オピニオン・連載

高等学校「探究」の現場から その3

高校における「研究倫理」指導

秋田県立秋田高校 教諭博士( 生命科学) 遠藤 金吾さん

遠藤 金吾さん ~Profile~
東北大学農学部卒業。東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生命科学)取得。東北大学加齢医学研究所科学技術振興研究員を経て、2008年より、秋田県の博士号教員。2016年より、現任校(秋田県立秋田高等学 校)に勤務。専門は「DNA修復と突然変異生成機構」。埼玉県立川越高等学校出身。

研究の世界では「研究不正」が起こることがあり、ニュースとして一般にも報道されることもあります。「研究不正」を起こさないために、全国の大学では研究倫理に関する教育が行われています。昨今の高校では、大学で言うところの「研究」に相当する「探究活動」が盛んに行われています。では、高校における「研究倫理教育」はどのように行われているのでしょうか。筆者の実践を交えながら紹介します。

高校「理数科」における「探究」

 筆者の勤務校には「理数科」という学科が設置されています。「科学的、数学的な能力を高め、思考力をもつ人材を育成すること、探究的な活動を通して、専門的な知識や表現力等の育成を行い、医師や研究者、技術者など、専門的な知識・技能を生かして社会に貢献できる人材を育成すること」を設置目的とした学科です(第七次秋田県高等学校総合整備
計画)。原則として「理数探究」を全生徒に履修させるものとされており、筆者の勤務校でも2年次に設定されています。高校で実施する教育活動の内容は「学習指導要領」に細かく定められており、「理数探究」「理数探究基礎」については文部科学省から平成30年に学習指導要領が告示されています。
 「理数探究」を含む「理数」の学習指導要領解説は実に50ページ以上にわたりますが、「理数探究」で実施する内容を抜粋すると次の通りです。
・ 個人又はグループで課題を設定して主体的に探究を行い、その成果などをまとめて発表させる。
・ 課題は数学や理科などに関するものを中心に設定させ、探究の手法としては数学又は理科に基づくことが必要である。
・ 中間発表を行うなど、途中段階での進捗を確認しながら粘り強く取り組ませることが重要である。さらに、探究した成果やその過程を報告書等にまとめさせることが求められる。
 そして、学習指導要領解説の中では、「内容の取扱いに当たっての配慮事項」として次のような記載があります。


高校生として配慮する研究倫理として、次のようなものが考えられる。
・ 探究の過程における不正な行為
・ 探究の過程における人権侵害


探究の過程における不正な行為について

 学習指導要領解説には、「研究活動における不正行為とは、データや研究結果などの『ねつ造』、『改ざん』、『盗用』などがある」と記載されています。
問題①:やり忘れた実験結果を、他の実験区のデータをもとに予想される値を算出し、結果の表に追記した。
問題②:顕微鏡写真を撮影したところ、ゴミのようなものが見えたので、見栄えを良くするために背景部分をコピペして消去した。
問題③:自分の研究と似た研究成果をインターネット上で発見し、発表会のスライドに、出典を明示した上で写真1 枚と文章を 1 文貼り付けた。
問題④:実験結果にばらつきがあったので、明らかにおかしそうだと思った数値を除外して平均値を算出した。
 これらは勤務校の「研究倫理セミナー」の中で出題したクイズです。読者の皆さんも考えてみて下さい。このようなクイズに答えながら、「どこまでは是でどこからが非か」ということを生徒たちは学んでいきます。なかなか難しいのは問題④で、「外れ値は自分
の感性に従って除去して良い」と考えてしまう生徒が意外と多いものです。科学的に判断するためには統計的な知識も必要になります。学習指導要領には「観察、実験、調査等の手法や統計処理の方法などを含んだ探究を遂行する上で必要な知識及び技能を身に付けさせる」とも示されていて、勤務校では「統計処理講座」も実施しています。
 学習指導要領解説は次のようにも述べています。


これら(不正行為)を防ぐため、探究の過程において適宜研究倫理について意識させる場面を設け、信頼できる探究になっているかどうかを確認させることや、探究の過程においてできる限り記録を取り再現性や信頼性を確保させることなどが重要である。


 大人の研究業界で「研究不正」が起きた際に、真偽を判断する情報源となるのは「研究ノート」です。全国の大学の研究室で「不正を疑われないための記録(ノート作成)」の作法についてはみっちりと学生に対して指導が行われています。研究ノートは、後から研究の過程を振り返ることができる「研究者の日記」であると同時に、不正行為を疑われないようにするための「証明書」でもあり、とても重要です。研究室ごとに流儀は多少違いますが、
・付け足しも削除もしていない新品のノートを用意(ルーズリーフ不可)。
・ 消しゴムで消せないようにペンで記載。
・ 修正液は元の記述がわからなくなるから使用不可。
・書き損じのときは、元の記述がわかるように二重線で修正。
・グラフや写真は糊で貼る。セロハンテープは剥がせるので使用不可。
ということを、大学で卒業研究を経験した方は指導教員から教え込まれたのではないでしょうか。高校の探究でも同じことを指導しています。

探究の過程における人権侵害・その他について

 学習指導要領解説には、「個人情報の不適切な扱い等による人権侵害が起こらないよう十分な配慮が必要である」と記載されています。
 では、ここで再びクイズです。
問題⑤:自作の石鹸をクラスの友達に試してもらったが、身近な材料を使ったので危険性は無いと思い、材料や危険性に関しては特に説明しなかった。
問題⑥:誕生月と100m走の記録との関係を調べるために、アンケート調査を行った。氏名・誕生月・100m走の記録欄だけを記したアンケートフォームをweb上に設置した。
 問題⑤は、安全上の問題に関する説明責任を果たしていません。問題⑥とも関わってくることですが、ヒトを対象とした研究は、被験者に対して十分な説明が求められます。昨今、GIGAスクール構想による1人1台端末の配備と校内のネットワークの整備により、webツールを用いてアンケートを配布し、集計することが簡単にできる時代になりました。高校生は安易に「〇〇に関する意識調査」というような研究を実施しがちです。読者の中で、大学の研究者としてアンケート調査を行ったことがある方、高校の先生で大学からのアンケート調査を請け負ったことがある方は、依頼文書はどうあるべきかということをご存じかと思います。
・ 目的や方法など、どんな研究に用いる内容なのか。
・ 参加者には利益や不利益があるのか。
・ 謝礼はあるのか。
・調査結果をどのように利用するのか。学術研究目的で発表に使う可能性があるのか。その場合、成果の権利はどこに帰属するのか。
・ 得た情報は、どのように管理するのか。
・ 学内の倫理委員会(高校の場合は「理数科」「探究活動委員会」などの教職員組織)の審査を経ているか。
・ 研究の責任者は誰なのか。
 これらのことを、事前に被験者に示し、同意を得ることが研究業界では求められますが、冒頭の学習指導要領解説の記述はこのことを示しています。
 動物実験に関する配慮も学習指導要領は示しています。一般財団法人公正研究推進協会「中等教育における研究倫理:基礎編」という教材では、「動物実験の3Rの原則」として、
①できるだけ脊椎動物を使わず、昆虫や微生物で代替(Replace)。
②用いる個体の数を減らす(Reduce)。
③与える痛みや苦痛を最小限に抑える(Refine)。
が掲載されています。生命科学系の大学では必ず指導する内容ですが、同じことを高校でも指導しています。ヒトや動物を対象とした実験に関する倫理規定は、海外の高校生のコンテスト、例えば「ISEF(アイセフ:International Science and Engineering Fair)」では非常に厳しく定められていますが、日本国内の高校の現場にはまだまだ浸透しきっていないというのが現実です。

最後に

 ここまで、「理数科」で実施している研究倫理教育を紹介してきました。大学の先生方は、「今の高校ではここまで指導しているのか」と驚かれたのではないでしょうか。では、「普通科」はどうでしょうか。現在、全国の普通科高校では必修科目として「総合的な探究の時間」が実施されています。現在の「総合的な探究の時間」の学習指導要領には研究倫理に関する記述はありません。しかし、筆者の勤務校では「どんな分野の研究でも大切なこと」「普通科の生徒も、大学で卒業研究に取り組むときのために」ということで普通科においても研究倫理教育を実施しています。本稿を読んでいただいた高校の先生方の参考になればと思います。

※本稿の実践内容の詳細は、筆者が共同執筆した「学校教育の未来を切り拓く 探究学習のすべて:PC×Rサイクルによる指導原理と評価法」(環境探究学研究会(著)・合同出版)に掲載しています。

次号予告 生成AIの登場と大学・高校の英語教育

対談

滋賀県立伊吹高校英語科教諭南部 久貴
VS 京都大学准教授金丸 敏幸

2022年11月末にChatGPTが公開されてから、すでに1年半が過ぎた。この間にも生成AIが提供するサービスは、今年5月に新バージョン・GPT-4omniが公開されるなど、機能性・精度面で向上し続けている。やがてくるであろうAI時代に備えて、教育現場での対応は待ったなしだが、現状は手探りで知見を積み重ねている状況だ。
言語を出力する生成AIは、特に英語教育と親和性が高い。英語教育の方法を根本的に変革させるだけでなく、英語教育の意義をも変えてしまうほどの可能性を秘めている。
 金丸先生は、京都大学の全学英語カリキュラムの改定・実施に携わってこられた。一方の南部先生は、育休中に生成AIと出会い衝撃を受け、その後の実践を昨年「ChatGPT×教師の仕事」(明治図書)として出版した。教育現場で蓄積されたAI活用のノウハウや、また言語を出力するAIの実際の挙動をも踏まえ、英語教育の方法論、さらにはその意義、果ては日本の新たな国際化に至るまで、生成AIと高校・大学の英語教育について様々な観点から語り尽くす。

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