AI for Science の時代のために
AIは「使う」から「解き明かす」へ ── 核融合から逆問題まで、ブラックボックスを開け放つ次世代のサイエンス


上田 修功先生
~Profile~
理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長。
1982年大阪大学工学部通信工学科卒業、1984年同大学院通信工学専攻修士課程修了。1992年博士(工学)。1984年日本電信電話公社(現NTT)に入社し、NTTコミュニケーション科学基礎研究所所長、NTTフェロー等を歴任。また、海外で研究に携わった時期には、ジェフリー・ヒントン教授(2024年ノーベル物理学賞受賞)の招聘研究員としてカナダ・トロント大学や英国・ロンドン大学に在籍した経験を持つ。2016年より現職。専門は機械学習、統計科学、AI for Science。AIを科学そのものを前進させる基盤と捉え、物理学など多様な分野との融合に取り組む。
ChatGPTや画像生成など、誰もがAIを「便利なツール」として使いこなす時代。そんなAIブームの遥か前から基礎研究に携わってきたのが、日本の機械学習を牽引する上田修功先生。2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン教授のもとで招聘研究員を務めるなど、AI黎明期からその歴史と共に歩んできたトップランナーだ。
「AIにデータを読み込ませて処理を速くしたり、精度を上げたりする時代はもう終わりつつある」。AIは「使うもの」から、人間の果てしない好奇心に応え、科学そのものを進化させる「融合」のフェーズへと突入している。AIの真髄を知る上田先生に、次世代のサイエンスの姿を聞いた。
AIは「精度を上げる」時代から、「真理を解き明かすためのもの」の時代へ
スマートフォンの顔認証から、人間のように自然な文章を生成するChatGPTまで、AIはまたたく間に私たちの日常に溶け込んだ。しかし、最先端の研究現場では、今、世間を賑わすAIブームとは少し異なるパラダイムシフトが起きている。
「これまでのAI技術は、大量のデータを使って処理を速くしたり、認識の精度を上げたりすることが主な目的でした。しかし、そうした『精度至上主義』の時代は、すでに終わりつつあります」と上田先生。
現在、世界のトップ研究者たちが熱視線を送っているのが「AI for Science(科学のためのAI)」という領域だ。これまでも、医学や生物学などの分野でAIが使われることはあった。しかしそれは、「膨大なデータがあるから、そこから有用な結果が出るようにAIで分析してほしい」といった、AIをデータ処理の下請けとして扱うマスタースレーブ(主従)的な関係によるものが多かった。
上田先生が目指すのは、そうした単純な応用ではない。自然科学が長年培ってきた理論や法則、人間の知見、そしてデータを根底から結びつける「新しいAI」を創り出すことだ。AIが科学をサポートするだけでなく、科学の難問がAIの新たなアルゴリズムを生み出す。両者が対等にぶつかり合い、共に発展していく時代を上田先生は見据える。
物理から生まれたAIが、サイエンスを呼び覚ます!
このパラダイムシフトを語る上で、避けては通れないのが物理学との関係だ。2024年、ジェフリー・ヒントン教授らにノーベル物理学賞が授与された。これは、現在のAIの基礎となる学習理論が、物理学の考え方を土台に構築されたことを象徴している。しかし上田先生は、そこからさらに一歩進んだ、逆向きのベクトルに注目する。

これまでのAI開発が「物理の知恵を借りて、AIの精度を上げる(ヒントン教授らの功績)」ことだったのに対し、上田先生が取り組むのは「AIという強力な計算能力を使い、サイエンスそのものの理解を深める」という挑戦だ。
「物理の人たちは、割とそのような『目』でAIを見ています。物理というものを捨ててデータさえあればいい、という考え方ではない。物理で使われた理論そのものを活かしながらAIを使う、あるいは『物理の言葉』でAIを説明しようというスタンスです」と上田先生。たとえば医学などでのAI活用は、内視鏡の画像認識に見られるように、AIを「便利な道具」としてそのまま使うことが主流だった。そこではAIが、なぜその答えを出したのかが分からない「ブラックボックス」であっても、診断の精度さえ上がれば許容されてきた。
しかし、自然の真理を追究する観点からは、中身が分からないままではサイエンスとは呼べない。AIを単なる「計算機」で終わらせず、その背後にある数理構造を理解し、再び科学の言葉で記述し直す。ヒントン教授らが物理を武器にAIの扉を開いたように、今度は私たちがAIを武器に、科学のブラックボックスをこじ開けていく。この『なぜ?』という好奇心こそが、AI for Scienceという新たな知の探求を突き動かす原動力なのだ。
不可能とされた核融合に挑む ──「逆問題」が示すAIと科学の真の融合
こうしたアプローチが、最も劇的な成果を生み出しつつあるのが「逆問題」と呼ばれる領域だ。
「順問題」と「逆問題」とは?
私たちが高校の授業で解くような「ボールをこの角度と速度で投げたら、どこに落ちるか」を計算するものは「順問題(原因から結果を導く)」と呼ばれる。
一方「逆問題」とは、「ボールがここに落ちた。ではこのボールはどんな角度と速度で投げられたのか?」というように、限られた結果(観測データ)から原因を推理する問題のことだ。
その最前線にあるとされるのが、次世代の「夢のエネルギー」として世界中で研究が進む核融合、フュージョンエネルギーの開発。この研究では、装置の中にある超高温のプラズマ全体を直接観測することは不可能だ。そのため研究者たちは、装置の端に取り付けられたセンサーから得られる限られたデータ(結果)をもとに、プラズマの内部で何が起きているか(原因)を推定しなければならない。
核融合の制御は、極めて複雑な偏微分方程式を解き明かすようなものであり、長年専門家たちの間でも「そう簡単に実現できるものではない」と困難視されてきた。しかし今、この巨大な逆問題に対してAIを活用することで、事態は大きく動き出していると上田先生。
ここで上田先生が強調するのは、「AIの圧倒的な計算力で解決した」という表面的な話ではない。驚くべきことに、AIという新しいアプローチを用いて逆問題に挑む過程では、これまで科学の側でも完全には理解しきれていなかった複雑な方程式の理解が進んでいる。同時に、科学の厳密な知見を組み込むことで、AIの側にも新たな手法やアルゴリズムが生まれているという。
AIが一方的に問題を解く(下請けになる)のではなく、科学の難問がAIを進化させ、進化したAIが今度は科学の根本的な理解を深めていく。不可能と思われていた核融合の壁を突破しようとするこのダイナミックな相互作用こそが、上田先生の語る真の融合の姿である。
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武田 秀太郎さん
九州大学都市研究センター・准教授
京都フュージョニアリング株式会社・共同創業者
文部科学省 核融合科学技術委員会 原型炉開発総合戦略TF 主査代理
【Profile】
2014年京都大学工学部物理工学科卒業。2016年京都大学大学院総合生存学館、修士課程相当修了。2018年京都大学大学院エネルギー科学研究科早期修了、博士(エネルギー科学)取得。2019年ハーバード大学大学院修士課程修了(サステナビリティ学)。2018年京都大学大学院総合生存学館特任助教、2020年国際原子力機関(IAEA)プロジェクト准担当官、2022年京都大学大学院総合生存学館特定准教授を経て、現職。2019年10月には京都フュージョニアリング株式会社を共同創業。 International Young Energy Professional of the Year 賞、英国物理学会IOP若手国際キャリア賞、IAEA事務局長特別功労賞ほか、多数受賞。日本国籍で唯一のマルタ騎士団騎士。FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』コメンテーター。東海高等学校出身。
AI時代に問われるのは「土台を作る力」
AI for Scienceの時代に求められるのは、既存のAIツールを上手に使うことだけではない。自然科学が長年積み重ねてきた理論や知見、人間の理解そのものをAIの中へどう組み込むか。上田先生が繰り返し語ったのは、その「基盤をつくる力」の重要性である。
その土台となるものの一つが、線形代数や確率・統計といった数理の素養だ。上田先生は、大学教育の現場で、行列や確率の基礎を十分身につけないまま入学してくる学生が少なくない現実に危機感を示す。
AI時代に必要なのは、流行の技術を表面的に追いかけることではない。確かな基礎の上に立ち、異なる分野の知見を結びつけながら、新しい方法論を生み出せる人材を育てること。そのためには、教育のあり方そのものも早急に問い直されるべきだと言う。
「横並び」ではなく「融合」から新しい知を生み出す時代へ
戦後の日本は、均質な力を育てる教育によって『ものづくり』の時代を支えてきた。それは、日本の科学技術の発展を支えるための大きな強みでもあった。
しかしAI for Scienceの時代には、それだけでは不十分だ。分野の境界を越え、物理、数学、情報科学といった異なる知の領域を結びつけながら、新しい発想を形にしていく力がこれまで以上に求められる。
AI研究者が単なるデータ処理、分析の「下請け」になるのでもなく、科学の側がAIを便利な道具として消費するのでもない。理論、データ、実験、アルゴリズムが互いに影響し合うことで、新しい知を生み出す。
そのような「融合」こそが、AIとサイエンスの未来像に違いない。






