物理学の基礎的な概念について、専門家や教科書でさえ往々にして取り違えていることがある・・・・・・。 毎回こんなテーマで松田先生に興味深いお話をお聞きしています。
今回は「コリオリの力」に関する誤解を利用して、インチキな見せ物をしている人たちがいる、というユニークなお話です。

松田 卓也先生
~Profile~
1943年大阪生まれ。1961年大阪府立北野高校卒業。1970年京都大学大学院理学研究科博士課程物理第2専攻天体核物理学理学博士。
1970年京都大学工学部航空工学助手、1973年同助教授。1992年神戸大学理学部地球惑星科学科教授、2006年定年退職。
現在、神戸大学・同志社大学・甲南大学の非常勤講師、中之島科学研究所研究員、朝日カルチャーセンター講師、元日本天文学会理事長、ジャパンスケブティックス会長、ハードSF研究所客員。
専門: 宇宙物理学、相対性理論、疑似科学批判、プレゼンテーション理論。
著書: 「なっとくする相対論」(講談社)、 「タイムトラベル・・・ 超科学読本」(PHP出版)、物理小事典(三省堂)。
見えたり見えなかったりする力
まず「コリオリの力」とは何かをご説明します。次のような例を考えます。大きな円盤形のスケートリンクがあり、上から見ると反時計回りに回転しているものとします。
今、円盤の中心にいるBが、正面に見えるゴールに向かってアイスホッケーのバックを打ったとします。円盤の外側、ゴールの裏にあたる位置に立つAからは、速度を得たパックはゴールに向かって、つまりAに向かってまっすぐに飛んできて(ちなみにこの場合、円盤の摩擦は無視します)そのままゴールに入るように見えます。しかし実はこれが入りません。円盤が回転していてゴールも左へ移動するからです。
その結果、パックはゴールから右へずれた位置に当たることになります。この時Bからは、パックはまるで横向きの力を受け、正面よりやや右へ曲げられたように見えます。
つまりAにとっては存在しないのに、Bにとっては存在するような、そんな幽霊のような力があります。
見る人によって見えたり見えなかったりする力は「見かけの力」あるいは慣性力と呼ばれていますが、回転系で働くこのような見かけの力を「コリオリ」の力といいます。
コリオリの力はたいていの教科書には載っている基本的な概念ですが、物理学者の多くはあまり関心を持っていません。関心があるのはむしろ気象学者です。自転している地球は、巨大な回転系で、地球上ではコリオリの力によってさまざまな自然現象が発生するからです。
例えば台風などの低気圧で、風が低気圧中心に向かうように吹かないで、中心を回る方向に吹くのはコリオリ力のためです。低気圧の風は北半球では上から見て反時計回り、南半球では時計回りになります。
右回りの渦と左回りの渦
このコリオリの力を利用した面白い見せ物をご紹介しましょう。アフリカの赤道上にある国で、観光客相手に行われている見せ物です。こういう商売は結構あるようで、YouTubeにもたくさんの映像がアップされています。
そのうちの一つ。サバンナのある町では、中央に栓がある洗面器がA、B、Cの3ヵ所に設置されています。Aは赤道から20m真北へ行った地点、Bはちょうど赤道上、Cは赤道から20m真南へ行った地点です。洗面器の下にはバケツのような容器がセットしてあって、栓を抜くと洗面器の水が落ちる仕掛けになっています。この映像では現地のガイドとおぼしき人物が装置に水を注ぎ、栓を抜きます。
みなさんも経験したことがあるかと思いますが、水の張ってあるバスタブの栓を抜くと、次第に排水溝付近に渦が発生するようになります。この渦が、北半球では上から見て反時計回り、南半球では時計回りになる、というのを聞いたことはあるでしょうか。先程の見せ物では、北半球にあるAでは渦が反時計回りに、南半球にあるCでは時計回りに、そして赤道上のBでは渦ができずにまっすぐ下へ落ちていきます。どうです、見事でしょう。これこそがコリオリの力の証明だ。
しかし、これは100%インチキです。
熟練の技に騙されている
コリオリの力の大きさは式で表すと「2vΩsinθ」となります。2は定数、vは速度、Ωは地球の回転角速度でこれも定数、6はその地点の緯度です。つまりコリオリの力の大きさは速度に比例しますが、緯度によって大きさが変わります。
赤道は緯度が0なのでsinθは0になり、コリオリの力ははたらきません。A、Bはそれぞれ、赤道からの距離がたった20mですから、θは0.000…いくつ程度。つまり、限りなく0に近い。よって、A、Bできちんと反時計回り、時計回りと渦に違いができるとは考えられないのです。
なぜこの場合コリオリの力の効果が無視できるのでしょうか。実は、専門的に言えば、コリオリの力の影響度を表す数字を「ロスビー数」といいます。式では「半径×回転角速度速度」となり、回転するものの半径が大きいほど、また速度が遅いほど大きくなります。このことは先のスケートリンクの例で考えると、はっきりします。アイスホッケーのパックの速度が小さいほど、ゴールに達するまでに時間がかかるので、その間にゴールは大きく動く。だから的から大きく外れますよね。スケートリンクが大きいほど、またスケートリンクの回転角速度が大きいほど、パックは大きく的から外れます。つまりロスビー数がコリオリの力の影響度の大きさを表しているのです。
ですから台風のように規模の大きな渦巻きではコリオリの力の効果が現れるのです。逆に言えば、洗面器のような小さな容器内の流れでは、コリオリの力の効果は無視してかまいません。ある流体力学の大家がエッセイの中で、「コリオリの力は速度が速いほど大きくはたらく」と記述していましたが、これはコリオリの力自体の大きさと、その影響の大きさを混合しているとしか思えません。専門家でさえも価値が得る、それほどコリオリの力は誤解されています。
さて、この見せ物をこのロスビー数から考えると、洗面器の10数センチ程度の半径では小さすぎますし、しかも水が回転する速度も結構速いですから、ほとんど表れないと考えられます。
ではなぜガイドがやると、渦の向きがきちんと変わるのでしょうか。あるガイドは栓を抜く前に、プラスチックの仕切り板のようなものを水の中に入れているのですが、どうもこれを抜くときに、微妙な手さばきで渦を右や左に回したり、発生しないようにしたりしているのではないでしょうか。ただ、映像 の中には板を使わないガイドも見受けられますから、その場合にはタネが全く分かりません。いずれにしてもかなり熟練の技が必要なはずですから、「インチキ」と一言で片づけてしまうのは失礼かもしれません。感心すべきなのは、コリオリの力の事ではなく、ガイドの手さばきです。要するに手品の一種ですよね。