大学の教育・研究の今

《大学トップからの高校生へのメッセージ》

地域で輝く大学となるために

尚美学園大学
SHOBI UNIVERSITY

尚美学園大学学長
久保 公人先生

京都大学法学部 昭和55年卒
文部科学省教育助成局施設助成課長、
高等教育局主任大学改革官、
同私学部私学行政課長、生涯学習政策局政策課長、
同生涯学習総括官、大臣官房人事課長、
高等教育局担当審議官、スポーツ・青少年局長を経て現職
この間、北九州市企画局長、
東京大学理事等を歴任
日本高等教育学会会員
滋賀県立膳所高等学校出身

受験生・保護者、高等学校の進路指導に大きな波紋を投げかけている大規模大学の入学定員管理の厳格化※1。
少子化が進む中、東京を頂点に大都市圏の大規模大学等に学生が集中し、
大都市圏周辺や地方の中小規模大学の学生募集にしわ寄せが及ぶことへの救済策として始まった。
自由競争を阻害するなどの批判も聞かれたが、効果が覿面に表れた今は、そうした大学の真価が問われる時でもある。
大都市圏周辺や地方にあって、中小規模ながら受験生に選ばれ続ける大学※2とは。
文部科学省で高等教育、私学担当などを歴任され、
4年前から尚美学園大学の学長を務められる久保公人先生にお聞きした。

※1 「平成28年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知 平成27年7月10日付)」において、「平成31年度から、入学定員充足率が1.0倍を超える入学者がいる場合、超過入学者数に応じた学生経費相当額を減額する措置を導入する。」としていたことについては、平成28年度から平成30年度までの3年間にわたって段階的に実施した不交付となる入学定員超過率の厳格化により、三大都市圏における入学定員超過や三大都市圏以外の地域における入学定員未充足の改善(※1)、三大都市圏に所在する大・中規模大学における入学定員を超える入学者数の縮減(※2)といった効果が見られ…平成30年9月11日「平成31年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)」より

※2 「…我が国の高等教育機関については、私立大学が多く、かつ、小規模な大学等が多いのが特徴であり、特に小規模な大学が多い地方において…今後とも、地方の学生のニーズに応える質の高い教育機会を確保していくことが重要である。少子化は、経営面で厳しい影響を及ぼすことは確かであるが、一方で少人数教育によって教育の質を高めることが可能…。」[「今後の高等教育の将来像の提示に向けた中間まとめ」(2018年6月28日 中教審大学分科会将来構想部会)4.18歳人口の減少を踏まえた大学の規模や地域配置(地方における教育機会)より]

研究で世界に伍していくことと同じように、
大学の教育力を上げていくことが大事

 18歳人口が大きく減少し、総人口も減少期に入った日本において、将来を支えていく若者の教育がこれまで以上に重要であることに、誰も異論はないと思います。一人ひとりの若者がしっかりとした教育を受け、社会を支えていけるようにすることは国の責務であるとともに、大学、中でも学生の8割を受け入れている私立大学の大きな役割だと思います。

 国による高等教育における大きな制度面の改革や枠組作りは、現状、トップエリートの底上げ、研究面で世界に伍していくための政策に傾きがちです。これは指標も立ち、説明しやすいからですが、実は日本の学生の大部分、将来、社会へ出て日本を支えていくであろうほとんどの学生は、こうした政策の恩恵を受けることはありません。企業の90%以上は中小企業と言われる中、その多くはそういうところへ就職し、有権者として地道に日本を支えていくわけですから、そうした社会人全体のレベルを少しでも上げる政策にも力を入れなければ、日本の将来は危ういと思います。

 またこれも一般的に言われることですが、優秀層には富裕層の子弟が多く、将来の保証もある。かつ国立大学へ進めば学費も少なくてすみます。しかし8割を占める私立大学生の中にはその反対のケースも多いのです。

 確かに右上がりの高度成長時代には、階層構造の中で、トップ層を伸ばせば、次の層、その次の層へとそれが伝播していくという図式を描くことも可能だったかもしれません。しかしこれからのフラットな、しかも少子化の進む社会では、世界に伍していかねばならないという部分は残るとしても、若者一人ひとりに知識とノウハウを身に着けてもらい、一人の落ちこぼれもなく、生き甲斐を持って逞しく生きていってもらわなければなりません。 昨今は、少子化の中でたまたま仕事が増え、就職状況も改善していますが、かつてのように市場そのものが拡大していき、学生がいくら増えても仕事も増えていくという状況ではありません。しかも、全員が東京を目指し、「末は博士か大臣か」と言われたように出世を望んでいたのとは違い、今は、社長になりたい人が少ないと言われるように、そこそこの暮らしができればいいというマインドが若者の間に蔓延しています。こうした中で、日本の繁栄を維持していくには高等教育においても、一部のトップエリートだけでなく、あらゆる層に配慮した政策を立案し、予算を配分していくことが強く求められると思います。高等教育の無償化もいよいよ始まりますが、とりわけ中堅以下の成績の学生を受け入れている大都市圏周辺や地方の中小規模大学、その多くは教育に力を入れているところでもありますが、そういう大学への投資が切に望まれます。

少子化、大都市圏集中の中で選ばれる周辺、地方の中小規模大学とは

《特色ある教育、面倒見の良い教育。素早い意思決定》

 もちろん限られた国の予算に対して、要求しているだけでは埒が明きませんから、各私立大学には建学の精神に基づき、自覚を持って、それぞれのアセスメント・ポリシー※3にそって人材を育成し、送り出した社会から高く評価されるよう努力することが求められています。本学で言えば、まさに開学の指針である「勇気・創造」を持って、ということになります。

 中小規模大学には、一人ひとりの学生に目を向けた教育がしやすいということと、少ない学部や学科構成の中で教育の特色を打ち出しやすいという強みがあると思います。

 本学を例に取れば、音楽の短期大学でスタートした経緯から、一人ひとりを大切にしていこうという伝統の下、短期大学時代には、学長を筆頭に全教員が全ての学生の名前を覚えているなど、とてもアットホームな雰囲気があったとも聞いています。4年制となり総合政策学部を作り、それは多少薄らいだかもしれませんが、クラス担任とは別に80名の全専任教員が、全学生約2500名を分担して授業や学生生活について相談に乗る「アドバイザー制度」などに、伝統はまだ色濃く残っています。

 特色のある教育内容、教育環境を提供し、スピード感をもって改革できるのも中小規模大学の特徴です。大規模総合大学は収入、財源が多く、教員もたくさん雇用でき、投下すべき資源も潤沢です。しかし反面、その多くは学部の独立性が強く、大学全体の特色作りはしにくく、素早い意思決定も難しい。その点、本学のような中小規模大学では、音楽とスポーツ、さらにはビジネスまでカバーする全国的にも珍しい組み合わせを追求することも可能です。その結果、幅広い学力層と多様な動機やキャリア意識を持つ学生が集まり、多様性に溢れたキャンパスが実現します。学生の中には、特定の分野に熱中してきた結果、高校まではそれほど勉強してきていない、あるいは一生懸命勉強したことがなかったため、大学の学問に触れて「意外に面白い」と感じる者もいる。一方、情報表現学科の「音響・映像・照明コース」など、学力レベルは高いけれど、ここにしかない分野ということで集まってくる学生もいます。スターになりたいと入学してくる学生がいる一方、そう考えて入学したものの、能力に限界を感じて裏方で生きていきたいと考えるようになった学生、あるいは最初から音楽関連の会社や組織でスタッフとして働きたいと考えている者もいる。また明確な目的意識もなく入学したけれど、本物のスタジオさながらの施設、音響設備などを使って学ぶうちに、自分のしたいことに目覚めるというケースもあります。 当然、方向転換のしやすい多様なカリキュラム、カリキュラム編成も必要です。高校時代まで音楽、情報、スポーツなどの分野に熱中してきて、それを職業にする・しないにかかわらず、社会人になってもそれを趣味として生かしていきたい。そういう希望を叶えることのできる大学、そういう多様な学生を、大々的に育成できる数少ない大学を目指すこともできるのです。

※3 アセスメント・ポリシー(学修成果の評価の方針):尚美学園大学は、ディプロマ・カリキュラム・アドミッションの3つのポリシーに基づき、機関レベル(大学全体)、教育課程レベル(学部・学科)、科目レベル(授業・科目)の3段階で学修成果等を検証する。
1.機関レベル(大学全体):学生の卒業率、就職率、アンケート等から、学生の学修成果の達成状況を検証する。
2.教育課程レベル(学部・学科):各学部・学科における卒業要件達成状況、単位取得状況、GPA等から、教育課程全体を通した学修成果の達成状況を検証する。
3.科目レベル(授業・科目):シラバスで提示された学修目標に対する評価、授業アンケート等の結果から、科目ごとの学修成果の達成状況を検証する。
《地域連携》

 地域連携も中小規模大学が持ち味を生かすための重要な取組の一つです。本学の立地する川越市は、埼玉県の中でも小江戸川越と呼ばれ、商業、工業ではなく歴史と伝統を謳い、芸術、文化による町づくりのために、伝統文化、音楽、芸術と連携していきたいとしています。こうした中で、市長も本学の音楽祭に時々足を運ばれたり、市主催の物産展などの様々なイベントに、本学の音楽やスポーツ分野の学生が、ボランティアとして参加したりするなど、本学との連携を深めています。私も、北九州市へ出向して地域のための人材づくりに携わった経験を活かし、川越駅前のホールのアドバイザリーボード(経営諮問委員会)に入ったり、商工会等へ顔を出したりして人脈作りに励んでいます。周辺の大学も、それぞれ地域との連携を進めていますが、地理的には本学が真ん中に位置していて、結びつきも一番強いと思います。また同じ音楽でも、ポップス、ジャズ、ミュージカル、ダンスと幅広いジャンルをカバーし、よりエンターテイメント系に寄っている本学は、市の求める文化とのかかわりを持ちやすいとも言えます。

時代に対応した教育で、可能性を秘めた大学に

 グローバル化が加速するとともに、Society5.0などの新しい社会への移行が目指される中、個々に求められるものやスキルは、今後、大きく変化していくと予想されます。ところが大学は、そうした変化に合わせるというより、自らが用意した学問分野毎に、たとえば法学部、経済学部、理学部といったような枠組みで学生を集めてきましたし、各学部の構成も、総合政策系の学部なら、法・経といった伝統的な学問分野を中心に置き、学生がその中から将来のキャリアを想定して必要な科目を選択していくという形がほとんどでした。

 しかし今は、それだけですべての受験生のニーズに応えられるとは思えません。今後の大学運営としては、時代に合わせた学問分野に重点を置き換え、なおかつ多様なコース等を設け、さらにそれを臨機応変に組み替えていく必要がある。たとえば法学部で言えば、「憲法」を中心に固定するのではなく、「商法」「会社法」といった、より企業やビジネスマンに関連の深い科目を増やす、あるいは公務員、起業家、ビジネスマンを目指す実践的なコースを編成し、中身も時代に合った科目に組み替えていくといった具合です。

 本学ではこのような考えに基づき、ここ数年間、毎年のように全学でカリキュラムを改正し、新しい学び方を導入したり、新しい専攻を作ったりしてきました。具体的には情報表現学科では、ブラックボックス化の進む工学系の部分はあえて避け、ソフト分野に軸足を移す。また6つのコースの中から好きな科目が選べる「クロスオーバー学習制」の導入です。音楽表現学科では、音楽教員を目指す「音楽教育専攻」に加えて、演奏力を高めることよりも好きな音楽に係わっていくことを大事にしたいという学生のための「音楽教養専攻」を開設しました。 本学のような大学は、高校からの推薦入学者が多いため、こうした改革が口コミに乗ると高校での評価が高まり、学生募集の追い風になります。実際、入学者数は私が学長になってから増加に転じ、今年は800名(定員660名)を超えました。もちろん改革はこれで十分というわけではありません。変化の激しい時代には、5年から10年同じことを続けているとすぐに時代に合わなくなってくる。今後ともさらなる見直しを続け、受験生のニーズに合った大学へと進化していかなければなりません。そして近い将来には、学部の壁を取り払い、もっと自由に好きな科目が取れ、転学科、転学部もしやすい大学を目指したいと考えています。

2020年4月、スポーツマネジメント学部(構想中)の開設を予定しています

 こうした一連の改革の流れに乗り、2020年に開設を予定しているのがスポーツマネジメント学部(構想中)です。ベースとなるのは総合政策学部のライフマネジメント学科スポーツコース。「音楽の尚美」として知られてきた本学にあって、総合政策学部の存在は多少認知はされてきましたが、その中にあるスポーツコースは人気を集めてきたわりには認知度があまり高くなかった。そこでそれをスポーツの名称を冠した新しい学部に拡大して、芸術と並ぶ本学のもう一つの柱にしたいと考えたのです。

 近年、生涯スポーツの概念の浸透や、自然体験の少ない子どもの健康増進、健全育成、超高齢社会における介護予防、健康寿命の延伸など、スポーツの捉え方は大きく変化し、スポーツ関連人材のニーズも高まっています。また2011年のスポーツ基本法に基づき、2012年には「スポーツ基本計画」が策定され、その起爆剤と目されたオリンピック招致も実現しました。そして5年目の見直し時期に当たる2017年に出された「第二期スポーツ基本計画」では、スポーツの概念を「する」だけではなく、「みる」「ささえる」にまで拡大し、エンターテインメント、イベント系、施設管理系など、分野そのものの拡大も明記されました。またスポーツの成長産業化として、スタジアム・アリーナの改革、スポーツ経営人材の育成・活用、新たなスポーツビジネスの創出・拡大なども謳われています。

 このような流れの中で、近年はスポーツ関連分野を教育組織の中に取り入れようとする大学も多いようですが、情報表現学科でエンターテインメント系分野を、総合政策学科でビジネス分野をカバーする本学としても、スポーツとそれらの分野とを連携させた新しいスポーツ学を創出できるのではないかと考えました。最近はフェンシングなどでも音響効果をいかして、見て楽しい演出がされていますし、フィギュアや、オリンピックの開会式・閉会式も音や映像とのセッティングが工夫されています。スポーツができる学生に、音楽、情報分野を融合させたエンターテインメント系やビジネスのノウハウを学んでもらうことで、ユニークな領域をカバーする他にない「教育」を通じて、「基本計画」が言うところの《新しい分野で活躍する人材》を育成できるのではないかと考えたのです。 さらに言えば、スポーツと音楽とを市場規模で比較した場合、前者は少ないと言われながらも5,5兆円ぐらいあり、CDの売り上げから見る音楽の約3000億円(レコード協会による)よりも遥かに大きい。しかもその10〜20倍と言われるアメリカを意識して、少なくともこの5,5兆円を2025年には15兆円にしようという目標も掲げられています。社会に役立つ人材育成という観点からも、より大きな市場で活躍する人材の育成は急務だと考えたのです。


【コラム】UNIVAS※4について

 この新しい日本の大学の試みについては、二つの視点から見ておく必要があります。一つは大学のスポーツ組織が、放映権を持つなどしてビジネスをしながら体制を整備していくという点、そしてもう一つは、スポーツ選手の学業支援を今以上に強化し、文武両道のスポーツマンを育成するという点です。前者についてはモデルとしているアメリカのNCAA※5にどれぐらい近づけるかはまだまだ未知数ながら、本学としては主として後者のメリットを勘案して加入しました。

 アメリカのNCAAはビジネスモデルが完成していますが、日本の体育会、運動部には、外部から監督、コーチを招くなどして、大学とは独立して活動してきたところが多い。そのため大学としてほとんど関与していなかったり、何が行われているか関知していなかったりするケースも多く、今後それをどう変えていくのかは大きな課題だと思います。実績のある学生をスポーツ特待生として募集しサークル活動を作るといったように、学生募集戦略に徹して経営と一体としてやってきた本学には、そのような心配はありませんが、ビジネスモデルとして伸ばしていけるかは次のステップになります。このことは、大学についてだけでなく、そもそもプロのスポーツ組織の運営とも関係していて、しばらくは試行錯誤が続くと思います。 後者については、アメリカの大学スポーツでは、学業成績が悪いと試合に出られなくなると言われていて、日本にもそうした考え方が定着していけば大学スポーツの質が向上し、大学でスポーツすることの意味や社会の評価も、これまで以上に高まるのではないでしょうか。

※4 一般社団法人大学スポーツ協会、略称。2019年3月に日本の大学スポーツを統括する団体として発足。
※5 National Collegiate Athletic Associationの略。全米大学体育協会。

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