本紙127号(2017年5月10日発行)から
昭和43年東京教育大学大学院文学研究科博士課程中退。文学博士(筑波大学)。和光大学人文学部助教授などを経て昭和49年筑波大学文芸・言語学系助教授、同59年9月同教授。その後同学系長、同大学附属図書館長などを経て平成10年4月~16年3月同大学学長。平成16年4月~20年10月独立行政法人日本学生支援機構理事長。この間国語審議会など多数の委員を歴任。その後、地元柏崎の新潟産業大学学長、公益社団法人日本教育会会長などを歴任。新潟県立柏崎高等学校出身。
2000年代初頭、日本語の乱れが問題視され、それがきっかで起きた日本語ブーム。研究者としてその中心におられたのが、日本語学者の北原保雄先生。都立高校教員から研究者の道へ、第6代の筑波大学学長も務められた。去る2月に、87歳の生涯を閉じられたが、生成AIの登場という日本語にとっても新たなエポックに、日本語、中でも書き言葉の重要性についてのご意見を抜粋してご紹介する。生成AIについてはどんな思いを抱かれていたのか、にこやかにお話されるお顔がしのばれる。
表現に即して理解しよう
国語教育では「何を」「いかに」表現するかの観点から、「いかに」をしっかり捉えて「何を」にあたるものを教えることが大事だと語られていた北原先生。
「いかに」が大事なのは、表現されたものをその表現に即して正しく理解する力を付けなければ、深い読解力も豊かな表現力も育たないからだと。「『《要するに》退治』が必要だと私はよく言っていますが、表現の内容を正しく理解しないで、表現から離れて『要するにこういうことだ』で済ませていては国語教育にはなりません」とも。
続けて、「私がこのように言葉にこだわるのは、幼児がカオスともいえる状態の中から、言葉で物を区別し概念に名を付けていくことで知的に成長していくのを見てもわかるように、言葉の理解が浅いと思考力は深まらないからです。日本語力の低下は読解力、表現力の低下につながり、さらには英語をはじめ全ての学力の向上にも支障をきたします」と北原先生。
語彙を増やし、言葉を深く学ぼう
それでは言葉を深く学び、読解力・表現力の基礎となる日本語力を高めるにはどうすればいいいのか。それには、まずは当たり前のようだが語彙を増やすことだと北原先生。語彙は増えれば増えるほど、その間の微妙な違いがわかるようになり、表現全体についての理解も深まるからからだと。
では語彙を増やすには?まず人の話をよく聞き、人の書いたもの、本を読むこと。そのうえで、人に話すときはよく考えて、言葉をしっかり吟味することだと語られます。この点読書は、言語能力の基層を形成する書き言葉を学ぶという意味からも大事だと。
「古典・漢文について言えば、内容だけでも得るものは多いですが、決して《要するに》で終わらせないことです。あくまでも言葉に即して、できる限り原語、原文で味わってほしい。難解な『源氏物語』もやはり原文に触れないと、本当に読んだこと、本当に理解したことにはなりません。五十四帖すべてを読むのは大変ですが、一帖だけならなんとかなります。それをじっくり味わって読めば、そこに込められた感性の一端に触れることもできるはずです」と。そして、「同じように、漢文なら引き締まった語感や言いまわしを感じ取ることができます。固い果物を齧って食べる代わりにミキサーにかけて飲んでも、摂取できる成分に変わりはありません。しかし味わいは違います。それと同じで、やはり元となるもの、本物に触れないことには、表現者の感性や表現そのものが持つ深さを理解し、それを自らの表現に活かしていくことはできないと思います」と結んでいただきました。