「探究」の現場から その10
地域や大学との連携を通した探究活動について
秋田県立大曲農業高等学校 教諭 大沼 克彦さん
岩手大学大学院で獣医学・農学の学位を取得後、生物資源研究所(現農研機構)、農業技術研究機構などでポスドクを経て、2010年から現職。秋田県立増田高等学校出身。
はじめに
博士号教員という立場で秋田県内の複数の学校で「総合的な探究の時間」の成果発表会に参加し、指導・講評をさせていただくことがありますが、テーマの設定に苦慮していることを耳にします。私の所属校(秋田県立大曲農業高校)でもご多分に漏れず、担当の教員は苦労していますが、本校の場合は農産物販売や、学校イベント、授業などで地域とのつながりが強いため、地域の課題について取り組むケースも少なくありません。今回は地域や大学との連携による取組と参加した生徒の変化について紹介したいと思います。
地域連携
●課題発見
地域には大小さまざまな課題が山積しており、これらの解決を目的として自治体や企業が種々の取組をしているのは本県だけではないはずです。しかし解決済みの課題は少なく、地域住民は大変な思いをしています。これをテーマにしてみてはいかがでしょうか?すでに取り組んでいる事例があり、取組への住民の反応、結果、考察はすでに出ています。そこから見えてくる課題に取り組むわけです。
本校で私が指導している生物工学部では、仙北市にある田沢湖の酸性化を改善する研究をしています。田沢湖は昭和14年までは中性の湖で、固有種クニマスが生息していましたが、農業振興と発電事業のために酸性化し、クニマスなどの生息生物はほぼ死滅しました。国と秋田県は中和処理施設を建設して田沢湖の中性化を図っていますが、令和5年でも田沢湖のpHは5.4で水生生物がライフサイクルを完結するには厳しい環境です。そこで仙北市や地域企業と連携し、これまでいくつかの研究テーマが立ち上がっています。酸性化した水を中性にするテーマ、酸性水を農産物生産に活かすテーマ、酸性水のもとになっている温泉成分を害獣忌避剤にするテーマなど、これらは一部ですが、田沢湖だけでもこれだけの研究テーマが見つかります。今一度地域の課題の解決をテーマとして検討してみてはいかがでしょうか?
●成果発表
実際どのような連携をしているのか。田沢湖水の中性化の研究では、「研究サンプルの提供」、「協働実験」、「発表場所の提供」などが挙げられます。研究サンプル(田沢湖の水)は、必要な時に市の職員から提供を受け、本校で作った中性化水は、仙北市の田沢湖クニマス未来館(2017年度開館)と仙北市内の小学校2校で、メダカの飼育水として使用、水生生物に影響を与えないことを実証実験しています。研究成果の発表場所は、クニマス未来館や、仙北市のイベントで提供していただいていますが、クニマス未来館には本校生物工学部の取組を紹介するコーナーもあるなど、研究成果を公開する場所としても活用させていただいており、生徒にはとてもいい刺激になっています。一般の方からの反応が分かると、もっと頑張りたい、よい結果を出したいと、研究にもさらに積極的になり、知識やスキルの習得も促進されます。また授業内の学習と研究との関連付けもでき、成績の伸びる生徒も少なくありません。社会的な課題を解決するために成果を出して地域とのつながりを持った生徒は、社会の中で自分の果たす役割についても考えるようになり、学習面だけでなく、考え方も大きく成長するのが実感できます。
大学連携
地域連携の研究が進むようになると、明確な結果を求められることもあります。しかしある説を証明するためには、高校にある機材だけでは十分な実験、分析ができないことも多いですから、大学施設を使わせていただくこともあります。
●分析
田沢湖の研究では、田沢湖水、実験で作った中性化水に含まれる元素を分析しました。高校生では機材の使い方も分析の仕方も難しいので、実際はサンプルを持ち込んで大学職員さんに分析していただくことになります。しかし、ただ「分析していただきました」、「こんな結果になりました」では意味がないので、分析の原理やメカニズムについては、しっかりと教え込むようにしています。このため、参加した生徒は「実験はやればいいのではなく、何を知りたいかで実験をデザインする必要がある」ことを理解するようです。この辺が他教科の実験を伴う学習とは明らかに異なる点です。高校までの「総合的な探究の時間」以外の実験では、教科書に記載されている内容を実験によって確認することが目的であり、答えはあらかじめ決まっていて、実験を自らデザインする必要はありません。しかし、彼らの考えを証明すべき実験は、教科書には載っていないことが多いため自らの力で考えなければならないのです。この考え方、取組の面白さにはまった生徒は、本当に夢中になって研究にのめりこみます。そのきっかけになるのが大学連携の一つのポイントと言えるでしょう。
●discussion
もう一つ大学連携で重要なポイントは、教授や准教授、院生や学部生とディスカッションすることだと思います。大切なことは彼らの意見を聞くだけではなく、自分たちの見解や考え方との違いについて議論することです。もちろん彼らとは知識レベルが大きく異なりますが、ここで大切なのは、まず自分たちの意見を述べ、それに対する見解を伺い、質問を繰り返しながら、導きたい仮説を証明する実験は、どのようにすべきか、今の自分たちの実験や考え方に不足しているのは何かを、議論しながら理解させることなのです。実際に参加した生徒の中には、「自分たちの実験の意味が改めて分かった」、「自分たちの考えを証明するための実験に不足していることが分かった」などと答える生徒もいます。より専門性の高いレベルで議論させ、生徒の研究や実験の本当の意味に気付かせるよう、道筋をつけてあげるのも大学連携のポイントといえるでしょう。
まとめ
成功例が大きく取りざたされる「総合的な探究の時間」ですが、これは、それだけこの教科が学習教育と学習効果、そして生徒の成長に大きな役割を持つことを示しています。しかしその陰に隠れて、この時間を苦痛に感じている生徒、教員はいったいどれだけいるのでしょうか?「総合的な探究の時間」には、テーマ選択、研究の進め方、まとめ方など、教員が苦痛に感じそうなポイントがいくつもあり、出口を求めてさまよっている教職員は少なくないように思えます。今回は地域連携や大学連携がいくつかの答えになることを紹介しました。地域連携は実業高校だけの特権、大学連携はSSHや理数科のある学校の特権ではないと思います。地域や大学との連携で、生徒も教員も夢中になれる「総合的な探究の時間」の学習を通して生徒の資質・能力の向上を目指しましょう。しかし地域や大学に丸投げされると、地域、大学、生徒、教員も皆困ります。教員はあくまでもコーディネーターとしてかかわることを忘れてはならないことも付け加えておきます。






