つの信条。
実用化には、やはりSiCの結晶を基板に使うホモエピタキシャル成長しかない、と松波先生の挑戦が再び始まった。
【写真2】はAcheson(アチソン)法で作られたSiCの塊。富山県のある工場で耐火煉瓦の材料や研磨材用に作られていたものを分けてもらったもの。中央にあってきらっと輝いて見えるのがSiCの小さな単結晶で、それを削り出し薄く削って基板にすることから実験は始まる。SiC基板温度をほぼ1500℃に保ち原料ガスを流してSiCの結晶を成長させる。しかしSiCであるため、様々な多形が混じり、思い通りの均一な表面がなかなか作れない。

【写真2】

挑戦が始まって間もない1986年、ブレークスルーのきっかけとなったセレンディピティが、修士課程2年のKさんによってもたらされた。指導教員に倣って人のやらないことをあれこれ試したKさんだったが、ある時たまたま、表面に平行になるよう研磨していた裏面が、やや傾いていたのに気付かず、それを使って結晶を成長させてしまったらしい。通常は表面が結晶軸(c軸)に垂直なオン基板(下図のジャスト基板に同じ)なら、それと平行な裏面もオン基板となるが、少し傾いていたため結晶軸(c軸)に垂直ではないオフ基板になっていた。このことが、それまで“見たこともないものが見えた”という画期的な結果をもたらすことになった。オフ基板が斜め階段状になり、その上に高品質単結晶が成長したのだった。
その後は松波先生が基板の角度を調整するなどして再現性を高める手法を確立。そのメカニズムを「ステップ制御エピタキシャル法」と名付けた【図2】。これはSiC結晶成長の核心的技術として高く評価された。1987年には、それをウェハにしたp-n接合ダイオードが高機能であることを見いだし、以後、傾斜面を使うことが世界の標準となり、ショットキーバリアダイオード(SBD)、MOSトランジスタへと展開していった。

【図2】 ステップ制御エピタキシー

1995年にはSiをはるかに上回る耐圧を示したことでパワーエレクトロニクス用として最適との確証も得られ、“SiCパワー半導体”という新しい概念の生まれるきっかけも作った。2001年には、ドイツのインフィニオン・テクノロジーズ社(情報通信機器等の製造、大手のシーメンス社傘下)がSiCショットキーバリアダイオードとして市販するに至った。

※4結晶軸の長さや軸間角度。単位格子の各稜間の角度(α、β、γ)と各軸の長さ(a、b、c)を表わす6個の定数

SiCパワー半導体導入による電気エネルギーの有効利用、環境負荷低減

「天の時」「地の利」「人の和」

 松波先生のこの技術に、国内で早くから目を付けていたのが地元京都の電子部品メーカーのローム株式会社。松波研究室から卒業生も受け入れていて、研究室の成果をスピーディーに実用化したり、地の利を活かして、企業にない設備を古巣の大学研究室で借りたりするなど、理想的な産学連携が進んでいく。当時の京都大学には手作りながら、高温の炉等、半導体製造に欠かせない設備が揃っていて、それも基礎研究の強みにつながっていたと松波先生。ロームは、2010年に国内で初めてSBDの、同年また、世界で初となるMOSFETの大量生産を行った。そして2015年には世界初のSiCトレンチMOSFET※5を開発。半導体素子製造をLSIに並ぶ柱に成長させ世界展開を加速させていく。
2009年頃には国も動き出し、Lehmanショック後委縮していた超大手企業も国家プロジェクト開始によってSiCパワー半導体に参入し始めた。
かなり早い時期でのインバータエアコンでの採用に続き、その後は地下鉄、私鉄そしてJRと、SiCの高速スイッチを活かし、回生ブレーキを使って電力消費を減らすのに成功している。また小型、薄型の特徴を活かしてHEVや燃料電池車に搭載が続く。他に太陽電池用パワーコントローラーなど、まさにパワーエレクトロニクスという大市場を革新するものとして用途が広がる。隣り合う高速エレベータ同士を結んで、回生ブレーキを使うと使用電力を65%低減させるなど、システムごと作り変える事例や、機電一体型モータの開発、また福島県のベンチャー企業では、SiCの強みを活かした高電圧のパルス電源、直流電源、大電流開閉器などの開発も進む。
国内だけでなく、パワエレのアライアンス(提携、連携)を世界に広げ、応用回路を工夫すれば、世界全体の電気エネルギー消費を50%程度減少させることができると松波先生。もちろん、それには、ウェハの大口径化やコストダウンも必要と課題も指摘する。

※5MOSFET:金属(M)-酸化膜(O)-半導体(S)電界効果トランジスタトレンチMOSFET:SiC層に溝(トレンチ)を掘り、その壁面に沿って電流を流すMOSFET

後輩へのメッセージ

 日本が科学技術力においてかつての優位を取り戻すためには、技術主導ではなく、“What to make” “How to use”を考え、様々な意見を出し、ぶつけ合える若手研究者・技術者の育成が欠かせないと松波先生。また目下問題となっている大学院博士課程進学者の減少については、若手研究者への一層の支援を国に求めるとともに、研究に進む者には、多くの先人や同僚が口にするように「3P(Passion、Persistence、Patience、―-情熱、継続、忍耐)を持って取り組めば、Luck(偶然、幸運)を得るchanceがある」ぐらいのマインド、姿勢を持って欲しいと説く。何事においても予定調和的な今の社会の風潮に背を向け、「人と異なることをする勇気」を持ってほしいとも。最後に、座右の銘としている尊敬するショックレーの言葉“Creative failure”「失敗は成功の基」、“Accident favors prepared mind”「幸運は用意された人のみに宿る」、“Try the simplest case, or approach the simplest case”「もっとも簡単なものを試せ、あるいはもっとも簡単なものに近づけ」を引き、これらの言葉を忘れず、コロナ禍さえも一つの契機としてほしいと力強く語ってくれた。


用語集

SDGs:(Sustainable Development Goals)持続可能な開発目標で17の目標がある。
インバータ:直流電流を交流電流に変換する電気回路。
コンバータ:交流電流を直流電流に変換する電気回路。
瞬停対策装置:UPS(Uninterrupted Power Supply)停電などによって交流電力が断たれた場合にも電池などに蓄えた直流電力をインバータで交流電力に変換して供給し続ける電源装置。
燃料電池:電気化学反応によって燃料の化学エネルギーから電力を取り出す(発電する)電池。SDGs向けには水素と酸素の反応を用いるのが好ましい。
セレンディピティ:素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。
HEV:(Hybrid Electric Vehicle)エンジンと、モータの動力源を同時、または個々に作動さる自動車
パワーコントローラ:(Power controller)太陽光発電で作った直流の電気を交流に変換する機器。インバータのこと。
回生ブレーキ:(Regenerative brake)運動エネルギーを電気エネルギーに変換する装置。
機電一体型モータ:モータの内部にインバータを組み込んだもの。

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