オピニオン・連載

「脱炭素」で本当にいいの? 日本化学会が炭素循環を提言

2022年9月4日、日本化学会は学会長名、教育・普及部門長名で「科学(化学)的に正しい「炭素循環」を 我が国が目指す社会の用語として使おう!」というメッセージを日本化学会機関紙「化学と工業」、「化学と教育」9月号、さらには学会ホームページに公開した。日本化学会では、この科学(化学)的に間違った言葉が使われることに強い懸念をもっており、科学(化学)的に正しい「炭素循環」という用語を使うことを強く求めることを主張している。さらに、9月7日、日本化学会関係者が文部科学省関係部局に出向き、本事案の説明と情報提供を行った。本事案が世の中に浸透し、議論が活性化され関心が高まること、さらにこれがきっかけとなり本件に対する正しい理解と共に国民の科学的リテラシーの向上を期待したい。以下、今回の公開文書の本文の一部を示す。


 (前文略)人類が協調して目指す社会を指す言葉として、「脱炭素」がしばしばマスコミ記事、場合によっては政府の資料でも使われます。この言葉は科学(化学)的に適切でしょうか。「脱炭素」という言葉からは、その目指す究極の到達点は「炭素がない」、「炭素がなくなった」状態と捉えられる言葉です。しかし、我々人間を含めたすべての生物は炭素を含んでいますし、木材のような自然由来の物質にも炭素が含まれており、私たちの社会から炭素をなくすことは現実的ではありません。つまり、「脱炭素」という用語は、炭素のない生物や物質社会を目指すという間違った印象や目標を人々に与えてしまうかもしれないのです。社会が求めているのは、二酸化炭素の排出と吸収のバランスの取れた状態で、科学的には二酸化炭素を媒体とした「炭素循環が100%達成」された状態です。この状態では炭素は決してなくなっているわけでもなく、なくすことを目指すことも真の目標ではありません。したがって、「脱炭素」よりも「炭素循環」という用語が科学(化学)的に適切です。すなわち、我々が目指す姿として社会や経済という言葉と組み合わせるのであれば、「脱炭素社会」や「脱炭素経済」ではなく、「炭素循環社会」や「炭素循環経済」(英訳:Circular Carbon Economy)という用語をつかうべきなのです。

 次代を担う子供たちや社会に化学を正しく伝えることは日本化学会の重要な役割のひとつです。例えば、中等教育においては、高等学校教科書と大学入試で使われてきた用語でその用法に疑問を感じるものについては日本化学会の委員会で検討をし、その「望ましい」用語や用法を提案してきました。事実、これらの提案は文部科学省の新しい学習指導要領にも反映されました。「脱炭素」という言葉は、これまで公的な文書でも用いられることがありましたが、その結果として初等、中等、高等教育の教科書に掲載される可能性が出てきています。日本化学会は、この科学(化学)的に間違った言葉が使われることに強い懸念をもっており、科学(化学)的に正しい「炭素循環」という用語を使うことを強く求めたいと思います。科学(化学)的に正しい用語を用いて、子供たちの科学に関する見方や考え方を育てていくことは極めて重要であり、我が国の将来の科学技術を担う優れた人材を育成することにつながると確信しております。

 公益社団法人 日本化学会 会長 菅 裕明  教育・普及部門長 塩野 毅

※全文及び詳細は、https://www.chemistry.or.jp/news/information/post-443.htmlを参照のこと。

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