~Profile~
京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。
日常ぼうっとしているような時でも「お腹が空いたな」とか考えているものだし、「先週食べた焼肉は美味しかったな」とか思い出したりする。わたしたちは、自分と自分以外のものとの関係を言語によって繋いでいる。また、言語があることで、過ぎ去ったことや未来のこと、ここにないものや抽象的なものを考えることができる。思考するとは言語で世界を切り取って区切り、形づくっていくことだ。そして言語による思考は、その言語を理解する他者に伝達できる。だから、社会を作り、文化を作って、それを発展させることができる。言語は人間を人間たらしめるもののひとつだ。まだ言語を持たない赤ん坊は、自己と世界をどのように捉えているのか、わからない。子どもは、どうやって言語を身につけていくのだろうか。
当たり前のように使っている言語というものを改めて考えてみると(考えるということも言語があるからなのだが)実に不思議で面白い。言語とは、なんだろう。
本書は、オノマトペを手掛かりに言語とはなにかを探る。そして子供の言語習得の過程をオノマトペとアブダクション(仮説形成)推論に軸をおいて分析しながら言語の成り立ちや構造を考察し、さらには言語が体系に成長していくことを見通す。とりかかりの根底にあるのは、認知科学やAI研究での大きな課題である「記号接地問題」だ。言語体系にある記号(たとえば「りんご」という文字や音)がどのようにして現実世界の対象、意味と結び付けられるのかという問題である。ことばを使うために身体経験が必要かどうか、ということから、感覚イメージを写しとるオノマトペの「アイコン性」を取り上げ読み解いていく。オノマトペを言語の10種類の特性(言語学でスタンダードとして論じられる十大原則)と照らし合わせるとほぼ言語であると言えるのであるが、言語の特性からはみ出たところは、身体と抽象的な記号体系である言語との間を埋めるものと考えられる。
著者の今井むつみさんの専門は認知科学・言語心理学・発達心理学、もうひとりの秋田喜美さんは認知・心理言語学。認知科学と言語学が合わさって、オノマトペを手掛かりに言語を探求する手法は、新鮮で実におもしろい。著者たちは、オノマトペを分析しながら次々と湧いてくる問いと格闘し、きり捌いていく。そしてついには言語の発生までたどられ、人間がどのように進化していったのか、人間というものについてまで展開される。最後に、著者たちは、独自の言語の本質的特徴を7つに絞って提唱する。
日常何気なく使い、あたりまえのように受け取っている音の「感じ」がこれほどまで深く掘り進められるのは驚きでもある。本書を読みながら、読者もまた、いろいろな方向に知的興味が喚起されるだろう。わくわくするような冒険に誘うスリリングな書である。