人類はどこで間違えたのか

中村桂子 中公新書ラクレ、2024年

雑賀 恵子
文筆家。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)がある。

 「人類はどこで間違えたのか」という問いかけは、現在の有り様は間違っているとの認識が前提となっている。

 なにが間違っているというのだろう。

 近年の気候変動や環境の激変は、地球上の生物全てに影響を及ぼし、生存が危ぶまれる生物種は極めて多く、地球史上、第6番目の大量絶滅期だといわれている。もちろん人間も、その影響は免れない。水や食料問題は今後より一層深刻になってくるだろうと予想される。環境汚染は直接人体に被害を及ぼしているし、細胞レベルにまで入り込むマイクロプラスチックのような、今まで考えられなかったような問題もある。人間の社会では、いまなお、紛争や戦争があちこちで起こっている。科学技術の飛躍的な発展は、文明を繁栄させたと同時に、大量破壊や大量殺害を可能にした。近年いろいろなところで「持続可能な社会」とか「持続可能な発展」といわれるが、これはつまり、わたしたちの社会はこのままでは持続するのが難しいということだ。やはり、どこかおかしい。間違っているのなら、わたしたちのこれから進むべきべつの道を探し求めなければならないのだろうか。  

いや、本書は、べつの道ではなく、人間の本質を見つめて本来歩むはずの道を探すべきだという。本書の問いかけは、人間ではなく、人類だ。著者の中村桂子さんは、生命科学という学問分野を創出した科学者として知られる。生物を分子の機械としてとらえ、その構造と機能を解明するのが生命科学である。しかし、自ら開拓した生命科学の手法や生命観に疑問を持ち、機械ではない生命そのものを探求する「生命誌」というものを構想し、JT生命誌研究館創立に携わった。生命誌のなかに人類を置き、本来の道を探るというのが本書である。 

地球史から見ると、いまいる多種多様な生物はみな同じ40億年まえの始原の細胞に源を発し、多種多様な生物群に広がって進化を遂げてきた。そして、相互に関わりをもって生きている。この生命が織りなす絵巻を生命誌と呼び、そのなかにホモ・サピエンスもいると著者は考える。ホモ・サピエンスは、意識を持ち、抽象的思考を獲得し、技術を生み出し、自然を対象として対峙する「人間」になり文明を築き上げた。生命誌において特異な進化をいかにしてなし遂げたかを辿り、人間を人間とならしめたものはなにかを考察し、そして、絵巻から飛び出ていくのはどの地点かを見ようとする。

 著者の考えでは、農耕に踏み出したことが、生命誌から外れていく大きな分かれ目だ。人類はなにゆえ自然を飼い慣らす農耕を始めたのか、それがもたらしたものはなにか。それを追うことで、これからわたしたちが歩むべき本来の道を探す。もちろん、農耕以前の社会に戻るということではない。

 本書は、いま直面している問題を地面にして、生命始原からいままでの40億年を、分子レベルから地球レベルまでを、行きつ戻りつする。人間とはなにか。生命誌を織りなす糸の一本である人類というところから、「わたしたち」の現在を捉え直し、未来を見通す。「わたしたち」とは、このわたし個人であり、同時に地球生命全てである。本書とともに、問いかけそのものをほぐしながら、応答を試みよう。

お問い合わせ

発行所:くらむぽん出版
〒531-0071 大阪市北区中津1-14-2