ピンチをチャンスに変えたい
―《越境》をキーワードに、文系も学部・修士一貫を
春名 展生 先生
東京外国語大学 学長
~Profile~
2015年東京外国語大学大学院国際日本学研究院講師、2018年同准教授、2021年国際日本学部学部長補佐、2023年東京外国語大学副学長(国際、国際教育等担当)、2024年東京外国語大学大学院国際日本学研究院教授、2025年4月から現職。桐蔭学園高等学校理数科出身。
国立大学として、起源の最も古い大学の一つ、東京外国語大学。この春その学長に就任した春名先生は、戦後の国立大学学長としては記録の残る限り、2番目の若さでの就任と注目が集まる。
大学は今、およそ10年後の18歳人口の急減期の始まりを前に、私立大学を中心に危機感を募らせているが、志願者確保では安定する国立大学も例外ではない。とりわけ首都圏の国立大学には特殊事情も絡む。また、語学教育には生成AIによる教育の進展も逆風となる。
「二重苦」と苦笑いする一方、少子化は教育の質の向上や、丁寧な入学者選抜を可能にするなど、改革の大きなチャンスでもあると前を向く春名先生。ピンチをいかにチャンスに変えるのか、今後4年間で、次世代のために打っておきたい布石とは何かを聞いた。

首都圏文系国立大学の抱える二重苦とは
今春の中教審答申「知の総和」※1では、大学の《規模の適正化》について、初めて正面から言及された。「設置者の枠を超えた連携、再編・統合、縮小、撤退を選択肢に入れ、高等教育全体の、適正な規模の見直しが必要」であると。
私学に比べて、学生募集では競争優位な状況にある国立大学にも危機感は募る。現在、法人複数大学制(いわゆるアンブレラ方式)や、直近の東京医科歯科大学と東京工業大学との合併など、かつて86とされていた国立大学にも再編の機運は高まっている。
ただ、地方国立大学には、地方創生の観点から地域に根差した人材育成、地域の子どもたちの高等教育へのアクセス権の保障など、定員を減らすという動きにはおそらくならないだろう。それに引き換え首都圏にある国立大学は、多くの私学との共存などの観点から、今後、定員削減を求められる可能性が高い。
元々文系しか持たない本学は、細り続ける国の支援の影響を強く受けてきたが、そうなれば、国内最多の28言語専攻という最大の特徴も、これまで通り維持できるか不安だ。
生成AIの進展も脅威だ。語学教育が真っ先に代替されやすいと想定されるからで、まさに経営、教育の両面の危機、いわば二重苦を抱えているような状態だ。早急にこのピンチをチャンスに変えるための布石を打ち、今後さらに厳しい状況に曝されるであろう後進に、バトンを繋ぎたいと考えている。
私のキャリアパス、気がつけば初めての道を歩んできた
ジャーナリストの父の影響で、平和の問題、国際政治には関心があったが、一方で子ども時代から、環境問題や生物多様性の維持にも関心があった。大学は理系に進み、学部では、環境問題を工学の観点から解決すべく工学部都市工学科都市計画コースに進んだ。
ところが、社会課題解決を実践的に学ぶなかで、社会の認識が変わらなければ何も変わらないと考えるようになった。そこで大学院では文転し、総合文化研究科国際社会科学専攻を選び、日本政治外交史の研究室へ入った。20世紀前半、国内の政治学者たちが何を考えていたのか、なぜ、国際政治学という個別の分野を立ち上げたのかを研究したかったからだ。

大学院退学後に赴任したのが中京大学。そこで非常勤講師として『平和論』を担当したが、大学が交換留学に力を入れ始めた際、帰国子女の経験を活かし、英語で外国人留学生に日本社会や日本文化を教える授業を引き受けることになった。これが学長になった今も続けている教育活動の原点だ。
2015年には、本学に新設された国際日本学研究院に第一期講師として着任。2016年に大学院総合国際学研究科に国際日本専攻が新設され、2019年には本学に第三の学部である、国際日本学部が新設された。この国際日本専攻と国際日本学部で教育を担当することになった私は、2018年に准教授、2024年に教授となった。
この間、男女共同参画推進部会に委員として加わり、2023年には副学長、そして今春、対立候補がいないまま学長となった。これは、これからの予測不能な時代の大学経営には、これまでの経験や実績が一切通用しないと判断された教職員の方々の総意であると、厳粛に受け止めている。
イギリスの法学者ヘンリー・メイン※2は中世までは身分によって決まっていた社会関係が、近代に入って、契約によって決まるようになったという意味で「身分から契約へ」と述べた。今は、それが最も進んだ時代であり、大学経営もまたしかりだろう。
今後、厳しいかじ取りの場面も予想されるが、私自身はまだ50歳。学生時代に専攻を変えたことに始まり、常に変化の中に身を置き、気がつけば新しい道を切り開いてきた。学長の任期終了後もまた、本学に残り教育・研究の現場に戻ることになる。この厳しい時代の舵取りをあえて引き受けることは、自分自身にとっても一つのチャンスであると考えている。
定員減に備え、大学院を充実。
最短5年間で学士号と修士号を取得する教育プログラムを推進。
進化するAIの影響を強く受けると言われる外国語教育だが、一方で、AIの活用次第では、語学習得の一部分をAIに委ね、浮いた時間を活用し、本質的なコミュニケーション研究や希少言語の研究などに注力することが可能となる。
そもそも本学は、英語名をTokyo University of Foreign Studiesとするように、単に語学習得だけではなく、それをを通じて多文化理解、地域研究を深め、文化の差異と共生の仕組みを明らかにし、寛容でインクルーシブな社会の実現に向けて課題解決を図れる人材の輩出を目的とする。
その過程で、半分以上の学生が一年間の海外留学を経験しているが、学部教育の充実には4年の修業年限は、ある意味でとても窮屈だ。また、AI時代、予測不能と言われる社会では、文理融合※3はもとより、大学間連携※4や産学連携などを活用して、分野とセクターを越えた多方面への《越境》を教育に組み込む必要もある。
また人生100年時代とされ、社会人のリスキリングなどを国が後押しする中、18歳の入学者が必ず4年で卒業する必要があるのか。すでに理系、主に工学系では修士課程への進学が一般化している。そこで本学が新たに計画しているのが、最短5年で学士と修士両方の学位のとれる教育プログラムだ。
すでに東京大学は、学士・修士5年間の新たな教育課程、U Tokyo College of Designの開設を今年度早々に発表した。東北大学も先頃、入学時に学部を定めず、新しく設置する高等大学院との一貫教育で行う特別教育プログラム、「ゲートウェイカレッジ」を開設すると続いている。
今年度内には「知の総和答申」※5を受け、文系の学部・修士一貫制のための制度改正も始まるとも聞く。国の後押しによって、新しい制度に関心を持つ大学が増加する、あるいは国立大学が一斉にその方向に舵を切るなどすれば、文系も修士卒が望ましいというスタンダードが確立されるかもしれない。
これは本学にとっても大きなチャンスだ。今後の人口減少を視野に入れれば、一人ひとりへの教育投資を増やし、《量》の減少を《質》で補わなければならないことは言うまでもない。そのためには修士号や博士号保有者の社会的評価を、文系分野も含めて高める必要もある。これは、長年、課題とされてきた人文社会系人材の国際通用性を高めることにもつながる。
もちろん企業の採用事情や保護者のニーズも視野に入れる必要があるから、一足飛びにはいかないかもしれない。であれば本学としては、まずはそれに先立つ大学院改革、その充実から始めていきたいと考えている。

注釈 (Notes)
※1 我が国の「知の総和」向上の未来像 ~高等教育システムの再構築~(答申)令和7年2月21日
※2 Sir Henry James Sumner Maine(1822年8月15日-1888年2月3日):イギリスの著名な法学者・社会学者・政治評論家。イギリスにおける歴史法学の創始者とされる。
※3 2012年の2学期制発足に合わせて開設された「世界教養プログラム」には、文系だけでなく、理系の科目もあり、文化学部、国際社会学部、国際日本学部のいずれに入学しても履修することとされている。
※4 東京農工大学および電気通信大学と実施する「西東京三大学連携」や、お茶の水女子大学、東京科学大学、一橋大学の三大学と結成した「四大学未来共創連合」を指す。
※5 「知の総和」2.今後の高等教育政策の方向性と具体的方策/(1)教育研究の「質」の更なる高度化/③大学院教育の改革(P28)「・・・学士・修士の5年一貫教育の推進等の施策も講じながら大学院修了をスタンダードにしていくといった発想の転換・・中略・・が必要である」






