学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生
~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。
今年6月、経団連が以下のようなアンケート結果を公表した、とあります。
経団連が「高等教育に関するアンケート」を443社に調査
「産業界が大学卒業時点の学生に求める資質は『主体性』がトップで、『実行力』、『課題設定・解決能力』と続くことが、経団連の会員企業アンケート調査で明らかになった。順位を上げているのは『課題設定・解決能力』で、指示待ちではなく、自ら率先して課題解決に臨む姿勢が求められている」(大学ジャーナルオンライン編集部より)
これを読むと、筆者は全身が脱力する感覚を覚えます。その短絡的な回答内容に落胆を覚えます。理由は2つあります。
一つは、「課題解決を過度に重視する」という点。どうやら今日は、希望や夢、己の志や使命なんかよりも、課題や問題というネガティブなもののほうがありがたがられるようです。もちろん、課題や問題というものがこの世から無くなったことはないですし、ある問題の解決を我が宿命と考えることも立派なことです。しかしながら、立派なのはその志や勇気ある行為のほうであって、「課題」のほうではないはずです。「課題がある!」「問題がある!」と叫ぶ社会と、「私にはやりたいことがある!」と叫ぶ社会とでは、どちらがまだましでしょうか。もちろん、結果的にやることは同じかもしれません。しかし、筆者には後者のほうがはるかに健康的な気がするのです。
もう一つ、「実行力を求める」という言葉。ちょっとひねくれた意見ですが、みんながみんな実行力があったら恐ろしいほど騒々しい社会になるだろうと思うのです。例えば、この社会には実行力はなくても質問が異様に鋭い人、いうなら質問力が高い人だってきっと必要でしょう(いわゆる文系、中でも哲学分野でまっとうに育った学生はきっとそうなると思うのですが)。
これら「課題解決能力」「実行力」を重視する傾向は、現状の企業が悩んでいることを如実に表わしています。
実は先日、東京である企業と打ち合わせをしてきました。昨今の企業によくあるように、新たに「イノベーション推進本部」といった類いの部署が設置され、その部署の人たちが次なる儲けの主柱となる新規事業の立ち上げを命じられているのです。「イノベーションの推進」と掲げているものの、結局は3年後に何か利益につながる成果を出せというプレッシャーがかけられている、と担当者は嘆いていました。結局、企業は「今のうちに何か新しいことをやらなければいけない」と強く信じており、その結果、実行力や課題解決能力などを重視しているのだと思います。
ところが、この「イノベーションを3年以内におこせ」という言葉、これこそが諸悪の根源です。読者のみなさんにはこの矛盾がおわかりになるでしょうか。つまり、いわゆる「イノベーション」というものはまったく想定外の価値観の出現であり、それによって社会全体に影響が及ぶことをいいます。その想定外のことを3年で出せ!というのは語彙矛盾なのです。想定外のものは想定の外にあるから想定外。つまり、3年で出せ、というように計画的に実行できるものではない。筆者がその会社の上司なら、部下にこう言います。「失敗してもいい。だから3年間、おもいっきりやりなさい」と。これが本当にイノベーションをおこそうとする考え方だと思います。
しかし、今の企業はなかなかこの言葉が言えない。そのような本当のチャレンジをできる(のできる、または、をする)余力が無い。正確に言うなら、精神的余力がないのです。よく、次の製品を開発するだけのゆとりとなる金がない、と企業はいいますが、必要とあれば何かを削ってでもお金をつくるのが企業というもの。結局のところ、超長期的、あるいは文明論的、哲学的に考えることを拒否する姿勢が、課題解決を重視したり、実行力を求めたりという行為に表れていると言えるのです。