電気のスイッチを入れれば、100メートル先の電球でも瞬時に点灯します。これは電流によるもので、その伝わる速さは光速、もしくはそれに近いものとされています。
しかし、電流の正体である電子そのものの動くスピードはきわめて遅いことも知られています。それではなぜ、スイッチを入れると同時に電球は点くのでしょう。
「教科書の教えてくれない物理」の第1回は、その謎を解明します。

松田 卓也先生
~Profile~
1943年大阪生まれ。1961年大阪府立北野高校卒業。1970年京都大学大学院理学研究科博士課程物理第2専攻天体核物理学理学博士。
1970年京都大学工学部航空工学助手、1973年同助教授。1992年神戸大学理学部地球惑星科学科教授、2006年定年退職。
現在、神戸大学・同志社大学・甲南大学の非常勤講師、中之島科学研究所研究員、朝日カルチャーセンター講師、元日本天文学会理事長、ジャパンスケブティックス会長、ハードSF研究所客員。
専門: 宇宙物理学、相対性理論、疑似科学批判、プレゼンテーション理論。
著書: 「なっとくする相対論」(講談社)、 「タイムトラベル・・・ 超科学読本」(PHP出版)、物理小事典(三省堂)。
電子の速度は驚くほど遅い
電流は電線の中を流れるに決まっている、こんな当たり前のことを今さらなぜ持ち出すのか、怪訝に思う人もいるかもしれません。たしかに電線の中心には銅線があり、電子はその中を移動します。
また、電線の周りは絶縁体で覆われ、感電しないようになっています。にもかかわらず、電流のエネルギーは電線の外を伝わるのです。
電流を説明するために、教育界では電流をパイプの中を流れる水に譬える『水流モデル』がよく使われます。電子は水の分子に例えられますが、このモデルは一見分かりやすそうな反面、二つの点で無理があり、大きな誤解を招く原因にもなっています。
まず、電子の動く速度は水流に比べて圧倒的に遅いです。例えば、1㎜径の電線に1Aの電流が流れる場合、電子の速度は毎秒約0.1mmにすぎません。つまり、1時間で35㎝程度で、カタツムリの進む速さよりも遅いのです。これでは、スイッチを入れた瞬間に電球が点灯することは説明できません。
ちなみに、電子の速度(ドリフト速度)は、大学の電磁気学の教科書にも記されている通り、物理学や電気工学を専門にしている人なら誰でも知っています。
この電子の遅い速度を補うために、教育界では『ところてんモデル』が使われます。これは、電線の端の電子を押すと、次の電子が動き、さらにその隣の電子が動くというように、連鎖的に電子が動くというモデルです。しかし、このモデルでも、影響が伝わる速度は決して光速には達しません。
また、エネルギーの考え方も水流とは全く異なります。水流の場合、エネルギーは水の分子の運動エネルギーですが、電流の場合、電子の運動エネルギーそのものではありません。電子を動かすエネルギーは、電線内を伝わるのではなく、別の形で伝わるのです。
電子を動かす電磁場のエネルギー
電流が流れると、電線の周囲の空間には「電場(電界)」と「磁場(磁界)」が発生します。(これは教科書にも記されている通り、電気の本質であり、発生するのは電線内ではない点が重要です。磁場については別として、電場が電線内で発生していると誤解する人が多いですが、実際は、電線の抵抗が小さい場合、電線内の電場は非常に弱いのです。)
一方で、個々の電子は遅い速度で動くため、もし電子自体が電線内を移動していたなら、電球に到達するまでにかなり時間がかかってしまいます。しかし、スイッチを入れると発生する電流のエネルギーは、電線の外を瞬時に伝わるため、電線内のすべての電子が同時に動き出し、遠くの電球でも即座に点灯するのです。
この現象を説明するため、私はよく次の例を使います。運動場に子どもたちが左向きに整列しているとします。全員を右向きにする方法は二通りあります。一つは、先頭の子が小声で「右向け右」と伝え、それを順に後ろへ伝えていく方法。もう一つは、先生が全員に向かって大声で「右向け右」と指示する方法です。前者は、最後の子が右を向くまでに時間がかかりますが、後者は、指示が音波として伝わるため、ほぼ同時に全員が右を向きます。ここで、音波は電磁波に相当します。
つまり、電線の外側を伝わる電磁場のエネルギーが、電線内のすべての電子に「動け」という命令を電磁波の形で伝えるため、《電流》は光速で伝わるのです。
※ 電場・磁場:空間の緊張具合を表す概念です。例えば、張られたゴムに例えられます。電線の抵抗が超伝導のように0であれば、電線内の電場は存在しません。銅線の場合、抵抗はあるものの非常に弱いため、電線内の電場はごく小さいのです。もし、電流がエネルギーを運ぶ原因を電線内の電場に求めると、超伝導状態を説明できなくなります。