探究・学問・進路のヒント

 

Society5.0のために

何かに夢中になる、熱中する経験を

――文系・理系の垣根が驚くほど低くなる時代はすぐそこに
下條 真司 先生 大阪大学サイバーメディアセンター
センター長(応用情報システム研究部門)
大学院情報科学研究科教授
下條 真司 先生

~Profile~
1986年3月 大阪大学基礎工学部大学院 後期課程修了。1986年大阪大学助手、1991年4月同助教授、1998年4月同教授。2005年8月 大阪大学サイバーメディアセンター センター長、2008年4月 情報通信研究機構大手町ネットワーク研究統括センター センター長/上席研究員、2011年4月 大阪大学 サイバーメディアセンター 教授、2011年4月 情報通信研究機構テストベッド研究開発推進センター センター長。2016年から現職、現在に至る。六甲学院中学校・高等学校出身

Society5.0※1の実現へ向けて、多くの大学でも、そのための研究に加えて教育、人材育成にも力が注がれています。こうした中、平成30年に国の「Society5.0実現化研究拠点支援事業(iLDi :Initiative for Life Design Innovation)」※2に唯一採択されたのが大阪大学。ライフデザイン・イノベーション研究拠点(iLDi)の名のもとに10のプロジェクトが進行中です。その中で、全体の要とも言えるPLRシステムを担当し、サイバーメディアセンターで2度目のセンター長を務める下條先生に、iLDiについて、Society5.0で求められる力、高校までに学んでおきたいこと、経験しておきたいことについてお聞きしました。

※1 IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、ロボット技術、人工知能等のイノベーションを、産業や社会生活に活用し、人々が活力に満ちた質の高い生活を実感できる社会。
※2 情報科学技術を基盤として事業や学内組織の垣根を越えて研究成果を統合し、社会実装に向けた取組を加速することでSociety5.0の実現を目指す拠点団体の支援を目的とする事業。

iLDiへの期待と、
そのための課題とは?

 ライフデザイン・イノベーションとは、個々人の医療・健康情報(PHR:Personal Health Recordパーソナルヘルスレコード)と、職場や学校などにおける食事、スポーツなどの日常の活動データ(PLR:Personal Life Recordsパーソナルライフレコード)を蓄積、活用する仕組みを作ることで、より豊かで快適な生活を送ることができる社会が創出されることを言います。IoTを使ったSmartCity構想(図1)に基づくもので、大阪大学では、エデュテインメント(edutainment: entertainmentとeducationの造語)、ライフスタイル、ウェルネスの3分野において、3つの領域にまたがる以下の10のプロジェクトを展開しています。
 ①保健・予防医療プロジェクト(個人の生涯の健康記録を軸とした医療の実現)、②健康・スポーツプロジェクト(パフォーマンス解析からその向上予測と外傷障害予測)、③未来の学校支援プロジェクト(学習や学生生活支援と、ひきこもり、いじめの早期発見)、④共生知能システムプロジェクト(情報メディア、ロボットの活用で高齢者が長期に働けるなど、人口減少時代に向けての新しいQOL(Quality of Life生活の質)を提供)(以上が「未来創生研究」)、そして⑤情報システム基盤プロジェクト(ブロックチェーン(Blockchain)による分散管理、データベース内の個人情報保護などパーソナルデータハンドリング基盤の研究開発)と、⑥行動センシング基盤プロジェクト(スマートフォンや腕時計型センサーなどのIoTを活用)(以上が「データビリティ基礎研究」)。さらに「社会実装のためのプロジェクト」として、⑦実証フィールド整備プロジェクト(実証実験フィールドの設置とデータ利活用基盤の構築)、⑧社会技術研究プロジェクト(個人情報、プライバシー保護などELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的・法的・社会的課題)についての研究)、⑨データビリティ人材育成プロジェクト(多種多様な産業で活躍するAI技術の目利き人材育成)、⑩グランドチャレンジ研究プロジェクト(PLR活用拡大のための革新的研究の募集)。
 SmartCityをさらに4つに分けて考えたのが図2で、どのシステムにおいても〈計測・可視化〉〈改善〉〈実現〉のサイクルを繰り返すところに特徴があります。例えばIoTシステムでは、家電にIoTを内蔵することで、ソフトを入れ替えるだけでハードを買い替えずに済むようになるといった具合です。
 基盤となるのが様々なデータの収集と、蓄積、分析を行うためのシステムです。長年、広域環境における大規模データの効率的処理を可視化する研究を続けてきた私は、今回のプロジェクトでは基礎となる部分(プロジェクト⑤)を担当しています。
 Society5.0では、あらゆるものをデータ化し、それらを統一した仕様の下に蓄積することで、AIやIoT、ロボット等を駆動し、人工システムやサイバーシステムだけでなく、人間や自然のシステム、つまり社会政策やサスティナビリティ(Sustainability持続可能性)など、人文社会科学が対象とする課題の解決も図ります。ただその際、〈計測・可視化〉〈改善〉〈実現〉のサイクルの回るスピードが、《人工》《サイバー》システムでは早く、《人間》《自然》のシステムでは遅いことには注意が必要です。《人間》では、法制度や政治、経済、経営など、《自然》では気候変動といったように、長期の観察や計画が必要な課題も多いからです。様々なデータは、集まれば集まるほど利用者の利便性は高まり、社会の課題の多くを解決できるようになるかもしれませんが、一方で、《人間》システムにおける個人情報の取り扱い※3のように、社会の理解や合意、納得を取り付けるためには時間が必要なものも多いからです。

※3 現在、個人情報の取扱いについては、①国家が管理する中国型、②企業に厳しい規制を設けるヨーロッパ型、③緩やかな規制を設けるアメリカ型の3つがあり、今後、日本がどういう方針を取るのかは、目下様々な検討がなされています。

大学は社会の箱庭。
――箕面新キャンパスでプレSociety5.0の実証実験を

 この点で《大学》は、きわめて恵まれたポジションにあると思います。教育・研究の場であることで、もちろん同意を取った上でですが、その目的のために学生個々の情報を収集し活用することができるからです。例えば学生の選択した授業を予め把握することで、空き教室をなくし、ムダな冷暖房を止め、エネルギーを削減できる。顔認証システムを使えば正確な出欠管理、詳細な学修ポートフォリオを作成できるかもしれません。
 大阪大学は2021年春を目指して、豊中の外国語学部のキャンパス移転も含めて、「グローバルキャンパス」「スマートキャンパス」「サスティナブルキャンパス」をコンセプトに、最新鋭のキャンパスを箕面に新設します。石橋と吹田のキャンパスを含めた3キャンパスの交流拠点とするとともに、生きた実験室、“リビングラボ”として、個人情報などのデータ取得とその活用、ロボットの活用やセンシングによる空調などの環境制御、モビリティ(mobility交通)のスマート化など、先端技術を駆使して人文・社会科学系の実証実験なども行い、イノベーションの創出を目指します。もちろん民間企業との共同研究や市民との共創によるオープンイノベーションが前提で、大学をプレSociey5.0の実証実験フィールドとして開放、活用しようと計画しています。
 大学はまた、失敗の許される場でもあります。国によるプロジェクトや企業による事業では、一旦失敗すると、その後2,3年は動きが止まります。しかし教育・研究という大義名分によって、大学には色々な新しいことに挑戦しやすい雰囲気があります。
 もちろん、大学は社会と隔絶されていていいと言っているのではありません。今や大学には、近代のヨーロッパの大学がそうであったように、来るべき時代に向けて新しい社会のモデルを提示することが求められています。オープンイノベーションで企業、社会、人を巻き込み、そこへ学生というニューカマーを受け入れ、何事も懼れないという若者、学生のエネルギーをイノベーションのエンジンにしていかなければなりません。このことはすでに、私たちが梅田のグランフロント大阪において、5年以上に亘って実証してきたことでもあります。大学とはまさに社会の箱舟のようなものであり、これからの大学の存在意義もここにあると思います。

専門に進むまでにしておきたいこと

 大学の情報系学部には、AI、セキュリティ、ネットワーク、計算機科学など様々な選択肢が用意されています。対象も、コンピュータのパワーが大きくなってきた今では、理系に限らず、人文・社会科学系分野までカバーできます。
 一方で、一人の人間が学べることは限られていますから、学部、大学院の修士課程ぐらいまでは、知識であれ技術であれ、何か一つの体系をしっかりと身につけることです。そして以後は、様々な人とそれらを持ち寄って協働すればいいと思います。
 そこで求められるのが、全体を俯瞰する目、専門分野を跨いで協働できる力です。そのためにも、中学高校、場合によっては大学の前半までは、できるだけ様々な分野の知識の体系に触れておくこと。とりわけ今後は、文系・理系ともにしっかり学んでおくことが必要です。
 AIに象徴されるデジタル技術の急速な進展で、人文・社会科学系の学問においても《デジタルヒューマニティ》と呼ばれる分野が拡大しています。本学で言えば、分野融合で学ぶ人間科学部の人気が高まっていますし、個別の研究事例では、文学部の美術史学の藤岡穣先生による、《AIによる仏像の顔画像分析》などがあげられます。また理系の技術や研究開発を目指すにしても、個人情報保護や市民の合意形成など、法律や社会制度といった《人間》システム、またSDGs(持続可能な開発目標)に象徴されるサスティナビリティなどの《自然》システムを視野に入れる必要もあり、文系の知識や知見についても、理解できるようにしておくことが不可欠です。
 さいわいなことに、みなさんは高校、大学と人生の中で最もゆとりをもって学べる時期を迎えられています。研究者であっても、専門家ともなると、自らの領域を深堀りする時間はあっても、分野の異なる研究について調べたり、学んだりする時間は限られてきますから、今、この時期にできるだけ様々な分野について幅広く学んでおくことです。将来その経験や蓄積は、直接的にしろ、間接にしろ、必ず生きてくるはずです。
 進路選択については、確かに今は、学問分野が細分化し、一方で分野融合の研究が求められるなど必ずしも簡単ではないかもしれません。そんな中で、私が特に大事だと考えているのは、何かに夢中になる、熱中する経験をしておくことです。将来、何を選択するにしても、それは必ず、最後までやり遂げるためのエンジン、エネルギーになるはずですし、イノベーションを起こすための必須条件でもあるのです。
 また、長年インターネットに係わってきた者としては当たり前のことですが、コミュニケーション力、人と協調する力も育ててきてほしいと思います。インターネットとは文字通り、人と人とをつなぐものですし、これからの研究開発では多くのメンバーとの協働が欠かせないからです。
 最後に、理系の女子にも選択肢が広がってきていることを付け加えておきます。
 これまで理系の女子、数学のできる女子は、進路選択において医学、薬学、あるいは生命科学などに限定されがちだったかもしれません。しかしコンピュータの性能が高まり、ツールとしてのAIが普及することで、これまでやや敬遠されがちだった工学などへも進出しやすくなってくると思うからです。女性の視点を反映した新しい工学の創出に、ぜひチャレンジしてほしいと思います。


コラム① ご専門は?

スーパーコンピューティングやキャンパス情報ネットワークシステムの構築、運用の経験を活かして、サイバーワールドとリアルワールドを、クラウド、センサーネットワーク、コンピュータネットワークの技術を駆使してシームレスに統合する技術を研究。

コラム② 今、大阪が熱い

本学の箕面新キャンパスの開設に続いて、2022年には全国初となる総合公立大学同士の、大阪府立大学と大阪市立大学の合併が予定されています。目下、Smart Cityを目指して改革を進める大阪市ですが、新大学も、「都市シンクタンク」「技術イノベーション」という2つの機能を掲げ、スマートシティ、パブリックヘルス/スマートエイジング、バイオエンジニアリング、データエンジニアリングの4つの戦略的領域を設け、本学同様、社会との強い結びつきを意識していると聞いています。2025年には、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、「未来社会の実験場」をコンセプトにした大阪万博2025も控えています。これからの5年、大阪からは目が離せないと思います。

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