雑賀恵子の書評 謝罪論(古田徹也:柏書房、2023年)

――謝るとは何をすることなのか

 蹴ったボールがたまたま教室のガラスを割ってしまった。謝りなさい、と先生に叱られた。とりあえず「すみません」と言ったら、それですむと思っているのかとまた叱られた。すみませんがいけなかったのかしら。言い方が悪かったのかな。謝れと言われても、しようと思ってしたわけじゃない。単なる過失なのだし、先生に直接迷惑をかけたわけでもなし、なんで謝らなくてはらないのか納得できない。あれ?、謝るってなんだろう。
 私たちは日常的に謝罪したりされたりして生活しているし、謝罪とはどういうものかはわかっている。だが、謝罪とは何かを言葉で説明するのは一筋縄ではいかないらしい。謝罪という言葉で括られても、行為や意図のあるなしや結果において軽いものから重いものまであり、あるいは誰が誰に対して謝罪するのか、いつ(まで)謝罪するのかの時間の幅についてもいろいろである。電車で揺れて足を踏んだというものから、国家規模のものまである。したがって謝罪をなんのためにするのかも一義的には言えない。
 ただ謝罪は、人と人のあいだでなされるということは変わらない。謝罪は、人間関係の維持や修復、つまり、社会で生きることと深く関係しているのだ。本書は、わかりやすく事例を挙げてそこで起こっていることの具体的な中身を解きほぐし、謝罪とは何かに迫っていこうとする。
 「すみません」という言葉は、呼びかけから重大な迷惑や損害を与えた場合まで使われる。その他の定型的な謝罪の言葉も同様だ。さまざまな具体的な場面の事例をめぐり、謝罪の言葉を細かく検討することによって、「軽い謝罪」から「重い謝罪」までのスペクトラムがあることが示され、謝罪の言葉の字義通りの意味と発語の背景にある意図や感情、謝罪によって目指すものなどが、主として言語哲学の手法で明らかにされていく。続いて「重い謝罪」を取り上げ、その典型的な役割とはなにかが分析される。さらに、社会学などでの謝罪についての先行研究を批判的に取り上げつつ、具体的な事例から謝罪の諸特徴を浮かび上がらせる。さらに、それらの特徴に当てはまらない例を挙げ、定義することのできない謝罪という領域の全体像に接近していく。
 身近でわかりやすい事例が、丁寧に腑分けされ、いろいろな角度から光が当てられる。ああでもなくこうでもなく、こちらから、あちらからとぐるぐる掘り進めていく著者の思考についていくと、普段考えもせずに当たり前にしていたことがなるほどこういうことでもあってこうなのだと目を開かされるだろう。
 本書でなされる探求の営みは、わたしたちの生活や社会について、ひいては自分自身について、より深い理解を獲得することにつながるはずだと著者はいう。そして、謝罪とは何をしようとしているのか、何が求められているのかを詳しく明確に捉えることは、自分自身を知り、自分の心情や思考を整理して、不適切な、あるいは不要な謝罪を回避することにつながるのだと。
 そうだ、謝罪とは、人や組織体、国家の関係の中でできてしまった傷を明らかにして修復し、共にいきるために社会に埋め込まれた技術に違いない。

~筆者Profile~
京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非 常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

「誰かの笑顔のために」から始める 場のデザインとソーシャル・イノベーション

――キーワードは笑顔、思いやり、居心地の良さ

京都産業大学 現代社会学部教授 宮木 一平先生

高校時代、世界はどうしたら平和になるかに思い悩み、まずは貧困をなくすのが近道と、大学では経済学部を選んだ宮木先生。大学院で基礎となる理論経済学を学ぶものの、実践への思いに駆られ、政治家等の集まる政策研究会に参加。それがきっかけで国際NGOの代表となり、以来、環境問題や途上国支援などに邁進。大学教員としては当初、経済学や経営学の授業を担当したが、その後NGOでの経験を買われ、大学と地域や企業とのコラボ活動を行う授業を担当することに。経営コンサルタントとしても活躍しながら、2017年に新設された京都産業大学現代社会学部に着任。それまでのキャリアを活かし、「場のデザイン」と「ソーシャル・イノベーション」をテーマにしたゼミは、人気ゼミとなっている。《笑顔、思いやり、居心地の良さ》から考える国際貢献、地域貢献、身近な課題解決について、また高校生へのメッセージをお聞きしました

笑顔、思いやり、居心地の良さ

 人が集まれば、そこが一つの「場」となり、各自の内面や行動が相互に影響を与えあうことになり、その「場」全体のありようを決めていくと考えられています。「場」とは学生なら、家庭、学校、バイト先、社会人なら、家庭、職場を中心に、お店や公共施設などが一般的です。人はみなそのような「場」を渡り歩いており、その連なりが人生であるとも言えます。
 このように「場」というものを考える時、その「場」は明るく快適に過ごせるものであるに越したことはありません。ではそのような「場」をいかに作るか、それを考えるのが《場のデザイン》です。そしてその際のキーワード、よりどころと言っていいかもしれませんが、それを私は「笑顔」、「思いやり」そして「居心地の良さ」の3つのキーワードで表すことにしています。
 国際貢献であれ地域貢献であれ、あるいは地域づくり、ひいては学校や家庭における日常の身近な問題の解決に際しても、そこに暮らす人々、ともに学ぶ仲間の居心地の良さとは何か、どうすればその場にいる人々を笑顔にできるかを最優先に考える。そして大事なのはそのベースとして、他者への思いやりが不可欠であるということです。
 この点をおろそかにすると、地域づくりの現場で、実情にそぐわない計画、施策が生まれることがあります。例えば、過疎の町に東京で流行りの洗練されたスタイリッシュなカフェを何店も建てるといった計画。少し考えてもこのことで住人の多くが笑顔になれるとはとても考えられませんね。しかし現実には、このような施策、それによって作られた施設があちこちにあるのを皆さんも見たことがあると思います。その多くに、補助金、つまりは税金が投入されているのは残念なことです。

みんなの努力を無駄にしたくない

 地域や街の活性化には、学生も駆り出されます。若者を巻き込んだ地域づくり、若者のアイデアによる商店街の活性化。こんな夢に満ちたプロジェクトが全国的に行われています。新しいアイデアの欲しい省庁、地方行政が、積極的にこうした取り組みを支援しているのも一因です。参画する学生はみな純粋な動機から真剣に取り組みます。しかし、それが実は誰の笑顔にもつながらないものだとしたら…。私は、授業やゼミで繰り返し、この企画は「誰を笑顔にするためのものか」、「誰の居心地を良くするためのものか」を、常に問い直そうと呼びかけています。

ソーシャル・イノベーションのために

 様々な貢献活動でもう一つ大事なのは、対象となる人々が何を望んでいるのかを聞き取る、肌で感じる作業です。経済・経営学の視点に立って言い換えるならば、ヒアリングを通して「ターゲットのニーズを把
握する」、いわゆるマーケティングが不可欠です。これは企業活動では当たり前のことですし、私の原点でもある国際NGO 活動では、多くの施策が生死と直結しますから、不可欠なアプローチなのです。
 その際、まずは対象となる国や地域の魅力、良いところを発見しようという姿勢が欠かせません。問題や課題という言葉からは負の側面に目がいきやすいですが、良いところを見て、それをさら伸ばす方向で企画し計画を練る方が、楽しく、やりがいも感じられるはずです。
 貢献活動では、GDP に代表されるような経済・経営学的な指標、あるいは単位面積あたりの病院数など、数値を前提に計画・立案することが多いです。ただ、限られたカテゴリーでの数値だけを判断基準にすることには限界があります。《居心地の良さ》、《誰かの笑顔のために》というのは、一見情緒的で、曖昧さを残した表現のように思うかもしれませんが、そういった感覚こそ有効な判断基準の一つだと私は考えています。
 もう一点、人は概して、身近なもののありがたさには気づかなかったり、どこが不便なのかが明確でなかったりすることも多いものです。それを前提に、それらを想像してあるべき姿を構想する《構想力》、問題を発見する《発見力》が最も大事です。経営学で言うところの「潜在的ニーズ」を顕在化させる力です。対象者に《思いやり》をもって接し、「先回りして」彼らが笑顔になる企画、施策を思い描く。これら一連のプロセスこそが、ソーシャル・イノベーションを生む原動力になるのです。

高校生へのメッセージ

 私もそうでしたが、若い時は、「ここですべてが決まる、もう取返しはつかない」というような追い詰められた思い込みに陥ることが少なくありません。しかし、「貧困をなくしたい」という思いから経済学部に進んだ私は、その後様々なキャリアを経験し、今は現代社会学部で教えています。人がやりたいと思うことは時とともに変化しますし、あちこち横道にそれることも当たり前です。時には、これは遠回りではないかと思うこともあるかもしれません。しかし年齢を重ねて振り返ると、それらすべてが今の自分につながっていることがよくわかります。大切なのは、その時々にこれと思ったことには全力で立ち向かうこと。それらは自分が本当にやりたいこと、やらねばならないことが見つかった時に必ず活きてくるからです。

現代社会学部の4年間

現代社会学部の学びは、「地域」、「人間」、「メディア」のいずれのコースにおいても、2年次の秋学期からゼミへ分属されるのが大きな特徴です。私のゼミでは、2年次に問題発見・課題解決のロジック、およびマネジメントとファシリテーションの基礎的な知識とスキルを身に付け、「場のデザインとソーシャル・イノベーション」をケーススタディーで学びます。3年次では、自分たちで考えたいくつかのプロジェクト※に取り組みます。そして4年次では、その成果を卒業研究として発表します。

※プロジェクト例:(2019年度)絵本プロジェクト【写真】、(2023年度)鞍馬「地蔵寺」の活性化、学びの場のデザイン他

宮木 一平先生宮木 一平先生
~Profile~
慶応義塾大学経済学部、同大学院経済学研究科博士課程を経て、法政大学大学院政策創造研究科准教授、法政大学地域研究センター特任教授を歴任。2017年京都産業大学現代社会学部教授。1995年より、NPO法人GNCJapanの代表として国際協力の現場でも活動。NPO法人グローカル人材開発センター監事。桐朋高等学校出身。

2023年度担当科目
1年:自己発見と大学生活他
2年以上:地域活性論、地域社会とリーダーシップ、演習Ⅰ~Ⅴ
3年以上:NPO起業論、国際NGO論、神山STYLEリーダーシップ論B

2024年度からは、「災害時におけるボランティア」をゼミの3学年共通のプロジェクトテーマにする予定。国際NGOでの経験から、被災者や被災地のために、独りよがりでない本当に役立つボランティアを真摯に考えれば、ここで述べた3つのキーワードと真剣に向き合うことになるから。やることありきでなく、寄り添って耳を傾け、本当に笑顔につながる活動とは何かを追求して欲しい。

太陽電池を一人一台、自給自足の時代を

探究応援号第6弾 学問と探求 日本を代表する研究者から高校生へのメッセージ

――光電気化学で次世代新エネルギーを

宮坂 力先生宮坂 力先生
桐蔭横浜大学 特任教授

~Profile~
1976年早稲田大学理工学部応用化学科卒業、1981年東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了。この間1980~81年カナダ・ケベック大学大学院生物物理学科客員研究員。1981年4月富士写真フイルム(株)入社,足柄研究所研究員、2001年12月~2017年3月 桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授、2017年4月桐蔭横浜大学医用工学部特任教授、2017年10月東京大学先端科学技術研究センター・フェロー、2020年4月~2023年3月、早稲田大学先進理工学研究科・客員教授。2023年1月朝日賞、2022年7月 英国 Rank Prize 等受賞多数。早稲田大学高等学院高等学校出身。

 新エネルギーの中核を担う太陽電池に転換期が訪れている【下グラフ:面積あたりの各国太陽光設備容量(経産省資料より)】。そこで注目を集めているのがシリコン製に代わる薄型太陽電池、中でもペロブスカイトと呼ばれる結晶の膜を使ったもので、実用化が目前だ。シリコンとは全く違う材料を使うことで、社会のありようまで変える可能性を秘める。世界情勢が不透明になる中で、国産の材料だけで作れることにも期待が集まる※1。2030年に太陽光発電のシェア14~16%を目標とする政府が、「早期の実用化を」※2と旗を振る中、電機や化学、住宅メーカー大手も2025年からの展開をにらんで生産体制を整える。ペロブスカイト太陽電池の発明者として脚光を浴びる宮坂力先生に、「大学研究者→企業の研究職→大学教員とベンチャー経営者」というキャリアから、研究・開発のこれまで、アカデミアのエコシステムなどを振り返っていただくとともに、高校生へのメッセージをお聞きした。

※1 日本のエネルギーの自給率はOECD諸国の中でも最下位に近く10数%と言われている。
※2 2021年10月に閣議決定された「エネルギー基本計画」では、2030年度の電源構 成として再エネ導入目標を36~38%とし、そのうち太陽光は14~16% とされている。 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/green_power から、経済産業省 グリーン電力の普及促進等分野ワーキンググループ 2023年8 月31日第6回も参照。

(経産省資料より)

そもそもペロブスカイトって?

鉱物の名前?

 元々はそうで、発見したレフ・ペロフスキー (ロシアの貴族、鉱物学者:1792~ 1856年)の名前に由来する。主成分はチタン酸カルシウム(CaTiO3)。カルシウムとチタン、酸素からできている無機化合物だ。珍しい構造をしているため【下図】、同じ結晶構造を持ったものの総称となっていて、これらの金属の酸化物からなるペロブスカイトは強い誘電性を示すのが特徴で、身近ではインクジェットプリンターの印刷ヘッドなどに使われている。いっぽうで、酸化物の代わりに、ヨウ素(I)などのハロゲンからなるペロブスカイトというものがある(たとえば、CsPbI3など)。これらは人工的に合成することができ、中には光を吸収すると発電をするものがある。

 このハロゲン化ペロブスカイトは溶剤に溶けることから、溶かした原料を塗って乾かし薄い膜にすると発電に使える。例えば、プラスチックフィルムなどに原料を塗ることで薄くて軽いペロブスカイト太陽電池を創ることができ、これを生活のいろいろな場所に設置することで、光が当たると高い変換効率で電力をつくることができるわけだ。【下図】

 現在普及している半導体シリコンを使った太陽電池とは、組成も製造方法も全く異なり、その特徴を比較するとこんなことになる。【下図】

ちょっと見ただけでも期待が持てそうだね。どんなことを学べば作れるのかな?

 研究開発分野は、光電気化学と呼ばれる。化学の中の「物理化学」の分野にある「電気化学」に生まれた領域で、光がかかわる電気化学という意味。半導体を電極に使った水の光分解はその典型的な例。ちなみに英語表記はPhotoelectrochemistry。 2004年に立ち上げたベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ株式会社は、その頭文字にCell(セル)を足したものだ。

ペロブスカイト太陽電池の発明

材料をガラス板やプラスチックフィルムの上に貼ったり印刷したりするだけって、ずいぶん突飛なアイデアだけど、いつ、どこで、誰が?

 発明に至る前段を話そう。僕は大学院博士課程を光触媒などで著名な本多健一先生※1の研究室で過ごし、修了後は日本有数のフィルムメーカーに就職した。植物の光合成を光電気化学でシミュレーションする研究をかわれてだ。ただ企業の研究所だからなんでもやらされた。人工網膜やリチウムイオン2次電池の研究開発は代表的なもの。製品化には至らなかったが、ともに原理を解明し『サイエンス』にも掲載された。もちろん僕一人の力ではないが。この間、準備万端の研究が、会社の都合で中断されるなど辛い思い出もある。まあ組織の一員だから、社命に従うのは当然だけど。

大学の研究とは違うね、で、転職を?

 結局45歳を過ぎて転職を考えだしたが、その頃に与えられたテーマが色素増感太陽電池だった。銀塩の写真の高感度化に使う色素増感技術を使って太陽電池を作るというアイデアで、化学で作る太陽電池の代表であり、発電の仕組みとしてはペロブスカイトの先輩にあたる。ただ個人的にはあまり乗り気ではなかった。液体(電解液)を使うから液漏れしたりして耐久性に問題があると予想していたからだ。発明者はマイケル・グレッツェル教授※2。1991年に論文を発表した彼は今でも研究を続けていて、最近では変換効率も14%まで高めている。あまり電力のいらない機器なら十分動かせる値で、商品化もされている。

※1 1925 ~2011年、東京大学教授、京都大学教授、東京工 芸大学教授、同学長、1972年の「本多-藤嶋効果」などで 知られる。酸化チタンに光触媒の性質があることに着目、数々 の発見・発明をリードした。
※2 Michael Grätzel:1944年~スイス連邦工科大学ローザン ヌ校教授

ここからペロブスカイトにどうつながる?

 ここまでの話で気づいた人もいるかもしれないけれど、光触媒も光合成も、色素増感も光のエネルギーを酸化還元反応で化学や電気のエネルギーに変える。光合成は二酸化炭素と水をグルコースに、光触媒は酸化チタンを半導体に使って水を分解して酸素と水素に。色素増感太陽電池とペロブスカイト太陽電池は光を直接電気エネルギーに変える。ここでも電子の輸送には酸化チタンが使われる。前者は可視光線を吸収させるために色素を使い(酸化チタンは紫外線しか吸収しないから)、後者は可視光線を吸って発電する半導体としてペロブスカイトを使い、これを電極に塗って印刷することで電池ができる。

全部つながるんだ!

 僕は会社を辞めてこの大学に移ってすぐ、さっき紹介したベンチャー企業を作ったが、研究室とそことの両輪で色素増感太陽電池も研究していた。そんな僕の前に、色素の代わりにペロブスカイトを使ってみたいという若者が現れた。日本で写真技術教育の伝統をもつ東京工芸大学の修士課程にいた小島陽広君で、ペロブスカイトを研究していた。紹介してくれたのは東京工芸大で教員をしていたがペクセル社の求人に応募、入社してくれた手島健次郎さんだ。僕は小島君の話を聞いて、「どんなものかわからないが、光機能があるということで、誰もやっていない方法だから、試しに実験してみてはどうか」と、彼を受け入れて、学外研究員という形で来てもらうことにした。

ずいぶん思い切ったね。伝統のある大学や、大規模大学では考えられないね。

 そう、ここは小規模だから小回りが利く。それに受験に失敗した子たちも多いから、彼らの刺激にもなると思った。もちろん不思議な縁も感じていた。当時の東京工芸大の学長はなんと本多健一先生。東大定年後に京大へ移籍され、その後東京へ戻っておられたんだ。
 小島君は僕の指導で、だれもがあまり可能性はないと思っていたペロブスカイトを使って黙々と実験を続けた。しかも修士卒業後は、僕が東大にも持つようになった研究室の博士課程に入ってくれた。
 そして博士課程3年目の2009年に、ペロブスカイトを使ってエネルギー変換効率を3.8%まで高め、世界初のペロブスカイトを使った太陽電池の論文を、僕と共著で出版した【下年表の赤の☆印】。小島君はこのペロブスカイトの研究で学位論文を出して博士号を取った。

さらなるブレークスルーが

そこからほぼ15年、現在は4万人のペロブスカイト太陽電池の研究者がいるとも言わるけど、すんなり来たのかな?

 まだまだ。ペロブスカイト太陽電池は、今でこそシリコン製の光変換効率に追いついたが、当時の4%弱からそれを上げるためには、もう一つブレークスルーが必要だった。
どんな?そしていったい誰が?
 当初、僕らは色素増感と同じようにヨウ素などを含んだ液体を電荷の輸送に使っていた。しかしこれではペロブスカイトの一部がそこへ溶け出して効率が上がらないという問題があった。

つまり、ペロブスカイトが電解液で分解してしまうということ?

 まあそうだね。これではいくら効率が上がっても実用性がない。小島君もそれに気づいていて、2008年には固体の可能性を示唆していた。ところがだ。

何か新展開が起こるんだね?

 詳しくは下の年表を見てほしい。僕の研究歴が中心だが、舞台はこの桐蔭横浜大学から、スイス、イギリスへ、さらには韓国、そして中国、ポーランドへも広がっていく。次も主役は若者だが、今度はイギリス人。

ええ…!?

 色素増感太陽電池に固体の電荷輸送材料を使えないかを研究していたヘンリー・スネイス君※3だ。彼がマイケル・グレッツェル教授のもとへ来ていた時、たまたまうちの研究室からポスドクとして行っていた村上拓郎君※4と仲良くなり、ペロブスカイトのことを知った。その後オックスフォード大に職を得た彼は、よほど気になったのか、院生を僕の研究室へ3か月間
送り込みペロブスカイトの作製法を習得させた。そしてまさにその一年後だった。彼の研究室はなんと10.9%という変換効率を達成したんだ【下図】。

色素増感からペロブスカイトへ(産総研資料より)
え、え、何をしたの?

 液体の電解質を、得意の固体にしてみたんだね。この高い効率には世界中がびっくり、「これは使えるぞっ!」ということになった。僕らとの共著論文は注目を集め、その後この時の関係者は世界的に権威ある賞をいくつも共同受賞した※5。そしてそれまでの色素増感太陽電池の研究者も、あっという間にペロブスカイト研究者になった!

そこからはとんとん拍子だね

 うん。僕らの研究室も特許をとるし、世界中が変換効率を上げるのに鎬を削り、今ではシリコンとほぼ同じ26%以上を達成している。あとは具体的な製品作り、いわゆる実装あるのみだ。

※3 Hennry Snaith:現オックスフォード大教授
※4 現国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)有機 系太陽電池研究チーム長
※5 2017年のクラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞に始まり、 2022年ランク賞、2024年朝日賞まで多数受賞。

日本の企業と、そこを目指す若者へ

ただ問題もあるんだね。日本の企業が出遅れてるって?ペロブスカイトはいいことづくめだし、素材開発で先行しているのに。

 やはり大企業は儲かるものしかやらない。儲かっている間はリスクを取る必要がない。前職でもこれは何度も経験した。しかも日本人には、石橋を叩いて渡る人、叩いても渡らない人が多い。欧米や中国に追い抜かれることが多い原因の一つだ。
 もう一つは、シリコン太陽電池のトラウマがある。当初、日本は圧倒的なシェアを誇っていたが、韓国、中国に逆転された。ペロブスカイトも「同じ太陽光発電だから、また負けるのでは」との先入観が経営陣に蔓延している。これから大企業に就職しようとしている人には、そんな風土を覆してほしい。今度は失敗しないぞって。

研究室の選び方

先生の周りでは人が育つと拝見しましたが、小島さん、池上和志さん、村上拓郎さん、手島健次郎さんと、バックグラウンドの異なる学生さん、若い研究者が、重要な局面で、表舞台や縁の下で活躍された。先生を東大に呼ばれた瀬川浩司さんを入れてもいいかもしれない。

 そうだね。彼は京大で本多先生の助手をしていて、東大教授になると僕を東大の客員教授に推薦してくれた。
僕はどこにいても、学生が喜ぶ顔を見るのが好きだ。そのためにできることはいろいろしてきたつもりだ。学部生でも海外の学界へ連れて行く。そして行った先で自分が触媒になって、いろんな人に会わせる。それがきっかけで育つ人が出てくる。

「人事、検分、努力を尽くす」を座右の銘とされているとか。

 《人事を尽くして天命を待つ》という古い言い回しをもじったものだ。《人事》とは人の集まり、巡り会わせ、これは企業の研究室であれ大学であれ、とても大事。人が人を呼び、輪が広がり、成果がうまれていく。ちなみに《検分》とは徹底的に調べて、いいものを探すこと。

「研究とは真実を巡る人間関係である」という言葉を聞いたことがあります。

高校生へのメッセージ

高校時代は広く浅く学ぶことはもちろん大事だが、深くやるものも一つはもちたい。『総合的な探究の時間』『理数探究』などという授業もあるから、方法論、手段を学びやすい。「これどうなってるんだろう?」と思ったら、そこから調べ始める。また一見テーマとは関係ないように思えることでも、手を伸ばせば届きそうだったら、まずは試してみよう。そして自分で納得できるまで徹底的に調べる。実験の中で、「あれ?」って何か引っかかることがあったら、見過ごさず立ち止まって原因を考えてほしい。先を急ぐあまり無視すると、大きな発見を見逃してしまうかもしれない。
 まさに「努力を尽くして…」成果を待つだ。この過程で、自分が何に興味があるかもわかってくるし、また不幸にも不成功に終わったとしても、それが分かったことも大きな成果だ。
 少し話は脱線するが、僕は今でも研究の合間を縫ってバイオリンを弾き、楽器として研究もしている。あらたに発見したことは権威のある専門誌に投稿することにしていて、これまでに3度も掲載された。
 中学・高校時代、スピード優先の受験勉強で一旦挫折を味わった僕だが、大学、大学院へと進む中で立ち直った。特に大学院時代は充実していて、『ネイチャー』や『サイエンス』に掲載されたものも含め、論文をたくさん書いた。それまでの「なぜの追求」「好きの追求」が花を開かせてくれたのだと思う。これは今でも僕を支えてくれているものでもある。

最後に生成AIについて一言お願いします

 AIは膨大な情報量(ビッグデータ)をもとに結論を出すわけで、考えているわけではない。AIに頼ると人が努力して思考する能力が衰える危険から、僕の見方は否定的だ。AIを情報の高度な処理だけに使うなら良いが。

ありがとうございました。

(関連コラム)

色素増感太陽電池制作にチャレンジ!――都立王子総合高校の科学部

使用したのはペクセル・テクノロジーズ社製の色素増感太陽電池実験キット(PECTOM02)。キットには作成マニュアルが添付されているが、高校生には戸惑うところもあり、顧問の適切なアドバイスや指示が必要だった。完成に至る一連の作業は、起電力、電流、光量による発電能力の違い、並列回路や直列回路など理科の基本的な学習に繋げることができる。
1.授業で使用している化学資料集で化学電池と太陽電池の仕組みを復習し、実験キットの取扱説明書に書かれている色素増感太陽電池の仕組みや作成手順等を確認した。
2.キットの内容や導電フィルムの裏表を確認した。このキットは電池2個で作成できるので、予算に余裕があれば4人の班あたり1キット、予算が少なければ、2班に1キットがよいと思われる。
3.作成はマニュアルを参照してもらいたい。
ここでは部員の活動を見ていて気づいた点を示す。丸数字はマニュアルの手順の番号である。
①導電性プラスチックフィルムへのチタンペーストの塗布…誰でもセロハンテープ3枚分の厚みで塗布できるようにマニュアルが工夫されている。しかし、最初にセロハンテープに乗せるペーストの量が少なすぎると薄くなり厚さにムラができる。点眼瓶に入っているぺ-ストは電池2個分なので、目分量で全液量の1/3程度を乗せるとよい。
③室温が低いときは時間を長めにとったほうが良い。
④セロハンテープでステンレス板の辺を包むように貼るのだが、「包み込む」という表現が理解できなかった部員もいた。
⑤対向電極となるステンレス板に裏表があり、鉛筆で塗りつぶすのは光沢の少ない白っぽい面がよい。
一連のダイジェストは
URL: https://youtu.be/qBbdOFw-kPQ
をご覧ください。(科学部顧問 木内美帆)

16歳からの大学論 第39回 特別編

今回は筆者が足掛け2年かけて構想した一大プロジェクトのご紹介です

あなたはどんな“不思議”を追っていますか

全国9地区で開催する一大プロジェクト、『全国キャラバン3Questions』始動!

京都大学 学際融合教育研究推進センター准教授 宮野 公樹

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)など。

 現在の大学は、事業戦略立案やKPI設定、ガバナンス強化、大学ランキング対策などに多大な時間を費やしています。社会の中の大学としての中長期戦略を考えることはもちろん重要です。しかし、利益誘導型の政策では、大学が企業体に形式的に近づくだけで大学の色合いは薄まり、それはまた学問の魅力の低下につながっていくのではないでしょうか。実際、この20年における研究時間や博士課程進学率は減少傾向です。また現場も短期的な成果を生まなければならないというプレッシャーに常にさらされています。
 このままでは、我が国の学問の土壌はどんどん枯渇し、未来は先細りになる一方ではないか。論文産出や研究資金の獲得もさることながら、原点である探求者としてのピュアな「問い」を磨きあい、かつ、それらを多様なものにすることこそが学問の営みのはず。にもかかわらず、今や私たちはその灯火を単独の大学で守ることが不可能とも思えるような状況に置かれていると言わざるをえません。であれば、全国規模で多様な学問を掘り起こし、その灯火を再点火していくしかない。
 このように考え、今年2024年より、研究者の「問い」にフォーカスした研究ポス
ター発表大会(主催:『全国キャラバン3Questions』を、公益財団法人国際高等研究所※主催の下に全国9地区で実施することにしました。各地区では、その地区の大学、研究機関に所属する教員、研究者、大学院生、そして高専生が研究ポスターを掲示し、来場者は誰でも付箋紙でコメントを残すことができます。ポスターには
①「わたしが追っている不思議」として、研究者としての核心や原点にあるテーマが300字で、
②「これまでやってきたこと、やろうとしていること」として、前例・類似研究にも軽く触れながら自身の研究活動とこれからの目標やねらいどころ、展開方法が300字で、
③「みなに問う!」として、これからしたいことや、今抱える苦労や困難、投げかけてみたい質問や求めたいアドバイス、話し合いたいトピックが200字以内で、
示されます。
 最⼤の特徴は、あえて匿名の発表とすること。これにより、閲覧者は所属組織や専⾨名だけで内容を判断してしまうなどの先⼊観から自由になり、発表者と本音で意⾒交換することができます。さらに、初対面でグループセッションを行うなどで出会いを演出したり、新たな共同研究を創出する「コラボ用ハッシュタグ」を準備したりするなど工夫をこらしています。
 第一回目は、3月3日から4日間、広島大学にて開催。小・中学生や高校生、その保護者、高校関係者などの来場も大歓迎です。
 詳細は以下からhttps://www.iias-3questions.info/tyugoku
 本会ではあわせて、今後2年にわたる全国キャラバンを応援、ご支援いただくためのクラウドファンディングも実施しています。
■今、⼤学なのに「学問」がしづらくなっている状況をなんとかしたい
■アカデミアとビジネスをはじめとする我々の暮らしとは「地続き」であることを行動として表したい
との私たちの趣旨に賛同いただける方のご支援お待ちしています。
 またご支援いただける・いただけないにかかわらず、下記の「実施への想い」をぜひともご覧ください。
https://academist-cf.com/fanclubs/336/progresses?lang=ja

※公益財団法人国際高等研究所:京都府木津川市、理事長 上田輝久、所長 松本 紘
「人類の未来と幸福のために何を研究するかを研究する」を基本理念とする。

芸術の秋に考える アートってなんだろう? それができることのために

日比野 克彦先生東京藝術大学学長 日比野 克彦先生
~Profile~
1958年岐阜市生まれ。1982年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。卒業制作で第一回デザイン賞受賞。1984年同大学院美術研究科修了。在学時にはサッカー部に所属。1982年第3回日本グラフィック展大賞、1983年第30回ADC賞最高賞、1986年シドニー・ビエンナーレ、1995年ヴェネチア・ビエンナーレ出品。1999年毎日デザイン賞グランプリ、2015年文化庁芸術選奨芸術振興部門 文部科学大臣賞受賞。1995年東京藝術大学美術学部デザイン科助教授。1999年美術学部先端芸術表現科の立ち上げに参加。2007年同学部教授。2016年から同学部長。2022年4月から現職。岐阜県立加納高等学校出身。

リズムが合ったダンボールとの出会い

美術の世界を志したのは高校1年の時。クラスでみんなと一緒に大学進学を考えていた時に、「絵が好きだから、美術で自分を表現できたら、生きている実感を深く味わうことができるだろうな」と考えたことが、進路決定につながりました。

高校を卒業して最初に入った大学は多摩美術大学。当時、多摩美からは人気のシンガーソングライター、荒井由実さんが、武蔵美(武蔵野美術大学)からは芥川賞受賞作家の村上龍さんが、といったように、ジャンルを超えたスターが生まれるなど、私立の芸術系大学は、1980年代のジャパンアートアズナンバーワンと言われた時代を予見させるような輝きを放っていました。

結局僕は、翌年、東京藝大のデザイン科に入り直すわけですが、ここでは1・2年生のうちに、基礎的な創作活動を経験するために様々な素材に触れます。3年生で自分なりの表現を探すことになるわけですが、鍵になったのが素材やテーマ選び。周りの教員から教わるのではなく自分で探す。というのも、芸術系の学びでは、例えば教員が40歳なら学生とはほぼ20歳違うけれど、同じ表現者で、美術史から見れば同時代作家になる。テクニック的なことを教える・教わるということはあっても、大人と子どもとか、学生と教員と区別することにあまり意味がないからです。大事なのは、自分で何をどうやって生活の一部にしていくか、でした。

そこで僕が選んだのがダンボール。

歌を歌うにしても、走るにしても、喋るにしても、人それぞれの持つリズムというものがある。だからそれに合った素材に出会えれば、夢中になって楽しい時間を過ごせる。楽しい時間とは苦労する、しないに関係なく、その素材と対話している時間で、そんな時間を経て気付くと「作品」ができている。

僕にとって、そんな息の合う素材がダンボールでした。中でもそのスピード感。石を削るのだと、1ヶ月はかかる。焼き物も乾かしてから焼くのに2ヶ月かかる。鉄にしてもそうです。色合いなども含めて自分にしっくりくる、それが段ボールだったのです。

作品の写真は、いずれも東京芸術大学提供

アートの社会的な機能とは?を大学から社会へ、日本から世界へ発信したい

2027年に開学140年を迎える東京藝術大学。
国内唯一の国立の総合芸術大学で、岡倉天心※1、伊沢修二※2など、 明治を代表する思想家、教育者、芸術家などが創始者や歴代校長に名を連ねる。
ミッションは、わが国固有の芸術文化の振興と国際社会への発信に加えて、 世界の芸術文化の発展に寄与し、 国際舞台で活躍する芸術家、研究者を輩出すること。
このような伝統の中で、2022年4月、現代アート専攻(先端芸術表現)から 初の学長になられたのが日比野克彦先生。
先生の考えるアートとは、藝大の新たなミッションや芸術教育について お聞きするとともに、高校・大学時代におけるアートとのかかわり方、 さらには、日本のアートや芸術系大学に興味のある海外の若者にも メッセージをいただきしました。

※1 1863年~1913年、日本の思想家、文人。前身である東京美術学校の設立に大きく貢献した。第2代校長。
※2 1851年~1917年、明治・大正期の日本の教育者、教育学者。近代日本の音楽教育、吃音矯正の第一人者。前身である東京音楽学校の創始者の一人で初代校長。

東京藝大の伝統とこれまでのミッション

本学ができたおよそ140年前は、明治維新の完成期に当たり、西洋から様々な文明を取り入れた日本は、生活スタイルも含めて大きく変わった。ヨーロッパをモデルに、大学をはじめいくつもの高等教育機関も設置された。その役割は、和魂洋才と言われたように、主に欧米の知識・学問の移入・紹介だったと言っていい。

芸術に関する学問、研究機関としてスタートした本学も例外ではなく、現代美術とか西洋美術といった学問・研究の文脈の中でアートを捉えてきた。それはアートを芸術と訳した時点から始まっているのかもしれない。《学問として》の芸術、その教育・研究は以来、伝統となり、僕らも受けてきた西洋美術史などの授業にまでつながる。

しかし芸術、アートは本来、学問ではない。人間が元々持っている感情が創出するエネルギーの結晶であり、表現者だけではなく受け取った人、鑑賞者や集団の心も揺さぶるものだ。当時まで日本に受け継がれてきた絵画・彫刻、舞踊・音楽、文芸も立派な芸術だし、世界的には、今の人類の絵画の歴史は1万6000年ほど前の洞窟壁画にまで遡る。ものを作る源となる人間の感情は太古からあり、学校で描き方を習ったり、デッサンの勉強をしたりしなくても立派な壁画は描ける。

写真提供:東京藝術大学

未来に向けて東京藝大が目指すもの

《学問として》入ってきた芸術についての教育・研究は、伝統を重ねる中で《縦割り》の弊害に陥りやすい。例えばお笑いなどの芸能も文化の一つだが、《芸術》としては認められてこなかった。しかしリレーショナルアート(relational art)、会話をはじめ人間関係も、生活のすべてはアートであるという概念が生まれてきたように、今では文化も芸術として捉えるのが当たり前になっている。

このような芸術――以下はアートと呼ぶが――の歴史、概念の変化について、私たちがきちんと伝えてこられたかというと少し不安だ。「藝大って入るの難しいですよね」「上手じゃないと絵じゃないですよね」、あるいは「知識がないと美術館行ってもつまらないですよね」というようなメッセージの方が強く受け止められてきたのではないか。美術館に行って絵を観たり、コンサートを聞いたりするだけがアートにかかわることではないが、今、あえてそう言わなくてはいけないのは私たちの責任でもある。

僕の考える藝大の使命は、芸術の教育・研究やトップアーティストの育成だけではない。

アートとは本来何なのかを社会に対して声高に、しっかり発信し、それを通じて、アートを社会の課題解決に役立てることのできる人材を育成し、その価値を認めてくれる社会の構築に寄与したい。もちろんこれは大学だけでできることではないから、小・中学校、高校の美術教育と一緒に取り組む必要がある。

STEAMについて

理系人材育成、あるいはイノベーション創出が、大学や産業界に求められる中で、STEM(科学Science、技術Technology、工学Engineering、数学Mathematics)にA(Art)を付けたSTEAMをキーワードにしようという考え方がある。STEMだけでなくA、つまりアートが大事だと。これは理系の研究や技術開発において、今後は、より豊かな発想力や想像力、観察力や描写力が必要である、そこでアートシンキングというものを起爆剤にしていこうということだろう。しかしアートが文化や日常生活とは不可分なものだと考えれば、あらためてそう言う必要はないのではないか。

星を見て、あれは何だろう、宇宙ってどのようにしてできたのだろうと想像力を働かし、イメージを膨らませる。それが宇宙の解明へとつながっていく。人はなぜ死ぬのかという好奇心から、医学においても遺伝子レベルまで研究が進む。これらが科学技術の進展へとつながってきたことは言うまでもない。アート、アート的なものは科学的な態度、思考の土台、基盤でもあって、後付けするようなものではないと思う。

反対に言えば、何がアートなのかについては、藝大だけでなく、教育全体、地域全体、社会全体で考えていかなければならない。

アートは心の揺らぎだ『100の指令』で意図したこと

写真提供:東京藝術大学

この部屋には、上のように、発想の転換を促すような短いメッセージの書かれた額を懸けている。その一つひとつは著書『100の指令』から抜き出したものだ。人が何かをイメージするのは、多くは言語によるものだし、反対にイメージを伝える時にも言語化することが多いから、それを遊びにしたのだ。特別に突拍子もない指令ではないけれども、それに応えていく、あるいはそれを自分でも作っていく中で、いろんな感覚が刺激されていく。

僕はこれこそがアートだと考えている。

アートを見て人は感動するが、例えば油絵なら、ゴッホ、ピカソの絵も、物質的にはキャンバスに絵の具が塗ってあるだけ。それを見て感動するのは、絵がすごいのではなく、見た人がすごいからだ。感動とはこちら側、人間の中で、その気持ちが動くことだ。

だからアートって、揺らぎ、心が揺らいだ時に生まれるエネルギーみたいなものとも言える。

誰でも気持ちが揺らぐ時がある。夕焼けを見て「ああ綺麗だな」と一瞬目が止まる。旬の果物を見て、美味しそうだなと思う、映画を見て感動する、音楽を聞いていて、なんとなくいいメロディだなとか。外的な刺激によってふと心は揺れ動く。それがアートのきっかけ、というよりそれ自体がもうアートって呼んでいいと思う。

美術館や音楽会には、みなそういう揺らぎを体験したくて行く。でも、自分でスイッチが入れられるようになれば、別に行かなくても、名画や名品を見たり名演奏を聴いたりしなくても、「なんかいいな」という世界に入れる。確かに、自分はこれから心を揺り動かされに行くという心の準備があると、人間は暗示にかかりやすいから、行った先で感動しやすい。しかしその暗示力みたいなものも、自分でコントロールできれば、心は動かせる。もちろん人間には、人がいいと思うものをいいと思えると安心するという集団心理も働くから、もっと総合的な分析も必要ではあるけれど。

いずれにせよ物だけがアートなのではない。それはこちら側、観る側、鑑賞者の側にある。絵画や音楽は、そのスイッチを押すきっかけでしかない。『100の指令』を出した意図もここにある。

考えてみれば、目の見えない人、耳の聞こえない人も美術や音楽と無縁ではない。心は動くから、いろんなものをきっかけにして、これがアートだと感じることができる。最近、白鳥建二さんという全盲の美術鑑賞者が話題だが、彼の話を聞くと、やはりこの確信は深まる。

アート、近未来

情報通信技術やメディアの急激な進展で、アートの在り方もここ3年から5年ぐらいの間で随分変わってきている。

その結果、生徒、学生が教員の知らないことを知るようになり、先人が、もう先生ではないという、これまでと違う関係性が生まれてきている。鑑賞の仕方も、創作や表現の仕方も変わってきている。作家の中には、VRゴーグルを使って鑑賞できる「バーチャルアトリエ」で製作する者も出てきている。そこでは重力のある空間では作れなかったものもできてしまうし、サイズも関係なくなる。これからの3年から5年ぐらいでは、こうした作品は急激に増え、これまでのリアルの、物質文明で生み出された作品と同じぐらいの量になるのではないか。その結果、現実の空間とバーチャルの空間がどんどん滲んできて、お互いに価値を交換できる時代になるかもしれない。

とはいえ、現実の空間はなくならないし、身体は年老いてはいく。

このようなこれまで誰も経験したことのないような時代が訪れたときに、どういう心の動きが現れてくるのかが、とても楽しみだ。藝大にとっても、これまでの140年とはまた違う140年になるのは確実だと思う。

高校生へのメッセージ

私のように志望校選びをきっかけにアートを考えるのもいいと思うが、受験生の多くは、アートは受験とは関係ないから、できるだけ入試で問われる教科の勉強に力をいれようと考えるかもしれない。しかし、アートは大学へ行ってから、さらには年を取ってからでも始められるもの。この記事を読んだ人が、今は受験勉強に力を入れて、「大学へ入ってから、絵を描こうとかギター弾こう」と考えてもいいと思う。アートがいつも身近にあると、人生はもっと豊かになる。回りとの競争の中で、評価や数字と対峙するのもいいけれども、傍らに数値化できないような領域で過ごすすべを持っていると、最近よく言われるウェルビーイングではないが、精神的にも豊かな人生を送れるのではないか。アートのエキスパートにならなくてもいい、でもアートが身近にある人生はぜひ送ってもらいたいと思いますね。

海外の高校生へのメッセージ

昨今、中国から日本の芸術系の大学へ進学を希望する人たちが増えている。そのための予備校もできていると聞く。大学院進学が中心だが、本学も例外ではない。

では東京藝大、というか日本の芸術系大学のどこに魅力があるのか。とっさにアニメが思いつくが、他にも理由があると思う。

一番の理由は、日本が安全であり、また学費もアメリカやヨーロッパに比べて安いこと。コンテンツについては、日本は、長い歴史に培われた文化の中から最先端のものも生まれてくるという、不思議というか独特の国で、アニメ以外にも様々なものがあること。確かに日本には、長い歴史の中で中国から取り入れたものが多いと思うが、それを独自に消化し進化させてきたところに特徴がある。

言語の問題も大きいかもしれない。言語は、英語で喋ると英語の思考になり、日本語で喋れば日本語の思考になるといったように思考回路を作るが、歴史や地理的な環境の影響を強く受けて成り立つ。日本は小さな島国で、同じような小さい島国は他の地域にも様々あるが、アジアのファーイーストという立地、南北に長いといった地形に特徴がある。そのため四季折々の表情が豊かで、詩や俳句には季節を表す様々な言葉がある。これは独特の感情や心の揺らぎ方を表現できるから、大きな魅力の一つになっているのではないか。もっとも日本がなかなか国際化できない原因の一つにこの言語の問題があることも確かだが。

かといって日本人がこれまで海外文化を拒絶してきたわけではない。漢字を中国から取り入れ、それをデフォルメして平仮名にし、西欧の言語・概念もカタカナを使って取りこんでいる。拒絶はせずに取り入れて変容させ、そして混ぜていくのが得意だ。この融合力もまた魅力の一つになっていると考えられる。

2022年度入学式:式そのものがアートになった(写真提供:東京藝術大学)

2025年度入試へ向けて 大学入学者選抜機能の変容と高校の進路指導

文部科学省は「学力の3要素」として認知能力と情動的な能力を合わせて「学力」と位置付ける。知識や技能を用いて思考・表現・判断する認知能力も大切だが、学習に向かう気持ちや主体性、やり切ることなどの情動的な能力も大切であるということだ。これらの認知能力、情動的な能力をバランスよく養うことが重要であり、今回の大学入試改革でこれらの「学力」(学力の3要素)をすべての入学者選抜で課すことを求めた。

ところが情動的な能力は得点化しにくい。これまでも総合型選抜などで「志望理由書」を提出させて評価していた大学はあるが、合否への寄与度は如何程のものなのだろうか。そもそも何を高く評価して有意差をつけて得点化するかは難しい。だから大学も後ろ向きになる。考えようによっては、高い学費を払い、多感な4年間を大学で過ごそうと進学を志願するだけで十分にやる気があると判断できると言えなくもない。

そうこうしているうちにも少子化の波はとめどなく打ち寄せる。「定員割れ」「無選抜化」に追い込まれる大学はますます増えてくる。大学進学率は50%台後半で高止まりしており、急に進学率が上がって受験人口を増やすことは期待できない。既に大学を「高等」教育と呼ぶことに抵抗を感じる状態でもある。今後、選抜機能を保持できる大学はどれほどあるだろうか。全米では選抜機能がある大学は10数%と言われており、そこに向かうと考えられる。

2021年度の高校入試では人口減により志願者減少、定員割れが其処彼処にみられた。この状況が大学入試でも3年後に起こる。いまの高校3年生、2年生と生徒数は2万人ずつ減るが、さらに1年生では4万人の減少だ。逆に中学3年生の生徒数は増加しているから、大学入試改革が完全実施され、大きな変化が起きる2025年度入試の受験生は増える。そのため送り手側の高校では、3年生、2年生と1年生の進路指導は大きく変えることになる。そこでこうした変化を見据えた対応ができた高校とそうでない高校とでは、進学実績に大きな違いが出ることは間違いない。反対に受け手側の大学でも、2025年入試が将来の改革の大きな試金石になることも間違いない。

◇どう変わる?大学の個別試験

新課程に応じた問題作りには、問いの連鎖に代表されるように受験生の探究的な思考の流れを日常や課題解決の中で捉える必要がある。記述式や論述式であれば作題しやすいが、マークシート方式のような多肢選択型では高度な作題能力が問われる。各大学の個別試験を作題する大学関係者にそうした余裕はあるだろうか、そして高校現場もこうした出題に対応できるか。大学の作題能力は、オーバードクターの頃に予備校の模擬試験で作題の修行を積んだ教員たちが既に定年退職しており、大きく後退していることも気になる。

こうした状況の中で受験生に確かな学力を求めるのであれば、積極的に共通テストを活用すべきというのが筆者の意見だ。個別試験では共通テストでは測定できない学力等を問う。共通テストと代わり映えしない出題をする私大は再考し、作題に要するマンパワーを教育に向けるべきである。大学における教育でも少人数での議論やプロジェクト型学習が求められており、これまで以上に人的コストがかかるのだ。

注目すべきは2021年度で選抜方式を変えた早稲田大政治経済学部である。学校推薦型でも共通テストを必須とした。個別試験では総合問題を課す。志願者が大きく減っても良い入学者を確保できたのではないだろうか。

大阪大学大学院情報科学研究科「SNS研究者紹介」が50回を迎える

大阪大学大学院情報科学研究科では、毎週SNS(Twitter/Facebook)で研究者紹介を配信しており、今回で50回を迎えました。

本企画は、若手研究者から「なぜ、研究者になろうと思ったか?」「今、研究者になってどう感じているか?」等、情報科学を志す高校生や高専生、大学生等に研究の面白さを伝えたいと思い始まりました。

他にも私たち研究者を身近に感じて頂けるように、情報科学研究科の日々の様子を随時掲載していますので、是非ご覧ください。

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日本最大の公立大学、大阪公立大学(仮称)認可・開学に向けて準備中

大阪市立大学と大阪府立大学が融合し、大阪の「知の拠点」として2022年4月に開学予定の大阪公立大学(仮称・設置認可申請中)。日本最大規模の公立大学が誕生する。学部入学定員は約2850人、国公立大では大阪大学、東京大学に次ぐ規模となり、12学部・学域、15研究科で約1万6000人の学生が学ぶ予定。

現在は着々と準備が進む。2021年1月にはロゴマークを公表。シンボルカラーを、格調高くゴールドとシルバーとし、市大と府大、大阪府と大阪市を象徴する3つの伝統的なシンボル「銀杏・桜・ヤシ」を融合したマークで、2大学の「伝統」と新大学に人や知が集まり、世界へ「飛翔」していく姿を表している。

また、教育・研究・社会貢献の3機能に加えて、大都市・大阪の課題解決にも貢献する2機能4領域を設定し、さまざまな連携を図る。その一事例として、感染症対策を支える拠点形成を目的とした「大阪国際感染症研究センター」を2021年4月に設置。理系分野、文系分野の総合知を結集し、新型コロナウイルスをはじめ未知の感染症対策に積極的な貢献を果たしていく。

ロゴマーク

総合学科開設とその後の変遷から見た今回の「普通科改革」

本年1月26日、中央審議会は、「《令和の日本型学校教育》の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」を答申した。

高等学校教育では、①多様な能力、適性、興味、関心等に応じた学び、②学校生活への満足度や学習意欲の低下、③急激な変化の中での高等教育機関、実社会との連続性、④18歳から主権者の一人であること、⑤令和4年度から高等学校学習指導要領の年次進行実施、⑥個別最適、協働的な学びの実現、などの課題が上げられている。

高校教育を取り巻く状況をみると、産業構造や社会システムが非連続的とも言えるほどに急激に変化している。人工知能(AI)、ビッグデータ、Internet of Things、ロボティクス等の先端技術が高度化してあらゆる産業や社会生活に取り入れられたSociety5.0時代が到来しつつある。また少子化の進行によって学校としての機能を維持することが困難となっている地域・学校も生じているなど、社会経済の有り様をふまえた高校教育の在り方の検討が必要になってきている。また高校生の現状の一つとして、学校生活への満足度や学習意欲が中学校段階に比べて低下していることから、高校における教育活動を、高校生を中心にすえることを改めて確認し、その学習意欲を喚起し、可能性及び能力を最大限に伸長するためのものへと転換することが急務であるとされる。

その上で、「約7割の高校生が通う学科を「普通科」として一括りに議論するのではなく、「普通教育を主とする学科」を置く各高等学校がそれぞれ特色化・魅力化に取り組むことを推進する観点から、各設置者の判断により、当該学科の特色・魅力ある教育内容を表現する名称を学科名とすることを可能とする制度的な措置が求められる」としている。この「普通教育を主とする学科」の弾力化、大綱化は、「普通科改革」という大きな変革である。

学科については、「SDGsの実現やSociety5.0の到来に伴う諸課題に対応するために、学際的、複合的な学問分野や新たな学問領域に即した最先端の特色・魅力ある学びに重点的に取り組む学科や、「現在及び将来の地域社会が有する課題や魅力に着目した実践的な学びに重点的に取り組む学科」などが考えられている。

新たな学科における教育課程については、必履修教科・科目の学びを基盤に置きつつ、学校設定教科・科目や「総合的な探究の時間」を各年次にわたって体系的に開設することや、現代的な諸課題という生きた事象を取り扱うために、教室内だけではなく実際の現場に赴いてその現状を目の当たりにしたり、国内外の高等教育機関や施設、各種団体と連携することが求められるとしている。

確かに現行制度でも、必履修科目をすべての生徒に履修させたうえで選択科目を自由に開設することはできる。しかし多くの学校では教育目標はかかげられているものの、教育課程と十分に関連付けられていないなど、生徒の個性を発揮し社会の要請等に応えられるような特色作りはできていないという課題がある。

ここで、30年ほど前、おそらく最初の高校教育改革の一環として誕生した総合学科高校開設に関わった者として思い出すことがある。

総合学科は普通科と職業学科(別の資料では専門学科)とを総合する新たな学科として1994年に設置された。今回の普通科改革では、普通科の特色に応じた学科名や(類型の設置、)学校設定教科・科目の設定など、総合学科の特色が多く含まれている。見方を変えると、総合学科の特色を引き継ぎながらSociety5.0という新たな時代に備えた普通科のための新しい企画や措置ともとれる。一方で、このような普通科改革が進展すれば、総合学科はその特色の一層の発揮という観点から大きな課題があることも明らかだ。

大阪では1996年、100年以上の伝統校である普通科今宮高校が総合学科に学科改編し、筆者は学科改編の翌年から1971年度までの5年間、校長を務めた。この間、生徒・保護者、教職員は、いわば未知の領域で、前向きにがむしゃらに取り組んでくれた。報道関係者が「総合学科はベンチャー企業ですね。ベンチャー・ハイスクールという名前にしては」などと冗談半分に言っていたのを思い出す。

総合学科の教育課程は、「産業社会と人間」「情報」「課題研究」の原則履修科目と総合選択科目、自由選択科目で構成される。1年次に行った、教育内容の核となる「産業社会と人間」は生徒達には大変好評だった。どの系列に所属するかや、どのような選択教科・科目を選ぶかを生徒に考えてもらい方向付けをする。また多数の総合選択科目の準備に教職員は大変な努力をした。それこそが総合学科の特色、生命線と考え、普通科高校や職業高校では作れない科目を置くことに力を入れた。私自身も大学(大阪府立大学)と連携し、大学院生による「航空宇宙工学」という講座を設けたり、大学の研究室訪問のルートを開拓したりした。

今回の普通科改革における学校設定教科・科目の重視などは、総合学科で行われてきたことそのものであるように思われる。総合学科の生徒数は高校全体で現在5%強。総合学科の広がりが見られないところから思い切った普通科改革に至っているのではないかと考えることもできよう。

ICTの発達によって、国内の大学だけでなく、いろんな事業所や海外の学校や施設などとも連携をはかれるようになった今、これまでになく多種、多様な選択科目が設定できるはずだ。ただ一方で注意しなければならないこともある。かつて総合学科に対する世間の評価には「パイロットスクール」「自由な学校」などの好意的なものから、「あいまい学科」「おかゆ学科」などといった批判的なものまでいろいろあった。「普通科と職業科のよいところを総合する」という理念は、一歩間違うと「あいまい学科」になる可能性を今も秘めているのではないか。また大学受験の圧力は弱まったとは言えまだまだ根強く、少子化が進む中、公私を問わず、学校間の生徒獲得競争がますますし烈になる中、生徒・保護者のニーズの把握も欠かせないだろう。今回の普通科改革が総合学科改革の轍を踏まないことを切に願う。

総合学科に話を戻せば、その改革継続には、まず「産業社会と人間」の内容を精選、確立し、魅力ある選択科目を多数用意することがやはり重要だと思う。ICTやAIなどの先端技術を駆使し、輝かしい未来を作り活躍する人材育成を担える総合学科であることが望まれる。

東京都市大学の新ファンクション(機能)カリキュラム ゲームチェンジ時代の製造業を切り拓く「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムとは? 新ファンクションカリキュラム一気に公開!

東京都市大学の画期的な工学教育プログラム『ひらめき・こと・もの・ひと』づくりプログラム、その具体的なカリキュラム構成と、プロジェクトリーダーであり理工学部長の岩尾徹先生のお話を交えて詳細をお伝えする。

文部科学省に採択された新しいタイプのカリキュラム

従来の大学での学びは“学術分野”が基盤になってきたが、これからは社会の要請・産業分野の変化に応じた新しい教育プログラムの展開に注目が集まる。文部科学省の「知的集約型社会を支える人材育成事業」は、そうした新しいタイプの教育カリキュラムやプログラムを選定し助成するもので、2020年には全国で6大学が採択され、「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムはその一つ。理工学部の機械工学科・機械システム工学科・電気電子通信工学科の3学科を横断した専門科目、「ものづくり」の履修とともに、文理融合の「ひらめきづくり」「ことづくり」といった授業科目で“アイデアを生み出し形にする”トレーニングを行う。従来の大学教育にはないこれらの授業科目は産業界から招聘した教授陣も担当し、学修アドバイザーによるケア体制も整っている。他に、社会課題やグローバル化に対応したテーマ型教養科目中心の「ひとづくり」を加えた4つのカテゴリーで構成。それに「AI・ビッグデータ・数理・データサイエンス」の科目群が並走することで、文系・理系の枠組みや分野を超えた「統合的な学び」が構成されている。

所属学科の専門分野を磨きあげていく従来型のカリキュラムを選択しても、この新ファンクション(機能)カリキュラムを選択しても卒業要件は同じ124単位だ。

選抜された110名が参加してスタート

このプログラムは初年度、3学科の新入生360人に対して募集を行い、応募者の中から約110名を選んで始まった。授業の多くは、問いを見つける問題発見と課題解決型で対話中心のものが占める【下コラム参照】。これには2020年からスタートした「SDPBL」(チームを組み、学生主体で持続可能な社会に資する問題発見や課題解決に取り組む)がバックボーンになっているが、受講する電気電子通信工学科の山田さんは、「これこそ自分が求めていたもの。一人だけで講義を受け学んだり実験を重ねていくだけでなく、チームでディスカッションしながら学生自ら問題を発見し探究していくことに魅力を感じた」と志望動機について語る。他に、「閉塞感のある製造業の課題を、新しい発想で解決できる人材になりたい」という現実的なものもある。ここまで授業を受けた感想について女子高から進学した学生は、「アイデア力や起業力を授業科目として学べることにワクワクしている」と語る。この他、すべての学びが統合されてきたことにより、物事の本質や概念が理解できるようになってきたという声も。なお、本年度はパイロット的に3学科を対象としているが、段階的に拡大して2024年度には全学的な展開となる予定だ。

電気電子通信工学科の山田さん
岩尾先生、プログラム導入の背景と目的を語る

――背景の一つには、本学が中心的に輩出する製造業では今、ゲームチェンジ(革新的な技術による従来の産業構造からの変革)が着々と進行していることがある。例えば、これまで日本の強みとされてきた自動車産業では、自動運転の普及で新規参入が増え、シェアリングエコノミーが拡大すれば、自動車そのものに対する価値観が変わることが予想され、その優位は揺るぎかねない。巨大な発電、送配電など生活を支えるインフラを扱う電力業界にも転機が訪れている。世界的にグリーンエコノミーへの転換が進む中で、再生可能エネルギーや、エネルギーを効率良く運用するエネルギーDXを扱う新しいプレーヤーへの期待が高まっている。まさにゲームが変わろうとしている。またこれまで、メイドインジャパンは品質や機能の優れていることの代名詞ではあったが、一方で過剰なまでの機能を備えていて、ガラパゴスと揶揄されることも多い。品質や機能が豊富なことはゲームチェンジ時代においても重要だが、マーケティングにはむしろ、それが何に使えるかのストーリー、つまり<こと>の要素の方が重要だ。品質が良ければ売れるという時代ではなくなりつつある。物と物を繋いだり、物にストーリー性を持たせて世に送り出す、そんな力を育てていくことは急務だと思う。

もう一つの背景には、近年の卒業生の追跡調査の結果がある。本学の学生は専門性や技術の高さでは定評があるが、統合的学びや人を巻き込んで新しいことを始める力が弱いことがわかってきた。特に私が着目しているのが、入社ほぼ10年後の35歳。仕事に脂が乗り、次のステップへのターニングポイントと位置づけられるが、ここで、単にものづくりのプロフェッショナルにとどまるのか、マネジメント力や企画開発力を身につけ、組織や研究チームをリードするポジションに就くのかで、その後のキャリアは違ってくる。

いずれのケースにおいても、求められるのは、全体最適解を導くために、「アイデアと技術を繋いでイノベーションを起こせる力」であり、発想力を鍛え、自分の責任で新しいもの生み出す“人の上にではなく、人の前に出る”というタフさだ。どれも、成果主義に偏り、インターネットで誰よりも早く解を探し出すことが良い成績につながるという『捜し物競争』的な教育からは生まれてこない。まさに、ひらめき、こと、ものに加えてひとづくりの4つの力、文理の垣根を超えた幅広い教養と深い専門を備えた融合知、見識を4年間で身につけてもらうカリキュラムがどうしても必要だと考えた。目指してほしいのは、統合的学びを通した知識集約的な思考アプローチにより、グローバルで未来志向の判断力、多様な人々と共創する力、論理的かつ総合的に判断し、自ら挑戦する力とマネジメント力を身につけた人材。そして、若い学生の将来とこの国の未来のために、すべての学びを統合させ、学生の生きる力になることを目指している。本プログラムにより、問いを生み出し、力強く、前へ進んでいくタフな学生を輩出し、全体最適解を導くことで明るい未来を切り拓く「社会変革のリーダー」を育てていきたい。

プログラムに連接する総合型選抜も新設

本年度の入試では、このプログラムに連接する「総合型選抜」も新設される。タイプ1「学際探究入試(機械・電気系)」では、このプログラムの理解と志望理由を見るために「志望理由書」「小論文」を課し、「探究」をキーワードにした新しい総合問題を課す。気づき、問いを立てる力、問題発見、仮説を立て課題を解決する力を見るために、数学や物理学の力を駆使してその課題を技術の力で解決、結論まで導いてもらう。総合問題では、文科省検定済み教科書を6冊まで持ち込み可としている。まさに「探究」や高大接続改革をも意図した新しい試みでもある。「面接」はなく、合格後の辞退も可能だ。またこのプログラムに連携し、英語で60単位以上の専門科目を学ぶことができ、研究室への優先配属、学部大学院一貫教育、大学院での早期修了も目指す、電気電子通信工学科の「国際イノベータ育成オナーズプログラム」に参加するタイプ2の募集もある。こちらは、英語での面接を課す。

プログラムの詳細は特設ホームページで確認できるほか、7/18(日)にはキャンパス来場型(人数制限・来場条件あり)の説明会も行われる。

ひらめき授業の様子

コラム

「ひらめきづくり」 のある日の授業では、「通学途中に不便を感じたこと」をテーマにディスカッション。日常の何気ない気づきを新しい課題として共有し、次に「機械や電気の技術を使って解決できる可能性」を探るステップに進む。高校の探究活動に似ているが、「技術はイノベーションを起こすための駆動力である」を合言葉に、高校までに身につけた理科や数学の力、自分の学科の学びを用いて結論を導く。大学ならではの高度でアカデミックな展開だ。

「ことづくり」 の授業では世界を変えたスタートアップとしてGAFAM(Google・Apple・Facebook・Amazon・Microsoft)を取り上げたり、日本でベンチャー企業を起こしたトップを招いて講演を聞いたり、各企業の概要説明から、学生自ら各企業の問題点と社会課題を抽出し、それらを技術の力で解決に導いたりする。すでに10社から協力が得られており、それらの企業から、経営者、研究者、技術者、人事担当者などが参画して学生とディスカッションするような授業も行われる。

開学以来もっとも大きなカリキュラム変更

既存の教育では、従来型の人材しか育成できない。その考えから、学部の枠や大学教育に対する固定概念をすべて取り払った、今までにないプログラムが誕生しました。ここまでの大きなカリキュラム変更は、本学90年の歴史の中でも初の試み。学生たちが、思う存分発想力や提案力を磨いていくことが期待されます。

東京都市大学
総合型選抜(1段階選抜制)学際探究入試(機械・電気系)

入試制度の趣旨
文部科学省 令和2年度大学教育再生戦略推進費
「知識集約型社会を支える人材育成事業」
機械工学科・機械システム工学科・電気電子通信工学科の3学科横断型の新機能カリキュラム「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムに連接する
入試で、この先駆的なプログラムでの活躍が期待できる学生を受け入れる。
▼プログラムの詳細は特設ホームページへ

特徴
タイプ1:3学科一括出願/合否も3学科セット/入学手続時(12月)に所属学科選択/ 入学後は「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムに参加
タイプ2:「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムと同時に、連携する電気電子通信の 「国際イノベータ育成オナーズプログラム」に参加

出願要件
当該入試と連接するプログラムの趣旨を理解し、当該学科で教育を受 けるに十分な基礎学力を有し、以下の条件を満たす者。
・数学・理科・英語のうち2教科が3.8以上
・タイプ2については「英検2級」以上を加える
現浪:制限なし

選考方法
タイプ1:(1)調査書
(2)志望理由書(ひらめきプログラムに関わるもの)
(3)「探究」総合問題(問題発見、課題解決を、数学や物理の力を使い、導く。)
(4)小論文(ひらめきプログラムの理解を問う)
タイプ2:(1)調査書
(2)志望理由書(ひらめきプログラム、国際イノベータ育成オナーズプログラムに関わるもの)
(3)面接(英語で授業に参加できる力を確認する)

募集人員
機械工学科     3名
機械システム工学科 3名
電気電子通信工学科 5名
※それぞれ「総合型選抜(2段階選抜制)」に含む

「人生100年時代」を生き「22世紀を見る」 高校生・受験生・学生たちに向きあう大学アドミッション専門職とそのミッションを考える

入試だけでなく大学教育の変革をめざす専門家集団が誕生する 今春、実施された「大学入学共通テスト」。この新テストをめぐって、“50年に一度”とまで言われ期待を集めてきたのが大学入試改革。ところが、この改革、主要なパーツの多くが先送りになることでも注目を集めた。もちろん改革課題のすべてが見送られたわけではない。改革議論の当初から説かれていた入試の現場で高大接続を担当する大学スタッフ「アドミッションオフィサー」の本格的な養成もその一つ。先頃、それを主な目的に「大学アドミッション専門職協会」が旗揚げした。日本にも高校から大学への「学び」を接続する本格的な大学アドミッションオフィサーが誕生することへの期待が高まる。協会理事長の木村拓也先生と、多くの私立大学で一般化している入試改革を立命館大学で先駆けて導入・牽引した小畑力人先生が、今日の大学入試と将来展望、求められる教育改革、日本の大学のこれからを背景に「アドミッション専門職」について語り合った。

木村 拓也 先生一般社団法人大学アドミッション専門職協会理事長 九州大学准教授 木村 拓也 先生
~Profile~
九州大学大学院 人間環境学研究院 教育社会計画学講座(教育学部) 教育学部准教授。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。博士(教育学)東北大学。京都大学助教、長崎大学助教・准教授、九州大学准教授を経て2016年8月から現職。専門は教育社会学。独立行政法人 大学入試センター客員教授。日本教育社会学会理事。岡山高等学校出身。
小畑 力人 先生公益財団法人日本漢字能力検定協会普及部参与 元和歌山大学副学長 元立命館大学入試部長 小畑 力人 先生
~Profile~
九州大学大学院 人間環境学研究院 教育社会計画学講座(教育学部) 教育学部准教授。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。博士(教育学)東北大学。京都大学助教、長崎大学助教・准教授、九州大学准教授を経て2016年8月から現職。専門は教育社会学。独立行政法人 大学入試センター客員教授。日本教育社会学会理事。岡山高等学校出身。立命館大学経済学部卒業、関西文理学院(予備校)進学指導部長、立命館大学入試部長、和歌山大学観光学部教授、同副学長、追手門学院大学社会学部長、神戸山手大学社会学部観光学科教授、大阪観光大学客員教授、日本観光ホスピタリティ教育学会会長、大阪初芝学園常務理事、大阪経済法律学園評議員、立命館大学校友会顧問等歴任。大阪府立清水谷高等学校出身。

大学入試をより良くしたい

木村:2016年にアドミッションオフィスの整備に対して、文部科学省(以下 文科省)からの予算措置があり全国の国立大学に入試の専門職が配置された。文科省からの委託を受けてアドミッションオフィサー養成講座を実施したところ、国公私立の別に関係なく多くの教員・職員の方々にお集まりいただいた。

入試は各大学の重要事項でありながら、秘匿事項も含むので情報を他大学と共有することが難しい面がある。こうした中で、このような研修の場が専門家集団の関係づくりにたいへん有効であることがわかった。また国立大学からは入試担当の教員の方、私立大学からは入試課の職員の方が参加されているが、大学の設置者の違いや職階、職能を超えて大学入試をより良くしていこうという雰囲気になっている。

小畑:大学入試の実施と改革にとって、アドミッションオフィサーという専門家集団が果たす役割に大いに期待したい。この度の入試改革の要諦は、大学と高校それぞれの教育改革と高大接続改革だと言われてきた。アドミッションオフィサーは、高校から大学の「学び」への移行について一人ひとりの受験生に直接関わって、大学とその先に拡がる未来を語り合い、親身になって相談に乗る重要な存在である。

長年、大学教育と大学入試の現場に関わってきたが、大学としての「専門職」の必要性を痛感してきた。高校や塾あるいは予備校は生徒のために大学受験に向けた進学・学習指導を熱心に行っているが、大学からの受験生に対する直接的なアプローチはまだまだ少ない。アドミッションオフィサーは、高校生と大学生双方に接して、大学の教育研究と大学生活の魅力について、パンフレットやネットを超えて「生きた」情報を語りかけて欲しい。そのための幅広い知識を得るためには日本中の大学から知恵を結集できる仕組みが必要で、今回の大学アドミッション専門職協会は重要な役割を果たす。個別大学の利益だけではなく大学教育の全体最適を目指すことができる。

木村:文科省の担当者とも事前に連絡を取り合い、国が目指す入試改革の方向性に寄り添いながら進めている。ありがたいことにこの専門職協会のことを文科省の担当者から聞いたと入会してくださる方も増えている。4月に設立シンポジウムを実施した。今後は毎月研修会を実施し、将来は資格制度などを構築していきたい。

大学入試は評価軸が多様化していて、入試の専門家がいなければ対応が難しくなっている。例えばTOEICやIELTSなど外部試験を入試に取り入れる場合もどのような特徴を持ったテストで、高校ではどのように認知されているかなど常に最新情報を取り入れる必要がある。

最近は文科省から示されるテーマが専門化しており、例えば主体性評価(面接、調査票、志願理由書を組み合わせて評価する方法)、CBT(Computer Based Testingの略で、コンピュータを用いた試験方式)などがある。これらをテーマにした研修を行うと大変盛り上がるし、大学が助成金に応募するときなども、トレンドを理解しなくては採択されるのが難しくなっている。これらの情報収集を、国立大学の教員は教育や研究をしながら行わなければならないので、一人で全てを行うのは難しい。そこで私大の教職員のメンバーも含めて、みんなで学び、一緒に新しい企画を考えたいという熱い思いを持っている。

入試に関わる専門家が集まるメリットは、最新の情報を共有し、学び合えることにある。コロナ禍でオンライン入試が導入されたが大学ごとに方式が違い、受験生は戸惑っただろう。今後やり方を統一することで受験生の労力を減らせるかもしれない。また、立場を超えた集まりなので多面的に入試を考えることができ、今後の入試改革に専門的な提言を社会や国に発信することも可能となる。

小畑:ふり返ると、2008年から2012年の論議を経て学士課程答申が公表された。そこで提唱されたアクティブラーニング等の教育改革から10年が経った。この間に大学教育は大きく変わったし、コロナ禍のWeb授業等によって大学教育はさらに劇的な変化の直中にある。そして、コロナ禍直前の2019年11月に答申された「2040年に向けての高等教育グランドデザイン」を見ると、2012年答申の「予測困難な時代」から「予測不可能な時代」の大学教育への転換を提起している。一方、2022年から高等学校新学習指導要領が本格実施される。

大学の教育も高校の教育も変わる、そして入試も変わるし多様化する。先ほど述べられた主体性評価もその一つだろう。入試の多様化とその評価は高校生の立場になって考えても重要な問題だ。今後、入試のペーパーテストの出題傾向も変化するが、課外活動等で力を発揮してきた高校生をどのように、それこそ「総合的」に評価するのか?これまでの入試でも問われてきた問題だ。主体性評価を取り入れることで、多様な学生を評価し大学に迎え入れることができる。この課題は大学にとって重要だが、これからの入試の多様化、複合化とその評価をめぐって入試関連業務は高度化する一方だろう。大変な課題だが、それこそ大学アドミッション専門職(の先生方)の「腕の見せ所」だ。

これから必要なのは育成型入試

木村:九州大学で育成型入試のシンポジウムを行った時に大きな反響があった。日本では大学生の中退が大きな問題となっているからだろう。受験生を何人集めたかよりも、入学した学生をいかに伸ばせる大学かにトレンドが明らかに移りつつある。アメリカの大学ではアドミッションオフィサーの役割は1年目までと言われている。そのあとは学部の責任とされているが、大学の卒業生が職員やクラブのコーチとして関わることで、教員以外との関わりで成長していけるようになっている。

我々はアドミッションオフィサーが1年生の授業を担当するなど関係性を継続することで、学生が必要とすれば大学内の必要な部署に繋いでいく役割も担いたい。北海道在住の高校生が、道内の進学を考えていたのにもかかわらず、私の講演を聞いて九州大学に志望を変えたと入学後に挨拶に来てくれたことがある。彼の将来を大きく変えてしまったことに責任を感じるとともに、この仕事のやりがいを感じることができた。

特に地方の国立大学では、生徒を集めるのに苦労されている。ピンチをチャンスと捉え、大学の先生方には「自分が一緒に研究したい学生を、ご自身で高校まで迎えにいきませんか?」とお誘いしている。我々は学生を一緒に育成してくださる先生を常に探している。

小畑:今の木村先生の話は「いい話」だし、本当に大事なことだと思う。確かに大学の先生からすると、入試という大学の入口から自分がかかわった学生さんなので、入学後の相談や指導に熱が入る。高校と大学のシステムとしての「高大接続」は、先生と生徒・受験生・学生との「学びの絆」を創っていくことになる。

私は予備校から大学に転職したこともあって、学生さんを送っていただく高校とともに塾や予備校との関係を重視してきた。高校以外にもたくさんの塾や予備校を訪問させてもらった。それが、立命館大学の志願者数を4万名台から10万名まで増やすことができたことにつながった。「校塾連携」も重要な教育システムの一環として関係性を強める必要があると考えてきた。それから、私学には付属校や系列校との「一貫教育」が昔からあって、中学・高校と大学のそれぞれの年数、スパンを超えた育成型教育が実施されてきた。公立学校でも中学校と高校や小学校と中学校の連携が増えている。このような学校と学校の連携システムとともにアドミッション専門職の方々の活躍は学校の枠を超える絆となって、全国津々浦々で「育成型」の教育実践を創っていくことになる。

木村:私が入試業務に関わり始めた15年ほど前には、国立大学で高校を訪問しているところはほとんどなかった。一方で私大の職員さんは高校の先生と信頼関係を築いておられてお手本にさせてもらっていた。高校生を引き込むプレゼンテーションに長けた方も多かった。高校と大学の連携のノウハウを持つ私大の職員の方と国公立大のアドミッション教員が混じり合うことで、お互いに持っている知識を共有することができる。

誰もが第一志望の大学に入学できる仕組みづくりを

小畑:近年かかわった高校に東大の推薦入試で入学を決めた生徒がいた。東大合格者3000人のうちたった60人程の超難関を突破、しかも多様な資質・能力と意欲あるトップ生だった。京大の「特色入試」などもある。この様な日本の新しいタイプのエリートを発掘し育成につなげることもアドミッション専門職のミッションと言える。勿論、アドミッション専門職の役割はもっと広く多様だと思うが・・・。

木村:本当に学びたい学生を、最適な大学や大学教員へつなげることがアドミッションオフィサーの役割と考えている。トップエリート育成も含めて全ての学生が第一志望の大学に入学することをサポートしたい。もちろん第一志望ではない大学に入学しなければならない場合もあるだろう。それなら、入学した大学で多いに学び、成長することで第一志望にしてもらえばいい。アドミッションオフィサーとしてそのお手伝いをしたい。

小畑:地方出身の学生が夏休みに地元に帰った際、母校を訪問して大学と自分の大学生活を伝えてもらう“しくみ”をつくった。これは、学生募集に効果的だったが、本人の大学への帰属意識、「母校愛」の醸成につながったと思う。入学前教育や入学時のオリエンテーションの時に在校生が「不安いっぱい」の新入生をサポートする役割を持ってもらうことも学生の成長につながる。この「ピアエデュケーション」でもアドミッション専門職の先生方は重要な役割を果たしておられる。優秀な学生に入学してもらいたいのは確かだが、入学してくれた学生をみんなで真の大学生へと育成していくことも大事だ。

良い入試、新しい入試とは

小畑:今、向きあっている高校生・受験生・大学生は、「人生100年時代」を生き「22世紀を見る世代」だと言われる。しかも、予測不可能とまで表現される変化が激しい時代、受験生が一生を通じて「この学校に進学してよかった」と思える大学を選ぶことは簡単ではない。入試は一通過点ではあるが、人生の重要なターニングポイントになりうる。

大学入試には選抜機能とともに大学の「入口」としての接続機能がある。これまで、なかなか手をつけることができなかったのが、この接続であり、その専門職が生まれ、育つことで大学入試が大きく変わる。入試を生徒・受験生・学生目線で多面的に考え、大学の教育改革につなげる。それができる人材が日本中の大学で活躍するようになれば、入試のみならず大学教育の質を上げることになる。

木村:入試という短いスパンではなく、それぞれの生徒さんに合った大学に入学してもらい、質の高い教育を受けてもらえるようにしたい。だから受験生の声を大学に伝え、反対に大学の情報をわかりやすく受験生に伝える努力も重要だ。アドミッションオフィサーと話すことで、行きたい大学のイメージがクリアになり、勉強へのモチベーションも高まるかもしれない。この大学に入ってよかった!と思ってもらえるようになるのが理想。そのための組織的・本格的な研鑽がこれから始まる。今後、大学アドミッション専門職協会の教職員を入試説明会などで見かけることがあれば、是非声をかけて積極的に活用してもらいたい。

大学アドミッション専門職協会 https://www.jacuap.org/annai

日本漢字能力検定協会 https://www.kanken.or.jp/kanken/contact/

⼤学アドミッション専⾨職協会とは

ビジョン Vision

すべての⼤学に⼤学アドミッション専⾨職を配置する大学アドミッションに関する職能を確立し、大学および高等学校の発展に寄する大学アドミッションの価値創造を行う大学アドミッション専門職をすべての大学に配置する。

ミッション Mission

a. ⾼校⽣の⼤学移⾏定着を⽀援する専⾨職を養成する大学に入学し、充実した大学生生活をおくる学生を一人でも増やすことを目的として、大学アドミッションの職務を遂行できる専門職を養成する。

b. 多領域に及ぶ専⾨性を互いに補い合い⼀定の職務レベルを保った専⾨職を養成する大学アドミッションに関する専門領域は多岐に及び、個々でその専門性を全てカバーすることが難しい。そのため、協会が構築するネットワークの中で、互いに専門性を補い合い、大学アドミッションの職務を遂行できる専門職を養成する。

c. 実務につながる研究知を持った専⾨職を養成する大学アドミッションの研究知を通して、基礎素養を身につけ、専門スキルを修得し、実務につなげることのできる専門職を養成する。

バリュー Value

⼤学アドミッション専⾨職として、⾼⼤接続システムを創出するための以下の3つの職能を重視する。

a. コーチング・コミュニケーターとしての職能

    高校生の知的好奇心や進学意欲を適切に喚起することができ、高校生および高校教員、保護者に対して大学に進学する意味を伝えることができる。

    b. アカデミック・コミュニケーターとしての職能

    複雑に進化する大学の先端諸学問の情報を収集し、大学で学問する魅力について、高校生の興味関心、発達段階に対応する形で適切に解説を加えることができる。

    c. テスティング・コミュニケーターとしての職能

    大学アドミッションの国内外の動向を深く理解し、各大学の立ち位置に応じた大学アドミッションを提案・実施できる。

    九州大学伊都キャンパス
    立命館大学衣笠キャンパス
    和歌山大学

    アフリカ及び日本における食料安全保障の最前線 ポストコロナを見据えて、私たちはどう変わる?どう変わらなくてはならないのか?

    2019年末頃から大流行している新型コロナウイルスは、生命・健康を直接的に脅かすのみならず、感染拡大防止策として人の移動・接触の制限が求められることから、世界中の人々の生活・社会活動に大きな影響を与えている。最も基本的かつ重要な国の責務である食料の安定供給も、世界各地でその不安が拭い去れない状況が続く。国連(UN)専門機関の国連食糧農業機関(FAO)及び世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)などは、新型コロナウイルスの感染拡大防止策が原因で起こり得る食料不足を避けるには世界各国が協力することが必要だと訴え続けている。一方、2021年初旬よりワクチン接種が急速に進められ、ポストコロナを想定した政策立案、経済活動、研究及び教育活動も始められている。こうした中、安全で栄養価のある食料を安定的に供給するため、われわれ国民一人ひとりはどのように行動すべきか、また日本に求められている国際貢献とは何か。2013年から約7年間にわたり、FAO駐日連絡事務所長として日本及びFAOの関係強化に尽力し、名古屋大大学院で博士号を取得するなど日本の食料安全保障事情にも見識の深いンブリ・チャールズ・ボリコ氏に、FAOでの勤務を経験し、この春から京都大学大学院で助教として勤める白石晃將さんが話を聞いてくれました。

    ンブリ・チャールズ・ボリコ 氏国連食糧農業機関(FAO)マダガスカル事務所代表 ンブリ・チャールズ・ボリコ 氏 Mbuli Charles Boliko
    ~Profile~
    コンゴ民主共和国出身、キサンガニ大学で学士(心理学)及び修士(産業心理学)取得。キンシャサの商科大学で3年間教鞭を執った後、1990年に来日。名古屋大学大学院国際開発研究科より国際開発論で博士号を取得。時に自らをmade in JAPANと語る。1997年よりFAOに勤務。1998年からNY連絡事務所、2003年より事務局長官房付としてローマ本部に赴任し、2009年からは人事部雇用・配属担当チーフ。2013年にFAO駐日連絡事務所初の外国人所長として着任し、約7年間にわたり日本及びFAOの関係強化に尽力。2020年9月にマダガスカル事務所代表に着任、現在に至る。母国コンゴ民主共和国・カトリック大学の客員教授として、人事管理及び行政・開発についても指導する。
    白石 晃將 氏京都大学 大学院農学研究科 助教 白石 晃將 氏
    ~Profile~
    2012年京都大学農学部卒業、2014年京都大学大学院農学研究科修士課程修了。修士課程在籍時、日本国際協力機構(JICA)を通じて短期青年海外協力隊としてバングラデシュでボランティア活動を経験。2015-2016年FAOでインターン、2016-2017年日本学術振興会特別研究員を経て、2017年に京都大学大学院農学研究科から博士号(農学)を取得。また、同年京都大学大学院思修館プログラム修了。同大学院博士課程修了後、2017-2018年外務事務官として外務省経済局経済安全保障課に勤務。2018-2020年FAOジュニア専門官、2020-2021年FAO食品安全専門官を経て、2021年1月より京都大学大学院農学研究科助教、現在に至る。岐阜県立多治見北高等学校出身。

    アフリカ諸国の新型コロナウイルス事情

    白石:ジョンズホプキンス大学の統計によると、2021年5月24日現在、世界では、累計での感染者数及び死者数がそれぞれ約1.67憶、346万人となっており、未だ新たな感染者数も60万人を超えている。日本でもこのところ新規感染者数が4千人程で推移しており、東京を含めた大都市で緊急事態宣言の延長が決定された。アフリカ全土は少し広すぎるかもしれないが、所轄しているコモロ、マダガスカル、モーリシャス及びセーシェルでの状況を教えて欲しい。

    ボリコ:4か国中、貧困度の高い国※として分類されるコモロ及びマダガスカル両国では、新型コロナウイルスに関する統計データの収集が非常に遅れており、政府が発表した情報にも、信頼性の欠けるものが多い。正確な感染者数や死者数は分からないというのが実際のところだが、2020年9月に着任した頃と比較し、肌感覚としては状況は酷くなっていると思う。当時はほとんどいなかったが、今ではマダガスカル事務所のスタッフやその家族を含め感染者が出ている。数字上、累計感染者数は、マダガスカルで約4万人(全人口約2700万人)、コモロで約4千人(同約85万人)ではあるが、実際の感染者数はその4-5倍いてもおかしくはない。また、医療体制が脆弱であるため、これ以上感染者数が上昇すれば、医療が崩壊し、非感染性疾患(Non-Communicable Diseases: NCDs)など他の病気への対応にも甚大な被害が及ぶ可能性が高い。一方、モーリシャス及びセーシェルではワクチン接種も始まり、感染者への対応も順を追って行われている。しかし最近、重要な収入源である観光産業を再開し、海外からの観光客を受け入れたことで国内の感染者数は再び増加に転じた。国際交通網の発達により、地球全体が一つの村のように捉えられるようになった現在、自国だけ感染者を抑えるのは不可能であり、隣国と協力しつつ、地域・世界全体として感染拡大の抑制に尽力することが大切である。

    白石:コモロ及びマダガスカルのワクチン接種状況はどうか。

    ボリコ:両国では、主に政治的な理由によりワクチン接種はまだ始まっていない。FAOを含めた国連機関職員については、個々の組織で調達したワクチン接種は許可されており、FAOマダガスカル事務所では、6月上旬からワクチン接種を開始する予定である。恐らく、マダガスカル政府は、国連諸機関が使用したワクチンの効果を見て、自国国民への提供を決定すると推測される。コモロについては、ワクチンの取得自体は可能であったと把握している。しかしソーシャルメディアによる誤った情報拡散や政治的な圧力により、同国政府がワクチン接種を始められずにいる。信頼のおける情報源からの科学的証拠に基づき、各国政府が適切な意思決定をすることを望む。

    ※世界銀行はアトラス方式を用いて計算された1人当たりの国民総所得(GNI)に基づき、世界の国と地域を4つの所得グループ、高所得国、中・高所得国、低・中所得国、低所得国に分類している。2020年発表の最新分類によると、コモロ、マダガスカル、モーリシャス及びセーシェルはそれぞれ、低・中所得国、低所得国、高所得国及び高所得国に分類される。

    コロナ禍・ポストコロナにおけるアフリカの食料安全保障

    白石:次に、コロナ禍・ポストコロナにおけるアフリカの食料安全保障事情について教えて欲しい。

    ボリコ:世界人口が増大する中、アフリカ諸国全体では、2005年から10年間にわたり、飢餓人口が減少していたが、気候変動・紛争・経済停滞などの影響で、2014/2015年頃から同人口は増加に転じた。その中で、新型コロナウイルスの大流行が起こったため、アフリカ諸国の食料安全保障は非常に厳しい状況にある。特に、より脆弱な家庭への影響が大きく、入手できる食料が少なくなっているなどの問題が起きている。また、入手できたとしても安全性・栄養価に問題のある食料も出回っており、地域・世界全体で協力し、食料安全保障問題に立ち向かうことが重要である。統計データを見ると、アフリカ諸国全体では、食料価格が38%上昇し、主食の一部であるとうもろこしについては80%も上昇している国があり、需要と供給のバランスが崩れているのが良くわかる。しかしヒトやモノの動きが制限されている現在、生産者側の中には、生産した食料をスーパーやレストランなどに卸せない農家もあり、食料廃棄物が増えているというなんとも異常な状態にある。

    現在急務のアフリカの食料安全保障問題の解決

    白石:新型コロナウイルスの大流行で食料安全保障が非常に難しい状況にあることは理解できた。そのために解決すべき課題は様々に存在するとは思うが、中でも最も急務なのは何だろう。FAO勤務中は、アフリカ東部を発生源として始まったサバクトビバッタの大発生による壊滅的な食害が、緊急の課題とされていたのを覚えている。

    ボリコ:現在、サバクトビバッタによる食害は、アフリカ全土約23か国に広がっている。マダガスカルについては、2014年から2017年にかけて行われたプロジェクトで成果が出ていたが、プロジェクト終焉とともに、バッタ大量発生の問題が再び顕在化している。新型コロナウイルスの大流行によりヒトとモノの移動が制限されたことで、この問題への対応が後手に回っている。モロッコなど経験豊富な国から他のアフリカ諸国への情報提供や援助が期待される。また、チョウ目の害虫であるFall armyworm(ツマジロクサヨトウ)の爆発的拡散も、農業生産に深刻な影響を及ぼしている。マダガスカルでは、生産されるトウモロコシ全体の約53%が食害にあっており、早急な対応が叫ばれているが、農薬を積んだ船や飛行機が到着しないなどその遅れが生じている。また、気候変動による影響から南マダガスカルでは2019年以降、降水量が減少し、干ばつの被害が大きく、2021年は食料生産が約60%低下すると推測されている。その他にも、動物の感染症や食品安全の問題など課題は山積みである。

    白石:FAOは、そのような早急に解決すべき課題に対して、どのような支援をしているのか。

    ボリコ:FAOでは、国連食糧計画(WFP)や他の国連機関など様々なパートナーと連携しつつ、科学的知見に基づいた情報・知識を提供している。信頼性の高い情報を世界各地から収集し、分析して得られるデータは多岐にわたる。最近では、国連食料システムサミットの開催に先立って国家間の対話が行われたが、FAOはWFP及び国際農業開発基金(IFAD)事務所と連携してそれをファシリテートした。WFPのレポートによると、2020年4月から2021年4月の約1年間で、アフリカ諸国において、継続的な食料支援が必要な人口の割合は約30%上昇した。新型コロナウイルス感染症の大流行は、アフリカ諸国の食料安全保障に大きな影響を及ぼしている。

    アフリカ諸国から見る日本の食料安全保障事情とその課題

    白石:アフリカ諸国から次は日本に焦点を当て、わが国の食料安全保障について意見を伺いたい。元FAO駐日連絡事務所長として、7年にわたり日本で指揮を執られ、また名古屋大学で博士号を取得されたこともあり、日本の食料安全保障には非常に見識が深いと思われる。私自身が外務省に勤務していた頃、仕事を一緒にさせてもらったことも多々あるが、当時は食料廃棄が大きな問題とされていたことを覚えている。日本からマダガスカルへと任地が変わったが、今一度日本の食料安全保障について考えたとき、最大の課題は何だと思われるか。

    ボリコ:やはり課題の中心になるのは食料廃棄の問題であるように思う。今日入手可能なものが明日も手に入るとは限らないということを、東日本大震災を含む様々な自然災害や新型コロナウイルスの大流行から学ぶべきだと考えている。日本は、レジリエンス(回復力)の強い国であり、さまざまな大きな問題を乗り越えてきたが、その度に食料安全保障に関する問題が議論になっている。FAO駐日連絡事務所長時代は、FAO議連の設立やセミナーの開催、FAO事務局長及び事務局次長の訪問など様々な活動を行ってきた。その中で、「食品ロスの削減の推進に関する法律」(略称 食品ロス削減推進法)が、令和元年5月31日に令和元年法律第19号として公布され、令和元年10月1日に施行されたことは大変喜ばしいこととして見ていた。生産者や消費者、全ての人が食料を捨てないように意識し、持続可能な行動をして欲しい。

    食料安全保障において日本に期待すること・国際貢献

    白石:国際的にもレジリエンスの強い国として認識されているようだが、続けて、世界の食料安全保障について日本ができる国際貢献について聞きたい。現状、感染拡大の影響で、現地で支援活動をすることは困難であると考えられるが、ポストコロナにおいて(可能な範囲でコロナ禍においても)、どのような支援・協力が期待されているか。

    ボリコ:日本は既に、国際社会に多大な貢献をしている。ケニア、コモロ、マダガスカル、セーシェル、モーリシャスの5か国で実施されていて自身との関係も深い、「インド洋アフリカ諸国におけるサンゴ礁漁業に依存する漁業コミュニティの強靱性の向上を通じた生計、食料安全保障及び海上保安の強化計画」プロジェクトへの支援には大いに感謝している[下コラム参照]。日本も新型コロナウイルス大流行を受けて、大変な経済状況であると見受けられるから、これまで行っている支援・国際貢献を続けてもらえれば十分である。

    貧しい人々に対してどのような貢献が出来るか。マダガスカルの中でも貧困層の多い南地域を訪問したが、貧しい人々を助けるには必ずしも大きなお金を必要としないことを身をもって経験している。日本を含めた先進国の人々にとっては少ないともとれる金額が、彼らにとっては大きな金銭的支援となり、干ばつなどの気候変動問題や害虫への対応が可能となる。また、日本には農業・食料生産に関する様々な技術や知識が蓄積されている。日本からの支援は、それで学校にいけない子供が学校に行けるようになり、飢餓で困窮している人々を救うことができ、巡り巡ってその国の食料安全保障に貢献することになる。

    最近、FAOのスタッフであることに誇りを持てた出来事がある。南マダガスカルにおいて、特定の家族に対し、農家学校(farmer’s school)で気候変動対応型の農業を教えた。彼らは、干ばつで降水量がほとんどない中、習得した技術を使用して食料を生産し続けることができ、さらに、生産した農作物からヤギを購入した。私はこのような小さなプロジェクトを広げることで、大きな効果を得ることができると信じている。特に5歳以下の子供は、必要な時期に必要な栄養を摂取することができないと、後の成長に大きな悪影響を及ぼすことがある。FAOは食料・農業を取り巻く諸課題に対して、それが大問題へと発展しないように、また、問題が発生したとしても、加盟国と協力しつつその被害が最小で済むように支援を続けている。

    高校生・大学生へのメッセージ

    白石:最後に、これからの日本、世界を背負って立つ高校生にメッセージをお願いしたい。

    ボリコ:情報網・交通網の発達により、現在、世界は小さな一つの村に譬えることができる。今回の新型コロナウイルスの大流行は中国から始まったが、世界各国は最初、それを中国だけの問題だと思っていた。欧州においては、イタリアで最初に感染者の拡大が見られた際、他の欧州諸国は積極的にイタリアに対して手を差し伸べなかった。その間に、世界各国でヒトの移動により多くの感染者が出て、現在のような大流行になっている。イラクとシリアで発生したイスラム過激派組織(ISIS)が問題になった時も、当初、日本では遠くで起こっている事と気にも留めない人が多かった。しかし日本人二名がシリア国内で人質となり、日本政府やヨルダン政府の解放へ向けての努力にもかかわらず、相次いで殺害されるという最悪の形で終わった。

    リーダーシップを取る際の大きな間違いは、ある問題を他人事として捉え、放置していることである。初めは中国のある特定の地域で発生した新型コロナウイルスによる感染症は、今や世界中に拡大した。リーダーには、一見他人事に見える問題に対しても自分のこととして捉える力が必要である。何とか解決しよう、協力してより良い方向を探ろう。そのようなリーダーがたくさん生まれることで、より良い世界が形成されると信じている。現在の高校生にも、そのようなリーダーとなり、国際貢献ができる可能性は十分にある。

    コラム

    ケニア、コモロ、マダガスカル、セーシェル、モーリシャスの5か国 サンゴ礁漁業を通して食料安全保障の向上

    ナイロビーアフリカの食料安全保障の強化と海上保安の促進を支援するため、FAOは、440万米ドル(4億7500万円)規模のブルー成長イニシアチブに関する共同事業への協定を日本政府と締結した。2019年から3年間にわたるこのプロジェクトでは、インド洋沿岸諸国の漁業従事者約3万人を対象とし、サンゴ礁漁業の生産を改善することが期待されている。また同時に、海上保安や漁業管理等に関する研修等を通じて、対象5か国の漁業従事者約30,000人の知識や能力向上が見込まれている。同支援の詳細は、外務省HPなどで閲覧可能。

    https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_007729.html

    本紙から読者へのメッセージ

    生徒の皆さんへ 

    この記事を読んで気づいたこと、考えたことについてボリコさんに手紙(メッセージ)を書こう(英文も大歓迎)。

    先生方へ 

    ボリコさんと生徒のオンライン対話にご関心があれば編集部までご連絡ください。時間設定には制限がありますのであらかじめご容赦ください。またご希望多数の場合は抽選とさせていただきます。

    いずれの場合も一旦編集部までご連絡下さい。手紙はメールでも、手書きの場合は、スキャンしてメールもしくはFAXで。対話ご希望のクラス、学校はその旨をお書きいただき、メールもしくはFAXでお願いします。

    アドレス:kya01311@nifty.com FAX:06-6372-5374 電話:06-6372-5372

    大学入学共通テスト その理想と現実

    後藤 顕一 先生東洋大学食環境科学部教授 後藤 顕一 先生
    ~Profile~
    東洋大学 教職センター長、日本化学会教育・普及副部門長 学校教育委員長 埼玉県立高校教諭,埼玉県高校教育指導課指導主事を経て,2009年より2017年3月まで国立教育政策研究所 教育課程研究センター 基礎研究部総括研究官 2017年4月より現職。

    国家百年の計である高大接続改革、大学入学者選抜改革(以下、大学入試改革)の核心といえる初めての大学入学共通テストが令和3年1月に実施された。これは、高等学校教育・大学教育・大学入試改革、三位一体の改革を目指した取組であり、今後の我が国の教育の進展を見据える上でも、多角的な視点から早急に検証する必要があろう。今回は理科を具体例に挙げながら示すこととする。

    「大学入学共通テスト」実施の理念と実施までの変化

    三位一体の改革を推進するために、当初、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)の「実施の趣旨」では「共通テストでは、各教科・科目の特質に応じ、知識・技能のみならず、思考力・判断力・表現力も重視して評価を行うものとする」としていた。教育改革を断行するためには、これまでの大学入試センター試験(以下、センター試験)との違いを明確にし、改革の決意と、実効性のある取組を示す必要がある。具体的には、多くの教科・科目で複数の資料やデータ等を読み取る思考力や判断力が必要とされる問題の出題等を増やし、一部の解答を記述型にするなど、改革を推進する計画であった。

    ところが、国語と数学における記述式導入、民間試験の活用を目指した英語試験ともに頓挫し、計画は根幹から覆り、今回の実施となった。そのため受験生や高等学校は、目まぐるしい変化に対応せざるを得ない事態となった。

    共通テスト「理科」の実施後の評価、検証

    上に示したような「事件」が頻発する中で行われた共通テストは、実施後どのような評価を受けているだろうか。「理科」について考察する。

    共通テストは、「独立行政法人大学入試センター」から示された「大学入学共通テストの概要」や「大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト問題作成方針」に沿った出題であった。具体的には、「知識の理解の質を問う問題や、思考力、判断力、表現力を発揮して解くことが求められる問題を重視し、社会生活や日常生活の中から課題を発見し解決方法を構想する場面、資料やデータ等を基に考察する場面など、学習の過程を意識した問題の場面設定を重視」するとしていた。各科目では思考型といえる良問もあれば、単なる暗記再生型の問題もあり、種々雑多で差が大きい状況であった。

    理科(具体的に「生物」と「化学」)では、まじめに取り組んできた受験生が浮かばれない状況も見受けられた。「生物」は、極めて平易で、深い学びが成立していなくても高得点が得られていた。高得点が得られているので、受験生からの苦情は特に聞こえてこないが、思考型問題と言えるのか疑問視する声があったのも事実である。一方、「化学」は、本質的な良問、奇をてらったような問題の双方が見受けられた。特に、教科書には記載の見られない出題(第5問、問2)、化学を題材にしていながらも結果的には中学校数学の問題になっている出題(第4問、問5)等が見受けられた。問題文をよく読めば、答えられると言えばそれまでだが、学校や受験生、受験関係者、教科書会社に間違ったメッセージが伝わると、その影響は計り知れない。教科書改訂の時期だけに、ただでさえ分厚い教科書が、さらに厚くなってしまうのではないかと危惧するところである。新学習指導要領では、資質・能力の育成を目指し、学問本来の本質を捉え、思考を深めることが求められ、それに応える出題が求められよう。

    また、理科での科目間の出題調整等の検討がなされていたとは考えづらい。「生物」では数量的な扱いやグラフを読み取る出題はあったものの平易であった。「化学」では共通テストの趣旨にしっかりと沿っているが、出題に無理が生じ、一瞬で解けてしまう問題もあれば、みかけだけ思考型の問題もあり、慣れない現役生は得点を落とす結果となった。

    また、高校の受け止めとして、いわゆる学力上位校の地頭の良い受験生にはプラスに作用したが、いわゆる学力中堅校等の生徒、単なる知識再生、ドリル的なトレーニングを重視した受験対策パターン練習を重視するタイプの生徒は苦戦したのではないかとの見方があった。国が目指す「主体的・対話的で深い学び」に向けた授業改善がしっかり実現でき、生徒が力を付けていれば対応は可能であったとの見解であった。

    今後に向けて~持続可能性の視点から~

    そもそも近年のセンター試験では、例えば、教科書で見慣れている2次元の図を3次元的に表現して思考させる、本質的かつ工夫した出題がされるなど、問題自体が授業改善に示唆を与えるような、いわゆる練られた思考型問題が作成されていた。また、共通テスト試行テストは、思考型試験の実現に向けて、さらに多くの工夫が感じられた。しかし共通テスト本試験と進むにつれ、作問の限界を感じざるを得ない結果となった。

    国が目指す趣旨に基づき、マークシート方式という条件で水準を担保しながら問題作成し続ける困難さは、極まっているのではないか。マークシート方式で思考力を問う問題の作成は、果たして持続可能なのだろうか。常に新規性に富んだ思考型の問題を提供し続けるには率直に限界を感じる。関係者の想像を絶する努力により思考型の問題を作成したところで、すぐに各予備校等がこぞって対応を考え、対策問題を作成してくる。まさにイタチごっこなのだ。それに高等学校も受験生も試験対策に終始しては、本来の趣旨から大きくずれる。思考型問題もパターン化された知識再生問題へと変化していく。この循環では、共通テストを導入した趣旨が損なわれるのは目に見えている。

    諸外国では、国家の維持・繁栄のために、極めて丁寧な大学入試が実施されている。受験生の知識だけではない能力を見据えるために記述型試験を行っている国も多い。

    我が国の未来を託す受験生が向き合う妥当な思考型テストとは何か、さらなる真摯な議論が求められよう。

    16歳からの大学論 「ほんとうの学び」とは何か

    京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
    宮野 公樹 先生
    ~Profile~
    1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)など。

    考えるほどに、「学び」、または、その動詞「学ぶ」という言葉は、我々にとって非常に身近に思えます。本記事を読まれているみなさんには高等学校関係の方々も多くおられることから、「学び」と聞いて直ちに想起する「勉強」や「学習」と言った、自分の外に既に在る情報、知識を身につけるという営みの他、失敗も含めたあらゆる経験から学ぶというフレーズに代表されるような、自己の成長、成熟に資する営みも決して外すことはできません。そうすると、生きていることすべてが「学び」、と言いたくなります。

    ところで、「学び」は目的とセットです。先に述べた「勉強」や「学習」においては、明確にその目的が設定されています、試験への合格や、英語等の第二言語の習得と言ったように。さらに思索を進めるなら、その試験への合格や言語習得は何のためか?という問いを立てることも可能でしょう。その場合、希望する大学の入学や資格取得による、自身の人生の充実、となるでしょうか。そうすると、先にあげた勉強や学習とは異なるもう一つの学び、「生きることすべてが学び」という目的に接続されることになります。つまり、「生きること=学び」の(究極の)目的は、自分の人生の充実、としていいのではないかと。

    では、さらに問います。「人生」とは何のことを意味するでしょうか。「充実」とは何がどうなったら充実なのでしょうか。もとより、「自分」とは何でしょうか。

    手元の辞書によると、人生とは、その文字の通り、人がこの世を生きていくことですが、「生きていく」ということをまず問う必要があるように思います。「充実」も「自分(=人)」もそもそも「生きている」からこそであって「生」について考えることが何もかもの根本、土台にあるのは間違いないことですから。

    ここで我々の心情に敏感になるなら、直前の段落で使用した「生きていく」と「生きている」、そして「生」という三語は、それぞれの意味合いがかなり違うことに気づきます。「生きていく」とは、何やら食っていくこと、生存についての営み。「生きている」とは、何やら気づいたら「自分」というものが「この世」に存在しているという感覚、そして、「生」とは、そうして存在していることです。つまり、「生きていく」のも「生きている」のも、存在(=生)しているからのことであり、そう考えるなら、人生も、充実も、自分も、存在しているから存在している、となります。

    在るから、在る。同語反復でしか表現できないこの悲しい到達が終点です。当たり前すぎるこの一文は、何も言ってることになっていません。もはや目的が消滅しているのです。もちろん、なぜ存在が存在しているかという問いは立てることができますが、究極的には、それは一度、脱存在、あるいは非存在になってみないと分かりえないことですから。

    ほんとうの学びとは何か。そういうタイトルで筆を進めましたが、私には上記のような「存在」に触れるような思索、思いを巡らす営みが「ほんとうの学び」であるように思えてしかたありません。しいて言うならそれは目的を持たない学び。答えなどなく、その思考を、具体と抽象、個別と全体の間で往来させるしかないような考えのことです*。このような「学び」よりも根本に位置する学びはなく、そういう意味で、学びの本質と言えるのです。

    他方で、世間を見渡せば、なんと(具体的な)目的を持った方の「学び」の方が多いことか。何かを獲得する、身に付けるといった学びは狭義なもので、ある意味で枝葉でしかなく、より根本にある「ほんとうの学び」を扱った方が断然我々の暮らし(人生)に影響を及ぼすのはいうまでもないことなのに。受験勉強や、業績向上のための学びを否定しているわけではありませんが「ほんとうの学び」もまた忘れず意識することが、より我々の生を味わい深いものにすることでしょう、人生に答えなどないのは当たり前のことなのですから。

    *参考:拙書「問いの立て方」(ちくま新書)の第ニ章「いい問いにする方法」

    デジタル化で見えてきた、新しい大学選び コロナ禍を経てどう変わる?学び方、専門分野、働き方

    村上 正行 先生大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部・教授 村上 正行 先生
    ~Profile~
    1997年京都大学総合人間学部卒業、1999年同大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了、2002年同大学大学院情報学研究科知能情報学専攻博士課程指導認定退学。博士(情報学)(2005年9月)。2002年4月より京都外国語大学外国語学部講師、マルチメディア教育研究センター講師、准教授、教授などを経て、2019年4月より現職。専門は教育工学・大学教育学。大阪府立天王寺高等学校出身。
    金丸 敏幸 先生京都大学国際高等教育院・准教授 金丸 敏幸 先生
    ~Profile~
    京都大学博士(人間・環境学)。専門は、外国語教育(英語・日本語)、理論言語学(認知言語学・コーパス言語学)。コーパスやICTを活用した言語研究や言語教育に関する教育研究に従事。2015年度に「国際言語実践教育システム(GORILLA)」を開発、翌2016年度より京都大学の全学共通科目英語において、統一シラバスの下、GORILLAによるe-Learningを活用したカリキュラムの実施運営に携わる。大分県立大分上野丘高校出身。

    2000年代に入り、社会の変化が加速する中、数年先も見通せない時代が到来し、大学のあり方も見直されるべき時期が来ていた。その最中に2020年に始まった新型コロナウィルス感染症の拡大によって大学教育へ向けられる関心はさらに高まっている。とくに、十分な準備期間がない中で始まった大学の授業のデジタル化は、授業の質や課題の量に対する不満に加えて、施設や設備が使えないといった不便さとも重なり、マスコミなどでも度々取り上げられる問題となった。こうした中、大学を選ぶ側としてはどのような視点を持つべきなのか。教育工学がご専門で大学におけるICTを活用した授業、大学教育の改善に取り組まれている村上正行先生と、言語教育に自然言語処理など工学からのアプローチを取り入れ、グローバル化に対応した英語カリキュラム運営を行っている金丸敏幸先生にお話をうかがった。

    大学教育の現場で、学び方の多様化が始まった

    村上先生:コロナ禍で顕著な変化といえば、やはり学び方の多様化である。感染拡大防止のために大学生がキャンパスに集まることが難しくなり、一気に教育のデジタル化が進んだ。

    まだまだ検証の余地はあるが、この1年間で大学生の学力が向上したという調査結果もある。学習時間の増加、アルバイトに追われない生活、自分にあった学び方の構築、教える側の創意工夫などがその要因と考えられる。もっともアルバイトに関しては、減ったことで生活が苦しくなり、退学を余儀なくされるケースもあるので、多面的な検証は必要である。いずれにせよ教育の質やスタイルが多様化した一年とも言える。

    教育のデジタル化には2種類ある。オンラインで時間割通りに実施されるリアルタイム形式と、事前に録画された動画を学生が自分の都合に合わせて視聴するオンデマンド形式である。

    基礎学力が高く独学が向いている学生と、理解力に不安がある学生とでは適切な学び方も変わってくる。例えば、基礎学力が高い学生はオンデマンドの授業を早送りで視聴したり、分からなかったところを見直したりして学び、本やWebサイトの関連資料などを読むことで効率的に学びを進めることができる。理解力に不安がある学生には教員や周囲に質問したり、助けを求めたりしやすくなるような環境が重要となる。

    どのような学び方が自分に合っているのかを考えた上で、各大学がどれくらいオンデマンド形式を取り入れているのか、対面授業を重視しているのかなどを確認することをお勧めする。

    ――ちなみに京都大学では2021年度は対面授業へ戻す方針、大阪大学では対面授業を取り入れる方針とニュアンスが微妙に異なる(2021年3月現在)。また、地域や大学の規模によってもばらつきがある。関東の大学はオンライン授業を継続する傾向がある一方で、関西や小規模大学では対面授業に戻す傾向がある。

    どうなる?人気の専門分野

    金丸先生:近年、大学は“グローバル”というキーワードで学生を集めてきたが、今は大きな転換期を迎えている。新型コロナウィルスの発生によって旅行や留学が自由にできない状況になっているからである。また、人気があった旅行業界や航空業界への就職を目指しても、いつ求人状況が改善するかもわからず、就職に苦労することが予想される。

    村上先生:留学が卒業に必須の大学では、留学できない学生のためにオンライン留学などの代替手段が用意された。しかし、これで学生が満足できるかどうかは難しいところがある。海外留学の価値を改めて考えてみると、海外で暮らすことによってサバイバル能力が向上する、視野が広がる、リーダーシップを身につける、多様な価値観に触れるなど、数値化しにくい要素がある。留学できない時代にこそ学生は「なんのために留学するのか?」という目的意識が必要となる。語学を学ぶだけであれば国内でもある程度可能である。自動翻訳機能やAI(人工知能)の発達で外国語の読み書き能力そのものの希少価値は下がってくることも念頭におく必要がある。一方で、海外生活で得られるサバイバル能力やリーダーシップなどは労働市場においては今後も必要とされる能力である。また留学というと欧米が人気だが、今後の経済情勢を考えると東南アジアの重要度がますます高まるだろう。

    金丸先生:コロナ後のアジア圏への留学は欧米圏より早く解禁される可能性がある。中国などアジア圏からの留学生はアメリカへの留学が難しくなり、日本への留学が増えている。そのため自ら留学しなくても、国内で留学生との交流によって能力を高めることも可能となっている。これまでの常識に捉われず「留学」の価値について考える良い機会と言える。

    村上先生:近年、受験生に人気なのはAI(人工知能)を含む情報科学分野である。これらの技術の発展は近年目覚ましく、実用化、産業化の道筋が見えている。そのため、この分野の人材は企業からのニーズも高く、優秀な学生が集まる分野となっている。数学やプログラミングに自信があり、この分野に進みたい人にとっては朗報だ。

    金丸先生:今後は、その分野に精通していなくても、これらの技術を理解した上で技術や人材を使いこなすマネジメント能力や、プロジェクトを推進するためのリーダーシップを持つ人材も求められている。多様な人材をまとめあげられるグローバル人材は引き続き必要とされる。

    村上先生:外国語学習は一概に不要になるわけではない。さまざまな分野の専門書が近年日本語に翻訳されないケースも出てきていて、道具としての英語の必要性は増している。語学を「道具」として、今発展している産業にどう貢献できるかを広く考えることが今後のキャリアを考えるポイントとなる。

    働き方という視点で学びを考える 将来は海外で働くか? 日本で働くか?

    ――GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazonなどの巨大IT企業)の台頭からも分かるように、産業はもの作りからICTへと急速に移行している。これまでなかった市場を見つけ、ICT技術を用いて課題を解決することにより、巨額の利益を生む世界的な企業が生まれている。

    村上先生:研究者もビジネスパーソンも海外で働く方が、待遇面から考えると働きやすい。与えられる権限も大きいのではないか。その際、求められるのは論理的思考、主体性、リーダーシップ等だ。対して、このような人材は日本企業では働きにくい、活躍しにくい環境にあったと言え、この改善は望まれるところである。

    金丸先生:これからは一口に国際人といっても、グローバル人材(世界全体を見る人)とインターナショナル人材(日本から他国を見る人)の違いを意識する必要があるかもしれない。世界で活躍できる人物になりたいのか、日本で必要とされる人物になりたいのか。ただし、後者が50年後まで生き残れるかどうかは大いに疑問が残る。

    高校生へのメッセージ

    村上先生:できる人については、国内はもちろん、海外の大学や環境を見るなど、まず自由にやってみて欲しい。それが難しい人は、中学や高校で基本的な知識を身につけると効率が良い。知識を習得して人脈を広げていくと選択肢が広がるので、その後に型を外す、いわば守破離の精神で行くことを意識したらどうだろうか。

    金丸先生:留学が難しい現状を考えると、今できる範囲で地に足のついた進路選択をして欲しい。ただし、将来を見据えてグローバル、インターナショナル、ドメスティック(国内)の視点の違いを意識しておくことが重要だと思う。

    2021年度入試を振り返る 入試改革を先導した私立大学の入試結果は?

    高大接続改革による最初の入試となった2021年度入試。 実施面では新型コロナ感染症対策に追われ、受験生にはもちろん、試験を実施する大学にとっても 厳しい入試だったと言えるが、多くの私立大学は従来通りの枠組みで入試を行った。 高大接続の理念に沿って果敢に入試改革を行った代表格は、早稲田大学、上智大学、青山学院大学、立教大学だろう。 これら入試改革を先導した大学の入試はどのような結果だったのか。 早稲田大学の事例を参考に、上智大学、青山学院大学、立教大学の入試結果を振り返った。 なお、青山学院大学は阪本浩学長に、立教大学は石川淳統括副総長に総括していただいた。

    早稲田大学は複数学部で改革

    早稲田大学は政治経済学部の入試改革が注目されるが、ほぼ全ての学部が何らかの入試制度改革を行っている。国際教養学部、スポーツ科学部も一般選抜では、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)が全員必須だ。それでも、政治経済学部が注目されるのは、一般選抜で数学(数学Ⅰ・数学A)を必須受験としたからである。入試方式は、共通テスト5教科6科目(数学Ⅰ・数学A、数学Ⅱ・数学B必須)の成績で合否判定する共通テスト利用入試と、共通テストで4科目(数学Ⅰ・数学A必須)を受験した上で大学が独自に実施する総合問題が課される一般選抜の2方式である。総合問題は日英両言語の長文読解で一部は論述式、英作文もある。

    従来の私大文系入試は英・国・地歴公民もしくは数学の3教科型が基本である。そして、多くの受験生は数学を選択受験しない。大学入学後の学修に数学の素養が必要だとしても、である。これは長らく大学と受験生との間にあった暗黙のルールでもあった。政治経済学部の入試改革はここに一石を投じた。経済学を学ぶ上で数学が必要なことは自明であり、また現代の政治学を学ぶ上で数的データ活用は必須である。新しい入試制度は、入学後の学修に必要な素養を入試で問うという当然のことを行ったのだが、志願者減が話題にされることもあった。ただ定員も減っているため(一般選抜:450名→300名、共通テスト利用入試:75名→50名)、一概には言えないというのが大筋の見方だ。

    上智大学

    上智大学は初めて共通テストを導入

    上智大学の入試改革のポイントは共通テストの導入である。上智大学は主要な私立大学としては、大学入試センター試験を利用していない大学の一つだった。しかし、2021年度入試の一般選抜では、①TEAPスコア利用型(TEAPスコアと学部学科試験の合計点で合否判定、一部の学科は面接も課す)、②共通テスト併用型(共通テストと学部学科試験の合計点で合否判定)、③共通テスト利用型(共通テストの成績のみで合否判定)の3方式で実施され、ほぼ全面的に共通テストを導入した。なお、②、③の方式は外国語の検定試験結果を任意提出でき、加点あるいはみなし得点化の措置もある。

    こうした入試改革に踏み切った背景には、グローバル化する社会の変化とそこで求められる人材像の変化がある。また、初中等学校における教育も変わりつつあり、探究的な学びを実践する高校も増えている。こうした状況に対して、大学としてどう対応するか、議論を重ねた末、学力の3要素を適切に評価する入試制度改革に至った。また、そこでの考え方は文部科学省が進める高大接続改革の理念とも符合した。この他、共通テストを導入することで問題作成など実務面での効率化、合理化も期待されていた。上智大学入学センター事務長飯塚淳氏は「共通テストを初めて実施する負担は大きな課題でした。しかし、共通テスト導入によって得られる成果がそれを上回るという結論になりました」と導入の経緯を語る。

    3方式の入試が持つそれぞれの特徴

    新しい3つの入試方式には、それぞれ異なる特徴がある。①TEAPスコア利用型は、共通テストは課されないが、事前にTEAPの受験が必要だ。試験当日は1〜2教科を受験する。この方式は従来型の教科・科目型の試験のため、受験生にとっては対策が立てやすかったと思われる。

    ②共通テスト併用型は、基礎学力を共通テストの3教科で確認し、学部学科独自の試験で適性を見る方式で、記述式の問題も含まれている。独自試験の問題は、高校での探究活動等で培った思考力を問うことに加え、各学部学科への適性を問う役割もある。また、試験当日に受験する教科数が少ないことから、午前と午後で別々に行われる他学部の併願が1日で可能なシステムになっていることも特徴の一つだ。「試験日が午前に総合グローバル学部、午後に外国語学部の日は、3割ぐらいは続けて受験していました」(飯塚氏)と従来よりも併願がし易かったようだ。ただ、感染症対策のため「午前で使用した教室は、午後は使用しないように教室を配当しています」(飯塚氏)と実施面では苦労も多かったと見られる。

    この共通テスト併用型は、志願者数の面から見ると受験生からは敬遠されたようだ。「各学問分野に意欲ある受験生にチャレンジしていただく意図でしたが、出題内容に不安を感じた受験生が多かったようです」(飯塚氏)とのことだ。なお、午前・午後入試は中高受験では一般的な試験日程だが、今後は試験日が重複することを避けるために、他大学でも取り入れられる可能性もあるだろう。

    ③共通テスト利用型は4教科受験のため、文系でも数学が、理系でも国語が課されている。主に国公立大学志望で各教科を幅広く学んでいるオールラウンダーの受験生向けの方式だ。「文系でも数学を課すことは、志願者数の減少につながりますが、今後全学でデータサイエンスの授業が必須となりますので、カリキュラムポリシーとは整合します」(飯塚氏)。また、上智大学は学外会場を設けていないこともあり、首都圏以外の地域からの志願者が多いことを想定していたが、「他の2方式の志願者は1都3県が8割を超えているのですが、共通テスト利用型は3割以上が首都圏以外の地域からです。学生の多様性を図る意味でも全国から出願いただいて良かったと思います。コロナ禍で大学に受験に来る必要がなかったことも影響したかも知れません」(飯塚氏)と想定通りだったようだ。

    タイプの異なる3方式からどれを選ぶか

    入試改革を行った初年度の入試としては、大きな混乱もなく終えたことから、一先ずは成功だった言って良いだろう。ただ、延べ志願者数は増加したものの実志願者数は減少したことに加え、入試方式の変更により合格者の入学手続率も従来とは大きく変わってしまったため、補欠合格者の繰り上げ人数も例年以上だった。さらに、一部の方式で記述式が導入されたため、採点の負荷と公平な採点という課題があり、今後も向き合い続ける必要がある。このように一部に課題は残るが、飯塚氏は「基礎的な学力は共通テストで見る方式がメインですので特別な勉強は必要ありません。大学で目的を持って学ぶ志の高い受験生を歓迎する方式を用意して待っています」と話し、タイプの異なる3方式から選べることをポイントとしてあげる。受験生は、それぞれの準備状況に合わせてどのタイプを選ぶのか、今後、公開される合格最低点、倍率などの情報も確認しながら対策を練ることになるだろう。

    青山学院大学

    阪本浩学長に聞く2021年度入試結果

    志願者数は減少したが学部独自試験を軸にした入試改革には手応えも 改革のポイントは学部独自試験

    青山学院大学は2021年度入試の一般選抜で「個別学部日程」、「全学部日程」、「大学入学共通テスト利用入学者選抜」の3方式で選抜を実施しました。中でもポイントとなるのは「個別学部日程」です。多くの学部では、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)と各学部の独自試験の組み合わせによって選抜する方式を導入しました。

    また、独自試験は特定の教科・科目に依らない複数の教科で構成された「総合問題」や「論述」で実施され、解答方法も記述・論述式が中心です。特定の教科・科目の試験を行う学部もありますが、解答方法は記述・論述式が含まれています。独自問題の出題方針は、各学部のアドミッションポリシー(AP)に基づいているため、学部によっては英語・資格検定試験のスコアを活用するなど、まさにそれぞれのAPに基づいた入学者選抜です。なお、記述・論述式にしているのは、受験生一人ひとりの確かな知識・技能に基づく思考力・判断力・表現力を丁寧に評価すべきだと考えているからです。

    初中等教育の改革とも連動

    今回の改革の背景には、文部科学省が進める高大接続システム改革があります。2025年度入試からは新学習指導要領で学習した高校生が大学入試に挑みます。初中等教育が、思考力・判断力・表現力を重視した教育に転換し、これからの日本を担う若者たちを育てていこうという改革の理念に共感し、改革を決意しました。

    一方で、こうした改革に対して、中央教育審議会答申 注)でも、現在の知識偏重の大学入試が阻害要因になっているのではないかとの指摘がありました。高校以下の学校教育とともに大学入試も変わらなければなりません。現に国立大学は、共通テストと個別試験を組み合わせた入学者選抜を行っており、国立大学の個別試験は90%近くが記述・論述式問題を出題しているという調査結果もあります。

    ただ、全てを一気に変えるのは、受験生の準備状況なども含め、難しい課題もあります。そのため、改革初年度は移行期間と考え、従来型のいわゆる私大3教科型方式も併用しています。

    注)平成26年12月22日中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」

    志願者の減少はある程度想定

    初年度は結果として「個別学部日程」の志願者数が減少しましたが、改革を決めた時からある程度の減少は覚悟していました。その理由として、一つは共通テストと組み合わせた方式であることです。初めて実施される共通テストは受験生にとって未知のテストです。受験生が不安に思うのは当然です。さらにもう一つは、学部独自試験として記述・論述式問題を出題したことです。私立大学で、従来型の試験とは異なる試験をここまで大規模に展開している大学は他に例を見ません。

    予想外だったのは新型コロナ感染症の拡大です。これによって受験生はさらに慎重な出願行動を取り、特に首都圏以外の地域からの出願が減少しました。そのため予想を上回る志願者数減少となったと考えています。ただ、私立大学全体の志願者数が減少しているにも関わらず、「全学部日程」では前年比107%と増加しています。

    各学部がより主体的に選抜に関わる

    改革を実施して良かったことは、高校によっては記述・論述式問題を高く評価してくれたことです。従来から主体的・対話的・深い学びを実践している高校からは、修得した力をそのまま発揮すれば良いので特別な対策が不要な出題形式だと受け止めていただきました。また、学内では学部独自問題としたことで、各学部の先生方がこれまで以上に入学者選抜に深く関わることとなりました。総合問題、記述・論述式問題は従来よりも多くの作問者、採点者が必要です。これまで以上に多くの先生方が入学者選抜に深く関わり、自分たちが求める受験生像について、これまで以上に真剣に議論しました。記述・論述式ですので、採点の際には公平公正な採点ができているか厳重にチェックをしています。学部によっては採点作業がこれまで以上に長時間に及びました。

    学部独自試験の内容は、言わば受験生に対するメッセージです。そして、受験生が作り上げた答案は、そのメッセージへの回答です。改革初年度は課題も残りましたが、今後、私たちが反省すべき点があれば、受験生の視点で改善していきたいと考えています。

    個性を伸ばせる大学を選んで欲しい

    これからも入学者選抜に込めた大学の意図を、受験生により明確に理解してもらえるように努力を続けていきたいと思います。そして、受験生が大学を選ぶ際には、入試難易度ランキングや偏差値に依らないで、学びの内容、取得資格、将来どのような道に進めるのか、などを自分の目で見てよく考えて欲しいと思います。自分の個性を本当に伸ばせるのはどの大学なのか、という視点で選んで欲しい。結果として、それが本学であればこんなに嬉しいことはありません。理想論ではなく、現実にそうなることを目指して、私たちはチャレンジを続けていきます。

    立教大学

    統括副総長石川淳教授に聞く2021年度入試結果

    教育改革が入試改革の契機、受験機会の拡大で志願者数も増加 外部試験の全面導入と受験機会の拡大

    立教大学の2021年度入試における改革のポイントの一つは、英語資格・検定試験(以下、検定試験)と大学入学共通テスト(以下、共通テスト)の全面的な導入です。文学部の一部の試験を除き、大学独自の英語試験を廃止し、指定された検定試験のスコアまたは共通テストの英語成績を合否判定に利用します。複数のスコアで出願した場合は、最も高得点に換算されたスコアが合否判定に採用され、試験の種類による有利、不利はありません。

    もう一つのポイントは受験機会の拡大です。東日本では初めて、原則、全学部が同じ日程・制度で受験できる「全日程全学部日程」を実施しました。本学の教育理念やカリキュラムに賛同し、本学で学びたいという熱意を持つ受験生に対して、できるだけ門戸を広げたいと考え、同じ学科の受験機会をこれまでの最大2回から5回にまで拡充しました。試験日が異なれば違う学科を併願することも可能です。

    英語教育のカリキュラム改革が背景に

    今回の改革に至った背景には教育改革があります。グローバル教育を支える「英語の立教」の教育をさらに充実させるため、本学では英語教育のカリキュラム改革を実施しました。そのため、入試段階でも英語4技能をしっかりと測定し、カリキュラム改革がより効果的に機能することを目指しました。

    従来からあった少人数クラスの科目「英語ディスカッション」に加え、新たな科目「英語ディベート」を設置し、さらに、自らの専門科目を英語で学ぶ「CLIL(内容言語統合型学習)」科目を設置するなど、“英語で学ぶ”ための言語教育の体系を整えました。こうしたカリキュラムを理解した上で、立教大学で学ぶ意欲と能力のある入学者を得るためには必要な入試改革でした。

    新しい入試制度が広く理解され志願者増加

    実際に志願者数が増えたことは、それが目的だった訳ではありませんが、大変有り難いと思います。増加の理由としては、想定していた以上に検定試験のスコアを持つ受験生が多かったことがあげられます。本学は、もともと受験生の首都圏比率が高いのですが、首都圏は検定試験のスコアを持つ高校生が多いことも影響しています。こうしたグローバルな関心を持つ層が、我々の教育改革に呼応してくれたこと、新しい入試制度がそれにマッチしていたことなどがあったのでしょう。志願者ベースで見ると、検定試験のスコアと共通テストの英語成績の両方で出願した受験生が70%、共通テストの英語成績のみは24%、検定試験のスコアのみは6%です。この数字から、受験生は本学の入試制度を完全に理解して出願してくれたことが分かります。

    また、受験機会が増えたため、一人当たりの併願件数は1.98件から2.25件に増えています。この結果は、立教大学で学びたいという強いマインドを持った受験生が、併願の機会を生かして受験してくれたと捉えています。

    多様性と多元的な視点が重要

    新しい入試制度による新入生については、まだ授業が始まったばかりで詳しいことは分かりませんが、これまでの実績から、英語4技能を重視した入試での入学者は、グローバル志向も強く、留学希望者も多いという特徴があります。そのため、同じような傾向が現れるのか、これからの学生の成長が楽しみです。

    また、志願者ベースでは首都圏比率が従来よりもやや上がりましたが、これは課題の一つです。グローバル教育を展開する上では学生の多様性は大切です。その根底にあるのは、多元的なものの見方の重要性です。そのため、出身地一つを取っても多様な方が望ましいでしょう。ただし、それは国内に限ったことではありません。今後は海外からより多くの学生を受け入れられるよう、カリキュラム改革とそれに伴う入試改革を検討していく必要があると思います。キャンパスには出身、年齢、性別など多様な学生がいて、お互いに刺激し合うのが理想の姿です。我々はそれに向けてこれからも着実に改革を進めていきます。

    今、まさに我々は、これまで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないということを経験しています。日本の常識が世界の常識ではないことはたくさんあります。これからの社会では、そういう多元的な視点を持つことが極めて重要です。加えて、今回の新型コロナ感染症に見られるように、ある特定の課題が、社会や人々に影響を及ぼす要因は複雑で、単純な方法では解決できません。しかし、我々は複雑な課題を複雑に受け止めて、それでもなお、諦めずに取り組み、前に進まなくてはなりません。そうした課題に立ち向かう意欲のある受験生に本学を目指してもらいたいと思います。我々はその意欲に応えるカリキュラムを用意して待っています。

    東京都市大学の新ファンクションカリキュラム『ひらめき・こと・もの・ひと』づくりプログラムとは?ゲームチェンジ時代を見据えた、新たなものづくり教育が始まる

    1929年の開設以来、日本の経済発展の基盤となる製造業を支える堅実な技術者を輩出し続けてきた武蔵工業大学。2009年の大規模な改革によって東京都市大学に名称変更してからは「都市研究の総合大学」を目指す大学として、文理融合や学際領域への展開も加速している。近年の産業界ではスーパーシティやSociety5.0などのコンセプトが提唱され、ゲームチェンジ(革新的な技術による従来の産業構造からの変革)の予感が広がっているが、2021年度、東京都市大学はそうした時代の要求にいち早く応えた新ファンクション(機能)カリキュラムを導入した。

    プロジェクト名は、「ゲームチェンジ時代の製造業を切り開く『ひらめき・こと・もの・ひと』づくりプログラム」。これまでのものづくり教育の抜本的改革を目指すカリキュラムとして、文部科学省の「知識集約型社会を支える人材育成事業」にも採択された。今年度はパイロット的に理工学部3学科(機械工学科・機械システム工学科・電気電子通信工学科)でスタート、今後は、理工学部全7学科に拡大し、2024年には全学7学部17学科での展開を目指す。

    本年度の3学科におけるカリキュラムは、まず、主軸となる専門科目においても機械から電気までの3学科を横断して履修できるという特徴を持つ。「ものづくり」における専門技術を固めながらも分野を融合した知見を拡げることができるということだ。「ひらめきづくり」という授業科目では、スタートアップベンチャーの事例を学んだり、STEAM型のアクティブ・ラーニングを重ね、デザイン思考のアイデア脳をどんどん磨いていく。「ことづくり」という授業科目では、ものごと(物語)や流行を生み出す基礎知識として、社会の構成要素を整理したりSDGsの思考も身につけながら、近未来のシナリオを学んでいく。いずれも単発的な授業ではなく、1年次から4年次まで連続的に行うもので、高校での探究活動が、毎週の授業として高度かつ総合的にプログラムされていると考えるとイメージしやすい。「ひとづくり」授業科目群には、複合的な社会課題を解決するための統合的な学びによる教養教育や技術者倫理の育成、さらにグローバル社会に対応するための英語教育も含まれる。

    また、こうした4つのカテゴリーに「AI・ビッグデータ・数理・データサイエンス」の科目群が充実して並走しているのが理工系大学ならではと言える。様々な知識・情報・アイデア・仮説などを理論的にまとめていくための分析力や、予測を組み立てるデータ技術の修得もカリキュラムとしてセットされているのだ。

    工学教育ではこれまでも様々な改革が行われてきた。教育の質を国際的に保つためのJABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education: 一般社団法人日本技術者教育認定機構)に始まり、専門のより一層の深化を狙って大学院修士課程まで一貫して学ぶ6年一貫制、そして近年は、分野横断、学際融合などのキーワードの下、学部教育の大くくり化、あるいはレイト・スぺシャライゼーション(1,2年次に幅広い一般教養科目を履修し、自分の適性を見極めたうえで進学する)を促すためのカリキュラム改革も進む。都市大でもこれらの取り組みを行ってきたが、このプログラムは、従来の大学教育の枠組みをさらに超えた取り組みとして注目される。

    工業大学からスタートし、学校法人が東急グループの系譜である東京都市大学。各学科は学生のベストケア体制を重視した定員規模で構成され、独自の校風と、改革を実現しやすい土壌を育んできた。今回の新ファンクション(機能)カリキュラムは、工学教育に留まらず大学教育のゲームチェンジのためのプロトタイプとして注目される。

    雑賀恵子の書評 言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか 今井むつみ 秋田喜美 中公新書

    雑賀 恵子 さん
    ~Profile~
    京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

    日常ぼうっとしているような時でも「お腹が空いたな」とか考えているものだし、「先週食べた焼肉は美味しかったな」とか思い出したりする。わたしたちは、自分と自分以外のものとの関係を言語によって繋いでいる。また、言語があることで、過ぎ去ったことや未来のこと、ここにないものや抽象的なものを考えることができる。思考するとは言語で世界を切り取って区切り、形づくっていくことだ。そして言語による思考は、その言語を理解する他者に伝達できる。だから、社会を作り、文化を作って、それを発展させることができる。言語は人間を人間たらしめるもののひとつだ。まだ言語を持たない赤ん坊は、自己と世界をどのように捉えているのか、わからない。子どもは、どうやって言語を身につけていくのだろうか。

    当たり前のように使っている言語というものを改めて考えてみると(考えるということも言語があるからなのだが)実に不思議で面白い。言語とは、なんだろう。

    本書は、オノマトペを手掛かりに言語とはなにかを探る。そして子供の言語習得の過程をオノマトペとアブダクション(仮説形成)推論に軸をおいて分析しながら言語の成り立ちや構造を考察し、さらには言語が体系に成長していくことを見通す。とりかかりの根底にあるのは、認知科学やAI研究での大きな課題である「記号接地問題」だ。言語体系にある記号(たとえば「りんご」という文字や音)がどのようにして現実世界の対象、意味と結び付けられるのかという問題である。ことばを使うために身体経験が必要かどうか、ということから、感覚イメージを写しとるオノマトペの「アイコン性」を取り上げ読み解いていく。オノマトペを言語の10種類の特性(言語学でスタンダードとして論じられる十大原則)と照らし合わせるとほぼ言語であると言えるのであるが、言語の特性からはみ出たところは、身体と抽象的な記号体系である言語との間を埋めるものと考えられる。

    著者の今井むつみさんの専門は認知科学・言語心理学・発達心理学、もうひとりの秋田喜美さんは認知・心理言語学。認知科学と言語学が合わさって、オノマトペを手掛かりに言語を探求する手法は、新鮮で実におもしろい。著者たちは、オノマトペを分析しながら次々と湧いてくる問いと格闘し、きり捌いていく。そしてついには言語の発生までたどられ、人間がどのように進化していったのか、人間というものについてまで展開される。最後に、著者たちは、独自の言語の本質的特徴を7つに絞って提唱する。

    日常何気なく使い、あたりまえのように受け取っている音の「感じ」がこれほどまで深く掘り進められるのは驚きでもある。本書を読みながら、読者もまた、いろいろな方向に知的興味が喚起されるだろう。わくわくするような冒険に誘うスリリングな書である。

    京都大学が動画コンテンツを一元的に表示するポータルサイト、KyotoU Channelを開設

    コロナ禍で加速した大学DX。少し以前から大学では、動画コンテンツの充実が図られていて、それがDXの加速の一翼を担っていることは間違いない。コンテンツには大学広報全般から受験生に向けた広告宣伝を目的にしたものを中心に様々あるが、コロナ禍を経て、今やおびただしい数の動画コンテンツが全国の大学サイトを埋める。かつては広告宣伝には地味、と言われてきた国立大学においても例外ではない。

    こうした中、京都大学は11月1日から、京都大学の動画コンテンツを一元的に表示するポータルサイト、KyotoU Channelを開設した。京都大学公式YouTubeチャンネルのほか、学部・大学院などのYouTubeチャンネルの動画約4,000本(2023年11月1日時点)のリンクを一元的に表示する。

    既存のシリーズ動画に加えて、新たに月間特集を組むほか、新シリーズとして「京大先生、質問です!」を月1本のペースで配信する。これまでの人気動画やおすすめ動画なども検索しやすくなる。また2005年にスタートした京都大学オープンコースウェア(OCW)の動画にもアクセスできる。京都大学ではこれを期に、研究者や学生をもっと身近に感じてもらい、これまで以上に京大の知を社会に還元していきたいとしている。

    杜の都の西北から 第3回 やはり大切なのはGRIT(グリット)

    (学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員 小松 悌厚(やすひろ)さん
    ~Profile~
    1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

    高大接続改革等の進展を背景に、一斉に客観的な知識を問う従来型の大学入試は、いまや多様な入試形式の一部にすぎなくなった。代わって、個々の大学が独自のアプローチにより受験生の意欲や学びに向かう姿勢などを多面的に評価する新たな入試が拡がっている。かつて画一的だった大学入試は、多様性と柔軟性を重視する方向に着実に進化している。

    これからの大学は、高等学校とも連携し、受験生一人ひとりの能力・適性をきめ細かく見極め、入学後の伸びシロも展望し丁寧に評価し判断することになるだろう。この方向はいわゆる名門大学でも変わらない。短期間の瞬発力や一発勝負は通用しなくなるわけだ。若者にとって大学入試は大きなライフイベントである。受験勉強は一朝一夕で終わるものではない。大学入学後も含めた長期的な目標達成への道程として捉えるべきであろう。

    ところで、成功の鍵になるのは、才能や呑み込みの早さ、瞬発力ではなくGRIT(グリット)にあるという考えをご存知だろうか。GRITは日本語で「やり抜く力」とされている。ペンシルベニア大学の心理学教授であるアンジェラ・ダックワース博士は、GRITの重要性を科学的に究明したことで知られている。博士とその研究については、以前、東北大学の入試問題でも取りあげられたこともある。博士は、GRITに関する研究の功績が認められ2013年に米国で天才賞といわれているマッカーサー賞を受賞している。博士の著書は世界各国で翻訳・出版されており、我が国でも邦訳が出版されている(神崎朗子訳、ダイヤモンド社、2016年)*。TEDトークの視聴回数は1300万回に及ぶ。

    余談になるが、私がGRITについて知るところとなったのは、勤務する東北文化学園大学の加賀谷豊学長が式辞の中で紹介されたことによる。加賀谷学長は、先ず入学式の訓示の中でダックワース博士の研究やGRITの重要性を説かれた後、新入生に卒業後の理想の自分を想像する時間を与え、その後GRITにより「なりたい自分」の実現に向かって地道に努力することの大切さと大学の役割を説示されていた。

    GRITに関するダックワース博士の研究を簡単に紹介すると、その要点は、学問を含むあらゆる分野において成功している人は、知能指数が高いとか、特別な才能に恵まれているのではなく、長期的視座で目標を設定し、その実現に向けて「情熱」と「粘り強さ」をもって継続的に努力し、苦難に立ち向かい困難を乗り越えた人だったというものだ。この「情熱」と「粘り強さ」を構成要素とする力がGRIT(やり抜く力)なのである。GRITは先天的なものではなく、いつからでも獲得でき、さらには向上させることができるとされる。著書には様々な実証研究やエピソード、GRITの伸長方法や測定スケール等も紹介されているので一読をお勧めする。

    大学受験生にとってもGRIT(やり抜く力)は非常に重要であると言える。単なる知識や才能だけでは目標は達成できない。長期的な視座、継続的な努力、熱意と粘り強さこそが、成功につながることを改めて強調したい。

    ※アンジェラ・ダックワース著 神崎朗子訳『GRITやり抜く力』ダイヤモンド社 2016年

    16歳からの大学論 専門とは何か

    京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
    宮野 公樹 先生
    ~Profile~
    1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)など。

    ふと考えてみたのですが、専門とは何でしょうか・・・。特定の学術分野の知識に詳しいことを「専門」としてしまうと、我々人間はAIにかないません。もはや詳しい知識や技能の所有が「専門」でなくなった今、「専門」について改めて考えてみると、専門の「もん」は「門」であることにふと気づきます。慌てて古今東西の偉人たちの学問についての言を集めると・・・。

    「一般に規則としなければならないことであるが、知識のあらゆる区画は、切断し分離するものとしてよりも、むしろ線と脈絡として認められるべきであって、知識の連続性と全体性とは保存されなければならない。というのは、そうでないために、個々の学問(専門)は、共通の源から養分を与えられ扶養されず、そのために実を結ばず、軽薄で、まちがいだらけのものになってしまったからである。」

    フランシス・ベーコン(1605)

    「つまり、現に実在しているものすべてが種々様々な特性からいかに構成されているかを考察することです。個別科学や個々の研究方法によってはそれらの特性のほんのわずかな部分しか明らかになりません。それらの全体が考慮にいれられると、われわれは実在するものを抽象としてではなく、《自然》の一事実として真に知ることができるのです。」

    J・S・ミル(1865)

    「すべての専門は唯一の真理に奉仕するものであって全体との関連を失えば消滅してしまう。」

    パウル・ティリッヒ(1923)

    「ところでそもそもこの場合、「学問」とは何を意味するのだろうか。それは以下に見るように、「諸命題の体系的総体」である。(中略) なぜなら諸命題を結合することによって現実の一構成要素がその完全性において思考されるか、それともこの諸命題の結合によって人間活動の一分野を秩序付けられうるかのいずれかだからである。」

    ディルタイ(1923)

    「専門家たるもの、突き詰めればおのずと基礎たる哲学に接触するのは当然とし、自分の専門の意味をその外に立つことによってよりよく反省せんがため、あるいは自分の保持する原理の包括力および影響力を種々の分野において試さんがため、他分野と接触することを余儀なくされるもの。」

    三木清(1937)

    「根源的知識欲とは、まず初めにあるものであり、やがて全体へと赴くものです。それは常に特殊的なものにおいてのみ、つまり専門性の手仕事的労働の中で具体化されるものであるとしても、その専門性はそれが全体の部分であることによって初めて自らの精神的生命を得ることになるのです。」

    ヤスパース(1945)

    たしかにそうなっている!

    今を生きる我々は、専門をついつい「領域」として捉えがちですが、それは大きな間違い。閉じた区域ではなく、むしろ全体(普遍)へと通じる入り口だったのです。果たして、今を生きる我々の専門観を本来のものに置き換えることができたなら、何がどう変わるでしょうか。文理の壁とて、我が国においてもほんの19世紀までしか遡れないのですから、これは十分可能な考察です。

    まずなんといっても、孤立的に各専門領域がある(と思い込んでいる)からこそ生まれた越境や学際、異分野連携という言葉は瞬く間に消滅することでしょう。自分(の専門)が何を当たり前とし、それは実は他専門の探求の結果なのだとしたら、いったい何がどういうふうに他の専門の道とからみあっているのか。互いを互いに根拠付け、ときに離れ、ときに共同し、歴史的で複層的な関係性の中に我が問いが存在している…。道としての専門は、他と交差することで探求の大山における自分の位置を自覚的に把握します。なぜなら、山頂を目指すのはなにか確固たる答え(真理)を希求してのことではなく、自分(たち)が歩いてきた道を俯瞰することこそが目的なのですから。局所から入り大局を感受することでこそ、自分でありながら自分ではない全体としての物語を語れ、物語として生きられるようになる。研究(個別科学)が学問(全体)になるのはこの地点においてであり、私は学問論という研究を通じ、大学が学問を取り戻す、ないしは学問がその本来あるべき席に戻ることを目指します。

    以上、京都大学アカデミックデイ2023発表資料(2023年9月24日)より抜粋しました。

    大学ランキングからはわからない大学の実力 第4回 「女子大離れ」という言説に惑わされてはいけない

    教育ジャーナリスト 小林 哲夫さん
    ~Profile~
    1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)。

    2024年、神戸女学院大は国際学部と心理学部を設置する。

    既存の文学部英文学科の定員の3分の2を国際学部英語学課に、3分の1をグローバル・スタディーズ学科に振り分ける。また、人間科学部心理・行動科学科は心理学部心理学科となる。

    なぜ、1949年開学以来70年以上続いた文学部は大きく姿を変えるのか。

    2023年の神戸女学院大文学部の入学者数は220人(定員350人)、定員充足率62.9%である。学科別の内訳は英文学科57人(同150人)、総合文化学科163人(同200人)となっている。文学部1~4年までの全学生数は1148人(同1400人)。英文学科の学年別学生数は1年57人、2年90人、3年91人、4年151人。現在の4年生が入学した2020年、定員を超える学生が神戸女学院大の門をくぐったが、そのわずか4年後には、3分の1にまで減ってしまった。

    1990年代まで、多くの大学で英文学科は文学部のなかで志願者が多く難易度も高かった。英語も文学も大好きで将来語学を生かした仕事に就きたい、という高校生から支持されていた。

    ところが、2000年代半ばあたりからアゲインストの風が吹き始める。①あくまでも一般論だが、英語をマスターするためには留学制度がより整備された国際系や外国語系学部へ進んだ方がいい。②これまで文学部を支えてきた女子がビジネス、官僚、法曹などで活躍したいと経営、経済、法学部を目ざすといったように、文学部英文学科への志願者に減少傾向が見られるようになった。

    神戸女学院大はかつて全国の女子大において、関西の大学の中では難易度が高くブランド力があった。就職状況も抜群によかった。しかし、昨今、前述のように定員割れが著しくなった。文学部のカリキュラム改革が遅れ、魅力をアピールできなかったからである。そこで大きな手術をすることになった。英文学科のウェブサイトにはこうある。

    「英文学科は文学部から独立、「国際学部」になり、英語力と感性をバランスよく、より社会で活躍できる人材になる「英語学科」と、多様な背景を持つ人々との協働を可能にする「グローバル・スタディーズ学科」に進化します」と。

    しかし、課題はある。文学を専門とする教員が、文学でなく、「英語力と感性」を教えること、「多様な背景を持つ人々との協働を可能にする力」を養うことができるか。看板が変わっても中身が変わらなければ、そこは高校生に見透かされてしまい、受験しようとは思われないだろう。大学にとっては正念場だ。

    文学部では将来性を見込めないと判断して募集を停止し、新しい学部を作る女子大もある。聖心女子大では現代教養学部に、椙山女学園大では文化情報学部と国際コミュニケーション学部に生まれ変わった。

    いま、女子大として文学部を持っているのは、藤女子大、日本女子大、実践女子大、清泉女子大、白百合女子大、フェリス女学院大、金城学院大、京都女子大、甲南女子大、神戸女子大、安田女子大などがあげられる。人文学部をカウントすればもう少し増える。意外に多い。

    残念なことに、これらの大学のなかには学生募集でかなり苦戦しているところが少なくない。定員充足率が半分を切るところも散見され、いつ募集停止になってもおかしくない。

    しかし、定員を十分に確保し教育を充実させているところもある。

    実践女子大文学部の2023年入学者数は364人(定員310人)だった。定員充足率117.1%である。学科別の内訳は英文学科123人(同110人)、国文学科128人(同110人)、美学美術史学科113人(同90人)となっている。すべての学科において2020~2023年の4年間、入試で定員割れを起こしたことはない。文学を講じるだけでなく、語学の授業などをしっかり行っていることが評価されたようだ。

    実践女子大文学部英文学科では、2024年度から新しいカリキュラムが始まる。教育の内容、目標については、「ジェンダーについて、多様性について、英語圏の文化や言語を通して考えます。これらの学びを通して、みなさんがさまざまな文化的背景を持つ他者の力となり、自己と他者を尊重し、多様な人々が共に暮らす社会を構築できるようになってもらいたいと願っています」としている(大学ウェブサイト)。

    女子大離れ―――その理由としては、少子化が進むなか女子だけを受け入れているから、実用性があまりない文学部がメインになっているから、というのが通説だ。一理ある。だが、これですべて説明がつくわけではない。実践女子大のように教育内容を工夫して文学部をしぶとく守っているところもある。一つの女子大の危機から女子大全体を捉えるのは、正しい見方ではない。「女子大離れ」という言説に惑わされてはいけない。

    定員割れを起こしていない大学をつぶさに調べてみよう。どんな秘密が隠されているのか。一方で、文学部をあきらめて新しい学部で挑戦する大学をしっかりフォローしよう。これから何を始めてどれだけ期待できるか。これも大学選びの一つである。

    生成AIで変わる生活・社会 特性や注意点を知って、上手に付き合おう

    私たちの生活に徐々に浸透してきているChatGPTをはじめとする生成AI。とても便利な一方、出力される情報は必ずしも正しいとは限りません。生成AIを上手に利用し、付き合っていくには・・・?「その特性や注意点を知る必要がある」と語られる宮森先生にお話を伺いました。

    宮森 恒 先生京都産業大学 情報理工学部教授 宮森 恒 先生
    ~Profile~
    1997年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。専門は、マルチメディアデータ工学、機械学習、情報検索。もともと電気系に興味があったが、大学では、放送や通信等を扱う電子通信学科を専攻。4年次では、映像を扱う研究室に入り、現在、地デジ放送などで用いられているMPEG規格に関連した研究に携わった。学位取得後は、NICT、現・国立研究開発法人情報通信研究機構にて、映像シーン検索、テレビ番組とインターネットの融合的利用、情報の信頼性評価支援などを研究。2008年に京都産業大学コンピュータ理工学部准教授、2013年同教授、現在に至る。大阪府立北野高等学校出身。

    生成AIとは

    生成AIとは、言葉や画像などを「作り出せる」AIのことです。従来のAIは、言葉や画像などを「理解する」点を重視した理解型のAIでした。生成AIは以前からも存在していましたが、性能が高くなかったため、ChatGPTの登場まで注目される機会は多くありませんでした。

    ChatGPTは、流暢な言葉遣いで対話できる生成AIの代表例で、人間の質問に答えたり、アイデアを提案してくれたり、書面の作成を助けてくれたり、様々な依頼に応えてくれます。以前にも日本語など自然言語での質問応答や対話を行うシステムは存在しましたが、ChatGPTは出力される文章の品質がとても高い点が特長です。文章だけでなく、箇条書きや表形式にまとめてくれる点もそれまでの従来システムとは大きく異なります。

    一方、画像を作り出す生成AIも利用が広がっています。例えば、X線画像から病気診断するAIを構築するには、良質のX線画像が大量に必要になりますが、希少な病気の場合、そのようなX線画像を収集すること自体が困難です。そこで、画像生成AIで作成した擬似X線画像も追加して訓練することで、病気の診断性能が向上することが報告されています。同様の使い方は、衛星画像による違法操業船検出でも行われています。生成AIの生活や社会への影響は大きく、現在、世界中で法整備などが急ピッチで進んでいます。

    生成AIの問題点とは

    便利に思える生成AIにも問題点があります。一つは《出力内容の正しさを担保できない》こと。例えば、ChatGPTにお薦めの店を聞いたら、架空の店名と住所が返ってきたという経験はないでしょうか。回答があまりに自然なため注意が必要です。医療や法律に関わるやりとりの場合は特に要注意です。また、《人間の常識》が通じない点も問題です。例えば、ChatGPTは法律を無視したことを平気で提案します。居酒屋の売り上げ向上案を尋ねると、未成年にお酒を勧めるなどの提案をしてきたりします。

    こうした問題の一因は、生成AIが文章などを学習する仕組みが人間とは異なる点にあります。例えば、ChatGPTのような言葉を扱う生成AI(大規模言語モデル;LLMとも呼ばれる)は、ネットから集めた膨大な文章をもとに、ある単語の次に出現しやすい単語は何かを学習します。つまり、ChatGPTなどの生成AIは、純粋に言葉の規則性に基づいた知識しか獲得できていないのです(注)。

    一方、人間は、身体、五感を通じて外の世界から多くの刺激を得ることで言葉の知識を獲得します。身体のないChatGPTなどにはこういう学習はできないため、現状では人間の感覚や知識とは大きな隔たりがあるのです。

    注:ChatGPTについては、2023年9月にGPT-4Vと呼ばれる新たなバージョンが発表され、言葉だけでなく、画像を扱うこともできるようになりました。

    高校生へのメッセージ

    ChatGPTをはじめとする生成AIの仕組みをきちんと理解するには、プログラミングを学ぶだけでは不十分で、数学の知識も不可欠です。数学が特別得意である必要はありませんが、苦手意識を持たないように勉強しておきましょう。また、AI技術の進化はとても速く、最新の成果の多くは英語で発表されますから、英語力も常に磨いておくことをお勧めします。

    進路選択にあたっては、悩むこともあるかもしれませんが、社会の動向もよく注視しつつ、自分がワクワクする、楽しそうだと思える分野を見つけてほしいと思います。生成AIは、新しい技術であり、社会のあらゆる領域で変化をもたらしています。技術開発に興味のある方は、ぜひその仕組みを学び、自分の能力を存分に発揮してほしいと思います。また、技術開発に興味のない方も、AI自体の進化は私たちの生活や社会に大きな影響を与え続けると予想されるため、基本的な理解を深めることは重要です。将来を予測しながら、やりたいことをやり切れる環境を見つけ、そこに積極的に飛び込んでいってください。

    どんな授業?

    専門科目の授業では、自然言語処理や機械学習について、最新技術も含め丁寧に説明しています。主には反転授業形式で、学生にはオンデマンド講義動画で予習してきてもらい、授業ではグループワークを行っています。学生自身で学習内容の確認問題を作ったり、サンプルプログラムの穴埋めを行ったりと、学生が《主体的・対話的に参加することで深い学びにつながる》よう工夫しています。

    研究室でのゼミは、週ごとの担当者が自分の研究の進捗を報告、その内容について全員で議論するという形式です。数時間の議論を行いますので、自分だけでは得られなかった気づきや新たな情報なども得られ、毎週、密度の濃い、充実した時間になっていると思います。

    研究室には、自然言語処理やコンピュータビジョン、機械学習、情報検索の融合的研究をしている学生が多く、学部、大学院に限らず、卒業生の多くは、ここでの研究を活かして就職しています。

    どんな研究?

    現在の研究テーマの一つは、言葉や画像を扱うAIが、数のような抽象的概念をどのように理解しているか、その理解度を向上させるにはどうすればよいかについてです。

    現在の大規模言語モデル(LLM)などのAIは、数の理解や計算が苦手とされています。例えば、4桁×4桁の計算はほとんど正解できません。電卓のような計算アプリと連動させれば正解できますが、単体では難しい。

    研究室では、AIが人間のように10という数が理解できたら1000という数も的確に理解し、状況に応じて活用できるかについて調査しています。例えば、様々な色、形状、材質の物体が円形に並んでいる画像(上図)を見せ、「黄色の金属の円柱から数えて反時計回りに3番目の物体は?」と質問し、該当する物体をAIに答えさせます。AIは3番目ならば正解します。しかし、10番目、100番目と数が大きくなると正しく回答できなくなります。現状のAIの数の理解度は表面的で、桁数の大きな数でも的確に活用できるような深い理解には至っていません。この理解度を向上させる方法を明らかにすることが一つの目標です。

    クイズ

    生成AIからの挑戦状!

    次の4枚のイラストは、生成AIが紫式部、清少納言、小野小町、小野妹子をそれぞれイメージし、アニメ風イラストとして作成したものです。このうち「清少納言」はどのイラストでしょうか?

    正解はC。枕草子の冒頭がヒントです。ちなみに、Aは小野妹子、Bは紫式部、Dは小野小町です。なぜそのようなイラストになっているのか推理してみると面白いかもしれません。

    原子力人材の養成を通じて、未来のエネルギー政策に貢献したい

    鈴木 徹先生東京都市大学理工学部原子力安全工学科 教授 鈴木 徹先生

    求められる原子力人材という選択肢 ー国内大学最大級の原子力教育・研究の拠点、東京都市大学理工学部原子力安全工学科を訪ねてー

    国内でも稀有な“原子力”を冠した学科を持つ東京都市大学では、前身の武蔵工業大学時代の1960年に、原子力の平和利用推進を目的として「原子力研究所」が開設され、全国の大学の共同利用施設として様々な活用がなされてきました。現在、原子炉は廃止されていますが、放射性同位元素の取り扱い施設として原子力安全工学科や早稲田大学との共同大学院「共同原子力専攻」の実験実習に活用されており、学生が“原子力や放射線”について理解を深める機会を提供するとともに、社会貢献を目的とした施設としても利用されています。今回、ここ数年でエネルギーを巡る社会情勢が大きく変動している中で、人材育成の必要性が高まっている同大学原子力安全工学科を訪ね、教育・研究の内容や分野・領域の将来性、高校生へのメッセージを伺いました。

    理工学部 原子力安全工学科とは?どんな分野が学べるのか

    本学科は原子力工学、原子力安全工学、放射線工学、サイクル工学という原子力工学の4つの柱を、原子力システム工学、原子力安全工学、放射線工学の3分野【表】にアレンジしており、10の研究室を設置しています。基礎から応用に至るまで、原子力工学のほぼ全ての分野をカバーした研究を行うとともに、倫理観を持って原子力の安全を支え、新しい時代を担う原子力技術者の養成を目指した教育も行っています。

    また、大学院もユニークで、日本国内における連携大学院の先駆けとなった『共同原子力専攻』を早稲田大学と共同で設置しています。

    教育の特徴は?

    日本技術者教育認定機構(JABEE)※1に認定されているように、技術者として必要な知識と能力を身に付けるためのプログラムが組まれていて、「世界に通用する技術者」になるための学びが用意されています。まず1、2年生では、講義を通して基礎知識※2を学ぶとともに、電気・機械・放射線に関する実験を通して基礎的な技術を身につけます。多くの高校では教科書中心の学びだと思いますが、本学科では、電磁気学や力学など多くの分野を実際の実験装置を使って学んでいきます。工学は「物を創る学問」であるからこそ、物に触れ、手を動かして学ぶことは効率的で、卒業後に社会で「即戦力」として活躍する場も広がっています。

    ※1 JABEE:(一社)日本技術者教育認定機構。1999年設立。「技術者に必要な知識と能力」「社会の要求水準」などの観点から“教育プログラム”を審査し、認定する非政府系組織。通常、工学・農学・理学系の学科あるいは学科内のコースに対応する。認定プログラムの技術者教育は国際的に同等であると認められる。

    ※2 代表的な講義が工学教養の一つ『原子力汎論』。これは他学科や他大学の学生も受講可能。

    本学科卒業生の約半数が大学院に進学

    学部3年次からは、専門性の高い各研究室に分かれ、大学院生とも関わりながら、最先端の研究に触れていきます。研究室によっては原子力発電にかかわることだけでなく、医療用の放射線や加速器を使った資料の分析技術なども学べますから、学部や大学院を問わず、就職先は電力会社や原子力プラントメーカー以外にも様々な業種・業態に広がっています。

    また、本学の原子力研究所では、放射線を用いた外科手術によって多くの患者の命を救ってきただけでなく、放射化分析による環境中の微量元素の解析等でも国際的な研究成果を収めています。

    私の専門と、ここまでの道

    学部および大学院の原子力安全工学分野において、原子力プラントの安全性を高めるための研究を行っています。具体的には熱流体工学※3という学問をベースに、プラント内部を循環する「流れ」の中から、安全性向上の観点から重要なものを取り上げ、基礎実験とコンピュータシミュレーションを駆使してその「流れ」を詳細に分析し、制御する方法を研究しています。実は私が博士号を取ったのは原子力とは一見関係のない化学工学という分野で、生体内における血液の循環システムに関する研究でした。現在は、それを原子力プラント内の循環システムの研究に活かしているわけです。

    自然科学では、全く異なる対象であっても同じ原理や方程式が当てはまることがよくあるのです。私は高校時代、天体の動きを説明する万有引力の法則が、プラスとマイナスの微小な荷電粒子の振る舞いにも当てはまることを知り、目から鱗が落ちる経験をしました。これも異なる対象に同じ原理が働いているという良い例です。

    大学院で博士号を取得した後に原子力分野の研究へ進んだのは、日本のエネルギーの将来を考え、資源の多くを輸入に頼る日本において、原子力という選択肢がとても魅力的に思えたからです。日本の研究所でポスドクを終えた後、ドイツの大学で4年間、EUやIAEAが進めるプロジェクトに参画し、その思いは一層強くなって現在に至っています。ちなみにドイツは20年近く前、国内のすべての原発を廃止することを決めて順番に稼働を止め、つい最近、最後の原発が停止してしまいました。しかし、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、エネルギー供給に不安を感じる国民の6割が原発の再稼働を望んでいるという調査もあり、歴史の皮肉を感じます。

    ※3 原子力プラントの配管内を流れる水蒸気のように、熱を持つ流体の圧縮性を考慮して「流れ」を取り扱う学問分野

    原子力人材入試で、意欲の高い生徒を

    本学の総合型選抜では、原子力安全工学科で教育を受けるに十分な基礎学力を有し、明確な目的を持って原子力・放射線に関する専門的な知識・技能の修得を志望している者を対象とした「原子力人材入試」を導入しています。

    この入試は、原子力や放射線について学び、将来その知識・技術を使って社会に貢献したいという志のある高校生を対象にしています。年々志願者数は増えており、原子力に対するみなさんの関心が高まっていることを肌で感じています。もちろん他学科と共通の入試方式もありますから、原子力や放射線についての知識や技術を身につけ、それを土台に異なる分野の研究や課題解決に挑戦したいという人にも門戸は開かれています。

    東日本大震災以降、日本では原子力規制庁が設置され、各電力会社は世界最高水準の安全性を備えた原子力発電プラントを目指しています。世界に目を向ければ、小型モジュール炉、ナトリウム冷却材を使った高速炉などの開発に積極的に乗り出している国々もあります。発電プラントに限らず、船舶用や宇宙船用の小型原子炉の実用化や、放射線を利用した様々な医療技術の開発も欠かせません。

    電力エネルギー、原子力に興味がある、安定したエネルギーと豊かな生活を確保するにはどうすればいいか悩んでいる、福島事故の復興に貢献したい、さらには、安全で、新しい原子力エネルギー発電施設を作りたいなど、世界を視野に、そんな大きな夢を持った高校生のチャレンジを待っています。

    高校生へのメッセージ

    高校時代には、大学の研究の基礎となる様々な教科を着実に学んでおいてほしいと思います。一つひとつの教科の学びを深めていけば、他の教科との間に共通する法則などを見つける喜びも味わえるかもしれません。また、原子力や放射線というのは、社会に対してきわめて高いコミュニケーション能力が求められる研究分野です。探究学習などにおいて自ら課題に取り組み自分なりの答えを導き出し、様々な人達との議論やコミュニケーションを通して自分の答えを確かなものにしていくというプロセスも非常に重要だと思います。理系に限らず、法律や世界情勢など社会科学的な視点も交え、日本や世界の将来について議論を深めていってください。

    原子力発電所の再稼働や高速増殖炉等の新型炉の開発の是非なども、理系・文系を問わず、とてもいい題材だと思います。ちなみに、今夏の本学の「オープンミッション」※において、本学科では高校生に「地震から金魚を守る」というテーマに取り組んでもらいました。様々なアイデアに基づく装置を持ち寄って実際に実験を行ってもらい、どのような方法が一番効果的に金魚を守れるのか、活発な議論が行われました。

    ※「オープンキャンパス」とは異なり、期間は約3か月。参加者には探究活動とその成果についてのレポート作成や発表が求められる。大学の研究施設・設備や図書館を体感しながら、大学教員やサポート学生とともに高度な探究学習に取り組むだけでなく、成果を総合型選抜などの年内入試に生かせる。入学への動機付けになるとともに志望動機を確認する手段としても注目されている。高校生にとっては、大学入学後の研究活動を短期間でシミュレートできる機会にもなる。

    このような取組を可能にしているのが、近年の一連のカリキュラム改革。2021年度から導入された、ゲームチェンジ時代を切り拓く人材育成を目指す「ひらめき、こと、もの・くらし・ひと」づくりプログラムは、これまでのものづくり教育の抜本的改革を目指すカリキュラムとして、文部科学省の「知識集約型社会を支える人材育成事業」にも採択された。具体的には、新設科目を加え、従来の科目をひらめきづくり14単位、ことづくり14単位、ものづくり48単位、ひとづくり28単位に再編した。

    原子力研究所【王禅寺キャンパス】
    理工学部の研究室が入る新研究棟【世田谷キャンパス】

    「探究」の現場から その2 探究活動のテーマ設定

    秋田県立横手高等学校 教諭 瀬々 将吏さん瀬々 将吏さん
    ~Profile~
    1991年 広島大学理学部物理学科入学、1995年 大阪市立大学大学院理学研究科前期博士課程物理学専攻入学、1997年 同研究科後期博士課程物理学専攻入学、2003年 単位取得退学。博士(理学)。2003年12月 大阪市立大学 数学研究所 研究員、2004年12月 京都大学基礎物理学研究所 非常勤研究員/研修員/非常勤講師、2005年10月 慶應義塾大学 研究員、2006年 9月 国立台湾大学 研究員、2008年 4月 秋田県立横手清陵学院高等学校 教諭、2020年4月から現職。兵庫県立芦屋高等学校出身。
    ◉所属学会・団体等 日本物理学会、日本物理教育学会 および 東北支部、博士教員教育研究会、科学教育若手研究会
    ◉教育活動 勤務校では,理科授業(物理,生物,化学)や総合的な学習の時間・自然科学部などにおける課題研究を担当。2010年から2015年および2020年以降、勤務校にて文部科学省「スーパーサイエンスハイスクール」の企画・運営に携わる。他に県内の小・中・高や社会人を対象とした「出張授業」を行なう。「博士教員教育研究会」に所属し,高校生のための科学講座「未来の博士要請講座」や,高校生のための研究発表会「あきたサイエンスカンファレンス」の企画・運営を行い講師も務める。
    ◉専門 理論物理学。素粒子論・宇宙論の融合分野としての「ひも理論(string theory)」。とくに弦の場の理論(string field theory)

    さて、いよいよ探究活動のテーマ設定を行う時期がやってきました。高校2年生のAさんの学校では、1年生で個人研究、2年生でグループ研究を行うことになっています。「『自分でテーマを決めていい』って言っても、ゲームと部活しか好きなことないし、困ったな・・どうしよう。」「一応、文理選択では『文系』を選んだけど、どの大学のどの学部にしよう。来年は受験だし、もう決めないといけないけど、学部とか将来の仕事とか、想像もつかない。」

    このような状態からテーマを決めるのはなかなか大変そうです。Aさんのような生徒が数人集まってグループになったところで、誰もやりたいことがないので全くテーマ設定が進みません。どのようにして進めればよいのでしょうか。

    テーマ設定は「始める前から」始まっている

    はたして、頭の中に何もない、白紙の状態から探究のテーマがぽっと出てくるようなことがあるのでしょうか?もし出てきても単なる気まぐれにすぎないのではないでしょうか? 実は、良いテーマを設定するには、事前の準備が重要なのです。高校生が「大人の世界」との接点を持てるよう、学校・保護者・自治体の援助も必要です。

    最も効果が高いのは体験活動です。学校や外部の団体による体験活動をきっかけにして探究活動のテーマを見つける生徒もいます。現場に行くのが大変であれば、講師として社会人を招くのも一つの方法です。

    しかし、体験活動の準備は学校側にとっての負担も大きい。そもそも、ありとあらゆるテーマの体験活動を網羅することは不可能です。どうすれば良いでしょうか。

    本を読もう

    書籍は大人の世界に関する情報を得るための最も大切なメディアです。本の世界であれば、遠くて行けない国にも、過去にも未来にも、さらには地球の外へさえ自由自在に行くことができます。

    きっかけを掴むだけであればネットの動画などから入るのも悪くはありません。最近ではYouTubeなどに良質なコンテンツが多数あります。それでも、本を読んで欲しいのです。ネットの動画や記事で得られる知識は尺の短い「断片」がほとんどです。一方、書籍からは体系化され論理の筋道が整った知識を得ることができます。探究活動で真に有用なのはそのような知識です。書籍はそのような知識の習得に最も効率が良いのです。

    また、研究・仕事を問わず、「大人の世界」で最も重要な情報は、必ず文字情報として記録・伝達されます。リーディング・ライティングスキルや、書物を通して「知」に親しむ態度の育成は、探究活動のみならず学校教育のあらゆる場面において重視されるべきです。

    しかしながら、高校生は、(そして大人も?)あまり読書をしないようです。「全国学校図書館協議会」による調査によると、2022年時点で高校生は一ヶ月に平均1.6冊の本を読んでいるとされています。小学生13.2冊、中学生4.7冊、と比べて圧倒的に少ないのです。児童書から大人の読書への移行がうまく進んでいないのではと推察されます。筆者の探究出前授業では新書を推奨していますが、「新書ってなに?どんな形の本」というところから初めなくてはいけません。探究活動を支えるために、公・民双方での読書環境の充実と支援が求められるところです。

    テーマを絞り込む

    とにもかくにも、似たテーマの生徒同士でグループを編成します。例として、「医療」に関心のある生徒が集まってグループになったとしましょう。Aさんは医師を目指していて、遺伝子の仕組みに興味があるようです。Bさんは逆に過疎化の進む地元で今後も医療が受けられるのかを心配しています。Cさんはバスケの部活に夢中ですが、故障に苦しんだ経験からスポーツリハビリテーションに興味を持ちました。3人は興味も意欲もかなり異なりますが、グループ研究ですから、共通の研究課題(テーマ)を設定する必要があります。以下の3つが基本的な条件となります。

    (1)興味を持って意欲的に取り組めるか。

    意欲(モチベーション)は探究活動を進める上で最も重要です。やる気のない探究はまったく進みませんし、面白くもありません。逆に、ワクワクして取り組めるテーマであれば、生徒たちだけでどんどん進んでいきます。

    グループ研究の場合、メンバー一人ひとりの興味・関心や利害が異なります。全員が納得できる落とし所を探っていく必要があります。

    (2)社会的・学術的に価値があり、高校生が行う探究活動として適切か。

    社会経験に乏しい高校生は、自分たちのテーマが社会でどのような位置を占め、どのような意義があるのかについて無頓着です。そのような目的意識を持つインセンティブもありません。研究者の研究や自治体・企業のプロジェクトとは大きく異なるところです。意義のあるテーマを設定させるには、やはり外界との接点をどれだけ設けることができるか、にかかっていると考えます。研究テーマに社会的・学術的な価値を持たせるインセンティブは、社会・学会の中でこそ自然に発生するからです。

    (3)「総合的な探究の時間」の枠内で実行できるか。

    どんなプロジェクトにも時間的、金銭的、能力的、地理的な制約がありますが、高校生の探究活動には制約が非常に多い。活動時間は週1~2時間、予算も少額の場合がほとんどです。授業時間内での実施を前提とすると、フィールドワークや外部機関の訪問は近隣に限られます。これらの制約のもとでできることを考えなくてはいけません。

    アイデアを生み出す技術

    探究活動のテーマ設定は、上述(1)〜(3)の極めて狭い重なりを見つける作業です。自分たちが本当に知りたいことは何か、取り組みにはどんな価値があるのか。自分たちはどんな状況に置かれているのか。これらを明確に把握し、重なりを見出すのは決して簡単ではありません。研究者にとっても決して簡単ではないのです。図形の問題で一本の補助線を見出すようなひらめきが求められます。

    こうして、高校生は初めて、テーマを絞り出すという「産みの苦しみ」に直面します。「何をやったらいいかわからない」「テーマが決まらない」という焦りのもと、時間が過ぎていきます。生徒たちが当惑するのも無理はありません。どうすればよいのでしょうか?

    現在では様々な「思考ツール」が知られており、それらを紹介した教材が多数開発されていますが、それらの解説は他の専門家に譲ることにします。ここではもっと素朴に、筆者が研究の現場で実際に有効だと感じた方法を紹介します。

    (1)ボードで議論する

    情報を整理し、自分たちの進む道を見出すのに最も有効なのは、ボード(黒板もしくはホワイトボード)を用いた議論です。「研究」というと、ひたすら机に向かって、資料を読んだり計算したり文章を書いたり、そんな様子を想像するのではないでしょうか。もちろんそういった作業は必要です。しかし、私が研究で交流した理論物理学者の印象は「ボードで会話するプロ」です。新しいアイデアがボードを介した議論から生まれます。高校生がこれに取り組むには多少の慣れが必要でしょう。グループのうち一人が発表役になり、言葉、図形、式、あらゆるスタイルでボードに書き込んでいきます。他のメンバーは絶えず意見を提案し、議論を深めていきます。

    (2)インフォーマルな雰囲気で会話する

    教室や会議室のような場所だとどうしてもフォーマルな雰囲気になってしまいます。良いアイデアは食堂や休憩室など、リラックスできるインフォーマルな場所での会話から得られることが多いのです。昼の食堂で議論が始まり、紙ナプキンに書いた内容から研究が始まる、そんなことも珍しくありません。

    (3)歩く

    映画やドラマで科学者や探偵が部屋の中を歩き回りながら考えている場面を見たことはないでしょうか。実際、歩くと様々なアイデアが浮かんできます。部屋の中ではなくて外の景色を見ながらが良いようです。歩きながら自問自答を繰り返すと、ぽっとアイデアが浮かんでくることがあります。

    新たな価値の創造

    「新たな価値の創造」は総合的な探究の時間の重要な目標です。新しいものって、なんだかワクワクすると思いませんか?好きなバンド、Youtuber、作家の新作、Appleの新製品。私たちがワクワクするのは、これらが新しい価値を届けてくれるからです。自分がそのような新しい価値の創造者、発信者となったときのワクワク感、楽しさ、充実感は前者とは比べものにならないくらい素敵なものです。探究活動のテーマ設定は、「新たな価値の創造」の入り口です。一人でも多くの高校生が、そして教員も地域もいっしょに、楽しんでほしいと思います。

    問われる「情報Ⅰ」の真価 共通テスト「情報Ⅰ」が拓く情報教育の未来形とは

    京都市立日吉ケ丘高等学校 情報科教諭 / 京都大学非常勤講師 藤岡 健史さん
    ~Profile~
    京都大学工学部情報学科卒業、京都大学大学院情報学研究科修士課程修了、京都大学大学院情報学研究科博士後期課程修了、博士(情報学)。京都市立堀川高等学校教諭、京都市立塔南高等学校教諭、京都市立西京高等学校教諭等を経て、2023年から京都市立日吉ケ丘高等学校情報科教諭、京都大学非常勤講師、大阪府立茨木高等学校出身。

    理数系に偏っている?共通テスト試作問題「情報Ⅰ」

    2022年11月9日、大学入試センターは大学入学共通テスト(以下、共通テスト)の試作問題「情報Ⅰ」を公開した。私は、当時勤務していた高校の生徒40名に協力してもらい、この試作問題を実際の60分間で解答してもらった。その正解率【下図】をもとに、試作問題の難易度や情報科と他の教科との関連性について分析・考察したところ、驚くべき結果が浮かび上がった。(藤岡健史,共通テスト「情報Ⅰ」試作問題の校内実施結果報告,第16回日本情報科教育学会全国大会,2023/7/1-2)

    試作問題「情報Ⅰ」と数学の模試の点数との間に明確な相関が存在することが確認されたのである。この発見は、試作問題「情報Ⅰ」が数学的思考に密接に関わっている可能性を強く示唆している。実際の配点をみても、確かにコンピュータやプログラミングなど、典型的な理数系分野への偏りが見られるのである。

    今回発表されたのはあくまで「試作」問題ではあるが、これではコンピュータやプログラミングをはじめとする理数系に偏重した力を測っていることになるのではないか。これで本当に、新しく開始された情報科での学びを正確に評価できるのだろうか。新しい学習指導要領がスタートして2年が経つものの、真の情報教育の要点が見過ごされたままになってしまっているのではないだろうか。強い懸念を抱かざるを得ない。

    コンピュータやプログラミングを扱うだけが情報教育ではない

    私は以前、本誌にて「情報」という概念がコンピュータや情報技術の枠内でしか扱われない傾向があることに危機感を覚え、警戒を呼びかけた。(藤岡健史,どうなる2025年度入試~新しい教科「情報」をめぐって~,大学ジャーナル)コンピュータやプログラミングを扱うだけが情報教育の全てではない。それは、学習指導要領をみても明らかである。急速に進展する生成AIをはじめとする人工知能、IoT、ビッグデータの時代において、私たちが最も必要とするのは、「情報とは何か」という基本的な概念を、「基礎情報学」の観点からしっかりと理解することから始めることだ。

    3つの情報概念を用いた「情報Ⅰ」の体系化

    再度、強調したい。「情報Ⅰ」の本質を理解するための第一歩は、「基礎情報学」のエッセンスをしっかりと掴むことである。「基礎情報学」は理数系ではなく、文理融合の学問である。「基礎情報学」のエッセンスには、「情報一般の原理」と呼ばれる、情報および情報技術の基底にある概念の理解が含まれている。(藤岡 健史,すべての高校生に「基礎情報学」のエッセンスを―まずは3つの情報概念から―,じっきょう.情報教育資料(56),16-19,実教出版,2023/4)

    「基礎情報学」では、情報概念を「生命情報」、「社会情報」、「機械情報」という3つに分類しており、これらの3つの情報概念を用いて「情報Ⅰ」の内容を新たな視点から体系化することが可能となる(下図)。

    以下、この3つの情報概念の観点から、「情報Ⅰ」の内容を眺めてみたい。

    まず、3つの情報概念の間には、「生命情報⊃社会情報⊃機械情報」という包含関係が成り立つことをおさえなければならない。最も広義に位置づけられるのは「生命情報」であり、すべての情報は「生命情報」の範疇に含まれる。informという語源が示すように、情報は本質的には生物の内部(in)に形成(form)されるものであり、主観的な要素を多く含む。それは、生物が個々の経験や蓄積された歴史に基づいて情報を形成していることを意味する。この観点からみると、「情報Ⅰ」の「情報社会の問題解決」の分野で扱われる知的財産や個人情報などは、「生命情報」の枠組みを起点として考察していくことができる。例えば、著作権に関わる諸問題の解決には、主観的な情報という視点が欠かせないのである。

    また、私たちは社会(共同体)の中で日常的にコミュニケーションをとることが可能である。このコミュニケーションにより、私たちは情報が伝わっているという感覚を持つ。これは、「生命情報」に内包される「社会情報」の存在による。「社会情報」とは、言語や記号を通じて意味や価値を伝達する情報の形態を指す。この「社会情報」のはたらきによって、我々はコミュニケーションを成立させているのである。「情報Ⅰ」の「コミュニケーションと情報デザイン」の分野は、この「社会情報」の領域に位置する。

    3番目に位置する「機械情報」は、「社会情報」の中で意味が欠落・潜在化した情報である。コンピュータが扱う0と1のビット列は、「機械情報」の典型的な形態であり、これを用いてコピーと伝送を行うが、意味の伝達を直接的にはできない。「情報Ⅰ」における「プログラミング」や「情報通信ネットワーク」などの情報科学分野で扱う情報は、この「機械情報」である。人工知能(AI)が情報の意味を理解することができないのは、このためである。

    さらに、「情報Ⅰ」の終盤で取り上げられる「データの活用」の領域では、統計学やプログラミングなどを用いて、データから意味を抽出し、新たな知見を獲得するデータサイエンスの手法が重要視される。この過程では、「社会情報」と「機械情報」の双方の層が深く関与してくる。これらの間のインターフェースとして、データサイエンスの重要性を位置づけることができる。

    このように、「基礎情報学」における3つの情報概念を用いてはじめて、「情報Ⅰ」を体系的に理解することができるのである。

    「情報Ⅰ」が拓く情報教育の未来形すべての高校生に「基礎情報学」のエッセンスを

    先に示した学習指導要領をみても、情報科で養成すべき能力は、数学的思考とは異なる次元のものであり、独自の力である。この独自性を共通テストでどのように評価するかは非常に大きな課題である。試行問題で見られる理数系分野への偏重は、先に述べた3つの情報概念のなかで最も狭義の「機械情報」に偏っている状況を露わにしており、これでは「情報Ⅰ」の能力を真に評価しているとは言い難い。

    現状では、上記の「基礎情報学」のエッセンスが高校の現場に十分浸透しているとは言えず、教科書での取り扱いにもばらつきが見られる。共通テスト「情報Ⅰ」の導入を目前に控えた今こそ、情報教育の真の目的を再考するための好機であると捉えるべきではないか。情報科の授業と共通テストは、互いに影響を与え合い、その相乗効果で教育の質を向上させることができる。そのためにも、共通テストは理数系の知識に偏重することなく、3つの情報概念を包括的に網羅するような出題を行うべきである。プログラミングの問題を解くために特化した入試対策などは、情報教育の目的を達成するにはまったく不十分である。そのような共通テスト対策に情報科の授業が堕してしまっては本末転倒であると言わざるを得ない。

    今こそ、基礎・基本に立ち返り、確固たる基盤を築くべき時だ。この挑戦は、情報教育を新たなステージへと進めるための決定的な転機となり得る。情報科の授業と共通テストが互いに手を携え、文理融合の情報教育を深化させ、学びの新たな地平を切り拓く起点となることを強く望む。

    1年後に迫った共通テスト「情報Ⅰ」に向け、現在高校2年生の皆さんは具体的な準備を進めるべき時期にある。新たな共通テスト時代の幕開けに際して、最初の挑戦者となる生徒たちの努力と成長を、心から支援し、応援している。皆さんがこの挑戦を通じて、自らの可能性を広げ、情報学の深い理解と活用の力を身につけることを強く願っている。未来を拓く若者たちにとって、躍動の1年でありますように!

    生成AIとどう向き合うか 生成AIの登場と大学教育

    金丸 敏幸 先生京都大学国際高等教育院・准教授 金丸 敏幸 先生
    ~Profile~
    京都大学博士(人間・環境学)。専門は、外国語教育(英語・日本語)、理論言語学(認知言語学・コーパス言語学)。コーパスやICTを活用した言語研究や言語教育に関する教育研究に従事。2015年度に「国際言語実践教育システム(GORILLA)」を開発、翌2016年度より京都大学の全学共通科目英語において、統一シラバスの下、GORILLAによるe-Learningを活用したカリキュラムの実施運営に携わる。大分県立大分上野丘高校出身。

    日本は世界をリード?

    2022年11月にChatGPTが世の中に登場して、そろそろ1年になろうとしています。ChatGPTの登場は、日本だけでなく、世界にも大きなインパクトを与えました。とくに教育界に与えた影響にはとても大きなものがあります。当初、世界の主要国の立場は生成AIを教育に導入することに否定的でした。そのような中で、日本は比較的早くから生成AIの活用に目を向けていて、7月には文部科学省が生成AIの利用についてガイドラインを発表しています。これまでどちらかというと新しい技術の導入には否定的、またはあまり積極的ではなかった日本ですが、こと生成AIについては世界をリードする立場を取っていると言えるでしょう。

    大学も生成AIについては大きな関心を寄せています。東京大学が5月に学生に向けて方針を示して以来、多くの大学で生成AIの利用についての方針やガイドラインが公表されています。これらを見る限り、多くは利用を禁止はしないものの、利用については十分に注意すべきであると述べています。とくに、課題やレポートに生成AIの出力をそのまま使用することについては、不正行為の恐れがあるとして禁止しているところが多いようです。また、利用する際には著作権やセキュリティ面に気をつけるよう呼びかけています。

    大学では多くの講義や演習が行われていますが、その中でもとくに影響を受けると見られているのが、プログラミングと英語(外国語)の科目だと見られています。どちらも言語(プログラミングは人工言語と言われます)に関する科目であることから、言語を出力するAIと相性が良いのは当然です。

    プログラミングを学ぶ科目では、生成AIがプログラムのエラーを修正してくれたり、途中まで入力することで、残りを補完してくれたりする機能を利用しているようです。実際のソフトウェアの開発現場でも、生成AIは幅広く導入されていることから、今後、この分野での活用は加速していくことでしょう。

    どうなる?どうする大学英語教育

    さて、それでは英語の授業と生成AIはどのような状況なのでしょうか? 現在のところ、大学や学部として積極的に導入を進めているところは多くありません。ほとんどの大学は、これからどのように活用できるかを模索しているところのようです。このような状況で、英語授業に生成AIを積極的に活用しようとしているところとしては、立命館大学の生命科学部が挙げられます。プロジェクト型の英語授業にAI技術を取り入れることによって、アウトプットの精度を高めることを目指しています。

    生成AIを積極的に活用する英語教員の間では、この1年で生成AIの活用に関してかなりノウハウが蓄積されてきました。有効な活用方法としては、たとえば、学生が書いた英文を生成AIに修正してもらって、どのように修正したのかをAIに説明させるというものです。これまで学生が書いた英文は英語話者か教員が見るしかなかったわけですが、第三の選択肢(しかも、24時間対応してもらえる)が登場したことで、学習の幅が大きく広がる可能性が出てきました。

    生成AIの活用は良い面もありますが、当然、懸念も出てきています。実際のところ、当初心配されたような、英語をそのまま日本語に翻訳させる(逆に、日本語を英語に翻訳させる)という使い方はあまり広がっていないようです。そうではなく、生成AIを上手に使える人とそうでない人の差が広がることが、これからの問題として考えられています。上に挙げたように、生成AIを上手に使えば、一人でどんどん英語学習を進めて行くことができますし、一方で、使わない人、使えない人はそのままです。

    また、生成AIを使って英語を学ぶには、AIの出力する英語を理解したり、時には間違いに気がついたりするだけの英語力が必要です。

    つまり、英語力があって、生成AIを使って英語を学べる人は、今後、ますます英語力を伸ばしていくことができるようになります。また、生成AIを使うことで英語による情報をどんどん取り込んだり、英語で発信したりできるようになります。そのため、生成AIを上手に使えなかったり、英語力が不足していたりする人との差は開く一方です。できるだけ多くの学生に、生成AIによる英語学習の好循環に乗ってもらえる仕組みを作っていくことが、これからの英語教育の鍵になりそうです。

    生成AIの発展は止まることはないでしょう。この技術を活用することは、日本の大学にとって国際化を推し進める大きな助けにもなります。生成AIによって言葉の壁を低くすることで国際的な発信や受け入れを高めていき、人材交流をもっと盛んにすることが可能になります。学生も生成AI時代に適応した英語力を身につけることで、ポストコロナ時代の国際化時代を生き残っていけるようになるでしょう。生成AIに依存するのではなく、生成AIを上手に活用することで自らの能力を伸ばしていけるように舵を切ることが求められています。

    「大学入試学」始まる

    「大学入試学」という新しい研究分野の創出を目指した学会が設立に向けて動き出した。来る12月17日(日)には東京で、その発起人会(設立総会)が開催される【於:一橋大学一橋講堂(学術情報センター内)。14時30分から16時まで】

    同会の設立準備委員会によれば、その使命は、「大学入試という現実の制度を中心課題に置きながら、それについてこれまで学術研究の対象とはみなされなかった関連する諸分野も含め可視化し、そのアカデミックな価値を明らかにし、制度の説明責任の向上を目指す」とともに、「現在の仕組みについて、学問的知見を伴ったエビデンスを基に、改善のサイクルを作り出すこと」とされる。

    大学入試は明治時代以来、多くの若者の人生を左右する重要な制度でありながら、このようなアプローチがなされてきたとは言い難い。ネーミングをズバリ大学入試としたのは、なじみのある言葉を使うことで、アカデミックな価値の追求に終わらず、日本社会の在り方に密接にかかわるより良い未来を導く知恵を生みだすことを強調したいためという。

    同会はまた、近年の大学入試改革にあわせ各大学で活発化している入試専門部署への適切な専門家の配置を視野に、その育成に資するアカデミックな研鑽や、キャリア形成の場も提供したいとしている。このことは今後の日本の大学の浮沈を左右する重要な鍵になるからだ。

    さらに将来的には、グローバル化の進展に合わせ、独自に発達を遂げてきた諸外国の制度との接続も改善していきたいとしている。

    具体的な研究テーマとしては、大学入学者選抜制度(歴史や諸外国のものも含め)、大学入試の方法、評価・測定法、大学入試政策、進学動向分析、個別大学の学生獲得戦略、高大連携の実践事例、入試の実施結果の評価、入試にかかわる追跡調査、社会階層と大学進学、高校等におけるキャリア教育・進路指導、受験生の心理、大学だけでなく、短大、大学院、高校や高専の入試などを例示している。

    学会の下には、高校・大学関連団体の協議会を設置し、相互の研鑚や情報交換の場とする。ステークホルダーである高校と大学にはこれまで、互いの実情を認識し、より良い制度設計に向けて、知恵を持ち寄る場が少なかったからだ。

    高校協議会は、高等学校(中等教育学校を含む)やそれらが組織する進学指導関係の団体(例えば,○○県進学指導研究会)で構成。原則として高校ないしは複数の高校で構成される団体が加盟する。大学協議会は大学入試に関わる組織で構成。いずれも個人メンバーの特定は行わず、加盟団体に所属する教職員をメンバーとする。

    方向性としては、大学入試センターが主催する「全国大学入学者選抜研究連絡協議会(入研協)」とは一線を画す。また、学会設立数年後には「日本学術会議協力学術団体」の指定を目指し、出版物(学会誌や学術書等)の制作、刊行なども予定している。

    設立委員会では、大学入試に関心がある人々、関連する分野の人々でこれらの趣旨への賛同者に参加を呼び掛けている。

    詳細は以下に

    https://www.jaruas.jp/

    芸術の秋に考える アートってなんだろう? それができることのために

    日比野 克彦先生東京藝術大学学長 日比野 克彦先生
    ~Profile~
    1958年岐阜市生まれ。1982年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。卒業制作で第一回デザイン賞受賞。1984年同大学院美術研究科修了。在学時にはサッカー部に所属。1982年第3回日本グラフィック展大賞、1983年第30回ADC賞最高賞、1986年シドニー・ビエンナーレ、1995年ヴェネチア・ビエンナーレ出品。1999年毎日デザイン賞グランプリ、2015年文化庁芸術選奨芸術振興部門 文部科学大臣賞受賞。1995年東京藝術大学美術学部デザイン科助教授。1999年美術学部先端芸術表現科の立ち上げに参加。2007年同学部教授。2016年から同学部長。2022年4月から現職。岐阜県立加納高等学校出身。

    リズムが合ったダンボールとの出会い

    美術の世界を志したのは高校1年の時。クラスでみんなと一緒に大学進学を考えていた時に、「絵が好きだから、美術で自分を表現できたら、生きている実感を深く味わうことができるだろうな」と考えたことが、進路決定につながりました。

    高校を卒業して最初に入った大学は多摩美術大学。当時、多摩美からは人気のシンガーソングライター、荒井由実さんが、武蔵美(武蔵野美術大学)からは芥川賞受賞作家の村上龍さんが、といったように、ジャンルを超えたスターが生まれるなど、私立の芸術系大学は、1980年代のジャパンアートアズナンバーワンと言われた時代を予見させるような輝きを放っていました。

    結局僕は、翌年、東京藝大のデザイン科に入り直すわけですが、ここでは1・2年生のうちに、基礎的な創作活動を経験するために様々な素材に触れます。3年生で自分なりの表現を探すことになるわけですが、鍵になったのが素材やテーマ選び。周りの教員から教わるのではなく自分で探す。というのも、芸術系の学びでは、例えば教員が40歳なら学生とはほぼ20歳違うけれど、同じ表現者で、美術史から見れば同時代作家になる。テクニック的なことを教える・教わるということはあっても、大人と子どもとか、学生と教員と区別することにあまり意味がないからです。大事なのは、自分で何をどうやって生活の一部にしていくか、でした。

    そこで僕が選んだのがダンボール。

    歌を歌うにしても、走るにしても、喋るにしても、人それぞれの持つリズムというものがある。だからそれに合った素材に出会えれば、夢中になって楽しい時間を過ごせる。楽しい時間とは苦労する、しないに関係なく、その素材と対話している時間で、そんな時間を経て気付くと「作品」ができている。

    僕にとって、そんな息の合う素材がダンボールでした。中でもそのスピード感。石を削るのだと、1ヶ月はかかる。焼き物も乾かしてから焼くのに2ヶ月かかる。鉄にしてもそうです。色合いなども含めて自分にしっくりくる、それが段ボールだったのです。

    作品の写真は、いずれも東京芸術大学提供

    アートの社会的な機能とは?を大学から社会へ、日本から世界へ発信したい

    2027年に開学140年を迎える東京藝術大学。
    国内唯一の国立の総合芸術大学で、岡倉天心※1、伊沢修二※2など、 明治を代表する思想家、教育者、芸術家などが創始者や歴代校長に名を連ねる。
    ミッションは、わが国固有の芸術文化の振興と国際社会への発信に加えて、 世界の芸術文化の発展に寄与し、 国際舞台で活躍する芸術家、研究者を輩出すること。
    このような伝統の中で、2022年4月、現代アート専攻(先端芸術表現)から 初の学長になられたのが日比野克彦先生。
    先生の考えるアートとは、藝大の新たなミッションや芸術教育について お聞きするとともに、高校・大学時代におけるアートとのかかわり方、 さらには、日本のアートや芸術系大学に興味のある海外の若者にも メッセージをいただきしました。

    ※1 1863年~1913年、日本の思想家、文人。前身である東京美術学校の設立に大きく貢献した。第2代校長。
    ※2 1851年~1917年、明治・大正期の日本の教育者、教育学者。近代日本の音楽教育、吃音矯正の第一人者。前身である東京音楽学校の創始者の一人で初代校長。

    東京藝大の伝統とこれまでのミッション

    本学ができたおよそ140年前は、明治維新の完成期に当たり、西洋から様々な文明を取り入れた日本は、生活スタイルも含めて大きく変わった。ヨーロッパをモデルに、大学をはじめいくつもの高等教育機関も設置された。その役割は、和魂洋才と言われたように、主に欧米の知識・学問の移入・紹介だったと言っていい。

    芸術に関する学問、研究機関としてスタートした本学も例外ではなく、現代美術とか西洋美術といった学問・研究の文脈の中でアートを捉えてきた。それはアートを芸術と訳した時点から始まっているのかもしれない。《学問として》の芸術、その教育・研究は以来、伝統となり、僕らも受けてきた西洋美術史などの授業にまでつながる。

    しかし芸術、アートは本来、学問ではない。人間が元々持っている感情が創出するエネルギーの結晶であり、表現者だけではなく受け取った人、鑑賞者や集団の心も揺さぶるものだ。当時まで日本に受け継がれてきた絵画・彫刻、舞踊・音楽、文芸も立派な芸術だし、世界的には、今の人類の絵画の歴史は1万6000年ほど前の洞窟壁画にまで遡る。ものを作る源となる人間の感情は太古からあり、学校で描き方を習ったり、デッサンの勉強をしたりしなくても立派な壁画は描ける。

    写真提供:東京藝術大学

    未来に向けて東京藝大が目指すもの

    《学問として》入ってきた芸術についての教育・研究は、伝統を重ねる中で《縦割り》の弊害に陥りやすい。例えばお笑いなどの芸能も文化の一つだが、《芸術》としては認められてこなかった。しかしリレーショナルアート(relational art)、会話をはじめ人間関係も、生活のすべてはアートであるという概念が生まれてきたように、今では文化も芸術として捉えるのが当たり前になっている。

    このような芸術――以下はアートと呼ぶが――の歴史、概念の変化について、私たちがきちんと伝えてこられたかというと少し不安だ。「藝大って入るの難しいですよね」「上手じゃないと絵じゃないですよね」、あるいは「知識がないと美術館行ってもつまらないですよね」というようなメッセージの方が強く受け止められてきたのではないか。美術館に行って絵を観たり、コンサートを聞いたりするだけがアートにかかわることではないが、今、あえてそう言わなくてはいけないのは私たちの責任でもある。

    僕の考える藝大の使命は、芸術の教育・研究やトップアーティストの育成だけではない。

    アートとは本来何なのかを社会に対して声高に、しっかり発信し、それを通じて、アートを社会の課題解決に役立てることのできる人材を育成し、その価値を認めてくれる社会の構築に寄与したい。もちろんこれは大学だけでできることではないから、小・中学校、高校の美術教育と一緒に取り組む必要がある。

    STEAMについて

    理系人材育成、あるいはイノベーション創出が、大学や産業界に求められる中で、STEM(科学Science、技術Technology、工学Engineering、数学Mathematics)にA(Art)を付けたSTEAMをキーワードにしようという考え方がある。STEMだけでなくA、つまりアートが大事だと。これは理系の研究や技術開発において、今後は、より豊かな発想力や想像力、観察力や描写力が必要である、そこでアートシンキングというものを起爆剤にしていこうということだろう。しかしアートが文化や日常生活とは不可分なものだと考えれば、あらためてそう言う必要はないのではないか。

    星を見て、あれは何だろう、宇宙ってどのようにしてできたのだろうと想像力を働かし、イメージを膨らませる。それが宇宙の解明へとつながっていく。人はなぜ死ぬのかという好奇心から、医学においても遺伝子レベルまで研究が進む。これらが科学技術の進展へとつながってきたことは言うまでもない。アート、アート的なものは科学的な態度、思考の土台、基盤でもあって、後付けするようなものではないと思う。

    反対に言えば、何がアートなのかについては、藝大だけでなく、教育全体、地域全体、社会全体で考えていかなければならない。

    アートは心の揺らぎだ『100の指令』で意図したこと

    写真提供:東京藝術大学

    この部屋には、上のように、発想の転換を促すような短いメッセージの書かれた額を懸けている。その一つひとつは著書『100の指令』から抜き出したものだ。人が何かをイメージするのは、多くは言語によるものだし、反対にイメージを伝える時にも言語化することが多いから、それを遊びにしたのだ。特別に突拍子もない指令ではないけれども、それに応えていく、あるいはそれを自分でも作っていく中で、いろんな感覚が刺激されていく。

    僕はこれこそがアートだと考えている。

    アートを見て人は感動するが、例えば油絵なら、ゴッホ、ピカソの絵も、物質的にはキャンバスに絵の具が塗ってあるだけ。それを見て感動するのは、絵がすごいのではなく、見た人がすごいからだ。感動とはこちら側、人間の中で、その気持ちが動くことだ。

    だからアートって、揺らぎ、心が揺らいだ時に生まれるエネルギーみたいなものとも言える。

    誰でも気持ちが揺らぐ時がある。夕焼けを見て「ああ綺麗だな」と一瞬目が止まる。旬の果物を見て、美味しそうだなと思う、映画を見て感動する、音楽を聞いていて、なんとなくいいメロディだなとか。外的な刺激によってふと心は揺れ動く。それがアートのきっかけ、というよりそれ自体がもうアートって呼んでいいと思う。

    美術館や音楽会には、みなそういう揺らぎを体験したくて行く。でも、自分でスイッチが入れられるようになれば、別に行かなくても、名画や名品を見たり名演奏を聴いたりしなくても、「なんかいいな」という世界に入れる。確かに、自分はこれから心を揺り動かされに行くという心の準備があると、人間は暗示にかかりやすいから、行った先で感動しやすい。しかしその暗示力みたいなものも、自分でコントロールできれば、心は動かせる。もちろん人間には、人がいいと思うものをいいと思えると安心するという集団心理も働くから、もっと総合的な分析も必要ではあるけれど。

    いずれにせよ物だけがアートなのではない。それはこちら側、観る側、鑑賞者の側にある。絵画や音楽は、そのスイッチを押すきっかけでしかない。『100の指令』を出した意図もここにある。

    考えてみれば、目の見えない人、耳の聞こえない人も美術や音楽と無縁ではない。心は動くから、いろんなものをきっかけにして、これがアートだと感じることができる。最近、白鳥建二さんという全盲の美術鑑賞者が話題だが、彼の話を聞くと、やはりこの確信は深まる。

    アート、近未来

    情報通信技術やメディアの急激な進展で、アートの在り方もここ3年から5年ぐらいの間で随分変わってきている。

    その結果、生徒、学生が教員の知らないことを知るようになり、先人が、もう先生ではないという、これまでと違う関係性が生まれてきている。鑑賞の仕方も、創作や表現の仕方も変わってきている。作家の中には、VRゴーグルを使って鑑賞できる「バーチャルアトリエ」で製作する者も出てきている。そこでは重力のある空間では作れなかったものもできてしまうし、サイズも関係なくなる。これからの3年から5年ぐらいでは、こうした作品は急激に増え、これまでのリアルの、物質文明で生み出された作品と同じぐらいの量になるのではないか。その結果、現実の空間とバーチャルの空間がどんどん滲んできて、お互いに価値を交換できる時代になるかもしれない。

    とはいえ、現実の空間はなくならないし、身体は年老いてはいく。

    このようなこれまで誰も経験したことのないような時代が訪れたときに、どういう心の動きが現れてくるのかが、とても楽しみだ。藝大にとっても、これまでの140年とはまた違う140年になるのは確実だと思う。

    高校生へのメッセージ

    私のように志望校選びをきっかけにアートを考えるのもいいと思うが、受験生の多くは、アートは受験とは関係ないから、できるだけ入試で問われる教科の勉強に力をいれようと考えるかもしれない。しかし、アートは大学へ行ってから、さらには年を取ってからでも始められるもの。この記事を読んだ人が、今は受験勉強に力を入れて、「大学へ入ってから、絵を描こうとかギター弾こう」と考えてもいいと思う。アートがいつも身近にあると、人生はもっと豊かになる。回りとの競争の中で、評価や数字と対峙するのもいいけれども、傍らに数値化できないような領域で過ごすすべを持っていると、最近よく言われるウェルビーイングではないが、精神的にも豊かな人生を送れるのではないか。アートのエキスパートにならなくてもいい、でもアートが身近にある人生はぜひ送ってもらいたいと思いますね。

    海外の高校生へのメッセージ

    昨今、中国から日本の芸術系の大学へ進学を希望する人たちが増えている。そのための予備校もできていると聞く。大学院進学が中心だが、本学も例外ではない。

    では東京藝大、というか日本の芸術系大学のどこに魅力があるのか。とっさにアニメが思いつくが、他にも理由があると思う。

    一番の理由は、日本が安全であり、また学費もアメリカやヨーロッパに比べて安いこと。コンテンツについては、日本は、長い歴史に培われた文化の中から最先端のものも生まれてくるという、不思議というか独特の国で、アニメ以外にも様々なものがあること。確かに日本には、長い歴史の中で中国から取り入れたものが多いと思うが、それを独自に消化し進化させてきたところに特徴がある。

    言語の問題も大きいかもしれない。言語は、英語で喋ると英語の思考になり、日本語で喋れば日本語の思考になるといったように思考回路を作るが、歴史や地理的な環境の影響を強く受けて成り立つ。日本は小さな島国で、同じような小さい島国は他の地域にも様々あるが、アジアのファーイーストという立地、南北に長いといった地形に特徴がある。そのため四季折々の表情が豊かで、詩や俳句には季節を表す様々な言葉がある。これは独特の感情や心の揺らぎ方を表現できるから、大きな魅力の一つになっているのではないか。もっとも日本がなかなか国際化できない原因の一つにこの言語の問題があることも確かだが。

    かといって日本人がこれまで海外文化を拒絶してきたわけではない。漢字を中国から取り入れ、それをデフォルメして平仮名にし、西欧の言語・概念もカタカナを使って取りこんでいる。拒絶はせずに取り入れて変容させ、そして混ぜていくのが得意だ。この融合力もまた魅力の一つになっていると考えられる。

    2022年度入学式:式そのものがアートになった(写真提供:東京藝術大学)

    雑賀恵子の書評 番外編 有人宇宙学 宇宙移住のための3つのコアコンセプト 山敷庸亮

     1969年アポロ11号の宇宙飛行士2人が、人類史上初めて月面に足を踏み入れた。このとき人類が宇宙に飛び出す時代が始まるのだ、と胸を躍らせた人も多かったに違いない。ところが、結局米国の宇宙飛行士12人が月面着陸を果たしたものの1972年のアポロ計画終了以降、月面に人類が降り立つことは途絶えた。その理由としては、宇宙開発においても当時冷戦構造下にあった米国と旧ソビエトの覇権争いとなっていたのが米国の成功で決着がつき、その後の冷戦の終結もあって莫大な費用のかかる月探査は下火になったことが大きい。以降は、国際協力による宇宙ステーションがつくられ、人類はステーションの中で地球の周りを回るにとどまった。

     近年になって、米国・ロシア、続く中国に加えてインドも宇宙開発に乗り出し、再び月面を目指すようになってきた。国家プロジェクトだけではなく、民間企業も続々と参入している。米国が2019年に発表したアルテミス計画は、アメリカ航空宇宙局(NASA)と民間宇宙飛行会社、そして欧州宇宙機関や日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)ほか国際的パートナーによって、月面に人間が持続的に駐留できる基盤を確立することを目的とし、最終的には有人火星探査を目指すというものである。月や火星に、人類が居住する時代が来るかもしれない。

     だが、地球という惑星の環境において多種多様な生命体が関係を持った生態系のなかで生存している人類が、他の星で生存することは可能だろうか。他の惑星を地球のように改造するテラフォーミングは、実現が極めて難しい。とはいえ、ドームのような閉鎖空間に、人類が持続的に生存できる環境を作り出すことは不可能ではないだろう。

     本書は、人類が宇宙に移住し、持続可能な社会構築をするために必要な課題について、最新の研究成果から読み解くものである。京都大学大学院総合生存学館に設置されているSIC有人宇宙学研究センター長の山敷庸亮が編者となって、有人宇宙学研究に参加した諸分野の気鋭の研究者たちに加え、宇宙開発組織の研究者、宇宙飛行士(土井隆雄、山崎直子)たちも執筆している。

     本書の構成は、以下のようなものだ。

     Part1「宇宙移住に向けての序論」では、本書の柱となる宇宙移住に必要なコアコンセプトとして、「コアバイオーム(核心生態系)」「コアテクノロジー(核心技術)」「コアソサエティ(核心社会)」の3本が提唱される。

     人類が生存できる場所を創設するには、地球を知らなければならない。なにゆえ、地球は生命を宿す星となり得たのか。序論では、水の惑星としての地球の特殊性、および生命や安定な環境を守るための仕組みが解き明かされる。地球は唯一無二の奇跡の惑星としか思えないが、この知見を梃子にしつつ、地球とは全く異なる環境を持つ生命の惑星の存在を探ることもできよう。そうすると生命とはなにか、という新たな探究にも思考の道は拓ける。有人宇宙学とは、宇宙での居住可能性を探究するために、地球や生命系を考える広がりと深まりに満ちた学問なのである。

     Part2「コアバイオーム」。

     地球生態系において、なくてはならない生態系がコアバイオームである。

     第1章「宇宙海洋と宇宙養殖」では、大気海洋循環における気候安定化という地球物理学的機能と、水圏生態学的機能、さらに養殖技術を通した食料確保と人類の生存基盤的機能という面から、宇宙海洋について考える。

     第2章「宇宙森林学」は、地球ではそれぞれの環境に適応した進化を遂げている多種多様な生物が複雑に連関して物質循環を成していることが説かれる。火星などに生物が生存するためには、外界から隔離された小規模な人工生態系である閉鎖生態系生命維持システムを創設しなければならない。微小重力、真空(圧力)、宇宙放射線、光、気温、大気組成など宇宙の特殊環境とどのように対峙するのか問題点が挙げられ、現在の実験研究が紹介される。植物栽培は食料確保のほかに、樹木育成によって木材資源の供給、酸素の供給、やすらぎ空間の提供などの意義がある。驚くのは、宇宙木材プロジェクトとして現在木材人工衛星も計画されていることだ。

     第3章「空気再生・水再生・廃棄物処理」では、現行の国際宇宙ステーションという限定された閉鎖空間で、持参した空気と水を清浄化し、温度・湿度を維持する環境制御・生命維持システムが、理論を踏まえて紹介されている。空気や水はもちろん、排泄物処理も必要であり、ここでもまた、循環的な維持と利用が重要になっている。

     第4章はまとめとして、地球の生態系を模して宇宙空間に小規模閉鎖生態系を構築することの重要性と問題点、そして今後の展望を挙げる。というのも、変化する環境の中で多種多様な生物が極めて複雑に関連しあって進化してきた地球生態系を極々簡略化して模倣しても、循環のバランスが崩れたり進化することもできず、長期的には生態系を維持できず絶滅してしまう可能性が高いからである。

     Part3「コアテクノロジー」。

     人類が宇宙に適応するにあたり障壁となる宇宙放射線および微小・低重力を乗り越えるための技術がコアテクノロジーとしてあげられる。すなわち、宇宙放射線防護技術と人工重力技術である。

     第1章「人工重力と月面・火星での居住施設」で人工重力施設が検討される。

     また、現在の国際宇宙ステーションでは、生存に必要な様々な物質を地球から補給し、船外に廃棄するという直線型社会/経済(リニアエコノミー)となっている。しかし、持続可能な有人宇宙活動を実現するには、循環型社会/経済(サーキュラーエコノミー)を達成しなければならない。第2章「宇宙での循環システム構築」、第3章「資源・エネルギーその場利用」では、これを模索する理論と技術が現状を説明しながら語られる。

     第4章「宇宙食」では、現状と必要な条件を説明しながら、特に、代用肉としての大豆肉、培養肉、昆虫食が紹介されている。

     Part4「コアソサエティ」。

     現在の地球上の人類の大多数は、国家単位の集団に属しており、国内法と国際法によって社会が維持されている。では、月や火星の土地を開発した場合、所有権や利益の分配などはどうなるのか。諸問題に対応するには、明文化された法が必要になってくる。また、社会が形成されるとそれに伴う調整も必要になってくる。そこで、宇宙法などをつくるための学問体系の確立を目指さなければならない。また、宇宙環境における医療の研究も重要である。第4部では、宇宙法社会と宇宙医療をコアソサエティとして、法律・政治・司法のあるべき姿を提示し(第1章「宇宙法」)、医療について考える(第2章「宇宙医療」)。第3章「宇宙観光」では、一般社会法人宙ツーリズム推進協議会の活動を中心に、観光の観点および文化的な観点が紹介される。

     人類が宇宙に飛び出して、移住する。それは何のためだろうか。資源を求めてか。宇宙そのものの探究か。人類に備わった飽くなき好奇心とフロンティア精神に突き動かされてか。

     わたしたち人類は、この星で約38億年前に誕生した生命を引き継ぎ、長い長い進化の過程で生まれてきた。不思議で唯一の星、地球はいま、人類の活動によって汚染され、温暖化による異常気象に晒されて環境が激変している。このままだと21世紀中に、生物の大量絶滅が予想され、人類そのものの生存も脅かされることになる。それなのに、いまだ各地で戦争や紛争は絶えず、また富の分配の不均衡による格差で貧困に喘ぐ人たちは地球人口の8割もいる。

     そのような現在、危機に瀕した地球を見捨てて、人は宇宙に活路を見出そうとしているのか。

     いや、そうではないだろう。

     本書を読めば、有人宇宙学研究とは、一方でまた地球という星と、そこで生まれた生命の繋がりを深く探究する学問でもあることが見えてくる。有人宇宙学研究で得られた知見や技術は、いまの状況を分析し、危機を回避する手立てにも役立つだろう。そして、人間というものを、生命を、世界を考える道を造設するに違いない。 

     有人宇宙学は、現在にしっかり根を下ろして、未来を繋げようとする探究の営みなのだろう。

    情報学と工学、生物学を融合 人の感覚・知覚拡張から昆虫の感覚研究へ。昆虫ロボットの開発から「動きの標本」作りまで

    永谷 直久さん永谷 直久さん
    ~Profile~
    1982年生まれ。2011年電気通信大学大学院電気通信学研究科博士後期課程単位取得退学。2012年博士(工学)。日本学術振興会特別研究員(DC1)。東北大学大学院情報科学研究科研究特任助教、八戸工業大学防災技術社会システム研究センター博士研究員を経て、2015年4月より京都産業大学コンピュータ理工学部助教、2018年より現職。ヒトの感覚知覚特性を利用した感覚拡張インタフェースや節足動物の行動解析の研究に従事。宮城県仙台第一高等学校出身。

    研究室をのぞくと、機械系の工作室のような一画が目に飛び込んでくる。奥へ進むと、ブルーのプラスチックでできた巨大なダンゴムシの姿が。情報学、工学、生物学が融合する不思議な空間の主が、人間の感覚・知覚拡張※から生物の感覚までを研究されている永谷直久先生。その多様な研究・教育の一端をご紹介します。 ※テクノロジーを使って、感覚知覚機能を拡張させること

    人間らしいロボット作りから虫研究へ

     学生時代は、学部から博士課程まで電気通信大学の知能機械工学科に在籍していました。小学生の頃に憧れたドラえもんの影響か、人間らしいロボットを作ることに関心があり研究の道に進みました。しかし当時は、今ほど人工知能は発達していませんでしたから、人間らしい「動き」の原因となるヒトの感覚・知覚の究明に、VRを使ってアプローチしている研究室に入りました。ここでは特定の電気的な刺激を与え、感覚や知覚を拡張させる研究などを行っていましたが、工学科ということもあり、人の感覚や知覚、行動を計測するだけでなく、それに必要な実験装置も作っていました。

     長らく人を対象に研究する中で、人らしさを深く理解するためには他の生物との比較も必要ではないかと感じていたところ、本学赴任前に所属していた研究室がアリの研究をしていたことから、アリやダンゴムシなどの行動観察も始めました。以来、生物系の研究者ではないにもかかわらず、虫の行動も研究対象に含め、そのためのVR実験装置『ANTAM』など、虫専用の観察装置の開発も行っています。

    VR実験装置『ANTAM』

    虫が操縦する?逆転の発想から生まれたANTAM

     虫の行動観察研究には長い歴史がありますが、私たちは、これまで目視で行われていた行動観察に、データ計測を基にした定量的な手法を導入して、新たな知見を得ようと考えています。そのために工夫した装置がANTAM。また、その改良版のANTAM-Qでは回転する透明な球体上に虫を置き、裏側(腹側)から移動行動をカメラに収め、脚や触角などの特徴点を抽出して追跡することで、自然環境に近い行動軌跡、運動データを収集します。 今日、深層学習は急速に進歩し、得られたデータを自動的にかなりの精度で数値化できますから、これまで捉えられなかった細かい動きまで見ることができ、昆虫学の世界では数十年前ぐらいに確定した知見でも塗り替えられるのではないかと期待しています。

    「動きの標本」作りの科学的価値は?

     ANTAMを使うことで、行動を数値化し、より詳細な行動データを取ることができますが、これは災害救助現場で活躍する昆虫ロボットなどの開発に役立つだけでなく、「動きの標本」としての価値もあると思っています。

     一つは科学的価値。例えば、オカダンゴムシも数十年後には違う歩き方をしているかもしれませんから、現在の動きを記録しておくことには博物学的な価値があるはずです。生物種の分類は、通常、形状やDNAが基準ですが、動きのデータも新たな基準になるかもしれない。人類の知的資産としての価値があると言ったら言い過ぎでしょうか。

     もう一つはエンターテイメントへの応用です。アニメーションやゲームのモデリングに、動きの標本を活用する。人のモーションキャプチャーは珍しくありませんが、虫のモーションキャプチャーはどうでしょう。ANTAMでたくさんの生物種の動きのデータが取れれば、虫を動かすのに、クリエイターが0から動きをモデリングする必要はなくなるかもしれません。さらに蓄積されたデータを分析することで、メタバース空間でリアルに近い動きをするアバターを作ったり、虫の知覚を詳しく解明して《虫の視点》を楽しんだりすることもできるかもしれません。何か、ドラえもんの秘密道具を使った世界を彷彿とさせませんか。

    図工の続き、ものづくりの授業

     担当する授業の一つが、1年次秋学期開講の『デジタルファブリケーション』です。ファブリケーション(製造)ですから、3Dプリンタやレーザカッタなどを使って制作を行います。CADというコンピュータでの作図設計も学びます。デザイン系の先生と私の二人で担当していて、スマートスピーカをデザインするなど、美術系の大学に近いものまで作ります。1年次生が作業内容を理論的に完全に理解するのは難しいかもしれませんが、CADで作ったモデルが3Dプリンタから出力されると、「小学校の図工以来!」とみな嬉しそうです。私も、「失敗を気にせず、あのときの楽しさをもう1回思い出そうよ」とよく言っています。土曜日の集中講議ということもあり、学生にとっても教員にとってもややハードな授業ですが、学生の満足度はとても高くやりがいがあります。この授業を受けた学生が私の研究室に入ってくれることも増えてきましたし、履修者の制作物がIVRC(Interverse Virtual Reality Challenge)※で入賞し、フランスで開催されたVRイベントでも展示され受賞したこともあります。

    ※1993年から続く、学生を中心としたチームでインタラクティブ作品を企画・制作するチャレンジ。

    探究学習に向けて 自由研究の精神を大切に

     研究を続けていく中で、小・中学生や高校生の自由研究からは大いに刺激を受けています。図工のワクワク感と同じように、素朴な好奇心に由来するものが多いからではないでしょうか。ダンゴムシについては、一般の方による行動研究が盛んですし、小・中学校の自由研究や、高校生の生物コンテストなどで高評価を得たものにはとても面白いものが多いです。オカダンゴムシがいる飼育ケースの近くにはカビが生えにくいことに着目し、フンの中に抗カビ剤の成分が含まれていることを発見した高校生の研究等には、素直にすごいなと感心させられています。

     これに比べると、私の研究は小学生レベルの知識でもできる簡単な研究をデジタル化しているだけです。ANTAMのような装置を作ることは技術的には難しいかもしれませんが、発想は、虫を普段見ない腹側から見たらどうだろうかというとてもシンプルなものでした。しかし、脚の動きをより詳細に分析できましたし、脚を使って排便をする!などの新発見もありました。見慣れた生物でもいつもとは違う視点で観察してみるのもおもしろいですね。

    デジタル工作機器が揃う「ファブスペース」にて

    雑賀恵子の書評 動物がくれる力 教育、福祉、そして人生 大塚敦子

    雑賀 恵子 さん
    ~Profile~
    京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

     外出先で体の不調を感じ、夜這々の体で一人暮らしの部屋に帰宅するなりベッドに倒れ込み、そのまま気絶するように寝込んでしまったことがあった。どのくらい経ったか、高熱の苦しみでうっすらと目を開けると、そのころの飼い猫の綱吉が心配そうに顔を覗き込んでいた。綱吉は前脚でそっと私の頬に肉球を押し当て、そろそろと私の胸元あたりまで下がった。どうやらずっと添い寝してくれていたようである。その後、何回か、そろそろとまた近づいて、唇や頬に冷たく柔らかい肉球を押し当てては、傍に下がってじっとしていた。ようやくどうにか起き上がれるようになったのは翌日のお昼も回ってから。その間、ご飯をねだりもせず、声も出さずにぴったりと体をつけてずっと寄り添ってくれていたのである。後からわかったが、インフルエンザだった。

     猫派とか犬派とかいうことなく、動物が好きだ。一緒に暮らすものとして動物を尊重し愛した経験のある人ならおそらく、かれらが(たとえ人間にはわからないことがあるにしても)豊かな情動を持っていることを「知って」いるだろう。ある場合は、言語を持たないからこそ、人間の力を超えたなにかでわたしたちとより深く交感できることも「知って」いる。だから読む者は、この本に書かれていることには、まったくもって然り!と手を叩くはずだし、実践されていることがもっともっと日本でも広まってほしいと願うに違いない。

     困難を抱えたり、生きることにつまずいた人々が動物とともにいることによって、自分の力が引き出されたり、よりよく生きられる方向に歩みを変えられることがある。さまざまな分野でそのようなことをサポートするプロジェクトや施設の現場を米国と日本でルポしたのが本書である。本書にも紹介されている盲導犬や介助犬、病棟や高齢者施設などで活躍する動物たちは、わりとよく知られているだろう。だが、それだけではないのだ。問題を抱えた子どもたち、劣悪な環境や虐待によって心に深く傷を受けて人との関わりができない子どもたちを、自然豊かな農場のような施設に受け入れ、プログラムされたサポートのもとで動物たちと交流することで回復を促し、自立を支援する米国の諸団体の取り組み。盲導犬や介助犬育成を受刑者が担うことにより、自分と向き合い、社会と自分のつながりを見つめることで、その生き直しを助ける刑務所のプロジェクト。そのほか、教育現場や司法の分野などで取り組まれている動物たちと人の関わりが描かれる。

     こうした取り組みは、人間のために動物たちの力を「利用」しているというものではない。人間による虐待や遺棄で心身に深い傷を負った動物たちを保護する団体が関わって、保護された動物が参加しているものも多い。そうでない場合でも、働く動物たちへの配慮は十分になされている。つまり、生きるものたちへの尊重が基本にあって、相互関係の中で生きる力を引き出すものともいえるのだ。いくつもの具体的な事例に驚きと感動がある。

     動物の力。人間もその動物界の一員だ。それをあらためて考えよう。

    杜の都の西北から 第2回 いつから「保護者」? いつまで「保護者」?

    (学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員 小松 悌厚(やすひろ)さん
    ~Profile~
    1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

     新型コロナウイルス感染症に対する規制緩和の流れの中で、大学にも賑わいが戻ってきている。学生同士が直接触れ合い、仲間と課外活動や学校行事を楽しめるようになったのは3年ぶりとなる。卒業式、入学式も今年は多くの大学でコロナ禍以前のように保護者の参加も可能となった。大学によっては、保護者がキャンパスを来訪するタイミングを捉えて懇談会を開催するなど、その後の大学との関係構築を図ろうとするところもある。保護者との信頼関係を基礎として学生の出欠その他の学修状況等を共有することで、学生が課題に直面したときも適切な支援が可能になる。多くの学生は、成人とはいえ未だ成熟途上にある。学生の教育をになう大学にとって、保護者との関係強化は、教育の質保証や教育効果向上に直結する重要な課題なのだ。

     ところが、近年、一部の大学で学生の父母等を「保護者」と称するのを避け、代わりに「父母」「両親」「親」等を使用する動きがみられる。その背景には、昨年施行された改正民法における成年年齢の引下げがあるようだ。法令用語としての「保護者」は、一般に未成年に対する養育義務を有する者をいう。そうなると成年しかいない大学生の父母等を「保護者」とすることは不適切だということだろう。確かに一理はある。しかし、それを根拠に「保護者」と呼ばず「父母等」とすることは妥当だろうか、少し考えてみることとしたい。

     学校法制で「保護者」は、就学義務に係る法令の規定として登場する。この義務を負う者について、教育令や第一次小学校令は「父母後見人等」と称していたが、明治23年の第二次小学校令では「学齢児童ヲ保護スヘキ者」となり、明治33年の第三次小学校令において「保護者」となった。同令32条は「学齢児童保護者ト称スルハ学齢児童ニ対シ親権ヲ行フ者又ハ親権ヲ行フ者ナキトキハ其ノ後見人ヲ謂フ」と規定している。この保護者の規定は、100年を超える歳月を経ているが、現在の学校教育法16条の規定とほぼ同じである。

     次に、「保護者」が学校や社会に受け容れられた経緯について考えたい。戦前は、「父兄会」や「母姉会」のように性別の組織が学校の支援を行っていたが、戦後は、文部省がPTAを奨励する中で「父母の会」等として広まっていった。

     その一方で、戦前由来の「父兄」語も根強く流通していた。それが、昭和の終わり頃には、父兄は、男尊女卑を連想させるとして批判され、これに代わる呼称として、「父母」の使用の動きがひろまった。ところが、さらに時代が下ると今度は、「父母」についても、父母の一方、親戚(代行者)、児童福祉施設の長、後見人などに養育されている子がいる現状に対する理解と配慮が足りないと指摘されるようになり、そのことで従前は「父母」と称していた向きも「保護者」の呼称を使うようになったわけだ。

     このように、社会の変化にともない家庭環境も多様化している中で、多くの人々に受け容れられてきたのが「保護者」だといえる。大学が自らの考えに拠って「保護者」を定義し呼称することは、それはそれであってもよいことではないだろうか。(続く)

    16歳からの大学論 効率主義の光と影

    京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
    宮野 公樹 先生
    ~Profile~
    1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)など。

     ここ半年余り、生成系AIの登場により、文章を要約するというのはもうすっかりAIの仕事になりました。例えば、1時間の講演を要約すると、数千字から一万字になるでしょうか。これを手作業で要約するのは大変な作業ですが、AIなら見事に数秒でこなしてくれます。

     他にも、書籍を翻訳・要約するサイトがあります。このサイトを利用すれば、本を読まなくても内容を理解することができ、非常に人気です。私も利用したがことがありますし、私の本も要約されています。

     しかし、便利なものほど落とし穴もあるというもの。私には過度に要約を求める心が気がかりです。この心は、効率主義の表れだと思うからです。効率主義とは、時間やコストを節約することを第一とする考えであり、現代社会においては非常に重視されています。しかしすべてのものに長所と短所があるように、効率重視の心には注意が必要です。

     そもそも要約とは、当たり前のことですが、長かったものから何かを省いて短くすることですよね。では、一体、何を省いたのでしょうか?

     その省いた部分にも意識が向かないと、「情報」は得られても「知識」は得られません。確かに要約を読めば、その本に書かれている内容はわかるかもしれませんが、それが生まれるに至ったストーリーを理解し、背景に潜む感情に共感し、著者の個性が現れる文体を味わうことはできないでしょう。つまり、その本に感動はできないのです。

     人生において、最も大切なのは、自分が存在していることの意味(←意義ではありません)を知ること。食べるために生きるのなら、そのために有益な情報だけでいいのですが、生きるために食べる場合には、どうしても真善美や喜怒哀楽、そういうロジックではないものが必須です。人間がその歴史において芸術、絵画や音楽、詩を大切にしてきた理由もここにあります。

     次に、気をつけたいのは、効率をあげる「目的」を見失わないことです。効率をあげることを第一にすると、何のために時間やコストを節約したいのかを考えなくなってしまいます。とにかく、コスパ、タイパがいい方がいい・・・と。そういう心には、すでに書いたように感動は訪れにくい。なぜなら、物事や事象の生成過程、プロセスにおける苦労や気付きの中にこそ、自分の実感を伴った深い感動や学びがあるからです。それが得られないような効率追求にどれほどの意味があるのか、一度は立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。

     もちろん、有限の時間を生きる人間が、時間も資源も節約したいと考えるのはある意味当然のことかもません。しかし効率を過度に重視して、そもそもの目的は何かを意識しなければ、効率の虜になり、むしろ忙しくなってしまう。今日の社会はまさにそのように、つまり忙しさのために忙しくなっている、筆者はそう感じています。(続く)

    大学ランキングからはわからない大学の実力 第3回 法学部離れ、日本の将来は大丈夫か

    教育ジャーナリスト 小林 哲夫 さん
    ~Profile~
    1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)。

    2023年、中央大法学部のキャンパスが多摩から都心(文京区茗荷谷)へ移ってきた。これによって千葉、埼玉、神奈川の高校生が受験しやすくなった。それは数字にも示された。中央大法学部の一般選抜の志願者数は前年比で402人増えている。一方、大学関係者のなかには、「中央の法」というブランド力から1000人以上の増加を見込んでいた者もいた。

    だが、これが現実である。ここ数年、法学部の人気がなくなっているからだ。

    2023年の一般選抜入試では、おもな私立大学法学部が軒並み志願者を減らしている(いずれも前年比)。◆青山学院大725人、◆慶應義塾大39人、◆明治大412人、◆立教大2598人、◆早稲田大332人

    東京大法学部も人気がふるわない。

    東京大は入試では科類で募集している。法学部に進学するコースの文科一類は、文科二類(おもに経済学部進学コース)、文科三類(おもに文、教育学部進学コース)より、合格最低点で10 ~ 20点高かった。つまり、東京大法学部は文系でもっとも難しかったのである。

    ところが、昨今、異変が起きている。科類ごとに合格最低点をみると、2019年、文科二類が文科一類を初めて上回った。2020年には文科一類が逆転したが、2021年、22年は文科二類に加えて文科三類まで文科一類を上回ってしまう。いうなれば、この2年間、東京大では法学部よりも経済、文、教育学部のほうが難易度は高かったわけだ。

    2023年、文科一類は二類、三類を上回った。だが、かなりの僅差であり、来年以降、いつひっくり返されるかわからない。

    なぜ、法学部の人気はなくなったのだろうか。卒業後の進路と関係がありそうだ。

    法学部は法学教育がメインとなっている性格上、出身者には法曹、国家公務員が多い。両者の志願状況から、法学部志望との因果関係を見出すことができる。

    まず法曹である。弁護士、検事、判事の仕事に就くためには、一般的には法科大学院に通って司法試験に合格しなければならない。ところが、法科大学院入学志願者は4万1756人(2006年)→2万414人(10年)→1万1450人(14年)→8058人(18年)→1万633人(22年)となっている、 2014 ~ 21年の間はずっと1万人台を切っており、低調といえる。

    この数字は司法試験受験者数にも当然、はね返ってくる。その数は8015人(2014年)→5238人(18年)→3082人(22年)と右肩下がりを続けた。法科大学院通学に時間とお金がかかるから、避けられたとの見方もある。

    このように司法試験受験者数が少なくなるのは、日本の社会にとってかなりまずい状況になりはしないか。将来、弱い立場の人たちを守ってくれる弁護士が足りなくなってしまう。こう考えると、暗たんたる思いを抱いてしまう。

    そして、国家公務員である。

    国家公務員総合職、いわゆるキャリアになるための採用試験の申込者数(院卒者試験と大卒程度試験の合計)も減少しており、2012年の2万5110人が2022年には1万8295人と、10年で4割近く少なくなっている。なかでも東京大の落ち込みは顕著で、459人(2014年)→433人(16年)→329人(18年)→249人(20年)→102人(22年)となっている。

    そもそも東京大は前身である東京帝国大学時代において、官僚養成色を強く打ち出してきた。教育目標で「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授・・・」(帝国大学令)と謳っている。「須要」とは、「なくてはならないこと」である。つまり、東京大の役割は、国家にとって必要なことに応えるための専門分野を教える、平たく言えば政策を考える専門家=官僚を養成する、というものだった。

    ところが、官僚はすっかり人気がなくなってしまった。さまざまな理由、背景がある。

    深夜まで公的文書作成に追われるなどの労働環境の厳しさ、国会の委員会で対応する官僚のしどろもどろな様子、国民の疑問に応えようとしない姿勢に、いまの東京大の学生は職業としての魅力を感じなかった、ということだろう。

    それでは東京大など難関大学から法曹や官僚を目ざしていた層はどこへ行ったのか。

    金融、商社、ソフトバンクや楽天など新興のIT企業は人気が高い。そして、能力に応じて高給が保証される外資系金融、コンサルティング会社が注目されている。

    東京大法学部教授からこんな話を聞くようになった。

    「クラスでもっとも優秀な学生は財務省、というのは過去の話になりつつあります。最近では頭抜けて切れる学生がゴールドマンサックスやマッキンゼーを選びますからね」。

    法曹や官僚に優れた人材はいなくなって、日本社会の将来は大丈夫か。危っかしいとんでもない政策が横行しないか。一般常識から離れたデタラメな法的判断が下されないか。想像すると恐ろしい。法学部離れが進むことで、法曹や官僚のレベルが大幅に下がってしまえば、大げさにいうと、日本社会を混乱させかねない。

    日本社会はもっと危機感をもったほうがいい。そのためには法学部出身者を大切にする、法学部教育をより充実させることが、喫緊の課題となる。(続く)

    「探究」の現場から テーマ設定の理想と現実

    秋田県立横手高等学校 教諭 瀬々 将吏さん瀬々 将吏さん
    ~Profile~
    1991年 広島大学理学部物理学科入学、1995年 大阪市立大学大学院理学研究科前期博士課程物理学専攻入学、1997年 同研究科後期博士課程物理学専攻入学、2003年 単位取得退学。博士(理学)。2003年12月 大阪市立大学 数学研究所 研究員、2004年12月 京都大学基礎物理学研究所 非常勤研究員/研修員/非常勤講師、2005年10月 慶應義塾大学 研究員、2006年 9月 国立台湾大学 研究員、2008年 4月 秋田県立横手清陵学院高等学校 教諭、2020年4月から現職。兵庫県立芦屋高等学校出身。
    ◉所属学会・団体等 日本物理学会、日本物理教育学会 および 東北支部、博士教員教育研究会、科学教育若手研究会
    ◉教育活動 勤務校では,理科授業(物理,生物,化学)や総合的な学習の時間・自然科学部などにおける課題研究を担当。2010年から2015年および2020年以降、勤務校にて文部科学省「スーパーサイエンスハイスクール」の企画・運営に携わる。他に県内の小・中・高や社会人を対象とした「出張授業」を行なう。「博士教員教育研究会」に所属し,高校生のための科学講座「未来の博士要請講座」や,高校生のための研究発表会「あきたサイエンスカンファレンス」の企画・運営を行い講師も務める。
    ◉専門 理論物理学。素粒子論・宇宙論の融合分野としての「ひも理論(string theory)」。とくに弦の場の理論(string field theory)

    はじめに

    もともと理論物理学の研究員として大学に勤務していた筆者は、2008年に秋田県で行われた、博士号取得者を対象とする教員採用を経て高校で教鞭を執ることになりました。それ以来、「理数課題研究」や「総合的な探究の時間」の指導をしてきました。指導歴が長くなってきたこともあり、近年では、秋田県内の学校で生徒向けの「探究入門」や教員向けの研修などを依頼されることも多くなってきました。本稿では、筆者が高校の現場で感じてきたことを軸に、「探究」の指導について述べたいと思います。

    なぜ「探究」?

    新学習指導要領の全面実施に伴い、従来の「総合的な学習の時間」は「総合的な探究の時間」になりました。基本的な性格は従来のものが受け継がれていますが、大きな違いは「テーマ設定」にあります。従来は学校側が設定したテーマに取り組むことも可能でしたが、今回は生徒自身がテーマを設定することが求められているのです。より本物の「研究」の姿に近づいたといえます。今なぜこのような教育を行う必要があるのでしょうか?

    2022年末頃からのChatGPTなどの人工知能(AI)の台頭を目の当たりにして、少なくとも知識や技能の習得のみを目標としたこれまでの教育過程を「なんとかしなくては」と考える人はかなり増えたのではないでしょうか。この変化に翻弄されることなく対応し、豊かな社会を築いていける人材を育てる教育が必要なことは誰の目にも明らかです。実際、1990年代の終わりから国際的に議論されていた教育改革、特に新しい学力観としての「コンピテンシー」への注目は、このような社会の到来を予測し、先回りして議論したものだったと言えるでしょう。その流れは、現在の学習指導要領や「総合的な探究の時間」に色濃く反映されています。

    では、このような変化の激しい時代の教育で求められる資質・能力は何なのでしょうか。それは「博士の資質・能力」である、というのが筆者の考えです。そしてその能力とは専門分野の知識ではなく、「新しい知識を創造する能力」です。博士として認められるには、世界で初めてのオリジナルな(新奇性のある)研究を行う必要があります。博士課程の学生は研究室や学会での厳しい討論や論文投稿などを通して、新奇性のある研究を行う能力を鍛えあげていきます。つまり博士は「新しい知識を創造する能力」に長けた人材なのです。

    変化の激しい社会では、この能力が重要になると考えられます。レジ打ちの仕事が無くなってしまったら従業員はどうすればよいのか?宿題にAIが使われるのにどう対応するか?博士が行う研究と同じように、データを収集し、仮説を立て、新たな対応策を講じる必要があります。

    今回導入された「総合的な探究の時間」ももちろん、そのような考え方に立って設計されています。学習指導要領解説では、「自己の在り方 生き方と一体的で不可分な課題を自ら発見し」と、かなり踏み込んだ表現で書かれています。ただ単に課題を自ら発見すればそれで良いのではなく、高校生というその後の人生を左右する多感な時期に、「総合的な探究の時間」でライフワークとなるような課題に出会い、熱中し、追求していってほしい。そういう願いが込められているように読み取れます。学習指導要領解説としては非常に珍しく、情熱に満ちた文章です。ぜひご一読をお勧めします。

    高校生の中身

    さて、あなたは今から教壇に立つ新米教師です。教員養成課程や初任者研修などで、これまでに述べたような「総合的な探究の時間」の意義について学びました。文部科学省の描く高い理想に共鳴し、「総合的な探究の時間」を指導できることにワクワクしています。

    探究活動を始めるにあたって、とにかく、テーマが決まらないことには何もできません。まず学校側からはなにも情報を提供せずに、生徒たちに「探究活動で取り組みたいテーマはなんですか?」とアンケートを取ることにしました。

    生徒たちはかなり苦戦しているようです。普通教科の学びでは、与えられた課題をいかに上手にこなすかに重点が置かれており、生徒はそれに向けてトレーニングを重ねてきています。

    そこにいきなり「なんでもいいから、テーマを考えてみて」と言われるわけです。学校では規則や教科書の内容に縛られ、自由に気持ちを持っている反面、いざ自由にと言われるととたんに苦労します。

    あまりに何も出てこないので、生徒には「学校の授業だからどうとかに縛られず、本当にやりたいこと、興味あることを書いてごらん」と指示しました。教師はなんとか本音を引き出せた、と手応えを感じましたが、出てきたテーマに愕然としました。

    • KPOPはなぜ世界中で人気があるのか

    • 好きな異性のタイプ

    • 味噌ラーメンと醤油ラーメン、どっち派が多いか

    • ○○でガチ勢に勝つには(○○はゲームの名前)

    • 授業で眠たくならない方法

    • 血液型と性格に関係性はあるのか

    • ドラえもんの秘密道具は実現できるか

    • 空想科学

    学習指導要領の言う「自己の在り方 生き方と一体的で不可分な課題」とは大きなギャップがあります。一方で、一応はこの授業の狙いに沿っていると思われるテーマも出てきます。

    • 少子高齢化を食い止めるには

    • ○○市を活性化させるには

    • 地球温暖化を防ぐためには

    • ジェンダー不平等を改善するには

    テーマ自体は妥当なのですが、具体的な内容に乏しく、何をどう探究したいのかが伝わってきません。本当はあまり興味がないのだけど、大人が「やってほしい」と考えるテーマをとりあえず書いただけ、という姿勢が見てとれる生徒もいました。

    この状態でいくら生徒に「主体的に活動しよう」と指示しても、全く進む気がしません。その後数回授業を行いましたが、生徒が考えるテーマは深まることもなく、ただ時間だけが過ぎていきます。

    筆者がテーマ設定を指導していたときの出来事が印象に残っています。上述のような状況になり、とりあえず、選ぶテーマとして「恋愛禁止、食べ物禁止」という指示を出しました。するとある生徒から「先生、私たち高校生から異性や食べ物のことを取ったら、何が残るんですか」と言われました。自分が高校生のときのことを思いだし、思わずうなずいてしまいました。

    テーマの類型化

    探究の指導を長年していると、生徒から最初に出てくるテーマの特徴がつかめてきます。中には独自の視点で鋭いテーマを提案する生徒もいるのですがごく少数です。具体的に特徴をあげると、

    • エンターテイメント( 音楽、映画、YouTube、ゲーム)

    • 感覚、心理、恋愛、友人関係

    • なんとなく科学っぽいもの(ドラえもん、健康器具、健康食品、血液型)

    等です。全て、消費の対象として人気のあるものばかりであることに気づきます。知識の創造(学術)や価値の創造(ビジネス)につながりそうなテーマがなかなかでてきません。当然でしょう。高校生の消費動向はトレンドを形成するという意味で、企業や経営者にとって極めて重要です。従って、高校生が触れるメディアは彼らの興味を最大化するために、面白いコンテンツであふれます。YouTubeやTikTokなどを見ても大変面白いものがあり、その意味では大変価値があるのですが、あくまで消費を高めるためのものです。探究の目指す「新しい知識を産み出す」とは立場が正反対なのです。では、どうすればよいのでしょうか?高校生が「消費」ではなく「創造」に目を向け、豊かな未来に向かわせるようにするにはどうすればよいのでしょうか?(続く)

    なんでヴィーガンなの?これからの食べ方を哲学する

    林 和雄さん林 和雄さん
    ~Profile~
    京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。京都大学大学院文学研究科非常勤講師。J.S.ミルの功利主義などに関する研究に取り組む。東京都立西高等学校出身。

    「ヴィーガン」という言葉をご存知でしょうか。普段から肉を食べない人のことを「ベジタリアン」と言いますが、その中でも「ヴィーガン」とは、卵や乳製品なども含めて動物性食品を全く食べない人のことを指します。現在、世界には様々な理由でヴィーガンになる人がいますが、哲学の分野では、「倫理的に正しいことをしようと思うならば、私たちはヴィーガンになるべきだ」という主張が広まってきています。この主張にはどのような根拠があるのか。『なぜヴィーガンか?――倫理的に食べる』(7月25日発売予定)の共訳者の一人として、この本の内容を紹介しつつ、動物を食べることに含まれる問題を考えました。

    『なぜヴィーガンか?』の中で著者のピーター・シンガーは、私たちがヴィーガンに、あるいは少なくともベジタリアンになるべき理由を大きく分けて四つ挙げています。私なりに整理しながら、順番に見ていこうと思います。

    一つ目の理由は、現代の畜産業が、莫大な数の家畜に多大な苦しみを与えていることです。現在の先進国では、家畜の大多数は牧場でのびのび育てられているのではなく、大きな畜舎に大量に詰め込まれて飼育されており、シンガーはこうした手法によって動物に様々な苦痛が生じていることを問題視します。例えば肉用鶏は、自由に羽を広げることもできない過密状態でストレスを感じており、また、急速に体が大きくなるよう品種改良されてきたことが原因で心臓や脚の疾患に苦しむことが多く、さらに、屠殺場ではかなりの割合の鶏が意識のあるまま喉を切られたり熱湯で茹でられたりしていることがわかっています。「動物は人間とは種が異なるのだから、食べるために苦しめても問題はない」と考えるべきでしょうか。シンガーはこうした発想を「種差別」と呼び、それは人種差別や性差別と同様に不正であると主張します。自己中心的な差別に反対するのであれば、人間は動物を過度に苦しめる畜産方法を改めなければなりません。そのために消費者一人一人ができることは、畜産の現状に対して反対の声を上げ、そうした手法で生産された食品を買わないようにすることです。したがって、現在の畜産方法が大幅に改善されない限り、私たちはヴィーガンになるしかない。これがシンガーの議論です。

    ヴィーガンになるべき二つ目の理由は、環境問題です。今日、多くの家畜を飼育するプロセスによって、人類の持続可能性が脅かされています。肉を生産するためには、その何倍もの量の穀物を餌として家畜に与える必要があり、畜産は食糧や水、エネルギーや土地の無駄遣いだと言います。加えて近年では、畜産業がメタンなどの温室効果ガスの主要な排出源となっており、気候変動に大きな影響を与えていることが指摘されています。私たちが動物性食品を消費しないことが、食糧危機や気候危機への対応につながるのだとシンガーは主張します。

    三つ目の理由は、自分の健康への配慮です。肉の食べ過ぎは生活習慣病のリスクを高めると言われており、近年は健康のために植物ベースの食生活を選択する人が増えてきています。とはいえ、この点についてはシンガーも詳しく論じておらず、私自身にも正確なところはわかりません。おそらく、肉食にもベジタリアンやヴィーガンの食生活にもそれぞれメリットやデメリットがある、というのが本当のところでしょう。確実に言えるのは、健康な状態で長生きするヴィーガンは数多くいるため、「動物を食べなければ人間は生きていけない」という主張は誤りだということです。

    四つ目の理由は、感染症の問題に関わります。シンガーは、2020年以降世界中に広まった新型コロナウイルス感染症が、中国武漢市の生鮮市場で発生した点を問題にしています。この主張については異論もあるようですが、鳥インフルエンザや豚インフルエンザなど、人獣共通感染症の多くが動物性食品の生産や流通に由来することは確かでしょう。したがって、私たちが動物性食品を消費しないようにすることは、新たなパンデミックのリスクを減らすことにもつながると言えます。

    さて、皆さんはこの議論に納得したでしょうか。今まで当然のように感じていた食生活が、差別であり環境破壊であり不健康でありウイルスの温床だ、と言われても簡単にはうなずけないかもしれません。しかし、哲学の役割の一つは、誰もが自明だと感じている前提を疑ってみることにあります。私が言いたいのは、ヴィーガンの主張を最初からおかしいと決めつけるのではなく、自分の頭で真剣に検討してみてほしいということです。ちなみに私自身は、今回の翻訳をきっかけにベジタリアンになりました!もっともいくつかの理由で、ヴィーガンにはなっていません。自分の食べ方を変えてしまうかもしれないスリリングな議論に、今後一層、多くの方が参加することを願っています。

    動物倫理学が学べる大学
    人間は動物とどのように付き合っていくべきかという問題は、「応用倫理学」の一分野である「動物倫理学」で扱われています。京都大学、北海道大学、広島大学、慶應義塾大学、立命館大学などの文学部では、応用倫理学の研究が盛んに進められており、動物倫理学についても学ぶことができるでしょう。また、家畜をはじめとする動物の幸福について科学的に研究する「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という分野があり、農業大学や農学部で学べる場合があります。
    『なぜヴィーガンか?――倫理的に食べる』(7月25日発売予定)

    ひとつだけ生き残ったタイタンの謎に、コンピュータシミュレーションで迫る

    藤井 悠里さん藤井 悠里さん
    ~Profile~
    京都大学大学院人間・環境学研究科助教。2015年、名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻博士課程修了。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員、デンマーク王国コペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所研究員、名古屋大学高等研究院/大学院理学研究科特任助教を経て2021年より現職。惑星や衛星の形成過程やその環境に興味を持って研究している。京都市立堀川高等学校出身。

    太陽系には土星と木星の2つのガス惑星があり、それぞれに100個前後の衛星がある。土星の衛星全部の95%以上もの質量を占めるタイタンは、土星の衛星の中でぶっちぎりに大きい。一方、木星の周りには、400年以上も前にガリレオ・ガリレイが手製の望遠鏡で観測できたほどの大きな衛星が4つもある。では、タイタンは始めから独り勝ち状態だったのだろうか。

    土星がガス惑星となるべく大気をたっぷり獲得する際には、土星の周りにガスでできた円盤が形成される。ちなみに、この時点では氷の粒でできた土星の輪はまだ存在しない。ガスの円盤は土星の自転と同じ向きに回転していて、その中にわずかに含まれる岩石や氷の粒から衛星が生まれていく。ここで、バケツに水を入れて勢いよく回転させるとバケツが逆さになっても水が落ちない状況を思い浮かべて欲しい。回転の勢いを減らしていくとどうなるか——?これと似たような現象だが、ガス円盤の中で土星の周りを公転する衛星は、ガスの影響で回転の勢いを削がれ、やがて土星に飲み込まれてしまう。土星に向かっていく衛星をせきとめるためのアイデアも提案されているが、問題は一つ救うとそれ以外も救うことになってしまうことだ。つまりそういったアイデアは、木星の場合には都合が良いが、土星とタイタンには適さなかった。

    ガス円盤の状況によっては、通常失われる一方の衛星の回転の勢いが増えることもある。衛星の公転軌道は、土星の重力だけでなく、ガス円盤の圧力や重力の影響を受け微妙なバランスで決まっているからだ。そこで公転軌道の変化を調べるために、私たちはガス円盤の温度と密度の分布を精密に計算した。そして、土星の近くでは、衛星の公転軌道は土星に近づいていくことが予想される一方で、少し遠くには、軌道がほぼ変化しない「安全地帯」があることが判明した。実際に、コンピュータシミュレーションで、公転軌道の長時間変化を調べたところ、内側の軌道のものはすべて土星に飲み込まれ、外側に位置していた衛星がひとつだけ「安全地帯」に一時避難し、その後、ガスの円盤が土星の周りから散逸してしまうまで生き残ることが分かった。こうして、長年の謎だった土星-タイタン系の成り立ちを説明する大きな手掛かりを得ることに成功したのだ。

    このように、私たちの分野では遠くで起きている似た様な状況を、辛うじて観測することはできても、生物や化学のように実験で同じ状況を再現することが不可能なため、コンピューター上での「再現」が主要な研究手法のひとつとなっている。

    この研究について詳しく知りたい場合はこちらもご覧ください。

    太陽系の母体となった原始太陽系円盤の中で土星の周りにガスが円盤状に集積し、その円盤の中で衛星が誕生しつつある様子のイメージ図 ©名古屋大学
    ガス惑星を学べる大学
    • 東京大学 理学部 地球惑星物理学科・地球惑星環境学科
    • 東京工業大学 理学院 地球惑星科学系
    • 東京理科大学 理学部 第一部物理学科
    • 北海道大学 理学部 地球惑星科学科
    • 東北大学 理学部 地圏環境科学科・地球惑星物質科学科
    • 名古屋大学 理学部 地球惑星科学科・物理学科
    • 大阪大学 理学部 物理学科
    • 神戸大学 理学部 惑星学科
    • 九州大学 理学部 地球惑星科学科

    博士課程進学者が伸び悩んでるって本当?世界に、社会に開かれた博士課程という選択

    国内において、イノベーションの有力な担い手とされる博士課程進学者。しかしその数は、学部学生数の増加に比べると伸び悩んでいる。「博士課程修了者を採用しない企業に問題がある」との大学側の意見に対し、「博士課程修了者は使いにくい」という企業の声も聴かれる。アメリカに比べて高い学費の問題に対しては、先頃新しい施策が始まった。一方で、大学院、大学院教育そのもののあり方が問題だとする声も根強い。直近の大学院改革は、2011年に始まったリーディング大学院構想。1990年代に始まった大学院改革の一連の流れの中で、それまでの大学院教育の不足を補い、次世代リーダーの養成を掲げて始まった。その中で、当初から独立大学院設置を目的に2011年に開設されたのが京都大学総合生存学館(通称:思修館)。その修了生が社会で活躍する様子を紹介する。

    京都大学大学院農学研究科助教 白石 晃將さん白石 晃將さん
    ~Profile~
    2012年京都大学農学部卒業。国連食糧農業機関(FAO)インターンおよび日本学術振興会特別研究員を経て、2017 年に京都大学で博士号(農学)を取得。同大学院博士課程修了後、2017年外務省外務事務官、2018年FAOジュニア専門官、2020年FAO食品安全専門官を経て、2021年1月より京都大学大学院農学研究科助教、現在に至る。研究の傍ら、経済産業省「2050年カーボンニュートラルに向けた若手有識者委員会」、グローバルバイオエコノミー国際諮問委員会はじめ有識者として科学政策の立案に携わる。 岐阜県立多治見北高等学校出身。
    公務員 中本 天望さん中本 天望さん
    ~Profile~
    京都大学法学部卒業。経済協力開発機構(OECD)インターンを経て、博士号(総合学術)を取得。大学院総合生存学館修了後、国税庁に入庁。明星高等学校出身。
    株式会社セブン&アイ・ホールディングス 野村 亜矢香さん野村 亜矢香さん
    ~Profile~
    2018-19年国連食糧農業機関(FAO)インターンを経て2020年に京都大学で博士号(総合学術)を取得。同年、株式会社セブン&アイ・ホールディングス入社後、ESG推進本部・サステナビリティ推進部へ所属。現在、グループ事業会社とともに環境宣言『GREENCHALLENGE 2050』の推進、特に持続可能な調達のチームを担当。ESG投資の企業価値向上や国際機関等の海外連携業務も兼務する。同時に、ISO国際委員会の日本エキスパートとして食品ロス削減に関するマネジメント規格の策定に携わる。浜松湖南高校出身。
    立命館アジア太平洋大学 アジア太平洋学部助教 平野 実晴さん平野 実晴さん
    ~Profile~
    2013年京都大学法学部卒業。日本学術振興会特別研究員および国際水協会(IWA)特任研究員を経て、2018 年に京都大学総合生存学館(思修館)で博士号(総合学術)を取得。日本学術振興会特別研究員PD(神戸大学大学院法学研究科の受入)を経て、2019年10月より現職、現在に至る。愛知県立千種高等学校(国際教養科)出身。
    八千代エンジニヤリング株式会社シニアアソシエイト Charles BolikoさんCharles Bolikoさん
    ~Profile~
    2014年ノースイースタン大学金融・マーケティング専攻卒業。在学中、Mass General-BrighamおよびJohn Hancockにてインターン。2014-15年和歌山大学経済学部にて研究生、国連開発計画(UNDP)インターンを経て、京都大学大学院総合生存学館にて博士号(総合学術)を取得。修了後、2021年6月より八千代エンジニヤリング株式会社シニアアソシエイトとしてエネルギー開発プロジェクト支援に携わる。ローマ・メリーマウント・インターナショナル・スクール出身。
    横山 泰三さんCharles Bolikoさん
    株式会社ドットコンサルティング社外取締役 Wisa/NPO 法人わかもの国際支援協会シニア・ディレクター /
    ラオス国立大学LJI 上席研究員・講師 /
    国際機関コンサルタント
    ~Profile~
    2007年広島大学卒業後、民間企業へ就職。2009年にIT企業及び社会参加に困難を抱える若者支援に取り組むNPO法人を設立。2018 年に京都大学総合生存学館(思修館)で博士号(総合学術)を取得。大阪府立鶴見商業高等学校出身。

    思修館スピリットを胸に、自分にしか創造できない価値を創出する国際人・学際人(文理融合のグローバルリーダー)を目指す

    総合生存学館(通称:思修館)では、これまでに29名の「総合学術」博士が誕生し、国際機関や行政機関、研究機関、そして民間企業など様々な場所で活躍している。人類と地球社会の生存を基軸に文理融合のアプローチで社会課題の解決を目指す!そんな志で、大学院時代に学んだ総合生存学を活かして活躍する5名の卒業生に、大学院での学びとキャリアパス、将来展望について語ってもらいました。あわせて、高校生や大学生へのメッセージも頂きました。対談の座長は、思修館プログラムの修了生である白石晃將さんです。

    現在の仕事や研究内容は?――各業界の最前線を走り続ける“思修館卒”

    白石:平野さんと横山さんは2018年卒業、Bolikoさんと野村さんは2020年卒業、中本さんは2021年卒業でしたね。皆さん、現在はどこでどのような仕事をされているのですか。

    Boliko:八千代エンジニヤリング株式会社の海外事業部・エネルギー部門で社会経済分析を行っています。国際協力機構(JICA)からの依頼で準備調査を行うのが主な仕事で、これまでにアフリカのマラウイ共和国とコンゴ民主共和国に出向きました。毎年約5回現地を訪れ、小水力発電など再生可能エネルギーに関してエネルギー省や関連企業と面談し、現地の状況を確認し情報を収集します。コンゴ民主共和国は私の出身国でもありますが、開発途上国の開発を支援できることに大きなやりがいと喜びを感じます。

    中本:大学院修了後、公務員に入職しました。1920年代に制定された国際課税ルールを100年ぶりに見直す動きがあり、約140か国・地域が参加するプロジェクトに日本チームの一人として携わっています。GoogleやAppleなど、「モノ」を売り買いしないビジネスの出現は、これまでのビジネスモデルを大きく変えました。そんな中で、改めて公平に税を配分する仕組みを作るべく、チーム一丸となって知恵を絞っています。

    野村:セブン&アイ・ホールディングスのサステナビリティ推進部に所属しています。「食」を軸に様々な仕事に携わってきましたが、現在は主に、持続可能な調達や国際ルールを決める会議への参加、ESG投資に関する企業価値の向上を担当しています。国際機関との連携も多く、例えば最近では、国連児童基金(UNICEF)とノルウェー中央銀行投資管理部門が共同で推し進めている「子供の健康と栄養」をテーマにしたプロジェクトに携わっています。

    平野:立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部で教員をしています。国際法が専門で、現在は「水」に関わるルールや制度について研究しています。水によって引き起こされるかもしれない対立を未然に防いだり、起きてしまった紛争を解決したりするために、国際法をどう活用できるか研究しています。近年、水は人権であるという考え方が広がり、国は個人の安全な飲用水へのアクセスを保障する国際法上の義務があると認められるに至りました。他にも、国際河川の利用を規律する条約や湿地の保護などを目的とした環境条約、水ビジネスにも関わる国際経済法など様々な国際法があります。

    横山:IT分野の人材育成に必要な独自の対話型教育を研究・開発しています。大学院修了後は、福祉教育×哲学教育×ITを掛け合わせて、専門性を追求してきました。様々な国にクライアントがいるので、自ら会社も経営しています。

    白石:皆さん、様々な業界でフル回転していますね。横山さん、研究と実務を統合した活動の様子をもう少しお聞かせください。

    横山:私が開発している対話型教育は、教育学でいうところのアクティブラーニングに近いですが、自己について知る、言語化による自覚(self-awareness)という哲学のキーワードを取りいれているところに特徴があります。自己変容をもたらすものですから、実務ではチームワークや問題解決能力が高まるという成果が出ています。例えば国内外で注目されている東南アジアの人材。民族的に多様なバックグラウンドをもっていますから、それぞれが自らの文化や価値観、言語を誇りにできれば、生活・就労・福祉のすべての面にいい影響を与えます。これまでこの3つはバラバラに考えられてきたのですが、総合的に捉えることが必要だと分かってきました。ラオスでのシステム・アプリ・ウェブなどに関するオフショア開発では、国内人材の不足するIT産業の出資を募って、ラオス少数民族の文化を研究するための研究所を設立しました。1年でルアンパバーン県行政内の公益研究所に昇格するなど、成果が出ています。

    大学院での学びとキャリア形成

    白石:総合生存学館は、多様な専門分野の研究が推進されていることに加えて、分野横断で俯瞰的視野を獲得するための教育プログラムに特徴があります。これまでのキャリア形成や現在の仕事に役立ったプログラムや活動について振り返ってください。

    Boliko、中本、野村、横山(揃って): 4年次の『海外武者修行』です。

    白石:なるほど、皆さん、どこへ行かれたのでしたっけ。

    Boliko:私は日本・東京にある国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所。

    中本:フランス・パリにある経済協力開発機構(OECD)本部です。

    野村:イタリア・ローマにある国連食糧農業機関(FAO)本部。

    平野:私はオランダ・ハーグにある国際水協会(IWA)本部。

    横山:カンボジアのプノンペンにあるUNDPカンボジア事務所です。

    白石:そうでしたね。そこでの経験は今どう役立っていますか。

    野村:現在国際機関と仕事をする機会がありますが、仕事の進め方やスピード感などを経験できたため、それぞれの機関の動きを予想しつつ、スムーズに仕事を進められています。

    横山:国連機関を含め、国際的な環境で仕事をすることが修了要件である大学院は他になく、最も大きな特徴の一つだと思います。

    Boliko、中本:野村さん、横山さんの意見に同感です。

    平野:社会の現実に向き合う機会としては、『熟議』も非常に有効だったと思います。頻繁にマスコミに登場するような民間企業のトップをはじめ、各業界のトップランナーとの意見交換は刺激的でした。

    Boliko:日々、研究に没頭したことも、実務の遂行能力向上に大きく寄与していますね。大学院では再生可能エネルギーに関する社会経済分析を行いましたが、その解析方法などは現在、八千代エンジニヤリング株式会社にて行っている準備調査でもそのまま応用できています。

    中本:私は国際課税を研究していたため、現在の仕事はその延長線上にあると言えます。

    横山:国際開発に関する知識と経験、国際機関やそこで働くエキスパートとの人的ネットワークが構築できたことがすごく活きています。異分野・異業種で経験豊かな講師陣に恵まれていたので、常に新しい視野を獲得できました。これが、現在でもさまざまな国籍、あるいは専門分野の方々と仕事をすることに役立っているのだと思います。

    野村:横山さんの意見に賛同します。私はいま、食品ロス削減の国際ルールを決めるために、日本チームの専門家の一人としてISO(International Organization for Standardization)の規格制定に関する国際会議に参加していますが、これなどはまさに、大学院時代の人的ネットワークと研究の賜物だと感じています。

    平野:同じ志を持つ仲間とともに寮生活を送ったことも良かったです。学生の進路相談に乗る際、様々な業種で活躍している仲間の当時の姿を想像して、学生たちの目標とするキャリアパスについてアドバイスできます。今回の参加者もこれだけ多様な場で活躍していますしね !

    思修館カリキュラム概要
    寮生活のための合宿型研修施設 「船哲房(左)」と「廣志房(右)」

    あらためて将来の夢を

    白石:大学院の学びとキャリア形成だけでも丸一日話せそうですね(笑)。大学院修了から数年たち、仕事も軌道に乗ってきた頃だと思いますが、次の展開について模索され始めている人もいるかもしれません。あらためて将来展望についてお聞きします。

    Boliko:仕事をしていく上での大前提は、人の役に立つような仕事をやり続けたいということですね。新たな挑戦としては、米国・ボストンの大学で学んだ経済学とマーケティングの知見を基に「起業」する、自分で会社を作ってみたいです。

    中本:人の役に立つというのは、私も常に意識していたい。現在公務員として働いていることもありますが、ここ5年間ほどで、人の役に立ちたい、困っている人を助けたいという気持ちがますます強くなっているのを感じます。もちろん、楽しいと思えるような仕事をしていきたいとも思っています。

    野村:好きなことを仕事にする!というのは重要ですよね。私の場合、それが「食」。自分の好きな食が100年後も200年後も枯渇することがないようにと、日々仕事に力を注いでいます。今後については、社内での海外勤務や、転職も視野に入れ、様々なキャリアパスの可能性を考えています。博士であることを武器に、次のステップにも挑戦してみたいですね。

    横山:中本さんや野村さんの考えに近いかもしれませんが、自分の道は自分で決めたい。私は学部時代に、経営者になると決意しました。現在、開発した教育プログラムは韓国でも成功しつつあるので、5年後には中国での展開を目指したいです。

    平野:Water-wise、《「水からして」賢い社会》を創りたいと思っています。水に関わる国際法は様々な地域・分野でそれぞれに発展・整備されてきました。しかし水の視点からその全体像を見ると、重複していたりギャップがあったりして、世界規模の課題を解決するのに有効だと思えないこともあります。こうした問国際社会のガバナンスのあり方を見直す際に示唆を与えてくれると考えています。私たち人間の目線とは異なる、水の視点から国際問題を捉えなおし、研究に反映していきます。

    高校生・大学生へのメッセージ  

    白石:専門分野も異なり、現在携わっている仕事や業界も全く違う5名のみなさんから話を伺いましたが、いくつか共通するメッセージ、いわば「思修館魂」のようなものが伝わってきました。具体的には、

    ①自分にしか生み出せない価値を社会に創出する。

     各自が自己を成長させ、独自の才能や能力、アイデアによって、あるいは個性的な視点から独自の価値を社会に生み出そうと考えていること。そのためにまず重要なことは「自分は何が好きで、何に向いていて、何に対して情熱を注ぎ続けられるか」をトコトン考え抜くこと。人があまり目を向けないような物事、活動でもいい。見つけたものを、やり抜いてやり抜いてやり抜いて、壁にぶち当たってもまたやり抜く。そしてその中で獲得した新たな発想で壁を乗り越える。このプロセスは世界で一流になるためには絶対に欠かせない。そのためにも他者に目を向けるのではなく、自分の好きなこと、信じたことをトコトンやり抜くことが重要ですね。

    ②自分らしい国際性を身につける。

     海外で学び、働き、生活し、言語や文化、宗教の異なる環境に身を置き、国際性を身につけること。そこに「わたし」独自の考え方をプラスすれば、自分らしい国際性が身につきます。これまでの習慣や既知の情報に基づいて行動することも重要ですが、現在は、新たな可能性を模索しイノベーションを創出していくことも同じくらい必要です。国際性は、そのために重要な資質の一つだと思います。

    Boliko:アフリカ大陸に足を踏み入れたことがない人は、是非訪れてみてください!

    ③学際性をまとった先導者になる。

     複雑な社会課題は一つの専門分野だけでは解決できません。今求められているのは、異なる学問分野や専門領域を横断し、多様な知識や視点を持ってコミュニケーションできる能力、他者と協調し問題を解決に導く能力です。これを身につけた人を、学際性をまとった先導者と呼びたい。そのような人材は、

    1)複数の学問分野や専門領域について幅広い知識を持っていることから、相手の専門分野についても理解を深めることができる。

    2)異なるバックグラウンドや知識を持つ人々と円滑にコミュニケーションを図る能力を持つとともに、専門的な用語や概念をわかりやすく説明し、異なる専門家や関係者との間で意見交換ができる。

    3)そして、異なる分野の知識や視点を組み合わせることで、より包括的かつ創造的な問題解決を行うことができる。

    私たちはそんなリーダーを目指し、日々精進を続けていきたいと考えています。

    アニメサイエンスが地球を救う――細胞農業の最前線を切り拓く

    羽生 雄毅さんインテグリカルチャー株式会社 CEO 羽生 雄毅さん
    ~Profile~
    1985年生まれ。栄光学園中学校から父親の転勤でパキスタンへ。インターナショ ナルスクールオブイスラマバードからオックスフォード大学へ。2006年同化学科卒、 2010年同博士課程修了。博士(化学)。東北大学多元物質科学研究所、東芝研 究開発センターシステムラボラトリ―勤務を経て独立。2015年インテグリカルチャー (株)創業、現在に至る。近著に『夢の細胞農業 培養肉を創る』(さくら舎)がある

    インテグリカルチャー株式会社※1CEO 羽生 雄毅さんに聞く

    ※1 インテグリカルチャー株式会社は、シチズンサイエンスで細胞性食品の開発を進めるShojinmeat Projectを母体に、当初、それに必要な実験装置を入手するために登録したスタートアップ。ここから生まれた非営利のシンクタンク日本細胞農業協会(CAIC:Cellular Agriculture Institute of the Commons)が一般社団法人細胞農業研究機構(JACA)の発足に携わるなど、グループ全体で、日本の細胞性食品の開発、細胞農業発展を牽引する。

    本気で人生を賭けるものとは?

     2017年、シンギュラリティ大学(Singularity University)のGSP(Global Solution Program)に日本から初めて選ばれた羽生雄毅さんは、主催者の「キミのMTPは?」の質問に、「アニメサイエンス」と答えて、笑いをとったという。
     MTPとはMassive Transformative Purposeの略。羽生さんは「人生をかけて何をするか」の意と心得る。
     アニメサイエンスは、ハリウッドのムービーフィジックス(映画『スタートレック』に出てくるような物理学)を意識した造語。SFアニメの描くサイエンスで、荒唐無稽かもしれないけれど楽しく、ハリウッド映画の描くものより明るいトーンであることを強調したかったと言う。
     シンギュラリティ大学は、シンギュラリティ概念※2の提唱者レイ・カーツワイル氏が、評論家のピーター・ディアマンディス氏とともに2008年に開設した私塾。様々な教育活動を行うが、その一つがGSP。今は休止しているが、世界の課題解決に突き抜けたアイデアをもって挑もうという若者を集めたコンテスト、GIC(Global Impact Challenge)を世界各地で開催し、各会場での最優秀者をシリコンバレーに招待して行う10週間の研修キャンプ。羽生さんはその日本人第一号。ソニー(株)がスポンサーとなり2017年に日本で初めて開催されたGICで6,000人の中から選ばれた。
     「現地には企業家、研究・技術者に加えて政策立案に係る若者もいた。最先端テクノロジーを、世界から選んだ異能の人に与えたら、どんな化学反応が起こるかを見るための実験だったのでは?」と羽生さん。「当時の仲間とは今でも頻繁にコンタクトを取っている。GSPが人生の転換点の一つであったことは間違いないと」振り返る。

    ※2 日本語では「技術的特異点」と訳される。超知能が生まれる科学史的瞬間。今の時点ではAI (人工知能)が「人間よりも賢い知能を生み出せるようになる時点」を指す。

    羽生さんが認められたテーマが、「人工培養肉で世界の食糧危機を救う」

     人工培養肉とは、代替タンパク源の一種だが、動物食物由来のものと異なり、生きた動物の幹細胞(たとえば筋肉の)を、特殊な培養液に浸して増やし成長させたもので、2013年、オランダのマーストリヒト大学教授のマーク・ポスト博士が開いた試食会で注目が集まった。英語ではcell-based meat、国内では近年、培養魚肉や培養脂肪も含めて、一般的に「細胞性食品」と呼ばれる。

     動物を殺すことなく、本物と同じ成分の食肉を作る技術は、人口急増による食糧不足、とりわけ経済発展著しい途上国における食肉消費の増加、それによって懸念される《プロテインクライシス》を回避させてくれるものと期待が高まる。

     また、穀物や水の大量消費につながる牧畜の増加に歯止めをかけることで、CO2をはじめとする温暖化ガスの削減、さらに国内においては、近年、食糧安全保障の観点から懸念される食糧自給率の改善にも寄与するだろう。

     開発の成否は、培地や培養液、培養技術の他に、大量生産のためのプラント作りにかかると羽生さん。当初は200g3000万円、現在でも数百万円ともいわれる生産コストをどれだけ下げられるか。羽生さんたちが注目を集めるのは、現状でも3万円以下にまで下げることのできる独自の材料・技術と、それをベースに構築した基盤を公開することで細胞農業※3の新たなインフラという新しい産業のルール作りを目指している点だ。

    ※3 細胞農業(Cellular Agriculture)とは、本来は動物や植物から収穫される産物を特定の細胞を培養することにより生産する方法。細胞性食品はその製品の一つ。

    大量生産のためのプラント作り

    それは同人サークル活動から始まった

     羽生さんが細胞性食品の開発を思い立ったのは、2013年に参加した江東区主催の起業セミナー。そこで「何かSFっぽいことをしたいな」「たとえば人工的に肉が作れれば、将来、人類が火星に住むようになっても困らないだろう」と思ったという。そして2014年、都内の小さな溜まり場で仲間とともにShojinmeat Project(培養肉の研究開発プロジェクト)を始める。当初、培養に欠かせない血清があまりにも高額なことに悩まされたが、2016年に加わった川島一公さん(現インテグリカルチャー株式会社CTO)が、「共培養」※4という方法を使うことを提案して開発に弾みがついた。

     Shojinmeat Projectがユニークなのはものづくりのアイデアだけではない。手軽な価格で手に入りやすい材料を見つけ、高校生も自宅から実験に参加して、ニコニコ動画で発表するなど(オープンサイエンス)、企業や大学によらない、若者中心のシチズンサイエンスを展開してきた点。またカウンターカルチャー、反権威主義の下、集まった同人クリエーターによるサークル的な組織運営にある。

     一方で、海外の同業とは早くから連携、「細胞農業のある世界」の下地作りにも取り組んできた。

    ※4 複数の種類の細胞を同時に培養すること。

    日本の細胞農業を牽引

     そんな活動が2017年から一変する。(株)リバネスのラボにて共培養のコンセプト実証に成功し、自宅で培養肉を作る高校生の姿がテレビで全国放送されると、東京女子医科大学清水達也教授よりTWIns(東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究センター)に招かれてラボを開設。2018年から2019年にかけて、清水達也教授らとの共同研究による微細藻類から作った培養液による閉鎖系空間での食肉生産が、JAXAの宇宙探査イノベーションハブが実施する研究提案プログラム(TansaXチャレンジ研究)に、「3次元組織工学による次世代食肉生産技術の創出」が、JSTの「未来社会創造事業」(現在の内閣府の「ムーンショット」目標5につながる)に採択され、産官学による展開へと発展する。 

     2016年には細胞性食品を自動生成する画期的なCulNet Systemを開発、特許も取得。直近では、Shojinmeat Projectよりスピンオフしたスタートアップであるインテグリカルチャー(株)が、細胞性食品に欠かせない培養液や細胞培養装置のインフラ提供を世界に先駆けて始めるのに協力し、JACA(一般社団法人細胞農業研究機構)による細胞農業という新たな産業の基盤やルール作りをサポートする※5。細胞性食品量産に向けて、残る課題とは何なのか。

     「培養肉そのものを作ることは、今日、技術的にはそれほど難しくはない。実際、Shojinmeat Projectの公開する動画『DIY細胞培養』を見れば高校生でも作れる。難しいのは、それを大規模かつシステマチックに、コンスタントに製造するための原料や装置の開発、そしてそのための投資だ」と羽生さん。

     もちろん成果は、すでに形になり始めている。一つが、細胞性食品の量産技術を進める中で派生した技術の医薬品や化粧品への応用。化粧品ではすでに商品化もされている。細胞培養技術を使った化粧品は、「美容成分をいくらでも生成できるから、これまでのものにない様々な特徴を持つ」と羽生さん。

     そして今春、羽生さんたちは、2025年の大阪万博で、国産初の細胞性食品として、「細胞性フォアグラ」を試食できるようにすると発表した。先行するシンガポール、アメリカに続き、細胞農業という夢の技術の商業化の一里塚となるか、注目される。

    ※5 設立時の事務局は、Shojinmeat Projectから細胞農業に特化した非営利のシンクタンクとして切り離されたCAIC(Cellular Agriculture Institute of the Commons)が担った。

    CulNet System
    細胞培養技術を使った化粧品
    細胞性フォアグラ

    羽生さんの原点 SF、アニメ、ゲーム

     羽生さんに、今話題の生成AIについて聞いてみた。返ってきた答は「大歓迎」「自分が神になれるから」?その心は「生成AIとVRチャットを組み合わせれば、作りたいものが何でも作れるから」だと。

     羽生さんの原点は、小さい時から慣れ親しんだマンガやアニメ、ゲーム、そしてその中心にあるSFだ。培養肉はSFの定番だったから、レゴや積み木を使ってSF世界を想像して遊んでいるうちに、いつの間にか知っていた。

     古さや伝統が格上とされる場面が多いが、SFこそ「崇高」なもの、と羽生さん。そこには人類の夢が、人類にとって必要なもの、人類の望む未来、そして未来への警告も描かれているからだと。だからあえてアニメサイエンスと呼ぶのだとも。

     SFに惹かれ熱中したのがゲーム。中学生になると『シムシティ3000』(街を作るシミュレーションゲーム)などでSF的な建物を設計して未来都市を作り、画像編集で物語(ほとんどSF小説)を書いて掲示板に連投したという。ニコニコ動画で初音ミクの動画を作る際も設定はSF。まさにオタクそのもの。ちなみにそれらの作品の中には、すでに培養肉も、後に社名となるインテグリカルチャーの名前も登場する。

     もっとも、「自分が没入してきた世界はSF小説の世界とは違う」「ゲームも対戦型ではなく、どちらかというと《箱庭作り》に近い」と羽生さん。空想や想像するだけでなく、それらを形にする、表現することに興味があるのだと。培養肉もまさにその一つだ。

    羽生さんが本当に知りたいこと 心がけること

     いま一番興味があるのは、OS(基本ソフト)の異なるシステム、生物で言えば本能の違う生物。それらがどんな世界を見、どんな意識を持っているのか。

     地球外知的生命にも、きっとSFはあるはず。彼らの見る夢とは一体どんなものなのか。

     身近なハチやアリになりきってみよう。個体が生存するために「タダ働きはしたくない」という本能を身につけたわれわれは、お金という概念を生んだが、ハチやアリのような知的生命体なら、お金という概念の存在しない文明を作っているかもしれない。それは果たしてどんな世界なのか。いじめやハラスメントはあるのか。組織はどんな考えに基づいて作られているのか。

     羽生さんはさらに続ける。物理法則さえも異なる世界だってあるはず。それらを知るには、今、自分を自分にしているあらゆる前提を外してみることが必要だと。

    高校生へのメッセージ

     日本では今、突き抜けたアイデアを持って、これまでの技術にブレークスルーを起こすようなイノベーターの出現が待ち望まれているが、ここでも求められるのは「全ての前提を外してみること」だと羽生さん。

     「人はみな想像力を持っている。だから本来は何でもできるはずなのに、様々な前提が邪魔してそれを阻んでいるのではないか。

     一つには、周りの目を気にしすぎることがある。また大人たちの期待、アドバイスが原因のこともあるだろう。特にライフハック(仕事の質や効率、生産性を高めるための手段や技術)とエシックス(倫理)とを混同して『こうすべき』『こうあるべき』と繰り返される言葉には注意が必要だ。大人自身も気づいていないことが多いが、例えば「いい大学へ入るべき…」という言葉を考えてみよう。「わが子には幸せになってほしい」と願うのは当然だが、そのためのアドバイスとして、それがどんな子どもにも当てはまるのか。それが子どもの将来の可能性を、将来の道(選択肢)を狭める要因の一つになってはいないのか。この際、子どもたち自身も、『それは倫理なのか、ライフハックなのか』、『そのライフハックは間違っていないか』と問い直すことが必要だ」と。

     「もちろんこう言う自分も、博士課程を出るまではその区別がついていなかった」と羽生さん。「目が覚めたのはその後独立してから。GSPに参加したことも大きかった」と。

     また「本来の目的が忘れられ、形式だけの残る《常識》や《良識》にとらわれすぎることにも注意が必要だ」と羽生さんは続ける。確立された当時の背景や目的が置き去りにされ、ルールだけが残り、しかも目的化されていることが少なくないからだと。「これはチンパンジーの社会にもあると聞くが、それを前提にしては何も進まないに決まっている。SDGsも大事だが、単なる標語に踊らされるのでなく、17の項目の裏にある綿密な計算式にも目を向けてほしい」と前提をうのみにしないようにとアドバイスをくれた。

     「今後ますます重要になってくるのは、違うOS、それに依拠したシステムを持つ他者について、思いを巡らせることだ」と最後に羽生さん。「世の中のルールや仕組みの多くは人間の本能に依拠しているようなところがある。しかしニューロダイバーシティ※6を超えて、人間だけでなく、生物全てが限りなく地続きになる世界に目を向けた時には、そうした価値観、依拠すべき前提は崩れ去る。細胞性食品開発の目的の一つとする人も多いが、牛や豚にも感情や意識があるのだから苦しめてはいけないと考えるのもその一つ」。「極めつけはAI 」と羽生さん。「われわれは今後、自分たちとは全く異なる本能(基本ソフト)をもつものと、否応なく向き合い、ともに生きていかなければならないからだ」と未来を引き寄せる。

    ※6 Neurodiversity:神経多様性。Neuro( 脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方であり、特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念(以下略…)」

    【2022年4月8日、経産省:「ニューロダイバーシティの推進について」より】

    2023年度 大学入学共通テスト 数学 分析

    数学II・数学B の第 2 問 〔 2 〕

    「定積分を用いてソメイヨシノ(桜の種類)の開花日時を予想する」

    この問題を概説すると、気温を時間の関数とみてこの関数を一次関数や二次関数を用いて近似し、これらを積分した値をもとにしてソメイヨシノの開花日時を予想するということになる。文章量は多いが、積分の計算に関しては、ごく基本的なもので。大学入試センターの問題作成方針にも書かれているとおり、日常生活の話題に対して、既知の知識(ここでは積分法)等を活用しながら導くという、数学の良さを実感できるものであった。

    古くから和歌や日記に、花見を含むサクラの開花や満開などの記述は残っており、様々な時代においても人々が関心をもっていたことを知ることができる。また、気象庁では、生物季節観測(植物の状態が季節によって変化する現象について行う観測。令和2年までは動物も観測していたが現在は行われていない)を行っており、観測結果から季節の遅れ進みや、気候の違い、変化など総合的な気象状況の推移を記録している。

    桜の開花予想は植物季節学の応用分野の一つであると言われており、気象庁では、1953 年(昭和 28 年)以降の桜の開花日の観測データが公開されている。ちなみに、桜の開花日は、あらかじめ標本木として選ばれている特定のソメイヨシノ(北海道の一部ではエゾヤマザクラ、南西諸島ではヒカンザクラを代替種目とする)の花が 5~6 輪以上開いた最初の日を指す。なお、胴咲き(枝ではなく幹や根から咲く)による開花は、通常の開花とは異なるプロセスによると考えらえることから、5~6 輪に含めない。

    次に、桜の開花予想の歴史を見てみる。

    「さくら百科」(丸善, 2010)によると、中央気象台(現在の気象庁)産業気象課では 1950 年代ごろから、毎年一定の期日に花芽を採取し、その長さ、幅、10 個の重量を測定し、過去の資料と比較してその年の開花日を推定していた。1996 年(平成8 年)からは花芽の成長段階(休眠、覚醒、成長)に応じた気温の影響の植物生理学的考察をもとに、統一された方法で各気象官署の新しい予想式を気象庁本庁で一括して作り発表することになった。この新しい予想式は、大阪府立大学農学部の青野 靖之、小元 敬男による「速度論的手法によるソメイヨシノの開花日の推定」(農業気象, 45 巻, 1 号, p. 25-31, 1989 年)、「チルユニットを用いた温度変換日数によるソメイヨシノの開花日の推定」(農業気象, 45 巻, 4 号, p. 243-249, 1990 年)等を応用し作成された。その後 IT の爆発的発展を背景に、2004 年(平成 16 年)から民間のウェザーニューズ、2007 年(平成 19 年)から日本気象協会が、基本的には気象庁の方法とは変わらないが、それぞれ独自の工夫を凝らした開花予想を発表し始めた。これにより気象庁は、「最近では、全国を対象とした気象庁と同等の情報提供が民間気象事業者から行われているため、2010 年(平成 22 年)春以降の桜の開花予想の発表は行わない」と発表した。

    ではいよいよ、共通テストに沿って、積算温度による開花日の推定を行ってみよう。

    この推定は、ある起算日から開花日までの基準値以上の温度の積算値が一定であると仮定し、各年の積算温度がこの平均値に達する日を推定開花日とする方法である。共通テストでは、この基準値以上の温度という制約を外したモデルを考えている。図 は 1953 年から 2023 年までの東京の桜の開花日までの積算温度(青色)である。グラフから分かるように、積算値がおよそ 400℃ (赤色)で桜が開花していることが分かる。ここで、  世界気象機関(WMO)の技術規則により、30 年間の観測値を用いて平年値を作成し、30 年移動平均(緑色)も描画してみた。これより、400℃ より僅かに高い温度で開花していることが分かる。しかし、10 年移動平均(橙色)を見てみると、ここ 2000 年からは減少傾向にあり、2017 年からは 400℃ を下回っていることが分かる。

    さて、2023 年の東京の開花はどうであったか。3/13 に一部咲いていたものの、午前に 2 輪、午後に 4 輪と開花の条件にはならず、翌日に持ち越しになった。3/14 には 11 輪が咲き、はれて開花となった。これは 2021 年と同じ最短記録であった(2020 年も 3/14 であったが、この年は閏年であったため、2/1 からの日数という意味では一日多くなる)。

    また、積算温度を見てみると、3/13 は 371.2℃、3/14 は 381.2℃、3/15 は 393.5℃、3/16 は 408℃ となっていた。400℃ を初めて越えるのが 3/16 だと予想されていたため、開花予想日は 3/16 となっていたが、2013~2022 までの過去 10 年の積算温度の平均を見ると 379.92℃ であったため、これを採用した場合 3/14 が開花予想日となっていた。

    ここで桜の開花についてもう少し詳しく見てみることにする。「新しいサクラの開花予想」解説資料第24号(気象庁,1996)によると、サクラは、前年の夏に翌春咲く花の元となる花芽を形成する。花芽はそれ以上成長することなく休眠に入り、秋から冬にかけての低温(一説には 5℃ 前後)にある一定期間さらされると休眠から覚める(これを「休眠打破」という)。その後、花芽は春先の気温の上昇とともに生長するが、この生長量は気温が高ければ大きく、春先の気温が高い年には早く開花する。つまり、暖冬により休眠打破が遅れ、開花が遅くなることもあるが、近年の気温上昇により、桜の開花が早くなっているということが分かる。例えば、1980 年代後半から東日本は暖冬の傾向があり、休眠打破の遅れにより開花が遅くなった影響で、2/1 から開花までの日数が長い分、積算温度が高くなったのではないかと考えられる。また、2023 年の 3 月は、記録的な暖かさの影響もあり、開花が早くなったのではないかと考えられる。このように、桜の開花と温暖化は密接な関係がある。色々な解析をすることで、今日本で何が起こっているのかを知ることができる良い題材である。

    「探究応援号」(学問と探究)に寄せて 核融合

    はじめに

    探究は、興味を持ち疑問をもって、その事象を客観的に解明したいと思う願望から始まりますが、それには科学的な方法、科学方法論が有効になります。これは簡単に言うと、観察・実験、分析・総合を繰り返しながら、何度も仮説―演繹―検証のサイクルを回す、そしてその際、数学論理を援用するとともに、議論という他者の思考との交差も活用しながら、思考を進化させる方法です。

    次に研究資料を集める。仲間が集まればなおよいと思います。違った視点や思考が研究には重要だからです。後は、失敗を繰り返しながら、考察・結論へと進めていく。ただ何よりも大切なのは、「無知の知」からスタートし、真摯に課題に向き合う姿勢であることを忘れてはいけません。

    今号のテーマ 

    核融合とは、軽い原子核同士が融合して、重い原子核になるという核反応を言いますが、宇宙や素粒子、それにエネルギー問題にも関わり、まだまだ研究課題の残るテーマだと言えます。

    どこから取り組むかによって、研究の仕方は異なりますが、一般的には、エネルギー問題として取り上げられていますので、まずその視点からの取組について考えます。

    初めに、研究データを列記しておきます。

    ①核融合は誰が最初に考えたのか

    1939年、コーネル大学(米)のハンス・ベーテ博士が「星のエネルギー発生について」という論文を発表し、太陽を含む恒星が原子核の反応、つまり核融合をエネルギー源にしていることを世界で初めて明らかにしました。

    ②核分裂と核融合の違いについて

    核分裂とは、原子核が分裂することですが、核融合とは水素のような軽い原子核がもう一つの水素原子核と融合して、より重い原子核になる核反応を言います。この反応で原子核の質量が少し減るためにその分がエネルギーとして放出されることになり、このエネルギーを生活に利用しようと考えているわけです。アインシュタインによる質量エネルギーの式:E = mc² を参考にするのもいいですし、水素には、原子核が陽子だけの軽水素と、陽子と中性子を1個含む重水素(D:デュートリウム)、中性子を2個含む三重水素(T:トリチウム)の仲間がいて、それらを効率よく利用することを考えてもいいと思います。

    ③核融合エネルギーの利点について

    原子力発電の安全性が再び問われてきている今、「資源が海水中に豊富にある」「二酸化炭素を排出しない」といった特徴を持つ核融合エネルギーには、エネルギー問題と環境問題を根本的に解決するという側面から期待が寄せられています。また、磁場閉じ込めによる核融合エネルギーの研究開発は、軍事用技術とは原理的に異なるという理由で、平和目的という国際協力が得られているようです。

    ④核融合発電の課題について

    人工的に核融合反応を起こすには、水素気体を1億度以上の超高温プラズマにしなければなりません。問題はそのプラズマを確保する方法とその容器が問題になります。磁場でプラズマを閉じ込め容器との距離を保つトカマク型核融合炉が、現在実用化に向けて動き始めているようですが、まだまだ課題はあるようです。

    また高温に連続して耐えられる安全性の高い炉壁の開発、それに核融合発電のための技術開発・研究にかかる膨大な費用や建設地の確保にも課題を残しています。

    ⓹発展的研究へ

    核融合について探究すると、必ず原子核を構成する核子や核力のことについても考えなければならないでしょう。そこから、物質を構成する最小単位としての素粒子について、さらには粒子・波動の二重性について興味が広がれば、時空記述と状態記述を統合する量子論への扉を開くことになります。

    また、太陽(恒星)のエネルギーは、水素原子核が核融合によってヘリウム原子核へと変化する過程で生まれ、それが熱や光の形で放出されています。他の恒星のエネルギー源も核融合反応と考えられており、宇宙の成り立ちや素粒子についてのさらなる研究にもつながるはずです。宇宙論におけるダークマターやダークエネルギーの研究も興味深いテーマです。

    杉岡 俊男 さん

    ~Profile~
    東京理科大学卒業後、京大理・研究生時代に岸和田高で非常勤講師、大阪府立佐野工業高、岸和田高、勝山高で教諭。 大阪府科学教育センター指導主事兼研究員(指導要領改訂等のため文部省に出向、原発関連で科学技術庁に出向)。 大阪府立藤井寺高、岬高で教頭。大阪府教育委員会事務局で首席指導主事、大阪府教育センターでカリキュラム研究室兼情報研究室の室長、大阪府立高石高校校長。この間、資質向上研究室長(指導力不足教員の指導計画作成)、第14回全国物理教育学会(於:大阪大学)実行委員長を務める。大阪府立高校退職後は、甲南大学理学部講師、私立高校校長など歴任。現在、国際留学生センター(ISES JAPAN)顧問、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団顧問。

    2023年度 大学入学共通テスト 国語 分析

    従来、国語の読解問題では、一つの文章を正確に読み取ることが最重要課題だった。2020年度まで実施されていた大学入試センター試験の国語の問題は、評論・小説・古文・漢文を扱う4つの大問から構成されており、限られた時間内で、各大問において「一つのまとまりのある文章を読み取り、その内容を正確に言い換えている選択肢を見抜く」能力が求められていたと言える。

    これに対して、2021年度から実施されている大学入学共通テストの国語の問題では、大問が4題、制限時間が80分、全設問が記号選択問題という形式面での変更はないものの、一つの大問で複数の資料が示されるパターンが多くなった。例えば、2023年度本試験の第1問では、同じ題材について異なる著者が異なる角度から考察した2つの評論を読ませた上で、それらを関連づけるとどのような解釈が導けるのかを答えさせる。他にも、第2問では小説の舞台となった時代の雑誌広告が資料として提示されており、第3問は古文を読んだ後の教師と生徒の対話が素材とされている。こうした傾向から、共通テストで新たに求められているのが、「図や対話を含む複数の資料を読み取った上で比較し、そこから適切な結論を導く」能力であることが推測できる。

    このような変化の背景には、高等学校学習指導要領の改訂がある。高等学校では2022年度から、新しい学習指導要領が順次適用されているが、そこでは「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」の3つが重視されている。共通テストの国語の問題では、多様な資料を比較しながら考察を進めていく能力が、主体的・対話的に学びを深めていく力だと見なされているのである。2022年度に高校へ入学した生徒が受験することになる次々回、2025年度の共通テストでは、図やグラフの読み取りを含めた新たな大問を追加し、制限時間を90分に変更することが検討されている。過去3年の共通テスト及び次回2024年度の共通テストは、この大きな変更を見据えた過渡的な問題だと言える。

    受験生にとって、このような試験問題の変化は大きな不安要因かもしれないが、国語の読解問題の原則は、これまでもこれからもたった一つである。それは、「示された資料だけを根拠として、問われたことに答える」ということだ。図や対話を含む複数の資料が示されたとしても、個々の資料の内容を正確に読み取り、その内容を言い換えている選択肢を見抜かねばならないことに変わりはない。是非この点を心に留めて日頃の学習に取り組んでほしい。

    天文学と大学教育 荒木俊 東北福祉大学名誉教授に聞く

    –アメリカの大学では、地方のコミュニティカレッジに至るまで天文台を置いているところが多いと聞きますが。

    荒木–そうですね。プリンストン大学、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、アリゾナ大学、カリフォルニア工科大学、バークレー本校を含むカリフォルニア大学各分校、スタンフォード大学等をはじめ、研究に主眼を置く諸大学では遠隔地に広範な電磁波・重力波領域の研究を目的とした地球規模の観測ネットワークに参加し、キャンパスとオンライン接続していることが多いですが、別にキャンパス近辺にも初等教育用を含む、主に可視光領域の観測施設も完備されています。

     驚くべきことに、学部学生教育用の観測施設及びキャンパス周辺の一般市民向けpublic viewingを目的とした天文台やプラネタリウムを持つ大学(たとえばFlandrau Science Center and Planetariumを持つアリゾナ大学)や団体(オークランド市の丘の上にChabot Space & Science Centerを擁するEAS=Eastbay Astronomical Society, ロサンジェルス市民に親しまれ”La La Land”にも登場するGriffith Observatory 等も多く、各地の4年制大学から2年制のコミュニティカレッジ(Foothill College Observatory , Drescher Planetarium at Santa Monica College)に至るまで、学生や市民に向けた天文学の教育と啓蒙活動は実に盛んです。

     私は、2000年Hofstra大学より東北福祉大学に移り20年間勤務しましたが、その前半にオーストラリアSirius Observatories社よりCollege Model5mドーム部材、米国Astro-Physics社よりドイツ式赤道儀1200GTO、米国Celestron社より14インチSchmidt-Cassegrain反射望遠鏡を購入し、大学の総務部営繕課、電気・機械技術者と学生20名余の協力を得て、2009年11月までに自力で天文台を建設しました。総工費約1000万円でした。

    –それは天文学が初年次教育、導入教育に向いているから、ということもありますか。

    荒木–それは必ずしも正しくありません。確かに天文学は、万人の好奇心を唆る浮世離れした現象に事欠きませんが、有史以来人類と共に発展してきた長寿を誇る分野であるだけに他分野に比べ成熟しており、真の理解を目指す者には数学・物理学等の素養が必須です。ただ、少なくともアメリカ合衆国ではIntroductory Astronomyは一般学生向けに人気の高い選択必修科目(distribution requirements)の一つであり、どこの大学でもあたかも日本の大学における教養科目や語学科目の様相を呈しています。

     1990年代に所属していたHofstra大学でも、専任教員だけでは足りず非常勤講師を多数投入して10セクション程開講していました。講義は週2回(2時間x2)、観測又は実験は週1回(2時間x1)の頻度で15週行い、一般学生向けには数学、物理学を含む内容は極力避ける必要がありますが、各セクションとも30名程度で満杯です。

     教科書産業は激しい競争を展開しており、天文学では新発見が続出するため、改訂版を巡るビジネスが毎年活況を呈しています。人気のある教科書を列挙すれば、

    Astronomy Today, 9th Ed. (E. Chaisson, S. McMillan) 

    Universe, 11th Ed. (R. Freedman, R. Geller, W. J. Kaufmann)

    The Cosmos: Astronomy in the New Millennium,5th Ed. (J.M.Pasachoff, A.Filippenko)

    Explorations: Introduction to Astronomy, 9th Ed. (T. Arny, S. Schneider)

    Astronomy, Illustrated Ed. ( A. Fraknoi, D. Morrison, S. C. Wolff)

    Foundations of Astronomy, 14th Ed. (M. A. Seeds, D. Backman)

     これらの多くは前半15章を太陽系天文学、後半15章を太陽系外天文学に割いており通年採用となっています。

    –やはりヨーロッパに源流を持つ教養教育を大事にしているのでしょうか。そもそも教養教育とは?

    荒木–紀元前6世紀、ピタゴラスに代表される古代ギリシャ人は天地を含む世界の様々な現象を統一的に(uni+versus)理解したいと切望し、そのための方法を探求するうちにQuadrivium(4学科)にたどりついたと思われます。

     ピタゴラスは宇宙を支配するのは時間と空間の調和であると考え、彼の弟子たちはその基礎となる「数」の理解(Arithmetica)、これを空間の調和に適用する幾何学(Geometria)、時間の調和に適用する音楽(Musica)、時空の統一的調和に適用する天文学(Astronomia)の4科目を総合的に修得すれば師の真意を悟る事ができると考えました。

     しかし人間の思考能力を持って挑戦しうる最も崇高な概念である数について説明したり議論したりするにも、そこで使用する「言葉」に関する能力を磨いておかなければなりません。

     ピタゴラスに遅れること百年余り、古代ギリシャのソクラテスとその弟子プラトンは、言葉の正しい使い方を修得する文法(Grammatica)、正しい文法を用いて相手に真実を伝え、相手の話を正しく理解するための対話術(Dialetica)、さらに一対一の対話術を拡張して一対多数でも同じ目的を達成するために必要な雄弁術(Rethorica)、これら3科目即ちTriviumを修得すれば、言葉を使用する上で善・真・美を追求する事ができるようになると主張します。

     今日の大学においても、専攻分野の如何に関わらず、Triviumを確実に修得したという確たる証拠が示されれば、学士号授与の根拠となると見なすことができます。学生と教員との間で十分な対話を交わした後、1年間にわたって卒業研究を行い、正しい文法に準拠した卒業論文を執筆・推敲し、それをもとに口頭発表と質疑応答ができれば、一人前の自由人になる準備が完了したと考えられます。Trivium(学士号授与の根拠)とQuadrivium(修士号授与の根拠)とを合わせてSeptem Artes Liberales( https://en.wikipedia.org/wiki/Liberal_arts_education )と呼びますが、自由人となるための7科目のことで、これを教養科目と訳すのは完全な誤訳です。従業員となるための職業訓練(vocational arts, servile arts)ではなく、雇用者、指導者、起業家等を含む「自由人」となるための術(liberal arts)というのが適訳と考えられます。大学を卒業する者はどんな職業に就いても真の自由人として生きて行くことが期待されているわけです。

     このような考え方は、ジョン・スチュアート・ミルの以下の言葉によく表れています。

    「大学は職業教育の場ではありません。大学は、生計を得るためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要な知識を教えることを目的とはしていないのです。大学の目的は、熟練した法律家、医師、または技術者を養成することではなく、有能で教養ある人間を育成することにあります」(「John Stuart Mill,竹内 一誠. 大学教育について (Japanese Edition) Kindle 版 )

     ここでいう自由人とは大学卒業に相応しい高い知性を持つだけでなく、良心に従って行動し、さらに豊かな感性をも備えた人、常に真善美の追求を行動規範とすることができる人を意味します。特に言葉については、文法がよい言葉遣いを、対話術が誤解のない真のコミュニケーションを、雄弁術が感動的な講演を保証します。具体的な案件としては、卒業研究の実施過程、学士論文の執筆・発表過程において指導教員と学生との両者が、故意の有無に関わらず捏造、改竄、剽窃等の不正行為を犯さないように細心の注意を払うことが肝要ですし、この研究活動を通して真実と正義を貫いた学生には学士号の授与が相応しいと考えます。(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/attach/1334660.htm)

    東北福祉大学名誉教授
    荒木 俊 先生

    ~Profile~
    1949年生まれ。神奈川県出身、専門は天文学 理学博士(マサチューセッツ工科大学)

    第12回 科学の甲子園全国大会 神奈川栄光学園が2度目の栄冠に輝く

    第12回科学の甲子園全国大会(科学技術振興機構主催、茨城県など共催)が、3月17~19日の3日間、つくば市のつくば国際会議場およびつくばカピオで開催されました。昨年度は、新型コロナウイルス感染症拡大防止を考慮し、各都道府県会場をオンラインでつなぎ筆記競技のみを行う分散開催でした。今年度は通常開催となり、予選を勝ち抜いた全国47都道府県代表校は、1・2年生の6~8人から成るチームで科学に関する知識とその活用能力を駆使してさまざまな課題に挑戦し、総合点を競い合いました。筆記競技と実技競技3種目の得点を合計した総合成績により、神奈川県代表の栄光学園高校が第7回大会以来5年ぶり2度目の総合優勝を果たしました。2位は奈良県代表東大寺学園高校、3位は愛知県代表海陽中等教育学校でした。

    優勝するという情熱がチームの強み

     栄光学園高等学校は、1947年にカトリック教会の修道会の1つであるイエズス会によって設立された私立中高一貫校です。「科学の甲子園」には、第7回大会で初優勝を果たし、今回2度目の総合優勝の栄冠に輝きました。筆記競技、実技競技3種目がいずれも2位以内に入らないでの総合優勝は、史上初となりました。

     今年のメンバーは武田恭平(キャプテン)君、中村陽斗君、山口敦史君、成山優佑君、加藤奏君、山中秀仁君、真野恵多君、金是佑君の8人。表彰式では、チーム全員で登壇し優勝旗・トロフィー・金メダルを授与されました。優勝校インタビューではキャプテンの武田君が「各競技項目で何も表彰されず、今大会はダメだったか…と落ち込んでいたところ、最後に校名を呼ばれ驚きました。優勝できたことはいまだに信じられずものすごく嬉しいです」と優勝の喜びを語りました。チームの強さや優勝できた要因などについては、「みんな優勝に向けてすごく勉強した。毎日放課後に残ったり休日でも学校や公民館などを借りて集まったり。実技競技の練習量も多かったですが、やっぱり優勝する! という情熱がチームの一番の強さだと思います」と成山君。

     また、中村君は、「科学の甲子園は科学好きな人なら貴重で楽しい経験になるのでぜひ出場してほしい」と科学の甲子園を目指す後輩たちにメッセージをおくりました。

    総合優勝した神奈川栄光学園高等学校(写真提供:JST)
    2位 奈良県東大寺学園高等学校(写真提供:JST)
    3位 愛知県海陽中等教育学校(写真提供:JST)

    2年ぶりに会場に集結! 668校7870人がエントリー

     科学の甲子園は、全国の科学好きな生徒らが集い、競い合い、活躍できる場を構築し、提供することで、科学好きの裾野を広げるとともに、トップ層の能力伸長を目的としています。今年の大会には、668校から7870人のエントリーがありました。

     開会式では、司会者から47都道府県の代表校の紹介が行われ、各校が学校名の書かれている横断幕を掲げ、決めのポーズを披露してくれました。大会は初日に科学に関する知識とその応用力を競う筆記競技を、2日目に実技競技を行い、最終日に表彰式が行われました。

     「第13回科学の甲子園全国大会」は令和6年3月中旬に茨城県つくば市で開催される予定です。

    筆記:チームで協力して習得した知識をもとに融合的な問題に挑む

     筆記競技は各チーム6人を選出して行われました。競技時間は120分。それぞれの得意分野を活かして協力しながら、理科、数学、情報の中から習得した知識をもとにその活用について問うもので、教科・科目の枠を超えた融合的な問題など計12問に挑みました。例えば第2問は、ハンドスピナーで遊んでいるうちにどれくらい回り続けるのか調べてみたくなり、回転する様子をスマートフォンで動画撮影したという身近にありそうな設問。肉眼ではしっかり回っているように見えるのにスマートフォン上の画面ではほぼ静止しているように見える時間帯があったのはなぜか。回転しているハンドスピナーが動画上では静止しているように見えるとき、ハンドスピナーの「回転数」について、少なくともどのようなことがいえるのか。関係する数値を含んだ形で答えるなど、数学と物理の融合問題でした。

     筆記競技では久留米大学附設高校(福岡県)が最高得点をあげ、第1位のスカパーJSAT賞に輝きました。

    実技❶:にほんの振り子 振動現象の奥深さを感じる

     「にほんの振り子︱連成振り子の物理」(競技時間100分・配点240点)は、各チームにハンガーラックで作られた実験用スタンドとゼムクリップや水平器、スケール付きマスキングテープ等が配られ、それらを使用して行う競技。実験1では振り子の周期を指定された秒数以内に調整。実験2‐1は連成振り子の設定と観察、実験2‐2は連成振り子の実験・計測・動画撮影、実験3は連成振り子の設定と測定、実験4では斜め45度方向の観察を行いました。振り子のように固有振動を持つものには共振(共鳴)と呼ばれる現象が見られます。高等学校までの物理では振り子や共振現象については簡単にしか扱われませんが理工系大学ではより深く、関連づけて扱います。少し背伸びをして、振動現象の奥深さを感じてもらおうという競技でした。

     今年度は白陵高校(兵庫県)が1位となりトヨタ賞を獲得しました。

    実技❶:にほんの振り子 詳細解説

     振動は日常よく見られる現象である。代表例として振り子の運動があげられるが、ひとつの振り子の場合、振動の振幅が大きくないときには、その周期は重力加速度と振り子の糸の長さだけに依存する。ふたつの振り子を互いに力を及ぼすようにバネなどで連結した場合(連成振り子)、その運動は複雑になる。しかし、この連成振り子の運動は、それぞれ固有の周期(糸の長さや連結するバネのばね定数などに依存)を持つふたつの基準振動(normal mode)の重ね合わせで表されることがわかっている。

     実技競技①では、糸の長さlとおもりの重さが同じであるふたつの振り子を、支点からl0の位置に軽くて硬い( 重さ0で伸び縮みしないと見なせる)ストローを使って連結した連成振動を扱う。この場合のふたつの基準振動は、周期がそれぞれ長さlと(– l0)の振り子の振動となることが運動方程式を用いて示すことができる(大学の物理で学ぶ)。

     実際に、【実験2−2 ( 1 )、( 2 ) 】と【実験3( 1 )、( 2 ) 】で、このふたつの基準振動を観測させている。実験2ではl0 = 10 cm、実験3ではl= 20 cmとした場合である。<同方向条件>と<逆方向条件>で測定した振り子1(振り子2でも同じ)の周期が、それぞれ糸の長さと(– l0)に対応する基準振動の周期である。<同方向条件>の場合は、【実験1】で観測した同じ振動であり、<逆方向条件>の場合は、結果的に動かないストローの端を支点にした(糸の長さが短くなった)振動である。

     【実験2−2 ( 3 ) 】と【実験3 ( 3 ) 】では、振り子1と振り子2の振れ幅が交互に入れ替わる連成振り子の現象をタブレットを用いて動画撮影し、それを解析する。この現象もふたつの基準振動の重ね合わせで表される。個々の振り子の運動を詳しく見ると、振れ幅がゆっくりとした一定の周期tで大小を繰り返し(うなりの現象)、その振れ幅の間を短い周期Tで振動していることがわかる。問4では、撮影動画の解析から、tTを求めさせている。ふたつの基準振動の振動数(周期の逆数)をf1sf2s( f1s > f2s )と書くと、1 / f1s – f2s、1 / = (f1s f2s) / 2と表せることが解説に述べてある。これをもとに、問4で得られたtTの値からf1sf2sを計算し、その逆数をとって、ふたつの基準振動の周期T1sT2sを求めるのが問5 ( 1 )である。果たして、T1sT2sの値が、【実験2−2】と【実験3】で計測した<同方向条件>と<逆方向条件>の場合の周期とよい一致をみるであろうか、それを検討し考察するのが問5( 2 )である。

     連結部分に(重さ0で伸び縮みしないと見なせる)ストローを使ったこの連成振り子の実験は、関連するふたつの基準振動を直接目で見ることができる(従ってその周期を簡単に測定できる)点で、たいへん興味深いものである。

     最後に、問題の中で使われていた用語についてひとこと:問題及び実験の手引きに、振り子1と振り子2の振れ幅が交互に入れ替わる現象で<共振>という用語が使われていた。

     ふたつの振り子が共に動くという意味で<共振>と記されたと思うが、違和感がある。系(あるいは物体)にその固有振動数に近い振動数で振動する外力を加えると、系は外からのエネルギーをもらって大きく振動するようになる。一般に、この現象を共振と呼ぶ。上記の連成振り子の場合は、全体で一つの閉じた系とみなされ、そのエネルギーは保存し、ただ、系の中のふたつの振り子の間でエネルギー(従って振れ幅)が交互に入れ替わる現象である。

    横浜国立大学名誉教授 佐々木 賢

    実技❶:にほんの振り子(写真提供:JST)

    実技❷:顕微鏡、自分で作れるってよ 自作顕微鏡で細胞を観察

     「顕微鏡、自分で作れるってよ」(競技者3人・競技時間100分)は別冊「顕微鏡製作と実験の手引き」を読み、顕微鏡を製作し、その顕微鏡を用いて与えられた標本や、作成したネギ根端組織のプレパラートを観察し、問題を解き進める実技競技。標本を用いた観察を正確に行うため、まず優れた顕微鏡をチーム内で創意工夫をして製作すること。十分な実験計画をたてることや実験技術の高さや正確さ、豊富な知識や思考力、発想力、チームワークなど複合的な要素が求められました。

     最高得点を獲得した久留米大学附設高校が1位に輝き、学研賞受賞しました。

    実技❷:顕微鏡、自分で作れるってよ 詳細解説

    「【問題と手順】概要」にそって、高校時代に全国大会に参加した大学生が説明します。

    別冊「顕微鏡製作と実験の手引き」を読み、顕微鏡を製作する。

     製作にあたっての重要なポイントは、2つのレンズを結ぶ光軸に光源と観察する標本があることを確認しながら実験を進めること。そして振動を避けるために滑り止めシートを敷き、机の振動などが顕微鏡装置になるべく伝わらないように工夫することである。接眼レンズと対物レンズを接近させているチームもあったが、接眼レンズと対物レンズの距離は「およそ160 mm 」というヒントが与えられているので、それをベースに調節していく必要がある。

    顕微鏡に関する文章1と文章2を読んで、問1と問2に答える。

     問1はレーウェンフックの単式顕微鏡の構造に関する問題。光学顕微鏡の種類、歴史、仕組みについて十分な知識があれば解答できるが、なくても問題文を丁寧に読み構造を分析すれば正解へ辿り着けたはず。問2は複式顕微鏡のレンズに関する問題。顕微鏡の倍率や鏡筒部の長さを求め、分解能や開口数について考察するなど、物理の素養も求められる。生物と物理を同時に学んでいる高校生は少ないかもしれないが、こういう横断的な知識を見るのも科学の甲子園の特徴だ。

    製作した顕微鏡を用いて、標本A・標本Bの観察を行い、問4に答える。

     問4は生物の各組織の特徴を知り、顕微鏡の製作とそれを用いた撮影を適切に行うことができれば解答できる。実際の撮影では、標本を適度な明るさで撮影するために、偏光フィルターで光度を調節する必要がある。標本Aは維管束が散在していることから、単子葉茎横断だとわかる。また、標本Bは髄質の中に糸球体が散在していることから、腎臓だとわかる。

    「ネギ根端組織の写真」を使って細胞周期に関する問5に答える。

     問5は細胞周期に関する典型的な問題。体細胞分裂中期と後期の細胞数を数え、そこからそれぞれの期の時間を計算すれば良い。ただし、実際の写真を使っているため、移行状態にある細胞や、通常習う角度とは異なる角度から見た細胞についての判定が難しく、難易度を上げている。

    体細胞分裂が盛んなネギ根端組織のプレパラートを製作し、問3と問6に答える。

     問3はステージの微動装置の製作に関して、留意するべきことを穴埋めする問題。微量なステージの動きを実現するために小さいシリンジで大きいシリンジを動かすこと、空気よりも水の方が圧力による体積変化が少ないので、水で注射筒と連結チューブの中を満たすこと、圧力により伸縮しにくい固いチューブを使用すること、チューブが曲がることによる内容積の変化を防ぐために、チューブと制御用注射筒は架台に固定しておくこと、といった具合。「【問題と手順】概要」には最後に答えることになっているが「1~ 5は並行して行うことも可能である。チームで相談のうえ,役割を分担するなどして効率よく進めること」ともあるように、最初に軽く目を通していれば、顕微鏡製作の強力なヒントになるはずである。問6はこの競技でやってきたことが全て試される、最終問題に相応しい問題。求められる知識は問5と同様だが、制作した顕微鏡やプレパラートの精度の高さが求められる。400 倍で観察するには、ピント合わせのためにステージの移動装置も作る必要がある。100倍で観察した画像より、400倍で観察した画像の方が高得点になるため、各チームの戦略が問われた。プレパラートの作成では、日頃の実験の積み重ねが所要時間や完成度の差になって表れたと思われる。また、細胞同士が同期しておらず、細胞周期のさまざまな段階にある根端分裂組織を選択的に取り出してプレパラートにすることが重要であり、それができないと間期の細胞しか観察できない。

     選手たちは、最初の方は特に、なかなか上手く撮影できていない様子だった。頭であれこれ考えていても、実際にやってみると上手くいかないのが実験では当たり前。100 分という短い制限時間の中で、試行錯誤を繰り返し、どれだけPDCAサイクルを回せたかが勝利の分かれ目だったに違いない。

    実技❷:顕微鏡、自分で作れるってよ(写真提供:JST)

    実技❸:おかえりフックン船長 マイコン制御でカートを自律航行

     事前に公開されていた実技競技の「おかえりフックン船長 マイコン制御によるサンプルリターンカート」(競技者3人・競技時間150分)は、小惑星探査機「はやぶさ」になぞらえて、マイコンボードを搭載した競技用車両(以下、カートという)を用いて小惑星(サンプル採取場所)のサンプルを地球(スタート・ゴールエリア)に持ち帰る競技。実際の「はやぶさ」は主に地球からの通信データで航行ルートを制御したが、この競技では、マイコンボードに書き込まれたプログラムに基づいて、設定されたコースをすべて自律的に航行させる。 

     事前に配付された部品・材料を用いて、規定に則ったカートを製作して大会当日に持参し、実際のコースでの試走状況等に応じてカートやプログラムを調整し、各校が競技課題にチャレンジした。

     海陽中等教育学校(愛知県)がチームポイント120 ポイント、航行時間1分54秒の成績で1位となり、アジレント・テクノロジー賞に輝きました。

    実技❸:おかえりフックン船長(写真提供:JST)

    【第12回 科学の甲子園全国大会】 成績一覧

    総合優勝(文部科学大臣賞・ETS Japan 賞) 神奈川:栄光学園高校

    総合2位( 科学技術振興機構理事長賞・日本理科教育振興協会賞) 奈良:東大寺学園高校

    総合3位(茨城県知事賞・SHIMADZU 賞) 愛知:海陽中等教育学校

    総合4位(つくば市長賞・旭化成賞) 北海道: 札幌市立札幌開成中等教育学校

    総合5位栃木:県立宇都宮高校

    総合6位千葉:県立東葛飾高校

    総合7位大分:大分東明高校

    総合8位兵庫:白陵高校

    総合9位岐阜:県立岐阜高校

    総合10位鹿児島:ラ・サール高校

    筆記競技1位(スカパーJSAT 賞) 福岡:久留米大学附設高校

    筆記競技2位(内田洋行賞) 奈良:東大寺学園高校

    実技競技① 1位(トヨタ賞) 兵庫:白陵高校

    実技競技① 2位(ケニス賞) 北海道: 札幌市立札幌開成中等教育学校

    実技競技② 1位(学研賞) 福岡:久留米大学附設高校

    実技競技② 2位(テクノプロ賞) 群馬:県立前橋女子高校

    実技競技③ 1位(アジレント・テクノロジー賞) 愛知:海陽中等教育学校

    実技競技③ 2位(ナリカ賞) 山梨:県立甲府南高校

    企業特別賞(帝人賞)(女子生徒応援賞) 女子生徒3名以上を含むチームの中の最優秀校 岩手:県立盛岡第一高校

    学校名(カッコ内は出場回数)

    県立開邦高校(5)

    ラ・サール高校(12)

    県立宮崎西高校(12)

    大分東明高校(3)

    真和高校(5)

    県立長崎西高校(6)

    県立唐津東高校(5)

    久留米大学附設高校(11)

    高知学芸高校(8)

    愛光高校(5)

    県立丸亀高校(6)

    徳島市立高校(9)

    県立山口高校(4)

    県立広島叡智学園高校(初)

    県立倉敷天城高校(4)

    県立松江北高校(6)

    県立米子東高校(2)

    智辯学園和歌山高校(9)

    東大寺学園高校(4)

    白陵高校(2)

    府立北野高校(4)

    京都市立西京高校(初)

    県立膳所高校(12)

    県立四日市高校(4)

    海陽中等教育学校(7)

    県立浜松北高校(2)

    県立岐阜高校(12)

    長野県屋代高校(2)

    県立甲府南高校(6)

    県立高志高校(初)

    県立金沢二水高校(2)

    県立富山中部高校(10)

    県立新潟高校(10)

    栄光学園高校(11)

    都立武蔵高校(2)

    県立東葛飾高校(3)

    県立大宮高校(4)

    県立前橋女子高校(3)

    県立宇都宮高校(9)

    県立並木中等教育学校(6)

    県立福島高校(5)

    県立酒田東高校(2)

    県立秋田高校(10)

    聖ウルスラ学院英智高校(初)

    県立盛岡第一高校(10)

    県立弘前高校(5)

    札幌市立札幌開成中等教育学校(2)

    「第12回 科学の甲子園全国大会」協働パートナー一覧(50音順)

    ●旭化成株式会社

    ●アジレント・テクノロジー株式会社

    ●ETS Japan

    ●株式会社内田洋行

    ●株式会社学研ホールディングス

    ●ケニス株式会社

    ●株式会社島津製作所/株式会社島津理化

    ●スカパーJSAT株式会社

    ●帝人株式会社

    ●テクノプロ・グループ

    ●トヨタ自動車株式会社

    ●株式会社ナリカ

    ●公益社団法人日本理科教育振興協会

    応援企業・団体一覧

    ●サントリーホールディングス

     株式会社

    ●公益財団法人日本発明振興協会

    16歳からの大学論 探究学習を進める難しさとその原因

    京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
    宮野 公樹先生
    ~Profile~
    1973年石川県生まれ。2010 ~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)など。

     2023年3月末に、現代ビジネスWEB版に寄稿しました。『誰も教えてくれない「学びとは何か」、学び直しブームへの「大きな違和感」』(https://gendai.media/articles/-/108320)というタイトルで、リカレントやリスキリング、そして探究学習といった今日的な「学び」のキーワードを取り上げ、僕なりの学問論と結びつけて考察してみたものです。この記事、ぜひご覧頂きたいのですが、実は「学習」について書ききれなかったことがまだあるため、紙面を借りて書き残そうと思います。以下は、主に探究学習に携わる先生方を念頭に置いたものです。

     物の本によると、探究学習を指導する際の悩みとして、「生徒への評価が難しい」「指導内容に不安が残る」「学習場所が広範囲になり過ぎる」「十分な学習計画が作成できない」「学習計画通りに授業が進まない」「生徒の授業に対するモチベーションが低い」があるそうです。以下、順に考えます。

    「生徒への評価が難しい」について

     大学においても卒業論文等で学部4回生を評価はしますが、基本的なスタンスとしては、その研究を評価するのであって、研究者としての人物を評価するのではありません。そこが高校とは決定的に違うかもしれません。学術研究の場合、価値ある研究のできる研究者を高く評価します。高校でも、生徒ではなく生徒の研究テーマを評価するという意識に変えると、もっとやりやすくなるかもしれません。そして、生徒も教師も、テーマ選定やその実践により身が入ると思います。

    ●「指導内容に不安が残る」「学習場所が広範囲になり過ぎる」について

     探究においては、指導(ティーチング)よりコーチングですから、生徒の選んだテーマについて教師の方が詳しい必要はありません。それより、教師自身が探究者として、挑戦や失敗、紆余曲折や苦労を繰り返すなどして熱中している姿を見せること、生徒とともにそれらを味わうことが何よりも大事だと思います。そもそも「探究」とは、指導できるようなものではないのですから。

     なお、自然科学分野の実験系ではないテーマの場合、社会学の研究方法がかなり参考になると思っています。社会学には、しっかりとその分野の手法や手続があり、「宝塚」から、「遅刻」「ジェンダー」「マンガ」「フェス」「映画」「伝統産業」「古本屋」「ツーリズム」などに至るまで、研究テーマにすることができますから。

    「十分な学習計画が作成できない」「学習計画通りに授業が進まない」について 

    これは学術研究では当たり前のことです。研究とは、ビルの建築のように設計図を作ってそのとおりに建てるような営みではありません。研究であるなら、計画は絶えず変化し、柔軟性のあるものでないとむしろだめですし、計画通りにいかなかった方がすごい発見が得られるなどの場合もあったりもします。

     以上、振り返ってみると、いずれも「研究(≒探究)」と「学習」の混同が根っこにあるように思えます。通常、高校の教科の学習では、試験問題よろしく教師が「答え」を用意して生徒はそれを《当て》にいきます。しかし、探究にはそのような確固たる「答え」はありません。にもかかわらず、通常の「学習」と同じように考えてしまっているために、評価や指導が「大変だ」「計画通りに行かない」などの悩みがでてしまう。「生徒の授業に対するモチベーションが低い」のもそれが一因かもしれません。繰り返しますが、「探究=学習指導」とするから戸惑うのであって、「探究=研究」という本来のありように戻せば、かなりの悩みはなくなるのではないでしょうか。

     勿論、問題は残ります。指導という営みが本務である高校の先生方は、どう「研究」すればいいのか。そして、どういう研究が価値ある研究、良い研究なのか・・・本来、大学の範疇であるものを、部分的とはいえ高校へ導入できるのか。

     僕は2つの道があると思っています。一つは3分間クッキングのように、ある程度の答えを用意した形で実施する道。これなら評価もしやすく計画もたてやすいでしょう。もう一つは、完全に「研究」を目指す道。もちろん実践には学校側としても覚悟と勇気が必要でしょう。しかし学習と研究の混同で悩むよりましではないでしょうか。その方がより本来の姿に近く本質的ですし、先生たちの負担や悩みもかえって減少すると思います。

     おそらく現状は、後者の方にむかっているのではないでしょうか。問題は高校には十分な研究資金はなく、実験装置も論文へのアクセス手段も十分ではないことです。しかも、通常の教科と同時進行で進めるのにどれほど注力できるのか。

     未だ揺籃期ともいえるこの「探究学習」には、たしかにそのような困難はあるでしょう。しかしその最適な姿はきっとあるはずですし、僕自身その手応えを感じないわけではありません。昨年度につづき今年度も、日経STEAMのアドバイザーを拝命しましたから、今年も10校ほどの高校で探究学習を《探究》してみようと思っています。

    雑賀恵子の書評 「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」 東畑開人 

    雑賀 恵子さん
    ~Profile~
    京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

     カバーの絵を見よう。夜の海。海の彼方はうっすらと明るく、影が伸びているのは月の明かりか、夜明け前の光か。波打ち際に小舟に乗った人が一人、小舟の脇には寄り添うように浜辺に座っている俯き加減の人が一人。柔らかい灯火を灯した細く高い柱が、遠く近くに6本。

    夜の海を頼りなく、心許なく独り、小舟を漕いでいるのは、あなた。寄り添っているのは、臨床心理学・精神分析学・医療人類学を専門とし、臨床心理士としてカウンセリングルームを主宰している著者。

     人生で迷子になってしまう時期。受験や仕事の失敗といった大きな問題からだけではなく、小さな失敗から自信を失ったり、微妙なすれ違いから他人を信頼できなくなったり、そんなことの積み重ねでありふれた日常が失われ、未来の見通しが消えてしまう。誰にでも起こり得るこうした危機の時期を、著者はユングに倣って「夜の航海」と呼ぶ。

     夜の海に小さな小舟で漂いながら、どこを目指してどこへ行こうか、そもそも自分の今いる位置さえおぼつかず、陸地がどちらにあるのかもわからない。そうした不安と混乱にある人に対して、静かに傍に座って、一緒に戸惑いながら、ときには一緒にああでもない、こうでもないとおろおろしながらも、あそこに光が見えるようだよ、でも眩しすぎるからよくわからないね、もう少し柔らかい光で形を見分けられるようなところを探そうか、と語りかけてくれる。そんな本である。

     どんな生き方がいいか、やれポジティブに考えよう、いやネガティブを受け入れよう、身の回りの人に感謝しよう、いや自分の人生を生きよう、といった人生指南書や自己啓発本は数多く出ている。本でなくとも、生き方について強力なアドバイスとなるような言説も溢れている。これらは、いわば人生の処方箋(船)だ。だけども、心は一般化できないし、複雑でその都度変わる。処方船に乗り込んで楽になったとしても、人生の問題そのものが解決できているわけではない。安全な港に避難し態勢を整えるために処方箋は有効に働く。これはマネージメントの時期と呼ばれる。それは必要ではあるのだけれども、それだけでは足りずに、これまでの生き方を見つめ直し、新しい生き方を模索せざるを得ない時がある。そういう時がセラピーの出番である。混乱した心に補助線を引いて、複雑な心を複雑なままに分割して見やすくする。いま必要なのはマネージメントか、セラピーなのかをひとつひとつ判断しながら繊細に舵取りを行うのが、カウンセラーの仕事だという。

     「処方箋と補助線」「馬とジョッキー」「働くことと愛すること」「シェアとナイショ」「スッキリとモヤモヤ」「ボジティブとネガティブ」そして「純粋と不純」という見出しにある不思議なキータームを灯火にして、著者は、あれかこれか、ではなく、あれもあってもいいしこれもあってもいい、というふうに、決めつけることなく、ゆるやかに、惑いながら夜の海を漕ぎわたることを支えてくれる。

     水平線の向こうには、やがて昇りくる陽の光がほのかに空を染めているのが見えるだろう。

    杜の都の西北から 第1回 新しくて古い? “新”学習指導要領 (学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員

    小松 悌厚さん
    ~Profile~
    1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

     2021年度から、高大接続改革の一環である新たな大学入学共通テストが導入され、選抜方式は一般選抜、総合型選抜、推薦型選抜方式に移行した。入学者選抜、高等学校教育、大学教育を通じて一体的に学力形成が図られるようにするのがねらいだった。さらに、2025年度入試からは出題内容が大幅に変更される。大学入学共通テストでは、出題教科に「情報Ⅰ」が加わり、国語は、内容の拡充に伴い試験時間も延長されるという。地理歴史は、総合性を重視した科目と探究に係わる科目に再編成される。公民の現代社会の代わりに公共が設定される。数学は科目が再編され数学②の内容に数学Cが加わるとともに試験時間も延長となる。英語も新たな教科名に変更になる。

     共通テストをはじめとする2025年の大学入試内容の大幅な変更は、新しい高等学校学習指導要領の完全実施を踏まえたものだ。新しい学習指導要領では、内容を知識・技能、思考力・判断力・表現力等、学びに向かう力と人間性等の三つの柱で再整理し、主体的対話的で深い学びを進め社会で生きる力や社会で活かす力を培うことを狙いとしており、大学入試においても改善の趣旨が反映されることとなる。

     大学関係者は、2025年度から新しい学習指導要領の下で学んだ学生の学修を円滑に進めるために、これまで入試の改善や円滑な高大接続に資する初年次教育、その他の教育課程の在り方等の検討を幅広く進めてきた。目前に迫った新しいカリキュラム編成に向けた詳細設計を慌ただしく準備を進めているのが実情であろう。

     しかしながら、新しい学習指導要領の制定に至る経緯も含めて振り返ってみると、2025年度入試で受け入れる高校生が学ぶ新しい高等学校学習指導要領が改訂されたのは2018年。その内実を検討した中央教育審議会の審議は2014年から2016年となる。「新しい」学習指導要領といってもそれほど新しくはないわけだ。

     学習指導要領は、昭和の時代から、およそ10年ごとに全面改訂というサイクルが定着している。10年もかかる背景には、文科省の検討着手から告示、解説書編纂・周知、教科書編集・出版・採択というチェーンで関連業務が進むからだ。幼稚園、小学校から学校段階ごとに実施時期が異なる上に、高等学校段階は学年進行となるので、完全実施に至るまでには相当の歳月を要することとなる。将来的には、時代の変化に対応できず教育内容が陳腐化することも危惧されかねない。教育DX等により改訂プロセスの効率化や、10年ごとにフルモデルチェンジすること以外のよい方法も見いだせるかもしれない。今後、学習指導要領の改訂プロセスの合理化に関する検討が行われることを望みたい。

    人と動物の共生社会に貢献する

    130年以上の獣医学教育の伝統と実績を基に、麻布大学が「愛玩動物看護師」を養成

    獣医師養成133年という長い歴史を持つ麻布大学は、2024年4月、「生命を看つめ、生命を護る(いのちをみつめ、いのちをまもる)」をモットーに、獣医学部に愛玩動物看護師(国家資格)を養成する獣医保健看護学科※の新設を予定している。 愛玩動物看護師は2022年5月1日施行の愛玩動物看護師法によって制定された新たな国家資格で、今年3月には第1回国家試験に合格した初の有資格者が誕生した。麻布大学はこれまで、獣医学科卒業生が約1万7千人、国内最多の臨床獣医師を輩出している。その実績が裏付ける高度な教育・研究力を基に、「高い倫理観を持ち、獣医保健看護学におけるリテラシー(知識や能力の活用力)とコンピテンシー(優秀な人材に供えられた行動特性)を兼ね備え、人と動物の共生社会に貢献する」愛玩動物看護師養成を目指す。 ※仮称/2024年4月新設予定/設置構想中につき内容を変更する場合があります。


    動物病院増築棟外観 ※完成予想図につき内容を変更する場合があります

    新学科開設の目的とその意義

     1890年に創設された東京獣医講習所をルーツとする麻布大学は、「学理の討究と誠実なる実践」という建学の精神にのっとり「人と動物との共存及び人と自然環境との調和の途を探求すること」を目的に教育と学術研究を展開、獣医系大学として最多の研究室を有する。獣医臨床センターの地下1階から地上2階を占める附属動物病院は、国内トップクラスの規模を有し、年間約1万2千症例の診療を行うとともに、学生が臨床の現場に立ち会い、獣医療技術を学ぶ教育施設としても機能している。今年は動物病院と研究室、実習室などからなる獣医臨床センターの改築工事が予定されており、来春の新学科開設までには施設の規模と機能を拡張・充実させることとしている。

     獣医療チームの要となる愛玩動物看護師を養成する新学科に大きな期待をよせる川上泰学長は、開設の目的を、「本学が掲げる“地球共生系~人と動物と環境の共生をめざして”という理念に沿って、獣医療の発展とそれを介した人間社会の健康と福祉、生活の質の充実に貢献する」ためとする。そして「獣医学・畜産学・動物科学の分野で活躍する人材を養成してきた大学として、獣医療分野で重要となる愛玩動物看護師の養成は、本学の発展のみならず質の高い獣医師の養成やペット産業の永続的な発展に貢献するはず」と力をこめる。さらに「本学にある附属動物病院や高度な設備環境、充実した学習環境で教育研究を行うことにより、社会の求めるリテラシー、コンピテンシーを備えた愛玩動物看護師を育てたい」との意気込みを示す。

    キャンパス全景

    新学科の特徴の一つ 獣医師養成と同じ環境で学び、チーム獣医療の礎を築く

     新学科の特徴について、同学科で講師に就任予定(現 動物応用科学科 講師)の久世明香(さやか)先生の挙げるキーワードは、《獣医学科と共に》。これは、獣医学科と同様の最先端の設備と充実した教育体制の中で学ぶことで、チーム獣医療を体感することを意味する。愛玩動物看護師として活躍する上で、自身の役割の理解と獣医師や動物病院スタッフとの協力は欠かせない。そのため、獣医学科で行われている保護動物の避妊去勢手術の実習にあわせて、獣医保健看護学科(仮称)の学生が動物の入院管理を担うなど、同じ環境で実習を行う計画としている。また、4年次の病院実習は、附属動物病院だけでなく、公益社団法人日本動物病院協会(JAHA)と包括協定を結び、同協会に加盟する全国の動物病院でも行う予定だ。

     もう一つの特徴は、教養科目をしっかり学べる体制を整えていること。教養科目は専門科目を理解する上での基礎となり、暗記した知識に頼るだけではなく、応用力や問題解決能力を備えた専門職を育てるのにも欠かせない。また、基礎教育科目として設けられた「生物学入門」「化学入門」などでは、初年次教育・リメディアル教育を担当する教育推進センターで個別相談や補習などを行い、高校時代に生物・化学を履修しなかった学生も、専門科目の授業についていけるよう支援する。

     「教養教育に加えて、協調性やコミュニケーション能力の養成も重視したい」と久世先生。「臨床現場において、チーム獣医療を実践する上でも、飼い主との関係構築のためにも、コミュニケーションはとても重要。相手の立場に立ち、相手に伝わるように説明できるようになるため、コミュニケーションの科目に限らず、さまざまな科目の中でグループワークを重視し、ディスカッションやプレゼンテーションなどの機会をできるだけ設けたい」とも。

     また、コミュニケーションは、人間だけではなく「動物との間にも必要」とし、「本来、動物にとって、病院は苦手な場所。動物の行動学や適正飼養学を通じて、動物の気持ちを理解し、動物が診察を受け入れやすくなるための工夫も身につけてもらいたい」と語る。

     植竹勝治獣医学部長からは、「看護師教育のキーワードのひとつは“アドボカシー”(弱い立場にある動物の生命や権利、利益を擁護して代弁すること)で、獣医療チームの一員として、痛みや感情を伝えられない動物や飼い主の代弁者となる専門性と人間性を兼ね備えた人材の養成を目指したい」と、意気込みを聞いた。

    獣医療現場

    獣医系大学最多の研究室で、学科を超えて専門分野を学ぶ

     麻布大学では、3年次から研究室に所属し、興味のある専門分野について研究活動を行う。そこは知識を深めたり、特殊な技術を修得するだけでなく、論理的思考・主体性・チームワークを身につける場ともなる。また、希望があれば、獣医学部にある他学科(獣医学科および動物応用科学科)の研究室に所属することができるため、動物と人の関係性、産業動物、野生動物など、愛玩動物の看護を超えた分野についても学ぶことができる。

     他大学にはない特色ある教育「麻布出る杭プログラム」があるのも、麻布大学を選ぶ大きなメリットだ。これは、文部科学省の「出る杭を引き出す教育プログラム」で麻布大学が全国の大学の中で唯一採択されたもので、伴侶動物(犬や猫)や野生動物、生態系、SDGs、植物などをテーマに約30の研究プロジェクトが全学的に展開されている。学部・学科を超えて応募でき、1年次後期から参加できるが、多様な分野から専門分野を選択し、早くから知識や技術を修得できると好評で、文部科学省の中間評価でも最高評価「S」を受けている。

    万全の就職支援、卒業生の獣医師ネットワークが大きな力に

     新学科では4年次に愛玩動物看護師国家試験を受験し、合格すれば資格が得られる予定だ。卒業後は、ほとんどが愛玩動物看護師として動物病院などに就職することになるだろう。その際に強みとなるのが獣医学科卒業生のネットワーク。麻布大学はこれまでに輩出してきた臨床獣医師数が国内No.1であり、全国の動物病院や動物関連施設で多くの卒業生が働いている。大学としては、これら卒業生のネットワークや公益社団法人日本動物病院協会(JAHA)との密接な関係などを活用することで、着実に動物病院に就職し活躍できるよう支援する計画だ。

     動物病院以外の就職先としては、地方自治体に設置が義務づけられる動物愛護管理担当職員(一般市町村は努力義務)、ペットショップなどの第一種動物取扱業とされる事業所に配置が義務づけられている動物取扱責任者や動物の栄養管理指導者などへの道が開かれている。このほか、適正飼養のための工夫に取り組む動物園や水族館なども就職先として考えられるなど、愛玩動物看護師としての知識や技術を生かせる分野は多い。

     久世先生は「飼い主もペットも高齢化によって飼育が困難となり、動物の世話が必要なケースが増えている。また、ペットを同伴できるホテルや、ペットの飼える高齢者施設が増えることで、動物のいる環境が広がるとともに愛玩動物看護師として活躍の場も広がる」とする。新学科では、学生に広い視野を持ってもらうためキャリア形成科目を多く組み入れており、動物病院以外の就職も含め、自分に合ったキャリアを見つけられる指導体制を整えている。また、2人の教員がクラス担任となり学生の相談に応じるほか、専門の就職支援アドバイザーを置くなど、学生支援体制を充実させるとしている。

    獣医学部棟

    「動物が好き、人も好き」だけでなく、「広い学びと実践力を身につけたい」人、求む

     では、どのような人が愛玩動物看護師に向いているのか。

     久世先生は、「まず動物が好きな人」と述べた後、すぐに「ヒトとのコミュニケーションも求められるため人も好きであってほしい。1対1で向き合うだけでなく、社会全体の中での人と動物の共生も意識できる人はさらに歓迎したい」と語る。

     「地球共生系~人と動物と環境の共生をめざして~」という教育理念の下、人と動物の健康とそれを取り囲む生態系や社会に貢献する人材を育成する麻布大学。川上学長によれば「リテラシーとコンピテンシーを兼ね備えた人材養成」ということになるが、それを実現するために全学共通科目に置かれているのが「地球共生論」と「地球共生系データサイエンスプログラム」。

     1年次に置かれる「地球共生論」は、麻布大学の建学の精神や歴史に始まり、全学科の教員がオムニバス形式でそれぞれの教育に対する思いや内容を伝えるもので、「麻布大学概論」であるとともに、人と動物との共生について深く考える姿勢を身につけるものとなっている。「地球共生系データサイエンスプログラム」は、1年前期に必修の『基礎プログラム』と2年次通年で選択の『発展プログラム』の2段階からなり、数理・データサイエンス・AIへの関心を高め、各専門分野における課題をデータに基づいて適切に判断し、解決に導ける人材の育成を目指す。

     新学科を志望するにあたっては、「国家試験の受験資格取得だけでなく、知識を活用して問題解決を追求するというように、広い学びと実践力を身につけることも目標にして欲しい」と久世先生。麻布大学獣医学部獣医保健看護学科(仮称)は、発展し変化し続ける共生社会を切り拓きたいという意欲に満ちた入学者を待って、来年4月に開設される予定だ。

    愛玩動物看護師とは

    診療の補助や愛玩動物(ペット)の看護にとどまらず、愛玩動物の飼い主などへの愛護・適正飼養に関する助言などを行う専門職で、特に輸液剤の注射や採血、マイクロチップの装着、カテーテル留置、投薬など、獣医師の指示の下に診療の補助業務が行える独占業務(獣医師を除く)である。これまで獣医師だけが行ってきた医療行為のうち、衛生上の危害が生じるおそれは少ないと認められる行為を、その指示の下で行える。ちなみに愛玩動物とは、犬や猫および政令で定める動物と法に規定されており、犬・猫のほかは愛玩動物看護師法施行令で愛玩鳥(オウム科全種、カエデチョウ科全種、アトリ科全種)と定められている。  また、動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)ではペットショップやブリーダー、トリミングサロン、ドッグトレーナーなど、第一種動物取扱業を行う事業所には動物取扱責任者を置くことが義務づけられており、動物取扱責任者になるには「一定期間以上の実務経験または飼養に従事した経験」と、「専門知識を学ぶ学校の卒業資格または所定の民間資格」の双方が必要とされる。しかし愛玩動物看護師は獣医師同様、その資格だけで動物取扱責任者になることができる。  2019年には、動物の福祉が守られる社会を目指して改正された動物愛護管理法では、出生後56日を経過しない子犬や子猫のペット販売の原則禁止や、動物虐待に対する厳罰化、都道府県・政令指定都市・中核都市に動物愛護管理担当職員を置くことなどが決められた。昨年4月からは、犬猫等販売業者に犬・猫へのマイクロチップ装着義務が課されるようになるなど、人と動物の共生社会の発展という流れが加速する中、それを背景に設けられた国家資格と言うことができる。

    お話を伺った方々

    学長 川上 泰 先生

    ~Profile~ 麻布大学環境保健学部を1988年3月に卒業後、4月から同学部助手、講師、2008年からは現在の生命・環境科学部の准教授、教授を経て、2021年11月に学長に就任し獣医保健看護学科の設置に向けて舵を切った。大学では寄生虫や衛生動物を対象とした研究に従事して35年。2000年〜2002年にワシントン大学に留学し、生化学的な実験手技や技術を学んだ。何事にも怯むこと無く取り組んでいくことをモットーにしている。趣味は愛犬と遊ぶことである。青森県立弘前高等学校出身。
    講師 久世 明香 先生

    ~Profile~ 神奈川県出身。東京大学農学部獣医学専修卒業後、同大学大学院農学生命科学研究科博士課程(獣医動物行動学研究室)に進学し、『盲導犬における早期適性予測に関する行動遺伝学的研究』で獣医学博士号を取得。大学院時代より、イヌ・ネコの問題行動に関する行動遺伝学的研究や問題行動の治療に携わり、獣医行動診療科認定医を取得。東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教(獣医動物行動学研究室)、一般動物病院勤務医、東京大学附属動物医療センター特任助教を経て、2018年4月より現職。桐蔭学園高等学校出身。

    大学の最新の研究成果・知見をまちづくりに

    ――3月25、26日、京都大学の若手研究者が北海道倶知安町で、

    市民参加型の「ビジョナリーワークショップ 2050年の倶知安町

    —町民と若手研究者で描くビジョン—」を主催

    北海道倶知安町は北海道の南西部に位置する町で、ニセコ連峰や羊蹄山などの自然景観が美しいことで知られる。近年は、外国人観光客の増加に伴い多言語対応の観光施設やサービスが充実し、日本にいながら国際的な環境を味わうことのできるユニークな町。一方、過疎化や高齢化、若者や労働力の流出、観光客の季節的な変動によってオフシーズンへの対応をどうするかなどの課題も抱える。このワークショップは、そんな倶知安町の持続的な発展を見据え、将来の町の方向性や目標を考える機会にしようと開催された。倶知安町からは農業従事者、商業関係者、スキー場・開発事業者、役場職員、病院関係者、中学生・高校生など、京都大学からはL-INSIGHT※フェローおよび大学生・大学院生が参加し総勢は46名となった。 ※京都大学L-INSIGHTは、2019年11月に文部科学省による令和元年度科学技術人材育成費補助事業の「世界で活躍できる研究者戦略育成事業」の採択を受け開始されたプログラムで、2030年代に世界一級の研究者と成り得る、世界視力を備えた次世代トップ研究者を育成することを目的としている。


    集合写真

    「研究成果を社会実装したい」(研究者)、「研究者の技術やアイディアを

    まちづくりに取り入れたい」(町民のみなさん)との想いが形に

     主催者の一人である京都大学大学院農学研究科助教の白石晃將さんは、「2022年7月、倶知安町で農林水産業を中心にフィールドワークを行った際、たくさんの魅力を発見するとともに町が抱える諸課題を知った。町のビジョンや長期的な戦略に研究者の視点を加えることで、何かしらの貢献ができるのではと感じた」とワークショップ開催の発端を語る。そこで他のフェローとともに計画、今回の運びとなったという。「研究者としては専門的な知見をまちづくりに活かすための実践的な学びの場となり、町民のみなさんには大学の最新の研究成果を取り入れ、新しい町づくりや将来へ向けてのアイディアに活かすきっかけになるのでは」とその意義についても語ってくれた。

     ワークショップは、自分たちの価値観や町の魅力を参加者で共有することからはじまり、「観光と開発と自然環境共生」、「教育やコミュニティ発展と公衆衛生」、「気候変動と一次産業」、そして「中高校生」の4つの視点から2050年の町の未来を語り合い、最後にそこに至るビジョンを描いた。その際「目の前の課題ばかりに目が向き過ぎないよう、バックキャスティング(未来思考)で議論が進むことにも注力した」とフェローの一人として会を主催した京都大学医学部附属病院助教の磯部昌憲さん。

    文字町長による開会挨拶

    「おいしさ シンカ 羊蹄山

    〜NOW WE SEE, NOW WE CHANGE, FUN NISEKO〜」

     ワークショップの最後に考案されたのがこのキャッチコピー。「シンカ」は、進化、深化、真価などを表し、技術の進歩と、コミュニティが深まることによって、町の精神的支えとなっている羊蹄山の麓で育まれる美味しい作物の価値がいつまでも保たれて欲しいという願いを込めた。また「おいしさ」をひらがな、「シンカ」をカタカナ、「羊蹄山」を漢字にすることで多様性を、サブタイトルを英語表記にすることで国際性も表現した。

     「町の将来を考える会議は倶知安だけでなく全国各地で行われていますが、若手研究者の知見が得られ、地元の10代の中高生も参加し、意見が反映される会合は、今まで私は聞いたことがありません」と倶知安観光協会理事の早川貴士さん。参加した中高生も、「大学生や大学院生、若手研究者と意見交換でき、とても有意義だった」と語る。大学生として参加した京都大学農学部2回生の土田美咲さんは「唯一無二の自然、地元をこよなく愛する町の人々、一方で複雑な利害関係…全てが自分の想像を超えていてとても驚きました。大学での研究を通じて、このような町の課題を解決できるような人物になるため、さらに学業に励もうと思いました」、京都大学大学院総合生存学館博士一貫課程2回生の光部雅俊さんは「研究者でもまちづくりに貢献できることが実感できた。専門知識を身につけ、それを実践する場をたくさん作り出せる研究者になりたい」と語ってくれた。「研究成果として得られた知見や技術には学術的価値があるのはもちろん、それが社会で有効活用されると、新たな社会システムの創出や、製品・サービスの開発などにつながり、経済や社会に多くの恩恵をもたらす。そのためにも研究者と市民との対話は欠かせないことから、これからもこのような機会をできるだけ多く設けていきたい。また、ビジョンを打ち出した倶知安町とは今後とも連携を続けたい」と白石さんは今後の抱負を語ってくれた。

    グル-プワークの様子

    「フュージョンエネルギー」に注目 「ENGINEERING(工学)」をFUSION(融合)」し、エネルギーの未来を切り拓く 

    武田 秀太郎さん武田 秀太郎さん
    九州大学都市研究センター・准教授
    京都フュージョニアリング株式会社・共同創業者
    文部科学省 核融合科学技術委員会
    原型炉開発総合戦略TF 主査代理

    ~Profile~
    2014年京都大学工学部物理工学科卒業。2016年京都大学大学院総合生存学館、修士課程相当修了。2018年京都大学大学院エネルギー科学研究科早期修了、博士(エネルギー科学)取得。2019年ハーバード大学大学院修士課程修了(サステナビリティ学)。2018年京都大学大学院総合生存学館特任助教、2020年国際原子力機関(IAEA)プロジェクト准担当官、2022年京都大学大学院総合生存学館特定准教授を経て、現職。2019年10月には京都フュージョニアリング株式会社を共同創業。 International Young Energy Professional of the Year 賞、英国物理学会IOP若手国際キャリア賞、IAEA事務局長特別功労賞ほか、多数受賞。日本国籍で唯一のマルタ騎士団騎士。FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』コメンテーター。東海高等学校出身。

    エネルギー工学と計量サステナビリティ学(Sustainametrics)を研究する傍ら、「フュージョンエネルギー」スタートアップである京都フュージョニアリング株式会社を共同創業した武田秀太郎さん。 研究力と実務実績から数々の国際賞を受賞するとともに、国際支援活動が評価され、現在日本国籍でただ一人のマルタ騎士団のナイトでもあります。 FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』にてコメンテーターもこなす武田さんに、大学発スタートアップの可能性、国際活動についてお聞きし、未来のアントレプレナー、国際協力の場で活躍することを目指す高校生・大学生に向けたメッセージをいただきました。


    提供:京都フュージョニアリング株式会社
    提供:ITER機構
    提供:核融合科学研究所

    世界中の「ENGINEERING(工学)」を「FUSION(融合)」し、未来を切り拓く、京都フュージョニアリング株式会社

    みなさんは、「フュージョンエネルギー」という言葉を聞いたことがありますか?フュージョンエネルギーは、「核融合」とも呼ばれていたエネルギーで、太陽を始めとする宇宙全ての星を光らせているエネルギーです。太陽は水素でできていて、この水素同士が融合(フュージョン)してヘリウムに変化することで、膨大なエネルギーを生み出しているのです。

     もし、地上に太陽を作ることができれば、地球環境に優しい未来の持続可能なエネルギー源になるとして、今大きな期待が寄せられています※。これが、「フュージョンエネルギー」です。フュージョンエネルギーは海水中に豊富に含まれる水素原子から大きなエネルギーが得られ、事故のリスクが低く、石油や石炭のように地域、産地、また埋蔵量に偏りがありません。まさに究極のクリーンエネルギーなのです。

     実際に、現在世界では多数のスタートアップや研究機関によって、物理学やプラズマ科学を駆使したフュージョン炉の開発競争が巨額の費用をかけて行われています。そんな中で私たちは、それらのプレーヤーにとって必要不可欠な「プラント技術の研究開発」と「炉心特殊機器の研究開発」の二つに事業領域を絞り、強みとする新たなスタートアップ「京都フュージョニアリング株式会社」を2019年に立ち上げました。

     「FUSION(融合)」と「ENGINEERING(工学)」を掛け合わせた造語による社名には、世界中の工学者とフュージョニア(フュージョン研究者)を融合させ、エネルギーの未来を切り拓きたいという想いが込められています。現在従業員は70名を超え、東京、京都、そして米国や英国で密に連携をとりながら研究開発を展開しています。

     私たちは、世界中の研究機関や民間企業を対象に、先進ハードウェア群の開発や設計支援など、各種炉心要素技術の開発に初期段階から参入し、数十年に亘って継続的に、主要設備を製造、納入するという息の長いビジネスを展開しています。実際これまでに英国原子力公社など多くの顧客から発電プラントの概念設計や、ジャイロトロンという特殊装置の受注などを獲得しています。

    ※ITER国内指定機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構HP参照

    同HPによれば、「ITER(イーター)」は、平和目的のための核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証するために、人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトで、「ITER」はラテン語で道という意味を持ち、核融合実用化への道・地球のための国際協力への道という願いが込められているという。

    フュージョンエネルギーはあと何年で実現するか?

     これについてはこれまで、「いつまでたっても30年先」などと言われてきました。しかしここ数年の間に、情勢は変わりつつあります。欧米の政府機関関係者の多くが、2035-2040年に実現すると宣言するようになったのです。実際に英国ではフュージョン発電所を設置する候補地の選定が終了しましたし、米国ではホワイトハウスがフュージョンエネルギーサミットを開催し、2040年までに実現すると宣言しています。このようにフュージョンエネルギーの実現が現実味を帯びてきた背景には、民間投資の伸びが挙げられます。米国では2021年、民間企業によるフュージョンエネルギーへの投資額が米国エネルギー省のそれを抜き去り、研究開発が国家主導から民間主導に変わりつつあります。2010年代に見られたSpaceXによる有人宇宙飛行の推進がそうですが、民間主導になるとスピード感が出て、柔軟性も高い。ビル・ゲイツ財団やグーグルが出資する米国マサチューセッツ工科大学(MIT)発のスタートアップCommonwealth Fusion System(CFS)社も、2025年までには実験炉を用いて発電の商業化への道筋をつけ、2030年代初頭の商業用の完成を目指しています。

    きっかけはエレベーターの中に?

     このような状況の中で、その中核を担える位置にいることに大きなワクワク感を覚えている私たちですが、会社設立のきっかけは、4人目の共同創業者であり現在Chief Innovatorを務めるRichard Pearsonさんとの出会いでした。元々、私と当時の指導教員で設立構想を練り始めたのが2018年でしたが、同年の国際会議でのRichard Pearsonさんとの出会いがそれを加速したのです。

     Richard Pearsonさんは、当時既にスタートアップに勤務していたこともあって、私は会議後に彼の会社を訪問させてもらいました。そしてそこで比較的小規模の施設で行われていた最先端の研究開発を目の当たりにして、「自分たちにもできる!」と大きな可能性を感じたのです。成功する確率が1/100しかなければ挑戦すらしないのが一般的かもしれませんが、子どもの頃から好奇心旺盛だった私の性格と、もう一人の創業者の情熱が相まって、社名も会議後の懇親会で決めるといった具合に急ピッチで創業を進めました。

     ところでRichardとの出会いには前段があります。アメリカの滞在先ホテルのエレベーターでたまたま乗り合わせ、何となく会話をはずませていたところ、実は同じ学会に参加していたことが偶然にも分かったのです。振り返れば、まさにそれが人生の転機でした。

    大学発スタートアップ企業には可能性がいっぱい

     現在、日本には大学発のスタートアップ企業が約3300社あると言われています。日本全体で大学教授が6 ~7万人いるとすると、単純計算で20人に一人が会社を持っている時代です。しかも驚くことに、3300社のうち64社が上場を果たしています。大雑把に言えば、大学発スタートアップは50分の1の確率で社会に大変革を起こせるわけです。

     こう考えると、確率はとても高い。それなら、興味のある学生さん、若手教員を始め大学関係者のみなさんも挑戦する価値があるのではないでしょうか。

     日本経済が成長軌道を取り戻すためには、勢いのあるスタートアップの出現が欠かせないとの認識から、日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出しました。近年は社会も、スタートアップ企業の失敗に寛容になってきており、一度ダメなら二度目、二度ダメなら三度目といった具合に何度も挑戦権が得られるような風潮も生まれつつあります。

     スタートアップ企業と中小企業とでは、資金調達の使途や方法に大きな違いがあります。スタートアップは、市場を新たに創出するような破壊的イノベーションを生むのが目的で、投資家から資金を得て、大きくスケールアップすることを目指しています。よく学生さんで誤解をされておられる方がいるのですが、スタートアップは主に借金ではなく、同じ志を共有してくれる仲間から資金を得ています。「借金が残るのが怖いのでスタートアップ起業は考えていません」と言われる学生さんにたまに会いますが、まずはその心配が不要であることをお伝えしたいです。

     スタートアップ企業の中でも、特に大学発の魅力は、学術の探求という情熱と社会への貢献というミッションを両立できるという点だと思います。スタートアップの仕事には、大学では感じることのない刺激があります。大学にとって、研究に100%の力を注ぐ純粋な学者はなくてはならない存在ですが、今後は、起業スピリットを持った冒険心あふれる教員など多様な研究者が混ざりあうことも必要ではないかと考えています。

    もう一つの大きな夢、計量サステナビリティ学の確立

     当面の目標は、世界的な研究者として認められることですが、そのための起点の一つが、日本にしっかりしたサステナビリティ学※を確立させること。というのもこれまでのサステナビリティ学は、文理融合によるアプローチが基本とは言え、数理的手法による仮説検証などはあまり行われておらず、純粋学術にも、人材育成、産学連携にも振り切れていない理念先行の分野にみえるためです。しかしサステナビリティ学とはそもそも社会変革の学ですから、定量性を持って、社会に確としたインパクトを与えることが必要だと考えています。

     そこで今取り組んでいるのが、データサイエンスの知見も入れながら持続可能なエネルギー源の社会経済分析や技術評価を行うといったように、サステナビリティ学に実証的内容を持たせる試みです。サーキュラーエコノミーからESG、LCAまで、データサイエンス的な観点から計量的に分析し統合し指標化していく。経済学が計量経済学に発展していったように、サステナビリティ学を計量サステナビリティ学にしていきたいのです。

     目下、研究会を主催していて、すでに論文も15本集まり、4月には、計量サステナビリティ学の学術会議を一般社団法人化することにも目途がついています。今後が楽しみです。

    ※東京大学第28代総長小宮山宏の提唱によるとされる。『地球温暖化問題に答える』(東京大学出版会)、『地球持続の技術』(岩波新書)などに詳しい。本誌65,75に関連記事

    高校生・大学生へのメッセージ

    とにかく知的好奇心を大切にして自由にいろいろなことに取り組んでください。周りから言われたことを過度に気にしないことも大事です。幼いころからの旺盛な知的好奇心や行動力が、今の自分を形成してくれたと思います。

    聖ヨハネ騎士勲章ナイト・オブ・マジストラル・グレース( 聖ヨハネ騎士勲章)を

    受賞、日本で唯一の存命するマルタ騎士に

     2022年に私は、青年海外協力隊、国連職員、そして大学教員として、バングラデシュ、香港、東南アジアにおいて国際支援活動を継続してきたことが認められ、マルタ騎士団によってナイトに叙任されるとともに、聖ヨハネ騎士勲章を受勲しました。日本国籍の騎士叙任は約90年ぶりで、現在、日本国籍の唯一のナイトとなりました。

     マルタ騎士団はカトリックの騎士団として11世紀に設立されました。騎士団でありながら国際法上の主権を有し、パスポートを発行し、120カ国と外交関係を結ぶとともに、国連にオブザーバーの地位を有する「領土なき独立国」です。現在世界に13,500人の騎士、95,000人の常勤ボランティア、52,000人の医療専門職員を擁しており、医療活動、戦争や飢餓に苦しむ人々の緊急支援、自然災害への救援など、国際人道支援を120カ国で展開しています。欧米では中学や高校の歴史の教科書などに掲載されているなど、世界史的にも国際的にも非常に注目を集めていますが、日本での知名度は低く、その向上にも貢献していくつもりです。

    社会の役に立ちたい!悶々とした高校・大学生活で見えてきた将来像。

    高校、大学で抱いた問題意識から、3.11を契機に自衛隊へ。

    大学へ戻ってからも科学技術と社会の繋がりをとことん考える

    好奇心旺盛な性格で、社会活動に興味を持ちだしたのは高校生の時。学校での勉強に満足できず、社会運動に参加したり、政治家と直接、意見交換したりしました。生意気にも「社会とはなんと非合理なのだろうか」と考え、教育改革など社会運動にのめり込んでいったのです。好奇心旺盛な若者を、放任主義とも取れるほど自由に活動をさせてくれた高校と両親にはおおいに感謝しています。あの頃の体験があるからこそ、今のバランスの取れた社会に対する視点があると思います。

     高校卒業後は京都大学工学部工学物理工学科に進学。3回生まで自由に学業に励んでいましたが、やはり国の税金で学ばせてもらいながら社会に貢献できていない自分に違和感を覚えるようになりました。そんな折に起きたのが東日本大震災。思うところがあった私は新学期になる前に大学に休学届を提出、二年間自衛隊に入隊しました。少々やりすぎだったかもしれませんが、大学に戻ってからは、科学技術と社会の繋がりをとことん考えるようになりました。

     大学院ではエネルギー工学に加え、持続可能エネルギー政策やその経済性の分析、さらに技術の受容性を研究、修了後は、国連や京都大学での職を経て、現在に至っています。

    「地球持続の技術」(岩波新書)
     環境問題の解決と、次の世紀へ向けていかに持続可能な社会を作っていくかが、21 世紀人類にとっての最大の課題。「20 世紀の後半には地球環境の悪化に対する警告がなされました。21 世紀にはそれに対して具体的な答えを出さなければならない。そしてそれはエンジニアとしての使命でもある」(小宮山先生)ことから、本書は書かれた。主に物質とエネルギーの側面から、温暖化や化石エネルギーの枯渇といった問題へのアプローチを試みる。さらに後半では、2050 年を目標に自動車のガソリン使用量を1/4に、エアコンの電力消費量を1/3 になど、すべてのサービスに使用されるエネルギーは1/3 にできるはずという具体的なプランが展開されている。執筆当時からおよそ10 年たった今、小宮山先生は自らの主張について、「ますます確信を深めています。ただ、エアコの効率はすでに当時の2倍になっていて、これだけはうれしい誤算。もっと大胆に言っておけばよかった」と顔をほころばせる。【本紙65号:2006年9月9日発行、東京大学 小宮山 宏 総長インタビューより】

    今年度から始まった《大学で》探究学習プログラム 東京都市大学 OPEN MISSIONとは

     「探究」という学びのキーワードは、大学入試や高大接続プログラムにも変化を与えている。東京都市大学では、総合型選抜で探究活動の成果を評価する新入試を導入し、一般選抜では「探究総合問題」という複数の教科を横断して探究力を問う試験問題を新設した。また、高校生向けの進学イベントとして従来型の「オープンキャンパス」に加えて、本年度から探究学習プログラム「オープンミッション」を実施した。

     「オープンキャンパス」は、大学の施設設備を見学したり教育研究内容に関する具体的な説明を提供するフェスティバル型のイベントで、1dayプログラムであるのに対し、「オープンミッション」は探究学習イベントとして約3か月の期間を必要とする。

     参加者は、大学のホームページで提示された探究テーマから、関心あるテーマを選択して登録(各テーマごとに人数制限あり)。ミッション(課題)動画に基づき、自分なりにまとめたレポート等を6月26日(日)に持参し、当日はテーマごとにグループワークを行ったり、大学の研究機器を利用した実験を体験。大学教員から直接指導を受けることも貴重な機会となるが、アシスタント役の大学生からのアドバイスは、年齢の近さもあって参加者の緊張感を和らげるのに一役買っていたようだ。

     そして、このプログラムはこの1日では終わらない。担当教員からのレクチャーに基づき、ここからさらに深く内容を掘り下げ、8月9日(火)にあらためてキャンパスに集合し、最終成果を発表した。参加者はこの期間内、大学図書館を自由に利用し、担当教員から適宜アドバイスを受けたり、テーマによっては参加者どうしでの意見交換なども行い、大学のアカデミズムに触れながら探究活動を深めた。

     東京都市大学がこの「オープンミッション」を企画した背景には、高校での「探究」の学びの動向をいち早くキャッチし、大学の教育研究と有機的に連接させたいという意図がある。また、高校の探究活動を支援したいという目的もある。

     本年度は周知期間も短く、全389名の受け入れ枠に対して約200名の参加だったが、このプログラムの成果を利用して総合型選抜に出願する受験生は130名にも及んでいる。本年度のプログラムは終了したが、高校から「探究活動として公式に連携したい」という問い合わせも多く、来年度はさらに拡大して実施する予定だ。

    世田谷キャンパス

    受付会場(TCUホール)
    参加者による探究課題の成果発表(電通)
    参加者による探究課題の成果発表(都市)
    参加者による探究課題の成果発表(都生)

    横浜キャンパス

    高校生デザイネージコンテスト(社メ・情シ)
    参加者による探究課題の成果発表(環創)
    参加者による探究課題の成果発表(環経)
    参加者に受講証明書を授与(デ科)
    東京都市大学
    東京都市大学は、武蔵工業大学を前身(2009年名称変更)とし、「理工学」分野を中心に「文理融合」や「学際領域」の教育・研究を積極的に行っている大学である。現在は、理工学部、建築都市デザイン学部、情報工学部、環境学部、メディア情報学部、都市生活学部、人間科学部の全7学部17学科で構成され、来年度には8学部めのデザイン・データ科学部も開設される。

    「脱炭素」で本当にいいの? 日本化学会が炭素循環を提言

    2022年9月4日、日本化学会は学会長名、教育・普及部門長名で「科学(化学)的に正しい「炭素循環」を 我が国が目指す社会の用語として使おう!」というメッセージを日本化学会機関紙「化学と工業」、「化学と教育」9月号、さらには学会ホームページに公開した。日本化学会では、この科学(化学)的に間違った言葉が使われることに強い懸念をもっており、科学(化学)的に正しい「炭素循環」という用語を使うことを強く求めることを主張している。さらに、9月7日、日本化学会関係者が文部科学省関係部局に出向き、本事案の説明と情報提供を行った。本事案が世の中に浸透し、議論が活性化され関心が高まること、さらにこれがきっかけとなり本件に対する正しい理解と共に国民の科学的リテラシーの向上を期待したい。以下、今回の公開文書の本文の一部を示す。


     (前文略)人類が協調して目指す社会を指す言葉として、「脱炭素」がしばしばマスコミ記事、場合によっては政府の資料でも使われます。この言葉は科学(化学)的に適切でしょうか。「脱炭素」という言葉からは、その目指す究極の到達点は「炭素がない」、「炭素がなくなった」状態と捉えられる言葉です。しかし、我々人間を含めたすべての生物は炭素を含んでいますし、木材のような自然由来の物質にも炭素が含まれており、私たちの社会から炭素をなくすことは現実的ではありません。つまり、「脱炭素」という用語は、炭素のない生物や物質社会を目指すという間違った印象や目標を人々に与えてしまうかもしれないのです。社会が求めているのは、二酸化炭素の排出と吸収のバランスの取れた状態で、科学的には二酸化炭素を媒体とした「炭素循環が100%達成」された状態です。この状態では炭素は決してなくなっているわけでもなく、なくすことを目指すことも真の目標ではありません。したがって、「脱炭素」よりも「炭素循環」という用語が科学(化学)的に適切です。すなわち、我々が目指す姿として社会や経済という言葉と組み合わせるのであれば、「脱炭素社会」や「脱炭素経済」ではなく、「炭素循環社会」や「炭素循環経済」(英訳:Circular Carbon Economy)という用語をつかうべきなのです。

     次代を担う子供たちや社会に化学を正しく伝えることは日本化学会の重要な役割のひとつです。例えば、中等教育においては、高等学校教科書と大学入試で使われてきた用語でその用法に疑問を感じるものについては日本化学会の委員会で検討をし、その「望ましい」用語や用法を提案してきました。事実、これらの提案は文部科学省の新しい学習指導要領にも反映されました。「脱炭素」という言葉は、これまで公的な文書でも用いられることがありましたが、その結果として初等、中等、高等教育の教科書に掲載される可能性が出てきています。日本化学会は、この科学(化学)的に間違った言葉が使われることに強い懸念をもっており、科学(化学)的に正しい「炭素循環」という用語を使うことを強く求めたいと思います。科学(化学)的に正しい用語を用いて、子供たちの科学に関する見方や考え方を育てていくことは極めて重要であり、我が国の将来の科学技術を担う優れた人材を育成することにつながると確信しております。

     公益社団法人 日本化学会 会長 菅 裕明  教育・普及部門長 塩野 毅

    ※全文及び詳細は、https://www.chemistry.or.jp/news/information/post-443.htmlを参照のこと。

    雑賀恵子の書評 「清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか? 」池内了(青土社)

     自分は理系だから国語が苦手だとか、逆に文系だから数学はわからないとか、いとも簡単に決めつけることがある。こうした文系・理系の分け方は当然のように受け入れているけれども、実際は日本の大学受験の際に必要なだけだ。経済学のある分野はほとんど数学の世界だし、動物実験中心の心理学というのもある。ではあるが、理系か文系かという区別は、進路を決めるのに決定的といっていいほど受験生を縛り付けている。では、博物学は理系、文系のどちらだろうか。博物館はあるが、博物学部とか博物学科というのは聞かない。そもそも博物学とはなんだろう。

     読書家であり文系志望だった著者の池内了は、中学の頃、優秀であるが理数系に弱い兄(独文学者の故・池内紀)に対抗して理学部に進もうと考え、大学院では天体物理学を研究した。厄年を過ぎる頃、天文学者としての自分の才能に迷いが生じ、研究場所を国立天文台から阪大、名古屋大へと変え、他の分野の研究者と交わるうちに、宇宙を見上げる仕事から宇宙からの視線で地上を見下ろす仕事(科学・技術・社会論)へと重点を移したという。理系知と文系知を融合して両方の視点からものを見るようになったのだ。

     このような視線は、洋の東西を問わず昔から博物学に備わったものであり、西欧では自然科学発祥の母体となっていった。日本では、薬草・薬物の研究(本草学)やら希少な動植物の蒐集・観察が博物画などとして花開き、博物学は、遊び・洒落・機知・粋や潤い…といった江戸文化を体現するものとなっていく。それが西欧科学の輸入に勤しむ近代化の流れの中で、実利に結びつくような科学技術一辺倒となり、自然と密接して生きてきた人間の営みと結びつき異質なものが入り混じった博物学は忘れられてしまった。科学を難解な知識の塊として捉える現代の学問のあり方はさみしいものであり、文化をひ弱なものにしているのではないかと著者は嘆く。

     そこで、理系の知識と文系の人間の営みを合体し融合させて、読む人が科学と文学を同じ地平に捉えることができる作品ができれば素晴らしい。そう考え、「池内流の新しい博物学」として書かれたのが本書である。

     とはいえ、小難しいものではなくて、さすが江戸の博物学に遊びや粋をみた人である。レンズや磁石、ブランコ、真珠にフグ、ホタル、朝顔、彼岸花などを対象に、古今東西の小説や詩歌、歴史に残るエピソードを綴り、角度を変えて物理学や化学などの方面からの知見を織り込み、軽やかに語っていく。洒脱なエッセイ集であり、これを雑学、学者の余技とすることほど愚かしいことはない。ものをよく観察し、知ること、思考の方向を決めつけないで自由に遊ぶこと。そうして自分の世界を広げ、深めていく。知ることの悦びが、ここにある。

    16歳からの大学論 「総合知」ってご存知?

     最近、学術界では「総合知」という単語がキーワードになっていることは、みなさまご存知でしょうか?

     言い出しっぺである内閣府によると、総合知とは多様な「知」が集い新たな価値を創出する「知の活力」を生むこととされています。要は、学術界にとどまらず産業界も市民も一緒になってイノベーションを起こしましょう、社会的課題を解決しましょう、というものです。少し聞くと、越境や学際の推進がミッションである京都大学学際融合教育研究推進センターに所属する私にとって、この情勢はよきことのように思われますが、私自身はそうは感じておらず、少々懐疑的なのです。

     理由の第一は、そもそも、総合でない知、個別的な知というものがありうるのかということです。今、私の目の前に缶コーヒーがありますが、これ一つとっても、様々な観点、立場からの見方、少し飛躍した言い方をすればそれぞれの「知」から成り立っている。例えば、素材や味覚、経済や流通といった、いろいろな要素から缶コーヒーを語ることができるのです。つまり、知というものはそもそも複雑な関連性の網に埋め込まれたものであり、総合知でない知などは存在しない。したがって、「これからは総合知!」という看板を掲げて何かを推進することには、ほぼ意味がないように思えるわけです。もちろん、総合知という言葉を使って言いたいことはわかります。しかし、それを推し進めるにあたり、この言葉の使用はちょっと悪手な気がしているわけです。特に、総合知の推進の中には、いわゆる理科系だけでなく、いわゆる人文系との協働も含まれているのですが、総合知という新たな言葉の安易な創出や吟味の足りない言葉の使用は、いわゆる人文系研究者にとっては言葉への配慮が少ないと感じられ、結果として彼・彼女らを遠ざけることになっていると感じます。

     第二の理由は、総合知という言葉そのものではなく、目新しいワードを掲げて何かを推進しようとするその行為に疑問があるということです。総合知!総合知!と騒ぐ以前、類似の言葉として「アンダーワンルーフ」が流行っていました。一つ屋根の下でいろんな人達が集って協同するという意味ですが、最近はめったに耳にしません。「共創」という言葉もありました。これは現在でも頻繁に見かけます。様々なステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造するという概念「Co-Creation」の日本語訳とのことですが、これも総合知との違いがわかりません。

     違いがわからないと書きましたが、正直言って、総合知、アンダーワンルーフ、共創・・・

     これらがどう違おうがどうでもいいことと思っています。直視すべきは、これまで目新しさを感じさせる言葉を掲げて何かを推進しようとしてきたが、全く達成されていないという事実の方です。「アンダーワンルーフという看板では達成されてなかった。では、次は総合知だ!」といったように、看板だけをつけかえて何かを推進しようとしているように見えて仕方ないのです。なぜこれまでうまく行かなかったのかという深い反省のもとにことをすすめているように思えないのです。この深い反省をしない限り、アンダーワンルーフや総合知といったように何を掲げようが、それらが意味する内容は決して達成されえないと思います。

     もちろん、政策文章を読み込むとそこには反省の痕跡もありはします。しかし、そもそも根本的な「やり方」が、ここ数十年ほぼ変わっていないのですから、新しい結果を期待する方が無理だと思います。アインシュタインが言ったとされる「同じことを繰り返しながら違う結果を望むこと、それを狂気という」という言葉を思い出します。ここでいう「やり方」には審議会形式等も含まれますが、これらについては機会を改めて考えてみたいと思います。

     それにしても、「イノベーション」という言葉もかなり古臭く感じるようになりました。これは善きことといって大きな間違いはないでしょう(笑)。生命科学の飛躍的進展を意味したライフ・イノベーション、環境問題を一気に解決するグリーン・イノベーション等、あれだけ騒いでいましたが、いったいなんだったのでしょうね。果たして我々は、何をしたくて何をしていたのか、そしてそれは、何をしたことになったのでしょうか・・・

     こういう内省的な問いを持つことが、いや、持つこと「こそ」が、ほんとうに大事なことのように思えてしかたありません。(続く)

    iGEMで待ってる

     iGEM (The international Genetically Engineered Machine competition) は、合成生物学の発展に寄与することを目的に、世界規模で開催される学生コンテストです。大会(年に一度)では、45か国以上350を超える大学の学生チームが一堂に会します。各チームは、自由な発想のもとでテーマを決め、実験を行い、その成果をプレゼンテーション、ポスターセッション、Wiki(Webページ)を通して発表し、独創性・実現性を競い合います。さらに合成生物学が抱える倫理や安全面からのさまざまな問題に対して、社会的活動も行います。

     iGEM Kyotoは、学生が責任と自主性に基づき自由に研究活動を行い、iGEMの最優秀賞を目指す京都大学の学生チームです。当チームはこれまで、マイクロプラスチックによる海洋汚染問題や、線虫によるマツ萎凋病問題を解決するプロジェクトに取り組んできました。昨年は、“FLOWEREVER”というテーマで、私たちにとって身近な存在である花の抱える諸問題に取り組みました。例えば、ウイルス感染に対しては葉から抽出した RNA から RT-LAMP 法という手法でウイルス由来の DNA を増幅し、CRISPRCas12aという配列検出システムを用いて、蛍光の有無からウイルス感染の有無を検出する手法を開発しました。

    iGEM のホームページ

    iGEM Kyotoのホームページ

    2021年度のプロジェクトについてまとめたウェブページ(Wiki)

    「人とは何か」、「自分とは何か」
    その進化の始まりの謎に認知神経科学から挑む

    理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー 入来 篤史 先生 化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー 入来 篤史 先生

    ~Profile~
    1986年東京医科歯科大学大学院歯学研究科修了、1986年東京医科歯科大学歯学部助手(口腔生理学講座)、1987年ロックフェラー大学(アメリカ)助手、1990年東邦大学医学部助手(生理学第一講座)、 1991年同講師、1997年同助教授、1999年東京医科歯科大学医歯学総合研究科教授(認知神経生物学)、2005年理化学研究所脳科学総合研究センターチームリーダー、 2018年理化学研究所生命機能科学センター チームリーダー、1986年歯学博士、東京医科歯科大学、1991年博士(医学)東邦大学。長野県長野高等学校出身。

    ニホンザルがイモを洗うのはよく知られているが、 チンパンジーのように道具を使うことは長年ありえないとされてきた。 そんな常識を打ち破ったのが、理化学研究所の入来篤史先生。 ニホンザルも道具が使える!ことを明らかにしたのだ。 1996年の論文発表当時、関係者の中にはこれを“入来マジック”と呼ぶ人もいた。 神経生物学的な成果は、人間が言語やシンボルを使うことで 発達してきたとされる大脳の頭頂葉にも変化が見られることを発見したことだ。 ここから、人間の知性の進化の秘密の謎解きが始まる。 認知神経科学(神経生物学)を超えて、新しい学問領域を切り拓こうとされている入来先に、研究の現在から、今につながる高校での進路選択、 大学入学後のキャリア形成などをお聞きするとともに、 人間の知性の未来についての大胆な仮説までお聞きしました。


    私の進路選択、研究の軌跡


    初心忘るべからず

     科学に興味を持ったのは、父のアメリカ留学についてニューヨークへ行き、そこで過ごした小学校2、3年生の頃でした。当時のアメリカは世界のリーダーを育成することに力を入れ、学校では徹底的に、科学の啓蒙活動が行われていました。私は子どもながらにも、当時の日本の教育との違いに強い衝撃を受けました。

     日本に戻ってからは、歴史が好きだったこともあり、小学校の先生からは文系に進むのに向いていると言われましたが、一番の関心事は、「人とは何か」、「自分とは何か」でした。大学の進路選択時にもそれは変わらず、しかもそれを科学的に探究したいと思うようにもなっていました。そこで当時の私が出した結論は、「人間を特徴づけるのは言語だ。だから、言葉を話す器官である口の研究をしよう」というものでした。進学したのは、東京医科歯科大学の歯学科です。

     大学で本格的に研究活動を始めるまでは、勉強以外に、幼い頃に始めた弓道をはじめ、様々な活動に夢中になっていました。中学では自分の趣味のクラブを作ったり、高校ではボディビルディング、大学1年ではウインドサーフィンに夢中になり、それぞれサークルまで立ち上げたりしました。やってみたいことにはとことん挑戦したものです。

     しかし大学2年になってからは、授業、実習の合間を縫って、自主的に基礎研究にかかわる実験研究に参加するなど、研究に没頭していきます。人間を特徴づける言語、それを発する口の、さらには言葉を話す際の脳内メカニズムを解明しようと考えたのです。しかし当時は、このような研究は自然科学の手の届かないものとされていました。

     そこでとりあえず選んだ研究テーマは口の生理学、とりわけ痛覚についてでした。そんな学部時代でしたが、今思うと早熟で、発表した論文は英文だけで、原著・総説合わせ21本にもなりました。

     大学院に進んでからは、顎の運動リズムの研究、中でも咀嚼運動のメカニズムに取り組み、咀嚼のための顎のリズミカルな運動を制御する「リズム発生器」が脳幹にあることを発見しました。その後、巧みな口唇運動の学習には大脳皮質の可塑性が重要であることも解明しました。

     大学院修了後、博士研究員として勤めたアメリカの大学では、大脳皮質での記憶の長期増強(LTP)の仕組みをつき止めました。論文発表当時は強い批判に晒されましたが、現在では定説となっています。帰国後は講師として赴任した大学で、学習の神経メカニズムの研究の一環として、サルの道具使用の研究を始めます。そして、それまではチンパンジーにしかできないと言われてきた道具の使用が、ニホンザルにもできることを発見したのです。この論文も、発表当初は簡単には受け入れられませんでしたが、今では定説になっています。

     ところで道具の使用にかかわる脳神経メカニズムと言語機能のそれとは、扱う情報の性質と入力・出力の器官は違うものの共通点がたくさんあります。また両者の機能の本質を担う脳領域は重複していて、最近では、具体的な機能的相互作用があるとも報告されています。おそらく進化の過程で、両者が互いに促進しあいながら共進化してきたのは間違いない。だとすれば、私のここまでの研究は高校時代に目指した言語の研究からは遠かったかもしれませんが、この時点で、ようやく一つに集約し始めたと言えます。

    研究の今とこれから


    脳の進化における3つの謎を解く人間の脳はなぜこんなに大きくなったか? 

     私が今取り組んでいるのは、主に言語に着目した人間の知性の進化の研究ですが、ここには3つの大きな謎があります。一つは、ある時期における脳容量の爆発的な増加です。ホモ属出現以前にも脳は緩やかに大きくなっていましたが、今の類人猿のものとあまり変わらない一方、石器を作り始めたころから驚くほど拡大しました【下図、赤の→で示す】。これはどうして生じたのか。

    「Phase transitions of brain evolution that produced human language and beyond」(Rafael Vieira Bretas、Yumiko Yamazaki 、Atsushi Iriki)に掲載の図を改編

    脳の大きさだけでは説明できない知性の進化

     第二の謎は、わたしたちホモ・サピエンスの脳容量は旧人(ハイデルベルク人やネアンデルタール人)のものからそれほど拡大しておらず、むしろ縮小傾向にあるとする研究もあります。しかも、25万年前に出現したと言われているにもかかわらず、絵画や彫刻など象徴的な人工物が作られたり、道具の使用が始まったりするのは約5万年前。脳の大きさと現在につながるような人間的活動の間に、単純な対応関係が見つからないだけでなく、約20万年もの間に何が起こっていたのかも大きな謎です。

    古代文明がほぼ一斉に開花したのはなぜ?

     最後の謎はもっと直近の、氷河期が終わった1万4千年前から後、狩猟・採集生活から農耕生活への転換を機に、中東、アフリカ、東アジア、南アジア、それに中米、南米と、世界各地でホモ・サピエンスの文明がほぼ一斉に勃興、開花したことです。これらの文明は多様でありながら、共通する要素もかなり多い。なぜ同時期なのか。この間、脳は大きくなっていませんし、知能に関する遺伝的変異が偶然に起きたとも考えられません。これが第三の謎です。

     これらの謎を解く鍵の一つが、ヒト固有の、いわば認知的特異性とでもいうべきものが基礎にあったとする考え方です。もう少し簡単に言うと、潜在的な能力というものを仮定するということです。ヒト固有の認知的な活動を構成する要素は、萌芽的なレベルでは他の動物種にも備わっています。事実、私たちは、実験的環境で飼育することでサルが道具を使えることを発見しました。つまり、自然環境の下では「きっかけ」がなければ能力は発揮されない。しかし能力それ自体は備わっている、「できる」けど「やらなかった」と考えるのです。

    謎を解くカギ、「三元ニッチ構築」

     このような考え方を裏付けるのが「ニッチ構築」、それを三層に展開した「三元ニッチ構築」という概念です。ニッチとは、生物種が生き延びていくために必要なリソースを含む自然の中での生息環境のことで、それを自ら作っていくことがニッチ構築です。

     三元の一つは環境にかかわるニッチ、それを作っていく「環境ニッチ構築」です。ホモ属は道具を自ら作り出しましたが、道具というものには明確な《目的》があります。そのため道具が普及し始めた社会では、個体は道具の使用に順応することが求められ、それは同世代間、あるいは次の世代に徐々に共有されていきます。私はこの過程を通して、ヒト固有の志向性が発揮され加速度的に「環境ニッチ」が構築されていったのだと考えています。

     もう一つは、脳神経組織、機能にかかわる「脳神経ニッチ構築」です。新しい環境が作られていくと、それに対応して人間の脳はどんどん改変されていきます。道具を使わないサルを、道具を使うような環境に置くと、脳の頭頂葉が膨らみ、道具に適応した身体的情報処理を可能にする脳神経組織が新たに作り出されたように、です。環境に適応することによって新しい神経リソースを作る、これが「脳神経ニッチ構築」です。

     3つ目は、脳神経を使って行われる認知機能にかかわる「認知ニッチ構築」。人間は道具使用に必要な空間的な情報処理機能を担う脳神経組織も使って、抽象的な言語や、数学、社会構造などの情報処理を行っています。つまり、もともと備わっていた認知機構で新しい認知ができるようにもなる。それを私は「認知ニッチ構築」と呼びます。

     新しい認知は環境を変えます。そのことによって、脳神経機能が改変され脳が発達する。このように、3つのニッチが循環的に相互作用するようになるのが「三元ニッチ構築」、正確に言えばその第一相です。ニッチ構造を徐々に拡大するうちに、その後の新しいニッチで役立つような潜在的な能力が蓄積されていくと考えられるのです。

     ホモ・サピエンスは、道具の使用、そして三元ニッチ機構による転換期を経て、言語をはじめ特異な能力を手にし、今の知性を持つに至ったのではないか。これが現在の私の仮説です。

    三元ニッチ構築の第2相については割愛してあります。知りたい方は10月に発売予定の「認知科学講座2 心と脳 5脳―環境―認知の円環に潜む人類進化の志向的駆動力――三元ニッチ構築の相転移(入來篤史・山﨑由美子)」をお読みください)

     それでは、人類の知性は今後もさらに進化を続けるのでしょうか。

     ヒントの一つにAI技術の進展が考えられます。

     これまでのヒトの進化は、脳の構造や利用できる資源など、物理学的・生物学的な制約を受けてきたと言えます。実際、私たちが知ったり考えたりできるのは、時空のほんの一握りでしかない。しかし三元ニッチ構築の深層の基本的な原理は物理的な制約は受けませんから、AIやIoTによる新しい概念空間の創造を通じて、これを突破させてくれる可能性が感じられます。これらをうまく使いこなすことができれば、物事を最小単位にまで分解して真実を追求する西洋の科学と、全体の中から曖昧さを残しながら宇宙や人間について考えようという東洋的な世界観、人間理解との融合、ひいては既存の科学の枠組みを変えることも可能ではないのか、私はそんな夢を描いています。

    高校生へのメッセージ

     他人の成功談というのは、聞いていて面白いですが、鵜呑みにすべきではありません。その人が成功したのは、その人の個性やその時々に居合わせた状況などによってもたらされたもので、みなさんと条件が同じであることはまずないからです。ただ、成功談の背後にある、何らかの秘訣を見抜いて、それを役立てることはできるかもしれません。

     こうした前提を踏まえてですが、みなさんにとってやはり大事なことは、やりたいことがあればそれをしてみるということです。もちろん、私も経験しましたが、最初からやりたいことができる機会はそうありません。多くの場合、今の自分にできることの中から、最もやりたいことに近いことを選んでそこから始めるしかないのです。しかしそれで成果を出せばまわりに認められ、次に与えられる課題も増え、選択肢も増えるはずです。そしてその中にはまた、自分のやりたいことに近いことが必ずあります。

     こうした過程を繰り返していくうちに、自分がほんとうにやりたいことに次第に近づいていった、というのが私の経験です。もちろん、自分が最初にやりたいと思ったことも忘れてはいけません。

     一方で、あくまで上記の状況の中でですが、やりたいことができる環境というものも徐々に自分で作っていくしかないのではないでしょうか。すでにお話ししたように、私は若いときに人文学的な対象である言語に興味があり、そこから人というものを科学的に研究してみたいと考えました。これができるのは、今でいうところの文理融合的な研究ですね。しかし当時はそのような研究のできる大学はほとんどありませんでした。自然科学系に進めば人文学的な対象を研究できませんし、逆もまた然りです。そこで私は、今やれることをしながら、既存の科学の枠組みを自分で改定してみようという意気込みで取り組んできました。

     柔軟な発想を持てるのは若い世代のみなさんです。将来、研究者を目指すのであれ、行政やビジネスで活躍したいと思うのであれ、常に新しい分野を開拓する気概を持って、何事にも挑戦していってほしいと思います。

    雑賀恵子の書評「ぼくの昆虫学の先生たちへ 」今福龍太

     「ぼくの昆虫学の先生たちへの架空書簡」といっても、ぼくこと今福龍太は昆虫学者ではない。日本の大学ばかりではなく、メキシコや米国、ブラジルなどの大学に勤務して研究してきた文化人類学者である。それも通常思い浮かべるような地域や民族などに焦点を当てた研究者とは違う。地理上も、時間軸上も、学の枠組み上も、そして思考そのものも境界を越境して自在に羽ばたいている思想家だ。

     その今福龍太は、自らを「少年!」と呼ばれると、子供時代に感じた自由な風が吹き抜ける空白の領域をいつまでも守ろうとしてきたことが認められたようで、少し誇らしく思いさえすると書き始める。さらに「昆虫少年!」といわれれば無上の喜びへと誘われる、という。そんな書き出しは、すでに六十代後半となった著者の郷愁に覆われながらも、いまなお著者の心にあるみずみずしさが噴き出すようで心地良い。少年期の純粋と無垢とがひたすら虫へと向かっていたことは、自分を消し、虫の棲む自然の中に「世界」というみずみずしい感覚を発見する至高の通過儀礼だったかもしれないと著者は捉える。まわりの自然環境があり、虫への情熱を掻き立ててくれた先生があって、ずっと変わらず身体の奥底にとどまって著者を揺さぶっているであろう昆虫少年が生まれた。

     昆虫へと、外の世界へと、少年の情熱を促した14人の先生たちに、それぞれ虫のタイトルをつけて捧げた手紙を編んだのが本書である。

     もちろん(?)アンリ・ファーブル(「ジガバチの教え」)から始まるが、チャールズ・ダーウィン(「カスリタテハの幻影」)や昆虫調査機器商の第一人者志賀夘助(「ギンヤンマの祈り」)といった人たちばかりではない。ヘルマン・ヘッセ(「クジャクヤママユの哀しみ」)、北杜夫(「聖タマオシコガネの無心」)、安部公房(「ハンミョウの流浪」)などの文学者、手塚治虫(「ユスリカの呪文」)のような漫画家もいる。直接の出会いにより、あるいは著作や標本、採集道具などを通して、今福少年の「昆虫学」を導いた人たちを、著者は先生と呼び深い尊敬を寄せる。

     手紙は、この素晴らしい先生たちとの対話であり、先生たちに触発されて昆虫に没入した少年時代との対話であり、昆虫との対話であり、昆虫によって開かれた世界との対話である。先生たちとの対話からものの見方や思考の立ち位置が浮かびあがり、少年時代との対話から今福龍太という思想家の成り立ちが示唆され、昆虫との対話から生命の不思議さについて、世界との対話からこの星に生きて在ることの意味について少しばかり考え始めることができるかもしれない。そして、この本を読むものは、多様な世界への驚きと失われゆくものへの哀惜に満ちた美しい文章に抱きしめられて、自分の中に何かが生まれるような幸福を感じられるだろう。たぶん、きっと。

     

    東京都市大学 探究学習プログラム OPEN MISSION シーズン2の実施計画固まる

    「探究」は、大学入試に変化をもたらすとともに、高大接続プログラムの積極的な展開も促している。国立大学では金沢大学の「KUGSプログラム」が目を引くが、私立大学においても、推薦型や総合型選抜の受け入れ枠を増やすだけではなく、高大接続改革の理念に呼応して高校生に独自のプログラムを提供する大学も出てきている。

     その一つ、東京都市大学は昨年度から、高大接続プログラム、「オープンミッション」を始めた。「オープンキャンパス」とは異なり、期間は約3か月。参加者には探究活動とその成果についてのレポート作成や発表が求められる。大学の研究施設・設備や図書館を体感しながら、大学教員やサポート学生とともに高度な探究学習に取り組むだけでなく、成果を総合型選抜などの年内入試に生かせる。そのため、入学への動機付けになるとともに志望動機を確認する手段としても注目されている。

     新年度のプログラムやスケジュールは下記の通りだが、テーマは前年度より高度化した印象があり、大学入学後の研究活動を短期間でシミュレートできる機会にもなるだろう。4月10日からホームページ上に公開されるミッション動画では、参考書籍や取り組みプロセスについても紹介があるので参考にしたい。なお、東京都市大学では、以下のように、探究をテーマにした総合型選抜を拡大している。専願制ではないことも特徴だ。また、一般選抜においても、特定の教科・科目に限定されない知識等を活用する「探究総合問題」を開発・導入しているから要チェックだ。

    2022年度の様子

    東京都市大学
    東京都市大学は、武蔵工業大学を前身(2009年名称変更)とし、「理工学」分野を中心に「文理融合」や「学際領域」の教育・研究を積極的に行っている大学である。現在は、理工学部、建築都市デザイン学部、情報工学部、環境学部、メディア情報学部、都市生活学部、人間科学部の全7学部17学科で構成され、来年度には8学部めのデザイン・データ科学部も開設される。

    16歳からの大学論 中学校向け「学問図鑑」を監修

     この度、人生で初めて監修した「世界が広がる学問図鑑」(Gakken)が発刊されます(2023年2月)。学問論を専門に持つものとして、このような「学問」の「図鑑」に関われたのは学者冥利に尽きることであり、感謝の念に堪えません。以下、図鑑に記載した「おわりに」を改編し、紹介します。

     この図鑑を作るにあたり、三つの挑戦をしました。

     一つ目は、「気になること」から研究分野と出会うしくみにしたこと。通常、「学問図鑑」という名前から想像すると、様々な研究分野が分類、羅列されていると思われるでしょうが、本書では、みなさんの「気になる」や「関心ごと」がまず先にあって、それをたどることで「自分の知りたいこと」に関連する研究分野を知ることができるという形式にしました。分野ありきではなく、気になること、知りたいことがまず先にあるというわけです。他にも、この図鑑にたくさん掲載されている楽しいイラストたちを眺めながら、「あー、自分ってこういうことに興味あるかも」と気づくことにも役立つでしょう。

     二つ目は、いわゆる理系/文系という既存の学術分野に囚われずに作ったこと。例えば、「生命とは?」という問いに関しては、科学的、生物学的な説明にとどまらず、哲学や法学の話もなされています。そもそも私たちの「問い」というものは、いわゆる理系や文系という区分けに当てはめることができないもの。あらゆる「問い」は、あらゆることがらと関係しているので、特定の専門、研究分野に収まりきらないものなのです。それが本来の「問い」の有り様(よう)なのですから。

     三つ目は、不完全な図鑑として作ったこと。この図鑑において、気になるところをたどったその先には、たかだか200字程度の説明文があるのみ。それを読んだだけで「なるほどわかった!」とはならないと思います。むしろ、その説明文は「問いかけ」の形で終わっており、その先は、読み手であるあなた自身で考えてみたり、調べてみたりして欲しいのです。そもそもほんとうの「生ける知識」とは、外から与えられるものではなく自分の内から自分自身で生み出すもの。あなたの一番大切な「問い」はあなたのものであり、あなた自身で問い続ける他ないのですから。

     ある意味、図鑑の図鑑ともいえるこの図鑑。これが、みなさんにとっての学問の扉となれば幸いと思い作りました。なお、本書はいわゆる図書本であり、主に小中学校の図書室向けのものです。ECサイトでは購入できますが、一般書店には流通しません。図鑑ですからサイズも大きいですし、値段も高めです。本誌をお読みのみなさまの目にはなかなか触れることは無いかもしれませんが、いつか、どこかで、みなさまの目にとまることを祈っております。(続く)

    雑賀恵子の書評「体はゆく できるを科学する テクノロジー×身体」伊藤亜紗

     伊藤亜紗は『目の見えない人は世界をどう見ているのか』や『どもる体』『記憶する体』といった著書で、障害や病気を持った方の身体感覚を探究してきた人だ。本書によると、「できないこと」が生み出す可能性や、その体と付き合うために当事者の方が生み出す工夫に面白さを感じていたという。「できる/できない」という言葉は優劣の価値判断と結びつきがちであり、生産性だけで人を評価する能力主義的な風潮を強化したり、多様な人々を一つの物差しの上に並べる強制力がある。だからこそ、障害や病気とともに生きている方から「できないこと」の価値を教えてもらうこと、私たちの想像をはるかに超えるような体の可能性と、合理的には説明がつかないようなその人ならではの固有性というものを知ることで、こうした二分法を相対化しようとしてきたのが著者の姿勢だった。

     その著者が、「できるようになる」という出来事の不思議さや豊かさを知り、面白さに気が付く。理工系の現在進行形の研究成果を参照しながら、「テクノロジーの力を借りて何かができるようになる」という経験に着目して、テクノロジーと人間の体の関係について考えたのが本書である。

     5人の別々の分野の科学者、エンジニアとの対話をそれぞれ章立てし、テクノロジーを用いて人間の体を「できるようにする」ことの実践例と、そこからの考察が展開される。手指に装着する人工筋肉とピアノ演奏(第1章)や、野球のピッチング(第2章)から見えてくるのは、「できる」ためには環境等の変化に応じてその都度やり方を柔軟に変える「変動の中の再現性」が重要であり、それを支えるテクノロジーの仕事は、初心者に対しては「正解を提示すること」、上級者に対しては「未知の探索可能性に誘い出すこと」だと著者はいう。では、科学がどうしたら人の体が行っている「変動の中の再現性」をとらえ、「未知の探索可能性に誘い出すこと」ができるのか。3章では、それを可能にする画像処理技術を用いた方法を紹介する。意識の隙をつくような「できない」から「できる」へのジャンプが起こる時に、脳にはどのような変化が起こっているのかを、リハビリの現場での応用例を紹介しながら脳科学の観点から見るのが第4章。最終章では、音を出さずに喋るなど、声のテクノロジーを通して、テクノロジーによって開かれる実際の肉体を超えた身体性や、「自分」と「自分でないもの」の境界の曖昧さ、濃淡について考えさせてくれる。

     本書で紹介される事例は、科学番組などで見たことのあるものかもしれない。そこに、人文社会学系の眼差しを差し込み、そして身体を持った科学者たちとの対話を通して思考の領域を広げるのが本書だ。身体というものについて、テクノロジーというものについて、さらには高度テクノロジーで構築されている世界での倫理のあり方についても考える方向性を示唆してくれる本書を手に、わたしたちはみずからの思索に踏み出していけるだろう。

    「メタバース教育」3D仮想現実空間でアバターとなって学ぶ

    中央大学・斎藤裕紀恵准教授の英語教育実践

    教育界で広がるメタバース

     メタバースが注目されている。メタバースとは「メタ(超越した)+ユニバース(宇宙)」という意味で、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)環境の中で、利用者がアバター(分身)となって自由に活動・交流できる「ネット上のもう一つの世界」だ。エンタメやゲーム分野だけでなく教育や医療、福祉などでも応用が模索されているが、教育分野での期待は特に大きい。

     話題のひとつは、東京大学工学部が2022年9月に開設した、主に工学分野について学ぶ講座からなるメタバース教育プロジェクト「メタバース工学部」。中学・高校生向けで保者や教師も参加可能の無料講座「ジュニア工学教育プログラム」(メタバースを実際に作る授業や飛行ロボットを作って飛ばす授業などがある)と、法人単位で受け付ける有料の社会人向け講座「リスキリング工学教育プログラム」(人工知能、次世代通信、起業家教育の3分野で構成)がある。高校レベルでは、オンライン学習中心の通信制高校、N高等学校・S高等学校を運営する「角川ドワンゴ学園」がメタバースを活用したプログラム「普通科プレミアム」を実施。2千本を超えるメタバース授業を用意し、入学式もメタバース空間で実施した。

     大学では、大正大学が全国の高校生と在学生がコミュニケーションを図る「大正大学バーチャルキャンパス」を、新潟医療福祉大学が「メタバース型オープンキャンパス」を開設しVR技術を使って高校生との繋がりを深めようとしている。授業や留学前教育に利用する大学も増えているが、中央大学国際情報学部の斎藤裕紀恵准教授のメタバースを活用した英語教育もそのひとつである。

    わくわく感と不安軽減でモチベーションが高まり英語力がアップ

     2019年に開設された国際情報学部で外国語教育を担当する斎藤准教授。研究テーマはEdTech(Education &Technology)。メタバース教育との出会いは4年前、ネイティブ講師によるVR英語学習サービス「immerse(イマース)VR」の体験。空港やレストランなどを3D映像で再現した仮想現実空間に没入する中で、アバターを介して英会話学習を行うことは学生の集中力を高め、教育効果も上がるのではと「未来」を実感、導入を決めたそうだ。いまではImmerse社の戦略アドバイザーを務め、中央大学・斎藤裕紀恵研究室はMeta社の「XRプログラム・研究基金」から研究支援を受けて授業実践を行っている。

     2年次の後半から斎藤ゼミに配属され、メタバース空間(VR空間)による英語授業を体験した学生の一人は、最初の驚きを「ワォ!」と表現する。頭に付けたVRゴーグル・HMD(ヘッドマウントディスプレイ)によって360度三次元の空間に没入し、臨場感ある仮想現実の中で自分のアバターが食べたり着飾ったり、自由に行動できることに「勉強するという意識以前に好奇心やわくわく感がたまらず」、夢中になって取り組んだという。アバターで英語ディベートをした学生は、「自分も含め、相手の顔が直接見えない分、意見が言いやすいという感想が多かった」とアバターの効用を評価する。事前・事後のアンケートでも英語を話すことに対して、不安が軽減され自信が持てるという声が多いようだ。実際、事前事後にTOEIC©スピーキングテストを行い比較すると、事後のスコア(平均点)が10点高いという結果も得られた。「英語が使われる場面が鮮明に記憶されるから語彙の習得や長期記憶の保持、モチベーションの向上に繋がる。学生たちの間に仲間意識が生まれることにも注目している」と斎藤先生。

     1年生の1クラス20人の授業でも、スマホを前面にはさんで使う簡易版でメタバース空間を体験させている斎藤先生。ニューヨークの街並みを歩く、エベレストに登る、海の中に潜る、コンサートを聴く、あるいはSDGsの活動を見るなどといった場面を仮想的ながら体験することは教科書の内容を深く考えるきっかけにもなる。さらに、仮想空間の中で目にするものを英語で説明し、他の学生がそれを聞きながら絵を描くなどの活動にもつなげられると斎藤先生は言う。

    インターンシップや大学間交流にも

     中央大学で米シリコンバレーの企業を訪問する海外留学プログラム「国際ICTインターンシップ」も担当している斎藤准教授。2021年度は、コロナ禍で学生を派遣できなかったが、2022年度は現地派遣に備え、メタバース空間を利用した事前研修を実施した。アメリカ大手IT企業のGoogle、Facebook、Microsoft、AWSの日本支社の事前訪問の他、VRを用いて英語によるディスカッションやディベート、プレゼンテーションの練習を行った。そしてこの2月、その学生たち9人が2週間にわたるシリコンバレーでのインターンシップに参加した。

     斎藤ゼミでは他に、Web会議システム「Zoom」を使いアメリカの大学と国際言語文化交流をこれまで行っているが、2023年からはメタバース空間を利用することを計画している。仮想空間に大学のキャンパスを360度の動画で再現し、そこでの両大学の学生の交流を様々な問題解決型のプロジェクトに発展させようというもので、海外大学との連携が一層身近なものになりそうだ。

    メタバースによって学習スタイルは大きく変化するか?

     学習スタイルへの影響も見逃せないと斎藤先生。スマートフォンやタブレットの普及によって、授業で紙のノートに字を書かず、スマホで講義スライドを写したり、スライドデータに検索タグを入力したりして「ノートを取る」学生は増えているという。メタバース空間ではいまのところノートは取りにくいが、授業の大切な部分をメモしたり感想を音声で入れたり、振り返り用検索タグなどを残したりはできる。また調べ物をし、シミュレーションし、発表し、議論し、交流することも可能だ。今後の技術革新いかんでは、メタバース空間がさまざまな情報を集積できるスマホ同様、「外部脳」になると予測する学生や研究者もいる。

     まだまだ試行錯誤の段階にあるメタバース教育だが、実践の蓄積によって教材が充実し、さらなる技術革新で導入費用が下がるとともに、学習者がめまいや頭痛を感じる“VR酔い”への対応や、個人情報保護などの体制整備が進めば、その普及に弾みがつくだろう。

    第12回科学の甲子園全国大会、3月17日(金)から19日(日)まで2年ぶりにつくばで開催

     各都道府県の代表選考には668校から7870人がエントリー。2月8日には47都道府県すべての代表が出そろった。47の代表チームは下の通りで、全国大会では理科・数学・情報における複数分野の筆記競技を行い、総合点を競い合う。会場はつくば国際会議場とつくばカピオ。

    第10回全国大会の様子


    出場校一覧  


    都道府県名 学校名

    北海道   市立札幌開成中等教育学校

    青森県   青森県立弘前高等学校

    岩手県   岩手県立盛岡第一高等学校

    宮城県   聖ウルスラ学院英智高等学校

    秋田県   秋田県立秋田高等学校

    山形県   山形県立酒田東高等学校

    福島県   福島県立福島高等学校

    茨城県   茨城県立並木中等教育学校

    栃木県   栃木県立宇都宮高等学校

    群馬県   群馬県立前橋女子高等学校

    埼玉県   埼玉県立大宮高等学校

    千葉県   千葉県立東葛飾高等学校

    東京都   東京都立武蔵高等学校

    神奈川県  栄光学園高等学校

    新潟県   新潟県立新潟高等学校

    富山県   富山県立富山中部高等学校

    石川県   石川県立金沢二水高等学校

    福井県   福井県立高志高等学校

    山梨県   山梨県立甲府南高等学校

    長野県   長野県屋代高等学校

    岐阜県   岐阜県立岐阜高等学校

    静岡県   静岡県立浜松北高等学校

    愛知県   海陽中等教育学校

    三重県   三重県立四日市高等学校

    滋賀県   滋賀県立膳所高等学校

    京都府   京都市立西京高等学校

    大阪府   大阪府立北野高等学校

    兵庫県   白陵高等学校

    奈良県   東大寺学園高等学校

    和歌山県  智辯学園和歌山高等学校

    鳥取県   鳥取県立米子東高等学校

    島根県   島根県立松江北高等学校

    岡山県   岡山県立倉敷天城高等学校

    広島県   広島県立広島叡智学園高等学校

    山口県   山口県立山口高等学校

    徳島県   徳島市立高等学校

    香川県   香川県立丸亀高等学校

    愛媛県   愛光高等学校

    高知県   高知学芸高等学校

    福岡県   久留米大学附設高等学校

    佐賀県   佐賀県立唐津東高等学校

    長崎県   長崎県立長崎西高等学校

    熊本県   真和高等学校

    大分県   大分東明高等学校

    宮崎県   宮崎県立宮崎西高等学校

    鹿児島県  ラ・サール高等学校

    沖縄県   沖縄県立開邦高等学校

    大学ランキングからはわからない大学の実力 第2回
    官僚離れ、海外への頭脳流出。日本の将来が心配になる

    Profile
    1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)。

     東京大卒業生の就職先、上位20社には、外資系コンサルティング会社がいくつか並んでいる。マッキンゼー・アンド・カンパニー23人(2位)、PwCコンサルティング16人(4位)、アクセンチュア9人(14位)、EYストラテジー・アンド・コンサルティング8人、アビームコンサルティング8人(17位)。

     東京大経済学部から経済産業省に進んだ男性がこんな話をしてくれた。

    「国家公務員総合職、大手都市銀行、外資系コンサルを全部通って、マッキンゼーに行く友人がいました。彼は成績がトップクラスで財務省に行くのではと思われたのですが、自分の力を試したかったのでしょう」。

     同大学法学部教授がこう話す。

    「もっとも優秀な学生は法科大学院に進まず予備試験を受けて法曹に進む。その次に優秀なのは官僚になる、勉強好きなのは大学院に進む。これは2010年代前半まで。いま、法学部一の秀才がマッキンゼーに行きたい、と言いだしている。官僚志望は成績が二番手三番手クラスです」

     東京大の学生が進路を語る際、「外資系コンサル」があこがれの対象として話題にのぼるようだ。こんな具合に。

     日本の伝統的な企業と違って、終身雇用や年功序列はなく実力本位で責任ある仕事を任される。担当した企業が業績を伸ばせば、コンサルタントとしての能力を高く評価され、日本企業につとめる同年代よりも高給が保証される。20代で課長、部長職となり、年収、「1000万円プレーヤー」にすぐなれる―――。

     なるほど、「外資系コンサル」神話は広まっているようだ。

     その背景には、官僚への不信感、不人気があるといっていい。

     東京大は官僚を送り出す高等教育機関としての機能を十二分に発揮してきた。大学の成り立ちからして、「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攻究スルヲ以テ目的トス」(帝国大学令第一令)であり、戦後4分の3世紀近く、多くの官僚を生み出してきた。各省庁において歴代、現役の幹部クラス(事務次官、局長、官房長官など)には東京大出身者が圧倒的に多い。

     ところが、2010年代半ば以降、東京大から官僚となるための国家公務員総合職試験合格者がかなり減少している。その推移は次のとおり。

     2015年459人→16年433人→17年372人→18年329人→19年307人→ 20年249人→21年362人→22年217人。

     7年前に比べて半減している。その分およそ200人のうち少なからず「外資系コンサル」に進んだことは想像できる。見方を変えると、日本政府からすれば、海外への「頭脳流出」と言えなくもない。

     なぜ、官僚離れがおきたか。

     財務省など各省庁で不祥事が続いた、政治家が繰り返す理不尽な言動の尻ぬぐいをしなければならない。国のために尽くしているはずだが社会的な評価が低く非難されることもある。その割には猛烈に忙しい、しかし給料は少ない。こんなことではやりがいを感じられない、など、官僚のあいだで不満が渦巻いているのはたしかだ。

     霞ヶ関から優秀な人材が失われるのは、国にとって一大事である。20年後、30年後、ダメな官僚ばかりにならないか。心配になってしまう。

     大学からみれば、教養、専門知識を身につけた学生がどっと海外に流出するのは、いくらグローバル化を掲げているとはいえ、もろ手をあげて賛成というわけではなかろう。大学は国に貢献できる、地域社会に役立つ人材を送り出したいはずだ。

     他の難関大学が気になる。早慶の「外資系コンサル」就職状況はどうか。

    ◆早稲田大

     アクセンチュア57人(5位)、PwCコンサルティング50人(6位)、ベイカレント・コンサルティング44人(9位)

    ◆慶應義塾大

     アクセンチュア88人(2位)、PwCコンサルティング83人(3位)、ベイカレント・コンサルティング47人(10位)、アビームコンサルティング37人(18位)、EYストラテジー・アンド・コンサルティング35人(20位)

     早稲田大国際教養学部(SILS)出身(2019年卒)でアクセンチュア勤務の男性はこう話す。

    「SLISはグループで議論や発表するインストラクティブな議論が多くありますが、様々な背景を持つ学生が互いに協力しアウトプットする課程で、コンサルティングに必要な適応力が養われていると感じました」(「早稲田大国際教養学部案内2023」)。

     日本の大学は、長い間、政官財そして学問の世界に優れた人材を送り続けてきた。それがぐらついているように思える。競争の原理が働き、日本の企業、省庁、自治体、アカデミズムの世界が、人材受け入れ面で世界に出し抜かれるのではないか。ただでさえ少子化で若年層が減り続けている。国、社会、大学は危機感、緊張感を持つべきだと思う。

    <就職先のデータ:2022年 東京大は東京大学新聞、早慶は大学ウェブサイト。慶應義塾大は大学院修了を含む>

    小研究と社会を繋ぐ、その架け橋に
    小水力発電と、大学発スタートアップ㈱aiESG(アイエスジー)で研究成果の社会実装を目指す

    九州大学工学研究院・准教授 キーリーアレクサンダー竜太さん 九州大学工学研究院・准教授
    キーリーアレクサンダー竜太さん

    ~Profile~
    2013年九州大学21世紀プログラム卒業。2017年国際エネルギ-機関(IEA)および国連開発計画(UNDP)、京都大学特任研究員を経て、2018年京都大学大学院総合生存学館を一期生として修了、博士号(総合学術)取得。その間、糸島小水力発電株式会社創業、代表取締役。大学院修了後の2018年より、九州大学工学研究院特任助教および世界銀行東京防災ハブリサーチスペシャリストを兼任。2020年同研究院助教、2023年から現職。趣味はサーフィン。西南学院高等学校出身。

    世界を変える精鋭が育つ研究・教育の場、京都大学大学院 総合生存学館。2018年に第一期生として巣立ったキーリーアレクサンダー竜太さんは、九州大学工学研究院でエネルギー技術のファイナンスと持続可能性評価などに関して研究する傍ら、2016年から糸島小水力発電株式会社の代表取締役として小水力発電の普及に尽力している。2022年には、グローバルサプライチェーンを対象に、独自開発のAIを用いて、製品・サービスの包括的なESG(Environmental, Social & Governance:社会・環境・ガバナンス(企業統治))影響評価を可視化するサービスを行う大学発スタートアップも創業した。キーリーさんに、研究内容やその成果、社会実装の難しさ、やりがいや将来展望について、大学・大学院での思い出とともにお聞きしました。あわせて将来、研究者を目指したり、その成果をもとに起業することを考えているみなさんへのメッセージもいただいています。


    新年度へ向けて波乗りだ
    九州大学工学研究院をのぞむ

    大好きな地元、糸島市で小水力発電所を稼働

     エネルギー資源の枯渇、環境汚染、人口減少、大規模災害など、世界の都市が直面する様々な課題の解決に向けて、都市工学・経済学などからアプローチし、多面的かつ学際的に実証的な研究を行っています。具体的には、社会の持続的発展に向けて、再生可能エネルギーや水素、CO₂の回収と変換(DAC-U)システムによる再生可能エネルギー技術の社会・環境・経済への影響、人口減少が社会・経済に与える影響を評価しています。最近では、ESG投資に不可欠な諸要素の分析などにも取り組みはじめました。

     一方で、大学院時代から続けている再生可能エネルギーに関する研究で蓄積した知見を社会還元したいとの想いから、小水力発電の普及にも力を入れています。小水力発電とは文字通り小規模な水力発電で、用水路、小河川、道路脇の側溝、水道など様々な水流を利用して行う発電です※。ダムなど大規模な土木構造物を必要とせず、比較的簡単な工事で小さな水流でも発電できるのが特徴で、各種の自然エネルギーの中では大きなポテンシャルがある。開発プロセスはおおまかに、①可能性調査、②測量・基本設計、③詳細設計・着工、④運転開始の4ステップ。可能性調査から運転開始までには5、6年かかると言われています。落差による位置エネルギーを使って発電するため、最適な設置場所を見つけることが非常に重要です。また、何百メートルもの排水管が必要なため、その土地の行政の協力も不可欠。複数の行政管轄地域をまたぐ場合には、その間の意見の対立等で、時間はとられるものの事態がなかなか進展しないことも多く、大企業はあまりやりたがりません。しかし私には、ポテンシャルの大きさに加えて地元に貢献したいという強い思いもあり、自ら先陣を切って小水力発電に着手することを決めました。

     2016年に糸島小水力発電株式会社を創業、2020年2月には、流域面積約5k㎡、取水位130m、放水位65mほどの河川や用水路を利用した小水力発電所が稼働を開始。今でこそ順調に稼働していますが、ここまでくるまでは困難の連続でした。投資家、町役場(行政)、地元住民や地権者の方々との意見交換を同時並行で進め、合意形成を図る際には、交渉が難航することも多く、くやしさやもどかしさを感じることも。しかし今ではこの経験が私の大きな糧となっています。地元への恩返しということで言えば、発電から生まれる利益を地域に還元し、発電所の開発や運営を可能な限り地元の民間企業に回すことで経済効果を生むなど、微力ながら貢献できているのではないかと思います。

    ※全国小水力利用推進協議会では、国内では1000KW以下を小水力発電とするのが妥当で、全国では現在約550か所にあるとする。

    きっかけは大学院での学びと人との出会い

     私が通った京都大学大学院総合生存学館は、分野横断的・俯瞰的視野で地球規模課題の解決に取り組む研究力育成のための専門分野を深めつつ、実践力を身に着けることができるユニークなカリキュラムに特徴があります。小水力発電所創業を大きく後押ししてくれたのが、4年次の『海外武者修行』と5年次の『Project-Based Research (PBR)』と呼ばれるプログラムです。

     海外武者修行は、海外へ出向き、そこでの社会課題解決を通して現場で活用できる知識と経験を習得するための国際実践活動です。再生可能エネルギーの研究や、世界のエネルギー情勢や開発に興味のあった私は、国際エネルギー機関(IEA)のフランス本部と国連開発計画(UNDP)のフィジー国事務所で、それぞれ半年間、京都大学特任研究員として働く機会に恵まれました。IEAで行ったエネルギー技術への投資分析は、旗艦レポートである『再生可能エネルギー中間市場報告書』に掲載され、大きな達成感を感じました。学術論文と政策立案などを目的とする文書の書き方の違いを知ると同時に、研究と実社会との間の大きなギャップに気づくこともできました。

     研究と実践的教育の集大成として、最終年度の5年次には、学生自らが研究を社会実装するためのプロジェクトを企画立案し、他機関の関係者を巻き込んでPBRを行います。私は研究と実務のギャップを埋め、社会との架け橋になりたいという想いから、糸島小水力発電株式会社の創業をPBRのテーマとし、学術的知見を実社会へ直接フィードバックできるような体制を整えたのです。登記した2016年は、まだフランスで勤務中でしたから、在フランス日本大使館で正式文書に親指で押印し提出したのは忘れられない思い出です。再生可能エネルギーの中でも小水力発電を選んだのは、大きなポテンシャルを秘めているのに開発が遅れていたこと、先輩が他県ですでに挑戦されていたこと、また2013から2014年にかけて、太陽光発電による環境問題が次々に報告されるようになったからです。

    2017年、国際エネルギー機関 (IEA)にて
    2018年、インドネシアの小水力発電所にて
    2019年、ミャンマーのエネルギー・電力省にて

    大学発のスタートアップとして、二つ目の株式会社aiESGを創業

     2022年に、九州大学主幹教授であり、国連新国富報告書DirectorやIPCC代表執筆者等を務める馬奈木俊介先生達と共に、㈱aiESGを創業しました。ESG影響を独自開発のAIで解析する(aiESG)事業です。今や、全世界で行われている投資の半分がESG投資と言われ、環境・社会・企業統治に配慮している企業であることが投資を受ける前提ともいえます。ESGを考慮した経営戦略の立案のためには企業全体、そして製品・サービスのESG影響の指標が必要不可欠です。

     しかし、現在までに企業レベルではESG指標が活発な発展を遂げている一方で、社会生活を支える製品・サービスレベルのESG評価はまだ十分には進んでおらず、サプライチェーン全体でのESG評価の発展が求められていました。

     今までの製品・サービスレベルのESG評価は、限定的な環境影響評価である大気汚染やCO₂排出量評価に留まっていることがほとんどだったのです。そのため、大気汚染やCO₂排出量だけでなく水資源消費や採掘資源消費等、その他の重要な環境影響に加えて、労働環境・条件、安全と健康、人権影響、ガバナンスリスク、さらには生産コストや国内雇用創出といった社会への影響を、サプライチェーンを遡って多角的、総合的に評価する手法を構築。aiESGによる解析の結果からESG優良度に応じてCertified, Silver, Gold,Platinumという4種類のESGラベルを付与するシステムを開発しました。これが広がれば、組織全体の指標を超えて企業の主要製品やサービスを多角的・総合的に評価し、更には技術開発の段階からESGを考慮した技術開発が行われる流れが起こせるのではないかと考えています。開発には、国際的に著名な研究者や国際機関の職員などにも協力を依頼、将来的には、日本発のデファクト・スタンダード※を目指します。「数値の先に、人々のウェルビーイングを見つめる」を合言葉に、ESG投資分野を含め現代社会が直面する複雑な問題に対して、学際的なアプローチでそれらを定量化し、現実的かつ効果的な政策提言を行っていきたいと考えています。

    ※公的な標準化機関からの認証ではなく、市場における企業間の競争によって、業界の標準として認められるようになった規格のこと。

    研究者を目指すみなさんへ 

    ピンチに陥っても、チャンスを見逃さない心と時間のゆとりを

     目の前の困難や問題・課題の解決に注力する、それらに力の限りぶち当たり解決に導こうとする努力や経験はとても大切です。しかしそれがすぎると、不意に訪れるチャンスを見逃してしまいかねません。「木を見て森を見ず」のような状態に陥るのです。大学教員と水力発電株式会社の代表、そして国際機関のスペシャリストという三足の草鞋を履いていた2018から2020年までの3年間は、文字通り馬車馬のように働きましたが、中でも一年目は目の前の困難を解消することに精一杯で、訪れたチャンスに気づかなかったことが多々ありました。一つ上手くいかないことがあるとそれが全体に響き、時間に余裕がなくなり深く考えたり、研究を深堀りしたりできなくなる。なんとかこの状態を打破しようと考えたのが、「仕事が三つもあるんだから、それぞれに浮き沈みがあるのは当然。それなら起きている問題については解決できるタイミングを待ち、その間、他を伸ばしていけばいい」と気持ちを切り替える、三つの仕事を独立したものとしてではなく、一つの大きなパイの構成要素として捉え、パイ全体を少しずつ成長させていけばいい、そう思えるようになったのです。問題・課題に直面したら、仲間に相談するのもいいでしょう。ただそれにもましてチャンスを見逃さないよう、心と時間のゆとりを保っておくことがとても重要だと思います。

     気持ちの切り替えに加え、三足の草鞋を履く中で得たマルチタスキングスキルも、当時の状態を打破する後押しをしてくれました。マルチタスキングスキルとは、一つのタスクに集中しながら他のタスクの経過も追うという、複数の職務を同時に管理する能力です。 私の場合は、三足の草鞋を履きながら、複数のタスクの間で頭を切り替え、それぞれを素早く連続してこなしていく力を身につけることができました。一日中ぎっしりと会議で埋まり、集中力が途切れそうになる時もありましたが、そんな時でも集中力を精一杯維持し、いかにフローの状態を長く作ることができるかを意識することで乗り切ることができました。

    父親の背中を見て研究の道に

     アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、幼少期はアメリカ・ミシガン州で過ごしました。小学校入学前に、父親が九州産業大学に赴任するのに伴い来日しました。父親の職場から比較的近い糸島市での生活は非常に楽しく、小学校も地元の公立校を選びました。その後も地元の中学・高校で6年間過ごし、九州大学へは21世紀プログラムの9期生として入学しました。専門分野である環境経済学だけではなく、幅広い学問を積極的に学びました。大学2年次には、生まれ故郷のミシガンで学びたいと、交換留学制度を利用しミシガン大学で学びGlobal Scholars Programを修了。大きな一つの寮で他の学生と一緒に生活する中で、専門や人種、考え方の違う仲間の多様性を受け入れる訓練ができたと思います。

     幼少期から父親の存在は大きく、大学入学後にはごく自然に大学の教員を目指すようになっていました。「父親のように好きなことを仕事にし、思いっきり働くと同時に、休日にはサーフィンなど趣味を楽しみ、プライベートも充実させたい」。20以上の言語を苦も無く話し、異文化経営学をとことん研究する姿は、研究者の先輩としてもおおいに尊敬できます。大学院進学では、アメリカへと考えていましたが、4年生の時に先輩から京都大学大学院総合生存学館の話を聞いて進路を変えました。

    世界を変える精鋭が育つ研究・教育の場、京都大学大学院総合生存学館(思修館)

     京都大学大学院総合生存学館は、《総合生存学》を学ぶ5年一貫制博士課程で、2013年に世界で通用する新しい大学院の形をリードすべく開設された。総合生存学とは人類と地球社会の生存を基軸に、文理融合のアプローチで社会課題の解決をめざす総合的な学問。教員と学生がともに創造する新しい学問分野でもあります。

     総合生存学館が目指すのは、俯瞰的な視野および論理的な思考力と堅固な意志力を携え、環境問題や人口増加、パンデミックなどの地球規模課題に対し解決策を見いだすことのできる博士人材の輩出です。大学院の初期段階から、例えば「熟議」や「サービスラーニング」といった科目を通して、社会貢献、社会に対する自身の役割について未来像を描き、そのために必要な分野についての知識や方法論を学びます。また、1年次から計画的に体系だった文理融合研究を進めることで、 博士論文の構想を早くから温め、一部の時間を「海外武者修行」や、研究成果の社会実装を体験するPBRに充てることができます。専任教員によるテーラーメイドの履修指導や、「合宿型研修施設」で異文化および異分野出身の学生と5年間にわたる共同生活を行うことも大きな特徴です。詳細は学館HPで。

    https://www.gsais.kyoto-u.ac.jp/

    16歳からの大学論 学問の考え

     コロナ禍における大学の意味の再確認として2つあげられます。一つは、様々なことに対応する博物学的な役割。これは単にリスクヘッジという意味合いだけでなく、人間の興味関心に限りがないのと同じように大学の守備範囲も相当広いのだという話。もう一つは、精神的支柱の役割。世間ではよく大学の研究は実質的に役に立つか/立たないかが議論されつつも、この間、著名な哲学者、歴史学者の意見がWEBや誌面で目立ったように、なんだかんだいって世間は、日常をメタな視点で原理から見つめなおすことを「学問」に求めているのだなという話です。いずれも社会からみた学問の役割ですが、逆に「学問の側」からこのパンデミックという事態がどう映るのかについて話してみます。

     冷淡すぎると思いつつもあっさりと言いますが、この事態がどう映るも何も、こういうことも起こりうる、の一言です。これは、長い歴史を見ればスペイン風邪のような事実もあった、という実経験の紹介を意味するのではありません。世界的パンデミックに限ったことではなく、有史以来、人間が未来を「読めた」ことなど一度たりともありません。なぜだかわかりませんが一方向にしか流れないこの時間なるものにおいて、未来予測など原理的には不可能です。そして、そのような原理に抗ってきたのが「科学技術」というなら、勝敗は最初から決まっていることです。明日も今日と同じように続くと慢心し、変動的な地形に固定的な暮らしを作ってきた我々に対し、幾度となく自然は再認識の機会を与えてきました。それをしかと受け止め、「日常」というものが正しく疑われた精神にとっては、その「日常」こそが最も驚くべきこととなります。これは「当たり前の日常に感謝せよ」という価値観の話ではなく、そもそも日常というものが存在することへの根源的な驚きのことについて言っているのです。なぜ「在る」のか…今自分が存在すること、それ以上に驚くことがあるでしょうか。明日、宇宙人が地球に攻めてきたとしても、学問(の精神)にとってはなんでもないことです。宇宙はこんなに広いのです。我々人間が有する知見など塵に等しく、自分が存在することを含め、全くわからないことばかりなのですから。

     無知の知、不可知への構えが「学問」にほかなりません。
     どのような学術分野であれ、学問としてそれがたどり着くのは意味や価値を超えたところの絶対的な生の形式。それを睨みつつ「今 、ここ、私」を生きるということは、正しく絶望し正しく自由であることに他なりません。ゆえに未来などは全く不安ではないのです。不安を持ちようがないのです。荻生徂徠、ソクラテスが言うように、何があろうがすべては人間がすることであり、もしくはパルメニデスの言うとおり、これまでなるようにしかならず、ならないようになったことはたったの一度もないのですから。偉人たちの言を借りて言わんとしたこの存在( = 人 生 )に対する構えは、楽観でもなければ、達観でもなく、単なる事実であり、人間の全歴史に対する誠実な姿勢なのです。

      ポスト、アフター、ウィズなどなど、世間では、そして知識人たちも躍起になって「明日」を探し、語っています。しかし、「学問」とはそれらを静観するものです。動的平衡が本然であるこの世において 、「変わる」ということが常だからです。むしろ「変わる」ことによる「変わらないこと」にこそ目を向け耳を傾けるのが「 学問 」の仕事 (本分)と言えます。だからこそ、世間は「学問」を頼ったのでした。その信頼に応えるよう、学問は学問で在り続けなければいけません、その努力を怠ってはいけません。もちろん「 今後は価値が二極化するだろう」、「仕事観が変わりいっそう量から質へと転換するだろう」といった各専門家(研究者)の意見は重要とは思いつつも、すなわち、それは本 当の意味で世間が、学問を担う大学に求めていることではなかったはずだと思う次第です。

     TVやタイムリーをウリにするWebサイト記事に学者の言葉は登場しにくいとは思うものの、やはり、世間すなわち社会が本当のところで求めている(であろうと信じる)言葉を読んでみたくて、非力をさらすこと覚悟で自分で書いてみたというのが本原稿の位置づけです。

    16歳からの大学論 やりたいことが見つからない理由

     今年2月に上梓した拙書「問いの立て方」(ちくま新書)が既に第三刷になったと出版社より連絡をうけました。さらに、ニュースサイト「NewsPicks」にて書籍紹介がなされ(それがどのくらいのことかよくわかりませんが)、2000Picks以上の評価を頂いたとのこと。ありがたいことです。感謝を込めて、本紙読者の方々に関係ありそうな部分を本書より抜き出し、掲載させていただきます。ご笑覧いただければ幸いです。


    ●やりたいことが見つからない理由
     「何がやりたいかわからない、研究テーマを決められない」という方もまれにおられるでしょう。こんな私のところにも、そのような博士後期課程の学生が訪ねてくることもありますし、研究に限らず、もしかしたら求職中の方も類似した問いをお持ちかもしれません。
    • なんでもやってみろ、試してみろ。そうすれば何かが見つかる。
    • いったんやりたいこと探しをやめて旅にでもでたらどうだ。
    • とにかく本を読め、本屋に行って手当り次第に関心ある本を買え。
    • 他人と話しまくれ、誰かに相談しろ。
    • 瞑想しろ。
     このように、世間ではいろんな「自分探し」、「やりたいこと探し」の方法があり、人によってアドバイスもそれぞれ違うでしょう。本書では何かこれという方法を具体的に書くことはできませんが、この第一章の考えをもって考えるなら、やはりまず「私はなぜそのように思うのか」といった「やりたいことが見つからない、その理由や前提」である観念を探る仕方で考えることから始まるのではないでしょうか。自分はなぜそう感じているのか、内なるもう一つの目をもって、自身の意見、感情、感覚の理由をこそ探索し始めるでしょう。


     続いて、その時代性についても思考をめぐらせます。例えば、やりたいことができるというようになったのはここ100年ほどのことで昔は生まれ落ちた場所や家に依存してほぼ人生が定められていたのだ、というふうに。ここで、昔より今がいいという思い込みを持たないことが肝要です。正しく歴史を見るなら、その時代その時代の心持ちというものがあり、例えば、就職が自由にできなかった時代にはその時代の覚悟や趣が間違いなく存在し、現代と同じように人の幸・不幸があったことでしょう。他国に生まれ落ちた場合を想像するのもいいかもしれません。そう、つまるところ幸・不幸の内容は時代や地域によるが、その形式は不変ということです。


     自分の願い、願望というものは、考えてみれば自分を超えたところにあるのかもしれない・・・


     そのような気分になったのなら、それは存在論に触れていることになります。そもそもやりたいことがあるということがそのまま幸せとも限りません。それに、得てしてやりたいことに没頭している人たちも、結果的にそれに落ち着いただけであって探そうとして見つけたとは限りません。このように存在について考えれば、自ずと(物的に)やりたいことを探そうとするのではなく、(心的に)自身の有りよう、幸せとは何かに問いが深まっていくのだと思います。


     哲学者・鷲田清一先生は、読売新聞の「人生案内」にて、何がやりたいかわからない人に対して、まず、自分がやりたいことじゃなく、誰かのために何ができるかを考えてみたらどうかと話されていました。これも一種の無私じゃないだろうかと思い、深く同意するところです。
    (「問いの立て方」ちくま新書 第一章 p.94-96.)

    16歳からの大学論 筆者、ついにSTEAM Associationを旗揚げ!「無知の知」の体現こそ

     今年7月に一般社団法人「STEAM Association」を設立しました。この社団では「ほんとうの学び」をコア・コンセプトにした、学び合いの場を作るのがねらいです。


     今日、「学ぶ」という行為には目的が無いとダメみたいな感じになってます。例えば、昇進や、資格や単位取得のためであったりと、今、この時代を生きる我々は、「学ぶことが何かを得ること、新たに何かを身につけること」、というようについつい考えがちになってる。しかし、「学び」には、特段の目的はいらないって私は思います。もちろん、自分の成長やスキルUPも大事ではありますが、それらを超えたところで、自分自身の感覚や感情を芯にして学ぶってことが、最近忘れられてるように感じるわけです。


     言いたいのは、「学ぶ」っていうのは、本来、おいしい、たのしい、うれしいなどと同じ我々の深い部分に根付く喜びの感覚である、ということ。この人間の純な本性としての学び(=これは目的に先立つので、「ほんとうの学び」と呼ぶことにします)を通じてこそ、人は、自分の在りように気づくのだと思うのです。何かを獲得するための学びを外向きとするなら、ほんとうの学びは内向き。「あぁ、私は、これが好きなんだ」「私が関心もつ事柄って、根っこにこういう共通点があったんだ」「当時、知りたい!って思っていたこと、今はそこまででない。なぜだろう」といったようにです。


     今日、金持ちゲームも、学歴ゲームも、大企業就職ゲームもだんだん終わりを迎えているといってよく、DXの進展もあいまって、いっそう「予測不能のなんでもあり社会」を迎え、結局、我々って何がしたかったんだっけ?っていう問いが見直されてると思うんですよね。そういう今こそ、先に述べた「ほんとうの学び(=自分の在りよう)」が必要と思うのです。


     そして、この社団では、このほんとうの学びの柱の一つに「STEAM」を置くことにしました。STEAMとは、Science、Technology、Engineering、Art、Mathematicsの頭文字で、現在、「STEAM教育」というのは、世界各国において分野融合型かつクリエイティブな理工系人材を育成する目的の下に推進されています。しかし、この社団法人は、我が国のSTEAMを振興します!といった考えは持っていません。なぜなら、今、STEAM!STEAM!と叫んでいても、時代が変われば、BEYOND-STEAM、とか、Next-STEAMなんて言いだすかもしれませんでしょ?


     この社団法人では、あくまで「STEAM」は入り口とし、既存のSTEAM教育をさらにもう一回り広く深く捉え直して社会に問うことをねらいとし、「そもそもSTEAMとは何か。いやむしろ、STEAMなるものを掲げて何を推進しようとしているのか?」といった俯瞰的で根源的な思考を何より重視します。つまり、STEAMというキーワードの登場を、「科学技術と人類の関係についての新たな考え方を得る契機」として受け止め、歴史や哲学など人文・社会科学系の観点を含め、STEAMのAをリベラルアーツのAとして強調し、STEAMという概念を問い直したいんです。


     まず最初は、我が国の研究者を対象とした事業を展開していく予定です。読者の方でご関心のある方は一般社団法人STEAM Associationで検索を。

    16歳からの大学論 問いとディスカッションに、学びを作品に

     2022年1月末に、学問の〈根・音・ね〉– 学術、芸術、伝統文化の百花争乱–というタイトルで企画を実施しました。これは、KYOTOSTEAM–世界文化交流祭–という京都市らの事業の一つとして開催したものです。活動分野の異なるメンバーが、対話を重ねながら、それぞれの専門分野の原点にある「問い」から現在に至るまでの歴史と、その連鎖を仮想空間で可視化することを試みるプロジェクトで、その道のりで製作したVRによるアート作品の公開・体験と、参画者でこれまでのことを話し合う公開振返り会を実施しました。


     なんといっても、そのメンバーのラインナップがすごい。現代美術家、表千家茶道講師、小説家、庭師、医師・薬剤師、映像作家、生命誌研究者、画家・美術家、禅宗僧侶といった顔ぶれ。通常、ほぼ初対面の多分野・多業種が集まって、わずか半年たらずでなにか一つの作品を作ることはありませんが、今回はそれをやってのけました。製作過程ではどんな対話がなされたか、最終的にどんな作品を作ったかについては、まもなくWEBサイトで公開されますので、関心がある方は、京都大学学際融合教育研究推進センターのホームページやSNS(TiwtterID@Cpier_Kyoto_u)をフォローして下さい。


     今振り返ってよかったと思うのは、作品づくりを焦らなかったこと。事前打ち合わせは、全員リモートで合計5回ほどしかできませんでしたが、これをあえて「勉強会」と称し、作品づくりではなく学ぶために集まっているのだという自覚をお互いに高めました。開催の前には毎回、最終作品につながるかどうかわからないような「お題」―例えば、「今のあなたがあるのは、どのような《問い》の連鎖の結果でしょうか?」といったような―が必ず与えられ、各自、それを発表するかたわら、Slackでも意見交換を続けました。アーティスト、宗教家、茶道家、庭師などの、その直感の速さたるや、光の如し。普段、研究者とのディスカッションばかりの私にとってはとても刺激的で、真正面から「問い」と対峙する感受性は、面倒な手続きなしにダイレクトに本質へと突き進みました。


     あとは、最終作品である「問いの連鎖」の具現化だけ。本番2ヶ月前には、VRのプロが加わり試行錯誤の末、作品づくりの土俵(環境)が与えられました。思った以上に簡素で、このVR空間で創り出したものが果たしてアートと呼べるのかと悩みましたが、それはすぐにうち消されました。なぜなら、アートとは魂を吹き込むことに他ならず、この勉強会では、まさにそのことに必死に取り組んできたからです。もちろん各メンバーのこの企画に対する関わり方や想いは異なります。しかし、いっときでも問いを共有し、互いに悩み、形にした経験は深い学びとなり、その学びを注ぎ込めば、きっと印象深い時空になる。そう、この企画でつくったのは「作品」ではなく「学び」、このことを本番に掲示しようと考えたのでした。


     具体的には、VR作品を展示し体験するだけでなく、メンバーがどう学んでここまで来たかを時間をかけてプレゼンし、参加者も入れて、VR体験後に全員でどう学んだかを話し合いました。VR作品とパネルディスカッションが組み合わさったこの時間・空間がまるごと我々の「作品」だったのです。

    16歳からの大学論 「あなたのビジョンは何?」と聞かれて

    先日、私のビジョン(目標のようなもの)を書く必要にせまられました。それは、とある研究費獲得のための申請書なのですが、まず私が創出したい地球社会ビジョンを掲示し、その実現のために必要な研究の目的、計画を書きなさい、というものです。

    しかし、悲しいかな、私にはキラキラと未来めいた「地球社会のビジョン」はありません。ただ、地球社会の調和のために思想的にも技術的にも必要不可欠であろう「大学」という組織についての憂い、社会にて「学問」することを許された大学こそが、逆に今その「学問」をしづらくなっている状況をなんとか元に戻したいという想いがあります。したがって、<大学にてよりしっかり「学問」ができるようになる>、これを私の地球社会の未来へのビジョンとすることになってしまうわけですが、正直言って、これはなんとも残念としかいいようがありません。

    先日も、「論文数、日本は過去最低10位に」という記事が私のタイムラインを騒がせていました。以下、毎日新聞の6月14日WEB記事「論文数、日本は過去最低10位に「状況は深刻」科学技術白書」からの抜粋です。
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    政府は14日、2022年版の科学技術・イノベーション白書を閣議決定した。今世紀の日本のノーベル賞受賞者数は世界2位(19人)となり「大きな存在感を示している」と評価。一方で、影響力が大きな学術論文(被引用数上位10%)の数の国別ランキングで、日本は過去最低の10位に後退し「このような状況は深刻に受け止めるべきだ」と危機感を示した。
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    この記事を受け、研究者界隈では、研究資金配分の選択と集中による弊害や、アカデミアに競争原理を導入しても効果はマイナス等の意見交換がなされていました。私も基本的にはこれらに同意するものの、「研究者」ではなく「学者」の立場から考えてみるなら、「いったい、いつまで”論文”というものさしに頼っているのだろう」と感じます。「研究力」という単語を、研究者の論文生産能力とみなし、同時に、その質を計測するために、被引用数(他の研究者がどれだけその論文を参照したか。つまり、大勢の関心を集めているか)を用いる。このような評価軸はカウンタブルであるものの、ほんとうに「研究力」というものを論文の量的な生産能力としていいのか?質の評価指数として被引用数でいいのか?それでは今日的な評価に偏りすぎはしないか?等々の問題も伴うことを忘れてはいけません。

    我々人間は自覚している以上に評価軸、ものさしに強く縛られる存在です。だからこそ、その評価軸は本当にまっとうなのか、取りこぼしてしまっている要因はないのかとたえず疑い続けることが必要なのです。

    先に書いた私の研究申請書のフォームもまた、ある種の評価軸の固定化に関連しています。どの部分か、おわかりでしょうか?それは、研究というものは、何かしらの良きビジョンがまずあってその実現のために行動するもの、という図式です。これは研究の意味合いを、課題解決として捉えているからこそ生じる構図であり、「とにかく知りたいのだ」という純粋な知的探求には合致しにくい。無理にあてはめようとすると、昆虫の研究を無理やり環境問題と絡めて書いてみたり、天文の研究を宇宙産業と絡めたり、ひいては、源氏物語を今日的ジェンダー論の観点から読み解いてみたりと、少々無理やり感がある文章が生まれがちです。このことから新たな発想は生まれるかもしれませんし、作文力もつくかもしれませんが、これは研究の営みとは別のものであることは、だれの目にも明らかなはず。(続く)

    *著者は今、全国の大学組織があつまって学問の在り方を考えるコンソーシアムを立ち上げる準備をしています。考えると同時に動きださないと。

    雑賀恵子の書評「他者の靴を履く」プレディみかこ

     相手の立場に立ってその人の気持ちを考えなさい、と諭されたことはあるだろう。だが、たとえば、いじめをしている人の立場に立って、気持ちを考えて自分も同じ気持ちになったとしたら、いじめを肯定してしまうのではないか。共感するというのは、そんなことだろうか。そもそも、他人の立場に立ってものを考えることで他人を理解できるということは、他人と自分が「同じ」であり、交換可能なものであることが前提となっていなければならない。その前提は、生まれも育ちも、ものの感じ方も何もかも違う人間において、いつも成り立つとは限らない。こうしてちょっと突き詰めると、他人の気持ちに対して共感する、ということは何を意味するのかさえ分からなくなってくる。とはいえ、他人とは理解できないものだと切り捨ててしまっては、一歩も踏み出せないし、何も変わらない。


     多様な存在の集まりである社会で軋轢を少なくしながら共存していくことや、個人間でもうまくやっていくことを「他者を理解すること」から考えるとき、「共感」がキータームとして近年よく用いられるようになったが、エンパシーという言葉も耳にする。情緒的な意味に力点がかかるシンパシー=「同情」に対置するものとして、日本語ではエンパシー=「共感」としているようだ。著者は、ベストセラーとなった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でエンパシーという言葉に注目を向けた一人である。「共感」と訳されがちなエンパシーを、英語圏でも、論者ごとに異なると言っていいほど多様な定義、意味で使われていることを解きほぐすことから始めて、多様性社会を保証するためのエンパシーを探ったのが本書である。


     著者は、貧困家庭に育ち、高卒後英国に渡り、のちに保育士の資格を取って失業者や低所得者が無料で子供を預けられる託児所で働いたり、20数年英国社会でさまざまな経験を重ねて、現在英国で翻訳やライターとしての活動をしている人だ。経済格差と多様性という二つを根底に置いて発せられる彼女のレポートや著作は、とんがっていながら、空気を求めて融通無碍に広がっており、ドライブ具合がかっこいい。


     エンパシーをめぐる本書も、様々なフィールドを縦横無尽に駆け巡る。諸議論で使われるエンパシーの語義や歴史。大逆事件で検挙され獄中死したアナキスト金子文子のエンパシー。米国の刑務所で行われる「回復共同体」プログラムのドキュメンタリー映画(坂上香監督)。SNS。ミラーニューロン理論からの脳内と共感の問題。コロナ禍によって剥き出しにされたケア階級と経済の問題。サッチャーの経済政策から見るシンパシーとエンパシー。ジェンダー…。いまここにある、この現在、この世界を剥き出しの肌が捉え、生きる足場をしっかりと確かめながら、彼女の文章はこちらに向かってまっすぐ投げられる。「異なる者たちが共生している『あいだの空間』で民主主義(すなわち、アナキズム)を立ち上げるには、エンパシーが必要だ」という彼女のボールを、どう受け止めるか。「すなわち、アナキズム」を、わたしたちも知力を傾けて読みとこう。この「わたし」の生きる足場を固め、他者と共に思いっきり呼吸のできる空間を求めるために。

    雑賀恵子の書評「計算する生命」森田真生

     数学はお好きだろうか?評者は、小学校に上がる前から、すでにマイナスの概念がわかり、小学校の算数のなんとか算というのは頭の中で代数的にイメージして解き、幾何学も代数学も得意だった。そう、三角関数が出てくるまでは。というのは、微分積分での三角関数の公式が覚えられず、次々と出てくる複雑な公式をまず覚えてなければ問題が解けないところや、頭の中でイメージができないところでつまずいて凡人以下になってしまったからだ。大学では初歩的な数学の講義は取るには取ったけれども、いろいろな記号が何を意味するのか、その意味とは何かがさっぱり理解できず、諦めた。学校教育における数学は、物理学や数理経済学などに進んでいくための基礎の方法であって、数学の勉強とは問題を解くことだと片付け、以降は手を切った(というよりも数学の世界から切り捨てられた)。


     ああ、なんという間違い。計算することは、単なる技術ではないし、数学はパズルではない。古代ギリシア哲学において数学で世界を記述することが重んじられ、デカルトが座標系で代数学を発展させていったのはなぜか。それは、世界をどう認識し、どう理解していくか、ということに大きく関わっていたのである。


     本書第二章冒頭に、ジェレミー・アヴィガッドの言葉が引用されている。


     「数学の歴史は、人類がその認識の届く範囲を拡張するためにあらゆる手段を尽くしてきた歴史であり、理解する力を押し広げるために、概念や方法を設計してきた歴史だ」。


     学校教育での数学は、人間の認識とは関係ないところにある普遍的な公理や規則の体系があって、それを個別に落としていくという演繹的な教え方をされる。そうすると、数学は、閉じたものであってそこから新しい概念や世界が広がっていかないように思い込んでしまう。そうではないのだ。


     そもそも数とはなんだろう。実在の事物とは関係のない概念ではある。しかし、一方、事物を数えるということは、個別実在の身体を伴った行為だ。生物である人間が事物を認知するのには、感覚器官をもつ身体が必要だと思われるからである。著者は、30代半ば、数学をテーマに著作や講演、「数学の演奏会」などのライブ活動を行う「独立研究者」。確実な知識とはなんであって、それを得るにはどうすればよいのかをめぐる知の営みを、古代ギリシアから現代までの数学者たちの思考を紹介しながら語り続ける。語られる数学は難しいのだけれども、認知にとっての身体性の意味が、明晰な文体で鮮やかに浮き彫りになってくる。


     身体性を持たない人工知能研究は、数字で一般化して固めていくのではなく、むしろ、知能を実現させるためには状況や身体が必要である生命というものの探求にも向かっていった。最終章「計算と生命の雑種」では、地球環境の激変をはじめとする様々な危機に直面する現代において、計算による認識の拡張とともに、生命体である人間の自律的な思考と行為による意味の生成の必要が呼びかけられる。


     計算する生命。計算し、計算の帰結に柔軟に応答しながら、現実を新たに編みなおし続ける。タイトルにこめられた著者の熱い想いに気づいたとき、力強く、自分が広がっていくのがわかるだろう、きっと。

    雑賀恵子の書評「現代社会用語集」入江公康

     例えば、「新自由主義」を引いてみる。説明文中の一文。「(…)貿易自由化によって一国の経済を多国籍企業の食いものにするとともに、国内的には民営化と規制緩和、社会保障・福祉・医療・教育などへの公的支出削減を政策の柱に『小さな政府』をめざす。手前勝手な『自己責任』の哲学をふりまわし、教育は自己投資、失業は能力不足のせいとほざく」。なるほど。


     次に「負債」。「(…)借りたらさいご、債務奴隷まっしぐら。負債は支配・統治の手段なのだ」として、国家に埋め込まれた負債システム=資本主義について触れる。そして、「いっさいの負債はデッチアゲであり、したがう必要がない」。えっ、そうなの?


     それなら「学費」。学費が高額なら、経済的に不利な家庭の子どもは大学に行けない。学生がバイト漬けなら、安価労働力が労働市場に大量参入するから賃金を押し下げる。親に出して貰えば、親への依存を生んで自立が奪われる。奨学金は高利の借金。返却のために定職に就かねばならず、生き方の多義性を殺す、というのが要約。


     性格が歪みそう? いやいや、本丸をズバッと撃ってるよね、と納得する?


     本書は題名の通り、「ことば」「ひと」「出来事」「シネマ」と四つのジャンルに分けて、五十音順に並んだ用語集である。用語集であって、用語辞典ではないのは、明らか。つまり、中立的(?)な用語解説ではない。わたしたちの生きているこの社会がどういうものであるのか、それを考えるために、取りかかりとなるような単語を集めて、著者が切った本である。ただし、切ってみせてはいるが、捌くまでいかない。それをするのは、読者の側だからである。


     本書の目的は明確だ。冒頭の「はじめに」で、この「社会」の自明性をはぐこと、「あたりまえ」を疑ってみる/疑うことだ、と宣言している。


     この社会の「あたりまえ」を疑う、ということは、ひいては、親や教師が言っていることばかりではなく、学校教育で習ったものすら疑うことを含む、と私は思う。過激に聞こえるだろうか。いや、そもそも「学問」とか「研究」の基本の一つは、この疑うということなのだ。そんな大上段に構えなくとも、自分が誰とも取替のきかない自分であることを自分がまずしっかりと認め、自分が伸びやかに呼吸できるような空間を確保するためには、自明だと思っている/思い込まされているものを疑うことが大切だ。


     これは、呼びかけの本である。「用語」に対する著者の説明に驚いたり、納得したりしても、その説明を丸呑みにしてそこにとどまっていてはつまらない。呼びかけに応えて、さあ、自分の思考を紡ぎながら、もっと遠くへ行こう。

    雑賀恵子の書評「世界哲学史」伊藤邦武/山内志朗/ 中島隆博/納富信留 責任編集

     2020年世界のあちこちで猖獗を極めているコロナ禍のなか、君たちはなにを見、なにを聞き、なにを感じ、なにを考えているだろうか。あっという間に、学校生活も、家族の生活も変わってしまい、これからの進路に戸惑いと不安を抱いているかもしれない。 感染拡大を防ぐという目的で、個人の自由な行動や経済活動を制限するために、すなわち私権を制限するために、行政はどのような手順を踏んだのか。個人と公益の関係はどうなっているのだろう。各国の対応は、どうであるか。独裁的な国家と民主的な国家とでは、このような非常事態に対する政策及びその結果にどのような違いがあり、どう評価したらいいのか。これは戦争だと語った各国指導者も何人かいたが、実際の戦争の場合と、パンデミックによる非常事態とでは、何が異なり、何が同じなのか。 医療崩壊を起こしたところでは、「命の選別」がやむなくなされたと報道されている。「命の選別」について、生命倫理はどのように語ってきただろうか。また、目に見えないものに対する恐怖から、感染者と目される人々やさらにはその民族への差別や排除もみられたが、大衆の心理はどのように動くのか。 パンデミックにより新自由主義に支えられたグローバル経済の脆さが露呈されたし、パンデミック自体グローバリゼーションによって蔓延が加速されたとも言える。事態が収束しても、全体的な経済的ダメージは大きく、このダメージは低所得者層ほど苛烈に受けるからさらに格差が広がるのは間違いない。一方で、経済活動の停滞は、深刻な環境汚 染を少しばかり改善し、空の青さや河川や運河の透明さに驚いた人々もいる。 いずれにせよ、君たちは、紛れもなく世界史に記録される大きなイベントに立ち会っているのだ。 このパンデミックのなかで起こっていることをしっかり観察しよう。そして、パンデミック後の社会や価値観がどう変容していくか、いや、どう変わっていくべきなのかを考えよう。提示された問題群は、現在のものであると同時に、野生から離脱し文明社会を築いてきた人類がその原初から背負ってきた問題でもある。 そうだ、考えるための武器は、哲学である。今年1月から毎月一冊刊行されている『世界哲学史』は、全8巻の新書シリーズだ。従来哲学史というのは、ギリシア哲学から始まって西洋哲学を中心に語られてきた。そもそもが歴史を記述するという視点、近代という区分そのものが西欧の思想に立脚している。本シリーズは、西洋のみならず、中近東、ロシア、インド、中韓日、東南アジアやアフリカ、オセアニア、ラテンアメリカやネイティブ・アメリカと空間的にも、現在から過去や未来へと時間的にも、地球から宇宙へ、万物へと対象を広げ、世界哲学を描き出す。第一巻序章には、「世界哲学とは、哲学において世界を問い、世界という視野から哲学そのものを問い直す試みなのである。そこでは、人類・地球といった大きな視野と時間の流れから、私たちの伝統と知の可能性を見ていくことになる」と宣言されている。さあ、 武器を磨き、身につけよ。この世界で、君が生きるために。

    雑賀恵子の書評 人新世の「資本論」斎藤幸平

     2020年、産業革命以前より地球の平均気温は1.2度上昇した。もし2030年にプラス1.5 度になるとすると、臨界点を超えて地球温暖化は暴走し、危機的な状況を迎えるといわれている。現在すでに気候変動によって、世界各地で異常気象が続き、大きな被害をもたらしていると同時に、持続的な食料生産への懸念も深刻である。一方、世界の格差は広まる一方だ 。ここに来て、あちこちで目につくのは、SDGs(持続可能な開発目標)である。2015年に国連が掲げた目標で、各国政府も大企業も推進している。意識ある人々も、自動車に乗るよりも公共機関利用に、できなければ電気自動車にして、エコ袋をもち、プラスティックのゴミをなるべく出さないように生活を変えようとしている。だから、この努力を続ければ、人類は危機を回避して発展をしていく可能性はある…??

     著者はのっけから、SDGsのお題目を唱えたところで、それはアリバイ造りであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかないと断じる。

      人類の経済活動が地球の地質や環境に重大な影響を与えている現在を、「人新世」と位置付ける見方がある。著者は、気候変動をもたらした経済活動の根底にあるものを帝国的生活様式として分析する。後期資本主義の発展とそれによってもたらされる豊かさは、周辺部(低開発地域)の収奪によって生み出されたものであり、恩恵に預かる中心部(高開発地域)は、常に周辺を見出してそこに矛盾を追いやってきた。

      中心部においても格差は大きい。中心/周辺は地理的な意味だけではなく、結局のところ大資本が富を独占する。強い国家はそれと協働する。それがグローバル経済の実態だ。それが環境破壊と気候危機をもたらしているのである。著者によると、人類の経済活動が全地球を覆ってしまった人新世は収奪と矛盾の転嫁を行うための外部が消尽した時代である。

     だとすれば、経済的な発展を手放さない限り、言い換えれば経済的な発展を至上の善であり目的であるとする資本主義システムを廃棄しない限り、人類は、危機を回避できないのではないか。この文脈から、著者は、再生可能エネルギーなどに公共投資を行い、景気を刺激しつつ持続可能な緑の経済に振り向ける気候ケインズ主義の限界を指摘し、続けて、資本主義システムでの脱成長などあり得ないと論じる。

     では、どこに希望を見出すか。脱成長コミュニズムだ。20世紀末崩壊していったソ連をはじめとする共産主義国家群を範としているのではもちろんない。いまさら?ではなく、いまこそ! K・マルクスを読み直し、マルクスが最後に目指したものとしての「脱成長コミュニズム」である。コミュニズム、すなわち「コモン」。ここで、「私」、「 国 家 」、民主主義が問い直され、危機回避の軸が模索される。

      著者の分析や主張は、実はさほど目新しいものというわけではない。しかし、手に取り易い新書でベストセラーになっている。「知識」として読み飛ばし消費していくのではなく、本書を手にとった人たちが、私/たちがこの地球で生きていけるよう、思考と実践を深められるかどうか、そこに未来の希望はかかっている 。

    雑賀恵子の書評「生まれてこないほうが良かったのか?」森岡正博

     タイトルにぎょっとした方もいるかもしれません。この問いは、誰が誰に向かって投げかけたものなのか。「こんなことなら、生まれてこないほうが良かった」と絶望した人の嘆きを聴き取った人は、そう思わせる状況がなんなのかを考え、どうにかしようとするでしょう。誰だってしあわせに生きていたいものだということは所与の自明のものとされ、それができないからそういうことを言うのだ、と受け取るからです。そもそも、もし自分が生まれてこなかったのなら、今ここでそう考えている自分(主体)はいないわけで、どちらが良かったのか、自分(発話主体)が比較することはできません。つまりこの問いは通常、どちらが良かったかという比較に関するものではなく、自分の現在を受け入れられない人が、誰かに自分をそれでもなお肯定して認めて欲しいとか、自分の状態を救って欲しいとかの願いを込めて絞り出した叫びのようなものだと捉えられるのです。


     ではそうではなく、「一般的な問い」として、この問いを捉えるとどうなるでしょうか。これと格闘したのが本書です。古代より現代に至るまで、人間が生まれてくることや、人間を生み出すことを否定する思想があります。大まかに反出生主義と呼ばれるものです。著者は、自分が生まれてきたことを否定する思想を「誕生否定」と呼び、人間を新たに生み出すことを否定する思想を「出産否定」と呼んで区別します。近年、哲学者デイヴィッド・ベネターの、全ての人間の誕生は害悪であり、人類は出産を諦めることにより消滅するのが良いという本が話題になりました。著者は、古代ギリシア文学やインド思想、ブッダの哲学、ゲーテの『ファウスト』やショーペンハウアー、ニーチェなどを丹念に解きほぐしながら、誕生の否定と肯定の思想に真摯に迫っていきます。誕生が良いか悪いかを功利主義的に論じたベネターを退け、「誕生肯定」を打ち立てるためです。著者のいう「誕生の肯定」とは、「生の肯定」や「人生全体の肯定」ではなく、自分が生まれてきたことを本当に良かったと心の底から思えることです。


     これまで生命倫理や環境哲学など現代の私たちが直面している問題を幅広く論じて、「生命学」を提唱してきた著者は、さらに「生命の哲学」という領域を切り開くことを本書において宣言しています。もしかしたら、著者自身が生きて在るために踏み締めることのできる強い地面を求めているからかもしれません。しかし、だからこそ、わたしたちは「生命の哲学へ!」という呼びかけに応じ、本書の言葉の森を辿り自分の生をかたちづくっていけるのでしょう。

    雑賀恵子の書評「心にとって時間とは何か」青山拓央

    「時間とは何か」なら、まだわかる。物理学や量子力学の難解な議論の本かしらと想像するかもしれない。だが、本書は「心にとって時間とは何か」だ。心にとって、ということは、 時間というのは何かの心象ということをも含むのだろうか。

      確かに、子供の時は長いと思えた一日も大人になるにつれ経つのが短く感じられるとか、何年も前のある出来事が「昨日のことのように」感じられるとか、そういうことを考えれば、なるほど、時間とは、心、認識の問題かもしれないと思えてくるのではないだろうか。タイトルにそんな疑問を持つ人にこそ、読んでいただきたい。

     実は、時間についての考察は、アリストテレスも、中世のアウグスティヌスなども取り上げた、随分古くからの哲学のテーマだ。そして、本書で挙げられている時間をめぐる問題群及びそこから展開される問題群もまた、身近であり、それだから多くの人が論じてきたものである。決して目新しいものではない。

     本書は、心と時間をめぐる議論をいく筋かの道に分けて、 脳科学や心理学や倫理学や、そのほかさまざまな分野における従来の知見を紹介し、そしてその道から導き出される人間生活における心と時間の問題を、別の道筋として示し考察していく。

     そのために章立てには趣向が凝らされ、入念に道が配置されている 。第一章には「知覚」(時間の流れは錯覚か)、第三章「記憶」、第五章「SF」(タイムトラベルは不可能か)、第七章「因果」と、奇数章には心と時間をめぐる議論の道が敷設される。偶数章には「自由」「自殺」「責任」 「不死」と人間生活のテーマを置き、その前の奇数章を踏まえながら時間概念とどう関わるかが語られる。さらに、第一章「知覚」と第五章「SF」、第二章「自由」と第六章「責任」、第三章「記憶」と第七章「因果」、第四章「自殺」と第八章「不死」が立体交差するように対応しているのだ。読み手は、それぞれの道を辿りながら、そこにある風景、つまり紹介される知見を愉しむが、どこかに行き着くことはない。

     著者とともにいく筋もの道を彷徨いながら浮かび上がってくるのは、時間というものをめぐる謎だ。つまり、本書は、踏み分けられた道を示すことにより、踏まれたことのない未知の領域を指し示しているのである。著者なりの解答ないしは結論を性急に求めるような、クイズ好きの人には向かない本と言ってもいい。

     そうではなく、著者とともに巡った思考の旅から帰還することないまま、自分なりの新たな道を探しに行きたくなるような本なのだ。

    雑賀恵子の書評「理不尽な進化 遺伝子と運の間」吉川浩満

     恐竜の嫌いな子はいない(だろう、多分)。地球上のどこにも、今、恐竜はいない。絶滅してしまったからだ。なぜ2億年近くも興隆を誇った恐竜の時代が終焉を遂げたのか。それは、ユカタン半島のちょっと先の浅瀬に墜落した巨大隕石の影響だ、と言われている。科学番組などのさまざまな再現映像で見たら、1日で地球の裏側に達するという凄まじい熱波や衝撃波、降り注ぐ岩石や有毒物質の地獄絵に、あっという間に恐竜たちは壊滅状態に陥ったという印象を持つ人もいるかもしれない。だがそういうわけでもなく、隕石衝突による地球環境の激変や粉塵が地球を覆うことによって起こる寒冷化などで食物連鎖が断たれ、彼らの舞台は幕を引かれるのである。地球上の生命体のかなりの部分が絶滅してしまう大絶滅期は、知られているだけでも5回ある。このような絶滅は、厄災のような地球環境の激変だから、絶滅したのは、全くもって運が悪かったと思えてしまう。たまたま変化した環境に適していたものが、運よく生き延びたのだろうか。


     だが、そればかりではない。地球46億年、生命が発生してから40億年という長い時間の中で、想像もつかない多くの生命が生まれたが、生物種の99.9%は絶滅してしまったという。なぜだろう。ここで頭に浮かぶのが、進化論。進んで変化していく、というから、生物は優れたものが生き残り、劣ったものは滅び去る自然淘汰という競争ゲームによって世界は成り立っている。だから進化の先端にいる現在の人間は、700万年前チンパンジーと分かれた人類の祖先よりもさらにずっと優れている、とするのが進化論だと受け止めている人もいるだろう。一方、そもそもが生存競争というゲームではなく、環境に適応したものが生き延びたという適者生存だ、というのも進化論である。では、適者とは何かというと、生存したこと自体によって定義される。よく考えれば、これはトートロジー(同語反復)で、定義になってない。一体、進化論って、なんだ?


     進化するって、わたしたちは日常的にもよく使うし、自分のいる世界でより良い姿や生きる方法を持つことではないの?


     本書は、絶滅してしまったものたち(=敗者?)の側から進化を眺めることから始まる。そうすると、絶滅というのは、理屈や法則を超えて、運や遺伝子(能力)が絡んだ理不尽なものとしか言いようがないものになってくる。そして、自然淘汰や適者生存の俗流理解をときほぐしながら、進化というものをめぐる現代の進化論者たちの議論に踏み込んでいく。と、まとめあげれば、進化論の解説書のように思えるが、そこに留まらない。「進化論」という思想を足場に縦横無尽に広がる本書を読み進めば、サイエンスの思考のあり方や、サイエンス(観察-言語化/理論化-実証-操作)の領域には捉えられないアート(言語/理論化し得ないもの)の領域にも目を開かされる。随所に置かれた註が、これまた読者の興味を掻き立てる。生物進化をめぐっての議論なのに、もしかしたら、わたしたち自身の世界観も揺るがせかねないくらい、ドライブをきかせて見せてくれるのだ。要するに、めちゃくちゃ面白い「哲学書」だ。

    雑賀恵子の書評 「イスタンブールで青に溺れる」横道誠

    青に溺れるってなんだろう。

    著者はどこにいっても青い美しいものを探している、という。世界各地を旅した著者は、とりわけイスタンブールで青い美しいものへの嗜好が存分に満たされる。モスクの暗い内壁を光が淡く青色に照らす、上品な荘厳さ。青と青緑とクリーム色がとろけるように混じり合う装飾タイル美術館の入り口…。青の饗宴だ。なぜ青に惹かれるか。それは、著者によると自閉スペクトラム症がある人の傾向らしい。自閉スペクトラム症があると自然界からの吸引力が強まりやすいそうである。空や海の色が青いからかもしれないし、逆に空や海に強く惹かれるので、青が好きなのかもしれない。いま思い出しても、記憶の中に収まったイスタンブールの青に溺れそうになる、と著者は書く。イスタンブールの記憶は、石原吉郎の詩にある「無防備の空」や「正午の弓となる位置」という言葉となぜか重なる。これもまた、自閉スペクトラム症の「こだわり」だとしている。

    そう、著者の横道誠は、自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)の診断を受けている文学研究者である。40歳の時に受けたこの診断によって、なんだか多くの人と違うようだけれどもといぶかしんできた自分のしっぽを掴むことに成功した、と別のところ(『みんな水の中』医学書院、2021)で述べている。長年いぶかしむということは、世界との関わりのなかで自分が生きる仕方に、他の人たちとの違いを感じて苛立った思いもしてきたのだろう。どうしてなのかということを外部から診断されることで、腑に落ち、著者は自分の身体をフィールドとして発達障害というものを考え、当事者研究に踏み込んでいく。それをまとめたのが『みんな水の中』である。

    横道は発達障害とされる人たちを「私たち」と表現しているが、しかし、「健常者/障害者」ときっちり線引きできるものではない。神経発達ということからみれば、人間の脳は多様な形をとる。つまり、定型に属する人もそれぞれ多様であり、定型と非定型はグラデーションとイメージしてもいいかもしれない。「自分」を文化人類学の手法で観察・研究し、哲学や言語学、文学から得たものを入れ込んで、ケア、セラピー、リカバリーを見通す。「詩のように」言葉を紡ぐパート、「論文的な」記述で考察するパート、「小説風」のパートの三部構成は、ページの紙が青、白、水色で縁取りした白で塗り分けられている。

    「自分」を旅した記録が『みんな水の中』だとすれば、その自分が世界各地を旅した記録が『イスタンブールで青に溺れる』だ。取り上げた25の都市に、色彩が溢れだし、不意に思い出される小説や詩の言葉が散りばめられ、過去の記憶が召喚される。「発達障害者」の世界とのきり結び方のぎこちなさが冷静に分析もする。それらがないまぜになった、これは一体エッセイなのか、評論なのか、小説なのか。

    そして、読むものは知的興奮に溺れるのだ。

    火星研究者、青木翔平先生の外国語習得法

    東京大学大学院 新領域創成科学研究科・講師 青木 翔平 先生 東京大学大学院 新領域創成科学研究科・講師 青木 翔平 先生

    ~Profile~
    東北大学理学部卒業、東北大学理学研究科博士課程修了。イタリア宇宙科学研究所(INAF/IAPS)博士研究員、ベルギー王立宇宙科学研究所(IASB/BIRA)博士研究員、リエージュ大学(ULiège)ベルギー国立科学研究基金研究員、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所プロジェクト研究員を経て、2022年4月より東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻講師。令和3年東京大学卓越研究員(公募型)。國學院久我山高等学校出身。
    京都大学大学院 農学研究科・助教 白石 晃將 先生京都大学大学院 農学研究科・助教 白石 晃將 先生

    ~Profile~
    2012年京都大学農学部卒業、2014年京都大学大学院農学研究科修士課程修了。修士課程在籍時、日本国際協力機構(JICA)を通じて短期青年海外協力隊としてバングラデシュに派遣。2015-2016年国連食糧農業機関(FAO)でのインターン及び2016-2017年日本学術振興会特別研究員を経て、2017 年に京都大学大学院農学研究科から博士号(農学)を取得。また、同年京都大学大学院思修館プログラム修了。同大学院博士課程修了後、2017-2018年外務事務官として外務省経済局経済安全保障課に勤務。2018-2020年FAOジュニア専門官、2020-2021年FAO食品安全専門官を経て、2021年1月より京都大学大学院農学研究科助教、現在に至る。

    「かつて火星に存在した水はどこへ失われたのか?」 「生命が存在できる惑星大気環境が維持される仕組みは?」 ――このような謎の解明を追求するのは 東京大学大学院新領域創成科学研究科・講師の青木翔平先生。 惑星科学・天文学分野と火星研究の魅力、イタリアからベルギーへ、 そして日本へと、国をまたいだ研究の意義、将来展望などについて、 京都大学大学院農学研究科・助教の白石晃將先生に聞いて頂きました。 高校生や大学生、未来の研究者に向けたメッセージもいただいています。


    ©JAXA/火星衛星探査計画MMX

    一番身近な惑星、火星 惑星科学・天文学分野と火星研究の魅力


    学問研究の今

    白石:最初に、なぜ惑星科学・天文学分野、中でも火星に興味を持ったのか教えてください。

    青木:高校生の時、宇宙の謎に迫るNHKのドキュメンタリー番組を見たのがきっかけです。番組では、数ある惑星の中でも火星について特集されていました。生命の存在可能性や惑星環境の進化などに関する研究者の説明を聞き、非常にワクワクしたことを覚えています。大学受験では、「天文学」をキーワードにインターネットなどで検索し、天文学科のある東北大学理学部を志望しました。進学後に、火星について学べるのは宇宙地球物理学科であることを知り、配属時に選択しました。

    白石:そんな火星の魅力とは?

    青木:惑星は大きく分けて木星型惑星と地球型惑星に大別できます。木星型惑星は、主に水素とヘリウムから構成されていて、ガス惑星とも呼ばれます。太陽系では木星と土星などが該当しますが、大部分が気体でできているため人が降り立つことは難しいです。一方、地球型惑星は、固体惑星とも言われ、地表面と大気が存在し、生命の存在や、遠い将来には人類が移住できる可能性があります。私たちの太陽系では金星、地球、火星がその代表例です。中でも火星は、過去や現在に生命が存在した可能性があり、生命が存在できる惑星環境が形成・維持された謎に迫ることができるのが大きな魅力です。火星の大気は地球の0.6%ほどしかありませんが、地表温度がおおよそ-70℃から+30℃と地球に近く、太陽系惑星の中でも環境が地球に一番似ていますし、遠い将来、火星を温暖化させることで人間が移住できるのではないかとも考えられています。

    話題の系外惑星研究※への応用
    ※私たちの太陽系の外にある、遠い恒星の回りに存在する惑星。


    白石:なるほど…他にはどうでしょう?

    青木:近年、私たちの太陽系の外に「第二の地球を探す」観測研究が盛んで、候補となる惑星が続々と見つかっています。また最近では、アメリカ航空宇宙局(NASA)が打ち上げたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡により、これまでとは比べ物にならないほど詳細かつ遠くの天体画像が公開されるようになり、第二の地球発見への期待が膨らんでいます。ただ、系外惑星における地球型大気の観測は、現時点では非常に難しいです。そこで、私たちの太陽系にある火星や金星などの地球型惑星を詳しく調べ、それをもとに、太陽系の外にある地球型惑星の大気の成分や、その成り立ちを理解するのに役立てようとしています。

    火星の太古の水はどのように消えたのか?火星の大気の観測から迫る


    白石:具体的な研究テーマ、その方法、アプローチについてもお聞かせください。

    青木:現在、取り組んでいる研究テーマの一つは、火星からなぜ水が失われたか、そしてそれがどこへ消えたかの謎の解明です。これまでのところ火星表面には、水の存在なしには形成されない鉱物や地形がたくさん見つかっています。そのため火星は、かつては現在の地球のように温暖で湿潤な気候で、大量の液体の水が地表面に存在した時代があり、40億年前までは地球のように海があったとも推測されています。しかし現在の火星は、薄い二酸化炭素大気に覆われた寒冷乾燥気候となっていて液体の水はなく、大気の水蒸気や極域の氷がわずかに見つかっているだけです。では、かつて大量に存在した水はどこへ行ったのか。多くの科学者は、ある程度の水が宇宙空間に放出されたと考えていますが、それはどのように宇宙空間へ輸送されていったのか、私はそのプロセスを観測データから明らかにしようとしています。一般的に、火星を含めた惑星大気研究は、①理論的計算による数値シミュレーション、②人工衛星などに乗せる観測装置の新規開発、③大型望遠鏡や観測機で取得したデータの解析、といったアプローチがあります。どれも重要で、各々のプロフェッショナルが協力して研究を進めています。私は③の専門家で、水に代表される火星大気の成分の観測を通して、生命が存在できるような惑星の環境はどのように維持されるのかを理解したいと考えています。

    現在に至る研究の軌跡 大学院卒業後は、より良い環境を求めてイタリアとベルギーへ


    ベルギーでは王立科学アカデミー「バロン・ニコレ賞」を受賞

    白石:火星に関する研究を、日本だけでなくイタリア、ベルギーでもされていたようですね。具体的な研究内容とキャリアについて聞かせていただけますか。

    青木:海外へ拠点を移して研究を行うことを考え始めたのは2012-2013年頃だったと思います。博士課程に在学していた頃は、望遠鏡で用いる観測装置の開発や、世界最大級の日本の望遠鏡であるすばる望遠鏡の火星観測データを用いて研究していました。しかし、惑星探査機により取得されたデータをもっと深く解析してみたいと思うようにもなりました。当時日本では「のぞみ」や「あかつき」といった惑星探査機が打ち上げられてはいたものの、惑星軌道へは到達しておらず、そのデータは手元で使える状態ではありませんでした。そこで、既に惑星探査機の軌道到達に成功している海外に出る必要があると考え、欧米の大学や研究機関の中からイタリア宇宙科学研究所(INAF/IAPS)を博士課程修了後の進路先として選びました。そこでは、「マーズ・エクスプレス」(欧州の火星探査機で、2004年から火星軌道で観測を行っている)プロジェクトチームの一員として、大気の温度・組成・エアロゾル量など、火星の気候を調べました。その間に、ベルギーでは火星の大気をより精密に観測するための新たな観測装置の開発が進み、2016年3月には「トレース・ガス・オービター」(欧州とロシアが共同で進める火星探査ミッション、「エクソマーズ」の一環)という新たな火星探査機が打ち上げられたとの情報を受け、2016年秋にベルギー王立宇宙科学研究所に拠点を移しました。ここで、火星の水蒸気の鉛直高度分布を詳細に調べて、水が宇宙へ消失していく過程の一端を明らかにすることができたのです。

    白石:それでベルギー王立科学アカデミーからバロン・ニコレ賞を受賞されたんですね。

    青木:はい。1998年に創設された惑星科学・超高層大気研究の分野で、特に優れた国際的な若手研究者に贈られるベルギー王国の伝統的な賞です。

    白石:火星をはじめ惑星科学分野の研究では多くの研究者が関わって一つのプロジェクトが進められると聞きました。なぜ青木先生だけが受賞されたのでしょうか。

    青木:多くの場合、惑星科学分野の研究では、人工衛星を作るエンジニアから、データを取得し解析する研究者など50人以上が関わります。ただ、取得したデータの解析やその解釈が、ミッションの科学目標を明らかにするための最後の仕上げ作業として、やはり重要ということだと思います。加えて、プロジェクトを通じてチームワークへの貢献度の高さなども加味していただけたものと理解しています。もちろん今も、その装置で得られた観測データの解析は続けています。

    チリ・アタカマ砂漠のALMA望遠鏡の前で

    日本の火星探査計画に貢献したい!


    白石:日本へ戻られたきっかけは?

    青木:ベルギーでの研究を進める中、日本の火星衛星探査計画(MMX)を知りました。MMX(Martian Moons eXploration)は、世界初の火星衛星サンプルリターンミッションで、火星の月である「フォボス」からサンプルを携えて地球に帰還する計画です。2024年が打ち上げ予定で、このプロジェクトにどうしても携わりたいと考えていたところ、2021年4月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)のMMXプロジェクト研究員として採用していただきました。そして縁あって2022年4月からは、MMXプロジェクトの火星観測を主導されている東京大学の今村教授と同じグループで研究室を開設しました。MMXにより打ち上げられる衛星は、気象衛星ひまわりのように火星の赤道面を回ることで連続的に火星を撮影することができ、詳細な気象観測ができる点で非常に優れています。また、隕石の衝突などによって火星から舞い上がったチリもフォボスから採取するサンプルに含まれていると考えられていますので、それを解析すれば生命の痕跡(死骸)が見つかるのではと、今からワクワクしています。

    なぜ研究の道に、その面白さと苦労


    研究のきっかけと将来展望

    白石:日本、イタリア、ベルギー、そして日本へと、最適な研究環境を求め続けてこられていますが、そもそもいつ頃から研究者を目指すようになったのですか。

    青木:最初にお話しした通り、高校時代にNHKの特集番組を見てからです。大学院修士課程では、一般企業での就職も考えましたが、「未知の事柄を世界で初めて知ることのできる喜び」や、「真実を科学的に検証する面白さ」を《味わい続けたい》と、研究者の道を目指しました。

    白石:「世界で初めて知る」というのは確かに大きな魅力ですよね。一方で難しさも?

    青木:惑星科学分野の研究では多くの研究者が一つのプロジェクトに関わりますので、様々なノウハウを共有できるメリットもある一方、テーマの奪い合いや連携ミスが起こってしまうという難しさもあります。あらためて「コミュニケーション」の重要性を再認識するとともに、常にチームのメンバーと情報を共有しながら相互理解を深め、研究を推進することに努めています。

    白石:チームで働くことの良さと難しさですよね。最後に、研究の将来展望について教えてください。

    青木:火星だけでなく他の惑星研究にも共通して言えることだと思いますが、観測技術の進展で観測精度が上がり、大気や表層環境、生命の起源などについて、これまでにない新たな情報が得られると期待されています。今は、広く地球型惑星に興味を持っているため、火星だけではなく金星の研究も少しずつ進めています。金星も初期には豊富な水が存在していましたが、火星同様、宇宙空間へ失われた可能性が指摘されています。金星は火星と異なり、観測データは豊富ではありませんが、灼熱の惑星であることから、急激な気温の上昇による温室効果が起こったという説が有力です。2030年前後にはヨーロッパやアメリカが相次いで金星探査機を打ち上げることが決まっていますから、それらのプロジェクトにも貢献したいと考えています。その先は、太陽系研究の知識をベースに、系外の地球型惑星の研究へと幅を広げていきたいと考えています。

    高校生や大学生へのメッセージ


    白石:最後に、高校生や大学生、未来の研究者にメッセージをお願いします。

    青木:「こうなりたい、これがしたい」という気持ちを大切にして、その瞬間を逃さずに行動することが将来の道を開くカギになると思います。私の場合は高校生の時、NHKの火星特集番組を見た後にインターネットなどで情報を読み漁り、将来の展望を想い描いていました。同じような瞬間がいつ、どのような時にみなさんに訪れるのかはわかりませんし、それはおそらく、一人ひとり違うと思いますが、その瞬間に向けて準備をすることが大事だと思います。興味を持ったものがあれば、自分で訪れてみる、それについて先輩に話を聞く、本やインターネットから情報を得るなど、機会ときっかけを活かすことです。また、将来を想い描くのに時間を惜しまないことも大切ですね。ちなみに惑星科学・天文学分野に興味のある方にですが、惑星探査で採られたデータは、原則、半年後には公開すべきだとされていますから、誰でも見ることができます。例えば、NASAのプラネタリデータシステム(https://pds.nasa.gov/)では、難しいデータ以外にも、惑星探査機に搭載されたカメラで撮られた画像などを見ることができるのでお薦めです。

    青木先生の外国語習得法

     私は、仕事では主に英語を使っていました。中学、高校、さらには大学でも英語を学ぶ日本人であれば基本的な知識は身についていると思うので、後は慣れだと思います。私の場合は、「日本語を使用することができない環境」に身を置いたことで、コミュニケーションを取るには英語を話すしかなくなり、徐々に会話や議論ができるようになりました。帰国後も毎週英語で行われる会議に出席するなど語学力を低下させない努力をしています。

     一つ重要なポイントがあるとすれば、それは「人の発言を聞き真似ること」です。話し言葉特有の表現などは特に、ネイティブスピーカーなどが使うフレーズを真似て使うことで自分のものにしていきました。

     英語以外では、イタリア語は話せますが、ベルギーで話されるフランス語やオランダ語はほとんど話せません。イタリア滞在時は、語学学校にも通い、日常会話の習得に努めました。英語と同様、最初はネイティブの発言を聴くことに集中し、だんだんと使えるようになりました。イタリア人は非常に大きな声で話すので集中しなくても自然と耳に入ってきます(笑)。一方、ベルギーではフランス語を教える学校にも通いましたが、公用語が英語で日常会話も自然と英語になり、フランス語の習得には至りませんでした。やはり、その言語に身を置く環境を自分で作ることが重要なのかなと思います。

    ベルギー王立宇宙科学研究所にて


    新しい社会を作るために
    半学半教で、学生をまん中に置いて分野横断を加速

    教育・研究分野で日本の大学界を先導する慶應義塾。
    先頃は、他大学の学生も受け入れての大規模な職域接種でも注目を集めた。
    この春、《義塾としての理想の追求》を掲げられて塾長になられた伊藤公平先生は、世界の最先端技術である量子コンピュータの研究者で、海外での研究経験も長い。教育DXに加え、グローバル化も一層加速すると予測されるポストコロナにおける日本の大学について、慶應義塾の進める改革を中心に、その展望をお聞きした。

    P r o f i l e
    1989年3月 慶應義塾大学 理工学部 計画工学科 卒業。1992年12月カリフォルニア大学バークレー校 工学部M.S.(修士号)取得。1994年12月カリフォルニア大学バークレー校 工学部Ph.D.取得。1995年4月 慶應義塾大学理工学部助手。専任講師。助教授を経て2007年4月から教授。2016年11月~2017年3月 大学グローバルリサーチインスティテュート副所長。2017年4月~2019年3月 慶應義塾大学理工学部長・理工学研究科委員長。2021年5月から現職。慶應義塾高等学校出身。

    大学とは、慶應の使命とは

     大学は、生涯の友や師に出会うことのできる場であり、そこでの学びや経験が将来につながる《人生の好循環の起点》でありたいと思っています。現在大学を目指しておられるみなさんは、50年後の社会を作るわけですから、その使命を一人ひとりに《自分事》として認識してもらうとともに、自ら新しい社会を作っていく喜びをぜひ経験してほしい。
     一方、受け入れる大学には、学生が未来の社会設計に貢献、寄与できるための仕組みを作り、環境を用意する義務があります。慶應義塾の創始者、福澤諭吉の言葉を借りれば、「全社会の先導者」を育てる使命があるのです。慶應では今夏、ワクチン接種と並行して、学生自らが厳しい感染対策を策定し体育会やサークルで練習や活動を行ったことが功を奏し、感染第5波を免れました。こうした経験も、将来、エネルギー危機や環境危機の解決に挑戦する際、必ず活かされるものと期待しています。
     私立大学という立場からは、慶應はこれまで、経営の危機に瀕した際にも国に助けを求めず、「社中協力」の理念で乗り越えるなど、常に健全な少数派を目指して社会変革を行ってきました。創立から163年を経た今でこそ、国内の大学の中でそれなりの地位を得ていますが、「そこに行けばよい仕事につけ、将来が準備されている」というブランド大学の象徴的な存在になるのは避けたい。社会がどのようなピンチに遭遇しても、最悪のシナリオを想定しながらも常に楽観し、いい意味でスマートに、みんなで仲良くよい社会を作っていこうと周囲を巻き込んでいく。このような慶應の良さ、本来の精神を、もう一度呼び戻したいと考えています。

    日本の大学のこれからについて世界の一流大学から取り残されないために

    相対的ではあるにせよ、国際的な地位が下がってきていると言われる日本の大学ですが、今後は、大学間で競争するのではなく、国際展開も含め互いに協調していくべきだと考えています。
     例えば世界の学長が集う国際会議で、東大や、早稲田、慶應が個々に発言するより、「われわれは力をあわせてこんなことをしたい。だから一緒にやりませんか」と訴える。その方が耳を傾けてもらいやすいのではないか。大学入試改革に限らず今の日本の教育界では、少子化を理由に後ろ向きな議論になりやすいが、最悪に備えながらも前向きに考え、世界を視野に、節度を持って協調することに活路を求める方がはるかに建設的ではないでしょうか。
     ちなみにある国際会議では、「コロナ禍における学長の一番大事な仕事は」と問われた際に、日本を含むアジアの学長の多くが「学生の教育」と答えるのに対して、欧米の学長の多くは「資金の獲得」と答えました。事実、すでに一度に何兆円も集めてそれを運用している大学も少なくありません。しかし、例えば慶應がこうした競争に加わろうとすることは、世界の1%の富裕層を目指して平均的な日本人が財テクに走るようなもので、しようと思ってもできないし、また目指すべきでもない。日本の大学には、節度を守りみなで協調していいものを作るために努力しようというような、独自のやり方があるのではないでしょうか。

    分野横断による教育改革

     慶應では、レベルの高い学生、教員、職員を一番の宝と考えていますが、私はこの3者をしっかりと横につなげ、様々な改革を行っていきたいと考えています。そして、世界が称賛するような学術的成果を生み出し、エネルギー問題、アジアの安全保障といった世界的な課題や、コロナ禍における経済支援や社会のデジタル化の後方支援といった国内の課題に対しても的確に提言していきたい。もちろんその過程では、福澤先生が「多事争論」と言われたように様々な意見が生まれてくることが望ましい。それが学生たちに様々な見方のあることを気づかせ、彼らの視野を広げ、新しい社会をデザインするのに役立ててもらえるからです。
     おりしも学術研究の世界においては、文理融合や学際融合など、20世紀までに深めてきた専門の垣根を一度解き放ち、異分野横断で新たな総合知を生み出そうという動きが目立ってきています。教育も足並みを揃え、リベラルアーツの見直し、STEAMなどの新たな概念の提唱も始まりました。
     そこで改革の一つと位置付けているのが、学生をまん中に置いた教員の連携、それが誘発する分野横断の学びの拡大です。すでに博士課程教育リーディングプログラムの実施を契機に、優れた研究業績をあげ改革に前向きな教員が、学生を介して協調し、組織を超えた連携を進めています。例えば医学部のプロジェクトにおいても、生命倫理や個人情報の取り扱いについては法学部の教員から、AIについては理工学部の教員から学ぶというように、組織の壁を越えて学生は複数の教員から学べるようになっています。学生を中心に、高い専門性を持った教員が横につながっていく。学生が自分事として、将来の社会設計のためにと助言を求めると、教員もそれに向き合い、応える中で専門性を高めていける。現在湘南藤沢キャンパス(SFC)も含めて、協調と組織を超えた連携の進め方について教員間で活発な議論が行われていますが、協調する教員が増えれば、教員の専門性をこれまで以上に引き出すことができますし、大学全体の教育・研究レベルを確実に向上させられると期待しています。慶應の力を最大限に引き出すためには、外から見てわかりやすいフラッグシップとなるような組織、学部を作るという選択肢もありますが、当面はこの流れを学部教育でも実施し加速させていきたい。改革には、学生が自分の将来に直接かかわることとして協調してくれることも大切だからです。

    あらためて「半学半教」を

     学生をまん中に置くということにはもう一つ理由があります。テクノロジーの急激な変化によって、ICTでは教員より高い技術・能力を身につけた学生や、地球環境に関してはサステナビリティ・ネイティブとでも呼べるような高い意識をもった学生が増えてきたため、教える側と教えられる側という分け方にそれほど意味がなくなりつつあるからです。もちろんこれまでのように、良質な文学や哲学などの普遍的な学問を、教員から学ぶことを否定しているわけではありません。ただ、慶應義塾の精神である「半学半教」の理念が再び活かされる時代が訪れようとしているのは確かです。
     2年前に立ち上がった「AI・高度プログラミング・コンソーシアム」では、AIに詳しくプログラミングに長けた学生が他の学生に教えるという試みも始まっています。AIのように技術が日々進化するものは、学問として体系化されていないため科目になりにくい。とはいえ企業のインターンシップではプログラミング能力が問われることもある。そうした学問とビジネススキルとのギャップを、学生同士が学びあうことで埋めるという相乗効果も期待できます。
     大学教育改革についてはこれまで、国主導の施策が次々と打ち出されてきましたが、私たちの進めるこのような改革はそれとは一線を画します。私たちが始めた量子コンピュータ研究が東大にも広がったように、今後このような改革が他の大学へも広がってくれることを期待しています。

    スタンダリゼーションを超えて、新しい授業、新しいキャンパスを作る

     コロナ禍によって教育の様々な問題点があぶりだされ、ポストコロナへ向けて教育は今、大きな転換期を迎えています。こうした中では、スタンダリゼーション、標準化ということにどう向き合うかも大事です。明治以来、教育の標準化を徹底してきた日本は、戦後、世界的な学力テストでトップとなるなど、それを高度経済成長の原動力としてきました。しかし今日のような変革期では、それにこだわり過ぎては改革を滞らせる恐れもあります。私大連(一般社団法人日本私立大学連盟)では、「ポストコロナ時代の大学のあり方――デジタルを活用した新しい学びの実現」(2021年7月)として、対面授業をどこまでオンライン授業で代替できるかについて提言をまとめ、新たな大学教育の方向性を示しました。そもそも一律の規定を定めることが妥当なのかは疑問です。
     例えば、フィールドワークに出ている人がコンピュータ端末で観察対象を見せ、教室にいる人が「もっとこっちにずらしてみてください」という具合に授業が進められた場合、これはオンラインによるものなのか、対面でのものなのか判断しにくい。新しいことにチャレンジしようというとき、標準化にばかりこだわると足かせとなります。儒学全盛で、しかも開国を巡って、西洋を夷狄とみなす人たちがいた幕末から明治にかけて、福澤先生が大変な勇気をもって洋学を持ち込んだように、私たちも未来を見据え、教育の本質を追い求めていきたいものです。
     来年4月からは、対面授業を全面的に行う予定にしていますが、全てコロナ前に戻るわけではありません。例えば理工学部の実験の授業について、私は以前から前もって説明ビデオを視聴してくることを提案していましたが、今やこれも可能です。今後は教員と学生で新しい授業、キャンパスを積極的に作っていきたい。1年半にわたり、通常のキャンパスライフができないままだった今の2年生については、まさに《新しいキャンパスを作っていく人たち》として、励まし続けていきたいと思います。

    受験生へのメッセージ

     最近は、志望校選択において塾や保護者の影響が強まっていて、みなさんはその殻を破りにくくなっているように感じています。しかし将来、明るく楽しい、豊かな社会を作るのは他ならぬみなさんです。将来に悔いを残すような選択は極力避けてほしい。大学へ行かなくてもできることもあります。また第1志望合格を貫いて浪人するという選択肢もあるでしょう。
     最悪を想定する知力と想像力は、高校時代から育めます。チームワークも大切にしてほしい。前に進むためにも困難を克服するためにも欠かせないからです。みんなとともに新しい社会を作るためには、周りから応援される人、言い換えると「祝福された勝者」にならなければなりませんが、そのためには無駄とも思えることもたくさん経験することです。無駄は人生において必ず何かに役立ちますし、それを省くような人には誰もついてきません.そして社会の様々な問題に対して、「このままではだめだ」「こういう社会を作ってはどうだろうか」と諦めずに前向きに話し合うことです。
     質の高い教員の揃う慶應義塾では、ここまでお話ししたように、教員同士の協調も進んでいます。他の大学と同様、私たちはみなさんにより良い環境を用意すべく全力で努力していきたいと考えています。

    大発見の最初の「目撃者」になろう

    国立天文台
    特別研究員

    行方宏介氏

    京都大学理学研究科博士課程2021年3月修了
    三重県立津高等学校出身

    国立天文台での研究と成果

     京大での学生生活を経て、昨年から東京にある国立天文台三鷹キャンパスで研究しています。国立天文台と聞くとどのような光景を想像されるでしょうか?たくさんの望遠鏡はあるのでしょうか。実はそうではありません。最新の研究に使われる望遠鏡は、岡山やハワイなど、天候条件の良い場所に建設されます。国立天文台三鷹キャンパスでは、日本と世界の多様な天文学者たちが集まり、データ解析や理論計算、装置開発等を行っています。
     私の研究対象は、太陽や、「太陽によく似た恒星」(太陽型星ということもある)で発生している「フレア」と呼ばれる爆発現象です。太陽で発生した「太陽フレア」の場合、プラズマが放出されることがあり、これが地球にも到達し、人工衛星の故障やGPSの不調等の被害につながることがあります。
     私は学生時代から、京大の新型望遠鏡「せいめい」を用いて、宇宙にある「太陽によく似た星」を観測する研究をしていました。今回、その太陽によく似た星の一つで、超巨大爆発「スーパーフレア」が発生し、さらに超大質量のプラズマが飛び出していることが発見されました。この発見により、太陽によく似た恒星だけでなく我々の太陽も、惑星の環境や社会に大きな影響を与える可能性が示されました。この成果は、天文学では権威のある「Nature Astronomy」という英国の科学雑誌で掲載され、日本国内外の多数のメディアで報道されるなど、大きな注目を集めました。

    今回の成果に至るまで

     私は現在天文学を研究していますが、高校生の時から目指していたわけでは
    ありませんでした。当時の私には、宇宙や素粒子物理など「基礎研究に対する興味」と、産業を通して「社会の役に立ちたいという気持ち」が同じくらいあり、どの進路を選べば両立できるのかと悩んでいました。その結果、入学時に専門を決めず3年以降に選択できる京大理学部に進学しました。
     私が今の研究に出合ったのは、大学1年生で受けた「プラズマ科学」という
    授業でした。後に指導教官になる柴田一成教授が、「太陽フレア」のメカニズムについて解析されていました。太陽で爆発が起き、プラズマが飛び出して地球に衝突すると、地上の発電所や人工衛星の故障に繋がる。そんな宇宙と社会をつなぐスケールの大きなシナリオに、当時無知だった私は「そんなことがあるのか!」と深く感銘を受けました。それは「面白いだけでなく、社会にも役立つ基礎研究があるんだ!」と、それまで抱いていた科学的好奇心と社会的使命感のつながる瞬間でもありました。
     授業の後、柴田教授と直接お話しさせてもらいましたが、そこで知ったのが京大独自の技術を搭載したアジア最大の光赤外線望遠鏡「せいめい」のプロジェクトです。これを使えば恒星で発生している「スーパーフレア」の世界最先端の研究ができ、人類の安全に貢献し、生命誕生の秘密にも迫れるかもしれない。そのプロジェクトとその将来展望に私の心は躍りました。「この研究をやってみたい」と思うようになったのはその時から。約10年後の今も変わらず情熱を持ち続け、実際に「せいめい」望遠鏡を用いて大発見ができたことを考えると、非常に感慨深くなります。

    今回の発見を通じて改めて感じた研究の楽しさ

     私が「研究者」という職業の選択をしたのは、実はつい数年前のことです。転機となったのは、2018年に「せいめい」が遂に完成したことでした。念願の新型望遠鏡を使った観測は心躍るものであり、また同時に大変な作業の連続でもありました。目標にしていた現象の検出確率は非常に低く、これまで世界中で誰も検出したことのない現象だったからです。
     長期の観測の後、最終的に世界初の天体現象を検出できた時、「研究者はやっぱり面白い!」と実感しました。一つの理由は、大発見の最初の「目撃者」になれるという本当の興奮に出合ったからです。もう一つは、今回の成果を記者発表した際、世界中の研究者だけでなく世間一般の方々からも大きな注目をいただいたことです。研究者にとって、自分の研究を面白いと共感してくださる方が多いこと以上に嬉しいことはありません。天文学は人々の日常に多少なりとも彩りや驚きを与えられる唯一の学問かもしれないと、研究の見方が大きく変わり、より研究が好きになった出来事でした。
     自分が本当に人生をかけてやりたいと思える仕事を見定める時期には、個人差があると思います。私はそれが大学に入ってからであり、最終的に決断したのはここ数年です。長い間、自分の気持ちと向き合い、考え続けたからこそ、研究者という職業が自分にとって最高の仕事だと確信を持て、今の仕事を心から楽しめています。
     研究の楽しみ方は、真理の探究だけにとどまりません。世界中の共同研究者との議論や、装置の開発、アウトリーチを通した社会との交流などがあります。私の周りにも、様々な形で研究に携わることを選んでいる人が多いという印象です。これからも様々な研究に携わり、自分なりに楽しんでいきたいと思っています。

    ゲームチェンジ時代の製造業を切り拓く「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムとは?

    PBL授業「ひらめきづくり(1)」

     東京都市大学の新機能カリキュラムについて紹介する。2021年度から理工学部の機械工学科・機械システム工学科・電気電子通信工学科で導入され、現在、計380名から選抜された117名が3学科を横断した探求型のプログラムに取り組んでいる(次年度からは理工学部全7学科のプログラムに拡大予定)。このプログラムは、従来型の、専門科目に主軸を置いた124単位カリキュラムに対して、多彩なPBL(ProblemBased Learning)科目を中心に配置し、専門科目についても複数の学科を横断して選択していく新しい124単位カリキュラムである(詳細は大学ジャーナルVol.143参照)。ここでは、このプログラムにおいて特に独自性の高い科目「ひらめきづくり(1) ~ (5)」「ことづくり(1) ~ (5)」「ひとづくり(1) ~ (5)」のうち、このプログラムのマインドの基本となる「ひらめきづくり(1)」について紹介する。

     授業概要を上に紹介したが、その名の通り、「ひらめきづくり(1)」は新しいアイデアを創発することを目的に、最終的なプレゼンテーションでは新しい事業計画を「企画シート」にして、①ターゲット②コンセプト③問い④ひらめき⑤技術というストーリーでまとめていく【右上図】。単なるアイデアの発表ではなく、大学におけるアカデミックな授業として展開していくため、探究の基本理論とともに計測や分析手法を学び、加えて現在の社会的課題やGAFAM(世界的に影響力を持つGoogle、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの頭文字を取った呼び名)の躍進事例なども理解した上で、グループワークを進める。授業を担うのは、理工学部長でプロジェクト・リーダーの岩尾徹教授と、産業界から招聘した講師陣【下一覧参照】。ものづくりに必要なアイデアの創出やベンチャー育成、SDGsに関連する企業活動などについてのスペシャリストで、授業外の個別面談では学生一人ひとりの潜在能力を引き出そうと、きめ細かな教育に力を入れる。受講生からは、自由にアイデアの出し合える授業を歓迎する声に加えて、「ディスカッションのやり方やひらめきを生むのに基礎となる知識、アイデアを出すためのメソッドをたくさん学べて有意義だった」「社会の評価軸に触れられた」などの声も多く、科目の目標がしっかり実現されていることがうかがえる。
     ここで構築されたマインドは、ものづくりの技術を支える理工系専門科目の選択においてだけでなく、後に展開される「ことづくり」「ひとづくり」の授業で、エネルギー問題、ポストコロナにおける産業界のDX、ゲームチェンジなど、近未来の予測を加えながら、より現実的な全体最適解を目指していくのにおおいに役立つはず。知的集約型社会を支える人材育成と、新しい大学教育のカリキュラムスタイルとして期待される新しいプログラムの姿が、いよいよ明らかになってきた。

    杉浦正吾,SUGIURA,SHOGO博士(環境学)【特任教授】
    大学院生時代に起業。以降、企業のソーシャル・コミュニケーション/SDGsブランディング/ESGコンサルティング、ESDプログラム開発などに従事。クライアントは、三井物産、東京電力、伊藤園、ミニストップ、大塚製薬、東京ガス、日建設計グループなど。地方創生視点で尾瀬国立公園の地域リブランディングを手掛ける。三井物産と開発のESD「サス学」は2016年日本環境共生学会活動賞、2020年「青少年の体験活動推進企業表彰」文部科学大臣賞受賞。三菱総研小宮山理事長とプラチナ社会形成における人材育成プロジェクト、プラチナマイスター、アカデミー運営にも従事。武蔵野大学客員教授。
    株式会社プラチナマイスター代表取締役https://platinum-meister.com/
    一般社団法人サステナビリティ・エンパワーメント代表理事https://sep-inc.co.jp/

    岸和幸, KISHI,KAZUYUKI キシエンジニアリング(株)代表取締役
    大学卒業後、IT企業でSEとして金融保険系のシステム設計・開発に従事。人間社会を支える生物多様性・生態系の大切さに気付き、2001年より(株)リコーの社会環境本部で、シニアスペシャリストとして生物多様性保全活動を推進。行政や NGOと協働した課題解決型活動は、国内外から高く評価され、生物多様性COP10では先進事例として紹介される。2012年独立後、「人と自然を調和しながら、持続的な未来を共創する」をテーマに、企業のサステナビリティ経営(コンサルティン グ、研修講師、レポート制作、ファシリテーション)を支援。得意分野は、歴史(高校3年共通模試・日本史全国5位)。環境省. 森林保全活動における民間企業とのパートナーシップ構築方策検討調査委員、JBIB(企業と生物多様性イニシアティブ)
    R&D部会長、東北大学.生態適応コンソーシアム運営委員。共著「企業が取り組む「生物多様性」入門」。

    瀬戸久美子,KUMIKO SETO コンテンツディレクター
    大学在籍中に米国でジャーナリズムを学ぶ。卒業後は日経BP社に就職し、『日経ビジネス』記者や『日経WOMAN』『日経 TRENDY』副編集長などを歴任。柳井正氏やハワード・シュルツ氏など500人以上の経営者やリーダーをインタビューすると同時に、東日本大震災の現地報道にも携わる。日経WOMANでは2500人以上の働く女性たちのキャリアを追い、日経 TRENDYでは「ヒットを生むマーケティング」の観点から世の中の動きを分析。2019年に独立し、現在は国境を越えて「世界をよくする」に取り組むスタートアップやベンチャー企業を中心に取材を続けるほか、コンテンツディレクターやインタビュアー、ファシリテーターとして活動している。
    日本外国特派員協会プロフェッショナル/ジャーナリスト・アソシエイト・Forbes JAPAN オフィシャル・コラムニスト

    個に応じたSTEAM教育を ―教育の構造変容に期待

    『分数ができない大学生』(※1)や「数学受験者は生涯所得が高い」の調査などで、ゆとり教育だけでなく、理数教育が軽視されていることに警鐘を鳴らしてこられた西村和雄先生。文系にもAIやデータサイエンスについてのリテラシーが求められるようになった今、「歓迎すべきことだが、どちらかに偏るのもよくない」と、STEM教育を一歩進めたSTEAM教育に注目されます。一方の杉本厚夫先生は、『“かくれんぼ”ができない子どもたち』(※2)などで、こどもを取り巻く社会の変容について警鐘を鳴らされるとともに、遊びやスポーツの教育効果に着目、OECDのEducation2030の描く教育の未来像に期待を寄せられます。お二人にSTEAM教育の可能性について語ってもらいました。

    杉本厚夫先生:『かくれんぼ…』のタイトルを考えた際には『分数が…』から大いにインスピレーションをいただきとても感謝しています。

    西村和雄先生:そうでしたか(笑)。

    STEAMのAは、AIのA?

    杉本:研究者の傍ら、教育実践として長年、子どもたちと関わってきましたが、最近気になるのが、《かくれんぼができない》だけでなく、キャンプの初日に「してはいけないことを聞かせて」と話しかけてくる子が多いことです。

    西村:保護者から離れて、「家や学校ではできないことができる!」とは思わないのですね。

    杉本:冒険できない、そもそも何事も自分で決められないんですね。

    西村:自己決定力が育っていないとも言える。原因は何でしょう。

    杉本:一つには、日頃から正解は一つではないということを教えられていないことが大きいと思います。

    西村:日本は「人生の選択の自由度がすくない」との国連の調査報告もありますが、自己選択は成長して幸せな生活を送るのに欠かせない。そこで最近、私は同志社大学の八木匡教授と共同で、自己決定度というものが、幸福度に影響するのかを調べました【注1】。すると自己決定力には学歴の8.7倍、年収の1.4倍の影響力がある。また、スポーツでも、介護やリハビリ、勉強でも、自分で決めてやるのが一番効率がいい。もちろん誰もが自分で決めることができなければいけない、というのではありませんが。

    杉本:他者に判断をゆだねないのと、他人に対してだけでなく自分に対しても嘘をつかない、周囲のウエルビーイング(Well-being)【注2】にも配慮するという要素を加えて、自立(independence)と区別して自律(self-discipline)性
    という言葉を使います。スポーツで自己申告、self judgmentを尊重する競技はこれを大事にしています。イギリスで誕生したゴルフや、スコットランド生まれのカーリング等では、ファールをしたら自己申告しますね。

    西村:ところでSTEAM教育が唱えられる背景には、AIの発達に象徴される情報通信技術の急速な発展、国内ではSociety5.0で求められる資質の育成が急がれることがありますが、こういう時代だからこそ、創造性はもちろん、自律性はこれまで以上に求められるのではないでしょうか。一時、シンギュラリティという言葉【注3】が話題になりましたが、デジタル社会の進化で人類すべてが幸福になるとは限らない。AIを使う側、AIに使われる側といった分断や、所得格差の拡大などの危機も孕んでいる。

    杉本:自律性は、機械に使われない人間になるのにはまず必要です。

    西村:使う側には強い倫理観が求められます。AIやロボットなどを戦争に使わないとか、バイオ技術で生命の尊厳を脅かさないとか。STEAMの「A」をliberal artsと解釈すれば[解説]、STEAM教育はまさに、自分で物事を判断し、自分で生き方を決める、何かへの従属から自分を自由にするための教育、あわせて倫理観も涵養するものということになる。当然、他者と協働する力や、利他の精神等の育成も含みます。
     このような教育は、社会的に成功する、あるいは幸せな人生を送るといったウエルビーイングの観点からも重要
    であることが、われわれの行った「基本的モラルと社会的成功」の調査【注4】で明らかになっています。ここで明らかになった基本的モラルとは、「嘘をつかない」「ルールを守る」「人に親切にする」「勉強する(働く)」の4つ。これは哲学者のカントも言っていたことがその後わかりました。また経済学の生みの親であるアダム・スミスが、「利己主義」が経済行動の動機づけになることについて書いていることはよく知られていますが、別の本では、自分の行動は、想定した第三者の目から見て是認できるもののみが認められるとも書いています。つまり、利他主義を伴わない利己主義は長続きしない、基本的モラルを守る方が自分のためにもなるとも解釈できるのです。

    杉本:これからの予測不能と言われる社会を生きていく上ではレジリエンスを育てることも大事ですが、そのことにもつながりますね【注5】

    [注1] Kazuo Nishimura and Tadashi Yagi” Happiness and Self-Determination – An Empirical Study in Japan”, Review of BehavioralEconomics: No. 4, pp 385-419,2019
    [注2] Well-being:良い在り方の意から、健康(WHO)や幸福の意に転用され現在に至る。SDGsの項目3にも掲げられている。
    [注3] Singularity;技術的特異点。アメリカの発明家で人工知能研究の世界的権威であるレイ・カーツワイル博士らによる仮設。人工知能(AI)が人間の能力を超え、それにより人間の生活に大きな変化が起こるとされる時点。
    [注4] 西村 和雄・平田 純一・浦坂 純子・八木 匡「基本的モラルと社会的成功」Quality Education 6、2014
    [注5] 幼少期の「集団遊び体験」が育てるレジリエントな子――理不尽を乗り越えて(『児童心理』2016年1月号)の中で、杉本先生は、「保身と自己犠牲の理不尽を乗り越えるために、失敗のリスクを背負って挑戦することの体験を通じてレジリエントな子が育つ」「今、子どもたちの世界は理不尽なことに満ち溢れている。すぐに折れてしまったり、諦めてしまったりする子どもが、集団遊びを経験してレジリエントな子に育ってくれることを願ってやまない」などと書かれている。ちなみにレジリエンス(resilience)とは、「回復力」「弾性(しなやかさ)」を意味する。「レジリエントな」と形容される人物は、困難な問題、危機的な状況、ストレスといった要素に遭遇しても、すぐに立ち直ることができる。

    STEAMのAはArtsのA、遊びのA?

    西村:「A」を、音楽・絵画などの芸術と狭く解釈するとどうでしょうか。経済活動においてはアート経済などの表現もあって、デジタルプラットフォームが整備されていく中では、仕事のスタイルも働き方も変わってくる。中島さんの言うようにみんながアーティスト、あるいはデザイナーのように仕事ができるかもしれない。またイノベーションの創出、アントレプレナー育成などの観点からは、アート思考がまず重要で次にデザイン思考も求められる。特にアートは、全く新しい視点をわれわれに提供してくれるという意味で、社会・経済の変革やイノベーションの源泉になる。

    杉本:教育においては、少し専門的な言い方をすると《機能》ではなく《構造》の変容を促すのにアートの視点がいると思います。長年、学校教育を見ていて思うのは、変わらないこと。今回のコロナ禍も、変化するための絶好の機会だったのに、現場の多くは何とか現状維持しようとしている。しかしコロナ禍を経験した今だからこそ、多くの課題を解決するために学校の構造自体を変える必要がある。西村先生は、自己決定を阻むものとして≪しがらみ≫の存在を挙げておられます【注6】が、なかなかそこから≪逸脱≫できない。
     そもそもデジタル社会が進化した今、知識を得る方法は学校以外にいくらでもある。そういう意味から、私は音・美・体こそ学校教育の中心にすべきと考えています。アートと言い換えてもいい。音・美・体には《遊び》の要素が強く、正解がなく、それ自体が自己目的的で、フロー体験(没入感)などを通じて自己決定力、さらにはレジリエンスなどを育てやすい。

    西村:たしかに遊びは大事ですね。アートでもスポーツでも、勉強でもそうですが、楽しんで、遊びながらやっていく過程が最も成長を促すと言われています。

    杉本:近年はその遊びが減ったこと、子どもたちがどんどん遊べなくなっていることが問題です。“かくれんぼ”だけではない。ただ、私はいわゆるゲームは遊びではないと考えています。それは、誰かが作ったルールで遊ばされているだけで、プレーヤーはルール(構造)を変えられないから。子どもはみんなが楽しく遊べるように、ルールを変更することで、創造性、クリエイティビティ―が育つ。

    西村:あらゆる訓練法の中で優れているのが《遊ぶようにする》ことですからね。ただ、それがわかっている指導者は少ないかもしれません。学校では教える内容はもとより、教え方そのものの変革がいるのではないでしょうか?

    杉本:OECDは2015年からEducation2030プロジェクトをスタートさせましたが、その成果の一つが、2019年に日本でも仮訳が出た「OECDラーニングコンパス2030」。ここでは生徒が授業を受動的に受ける《産業形態としての学校教育》を根本的に見直し、子どもたちには新たな価値を創造する力、対立やジレンマを克服する力、責任ある行動をとる力などを身につけてほしいとしています。19世紀、20世紀を通じて学校教育の目的は、産業社会を支え、発展させる人材の育成、つまり社会の要請に応えようというものだったが、これからは未来を創造できる、不確実な未来を切り拓くことのできる人材育成に転換しなければならないと。そのためには、学びは学習者中心(主体的なもの)で、音・美・体のようにプレイフルでワクワク感に満ちたものでなければならない。それが個人のウエルビーイング、社会のウエルビーイングをもたらし、SDGsの達成にもつながると。
     その意味では、STEMにAが入ったことで、これからの社会を創っていく教育になっていくのではないか。また学校教育に閉じないSTEAM教育にはその可能性を感じます。

    西村:STEAMと言うまでもなく、やはり高校時代までは、将来の選択肢を減らさないためにも幅広く学んでほしい。2002年から、大学入試で数学を選択した人の方が、非選択者より、社会へ出てからの収入が高いという調査結果を発表してきました【注7】が、これは、早目に数学を捨てて受験科目を絞り込むことは将来の不利益につながるとも解釈できる。
     大事なことは、「個に応じたSTEAM教育」を目指すことです。確かに広く学ぶことは発想の基をつくることにつながりますが、かといってすべてが得意になる必要はない。広く学ぶ中で、得意なことを発見して深めていく。そして、自分の性格を含めて、個性を自覚していく。公教育がその方向に向かっていけるのならいいのですが、今の学校、教員、入試制度でそれをいかしていけるかは疑問です。民間の教育機関がそれを先取りして、「個に応じたSTEAM教育」を提供していくことで、公教育も変わらざるをえなくする方が早いのではないかとも思っています。実は2013年から、大阪市で教育委員、その後は顧問として教育に関わっていますが、ここでは、規範意識と学力をコアとする、全人的な「個に応じたSTEAM教育」を目指しています。

    【注6】 「自己決定できない人は・・・自分が何に縛られているのかに気づいていないと思います。  キャリアに主体性、オーナーシップを持つには、自分を縛るものを失うことが第一歩。本業以外の世界を持てば、それまで気づかなかった本業でのしがらみが見えてきます」(東洋経済オンライン2020.7.15[コロナ後キャリアは自分で決めるが鍵な理由]より) 【注7】 浦坂純子、西村和雄、平田純一、八木匡「数学学習と大学教育・所得・昇進」日本経済研究46, 2002年(日本経済研究センター)その他。

    21世紀、学びの主役は君だ!

    (株)steAm 代表取締役社長
    (株)STEAM Sports Laboratory 取締役
    ジャズピアニスト・数学研究者・STEAM教育者・メディアアーティスト
    中島 さち子 氏

    (株)steAm 代表取締役社長  (株)STEAM Sports Laboratory 取締役 ジャズピアニスト・数学研究者・STEAM教育者・メディアアーティスト  中島 さち子 氏 大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー(「いのちを高める」)。内閣府STEM Girls Ambassador。現在は主に音楽・数学・STEAM(教育)・メディアアートなどの世界で、国内外にて多彩に活動。ニューヨーク大学Tisch Schoolof the Arts, ITP (Interactive Telecommunications Program)修士。国際数学オリンピック金メダリスト。明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)/東京理科大学客員研究員。文部科学省 教育研究開発企画評価会議協力者。文部科学省中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会委員。経済産業省『「未来の教室」とEdTech』研究会研究員。米日財団日米リーダーシッププログラムフェロー。フルブライター。主な著書に『人生を変える「数学」そして「音楽」』『音楽から聴こえる数学』(講談社)絵本『タイショウ星人のふしぎな絵』(絵:くすはらじゅんこ、文研出版)他、主なCDに中島さち子PianoTRIO ”Rejoice”“ 希望の花”他。フェリス女学院高等学校出身。

     20世紀終わりから台頭したインターネットは、劇的に世界のあり方を変えました。誰もが簡単にさまざまな知にアクセスできるだけでなく、自ら(出版社やテレビなどを通さずとも)世界に発信でき、表現でき、つながり、創造・共創できる。21世紀には、YouTubeやSNSなども誕生しました。一方向から双方向への時代へ…これは学びのあり方・働き方、そして人々の生き方・文化を大きく揺るがせています。
     私は、21世紀は《創造性の民主化時代》と考えます。 AI時代とは、一人ひとりがより多様な創造性を発揮できる/すべき時代。ただ、社会構造や文化はまだその時代の流れ・ニーズに追いついていません。そのため、世界では、21世紀初頭からSTEM教育を推進し、何よりも「一方向・知識暗記型の、正解が一つの学び」からの脱却、「探究的な、オープンエンドな(答えが無数の,多様に開いた)問いを扱う学び/実社会や日常の課題を扱うプロジェクト型の学び」への移行を目指してさまざまな試行錯誤が国単位で行われてきました。  
     STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Mathematics(数学)の頭文字をとった造語ですが、その背後にある思想はいわゆる「理数教育」とは異なります。「科学や数学を学ぶ」だけでなく、「科学者や数学者、コンピュータ科学者のように考え、エンジニアのように創る」、つまり根底には、探究や試行錯誤、発見や創造の喜びの体験をいかに伝えるかを模索しようという考えがあります。日常の中で、さまざまな疑問や好奇心を持ち、時に仮説をたてて実験・創造し、試行錯誤する――、その過程にこそ学び・探究のおもしろさがあると。
     近年はここにArt(芸術・デザイン)またはLiberal Arts(リベラルアーツ、日本では一般的に教養教育と訳される)のAを加えたSTEAMという言葉も世界的に浸透しています。アートの本質とは「自ら世界を見る新しい視点・問いを生み出すこと」。つまり、21世紀を生きる学習者は、「自ら問いや視点を生み出し」かつ「その解決法や発想を自ら形にしようと模索する」ことが求められます。その結果、学びはオープンエンドな問いを扱う探究となるのです。
     もちろん「知」も大切です。何かを知ると、それに基づいて創ることが啓発され、創ろうとする中でさまざまな専門知に立ち返る必要がでてくる。つまり「創る」と「知る」との循環が生まれる。中核にあるのは各自の「ワクワク」。つまり、
    自分の興味・関心から発したさまざまな学びの中で、何かを生み出そうとする原動力となり、人はその過程でさまざまな知に出会う。もちろん、これまでに先生方や学校が模索してきたことは決して無駄にはならない。ただ、学び方やガイドの仕方、環境の作り方が少しずつ変わるだけ。各自が学びの主役になる。学びは本質的にプレイフルなものであり、それは生涯にわたって私たちの関心事であり続ける。
     世界では,STEM・STEAMはK 12(幼小中高)・大学以上の全年代で重視されています。今や、すべての人が《研究者》や《発明家》、《芸術家》になれる時代がやってきています。高校生のみなさんもぜひ、「(人より)できる・できない」などにあまりとらわれず、自分の心が少しでも動き、躍るものに出会ったら、専門家のように一歩踏み込んで、うんうんうなって探究してみてください。将来何になるにしろ、一歩一歩踏み込んで試行錯誤した体験は必ずや自分の中で「価値」になり、多様な点と点がユニークにつながって、きっと、いつか思わぬ形でいかされます。人より遅くても、なかなかできなくてもいい。悪戦苦闘した体験こそが、研究者・芸術家・発明家としてのあなたを支えてくれます。
     21世紀の学びの主人公はあなたです。オバマ元大統領がこどもたちにSTEM推進のスピーチの際に言ったように、「未来を創るのもあなた」なのです。ぜひ、ワクワクドキドキする学び(創造・生き方)を、自分たちのペースや感性にあわせて,時に仲間と協働しながら、さまざまなことに、さまざまなアプローチで本気で楽しんでみてください!

    2022年9月に創立130年を迎える学校法人松蔭女子学院

    新しい女子大学の形を求めて

    必須のITCスキル、コロナ禍での経験、試行錯誤も生かしたい

    女性活躍の社会が推進されているが、女性の置かれている状況はまだまだ厳しい。その中で安心できる場、落ち着いて学べる場を提供することが、女子大の不変の使命だと思う。  ただ、時代が大きく変わる中で求められるスキルは変化しているので、その対応を急ぎたい。  中でも社会の高度情報化、Society5.0へ向けて、大学の情報化と学生一人ひとりにICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)のリテラシーをつけてもらうことは喫緊の課題だ。ICTは、力も要らないし場所も問われない。ジェンダーレスで、女性に向いている側面も多く、これまでの男性中心の産業構造を変える可能性が期待される。  そこで2022年春からは、入学者全員にPCを保持してもらうBYOD(Bring Your OwnDevice:自分のデバイスを持ち込む)によるICT教育を展開する。そのための教室や自習室の整備も急ピッチで進めている。また全学生に対して、情報技術を理解し、主体的に活用できるようになるとともに、社会の課題を見出して解決方法を提案できる力をつけることを推奨する。具体的には『データ理解と統計科目』と呼ぶ科目群を用意し、2021年後期からは、その第一弾として、全学共通の『現 代社会とデータ』がスタートする。  この一年半、本学でも全力でオンライン、ハイブリッド、ハイフレックスによる教育を模索してきたが、こうした経験、試行錯誤がICT教育に弾みをつけてくれたのは確かだ。教員だけでなく、学生も機器やソフトの使い方に習熟したし、ICTの使い方や、ポストコロナにおいても有効な学び方についても数々の示唆を与えてくれたからだ。  一方、《教育の松蔭》のキャッチフレーズのもと、積極的に展開してきたもう一つの柱である課外授業やPBL(Project BasedLearning)、地域貢献型や産学連携活動による課題解決型のアクティブラーニングなどは、コロナ禍で停滞を余儀なくされた。ただ、コロナ禍を特殊な要因と考えれば、ここまでの一連の学部の新設・改編も含め、狙いとしてきた教育の質の向上に向けた取り組みは、着実に成果を上げていると手応えを感じている。  コロナ禍はたしかに、ICT教育の推進にとっては追い風ではあったが、教育にとってリアルの効果がいかに大きいかをあらためて認識もさせてくれた。  130年の歴史の中でわれわれは、第二次世界大戦や阪神淡路大震災という大きな災禍を克服してきた。今またコロナ禍という新たな災禍の中にあるが、それを克服して教育の松蔭の歩みを一層加速していきたい。

    キャンパスから六甲アイランド、大阪湾をのぞむ

    学院創立130周年の節目の年に、これまでのモットーである“A grain of mustardseed”(一粒のからし種)”の成長を動的に表現するスローガンが必要であると新たに作成された。一粒のからし種とは、それに姿かたちを変えながらの成長を期 待して神の愛と恵みの息が吹き込まれるならば、やがて鳥が枝に巣を作るほどの木になるというイエスの約束に由来する(新約聖書「マタイによる福音」)。130周年スローガンには、松蔭女子学院という場での学びと出会いを通して、絶えず自 分を見つめ直して古い殻を破り、新しい自分を発見することによって個性を確立し、社会に貢献する、光輝く女性への成長を促すという教育理念を込める。


    130周年記念ロゴマーク
    130th KOBE SHOINは、神戸市北野町で産声を上げ、130年の歴史を持つ松蔭女子学院を意味する。十字架は人間の弱さや苦しみに寄り添い、人間の罪深さを明らかにするために身代わりとなって亡くなったイエスの十字架。その4つの方向は、Heart・心、Soul・精神、Mind・思い、Body・全身を表わし、心を、精神を、思いを尽くし、全身全霊で神を愛すとともに、人間同士、互いに愛し合うことが最も大切な戒めであることを表す。オリーブの葉は、ノアの方舟から放たれ戻ってきた鳩が口に加えていたもので、大洪水が終わり、世界に再び平和が回復したしるしとされ、円環をなしているのは、神の無限の愛を表わす。

    オリジナルの「神戸松蔭タータン」を素材に学生がデザインした洋服。タータンの5色は130年の歴史を象徴。2021年3月にスコットランドの政府機関において、正式なタータンとして登録された。

    神戸松蔭タータン

    130th KOBE SHOINは、神戸市北野町で産声を上げ、130年の歴史を持つ松蔭女子学院を意味する。十字架は人間の弱さや苦しみに寄り添い、人間の罪深さを明らかにするために身代わりとなって亡くなったイエスの十字架。その4つの方向は、Heart・心、Soul・精神、Mind・思い、Body・全身を表わし、心を、精神を、思いを尽くし、全身全霊で神を愛すとともに、人間同士、互いに愛し合うことが最も大切な戒めであることを表す。オリーブの葉は、ノアの方舟から放たれ戻ってきた鳩が口に加えていたもので、大洪水が終わり、世界に再び平和が回復したしるしとされ、円環をなしているのは、神の無限の愛を表わす。

    文理融合から知の統合へ世界水準の研究大学を目指して

    梅原 出 先生
    Profile
    1987年3月富山大学理学部 卒業、1989年3月同大学院理学研究科修士課程 修了。1992年3月筑波大学大学院工学研究科博士課程 修了。1992年4月横浜国立大学工学部 教務職員、1994年4月同 助手、2000年7月同助教授、2009年10月横浜国立大学大学院工学研究院教授、2019年4月横浜国立大学 理事(研究・評価担当)・副学長、2020年4月同(研究・財務・情報・評価担当)・副学長。2021年4月より現職。専門は固体物性物理学‐超伝導、磁性。桃山学院高等学校出身。


    大学とは

    コロナ禍で再認識されたこと、「大学とはコミュニティー」

    2020年度は、手探りで始めたオンライン授業等、激動の一年だった。しかも、学生に不自由を強いるだけでなく、前例のない個別試験の中止等で受験生・保護者、高校関係者にも影響を与えるなど、心の晴れる日はなかった。また、これほど「大学とは?」と考えさせられたこともなかったと思う。
    キャンパスのメインストリートに学生が一人もいない日が何カ月も続いたことには心が痛み、大学人になって30年、初めてある種の寂寥感も感じた。これまで当たり前とされてきた大学のコミュニティーを機能させられないもどかしさもあった。大学とは、教育・研究を通じたコミュニティーであることをあらためて痛感した。
    同じことは、昨年の7月の段階で、本学の規模としてはかなりの寄附金が集まったことでも気づかされた。多くの卒業生からたくさんの支援をいただき国からの助成とは別に千名を超える困窮学生に一人当たり一律5万円を支給できた。大学とは卒業生も含めたコミュニティーなのだ。
    今年に入り、キャンパスは昨年度に比べいくらか落ち着きを取り戻している。心配された入試も、大幅な志願者減とはなったが、5学部すべてから、例年と比べて入学者の状況に変化はないとの報告を受けている。これは予備校等の追跡調査とも符合しているようだ。
    予想外だったのは、3月末ギリギリに私の記憶では初めて実施した2次募集で、80名の定員に1300名を超える志願者が集まったこと。本学が底堅い受験者層に支えられていること、またいかに個別試験が大切かを実感した。来年度入試では安全、安心を担保した上で従来通り個別試験を実施する予定だが、コロナ禍での経験を忘れることなく、今後の大学運営に生かしていきたい。またコロナ禍の影響を一番強く受けている今の2年生に対しては、今後も様々な角度から引き続き温かく見守っていきたい。

    横浜F・マリノスから寄贈された人工芝と夜間照明設備。また常盤台インターナショナルレジデンスは、建設・運営をすべて外部事業者で実施。経営そのものも外部委託し、税金を投入せず土地の有効活用を図るという国立大学の新しい手法」と梅原学長。

    独自の教育改革を加速

    現行の大学入試制度の中では、首都圏に位置し、かつ後期日程の定員を多く維持している大学としては、入学した学生にいかに学ぶ意欲を与えるか、言いかえればいかに教育力を高めるかは長年の課題だ。本学では前期日程、後期日程それぞれによる入学者について、入試の成績と在学時の成績の相関を調べてきた。ここで明らかなのは、入学後、どれだけしっかり勉強するかが卒業時の成績を左右するということだ。地頭が良かったり基礎学力がしっかり身についた学生が多いのだから、当然と言えば当然だが。そこでキャリア教育の導入も含め、10年ぐらい前から教育改革を加速してきた【下コラム参照】。今や、企業からも高い評価を得ているから(※1)、冷静に出口まで見通せば、けして最難関校にひけを取らないとの自負がある。
    入学後の科目も工夫している。私の専門は物理だが、多くの学生にとっては、社会に出て何の役に立つのかが見えにくい学問かもしれない。手に取るようにわかる機械系などとは好対照だ。そこで1年のうちから、『物理科学と先端技術』などと銘打って、企業から技術者を外部講師として招き、物理を学んでおくと企業に入ってからどれだけ役に立つかを講義してもらっている。もはや、物理に入ったから物理しかしないのではすまされない時代でもある。また、神奈川県とタイアップし、全学部を対象とした半期で15回、県の職員による『神奈川のみらい」も開講している。
    PBL(Project based learning:課題解決型学習などと訳される)など、調べて発表する授業も増やしている。どれも学科単位による地道な取組だが、こうした努力が徐々に実りつつある。

    ※1 「人事が見るイメージランキング【日経HR調べ】」では、2020年2位、2021年6位

    新たに二つの方針を加え、知の統合を進めたい

    学長就任時に新たに立てた方針は二つ。一つは《小さな大学》としての強みを発揮すること。5学部6大学院体制で10,000人の学生を抱えながらなぜ?と思われるかもしれないが、本学は教職系、工業系、商業系の3つの専門学校が戦後まとまってできた大学で※2、文学・医学などはカバーしていない。つまり大規模総合大学とは違うという意味だ。そこで、自前でないものは外に求める、つまり他大学との連携に徹していくべきだと考えている。「オープンサイエンス」「オープンイノベーション」※3がキーワードとされる今は、その絶好のチャンスではないか。特に力を入れているのが医工連携。理工学部では「副専攻プログラム(医工学)」も設ける。今の医療は産業界の提供する機械なしでは成り立たない。まさに100年の伝統を有する本学の工業系の出番ではないかと思っている。
    第2の方針は、地域との連携の強化。横浜市、神奈川県にある本学だが、今後はそれを強みとする意識をより強化していきたい。地方国立大学(東京からの距離感でそう呼ぶとして)の多くは、法人化(※4)以降、生き残りをかけ地域との連携強化に涙ぐましい努力をしてきた。本学の場合は、首都圏にあって地方をイメージしにくい分、これまで以上にその意識を高め、さらに取組を強化していかなければならない。神奈川県は長洲一二知事以来、科学技術政策においては、KSP(サイエンスパーク)、やKISTEC(神奈川県立産業技術総合研究所)等の開設など、先進的な取組をしてきているから連携のメリットは大きい。神奈川ローカルの連携は世界へつながる可能性を秘めている。
    一方で神奈川県は、横浜、川崎、相模原という3つの政令都市とともに、三浦半島や県西には過疎と高齢化に悩む地域もかかえる。スケールが大きく、直面する課題も様々で、ある意味で日本の縮図とも言える。地域のこのような課題先進性ともいうべき特性に、本学の教育・研究をいかにコミットしていくか。それをつきつめていくことは、日本、世界にコミットしていくことにつながるはずだ。
    もちろん基礎自治体の横浜市ともしっかり連携していきたい。これまで各教員による連携は様々あったが、大学全体として、より強化したいと考えている。
    全国区で基礎研究を担保するという国立大学の原則はこれまで通り尊重しながら、小回りを利かした地域連携にもバランスよく取り組んでいきたい。

    ※2 1876年設置の横浜師範学校(後に神奈川師範学校)、1920年設置の横浜高等工業学校(後の横浜工業専門学校)、1923年設置の横浜高等商業学校(後の横浜経済専門学校)。
    ※3 大学や企業が、より大きな成果を狙って、単独ではなく他と連携して行う科学研究やイノベーションに向けた取組を指す。
    ※4 2004年4月以降、それまで文部科学省の直轄組織だった国立大学は、それぞれ独立大学法人に移行した。

    入試について

    先ごろ、10年近くに及んだ大学入試改革論議は、そこで示された改革案を各大学が個別試験の中で実現することと結論付けられたようだ。もちろん入試改革が止まったわけではない。ただ現段階では、個別試験が重要であるということ以外にコメントはできない。
    選抜方法の多様化については、たとえば教員志望者が受験する教育学部では、教員になりたいという意欲も含めて総合的に評価するのはいいと思う。一方、理工系では、たとえば一般的に数学のできない物理学者はいないように、学部によって必要な学力を担保しそれを測る入試を考えていきたい。
    また、本学の学生が首都圏にある私立大学の学生と比較して大人しいことを捉えて、理系でもアピール能力、コミュニケーション能力を入試で問うようにしてはどうかというような意見も学内にあるが、コミュニケーション能力は学会での発表の機会を増やすなど、大学へ入ってからでも鍛えることができる。入試方法は、あくまで育てたい学生像から考えるべきだし、入試だけではなく、入学以降の教育改革にも引き続き力を入れていきたい。

    受験生へのメッセージ

    知の統合と世界水準の研究大学を目指しているから、しっかり学問、研究に打ち込みたいという人に目指してほしい。環境は抜群。新たに本学の名称の付いた駅(※5)もできて東京へも直結するようになり、首都圏生活に触れることもできる。
    私自身の受験時代を振り返ると、浪人時代も含め様々な思い出はあるが、やはり大事なのは大学へ入ってからだとつくづく思っている。大学でできることは勉強だけではない。入ってから楽しく大学生活を送れるように、けして受験をゴールとは思わないことだ。
    高校、大学時代を通じて勧めたいのは読書。乱読でいい。私は学校の勉強では、数学・物理は好きだったが本ばかり読んでいた。しかしそれが今、大いに役立っている。

    ※5 羽沢横浜国大駅:2019年11月30日開業。相鉄、JR直通線の共同使用駅。


    先進的な文理融合を図る大学院『先進実践学環』は、「応用AI」「社会データサイエンス」「リスク共生学」「国際ガバナンス」「成熟社会」「人間力創生」「横浜アーバニスト」の7つのユニークな研究テーマを設け、文系の学生は理系を、理系の学生は文系を学べるというように、これまで縦割りの多かった大学院に横串を刺す。「もちろん他大学にも『学部・研究科等の組織の枠を越えた学部プログラム』はあるが、学年定員42名と規模が大きい」と梅原学長。学部教育でも経済・経営の専門性と高度なデータ処理・統計分析を修得した人材を育てるDSEP(Data Science教育プログラム)、法学を中心に経済、経営、データ分析などを幅広く学ぶLBEEP(Lawcal Business Economics教育プログラム)が今春からスタートし、経済学と経営学の両方の専門性と英語による実践的コミュニケーション能力を育成するGBEEP(Global Business and Economics 教育プログラム)なども以前から開講している。ただ、「いずれにおいても専門性は担保したい。そうでないと大学で学ぶ意味がない」と梅原学長。