「耕作することが産業であり続ける世界」をビジョンに掲げ、
農業界初の「研究」「栽培」「販売」すべてをカバーするベンチャー企業を目指す
Forbes Asiaが2022年5月に発表した『Forbes 30 Under 30 Asia 2022』のIndustry, Manufacturing & Energy部門に選出された若き起業家がいる。株式会社AGRI SMILE代表取締役の中道貴也さんだ。Forbes 30 Under 30 Asiaとは、毎年Forbes誌がアジア太平洋地域を対象とした各分野で活躍する30歳未満の人材を選出する企画であり、7回目にあたる今回は4,000人を超えるエントリーの中から10部門で各30人が選ばれている。農業への情熱がほとばしる中道さんに、同社で研究開発の総括を務める林大祐さんを迎え、株式会社AGRI SMILEのビジョンと創業に至った経緯、目指す未来を、そして日本の農業の課題と可能性について語っていただきました。併せて高校生や大学生、未来の起業家に向けたメッセージもいただきました。
代表取締役
中道 貴也さん
2017年京都大学大学院農学研究科修了。在学中は地元兵庫県丹波市に農業で貢献したいという思いから農業資材の研究に取り組んだ。対象資材は「第25回地球環境大賞」にて「農林水産大臣賞」を受賞。修士課程修了後はビジネスの観点から農業を活性化させたいと、東証プライム市場上場企業に経営企画職として入社。新規事業の立案だけでなく、ITを駆使した業務効率化やデータを活用した粗利益改善を全国で行う。また、次世代を担う幹部候補生採用にも注力する。その後、農業を通して各地域をより魅力的な場所にしたいという想いから退社、2018年8月、株式会社AGRI SMILEを設立。三田学園高等学校出身。
研究開発部部長
林 大祐さん
2018年京都大学大学院農学研究科修了。大手飲料メーカー入社後、品質管理・生産プロセスの改善や生産現場のDXに関する技術開発に携わる。業務の傍ら、原料となる農産物の圃場や生産者の元を回り、農業現場における様々な課題に直面。技術的な側面から農業課題の解決に興味を持ち、2020年AGRI SMILEに参画。自らの経験を活かし、ONLINE CONFの構想・設計を担当した後、2021年に研究開発部の立ち上げを主導。現在はバイオスティミュラント資材関連研究を中心に、持続的な農業の実現に向けた研究を推進。大阪府立北野高等学校出身。
株式会社AGRI SMILEにかける想い
中道:私たちAGRI SMILEは、農業が栽培環境やニーズの変化に適応し、市場から評価される農産物を作り続けることを可能にする技術の開発、提供を行っています。これらの活動をとおして、農業に携わる人々が経済的にも精神的にも豊かな生活を送ること、また環境や地域と調和した栽培体系が確立されることを支援しています。
農業界を事業領域として選んだのは、農業が盛んな兵庫県丹波市で生まれ育ち、祖父母が兼業農家であったことが一番の理由。幼いころから祖父母の手伝いをしていて、高校、大学、そして大学院と進む中、「農業現場の良き通訳者になりたい」という想いが強くなりました。これまで熟練農家の「感覚」を頼りに農作物の状態を把握して栽培や収穫を行うことがほとんどだった農業。耕作地や農作物の状態の変化を的確に捉え、再現性を高めていくには高い壁がありました。また昨今は、消費者行動と意識の変化や気候変動などの影響により市場のニーズも激しく変化します。AGRI SMILEが推し進める情報収集とデータの効果的な利用はこれら課題を解決する一助となり、産地とともに持続可能な農業を作り出すことができると信じています。
泥臭いやり方で駆け抜けた創業当時
中道:想い描いていた事業構想を実現させるためには、既存の組織に入るのではなく自分で会社を作るしかないと感じ、当時勤めていた会社を辞め、2018年に株式会社AGRI SMILEを創業しました。ゼロからのスタートで、最初の頃は給料も取ったり取らなかったり。貯金が1万円を切ることもあり、交通費を削るために20キロ以上歩いたこともありました。事業に協力してくれる最初の農業協同組合(Japan Agricultural Cooperatives:JA)とご契約させていただくのに1年。日々、崖っぷちで戦っていました。
それでも困難を乗り越えてこられたのは、大好きな農業に関わりながら自分のやりたいことに挑戦できる喜びを、常に嚙みしめることができたからだと思います。創業して間もなく、データサイエンスやソフトウェア開発に長けた仲間との出会いも後押しになりました。以後二人三脚で様々なコンテンツを生み出してきましたが、知恵を絞って生み出したものを使ってもらえる嬉しさは何ものにも代えがたい。現在では規模も拡大し、約50名のかけがえのない仲間とともに事業を推進しています。
どんな事業?
中道:創業から5年目を迎えた現在は、産業としての農業を「研究」「栽培」「販売」の3つの側面から後押ししています。農業全体のバリューチェーンを体系的に把握・支援できるからこそ幅広い分野での事業展開が可能で、これが当社の強みになっていると思います。
「研究」バイオスティミュラント(Biostimulant:BS)
林:農業現場の脱炭素化に向けた取り組みを加速し、気候変動によってもたらされる諸課題を解決する一助とすべく、バイオスティミュラント(Biostimulant:BS)の効果的な利用法の開発を行っています。BSとは、より良い生理状態を植物体にもたらす様々な物質や微生物、あるいはそれらの混在する資材の総称です。植物のストレスを緩和し、本来持っている能力を引き出して健全な状態を維持する資材や、収穫後や貯蔵の際に好影響を与える資材があります。弊社では独自のBSライブラリーを創成し、それらの効果を評価する指標の確立にも成功しており、特許出願を完了させています。BSに関した研究開発活動では、JAや京都大学、三井物産株式会社とも連携し、実用化に向けて取組を加速しています。
ONLINE CONF
林:最先端の生命科学研究を支援し、研究者の存在感を向上させることにも取り組んでいます。新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、大学や研究機関の学術会議がオンライン化する中、Forbesの選定理由にもなったONLINE CONFというプラットフォームを開設しました。バイオサイエンスや農業の研究者が研究成果について議論するためのものから始まりましたが、オンラインでの会議にはリアル感がない、タイムリーな交流ができないなどの声を受け、1000回以上改修しています。研究者と二人三脚で開発することで現場のニーズを吸い上げ、「対面で研究発表をしているような感覚」の持てる新しい形を提供することができています。その結果、サービス開始から2年足らずで30,000人以上の研究者にご利用いただきました。現在は、地理的、金銭的な制約を受けにくいというオンラインのメリットを最大限活かし、若手研究者の参加を促進して活躍の場を広げるとともに、大学生・高校生など、将来の研究者を発掘する仕組みづくりにも寄与できるのではないかと考えています。今後は産学官連携を加速させ、日本の学術、研究の発展に寄与できるような事業をさらに展開していきたいと思っています。
「栽培」KOYOMIRU
中道:暗黙知である栽培技術について、科学的知見から解析し、脱炭素技術を現場に応用することを目指し、トレーサビリティ(=商品の生産から消費までの過程を追跡すること)の向上を目指しています。例えば、これもForbesの選定理由になったKOYOMIRU。独自に開発した生産現場のDX(=デジタルトランスフォーメーション)解決ツールの一つで、農作物の効率的な収量向上のために、農家が作物をどのように育てているかを追跡・モニタリングし、集めた情報を解析します。DXにはデータ収集、整理、解析と現場へのフィードバックが欠かせませんが、農業現場を理解し運用まで落としこんでいくのが最も重要で、かつ難しい。この点、農業技術や現場の課題に詳しい社員が多数在籍していて、JAさんや生産者さんのニーズに沿った支援ができるのが弊社の強み。既にいくつかのJAさんを通じて農業現場へ導入されていますが、デジタル化に不慣れな農家さんにも簡単に利用してもらうことができ、業務の効率化向上につながっていると評価されています。他にも、JAさんや生産者さんと連携し、肥料価格の高騰と世界的な脱炭素の流れの中で、経済性と環境負荷の軽減を両立できる栽培体系を模索しています。
「販売」
中道:産地における選果/物流オペレーションの最適化によって収益の向上を図り、なおかつ産地の魅力や脱炭素の取組を多くの消費者に知ってもらう活動を行っています。例えば、出荷されたみかんやもも、トマトの状態を糖度、酸度などの観点から、AI技術を駆使して評価し、機械学習によって産地間で比較評価できるようにしました。得られたデータを、農学的に解析することで農作物の栽培にフィードバックさせたり、土壌の改善につなげることもできます。
日本の農業の課題と可能性
中道:これまでの事業の中で、見える化してこなかった大量のデータの有効活用に大きな可能性を感じています。例えば、AIなど工学的な技術から得られるデータは、農学の専門知識を持って解析すれば生産性の向上につなげることができます。農業におけるデータの収集は時間を要し、気候変動など様々な影響を受けるという難しさもありますが、開花・成熟時期の予測や、病気対策、高効率で品質管理などができるようになれば、出荷の際に有効な戦略を組めるようになります。一方、JAの担当者さんや農家さんへの情報伝達にはまだまだ課題も多い。特に農業従事者は、主に後継者不足から高齢化が進んでいますから、 最新技術から得られる情報をいかにシンプルに分かりやすく伝えるかが問われます。それにはJAさんと良好な協力関係を築き、農業現場の状況を深く理解し盛り上げていく必要があります。
将来への展望
中道:『Forbes 30 Under 30 Asia 2022』のIndustry, Manufacturing & Energy部門に選出されたことについては、これまでの様々な取組が評価されたものと大変喜んでいます。また、すでに紹介した二つのプロダクトにより、約2億1千万円(160万ドル)を調達できました。最近では多くのJAさんと提携し、新たな事業も展開しています。経済の活性化をとおして日本の農業の発展に貢献したいとの想いは、将来も変わらず持ち続けていると思います。
近年、IT・医療分野においては多くのスタートアップ企業が創業され、中には急成長を果たした企業もあり、時価総額1000億円、1兆円を超えるところも出てきています。いずれも現在の産業や社会の課題を打破し、それぞれの発展に貢献することを期待されていますが、農業界にはまだ事例がありません。
JAや行政、自治体を中心に農業界に変革をもたらすスタートアップを支援する仕組みが整えられつつある今※、AGRISMILEは、農業に関わる人々とともに課題解決に取り組み続け、結果的に農業の持続可能性、発展への貢献が期待される企業として、国内外で評価される存在になりたいと考えています。そのために重要なのは代替不可能性。農業界の多くの組織にとって、AGRI SMILEが替えの効かない存在になる。この想いは現在の50名の仲間にも伝え続けていて、今後、組織が成長する中でも大切にしていきたいと思っています。
※支援事業例
農林水産省「農林水産業等研究分野における大学発ベンチャーの起業促進実証委託事業」
生物系特定産業技術研究支援センター「スタートアップ総合支援プログラム」
一般社団法人AgVenture Lab「JAアクセラレータープログラム」
愛知県「あいち農業イノベーションプロジェクト」
浜松市「浜松市ファンドサポート事業」等
高校生・大学生へのメッセージ
中道:一生懸命考えながら物事に真剣に打ち込むことは非常に重要です。がむしゃらに頑張るというより、思考を凝らすことです。継続的に業務の改善を促すには、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)サイクルを繰り返すという考え方があります。私は中学・高校時代は野球に情熱を注ぎ、大学院では研究に打ち込みましたが、PDCAを回すという考えは、スポーツにも勉学にも、また経営にも通じます。正しい努力を続け、常に改善を加えることで必ず成功への道が開けると思います。
また、少しストレスを感じますが背伸びをしなければならないような環境に身を置くことも必要だと思います。人間だれしも周囲からの影響を受けます。熱量が大きく刺激を受けられる人が周りにたくさんいて、自分の力を100%以上発揮しないとついていけないような環境に身を置くことも、大きな成長につながると思います。
林:昔から、「できるまでやる」を合言葉に、部活動や研究をはじめ、様々なことに挑戦してきました。多くのことはなかなか思い通りにはいきませんが、途中であきらめず、やり方を工夫して最後までやり抜くこと。信じる通りになるのが人生である、と考えるのもいいでしょう。
同時に他者との協調も必要です。人間ひとりでは何もできませんし、生きてもいけません。人それぞれ得意不得意、好き嫌いがあるのだと、お互いを尊重し合いながら協調的に取り組む。そうすれば相乗効果が生まれ、一人では到達ができないような地点に辿り着くことができると思います。
2022年、本誌では高等学校での探究学習の始まりに合わせて、探究のヒントを提供できればと、「学問と探究」と題して、大学・研究機関における最先端の研究を紹介してきました。反響は大きく、編集部一同、科学・技術の最新の研究成果を日本の将来を担う高校生に伝える重要性を再認識しました。一方、日本の現在おかれた立場からは、研究から得られた技術や知見を、若者が先頭にたって社会実装、ビジネスとして展開することも不可欠とされています。そこで本年最終号となる第150号は、学問と探究を発展させ「社会課題の解決と探究」をテーマに、研究や学びの社会展開、そのために求められるベンチャースピリット、アントレプレナーシップについて紹介してみました。 分野は、食と農業。去る10月16日は世界食料デーでしたが、2022年は、気候変動に加えてコロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などにより、食料安全保障が脅かされた年でもあります。中でも輸入大国日本は、物価上昇等により、その影響を特に受けやすく、食糧自給率は38%(2021年、カロリーベース)まで落ち込んでいて、政府も『みどりの食料システム戦略』を打ち出すなど、食と農業については大幅な転換を促す時期としています。今後、日本の農業は、人工知能(AI)や情報技術(IT)、革新的なバイオテクノロジー技術、ドローンなどを駆使する一方で、耕作地のローカルな事情も考慮して生産力向上と持続性を両立する必要もあります。食と農業を舞台に、日本で、海外で奔走する若きアントレプレナーを特集しました。