進むか、キャンパスの全面禁煙
(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員
小松 悌(やす)厚(ひろ)さん
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。
喫煙が健康に及ぼす影響は多岐にわたる
厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」では、喫煙とがん、循環器疾患、呼吸器疾患、2型糖尿病、歯周病の因果関係について、推定するのに十分な科学的根拠があるとして「レベル1」に判定されている。報告書は、疫学研究の成果から、未成年者や若者の喫煙はニコチン依存性が重篤化し、生涯喫煙量も増加するため、死亡や疾病発生リスクが増加すると警鐘を鳴らしている。未成年者や若者に対する喫煙対策の重要性は、教育機関も社会的責務を負っていると言える。
喫煙は喫煙者本人だけでなく、周囲の人々にも「受動喫煙」による被害をもたらす。検討会報告書によれば、受動喫煙と肺がん、虚血性疾患、脳卒中、小児喘息の既往歴に関しても「レベル1」に分類されている。 近年では、若者の喫煙防止や公共の場所における受動喫煙防止策を含む喫煙対策が、世界レベルで進められている。その中で世界保健機関(WHO)の貢献は無視できない。WHOは「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(FCTC)」を起草し、2003年に採択に導いた。FCTC第8条は、締約国に対して立法・行政などを通じて、公共の場所における受動喫煙防止措置を講じることを求めている。FCTCの発効を受けて、WHOは定期的に各国のたばこ対策の推進状況を評価(MPOWER)している。FCTC8条の項では、病院や学校など、8種類の公共の場について「包括的な禁煙措置」を講じている国・人口は、2007年には10か国・2億4400万人だったが、2022年には74か国・21億人に増加しているという。
日本における喫煙対策の進展
日本はまだ「包括的な禁煙措置」を講じている国とはなっていないが、世界的な潮流を踏まえ、国内の法制度を順次整備している。FCTCが輪郭を見せ始めた2002年、日本でも健康増進法が施行され、公共施設における受動喫煙防止が推し進められた。また、同法に呼応して労働安全衛生法等の規定も都度整備されている。さらに、東京オリンピックを控えた2018年には健康増進法が大幅に改正され、学校や病院など、受動喫煙により健康を損なうおそれが高い者が主として利用する「第1種施設」とされ、同施設では原則として全面禁煙が義務化され、大学もその対象となった。改正健康増進法の施行を受け、多くの大学が屋内喫煙所を撤廃し、キャンパス内全面禁煙化に向けて舵を切った。しかし大学の中にはキャンパス内全面禁煙に踏み切れない大学もある。大学による対応にはばらつきがある。
厚生労働省の「喫煙環境に関する実態調査」によると、2019年度に「敷地内全面禁煙」を達成している大学は41.8%だったが、2020年度には60.4%に急増した。しかし、その後は漸増に転じ、2021年度には65.8%、2022年度には67.3%にとどまっている。
調査結果からは、いまだに3割以上の大学がキャンパス内に喫煙所を設置していることがわかる。その理由は以下による。改正健康増進法では、第1種施設の全面禁煙を原則としているが、その例外として法令の要件を満たす「特定屋外喫煙所」は設置可能となっているのだ。もちろん国として推奨しているものではない。また、喫煙所を設置している大学についても、喫煙に寛容だからというわけではないだろう。むしろ、完全禁煙にすると、大学周辺の道路や公園で学生が喫煙を繰り返し、周辺住民とトラブルになる事例もあることを懸念して、特定屋外喫煙所を設置している例が多いのではないか。 一方で、長期的な計画を立案し様々な施策を総合的に推進することによりキャンパス内全面禁煙を成し遂げた大学もある。中には、医療サポートやカウンセリング、教育・啓発活動、教職員によるパトロールや服務強化など、根気強く教職員が全学的に取り組みを進めた結果、全面禁煙に辿り着いたという例もある。きめてがあるわけではないのだ。健康増進法の趣旨を踏まえれば、キャンパス内完全禁煙100%が望まれるが、この問題に対する大学の苦悩はしばらく続くことになるだろう。