Profile
1987年3月富山大学理学部 卒業、1989年3月同大学院理学研究科修士課程 修了。1992年3月筑波大学大学院工学研究科博士課程 修了。1992年4月横浜国立大学工学部 教務職員、1994年4月同 助手、2000年7月同助教授、2009年10月横浜国立大学大学院工学研究院教授、2019年4月横浜国立大学 理事(研究・評価担当)・副学長、2020年4月同(研究・財務・情報・評価担当)・副学長。2021年4月より現職。専門は固体物性物理学‐超伝導、磁性。桃山学院高等学校出身。
大学とは
コロナ禍で再認識されたこと、「大学とはコミュニティー」
2020年度は、手探りで始めたオンライン授業等、激動の一年だった。しかも、学生に不自由を強いるだけでなく、前例のない個別試験の中止等で受験生・保護者、高校関係者にも影響を与えるなど、心の晴れる日はなかった。また、これほど「大学とは?」と考えさせられたこともなかったと思う。
キャンパスのメインストリートに学生が一人もいない日が何カ月も続いたことには心が痛み、大学人になって30年、初めてある種の寂寥感も感じた。これまで当たり前とされてきた大学のコミュニティーを機能させられないもどかしさもあった。大学とは、教育・研究を通じたコミュニティーであることをあらためて痛感した。
同じことは、昨年の7月の段階で、本学の規模としてはかなりの寄附金が集まったことでも気づかされた。多くの卒業生からたくさんの支援をいただき国からの助成とは別に千名を超える困窮学生に一人当たり一律5万円を支給できた。大学とは卒業生も含めたコミュニティーなのだ。
今年に入り、キャンパスは昨年度に比べいくらか落ち着きを取り戻している。心配された入試も、大幅な志願者減とはなったが、5学部すべてから、例年と比べて入学者の状況に変化はないとの報告を受けている。これは予備校等の追跡調査とも符合しているようだ。
予想外だったのは、3月末ギリギリに私の記憶では初めて実施した2次募集で、80名の定員に1300名を超える志願者が集まったこと。本学が底堅い受験者層に支えられていること、またいかに個別試験が大切かを実感した。来年度入試では安全、安心を担保した上で従来通り個別試験を実施する予定だが、コロナ禍での経験を忘れることなく、今後の大学運営に生かしていきたい。またコロナ禍の影響を一番強く受けている今の2年生に対しては、今後も様々な角度から引き続き温かく見守っていきたい。
横浜F・マリノスから寄贈された人工芝と夜間照明設備。また常盤台インターナショナルレジデンスは、建設・運営をすべて外部事業者で実施。経営そのものも外部委託し、税金を投入せず土地の有効活用を図るという国立大学の新しい手法」と梅原学長。
独自の教育改革を加速
現行の大学入試制度の中では、首都圏に位置し、かつ後期日程の定員を多く維持している大学としては、入学した学生にいかに学ぶ意欲を与えるか、言いかえればいかに教育力を高めるかは長年の課題だ。本学では前期日程、後期日程それぞれによる入学者について、入試の成績と在学時の成績の相関を調べてきた。ここで明らかなのは、入学後、どれだけしっかり勉強するかが卒業時の成績を左右するということだ。地頭が良かったり基礎学力がしっかり身についた学生が多いのだから、当然と言えば当然だが。そこでキャリア教育の導入も含め、10年ぐらい前から教育改革を加速してきた【下コラム参照】。今や、企業からも高い評価を得ているから(※1)、冷静に出口まで見通せば、けして最難関校にひけを取らないとの自負がある。
入学後の科目も工夫している。私の専門は物理だが、多くの学生にとっては、社会に出て何の役に立つのかが見えにくい学問かもしれない。手に取るようにわかる機械系などとは好対照だ。そこで1年のうちから、『物理科学と先端技術』などと銘打って、企業から技術者を外部講師として招き、物理を学んでおくと企業に入ってからどれだけ役に立つかを講義してもらっている。もはや、物理に入ったから物理しかしないのではすまされない時代でもある。また、神奈川県とタイアップし、全学部を対象とした半期で15回、県の職員による『神奈川のみらい」も開講している。
PBL(Project based learning:課題解決型学習などと訳される)など、調べて発表する授業も増やしている。どれも学科単位による地道な取組だが、こうした努力が徐々に実りつつある。
※1 「人事が見るイメージランキング【日経HR調べ】」では、2020年2位、2021年6位
新たに二つの方針を加え、知の統合を進めたい
学長就任時に新たに立てた方針は二つ。一つは《小さな大学》としての強みを発揮すること。5学部6大学院体制で10,000人の学生を抱えながらなぜ?と思われるかもしれないが、本学は教職系、工業系、商業系の3つの専門学校が戦後まとまってできた大学で※2、文学・医学などはカバーしていない。つまり大規模総合大学とは違うという意味だ。そこで、自前でないものは外に求める、つまり他大学との連携に徹していくべきだと考えている。「オープンサイエンス」「オープンイノベーション」※3がキーワードとされる今は、その絶好のチャンスではないか。特に力を入れているのが医工連携。理工学部では「副専攻プログラム(医工学)」も設ける。今の医療は産業界の提供する機械なしでは成り立たない。まさに100年の伝統を有する本学の工業系の出番ではないかと思っている。
第2の方針は、地域との連携の強化。横浜市、神奈川県にある本学だが、今後はそれを強みとする意識をより強化していきたい。地方国立大学(東京からの距離感でそう呼ぶとして)の多くは、法人化(※4)以降、生き残りをかけ地域との連携強化に涙ぐましい努力をしてきた。本学の場合は、首都圏にあって地方をイメージしにくい分、これまで以上にその意識を高め、さらに取組を強化していかなければならない。神奈川県は長洲一二知事以来、科学技術政策においては、KSP(サイエンスパーク)、やKISTEC(神奈川県立産業技術総合研究所)等の開設など、先進的な取組をしてきているから連携のメリットは大きい。神奈川ローカルの連携は世界へつながる可能性を秘めている。
一方で神奈川県は、横浜、川崎、相模原という3つの政令都市とともに、三浦半島や県西には過疎と高齢化に悩む地域もかかえる。スケールが大きく、直面する課題も様々で、ある意味で日本の縮図とも言える。地域のこのような課題先進性ともいうべき特性に、本学の教育・研究をいかにコミットしていくか。それをつきつめていくことは、日本、世界にコミットしていくことにつながるはずだ。
もちろん基礎自治体の横浜市ともしっかり連携していきたい。これまで各教員による連携は様々あったが、大学全体として、より強化したいと考えている。
全国区で基礎研究を担保するという国立大学の原則はこれまで通り尊重しながら、小回りを利かした地域連携にもバランスよく取り組んでいきたい。
※2 1876年設置の横浜師範学校(後に神奈川師範学校)、1920年設置の横浜高等工業学校(後の横浜工業専門学校)、1923年設置の横浜高等商業学校(後の横浜経済専門学校)。
※3 大学や企業が、より大きな成果を狙って、単独ではなく他と連携して行う科学研究やイノベーションに向けた取組を指す。
※4 2004年4月以降、それまで文部科学省の直轄組織だった国立大学は、それぞれ独立大学法人に移行した。
入試について
先ごろ、10年近くに及んだ大学入試改革論議は、そこで示された改革案を各大学が個別試験の中で実現することと結論付けられたようだ。もちろん入試改革が止まったわけではない。ただ現段階では、個別試験が重要であるということ以外にコメントはできない。
選抜方法の多様化については、たとえば教員志望者が受験する教育学部では、教員になりたいという意欲も含めて総合的に評価するのはいいと思う。一方、理工系では、たとえば一般的に数学のできない物理学者はいないように、学部によって必要な学力を担保しそれを測る入試を考えていきたい。
また、本学の学生が首都圏にある私立大学の学生と比較して大人しいことを捉えて、理系でもアピール能力、コミュニケーション能力を入試で問うようにしてはどうかというような意見も学内にあるが、コミュニケーション能力は学会での発表の機会を増やすなど、大学へ入ってからでも鍛えることができる。入試方法は、あくまで育てたい学生像から考えるべきだし、入試だけではなく、入学以降の教育改革にも引き続き力を入れていきたい。
受験生へのメッセージ
知の統合と世界水準の研究大学を目指しているから、しっかり学問、研究に打ち込みたいという人に目指してほしい。環境は抜群。新たに本学の名称の付いた駅(※5)もできて東京へも直結するようになり、首都圏生活に触れることもできる。
私自身の受験時代を振り返ると、浪人時代も含め様々な思い出はあるが、やはり大事なのは大学へ入ってからだとつくづく思っている。大学でできることは勉強だけではない。入ってから楽しく大学生活を送れるように、けして受験をゴールとは思わないことだ。
高校、大学時代を通じて勧めたいのは読書。乱読でいい。私は学校の勉強では、数学・物理は好きだったが本ばかり読んでいた。しかしそれが今、大いに役立っている。
※5 羽沢横浜国大駅:2019年11月30日開業。相鉄、JR直通線の共同使用駅。