進路のヒントススメ!理系 – STEAM STEMプラスArtな人を目指そう
今、STEAM教育やSTEAM教養という言葉に注目が集まっている。
S(科学:Science)、T(技術:Technology)、E(工学:Engineering)、A(美術:Art)、M(数学:Mathematics)で、
元々は本格的なIT社会の中で生きていくのに必要なリテラシーとして、アメリカ発で提唱されたSTEM教育に端を発する。
そこへ独創性やオリジナリティー、美意識の必要性を加えSTEAMと呼ばれる概念が生まれてきた。STEAMな人と、STEAM教育に力を入れる大学を紹介した。
京都最古の禅寺で室町時代には京都五山の一つとされた建仁寺。この秋、本坊を入った正面に展示されている国宝風神雷神図屏風の左側に12枚の襖絵が特別展示されていた。2014年に奉納された「雲の上の山水」で、実際に撮影した約1000枚の雲の写真を元に加工したデジタルアートだ。制作者は、メディアアートの先駆的存在として知られる土佐尚子京都大学大学院総合生存学館(思修館)※1特定教授。そこで「八思」と呼ぶ共通基礎科目の一つ、芸術を担当する。STEAMについて、また研究者として、アーティストとしての抱負を聞いた。
※1 初のリーディング大学院として2013年に開設。5年一貫制で異分野融合や実践型の教育に特徴がある。

(思修館)特定教授
土佐 尚子 先生
~Profile~
アーティスト兼研究者。工学博士(東京大学)。武蔵野美術大学講師、ATR知能映像通信研究所研究員、米国マサチューセッツ工科大学建築学部Center for Advanced Visual Studies フェローアーティスト、京都大学情報環境機構教授を経て現職。研究テーマは、実験映画、ビデオアート、メディアアートを経て、先端技術で日本文化を情報化するカルチュラル・コンピューティングの領域を開拓、研究と作品制作を行う。20代に制作したビデオアート作品が現代美術の総本山であるニューヨーク近代美術館(MoMA)にコレクションされている。福岡雙葉学園高等学校出身。
Q 2015年の京都琳派400年にちなんだ京都国立博物館での大がかりなプロジェクションマッピング「21世紀の風神・雷神伝説」以外にも、2012年の韓国での麗水国際博覧会(EXPO 2012 YEOSU)の「四神旗」や、シンガポールのアートサイエンスミュージアムでの初のプロジェクションマッピング「サウンドオブいけばな:四季」など、海外でのご活躍も多い。最近のトピックスは?
A 文化庁長官から2016年度の文化庁文化交流使の任命を受け、8カ国10都市を訪問した。特筆すべき大きなプロジェクトは、昨年の4月、ニューヨークのタイムズ・スクエアMidnight Moment※2で、春が待ち遠しいNYの人々に「Sound of Ikebana(Spring)」の映像で桜などの春の花をプレゼントするという粋な文化交流を行い、毎深夜3分間、60台以上のビルボードに映し出された《生け花》は、ニューヨーク市民の注目を集めた。
※2 1980年代、治安維持のため始められたパブリックアート。NPOタイムズスクエアアートが運営する。
Q 新たな境地を切り拓かれたいと。心機一転のきっかけは?
A 研究者、教育者として、学部教育も担う教員であり続けることも捨てがたいことだったが、やはりアーティストとしては、後世に残る作品、≪歴史の中の点≫を残したいという思いが強い。そこでより自由な立場で芸術活動を行えるポストを選んだ。ニューヨーク近代美術館に25歳の時の作品ビデオアート『An Expression』(1985年)が収蔵されたこともあったかもしれない。芸術作品は、認められるまでに長い年月がかかる。そろそろ集大成に入らねばと考えた。もちろん事情はアカデミックの世界でも同じかもしれない。ただそれ以上にアーティストは、社会へいかに影響を与えるかが大事だと思う。

Q 初心に戻られた?
A 友人である森山朋絵さん(東京都写真美術館)の言葉を借りれば、《螺旋を描いて回帰した》というべきか。美大を出てフィルム、ビデオアートからCGへ。そして本格的なデジタルアートに取り組むため東京大学でメディア工学の学位を取得した。ATR(国際電気通信基礎技術研究所)を経て迎えられえたMIT(マサチューセッツ工科大学)では、文化、芸術のデジタル化を図るカルチュラルコンピューティングを始めた。まさにSTEAMの世界だ。
しかし次第に、その限界も感じるようになってきた。確かに現代のアーティストの多くはSTEAMなしには生きていけない。なぜなら作品が後世に残るためには、伝統を継承するだけでなく、時代の最先端の技術を使うことも求められるからだ。一方で、コンピュータで創ったアートは、あくまでもインプットに対応したアウトプットでしかないことも事実だ。果たしてそれを美と呼べるのか。真の美、真のアートとは予測不能なものを含む。神々しく、何度見ても飽きないもの、さらには人間の生存と結びついたものでもある。だから人を惹きつける。東洋人にとっては、≪自然≫そのものと言ってもいいかもしれない。
そんなアートをもう一度追求してみようと、大がかりなコンピュータベースのインタラクティブアートを止めた。
Q 絵画も音楽も、中途半端なものではコンピュータで作るものに負ける時代だと語っておられた。
A そう、だからアーティストとしては、レオナルドダビンチの時代からアーティストが行っている、まだデータになっていないアナログの新しい美を自然から発見しなければならない。


Q 具体的には?
A スランプに陥っていた2012年から、寺や雲の写真を撮り続けるなどアナログへの回帰を模索し始めた。建仁寺の襖絵は、その頃、飛行機から撮った雲の写真を加工したものだ。インプットはアナログの新しい美、アウトプットがデジタルアートとなり、とてもウエットなものになる。
Q 他には?
A 極微の世界を対象にしたInvisible(目に見えないもの)Beautyと呼ぶ作品だ。目に見えないものをコンピュータで可視化するというのは長年のテーマだが、テクノロジーの進歩で見えるようになった≪自然≫、美のパターン、例えば電子顕微鏡で見た氷の結晶、ハイスピードカメラで捕らえた流体の動きなどを扱う。
その第一弾がSound of Ikebanaだ。スピーカーを上に向けて薄いゴムで覆い、その上に皿を置いて、そこへ色絵具を混ぜた粘性液体を入れる。それに下からの音による高速運動で波打たせ、その様子を2000フレーム/秒のハイスピードカメラで捕らえる。それがちょうど、自然の作り出す生け花に見える。しかも同じ形は一つもない。流体物理学の芸術だ。絵具の色を使い分け、俳句も添えて四季を表現し、絵具の色遣いを煌びやかにすることで、琳派の意匠にも近づけた。
Q なぜ生け花を。
A MITで禅コンピューティング(「ZENetic Computer」)に取り組んで以来、文化の中でも日本的なものの表現に強い関心を持ち続けてきたからだ。様々な面で西洋的なものの見方や考え方の行き詰まりが感じられる今、東洋的なるもの、中でも日本的なるものを世界へ発信するには絶好の機会だと思う。アニメやマンガもいいが、そろそろもっと本質的なものを発信すべき時期に来ているのではないか。
産業応用面でも同じだ。スティーブ・ジョブズが禅に感動し、自社製品のデザインや機能にその思想を取り入れたことはよく知られているが、それが今や世界を席巻している。本家本元の日本はどうか。確かにここまでは乗り遅れてきた感がある。しかしそういうビジネスの世界展開に使える可能性を秘めたものはまだまだ埋もれている。まさにこれから、ということだろう。
そこで企業と連携して、様々な日本美を取り出しアート空間の設計や商品・サービスに取り入れていくことを計画している。その方がスピードも速く社会への影響も大きいかもしれない。Sound of IkebanaやGenesis※3は、その面においても第一弾になるはず。期待してほしい。
※3 ドライアイスの泡を入れた粘性液体に、絵具を入れその相互作用をハイスピードカメラで捕らえ存在の起源に迫る。