キーリーアレクサンダー竜太さん
~Profile~
2013年九州大学21世紀プログラム卒業。2017年国際エネルギ-機関(IEA)および国連開発計画(UNDP)、京都大学特任研究員を経て、2018年京都大学大学院総合生存学館を一期生として修了、博士号(総合学術)取得。その間、糸島小水力発電株式会社創業、代表取締役。大学院修了後の2018年より、九州大学工学研究院特任助教および世界銀行東京防災ハブリサーチスペシャリストを兼任。2020年同研究院助教、2023年から現職。趣味はサーフィン。西南学院高等学校出身。
世界を変える精鋭が育つ研究・教育の場、京都大学大学院 総合生存学館。2018年に第一期生として巣立ったキーリーアレクサンダー竜太さんは、九州大学工学研究院でエネルギー技術のファイナンスと持続可能性評価などに関して研究する傍ら、2016年から糸島小水力発電株式会社の代表取締役として小水力発電の普及に尽力している。2022年には、グローバルサプライチェーンを対象に、独自開発のAIを用いて、製品・サービスの包括的なESG(Environmental, Social & Governance:社会・環境・ガバナンス(企業統治))影響評価を可視化するサービスを行う大学発スタートアップも創業した。キーリーさんに、研究内容やその成果、社会実装の難しさ、やりがいや将来展望について、大学・大学院での思い出とともにお聞きしました。あわせて将来、研究者を目指したり、その成果をもとに起業することを考えているみなさんへのメッセージもいただいています。
大好きな地元、糸島市で小水力発電所を稼働
エネルギー資源の枯渇、環境汚染、人口減少、大規模災害など、世界の都市が直面する様々な課題の解決に向けて、都市工学・経済学などからアプローチし、多面的かつ学際的に実証的な研究を行っています。具体的には、社会の持続的発展に向けて、再生可能エネルギーや水素、CO₂の回収と変換(DAC-U)システムによる再生可能エネルギー技術の社会・環境・経済への影響、人口減少が社会・経済に与える影響を評価しています。最近では、ESG投資に不可欠な諸要素の分析などにも取り組みはじめました。
一方で、大学院時代から続けている再生可能エネルギーに関する研究で蓄積した知見を社会還元したいとの想いから、小水力発電の普及にも力を入れています。小水力発電とは文字通り小規模な水力発電で、用水路、小河川、道路脇の側溝、水道など様々な水流を利用して行う発電です※。ダムなど大規模な土木構造物を必要とせず、比較的簡単な工事で小さな水流でも発電できるのが特徴で、各種の自然エネルギーの中では大きなポテンシャルがある。開発プロセスはおおまかに、①可能性調査、②測量・基本設計、③詳細設計・着工、④運転開始の4ステップ。可能性調査から運転開始までには5、6年かかると言われています。落差による位置エネルギーを使って発電するため、最適な設置場所を見つけることが非常に重要です。また、何百メートルもの排水管が必要なため、その土地の行政の協力も不可欠。複数の行政管轄地域をまたぐ場合には、その間の意見の対立等で、時間はとられるものの事態がなかなか進展しないことも多く、大企業はあまりやりたがりません。しかし私には、ポテンシャルの大きさに加えて地元に貢献したいという強い思いもあり、自ら先陣を切って小水力発電に着手することを決めました。
2016年に糸島小水力発電株式会社を創業、2020年2月には、流域面積約5k㎡、取水位130m、放水位65mほどの河川や用水路を利用した小水力発電所が稼働を開始。今でこそ順調に稼働していますが、ここまでくるまでは困難の連続でした。投資家、町役場(行政)、地元住民や地権者の方々との意見交換を同時並行で進め、合意形成を図る際には、交渉が難航することも多く、くやしさやもどかしさを感じることも。しかし今ではこの経験が私の大きな糧となっています。地元への恩返しということで言えば、発電から生まれる利益を地域に還元し、発電所の開発や運営を可能な限り地元の民間企業に回すことで経済効果を生むなど、微力ながら貢献できているのではないかと思います。
※全国小水力利用推進協議会では、国内では1000KW以下を小水力発電とするのが妥当で、全国では現在約550か所にあるとする。
きっかけは大学院での学びと人との出会い
私が通った京都大学大学院総合生存学館は、分野横断的・俯瞰的視野で地球規模課題の解決に取り組む研究力育成のための専門分野を深めつつ、実践力を身に着けることができるユニークなカリキュラムに特徴があります。小水力発電所創業を大きく後押ししてくれたのが、4年次の『海外武者修行』と5年次の『Project-Based Research (PBR)』と呼ばれるプログラムです。
海外武者修行は、海外へ出向き、そこでの社会課題解決を通して現場で活用できる知識と経験を習得するための国際実践活動です。再生可能エネルギーの研究や、世界のエネルギー情勢や開発に興味のあった私は、国際エネルギー機関(IEA)のフランス本部と国連開発計画(UNDP)のフィジー国事務所で、それぞれ半年間、京都大学特任研究員として働く機会に恵まれました。IEAで行ったエネルギー技術への投資分析は、旗艦レポートである『再生可能エネルギー中間市場報告書』に掲載され、大きな達成感を感じました。学術論文と政策立案などを目的とする文書の書き方の違いを知ると同時に、研究と実社会との間の大きなギャップに気づくこともできました。
研究と実践的教育の集大成として、最終年度の5年次には、学生自らが研究を社会実装するためのプロジェクトを企画立案し、他機関の関係者を巻き込んでPBRを行います。私は研究と実務のギャップを埋め、社会との架け橋になりたいという想いから、糸島小水力発電株式会社の創業をPBRのテーマとし、学術的知見を実社会へ直接フィードバックできるような体制を整えたのです。登記した2016年は、まだフランスで勤務中でしたから、在フランス日本大使館で正式文書に親指で押印し提出したのは忘れられない思い出です。再生可能エネルギーの中でも小水力発電を選んだのは、大きなポテンシャルを秘めているのに開発が遅れていたこと、先輩が他県ですでに挑戦されていたこと、また2013から2014年にかけて、太陽光発電による環境問題が次々に報告されるようになったからです。
大学発のスタートアップとして、二つ目の株式会社aiESGを創業
2022年に、九州大学主幹教授であり、国連新国富報告書DirectorやIPCC代表執筆者等を務める馬奈木俊介先生達と共に、㈱aiESGを創業しました。ESG影響を独自開発のAIで解析する(aiESG)事業です。今や、全世界で行われている投資の半分がESG投資と言われ、環境・社会・企業統治に配慮している企業であることが投資を受ける前提ともいえます。ESGを考慮した経営戦略の立案のためには企業全体、そして製品・サービスのESG影響の指標が必要不可欠です。
しかし、現在までに企業レベルではESG指標が活発な発展を遂げている一方で、社会生活を支える製品・サービスレベルのESG評価はまだ十分には進んでおらず、サプライチェーン全体でのESG評価の発展が求められていました。
今までの製品・サービスレベルのESG評価は、限定的な環境影響評価である大気汚染やCO₂排出量評価に留まっていることがほとんどだったのです。そのため、大気汚染やCO₂排出量だけでなく水資源消費や採掘資源消費等、その他の重要な環境影響に加えて、労働環境・条件、安全と健康、人権影響、ガバナンスリスク、さらには生産コストや国内雇用創出といった社会への影響を、サプライチェーンを遡って多角的、総合的に評価する手法を構築。aiESGによる解析の結果からESG優良度に応じてCertified, Silver, Gold,Platinumという4種類のESGラベルを付与するシステムを開発しました。これが広がれば、組織全体の指標を超えて企業の主要製品やサービスを多角的・総合的に評価し、更には技術開発の段階からESGを考慮した技術開発が行われる流れが起こせるのではないかと考えています。開発には、国際的に著名な研究者や国際機関の職員などにも協力を依頼、将来的には、日本発のデファクト・スタンダード※を目指します。「数値の先に、人々のウェルビーイングを見つめる」を合言葉に、ESG投資分野を含め現代社会が直面する複雑な問題に対して、学際的なアプローチでそれらを定量化し、現実的かつ効果的な政策提言を行っていきたいと考えています。
※公的な標準化機関からの認証ではなく、市場における企業間の競争によって、業界の標準として認められるようになった規格のこと。
研究者を目指すみなさんへ
ピンチに陥っても、チャンスを見逃さない心と時間のゆとりを
目の前の困難や問題・課題の解決に注力する、それらに力の限りぶち当たり解決に導こうとする努力や経験はとても大切です。しかしそれがすぎると、不意に訪れるチャンスを見逃してしまいかねません。「木を見て森を見ず」のような状態に陥るのです。大学教員と水力発電株式会社の代表、そして国際機関のスペシャリストという三足の草鞋を履いていた2018から2020年までの3年間は、文字通り馬車馬のように働きましたが、中でも一年目は目の前の困難を解消することに精一杯で、訪れたチャンスに気づかなかったことが多々ありました。一つ上手くいかないことがあるとそれが全体に響き、時間に余裕がなくなり深く考えたり、研究を深堀りしたりできなくなる。なんとかこの状態を打破しようと考えたのが、「仕事が三つもあるんだから、それぞれに浮き沈みがあるのは当然。それなら起きている問題については解決できるタイミングを待ち、その間、他を伸ばしていけばいい」と気持ちを切り替える、三つの仕事を独立したものとしてではなく、一つの大きなパイの構成要素として捉え、パイ全体を少しずつ成長させていけばいい、そう思えるようになったのです。問題・課題に直面したら、仲間に相談するのもいいでしょう。ただそれにもましてチャンスを見逃さないよう、心と時間のゆとりを保っておくことがとても重要だと思います。
気持ちの切り替えに加え、三足の草鞋を履く中で得たマルチタスキングスキルも、当時の状態を打破する後押しをしてくれました。マルチタスキングスキルとは、一つのタスクに集中しながら他のタスクの経過も追うという、複数の職務を同時に管理する能力です。 私の場合は、三足の草鞋を履きながら、複数のタスクの間で頭を切り替え、それぞれを素早く連続してこなしていく力を身につけることができました。一日中ぎっしりと会議で埋まり、集中力が途切れそうになる時もありましたが、そんな時でも集中力を精一杯維持し、いかにフローの状態を長く作ることができるかを意識することで乗り切ることができました。
父親の背中を見て研究の道に
アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、幼少期はアメリカ・ミシガン州で過ごしました。小学校入学前に、父親が九州産業大学に赴任するのに伴い来日しました。父親の職場から比較的近い糸島市での生活は非常に楽しく、小学校も地元の公立校を選びました。その後も地元の中学・高校で6年間過ごし、九州大学へは21世紀プログラムの9期生として入学しました。専門分野である環境経済学だけではなく、幅広い学問を積極的に学びました。大学2年次には、生まれ故郷のミシガンで学びたいと、交換留学制度を利用しミシガン大学で学びGlobal Scholars Programを修了。大きな一つの寮で他の学生と一緒に生活する中で、専門や人種、考え方の違う仲間の多様性を受け入れる訓練ができたと思います。
幼少期から父親の存在は大きく、大学入学後にはごく自然に大学の教員を目指すようになっていました。「父親のように好きなことを仕事にし、思いっきり働くと同時に、休日にはサーフィンなど趣味を楽しみ、プライベートも充実させたい」。20以上の言語を苦も無く話し、異文化経営学をとことん研究する姿は、研究者の先輩としてもおおいに尊敬できます。大学院進学では、アメリカへと考えていましたが、4年生の時に先輩から京都大学大学院総合生存学館の話を聞いて進路を変えました。
世界を変える精鋭が育つ研究・教育の場、京都大学大学院総合生存学館(思修館)
京都大学大学院総合生存学館は、《総合生存学》を学ぶ5年一貫制博士課程で、2013年に世界で通用する新しい大学院の形をリードすべく開設された。総合生存学とは人類と地球社会の生存を基軸に、文理融合のアプローチで社会課題の解決をめざす総合的な学問。教員と学生がともに創造する新しい学問分野でもあります。
総合生存学館が目指すのは、俯瞰的な視野および論理的な思考力と堅固な意志力を携え、環境問題や人口増加、パンデミックなどの地球規模課題に対し解決策を見いだすことのできる博士人材の輩出です。大学院の初期段階から、例えば「熟議」や「サービスラーニング」といった科目を通して、社会貢献、社会に対する自身の役割について未来像を描き、そのために必要な分野についての知識や方法論を学びます。また、1年次から計画的に体系だった文理融合研究を進めることで、 博士論文の構想を早くから温め、一部の時間を「海外武者修行」や、研究成果の社会実装を体験するPBRに充てることができます。専任教員によるテーラーメイドの履修指導や、「合宿型研修施設」で異文化および異分野出身の学生と5年間にわたる共同生活を行うことも大きな特徴です。詳細は学館HPで。