オピニオン・連載

16歳からの大学論 探究学習を進める難しさとその原因

宮野 公樹 先生

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
宮野 公樹先生
~Profile~
1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)など。

 2023年3月末に、現代ビジネスWEB版に寄稿しました。『誰も教えてくれない「学びとは何か」、学び直しブームへの「大きな違和感」』(https://gendai.media/articles/-/108320)というタイトルで、リカレントやリスキリング、そして探究学習といった今日的な「学び」のキーワードを取り上げ、僕なりの学問論と結びつけて考察してみたものです。この記事、ぜひご覧頂きたいのですが、実は「学習」について書ききれなかったことがまだあるため、紙面を借りて書き残そうと思います。以下は、主に探究学習に携わる先生方を念頭に置いたものです。

 物の本によると、探究学習を指導する際の悩みとして、「生徒への評価が難しい」「指導内容に不安が残る」「学習場所が広範囲になり過ぎる」「十分な学習計画が作成できない」「学習計画通りに授業が進まない」「生徒の授業に対するモチベーションが低い」があるそうです。以下、順に考えます。

「生徒への評価が難しい」について

 大学においても卒業論文等で学部4回生を評価はしますが、基本的なスタンスとしては、その研究を評価するのであって、研究者としての人物を評価するのではありません。そこが高校とは決定的に違うかもしれません。学術研究の場合、価値ある研究のできる研究者を高く評価します。高校でも、生徒ではなく生徒の研究テーマを評価するという意識に変えると、もっとやりやすくなるかもしれません。そして、生徒も教師も、テーマ選定やその実践により身が入ると思います。

●「指導内容に不安が残る」「学習場所が広範囲になり過ぎる」について

 探究においては、指導(ティーチング)よりコーチングですから、生徒の選んだテーマについて教師の方が詳しい必要はありません。それより、教師自身が探究者として、挑戦や失敗、紆余曲折や苦労を繰り返すなどして熱中している姿を見せること、生徒とともにそれらを味わうことが何よりも大事だと思います。そもそも「探究」とは、指導できるようなものではないのですから。

 なお、自然科学分野の実験系ではないテーマの場合、社会学の研究方法がかなり参考になると思っています。社会学には、しっかりとその分野の手法や手続があり、「宝塚」から、「遅刻」「ジェンダー」「マンガ」「フェス」「映画」「伝統産業」「古本屋」「ツーリズム」などに至るまで、研究テーマにすることができますから。

「十分な学習計画が作成できない」「学習計画通りに授業が進まない」について 

これは学術研究では当たり前のことです。研究とは、ビルの建築のように設計図を作ってそのとおりに建てるような営みではありません。研究であるなら、計画は絶えず変化し、柔軟性のあるものでないとむしろだめですし、計画通りにいかなかった方がすごい発見が得られるなどの場合もあったりもします。

 以上、振り返ってみると、いずれも「研究(≒探究)」と「学習」の混同が根っこにあるように思えます。通常、高校の教科の学習では、試験問題よろしく教師が「答え」を用意して生徒はそれを《当て》にいきます。しかし、探究にはそのような確固たる「答え」はありません。にもかかわらず、通常の「学習」と同じように考えてしまっているために、評価や指導が「大変だ」「計画通りに行かない」などの悩みがでてしまう。「生徒の授業に対するモチベーションが低い」のもそれが一因かもしれません。繰り返しますが、「探究=学習指導」とするから戸惑うのであって、「探究=研究」という本来のありように戻せば、かなりの悩みはなくなるのではないでしょうか。

 勿論、問題は残ります。指導という営みが本務である高校の先生方は、どう「研究」すればいいのか。そして、どういう研究が価値ある研究、良い研究なのか・・・本来、大学の範疇であるものを、部分的とはいえ高校へ導入できるのか。

 僕は2つの道があると思っています。一つは3分間クッキングのように、ある程度の答えを用意した形で実施する道。これなら評価もしやすく計画もたてやすいでしょう。もう一つは、完全に「研究」を目指す道。もちろん実践には学校側としても覚悟と勇気が必要でしょう。しかし学習と研究の混同で悩むよりましではないでしょうか。その方がより本来の姿に近く本質的ですし、先生たちの負担や悩みもかえって減少すると思います。

 おそらく現状は、後者の方にむかっているのではないでしょうか。問題は高校には十分な研究資金はなく、実験装置も論文へのアクセス手段も十分ではないことです。しかも、通常の教科と同時進行で進めるのにどれほど注力できるのか。

 未だ揺籃期ともいえるこの「探究学習」には、たしかにそのような困難はあるでしょう。しかしその最適な姿はきっとあるはずですし、僕自身その手応えを感じないわけではありません。昨年度につづき今年度も、日経STEAMのアドバイザーを拝命しましたから、今年も10校ほどの高校で探究学習を《探究》してみようと思っています。

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