――キーワードは笑顔、思いやり、居心地の良さ
京都産業大学 現代社会学部教授 宮木 一平先生
高校時代、世界はどうしたら平和になるかに思い悩み、まずは貧困をなくすのが近道と、大学では経済学部を選んだ宮木先生。大学院で基礎となる理論経済学を学ぶものの、実践への思いに駆られ、政治家等の集まる政策研究会に参加。それがきっかけで国際NGOの代表となり、以来、環境問題や途上国支援などに邁進。大学教員としては当初、経済学や経営学の授業を担当したが、その後NGOでの経験を買われ、大学と地域や企業とのコラボ活動を行う授業を担当することに。経営コンサルタントとしても活躍しながら、2017年に新設された京都産業大学現代社会学部に着任。それまでのキャリアを活かし、「場のデザイン」と「ソーシャル・イノベーション」をテーマにしたゼミは、人気ゼミとなっている。《笑顔、思いやり、居心地の良さ》から考える国際貢献、地域貢献、身近な課題解決について、また高校生へのメッセージをお聞きしました
笑顔、思いやり、居心地の良さ
人が集まれば、そこが一つの「場」となり、各自の内面や行動が相互に影響を与えあうことになり、その「場」全体のありようを決めていくと考えられています。「場」とは学生なら、家庭、学校、バイト先、社会人なら、家庭、職場を中心に、お店や公共施設などが一般的です。人はみなそのような「場」を渡り歩いており、その連なりが人生であるとも言えます。
このように「場」というものを考える時、その「場」は明るく快適に過ごせるものであるに越したことはありません。ではそのような「場」をいかに作るか、それを考えるのが《場のデザイン》です。そしてその際のキーワード、よりどころと言っていいかもしれませんが、それを私は「笑顔」、「思いやり」そして「居心地の良さ」の3つのキーワードで表すことにしています。
国際貢献であれ地域貢献であれ、あるいは地域づくり、ひいては学校や家庭における日常の身近な問題の解決に際しても、そこに暮らす人々、ともに学ぶ仲間の居心地の良さとは何か、どうすればその場にいる人々を笑顔にできるかを最優先に考える。そして大事なのはそのベースとして、他者への思いやりが不可欠であるということです。
この点をおろそかにすると、地域づくりの現場で、実情にそぐわない計画、施策が生まれることがあります。例えば、過疎の町に東京で流行りの洗練されたスタイリッシュなカフェを何店も建てるといった計画。少し考えてもこのことで住人の多くが笑顔になれるとはとても考えられませんね。しかし現実には、このような施策、それによって作られた施設があちこちにあるのを皆さんも見たことがあると思います。その多くに、補助金、つまりは税金が投入されているのは残念なことです。
みんなの努力を無駄にしたくない
地域や街の活性化には、学生も駆り出されます。若者を巻き込んだ地域づくり、若者のアイデアによる商店街の活性化。こんな夢に満ちたプロジェクトが全国的に行われています。新しいアイデアの欲しい省庁、地方行政が、積極的にこうした取り組みを支援しているのも一因です。参画する学生はみな純粋な動機から真剣に取り組みます。しかし、それが実は誰の笑顔にもつながらないものだとしたら…。私は、授業やゼミで繰り返し、この企画は「誰を笑顔にするためのものか」、「誰の居心地を良くするためのものか」を、常に問い直そうと呼びかけています。
ソーシャル・イノベーションのために
様々な貢献活動でもう一つ大事なのは、対象となる人々が何を望んでいるのかを聞き取る、肌で感じる作業です。経済・経営学の視点に立って言い換えるならば、ヒアリングを通して「ターゲットのニーズを把
握する」、いわゆるマーケティングが不可欠です。これは企業活動では当たり前のことですし、私の原点でもある国際NGO 活動では、多くの施策が生死と直結しますから、不可欠なアプローチなのです。
その際、まずは対象となる国や地域の魅力、良いところを発見しようという姿勢が欠かせません。問題や課題という言葉からは負の側面に目がいきやすいですが、良いところを見て、それをさら伸ばす方向で企画し計画を練る方が、楽しく、やりがいも感じられるはずです。
貢献活動では、GDP に代表されるような経済・経営学的な指標、あるいは単位面積あたりの病院数など、数値を前提に計画・立案することが多いです。ただ、限られたカテゴリーでの数値だけを判断基準にすることには限界があります。《居心地の良さ》、《誰かの笑顔のために》というのは、一見情緒的で、曖昧さを残した表現のように思うかもしれませんが、そういった感覚こそ有効な判断基準の一つだと私は考えています。
もう一点、人は概して、身近なもののありがたさには気づかなかったり、どこが不便なのかが明確でなかったりすることも多いものです。それを前提に、それらを想像してあるべき姿を構想する《構想力》、問題を発見する《発見力》が最も大事です。経営学で言うところの「潜在的ニーズ」を顕在化させる力です。対象者に《思いやり》をもって接し、「先回りして」彼らが笑顔になる企画、施策を思い描く。これら一連のプロセスこそが、ソーシャル・イノベーションを生む原動力になるのです。
高校生へのメッセージ
私もそうでしたが、若い時は、「ここですべてが決まる、もう取返しはつかない」というような追い詰められた思い込みに陥ることが少なくありません。しかし、「貧困をなくしたい」という思いから経済学部に進んだ私は、その後様々なキャリアを経験し、今は現代社会学部で教えています。人がやりたいと思うことは時とともに変化しますし、あちこち横道にそれることも当たり前です。時には、これは遠回りではないかと思うこともあるかもしれません。しかし年齢を重ねて振り返ると、それらすべてが今の自分につながっていることがよくわかります。大切なのは、その時々にこれと思ったことには全力で立ち向かうこと。それらは自分が本当にやりたいこと、やらねばならないことが見つかった時に必ず活きてくるからです。
現代社会学部の4年間
現代社会学部の学びは、「地域」、「人間」、「メディア」のいずれのコースにおいても、2年次の秋学期からゼミへ分属されるのが大きな特徴です。私のゼミでは、2年次に問題発見・課題解決のロジック、およびマネジメントとファシリテーションの基礎的な知識とスキルを身に付け、「場のデザインとソーシャル・イノベーション」をケーススタディーで学びます。3年次では、自分たちで考えたいくつかのプロジェクト※に取り組みます。そして4年次では、その成果を卒業研究として発表します。
※プロジェクト例:(2019年度)絵本プロジェクト【写真】、(2023年度)鞍馬「地蔵寺」の活性化、学びの場のデザイン他
~Profile~
慶応義塾大学経済学部、同大学院経済学研究科博士課程を経て、法政大学大学院政策創造研究科准教授、法政大学地域研究センター特任教授を歴任。2017年京都産業大学現代社会学部教授。1995年より、NPO法人GNCJapanの代表として国際協力の現場でも活動。NPO法人グローカル人材開発センター監事。桐朋高等学校出身。
2023年度担当科目
1年:自己発見と大学生活他
2年以上:地域活性論、地域社会とリーダーシップ、演習Ⅰ~Ⅴ
3年以上:NPO起業論、国際NGO論、神山STYLEリーダーシップ論B
2024年度からは、「災害時におけるボランティア」をゼミの3学年共通のプロジェクトテーマにする予定。国際NGOでの経験から、被災者や被災地のために、独りよがりでない本当に役立つボランティアを真摯に考えれば、ここで述べた3つのキーワードと真剣に向き合うことになるから。やることありきでなく、寄り添って耳を傾け、本当に笑顔につながる活動とは何かを追求して欲しい。