九州大学都市研究センター・准教授
京都フュージョニアリング株式会社・共同創業者
文部科学省 核融合科学技術委員会
原型炉開発総合戦略TF 主査代理
~Profile~
2014年京都大学工学部物理工学科卒業。2016年京都大学大学院総合生存学館、修士課程相当修了。2018年京都大学大学院エネルギー科学研究科早期修了、博士(エネルギー科学)取得。2019年ハーバード大学大学院修士課程修了(サステナビリティ学)。2018年京都大学大学院総合生存学館特任助教、2020年国際原子力機関(IAEA)プロジェクト准担当官、2022年京都大学大学院総合生存学館特定准教授を経て、現職。2019年10月には京都フュージョニアリング株式会社を共同創業。 International Young Energy Professional of the Year 賞、英国物理学会IOP若手国際キャリア賞、IAEA事務局長特別功労賞ほか、多数受賞。日本国籍で唯一のマルタ騎士団騎士。FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』コメンテーター。東海高等学校出身。
エネルギー工学と計量サステナビリティ学(Sustainametrics)を研究する傍ら、「フュージョンエネルギー」スタートアップである京都フュージョニアリング株式会社を共同創業した武田秀太郎さん。 研究力と実務実績から数々の国際賞を受賞するとともに、国際支援活動が評価され、現在日本国籍でただ一人のマルタ騎士団のナイトでもあります。 FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』にてコメンテーターもこなす武田さんに、大学発スタートアップの可能性、国際活動についてお聞きし、未来のアントレプレナー、国際協力の場で活躍することを目指す高校生・大学生に向けたメッセージをいただきました。
世界中の「ENGINEERING(工学)」を「FUSION(融合)」し、未来を切り拓く、京都フュージョニアリング株式会社
みなさんは、「フュージョンエネルギー」という言葉を聞いたことがありますか?フュージョンエネルギーは、「核融合」とも呼ばれていたエネルギーで、太陽を始めとする宇宙全ての星を光らせているエネルギーです。太陽は水素でできていて、この水素同士が融合(フュージョン)してヘリウムに変化することで、膨大なエネルギーを生み出しているのです。
もし、地上に太陽を作ることができれば、地球環境に優しい未来の持続可能なエネルギー源になるとして、今大きな期待が寄せられています※。これが、「フュージョンエネルギー」です。フュージョンエネルギーは海水中に豊富に含まれる水素原子から大きなエネルギーが得られ、事故のリスクが低く、石油や石炭のように地域、産地、また埋蔵量に偏りがありません。まさに究極のクリーンエネルギーなのです。
実際に、現在世界では多数のスタートアップや研究機関によって、物理学やプラズマ科学を駆使したフュージョン炉の開発競争が巨額の費用をかけて行われています。そんな中で私たちは、それらのプレーヤーにとって必要不可欠な「プラント技術の研究開発」と「炉心特殊機器の研究開発」の二つに事業領域を絞り、強みとする新たなスタートアップ「京都フュージョニアリング株式会社」を2019年に立ち上げました。
「FUSION(融合)」と「ENGINEERING(工学)」を掛け合わせた造語による社名には、世界中の工学者とフュージョニア(フュージョン研究者)を融合させ、エネルギーの未来を切り拓きたいという想いが込められています。現在従業員は70名を超え、東京、京都、そして米国や英国で密に連携をとりながら研究開発を展開しています。
私たちは、世界中の研究機関や民間企業を対象に、先進ハードウェア群の開発や設計支援など、各種炉心要素技術の開発に初期段階から参入し、数十年に亘って継続的に、主要設備を製造、納入するという息の長いビジネスを展開しています。実際これまでに英国原子力公社など多くの顧客から発電プラントの概念設計や、ジャイロトロンという特殊装置の受注などを獲得しています。
※ITER国内指定機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構HP参照
同HPによれば、「ITER(イーター)」は、平和目的のための核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証するために、人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトで、「ITER」はラテン語で道という意味を持ち、核融合実用化への道・地球のための国際協力への道という願いが込められているという。
フュージョンエネルギーはあと何年で実現するか?
これについてはこれまで、「いつまでたっても30年先」などと言われてきました。しかしここ数年の間に、情勢は変わりつつあります。欧米の政府機関関係者の多くが、2035-2040年に実現すると宣言するようになったのです。実際に英国ではフュージョン発電所を設置する候補地の選定が終了しましたし、米国ではホワイトハウスがフュージョンエネルギーサミットを開催し、2040年までに実現すると宣言しています。このようにフュージョンエネルギーの実現が現実味を帯びてきた背景には、民間投資の伸びが挙げられます。米国では2021年、民間企業によるフュージョンエネルギーへの投資額が米国エネルギー省のそれを抜き去り、研究開発が国家主導から民間主導に変わりつつあります。2010年代に見られたSpaceXによる有人宇宙飛行の推進がそうですが、民間主導になるとスピード感が出て、柔軟性も高い。ビル・ゲイツ財団やグーグルが出資する米国マサチューセッツ工科大学(MIT)発のスタートアップCommonwealth Fusion System(CFS)社も、2025年までには実験炉を用いて発電の商業化への道筋をつけ、2030年代初頭の商業用の完成を目指しています。
きっかけはエレベーターの中に?
このような状況の中で、その中核を担える位置にいることに大きなワクワク感を覚えている私たちですが、会社設立のきっかけは、4人目の共同創業者であり現在Chief Innovatorを務めるRichard Pearsonさんとの出会いでした。元々、私と当時の指導教員で設立構想を練り始めたのが2018年でしたが、同年の国際会議でのRichard Pearsonさんとの出会いがそれを加速したのです。
Richard Pearsonさんは、当時既にスタートアップに勤務していたこともあって、私は会議後に彼の会社を訪問させてもらいました。そしてそこで比較的小規模の施設で行われていた最先端の研究開発を目の当たりにして、「自分たちにもできる!」と大きな可能性を感じたのです。成功する確率が1/100しかなければ挑戦すらしないのが一般的かもしれませんが、子どもの頃から好奇心旺盛だった私の性格と、もう一人の創業者の情熱が相まって、社名も会議後の懇親会で決めるといった具合に急ピッチで創業を進めました。
ところでRichardとの出会いには前段があります。アメリカの滞在先ホテルのエレベーターでたまたま乗り合わせ、何となく会話をはずませていたところ、実は同じ学会に参加していたことが偶然にも分かったのです。振り返れば、まさにそれが人生の転機でした。
大学発スタートアップ企業には可能性がいっぱい
現在、日本には大学発のスタートアップ企業が約3300社あると言われています。日本全体で大学教授が6 ~7万人いるとすると、単純計算で20人に一人が会社を持っている時代です。しかも驚くことに、3300社のうち64社が上場を果たしています。大雑把に言えば、大学発スタートアップは50分の1の確率で社会に大変革を起こせるわけです。
こう考えると、確率はとても高い。それなら、興味のある学生さん、若手教員を始め大学関係者のみなさんも挑戦する価値があるのではないでしょうか。
日本経済が成長軌道を取り戻すためには、勢いのあるスタートアップの出現が欠かせないとの認識から、日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出しました。近年は社会も、スタートアップ企業の失敗に寛容になってきており、一度ダメなら二度目、二度ダメなら三度目といった具合に何度も挑戦権が得られるような風潮も生まれつつあります。
スタートアップ企業と中小企業とでは、資金調達の使途や方法に大きな違いがあります。スタートアップは、市場を新たに創出するような破壊的イノベーションを生むのが目的で、投資家から資金を得て、大きくスケールアップすることを目指しています。よく学生さんで誤解をされておられる方がいるのですが、スタートアップは主に借金ではなく、同じ志を共有してくれる仲間から資金を得ています。「借金が残るのが怖いのでスタートアップ起業は考えていません」と言われる学生さんにたまに会いますが、まずはその心配が不要であることをお伝えしたいです。
スタートアップ企業の中でも、特に大学発の魅力は、学術の探求という情熱と社会への貢献というミッションを両立できるという点だと思います。スタートアップの仕事には、大学では感じることのない刺激があります。大学にとって、研究に100%の力を注ぐ純粋な学者はなくてはならない存在ですが、今後は、起業スピリットを持った冒険心あふれる教員など多様な研究者が混ざりあうことも必要ではないかと考えています。
もう一つの大きな夢、計量サステナビリティ学の確立
当面の目標は、世界的な研究者として認められることですが、そのための起点の一つが、日本にしっかりしたサステナビリティ学※を確立させること。というのもこれまでのサステナビリティ学は、文理融合によるアプローチが基本とは言え、数理的手法による仮説検証などはあまり行われておらず、純粋学術にも、人材育成、産学連携にも振り切れていない理念先行の分野にみえるためです。しかしサステナビリティ学とはそもそも社会変革の学ですから、定量性を持って、社会に確としたインパクトを与えることが必要だと考えています。
そこで今取り組んでいるのが、データサイエンスの知見も入れながら持続可能なエネルギー源の社会経済分析や技術評価を行うといったように、サステナビリティ学に実証的内容を持たせる試みです。サーキュラーエコノミーからESG、LCAまで、データサイエンス的な観点から計量的に分析し統合し指標化していく。経済学が計量経済学に発展していったように、サステナビリティ学を計量サステナビリティ学にしていきたいのです。
目下、研究会を主催していて、すでに論文も15本集まり、4月には、計量サステナビリティ学の学術会議を一般社団法人化することにも目途がついています。今後が楽しみです。
※東京大学第28代総長小宮山宏の提唱によるとされる。『地球温暖化問題に答える』(東京大学出版会)、『地球持続の技術』(岩波新書)などに詳しい。本誌65,75に関連記事
高校生・大学生へのメッセージ
とにかく知的好奇心を大切にして自由にいろいろなことに取り組んでください。周りから言われたことを過度に気にしないことも大事です。幼いころからの旺盛な知的好奇心や行動力が、今の自分を形成してくれたと思います。
聖ヨハネ騎士勲章ナイト・オブ・マジストラル・グレース( 聖ヨハネ騎士勲章)を
受賞、日本で唯一の存命するマルタ騎士に
2022年に私は、青年海外協力隊、国連職員、そして大学教員として、バングラデシュ、香港、東南アジアにおいて国際支援活動を継続してきたことが認められ、マルタ騎士団によってナイトに叙任されるとともに、聖ヨハネ騎士勲章を受勲しました。日本国籍の騎士叙任は約90年ぶりで、現在、日本国籍の唯一のナイトとなりました。
マルタ騎士団はカトリックの騎士団として11世紀に設立されました。騎士団でありながら国際法上の主権を有し、パスポートを発行し、120カ国と外交関係を結ぶとともに、国連にオブザーバーの地位を有する「領土なき独立国」です。現在世界に13,500人の騎士、95,000人の常勤ボランティア、52,000人の医療専門職員を擁しており、医療活動、戦争や飢餓に苦しむ人々の緊急支援、自然災害への救援など、国際人道支援を120カ国で展開しています。欧米では中学や高校の歴史の教科書などに掲載されているなど、世界史的にも国際的にも非常に注目を集めていますが、日本での知名度は低く、その向上にも貢献していくつもりです。
社会の役に立ちたい!悶々とした高校・大学生活で見えてきた将来像。
高校、大学で抱いた問題意識から、3.11を契機に自衛隊へ。
大学へ戻ってからも科学技術と社会の繋がりをとことん考える
好奇心旺盛な性格で、社会活動に興味を持ちだしたのは高校生の時。学校での勉強に満足できず、社会運動に参加したり、政治家と直接、意見交換したりしました。生意気にも「社会とはなんと非合理なのだろうか」と考え、教育改革など社会運動にのめり込んでいったのです。好奇心旺盛な若者を、放任主義とも取れるほど自由に活動をさせてくれた高校と両親にはおおいに感謝しています。あの頃の体験があるからこそ、今のバランスの取れた社会に対する視点があると思います。
高校卒業後は京都大学工学部工学物理工学科に進学。3回生まで自由に学業に励んでいましたが、やはり国の税金で学ばせてもらいながら社会に貢献できていない自分に違和感を覚えるようになりました。そんな折に起きたのが東日本大震災。思うところがあった私は新学期になる前に大学に休学届を提出、二年間自衛隊に入隊しました。少々やりすぎだったかもしれませんが、大学に戻ってからは、科学技術と社会の繋がりをとことん考えるようになりました。
大学院ではエネルギー工学に加え、持続可能エネルギー政策やその経済性の分析、さらに技術の受容性を研究、修了後は、国連や京都大学での職を経て、現在に至っています。
「地球持続の技術」(岩波新書)
環境問題の解決と、次の世紀へ向けていかに持続可能な社会を作っていくかが、21 世紀人類にとっての最大の課題。「20 世紀の後半には地球環境の悪化に対する警告がなされました。21 世紀にはそれに対して具体的な答えを出さなければならない。そしてそれはエンジニアとしての使命でもある」(小宮山先生)ことから、本書は書かれた。主に物質とエネルギーの側面から、温暖化や化石エネルギーの枯渇といった問題へのアプローチを試みる。さらに後半では、2050 年を目標に自動車のガソリン使用量を1/4に、エアコンの電力消費量を1/3 になど、すべてのサービスに使用されるエネルギーは1/3 にできるはずという具体的なプランが展開されている。執筆当時からおよそ10 年たった今、小宮山先生は自らの主張について、「ますます確信を深めています。ただ、エアコの効率はすでに当時の2倍になっていて、これだけはうれしい誤算。もっと大胆に言っておけばよかった」と顔をほころばせる。【本紙65号:2006年9月9日発行、東京大学 小宮山 宏 総長インタビューより】