16歳からの大学論 (第45回)
ETV特集「ねちねちと、問う」の舞台裏とその意義
京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
|
実は、去年の9月から約7ヶ月、NHKの密着取材を受けてまして、この度、EテレのETV特集「ねちねちと、問う―ある学者の果てなき対話―」(初回放送:2025年5月17日)として放送されました。
この番組は、「学問とは何か」「本当に大切にしたいものは何か」を問い直すもので、成果主義や効率性に傾きがちな現代社会において、企業人や研究者に本質的な問いを投げかけ、思考停止を避け「自分のものさし」を取り戻すことの重要性を伝えたものです。ナレーションは又吉直樹さんが担当。京都大学ELP (エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム)での私の講義、受講生との対話、さらには「全国キャラバン3QUESTIONS」での議論を通じて、「ねちねちと問い続ける」姿勢を浮き彫りにしました。放送後、視聴者から「深い問いが心に響いた」「自分の価値観を見直すきっかけになった」などの声をいただき、大変励みになりました。以下、本誌読者の皆様に向けて、番組制作の裏側を率直にお話しします。
今回の撮影を通じて得た学びは非常に多く、本当に貴重な経験でした。撮影は合計で150時間に及び、膨大な素材から60分の番組を紡ぎ出すプロセスは、想像を絶するものだと思われます(編集は、ディレクターと編集者がやるので私ではないですが一笑)。「密着」と聞くと、24時間カメラが回っているイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。私のスケジュールをすべてディレクターが把握し、「この場面とここを撮影します」と、選ばれたイベントや場面に撮影クルーが入る形です。撮影チームは、ディレクター、カメラマン、音声担当の3名で構成。撮影の前半は、番組の方向性はまだ定まっておらず、日常の講義、対話、移動中の何気ない瞬間まで、ありとあらゆる場面を収録します。次第に「このテーマで進めよう」という指針が固まり始めると、その後は意図を持って撮影するシーンを選ぶという流れになります。しかし、150時間もの素材を60分に凝縮するため、使われないシーンはどうしても多くなります。特に、Voicyパーソナリティはるさんとの対談や、その後の交流会がカットされたのは残念でした。育児に関する話題など、大切なテーマになる?と思っていたのですが、いろいろな問題で使用できなかったようです。とても残念ですがこればかりは仕方ありません。
この番組制作を通じて強く感じたのは、ETV特集のアプローチのスタイルは「情熱大陸」や「プロフェッショナル仕事の流儀」とは大きく異なるということです。「情熱大陸」などは、まず番組の「枠」があり、そこに合う人物を探します。私の周囲にも「情熱大陸に出演した」という方は多いですが、番組側が常に被写体を探しているからこそ、声がかかりやすいのでしょう。
一方、今回の番組づくりは「問い」から始まります。ディレクターの「この人物(宮野)を通じて、こんなテーマを伝えたい!」という明確な意図が先にあり、それを実現するために全くゼロから丁寧に作り上げるのです。そのため、番組の作り込みが非常に深いのだと感じました。たとえばインタビューの時間。10時間を優に超えていたと思いますが、ディレクターは真剣に考え抜いた鋭い問いを投げかけてきます。「宮野さんも、当時は効率や成果を追求しすぎていたってことですか?」「今、振り返ってどうですか?」など、核心をつく質問に、私も全力で応える。時には議論が白熱し、深い対話が何時間も生まれました。しかし、その長時間の対話から番組で使われるのはわずか数分!まるで氷山の一角だけを番組で見せるような、なんとも贅沢な感覚を持ちました(笑)。
放送後、SNSでは「宮野さんの問いが心に刺さった」「対話に引き込まれた」との声が多く寄せられ、大きな励みになりました。撮影の裏話はまだまだたくさんありますが、今回はここまで。
番組終了後、多くの学びはVoicyにて放送しておりますので、よければぜひVoicyで検索し、宮野公樹をフォローください。また、番組NHKオンデマンドを契約しておられる方はいつでも見れます。それと、再放送があるかもしれないという情報もあります。