
松本 紘先生
~Profile~
1942年生まれ。奈良県出身。京都大学工学部電子工学科卒業後、同大学工学研究科で電子工学を専攻。67年、同修士課程修了。京都大学工学部助手、助教授、NASA研究員、スタンフォード大学院研究員、京都大学宙空電波科学研究センター長、同大学生存権研究所所長などを経て、現在に至る。
学外では、国際電波科学連合会長、地球電磁気・地球惑星圏学会会長など歴任。2007年秋の褒章 紫綬褒章受賞。
専門分野は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波工学、宇宙エネルギー伝送、生存権宇宙電波科学など。
生存圏を科学する
今回は「生存圏科学」についてお話ししたいと思います。京都大学には、生存圏研究所があり、「生存圏」についての研究に取り組んでいます。
この研究所では、生存圏科学として、4つの研究ミッションを設けています。「環境計測・地球再生」「太陽エネルギー変換・利用」「宇宙環境,利用」「循環型資源・材料開発」の4つの分野について人類の生存を研究しています。
研究所が設立された当初は「生存」など大げさだとも言われましたが、最近では多くの研究者がこの分野に目を向けています。
「生存圏」という言葉が聞きなれないかもしれません。「生存圏」とは英語で”humanosphere”のことで、人間(human)が活動する領域(sphere)のことを意味しています。人間が活動する領域として、みなさんはどんな場所を思い浮かべますか? 町、田舎、山、川、海・・・・・・いかがでしょう? 賢明な読者であれば気がついたかもしれませんが、「生存圏」は固定された概念ではありません。文明の進歩とともに変遷する概念なのです。
地表から空へ 空から宇宙へ
私たち人類が大空を活動場所とするようになったのは、わずか100年ほど前のことです。つまり曾お祖父さん、曾お祖母さんぐらいの時代になって、ようやく技術をもって空に飛び上がれるようになったのです。それまでは水平にしかできなかった移動が垂直にも行えるようになり、加えて、空を使うことで水平移動も格段に速くなりました。 このことで、人間の移動が活発になり、今日のグローバル化された世界が到来したのです。
1960年代に入るとジャンボジェット機が世界の空を飛び回るようになり、空を利用した移動手段は一般の人々にも身近なものとなります。こうして、空が人間の活動する場所になっていったのです。
空へと飛び立つ技術はさらに進歩して、宇宙へと私たちの視線を向けさせました。最初に実用化されたロケットは1944年にドイツが軍事用に開発したV2ロケットで、100kmから150kmの高さまで打上げることができました。これは飛行機の航行する高度10kmを遥かに見下ろす高さです。
その後、技術は進歩し、1957年スプートニク号による人工衛星の打ち上げ、1966年人類初の有人宇宙飛行が成功、1981年スペースシャトルの打ち上げ、と宇宙を舞台に人類の活動が盛んになります。
現在、建設中の国際宇宙ステーションは高度400kmに浮かんでいます。生存圏はますます拡大して、宇宙の町や宇宙の工場といったものが遠くない将来に実現されるようになります。もちろん、みなさんもそこに行く機会があると思います。
このようにして、人類の生存圏は、地表から空を経由して宇宙にまで広がりました。将来は太陽系全域、さらにアンドロメダ星雲にまで広がって行くかもしれません。
生存圏が直面する危機
現在、人類の生存圏がさまざまな危機的状況に陥っていることが大きな問題となっています。急激な気候変動、食料問題、エネルギーの枯渇など、エネルギー・環境問題と言われているものです。
技術が進歩すると、 人々の生活はより便利で快適になっていきます。生存圏での人間活動がますます活発になっていく一方で、進歩した技術の恩恵に与れる人数には限りがあるため、その権利を巡って争いが起きることも考えられます。現在のような、先進国が発展途上国を抑えつけるような方法は決して理想ではありません。生存圏のキャパシティが足りないのであれば、足りるようにする方法を考えることが大切なのです。
仮に、世界中のすべての国が日米欧のような生活水準になるとすると、資源もエネルギーも現在の10倍以上は必要となります。希少資源の代わりになるものを見つけたり、リサイクルを推進したり、日本を含めた先進国が問題を解決していく必要があるのです。問題を解決する技術を作りだせば、世界から信頼される国になることでしょう。
そして、この問題を本質的に解決するためには、宇宙を使うことがもっともいい方法なのです。農地もエネルギー源も宇宙にはほぼ無限にあります。そのため、人類の科学と英知のすべてをもって、生存圏を広げていかなければなりません。
広い視野での学びを
みなさんには、人類の問題を解決するため、広く視野を持って勉強してほしいと思います。広い視野とは、身近な町を見る、国を見る、他の国を見る、 地球全体のマクロバランスを見る、グローバルな視野の中でミクロな現象を見る、という意味で、物理だけで終わらせないような学びをするということです。たとえば、東南アジアやインドの人々の生活に思いを馳せ、大気や森林の状態、そして宇宙の有り方を知る。このどれも欠けてはいけません。
生存のため宇宙を利用するのは、はるか未来のことではないのです。たかだか50年~100年ほど先の話で、みなさんの孫や曾孫の世代に関わる話です。みなさんの中には祖父母、もしかしたら曾祖父母の顔が思い出せる人もいるでしょう。みなさんの孫や曾孫も同じことです。顔の分かる相手から、遺産として手渡されるのは、生存できる環境なのか生存できない環境なのか、みなさんならどちらがいいですか? 今、それを選べる場所にみなさんは立っているのです。