16歳からの大学論 (第49回) – 大学新入生へのメッセージ

16歳からの大学論 (第49回) – 大学新入生へのメッセージ

宮野 公樹先生

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授

~Profile~

1973年石川県生まれ。学問論、大学論、学事政策。文部科学省学術調査官、高等研究所主任研究員、日経STEAMアドバイザー、近年は「問いの立て方」(ちくま新書)など著書多数。2025年5月、NHKによる数ヶ月間の取材がドキュメンタリー番組に(ETV特集「ねちねちと、問うーある学者の果てなき対話ー」)。

2026年、大学新入生の皆さんに、まず問いたいことがあります。皆さんは何のために大学に入学したのでしょうか。学びたいから、仲間を創りたいから、色々あることかと思います。今回は、その中でも特に大学の本分である「学問」について話したいと思います。

「学問」とは一体何でしょうか。

私たちは往々にして、効率的に「答え」を出すことや、誰かが用意した「正解」をなぞることに習熟してしまっています。しかし、ネット上に知識が溢れ、AIが瞬時に論理的な回答を導き出す現代において、単なる知識の習得としての「学習」には限界があります。大学という場において真に求められるのは、既存の知識を疑い、「なぜ自分はそう問うのか」と自らの在り方を問い直す、いわば「自分自身のものさし」を育てる営みなのです。これこそが、学問の本質にほかなりません。学問とは自分の内に自分を見つめるもう一つの目を持つことなのです。

「別のレール」を認める心の余白

現代の日本社会には、「いい大学、いい会社、高い年収」という強固な「成功のレール」が存在します。それに乗っている限り、周囲からは称賛され、楽に生きていけるかもしれません。しかし、それで「自分の人生」を生きていると言えるでしょうか。もちろん、心からその既存のルールを信じ、自分はこれだと考えるのであればそれはそれでよいことです。ただその場合でも、一人ひとりが「別のレール」を認めるという、いわば心の余白とでもいうべきものを持たないと、社会はギスギスしていきますし、現に今そうなっているようにも思います。大学は多様な人が集まる場であるからこそ、その多様性を体で感じることがとても重要なのです。

自己の内省を深める「対話」

そこで重要になってくるのが対話です。対話は、もちろん他者とのコラボレーションに欠かせないものですが、学問する際にも、他者との意見交換を通じて自身が正しいと信じてきた価値観を一度横から眺めてみるためにも必要です。いうならば、対話とは自己の内省を深め、「我が身を振り返る」ための鏡のような存在なのです。

学問は決して一人で完結するものではありません。自分の視野の狭さを知り、新たな視点を得るためには、他者との「対話」が不可欠なのです。異なる分野や価値観を持つ人々と出会い、自分自身が変わる覚悟を持って対話に臨むこと。その構え、プロセスこそが、大学を「学問の場」たらしめるのです。

「人生を生きるために働く」ということ

「将来のキャリア」を築くために大学を利用するのも一つの方法かもしれません。しかし、キャリアの本質を問わぬままでは、単に「働く、食うために働く」という循環に陥ってしまいます。これでは一生幸せは訪れないのではないでしょうか。なぜなら我々は本来、「人生を生きるために働く」のですから。では、その「人生」とは、そして、「生きる」とはどういうことか。この問いを深めることも、大学で学問するということなのです。

(続く)

雑賀恵子の書評 -『生成AI時代の言語論』

雑賀恵子の書評

『生成AI時代の言語論』
大澤真幸、松尾豊、今井むつみ、秋田喜美 著 / 左右社 (2024年)

雑賀 恵子

~Profile~

文筆業。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。著書に「空腹について」(青土社)、「エコ・ロゴス 存在と食について」(人文書院)、「快楽の効用」(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号書評を寄稿。

対話型生成AIを搭載したヒューマノイドロボットが、人間と対話をしているのを見たことがある人は、その自然さに驚いたかもしれない。哲学的な対話もできれば、冗談を言ってからかったりもしてくる。そんなヒューマノイドロボットではなくとも、日常の分野で、ChatGPTやGoogle Geminiなどの生成AIにキャラクター設定をしている人たちの中には、話している相手を人間のようにみなして、現実の人間関係よりもずっと濃い相談相手として依存している人もいる。

もちろん、このようにAIと会話ができるのは、大規模言語モデルによるものである。膨大なテキストデータと高度なディープラーニング(深層学習)技術を用いて、与えられたテキストの次の単語を予測する学習をさせ、適切な単語を回答する能力を得させる。この過程でAIは、文の背後にある文法構造や単語の因果関係なども獲得していく。人間同士の大半の会話でも、表面的には相手が話していることに、どう対応して答えるのが適切であるかを予測して喋っていると考えれば、納得できる。

AIは本当に思考しているのか?

表面的には会話が成立しているとしても、ではAIは思考するのかといえば懐疑的になるだろう。よく知られているように、フレーム問題と記号接地問題が解決されているとは言えないからだ。

人間は現実のさまざまな情報から今は関係のないことを切り捨てる(フレーム化する)ことにより、当面の課題を思考して解決できる。この切り分けができるか。もう一つは、AIが扱う記号(言葉や数値)は、現実世界の意味(実体や感覚)と結びつくかという問題だ。

本書は、この問題を中心に、AIの生み出す言語を考察しながら、逆に人間の言語というものについて追求する。そして、社会と個人の関係、人間というものはなにか、ということが、議論と論考によって展開される。

本書の構成と登場する知性たち

第一部:松尾豊との対談、および今井むつみと秋田喜美との鼎談
第二部:大澤真幸の論考4本

松尾豊は、日本におけるAI研究の第一人者。発達心理学・認知科学の今井むつみと認知・心理言語学の秋田喜美は、オノマトペを手がかりに記号接地問題を参照しながら人間の言語について論じた共著『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)で大きな注目を集めた研究者である。

対話が形作る「自分」と自由

対話によって、自分の思考が深められるということが本書の第一部を読んでも感じられるのではないか。自分の思考は必ずしも明確なものではない。それを他者に向けて言語化し、他者もそれを聞き取り受け止めながら、言語で応答する。そのやり取りの中で、自分の思考が形作られ、自分の言いたいことはこれなんだと明確になっていく。

他者と自己との間から成り立つ「自分」があり、自由がある。生成AIとの会話では、そうした「自分」を生み出していけるのだろうか。自分の思考はむしろ、相手の情報を受動的に受け入れるものになるのではないだろうか。

生成AIは、加速度的に進化していき、人間が制御できない領域にまで達する可能性は極めて高い。そうした社会を想定しつつ、では、われわれとはなにか、社会の中で、個々の人間が自律し、自由に生きるとはどういうことか、考えねばならない。本書はその意味でも、実に示唆に富んだものである。

新設大学バッシング 学生募集は地域との連携がカギ

大学ランキングからはわからない大学の実力

新設大学バッシング 学生募集は地域との連携がカギ

教育ジャーナリスト 小林 哲夫さん

~Profile~

1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、朝日新聞出版「大学ランキング 」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)。

4月2日、参議院文部科学委員会で野党国会議員は文部科学省にこんな質問をしている。
「武雄アジア大学の大幅定員割れ状況について、文科省はどう認識しているのか?」

これを受けて同省高等教育局長、合田哲雄さんはこう答えている。
「武雄アジア大学の見通しが甘かったものとして大変遺憾。認可した設置計画の履行状況について調査を行う。今後も定員通りの学生が集まらない場合は実績に応じた定員規模縮小を求める。経営改善が必要な状況に陥った場合、経営指導の対象法人とする。」

文科省は誠実に対応している。国会答弁特有の「遺憾」には大学に対する批判、抗議の意味は込められておらず、残念だという思いを素直に示したといっていい。

今年開校した5つの四年制大学の入学状況

※大学公表、またはメディア報道に基づく(左から:入学者数 / 定員 / 定員充足率)

  • コー・イノベーション大 (岐阜県飛騨市) : 51人 (120人) 42.5%
  • 大阪医療大 (大阪府大阪市) : 不明 (80人)
  • 西日本看護医療大 (福岡県北九州市) : およそ90人 (80人) 112.5%
  • 福岡国際音楽大 (福岡県太宰府市) : 91人 (80人) 113.8%
  • 武雄アジア大 (佐賀県武雄市) : 37人 (140人) 26.4%

残念ながら、コー・イノベーション大、武雄アジア大は定員を大きく下回った。これに対して、地域、メディアなどの反応は厳しかった。

武雄アジア大について、冒頭に紹介した参議院文部科学委員会でのやりとりからは、質問者には、文科省に対して定員割れした大学を設置認可した責任を問う意図が感じられる。武雄市が13億円、佐賀県が6.5億円の公金を投入したからだ。

そして、SNSでは、武雄アジア大の存続に反対する署名活動が起こった。署名で訴えている内容は以下の通りだ。

  • 閉校に向けた整理に直ちに着手
  • 武雄市は学校法人に補助金13億円の返還を求める
  • 大学誘致、公費投入などの妥当性を検証し、その結果と責任の所在を明らかにする

地域における大学の存在意義と直面する現実

かつてその地域に大学が開校すると、地元の人たちはおおいに喜んだ。次のようなメリットがあるからだ。

  1. 若い人が地域にとどまってくれる
  2. 若い人が地域にやってくる
  3. キャンパスで食事や清掃などさまざまなビジネスが発生し雇用が生まれる
  4. 大学教員が市民講座などで専門分野を発信し地域に文化をもたらしてくれる
  5. 工学系学部であれば地場産業との産学連携で商品開発ができる

大学は地域活性化の原動力になってくれる、ということだ。少子化に歯止めがかからず、地方都市が疲弊しているなか、大学は希望の星である。

ところが、である。昨今、地方都市で大学開学という話が伝わっても地域社会、メディアはそれほど歓迎していない。むしろ、冷ややかに受け止めている。「税金の無駄遣い」「大学が多すぎる」「学生が集まるわけがない」という観点からだ。

こうしたことから新設大学はヒール役、嫌われ者になってしまった感がある。実際、コー・イノベーション大、武雄アジア大は定員割れが報じられると、SNSでバッシングが起こった。罵詈雑言、罵倒、非難の言葉がぶつけられとても悲しい。

開学してまもない大学が募集停止となる、残念なケースがあった影響が大きい。2023年電動モビリティシステム専門職大(山形県西置賜郡)は開学したが入学者は3人、24年は2人だった。25年に募集停止となる。自治体から億単位の支援を受けていたことで批判された。こうした事例は地方大学でいくつか見られる。ぜひ、参考にしてほしい。

大学が地域に溶け込み、盛り上げるために

大学に対してもう少しやさしくなってほしいと考えるのは筆者だけではないだろう。大学と地域が「町おこしのため一緒にがんばりましょう」という流れにはならないのだろうか。このような状況を変えるためには大学が地域に溶け込むしかない。どんな小さなイベントでもいい。教職員、学生が地域の人たちと関わって交流する。これを大学が仕掛けるしかない。

共愛学園前橋国際大(群馬県前橋市)は2000年代、定員割れが続き、大学運営でとても厳しかった時代を経験している。ところが学長が変わり、地域と積極的に交流したことによって支持が得られ、学生を集められるようになった。入学者数がV字回復したのである。こうした事例は地方大学でいくつか見られる。ぜひ、参考にしてほしい。

その地域に大学が誕生する。地元民が歓迎し温かく見守る。

大学は地域活性化のカンフル剤になり得る。開学早々、定員割れだから「大学はなくすべき」ではなく、「大学を盛り立てていこう」。そんな雰囲気が作り出されるためにも、大学は日ごろから地域に「一緒に町を作っていきましょう」と呼びかけてほしい。

AIは「使う」から「解き明かす」へ ── 核融合から逆問題まで、ブラックボックスを開け放つ次世代のサイエンス

AI for Science の時代のために
AIは「使う」から「解き明かす」へ ── 核融合から逆問題まで、ブラックボックスを開け放つ次世代のサイエンス

AI for Science イメージ
上田 修功先生の顔写真

上田 修功先生

~Profile~

理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長。
1982年大阪大学工学部通信工学科卒業、1984年同大学院通信工学専攻修士課程修了。1992年博士(工学)。1984年日本電信電話公社(現NTT)に入社し、NTTコミュニケーション科学基礎研究所所長、NTTフェロー等を歴任。また、海外で研究に携わった時期には、ジェフリー・ヒントン教授(2024年ノーベル物理学賞受賞)の招聘研究員としてカナダ・トロント大学や英国・ロンドン大学に在籍した経験を持つ。2016年より現職。専門は機械学習、統計科学、AI for Science。AIを科学そのものを前進させる基盤と捉え、物理学など多様な分野との融合に取り組む。

ChatGPTや画像生成など、誰もがAIを「便利なツール」として使いこなす時代。そんなAIブームの遥か前から基礎研究に携わってきたのが、日本の機械学習を牽引する上田修功先生。2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン教授のもとで招聘研究員を務めるなど、AI黎明期からその歴史と共に歩んできたトップランナーだ。

「AIにデータを読み込ませて処理を速くしたり、精度を上げたりする時代はもう終わりつつある」。AIは「使うもの」から、人間の果てしない好奇心に応え、科学そのものを進化させる「融合」のフェーズへと突入している。AIの真髄を知る上田先生に、次世代のサイエンスの姿を聞いた。

AIは「精度を上げる」時代から、「真理を解き明かすためのもの」の時代へ

スマートフォンの顔認証から、人間のように自然な文章を生成するChatGPTまで、AIはまたたく間に私たちの日常に溶け込んだ。しかし、最先端の研究現場では、今、世間を賑わすAIブームとは少し異なるパラダイムシフトが起きている。

「これまでのAI技術は、大量のデータを使って処理を速くしたり、認識の精度を上げたりすることが主な目的でした。しかし、そうした『精度至上主義』の時代は、すでに終わりつつあります」と上田先生。

現在、世界のトップ研究者たちが熱視線を送っているのが「AI for Science(科学のためのAI)」という領域だ。これまでも、医学や生物学などの分野でAIが使われることはあった。しかしそれは、「膨大なデータがあるから、そこから有用な結果が出るようにAIで分析してほしい」といった、AIをデータ処理の下請けとして扱うマスタースレーブ(主従)的な関係によるものが多かった。

上田先生が目指すのは、そうした単純な応用ではない。自然科学が長年培ってきた理論や法則、人間の知見、そしてデータを根底から結びつける「新しいAI」を創り出すことだ。AIが科学をサポートするだけでなく、科学の難問がAIの新たなアルゴリズムを生み出す。両者が対等にぶつかり合い、共に発展していく時代を上田先生は見据える。

物理から生まれたAIが、サイエンスを呼び覚ます!

このパラダイムシフトを語る上で、避けては通れないのが物理学との関係だ。2024年、ジェフリー・ヒントン教授らにノーベル物理学賞が授与された。これは、現在のAIの基礎となる学習理論が、物理学の考え方を土台に構築されたことを象徴している。しかし上田先生は、そこからさらに一歩進んだ、逆向きのベクトルに注目する。

研究現場での様子を示すイメージ

これまでのAI開発が「物理の知恵を借りて、AIの精度を上げる(ヒントン教授らの功績)」ことだったのに対し、上田先生が取り組むのは「AIという強力な計算能力を使い、サイエンスそのものの理解を深める」という挑戦だ。

「物理の人たちは、割とそのような『目』でAIを見ています。物理というものを捨ててデータさえあればいい、という考え方ではない。物理で使われた理論そのものを活かしながらAIを使う、あるいは『物理の言葉』でAIを説明しようというスタンスです」と上田先生。たとえば医学などでのAI活用は、内視鏡の画像認識に見られるように、AIを「便利な道具」としてそのまま使うことが主流だった。そこではAIが、なぜその答えを出したのかが分からない「ブラックボックス」であっても、診断の精度さえ上がれば許容されてきた。

しかし、自然の真理を追究する観点からは、中身が分からないままではサイエンスとは呼べない。AIを単なる「計算機」で終わらせず、その背後にある数理構造を理解し、再び科学の言葉で記述し直す。ヒントン教授らが物理を武器にAIの扉を開いたように、今度は私たちがAIを武器に、科学のブラックボックスをこじ開けていく。この『なぜ?』という好奇心こそが、AI for Scienceという新たな知の探求を突き動かす原動力なのだ。

不可能とされた核融合に挑む ──「逆問題」が示すAIと科学の真の融合

こうしたアプローチが、最も劇的な成果を生み出しつつあるのが「逆問題」と呼ばれる領域だ。

「順問題」と「逆問題」とは?

私たちが高校の授業で解くような「ボールをこの角度と速度で投げたら、どこに落ちるか」を計算するものは「順問題(原因から結果を導く)」と呼ばれる。

一方「逆問題」とは、「ボールがここに落ちた。ではこのボールはどんな角度と速度で投げられたのか?」というように、限られた結果(観測データ)から原因を推理する問題のことだ。

その最前線にあるとされるのが、次世代の「夢のエネルギー」として世界中で研究が進む核融合、フュージョンエネルギーの開発。この研究では、装置の中にある超高温のプラズマ全体を直接観測することは不可能だ。そのため研究者たちは、装置の端に取り付けられたセンサーから得られる限られたデータ(結果)をもとに、プラズマの内部で何が起きているか(原因)を推定しなければならない。

核融合の制御は、極めて複雑な偏微分方程式を解き明かすようなものであり、長年専門家たちの間でも「そう簡単に実現できるものではない」と困難視されてきた。しかし今、この巨大な逆問題に対してAIを活用することで、事態は大きく動き出していると上田先生。

ここで上田先生が強調するのは、「AIの圧倒的な計算力で解決した」という表面的な話ではない。驚くべきことに、AIという新しいアプローチを用いて逆問題に挑む過程では、これまで科学の側でも完全には理解しきれていなかった複雑な方程式の理解が進んでいる。同時に、科学の厳密な知見を組み込むことで、AIの側にも新たな手法やアルゴリズムが生まれているという。

AIが一方的に問題を解く(下請けになる)のではなく、科学の難問がAIを進化させ、進化したAIが今度は科学の根本的な理解を深めていく。不可能と思われていた核融合の壁を突破しようとするこのダイナミックな相互作用こそが、上田先生の語る真の融合の姿である。

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「AI×科学」が加速させる、夢のクリーンエネルギー 理論から工学へ。未来を創る 大学発スタートアップの挑戦

武田 秀太郎さん
九州大学都市研究センター・准教授
京都フュージョニアリング株式会社・共同創業者
文部科学省 核融合科学技術委員会 原型炉開発総合戦略TF 主査代理

【Profile】
2014年京都大学工学部物理工学科卒業。2016年京都大学大学院総合生存学館、修士課程相当修了。2018年京都大学大学院エネルギー科学研究科早期修了、博士(エネルギー科学)取得。2019年ハーバード大学大学院修士課程修了(サステナビリティ学)。2018年京都大学大学院総合生存学館特任助教、2020年国際原子力機関(IAEA)プロジェクト准担当官、2022年京都大学大学院総合生存学館特定准教授を経て、現職。2019年10月には京都フュージョニアリング株式会社を共同創業。 International Young Energy Professional of the Year 賞、英国物理学会IOP若手国際キャリア賞、IAEA事務局長特別功労賞ほか、多数受賞。日本国籍で唯一のマルタ騎士団騎士。FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』コメンテーター。東海高等学校出身。

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AI時代に問われるのは「土台を作る力」

AI for Scienceの時代に求められるのは、既存のAIツールを上手に使うことだけではない。自然科学が長年積み重ねてきた理論や知見、人間の理解そのものをAIの中へどう組み込むか。上田先生が繰り返し語ったのは、その「基盤をつくる力」の重要性である。

その土台となるものの一つが、線形代数や確率・統計といった数理の素養だ。上田先生は、大学教育の現場で、行列や確率の基礎を十分身につけないまま入学してくる学生が少なくない現実に危機感を示す。

AI時代に必要なのは、流行の技術を表面的に追いかけることではない。確かな基礎の上に立ち、異なる分野の知見を結びつけながら、新しい方法論を生み出せる人材を育てること。そのためには、教育のあり方そのものも早急に問い直されるべきだと言う。

「横並び」ではなく「融合」から新しい知を生み出す時代へ

戦後の日本は、均質な力を育てる教育によって『ものづくり』の時代を支えてきた。それは、日本の科学技術の発展を支えるための大きな強みでもあった。

しかしAI for Scienceの時代には、それだけでは不十分だ。分野の境界を越え、物理、数学、情報科学といった異なる知の領域を結びつけながら、新しい発想を形にしていく力がこれまで以上に求められる。

AI研究者が単なるデータ処理、分析の「下請け」になるのでもなく、科学の側がAIを便利な道具として消費するのでもない。理論、データ、実験、アルゴリズムが互いに影響し合うことで、新しい知を生み出す。

そのような「融合」こそが、AIとサイエンスの未来像に違いない。

京都産業大学 産業生命科学科 研究者クローズアップ

Kyoto Sangyo University

京都産業大学 生命科学部
産業生命科学科 研究者クローズアップ

「なぜ植物は、水中で葉の形をガラリと変えるのか?」
— 植物が持つ驚異の環境応答力「表現型可塑性」の謎を解く —

木村 成介 教授

木村 成介 教授

京都産業大学 生命科学部 環境生命科学科
(※名称変更構想中)

移動できない植物は、周囲の環境の変化に対応するため自らの形を柔軟に変えます。木村教授は、この「表現型可塑性」と呼ばれる能力に着目し、特に水陸両生植物「ロリッパ」を研究しています。

ロリッパは、陸上では光合成効率の良い丸い葉をつけますが、水中に沈むと、水の抵抗を受け流すための針状の葉をつけるようになります。この「異形葉性」と呼ばれる現象は、植物がどうやって環境を「認識」しているかを知る絶好のモデルです。

陸上の葉と水中の葉の違い
環境によって劇的に変化する葉の形(左:水中葉、右:陸上葉)

研究室では、かつて10年以上かかったDNA解析を数日で終えることができる「次世代シーケンサー」を駆使しています。研究の結果、水没すると植物内でガスのホルモン「エチレン」が蓄積し、これが光や温度の信号と組み合わさって、葉の形を変える遺伝子のスイッチを入れることを突き止めました。

こうした植物の「しなやかな強さ」の解明は、作物の品種改良や進化発生学の発展に貢献します。研究室では他にも、京野菜(水菜と壬生菜)の形の違いや、昆虫が植物を操って作る「虫こぶ」の謎など、植物の「形」の多様性に迫っています。


「なぜ藻は光に向かって泳ぐのか?」
— ミクロな『繊毛』を使った、驚くべき生存戦略の謎を解く —

若林 憲一 教授

若林 憲一 教授

京都産業大学 生命科学部 環境生命科学科
(※名称変更構想中)

クラミドモナスなどの遊泳性緑藻類は、光を感知して泳ぐ方向を変える「走光性」を示します。この運動を担うのが、「繊毛(せんもう)」という微小な器官です。

若林教授の研究室では、これらの藻類が「どのように(How)」光を認識し、繊毛の動きを調節しているのか、そして「なぜ(Why)」そうした行動が生存に必要なのか、という根本的な原理の解明に取り組んでいます。

クラミドモナス

繊毛を持つクラミドモナス

シアワセモ

4細胞の多細胞藻類「シアワセモ」

例えば、クラミドモナスには光を感じる「眼(眼点)」があります。若林教授は、この眼の赤い色素を失った藻類は、光の方向を「勘違い」して逆方向に泳いでしまうことを発見しました。細胞には「凸レンズ」のように光を集める性質があり、色素がその光を反射することで、光の方向を正しく認識するしくみがあったのです。

さらに、4細胞だけの多細胞藻類「シアワセモ」の研究では、害になるほど強い光から泳いで逃げる能力が低い代わりに、光エネルギーを熱に変えて捨てる能力が非常に高いという、陸上植物にも似た生存戦略を発見しました。

こうしたHowとWhyの解明は、有用物質産生藻類の濃縮や赤潮対策、さらにはヒトの難病「原発性不動繊毛症候群」の理解にも繋がると期待されています。


「そのマダニが、未知の感染症を持っているかもしれない」
— 人と動物を行き来する『人獣共通感染症』から、私たちの暮らしを守る —

染谷 梓 准教授

染谷 梓 准教授

京都産業大学 生命科学部 環境生命科学科
(※名称変更構想中)

食中毒を引き起こすO-157は、健康なウシにも見つかる大腸菌の一種です。このように、動物には無害でも人に感染すると病気を引き起こすことがあるのが「人獣共通感染症」の恐ろしさです。マダニが媒介する「日本紅斑熱」もその一つです。

安全に暮らすには、「身近な自然に、どんな病原体がいるか」を正確に知ることが不可欠です。

動物を待ち構えるマダニ
動物を待ちかまえるマダニ

染谷准教授は、獣医微生物学の専門家として、2つの軸でこの問題に取り組んでいます。一つは、マダニが媒介する細菌の研究。もう一つは、食肉などにも見つかっている「薬剤耐性菌」(薬が効かない菌)の研究です。

研究は地道なフィールドワークから始まります。白い布でマダニを採集し、種類を判別。研究室でDNAを検査し、どんな病原体を持っているかを調査・記録します。さらに、京都のハクビシンから「猫ひっかき病」の菌に似た菌を発見するなど、野生動物の調査も行っています。

調査地に生息しているハクビシン
調査地に生息しているハクビシン

染谷准教授のゴールは、危険を煽ることではなく、「予防と注意喚起」を行うこと。リスクを正しく理解し、自然や動物と「うまく折り合いをつけて付き合っていく」方法を探っています。


「なぜ今、自然の力が防災に役立つのか?」
— 「グリーンインフラ」で、災害に強く豊かな社会を設計する —

西田 貴明 教授

西田 貴明 教授

京都産業大学 生命科学部 環境生命科学科
(※名称変更構想中)

近年、ゲリラ豪雨による水害が頻発しています。こうした社会課題に対し、コンクリートで固める対策だけでなく、自然の機能をインフラとして活用する「グリーンインフラ」が注目されています。

西田教授は、このグリーンインフラを環境政策学の視点から研究しています。グリーンインフラとは、公園や緑地、森林が持つ「雨水を貯める」「気温上昇を抑える」「生物の生息地となる」といった多様な機能を、社会基盤として積極的に活用する考え方です。

雨庭(あめにわ)の様子
雨水を貯留・浸透させる「雨庭(あめにわ)」の社会実験

例えば、地方自治体と連携し、さまざまな公園や緑地において、雨水を貯留・浸透させる「雨庭(あめにわ)」の設計・調査をおこない、その防災・減災、暑熱緩和、生物多様性保全、レクリエーション等の効果を実証する社会実験を行っています。また、本学の情報理工学部の研究室とも協働して、市民がゲーム感覚で参加しながらグリーンインフラへの理解や参画を促すモバイルアプリの開発も推進しています。

このように生態学・土木学・情報科学(理系)と政策学(文系)を融合させ、産官学連携のフィールドワークを通じて、生物多様性の保全と災害に強い地域づくりを両立させる、持続可能な社会の実現を目指しています。


「『自然保護』だけで、地域は守れるのか?」
— 科学データと“地域の視点”で、持続可能な社会システムを設計する —

三瓶 由紀 准教授

三瓶 由紀 准教授

京都産業大学 生命科学部 環境生命科学科
(※名称変更構想中)

里山の保全や伝統野菜の継承など、多くの地域が課題に直面しています。しかし、単に「自然を保護すべきだ」と主張するだけでは、そこで暮らす人々の生活や利害と対立しかねません。

三瓶准教授の研究は、「持続可能な社会システムづくり」がテーマです。大切なのは、地域の人たちが「これなら取り組めそうだ」と心から思える、無理なく続けられる仕組みを見つけ出すこと。

例えば、世界農業遺産を事例に、地域の人々のつながりや、それが地域の農業に与える影響を把握し、景観・文化を守りつつ現代に即してどのように変化を受け入れていくか考える試みでは、アプローチは二刀流です。一つはGIS(地理情報システム)やドローンを使う「自然科学」。もう一つはアンケートやインタビューで“人の思い”を調査する「社会科学」です。

三瓶准教授の役割は、二つの側面の科学的データを「議論の素材」として提供すること。これにより、地域の皆さんが自分たちで最適な答えを見つけ出せるよう手助けしています。

            GISを使用したAIでの農地の解析
           
GISを使用したAIでの農地の解析イメージ
       

京都産業大学 先端生命科学科 研究者クローズアップ

Kyoto Sangyo University

京都産業大学 生命科学部
先端生命科学科 研究者クローズアップ

「”くすり”で解き明かす、消化管と膀胱の精密なメカニズム」
— なぜ腸は「第二の脳」と呼ばれるのか? 内臓を動かす平滑筋の謎 —

棚橋 靖行 准教授

棚橋 靖行 准教授

京都産業大学 生命科学部 先端生命科学科

私たちの意志とは無関係に働く消化管や膀胱。これらの内臓の壁を構成する「平滑筋」は、消化管の運動や尿の排出といった生命維持に不可欠な機能を担っています。この平滑筋の機能に異常が起きると、過敏性腸症候群や過活動膀胱といった病気に繋がります。

棚橋研究室は、「”くすり”を駆使して未知の生命現象を解き明かす」薬理学の手法を用いて、この精巧な調節メカニズムの解明に挑んでいます。

特に注目しているのが消化管です。消化管の運動は、自律神経だけでなく、「第二の脳」と呼ばれるほど複雑な「腸神経系」や、ペースメーカー細胞(カハール間質細胞:ICC)などによって精密に制御されています。さらに、「尿をためる(蓄尿)」と「尿を出す(排尿)」という相反する機能を持つ膀胱の研究も推進しています。

腸神経系とペースメーカー細胞
腸神経系(緑)とペースメーカー細胞(赤)による制御

“くすり”や遺伝子改変マウスを用い、組織が「伸ばされた」ことを感知して開くイオンチャネル(イオンを通す門)など未解明の調節機構について、パッチクランプ法(細胞の電流を測定する手法)などの専門技術を用いて解析しています。

これらの正常な仕組みを徹底的に解明することが、原因不明の病気のメカニズムを明らかにし、新たな治療薬の開発に繋がります。


「RNAは“遺伝情報の中間体”に過ぎないのか?」
— 生命を操る「RNA制御」の原理を解き明かす —

三嶋 雄一郎 教授

三嶋 雄一郎 教授

京都産業大学 生命科学部 先端生命科学科

DNAが「生命の設計図」なら、タンパク質は「体を作る部品」です。その仲立ちをするメッセンジャーRNA(mRNA)は、単なる“中間体”なのでしょうか?

三嶋教授は「答えはNoだ」と言います。mRNAはむしろ、部品を作るための「発注書」です。生命は、この「発注書」を巧みに管理しています。適切なタイミングで発注(合成)し、不要になれば速やかに廃棄(分解)する。この精密な「RNA制御」こそが、生命活動の根幹を支えています。

もし、この制御メカニズムが狂えば、それが病気の原因にもなると考えられています。

ゼブラフィッシュの研究画像1
ゼブラフィッシュの研究画像2
遺伝学の優れたモデルである「ゼブラフィッシュ」

三嶋教授の研究室では、遺伝学の優れたモデルである「ゼブラフィッシュ」を用いて、この「RNA制御」の根本原理の解明に取り組んでいます。

ゲノム編集や次世代シークエンスといった最先端技術を駆使し、RNAの制御に異常が起きると個体の発生に何が起こるのかを解析。「未知のRNA制御機構」を発見しようとするこの基礎研究は、将来的にヒトの疾患の原因解明や、まったく新しい治療法の開発につながると期待されています。


「なぜ私たちの細胞には『死』のプログラムが備わっているのか?」
— 37兆個の「細胞社会」の秩序を守る、細胞死の謎に迫る —

川根 公樹 准教授

川根 公樹 准教授

京都産業大学 生命科学部 先端生命科学科

私たちの体は37兆個の細胞からなる「細胞社会」です。毎日3000億個もの細胞が生まれ、同数の細胞が死ぬことで健康が保たれています。この「プログラムされた細胞死(アポトーシス)」は、胎児の手(水かき)が指になる時や、がん細胞の排除にも不可欠です。このバランスが崩れると、がんやアルツハイマー病などの疾患に繋がります。

これまでの研究は「死ぬ細胞」単体に着目していましたが、川根准教授は「細胞社会学」の視点から、死ぬ細胞が周囲とどう協力するかに注目しています。

細胞脱落の仕組み
細胞脱落:死ぬ細胞を周囲が押し出す協調メカニズム

特に、細胞の入れ替わりが激しい腸の上皮(腸管)に着目。古い細胞が組織から脱落する「細胞脱落」の仕組みを研究しています。ライブセルイメージング(生きた細胞の動画撮影)を用いた研究で 、驚くべき協調メカニズムを発見。死ぬ細胞は自ら一部をちぎって小胞を作るだけでなく 、隣の細胞もリングを作って死ぬ細胞を「絞り出す」ように押し出すことを突き止めました。

この「細胞死の社会性」の解明は、がんや炎症性疾患の新たな治療法開発や、健康長寿の実現に貢献すると期待されます。


「ヒアルロン酸合成酵素の活性を高めて老化と戦う」
— 人類普遍のテーマ、健康長寿の実現へ向けて —

板野 直樹 教授

板野 直樹 教授

京都産業大学 生命科学部 先端生命科学科

高齢化社会の大きな問題「寝たきり」。その一因が、加齢による関節機能の低下(変形性関節症など)です。関節でクッションや潤滑剤としてはたらく「ヒアルロン酸」は年齢とともに急激に減少します。

ヒアルロン酸が減少すると、関節を動かしにくくなるだけでなく、炎症や痛みを伴い、やがて寝たきりの原因となります。症状の緩和・改善には、関節内に直接ヒアルロン酸を注射で補充する治療を受ける必要があります。しかし、体内で代謝されるため定期的な治療が必要です。

ヒアルロン酸の研究イメージ
ヒアルロン酸合成のメカニズム解明と応用

この課題に対し、板野教授は「動物体内でヒアルロン酸を作り出す酵素(ヒアルロン酸合成酵素)」の遺伝子クローニングに、世界で初めて成功しました。

この発見で合成メカニズムの解明は大きく前進。現在板野教授は、加齢で衰える合成能力を再び高める(=酵素を活性化させる)薬品や、機能性食品の探索を進めています。これ見つかれば、注射に頼る対症療法ではなく、病気を予防し、根本から治療する新しい医療や医薬品の開発に繋がります。

「寝たきり」という社会課題に挑む研究は、「健康寿命の延伸」に直結しています。


「なぜ“不良品”のタンパク質が病気を引き起こすのか」
— 細胞が持つ巧妙な「品質管理」の謎を解き、治療法開発へ —

潮田 亮 教授

潮田 亮 教授

京都産業大学 生命科学部 先端生命科学科

アルツハイマー病や糖尿病は、細胞内で作られるタンパク質の「不良品」が蓄積することが疾患の一因とされています。

私たちの体ではおよそ10万種のタンパク質が「誕生」「成熟」「死(分解)」という“一生”を循環しています。幸い、細胞には「タンパク質品質管理」という仕組みがあり、不良品を検知して分解することで病気を防いでいます。しかし、この仕組みが破綻すると様々な疾患を発症することになります。

タンパク質品質管理のメカニズム
タンパク質の「誕生・成熟・分解」と品質管理

では、細胞はどのように不良品を見分け、分解しているのでしょうか。潮田教授は、まさにこの「分解のメカニズム」の解明に焦点を当てています。

ヒトの細胞やマウス、さらには「線虫」という小さな生物を使い、タンパク質の“一生”を実験室で観察し、品質管理の核心に迫っています。

この「不良品が分解される仕組み」を解き明かすことは、関連する病気の新たな治療法や創薬の開発に直結します。研究室では製薬・化粧品会社との共同研究も盛んで、基礎研究の成果をいち早く社会実装へとつなげる応用研究にも挑戦しています。

「探究」の現場から その10 – 地域や大学との連携を通した探究活動について

「探究」の現場から その10

地域や大学との連携を通した探究活動について

大沼 克彦先生

秋田県立大曲農業高等学校 教諭 大沼 克彦さん

Profile
岩手大学大学院で博士(農学)の学位を取得後、生物資源研究所(現農研機構)、産業技術研究機構などでポスドク。2010年から現職。秋田県立湯沢高等学校出身。

はじめに

博士号教員という立場で秋田県内の複数の学校で「総合的な探究の時間」の成果発表会に参加し、指導・講評をさせていただくことがありますが、テーマの設定に苦慮していることを耳にします。私の所属校(秋田県立大曲農業高校)でもご多分に漏れず、担当の教員は苦労していますが、本校の場合は農産物販売や、学校イベント、授業などで地域とのつながりが強いため、地域の課題について取り組むケースも少なくありません。今回は地域や大学との連携による取組と参加した生徒の変化について紹介したいと思います。

地域連携

●課題発見

地域には大小さまざまな課題が山積しており、これらの解決を目的として自治体や企業が種々の取組をしているのは本県だけではないはずです。しかし解決済みの課題は少なく、地域住民は大変な思いをしています。これをテーマにしてみてはいかがでしょうか?すでに取り組んでいる事例があり、取組への住民の反応、結果、考察はすでに出ています。そこから見えてくる課題に取り組むわけです。

本校で私が指導している生物工学部では、仙北市にある田沢湖の酸性化を改善する研究をしています。田沢湖は昭和14年までは中性の湖で、固有種クニマスが生息していましたが、農業振興と発電事業のために酸性化し、クニマスなどの生息生物はほぼ死滅しました。国と秋田県は中和処理施設を建設して田沢湖の中性化を図っていますが、令和5年でも田沢湖のpHは5.4で水生生物がライフサイクルを完結するには厳しい環境です。そこで仙北市や地域企業と連携し、これまでいくつかの研究テーマが立ち上がっています。酸性化した水を中性にするテーマ、酸性水を農産物生産に活かすテーマ、酸性水のもとになっている温泉成分を害獣忌避剤にするテーマなど、これらは一部ですが、田沢湖だけでもこれだけの研究テーマが見つかります。今一度地域の課題の解決をテーマとして検討してみてはいかがでしょうか?

●成果発表

実際どのような連携をしているのか。田沢湖水の中性化の研究では、「研究サンプルの提供」、「協働実験」、「発表場所の提供」などが挙げられます。研究サンプル(田沢湖の水)は、必要な時に市の職員から提供を受け、本校で作った中性化水は、仙北市の田沢湖クニマス未来館(2017年度開館)と仙北市内の小学校2校で、メダカの飼育水として使用、水生生物に影響を与えないことを実証実験しています。研究成果の発表場所は、クニマス未来館や、仙北市のイベントで提供していただいていますが、クニマス未来館には本校生物工学部の取組を紹介するコーナーもあるなど、研究成果を公開する場所としても活用させていただいており、生徒にはとてもいい刺激になっています。一般の方からの反応が分かると、もっと頑張りたい、よい結果を出したいと、研究にもさらに積極的になり、知識やスキルの習得も促進されます。また授業内の学習と研究との関連付けもでき、成績の伸びる生徒も少なくありません。社会的な課題を解決するために成果を出して地域とのつながりを持った生徒は、社会の中で自分の果たす役割についても考えるようになり、学習面だけでなく、考え方も大きく成長するのが実感できます。

大学連携

地域連携の研究が進むようになると、明確な結果を求められることもあります。しかしある説を証明するためには、高校にある機材だけでは十分な実験、分析ができないことも多いですから、大学施設を使わせていただくこともあります。

●分析

田沢湖の研究では、田沢湖水、実験で作った中性化水に含まれる元素を分析しました。高校生では機材の使い方も分析の仕方も難しいので、実際はサンプルを持ち込んで大学職員さんに分析していただくことになります。しかし、ただ「分析していただきました」、「こんな結果になりました」では意味がないので、分析の原理やメカニズムについては、しっかりと教え込むようにしています。このため、参加した生徒は「実験はやればいいのではなく、何を知りたいかで実験をデザインする必要がある」ことを理解するようです。この辺が他教科の実験を伴う学習とは明らかに異なる点です。高校までの「総合的な探究の時間」以外の実験では、教科書に記載されている内容を実験によって確認することが目的であり、答えはあらかじめ決まっていて、実験を自らデザインする必要はありません。しかし、彼らの考えを証明すべき実験は、教科書には載っていないことが多いため自らの力で考えなければならないのです。この考え方、取組の面白さにはまった生徒は、本当に夢中になって研究にのめりこみます。そのきっかけになるのが大学連携の一つのポイントと言えるでしょう。

●discussion

もう一つ大学連携で重要なポイントは、教授や准教授、院生や学部生とディスカッションすることだと思います。大切なことは彼らの意見を聞くだけではなく、自分たちの見解や考え方との違いについて議論することです。もちろん彼らとは知識レベルが大きく異なりますが、ここで大切なのは、まず自分たちの意見を述べ、それに対する見解を伺い、質問を繰り返しながら、導きたい仮説を証明する実験は、どのようにすべきか、今の自分たちの実験や考え方に不足しているのは何かを、議論しながら理解させることなのです。実際に参加した生徒の中には、「自分たちの実験の意味が改めて分かった」、「自分たちの考えを証明するための実験に不足していることが分かった」などと答える生徒もいます。より専門性の高いレベルで議論させ、生徒の研究や実験の本当の意味に気付かせるよう、道筋をつけてあげるのも大学連携のポイントといえるでしょう。

まとめ

成功例が大きく取りざたされる「総合的な探究の時間」ですが、これは、それだけこの教科が学習教育と学習効果、そして生徒の成長に大きな役割を持つことを示しています。しかしその陰に隠れて、この時間を苦痛に感じている生徒、教員はいったいどれだけいるのでしょうか?「総合的な探究の時間」には、テーマ選択、研究の進め方、まとめ方など、教員が苦痛に感じそうなポイントがいくつもあり、出口を求めてさまよっている教職員は少なくないように思えます。今回は地域連携や大学連携がいくつかの答えになることを紹介しました。地域連携は実業高校だけの特権、大学連携はSSHや理数科のある学校の特権ではないと思います。地域や大学との連携で、生徒も教員も夢中になれる「総合的な探究の時間」の学習を通して生徒の資質・能力の向上を目指しましょう。しかし地域や大学に丸投げされると、地域、大学、生徒、教員も皆困ります。教員はあくまでもコーディネーターとしてかかわることを忘れてはならないことも付け加えておきます。

雑賀恵子の書評 | 世界を変えたスパイたち

雑賀恵子の書評

世界を変えたスパイたち

ソ連崩壊とプーチン報復の真相 書影

『ソ連崩壊とプーチン報復の真相』

著者 春名幹男
出版 朝日新聞出版
発行 2025年

スパイと聞くと、どんな人間を想像するだろう。敵国に潜んで、正体を隠し、政治や軍事、経済関係の秘密情報を収集する人間。公式非公式を問わず国家の諜報機関に属するか雇われているけれども、身分や任務が、家族や周りにも秘密である人間。得体の知れない怖さもあるし、ダークな魅力を感じる向きもいるかも知れない。諜報機関といえばCIAとか、MI6とか、古くはKGBとかが小説やドラマでもおなじみのところだ。どこかの国のクーデターや政権転覆に、CIAが絡んでいるなどと耳にしたことがあるだろう。あるいは誘拐や暗殺とか。諜報活動だけではなく、テロや破壊活動といった秘密工作もする。世界のあらゆるところにスパイがいて、密かに活動しているのだろうな、国際政治などというのはとても複雑に動いているのだろうな、となんとなくわかったふうでいるつもりだが、どこか遠い、自分とは関係のない世界のこと。日常目にする新聞やテレビで報道されている戦争や世界経済の動き、教科書に載っている現代史のさまざまな出来事にスパイが関わっているとは考えない。いや、無論諜報活動などは常時行われているにしても、具体的にどのように活動し関与しているのか知る由もない。

だから、ある出来事と全く別の出来事に実は諜報活動が深く関与し結びついているとまでは考えない。たとえば、2016年大統領選でのドナルド・トランプの勝利は、米国に敵対しているロシアのプーチン大統領の目論んだ情報工作が大きく関わっているなどということについてだ。

本書は、東西冷戦下にある1980年代から始まって、ソ連のアフガン侵攻、ソ連崩壊、プーチン登場、ロシアのクリミア併合やウクライナの問題、トランプ大統領就任、そして22年のロシアのウクライナ侵攻までを、諜報戦という観点から、一連の流れとして読み解いたものである。本書によると、ソ連の崩壊は、レーガン政権がサウジと関係強化に動き石油価格を操作してソ連の外貨獲得を減らし、小麦輸入をできなくして飢餓に導いたことに原因がある。この報復として、プーチンは米国に対してさまざまな仕掛けをし、トランプ大統領を誕生させ、英国をEU離脱に向かわせ、ウクライナ侵攻に至る。この裏で、米国とソ連/ロシアばかりではなく、関係する各国の諜報活動が入り乱れ、二重スパイや寝返り、スパイ同士の駆け引きなども含め諜報戦の行われていく様子が綿密に語られる。著者は共同通信社のワシントン支局長まで勤めた記者。多くの機密文書や証言をもとに描かれているので、とても説得力がある。

スパイ防止法制定を強く主張してきた高市早苗氏が首相の座につき、国益を守るための防諜を名目として報道機関や国民の活動にまで処罰対象になりかねない法律に対する関心が高まっている。確かに本書を読めば、国際関係の動きには諜報が極めて大きな役割を占めていることがわかる。だがしかし、国益とか国家を守るというのはどういうことなのだろう。わたしたちの日々の営みと具体的にどう関わっているのだろうか。わたしたち国民も、外国は常に競争相手であり、潜在的な敵とみなすべきなのか。本書を読んで一層、ごく素朴な疑問が湧いてきた。

評者 Profile

雑賀 恵子 文筆家

京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎出身。著書に「空腹について」(青土社)、「エコ・ロゴス 存在と食について」(人文書院)、「快楽の効用」(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号、書評を執筆。

大学ランキングからはわからない大学の実力 第12回 大学1年(18歳)で司法試験に合格。「高大接続」から生まれた天才たち

大学ランキングからはわからない大学の実力 第12回

大学1年(18歳)で司法試験に合格。
「高大接続」から生まれた天才たち

教育ジャーナリスト 小林哲夫さん

1950年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集長(1994年~)。近著に『日本の大学』(朝日新聞出版、米澤彰純氏との共著)。

2025年司法試験合格者の最年少は18歳だった。このうちの1人は早稲田大法学部1年生である。法務省が大学名を発表したわけではない。この合格者の出身校、早稲田大学本庄高等学院が次のように伝えてくれた。

「18歳で司法試験合格」「高校3年次(2024年度)予備試験に合格し、本年度の司法試験にも一回目の受験で合格を果たしました。」

「本庄高等学院2年次に法曹を志すと決め、その年の夏から本格的に受験勉強を始めました。目標が定まってからの2年間は、迷いなく司法試験の合格だけを見据えて机に向かい続ける日々でした。時には大変なこともありましたが、それでも『必ず合格したい』という思いが支えになっていたと思います」

(早稲田大学本庄高等学院ウェブサイト 2025年10月15日)

司法試験合格者の低年齢化が見られる。これは早い時期に司法試験予備試験に合格することで、法科大学院に進まず司法試験本試験を受験できるシステムによるものだ。その詳細な中身、問題点については、以前の本連載「司法試験予備試験という劇薬、天才発掘とその功罪」(2024年4月26日)でも解説した通りだ。

高校生活と司法試験の両立

今回の早稲田大附属校→早稲田大からの司法試験合格と似たケースは他大学でも見られた。2018年と2021年に慶應義塾大法学部1年生が司法試験に合格している。2人とも慶應義塾高校在学中に予備試験にクリアしての本試験合格だった。

2021年の合格者は当時の様子をこう綴っている。

「司法試験の勉強を始めたのは高校2年生の時で、高校3年生までの2年間が主な勉強期間になり、その間は高校生活と両立していました。高校との両立では、まず大前提として高校の勉強をメインとしていて、迷った際にはまずは高校を優先させました。

高校では部活との両立は難しいと判断し、生徒会には入っていたものの、あまり活動せず、司法試験の勉強をしていました。司法試験の勉強は1コマ3時間の授業が週3回あり、授業と同じくらいの時間を復習するため、週18時間を目安に勉強していました」

(慶應義塾高等学校ウェブサイト 2021年11月13日)

司法試験は7月中旬から始まる。大学入学後たった3カ月後なのに、なぜ合格するのか。端的に言えば、早慶の附属校にいるので大学入試のために受験勉強する必要がない。その分、司法試験対策の勉強がじっくりできるからだ。

しかし「迷いなく」「週18時間」机に向かって合格したとはいえ、高校の授業で習ったわけではない。彼らは完全な自学自修である。司法試験予備校のテキストやネット授業も使っただろうが、勉強の組み立ては自分で考えたはずだ。今年の司法試験合格者の平均年齢は26.8歳。彼らのような18歳での合格者は、毎日とんでもない集中力で法律知識を身につけた秀才であり、短時間でやり遂げたという意味では天才である。

「高大接続」がもたらす光と影

附属校から司法試験予備試験に合格、大学入学後に司法試験に合格。これは大学入試の勉強をする必要がないから可能だったといえる。結果的に高校と大学が密接なつながりを持っている、いわば「高大接続」の成果だ。

これをロールモデルにした大学附属校の後輩はこれからも現れるだろう。明治大、立教大、関西学院大、同志社大、立命館大の1年生が附属校時代からの勉強が実を結び合格しても不思議ではない。

だが、このような「高大接続」が法曹養成を担っていいのだろうか。自然科学系で数学、物理などの天才たちが高校時代に大学院レベルのテーマに取り組むのは理解できる。だが、法律は身近なもめ事から国の根幹を揺るがす問題を解決するためにある。

法律の条文を、数学の公式を覚えるように暗記すればいいというものではない。なぜ、このような法的判断が必要なのか。それを説明するためには相当な社会性が求められる。

それは幅広い教養、知識を身につけ、さまざまな人生経験を積んだ上で培われるものではないのか。司法試験に合格できれば、事件や事故など、各種トラブルについて条文にあてはめて法的判断を下すことはできる。だがそれを、社会性が十分に備わっていない、かなり若い世代、極端な場合は、十代に任せていいのか。少々、不安になってくる。

法曹養成のあり方を問う

少子化は法曹の世界にも及んでいる。司法試験出願者数は減少傾向にあり、かなり深刻な問題となっている。

司法試験出願者数
2010年 11,127人
2015年 9,072人
2020年 4,226人
2025年 3,837人

※出願者数は減少傾向だが合格者数は1500人台を推移

法曹希望者は15年で三分の一以下に減ったが、合格者数は維持されており、法曹界からは質的な面を懸念する声が出ている。一方で、高校時代から司法試験受験に取り組む若く優秀な人材が出てくることは、法曹界にすればとても嬉しい話だ。

高校生が法曹を志すのは歓迎すべきことである。だが、「高大接続」されているため、かなり早期に司法試験受験資格を付与するのはいかがなものだろうか。わたしは、司法試験予備試験および司法試験の受験資格に年齢制限を設けるべきではないが、「司法修習所入所の年齢を引き上げてもいい(例えば20歳以上)」と考えている。

2024年に筑波大学附属駒場高校2年生、2022年には高校3年生が司法試験に合格している。彼ら天才たちに多くを期待したいが、法曹養成の「高大接続」について、大学入試がない分早期に司法試験の勉強ができるという発想には賛同できない。高校の他の教科の勉強が軽視されたり、部活動や遊びを含めたさまざまな経験が蔑ろにされたりするのはもったいないからだ。

法曹養成ではなく、「法律への誘い」から始まる高大接続はあっていい。法学部教授の出前授業を行う、模擬裁判を実施するなどで、高校生の知見を広げられる。天才ならば早ければ早いほうがいいという観点から脱却して、法曹養成のあり方を考えてほしい。


16歳からの大学論 第43回ー高校生も多数来場!分野不問で匿名制の研究ポスター発表大会

16歳からの大学論 第43回

高校生も多数来場!
分野不問で匿名制の研究ポスター発表大会

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授

宮野 公樹 先生

Profile
1973年石川県生まれ。2010~14年文部科学省研究振興局学術調査官も務める。2011-2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、科学技術社会論。日本金属学会論文賞他受賞多数。著書『研究を深める5つの問い』(講談社)など。

私たちの身の回りには、答えのない疑問や、なぜそうなるのか理解できない「不思議」が満ちています。高校生である皆さんも、「どうして?」という純粋な問いから探究活動を始めているのではないでしょうか。

大学や研究機関で行われる専門的な研究も、実は同じです。複雑な理論やデータ解析の裏側には、研究者自身の心に火をつけた根源的な「問い」が必ず存在します。しかし現代の学術の世界では、短期的な成果や肩書きが重視されがちで、その純粋な「問い」が分野の壁や慣習に阻まれて磨かれにくい状況にあると言います。

「京大100人論文」という挑戦

そんな中、京都大学では9年前から「京大100人論文」という斬新な研究ポスター発表大会を実施しています。今年は11月上旬に開催し、120件のポスター発表に対し、来場者はのべ1300人に達しました。

最大の特徴は「完全匿名」

この企画がユニークなのは、研究者の「問い」の持つ力を信じ、それを鍛え上げるための仕掛けにあります。

来場者はもちろん、発表者自身も、名前・所属・職位といった「肩書き」を一切記載しません。「この分野の権威だから」「有名大学の先生だから」といった先入観を完全に排除し、参加者はポスターの内容、つまり「問い(研究テーマ)」そのものに本音で向き合うことになります。

付箋で埋め尽くされたポスター会場の様子

付箋を通じた活発な対話が生まれる会場

図やグラフを排除した「3つの問い」

さらにユニークなのがポスターの形式です。複雑なグラフや図表はあえて排除され、以下の三つの問いに対してそれぞれ300字程度で簡潔に回答するだけというルールがあります。

  1. 1. 私が追っている不思議
  2. 2. これまでやってきたこと
  3. 3. みなに問いたいこと

視覚的な情報で分野を判別してしまうことを防ぐことで、分野を超えた対話が生まれやすくなります。その結果、研究者だけでなく、企業人、行政関係者、そして中高生や教諭など、全国から実に多様な人々が集まる場となっています。

高校生こそ、本音でぶつかれ!

高校生の皆さんにとって、この大会は非常に貴重な経験となること請け合いです。大学の研究者や社会のプロフェッショナルが本音で議論する場に、一切のハンデなく参加できるからです。

皆さんは来場者として、ポスターを見て感じた疑問や率直な感想を、無記名でコメント付箋に書き込み、ポスターに貼り付けます。相手が大学教授であろうと、「誰が書いたか」を気にせず、その研究テーマに対して純粋に、「ここが面白い」「ここが分かりにくい」「こんな疑問が湧いた」という本音をぶつけられます。

来年も秋ぐらいに開催予定です。
ぜひ情報をチェックしてみてください。


京都大学学際融合教育研究推進センター
公式サイトはこちら

生命の「働く機械」をこの目で見る-私大初、クライオ電子顕微鏡が拓く研究のフロンティア

生命の「働く機械」をこの目で見る
– 私大初、クライオ電子顕微鏡が拓く研究のフロンティア

遠藤斗志也先生

遠藤 斗志也 先生

京都産業大学 生命科学部 教授
タンパク質動態研究所 所長

~Profile~

理学博士(東京大学)。群馬大学、名古屋大学理学部教授などを経て、2014年より京都産業大学教授。ミトコンドリアの生合成と、そこに関わるタンパク質の輸送メカニズム研究の世界的権威。その長年の功績により、2016年に文部科学大臣表彰(科学技術賞)、2021年にはタンパク質科学分野の国際的な栄誉である「ハンス・ノイラート賞」を日本人として2人目に受賞。

生命を動かすナノスケールの“精密機械”、タンパク質。その「機能」の源泉であり、生命活動のすべてを担うとされるその「かたち(立体構造)」を原子レベルで観察可能にしたのが、生命科学に「ゲノム革命」に次ぐ変革をもたらすとされるクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)だ。

今年10月、このクライオ電子顕微鏡を、西日本の私立大学として初めて設置したのが京都産業大学生命科学部(タンパク質動態研究所)である。「良い教育はよい研究から」の理念を掲げ、研究の最前線を学部教育に直結させてきたミトコンドリア研究の世界的権威であり、タンパク質動態研究所の所長でもある遠藤斗志也教授に、この革新的技術とその活用で広がる大学の学びについてお聞きした。

京都産業大学に設置されたクライオ電子顕微鏡
京都産業大学に設置されたクライオ電子顕微鏡(Glacios 2)

スケール革命を起こすクライオ
– 細胞からタンパク質へ、原子レベルの解像度へ

「顕微鏡」と聞くと、多くの人が高校の理科室にある光学顕微鏡を思い浮かべるだろう。しかしこれでは細胞(約10マイクロメートル)の姿は確認できるが、その内部までは見えない。

「最近は卓上の電子顕微鏡を高校などで活用し、虫の複眼など表面を見る機会もあるようですが、生命活動の主役であるタンパク質の“かたち”を捉えるには不十分です」と遠藤教授は話す。

そのスケールの違いは圧倒的で、細胞を「建物」とすれば、タンパク質(数ナノメートル)は「野球ボール」ほどの大きさしかない。クライオ電子顕微鏡の革命は、このナノサイズのタンパク質を原子レベルで可視化した点にある。

京都産業大学には、広大な宇宙を観測する神山天文台もある。「天文台が『マクロ』の極限、宇宙という“見えないもの”を見る研究なら、クライオ電子顕微鏡は『ミクロ』の極限、タンパク質という“見えないもの”を見る研究。その両方がこのキャンパスに揃うのです」と遠藤先生は微笑む。

なぜ革命なのか? – 「結晶」が要らない強み

タンパク質のかたちを見る技術は以前から存在した。主流だったのは「X線結晶構造解析」だ。しかし、これには大きなハードルがあった。

「X線で構造を見るためには、タンパク質を塩の結晶のように整然と並んだ『結晶』にする必要がありました。しかし、タンパク質、特に細胞の膜に埋まっているものや、複数の部品が組み合わさった巨大な複合体は、非常に結晶化しにくい。これが長年の壁でした」

クライオ電子顕微鏡の最大の強みは、この「結晶化」を必要としないこと。「タンパク質が水溶液の中で働いている、そのままの姿を捉えることができます。まさに革命です」と遠藤先生。

CryoETによる細胞内部のイメージ
CryoETによる細胞内部のイメージ

生命の時間を止める「クライオ(極低温)」の秘密

では、どのようにして「そのままの姿」を捉えるのか。秘密は「クライオ(極低温)」での急速凍結にある。

水溶液中で動いているタンパク質を、1000分の1秒といったスピードで一気に凍らせるのだ。「家庭の冷凍庫のようにゆっくり凍らせると、氷の『結晶』が成長してタンパク質を押し潰してしまいます」と遠藤先生。

「そこで、液体エタン(-180℃)などの極低温環境で瞬時に凍結させ、水の分子が整列する暇もない『アモルファス(非晶質)』、いわば“ガラス状の氷”を作り出すのです」。このアモルファス氷の中では、タンパク質は自然な「かたち」を保ったまま閉じ込められる。まさに、時間が止まるのだ。

ゲノム革命の「次」 は、タンパク質の立体構造の解明だ

2000年頃、ヒトゲノム計画が完了し「ゲノム革命」が起こった。生命の設計図であるDNAの全配列が解読され、どんなタンパク質が作られるか、その「部品の並び順(アミノ酸配列)」がすべて解明された。

「しかし、それはあくまで『設計図』がわかったにすぎない」と遠藤先生。「その設計図から、最終的にどんな『かたち』の機械が作られ、どう動くのか。設計図と実際の機械の間には、大きなギャップがあった」とも。

X線解析では見ることが難しかったタンパク質の構造。この大きなギャップを、クライオ電子顕微鏡と、近年のAIによる構造予測が急速に埋め始めている。

「設計図はわかった。そして今、そのかたちが次々と明らかになっている。まさに今、ゲノム革命に匹敵するほどの大革命、生命科学の第二の革命が起きている」と遠藤先生は力をこめる。

細胞の「発電所」- ミトコンドリアの“門番”の秘密を暴く

かたちが分かると、働き方が見えてくる。遠藤先生は、このクライオ電子顕微鏡を駆使し、30年以上にわたり研究してきたミトコンドリアの謎に迫っている。

ミトコンドリアは、細胞が活動するためのエネルギー(ATP)を作る「発電所」だ。この発電所が働くには約1000種類のタンパク質が必要だが、驚くべきことに、そのほとんどはミトコンドリアの外(サイトゾル)で作られ運び込まれる。

TOM複合体の模式図
TOM複合体:ミトコンドリアの入り口となる“門番”の構造

「私たちは、そのタンパク質の入り口となる『孔』(TOM複合体)や、タンパク質を膜に組み込む装置(SAM複合体)の構造を研究しています。これらは、どのタンパク質をいつ、どのように通すかを決める“門番”のような存在です」

X線解析では構造決定が困難だったこれらの“門番”も、クライオ電子顕微鏡によってその姿を現し始めた。

「例えば、入り口のTOM複合体は、ただの筒ではありませんでした。孔の中の性質が場所によって異なり、入ってくるタンパク質の性質に応じて通り道を選べるような、非常に巧妙な仕組みを持っていたのです。かたちが分かったことで、ようやくその精巧な働き方が見えてきました」

構造が分かれば、なぜ特定の変異が病気を引き起こすのか、どうすればその働きを制御(創薬)できるのか、応用研究も一気に次のフェーズへと進む。

「良い教育はよい研究から」 – 見る感動を学生へ

「私立大学としてこの最先端装置をキャンパス内に設置する意義は非常に大きい」と遠藤先生は強調する。これまでは、予約が数ヶ月待ちになるような学外の共同利用施設に、時間と労力をかけて通う必要があった。これからは、学内でいつでも自由に装置を使える。

「かつて大学院生が、共同利用施設で苦労の末に世界で初めての構造を見たとき、『とても興奮した』と語ってくれました。この『見えないものが見える感動』こそが、研究の原動力です」と遠藤先生。

京都産業大学では、この感動を学部生にも味わってもらおうと、来年度から学部生(研究室配属前)でもこの装置に触れられる「体験授業」を計画している。

「学部生向けのハンズオン授業はおそらく日本初でしょう。クライオ電子顕微鏡の操作経験者は、製薬企業などからも強く求められています。学生が最先端の技術に触れ、それが将来のキャリアに直結する。まさに『良い教育はよい研究から』の実践です」と遠藤先生は結んでくれた。

日本はクライオ電子顕微鏡の導入で欧米や中国に後れを取ってきたが、ようやく装置が普及し、巻き返しの体制が整いつつある。京都産業大学は関西地区の新たな研究拠点となることで、生命科学の未来を担う人材の育成にさらに力を尽くしていく。

Keyword

クライオ電子顕微鏡とノーベル賞

この技術を開発したジャック・デュボシェ(スイス)、ヨアヒム・フランク(米)、リチャード・ヘンダーソン(英)の3名は2017年、ノーベル化学賞を受賞している。

ヒトゲノム計画

ヒトのDNAの全塩基配列(ゲノム)を解読することを目的とした国際的なプロジェクト。2003年に完了が宣言され、現在の生命科学研究の基盤となった。

ピンチをチャンスに変えたい-《越境》をキーワードに、文系も学部・修士一貫を

ピンチをチャンスに変えたい
―《越境》をキーワードに、文系も学部・修士一貫を

春名 展生先生

春名 展生 先生

東京外国語大学 学長

~Profile~
2015年東京外国語大学大学院国際日本学研究院講師、2018年同准教授、2021年国際日本学部学部長補佐、2023年東京外国語大学副学長(国際、国際教育等担当)、2024年東京外国語大学大学院国際日本学研究院教授、2025年4月から現職。桐蔭学園高等学校理数科出身。

国立大学として、起源の最も古い大学の一つ、東京外国語大学。この春その学長に就任した春名先生は、戦後の国立大学学長としては記録の残る限り、2番目の若さでの就任と注目が集まる。

大学は今、およそ10年後の18歳人口の急減期の始まりを前に、私立大学を中心に危機感を募らせているが、志願者確保では安定する国立大学も例外ではない。とりわけ首都圏の国立大学には特殊事情も絡む。また、語学教育には生成AIによる教育の進展も逆風となる。

「二重苦」と苦笑いする一方、少子化は教育の質の向上や、丁寧な入学者選抜を可能にするなど、改革の大きなチャンスでもあると前を向く春名先生。ピンチをいかにチャンスに変えるのか、今後4年間で、次世代のために打っておきたい布石とは何かを聞いた。

東京外国語大学 研究講義棟外観

首都圏文系国立大学の抱える二重苦とは

今春の中教審答申「知の総和」※1では、大学の《規模の適正化》について、初めて正面から言及された。「設置者の枠を超えた連携、再編・統合、縮小、撤退を選択肢に入れ、高等教育全体の、適正な規模の見直しが必要」であると。

私学に比べて、学生募集では競争優位な状況にある国立大学にも危機感は募る。現在、法人複数大学制(いわゆるアンブレラ方式)や、直近の東京医科歯科大学と東京工業大学との合併など、かつて86とされていた国立大学にも再編の機運は高まっている。

ただ、地方国立大学には、地方創生の観点から地域に根差した人材育成、地域の子どもたちの高等教育へのアクセス権の保障など、定員を減らすという動きにはおそらくならないだろう。それに引き換え首都圏にある国立大学は、多くの私学との共存などの観点から、今後、定員削減を求められる可能性が高い。

元々文系しか持たない本学は、細り続ける国の支援の影響を強く受けてきたが、そうなれば、国内最多の28言語専攻という最大の特徴も、これまで通り維持できるか不安だ。

生成AIの進展も脅威だ。語学教育が真っ先に代替されやすいと想定されるからで、まさに経営、教育の両面の危機、いわば二重苦を抱えているような状態だ。早急にこのピンチをチャンスに変えるための布石を打ち、今後さらに厳しい状況に曝されるであろう後進に、バトンを繋ぎたいと考えている。

私のキャリアパス、気がつけば初めての道を歩んできた

ジャーナリストの父の影響で、平和の問題、国際政治には関心があったが、一方で子ども時代から、環境問題や生物多様性の維持にも関心があった。大学は理系に進み、学部では、環境問題を工学の観点から解決すべく工学部都市工学科都市計画コースに進んだ。

ところが、社会課題解決を実践的に学ぶなかで、社会の認識が変わらなければ何も変わらないと考えるようになった。そこで大学院では文転し、総合文化研究科国際社会科学専攻を選び、日本政治外交史の研究室へ入った。20世紀前半、国内の政治学者たちが何を考えていたのか、なぜ、国際政治学という個別の分野を立ち上げたのかを研究したかったからだ。

東京外国語大学 研究講義棟ガレリア

大学院退学後に赴任したのが中京大学。そこで非常勤講師として『平和論』を担当したが、大学が交換留学に力を入れ始めた際、帰国子女の経験を活かし、英語で外国人留学生に日本社会や日本文化を教える授業を引き受けることになった。これが学長になった今も続けている教育活動の原点だ。

2015年には、本学に新設された国際日本学研究院に第一期講師として着任。2016年に大学院総合国際学研究科に国際日本専攻が新設され、2019年には本学に第三の学部である、国際日本学部が新設された。この国際日本専攻と国際日本学部で教育を担当することになった私は、2018年に准教授、2024年に教授となった。

この間、男女共同参画推進部会に委員として加わり、2023年には副学長、そして今春、対立候補がいないまま学長となった。これは、これからの予測不能な時代の大学経営には、これまでの経験や実績が一切通用しないと判断された教職員の方々の総意であると、厳粛に受け止めている。

イギリスの法学者ヘンリー・メイン※2は中世までは身分によって決まっていた社会関係が、近代に入って、契約によって決まるようになったという意味で「身分から契約へ」と述べた。今は、それが最も進んだ時代であり、大学経営もまたしかりだろう。

今後、厳しいかじ取りの場面も予想されるが、私自身はまだ50歳。学生時代に専攻を変えたことに始まり、常に変化の中に身を置き、気がつけば新しい道を切り開いてきた。学長の任期終了後もまた、本学に残り教育・研究の現場に戻ることになる。この厳しい時代の舵取りをあえて引き受けることは、自分自身にとっても一つのチャンスであると考えている。

定員減に備え、大学院を充実。
最短5年間で学士号と修士号を取得する教育プログラムを推進。

進化するAIの影響を強く受けると言われる外国語教育だが、一方で、AIの活用次第では、語学習得の一部分をAIに委ね、浮いた時間を活用し、本質的なコミュニケーション研究や希少言語の研究などに注力することが可能となる。

そもそも本学は、英語名をTokyo University of Foreign Studiesとするように、単に語学習得だけではなく、それをを通じて多文化理解、地域研究を深め、文化の差異と共生の仕組みを明らかにし、寛容でインクルーシブな社会の実現に向けて課題解決を図れる人材の輩出を目的とする。

その過程で、半分以上の学生が一年間の海外留学を経験しているが、学部教育の充実には4年の修業年限は、ある意味でとても窮屈だ。また、AI時代、予測不能と言われる社会では、文理融合※3はもとより、大学間連携※4や産学連携などを活用して、分野とセクターを越えた多方面への《越境》を教育に組み込む必要もある。

また人生100年時代とされ、社会人のリスキリングなどを国が後押しする中、18歳の入学者が必ず4年で卒業する必要があるのか。すでに理系、主に工学系では修士課程への進学が一般化している。そこで本学が新たに計画しているのが、最短5年で学士と修士両方の学位のとれる教育プログラムだ。

すでに東京大学は、学士・修士5年間の新たな教育課程、U Tokyo College of Designの開設を今年度早々に発表した。東北大学も先頃、入学時に学部を定めず、新しく設置する高等大学院との一貫教育で行う特別教育プログラム、「ゲートウェイカレッジ」を開設すると続いている。

今年度内には「知の総和答申」※5を受け、文系の学部・修士一貫制のための制度改正も始まるとも聞く。国の後押しによって、新しい制度に関心を持つ大学が増加する、あるいは国立大学が一斉にその方向に舵を切るなどすれば、文系も修士卒が望ましいというスタンダードが確立されるかもしれない。

これは本学にとっても大きなチャンスだ。今後の人口減少を視野に入れれば、一人ひとりへの教育投資を増やし、《量》の減少を《質》で補わなければならないことは言うまでもない。そのためには修士号や博士号保有者の社会的評価を、文系分野も含めて高める必要もある。これは、長年、課題とされてきた人文社会系人材の国際通用性を高めることにもつながる。

もちろん企業の採用事情や保護者のニーズも視野に入れる必要があるから、一足飛びにはいかないかもしれない。であれば本学としては、まずはそれに先立つ大学院改革、その充実から始めていきたいと考えている。

東京外国語大学 モニュメント
注釈 (Notes)

※1 我が国の「知の総和」向上の未来像 ~高等教育システムの再構築~(答申)令和7年2月21日

※2 Sir Henry James Sumner Maine(1822年8月15日-1888年2月3日):イギリスの著名な法学者・社会学者・政治評論家。イギリスにおける歴史法学の創始者とされる。

※3 2012年の2学期制発足に合わせて開設された「世界教養プログラム」には、文系だけでなく、理系の科目もあり、文化学部、国際社会学部、国際日本学部のいずれに入学しても履修することとされている。

※4 東京農工大学および電気通信大学と実施する「西東京三大学連携」や、お茶の水女子大学、東京科学大学、一橋大学の三大学と結成した「四大学未来共創連合」を指す。

※5 「知の総和」2.今後の高等教育政策の方向性と具体的方策/(1)教育研究の「質」の更なる高度化/③大学院教育の改革(P28)「・・・学士・修士の5年一貫教育の推進等の施策も講じながら大学院修了をスタンダードにしていくといった発想の転換・・中略・・が必要である」

読売新聞グループ本社・老川祥一氏が語る:平和と教育の未来、そして若者へのメッセージ

「平和が大事」から、「どうしたら平和でいられるか」を、一人ひとりが考える時代に

老川 祥一さんの顔写真

老川 祥一 さん

~Profile~

読売新聞グループ本社 代表取締役会長・主筆。
40年に亘って続いた渡邉恒雄体制の後、主筆を引き継ぐ。84歳の今も、報道と言論の二分野の最高責任者を兼ね、時に社説にも健筆を振るう。

国内で最多の発行部数を誇る読売新聞社。その舵取りを担う老川祥一氏は、8月には日本の政治家に先駆けて就任間もない韓国の李在明大統領を訪れ、日韓の懸案問題に関する前政権との公約を踏襲することを確認し、報道機関としての存在感を高めた。
これからの日本の進路、大所高所から見た日本の教育について、そして若者へのメッセージを聞いた。

時の人の本音に迫る

―記憶に新しい8月の李在明大統領 訪問のいきさつや、その意義についてお聞かせください。

老川: 弊社のソウル支局ではかねてから新大統領へのインタビューを打診していました。新大統領が、いわゆる慰安婦・元徴用工問題について、前政権と日本との合意を踏襲するのかどうか、野党時代の反日的な発言から、日本国内には強い懸念があったため、その点を問いたいと考えたからです。

ほどなく、私が訪韓するなら会見を受けてもらえるとの返事がきました。そこで、チーム読売で訪韓し、この点について直接質問したところ、国同士の約束を反故にすることはないと明言されました。この時のインタビュー等については、弊紙の8月21日の朝刊で、1面から5面にかけて大きく取り上げ、大きな反響を呼びました。

これまで私は、政治記者として、政府にとって都合の悪いことであっても真実を伝えることを最優先に考える姿勢で臨んできました。そのため時には、政治家や官僚には疎まれることもありましたが、今回は外務省関係者などからも感謝されました。というのも、前政権との合意を新大統領が踏襲するとの報道が、両国の政治家や政策担当者、そして国民の間に共有され、その後の日韓首脳会談などで、この問題について波風の立つような場面なしにスムーズに進むことができたからです。

政治家や官僚に先立ち、重要な人物に直接お目にかかって本音を引き出し、社会に公表する、そしてそれを通じて、国内政治や国際政治に影響を与える、これは報道機関として、またジャーナリスト個人としても、大事なミッションの一つであり、厳しい現場に立ち向かう際の力や、やりがいの源泉ともなるものです。

高倉健の教育論に感銘した。

―ジャーナリストと言うと幅広い分野に人脈をお持ちだと思います。政治記者としては少し畑違いのようですが、かの高倉健さんともご親交がおありだったと伺っています。思い出に残るエピソードを一つお聞かせ願えますか?

老川: 2000年の文化の日、「新世紀の担い手育てる 個性の違い大切に/真の高等教育再建」として、小学校から大学までの教育について、読売新聞として提言をまとめて発表したことがあります。通常この種の紙面には、教育界の識者などのコメントを載せるものですが、時には、教育制度などの専門的なことではなく、若者へ向けて、人間の生きざまに基づいた思いをメッセージとして贈りたいと考えて、親交のあった高倉健さんに寄稿を依頼しました。

ちょうど映画の撮影に入る直前の時期で、事務所からは一旦断られましたが、翌日、ご本人から直接電話がかかり、引き受けて下さることになり、その翌日には、おそらく宿泊先のホテルで一晩かけて書かれたと思われる原稿が届いたのです。

「君たちへのメッセージ」は、そして「心にいつも辛抱ばい」として、小学生の時、足をすりむいて家に帰ってきたときに母親からかけられた「辛抱せんと、いかんとよ」という言葉を、健さんは生涯心に留め、命がけの撮影時など、大変苦しい時にはいつも、「辛抱ばい!」、辛抱が大事と、歯を食いしばって頑張ってきたというのです。そこから、経済的豊かさだけを追う昨今の風潮や、学ぶ楽しさを置き去りにして、成績を数字だけで評価しがちな教育に対する苦言へと、メッセージは展開されます。

環境が始めから自分に良くしてくれることはあり得ない。汗をかいて努力して、もちろんそれは実るとは限らないけれど、やはり努力を続けることが大事だと考えてきた私は、わが意を得たりの思いでした。きわめて当たり前のことですが、このような考え方が、この時点でも、そして今ではもっと希薄になっているのではないかと心配しています。

後日談があります。原稿料について説明したところ、「原稿料が欲しくて書いたのではない」と即座に受け取りを断られました。社の規定もあることから私は困りましたが、翌日彼から電話があり「やはりお受けすることにする。受けなければあなたが困るだろうから」と。話はさらに続きます。原稿料を振り込ませてもらってやれやれとひと息ついたところに、小さな荷物が届きました。中に入っていたのは、高倉健の署名が刻印された、1931年モデルの、とても高価な万年筆でした。1931年は健さんの生まれ年。私は今でもそれを宝物として傍に置いています。

デジタル教科書推進は、慎重の上にも慎重に

―教育問題に関して、かつてはゆとり教育批判、今またデジタル教科書の急激な推進について批判的な論調を展開されるなど、マスメディアにあって一貫して気を吐いておられるように見受けられます。

老川: 一連のデジタル教科書問題については面白いエピソードがあります。2022年春からのデジタル教科書の一部教科への導入に際して、日頃、論調を異にする競争紙のある記者が、社説のページに「本件、私は読売に同感です」 (2022年5月29日)と書かれたのです。

デジタル教材は映像や音声などを使って紙とは異なる教育効果を高めることができます。しかし、教科書として紙と同等に扱うことが、果たして子供の教育にとっていいことなのか。深い思考や記憶の定着には紙に優位性があるという見解も多く、まだまだ検証不足だと思います。利便性ばかりを強調するあまり、紙の良さを軽んじてはいけない。実際、現場の先生方がもろ手を挙げて賛成されているわけでもないと聞きます。またデジタル教科書先進国と言われる北欧諸国の間では、効果を疑問視し、紙の教科書を再普及させる動きも見られます。

読売新聞の主な報道
  • ・「なぜ利用の拡大を急ぐのか」 (2024年9月11日社説)
  • ・「巨額予算推進ありき 学習効果検証置き去り」(同9月23日)
  • ・「教科書 紙に回帰――スウェーデン端末重視で学力低下」(同10月22日)
  • ・「学校現場対応に苦慮」(2025年1月16日)

こうした中、中央教育審議会、初等中等分科会のデジタル教科書推進ワーキンググループは先頃、紙と同じ正式な教科書として扱う旨を審議のまとめとしました。この先これが、全体会議であまり審議されずに答申に盛り込まれるようなことになれば、最初から結論ありきではなかったかと、審議会の在り方そのものも問われることになると思います。中でも私たちが一番危惧するのは、地域によって、または学校によって紙の教科書を全く読まない、読んだ記憶の全くない子どもたちが出てくる可能性がないとは限らないということです。これは、日本の教育にとって大きなマイナスではないでしょうか。

道徳について、もっと簡単に考えることはできないだろうか

―ほかにも日頃お感じになっていることがあればお聞かせください。

老川: 最近の国の発表によると不登校児童生徒数が35万人を超え、全児童生徒の4%に迫るとされています。一方で教員側にも、教育者として極めて不適切な盗撮画像をSNS上でやり取りするグループが摘発されるなどの問題が起きるなど、これまで盤石と思われていた日本の初等中等教育に強い危機感を覚えています。これらの現象や事件の検証は極めて慎重に行わなければいけませんが、それにつけても日頃から一つ気になっていることがあります。それは先の高倉健さんからのメッセージとも重なりますが、人としての教育、道徳教育が、この間やや軽視されてきたのではないかということです。

2015年の「道徳」の教科化、道徳を特別の教科として盛り込もうという学習指導要領の一部改正を前に、様々な意見が飛び交いました。反対の主張には(特定の考えの押しつけになる)というのが多かったですが、本紙は、〈社会のルールを学び、思いやりの心を培う意義は大きい〉との主張を一貫して貫きました(2014年1月12日、2014年8月28日 社説等)。

日本には今なお、道徳というと何かとても難しいことを議論するような雰囲気が残っています。しかし、もう少しシンプルに考えることもできるのではないでしょうか。

フランスの著名な思想家ヴォルテールは、哲学者パスカルがそれまでの道徳を、確実な真理に基づいていないなどとして認めなかったことに対して、孔子の「己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ(自分がしてほしくないことは、他人にしてはならない)」という言葉を挙げて反論しています。自分がされて嫌なことを人にしてはいけない、人間の行為の基準としてこんなに確かなことはないだろうと。

今の日本社会には、ことさら物事を少し難しく考える、言いかえると、すべてを相対化して考える風潮があり、教育に関して保護者も学校も、ここでは叱ってはいけないのではないかなど、自信を失っているように見えます。

しかし、何事につけても、まず自分がされたらどうなのかを考え、それを他人にはしないよう心掛けるといった道徳の基本は、そんなにむずかしいことではないはずです。このことを、大人は子供にもっと伝えなければならないのではないか。なぜなら子供たちはそこから、人間っていったい何だろうとか、自分たちはどう振る舞うべきか、どうしたらいけないのかを学んでいくからです。勉強ができることは大事だけれど、このように考え方を育てることはそれと同じ、あるいはそれ以上に大事なことだし、AIとの共生が深まれば深まるほど、ますます大切になってくる。これは小学生や中学生・高校生だけにかかわる問題ではないと思います。大学生にとっても、高度な学問はもとより、高い教養を身につける際にも、欠かせない素地だからです。

次世代を担う若者へのメッセージ

―最後に政治記者として、昨今の世界情勢を踏まえ、次世代を担う若者にメッセージをいただけますか。

老川: 新聞記者になって60年以上経ちました。この間、様々な出来事がありましたが、世界は今、100年に一度と言っていいぐらいの大きな転換点を迎えていると感じています。

第2次世界大戦後の世界は、米ソ冷戦に始まり、中国の台頭から今日まで、巨視的に見れば、緊張をはらみながらも、大国間による、ある種の秩序のようなものが保たれてきた。それが近年、その大国自らが、それを壊しつつあるように見えます。

日本はこれまで、かつてはアメリカとソ連、近年はアメリカと中国の間に挟まれて、あまり自己主張をしなくてもうまく生きてくることができた。しかしこれからどうでしょうか。昨今の世界情勢は、目をつぶっているうちに元へ戻るというような生易しいものではないと思います。

国内政治に目を転じても、戦後80年のうち約70年を占めていた自民党一党支配体制が弱体化しつつあり、不安定要素が増してきています。まさに外憂内患の中に私たちは置かれているといっても過言ではありません。

こうした中で私たちは、日本は世界が平和でなけれれば平和でいられない国であるとの認識を改めて深め、これまでのように「平和は大事だ」と主張したり議論したりするだけでなく、「平和の方法、つまり自分たちはどうしたら平和でいられるのか」を考えなければならなくなった。しかもそれを政治家、あるいは与党だけに任せておくのではなく、すべての大人たち、そして若い人一人ずつが真剣に考えなければいけない。そういう時代に、今は入ってきているのだと思います。

そのことは一方で、ある意味で今はチャンスの時代でもあるとも言えます。日本はアメリカやヨーロッパ、多くのアジアの国々だけでなく、アフリカ諸国とも過去のわだかまりなく向き合える数少ない国です。しかも、技術力、知的能力は高く、経済力もまだまだあり、いろいろな形で世界に貢献できるし、しかもそれを世界は求めているからです。

AI時代、SNSによる情報発信が増える中での言論機関、報道機関としての新聞の役割

新聞の特徴は一言で記録性、一般性、公開性と言われています。記事掲載に当たっては必ず、「裏付けがあるか」「複数の目でチェックされているか」「複数のソースを確認しているか」などを原則とし、「間違ったこと、不確かなことは書かない」「犯罪にかかわることでなければ、人に知られたくない話を、特定の人のプライバシーは書かない」「記事には、社として責任を持つ」という姿勢を貫いています。

また新聞紙面は、俯瞰性があり、他紙との比較もしやすいだけでなく、一覧性があるので興味のない話題にも目が触れやすい。SNS上での様々なトラブル、また生成AIによる情報の真偽が問題とされる中、その使命はこれまで以上に重いと考えています。

高校「探究」の課題、どう乗り越えるか?

大学ジャーナル vol.162 P04

高等学校「探究」の現場から その8

高校「探究」の課題、どう乗り越えるか?

秋田県高校生探究発表会を通じて得た成果から

東海林 拓郎さんの顔写真

東海林 拓郎さん

秋田県立秋田中央高等学校 教諭 博士(生物資源科学)
秋田県立大学生物資源科学部卒業。秋田県立大学大学院生物資源科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生物資源科学)取得。NPO法人環境あきた県民フォーラム、一般社団法人あきた地球環境会議を経て、2016年より秋田県の博士号教員。2023年より、秋田県立秋田中央高等学校に勤務。専門は、土壌環境学。北海道立札幌月寒高等学校出身。

今号では、一昨年・昨年度と2年連続で開催した「秋田県高校生探究発表会(以下、探究発表会)」について、企画内容に加えて、企画意図や成果・課題を紹介します。「課題研究」に代表される高校の探究活動について知ってもらう一助となればと思います。

探究発表会の開催背景

「総合的な探究の時間」のスタートに伴い、文系や理系を問わず、全ての生徒は探究的な活動を通じた成果や学びを3年間蓄積することになりました。

ひと昔前までは、実業科や科学部、理系のクラスなどで実施される研究活動を「課題研究」と呼び、「探究活動」は理系がメインのイメージを持たれていたと思います。これを、全生徒を対象に実施するというのは大きな変化であったと言えます。スーパーサイエンスハイスクールに指定されている筆者の所属校でも(第Ⅰ期:平成25~29年度、第Ⅱ期:平成30~令和4年度、第Ⅲ期:令和5年度~)、第Ⅰ期では理系と躍進探究部(いわゆる科学部)に限定されていた課題研究を、第Ⅲ期には全生徒を対象に探究活動として実施するようになりました。

これらの変化から数年が経過し、以下の課題が浮き彫りになってきました。

文系の探究活動の成果発表の場が不十分
文系の探究活動の指導ノウハウが不足
文理問わず探究活動の指導経験について、情報共有の場が不足

以下、この3点についてさらに詳しく分析してみます。

文系の探究活動の成果発表の場が不十分

秋田県では、複数の高校がエントリーする自然科学系の成果発表の場は、学科やSSHの指定の有無などにもよりますが、年間に3~4種類存在します。そのため、学校としては、例えば、「今年度は、この3件は発表会Aで、こちらの2件は発表会Bで、あの4件は発表会Cで発表させよう」など、より多くの生徒に発表を経験させることができます。一方で、文系の探究活動の発表機会は、学校内の発表会か全国規模の大会に限定され、より身近な秋田県内での発表の機会は皆無でした。すなわち、文系の探究活動は、学校内という閉じられた環境で実施されるケースがほとんどであったのが実態と言えます。

文系の探究活動の指導ノウハウが不足

教科書会社からは「課題研究」や「探究活動」の進め方に関する出版物が発行されていますが、高校の理科教員のほとんどは卒業論文研究や修士論文研究を経験しており、これらの経験をベースとした指導が実践されているという印象を受けます(教科書を使用しないという意味ではありません)。一方で、文系の探究活動の指導に焦点を当てると、指導に当たる教員から「研究経験がない」という声が多く聞かれ、テーマ設定、仮説の導き方、仮説の検証方法に苦慮しているケースが散見されます。筆者は博士号教員派遣事業の一環で、秋田県内の高校に招かれて講演を行う機会がありますが、ここ数年、地域課題の解決をテーマとした「探究活動の進め方」についての依頼が急増しています。この傾向も、文系の探究活動の指導に対する不安の表れとも考えられます。

文理問わず探究活動の指導経験について、情報共有の場が不足

前述した2つの課題については、筆者の経験や、県内の博士号教員との情報交換で得た情報をもとに記述したものです。したがって、探究活動について客観的かつ網羅的に状況を把握した上での分析とは言えないかもしれません。しかし、秋田県に限った話かもしれませんが、これこそが最後の課題として指摘したい部分です。探究活動の指導ノウハウやカリキュラムとしての探究活動のマネジメントなど、教員間・学校間での成果と課題の情報共有が十分とは言えない状況なのです。

このような課題意識を持っていた中、Classi株式会社から、「関西学院大学高等部と開催している『中・高生探究の集い』のような発表会を秋田県でも開催できないか?」と打診されました。生徒と指導教員が理系分野に限定せずに「探究活動」をテーマに集う場は、上記課題をクリアする一歩となると考え快諾しました。

探究発表会とその成果

この探究発表会は、これまでに2023年度と2024年度の2回、開催しています。各年度とも、Classi株式会社と上記の課題意識を共有しつつ、1つひとつクリアできるよう議論を重ねて企画を進めました。実施概要は以下の通りです。

2023年度 2024年度
発表分野 不問 不問
発表形式 口頭発表(7件)、ポスター発表(22件) ポスター発表(34件)
主催者と参加者のコミュニケーション コンテスト形式・対象は口頭発表
賞金あり
基調講演あり
フィードバック形式 全員が対象
博士号教員などからコメント、賞金なし
基調講演なし
参加者同士のコミュニケーション なし 生徒交流会(生徒主催)、教員交流会
参加者数 127名 156名
参加校数 7校 9校

発表分野については、一貫して「不問」としました。これは、特に文系分野の発表機会を創出することを意図したためです。2024年度の内訳は、文系分野と理系分野が、それぞれ23件と11件でした。文系の探究活動の成果発表の場として、一定の成果を果たしていると考えます。

主催者と参加者のコミュニケーションについては、コンテスト形式をやめて、「論理展開の妥当性」の視点からフィードバックを行う形式へと転換しました。博士号教員などからのフィードバックには、生徒だけでなく、その探究活動を指導した教員へのメッセージも込められています。参加生徒に行った事後アンケートでは、「他校との交流・フィードバックが刺激になった」という声や、他校の探究活動の質の高さ、また自己成長への言及がみられました。

参加者同士のコミュニケーションの場をと、基調講演に代わり、生徒及び教員の交流会を設定しました。このうち教員交流会では、探究活動の指導教員や分掌としての担当者、博士号教員、主催者である筆者らも参加しました。各校の探究活動について基本情報を紹介してもらい(カリキュラム、教員あたりの指導件数、個人探究かグループ探究かなど)、抱えている課題やその課題の解決方策を共有しました。交流会で出た悩みの多くは「テーマ設定」に関するものでしたが、Classi株式会社から全国での取り組み事例や生成AIの利用事例が紹介され、博士号教員からはテーマ設定の時期について助言もありました。これまでは職員の異動等でしか知りえなかった、他校の取り組み手法や成果、課題を共有できた意義は大きいと考えています。

大学に期待すること

一教員としても所属校としても、秋田県の探究発表会の企画を通じて、Classi株式会社と協業した経験は大きな成果と言えます。中でも特に印象的だったのが、「中・高生探究の集い(兵庫県、主催:関西学院高等部,Classi株式会社)」に招待された際に実感した、大学の役割の大きさです。それは、大学側が単に専門的な助言や講評を行うだけでなく、「探究活動」を通して生徒に身に付けてほしい資質・能力を参加者に向けて発信するということです。「中・高生 探究の集い」では、将来にわたる探究的な営みに必要となる資質・能力について実感してもらえるように、大学の教員が生徒や教員向けの企画に関与する姿を目の当たりにしました。また、「令和6年度 東北地区SSH指定校発表会」の生徒向けワークショップの企画・運営に、東北大学が参画していたことにも同様の意義を感じました。

このような、高校生の探究活動の成果発表会の場と大学の関わり合いは、大学側にとっては高校の探究活動の実情を把握する機会となりますし、高校側にとっては大学が(ひいては社会が)求めている資質・能力を直接知る機会になります。入試制度が変容していくことを鑑みても、一定の意味があるのではないでしょうか。

雑賀恵子の書評 – となりの史学 戦前の日本と世界

雑賀恵子の書評

雑賀恵子

文筆家。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大附属高等学校天王寺校舎出身。著書に「空腹について」(青土社)、「エコ・ロゴス―存在と食をめぐって―」(人文書院)、「快楽の効用」(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号、書評を執筆。

書影

『となりの史学 戦前の日本と世界』

著者: 加藤陽子

発行: 毎日新聞出版 (2025年)

「となりの史学」という少しヘンテコリンなタイトルに、葉巻を咥えてVサインをするチャーチル、両手を前に組んでいるヒットラーやスターリン、顎に両手を当ててそっぽ向いてる蔣介石、もう一人、これは松岡洋右(かなあ、違うかなあ)が芝生の上に丸く並んでいるポップな手描きイラスト。真ん中に、本を小脇に抱えたにこやかな女性と、なんだか困って座り込み謝っているような男性。思わず手を取ってしまいたくなる、楽しい表紙だ。

著者は加藤陽子さん。東京大学大学院人文社会系研究科教授で、中高生への集中講義を通して日本近現代史を見つめた名著「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」で広く知られる歴史学者である。表紙だけではなく、本文中にもまんがを描いているのはモリナガ・ヨウさん。早稲田大学で地理歴史学を修め(だから歴史には詳しい)、イラストルポで独自の世界を築いている画文家だ。もちろん、表紙の真ん中の二人がこの二人である。この二人がタッグを組んで、第二次世界大-戦に突き進んでいく世界を、内外の第一線の研究者たちが書いた本を紹介しながら読み解いていくのが本書である。もともとは、東京大学出版会のPR誌「UP」に2010年から2018年まで「トナリのシガク」として連載されていたものだ。


「となりの史学」とはどういう意味だろう。直接の意図は、著者専門の日本近代史の隣接領域である西洋史・東洋史・グローバルヒストリーなどの世界史を「羨望しつつ面白がって、世の中の人々にもお知らせする」というものだったらしい。 最新の研究を収めた専門書を取り上げてじっくり読んでいくという連載時の文章を、「日本と中国」「日本とロシア」「日本と英国」「日本とドイツ」と二国間関係を柱にして分類し編み直している。 隣接領域というが、もちろん専門領域には概ね国家の枠組みがあるとはいえ、日本史は日本史として、中国史は中国史として孤立している訳ではないのは当然のことである。にもかかわらず、ごく最近まで、高校で習う歴史の授業では、日本史と世界史の二つに教科がくっきり分けられてきた。そして習ったそれらの歴史は、筋が通っていると思うし、それを基点に外国の歴史を眺めたりする。だが、隣りの国には、隣りの国の歴史観があることも忘れてはならない。お互いの歴史の見方を擦り合わせて、客観的に捉える作業が必要だ。「歴史総合」という教科ができたのもそのためだろう。

日本では、自国史を太平洋戦争終結前後を分水嶺と考え、現代社会を考察する際は1945年8月15日を起点とするのが一般的だ。 しかし中国では、「建設」(近代化)と「統一」(統一国家の形成)を二大目標に掲げた1911年の辛亥革命を起点とするという。 専門書を紐解きながらのこうした指摘は、なるほどなるほどである。

イラストの加藤先生はにこやかでありながらも、キリッと鋭く前を見ている。戦争に突き進んでいく世界の中での日本を捉え直すと同時に、本書は、私たちの生きている現代の日本の状況についてもきっちりと炙り出している。

本書は難しいかもしれない。けれども、誠実な学者というものの凄まじさは読むごとに静かに迫ってくる。

たとえば、日本ファーストの妄想じみた歴史観を主張し、積み重ねられた研究を切り捨てるような政治家が何を喋ろうとも、この静かな凄まじさには勝てないだろう。加藤先生が、菅政権によって日本学術会議新会員の任命を拒否された理由が、わかろうというものである。

物理かじってみる? – AIも生物も物質も、物理が見出す”共通の仕組み”

拡散とトポロジーが映し出す、“生み出す力”と“壊れにくさ”の数学的構造

広野 雄士先生の顔写真

広野 雄士先生

~Profile~

筑波大学 システム情報系 准教授
東京大学大学院理学研究科博士課程修了。 博士(理学)。 専門は素粒子物理、統計物理、生物物理、機械学習とその応用。 原子核物理からスタートし、機械学習やシステム生物学、トポロジー的思考を導入したネットワークの解析まで、学際的領域に幅広く取り組む。 筑波大学附属高等学校出身。

生物の恒常性、物質の相転移、そしてAIによる画像生成 – 一見まったく異なる現象の背後に、共通する数理構造が潜んでいるとしたらどうだろうか。 そうした問いを起点に、物理・生物・情報といった複雑な領域に横断的に取り組んでいるのが、筑波大学の広野雄士先生だ。 原子核物理を出発点としながらも、機械学習やシステム生物学に、トポロジー的視点を取り入れ、今では“学習物理”という枠組みを掲げて研究を続けている。 最新の研究では、AI画像生成で注目される拡散モデルを、非平衡物理の立場から再構成するなど、実装と理論の両面から新たな視点を切り拓いている。

身近な現象とつながる拡散モデル

ノイズと回復のプロセスを示す図
ノイズと回復のプロセス

拡散モデルとは、AIが画像を生成するときに使われる方法のひとつだ。 最初は、まるでテレビの砂嵐のようなノイズだらけの画像しかないところから、少しずつ意味のある絵―たとえば猫の写真や風景画―を浮かび上がらせていく技術である。

このしくみは、たとえばコップの水に一滴のインクを垂らしたときを想像するとわかりやすい。 インクは水の中にじわじわと広がっていき、やがて全体がうっすら染まる。 拡散モデルでは、これと逆のこと―つまり、インクが広がる前の「元の形」を再現するような作業をAIが行っている。 この“逆再生”のような仕組みの背景には、物理学で研究されてきた拡散現象の数学的な構造がある。 たとえば、熱が高温から低温へと伝わっていく過程のように、何かが広がっていく動きを記述する数理的な枠組みが、データにノイズを加えていく過程に活用されている。 そして画像を生成する際には、その過程を逆向きにたどることで、秩序ある構造が少しずつ立ち上がってくる。 ここに、物理学とAIのつながりが見えてくる。

また、モデルの中で扱われる「ノイズ」は、ある意味で自然界の“揺らぎ”や“不確かさ”に対応しており、それをうまく扱うことで、AIは柔軟で多様な画像を生み出すことができる。

つまり、AIの最先端技術である拡散モデルの中には、古くから物理学が取り組んできた自然現象の数理構造が、そのまま生きているというわけだ。

ロバストな仕組みの背後にある「つながり」の構造

人の身体は、気温が少し変わっても体温を一定に保ち、血糖値も安定させる。 こうした「ちょっとした変化に強い」性質は“ロバスト性”と呼ばれ、生物が安定して生きるために欠かせない。

広野先生は、生体内で起きる複雑な化学反応のつながりを「グラフ」として捉え、分析している。 ここでいうグラフとは、点と線でできたネットワークのようなもので、各点が分子や反応を、線がそれらの関係を表す。

驚くべきことに、ある特定の“つながり方”をしているグラフは、外界の変化や、そこからのノイズに対して非常に頑丈にふるまうことがわかってきた。 こうしたロバスト性の背後には、「トポロジー」と呼ばれる“つながりの形”に着目する数学の考え方が関わっている。

似たような考え方は、物質の世界にも現れる。 たとえば「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる特殊な物質では、内部では電気を通さないのに、表面では少しくらいの傷や乱れがあっても電気が流れる性質が保たれるという不思議な特徴がある。 このような“壊れにくさ”は、物質の状態が持つトポロジカル不変量と呼ばれる量によって守られている。 つまり、見た目の構造ではなく、状態の“つながり方”に関わる抽象的な特徴が、物理的な性質を左右するのである。

遠回りにも見える歩みの中で

大学に入ったころ、広野先生は「生きているものと、そうでないものでは何が違うのか」という問いに関心を持っていた。 たとえば、犬と消しゴム。 どちらが生きているかは一目瞭然だが、その違いがどこから来るのかを考え始めると、意外と明確には説明できない。 そんな疑問から、生物とは何かを知りたいと思うようになり、生物学に強く惹かれていった。

しかし、生物学を深めるにつれ、個別の知識の積み重ねが中心となることに違和感を覚え、「この問いには物理学のような、もう少し抽象的な視点が必要なのでは」と考えるようになる。 そして学部3年次に物理学科へと進んだ。

ところが、そこで一気に視野が開けたわけではなかった。 むしろその後は、授業に出ずにアルバイトやインターンに明け暮れたり、しばらく大学を離れて働いていた時期もある。

研究を始めてからも、ひとつの道をまっすぐ進んできたというよりは、そのときの流れの中でいろいろなテーマに取り組んできた。 しかしその遠回りの中で、ときに思いがけず、それまで別々だったものがつながる瞬間もあったという。

物理・生物・情報といった分野を横断する現在の研究スタイルにも、そうした遠回りの経験が影響しているのかもしれない。

高校生へのメッセージ

AIが急速に発展し、「とりあえず動かしてみる」ことは誰にでもできる時代になった。 こうした流れに対して、「人間の役割がなくなってしまうのでは」と不安を感じる人もいるかもしれない。

しかし広野先生は、人間の脳とコンピュータは仕組みそのものが異なるため、同じ情報処理をしているように見えても、できることが完全に重なることはないと考えている。

「AIはたしかに強力な道具ですが、それだけで何でも代替できるものではありません。 むしろ、これからはAIが汎用技術として社会のあらゆる分野に入り込んでいく。 その中で、何を扱うかという専門性を持っていることが、ますます重要になると思います」

どんなに優れたツールがあっても、それをどう使い、何を生み出すかを決めるのは人間だ。 AIが広がる時代だからこそ、人間側にある知識や判断の力が、アウトプットの質を左右する。

ChatGPTのような生成系AIが、学びのパートナーとして活用できるようになってきている。 難しい論文を要約してもらったり、内容を噛み砕いて説明してもらったりといった具合に、学びの体験をより深く、リッチなものにできる。

実際、広野先生が共著の一人に名を連ねた『学習物理学入門』という書籍では、書籍の内容をあらかじめ学習したChatGPTと対話しながら、読者自身が学びを深めていけるような工夫も施されている。

「最近は無駄なくタイパ重視で生きようとする人も多いように思いますが、人生ってもうちょっと長いスパンで見た方がいいんじゃないかと思うんです」と広野先生。 「僕はこれまで、そのときそのときで面白そうだと思ったことに取り組んできただけで、正直あまり計画的ではなかった。 でも、研究者としての人生を30年くらいの スパンで見れば、そうやって関わってきた様々なトピックが、あとになって意外なかたちでつながってきたり、別の分野に応用できたりする場面が出てくるんですよね」。

無駄を避けて最短距離を行く――そんな生き方がよしとされがちな時代かもしれない。 けれども、短期的には非効率に見える選択が、長期的には思わぬ強みにつながることがある。

そして今は、AIをうまく味方につけることで、そうした探究の過程により多くの試行や学びを重ねることができる時代になりつつある。 AIは人間の力を奪うものではなく、選択肢や視野を広げてくれる存在だ。

AIとともに考え、学びながら成長していく――そんな時代が、すでに始まっている。

トポロジーとは?
ドーナツとコーヒーカップの図
ドーナツとマグカップは、トポロジー的には「同じ」。

ドーナツとマグカップは、一見するとまったく異なる形に見える。 しかし、トポロジーの観点からは、この二つは同じ形として扱われる。 どちらも「穴がひとつある」という特徴を共有していて、滑らかに変形できる範囲であれば、相互に移り変わることが可能だからだ。

トポロジーとは、物体のサイズや角度、素材などには依存せず、連続的な変形によって保たれる“つながりの構造”に注目する数学の一分野。 角を丸めたり、表面を伸縮させたりしても変わらない、図形の本質的な性質を捉えることを目的とする。

このような視点は、幾何学的な図形の分類にとどまらず、電気回路、分子構造、データ構造の解析、さらには物理学や生物学のネットワーク構造の理解にも応用されている。 トポロジーは、表面的な違いに惑わされず、内在する構造の共通性を見抜く手法を提供する。

高等学校「探究」の現場から その7

Deep Researchの衝撃

新学期が始まりました。高校では他の教科と同時に「総合的な学習の時間」や「課題研究」の授業が始まります。本稿では、AI(人工知能)と探究活動との関わりについて、最近の進展を踏まえて考えてみたいと思います。

小林 哲夫さんの顔写真

秋田県立横手高等学校 教諭 瀬々 将吏さん

Profile

1991年 広島大学理学部物理学科入学、1995年 大阪市立大学大学院理学研究科前期博士課程物理学専攻入学、1997年 同研究科後期博士課程物理学専攻入学、2003年 単位取得退学。博士(理学)。2003年12月 大阪市立大学数学研究所 研究員、2004年12月 京都大学基礎物理学研究所 非常勤研究員/研修員/非常勤講師、2005年10月 慶應義塾大学 研究員、2006年9月 国立台湾大学 研究員、2008年4月 秋田県立横手清陵学院高等学校教諭、2020年4月から現職。兵庫県立芦屋高等学校出身。

探究活動の意義とは

2024年末頃から2025年4月の本稿執筆時までの間に、AI企業各社から「Deep Research」と呼ばれるサービスが相次いで発表されました。このサービスを用いると、従来、生徒が自力で遂行することが難しかった**「先行研究の調査」**が、わずか数分で完了してしまいます。

人間が「○○について調査して」と指示を出すと、AIはこちらの意図を柔軟に汲み取った上で整理されたレポートを完成させます。しかも、そのレポートには原典のリンクが付されているので、AIの解答に誤りがないかどうかをリンクから確認することができます。

より学術的なレベルでは、ElicitSciSpaceといった研究者向けのツールもあります。これらは研究者が膨大な労力をかけて行う「システマティックレビュー」を代行してくれます。

Deep Research の登場は高校の探究活動に大きなインパクトを与えます。なぜなら、いわゆる「調べ学習」の成果物そのものを代替してしまうからです。レポート課題を提出することだけを目的に Deep Research を使用すれば、それは宿題の答えを丸写しして提出することと同じであり、そこに学びはありません。

一方、Deep Research を含めたAIを「探究のアシスタント」として活用し、学びを深め、テーマ設定を進化させていくような使い方ができれば、素晴らしい成果が得られるでしょう。

大事なのは問う力

このような圧倒的なAIの能力を目の当たりにして、筆者が重要性を痛感しているのが「問う力」です。現在、AIの能力は著しく向上しており、教科学習であれ、探究活動であれ、生徒の疑問に対して普通の学校の教員では太刀打ちできないほど優れた答えを返してくれます。しかも質問できる回数や時間に制限はありませんから、生徒は望む限り対話を深めることができます。

問いをたくさん持っている「問う力」のある生徒はどこまでも賢くなることができ、それがない生徒との間に圧倒的な学力差が生じてしまう恐れも出てきます。AIが知的労働のほぼ全てを代替する世の中では、問題に答えることはあまり重要ではなくなり、「問題(問い)を見出すこと」こそが人間の役割になっていきます。このように言われる状況がすでに現れ始めているのです。

現在の初等・中等教育でも「問う力」は重視されています。例えば、「第4期あきたの教育振興に関する基本計画」でも、最重点課題のひとつが「問いを発する子どもの育成」です。AIの圧倒的な進化によって、その重要性はますます浮き彫りになってきたと言えるでしょう。

問う力を養う探究

では、どうすれば問う力を養えるでしょうか。筆者の答えは「問う力は探究によって養われる」です。

確かに、「問う力」の育成は教科学習の文脈においても重視されてきました。しかし、教科学習の基本的なデザインは、既に確立された学問体系のなかで与えられた問題を解くスキルを身につけることであり、「問う力」はそのスキルを高めるための手段に過ぎません。

一方、「総合的な探究の時間」などのオープンエンドな活動では、「問うこと」そのもの、どれだけよく問題に答えられるかではなく、どれだけ良く問うことができるかが目的になります。

そのためには、高校入試や定期考査に向けて問題を解くトレーニングを積み重ねてきたのと同じように、問いを立てるトレーニングを積み重ねる必要があります。

テーマ設定の難しさ

仮説検証型の探究活動において、活動期間内に解決を目指す問いは「リサーチクエスチョン」と呼ばれます。いわゆる「テーマ設定」とほぼ同義で、探究活動の中でも難しいこととされ、本連載でも何度か話題になっています。

しかし筆者にはその難しさを明確に説明する自信がありませんでした。そこで文献調査のツール「Elicit」を使用して、以下のように問うてみました。

「高校生が科学研究プロジェクトのための実行可能な研究テーマを選ぶ際、それを妨げる主な障壁は何か?」

すると Elicit は、499の関連論文の中から一定の質をクリアした40の論文を選び、その中から200種類のデータを抽出し、5つの障壁を挙げてくれました。

  1. 生徒の理科・数学の知識不足
  2. 指導教員、大学教員のサポート、カリキュラム等の不備
  3. 時間、設備、材料などのリソース不足
  4. 個人的な障壁(心理的要因)
  5. 教科学習や受験のプレッシャー

このうち、4. 以外の要因は探究の現場を担当する者からは容易に理解できるものです。高校の環境は大学と異なり、科学研究に全面対応したものではないため、テーマ設定の幅は大幅に狭められたりします。

そこで、これらの制約のもとで探究の質を高めるのに重要なのが、4. の「個人的な障壁」の克服です。

探究活動における「レリバンス」

Elicit によれば、「個人的な障壁」とは、自信のなさ、モチベーションの欠如、研究に対する不安、意思決定の困難さ、興味のなさなどとされます。中でも筆者が探究を指導していて実感するのが、研究テーマに対する興味のなさ、モチベーションの欠如です。

教育現場では、学習単元に対するモチベーションや興味を示す言葉として「興味・関心」という言葉を使いますが、「総合的な探究」では、「自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していく」(学習指導要領)と、生徒の人生にまで踏み込んだ表現がなされています。

つまりは、生徒本人が**「これは自分が解決したい問いだ」もしくは「これは自分の問いだ」と考えているかどうか**ということです。

このような問いに必要なのは、授業で習っていてすごく不思議に感じた、旅行に行って不思議な光景に出会った、本や映画で衝撃を受けた、あるいは実験しているうちに夢中になった、などの学びや体験で、**「自分事だと考えているかどうか」**を左右するのです。

《自分事》のニュアンスが、興味・関心では伝わりにくいということでよく使われるのが「レリバンス(関連性)」という概念です。この概念を使うと、探究活動における良い問いは:

  • 自分にとってレリバントな問い
  • 社会や学問にとってレリバントな問い

ということになるでしょう。

この「レリバンスの醸成」は高校の探究活動における大きな課題です。レリバントな問いを発する生徒は間違いなく質の高い探究を行えますし、AIに問いかけることで学びを深めていくことができます。

レリバンスについての研究はすでに世界中で蓄積されているようですが、その視点を取り入れた教育方法については、引き続き探究活動の指導を通して蓄積していきたいと考えています。

雑賀恵子の書評 – ご冗談でしょう、ファインマンさん

雑賀 恵子さん

Profile

文筆家。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号、書評を寄稿。

冗談やってるファインマンさん、って誰でしょう?
一言で語るなら、物理学者。『ファインマン物理学』は、カリフォルニア工科大学で学部1、2年生を対象に行った講義内容をもとにした物理学の教科書で、世界的に中で有名である。量子電磁力学の発展に大きく寄与したとして、1965年には、朝永振一郎らと共にノーベル物理学賞を共同受賞している。数々の業績は、多方面にわたり影響を及ぼすとともに、将来の技術革新につながる発想もを生み出した。1981年には、「物理学と計算」会議に登壇、量子力学の原理に従うコンピューターの必要性を論じた。スーパーコンピューターの何万倍もの速度を実現する量子コンピューターの開発は、このファインマンのアイディアが端緒になったという。

1918年に米国で生まれ、マサチューセッツ工科大学(あの名だたるMITだ)卒業後、プリンストン大学に進んで博士号を取り、ロスアラモス国立研究所を経て、コーネル大学やカリフォルニア工科大学で教授を務め、1988年に69歳で癌により亡くなる直前まで、生涯現役で活躍し続けた。

そんな恵まれた天才物理学者が、少年時代から始まって学生生活、そしてその後の研究生活までをエッセイにまとめたエッセイ、自叙伝が本書である。経歴だけ書くと、難解な分野における天才が語るエリート人生を思い浮かべてしまうかもしれない。それはそうであるにしても、茶目っ気たっぷり、いたずら大好き、自由気ままで破天荒、そんな生き方が、愉快なエピソードたっぷりに軽妙な筆致で描かれている。

「ご冗談でしょう」というのは、プリンストン大学院入学直後、大学院長主催のお茶会で社交上のヘマをして、院長夫人にいなされた言葉。そんな社交上のヘマに加えて、他にもあちらこちらでヘマをやらかしながらも、いろいろなことに好奇心を抱き、首を突っ込み、手を出し、いたずらっ子が遊んでいるように、学生時代も研究者人生も転がしている。楽しそうだ。何に対しても先入観を持たず、興味を持ち、自分に自信を持って人がしないこともやってみる、そこから創意工夫が生まれる、思わぬ発想も湧き出る。そうした闊達な精神が、リチャード・P・ファインマンを世界のファインマンにしたのかもしれない。そして若い読者は、社会に出ることを勇気づけられるだろう。

だが。ロスアラモス国立研究所、それは原爆開発のマンハッタン計画を遂行したところであり、もちろん彼自身、原爆製造に携わっている。このロスアラモス時代も、楽しかったといきいき語る。原爆実験が成功した時には、考えることを忘れて喜びに溢れかえる。自分が今生きている世の中に責任を持つ必要はない、とフォン・ノイマン(マンハッタン計画に加わっていた天才数学者)に吹き込まれたとうそぶき、「社会的無責任感」を強く持つようになり、物理学そのものに関心をあてて自分を貫く。いつもそういう生き方をしてきたから、楽しい人生を送ってきたし、幸せな男だという。

自分のしていることに没頭し、高い自己評価を持ち、社会とのつながりを考えない。現在のシリコンバレー・エリートたちなどに限らず、そんなひとたちをたやすく思い浮かべることができる。社会的無責任が楽しい人生を送る秘訣であると、もし短絡的に考えているなら、ぞっとする。

ご冗談でしょう、ファインマンさん。

​​杜の都の西北から 第9回

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、
弊誌編集委員 小松 悌厚 さん

Profile

1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

この春から、ふつうの風邪も5類感染症に!?

2025年4月からいわゆる「ふつうの風邪」も新型コロナウイルスと同じ「5類感染症」に引き上げられた。2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行されたときは、(感染症法令の)5類感染症に移行したことに伴い(学校保健安全法の)第2種感染症に位置付けたという内容とともに、移行後の感染症対策等について文部科学省から通知が発せられていたが、今回はないようだ。この違いを理解するには、5類感染症の制度的意義を確認する必要があると考える。また、感染症法制と学校保健安全法制は、相互に関連性と独立性をもつ制度であることに由来する。そこでここでは両制度の関係について経緯等も含めて概観することとしたい。

学校は児童生徒等が集団生活を営む場であり、感染症が発生した場合には感染が拡大しやすく、万一感染が拡大した場合には教育活動にも大きな影響を及ぼすこととなる。このため戦前の学校の発展とともに独立命令により、学校の伝染病対策は進められてきた。その経験も踏まえ、1958年に学校の保健管理を総合的に規律する「学校保健法」が施行され、この法律により伝染病の予防措置としての出席停止や臨時休業が法定された。学校において予防すべき伝染病については、同法施行規則において伝染病の種別を第1類から第3類と分類した上で、当時の「伝染病予防法」が規定していた重大な発生リスクを伴うものは、第1類伝染病とし、インフルエンザ等のように児童生徒等の罹患頻度が高く、学校において流行を広げる可能性が高いものは、第2類伝染病と規定した。そのうえで、各類別に属する伝染病に応じて感染拡大防止措置、出席停止期間や報告手続等が定められた。

学校保健法施行から分類の基礎としていた伝染病予防法は、1897年に施行された古い法律で、時代の要請に必ずしも応えきれていない面があった。このため学校保健法施行から40年が経った1998年をもって同法は廃止となり、新たな立法思想の下、「感染症法」が制定され翌年から施行されることとなった。

感染症法は、感染力と重篤性などにより対象となる感染症を1類から5類の類型に分類し、さらに新型インフルエンザ等感染症などの特定の感染症を加え、各分類に応じた対策等を規定している。1類・2類感染症は、感染力や罹患した場合の重篤性が高い感染症の疾病が挙げられており、その中でも特に危険性が高いものが1類に分類されている。3類は特定の職業への就業により集団発生をおこし得るもの。4類は動物や飲食物を介してヒトに感染するもの。5類は国が感染症発生動向調査(サーベイランス)を行い、その結果等に基づいて必要な情報を国民一般や医療関係者に提供・公開していくことによって、発生・まん延を防止すべきものとされている。

感染症法が施行された1999年に学校保健法施行規則が規定する伝染病の類型と疾病が変更された。それまでの1類・2類・3類の類別が感染症法との混同を避けるためか1種・2種・3種に改められた。また、改正後の第1種感染症は、感染症法の1類及び2類感染症となった。さらに、第2種感染症は、飛沫感染することが要件として追加された。これにより疾病の一部は、大幅に追加、移動、削除となった。

その後2008年に「学校保健法」を「学校保健安全法」に改正する際、同法がそれまで規定してきた「伝染病」の文言は「感染症」に改められた。

さて、冒頭述べたように、2025年4月7日施行の厚生労働省令により「ふつうの風邪」を含む、急性呼吸器感染症(ARI)が感染症法の5類感染症に位置づけられることとなった。先述のとおり5類感染症は、国が定点医療機関等を通じてサーベイランスを行い、得られた情報を提供・公開することで、感染症の発生・まん延を防止するための類型である。このことから、厚生労働省では、5類感染症に位置付けられるとしても、それが登校制限の対象とはならないとしている。今後、学校保健安全法令の関係規定が改正されるなどの制度改正がある場合はともかく、現時点では、学校が直ちに何か対応しなければならないことにはならないと考えられる。

このように、感染症法制と学校保健安全法制は相互に独立性を有しつつ関係性も併せ持つ。学校関係者は双方の制度について理解しておく必要があろう。

16歳からの大学論 | アカデミアとビジネスの関係

京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹 先生

Profile

1973年石川県生まれ。2010〜2014年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011〜2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に『研究を深める5つの問い』(講談社)など。

今回は、大学と企業との関係について書いてみようと思います。本誌「大学ジャーナル」の読者のみなさんにはあまり馴染みがないかもしれませんが、今日、大学を語るうえで企業との関係は切っても切り離せないものです。

―――もちろん、大学生は卒業したら企業で働くのだから、大学と企業は接続されたような関係じゃないの?

もちろん、学生やその保護者、高校の先生にとっては「就職活動」という文脈で、大学と企業との関係をまず想起するのは自然なことです。しかし、それは一面でしかありません。

今日、大学は研究活動資金を企業との共同研究、共同プロジェクトに頼る側面があり、その数は増加傾向にあります。大学の学長と企業の社長がにこやかに握手を交わして、億単位のプロジェクト開始を発表するプレスリリースをご覧になったことはありませんか?
企業が抱える課題、えてしてそれは自社の利益追求もさることながら社会的課題、ビッグイシューに挑むというものですが、それを大学の研究者と共同プロジェクトにて解決し、社会に貢献しようというのがねらいです。

企業にとっては、自社では足りない多様な専門分野の知見を活用することができ、大学にとっては、研究資金を得て業績や成果を創出することができる。まさにWin-Winの関係がここにはあります。

他にも今日では、多くの大学には冠に企業名のつく○○センターといった研究施設があちこちに存在しますし、最近は、大きいセッションホールの名前に企業名を付与するネーミングライツも流行っております。
「三限目の講義の場所は、○(企業名)ルームだね」といったように、学生が日常的にその企業名を口にして、その企業を身近に感じてもらおうというのが狙いだそうです。いやはや、すごい時代になったものです。

他方で、当然ながら課題もあります。企業にとっては、多額の資金を投入したにも関わらず見合った成果が得られない場合もありますし、企業と大学のマインドの相違、例えば大学側は研究成果の公表(論文)を重視する一方、企業側は知的財産の保護を重視するといったように、いろいろとコトは複雑です。

そして、このような運用の問題だけでなく、そもそも大学あるいは学問の「知」とは何か、ということが問い直されなければならないようなケースもあるかもしれません。
国立、私立問わず、大学には国からのお金が入っており、公共性という観点から見て、特定企業から研究資金を得て、そこのために何かを研究することをどのように解釈するか、ということです。

事実、このような企業と大学との共同は「産学連携」と呼ばれ、その黎明期である1970年代前後には、研究者、学生の間に大学の独立性や知の独占についての懸念が広がり、デモ行進にまで発展したという話もあります。

近年、産学連携はイノベーション創出の重要な手段として広く認識されていますが、このような歴史も知っておくことで、また違った目で大学と企業の関係を見つめることができるでしょう。

深堀 デキル!学部 – 京都産業大学 アントレプレナーシップ学環

今なぜ、アントレプレナーシップ学環なのか?

京都産業大学が、未来の「当事者」となる学生のための新しい大学教育を始動

大学教育への危機感を背景に、真にこれからの社会に必要な人材を育成しようと設立された京都産業大学。時代を先取りする数多くの取組で、今日の大規模総合大学としての地位を築いてきました。創設60年を期に満を持して開設を計画しているのがアントレプレナーシップ学環。その名もずばり、起業家精神と行動力を養う分野横断型の新学部。「建学の精神に立ち返りながらも、新たな教学改革をリードすべく構想した」と話す同学環長就任予定者の中谷真憲先生に、設置の背景や狙い、教育の概要について伺いました。

中谷 真憲先生の顔写真

中谷 真憲先生

~Profile~

学環長就任予定者/法学部教授
1993年京都大学法学部卒業。1999年京都大学大学院法学研究科博士課程修了。修士(法学)。京都大学大学院助手、立命館大学非常勤講師を経て、2001年京都産業大学専任講師。認定NPO法人グローカル人材開発センター専務理事兼事務局長。共著に『公共論の再構築』など。滋賀県立膳所高等学校出身。

これからの社会に真に必要な「人」の育成にむけて

大学っていったい何を学ぶところだろう?この問いは、「何のために大学に行くのか?」と同じものです。受験生なら誰しも、そして大学生の中にも時にそう思う人は少なくないと思います。

私はこれまで、専門である公共政策学の観点から、大学での学びやそこからのキャリア形成に強い関心を持ち、就職氷河期と言われた時期に、グローバル化の波が押し寄せる中で、グローバルな視野を持ちローカルの課題解決に挑戦できる人材育成のための「グローカル人材開発センター」※1 を、京都の5大学の有志と立ち上げ、産官学連携によるキャリア教育プログラムの作成や、新たな資格制度※2 の創設にかかわってきました。

当時と今とでは、学生の就職状況は大きく異なりますが、「大学で何を学ぶのか」「何を身に付けるのか」、あるいは「どう学ぶのか」といった本質的な問いに対して、いまだ明確な答えが示されているとは思えません。就職状況が劇的に改善したことで、その問いの持つ大事な意味さえ薄れてしまわないか心配です。

アントレプレナーシップ学環は、その問いに真剣に向き合い、これまでの実践から得た知見やネットワークを活かし、産官学連携、分野横断で応えるべく構想しました。AIとの共存も現実となる今こそ、これから自分は何をなすべきか、座学と実践との往還の中で、自分ごととしての「自己開拓型(自分を深く掘り下げる自己探究型)」の学びを通して、それを探究し、イノベーションの意義を知り、アントレプレナーシップ(起業家精神)、本学で言う「事(コト)起こしの精神」を養い、主体的に人生設計ができる人材の育成を図ります。

それを実現するために用意したのが、「学部等連係課程」※3 としての新しい教育組織です。複数の学部連携により、新たな学部相当の教育を創り出す、新しい大学教育の仕組みです。学びを連環させることから「学環(がっかん)」と呼びます。私の所属する法学部と、経営学部、現代社会学部が連携し、社会課題の探究・解決や起業には欠かせない幅広い知識やスキルを、分野を横断しながらも体系的に学ぶことができます。卒業時に付与される学士号は「ビジネス」です。

※1 現在は認定NPO法人グローカル人材開発センター
※2 GPM(グローカルプロジェクトマネージャー)、初級地域公共政策士
※3 令和元年(2019年)8月に学校教育法施行規則及び大学設置基準等の一部改正により、新たに設けられた「学部等連携課程実施基本組織に関する特例」により、複数の学部や研究科が連携して教育課程を編成することが可能になった。

やりたいことをデザインし、4年間没頭する学び

知識やスキルの修得のために効果的な学びとは、明確な目標に向けた、主体的、積極的な学びであることは誰しも認めるところだと思います。そのためには、自分が必要だと判断した知識やスキルが学べる授業を、自分で選べるに越したことはありません。

つまり、自らの学びをコーディネート、デザインし、座学だけではなく、学んだことを学外で実践して、再び大学で学べば、その知識・スキルは確実に定着します。それを私は、大学での学びを「自分ごと化」すると言っています。自分のやりたい目標のために、「あの先生の授業はここで使える」などと、自ら学ぶべきことをデザインできるような仕組み、それを可能にするのがアントレプレナーシップ学環です。

象徴的な科目が、2年次からの『セルフ・カルチベーション』です。演習科目の一つではありますが、「自分自身で目的や学修する内容をデザインする」自走型が特徴です。まず、スタートに当たっては、自分の目標と授業デザインを教員にプレゼンします。教員はそれらが、本人の目指すプロジェクトに結びつくか、取り組む意義を学生がしっかり自覚しているか、「自分ごと化」しているかどうかを丁寧に見極め学生にフィードバックします。

このようなやり取りを重ねて、一人ひとりの授業デザインが決まっていきます。そして、各自のプロジェクトや事業遂行のため、大学を飛び出し、その結果を発表します。探究したいこと、やりたいことに没頭する学びです。

実績ある「アントレプレナー育成プログラム」がベースに

『セルフ・カルチベーション』などのベースとなっている取組が、令和5年度に始動した全学部生のための「アントレプレナー育成プログラム」の授業群。文理融合型で、全10学部の教員が担当。定員を上回る受講希望がある人気プログラムです。

ここでも私は『アントレプレナーシップ演習A』を担当しています。昨年度は特にチャレンジングな取組として、豊田通商株式会社(トヨタグループの総合商社)と連携し、EVスクーター事業の展開をテーマにしました。

授業をよりリアルにするために、実物のスクーター数台と充電スタンドを提供してもらい、**JAF(日本自動車連盟)**には安全講習をお願いしました。この試みは好評で、学生たちは、キャンパス内外で実際にEVスクーターに乗って乗り心地を体感し、それを基に新規事業を考えました。最終的に提出した事業案には、数字の裏付けも入れましたから、豊田通商からは「期待する水準をはるかに超えたもので、学生の実力の高さに驚いた」と、高い評価をいただきました。

一拠点総合大学「ならでは

学環の基盤科目として開講するのが、「アントレプレナーシップ」「ビジネス探索」「ビジネスデザイン」の3つの科目群。これらの中には、『科学技術と未来社会』や、『食とテクノロジー』といった、最新のテクノロジーがどのような社会を創り出す可能性があるのかを探究する斬新な科目もあります。

また韓国、オーストラリア等の協定先に出かける『海外起業フィールドスタディ』や、『交渉力とプレゼンテーション』『スタートアップ・ワークショップ』なども新設します。

これらの取組を支え、加速するのに強みを発揮するのが、すべての学部が一つに集結する「一拠点総合大学」。あらゆる分野の専門家たちが一か所に集まっていますから、分野横断の学びを実現できます。学環の開設後には、キャンパスのそこかしこで、刺激的な交流が日々起こるのではないかと期待しています。

定員はわずか30名。しかし、もっと多くの仲間がすぐそこに。

アントレプレナーシップの輪を広げよう

定員は1学年30名、4学年合わせても120名の少人数体制です。自己開拓型の学びを実施するには、きめ細かなサポートが必要だからです。

ただ、「アントレプレナー育成プログラム」や、経営、法、現代社会の3学部による『展開科目』の授業では、様々な学部の学生と一緒に学びますので、仲間の数はかなり大勢になります。学部・学環、学年を越えて多様な学生同士の交流の機会が多く、アントレプレナーシップ育成の学びが相乗効果を発揮できる可能性は大いにあり、それが、日本の大学の学部教育にもインパクトを与えられないかと期待しています。

高校生へのメッセージ

「アントレプレナーシップ学環」は、大学で本気に学び行動したい人に応える場所です。高校時代に探究学習に力をいれていた人、何かにチャレンジしてみたいと思っているような「冒険者、求む」です。きっと、ワクワクするような4年間を過ごすことができると思います。

またここでの経験を社会に出てからも活かし、困難な課題にも前向きに挑戦することで、これからの社会・産業界で広く求められる存在になれるはずです。

特集 物理かじってみる? 化学編 – 産業構造の転換への期待が高まる

世界にこれまでなかった無機化合物の液晶を発見

昨秋、「原子を操って創る!無機量子材料」の研究開発で、第14回「フロンティアサロン 永瀬賞」※の特別賞を受賞した神戸徹也先生。量子コンピュータや超伝導体など次世代の先端技術に必要な材料、いわゆる量子マテリアルの開発では若手の第一人者として注目されてきた。今回は「ボロフェン」と呼ばれる無機物質に着目し、材料として利用できる新物質を開拓し液晶材料として発展させたことが、新たな材料科学の扉を開くものとして評価された。先生のここまでの道のりや、成功秘話、将来の夢などをお聞きした。

※「将来のノーベル賞候補」を発掘することを目指し、世界を牽引し、人類の未来への貢献につながる研究に取り組む若き研究者に贈られる賞。

神戸 徹也先生の顔写真

神戸 徹也先生

~Profile~

大阪大学准教授/若手卓越教員
1986年生まれ。兵庫県出身。東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員を経て、東京工業大学資源化学研究所助教。台湾交通大学特別講師、明治大学兼任講師、などを経て現職。国立研究開発法人科学技術振興機構 創発研究員も兼任している。
2024年 文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。専門は無機化学、ナノ材料科学、金属錯体化学。白陵高等学校出身。

研究者としての歩み直感に導かれて化学の道へ

「高校1年生のとき、先生に『国際化学オリンピックに出てみないか?』と言われたのが、すべての始まりでした。もともと物理や数学は大好きでしたが、化学は得意というわけではありませんでした。しかし、せっかくの機会だからと挑戦してみることにしたんです。最初の年は、国内予選の化学グランプリで惨敗。でも、それが悔しくて、翌年の高校2年のときは本気で勉強して臨み、なんとか国内予選で上位に入り日本代表に選ばれました。そして、国際化学オリンピックに出場、銅メダルを獲得しました。化学オリンピックの問題は、単なる暗記だけでは解けず、論理的に考え抜く力が求められます。そこで、考えることの面白さに気づかされました」と、神戸先生は高校時代を振り返る。

その後、東京大学に進学。「東大には『進振り制度』という独特のシステムがあって、1、2年生での成績をもとに3年生からの学部を決めることができるんです。物理や数学に進むか、それとも化学を選ぶかで本当に迷いましたが、結局は『自分が一番面白いと思うものを突き詰めたい』という気持ちが勝り、化学を選びました」と神戸先生。

博士課程を出た神戸先生は、東工大などで職を得た後、大阪大学へ。そこから本格的にボロフェンを中心とした新しい無機材料の開発を行っている。

偶然の発見?世界初の無機液晶が

ボロフェンは、ホウ素原子が一層に並んだ二次元構造を持つ新しい物質。ネーミングは炭素原子が蜂の巣状に並んだシート状の物質「グラフェン」に対応している。炭素原子からなるグラフェンは非常に軽く、強度が高い上、電気や熱をよく通す性質を持つことから、次世代の電子材料として注目されている。2010年には、アンドレ・ガイム氏とコンスタンチン・ノボセロフ氏が、粘着テープを使って黒鉛から単層のグラフェンを剥がし、その特性を明らかにしたとしてノーベル物理学賞を受賞している。

ホウ素原子からなるボロフェンはこのグラフェンに似た構造ながら、ホウ素特有の性質によって異なる機能が期待されていた。ただ、「最大の課題は、酸素と反応しやすくすぐに酸化し分解してしまうため、安定的に利用することが難しいことだった」と神戸先生。

神戸先生の東京工業大学での研究チームは、ボロフェンの層ごとに酸素原子を導入し、より安定した「ボロフェン酸化物」を作ろうと工夫していた。そんなある日、ある学生が偶然試した実験のさ中、これまで見たことのない独特な光学的性質を示し見慣れない物質が生成された。「これは一体何だろう?」とメンバーが戸惑う中、たまたまその場に居合わせた液晶に詳しい研究者が目を輝かせた。「これ、液晶のような挙動をしているぞ!」と。新たな無機液晶の誕生の瞬間だ。

「最初はまさか液晶になるとは思っていませんでした。でも、液晶の専門家がそばにいて、『これは液晶かもしれない』と指摘してくれたことで研究が新たな方向に発展したんです」と神戸先生はその時を振り返る。

ボロフェン酸化物とカチオン導入で電子機能がさらに向上

その後神戸先生のチームは、ボロフェン酸化物の層間に特定の金属イオン(カチオン)を導入すると、新たな特性が発現することを発見した。特にカリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)といったアルカリ金属のカチオンを導入した場合、層間の結びつきが弱まり、液晶としての性質がより明確に現れる。それらを入れた電子デバイスではキャパシタンス(電荷を蓄える能力)が飛躍的に向上。特にカリウムを導入したボロフェン酸化物液晶(K-BoLC)は、電極の間に配置することで、従来の材料に比べて10⁵倍以上のキャパシタンスを示した。
※現在の高誘電体の誘電率が数千程度であるのに対し、ボロフェン酸化物液晶はその値を遥かに凌駕する可能性を秘めている。

無機液晶は有機液晶と比べこんなにすごい!

これまで、有機化合物を主体としたものがほとんどだった液晶。今回、開発された無機液晶はそれらとは異なるいくつかの大きな特徴を持つ。以下にそれをまとめてみる。

1. 熱安定性が高い

低分子からなる一般的な有機液晶は、高温になると等方的な液体になることが多く、高温状態の使用に耐えられない。しかし、無機液晶は熱的に安定しており、高温環境でもその構造を維持できる。

2. 耐久性が高く、劣化しにくい

無機化合物は一般的に摩耗や紫外線に強いため、ディスプレイや光学デバイスに使えば寿命を大幅に延ばすことができる。

3. デバイス特性に優れる

無機液晶は、一般的な誘電体を用いた場合よりもはるかに高い静電容量を増大させる特性を持ち、電子デバイスのエネルギー貯蔵能力を向上させる。これは、ボロフェン酸化物液晶は、電場の影響でカチオンが動くためと考えられる。

4. 環境負荷の低減

一部の有機液晶は、製造時に環境に負荷をかける炭素系の化学物質を使用するが、炭素を利用しないことから環境に優しいデバイスになる可能性がある。

以上のような特徴を備えたボロフェンには様々な産業応用が期待される。「一つが宇宙など過酷な環境でも使える液晶」と神戸先生。従来の有機液晶は、過酷な環境では分解や劣化が進み、人工衛星や宇宙望遠鏡といった極限環境での使用は困難とされていた。しかし、無機液晶には高い耐熱性や耐放射線性があるため、強い放射線や極端な温度変化にも耐えられる可能性があるのだ。

「例えば人工衛星の光学機器や宇宙望遠鏡の可変レンズなど、その応用を考えるとワクワクしませんか」と、神戸先生は未来の大きな夢を語ってくれた。

高校生へのメッセージ

物理も化学も、高校で履修する内容は基礎として非常に大事ですが、研究の世界で使うものはまた別次元です。私自身、国際化学オリンピックに出場したことで、その一端に触れることができ、それが今の研究を選ぶきっかけになりました。今の高校生には、大学の講演会やシンポジウム、オープンキャンパスなど、最新の研究に触れる機会が豊富です。学校で学ぶ範囲に閉じこもらずに、少し背伸びしてみようという意気込みさえあればとても楽しい世界がのぞけると思います。

効き目あり 特別編

神戸 徹也先生の顔写真

宮田 清蔵先生

~Profile~

東京農工大元学長
1969年東京工業大学大学院博士課程修了(工学博士)後、東京農工大学助教授、カリフォルニヤ工科大学客員教授、ベル研究所客員研究員を経て、86年より東京農工大学教授。2001年には同大学学長。05年より独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)シニアプログラムマネージャー等を務めてこられた。

ボロフェンは、現在主流の希土類を使った磁石にとって代われる可能性を 秘めている。磁石は現代のエレクトロニクス社会に欠かせない存在であり、スマートフォンやパソコン内部のモーターをはじめ、さまざまなデバイスに広く 使われている。こうしたモーターの性能を高めるには、強力な永久磁石が必要となるが、その中核を担っているのが、ネオジムやサマリウムといった希土類元素だ。 世界は現在、これら希土類の供給の多くを中国に依存しており、経済安全保障上の大きな課題となっている。アメリカやヨーロッパがウクライナに注目する背景にも、希土類の埋蔵が関係していると言われるほどだ。こうした中、ボロフェンのような新しい材料で強い磁石が作れるとすれば、そのインパクトは計り知れない。「ボロフェンは2次元の液晶のような構造を持ち、分子を整然と並べやすいため、磁性材料としての応用が期待されます。もし希土類を使わずに強力な磁石を作ることができれば、産業構造そのものを変えられるかもしれません」と、宮田先生は語る。

創立100周年に向けて 改革を加速する東京都市大学

2029年に創立100周年を迎える東京都市大学。今年1月、新たに学長に就任された野城智也先生は、建築学の新分野であるサステナブル建築を出発点に 技術経営分野のイノベーション・マネジメントまで、分野を超越した、独自のアカデミック・キャリアパスを切り拓いてこられました。教員人生をスタートした場所であり、今また学長として戻られた東京都市大学に、どんな未来を託されるのか。イノベーション・マネジメントの視点も加え、これからの日本に求められる人材の育成について、また高校生へのメッセージをお聞きしました。

イノベーション創出の担い手になるために

――専門性を縦糸に デザイン思考を横糸に

東京都市大学学長 野城 智也先生

野城 智也先生
~Profile~
1980年東京大学工学部建築学科卒業、1985年東京大学工学系研究科建築学博士課程修了(工学博士)。同年4月より建設省建築研究所研究員。1986年同省住宅局住宅建設課係長などを経て 1990年同省建築研究所主任研究員。1991年武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科助教授、1998年東京大学大学院工学系研究科助教授、1999年同学生産技術研究所助教授、2001年同 教授、2007年同副所長、2009年同所長。2013年同学副学長。2018年同学価値創造デザイン人材育成研究機構長。2023年東京都市大学総合研究所特任教授、高知県公立大学法人高知工科大学教授。2024年1月から現職。専門分野はサステナブル建築、イノベーション・マネジメント。東京教育大学附属高等学校(現、筑波大学附属高等学校)出身。

私のアカデミック・キャリアパス

●武蔵工業大学(現東京都市大学)で研究者人生の基盤を固める

 私は、学部・大学院では建築を専攻しました。探索・試行の末に切り拓いたのはサステナブル建築(※1)という、計画・設計、構造・材料、環境工学という確立された建築学三分野を横串で刺したような分野で、地球環境の持続可能性を損なわない建築・都市の在り方を探究しています。具体的には、国内全体の30~40%を占めるとされる建築に起因するCO2などの温室効果ガスの排出をいかに減らすか、また、国全体の資源生産性(※2)を高める観点から、建築・都市を、どのような材料で構成し、どのようにして使いまわしていくべきかなどを研究し、その工学的解決策・緩和策を考案・提案してきました。
サステナブル建築研究の始まりは、1980年代後半。今でこそ、カーボン・ニュートラルという概念は世界中で共有され、建築においてはゼブ(ZEB:Zero-Energy Building)の概念は当たり前になっていますが、私が武蔵工業大学に赴任した1991年当時は、まだバブル経済の余韻が残っていて、建築業界は、スクラップ&ビルドで新築建物をどんどん増やしていくという風潮でした。そんな状況の中で私は、このままこのようなことを続けていっていいはずはないという危機感を抱きました。一部の研究者、建築家も、これからは地球環境に配慮した建築・まちづくりが大事だと考え始めていて、日本建築学会でも1990年に地球環境特別研究委員会が産声をあげていました。
何はともあれ、建築がCO2などの温室効果ガスをどのくらい出しているのかを定量的に測定し評価することが必要だと考えた私は、武蔵工業大学の学生諸君と一緒に、それぞれの建築材料が製造されるまでにどのくらいの温室効果ガスが排出されるのかを調査し、データベースとして発表しました。また、建築材料を使い回して資源生産性を高めるため、彼らと一緒に、建物の解体現場に出向き、それらがどう壊され、材料はどう廃棄されるのか、あるいはどうリユースされるのかを調査しました。そして様々なデータを泥臭く集めて分析して得た知見を英語圏で論文発表したところ、高い評価が得られたことから研究の手応えを感じ、その後の研究の方向性を定めることができました。
サステナブル建築を実現するためには、建築業界だけでなく様々な分野との連携が必要です。国内外の研究者との連携交流から、建築分野以外の企業や研究者とのネットワークも広がっていきました。 このように、私は、当時、武蔵工業大学と呼ばれていたこの東京都市大学で、自らの研究基盤を作ることができました。

※1 サステナブル建築とは、地域レベルおよび地球レベルでの生態系の収容力を維持しうる範囲に収まるように、省エネルギー・省資源・リサイクル・有害物質排出抑制を図り、その地域の伝統・文化を保ちつつ、将来にわたって、人間の生活の質を向上させていくことができる建築。

※2 生み出されたモノ・サービス・付加価値の量(output)÷使用資源量(input)、すなわち、単位量の資源を用いることによって生み出されるモノ・サービス・付加価値の量。経済活動において使用される資源をどれだけ効率的に活用して付加価値を生み出すかを示す指標。

世田谷キャンパス
横浜キャンパス

● 東大ではプロジェクト・マネジメント(※3)研究や、イノベーション・マネジメント
(※4)研究にも先鞭をつける

 1998年、母校、東京大学に教員として着任します。ただその着任先は、卒業・修了した建築学専攻ではなく社会基盤工学(土木工学)専攻でした。「コンストラクション・マネジメント」という新しい研究室の立ち上げに力を貸してほしいという要請に応じたものです。コンストラクション・マネジメントはまさに分野融合の分野でした。その後、急な欠員ができたなどの学内事情から生産技術研究所に移籍し、プロジェクト・マネジメント研究の開拓に従事しました。
その矢先、小宮山宏先生(その後東大総長)からお声がかかります。武蔵工業大学時代からのサステナブル建築に関する研究への取り組みをどこかでお聞きになったようで、先生が立ち上げようとしていたバイオマス(木くず、廃食油など生物由来の有機性資源)活用促進を目的とした研究開発プロジェクトへの参加要請でした。学内外の化学、機械工学、林学など様々な分野の専門家と連携し研究開発に取り組みました。地域に散在するバイオマス資源をどこで、どういう処理をすれば、その運搬収集に要するエネルギー使用も含めた利用効率が最大化できるのかを探究しました。また、当時出始めたバーコードやICタグを活用してバイオマスのトレーサビリティー・システムを開発し、それを森林資源にも適用・試行することで、日本の林業が抱える流通上の問題点も明らかになり、その課題解決にも取り組みました。
こうした異分野の専門家が連携して何かを創り出していった経験は、 MOT(management of technology)を担う技術経営戦略学専攻という新たな専攻を東京大学大学院工学研究科に立ち上げるお手伝いをした際にも活かされました。この新専攻で私は「イノベーション・マネジメント」という授業を託されましたが、この科目は、様々な得意技をもった人々が神輿を担ぐようにして現代のイノベーションが進んでいくことを理解し実践できるようになることが主眼になっています。武蔵工業大学が提供してくれた一年間の英国研修で知己を得たインペリアル・カレッジ・ロンドンのデビット・ギャン教授(のちに同副学長、さらに後にオックスフォード大学副学長)など多くの国内外の先達に示唆・助言をいただきながら、2016年には 、「イノベーション・マネジメント」 [書影]を出版することができました。

※3 独自の目的を期限までに達成していく一連の活動及びプロセスが、適切に動いていくように、種々の対策を施し、価値創造に導いていくこと。

※4 何らかの新たな取り組み・率先により、何らかの、精神的・身体的・経済的な豊かさや潤い、または、人や社会に役立つこと、あるいは、しあわせを創造・増進し、現状を刷新するような社会的な変革が生み出されるように、組織・プロセスを動かしていくこと。

イノベーション・マネジメントの 視点から見た 日本のものづくり産業

――どう活かす?日本の得意技

 かつてナンバーワンとも言われた日本のものづくり企業の多くは、情報技術を駆使して世界規模でサービス・コトを提供し巨万の富を築いている企業に、部品を提供することで売り上げをあげる立場になってしまっています。こうした状況が進んでしまった一因は、創造性の低下や、本質を見抜く力、言い方を変えると洞察力の欠如にあると私は考えています。
それは、日本語にはイノベーションという言葉がなかったため、技術革新と混同されるなど、必ずしもイノベーションが適切に理解されてこなかったこととも無縁ではありません。イノベーションは必ずしも技術革新を伴うものとは限りません。例えば、世界の多くのイノベーションの教科書で紹介されている「ウォークマン」。技術的には殆ど新しいものはあり ませんでした。しかし《音楽を持ち歩く》という新しい意味を創り出したのです。
iPhoneなどスマートフォンの部品の多くは日本製ですが、その新規性は単なる携帯電話ではなく、そこに《サービス端末》という新たな意味を与えたことにあります。
ウォークマン開発を主導した盛田昭夫さんも、iPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズさんも、人間にとっての新たな 《意味を作り》出すことという側面で創造力を発揮したわけで、人工物が人間にもたらす体験の本質を洞察する力がその創造力の基盤にあると考えられます。
これまでの日本の企業、特に製造業の縦割りの事業部制は、既存の人工物を改良、改善していく点では優れていました。 しかし、人にとっての新たな体験、新たな意味を提供する、まったく新しい種類の人工物を創出するためには、不向きの組織構造になってしまっています。
世界は今、GAFAと呼ばれる巨大IT企業が提供するモノ・コトと全く無縁で生活や業務ができなくなっているほどになっています。コロナ禍がもたらしたき方、教育についての大きな変化も、巨大 IT産業には追い風であったと後世の歴史家は評するでしょう。
私は、いまを席巻するこうした企業の本質は、《システムのシステムを構築する》ことにあると思っています。20世紀の日本企業のようにすべてを自前で行おうとするのではなく、Apple Storeに様々な企業が開発販売するアプリが「展示」されていることが象徴するように、何層にも分かれたシステム階層の基盤層、言い換えれば、さまざまなシステムを束ねる システムだけを自ら握るという戦略を組み立てています。
一昨年からは、こうした巨大なシステムの各層に、生成AIが適用されるようになり、教育を含むさまざまな分野で、人々にとっての新たな体験、新たな意味を怒濤のように生み出し始めています。
このように、強大化しつつある枠組みのなかで、少なくとも当面は私たちはこれからの産業のあり方、人材育成を構想せざるをえないと思います。ただ、将来は、この国から、新世代の「システムのシステム」の構築者、担い手が生まれていくよう、私たち大学の教育者は知恵を絞り実行していかねばならないと思っています。

専門性プラスデザイン・ シンキング

――神輿が担げ、二枚腰の人材を育成したい

●デザイン・シンキングのためのプログラム とPBLのさらなる充実を

 このような状況の中で、大学を卒業した後、「人生100年時代」をどう生きて行くのか。そのために必要な能力・スキルとは何か。かつて日本企業がもっていた社内での能力構築が縮退しているなかで、大学は一歩前に出ていかないといけません。
そこで、本学は、工学教育の良き伝統は守りながらも、本質を見抜く力を育成しようとしています。カメラのついた携帯を見たら、「もはやこれは携帯ではなく サービス端末になりうるのだ」と見抜けるような洞察力を、です。
そのためには、座学に加えて課題解決型学習(PBL)の重要性がますます高まってきます。本学では、「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム等、創造力を育むための授業、言い換えれば、デザイン・シンキングをトレーニングするプログラムが既に始まっていますが、今後それらをさらに本格化していきます。これらの取り組みは、未知の状況で出会った課題に対する解決策を組み上げていく力を育むだけでなく、異分野、異なる学科の仲間と取り組むことが大きな助けになるという体験知も生み出すことになり、こうして育まれた力や知は、将来どこかで、必ず生きてくるはずです。
ちなみに、一人の天才、発明家による業績が歴史を大きく動かすイノベーションは、これからもおきえるでしょう。ただ、イノベーションのやり方の主流は、様々な人が集まり、各自が得意技を出し合いながら生み出していく、いわば《みんなで神輿を担ぐ》ような流儀になっていくであろうと、最新のイノベーション・マネジメント研究では認識されるようになっています。試作されたプロトタイプについて、多様な人々が参画するフォーメーションを作り、みんなで「試作⇨評価⇨ 造り変える」のプロセスを繰り返す、その際、ユーザーと作り手が協働することが必要ならユーザーも巻き込んでいく、といった具合です。こうしたプロセスは、まさにサステナブル建築を開発していく際にも必要なものでした。仲間とのPBL、異分野のメンバーとの協働を通じたデザイン・シンキングの修練は、神輿の担ぎ手に なるための絶好のトレーニングになると思います。

「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム 授業の様子
●伝統の専門教育をさらに磨きつつ、教養教育も充実させたい

 もちろん専門性を育む教育の質保証はこれまで以上に重視していきたいと考えています。レートスペシャリゼーション傾向にあるように見える大規模大学とは異なり、入学直後から専門性の育成に取り組むことで、“手が動く”、基礎的な能力のある技術者を育てるという、武蔵工業大学時代から積み上げてきた産業界からの信頼をさらに強固にしていきたい。新進企業が興味を示さないニッチな分野で、日本が優位性を保ちながらイノベーションを進めていける余地はまだたくさん残されています。本学では、他大学では看板をおろしてしまったり、担当教員が殆どいなくなっている分野の先生方が力強く活躍されています。例えば、理工学部原子力安全工学科や理工学部電気電子通信工学科の強電分野、あるいは水素エネルギーの利用に関する教育研究については、日本全体を見渡しても私たちは貴重な担い手となりつつあります。これらの技術は、なくてはならぬ技術ですので、様々な挑戦をしつつ技術継承の責務を果たしていきたいと思います。
リベラルアーツ教育も充実させていきたいです。変化の激しい時代を生き抜くには、大学で学んだことだけでなく、《自学自考》、自分で学び、自分で考えつつ、継続的に能力構築していかねばなりません。その基盤となるのがリベラルアーツ教育です。哲学でもいいし、農業、歴史でもいい、専門以外に興味のある分野を見つけ、専門とは違ったアングルでものご とを考えられるようになることはとても大事です。ただ、中規模大学としては、用意できる教科数は大規模大学のように豊富ではないかもしれません。こうした問題意識を共有できる仲間の大学と連携することで、多種多様な科目を用意し、学生 諸君の多様な知的好奇心に応えていきたいです。こうした観点からは、教育コンテンツのデジタル化が進んでいることも追い風です。
創立100周年を迎える2029年以降、私たち大学のあり方とはどのようなものであるべきか。日本の大学というものの本質を見極め、未来の大学のあり方を洞察し、そのために必要な施策を考え実行に移していきたいと思っています。

高校生へのメッセージ

――専門プラスアルファで、先の見えない未来を切り拓く

 本学だけではなく、大学はみな、それぞれの専門領域で、4年間あるいは6年間でどのような能力を身につけていけるかを示しています。ただ、変化・変革の激しい時代には、大学で身につけた能力だけでその後の人生を乗り切っていくのは難しいでしょう。そこで大学で学んだことが陳腐化してしまったとしても、前例のない課題に対処できる能力を生涯に わたって構築していける素養を育成していきたい、本学はそういう思いで教育に取り組んでいます。言い換えれば、《二枚腰》の人材となれるようお手伝いしたいのです。私たちは、皆さんの大学生活が、専攻を縦糸に、自学自考能力を横糸にして、自らの力を磨く機会になるよう努めています。 専門課程の内容に加えて、貴兄貴女にとっての横糸を編み込める可能性も大学選びの観点に加えてみては如何でしょうか。

コラム

リカレントプログラムで、社会人を応援

 社会人を対象に、東京都市大学が得意とする応用的なデジタル・グリーン分野の知識と技術を修得する「東京都市大学リカレントプログラム」を開講。オンデマンドと対面授業を組み合わせた学習を提供。対面での授業は、渋谷サテライトクラスなどで開講される。マイクロクレデンシャル制度をベースに、オープンバッジ(デジタル証明)も発行。

社会人向けのリカレントプログラムを開講

太陽電池を一人一台、自給自足の時代を

探究応援号第6弾 学問と探求 日本を代表する研究者から高校生へのメッセージ

――光電気化学で次世代新エネルギーを

宮坂 力先生宮坂 力先生
桐蔭横浜大学 特任教授

~Profile~
1976年早稲田大学理工学部応用化学科卒業、1981年東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了。この間1980~81年カナダ・ケベック大学大学院生物物理学科客員研究員。1981年4月富士写真フイルム(株)入社,足柄研究所研究員、2001年12月~2017年3月 桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授、2017年4月桐蔭横浜大学医用工学部特任教授、2017年10月東京大学先端科学技術研究センター・フェロー、2020年4月~2023年3月、早稲田大学先進理工学研究科・客員教授。2023年1月朝日賞、2022年7月 英国 Rank Prize 等受賞多数。早稲田大学高等学院高等学校出身。

 新エネルギーの中核を担う太陽電池に転換期が訪れている【下グラフ:面積あたりの各国太陽光設備容量(経産省資料より)】。そこで注目を集めているのがシリコン製に代わる薄型太陽電池、中でもペロブスカイトと呼ばれる結晶の膜を使ったもので、実用化が目前だ。シリコンとは全く違う材料を使うことで、社会のありようまで変える可能性を秘める。世界情勢が不透明になる中で、国産の材料だけで作れることにも期待が集まる※1。2030年に太陽光発電のシェア14~16%を目標とする政府が、「早期の実用化を」※2と旗を振る中、電機や化学、住宅メーカー大手も2025年からの展開をにらんで生産体制を整える。ペロブスカイト太陽電池の発明者として脚光を浴びる宮坂力先生に、「大学研究者→企業の研究職→大学教員とベンチャー経営者」というキャリアから、研究・開発のこれまで、アカデミアのエコシステムなどを振り返っていただくとともに、高校生へのメッセージをお聞きした。

※1 日本のエネルギーの自給率はOECD諸国の中でも最下位に近く10数%と言われている。
※2 2021年10月に閣議決定された「エネルギー基本計画」では、2030年度の電源構 成として再エネ導入目標を36~38%とし、そのうち太陽光は14~16% とされている。 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/green_power から、経済産業省 グリーン電力の普及促進等分野ワーキンググループ 2023年8 月31日第6回も参照。

(経産省資料より)

そもそもペロブスカイトって?

鉱物の名前?

 元々はそうで、発見したレフ・ペロフスキー (ロシアの貴族、鉱物学者:1792~ 1856年)の名前に由来する。主成分はチタン酸カルシウム(CaTiO3)。カルシウムとチタン、酸素からできている無機化合物だ。珍しい構造をしているため【下図】、同じ結晶構造を持ったものの総称となっていて、これらの金属の酸化物からなるペロブスカイトは強い誘電性を示すのが特徴で、身近ではインクジェットプリンターの印刷ヘッドなどに使われている。いっぽうで、酸化物の代わりに、ヨウ素(I)などのハロゲンからなるペロブスカイトというものがある(たとえば、CsPbI3など)。これらは人工的に合成することができ、中には光を吸収すると発電をするものがある。

 このハロゲン化ペロブスカイトは溶剤に溶けることから、溶かした原料を塗って乾かし薄い膜にすると発電に使える。例えば、プラスチックフィルムなどに原料を塗ることで薄くて軽いペロブスカイト太陽電池を創ることができ、これを生活のいろいろな場所に設置することで、光が当たると高い変換効率で電力をつくることができるわけだ。【下図】

 現在普及している半導体シリコンを使った太陽電池とは、組成も製造方法も全く異なり、その特徴を比較するとこんなことになる。【下図】

ちょっと見ただけでも期待が持てそうだね。どんなことを学べば作れるのかな?

 研究開発分野は、光電気化学と呼ばれる。化学の中の「物理化学」の分野にある「電気化学」に生まれた領域で、光がかかわる電気化学という意味。半導体を電極に使った水の光分解はその典型的な例。ちなみに英語表記はPhotoelectrochemistry。 2004年に立ち上げたベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ株式会社は、その頭文字にCell(セル)を足したものだ。

ペロブスカイト太陽電池の発明

材料をガラス板やプラスチックフィルムの上に貼ったり印刷したりするだけって、ずいぶん突飛なアイデアだけど、いつ、どこで、誰が?

 発明に至る前段を話そう。僕は大学院博士課程を光触媒などで著名な本多健一先生※1の研究室で過ごし、修了後は日本有数のフィルムメーカーに就職した。植物の光合成を光電気化学でシミュレーションする研究をかわれてだ。ただ企業の研究所だからなんでもやらされた。人工網膜やリチウムイオン2次電池の研究開発は代表的なもの。製品化には至らなかったが、ともに原理を解明し『サイエンス』にも掲載された。もちろん僕一人の力ではないが。この間、準備万端の研究が、会社の都合で中断されるなど辛い思い出もある。まあ組織の一員だから、社命に従うのは当然だけど。

大学の研究とは違うね、で、転職を?

 結局45歳を過ぎて転職を考えだしたが、その頃に与えられたテーマが色素増感太陽電池だった。銀塩の写真の高感度化に使う色素増感技術を使って太陽電池を作るというアイデアで、化学で作る太陽電池の代表であり、発電の仕組みとしてはペロブスカイトの先輩にあたる。ただ個人的にはあまり乗り気ではなかった。液体(電解液)を使うから液漏れしたりして耐久性に問題があると予想していたからだ。発明者はマイケル・グレッツェル教授※2。1991年に論文を発表した彼は今でも研究を続けていて、最近では変換効率も14%まで高めている。あまり電力のいらない機器なら十分動かせる値で、商品化もされている。

※1 1925 ~2011年、東京大学教授、京都大学教授、東京工 芸大学教授、同学長、1972年の「本多-藤嶋効果」などで 知られる。酸化チタンに光触媒の性質があることに着目、数々 の発見・発明をリードした。
※2 Michael Grätzel:1944年~スイス連邦工科大学ローザン ヌ校教授

ここからペロブスカイトにどうつながる?

 ここまでの話で気づいた人もいるかもしれないけれど、光触媒も光合成も、色素増感も光のエネルギーを酸化還元反応で化学や電気のエネルギーに変える。光合成は二酸化炭素と水をグルコースに、光触媒は酸化チタンを半導体に使って水を分解して酸素と水素に。色素増感太陽電池とペロブスカイト太陽電池は光を直接電気エネルギーに変える。ここでも電子の輸送には酸化チタンが使われる。前者は可視光線を吸収させるために色素を使い(酸化チタンは紫外線しか吸収しないから)、後者は可視光線を吸って発電する半導体としてペロブスカイトを使い、これを電極に塗って印刷することで電池ができる。

全部つながるんだ!

 僕は会社を辞めてこの大学に移ってすぐ、さっき紹介したベンチャー企業を作ったが、研究室とそことの両輪で色素増感太陽電池も研究していた。そんな僕の前に、色素の代わりにペロブスカイトを使ってみたいという若者が現れた。日本で写真技術教育の伝統をもつ東京工芸大学の修士課程にいた小島陽広君で、ペロブスカイトを研究していた。紹介してくれたのは東京工芸大で教員をしていたがペクセル社の求人に応募、入社してくれた手島健次郎さんだ。僕は小島君の話を聞いて、「どんなものかわからないが、光機能があるということで、誰もやっていない方法だから、試しに実験してみてはどうか」と、彼を受け入れて、学外研究員という形で来てもらうことにした。

ずいぶん思い切ったね。伝統のある大学や、大規模大学では考えられないね。

 そう、ここは小規模だから小回りが利く。それに受験に失敗した子たちも多いから、彼らの刺激にもなると思った。もちろん不思議な縁も感じていた。当時の東京工芸大の学長はなんと本多健一先生。東大定年後に京大へ移籍され、その後東京へ戻っておられたんだ。
 小島君は僕の指導で、だれもがあまり可能性はないと思っていたペロブスカイトを使って黙々と実験を続けた。しかも修士卒業後は、僕が東大にも持つようになった研究室の博士課程に入ってくれた。
 そして博士課程3年目の2009年に、ペロブスカイトを使ってエネルギー変換効率を3.8%まで高め、世界初のペロブスカイトを使った太陽電池の論文を、僕と共著で出版した【下年表の赤の☆印】。小島君はこのペロブスカイトの研究で学位論文を出して博士号を取った。

さらなるブレークスルーが

そこからほぼ15年、現在は4万人のペロブスカイト太陽電池の研究者がいるとも言わるけど、すんなり来たのかな?

 まだまだ。ペロブスカイト太陽電池は、今でこそシリコン製の光変換効率に追いついたが、当時の4%弱からそれを上げるためには、もう一つブレークスルーが必要だった。
どんな?そしていったい誰が?
 当初、僕らは色素増感と同じようにヨウ素などを含んだ液体を電荷の輸送に使っていた。しかしこれではペロブスカイトの一部がそこへ溶け出して効率が上がらないという問題があった。

つまり、ペロブスカイトが電解液で分解してしまうということ?

 まあそうだね。これではいくら効率が上がっても実用性がない。小島君もそれに気づいていて、2008年には固体の可能性を示唆していた。ところがだ。

何か新展開が起こるんだね?

 詳しくは下の年表を見てほしい。僕の研究歴が中心だが、舞台はこの桐蔭横浜大学から、スイス、イギリスへ、さらには韓国、そして中国、ポーランドへも広がっていく。次も主役は若者だが、今度はイギリス人。

ええ…!?

 色素増感太陽電池に固体の電荷輸送材料を使えないかを研究していたヘンリー・スネイス君※3だ。彼がマイケル・グレッツェル教授のもとへ来ていた時、たまたまうちの研究室からポスドクとして行っていた村上拓郎君※4と仲良くなり、ペロブスカイトのことを知った。その後オックスフォード大に職を得た彼は、よほど気になったのか、院生を僕の研究室へ3か月間
送り込みペロブスカイトの作製法を習得させた。そしてまさにその一年後だった。彼の研究室はなんと10.9%という変換効率を達成したんだ【下図】。

色素増感からペロブスカイトへ(産総研資料より)
え、え、何をしたの?

 液体の電解質を、得意の固体にしてみたんだね。この高い効率には世界中がびっくり、「これは使えるぞっ!」ということになった。僕らとの共著論文は注目を集め、その後この時の関係者は世界的に権威ある賞をいくつも共同受賞した※5。そしてそれまでの色素増感太陽電池の研究者も、あっという間にペロブスカイト研究者になった!

そこからはとんとん拍子だね

 うん。僕らの研究室も特許をとるし、世界中が変換効率を上げるのに鎬を削り、今ではシリコンとほぼ同じ26%以上を達成している。あとは具体的な製品作り、いわゆる実装あるのみだ。

※3 Hennry Snaith:現オックスフォード大教授
※4 現国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)有機 系太陽電池研究チーム長
※5 2017年のクラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞に始まり、 2022年ランク賞、2024年朝日賞まで多数受賞。

日本の企業と、そこを目指す若者へ

ただ問題もあるんだね。日本の企業が出遅れてるって?ペロブスカイトはいいことづくめだし、素材開発で先行しているのに。

 やはり大企業は儲かるものしかやらない。儲かっている間はリスクを取る必要がない。前職でもこれは何度も経験した。しかも日本人には、石橋を叩いて渡る人、叩いても渡らない人が多い。欧米や中国に追い抜かれることが多い原因の一つだ。
 もう一つは、シリコン太陽電池のトラウマがある。当初、日本は圧倒的なシェアを誇っていたが、韓国、中国に逆転された。ペロブスカイトも「同じ太陽光発電だから、また負けるのでは」との先入観が経営陣に蔓延している。これから大企業に就職しようとしている人には、そんな風土を覆してほしい。今度は失敗しないぞって。

研究室の選び方

先生の周りでは人が育つと拝見しましたが、小島さん、池上和志さん、村上拓郎さん、手島健次郎さんと、バックグラウンドの異なる学生さん、若い研究者が、重要な局面で、表舞台や縁の下で活躍された。先生を東大に呼ばれた瀬川浩司さんを入れてもいいかもしれない。

 そうだね。彼は京大で本多先生の助手をしていて、東大教授になると僕を東大の客員教授に推薦してくれた。
僕はどこにいても、学生が喜ぶ顔を見るのが好きだ。そのためにできることはいろいろしてきたつもりだ。学部生でも海外の学界へ連れて行く。そして行った先で自分が触媒になって、いろんな人に会わせる。それがきっかけで育つ人が出てくる。

「人事、検分、努力を尽くす」を座右の銘とされているとか。

 《人事を尽くして天命を待つ》という古い言い回しをもじったものだ。《人事》とは人の集まり、巡り会わせ、これは企業の研究室であれ大学であれ、とても大事。人が人を呼び、輪が広がり、成果がうまれていく。ちなみに《検分》とは徹底的に調べて、いいものを探すこと。

「研究とは真実を巡る人間関係である」という言葉を聞いたことがあります。

高校生へのメッセージ

高校時代は広く浅く学ぶことはもちろん大事だが、深くやるものも一つはもちたい。『総合的な探究の時間』『理数探究』などという授業もあるから、方法論、手段を学びやすい。「これどうなってるんだろう?」と思ったら、そこから調べ始める。また一見テーマとは関係ないように思えることでも、手を伸ばせば届きそうだったら、まずは試してみよう。そして自分で納得できるまで徹底的に調べる。実験の中で、「あれ?」って何か引っかかることがあったら、見過ごさず立ち止まって原因を考えてほしい。先を急ぐあまり無視すると、大きな発見を見逃してしまうかもしれない。
 まさに「努力を尽くして…」成果を待つだ。この過程で、自分が何に興味があるかもわかってくるし、また不幸にも不成功に終わったとしても、それが分かったことも大きな成果だ。
 少し話は脱線するが、僕は今でも研究の合間を縫ってバイオリンを弾き、楽器として研究もしている。あらたに発見したことは権威のある専門誌に投稿することにしていて、これまでに3度も掲載された。
 中学・高校時代、スピード優先の受験勉強で一旦挫折を味わった僕だが、大学、大学院へと進む中で立ち直った。特に大学院時代は充実していて、『ネイチャー』や『サイエンス』に掲載されたものも含め、論文をたくさん書いた。それまでの「なぜの追求」「好きの追求」が花を開かせてくれたのだと思う。これは今でも僕を支えてくれているものでもある。

最後に生成AIについて一言お願いします

 AIは膨大な情報量(ビッグデータ)をもとに結論を出すわけで、考えているわけではない。AIに頼ると人が努力して思考する能力が衰える危険から、僕の見方は否定的だ。AIを情報の高度な処理だけに使うなら良いが。

ありがとうございました。

(関連コラム)

色素増感太陽電池制作にチャレンジ!――都立王子総合高校の科学部

使用したのはペクセル・テクノロジーズ社製の色素増感太陽電池実験キット(PECTOM02)。キットには作成マニュアルが添付されているが、高校生には戸惑うところもあり、顧問の適切なアドバイスや指示が必要だった。完成に至る一連の作業は、起電力、電流、光量による発電能力の違い、並列回路や直列回路など理科の基本的な学習に繋げることができる。
1.授業で使用している化学資料集で化学電池と太陽電池の仕組みを復習し、実験キットの取扱説明書に書かれている色素増感太陽電池の仕組みや作成手順等を確認した。
2.キットの内容や導電フィルムの裏表を確認した。このキットは電池2個で作成できるので、予算に余裕があれば4人の班あたり1キット、予算が少なければ、2班に1キットがよいと思われる。
3.作成はマニュアルを参照してもらいたい。
ここでは部員の活動を見ていて気づいた点を示す。丸数字はマニュアルの手順の番号である。
①導電性プラスチックフィルムへのチタンペーストの塗布…誰でもセロハンテープ3枚分の厚みで塗布できるようにマニュアルが工夫されている。しかし、最初にセロハンテープに乗せるペーストの量が少なすぎると薄くなり厚さにムラができる。点眼瓶に入っているぺ-ストは電池2個分なので、目分量で全液量の1/3程度を乗せるとよい。
③室温が低いときは時間を長めにとったほうが良い。
④セロハンテープでステンレス板の辺を包むように貼るのだが、「包み込む」という表現が理解できなかった部員もいた。
⑤対向電極となるステンレス板に裏表があり、鉛筆で塗りつぶすのは光沢の少ない白っぽい面がよい。
一連のダイジェストは
URL: https://youtu.be/qBbdOFw-kPQ
をご覧ください。(科学部顧問 木内美帆)


新しい社会を作るために
半学半教で、学生をまん中に置いて分野横断を加速

教育・研究分野で日本の大学界を先導する慶應義塾。
先頃は、他大学の学生も受け入れての大規模な職域接種でも注目を集めた。
この春、《義塾としての理想の追求》を掲げられて塾長になられた伊藤公平先生は、世界の最先端技術である量子コンピュータの研究者で、海外での研究経験も長い。教育DXに加え、グローバル化も一層加速すると予測されるポストコロナにおける日本の大学について、慶應義塾の進める改革を中心に、その展望をお聞きした。

P r o f i l e
1989年3月 慶應義塾大学 理工学部 計画工学科 卒業。1992年12月カリフォルニア大学バークレー校 工学部M.S.(修士号)取得。1994年12月カリフォルニア大学バークレー校 工学部Ph.D.取得。1995年4月 慶應義塾大学理工学部助手。専任講師。助教授を経て2007年4月から教授。2016年11月~2017年3月 大学グローバルリサーチインスティテュート副所長。2017年4月~2019年3月 慶應義塾大学理工学部長・理工学研究科委員長。2021年5月から現職。慶應義塾高等学校出身。

大学とは、慶應の使命とは

 大学は、生涯の友や師に出会うことのできる場であり、そこでの学びや経験が将来につながる《人生の好循環の起点》でありたいと思っています。現在大学を目指しておられるみなさんは、50年後の社会を作るわけですから、その使命を一人ひとりに《自分事》として認識してもらうとともに、自ら新しい社会を作っていく喜びをぜひ経験してほしい。
 一方、受け入れる大学には、学生が未来の社会設計に貢献、寄与できるための仕組みを作り、環境を用意する義務があります。慶應義塾の創始者、福澤諭吉の言葉を借りれば、「全社会の先導者」を育てる使命があるのです。慶應では今夏、ワクチン接種と並行して、学生自らが厳しい感染対策を策定し体育会やサークルで練習や活動を行ったことが功を奏し、感染第5波を免れました。こうした経験も、将来、エネルギー危機や環境危機の解決に挑戦する際、必ず活かされるものと期待しています。
 私立大学という立場からは、慶應はこれまで、経営の危機に瀕した際にも国に助けを求めず、「社中協力」の理念で乗り越えるなど、常に健全な少数派を目指して社会変革を行ってきました。創立から163年を経た今でこそ、国内の大学の中でそれなりの地位を得ていますが、「そこに行けばよい仕事につけ、将来が準備されている」というブランド大学の象徴的な存在になるのは避けたい。社会がどのようなピンチに遭遇しても、最悪のシナリオを想定しながらも常に楽観し、いい意味でスマートに、みんなで仲良くよい社会を作っていこうと周囲を巻き込んでいく。このような慶應の良さ、本来の精神を、もう一度呼び戻したいと考えています。

日本の大学のこれからについて世界の一流大学から取り残されないために

相対的ではあるにせよ、国際的な地位が下がってきていると言われる日本の大学ですが、今後は、大学間で競争するのではなく、国際展開も含め互いに協調していくべきだと考えています。
 例えば世界の学長が集う国際会議で、東大や、早稲田、慶應が個々に発言するより、「われわれは力をあわせてこんなことをしたい。だから一緒にやりませんか」と訴える。その方が耳を傾けてもらいやすいのではないか。大学入試改革に限らず今の日本の教育界では、少子化を理由に後ろ向きな議論になりやすいが、最悪に備えながらも前向きに考え、世界を視野に、節度を持って協調することに活路を求める方がはるかに建設的ではないでしょうか。
 ちなみにある国際会議では、「コロナ禍における学長の一番大事な仕事は」と問われた際に、日本を含むアジアの学長の多くが「学生の教育」と答えるのに対して、欧米の学長の多くは「資金の獲得」と答えました。事実、すでに一度に何兆円も集めてそれを運用している大学も少なくありません。しかし、例えば慶應がこうした競争に加わろうとすることは、世界の1%の富裕層を目指して平均的な日本人が財テクに走るようなもので、しようと思ってもできないし、また目指すべきでもない。日本の大学には、節度を守りみなで協調していいものを作るために努力しようというような、独自のやり方があるのではないでしょうか。

分野横断による教育改革

 慶應では、レベルの高い学生、教員、職員を一番の宝と考えていますが、私はこの3者をしっかりと横につなげ、様々な改革を行っていきたいと考えています。そして、世界が称賛するような学術的成果を生み出し、エネルギー問題、アジアの安全保障といった世界的な課題や、コロナ禍における経済支援や社会のデジタル化の後方支援といった国内の課題に対しても的確に提言していきたい。もちろんその過程では、福澤先生が「多事争論」と言われたように様々な意見が生まれてくることが望ましい。それが学生たちに様々な見方のあることを気づかせ、彼らの視野を広げ、新しい社会をデザインするのに役立ててもらえるからです。
 おりしも学術研究の世界においては、文理融合や学際融合など、20世紀までに深めてきた専門の垣根を一度解き放ち、異分野横断で新たな総合知を生み出そうという動きが目立ってきています。教育も足並みを揃え、リベラルアーツの見直し、STEAMなどの新たな概念の提唱も始まりました。
 そこで改革の一つと位置付けているのが、学生をまん中に置いた教員の連携、それが誘発する分野横断の学びの拡大です。すでに博士課程教育リーディングプログラムの実施を契機に、優れた研究業績をあげ改革に前向きな教員が、学生を介して協調し、組織を超えた連携を進めています。例えば医学部のプロジェクトにおいても、生命倫理や個人情報の取り扱いについては法学部の教員から、AIについては理工学部の教員から学ぶというように、組織の壁を越えて学生は複数の教員から学べるようになっています。学生を中心に、高い専門性を持った教員が横につながっていく。学生が自分事として、将来の社会設計のためにと助言を求めると、教員もそれに向き合い、応える中で専門性を高めていける。現在湘南藤沢キャンパス(SFC)も含めて、協調と組織を超えた連携の進め方について教員間で活発な議論が行われていますが、協調する教員が増えれば、教員の専門性をこれまで以上に引き出すことができますし、大学全体の教育・研究レベルを確実に向上させられると期待しています。慶應の力を最大限に引き出すためには、外から見てわかりやすいフラッグシップとなるような組織、学部を作るという選択肢もありますが、当面はこの流れを学部教育でも実施し加速させていきたい。改革には、学生が自分の将来に直接かかわることとして協調してくれることも大切だからです。

あらためて「半学半教」を

 学生をまん中に置くということにはもう一つ理由があります。テクノロジーの急激な変化によって、ICTでは教員より高い技術・能力を身につけた学生や、地球環境に関してはサステナビリティ・ネイティブとでも呼べるような高い意識をもった学生が増えてきたため、教える側と教えられる側という分け方にそれほど意味がなくなりつつあるからです。もちろんこれまでのように、良質な文学や哲学などの普遍的な学問を、教員から学ぶことを否定しているわけではありません。ただ、慶應義塾の精神である「半学半教」の理念が再び活かされる時代が訪れようとしているのは確かです。
 2年前に立ち上がった「AI・高度プログラミング・コンソーシアム」では、AIに詳しくプログラミングに長けた学生が他の学生に教えるという試みも始まっています。AIのように技術が日々進化するものは、学問として体系化されていないため科目になりにくい。とはいえ企業のインターンシップではプログラミング能力が問われることもある。そうした学問とビジネススキルとのギャップを、学生同士が学びあうことで埋めるという相乗効果も期待できます。
 大学教育改革についてはこれまで、国主導の施策が次々と打ち出されてきましたが、私たちの進めるこのような改革はそれとは一線を画します。私たちが始めた量子コンピュータ研究が東大にも広がったように、今後このような改革が他の大学へも広がってくれることを期待しています。

スタンダリゼーションを超えて、新しい授業、新しいキャンパスを作る

 コロナ禍によって教育の様々な問題点があぶりだされ、ポストコロナへ向けて教育は今、大きな転換期を迎えています。こうした中では、スタンダリゼーション、標準化ということにどう向き合うかも大事です。明治以来、教育の標準化を徹底してきた日本は、戦後、世界的な学力テストでトップとなるなど、それを高度経済成長の原動力としてきました。しかし今日のような変革期では、それにこだわり過ぎては改革を滞らせる恐れもあります。私大連(一般社団法人日本私立大学連盟)では、「ポストコロナ時代の大学のあり方――デジタルを活用した新しい学びの実現」(2021年7月)として、対面授業をどこまでオンライン授業で代替できるかについて提言をまとめ、新たな大学教育の方向性を示しました。そもそも一律の規定を定めることが妥当なのかは疑問です。
 例えば、フィールドワークに出ている人がコンピュータ端末で観察対象を見せ、教室にいる人が「もっとこっちにずらしてみてください」という具合に授業が進められた場合、これはオンラインによるものなのか、対面でのものなのか判断しにくい。新しいことにチャレンジしようというとき、標準化にばかりこだわると足かせとなります。儒学全盛で、しかも開国を巡って、西洋を夷狄とみなす人たちがいた幕末から明治にかけて、福澤先生が大変な勇気をもって洋学を持ち込んだように、私たちも未来を見据え、教育の本質を追い求めていきたいものです。
 来年4月からは、対面授業を全面的に行う予定にしていますが、全てコロナ前に戻るわけではありません。例えば理工学部の実験の授業について、私は以前から前もって説明ビデオを視聴してくることを提案していましたが、今やこれも可能です。今後は教員と学生で新しい授業、キャンパスを積極的に作っていきたい。1年半にわたり、通常のキャンパスライフができないままだった今の2年生については、まさに《新しいキャンパスを作っていく人たち》として、励まし続けていきたいと思います。

受験生へのメッセージ

 最近は、志望校選択において塾や保護者の影響が強まっていて、みなさんはその殻を破りにくくなっているように感じています。しかし将来、明るく楽しい、豊かな社会を作るのは他ならぬみなさんです。将来に悔いを残すような選択は極力避けてほしい。大学へ行かなくてもできることもあります。また第1志望合格を貫いて浪人するという選択肢もあるでしょう。
 最悪を想定する知力と想像力は、高校時代から育めます。チームワークも大切にしてほしい。前に進むためにも困難を克服するためにも欠かせないからです。みんなとともに新しい社会を作るためには、周りから応援される人、言い換えると「祝福された勝者」にならなければなりませんが、そのためには無駄とも思えることもたくさん経験することです。無駄は人生において必ず何かに役立ちますし、それを省くような人には誰もついてきません.そして社会の様々な問題に対して、「このままではだめだ」「こういう社会を作ってはどうだろうか」と諦めずに前向きに話し合うことです。
 質の高い教員の揃う慶應義塾では、ここまでお話ししたように、教員同士の協調も進んでいます。他の大学と同様、私たちはみなさんにより良い環境を用意すべく全力で努力していきたいと考えています。

地域で輝く大学となるために

尚美学園大学
SHOBI UNIVERSITY

尚美学園大学学長
久保 公人先生

京都大学法学部 昭和55年卒
文部科学省教育助成局施設助成課長、
高等教育局主任大学改革官、
同私学部私学行政課長、生涯学習政策局政策課長、
同生涯学習総括官、大臣官房人事課長、
高等教育局担当審議官、スポーツ・青少年局長を経て現職
この間、北九州市企画局長、
東京大学理事等を歴任
日本高等教育学会会員
滋賀県立膳所高等学校出身

受験生・保護者、高等学校の進路指導に大きな波紋を投げかけている大規模大学の入学定員管理の厳格化※1。
少子化が進む中、東京を頂点に大都市圏の大規模大学等に学生が集中し、
大都市圏周辺や地方の中小規模大学の学生募集にしわ寄せが及ぶことへの救済策として始まった。
自由競争を阻害するなどの批判も聞かれたが、効果が覿面に表れた今は、そうした大学の真価が問われる時でもある。
大都市圏周辺や地方にあって、中小規模ながら受験生に選ばれ続ける大学※2とは。
文部科学省で高等教育、私学担当などを歴任され、
4年前から尚美学園大学の学長を務められる久保公人先生にお聞きした。

※1 「平成28年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知 平成27年7月10日付)」において、「平成31年度から、入学定員充足率が1.0倍を超える入学者がいる場合、超過入学者数に応じた学生経費相当額を減額する措置を導入する。」としていたことについては、平成28年度から平成30年度までの3年間にわたって段階的に実施した不交付となる入学定員超過率の厳格化により、三大都市圏における入学定員超過や三大都市圏以外の地域における入学定員未充足の改善(※1)、三大都市圏に所在する大・中規模大学における入学定員を超える入学者数の縮減(※2)といった効果が見られ…平成30年9月11日「平成31年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)」より

※2 「…我が国の高等教育機関については、私立大学が多く、かつ、小規模な大学等が多いのが特徴であり、特に小規模な大学が多い地方において…今後とも、地方の学生のニーズに応える質の高い教育機会を確保していくことが重要である。少子化は、経営面で厳しい影響を及ぼすことは確かであるが、一方で少人数教育によって教育の質を高めることが可能…。」[「今後の高等教育の将来像の提示に向けた中間まとめ」(2018年6月28日 中教審大学分科会将来構想部会)4.18歳人口の減少を踏まえた大学の規模や地域配置(地方における教育機会)より]

研究で世界に伍していくことと同じように、
大学の教育力を上げていくことが大事

 18歳人口が大きく減少し、総人口も減少期に入った日本において、将来を支えていく若者の教育がこれまで以上に重要であることに、誰も異論はないと思います。一人ひとりの若者がしっかりとした教育を受け、社会を支えていけるようにすることは国の責務であるとともに、大学、中でも学生の8割を受け入れている私立大学の大きな役割だと思います。

 国による高等教育における大きな制度面の改革や枠組作りは、現状、トップエリートの底上げ、研究面で世界に伍していくための政策に傾きがちです。これは指標も立ち、説明しやすいからですが、実は日本の学生の大部分、将来、社会へ出て日本を支えていくであろうほとんどの学生は、こうした政策の恩恵を受けることはありません。企業の90%以上は中小企業と言われる中、その多くはそういうところへ就職し、有権者として地道に日本を支えていくわけですから、そうした社会人全体のレベルを少しでも上げる政策にも力を入れなければ、日本の将来は危ういと思います。

 またこれも一般的に言われることですが、優秀層には富裕層の子弟が多く、将来の保証もある。かつ国立大学へ進めば学費も少なくてすみます。しかし8割を占める私立大学生の中にはその反対のケースも多いのです。

 確かに右上がりの高度成長時代には、階層構造の中で、トップ層を伸ばせば、次の層、その次の層へとそれが伝播していくという図式を描くことも可能だったかもしれません。しかしこれからのフラットな、しかも少子化の進む社会では、世界に伍していかねばならないという部分は残るとしても、若者一人ひとりに知識とノウハウを身に着けてもらい、一人の落ちこぼれもなく、生き甲斐を持って逞しく生きていってもらわなければなりません。 昨今は、少子化の中でたまたま仕事が増え、就職状況も改善していますが、かつてのように市場そのものが拡大していき、学生がいくら増えても仕事も増えていくという状況ではありません。しかも、全員が東京を目指し、「末は博士か大臣か」と言われたように出世を望んでいたのとは違い、今は、社長になりたい人が少ないと言われるように、そこそこの暮らしができればいいというマインドが若者の間に蔓延しています。こうした中で、日本の繁栄を維持していくには高等教育においても、一部のトップエリートだけでなく、あらゆる層に配慮した政策を立案し、予算を配分していくことが強く求められると思います。高等教育の無償化もいよいよ始まりますが、とりわけ中堅以下の成績の学生を受け入れている大都市圏周辺や地方の中小規模大学、その多くは教育に力を入れているところでもありますが、そういう大学への投資が切に望まれます。

少子化、大都市圏集中の中で選ばれる周辺、地方の中小規模大学とは

《特色ある教育、面倒見の良い教育。素早い意思決定》

 もちろん限られた国の予算に対して、要求しているだけでは埒が明きませんから、各私立大学には建学の精神に基づき、自覚を持って、それぞれのアセスメント・ポリシー※3にそって人材を育成し、送り出した社会から高く評価されるよう努力することが求められています。本学で言えば、まさに開学の指針である「勇気・創造」を持って、ということになります。

 中小規模大学には、一人ひとりの学生に目を向けた教育がしやすいということと、少ない学部や学科構成の中で教育の特色を打ち出しやすいという強みがあると思います。

 本学を例に取れば、音楽の短期大学でスタートした経緯から、一人ひとりを大切にしていこうという伝統の下、短期大学時代には、学長を筆頭に全教員が全ての学生の名前を覚えているなど、とてもアットホームな雰囲気があったとも聞いています。4年制となり総合政策学部を作り、それは多少薄らいだかもしれませんが、クラス担任とは別に80名の全専任教員が、全学生約2500名を分担して授業や学生生活について相談に乗る「アドバイザー制度」などに、伝統はまだ色濃く残っています。

 特色のある教育内容、教育環境を提供し、スピード感をもって改革できるのも中小規模大学の特徴です。大規模総合大学は収入、財源が多く、教員もたくさん雇用でき、投下すべき資源も潤沢です。しかし反面、その多くは学部の独立性が強く、大学全体の特色作りはしにくく、素早い意思決定も難しい。その点、本学のような中小規模大学では、音楽とスポーツ、さらにはビジネスまでカバーする全国的にも珍しい組み合わせを追求することも可能です。その結果、幅広い学力層と多様な動機やキャリア意識を持つ学生が集まり、多様性に溢れたキャンパスが実現します。学生の中には、特定の分野に熱中してきた結果、高校まではそれほど勉強してきていない、あるいは一生懸命勉強したことがなかったため、大学の学問に触れて「意外に面白い」と感じる者もいる。一方、情報表現学科の「音響・映像・照明コース」など、学力レベルは高いけれど、ここにしかない分野ということで集まってくる学生もいます。スターになりたいと入学してくる学生がいる一方、そう考えて入学したものの、能力に限界を感じて裏方で生きていきたいと考えるようになった学生、あるいは最初から音楽関連の会社や組織でスタッフとして働きたいと考えている者もいる。また明確な目的意識もなく入学したけれど、本物のスタジオさながらの施設、音響設備などを使って学ぶうちに、自分のしたいことに目覚めるというケースもあります。 当然、方向転換のしやすい多様なカリキュラム、カリキュラム編成も必要です。高校時代まで音楽、情報、スポーツなどの分野に熱中してきて、それを職業にする・しないにかかわらず、社会人になってもそれを趣味として生かしていきたい。そういう希望を叶えることのできる大学、そういう多様な学生を、大々的に育成できる数少ない大学を目指すこともできるのです。

※3 アセスメント・ポリシー(学修成果の評価の方針):尚美学園大学は、ディプロマ・カリキュラム・アドミッションの3つのポリシーに基づき、機関レベル(大学全体)、教育課程レベル(学部・学科)、科目レベル(授業・科目)の3段階で学修成果等を検証する。
1.機関レベル(大学全体):学生の卒業率、就職率、アンケート等から、学生の学修成果の達成状況を検証する。
2.教育課程レベル(学部・学科):各学部・学科における卒業要件達成状況、単位取得状況、GPA等から、教育課程全体を通した学修成果の達成状況を検証する。
3.科目レベル(授業・科目):シラバスで提示された学修目標に対する評価、授業アンケート等の結果から、科目ごとの学修成果の達成状況を検証する。
《地域連携》

 地域連携も中小規模大学が持ち味を生かすための重要な取組の一つです。本学の立地する川越市は、埼玉県の中でも小江戸川越と呼ばれ、商業、工業ではなく歴史と伝統を謳い、芸術、文化による町づくりのために、伝統文化、音楽、芸術と連携していきたいとしています。こうした中で、市長も本学の音楽祭に時々足を運ばれたり、市主催の物産展などの様々なイベントに、本学の音楽やスポーツ分野の学生が、ボランティアとして参加したりするなど、本学との連携を深めています。私も、北九州市へ出向して地域のための人材づくりに携わった経験を活かし、川越駅前のホールのアドバイザリーボード(経営諮問委員会)に入ったり、商工会等へ顔を出したりして人脈作りに励んでいます。周辺の大学も、それぞれ地域との連携を進めていますが、地理的には本学が真ん中に位置していて、結びつきも一番強いと思います。また同じ音楽でも、ポップス、ジャズ、ミュージカル、ダンスと幅広いジャンルをカバーし、よりエンターテイメント系に寄っている本学は、市の求める文化とのかかわりを持ちやすいとも言えます。

時代に対応した教育で、可能性を秘めた大学に

 グローバル化が加速するとともに、Society5.0などの新しい社会への移行が目指される中、個々に求められるものやスキルは、今後、大きく変化していくと予想されます。ところが大学は、そうした変化に合わせるというより、自らが用意した学問分野毎に、たとえば法学部、経済学部、理学部といったような枠組みで学生を集めてきましたし、各学部の構成も、総合政策系の学部なら、法・経といった伝統的な学問分野を中心に置き、学生がその中から将来のキャリアを想定して必要な科目を選択していくという形がほとんどでした。

 しかし今は、それだけですべての受験生のニーズに応えられるとは思えません。今後の大学運営としては、時代に合わせた学問分野に重点を置き換え、なおかつ多様なコース等を設け、さらにそれを臨機応変に組み替えていく必要がある。たとえば法学部で言えば、「憲法」を中心に固定するのではなく、「商法」「会社法」といった、より企業やビジネスマンに関連の深い科目を増やす、あるいは公務員、起業家、ビジネスマンを目指す実践的なコースを編成し、中身も時代に合った科目に組み替えていくといった具合です。

 本学ではこのような考えに基づき、ここ数年間、毎年のように全学でカリキュラムを改正し、新しい学び方を導入したり、新しい専攻を作ったりしてきました。具体的には情報表現学科では、ブラックボックス化の進む工学系の部分はあえて避け、ソフト分野に軸足を移す。また6つのコースの中から好きな科目が選べる「クロスオーバー学習制」の導入です。音楽表現学科では、音楽教員を目指す「音楽教育専攻」に加えて、演奏力を高めることよりも好きな音楽に係わっていくことを大事にしたいという学生のための「音楽教養専攻」を開設しました。 本学のような大学は、高校からの推薦入学者が多いため、こうした改革が口コミに乗ると高校での評価が高まり、学生募集の追い風になります。実際、入学者数は私が学長になってから増加に転じ、今年は800名(定員660名)を超えました。もちろん改革はこれで十分というわけではありません。変化の激しい時代には、5年から10年同じことを続けているとすぐに時代に合わなくなってくる。今後ともさらなる見直しを続け、受験生のニーズに合った大学へと進化していかなければなりません。そして近い将来には、学部の壁を取り払い、もっと自由に好きな科目が取れ、転学科、転学部もしやすい大学を目指したいと考えています。

2020年4月、スポーツマネジメント学部(構想中)の開設を予定しています

 こうした一連の改革の流れに乗り、2020年に開設を予定しているのがスポーツマネジメント学部(構想中)です。ベースとなるのは総合政策学部のライフマネジメント学科スポーツコース。「音楽の尚美」として知られてきた本学にあって、総合政策学部の存在は多少認知はされてきましたが、その中にあるスポーツコースは人気を集めてきたわりには認知度があまり高くなかった。そこでそれをスポーツの名称を冠した新しい学部に拡大して、芸術と並ぶ本学のもう一つの柱にしたいと考えたのです。

 近年、生涯スポーツの概念の浸透や、自然体験の少ない子どもの健康増進、健全育成、超高齢社会における介護予防、健康寿命の延伸など、スポーツの捉え方は大きく変化し、スポーツ関連人材のニーズも高まっています。また2011年のスポーツ基本法に基づき、2012年には「スポーツ基本計画」が策定され、その起爆剤と目されたオリンピック招致も実現しました。そして5年目の見直し時期に当たる2017年に出された「第二期スポーツ基本計画」では、スポーツの概念を「する」だけではなく、「みる」「ささえる」にまで拡大し、エンターテインメント、イベント系、施設管理系など、分野そのものの拡大も明記されました。またスポーツの成長産業化として、スタジアム・アリーナの改革、スポーツ経営人材の育成・活用、新たなスポーツビジネスの創出・拡大なども謳われています。

 このような流れの中で、近年はスポーツ関連分野を教育組織の中に取り入れようとする大学も多いようですが、情報表現学科でエンターテインメント系分野を、総合政策学科でビジネス分野をカバーする本学としても、スポーツとそれらの分野とを連携させた新しいスポーツ学を創出できるのではないかと考えました。最近はフェンシングなどでも音響効果をいかして、見て楽しい演出がされていますし、フィギュアや、オリンピックの開会式・閉会式も音や映像とのセッティングが工夫されています。スポーツができる学生に、音楽、情報分野を融合させたエンターテインメント系やビジネスのノウハウを学んでもらうことで、ユニークな領域をカバーする他にない「教育」を通じて、「基本計画」が言うところの《新しい分野で活躍する人材》を育成できるのではないかと考えたのです。 さらに言えば、スポーツと音楽とを市場規模で比較した場合、前者は少ないと言われながらも5,5兆円ぐらいあり、CDの売り上げから見る音楽の約3000億円(レコード協会による)よりも遥かに大きい。しかもその10〜20倍と言われるアメリカを意識して、少なくともこの5,5兆円を2025年には15兆円にしようという目標も掲げられています。社会に役立つ人材育成という観点からも、より大きな市場で活躍する人材の育成は急務だと考えたのです。


【コラム】UNIVAS※4について

 この新しい日本の大学の試みについては、二つの視点から見ておく必要があります。一つは大学のスポーツ組織が、放映権を持つなどしてビジネスをしながら体制を整備していくという点、そしてもう一つは、スポーツ選手の学業支援を今以上に強化し、文武両道のスポーツマンを育成するという点です。前者についてはモデルとしているアメリカのNCAA※5にどれぐらい近づけるかはまだまだ未知数ながら、本学としては主として後者のメリットを勘案して加入しました。

 アメリカのNCAAはビジネスモデルが完成していますが、日本の体育会、運動部には、外部から監督、コーチを招くなどして、大学とは独立して活動してきたところが多い。そのため大学としてほとんど関与していなかったり、何が行われているか関知していなかったりするケースも多く、今後それをどう変えていくのかは大きな課題だと思います。実績のある学生をスポーツ特待生として募集しサークル活動を作るといったように、学生募集戦略に徹して経営と一体としてやってきた本学には、そのような心配はありませんが、ビジネスモデルとして伸ばしていけるかは次のステップになります。このことは、大学についてだけでなく、そもそもプロのスポーツ組織の運営とも関係していて、しばらくは試行錯誤が続くと思います。 後者については、アメリカの大学スポーツでは、学業成績が悪いと試合に出られなくなると言われていて、日本にもそうした考え方が定着していけば大学スポーツの質が向上し、大学でスポーツすることの意味や社会の評価も、これまで以上に高まるのではないでしょうか。

※4 一般社団法人大学スポーツ協会、略称。2019年3月に日本の大学スポーツを統括する団体として発足。
※5 National Collegiate Athletic Associationの略。全米大学体育協会。

人を育てる、人をケアする、人に寄り添う人になろう!

【トピックス】加速する国立大学改革—教育学部

2020年、日本初の共同教育学部へ!

教育学部から、大学教育改革を再加速したい

石田 朋靖先生 宇都宮大学長 石田 朋靖先生

~Profile~
昭和30年2月6日生まれ。1978年東京大学 農学部 農業工学科卒。1984年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。1983年8月山形大学農学部助手。1991年4月同助教授。1992年4月宇都宮大学農学部助教授。2000年9月同教授。2005年12月国立大学法人宇都宮大学評議員(兼務)(平成20年3月まで)2008年4月国立大学法人宇都宮大学農学部長(兼務)(平成21年3月まで)2009年4月国立大学法人宇都宮大学理事(平成27年3月まで)2015年4月から現職。群馬県立高崎高等学校出身。
平塚 浩士先生 群馬大学長 平塚 浩士先生

~Profile~
昭和20年(1945年)1月13日生まれ。昭和42年 群馬大学工学部卒。昭和44年 東京工業大学大学院修士課程修了、昭和47年同博士課程修了(理学博士)。昭和47年6月東京工業大学助手(理学部)1992年群馬大学教授(工学部)。同工学部応用化学科長(~平成8年3月)、工学部応用化学科長(~平成19年3月)群馬大学教授(大学院工学研究科)、国立大学法人群馬大学理事(企画・教学担当)・副学長国立大学法人群馬大学理事(研究・企画担当)・副学長、国立大学法人群馬大学理事(研究・企画担当)・副学長、2015年4月から現職。専門分野は機能物質化学、物理化学(光化学)。栃木県立足利高等学校出身。

改革を加速する国立大学の中にあって、特に注目の集まる教育学部。86大学中の約半数が設置するように、地域の教育の要、義務教育教員養成の中核的な担い手として期待されている。一方、少子化の進行が止まらない中、教員の需給予測から全体規模の縮小までもが言及されている(「教員需要の減少期における教員養成・研修機能の強化に向けて――国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校有識者会議報告書」2017年8月)。同時に、グローバル社会に対応し、ソサエティ5.0※1を築くに必要な能力の育成が急務とされる今、規模縮小の議論に加えて、これまで以上に質の高い教育を求める声も高まっている。そんな中、共同で教育課程を編成し学部教育の充実を図ろうという《共同教育学部》の開設を予定しているのが群馬大学と宇都宮大学。両大学の学長に、そのいきさつやこれまでの経緯、具体的な工夫、目指すところなどについてお話しいただいた。

その仕組や全体像、特徴は?

――まず基本的な仕組からご説明ください。

石田:モデルは平成24年にスタートした鹿児島大と山口大の共同獣医学部にあります。たまたま大学時代の友人が、山口大学側の担当ということで話を聞いていました。もちろん獣医学部と教育学部とでは修業年限も定員規模も違いますし、国家試験の有無などによる違いはあります。しかし連携する大学、学部が共同して、弱い科目を遠隔授業で補い合ったり、あるいは新たな課題に対応する共通科目を共同して設け、お互いの教育課程をほぼ同じようにして教育の質を高めようという点は同じです。

平塚:知識をきちっと伝えることを目的とする教養科目や専門科目を、双方で提供し合うのが「斉せいいつ一教育」ですね。それぞれ31単位ずつ出し、どちらの学生も62単位取る。今回の共同教育課程の卒業要件としては相手側大学の授業を2割以上取ることとなっています。「共通教育(科目)」も大きな特徴です。二大学間で単位数やシラバスなどを統一し、同一科目名で開講します。どの教育分野にも当てはまると思うのですが、カリキュラムが必ずしも必要十分なものになっておらず、いまだに教員が自分で教えたいものが大きな位置を占めている場合もある。全く違う組織同士で共通のカリキュラムを作るということは、こうした観点での改善効果もあり、国際的な通用性のある教育を進める上でも効果は大きいと思いますね。

石田:かなりの科目は通信メディアによる遠隔授業で行いますが、鹿児島、山口両大学からは、リアルの授業と遜色のない成果が得られているという報告も出ています。この間、情報技術は着実に進歩し双方向型の授業にも十分耐えられるような臨場感も期待できますし、空間に実像を形成する3Dの空間ディスプレイなどの技術によって、本物に近い臨場感まで味わえるのもSF映画の世界の話ではなくなりつつあります。こうした技術進歩を念頭に置きながら、遠隔講義を前向きにとらえ、ブラッシュアップする必要があると思います。もちろん教育実習や実技科目などはリアルのまま残るでしょうが。


――学生の行き来は?

平塚:実技科目などは対面式の授業が行われますが、その場合は教員の移動を中心とした集中講義を考えており、学生の移動は、新設する合同ゼミ合宿の形をとる「教職特別演習(集団宿泊研修)」だけですね。教育実習の前後(長期休暇中含む)に、赤城と宇都宮の野外実習ができる研修施設で2度行う予定です。

石田:それ以外にも、卒論レベルのゼミ単位で共同ゼミや発表会をするなど、相手校へ出向く機会は出てくるかもしれませんが、正門から正門まで車で1時間半くらいで行き来できるからやりやすい。


――学位は?

石田・平塚:二大学の連名で出します。


――入試について

石田:2020年度入試からは、両大学とも4系13分野という同じ枠組みでの募集になり、一般入試(前期日程)の個別学力検査等は実技教科を除き小論文と面接になります。

得られるもの、目指すところは?

――取組の背景、いきさつ

石田:それを説明する前に、この取り組みが生まれた背景を説明したい。
教育学部については平成13年に「今後の国立の教員養成系大学・学部の在り方について(報告)」が出され、少子化による需給見通しだけでなく、ゼロ免課程の存在や就職率の低さなどが問題とされる中、2004年(平成16年)には島根大学と鳥取大学が統合しました※2。

平塚:同じ頃、われわれは教育学部を軸に埼玉大学との統合を検討していました。結果的には挫折しましたが…。

石田:当時と比べ今は、状況はさらに切迫しています。少子化の進行が止まらず第6期(2034年~)には、宇都宮大学は現在の入学定員170名を、群馬大学は220名を、それぞれざっと100名程度にまで減らさなければならないとも言われている。

平塚:そうなると教科を教える講座も縮小せざるを得ない。しかし県の教育委員会が地元の国立大学の教育学部に寄せる期待はとても大きい。義務教育、中でも中学校教員養成にはすべての教科(10教科)に対応してほしいということです。統合によって補えても、地元の大学から取得できない免許が出てくるのは困ると。実はそれが、埼玉大学との統合が挫折した要因でした。


――地域の教育学部が弱体化せず、シナジー効果も高まる

石田:共同教育学部は、この点をまずクリアできます。地域から教育学部がなくなったり、弱体化したりしないことで、義務教育課程、教員研修体制に対して従来通り責任が持てる。

平塚:しかも二学部分のリソースがあるから、教員を戦略的に配置でき、社会のニーズに応える英語教育、特別支援教育なども拡充できます。

石田:宇都宮大学はこれまで、特別支援学校教諭免許としては3領域(知的障害・肢体不自由・病弱者)しかカバーできていなかったが、聴覚障害を加えた4領域をカバーする群馬大学と共同することで、教員を戦略的に採用し4領域に視覚障がい者を加えた5領域に対応できるようになります。

平塚:ほかにも様々なシナジー効果が期待できますね。

石田:宇都宮大学は小学校教員の養成に力を入れていて、小学校でのリーダーや指導法の提案者となることを目的とする「アドバンスト科目」を設けていますし、分野による縦割り意識に陥らないよう、4年間「一括クラス」で過ごすなどの特色があります。

平塚:中学校教員の育成に力を入れている群馬大学では、1年次から学校現場に触れる授業を行っていて、二大学が共同することでお互いの強みを共有できる。

石田:次期学習指導要領を見据えた教員養成、なかでも英語教育、グローバル教育やICT/プログラミング教育、Society5.0に対応する先進開発教育のためのForefront先端科目群や、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に対応するESD(Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)も強化できますね。

平塚:総合大学としての強みも発揮しやすい。

石田:宇都宮大学には国際学部があり、多文化共生プログラムや実践的な英語教育が強い。また農学部があり、附属農場・演習林での農林業体験もできますから、食・生命・環境教育をサポートできる。

平塚:群馬大学には数理データ科学教育研究センターがあり、教科におけるICT活用法だけでなく、プログラミング教育もサポートできます。更に医学部がありますので、心や体の健康を支える教育もサポートできるでしょう。

石田:相互の学生交流も楽しみです。「一括クラス」同志、メディアで交流したり、集団宿泊研修(教職特別演習)などを通じて、これまで以上に人間力、協働力を育成して行きたい。

平塚:教職を目指す意欲も醸成でき、結果的に教員採用試験の受験率や合格率も上がると期待しています。まさに教育学部に求められる教員養成機能の強化と教員養成教育の質の着実な向上が図れると思います。

石田:欲を言えば、100名程度収容できる学生寮が双方にあるといいですね。教育効果はもっと上がると思う。

平塚:同感です。 石田:ゆくゆくは、両県はもとより他地域の私立大学の教員養成課程への授業(コンテンツ)提供も可能にしたいし、地域の教員養成の質をさらに高め、骨太な教員を育てることで初中教育の質向上に対する役割を果たしたい。


――そもそもなぜこの二大学ですか?

平塚:埼玉大学との統合構想以外にも、具体的な連携にはいくつかの実績があります。例えば産学連携の観点からは、埼玉・茨城を入れた「北関東4大学(4U)」で。URA※3の採用、活用では茨城を入れた三大学で。

石田:こうした中で、そもそも宇都宮大学と群馬大学とは、医学部の有無を除けば、部局数や学生定員数などはかなり近く、しかも平塚先生とは10年前の学務担当理事時代からのお付き合いで気心が知れていました。

平塚:二大学とも悩みの本質はほぼ同じでした。そして4年前、お互いに学長になった時点で、教育学部はこのままでは難しい状況に陥るという共通認識に至りました。そこで経営の問題からではなく、地域の教育を支えるという責任感から改革に踏み切ろうと話し合いを始めました。

10年来、個人的な信頼関係を築いてこられたお二人。「お互いを蹴落とすのではなく、一緒になってそれぞれの大学の発展を願っていこうというトップ同志の信頼関係も改革推進の原動力だった」と。石田先生が群馬出身、平塚先生が栃木出身で、「出身がお互いにクロスしているのも何かの縁かもしれない」とも。

日本で初の試みとなる
共同教育学部に期するものは?

石田:以来、双方の執行部や教育学部のみなさんの協力を得て、ようやくこの春、ここまで漕ぎつけることができました。まだまだ未知数の部分もありますが、後戻りせず、改革を進めたい。

平塚:事前に想定したことだけでなく、やってみるとわかってくることもあるから楽しみです。たとえば「共通科目」を作る際には相互の教員が、同じテーブルにつくわけですが、みなさん喜々としてアイデアを出し合っておられたのが印象的でした。

石田:現在の状況からは、教育学部の改革は待ったなしですが、他の学部も今のままでいいわけではないと思います。「教育の質の保証」をと言われて久しいが、どれだけ進んでいるのか。教育学部は目的が明確な学部だからこそ、負の側面に光が当たりやすかっただけ。平塚先生とは工学教育改革の中で、JABEE認定プログラム※4の導入で一緒に汗を流しました。結果的には企業が取り上げてくれなかったため思うように広がりませんでしたが、教育の質保証、3P※5の明確化などについては、今よりはるかに踏み込んだ議論をしていました。それもあって、今回の改革が、大学教育改革を今一度加速させることにつながってほしいと願っています。

平塚:大学全体の資産を使っての改革ですから、まずはこれまで無関心だった学部が関心を示してくれるとありがたいですね。

石田:他大学とさえ連携するわけだから、学内でするのは当たり前と。

平塚:私は、学部教育においては教育学部ほど重要なものはないと思っています。ここに次世代を担う人材の育成がかかっているからです。大学教育改革を加速させる鍵を、ある意味で教育学部が担えたらとても象徴的ですね。

石田:日本の高等教育は、このまま放っておくと劣化する一方だと思います。教育学部だけでなく、大学全体のリソースを結集してそれを食い止める必要が遠からず訪れる。それには一法人複数大学制度や大学等連携推進法人の制度運用だけが唯一の方法ではないはず。今回のチャレンジが、そのための選択肢を一つ増やすことにつながってほしと思います。

※1 科学技術基本法第5期でキャッチフレーズとして唱えられた未来社会のコンセプト。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決の両立を目指す。
※2 島根大学の、教育職員免許取得を卒業要件としない学習課程と生活環境福祉課程の定員計100名を鳥取大に移動する一方、鳥取大の教員養成課程の定員70名を島根大に移動、教員養成に特化した。
※3 University Research Administrator:リサーチ・アドミニストレータ。研究開発内容について一定の理解をもち、研究資金の調達・管理、知財の管理・活用等をマネジメントする人材。
※4 Japan Accreditation Board for Engineering Education(一般社団法人日本技術者教育認定機構による。国際的に通用する技術者の育成を目的に1999年に設立された)
※5 アドミッション、カリキュラム、ディプロマそれぞれについての方針(ポリシー)。

第19回 むしろ「知識」ではなく「考え」を

京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 3月に新刊「学問からの手紙ー時代に流されない思考ー」(小学館)を上梓しました。発刊月に京都大学生協書店で月刊売り上げ第一位を頂くなど、ありがたい限りです。まだ一ヶ月たらずですが少しずつ感想を頂いており、今回はそれをもとに考えを深めたいと思います。


『細かい点を取り上げて議論するような本じゃない』(東工大・准教授)

 とてもありがたいご感想です。事実、拙書に頂いた感想のほぼすべてが、著者の論に対して何か意見を言うというものではないんです。なんと言ったらいいか、ご自身の志や今の研究に至る経緯などをとうとうと語られるものが多いんです。

 もちろん著者の未熟さから、読者にとって「ほんとにそうかな?」といったような気になる点も多々あるでしょう。しかしそれを個々にピックアップして指摘する気にはならないらしいのです。これはなぜなのか? おそらくは、この本が何かを主張したり、「・・すべき!」といった意見を述べたりしておらず、あるいは、これまで知らなかった知識を得てもらおうというものではないことが理由からではないでしょうか。あえて言うなら、考えを促す本。だとすれば学者冥利につきるというものです。


『軽快な語り口と整った文章とは裏腹に、一ページ一ページをめくるのがとても重たい。自分自身の学問との向き合い方を問い直され続けるような。院生だけでなく、学部生、中高生、いろんな人たちに届いてほしい「手紙」である。』(Twitterにてフォロワーの方から)

 これもまた不思議ですが、お読みいただいた多くの現役研究者の方々が、学部生や中高生にも本書を読むことを勧めておられます。とても嬉しいことです。たしかに本書は学問や大学について語ってはいますが、本当はそれらの根底にある生きることにおける本質そのものについて述べたつもりですので、研究や大学関係以外の方、そして学部生や中高生にも響くであろうというご感想をいただいたくことができて、わずかながらもその本質に迫れたのではないかと安堵しています。

 ただ、実はまだ中高生の方からのご感想は私には届いていません。そこでもし本紙の読者から何かしらの感想をいただけたら、この場で取り上げさせていただきたいと思います。勉強させてください。


『引き込まれつつ考えているとなかなか進まず本当に良い本です』(Twitterにてフォロワーの方から)

 実は、私が「良い本」と思うのは、まさになかなか読み進まない本なのです。一行読んではふと考え、車窓を眺めて思考にふける・・・(myベスト読書タイムは新幹線か京阪電車)。半日かけて1ページも読み進まないという時もあります。まさか自分の本がそのように読まれるようになるとは驚きでした。ありがたいことです。

 以上、拙書の振り返りをさせてもらいましたが、お伝えしたかったのは、知識を得ることもさることながら、それと同等かそれ以上に、「考える」ことが大事だということです。情報的な単なる知識なら教えることはできます。しかし「考える」ということは絶対に教えられません。「考える」というのは自らが感じ、自らが想うことでこそ発動される身体的行為です。どうやら本書も少しはそれに貢献しているようで、本当に嬉しい限りです。(つづく) 編集部では、昨年の「16歳からの志望理由書トライアル」に続いて、「学問からの手紙―時代に流されない思考―」の読書感想文を募集しています。応募方法は129号8ページをご参考に。

シリーズ 大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦
ともいき(共生)フェスティバル2018

地域住民、地元企業、行政、経済団体関係者、入学予定者が、『ともいき(共生)キャンパス』を実体験!

2018年12月8日(土)、年に一度の大学開放イベント「ともいき(共生)フェスティバル2018」が、京都文教大学・京都文教短期大学にて開催されました。今年のテーマは「親子でたのしもっ!」。学生企画の学内周遊ゲームや、地元企業・団体によるワークショップなどで会場は大賑わい。親子連れを中心に約3,000人が来場しました。当日は、2019年4月の入学予定者も「One Day Campus」として参加、地域と京都文教大学の教育・研究・社会貢献活動の繋がりを体感しました

地域連携学生プロジェクトブース

地域の課題解決を目的に、学生たちが自ら立ち上げたのが「地域連携学生プロジェクト」。本年度採択された4団体も、それぞれの活動を活かしたブース展開を行いました。

商店街活性化隊しあわせ工房CanVas「宝さがしスタンプラリー」

今年の「ともいき(共生)フェスティバル」は、子どもが主役!キャンパス全体で子どもたちが楽しめる企画を考えました。地元企業・行政のゆるキャラ6組や、京都文教大学・短期大学の学長を見つけて、決められたミッション(じゃんけんやハイタッチ、合掌など)をクリアするとシールがもらえます。

家族でゆるキャラを探したり、学長に話しかけ一緒に合掌するなど、普段はできない交流が生まれました。

シールが集まったらCanVasブースへ。企業・団体から提供してもらったノベルティグッズをプレゼントしました。

宇治☆茶レンジャー「おいしい宇治茶の淹れ方体験」

急須でおいしくお茶を淹れるコツを伝えるワークショップは、学外のイベントでも数多く実施している人気企画。参加者1人ひとりに、メンバーが寄り添い、茶葉の分量や急須の持ち方などを丁寧に伝えます。そのため、初めての子どもたちでもおいしく淹れることができます。ブースの参加者は途切れることなく、親子連れの姿もたくさん見られました。普段はあまりお茶を飲まない、という子どもも、茶レンジャーと一緒に淹れた宇治茶を飲んで「おいしい!」と笑顔になりました。

響け!元気に応援プロジェクト「響け!カフェ」

宇治を舞台にしたアニメ作品「響け!ユーフォニアム」を通して、アニメファンと地域を繋ぐ取組。ともフェスでは、アニメに関心の薄い人にも、作品の魅力が伝わるよう工夫しました。今回実施した「響け!カフェ」は、今年度より始めたものです。作品に登場する宇治市黄檗にあるパン屋さん「中路ベーカリー」のフランクデニッシュと、三室戸にある「幸栄堂」の栗まんじゅうなどを委託販売し、作品の紹介と併せて地元のお店もPRしました。

KASANEO「ファッションショー&フリマ」

高齢者に提供いただいた「想い出」の服を、学生の感覚を加えた着こなしで発表するファッションショーです。今回初めて、シニアモデルとして、宇治市高齢者アカデミー生に、学生たちの服を着て参加してもらいました。ファッションという切り口で世代を超えた交流を図っていきます。

メイン会場内の地域ブース

宝さがしスタンプラリーでは、地元企業に提供してもらった特別な景品をプレゼント!
【協賛】株式会社西山ケミックス、株式会社幸山商店、共栄製茶株式会社、源氏の湯、城陽酒造株式会社、京阪ホールディングス株式会社、京都府茶協同組合、宇治市、宇治商工会議所、公益社団法人宇治市観光協会

大好評の餅つき大会。京野菜いのうち、ベリーファーム宇治の協力のもと実施。つきたての餅をお汁粉(NPO法人就労ネットうじゆめハウスが調理)にして美味しくいただきました。

毎年人気の「子ども茶席」。昨年に引き続き、宇治市立北槇島小学校3年生が、「宇治学」で学んだお点前を披露しました(宇治市内産抹茶を使用)。

ご当地キャラクターも遊びに来てくれました!
・かばきち((株)西山ケミックス)
・ゴリゴリ戦隊五里ンジャー(城陽スマイル)
・ネギーマン(久御山町商工会青年部)
・ちはや姫(宇治市)
・深草うずらの吉兆くん(伏見区役所深草支所)
・伏見もも丸(伏見・お城まつり実行委員会)

「京都文教ともいきパートナーズ」をはじめとする、地元企業の社員による子ども向けワークショップを開催!(亜晃豊建、株式会社ベストライフ、株式会社ヤマコー、京都中小企業家同友会宇治支部、京都中小企業家同友会八幡久御山支部)。コースターやペンスタンド、クリスマスリースづくりや家電分解体験、プラダン工作等、子ども達は夢中になって取り組んでいました。

「認知症の人にやさしいまち・うじ」の実現に向けての研究の一環で講座を開催しました。認知症当事者や支える家族からの話に約200名が耳を傾けました。

宇治市ごみ減量推進課との共同研究「ごみ減量化に向けた大学リユース市の研究」のもと、「大学リユース市」を開催。参加者はみな、お目当ての物品を持ち帰りました。

本学小学校教員養成コースの学生が、子ども達に向けて、理科実験・工作・おもしろ算数・新聞づくり等を行いました。

宇治の小中学生から募集した400問以上の問題から、宇治にまつわるクイズをつくり、出題する「学長と一緒!ふるさと宇治検定」。どちらが正解かな!?

16歳からの大学論|第18回 科学と芸術について、改めて感じたこと

宮野 公樹先生 京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

Profile
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 先日、理工系の院生と、芸大の院生とが交流するイベントに参加しました。まず理工系院生による研究紹介があり、続いて研究室を見学。その後に芸大院生による作品の展示を見るという流れです。この手の「科学x芸術」企画は特に珍しいものではありませんが、今回、実際に参加していろいろと感じることがあったのでお話ししたいと思います。結論から言うと、科学と芸術とでは、それぞれ修養の仕方が違うことをあらためて感じたということです。

 まず理工系院生の研究説明を聞いて感じたことは、どうしても仕方がないことなのですが、それが「自身の研究の説明」というよりも「所属する研究室の研究紹介」ではないかということでした。「僕はこういう研究をしています」とプレゼンするものの、それは所属研究室が脈々と続けてきた研究山脈の一部。使っている理論や装置などは、彼が研究室に所属する以前から存在しているもの。つまり、彼の仕事(研究)は、研究室に配属されたときに教員から与えられたテーマの追及や、付随する理論や関係装置を使いこなすことなのです。独自性は、その研究を遂行する上での工夫として現われる。苦労し苦悩し、あてがわれた研究テーマをなんとか無事に(できることなら最速で)クリアすることが腕の見せ所となるわけです。

 これが良いとか悪いとか言いたいのではありません。科学の研究、特に実験系ではえてしてこういうことが多いのです。今日の科学は極めて複雑化、高度化、さらに付け加えるなら「技術化」しており、院生自身が自分の研究テーマ、すなわち「学術的な問い」を持つためには、膨大な経験を含めた基盤的予備知識が不可欠です。そしてそれらを身につけるためには数年(で済めばいいほうですが)かかる。こう考えると、理工系院生には「自身の研究を説明して」ではなく「この研究室を選んだ理由をプレゼンして」というお題のほうが良かったのではないでしょうか。

 理工系院生のプレゼンおよび研究室見学が、いうならば<説明>だとすると、芸大院生の作品の展示会からはむき出しの<感情>が感じられました。「私そのものです」と言わんばかりに並べられた作品と対峙すると、鑑賞する側も気持ちを揺さぶられます。例えば、この彫刻のこの部分はなぜこの色でこの形なのか。それに明確な根拠や理由などありません。しかし、「あれもちがう」「これもちがう」と、何百回、何千回と試した後に選択されたその色・形状からは、「これ以外にありえない」という意思、覚悟のようなものが感じられます。言うならば、芸大院生との対話は想いのぶつけ合い。「僕はあなたの作品からこう感じる」と伝えるだけで、まどろっこしい知識や前提条件を一切抜きにして、彼・彼女たちと自然観、人間観、世界観をやり取りできる。非常に濃密な、精神性の高い時間を持てたのです。ただ、物足りなさを感じる作品もないことはありません。もしかしたら、作品に凄みをもたせるためにはそれ相応の人生経験が必要なのかもしれません。ただしそれは、生きてきた時間の長さによるものではなく、どれだけ他の精神(人でもモノでも本でも)と本気の交わりをしてきたかによるものだと思います。

 今回強く思ったのは、科学も芸術も、本来、同じ根っこから生まれたはずなのに、現代ではなぜこんなにも別個のものとして扱われるのかということです。科学とてその始祖は、芸術と同様、この世界に対する驚きだったはずです。だからこそ、科学にしろ芸術にしろ、それを究めようと思えば、「そもそも科学とは」「そもそも芸術とは」という視点と思考を持たなければならない。さらにいうなら、自分を見つめるもう一人の自分を自分の中に存在させておくこと。そうでなければ、本当に心から自分自身で納得できる研究、作品を生むことはできないのではないでしょうか(続く)。

本連載の内容が本になりました!
研究と趣味の違いや、勉強と学問の違いなど、ぜひお楽しみください。

第17回 「研究力」とは何か

京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 日本人のいわゆる基礎研究者がノーベル賞を受賞するとなるときまって現れる、「我が国の基礎研究、研究力が弱まっている。このままでは我が国から次のノーベル賞はでない!研究力を向上させ基礎研究をもっと強化すべき!若者の研究環境を改善すべき!」の荒々しいフレーズたち。正直言って、これらの意見には少し食傷気味です。毎度ノーべリストらがそう言ったところで何も学術界は変わってないことにこそ注目したほうがいいと思うし、ノーべリストらは、発言に注目が高まるこの時こそ、「○○すべき!」といった空想に近い理想論ではなく、「なぜここまで言っても未だに基礎研究が強化されないのか」について、思慮深い意見を世間に発してほしいと感じます。おそらくその発言内容は、ノーベル賞をとるぐらいの本物の研究者であるからこそ、そして現在の学術界を中心となって構築してきたドンであるからこそ、論語の言うところの「学べば則ち固ならず」という学問的内省的な観点に立った、現場の実情と研究組織のあるべき姿の狭間でも機能するような、本質を突いたものになると思うのです。

 今回は、それを待たずに一介の学者である筆者がその「研究力」なるものについて考えてみたので、それを紹介したいと思います。この研究力という単語。大御所らや政策側がさらっと使ったりしていますが、きちんと向き合ってみるととても曖昧なものだと気づいたからです。

 例えば、非常に短絡的に考えるなら、「研究力」とは論文を多く生産する能力ということになりましょうか。しかし、論文は量を稼げばいいってものでは断じてない。いわゆるゴミ論文を増やしたところで人類の知に貢献したと言えるわけがありません(しかし残念ながら、こういう考えが支配しているからこそ、ハゲタカジャーナルという金さえ出せばほぼ無審査で掲載するジャーナルもでてくるわけですが)。では、論文の量ではなく質の高さでしょうか。だとすると論文の「質」とはいったい何を意味するのかを考えなければいけません。掲載誌が有名だからといって優れた研究内容とは限りませんし、被引用数が多いといったところで、それは単に多くの研究に関わっているというだけで、研究の質が高いということと同義ではありません。極論ですが、あまりにメジャーになった理論(例えば、相対性理論など)は現在引用などされませんし、そもそもある一つの論文がどのように人類の知に貢献するかは歴史こそが判断しうるもの。現時点における瞬間的評価などで研究というものの価値を計られたらたまったものではありません。研究者はみな長期的、超長期的に考えてこそなのですから。

 このように少し考えただけでも、「研究力」とはいったい何を意味しているかわからなくなってきます。何かわからないものを強化することなどできませんし、もしかしたら、基礎研究が強化されないのも、結局はこの研究力という単語の内容が掴みきれていないことが原因かもしれません。

 いろいろ考えたあげく、筆者は、「研究力」とは「個々の研究者の研究遂行能力」とするには限界があると気づくに至りました。そもそも個々人の「能力」とすると、それは努力や資質、そしてなによりも研究にたいするモチベーションによるところが大きいわけで、それを突き詰めていくと研究力=人間力という妙な等式になってしまうわけです。人間力だから、スキルアップやインセンティブ付与などの政策的手段で鍛えようがないのです。

 さて、個々人の能力でないなら研究力とは何なのか。個々人の能力ではないとしたなら、残るは個々人を支える場の力ではないだろうかと考えつきました。例えば、若手研究者が「こんな研究をやりたい!」と発言したら、それを応援するような直属の上司(すなわち教授)が多いかどうか。そういう挑戦を認める政策や制度、気風があるかどうかこそが「研究力」のような気がするのです。新しいアイデアを頭ごなしに否定しない、少し一般的な考えからはズレるけれども、何やら可能性がありそうだと支援するだけの度量が、その研究組織にあるかどうか。それを認める政策はあるか。もっと言うなら、それを許すだけの度量が社会の側にあるかどうか、だと思うのです。つまるところ、研究力向上とは大学といった研究組織に閉じる話ではなく、むしろ社会全体の責任の範疇だと思うわけです。

 であれば、話は簡単です。本質的な効果を求めて真に研究力向上や基礎研究強化を図るなら、大学や研究者を相手にするのではなく、社会の理解促進に注力したほうがいいでしょう。なぜなら大学への投資はこれまで散々やってきたことですから。新しい政策で研究力を向上させる!というなら、論理的に考えれば、研究者ではなくそれを評価する側や社会に対してアプローチしたほうがいい、となるよと言いたいわけです。【続く】

*これまでに、エッジーな研究を助成する政策がなかったわけではありません(総務省の異能(Inno)vation等)。政策側や執行部側は、これらが学術界にどのような影響を及ぼしているかどうかを調べてから「研究力」について考えてみてもいいかもしれませんね。


日本版ディプロマ・サプリメントの開発を目指して

「卒業時における質保証の取組の強化」を目指す東京都市大学(東京都世田谷区)が、
第2回大学教育再生加速プログラム(AP)シンポジウム
「改めて、学修成果の社会への提示とその意義を考える」を開催
11月13日(於:世田谷キャンパス)


 東京都市大学は、文部科学省による平成28年度大学教育再生加速プログラム(AP)「高大接続改革推進事業」-テーマⅤ「卒業時における質保証の取組の強化」の選定を受け、日本版ディプロマ・サプリメントの開発を目指して学修成果を重視した教育改革を進めている。今回のシンポジウムは、学生が成長を実感できる大学教育の実現と社会に通用する学修成果の獲得に向けて、いま取り組むべき教育改革の考え方、事例や課題などを広く共有し、改めて理解を深めることを目的として開催された。

 シンポジウムの前半では、九州大学教育改革推進本部の深堀聰子教授が「学修成果に基づく学位プログラムの設計と教学マネジメントの在り方」と題して基調講演を行った。その後、東京都市大学の皆川勝副学長より、主体的な学修と卒業時の質保証の実現に向けた教育改革の状況、同大学の住田曉弘学生支援部部長より、AP事業を通じた学生のキャリア形成と成長支援の取組について報告があった。引き続き、玉川大学の稲葉興己教学部長より、アクティブ・ラーニング及び学修成果の可視化の取組について報告があった。

 後半では、文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室改革支援第二係長の河本達毅氏と株式会社NTTデータ公共・社会基盤事業推進部営業推進部長の松本良平氏を加えてパネルディスカッションが行われ、学修成果を重視したこれからの教育のあり方やその評価、学修成果の社会への示し方などについて議論が展開された。

 東京都市大学では、育成する人材像に則ってカリキュラム面での改革を進め、教育システムの改善、全学的なPBL科目の導入による段階的な能力育成、卒業研究ルーブリックの再整備などによって学修成果の評価方法の充実を図る。さらに、eポートフォリオを活用して学生が目標設定と省察を行い、自らPDCAサイクルを回すことで学修習熟度を確認しながら、これからの社会で必要とされる能力の獲得を実現できる取組を進めていくとしている。 「大学ジャーナル」オンラインより転載

「丁寧な」マッチングと「手厚い」支援体制による低年次からの地域密着型キャリア教育
「地域インターンシップ」

シリーズ
大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦


京都文教大学では、建学の理念「ともいき(共生)」に共感する京都府南部地域の地元企業や自治体等と協働し、専門性と地域志向を兼ね備えた地域を担う人材を育成しています。その中核となるのが、独自の正課プログラム「地域インターンシップ」。地域協働ネットワーク「京都文教ともいきパートナーズ」を通じて、カリキュラム開発を行い、学生と企業、学生と学生、企業と企業が「共に育ち」「学び合う」仕組みを構築しています。

プログラムの流れ

地域インターンシップの特徴

チームティーチング形式で、学生同士が学び合う授業
定員40名に対し担当教員4名の充実した指導体制です。学生同士で意見や感想を述べる場もあり、より学びや経験が深まります。

京都文教大学の身近な地域(京都府南部地域)で「就業体験」
京都文教大学の協働先である地域の企業や自治体が学生を温かく迎え入れてくれます。「インターンシップに行けるか心配…」という学生にも、大学のサポートのもとチャレンジできる環境が整っています。

「自分の視野を広げたい!」学生のための「3×3」プログラムを新設
「色んな業界・会社をこの目で見てみたい」「自分の向き・不向きを知りたい」「行政にも企業にも興味があって実習先を絞れない」、そんな学生の声に応えるため、2018年度から「3事業所×3日」の実習プログラムもスタートしました。

受講生の声
栗山 秋香里さん 栗山 秋香里さん
(臨床心理学部2年次生)

実習先:3×3行政・企業コース(行政・商工会・企業の3事業所×3日間のプログラム)
3ヶ所の実習先でそれぞれ異なる業務を経験し、行政機関と企業で異なる「地域の関わり方」を学びました。行政機関の実習では、商店街の方々との会議に同席。地域住民の高齢化や集客の戦略など、地域が抱える課題について知り、考えるなかで、地域を支える行政の仕事の大切さを実感しました。
大當 一輝さん 大當 一輝さん
(総合社会学部2年次生)

実習先:運輸業(10日間プログラム)
駅員としての様々な業務体験のほか、社員の方々から安全管理や接客、サービスの基本など、貴重なお話を沢山拝聴できた10日間でした。接客の場面では、直接的に誰かの役に立てることに充実を感じ、「働く」ことに対して、ポジティブなイメージを持てるようになりました。

「高校・大学・地域・産業界」の接続をめざして

 京都文教大学では、2017年度から、「地域インターンシップ」の受入れ先を中心に、大学をハブとした地域協働ネットワーク「京都文教ともいきパートナーズ」を立ち上げ、京都府南部地域における「高校・大学・地域・産業界」の接続を図っています。

 京都文教大学の建学の理念である「ともいき(共生)」に共感、賛同いただき、学生の育成等に協力いただける企業や事業所、経済団体等を募り、インターンシップやPBL、学生のキャリア教育、学生と社会人の交流機会の創出、京都府南部地域における人材・異業種間交流、社員・職員研修や勉強会への教職員の派遣、地元企業や経済団体、行政を交えた意見交換会などを行っています。 「京都文教ともいきパートナーズ」の活動を通じて、学生と地域企業、事業所等との接続を図ることで、ミスマッチや早期離職を未然に防ぎ、就職時の地元定着に向けた取り組みを進めています。

雑賀恵子の書評-はじめての経済思想史

雑賀恵子

~Profile~
京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

はじめての経済思想史
中村 隆之
講談社現代新書 2018年

 いいところに就職しなければいけないと説教されるのは、収入が安定しているからだ。生きていくために必要なモノ、様々な行動ばかりではなく、現代の生活ではモノを手に入れ、コトを行うには、ほとんどあらゆる場合においてお金がなければならない。お金を手に入れるには、モノを生産して売るとか、労働を売って賃金を得るなどの方法がある。つまり、労働と金を交換することが働くということだとすると、「いいところ」とは要するに儲かるところだ。では、お金儲けはいいことか? 著者は、経済学の父アダム・スミスなら、よいお金儲けと悪いお金儲けがあると答えるだろうと言う。「よいお金儲けをできるだけ促進し、悪いお金儲けをできるだけ抑制することで、社会を豊かにしようとする学問」が経済学だとする観点から、「よいお金儲け」の捉え方の変化の物語として経済学史を綴っていくのが本書である。

 資本主義の道徳的条件を考え抜き、強者と弱者が共存共栄できるようなお金儲けを追求する自由競争市場を肯定したアダム・スミス。フェア・プレイを意識した道徳的人間が自由競争することによって全体が富み、弱者の能力も活かされるというのが、18世紀のスミスの説いた資本主義社会だった。しかしそうはならず資本が利潤獲得機械と化した19世紀にあって、資本を人間の手に取り戻し、他者との関係の中で生きる資本への転換を目指したのがJ・S・ミルである。A・マーシャルも同じく、利潤動機自体は否定せず、道徳的な行動という制約を課して、労働者への利潤分配をして社会が有機的に成長するというヴィジョンを打ち立てた。20世紀に入り、金融資本が発達すると同時に、第一次世界大戦によって進歩と安定の基調が崩壊して、英国は失業と慢性的な不況にあえいでいた。そこで、金融資本と産業資本の利潤追求のあり方を弁別し、価値を生み出す産業活動による利益追求で得た富を分配して、全体の富裕化を促進する方途を、従来の常識を打ち壊して考えたのがケインズである。著者はこうした文脈において、19世紀に社会主義を主張したマルクスを、資本主義の道徳的条件を満たすための試みが彼の経済学であったとして、ミル、マーシャル、ケインズとの共通性において捉え直す。

 現在日本を席巻している経済思想は、M・フリードマンが提唱した新自由主義だ。政府の介入を排除し、規制緩和の名の下に徹底的な市場主義を標榜し、自由競争市場で勝ったものが能力あるものとする。著者の文脈に照らし合わせれば、このような経済学は経済学の本流ではないということになる。 現実と格闘しながらより良き社会の実現を望んだ経済思想を本流として、スミスからフリードマンまでを描いた著者は、最後にこれからの方向性を「組織の経済学」から考えようとする。読むものは「冷静な頭と温かい心」(マーシャル)の経済学を知ることになるだろう。

進路のヒントススメ!理系 – 時間栄養学または時間食物学、という新たな分野を切り拓く

時計遺伝子の発見で、薬理、栄養、運動のすべてに時間軸を

柴田 重信 先生 早稲田大学理工学術院教授
先端生命医科学センター長
柴田 重信 先生

~Profile~
早稲田大学理工学術院教授。先端生命医科学センター長。九州大学薬学部卒業、同大学院薬学研究科博士課程単位取得退学。薬学博士。著書に『時間栄養学』(女子栄養大学出版部)、『体内時計健康法』(共著/杏林書院)など。福岡県立福岡高等学校出身。

近年、イワシやサンマの人気が上昇している。それらに含まれるDHAやEPAが健康にいいとされているからだ。児童・生徒には頭が良くなるというアピールもされる。しかし「いつ食べればいいか」となると答えられる人は少ないだろう。「どんな栄養を摂ればいいか」を一歩進めて、「いつ摂ればいいか」について科学的な示唆を与えようというのが時間栄養学。現在その最先端を走る早稲田大学の柴田重信先生に、最新の知見と今後の展望についてお聞きした。


時間栄養学の生まれた背景と、目指すもの

 時間栄養学(クロノニュートリション:chrono nutrition)は、時間生物学(クロノバイオロジー)を学問的裏付けに、栄養学を再構築していこうというもので、私が専門としてきた薬理学における時間薬理学と同じ発想に基づいている。3、4年前から研究者も増え関心も高まるが、これには昨年のノーベル生理・医学賞の受賞対象となったショウジョウバエの時計遺伝子の発見から、1997年においてヒトを含む哺乳動物での類似した時計遺伝子の発見が大きく寄与している。

 生物の体内リズムを司るメカニズムとして知られる体内時計。その在処が、脳の視交叉上核だけでなく、脳の他の場所や、各臓器や筋肉、さらには皮膚にいたるまで存在していることがわかったからだ。以降、視交叉上核にある時計は全体を司るという意味から「中枢時計」、あるいは「主時計」、脳の他の場所にあるものを「脳時計」、首から下にあるものを「末梢時計」と呼んで区別する。

 体内時計の周期は生物によって異なり、人間の中枢時計では一日が24時間より少し長い24,5時間(概日リズム)。そのため一昼夜に正確に対応するには、毎日0.5時間の誤差を調整(リセット)する必要がある。この調整には中枢時計では朝の光などの光刺激が、それ以外では、中枢時計の指示に加えて、食事、特に長時間の絶食後の食事が強く関与する。具体的には消化器官系へのインスリン分泌刺激による調整だ。ここに時間栄養学が求められる背景と、成り立つ根拠がある。

 私は長年、薬理学を専門としてきたが、健康科学、予防医学の観点からは、薬より、より日常的に摂取する食と栄養がより重要と考えるようになった。ただ栄養学が扱うのは化学物質の集合体で、薬のように単品ではないため、薬理学のように、血中濃度等を見て、薬効、どの成分がどれだけ吸収されて効果があったかを簡単に見ることはできない。さらに食となると、扱うのがその集合体だからもっと複雑だ。調理の仕方によっても《効き方》は変わってくる。たとえば水溶性植物繊維の多いゴボウを、ささがきとナノフード(微細加工)のそれぞれの形でネズミに与えると、後者は腸内細菌を強く活性化させるが、前者はあまり役立たない。また薬理が《飲み方》を含めるように、《食べる行為》も含めたり、その時の体調なども考慮したりするとさらに複雑になる。これらの点を考えると「時間食物学」と呼ぶ方が正確かもしれない。 現在、主な研究としては、食・栄養、食品機能成分が体内時計をいかに刺激し活性化させるかと、体内時計の特徴を踏まえた三大栄養食品、食品機能成分などの摂り方、その最適な時間の究明の二つを目指している。

特定機能性表示食品をいつ食べる?

 後者ではいくつかの特定機能性表示食品について、「いつ食べればいいか」をいくつかの企業と共同研究している。

 機能性表示食品は医薬品ではないから、厚生労働省や消費者庁からすれば「いつ食べてもいい」ということになる。ただ《機能》を、《生体と相互作用して何らかの効果をもたらすこと》と考えると、生体がダイナミックなリズムを持つ以上、薬と同様、インタラクションの仕方、タイミング等によって効き方も変わると考えるのが自然だ。薬との境界を設けることは難しい。《機能性表示》というものを止めない限り、「いつ食べればいい」かの問題は避けて通れないのではないだろうか。

実際、大手を中心にいくつかの企業では、データ収集と検証が進んでいる。たとえばDHAを含む魚製品に力を入れている水産加工会社では、オメガ3※1は朝の方が血中濃度は上がりやすいというデータを持っている。リコピン(トマトに含まれる赤の色素)を主成分とする製品の開発に力を入れている食品メーカーでは、その血中濃度は夕方より朝の方が上がりやすいとしている。これらの企業では、こうしたデータを持っておかないと、消費者の質問に答えられずビジネスにならない。

※1 オメガ3系脂肪酸:ALA(α-リノレン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサン塩酸)の総称。

朝食の重要性に新しい裏付けを

 体内時計にいかに刺激を与えるかという観点から注目しているのが朝食。一般的に朝食は、昼食や夕食に比べてそれまでの絶食時間が長いため、末梢時計に与える影響は大きい。あるヨーロッパの研究グループは、同じ光刺激の下で食事の時間を起床から5時間後にすると、起床後すぐに朝食をとった場合より、中枢時計はそのままなのに、末梢時計が2.5時間も遅れることを実験で突き止めた。これは中枢時計が通常通り光でリセットされても、末梢時計のリセットが5時間も遅らそうとしたから、その中点で2.5時間になったものと理解されている【下図Wherensら,2017】。見方を変えれば、朝食は体内時計に大きな影響を与えるという意味で、あらためてその重要性が再確認できる※2。

 にもかかわらず、おおむね朝食2:昼食3:夕食5というウェート配分が世界的な傾向だ。そこで私たちは、運動をしない夜にとる夕食には無駄が多いと、夕食の比率を4に減らし、朝食を3に増やすことを提案している。起きて何時間までを朝食とするかの定義はさておき、朝食の重要性をもっと認識してほしいからだ。ちなみに上のようなケースについて私たちは、体内時計がそろって目覚めていないという意味で、「朝食時差ボケ」と呼んでいる。朝食抜きで学校へ行き、午前中ぼーっとしていることがあるとしたら、それは低血糖によるものではなく、時計そのものが朝を示していないかもしれない。

※2 文部科学省は「早寝早起き朝ごはん」の国民運動を展開。平成18年には「早寝早起き朝ごはん」全国協議会も設立されている。

遅い夕食には「分食」、「攻めの間食」で対応

 忙しい現代生活では、夕食でも昼食から時間が大きく空いてしまうことが少なくない。すでに見たように夕食は、三食の中で一番ウェートが高いため、それまでの絶食時間が長いと、食事による刺激が強くなって血糖値が上昇し、体内時計が目覚めて夜型になるリスクがある。これは同時に肥満になるリスクでもある。これを軽減するのが「分食」。遅い夕食と昼食との間に軽く何かを口に入れて血糖値を上げておくと、夕食による血糖値の上昇が抑えられる(「セカンドミール効果」)。塾・予備校へ通っている場合は、その前におにぎりなどの主食を食べ、帰ってからおかずを食べる――「攻めの間食」を勧めたい。

 現代社会は夜型化が日に日に進んでいるが、基本的な設計は朝型が基準。これからシーズンを迎える入学試験も、朝からが一般的。学校や大学のカリキュラムやテストの多くも2時間目がゴールデンタイムだから、朝型の生活を維持しておくことが何よりも大切だ。すでに夜型になってしまった受験生は、少なくとも一週間前からは――3日では厳しい――朝型の生活に戻しておきたいもの。朝は光を浴び朝食をしっかりとって体内時計を目覚めさせ、夜はブルーライトを極力避け、カフェイン含量ドリンクを避け、体内時計を覚醒させないようにすることだ。


コラム①

受験生へのアドバイス
朝食では何を食べる?

 朝食では炭水化物に加えて、脂質、タンパク質の三大栄養素をバランスよくとることが大事。私たちの実験では、でんぷん質、魚油、タンパク質は、いずれもインスリン機能を促したり、ある種のホルモン分泌を介して体内時計を覚醒させる。タンパク質については、運動を伴うことで成長に必要な筋肉を作るという役割にも注目しておく必要がある。食後に通勤・通学で体を動かす朝食は、効率よく筋肉を作るためにも重要だ。小・中学生約1万人を対象に行っている食育に関する調査では、「朝食抜き」より、朝食でたんぱく質を摂る割合が少なく、朝食でたんぱく質をしっかり摂った児童・生徒の方が、勉強や運動が好きと答える割合が高いことが明らかになっている。

コラム②

高校生へのメッセージ

 私はもともと、うつやアルツハイマーの治療に関心があり、体内時計との関係で脳を調べていた。しかし体内時計がすべての細胞にあることがわかってからは、筋肉や骨、皮膚、さらには免疫系との関係、また運動と時間についても研究するようになった。皮膚の免疫では、化粧品会社との共同研究もしている。最近は、生活の夜型化や肥満の増加傾向を調べるために、ITベンチャーと共同して時計遺伝子のビッグデータを回析してクラスタリングすることも計画している。分野融合や異業種連携は、今後ますます進むと予想される。高校時代からいろんなものに興味を持っておくとともに、大学では一つのものを究める、自分の得意分野を固めておくことも忘れないでほしい。

進路のヒントススメ!理系 – 地球の果てで生命の謎に迫る

田邊 優貴子 先生 国立極地研究所
生物圏研究グループ 助教
田邊 優貴子 先生

~Profile~
2006年京都大学大学院博士課程単位取得退学。2009年総合研究大学院大学博士課程修了、博士(理学)取得。2009年4月~2011年3月国立極地研究所生物圏研究グループ研究員、2011年4月~2013年3月東京大学大学院新領域創成科学研究科・日本学術振興会特別研究員、2013年4月~2014年12月早稲田大学高等研究所助教。2015年1月~現職。第49次・第51次・第53次日本南極地域観測隊夏隊、第58次日本南極地域観測隊越冬隊など。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社:2013年)など。青森県立青森高等学校出身。

南極大陸と言って思い浮かぶのは、一面、白銀の世界。生物がいるなどと考えたことのある人は少ないのではないだろうか。日本の昭和基地の近くにたくさんある湖も一年のほとんどを氷に閉ざされ、短い夏の間だけしか水面をのぞかせない。しかし潜ってみると、そこには緑の世界が広がっていた。発見したのは田邊優貴子国立極地研究所助教(当時同研究所研究員)。二万年前まで氷河に閉ざされていた湖に芽吹いた生命の世界を探求している。現在の研究やこれまでの軌跡、高校生へのメッセージをお聞きした。

Q 現在のご研究内容についてお聞かせください

 南極・北極の両地域で研究を行っています。今までに南極7回に北極7回訪れました。それぞれ研究対象や内容は異なりますが、メインの南極の研究では、氷河後退後の湖の生態系を調査しています。南極では、二万年前まで氷河に覆われていた地域に、氷河後退後多くの湖ができました。元々、生物が全くいなかったと考えられるこれらの湖に潜って発見したのが、藻やコケに覆われた緑の世界。何らかの原因で生物が侵入したとしか考えられません。しかも湖によって、生態系が大きく異なります。それぞれ同じ時代に誕生し、非常に近い場所に位置し、同じ気候条件にさらされた湖にどうしてこのような違いが生じるのでしょうか。

 さらに、4年前には、それまでの調査地点よりさらに内陸に位置する一年中氷に閉ざされた湖に潜りましたが、そこは一面紫の世界でした。藻ではなく、地球上最古の光合成生物といわれるシアノバクテリアがメインの生態系が広がっていたのです。

 氷に閉ざされた世界で、なぜこのような生態系が誕生したのか、謎は深まります。南極は無生物状態から誕生した生態系を探れる地球上唯一の場所で、原始生態系の研究において他にない好条件を揃えた格好のフィールドだと思います。

 一方の北極では、湖の生態系の変化を見ることで気候変動の影響を調べています。地球温暖化や異常気象が叫ばれる昨今ですが、極地ではそれが顕著に表れます。食い止めるのはとても難しいことだと思いますが、それが生態系にどういう影響を与えるのか、それに対して私たちはどう対処すべきかを示していくのも科学者の仕事だと考えています。

 ここ何年かは海外調査が多く、文字通り地球を飛び回る日々でしたが、今年の春に南極越冬隊から帰国し、その後の海外調査も終えた今はやっとひと段落といったところ。これから一年ほどは、今までに採集した試料の分析やデータの解析作業、論文の執筆に専念する予定です。

Q なぜこのようなご研究を?

 子供のときにテレビで見たアラスカの風景に魅了され、以来、極北への憧れを抱き続けていました。大学4年の時、将来したいことも見えずに、流れのままに卒業することが嫌で、一年間休学し、向かったのがアラスカです。真っ白い広大な原野の中でオーロラに魅了されました。

 その後、大学院に進学したものの、当時は現在とは違う生化学を専攻、実験室で日々試験管と向き合う日々を過ごしていました。しかしアラスカの風景が片時も忘れられず、修士2年の夏休みに二度目の渡航。野生の動物、燃えるような紅葉、雪解け後の生命の芽吹き、短い夏の命のきらめき、生きているという実感を得ました。自分の心に素直に従おうと、博士課程の途中で、極地研に編入しました。 実は極地研に入るまで、生物学を勉強したことはありませんでした。高校でも物理・化学しか学んでいませんでしたから、一からスタートです。苦労はありましたが、自分がしたいことのためです。極地への憧れを胸に研究を続けた結果、2007年、第49次日本南極地域観測隊の一員として初めて南極の大地を踏むことができました。

Q これからどんな研究をしたい?

 南極大陸は広大で、その面積は日本の36-37倍で、まだまだ調査されていない場所や湖も数多く残っています。それらを調査していけば、おそらく今までにない発見があるに違いないと思っています。だから調査の範囲をもっと広げていきたい。もちろんそのためには、他国の南極基地・観測隊と交渉してその協力を取り付ける必要もあるでしょう。どのようにして生命は生まれたのか、原始生態系の秘密に迫るとともに、私たち人間も含めて生命はどこへ行くのか、それを知る第一歩となるよう、これからも研究と探求を続けていきたいと思っています。


コラム 高校生へのメッセージ

 自分の心が震えた経験を大事にしてほしい。自分の心に素直になって、それを生きる原動力にしてほしい。みなさんの前には、大学や専門学校に進学し、就職する、といったレールが暗黙のうちに敷かれていますが、人間にはもっと多様な生き方があっていいはずです。

 小学生から大学生まで、いろいろな方を対象に講演する機会も少なくありません。そこで心掛けているのは、子供たちが生きる世界を広げるためのきっかけを作ること。高校生にもなると、考え方もしっかりしてくる反面、自分の殻を作ってしまうことも少なくないと思います。しかし、いろんな人と話したり、様々な世界を見たりして、自分とは違う考え方、価値観を素直に受け入れる感覚を養うことも忘れないでほしいです。

 また女子の皆さんには、女性という勝手に作り上げられている古いイメージだけで自分のしたいことを諦めないでほしい。「男性だからできる」《女性だからできない》ということは決してないと思います。私自身、野外での調査活動も男性と一緒にこなしています。まして研究の世界では、成果を出せば、女性であることは全く問題になりません。才能や可能性を持ちながら、女性がそれを活かせないのはもったいない。自分の気持ちを大事にしてほしいと思います。


IIT-KGP(インド工科大学カラグプール校:Indian Institutes of Technology-Kharagpur)
パルシャ・チャクロバート(Prof. Partha P. Chakrabarti)学長が来日。
京都、東京で主要大学との交流を深める。

 11月9日の来日以来、京都大学、立命館大学、東京大学、早稲田大学等の執行部を訪れ、日本の大学との交流について精力的に意見交換を行ったチャクロバート学長は、12日には日印協力グループの開いたシンポジウムで代表のサンジーブ・スィンハ氏と対談。その中でチャクロバート学長はIIT‐KGP(以下IITK)について「学費は極めて安く、どんな地方、経済力の家庭に育った子どもにも進学の道は開かれており、厳しい入学試験を突破すれば、同じ中身、仕組みの中で学んでもらえる。そして死に物狂いで勉強して卒業すれば、どこに行っても活躍できる人材になれることを保証している。IITKが一人を育てることで、その学生の育った地域に発展をもたらすことができる」と語った。また日本とインドの交流については「ともに古い歴史を持つ点で共通している。今や世界中が、先端技術開発に目を奪われる中、伝統的な価値観、哲学をともに世界へ向けて発信し、あわせて若い世代に伝えていくことが必要だ。また、日本の教育システムは完成度が高く、子どもたちは勉強だけでなく、しつけやルールも身につけながら、ステップバイステップで成長していくが、インドでは、学校でルールや道徳を教えても、別の価値観を持つ家庭も多く徹底されない。だからなおさら、大学では科学・技術教育に力を入れなければならない。そのためか、IITKの卒業生は粗削りで、日本人に比べて大きくジャンプできる可能性を秘めている」、また「日本は現在、高度な技術を確立しているが、高齢化が悩みの種だ。反対にインドは、技術面ではまだまだ追いつかないが、若者が多くお互い補うことで素晴らしい未来が築ける」と語った。「AI時代に生き残るためにはどうすればいいのか」の会場からの質問には、「《自分とは何か》を考えること以外にない」と答え、加えて「現在のIT社会ではアメリカの極、中国の極の存在感が高まるが、これに対してインド・日本・ヨーロッパで、個人をもっと大切にするような第三極を作るべきだ」との見解も示した。

 IITは現在16校、IITKは1951年創設でその中で最も古い。グーグルCEOのピチャイ氏などを輩出していることで知られる。現在IITKでは、大学で学べない若者も高度な学術に触れられるよう、大量の図書を無料で閲覧できるオンライン図書館の充実にも力を入れている。

【記事提供:日印大学協力研究所】

世界の慶應義塾であるために

専門性を育む「実学」と、
「人間交際」のベースとなる
リベラルアーツの拠点を目指して

長谷山 彰先生 慶應義塾長
長谷山 彰先生

~学歴~
1975年3月 慶應義塾大学法学部卒業
1979年3月 慶應義塾大学文学部卒業
1981年3月 慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了
1984年3月 慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学
1988年9月 法学博士(慶應義塾大学)学位取得

~職歴~
1994年4月~1997年3月 駿河台大学法学部教授
1997年4月~2018年3月 慶應義塾大学文学部教授
2007年4月~2009年6月 慶應義塾大学文学部長
2009年6月~2017年5月 慶應義塾常任理事
2017年5月~ 現職
専門領域:法制史・日本古代史
宮城県仙台第一高等学校出身

大学改革、大学入試改革が進む中、早稲田大学とともに“私学の雄”と称される慶應義塾大学の動向に注目が集まっています。法制史、日本古代史がご専門で、昨年5月に塾長に就任された長谷山彰先生に、慶應義塾のこれまでとこれから、大学入試改革への対応や高校生へのメッセージをうかがいました。その言葉の端々からは、慶應義塾の塾歌の歌詞にもあるように、福澤諭吉が拓いた「学びの城を承け嗣ぐ」者としての揺るぎない教育に対するビジョン、未来へのビジョンが伝わってきました。

あらためて、福澤諭吉の“実学”“半学半教”“義塾”について

慶應義塾の使命と独自性の源泉

 昨今、産業界からは、大学に対して、即戦力となる学生の育成や、すぐに使える研究成果、技術を求める声が高まっています。これは《実学》重視の風潮と言えるかもしれませんが、この実学と、慶應義塾の創設者福澤諭吉の言う実学とは少し異なります。福澤は実学を、読み書きそろばんのようにすぐに役立つものではなく、証拠・根拠に基づいて真理を明らかにすること、つまり科学(サイエンス)、言い換えれば実証的な学問と捉えています。と同時に、社会で活用されないような学問は無意味だとも言います。そして慶應の使命とは、学問を通じて、社会と関わり、貢献していくことだとしています。今は、大学の使命とは教育、研究、社会貢献だとされますが、この言葉を受け継ぐ本学では、社会貢献はあくまでも教育・研究活動を通じてなされるものとして、前二者と並列しては語りません。

 実学とともに、慶應の精神をよく表す言葉が「半学半教」です。教える者と学ぶ者との「分」(役割)を決めず、先に学んだ者が後で学ぼうとする者を教えるという意味です。そのため慶應はどのゼミでも教授と学生が喧々諤々の議論を行うなど、自由な気風に満ち溢れています。そしてそれを支えるのが、“義塾”という形です。私たちが“私学”や“私立大学”と呼ばれることに少し違和感を抱くのは、この形、その成立の経緯によるのです。

 明治時代の早い時期に慶應は経営難に陥ります。それを救ったのが卒業生をはじめ関係者による資金、労力、知恵を持ち寄る「維持会」と呼ばれる組織です。福澤も出版で得たお金や土地を義塾(維持会)に寄付し、「今日からは檀家に頼まれて寺を守る住職のつもりでやっていく」と語ったといいます。義に賛同した人たちが集まって運営していくから「義塾」、福澤の命名が秀でていたことは、今日でもイギリス人にパブリックスクールのようなものだと説明すると、とてもよく理解してもらえることで明らかです。

 慶應に限らず多くの私立大学は、このような独自の理念、精神、歴史や設立の目的を持っています。そのため最近出された、「私立大学にも3類型の考え方を」という国の方針が※1、私学関係者の間に波紋を広げています。少子化が進む中、経営難に陥る大学を出さないようにとの配慮からでしょうが、ここ30年近く、「大学は自立性、多様性を持つべき」だとしてきた方針※2とは矛盾するのではないかと受け取られています。私立大学の立場からすれば、改革の方向性としては、その多様性、自立性を高めようというものの方がのぞましい。そもそも認証評価※3も、評価基準が一律のため、各大学がそれを意識した改革に走ることで個性を発揮しにくくなっている。そこへさらに新たな枠組を示せば、大学の多様性は生まれてこないのではないでしょうか。大学全体のあり方を考えることと、私立大学のあり方を考えることとは分けて考えるべきだと思います。

※1 今春、中央教育審議会の大学分科会将来構想部会において「世界的研究・教育の拠点」「高度な教養と専門性を備えた人材の育成」「職業実践能力の養成」の3類型による大学の機能分化のたたき台が提示されたことに端を発する。

※2 設置基準の大綱化(1991年)とそれに続く国立大学の独立法人化(2004年)。

※3 2004年に始まった制度。大学による自己点検・自己評価に第三者の目を加えようというもの。

慶應義塾とグローバル化

 日本の大学のグローバル化について語るとき、慶應が取り上げられることはあまりありませんが、実はスーパーグローバル大学創成支援事業が始まる段階で、グローバル化の大きな指標ともなる、海外大学とのダブル・ディグリーの数が圧倒的に多かったのは慶應でした。私たちは今もその数を増やす努力をしていて※4、特定の地域に偏ることなく、世界の様々な国・地域の大学と、研究者や留学生の交流を進めています。

 今後はさらに、これまでのように質を優先するだけでなく、量的な拡大を図るとともに、個々の研究者レベルでの交流を、大学間の交流や包括的な協定へと高め国際的な大学連携を構築していきたいと考えています。この中には、ワシントン大学セントルイスとの研究交流のように、従来あまりなかった医学部や病院の連携も含まれます。先頃はまた、カナダのブリティッシュコロンビア大学(UBC)と、双方の医学部、病院、ライフサイエンス分野を強化するための協定を結びました。産学連携にも力を入れ、創薬など、学術研究の社会実装にも積極的に取り組もうということになっています。

※4 2013年にはジョイント・ディグリーを含めて23件、2023年には35件を目指す。ジョイント・ディグリーは一つの学位記、ダブル・ディグリーは二つの大学の学位記。

2018年4月に竣工した大学病院1号館のある信濃町キャンパス

伝統を守り、未来を先導したい

 これまで慶應は160年の長きにわたって、建学の理念に基づきその伝統を守ってきましたが、大学入試改革、大学改革が進む中で、AO入試の導入や教育の質保証、外部資金の獲得などにおいて、時代が私たちに近づいているのではないかと感じることも少なくありません。

 入試改革(下段コラム参照)はもとより、教育の質保証に関しても、慶應はもともと進級や卒業の要件が厳しいことで定評があります。また今や、世界的に大学の課題とされる教育・研究のための自己資金の充実、外部資金の獲得では、卒業生組織の強い結束を活かした寄付金募集など、関係者の間では他大学の追随を許さないとされています。

 社会のあらゆる分野に人材を輩出してきているのも大きな特徴で、守るべき伝統です。官界、政界、財界はもとより、芸能界、スポーツ界に至るまで、多くの卒業生が活躍してきました。関心の高まるオリンピックについて言えば、日本人のメダル第一号は卒業生※5ですし、これまでオリンピック・パラリンピックに延べ130人以上の選手を送り出しています。これは多様な力、総合力を培う教育を続けてきた一つの成果だと思います。

 確かに世界の大学ランキングの順位を上げるには、文系学部を縮小し、理系学部を拡大して研究者数を増やすような方法もあるかもしれません。しかし私たちとしてはあくまでも、幅広い教養と専門知識を備えたバランスのとれた人材を世に送り出したい。もちろん研究力もさらに高めなければなりません。それはリベラルアーツ教育の土台でもあり、研究力のあるリベラルアーツ大学であるためには不可欠だからです。

 グローバル化とは、ヒト・モノ・カネが国境を越えて移動することですが、大学にとってそれは、共通ルールによる標準化の進展を意味します。そこで生き残るには世界標準に適合しながら、しかも個性を発揮すること。明治150年、慶應義塾命名150年の今、日本の大学として、私立大学として、そして慶應義塾として、いかに個性を発揮していくかをあらためて考え、今後も未来を先導していきたいと思っています。

※5 熊谷一弥:1890年-1968年。福岡県大牟田市出身のテニスの選手。1920年のアントワープ五輪で男子シングルス、ダブルスともに銀メダルを獲得。

高校生へのメッセージ

 教育改革、入試改革が進む今、少ない情報の中で不安になることもあるかもしれません。しかし、高校時代が、大学で専門性の高い学問を学ぶための基礎となる知識を身に付ける時期であることに変わりはありませんから、しっかりとその本分を果たしてほしいと思います。

 加えて本をたくさん読んでほしいと思います。単純に言葉の力を高めるだけではありません。一人の人間が一生の間に経験できることは限られていますが、読書はそれを補ってくれます。中でも古典に親しむことは、人類が積み重ねてきた経験、知恵を追体験し、ものの見方や視野を広げるのに役立ちます。これからは、“未知との遭遇”と言っていいほど不透明な時代と予想されます。そこで求められるのは目の前に起きている現象や課題の本質を見極める力、そしてそれを解決するための方法を考え出す創造的思考力ですが、読書はそれらを身につけるためにも大きな力になるはずです。

 もう一つ身に付けてほしい、心掛けてほしいのがコミュニケーション能力、それを高める努力です。異文化に出会ったとき、それを理解するだけでは不十分です。相互に交流を図り、衝突したときには、それを平和的に乗り越えていく。それには高いコミュニケーション能力が必要です。受験生だからといって一人で机に向かうのではなく、日頃から受験仲間や部活動の仲間と積極的に人間関係を作りあげていく、それを習慣にしてコミュニケーション能力を高めていってほしい。福澤諭吉も「世の中にもっとも大切なるものは人と人との交わりつき合いなり。これすなわち一つの学問なり」と、「人間交際(じんかんこうさい)」という言葉でこのことの大切さを説いています。 様々な変化に惑わされることなく、語学を含め、学問に必要な基礎的な力を確実に身に付け、読書を通じて先人の知恵に学ぶとともに、人間交際を怠らない。そんな高校生なら、大学に入って一段と飛躍するのは間違いないと思います。


入試改革、教育改革について語る

AO入試、センター試験

 慶應は1990年に湘南藤沢キャンパス(SFC)の総合政策学部、環境情報学部で、日本の大学で初めてAO入試をスタートさせました。昨今は実施する大学も飛躍的に増え、中にはきちんと学力を測っていないと批判されるものもあるようです。とはいえ慶應としては、受験生を多様なものさしで評価するという点で、やはりAO入試は完成度が高いと考えていて、今後、各学部ではその質をさらに高めることも含め、自立的に入試改革を進めることとしています。

 慶應はまた、私立大学として初めて大学入試センター試験に参加しました。残念ながら6年前に撤退しましたが、それは、いかに精度の高い優れた試験といえども、正解を選び出すというマークシートの形式である限り、限界があると考えたからです。

 グローバル化した社会では、正解のわからない、これまでの常識の通用しない事象が増えます。そこで求められるのは、いくつかの可能性の中から、失敗を恐れず自分の知識、経験をフルに活かして最良の答えを導き出すこと。だからこそ大学としても、これまで正しいとされてきた答えを選びだす力より、最良の答えを導き出す力、創造的思考力を入試で問いたい。そのことを通じて、それが大切であることを受験生に伝えたいのです。この点、センター試験だけでなく、これまでの大学入試全般には課題があり、それが今回の一連の改革を促した一つの要因でもあると思います。慶應としては新テストありきではありませんが、このようなメッセージが、今回の改革によって受験生に伝わることを望んでいます。

英語4技能の評価は?

 「話す」「聞く」を加えて英語4技能をバランスよく学び、総合的な語学力を養わなければならないことについて反対する人はいないはずです。ただ大学で高度な学問を学ぶための外国語の基礎としては、「読む」「書く」が大切であることに変わりありません。大学入試で「話す」「聞く」が重視されることで、高校教育の中で「読む」「書く」が少しでも手薄になると大学での学びに影響します。それぞれの大学・学部は、入学してから求められる語学力を考え、入試で何を測るのかを決めていく必要があります。上智大学が独自に試験を開発したことは、長年進めてきた国際化の推進に対する一つの回答になっていると思います。では慶應らしい英語の試験とはどういうものなのか、高校現場の意見もうかがいながら、今後の方針を早急に示していきたいと思っています。

 民間の検定試験の活用については、様々なテストを使うことで評価の公平性が保たれるのか、新たな受験料負担が経済的な格差を反映しないかなど、懸念されているポイントについて議論を深めています。拙速を避け、様々な選択肢を視野に十分に検討を重ねて答えを出していきたいと思います。

アクティブラーニングとパッシブラーニング

 アクティブラーニングについても、それが重要であることは言うまでもないと思います。一方で私は、それはパッシブラーニング、受け身の学習があって初めて活きてくるものと考えています。基礎知識を十分に身に着け、これまでの伝統への理解を深めた上で、それらを駆使して自由に討議し、自分の意見を生み出すことが大事です。研究者も、学会の状況をまったく知らずして論文を書くことはできません。先行研究、学会の通説、反対説とその理由などについて下調べをした上で、はじめてオリジナルの結論が出せる。アクティブラーニングとパッシブラーニング双方のバランスの取れた学習が必要だと思います。

記述式試験

 慶應は40年近くすべての学部で入試科目に国語を課していません。代わって小論文や記述式論述といった文章を書かせる問題を全学部で出題しています。

 私の学んだ文学部も例外ではありません。入試科目は外国語、地理歴史、小論文で、外国語の配点を高くしています。このような入試にする際、教授会では「文学部で国語の試験をしなくてもいいのか」という意見も出ました。しかし当時の学部長が、「英語ができる生徒は日本語もできる。小論文で日本語力を測るから大丈夫」と言って舵を切りました。試験の形態は、測りたい力によって変わります。日本語の能力については、何か一つのテーマについて長い文章を書いてもらうのが一番だと考えたのです。それがなければ、英文を翻訳する力も育たないという考え方です。

 最近、大学生、高校生の言語能力の低下を懸念する声が高まっています。文章を読んで理解し、自分の意見を言葉で表す能力がますます求められる中、大学がそれを入試で求めることで、高校でもそれにあわせた教育がなされていけば幸いです。簡単なことではないかもしれませんが、高校には言葉の力の育成に力を入れることを期待したいですし、入試でそれを測って評価するという慶應の方針に変わりはありません。大学入学共通テストの記述式試験も、そういう方向を目指してほしいと思います。

アート&テクノロジーで、自然の中に隠されている日本美を発見し、世界に発信

進路のヒントススメ!理系 – STEAM STEMプラスArtな人を目指そう

今、STEAM教育やSTEAM教養という言葉に注目が集まっている。
S(科学:Science)、T(技術:Technology)、E(工学:Engineering)、A(美術:Art)、M(数学:Mathematics)で、
元々は本格的なIT社会の中で生きていくのに必要なリテラシーとして、アメリカ発で提唱されたSTEM教育に端を発する。
そこへ独創性やオリジナリティー、美意識の必要性を加えSTEAMと呼ばれる概念が生まれてきた。STEAMな人と、STEAM教育に力を入れる大学を紹介した。


京都最古の禅寺で室町時代には京都五山の一つとされた建仁寺。この秋、本坊を入った正面に展示されている国宝風神雷神図屏風の左側に12枚の襖絵が特別展示されていた。2014年に奉納された「雲の上の山水」で、実際に撮影した約1000枚の雲の写真を元に加工したデジタルアートだ。制作者は、メディアアートの先駆的存在として知られる土佐尚子京都大学大学院総合生存学館(思修館)※1特定教授。そこで「八思」と呼ぶ共通基礎科目の一つ、芸術を担当する。STEAMについて、また研究者として、アーティストとしての抱負を聞いた。

※1 初のリーディング大学院として2013年に開設。5年一貫制で異分野融合や実践型の教育に特徴がある。

土佐 尚子 先生 京都大学大学院総合生存学館
(思修館)特定教授
土佐 尚子 先生
~Profile~
アーティスト兼研究者。工学博士(東京大学)。武蔵野美術大学講師、ATR知能映像通信研究所研究員、米国マサチューセッツ工科大学建築学部Center for Advanced Visual Studies フェローアーティスト、京都大学情報環境機構教授を経て現職。研究テーマは、実験映画、ビデオアート、メディアアートを経て、先端技術で日本文化を情報化するカルチュラル・コンピューティングの領域を開拓、研究と作品制作を行う。20代に制作したビデオアート作品が現代美術の総本山であるニューヨーク近代美術館(MoMA)にコレクションされている。福岡雙葉学園高等学校出身。

Q 2015年の京都琳派400年にちなんだ京都国立博物館での大がかりなプロジェクションマッピング「21世紀の風神・雷神伝説」以外にも、2012年の韓国での麗水国際博覧会(EXPO 2012 YEOSU)の「四神旗」や、シンガポールのアートサイエンスミュージアムでの初のプロジェクションマッピング「サウンドオブいけばな:四季」など、海外でのご活躍も多い。最近のトピックスは?

A 文化庁長官から2016年度の文化庁文化交流使の任命を受け、8カ国10都市を訪問した。特筆すべき大きなプロジェクトは、昨年の4月、ニューヨークのタイムズ・スクエアMidnight Moment※2で、春が待ち遠しいNYの人々に「Sound of Ikebana(Spring)」の映像で桜などの春の花をプレゼントするという粋な文化交流を行い、毎深夜3分間、60台以上のビルボードに映し出された《生け花》は、ニューヨーク市民の注目を集めた。

※2 1980年代、治安維持のため始められたパブリックアート。NPOタイムズスクエアアートが運営する。

Q 新たな境地を切り拓かれたいと。心機一転のきっかけは?

A 研究者、教育者として、学部教育も担う教員であり続けることも捨てがたいことだったが、やはりアーティストとしては、後世に残る作品、≪歴史の中の点≫を残したいという思いが強い。そこでより自由な立場で芸術活動を行えるポストを選んだ。ニューヨーク近代美術館に25歳の時の作品ビデオアート『An Expression』(1985年)が収蔵されたこともあったかもしれない。芸術作品は、認められるまでに長い年月がかかる。そろそろ集大成に入らねばと考えた。もちろん事情はアカデミックの世界でも同じかもしれない。ただそれ以上にアーティストは、社会へいかに影響を与えるかが大事だと思う。

Q 初心に戻られた?

A 友人である森山朋絵さん(東京都写真美術館)の言葉を借りれば、《螺旋を描いて回帰した》というべきか。美大を出てフィルム、ビデオアートからCGへ。そして本格的なデジタルアートに取り組むため東京大学でメディア工学の学位を取得した。ATR(国際電気通信基礎技術研究所)を経て迎えられえたMIT(マサチューセッツ工科大学)では、文化、芸術のデジタル化を図るカルチュラルコンピューティングを始めた。まさにSTEAMの世界だ。

 しかし次第に、その限界も感じるようになってきた。確かに現代のアーティストの多くはSTEAMなしには生きていけない。なぜなら作品が後世に残るためには、伝統を継承するだけでなく、時代の最先端の技術を使うことも求められるからだ。一方で、コンピュータで創ったアートは、あくまでもインプットに対応したアウトプットでしかないことも事実だ。果たしてそれを美と呼べるのか。真の美、真のアートとは予測不能なものを含む。神々しく、何度見ても飽きないもの、さらには人間の生存と結びついたものでもある。だから人を惹きつける。東洋人にとっては、≪自然≫そのものと言ってもいいかもしれない。

 そんなアートをもう一度追求してみようと、大がかりなコンピュータベースのインタラクティブアートを止めた。

Q 絵画も音楽も、中途半端なものではコンピュータで作るものに負ける時代だと語っておられた。

A そう、だからアーティストとしては、レオナルドダビンチの時代からアーティストが行っている、まだデータになっていないアナログの新しい美を自然から発見しなければならない。

Q 具体的には?

A スランプに陥っていた2012年から、寺や雲の写真を撮り続けるなどアナログへの回帰を模索し始めた。建仁寺の襖絵は、その頃、飛行機から撮った雲の写真を加工したものだ。インプットはアナログの新しい美、アウトプットがデジタルアートとなり、とてもウエットなものになる。

Q 他には?

A 極微の世界を対象にしたInvisible(目に見えないもの)Beautyと呼ぶ作品だ。目に見えないものをコンピュータで可視化するというのは長年のテーマだが、テクノロジーの進歩で見えるようになった≪自然≫、美のパターン、例えば電子顕微鏡で見た氷の結晶、ハイスピードカメラで捕らえた流体の動きなどを扱う。

 その第一弾がSound of Ikebanaだ。スピーカーを上に向けて薄いゴムで覆い、その上に皿を置いて、そこへ色絵具を混ぜた粘性液体を入れる。それに下からの音による高速運動で波打たせ、その様子を2000フレーム/秒のハイスピードカメラで捕らえる。それがちょうど、自然の作り出す生け花に見える。しかも同じ形は一つもない。流体物理学の芸術だ。絵具の色を使い分け、俳句も添えて四季を表現し、絵具の色遣いを煌びやかにすることで、琳派の意匠にも近づけた。

Q なぜ生け花を。

A MITで禅コンピューティング(「ZENetic Computer」)に取り組んで以来、文化の中でも日本的なものの表現に強い関心を持ち続けてきたからだ。様々な面で西洋的なものの見方や考え方の行き詰まりが感じられる今、東洋的なるもの、中でも日本的なるものを世界へ発信するには絶好の機会だと思う。アニメやマンガもいいが、そろそろもっと本質的なものを発信すべき時期に来ているのではないか。

 産業応用面でも同じだ。スティーブ・ジョブズが禅に感動し、自社製品のデザインや機能にその思想を取り入れたことはよく知られているが、それが今や世界を席巻している。本家本元の日本はどうか。確かにここまでは乗り遅れてきた感がある。しかしそういうビジネスの世界展開に使える可能性を秘めたものはまだまだ埋もれている。まさにこれから、ということだろう。

 そこで企業と連携して、様々な日本美を取り出しアート空間の設計や商品・サービスに取り入れていくことを計画している。その方がスピードも速く社会への影響も大きいかもしれない。Sound of IkebanaやGenesis※3は、その面においても第一弾になるはず。期待してほしい。

※3 ドライアイスの泡を入れた粘性液体に、絵具を入れその相互作用をハイスピードカメラで捕らえ存在の起源に迫る。

未来を生きる鍵は、サイバー空間とアートにある

進路のヒントススメ!理系 – STEAM STEMプラスArtな人を目指そう

私は長年、ロボットの研究開発に携わってきましたが、最近のロボットを見てもらえばわかるように、かつての仏像ではありませんが、ロボットにもアートが求められます。
大阪芸術大学
アートサイエンス学科教授
萩田 紀博 先生

~Profile~
1954年生まれ。ロボティクス研究者。1978年慶應義塾大学大学院工学研究科修了。同年、電電公社(現NTT)武蔵野通信研究所入所。NTT基礎研究所、NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究企画部長、(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)知能ロボティクス研究所所長などを歴任。埼玉県立春日部高等学校出身。

拡大するサイバー空間を活かそう

 医療、科学技術の進歩で、今10代の学生やみなさんが定年を迎えるころには、寿命も100歳を超えると予想されています。定年が今のままだと、その後も30〜40年ほどの人生が待っていることになります。2050年代には、今働き盛りの40代の方が80代となって我が国の人口のピーク年齢となるため、自分たちの引退時には年金もあまり当てにできないかもしれません。では老後の生活設計も含めて、将来どうやって生きていくのか。一つのヒントはサイバー空間をうまく利用することにあるようです。

 今の社会では、リアルな空間に加えてネットを中心としたサイバー空間が大きく広がり始めています。買い物一つとっても、実際に買い物に行くよりもネットで済ます人が増えている。この傾向は、若者だけでなく年輩者にも見られますから、今後さらに加速していくのは確実でしょう。スマートフォンの登場によってサイバー世界でも生きるという選択が可能になってきているのです。

 将来を考えるには、科学技術の急速な進化と、それに伴う働き方の変化についても予想しておく必要があります。シンギュラリティ(技術的特異点、超知能が生まれる科学史的瞬間)を唱えたことで知られるアメリカの未来学者レイ・カールワイツの予測※1がすべて当たるとは思えませんが、50年ほど前に最先端技術だった顔認識システムが、今やスマートフォンの一機能としてみなさんの手元で動いているという事実からは、どんな最先端の技術でも、いずれそのアプリを誰もがダウンロードして使えるようになることを意味しています。これからのAIやIoT,ビッグデータの活用による技術革新を考えると、そのタイムラグはさらに短くなると予測されます。その結果、これまで少数の人によって独占的に利用されてきた研究や技術、仕事の成果を誰でも利用できるようになり、これらを活用して、だれもが創造性のあるアート作品や新サービスを生み出し、ネット(サイバー空間)やリアルな店舗で売り買いする時代になるのではないかと私は考えています。

 とはいえ、一部でいわれている、人間の仕事が極端に減っていくわけでもないと思います。EY総合研究所(2015年)による調査では、AIの発達によってなくなる仕事はあるが、これから2030年にかけてAIやロボットのアプリを組み合わせる仕事が増えるので、むしろ仕事は増えると予測しています。これらのアプリやシステムを利用する、自動運転やロボットサービス、工場のインテリジェント化等が進むことで、仕事は30倍近くに増えるといわれています。おそらく外国人労働者の受入れを増やすだけでは、人手不足は解消できないので、いずれサイバ―空間を利用した仕事(クラウドソーシングと言います)が著しく増えるのではないかと私は予想しています。

 そうであれば、リアルな空間での収入の目減りを、サイバー空間での副業、クラウドソーシングの仕事※2を、同時に10ぐらいこなすことで補うことが可能になるのではないか。そんな働き方なら、75歳を過ぎても十分やっていける。こんな明るい未来を私は描いています。

※1 2045年には人間の10~100億倍賢い機械が誕生し、それ以降について人間は将来の行方を予測できないなどとする。

※2 狭義には、見ず知らずの人と協力して一つの課題をやり遂げること。

アートを通じてチームワークを学ぶ

 ここからもう一つのキーワードが浮かんできます。それがアートです。

 クラウドソーシングには、何よりもチームワークが必要です。そしてそれこそが、アートの一つの側面でもあるのです。

 江戸時代の天才絵師葛飾北斎は、死ぬ直前、90歳ぐらいまで芸術活動を続けていました。これはかなり歳をとっても続けていけるというアートの一面を教えてくれます。と同時に、アートが、特に日本においては分業体制、つまり仕事を複数の工程にわけて分業し、全行程をメンバーのチームワークによって質の高い作品や製品を作ってきた歴史があります。巨匠北斎といえどもたった一人で活動していたわけではない。アートには、独創的創造性という側面に加えて、様々なスキルや個性を持った人が集まり、チームワークを組んで生まれる共創的な創造性という側面もあるのです。ここに、みなさんが未来に生きていくための第2のヒントがあると思います。

 よくSTEM(science technology engineering mathematics)教育が重要だと言われるように、21世紀では理数の能力を育むことはとても大切です。と同時に、そこにアートを加えSTEAM(STEMプラスArt)とすることで、研究や仕事の可能性はさらに広がります。みなさんの将来の働き方を考える上でも、これは重要なキーワードになると思います。

アートサイエンス学科で未来を切り拓く力を

 アートArtという言葉はもともと、古代ギリシャ語で医師や芸術家、技術者などの職人を意味するテクネTechneから派生したもので、面白いことにこの語源はテクノロジーTechnologyのそれでもあるのです。アートサイエンス学科はこのテクネという観点、つまりアートとサイエンス・テクノロジーをあわせた観点から社会問題にアプローチできる人材の育成を目指し開設されました。今春で開設2年目を迎えますが、これまでのところ入ってきた学生は、サイエンス・テクノロジー志向の学生とアート志向の学生、それに自分の将来を大学へ入ってから見極めたいという学生で、それぞれ3分の1ずついます。

 この学科における教育・研究で私が大切にしたいのが、ワクワク感excitement、超柔軟性super flexibility、そして多様性diversityの三つ。そこで従来の理系、芸術系のどちらの大学にもないような様々な取組を行っています。この新しい人材を育成するために、中でもユニークなトライアルを昨年やってみました。一つの授業を6人の教員が2人ずつ3グループ(教室)に分かれ、かつ学生も3グループに分け、各グループをさらに3班に分けます。たとえば今日の授業では、第1班は第1教室、第2班は第2教室、第3班は第3教室に移動し、同じテーマについて各教室で2人の先生がそれぞれ10分間プレゼンします。テーマはアートサイエンスにまつわるもので、「時間をアートサイエンスする」、「空間をアートサイエンスする」などの極めて抽象的なものもあります。各班の学生たちは、プレゼンのメモをとり、終了後、元の教室に戻って、班別にポイントを模造紙一枚にまとめ、班のだれか一人が発表します。一回の授業で同じテーマについて6人の教員から異なる話を聞くことは「ワクワク」しますし、「多様性」を受け容れる経験を積み、それぞれの内容を仲間で翻訳・共有し合える「超柔軟性」も育まれます。

 また、内容をまとめ、自らプレゼンする過程で「自主性」も身についていきます。4月の入学時には「プレゼンが一番苦手」と言っていた学生でも、7月の展示会「X展」では、プロジェクションマッピングなどを使って一般の来場者にプレゼンできるようになります。そして苦手と思っていたのは経験が足りないだけだったことを知るのです。

 教員側も、毎回違うテーマで6人のプレゼンを受けるうちに見る目の厳しくなった学生を、さらにワクワクさせようと努力しますから、とても良い循環が生まれていると思います。そういう意味では、この授業そのものがまさにアート的ですし、ここでの経験は学生が社会へ出てからも必ず活きてくると思います。

 この学科には、感想を書けと言われて、アニメ風に上手に絵を描いて提出する学生など、ユニークな学生が少なくありませんが、私は、それほど目立つことはなくても、もともと個性のない人間などいないと思っています。誰もが訓練次第で、将来生きていくのに必要なテクノロジーを身につけ、さらにはアート性を育んでいけると思っています。

 この学科ではこの他、様々なユニークな取組を行っています。4年間で、自らの個性を発揮しながら他人の多様性を受け容れ、新しいものを創造するというプロセスを経験し、みなさんの未来を切り拓いていってほしいと思います。

地域とともに共同研究!
「ともいき研究」で大学と地域パートナーが地域の課題に挑む!

シリーズ – 大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦

 京都文教大学では、2014年度に「地域協働研究教育センター」を立ち上げ、地域における本学の教育、研究、社会貢献活動を一体化する取り組みを進めてきました。その中でも特徴的なのが、地域の方々とともに取り組む「ともいき研究」です。

 「ともいき研究」では、京都文教大学の教員のみならず、地域の方からも研究を募集し、両者をマッチングして、共同研究を行っています。分野は、京都文教大学の学問特性をいかした地域福祉、保育、教育、まちづくり、観光、地域コミュニティ、防災など様々です。京都文教大学の持つリソースを活かしながら、住民、企業、行政、各種団体等の地域パートナーが協働して、ともに地域課題に取り組んでいます。

 2018年度は、以下の15件の共同研究プロジェクトが採択されました。本学の専任教員の約4割が関わり、学内外で延べ120名を超える研究員が地域課題に挑戦しています。

学生、地域住民、行政が協働して「マイ防災マップ」を作成
学生も共同研究のグループミーティングに参加
「ものがたり観光」をテーマにした連続講座
「ともいき講座」で研究成果を社会や学生に還元

 「ともいき研究」開始当初から、各共同研究に基づいた公開講座「ともいき講座」やまちづくりミーティングを開催し、地域課題の共有、研究成果の地域還元、学生への実践教育の場の提供などを実施してきました。2017年度から、研究成果の社会還元を重点化し、研究の質的向上を図るため、「ともいき講座」をはじめ、まちづくりミーティングやワークショップ、グループミーティングなどの実施を採択要件としました。地域の方々を対象としたこれらの取り組みを通じて、地域ニーズの把握のみならず、現任者向けの研修会や公開研究会など、研究テーマの特性に即した講座を行い、地域生涯学習力の向上に努めています。また、学生も研究活動に携わることで、地域課題と自らの学びを接続することができ、「ともいき研究」の取り組みは教育へも還元されています。

 「ともいき研究」を通じて、地域ニーズの把握、地域課題の解決へ向けての実践、地域生涯学習力の向上、学生の教育、それぞれが相互につながり、スパイラルアップする仕組みづくりを目指しています。

第16回 課題解決力と実行力を 求める裏には

京都大学
学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

今年6月、経団連が以下のようなアンケート結果を公表した、とあります。


経団連が「高等教育に関するアンケート」を443社に調査

「産業界が大学卒業時点の学生に求める資質は『主体性』がトップで、『実行力』、『課題設定・解決能力』と続くことが、経団連の会員企業アンケート調査で明らかになった。順位を上げているのは『課題設定・解決能力』で、指示待ちではなく、自ら率先して課題解決に臨む姿勢が求められている」(大学ジャーナルオンライン編集部より)


 これを読むと、筆者は全身が脱力する感覚を覚えます。その短絡的な回答内容に落胆を覚えます。理由は2つあります。

 一つは、「課題解決を過度に重視する」という点。どうやら今日は、希望や夢、己の志や使命なんかよりも、課題や問題というネガティブなもののほうがありがたがられるようです。もちろん、課題や問題というものがこの世から無くなったことはないですし、ある問題の解決を我が宿命と考えることも立派なことです。しかしながら、立派なのはその志や勇気ある行為のほうであって、「課題」のほうではないはずです。「課題がある!」「問題がある!」と叫ぶ社会と、「私にはやりたいことがある!」と叫ぶ社会とでは、どちらがまだましでしょうか。もちろん、結果的にやることは同じかもしれません。しかし、筆者には後者のほうがはるかに健康的な気がするのです。

 もう一つ、「実行力を求める」という言葉。ちょっとひねくれた意見ですが、みんながみんな実行力があったら恐ろしいほど騒々しい社会になるだろうと思うのです。例えば、この社会には実行力はなくても質問が異様に鋭い人、いうなら質問力が高い人だってきっと必要でしょう(いわゆる文系、中でも哲学分野でまっとうに育った学生はきっとそうなると思うのですが)。

 これら「課題解決能力」「実行力」を重視する傾向は、現状の企業が悩んでいることを如実に表わしています。

 実は先日、東京である企業と打ち合わせをしてきました。昨今の企業によくあるように、新たに「イノベーション推進本部」といった類いの部署が設置され、その部署の人たちが次なる儲けの主柱となる新規事業の立ち上げを命じられているのです。「イノベーションの推進」と掲げているものの、結局は3年後に何か利益につながる成果を出せというプレッシャーがかけられている、と担当者は嘆いていました。結局、企業は「今のうちに何か新しいことをやらなければいけない」と強く信じており、その結果、実行力や課題解決能力などを重視しているのだと思います。

 ところが、この「イノベーションを3年以内におこせ」という言葉、これこそが諸悪の根源です。読者のみなさんにはこの矛盾がおわかりになるでしょうか。つまり、いわゆる「イノベーション」というものはまったく想定外の価値観の出現であり、それによって社会全体に影響が及ぶことをいいます。その想定外のことを3年で出せ!というのは語彙矛盾なのです。想定外のものは想定の外にあるから想定外。つまり、3年で出せ、というように計画的に実行できるものではない。筆者がその会社の上司なら、部下にこう言います。「失敗してもいい。だから3年間、おもいっきりやりなさい」と。これが本当にイノベーションをおこそうとする考え方だと思います。

 しかし、今の企業はなかなかこの言葉が言えない。そのような本当のチャレンジをできる(のできる、または、をする)余力が無い。正確に言うなら、精神的余力がないのです。よく、次の製品を開発するだけのゆとりとなる金がない、と企業はいいますが、必要とあれば何かを削ってでもお金をつくるのが企業というもの。結局のところ、超長期的、あるいは文明論的、哲学的に考えることを拒否する姿勢が、課題解決を重視したり、実行力を求めたりという行為に表れていると言えるのです。

雑賀恵子の書評 – 食べることの哲学

雑賀恵子

~Profile~
京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

食べることの哲学
檜垣 立哉
世界思想社
2018年

 わたしたちの身体は、食べること及び呼吸することによって外部から物質を取り入れ、身体の恒常性を保ちエネルギーを産生する。食べることは、外部と私を繋いで関係性を築くことであり、生きるというのは外部と私の絶えない交通の中で営まれる。この交通は、生命の運動だ。わたしたちの食べるものは、水と塩を除いてはすべて生きものだからである。

 わたしたちは、そうして成り立っている身体であり、動物であり、つまりは生命である。一方で、人間は言語を持ち、技術を発達させ、社会というものを創り上げてきた。人間として生きるとは、構成された文化のなかで生活をするということである。

 哲学者の檜垣立哉は、まず人間を生物であると押さえた上で、動物としての身体と文化としての身体が絡み合い、ぶつかりあって存在するものと捉える。このぶつかりあいがみやすい姿をとって現れるのが食べるということであるとして、考える現場を食にさだめて思考を巡らせたのが本書である。

 まず、文化人類学者であり構造主義の潮流の中心として20世紀の思想を率いた一人であるレヴィ=ストロースの「料理の三角形」という概念を用いて、自然を文化に統合するものとしての言語と料理について考える。料理とは、自然からの食材を加工することであり、そこから技法が洗練される。肉体が発することができる音を調整し、規則化するのが言語だ。「自然をもちいながら切れ目をつくり、あるいは対立点を際立たせ、それによって文化という仕方のなかに包摂していく」。そのことで言語でも食でも共通のシステムをかたちづくっているというのである。

 食べるということをつきつめていくと、生きものを食べるのだから、殺害という項目にいきつかざるをえない。わたしたちは、何かを殺して食べているのだ。そして、食べるということと食べられるということとは、同じ平面上で進行している出来事だ。自然は、世界はそういうふうに成り立っている。わたしたちの身体は、その一部として置かれている。評者(雑賀恵子)の『エコ・ロゴス』を中心に据えて、檜垣は思考を進める。死に瀕する極限においては、食という形で生命を欲する身体は、欲する生命を分類しない。つまり人間をも食べる。通常は、カニバリズム(人肉食)を忌避しており、文化は同類食を退ける。ただ生きているだけの原初的な「剥き出しの生」(ゾーエー)と、法や言語といった制度化された生(ビオス)とが衝突する場所としてカニバリズムを設定して、生きるということはなにごとかを探っていく。生きるというのは明確に言語で表現しうることばかりでは決してなく、グレイゾーンの中でさまよっているものでもあるのだ。

 哲学、徹底的にものを考えていく試み。それを愛すること。食べることの哲学とは、生を愛することを見出そうとすることだろう。

どうして数学を学ぶの?第54回 作図ソフトウェアで作図してみよう

御園 真史
島根大学教育学部数理基礎教育講座准教授、博士(学術)

研究室公式ホームページ http://misono-lab.info/
ツイッターID miso_net

 みなさん、こんにちは。

 今日は、作図ソフトウェアであるGeoGebra Geometry(以下、GeoGebraといいます)を紹介したいと思います。

 作図というと、学校の授業では、三角定規とコンパスを使うというイメージがあるのではないかと思います。

 GeoGebraは、パソコンはもちろんのこと、タブレットやスマホでも無料でダウンロードして利用することができます。

 画面上で、線を引いたり、円をかいたり作図することができます。さらに、実際にかいた図形に対して、長さを測ったり、角度を測ったりする機能もあり大変便利です。

 画面1は、GeoGebraで、中学校でも学習する「角の二等分線の作図」を行ってみたものです。

 まず、「2点を通る直線」の機能を使い、点A、点Bを通る直線と、点C、点Dを通る直線を引いています。

 次に、これらの直線の交点をEとし、点Eを中心として、点Fを適当にとり、点Fを通る円をかきます。つまり、半径がEFの円をかきます。これには、「中心と円周上の1点で決まる円」の機能を使います。

 さらに、同じく「中心と円周上の1点で決まる円」の機能で、直線ABと円Eの交点をGとし、点Gを中心として、点Hを適当にとり、GHを半径とする円をかきます。

 今度は、「コンパス」機能を使い、Eと直線CDとの交点Iを中心として、半径がGHに等しい円をかきます。

 最後に、「2点を通る直線」の機能を使い、今書いた2つの円の交点の1つである点Jと点Eを結びます。

 これで、∠BEDの二等分線が作図できました。

 本当に角が二等分されているかを、角度を測って確かめることができます。「角度」の機能を用いて、∠BEJと∠DEJを測ってみると、図で示した場合では、どちらも30.8度となります。さて、作図をしてみて、青い点と黒い点があるのに気付いたかもしれません。

 図の青い点は、マウスなどで位置を自由に動かすことができます。一方、黒い点は、他の操作によって決まる点ですので、動かすことができません。

 紙の上での作図は1度書いてしまったら動かすことは極めて難しいですが、作図ソフトウェアを使うと、点の位置を自由に動かすことができます。コンピュータならではの機能ですね。 

 今の角の二等分線では、最初に打った点Aや点Cの位置などを変えたりできます。これらの点の位置を変えると、角度も変わっていきます。しかし、どのように点を動かしても、∠BEJ=∠DEJは成り立ちそうです。どうやら角の二等分線の作図は正しくできていそうです。

 ただし、これは証明にはなっていません。証明は、三角形の合同条件を用いてできますね。画面上では、点をいろいろ動かして、「帰納的に」確かめることはできます。「帰納的に」とは、簡単にいうと、数多くの事例から一般法則を導くという考え方です。性質を発見していくにはとても役立つと思います。

 さて、高校では数学Aで図形の性質を学びます。この単元では、本来作図をしっかりやらなくてはいけません。ところで、2022年度から高等学校で学習指導要領(カリキュラム)が新しくなります。そこでは、「コンピュータなどの情報機器を用いて図形を表すなどして、図形の性質や作図について統合的・発展的に考察すること」と明記されましたので、コンピュータを使った指導が高校でも当たり前になっていくことでしょう。

大学教育の質のさらなる向上を目指して

高大接続も積極的に活用、NEXT10を掲げ、大学改革を加速する中京大学の取組み

井口 弘和 教授 中京大学工学部機械システム工学科教授
教育推進センター長
井口 弘和 教授

~Profile~
1996年名古屋工業大学大学院博士号取得(工学博士)、2003年日本人間工学会認定人間工学専門家資格取得、1979年(株)豊田中央研究所入社、1999年同感性心理研究室室長、2004年中京大学生命システム工学部(旧)教授。2008年情報理工学部(旧)教授、2010年情報理工(旧)学部長、2013年工学部長、愛知県立昭和高等学校出身。

現在、多くの高校生や保護者が注視する大学入試改革、大学・高校関係者が模索する高大接続ですが、その目指すところが大学、高校それぞれにおける教育改革にあることは変わりません。こうした中、中部地区にあって、高大接続も含めて、大学を挙げて積極的に教育改革を進めているのが中京大学。2017年から教育推進センター長を務め、民間企業出身者ならではの視点から、教育改革、高大接続をリードする井口弘和教授に、これまでの取組みと今後の展望をお聞きしました。

学習支援ソフト「MaNaBo」から、学びの成果が確認でき、意欲を高める学生ポートフォリオシステムまで

 日本の大学一年生の半数以上が、週平均5時間未満、85%強が10時間未満しか勉強していないというショッキングな調査結果がよく知られていますが※1、本学ではこれを大学教育の危機と受け止め、2014年に次の10年を見据えて作成した「中京大学長期計画NEXT10“しなやかに挑み続ける、新生・中京大学”」(以下NEXT10)においても、教育の質の充実※2のための方策を真っ先に掲げています。このNEXT10を受け開設された教育推進センターでは、その全学的な推進を担っています。

 大学教育の質を保証するためにまず求められるのは、学生に、自発的に学修できる仕組みと環境を用意することと考えた私たちは、本年度、学習支援用のネットワークツール「MaNaBo」をリニューアルしました。宿題や演習をクイズ形式にしたり、ブログ形式やフォーラム形式など双方向の仕組みを取り入れるとともに、履歴から学生がどれぐらいアクセスしているかもわかるようにしました。来年度はさらに、授業終盤での授業アンケートをWeb上に記入できるようにし、教員が次の授業の参考にしたり、シラバスを改善したりできるようにICT環境を整備します。これらは授業の質を保つために最低限必要なことですが、整い次第、学生を勉強させる方法や評価の仕組作りなど、次のステップに進みたいと考えています。

 その一つが独自の学生ポートフォリオの開発です。学生がネット上に学修の計画から、活動や成果を個別に入力して記録していくもので、現在、新入試制度の下で合否判定のための資料として高校で利用することが検討されているeポートフォリオと類似したものです。本学では、教員による学修管理や成績等の証明にすることを目的にするのではなく、あくまでも学生の自発的な目標管理、主体的に学問へ向き合うためのツールと位置付けます。そのため、教員は、定期テストなどの結果だけでなく、学生の学修におけるプロセスも見ることができるようになっています。

 参考にしたのは、私の前職でのポートフォリオ。各人は年度の始まりに、自分の行動(業務)目標を掲げ、四半期ごとに達成状況を確認し、「自分はこんなに頑張ったからもう少し高く評価して下さい」とアピールします。このポートフォリオは上司の上司も確認しますから、会社の評価への信頼感は増し、モチベーションは上がります。

 生産活動ではない教育に、このようなシステムが馴染むかどうかは未知数ですが、少なくとも、一人ひとりの個性や伸びしろがわかり、教員による評価のバラつきが防げるというメリットはあると思います。将来、就職活動に使われるようなことになれば、企業からはまちがいなく重宝がられるはずです。

 個人的には、大谷翔平選手が使っていたマンダラチャートのようなものになれば、《学術とスポーツの真剣味の殿堂たれ》という本学の教育理念にも合致すると思います。

※1 東京大学大学院教育研究科大学経営・政策センターによる「授業に関する学修の時間–1週間あたり–日米の大学1年生の比較」(全国大学生調査2007年)【文科省HPより】による。平成28年度のJASSOの調査でも、1週間の、授業時間を除く予習・復習などの勉強時間は1~5時間と答えた学生が半数以上とされる。

※2 NEXT10は10分野からなっていて、〈教育推進〉の事項では、「≪学修意欲を高める教育環境の整備≫について自学自習も含めた能動的な「学修」に取り組むことが自然となるような教育環境を創造する」とされ、学生ポートフォリオやルーブリック評価による学力の可視化などを推進するとしている。

高大接続も様々に展開

 大学でこのような取組みを進めれば進めるほど、関心はやはり入学者の資質に向かいます。多様な入試を実施している本学では、入学前教育やリメディアル教育、初年次教育に力を入れてきました。しかし大学での教育の効率を考えると、高校3年間を大学で学ぶための準備期間と考え、その間に高校と大学とが協力して進路に対する意識を高めてもらったり、大学の学びに対する憧れを抱いてもらったりする方が良いのは明らかです。また高校生が大学教員と接することで、高校での学びに大きなモチベーションを与えることもできます。実際、次期学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びを促す方法の一つとして探求型授業が、さらにはそれを高大接続の中で実現していくことが求められています。

 こうした観点から本学では、2009年から、中京大学附属中京高等学校進学コース2年生の生徒を、毎年大学へ招き、大学で学ぶことについて意識を高めてもらおうと模擬授業を行ってきました。全学部が参加し、高大接続の足掛かりを模索するとともに、《高校・大学の7年一貫教育を実現する連携プログラム》の構築も進めてきました。

 2015年には、《学問的関心の涵養、問題発見・解決能力の育成、国際性・キャリア意識の喚起を促進する附属高校のカリキュラムおよび高大連携プログラム》を、両校教職員が共同して開発することとしました。

 もちろん一口に高大接続と言っても、大学、学部によって高校に求めるものは異なります。高3の段階で大学1年の勉強ができれば、多岐にわたる大学の授業を余裕を持って受けることができて理想的です。

 本学では、大学の正規の授業に「単位認定型先行授業」を設け、それを受講し、修了した附属校生にはそれを大学入学後の単位として認めるという「前取り単位」制を導入しました。北米等でAP※3といわれるシステムで、受講生からの評判は上々です。

 附属高校以外の高校への出前授業にも力を入れています。学部ごとに、高校生向けの授業に定評のある教員が、中京圏をはじめ、隣県の高校へ積極的に出向いています。

 教職協働と学生ファーストに強みを持ち、《元気のいい学生》を輩出する本学のさらなる教育改革、高大接続の今後の展開に期待して頂きたいと思います。

※3 Advanced Placement


コラム – 工学部が三重県立桑名高等学校と中京大学附属中京高等学校の生徒を招いて高大連携講義を実施

 工学部では去る8月1日と22日の二日にわたって、三重県立桑名高等学校と中京大学附属中京高等学校の生徒を名古屋、豊田のキャンパスに招き、高大連携講義を行った。産業技術は様々な学問分野の複合であることを実感し、進路選択や、大学で学んだことを社会にどう活かすかを考えてもらう機会にすることが目的で、各校から6名、計12名の生徒が参加した。

 一回目の8月1日は、名古屋キャンパスで行われ、「人工知能ロボット研究の最先端」「プラズマロケットと人工衛星開発の最前線」の二つの講義が行われた。

 午前の部に行われた「人工知能ロボット研究の最先端」では、機械システム工学科の橋本学教授(本誌126号参照)の指導の下、PCとカメラを一人一台使い、プログラムを作成したり、物体や人間の顔の認識など、人工知能技術を実際に体験してもらった。

 午後の部に行われた「プラズマロケットと人工衛星開発の最前線」は、電気電子工学科の村中崇信准教授と上野一磨助教が担当。真空装置を見学したり、電気回路を実際に組み立ててプラズマを製作したりした。

 参加した生徒からは、「電子回路の製作でははんだ付けが難しかった」「ロボットによる瞬時の三次元の物体認識が印象的だった」などの声が聞かれた。

 最後に行われたゼミ生との交流では、ゼミ生達から参加した生徒へ「高校では決められた授業を受けていると思うが、大学では自分の好きな授業で学べるのが楽しい」「自由にできることが増える分、自分で考えて行動することが大切。学べる環境の整った大学で意義のある大学生活を送ってほしい」などの感想やアドバイスが送られた。

 二回目は8月22日に豊田キャンパスで行われ、午前の部ではメディア工学科の瀧剛志教授による「人の動きを捉える映像処理」の講義が行われた。生徒達はプロサッカー選手の試合中の移動データを題材に、各選手の速度や加速度を計算し、選手の特徴を分析するなどした。

 午後の部では、情報工学科の道満恵介講師が「データ処理・パターン認識を用いた支援技術」を担当。生徒達はディープラーニングについて解説を受けた後、画像処理技術を用いてぶつからないクルマ作りを体験、画像処理がどのように行われているのかを学んだ。

 主催した工学部では、「全体を通して、初めて体験する実験に戸惑う生徒もいたが、教員や学生のアドバイスを受け何度もチャレンジするうちにこなせるようになり、成功した瞬間に歓声を上げたり、実験は難しかったが、最後には成功して嬉しかったなどと語ってくれるたりして、この取組みが高校生の学ぶ意欲を確実に高めていることが感じられた」としている。

Vol.130 7月号 FREE | “大学”のこれからに 挑戦する、 新しい大学の形を
2019年度の専門職大学制度のスタートによせて

義本 博司 文部科学省高等教育局長
義本 博司氏

~Profile~
1984年文部省入省、2008年高等教育局大学振興課長、2009年同高等教育企画課長、2013年大臣 官房審議官(初等中等教育局担当)、2014年大臣官房審議官(高等教育局担当)、2016年大臣官房総括審議官、2017年高等教育局長(兼)内閣官房人生100年時代構想推進室長代行補。

55年ぶりとなる新しい大学が、来春スタートします。専門職大学※1です。
企業との連携により、理論に裏付けられた高度な実践力を持ち、
変化に対応する応用力、創造力を発揮できる専門職業人材の養成を目指す
新しい種類の大学で、2003年に、《理論と実務の架橋》を目指して
スタートした専門職大学院の学部版といえます。
2019年度の開設に向けて、専門学校を運営する9法人から
13校の設置認可申請が国に対して行われており、
2020年度以降も各地で開設に向けた動きが進むと見込まれます。
少子化が進み、大学再編の足音も聞こえる中、
新たな学校種が求められる背景や、その狙いについて、
文部科学省高等教育局・義本博司局長にお聞きしました。

※1 専門職短期大学(2年制または3年制)も同様に制度化されたが、以下は専門職大学(4年制)を念頭に説明している。

大学、専門学校
それぞれの良さを
取り入れ、それぞれの
弱点を補強

専門職大学は、大学のアカデミックな学びと、専門学校の実践的な学びの双方の良さを兼ね備えたものです。
現在の専門学校の教育は、国家資格などの取得や特定の技術についての即戦力の養成に強みを持っています。カバーする分野は、主に理美容、保育、医療・介護・福祉、サービス産業などですが、たとえば今、介護分野を例にとると、人手不足等から介護ロボットの導入が進むなど働き方が変わりつつあり、介護そのものの知識・技術だけでなく、異なる分野、専門についても視野を広げ、知識を持つことが求められるようになっています。国家試験に合格することは大事ですが、それだけで安心はできない。技術革新のスピードや、産業構造の転換が速まり、学んだ技術や身につけた能力が陳腐化しやすくなるとともに、個々の職業人に求められる能力が高度化してきています。どの業種、分野でも何らかのイノベーションを起こしていかないと生き残れない。自分のよって立つ分野を牽引しようと思えば、専門知識・技術だけでなく例えば経済やビジネス、マーケティングを学んで、その成長戦略を幅広い視点から考える能力も求められるのです。また、人生100年時代とも言われ、社会に出た後も学び続ける・学び直す必要性がますます強まることに備えて、学びに向かう姿勢や態度、幅広い視野の下で自分の頭で考える力なども養っておきたい。
このように考えると、従来の専門学校よりも修業年限を増やし、周辺領域の学びも含め、幅広い知識、知見を身につけるとともに、産業界と連携して、強みである専門性、実践性を一層磨くことができる新たな高等教育機関を創る必要があると考えたのです。
一方、大学は、現在700を超える数がありますが、一口に大学といっても世界最先端の研究を行うもの、地域に根ざした人材の育成に取り組むものなど、多種多様な教育が「大学」の中に含まれるようになっています。そこで、多くの学生が大学卒業後に就職することを踏まえれば、アカデミックな学びに加えて、職業能力を高めたり、実践的なスキルを磨いたりして、専門職業人の養成に力をいれる大学がもっと増えた方が良いのではないか。インターンシップやPBL(課題解決学習)がここ10年ほどで広がってきましたが、これまでの大学教員の多くは学問を追求してきた人たちですから、カリキュラムもアカデミック志向になりがちです。しかし、観光系の学部・学科を例にとれば、学問としての“観光学”を極める大学があっても良いのですが、理論だけでなく、ホテルや鉄道会社が求めているマーケティングやアセットマネジメントについて学んだり、航空券の発券システムなど現場の実務についても学ぶようなタイプの学部・学科も求められているのではないでしょうか。あるいは、地方の大学がその存在意義をもっと高めるには、例えば看護師養成を幹としつつ、観光や農業の6次産業化、コ・メディカルや介護福祉など、人口減少が進む地域の将来像を見通して応用力を育てる教育を行うなど、地域の産業界と連携した実践的で特色ある教育課程が作られていくことも必要ではないか。
このような議論を経て、高度な実践力と豊かな創造力を持つ専門職業人材の育成に特化した、専門職大学という新しいタイプの大学ができることになりました。

専門職大学の教育の
特徴、その将来は

専門職大学は、大学の一類型として制度化されていますので、設備などの基準はおおむね大学のそれに準じますが、カリキュラムの内容や教員の基準は、既存の大学とは大きく異なるものとなっています。
例えば、専任教員のうち4割以上は、専攻分野で概ね5年以上の実務経験があり、高度な実務能力のある実務家教員とし、そのうち半数以上は研究能力も併せ持つ者となっています。カリキュラムのうち40単位(約3分の1)以上は実習で構成され、そのうち20単位(600時間相当)以上が企業等での長期の実習(臨地実務実習)となります。これにより、企業等の現場での生きた最新の知識・技術と、理論の両面をバランスよく学ぶことができます。
制度創設に至るまでの議論の過程では、あえて新しい学校種を作らなくても、これまでの大学の枠組でもできるのではないかというご意見もありました。ただ、質の高い実践的な職業教育を行う大学の姿を制度として示すことの意味は非常に大きい。そういう意味で、専門職大学はこれまでの大学教育のあり方に対するチャレンジであり、既存の大学へのカンフル剤でもあると考えています。
新制度の成否を占うポイントは、専門職大学を卒業した方が社会でどれだけ活躍できるかという出口での評価、そしてそれと裏表の関係になりますが、入口で保護者の信任をどれだけ得られるかにかかっていると思います。規模感から言うと、即戦力となる人材育成などで専門学校の教育へのニーズは引き続きあるでしょうし、2800を数える専門学校のうち専門職大学に転換してくるのは一割もないものと思っています。むしろ、専門職大学制度の創設と併せて、既存の大学の一部の学部・学科で職業教育を行う「専門職学部・学科」の制度も設けましたので、既存の大学からの転換にも期待をしています。

どうなる?
これからの大学、
学び方にも変化が

本年6月に、政府の人生100年時代構想会議が取りまとめた「人づくり革命 基本構想」では、人づくり革命を牽引する重要な主体の一つとして、時代に合ったかたちに大学改革を進めなければならないと提言されました。これと並行して中央教育審議会でも議論が進んでいますが、各大学の機能・役割の明確化、大学教育の質の向上、学生が身に付けた能力・付加価値の見える化、経営力の強化など多岐にわたる論点について、社会のニーズに対応し、大学教育の質の向上を図るため、大学にも変化が求められています。
今後、時代の変化はますます速くなるでしょう。好むと好まざるとにかかわらず、高校や大学を卒業して就職した後も、技術や環境の変化に対応するため、学び続ける・学び直すことにより、キャリアアップ・キャリアチェンジをしていくことが社会人に求められるようになります。専門職大学は、高度な実践力と豊かな創造力を兼ね備えた専門職業人材を育成する機関であり、社会人の学びの場としても機能していくことが期待されます。

デキル!学部 | 大手前大学 2019年4月「国際看護学部」開設(仮称・設置認可申請中)
英語力に加えて、看護の対象者の多様性を理解・受容し、 健康支援が行えるグローバル人材としての看護師の育成を

日本初となる国際看護学部が養成するこれからの時代に必要とされる看護師とは

海外との交流拠点でもある国際都市大阪。近年は外国人旅行者が急増する国際観光都市でもあります。その中心、大阪城を間近にのぞむ地でキャンパスのリニューアルを進めるのが大手前大学。来春に竣工する新棟には、日本初となる「国際看護学部(仮称)」(定員80名予定)を開設します。《国籍、地域、民族、宗教、年齢、性別を問わず学ぶ機会を提供し、建学の精神である「STUDY FOR LIFE(生涯にわたる、人生のための学び)」を実現する》ことを目指す大手前大学の、5番目の学部となる国際看護学部とは。《グローバル人材としての看護師》をコンセプトに、次世代の看護師養成を図る取組についてご紹介します。

今なぜ「国際看護学部」なのか

 グローバル化の波は、日本の医療現場にも急速に押し寄せています。日本を訪れる外国人は昨年2800万人を超え、2020年には約4000万人に達すると予想されています※1。当然病院を訪れる外国人患者も増えており、ある調査では78.6%の病院が外国人患者を受け入れたことがあると答えています※2。また、定住外国人も年々増加しています。中でも大都市部を抱える東京・大阪・愛知の3都府県には、2016年末で全国の定住外国人の約4割が住むとされ※3、それに比例して医療現場を訪れる外国人患者の数も多いと考えられます。外国人患者の受け入れにあたっては、外国語による会話に加えて、文化や生活習慣の違いによる言葉の意味の取り違えなど、対応の難しさを感じている医療機関が多くあります※4。外国人患者となりうる、移民、難民、国際結婚などによる定住外国人や、観光、ビジネス、留学、医療ツーリズムでの訪日外国人の持つ価値観や文化的背景を理解した対応が、今後ますます求められていきます。それに加えて、出張、留学、駐在中の在外日本人・渡航者もまた、多様な患者像という観点からは、多様な歴史と文化を内包する日本人も含めて考える必要があります。

 日本語を理解しない外国人に象徴される多様な患者に対応できる医療現場の改革、国際化が急がれるとともに、多文化理解に基づいて外国人患者に寄り添える看護師の養成は急務と言われています。

※1 日本政府観光局(JNTO)発表統計より。
※2 社団法人日本病院会の「医療の国際展開に関する現状調査」の結果報告書
※3 法務省ウェブサイト「平成28年末における在留外国人数について(確定値)」参考。
※4 2017年大阪府看護協会による

看護師養成とグローバル教育を追求

 日本初となる国際看護学部の教育のキーワードは「多様性のある文化を理解・受容し、健康支援が行えるグローバル人材としての看護師」。大手前大学によれば、地球を一つの「人々が暮らす地域」(または、多様なバックグラウンドを認め合い、適度な距離をもって共生する「ボーダーレス」な社会)と考え、多様な人々のニーズに応じた看護ができることとされます。看護師養成※5とグローバル教育を両輪とし、「看護と医療の知識・技術」の習得に加えて、「英語力を含むコミュニケーション能力」「人権意識」「社会人基礎力」「多様性への理解・受容」「使命感・倫理観」「体力・精神」を身につけた、これからの時代に活躍できる看護のプロフェッショナル、確実な知識と技術を持ち、医師や薬剤師などからもリスペクトされる看護のスペシャリストを輩出したいとしています。

 ベースになるのは、「リベラルアーツ教育」「実践的教育」「国際性の涵養」という、大手前大学が50年以上にわたって培ってきた三つの学びの柱。「リベラルアーツ教育」は、地域で暮らす人々の多様性に目を向け、異なる考えを持つ人とのコミュニケーション能力や課題解決能力を養います。

※5 看護師学校指定申請中

豊富な実習と多様な実習先、
基礎から学びやすいカリキュラム

 看護師とグローバル人材の育成を両立させるために、教員には海外で学位を取得した者をはじめ、医療や多国籍文化の実態を経験するなど、グローバルな勤務経験が豊富な者を揃えるとしています。

 カリキュラムでは、理系も文系も同じスタートラインに立つのが大きな特長です。看護に求められる理系科目は高校までのものとは異なり、文系の学生であっても入学後に十分修得できる内容とレベルであり、カリキュラム全体も、看護師国家試験合格に的を絞ることで、無駄なく丁寧に学ぶことができるといいます。

 グローバル人材の基礎力を作る英語教育では、まず、医療機関を利用する立場の外国人が日常生活で使う英語を学びます。次に医療現場でよく使われる単語の修得から、患者と交わす会話の訓練に加えて、実際の看護の場面を想定したロールプレイを行います。また看護の現場では、病状だけでなく、患者の置かれた状況や環境を認識した上で、相手の気持ちを尊重しながら対応するコミュニケーション力が欠かせませんから、イラストやボディランゲージを駆使したノンバーバルなコミュニケーションについても学びます。3年次には学術交流協定を結ぶ4ヶ国・地域の1大学3病院《フィリピンのPhilippine General Hospital、タイのチェンマイ大学(Chiang Mai University)病院、シンガポールのInstitute of Mental Health and Hospital、台湾の慈済科技大学(Tzu Chi University of Science and Technology)》で実習を行い、現地の学生との交流も図ります。卒業時には医学・医療に特化した「日本医学英語検定試験」※6の合格も目指すとのことです。

※6 日本医学英語教育学会が主催する医学・医療に特化した英語検定試験。医療の現場で求められる実践的な英語運用能力を総合的に測る。医療従事者や医療系学生だけでなく、様々な業界で働く人も受験している。

講義、演習、臨地実習を繰り返す

 看護師養成とグローバル教育の二つを同時に追求するために用意されるのが、1年次から4年次まで、「講義→演習→臨地実習」を毎年繰り返す独自のプログラムです。

 1年次には、阪神地区の定住外国人の多様性や健康支援のあり方を学ぶため、神戸定住外国人支援センターやたかとりコミュニティセンター等の施設で実習を行います。2年次は、訪日外国人に対する看護を学ぶために、りんくう総合医療センターや関西空港検閲所などで実習を行います。3年次は、国内では徒歩圏内にある大手前病院や大阪国際がんセンターで先端医療についての理解を深めたり、子どもから高齢者まで多様な患者の通う医療法人や助産所などで実習を行うほか、前述の海外実習も学生全員が参加します。4年次は、それまでに学んだ知識や技術をより専門的なレベルまで高めることを目的にしますが、成績優秀な学生は、チェンマイ大学病院での2週間のケーススタディーに参加できるとのことです。

これからの医療を担う《グローバル人材としての看護師》となるために

 これからの看護職には、深い専門知識や高度な技術に加えて、国際化する現場で直面するさまざまな困難に対応できる柔軟な思考力や精神力、体力が求められます。このことは、離職率が高いといわれる看護の世界では長年課題とされてきたことでもあり、大手前大学国際看護学部では看護の知識・技術とグローバル人材として必要な資質を有する、《へこたれない看護師》の養成に力を入れたいとしています。またグローバル化、国際化する日本において、多様性の理解や人権を尊重する考え方を重視し、経済的に医療機関の受診が難しい人々の健康を支えるNPO法人での実習も積極的に行います。海外へ行けば私たちも、自らが外国人となり、時には差別の対象となるかもしれません。豊かな環境で育った今の若者たちにとって、社会的弱者の立場やその痛みを理解し、彼らに寄り添う経験はとても大事です。大手前大学では、それこそがグローバルナーシングの原点であり、そこをへこたれない看護師としての出発点にしたいとしています。

デキル!学部 | 青山学院大学コミュニティ人間科学部(収容定員増 認可申請中)
地域のコミュニティ創造をリードするために
青山学院大学からの提案

鈴木 眞理 青山学院大学
コミュニティ人間科学部
新学部開設準備室 副室長
教育人間科学部教授
鈴木 眞理 先生

~Profile~
東京大学文学部(社会学)卒業 東京大学大学院教育学研究科博士課程中退。東京大学教育学部助教授等を経て現職。専門は、社会教育学・生涯学習論。主著に『ボランティア活動と集団-生涯学習・社会教育論的探求』(学文社、2004年)など。

キャンパス移転に始まる一連の改革に区切りをつけた青山学院大学。人工知能と人との関係を考えるシンギュラリティ研究所の開設など、次の時代へ向けての改革も始まる。その一つが2019年度に相模原キャンパスに開設予定のコミュニティ人間科学部。2009年開設の教育人間科学部、2015年開設の地球社会共生学部に続く文系学部で、相模原キャンパスではグローバルな人材育成を目指す地球社会共生学部と対をなし、地域のコミュニティ創造をリードする人材育成の拠点を目指す。新学部について、新学部開設準備室副室長の鈴木眞理先生に聞いた。

今なぜコミュニティ人間科学部なのか?

人口減少、超高齢化社会の中で、地域創生という言葉にも象徴されるように、全国各地における地域の再生、活性化が大きな社会課題となっています。大学においても近年、地方国立大学を筆頭に、それを担う人材の育成を目指す学部・学科が増えています。ただその多くは、地域経済の活性化や地域の産業振興、都市計画などに重きを置き、経済・経営、公共政策、新しいところでは観光学などからのアプローチで、実務家養成を目的にしたものが目立ちます。
こうした中、「地の塩、世の光(The Salt of the Earth,The Light of the World)」のスクール・モットーを掲げ社会貢献に力を入れる本学としては、経済の活性化や産業振興と同じくらい、地域で活動し、それを担う人間をつくり、それを通じたコミュニティの創造が重要であると考えました。
地域は人がつくり、人は人がつくる、自律的な活動をする人びとによってつくられるコミュニティがあって、はじめて地域の様々な課題の解決も可能になるからです。
学校と地域との連携、地域による学校の支援が唱えられていますが、地域の側から学校を支援する人を増やすための施策はそれほど進んでいるとは言えません。
そこで、社会学、教育学などの視点から、コミュニティ創造を促すためのコミュニティ人間科学部の創出を目指すことにしました。輩出したいのは職場、家庭を問わず、おかれた場で「地域活動を推進できる人」「地域を活性化できる人」「地域文化を継承できる人」であり、「学び続けることのできる人」です。

教育の特色

地域社会と人々に関わる諸課題を5つの履修プログラム科目群として、地域社会とそこで生活する人々のあり方を「幅広く」、かつ「深く」学ぶための仕組みを設けています。学部必修科目群として、実践的に学修する「演習科目」を、「学部基礎科目」と「研究理解科目」で支える構造とし(図)、地域活動の基礎的な理解を深め、地域の活動を体験し、地域づくりの基礎を学びます。また能動的な学習や研究の姿勢を身につけ、「調査、分析、考察力」「コミュニケーション力」「コーディネーション力」「マネジメント力」と、多様な人々の力を引き出しまとめていく「サジェスチョン力」、そして「発見し、発信する力」を身につけます。もちろん社会調査士、社会教育主事、司書、学芸員などの専門的な資格取得を目指すこともできます。

(1)学部必修科目群:知識及び研究手法の習得から、実践的学びへ
「学部基礎科目」では、「地域学習社会論」「地域行政原論」「コミュニティ創造論」「コミュニティ社会学原論」の4科目で構成し、1年次にすべて学びます。この4科目はいずれも地域社会(コミュニティ)と人間に関する原理的な理解を深める科目であり、本学部の学修の基礎となる知識を講義により修得します。
「研究理解科目」では、1年次に、地域社会の状況を認識するために行う文献調査の手法を学ぶ「地域社会調査法入門(基礎調査)」を、2年次に、主に質問紙(アンケート)による数量的な調査の基礎を学ぶ「地域社会調査法入門(統計調査)」を、3年次に、面接調査(インタビュー)やフィールド調査、エスノグラフィやアクションリサーチなど、定性的なデータ分析が求められる「地域社会調査法入門(質的調査)」を設けています。これにより、本学部の基礎的な研究方法である社会調査の方法を、段階的かつ、体系的に学べるようにしています。
「演習科目」は、1年次から4年次のすべての学期に配置し、少人数での指導を行います。1年次には、高等学校までの学修との接続を重視し、大学での学修に必要となるアカデミックスキルを学びます。2年次には、それをさらに深めることを目指すとともに、「地域社会調査法入門(基礎調査)」で学んだ文献調査を行います。また、「地域社会調査法入門(統計調査)」で学んだ内容を踏まえて、質問紙(アンケート)調査を実際に体験します。3年次には、担当教員の専門領域や研究テーマとも関連し、「地域社会調査法入門(質的調査)」で学んだ手法に基づき、地域社会における諸課題を分析する作業に取り組みます。4年次には、「卒業研究」として、地域社会の持続可能な発展に資するテーマを設定し、それに関する調査を実施して分析し、4年間の学業生活の集大成として、最終成果物を作成または製作することを目指します。
このように、後に紹介する履修プログラムの「地域実習科目」の実習について、漠然とした印象からではなく、根拠をもって地域を理解し、問題や課題の解決を図る能力を得るために、いわゆる講義による知識の習得のみではなく、地域の実態を分析する手法を習得する科目が必修として体系化されています。これは同系統の学部としては極めて珍しい試みだと思います。

(2)学部共通選択科目:5つの専門領域で現場で役立つ知恵(実践知)を育む
履修プログラム(専門領域)は、「子ども・若者活動支援」「女性活動支援」「コミュニティ活動支援」「コミュニティ資源継承」「コミュニティ創生計画」の5つ。「子ども・若者活動支援」「女性活動支援」では、それぞれの活動を支援する際に求められる知識・技術を学びます。「コミュニティ活動支援」では、高齢者、障がい者を含む地域の人々のための地域スポーツ、社会福祉、ボランティア活動などの基礎を理解し、日常生活や職業生活等を支援する知識・技術を学びます。「コミュニティ資源継承」では、博物館、図書館、アーカイブなどの活用を通じて、地域の文化資産、情報資源の後世への継承、同時代における伝達と活用に必要な知識・技術を学び、地域やそこに生きる人々のアイデンティティの確立について研究します。「コミュニティ創生計画」では、コミュニティ創造についての様々な思想・理念、制度を学び、実践的な計画策定に必要な知識・技術を学びます。
各プログラムに、全員必修の「地域実習科目」が設けられるのも大きな特徴。一週間の地域での実習を挟み、ゼミ形式の事前学習、事後学習を入念に行い、地域の問題解決に必要な知識・技術の修得を目指します。各地域の人々は様々な歴史的経緯の下に活動していますから、まずはそこに加わること。しかもただ闇雲に参加するのではなく、その成り立ちも理解しておくことが必要です。期間は一週間で、1グループ約8名の少人数制。北海道から沖縄まで、全国各地の協力先で活動する予定ですが、全員必修のため協力先は少なくとも30か所は必要です。
これまでの私の経験では、いわば≪新しいふるさと≫とでもいうべき土地を一度もった学生たちは、そこにかかわり続けることが多いですから、その活動が卒論につながるものになる可能性はとても高いのではないかと期待しています。実習先については、ここに紹介したものに加え、各教員がそれぞれのネットワークを通じて確保しつつありますから、大規模なネットワークが形成されるのではないかと予想しています。
新学部では他者との協働や柔軟な対応力も含め、「能動的な学習や研究の姿勢を身につけ」るとともに、社会調査士、社会教育主事、司書、学芸員などの専門的な資格取得を目指すことができます。なお、資格取得のための科目は資格科目群として別に用意しており、卒業に必要な単位内で修得できます。
また、外国語科目群の他、青山学院大学の共通の教養科目群として「青山スタンダード科目」を設けています。

地域で活きる、地域で活かす実践知を身につけるための体験学習「地域実習科目」

無人島体験
愛媛県のNPO法人えひめ子どもチャレンジ支援機構の協力で、子どもたちの生きる力を育む中で、子どもの活動支援について学びます。
教育やまちづくりの支援
徳島県のNPO法人 ひとつむぎ、同牟岐キャリアサポートセンターの協力で、教育やまちづくり交流を支援する事業などのイベントで体験的実習を行います。

プログラムのいくつかでは、地域で学校を育てるなど、学校教員にならなくても教育に携わることができることが学べます。

受験生へのメッセージ

卒業後の進路としては、まず、公務員や団体・NPO等の公共のための事業や公的な性格を持っている活動を行う組織の職員が挙げられます。また、地域社会とそこで活動する人々に係る諸課題を発見・解決するための知識と研究方法を学ぶことは、地域社会や地域住民等を対象とする金融業や製造業、小売業、観光・運輸業等々の一般企業で、特に商品・サービス開発部門やマーケティング部門で活躍できると想定しています。さらに、近年多くの企業が社会貢献を掲げており、その部門での活躍も期待されます。
受験生のみなさんには、高校生に求められる基礎力を身につけた上で、社会的な問題にも敏感であってほしいと思います。新学部では、コミュニティ創造を目指すみなさんの高校時代のユニークな活動を評価する自己推薦枠も設け、みなさんのチャレンジを待っています。

16歳からの大学論 | 第15回「学術分野を選ぶ」 ということ

京都大学
学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

Profile
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

大学進学において進路を選ぶ際、当然ながら大学を選び、学部を選ぶことになります。そして学部を選ぶということは、必然的に学術領域を選ぶ、ということになります。では、みなさんはどうやって学術領域を選びますか?
そのような問いから論をおこしたものの、実際のところは選択基準は人それぞれ、というのが結論でしょう。その時点での自分の興味関心や時代の風潮(最近ならAI系ですかね)、それに卒業後の就職先までを考えて学部を選ぶ場合もあるでしょう。これらのうち今回は「自分の興味関心」、すなわち損得勘定を抜きにしたところでの自分自身の内面的な感情について考えてみます。
「私は○○分野に興味関心がある」と言ったとき、なんといっても気になるのは「なぜその○○分野に興味関心をもったか?」という動機の部分です。例えば、○○が好きだから、○○をなんとか解決したいから、ずっと前から○○が気になっていたから、○○が格好いいと思うから、○○が面白そうだから、といった類いであると思われます。通常はこの段階で問いを止め、早々に学術分野を決めてしまうように思います。
しかし、しばしお待ちを。その時点での興味関心で分野を選択するのは、著者からすると早計のように思います。例えば、○○が好きだから、というのであればなぜそれが好きなのか?と問いを続けることができます。「んー 自分が小学校のころにはじめて○○を知ったんだけど、そのときの衝撃が未だに残ってるから」などの答えが返ってくるかもしれません。でもさらに「では、なぜ○○をみて衝撃をうけたの? 小学校のころなんてある意味ほとんどのモノゴトがはじめての見聞きといえるよね。そのなかでなぜ○○だけに衝撃をうけたのだろう」と問うことができます。このようにまだまだ問いを幾重にも繰り返して行くと…きっとどうしようもなくなって「ええい、好きだから好きなんだ!」となるかもしれません。いや、きっとそうなるでしょう。実は、正直いって結果などどうでもいいのです。大事なのは、一度はこの終わりのない問いに徹底的に浸っておくということなのです。
○○が好きな自分って? ○○を格好いいと思う自分って? ○○が大事と思う自分って?と考え詰めることは、「自分」について客観的に思考する試みです。自分とは何か…これを切実に思考する機会は人生において意外にないもの。大学進学というタイミングはちょうどいい時期かも知れません。きっと、今後の人生に大きく影響を及ぼすぐらいの深い気づきを得られるでしょう。なによりそこまで考えたのなら、自分自身の選択に責任をもつことができます。誰に言われたからでもない、時代に流されているのでもない、現時点での自身の全人格をもってして考えぬいたこその結論。そこまで思考したそのとき、その選択はまったくもって「あなた」そのものと化します。選択にあなたという人格が現れるのです。「そうなったときにこそ、正しい選択を行えるのだ。だからそこまでちゃんと思考しろ」と言いたいのではありません、断じて。正しいもなにもない。そんなことわからない。しかし、自分は誰のものでもない自分の人生を生きることができるといっているのです。仮にその選択がどうも自分とマッチしなかったというときも、いや、おそらくはそういう場合がほとんどかもしれませんが、きっとまたその経験を踏まえて思考し、自分の人生をまた歩き出すことができる…そう言いたいのです。
さて、第15回までお付き合いいただいた読者の方には直ちにピンとくるかもしれませんが、このような自分で自分を見つめる思考、内省は学問そのものだと筆者は思っています。なにも大学という場でないと学問ができないわけではない。自分とは何か、自分が存在しているとはどういうことかと、ふとしたきっかけでいつでも学問はあなたの内から生じるのです。よき人生を(続く)。


おまけ

大学で研究される学問領域は細分化が進み、いまや学会の数はなんと2,022もあるのだとか。このなかから、本当に「自分らしい学問」と出会うのは至難の業かもしれません。そこで筆者はこの度、「あなたにぴったりの学問みつけます。ナビスコラ Navischola」というWebアプリを開発しました。すでに10万人が利用しています。このアプリは、1,757人の研究者からの「生の声」を元に、12の領域の中からあなたに合う学問を教えてくれる診断ツール「Your Schola」と、膨大な学問分野の関係性を解き明かす分野相関図「Schola Scope」から構成されます。いうまでもありませんが、この診断結果は「占い」程度。自分自身を知るための一素材となればそれで充分です。ぜひお楽しみください。
https://navischola.app/

哲子の相談室 連載その12 | 将来を見据えた進路指導を

日本文理大学
特任教授
北岡 哲子

~Profile~
異分野から工学の世界に入り、感情・表情・脳と癒しをテーマに北岡オリジナル癒し工学を提唱。工学、医学、芸術、心理学、環境学、社会学、宗教人類学の新学際研究に従事している。08年12月に日本機械学会計算力学部門に「癒し工学研究会」を設立。09年、東京工業大学において博士(工学)を取得。日本機械学会、日本感性工学会、日本早期認知症学会、日本脳電位学会会員。2011年日本機械学会「癒し工学研究分科会」主査。東京工業大学大学院助教を経て、2015年4月より現職。他に自動車事故対策機構 自動車アセスメント等技術検討ワーキンググループ「予防安全技術検討ワーキンググループ」委員。著書は『癒しは科学で手に入る』(幻冬舎ルネッサンス新書)。2015年春からは、日経テクノロジーオンラインで『スポーツをテクノロジーする』を、電気新聞で「癒し工学の散歩道」を連載中。青山学院高等部出身。

相談

昨年は、高校3年の男子の母でした。夫は弁護士、長女は有名大学のロースクールに通っており、私は専業主婦です。夫は家庭無視、仕事だけ。社会貢献に明け暮れ、町のごみ拾いは懸命にするが、家のごみは全く拾わない。人からは人格者と言われますが、家庭人としては0点。そのギャップに対するうっぷんを、私は長男を溺愛することで解消していたようです。ところが長男は、そんな私への反抗からか、突然予備校もやめ大学にはいかないと、何もしなくなりました。高校は、世間体もあり進学校に進ませていたのにこの始末。今更ですが、親として、高校には偏差値の高い大学に進学させ名前を売るのに必死にならず、各生徒の適性を見出し、将来の仕事につながる進路指導を望みたいと思いますが、いかがでしょうか。

回答

ご質問からは、ご家族ではただお母様だけが、ご子息の現状に大変心を痛めておられるように見えます。ご両親の介護もあるとのこと、ストレスは計り知れないとお察しします。優秀なご主人や姉とは違う道に進みたいと、自ら決断されたのは、なかなか行動力があるようにみえますが、私見では、往々にして甘やかされて育った子供は、突然驚くほど思い切ったことをする。勇気というより無分別で、いずれ親がなんとかしてくれるという甘えの裏返しだと考えています。勿論、早くから適性など関係なく、自分は将来〇〇になりたい、と確固たる意志をもっている生徒もおりますが、将来何をしていいか全く考えていなかったり、悩んでいるけれど決められない子などもいますから、けして珍しいケースではありません。動機はともあれ目標が決まっていれば、それなりの大変さはありますが、精神的には、目標がない子に比べまだ楽かもしれません。
大学入試が、蓄えた知識以外も評価の対象にするようになるとのことですが、それによって未開発の力を引き出すことができるようになればいいですが、一般的な適正試験では、予備校などで対策を立てられますし、潜在的な力を見出すために時間や労力もかけられないとなると、やはり、高校の3年間の学校生活の中で、その子の長所や得意な面を発見し、引き出し育てていってほしいですよね。家庭では甘えがでたり、保護者の方も偏った評価をしがち。わが子の社会性がわからない場合もあるので、他人のほうが客観的に評価できると思います。
そこで、「将来、適職につくための大学や学部についてのリサーチや、生徒の適性の把握にもっと力を入れてほしいとは思うものの、親の多くは有名校にいれておけば全て面倒みてくださると安心してしまう。それでも有名校にはいれるべきだとは思っていますが」と、ご相談はさらに続きました。
現代は遠回りが許されない風潮がありますから、なんとなく焦りを感じる親御さんも少なくないでしょう。一昔前は、教師にも「自分がやりたいことをみつけるまで大いに悩め!」と豪語するような人がおりましたね。
いろんな力を借りて、一早くやりたいことを見つけさせ、それに向けて指導してほしいという思いは、たしかに一理も二理もあります。しかし高校だけにそれを期待するのも、これはこれで親の甘えのような気もします。自分の将来を決められないのは、その生徒自身やその家庭環境にも原因があるでしょうし、ここまで子供を見つめ、手をかけ育てられたのなら、小さい頃からもう少し、学校とは違うアプローチで子供の意思を育てる努力をすればよかったのに、と残念に思いました。
たしかに多くの高校では、理系か文系かの程度かもしれませんが、生徒の適性を判断されていると思います。しかし自衛官やパイロット、あるいはユーチューバーや起業家などと、具体的な職業適性を早い段階から見出すことができれば、もっと無駄のない大学選択ができるはずです。勿論、特色をだしやすい私立中高一貫校の中には、そういうことをしているところがあるかもしれませんが。
私自身は昔から、大学以下の教育機関はなりたい職業から逆算して決めるべきだと強く思っていて、そういう高校があれば理想的だと思っています。しかし学校だけにまかせるのはやはり賛成ではありません。お子さんの将来を決めるのに家庭環境は大きく影響しますから、ご家族の役割も今一度見直されるとよいのではないでしょうか。とても難しいことかもしれませんが・・・(続く)
このコーナーでは読者からの相談を受け付けています。お気軽に下記のアドレスへご連絡下さい。kitaokatk@nbu.ac.jp

シリーズ 大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦
チームで考え、学び合う。
プロジェクト型現場学習。

京都文教大学地域協働研究教育センター 専任研究員 石田 浩基
プロジェクト科目は、宇治市や京都市伏見区などの地域と連携して行う「地域」型と社会問題や具体的な課題解決に向けて取り組む「テーマ」型があり、前後期あわせて10~20のクラスが開設されています。学期初めに学生たちは、担当教員や連携地域・団体から課題を与えられます。この課題に対し、チームで仮説を考え、検証し、課題解決の手法を探るという授業形態が、本科目の特徴です。学期末には、当該学期全クラスによる合同成果発表会が行われ、課題解決への提案や科目での学びについて、広くプレゼンテーションが行われます。これも大きな特徴の1つと言えるでしょう。今回は、2018年度前期開講の2クラスについて紹介します。なお、全クラスの合同成果発表会は、7月21日(土)に行われます。

京都文教大学では、学生の現場実践力を高めることを目標に、様々な地域の現場での実践に取り組む「現場実践教育科目」が開講されています。これは2年次生以上を対象とした全学共通科目であり、そのうちの1つが、PBL(Project Based Learning)の手法を取り入れた「プロジェクト科目」です。本稿では、2018年度前期(4~7月)に開講された2つのプロジェクト科目について、具体的な取り組みを紹介します。

まち歩き企画による地域資源発見クラス

このクラスでは、宇治市広野町において地域生涯学習支援事業の一環として行われている「ひろの探検隊」の企画立案・実施を通して、計画力や実行力、地域の魅力を発見する力を養うものです。
「ひろの探検隊」は、まち歩きを通して、地域の歴史や文化資源の再発見を試みる取り組みであり、2018年度前期は全3回が実施されました。このクラスでは、そのうちの1回を学生企画とし、授業では実施に向けた企画会議や現地調査、準備に重きを置いています。
学生にとっては、まったく知らない地域のまち歩きを考えるということで、具体的なイメージや地域情報も乏しいところからスタートしなければならないので、それらを収集すると同時に、イメージを共有するための話し合いが必要になります。
授業回数が限られている中、まち歩きのルートや立ち寄り地点などの選定、役割分担を決めなければならないため、企画会議は思うように進みません。企画実施直前まで各々が準備に追われることとなりました。
そして迎えた当日は雨のため、急遽別のプログラムに変更するなど、終始思い通りにことが運ばない1日となりました。その中でも、事前の予報で雨天の確率が高いことを知りながらも、実施に向けた企画準備に学生が精を出したことは評価できる点であり、計画を実行する力、状況を把握しながら取り組む力が高まったのではないかと感じています。

企業と考える地域づくりクラス

このクラスでは、京都府南部地域に所在する中小企業3社を訪問し、地域社会における企業の役割や学生の関わりについて考える中で、課題発見力や創造力を養うものです。
授業では、まず座学にて企業の役割や行政、NPOとの違い、地域参加の事例などを学び、企業訪問の土台となる基礎知識を身につけます。
訪問企業は、市町や業種、業態が異なるように選定しています。1社目は、京都市伏見区で訪問看護や配食サービスを行う企業、2社目は城陽市の酒造会社で、それぞれ5月、6月に訪問を行いました。3社目は久御山町にあるプラスチック製品のファブレスメーカーであり、7月の訪問を予定しています。このように業種や業態の異なる企業を訪問することで、様々な地域への参加、貢献のあり方を学生に考えさせることを授業の目的としています。
同時に、各社の事業内容や地域貢献活動だけでなく、地域に根ざす経営者の想いや社員の働き方についても、学生の関心を向けさせることで、自身の進路について考える機会としていることも、このクラスの特徴です。
企業訪問後の学生からは、地域住民との信頼関係を構築する経営スタンスや、小規模ならではのフットワークの軽さについて強く認識したとの感想が多くあがりました。こちらは、まだ企業訪問の途中段階ということもあり、どのような成果が結実するのか楽しみです。

公開シンポジウム「学びと創造性」

日時:2018年9月1日(土)
12:30~17:40(開場12:25)
会場:京都大学百周年時計台記念館国際交流ホールⅢ

会場とアクセス:会場となります京都大学百周年時計台記念館国際交流ホールIIIは、京都大学吉田キャンパスの本部構内にございます。京阪本線「出町柳」駅から東へ徒歩15分または京都市営バス「京大正門前」下車(路線によっては「百万遍」で下車ください)

共催:国際教育学会(ISE)
神戸大学社会システムイノベーションセンター
京都大学経済研究所
京都大学基礎物理学研究所
京都大学統合複雑系科学国際研究ユニット
同志社大学ライフリスク研究センター

第一部:「グローバル時代の教育」(12:30~13:30)
第二部:「教育の意味を考える」(13:40~14:25)
第三部:「創造的問題解決とは何か」(14:35~17:00)

15:45~17:00パネル・ディスカッション「何が想像を生むのか―創造的問題解決」
モデレーター:大野照文(三重県立博物館館長)
パネリスト:柴田一成(京都大学大学院理学研究科附属天文台台長)
村瀬雅俊(京都大学基礎物理学研究所)
阿部建一(総合地球環境学研究所)
森悠子(長岡京室内アンサンブル音楽監督)
富田直秀(京都大学大学院工学研究科)
八木匡(同志社大学)

目指せ!グローバル人材
デキル!学部
神戸松蔭女子学院大学教育学部(2019年度開設)
教育の神戸松蔭に、教育学部が誕生
小学校英語の教科化と小中連携教育に対応、特別支援教育も充実

待田 昌二 神戸松蔭女子学院大学 学長
待田 昌二 先生

~Profile~
大阪大学人間科学部卒。大阪大学大学院人間科学研究科修了。学位博士(人間科学)。平成8年4月神戸松蔭女子学院短期大学専任講師。平成13年4月神戸松蔭女子学院大学助教授。平成19年4月同教授。平成28年4月から現職。大阪府立三国ケ丘高校卒。

学院創立から126年を数える神戸松蔭女子学院大学※1。2019年度には、15年ぶりとなる新学部、教育学部を開設する。人間科学部子ども発達学科を大幅に改編した新学部について、開設の背景と目的、特徴などについて、待田昌二学長にお聞きした。

※1 1892年1月、英国聖公会により、神戸市北野町に松蔭女学校が創立された。

今なぜ、教育学部か?

現在の学校教育の課題に対応した教員養成が急務とされる今、本学としても半世紀以上の歴史のある中・高教員養成を、社会及び受験生に対してもっと端的にアピールしたいと考えました。
現在、小学校では、次期学習指導要領において外国語(英語)の時間が3、4年生に前倒しされ、高学年では外国語(英語)として必修化されることから、英語を教えられる教員の養成が急務とされています。またその円滑な導入、展開を後押しするために、一部では小・中学校の連携や接続が図られていて、中学校の英語教員への期待も高まっています。
グローバル化に加えて多様化も大きな課題です。幼稚園や学校現場で、身体的・精神的な困難を抱える子どもの割合が増えているとされる中で、そうした子どもたちを分離することなく通常クラスの中で受け入れるインクルーシブ教育※2を目指して、特別支援教育の充実も求められています。今後は特別支援学校教諭免許を持つ、持たないにかかわらず、教員はそのような生徒への理解と支援の方法を身につけておかなければなりません。
本学は、神戸という国際性豊かな街で100年以上に亘って英語教育、異文化理解教育を育んできました。同時にキリスト教精神に基づき、他者への思いやりを学びの一つの柱ともしてきました。今、学校教育において英語教育と特別支援教育に注目が集まる中、このような分野に力を入れることは、まさに建学の精神や教育理念※3、これまで築き上げてきた本学ならではの個性と一致するものと考えたのです。

※2 子どもたち一人ひとりが多様であることを前提に、障害の有無にかかわらず、望めば自分に合った配慮を受けながら通常学級で学べることを目指そうという教育理念、実践プロセス。
※3 教育理念は、キリスト教の精神、実践的な教養、キャリア教育

特別支援教育と、中学・高等学校の英語を加えスケールアップ
――「幼児教育」と「学校教育」の2専修で様々な資格取得に対応

新学部では、従来の人間科学部子ども発達学科における「幼児教育コース」「初等教育コース」を、「幼児教育専修」「学校教育専修」へと改編し規模を拡大します。
「幼児教育専修」は子ども発達学科を受け継ぎ、保育士、幼稚園教諭の免許取得を目指しますが、新たに特別支援学校教諭の資格も取得できるようになります。
「学校教育専修」は小学校教諭免許取得を目指しますが、幼稚園教諭または特別支援学校教諭免許も取得可能な「小学校教育コース」と、中学、高校の英語教員免許の取得も可能な「英語教育コース」を設置します。小学校教員採用試験では、英語の必修化を控え、英語の検定で一定の成績やレベルに達していたり、中学校の英語教員免許状を持っていたりすると、加点や一部の試験免除などの優遇措置が受けられる教育委員会は2017年度には53に上ります(68のうち)。ちなみに大阪市では、中・高免許状取得者は1次選考で90点、2次選考で30点が加点されます。
また学校教育専修には、『児童英語』に加えて、文学部英語学科で教育の実績を積み重ねてきた『早期英語教育』(基礎・応用)などの英語教育科目が置かれます。さらに、提携する聖ミカエル国際学校(インターナショナルスクール)での日本の子どもたちのための児童英語スクール等で実習し単位を取得すれば、「児童英語インストラクター認定書」(学内資格)が得られます。
また、いずれの専修でも、特別支援学校教諭の免許の取得に関わらず特別支援教育について学ぶことができるようになります。この他、子ども発達学科を受け継いで理科教育にも力を入れます。
教育学科は専修別の募集ですが、学校教育専修の2コースは入学後に選択できます。また、教育学部入学者専用の入学前予約型給付奨学金制度も新設され、自宅通学者では授業料が半額、自宅以外からの通学者は授業料半額で、年間家賃補助として10万円が、いずれも最大4年間支給されます(該当する入試や年間所得など応募条件については入学試験要項で必ずご確認ください)。

受験生へのメッセージ

女子大の使命は、女性が置かれてきた歴史と現状を学び、自分を閉じ込めている殻を破って自身を開放し、本当の女性活躍社会を切り拓く知識と態度を身につけるよう支援することです。そして、女性しかいないという環境を活かし、女性が自ら能動的に動いて活躍する機会をできるだけ多く提供することです。とはいえ女性の置かれている状況はまだまだ厳しいですから、安心の場、落ち着ける場を提供したいとも考えています。港町神戸を見下ろす優れた景観と自然を身近に感じられる恵まれた学びの環境の中で、自分が落ち着ける場を確保し、外へ向けて積極的に活動してほしい。“「教育」の神戸松蔭”というキャッチフレーズは、大学全体が「教育力」を高めていくという宣言です。自らの可能性を信じ、未来を切り拓いていこうとするみなさんを、私たち教職員は、全力で応援したいと考えています。


コラム①
長年培ってきた伝統を新学部に結集

『児童英語インストラクター』だけでなく、全国的にも珍しいオーストラリアでの教育実習や関連施設の活用はそのまま新学部に引き継がれる。学内にある子育て支援フリースペース「まつぼっくり」[写真]、併設の社会福祉法人運営の幼保連携型認定こども園「松蔭おかもと保育園」は、いずれも実践の場や実習先として活用され、保育園は就職先の一つともなっている。
外国語教育センターが運営する全学生向けの英語教育としては、学内で居ながらにして留学気分を味わえる「イングリッシュ・アイランド」、また外国語学習支援スペースで、教員や英語指導員などが、予習・復習の指導、アドバイスなど、英語学習について相談に乗ってくれる「ピア外国語応援サロン」がある。サロンには資格試験の最新問題集なども揃っていて、自習、グループ学習にも利用できる。

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コラム②
文学部も変わる

文学部では英語学科が英語運用能力をさらに強化するカリキュラム改編を行う。総合文芸学科は募集停止するが、日本語日本文化学科に「メディア表現コース」が新設される。

目指せ!グローバル人材
デキル!学部
中央大学国際経営学部(2019年開設)
グローバルビジネスリーダー 育成の新学部創設

2019年4月、26年ぶりに中央大学に新学部が設立されます。設立されるのは国際経営学部(定員300名・多摩キャンパス)。グローバル化が加速するビジネスの担い手として、「ビジネスとエコノミクスの幅広い知識に加え、高度な英語運用能力と国際的ビジネス感覚を身に着けたグローバルビジネスリーダー」の育成を目指します。

国際経営学部はここが違う!

国際経営学部の特色ある学びのポイントは3つあります。
1つはカリキュラム。以下の8つの知識・スキルを体系的に学ぶカリキュラムです。
①国際的に企業が成長するための戦略的思考 ②外国語でのコミュニケーション力 ③コラボレーション(チームワーク)力 ④グローバルな認識と地域および地球規模の市民としての意識 ⑤情報統計等の知識 ⑥数学、宗教、倫理、科学、歴史といった分野への理解 ⑦創造性 ⑧各地域や文化の特性への理解。
これらを、総合教育科目(基礎教養・情報統計)、専門科目(国際経営スタンダード、企業経営、グローバル経済、国際地域研究)、グローバル人材科目(外国語、コミュニケーションスキル)の3つの科目群から体系的に学び、さらに、能動的に学ぶために演習(ゼミ)も取り入れていきます。
2つめは経営学および経済学を英語、中国語でも学ぶことです。国際ビジネス言語である英語だけでなく、中国語による授業を複数設置、ゼミも英語や中国語で行い、実践的な語学力を身に付けられます。
ポイントの3つめは海外での学びです。新学部では、海外インターンシップ等のアクティブ・ラーニング、フィールドスタディ科目を設け、現地・現場で学ぶ機会を設けます。1年次には、語学研修や、ビジネスに関する英語での講義やディスカッション、企業訪問等を組み込んだ米国等の海外短期留学(3~4週間)を必修とします。

7割以上のカリキュラムを外国語で学ぶ

国際経営学部では、グローバル・ビジネスの現場で活躍できるよう、徹底した外国語運用能力の育成を図り、カリキュラムの7割以上が英語を中心とした外国語による授業となります。そのため、卒業に必要なすべての単位を英語で行われる科目で修得することが可能です。
基礎となる専門必修5科目は、通常の英語による授業の理解を深めるため、チュートリアル授業(英語+日本語もしくは中国語)を実施。さらに、中国語、英語、スペイン語によるビジネスコミュニケーション、ビジネス交渉論といった実践的な科目も設置されています。

学部を超えてより深く学ぶ

中央大学では学部の垣根を超えて学ぶFLP(Faculty-Linkage Program)というプログラムを実施しています。FLPには5つのテーマ別プログラムがあり、テーマに関してすべての学部の学生が履修することができるため、他学部の学生と一緒に学際的に学ぶことができます。
プログラムの1つ「国際協力プログラム」では、途上国の開発や貧困問題の解決法を探り、フィールドワークや海外ボランティアも実施しています。こうした活動に参加することで、国際経営学部での専門的な学びをさらに発展させ、独自の専門的な強みを身に付けるけることが可能となります。

多彩なキャリアの可能性

国際経営学部卒業後のキャリアとしては、グローバル企業、外資系企業、大手コンサルティング会社、シンクタンク、公的機関、国際機関、NGOs/NPOsなどでの活躍を想定しています。


コラム①
グローバルな教育環境を国内で

多摩キャンパスにはGスクェア(G Square)という異文化交流の拠点があり、留学情報、国際交流、異文化を知る機会を提供しています。また、9つのマルチスクリーンでそれぞれ異なる言語のニュースを視聴することができたり、International Dayとして特定の国について学び交流するイベントを学生が企画・運営したりするなど、身近なところでグローバル社会を経験する環境が提供されています。また、東京都多摩市(聖蹟桜ヶ丘)と日野市(多摩平)の2つの国際寮で留学生とともに生活し交流するチャンスもあります。
中央大学の建学の精神は「實地應用ノ素ヲ養フ」。実学の精神を柱に、グローバル化が進むビジネス社会で活躍できる「素ヲ養フ」新たな学部に期待が持てます。

コラム②
中央大学のグローバル教育

現在、世界35カ国・地域、計190の海外大学・研究所とネットワークを持つ留学制度があり、このうち、28の国・地域の140の協定校と交換留学を実施しています。留学中の単位は帰国後、卒業に必要な単位として認定されます。また留学期間中の学費の減免制度や大学独自の奨学金なども用意されています。協定校以外でも、学生が希望し、大学が認めた外国の大学、あるいは高等教育・研究機関に留学できる認定留学制度もあります。認定留学では、国際センターに申請することで学費減免や奨学金給付を受けることも可能です。
この他に春季・夏季に実施する2~4週間、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、カナダ、ドイツ、フランス、韓国各国の大学で学ぶ語学研修のための短期留学制度もあります。
学部の授業でも、グローバル社会に対応した学びが行われています。例えば、法学部においては「日本法入門」など英語で行う専門科目の授業、国際企業関係法学科を中心とする多様な外国法科目が開講されています。
課外の外国語教育では、TOEFL、TOEIC、IELTSといった英語講座、ドイツ語、フランス語、中国語の検定対策のための第二外国語講座も開設しています。

国際協力は人と人との協力

50年に及ぶアンコール・ワット遺跡の保存・修復で、2017年度ラモン・マグサイサイ賞を受賞

石澤 良昭 上智大学アジア人材養成研究センター 所長
石澤 良昭先生

~Profile~
1937年生まれ。東南アジア史を専門とする。上智大学外国語学部フランス語学科卒。パリ大学高等学術院で東南アジア碑刻学を学ぶ。文学博士。鹿児島大学教授を経て上智大学教授。同大学アジア文化研究所長、外国語学部長を歴任し、2005年から2011年まで同大学長。この間、1961年からカンボジアのアンコール・ワットの調査・研究と修復作業に従事。1980年からアンコール遺跡群の緊急調査を行う。2017年、アジアのノーベル賞と言われるラモン・マグサイサイ賞を受賞。北海道帯広三条高等学校出身。主な著書:『アンコール・王たちの物語-碑文・発掘成果から読み解く』(2005:NHK出版)、石澤良昭 三輪悟『カンボジア 密林の五大遺跡』(2014:連合出版)など多数。

アジアの時代といわれる今を遡ること半世紀前から、カンボジアの世界遺産の保存・修復と人材養成などの国際奉仕活動を続けてきたのが、上智大学アジア人材養成研究センター所長で、元上智大学長の石澤良昭先生。昨年8月には、その長年の活動が高く評価され、アジアのノーベル賞と言われる「ラモン・マグサイサイ賞」を授与された。受賞理由は、「アンコール・ワット遺跡の保存・修復はカンボジア人の手でなされるべきとの信念に基づき、カンボジア人の遺跡保存官や石工加工技能者の人材養成に尽力したこと、そしてその貢献によってカンボジアの人々が自国文化の誇りを取り戻すきっかけを与えたこと。またアンコール・ワット遺跡に代表される文化遺産を、国際社会が人類の至宝として保存していく重要性を広く世界に訴えたこと」とされた。カトリック大学におられたからこそ実現できたといえるその取組と活動について、そのきっかけから今日に至るまでを振り返っていただいた。

カンボジアからの手紙

 1980年、私は、ベトナムのホーチミン空港から陸路国道1号線を経て、戦塵の煙るカンボジアのプノンペンに入り、そこから国道5号線バッタンバンを経由して、3日目でようやくシェムリアップ現地へ到着しました。待っていてくれたのはアンコール遺跡保存局の局長のピッ・ケオさんでした。1970年、内戦が勃発してカンボジアに入国できなくなってから、13年の歳月を経た待ちに待った再会でした。

 固く握手を交わしたその親友の手は、昔と変わらずごつごつしていました。遺跡現場での長年の修復作業を象徴するその手こそ、ポル・ポト政権のあの悲惨な知識人の粛清から彼を免れさせてくれたのです。ピッ・ケオさんは自らを農民と称し、両手をみせて難を逃れたのでした。

 私がアンコール・ワットと出会ったのは、1960年、学生交流団体オーヴィット(AUVIT=Amitié Universitaire entre Vietnam-Japon-Thailande)という、タイ、ベトナム、日本在住のイエズス会の神父3人が企画した海外研修に参加したときでした。上智大学外国語学部フランス語学科の学生だった私は、3人の神父の一人で、上智大学でフランス語を教えていた敬愛するポール・リーチ先生に誘われ、初回の学生として参加しました。ベトナムからカンボジアへ行き、アンコール・ワットを見学し、その壮大かつ荘厳なたたずまいにびっくりし、すぐとりこになったのです。カンボジア文化省の顧問だったフランス極東学院のベルナール・グロリエ先生に頼みこみ、臨時研究員としてカンボジアに約1年間滞在させてもらいました。その後、日本に帰国した私は、専門のフランス語とは別に、フランス東洋学を学び直すためにフランスへ留学しました。年に数カ月から半年、およそ4年に亘ってカンボジア現地を訪れ、カンボジアが世界に誇るアンコール遺跡群の保存・修復について、ピッ・ケオさんをはじめ40数名の若きカンボジア人保存官(Conservator)とともに、フランス極東学院で保存修復の研修を受け、実習作業に携わりながら、共に将来の夢を共に語りあう仲となっていきました。

J.ピタウ学長「インドシナ難民に愛の手を」の募金のため新宿駅東口に立つ(1979年)
世紀の大発見、バンテアイ・クデイ遺跡から仏像274体を発掘(2001年)

 アンコール・ワットとの出会いのきっかけをつくってくれたポール・リーチ先生は、私の1年先輩だった井上ひさしさんの小説『モッキンポット師の後始末』の主人公、モッキンポット氏のモデルとも言われるユニークな先生でした。作家サン・テグジュペリの『星の王子さま』の作品を取り上げて、≪見えないものをよく見ろ≫というのが口癖でした。AUVITを企画したのも、当時のアジア現地の雰囲気と国際政治情勢とから、東南アジアは、早晩、東西冷戦構造により政治混乱がおきると予見されていて、その前に私たち学生に現地を見せておきたかったからだと思います。1964年のベトナム戦争勃発をきっかけに、ラオス、カンボジアでは内戦が始まり、AUVITは4回で中止になりました。

 私が最後にカンボジアを訪れてから13年経った1980年、ピッ・ケオさんから手紙が来ました。1975年から始まったポル・ポト政権の独裁が終息した翌年です。その手紙にはこう書かれていました。「もうみんないなくなった。日本の石澤、保存修復の手伝いに来てくれ」と。「アンコール・ワット遺跡救済」の名の下に、ポル・ポト政権後のカンボジアに、日本人として初めて足を踏み入れた私は、かつて40数名いた保存官が、ピッ・ケオさんを含め3名しか生き残っていない事実に愕然としました。ポル・ポト政府は中国の文化大革命の影響を強くうけ、官僚や政治家、軍人、教員など、外国語を話す人々、いわゆるeducated peopleを次々と粛清、その数はおよそ150万にのぼると言われています※1。ポル・ポト政権の幹部は、市内から追い出した人々を集会に呼びだし、米を配るからと称して人々の手を出させ、その手から、educated peopleらしき人々をまず見分けていったと聞きました。多くの遺跡保存官は、フランス語が多少話せたことで犠牲になっていったのです。ピッ・ケオ局長は自らを農民と称し、両手をみせて難を逃れたのでした。

※1 この他、国境外へ脱出し、難民となった人々は120万人と言われている。

新宿駅東口駅頭での募金活動

 このポル・ポト政権の虐殺と、内戦によって多くの難民がタイ国境近くへ逃れ、タイの難民キャンプには戦争孤児がたくさん収容され、悲惨な生活を強いられていました。こうした状況を受けて、当時、上智大学の学長だったヨゼフ・ピタウ神父(大司教)(1928年~2014年)は、「上智大学の理念と、人間の根本にかかわることだから」と、新宿駅東口の駅頭で≪インドシナ難民に愛の手を≫と訴えて街頭募金活動を始めました。カンボジアでは内戦が下火になってきたとはいえ、実効支配するヘン・サムリン派の他に、ポル・ポト派、シハヌーク派、ソン・サン派の3派が加わって4派は共に覇権を争い、一触即発の状態が続いていました。しかもベトナムの傀儡政権だったヘン・サムリン政権は国連に議席がないため、ユネスコなどの国際的な援助は受けられません。もちろん日本政府も、国交がないため公には支援ができません。そこで上智大学は、ソフィア・ミッションの名の下に、国際奉仕活動を始め、その窮状を世界へアピールしようと立ち上がったのです。

 それは戦後の混乱期から高度成長期を経て落ち着きを取り戻した日本にあって、「他者のために、他者とともに」(Men and Women for Others, with Others)という、上智大学の教育の理念の実践であり、ヨゼフ・ピタウ上智大学長が1970年代から温めていた、それまでの欧米中心の国際交流から、アジアに目を向けた新しい国際交流の道を拓くという構想にそったものでもありました。こうして、1982年にはアジア文化研究所が設立され、同年私も母校の上智大学に戻りました。1994年、同研究所内に「アンコール調査室」が置かれ、1991年、産・学・官の有志により設置された「アンコール遺跡救済委員会」の事務局となりました。※2

※2 1980年の年頭にあたりピタウ学長は、上智大学の今後の方向性を、①学問的雰囲気を高め、精神的なものを深める、②建学の精神に基づき永遠の価値のための教育を与える、③西洋中心の国際性から、アジアを中心に、アジアを理解し、アジアに協力するという新しい国際性を作る、という三つの基本方針を示した。

カンボジア人によるカンボジア人のための、カンボジアの遺跡保存・修復

 1979年、「インドシナ難民に愛の手を」の難民救済活動が上智大学ではじまりました。私たちは1980年代からカンボジア国内に入り、「カンボジア人の手によるアンコール・ワットの保存・修復」を国際協力(ソフィア・ミッション)の哲学に掲げ、4派が和解に向けた共通テーマとするよう、アンコール・ワット西参道の修復を私たちは提案したのでした。というのも、カンボジア国旗の中心にはアンコール・ワット遺跡が描かれているように、激しい内戦の最中にあっても4派は遺跡を破壊することはしませんでした。「アンコール・ワットの昔に戻って平和に暮らそう」は4派が揃って唱える和解に向けてのスローガンとなりました。しかも、神々が宿る聖地とされ、全世界から注目されるアンコール・ワット遺跡の保存・修復は、カンボジアの人々に自国文化への誇りや自負、民族の自信を取り戻させるものと期待されたのです※3。

現地カンボジアに上智大学アジア人材養成研究センターを建設(1996年)、現地に寄り添う。

 アンコール・ワット遺跡の保存・修復は1908年からフランス極東学院のフランス人遺跡保存官たちによって進められ、第二次世界大戦後の1953年にカンボジアが独立するまで続きました。ただし、その考え方、進め方は、あくまでも偉大なフランスの国威発揚のためでしたから、カンボジア人は単なる作業員扱いだったのです。私たちは、「カンボジア人の手によるアンコール・ワットの保存・修復」を国際協力(ソフィア・ミッション)の哲学として掲げ、内戦後の民族文化のアイデンティティ再構築と平和構築につながるものと位置付けて、カンボジア人専門家の養成を提案したのです。※4

 そもそもカンボジア人たちには、石材加工や石積技術などの分野では、日本人には真似のできないすぐれた技術と手先の器用さがあります。また、遺跡の彫刻は美的感覚にあふれています。あの壮大なアンコール・ワットを作った人たちの末裔だから当然と言えば当然ですが、カンボジア人の祖先が培った技術力、美的感性を、私たちはアンコール・ワット遺跡の修復に活かしたい。それは、志半ばでポル・ポト政権に粛清された保存官たちへの鎮魂にもなると考えたのです。

 1989年、本格的な活動を始めた私たちには、まず遺跡保存官や石材加工技能者の育成が急務でした。ポル・ポト政権による粛清で、カンボジアにはeducated peopleがいなくなっていたからです。1991年、私たちは日本の遺跡専門家、研究者たちで、夏休みや冬休みの長期休暇中に、カンボジアへ出向いて調査、研究と研修をお願いできる有志を募りました。そして、1989年に再開されたプノンペン王立芸術大学で考古学と建築学を学ぶ学生たちから、毎年10名程度を対象にアンコール・ワット遺跡のあるシュムリアップで、1カ月間から40日間におよぶ集中講義と現場研修を始めました。

ロブレロ副大統領の御前で受諾演説をしているところ(フィリピン・カルチャー・センター、2017年8月31日)

午前中は発掘や保存・修復の実習、午後は講義、そして夕方にはレポート提出という日課で、学生と教員は朝から晩まで缶詰めで寝食をともにしました。1996年には現地の拠点、アジア人材養成研究センター(2002年~)の前身となるアンコール研修所を設置しました。現場研修は当初から数えて、今夏には56回を迎えます※5。この間、現地を訪れた教員は延べ471人、受講した現地の学生は延べ3500人※6。また現場での研修にとどまらず、深く学術研究を学び世界で通用する人材を育成しようと、現地の優秀なカンボジア人学生の日本留学を積極的に支援し、これまで上智大学大学院で博士学位を取得した者は7人、修士を取得した者は11人を数えます。

 今日にいたるまで、これだけ長く遺跡・保存修復活動と人材養成を続けてこられたのは、何よりもまず、多くの日本人専門家、研究者の善意によるものであり、カンボジア人学生と日本人教員が一体となり、濃密な人間関係を作ることを大事にしてきたこと。加えて、単に現場実習や研修を行うだけでなく、800年から1000年前の出土品から「目に見えないもの」をしっかりと学び、議論し、そして新たな学術研究のテーマにするなど、研修の目的を明確にし、参加意識を高めてきたからだと思います。 研修学生のすべてが考古学や建築学の研究者になるわけではありませんが、少なくとも歴史学の方法論と、疑問があればそれを納得するまで突き詰めるという態度や忍耐力は参加者全員に養ってもらいました。また、今や、高い経済成長率を持続するカンボジアですから、現場研修に加えて、カンボジア人の持って生まれた感性で出土品に込められた歴史を解明する、「カンボジアにおけるカンボジア的な文化発見」が生まれるような大学院レベルの実習・講義にも力を入れています。

※3 カンボジアが、1993年に王国として再出発する際掲げた5大課題は、①戦争(内戦)の傷痕からの復興、②国際社会への復帰、③脱社会主義化と市場経済への移行、④民族和解と文化アイデンティティの再確立、⑤貧困からの脱却、であった。
※4 先行事例としては、エジプトのヌビア遺跡群(Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae)、インドネシアのボロブドゥール遺跡(Borobudur)の仏跡の保存・修復事業がある。
※5 この間、2001年には、考古学の現場研修が行われていたバンテアイ・クディ遺跡内で、世紀の大発見と言われた274体の仏像発掘があった。それまでの王朝の歴史を塗り替える大発見をカンボジア人研修生が行ったと大きく報道され、ポル・ポト政権下の暗い時代を吹き飛ばし、カンボジア人が文化的自負と民族的自信を取り戻す一つのきっかけになった。
※6プノンペン王立芸術大学における集中講義(1991年~1997年、2014年~2015年)の受講生延べ1,636人を含む。

多くの人の支えで

 ソフィア・ミッション(上智大学国際奉仕活動)の一環として、当初は国際社会から支援のない中で始まった本プロジェクトですが、これはカトリック大学だからこそできた取組だったとも言えます。カンボジアの内戦の真只中ということもあり、現場には大学名を示す小さな看板は掲げたものの、カトリック大学の活動らしく宣伝はせず、長い年月をかけて人材を養成するという志だけでやってきました。それが国際社会に少しずつ認められるようになり、昨年には「ラモン・マグサイサイ賞」というアセアン地域での高い評価につながったものと思っています。

 個人としての受賞でしたが、これまで長期休暇中にカンボジアへ出向いてくださった多数の先生方の奉仕活動がなければ、続けられなかったことは言うまでもありません。また大学という枠組があればこそ、社会から信用も得られ、多くの民間企業の善意をいただくこともできました。ある時期からは、大学に対して国の支援もいただけるようになりましたが、それはこの活動を全面的に後押ししてくれた前理事長の高祖敏明先生をはじめ大学執行部のみなさんのおかげであると思っています。

 また明治維新以降、「脱亜入欧」を掲げ、アジアの中にあって一人だけ、その目を外に向けてきた日本に対して、1955年のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)あたりからアジアの時代を予見し、戦争への反省を風化させないためにも、そこに目を向けさせようとされたヨゼフ・ピタウ神父(大司教)の慧眼と信念、その行動にあらためて敬意を表したいと思います。 今はITの進化で世界のどこにいてもコミュニケーションのとれる世の中です。しかし、ともに向き合い寝食を共にするぐらいでないと、人と人との信頼関係は生まれない。そうして結ばれた人と人とが協力することが国際協力への第一歩と考えています。


世界100カ国からの留学生と共に学び、多彩な活動に参加

ロッド・カー ロッド・カー
カンタベリー大学 学長

~Profile~
商業銀行で11年間キャリアを積み、上級経営幹部、マネジメント職を歴任した後、ニュージーランド準備銀行(中央銀行)ディレクターおよび副総裁として5年間勤務。5か月間は総裁代行を務めた。ジェイド・ソフトウェア・コーポレーションのマネージングディレクターを経て、2009年より現職。保険およびリスク管理での博士号、マネーと金融市場でのMBA、応用経済学・経営科学での修士号、法学・経済学での学士号を持つ。カンタベリー雇用主商工会議所ディレクター、クライストチャーチ震災復興基金(Christchurch Earthquake Appeal Trust)理事としても活躍。
ゲイル・ギロン ゲイル・ギロン
カンタベリー大学 副学長
(教育・保健・人間開発)

~Profile~
哲学博士(クイーンズランド大学)。すべての子どもが人生のよきスタートを迎えられるよう、現在10年間にわたる研究プログラム「Better Start National Science Challenge」の共同ディレクターを務める。研究分野は言語発達における、話すこと・書くことの関係性で、特に読みや綴りの発達に伴う子供の音韻意識の重要性に焦点を当てている。

豊かな自然と恵まれた気候で、旅行者に人気のニュージーランド。しかし大学の実態についてはあまり知られていない。この度、東京都市大学との新たな連携プログラムの調定のために来日された学長ロッド・カー(Rod Carr)博士と副学長ゲイル・ギロン(Gail Gillon)博士に、ニュージーランドの大学事情、カンタベリー大学で学ぶことの魅力、東京都市大学との連携プログラムについてお話をうかがいました。

UCについて

 ニュージーランドに私立大学はなく、国立大学が8校あります。UCはそのうちの1校で、1873年にオックスフォード大学とケンブリッジ大学の教授たちによって、ニュージーランド南島中部に位置するクライストチャーチに創立されました。現在、Arts、Business & Law、Education, Health & Human Development、Engineering、 Scienceの5学部を有する総合大学で、およそ17,000人の学生が学んでいます。QS世界大学ランキングではトップ1%内にランキング、専攻別には15の専攻が世界のトップ200に入るなど、高い質の教育を誇り、数多くの研究者や政治家を輩出しています。UCの大学教職員にはビジネスや行政などの最先端で活躍している人たちも含まれています。

ニュージーランドの進学事情

 国立大学8校は全てQS世界大学ランキングでトップ3%内にランキングされています。この他に、工科大学・ポリテクニックが16校、ニュージーランド資格庁の認可を受けた私立高等教育機関が200校以上あります。高校生の高等教育機関への進学率は70%で、そのうちの半分が大学に進学しています。
東京都市大との連携について

カンタベリー大学

●カンタベリー大学は、国立の総合大学であり、広大な敷地に立つ美しいキャンパスに6つの学生寮を保有します。
●1873年にオックスフォード大学とケンブリッジ大学の学者達によって設立された、ニュージーランドで2番目に古い大学です。
●資格は学士、優等学位、修士課程(1年のコースを含む)、博士課程、学士号取得者に認められる大学院での資格取得(6か月及び1年)
●学部・学科:120を超える多岐にわたる分野の学科(商業、芸術、教育、土木、森林、人文、社会科学、法律、科学等)
●日本の高校から直接入学できるオプションあり
学生数(2016年アニュアルレポート)
http://www.canterbury.ac.nz/media/documents/annual-reports/annual-report-2016-2016-at-a-glance.pdf
●学生数17000人。
URL www.canterbury.ac.nz/international/

目指せ!グローバル人材
デキル!学部 京都産業大学国際関係学部
世界の諸問題について、 政治・経済・共生の視点からアプローチ

京都産業大学 国際関係学部 学部長就任予定
鈴井 清巳 教授

~Profile~
早稲田大学法学部出身、同大学院社会科学研究科。名古屋大学大学院法学研究科。1996-2001名古屋市立大学研究員。2001-2003広島修道大学助教授。2003-2008広島修道大学教授。2008~京都産業大学教授。現在に至る。研究分野は通商政策、EU経済、国際経済関係論、インターリージョナリズム。名古屋市立向陽高等学校出身。

2030年に向けた施策「神山STYLE2030」を掲げて改革を加速する京都産業大学。2019年度には国際関係学部、生命科学部、経営学部の3学部を同時に開設します。このうち、外国語学部国際関係学科の取り組みを発展させ、グローバル人材育成により力を入れるのが国際関係学部。「英語力だけで国際化を語る時代は終わった」と語る学部長就任予定の鈴井清巳教授に、新学部の構想をお聞きした。

新しい国際関係学部の3つの特徴

 新学部の第一の特徴は、大学での学びと実社会をつなげること、そのために科目間の有機的なつながりを重視したカリキュラムを編成したことにあります。

 国際関係学は、様々な専門領域が相互に関連し合って成り立つ学問であるとともに、実践的な学びが欠かせないものですから、科目間の有機的連携はもとより、学びの拠点である教室と国際関係の展開される現場、座学と海外でのフィールドリサーチとが学問的な体系の中にきちんと位置付けられ、相互に関連付けられている必要があります。

 この点、新学部は全教員が社会科学系の専門家ということもあり、海外でのフィールド・リサーチ一つにしても、事前・事後の学習も含めて専攻する学問との入念な整合性が図られています。理論と実践の統一に全教員が責任を持つと言い換えてもいいかもしれません。

 二つ目の特徴は、リサーチの対象となる国や地域を広げ、科目や実習先も増やすことです。これまではアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった英語圏の国が中心でしたが、新学部ではタイ、マレーシア、ベトナム、カンボジア、インドネシアなどの東南アジアも加わります。民間企業の海外勤務者の6割から7割が東南アジアや中国・韓国を中心に活躍していることからもわかるように、ビジネスの現場では近年、東アジアのウェイトが益々高まっています。もちろんアジアは歴史地的にも欧米との関係の強い地域ですから、そこでの実習を通して先進国と発展途上国の関係について学ぶことも可能でしょう。

 三つ目は、英語力を高めることはもちろんですが、専門性を深めることの方により重点を置く点です。AIの発達により、語学のあり方は今後大きく変わりますが、英語の重要性は当分は変わりません。入学直後のプレイスメントテストによるクラス分けを通した、各学生に合わせた英語力の強化の方針などは従来通りです。ただ、英語力については、異文化を学び、体験を重ねることで、自ずとその重要性、必要性についての認識は深まり、学びの目的の明確化とともに身に付いてくるものだというスタンスを取りたいと考えています。

英語力に加えて、柔軟なコース制、
一拠点総合大学の特徴を活かして、
幅広い教養と、深みのある専門性が身につく

 具体的には、「政治」「経済」「共生」の3つのコースからなる1学科制の緩やかなコース制とします。政治コースでは、外交、軍事、安全保障、国際法などを、経済コースでは貿易やビジネス、金融などを、共生コースでは環境問題、移民・難民の問題、男女平等や人種・民族や人権の問題などを、SDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))を念頭に学ぶといったように、複雑な国際関係を3つの視点から捉えます。このように学びの方向性を定めることで、目的を持って体系的に学びやすく、卒業後の進路の目標も立てやすいと考えました。また国際系の学生は採用面接時に、「国際関係と言っても、何を学んできたのか?」とよく質問されますが、そのような状況にも対応しやすいと思います。

 コースへの分属は2年次から。それぞれのコースで専門科目を深く学びつつ、北米、東南アジア、アフリカなどの地域研究科目を学び、4年次には国際関係の学びの集大成としての卒業研究へと進みます。

 緩やかなコース制ですから、他コースに置かれた科目も学びやすく、しかも一拠点総合大学の良さを活かして、たとえば経済コースに所属し、経営学の専門科目を学ぶために経営学部の授業を受講することもできますし、さらには環境問題や生態系について学ぶため、理系の学部で学ぶこともできます。

 翻って1年次では、各コース選択の前提となる基礎的知識と、英語を中心とした外国語の基礎を徹底的に学びます。また2年次以降の本格的なゼミへ向けてのスキルなどを学ぶゼミも置かれます。

世界の現実を見て、感じ、考えることのできるプログラムが充実。
新たな学び舎「真理館」にはスチューデント・コモンズも

 2008年の外国語学部国際関係学科開設以来、続いているのが1年次の春休みに3週間で行う必修の「海外フィールド・リサーチ」(費用は学費に含まれている)。新学部ではこれに、2年次以降の選択科目として、2~3週間、アジアの発展途上国の企業やNPO、NGOでインターンシップなどを行う「国際キャリア開発リサーチ」が加わります。いずれも短期間ながら、世界各国で、ダイナミックに変化する現場を体験できるのが特徴です。前者は1年次の学びの締めくくりの春休中に行われますが、2年次以降の専門コースでの学びを動機付け、後者や次に紹介する長期留学へとつなげるものと位置付けています。

 また2年次以降は、半年から1年の「長期留学」が可能です。「海外フィールド・リサーチ」の延長線上に、「国際キャリア開発リサーチ」と「長期留学」を位置づけ、更なる海外での学びと体験を深める機会として、自分なりの問題意識、課題をもって、しかるべき地域・国を選んで積極的に活用してほしいと考えています。

 新学部のために新たな校舎が設けられるのも大きな特長です。その名も「真理館」。国際関係の学びには、社会科学系の中でも特に、世界の人々と意見をたたかわせる機会が多いため、ディスカッションやディベート、総じてアクティブラーニングが必要です。

真理館にはそうした学びを想定した「スチューデント・コモンズ」など、新しい学びの空間を設けます。スチューデント・コモンズでは、刻々と変わる世界情勢について教員がタイムリーなレクチャーや問題提起をし、学生同士で議論を深める機会を提供したり、海外から帰国した学生が報告会を開いたり、就職活動でグローバルな進路を選択した先輩から話を聞くワークショップを開いたりと、タイムリーなイベントを適宜行っていきたいと考えています。

受験生へのメッセージ

 とにかく夢を大きく持ってほしい。夢は、大きければ大きいほどいい。

 大学には、高校生は想像できないほど、学生を成長させられるたくさんのチャンスや制度があります。それらを上手に使えば、大学の4年間で実現できることはたくさんあります。大学は、大きな夢に向けて飛躍するためのジャンプ台なのです。

 大学入試改革に向けてみなさんの耳には様々な情報が入ってきているかもしれませんが、高校時代にできること、すべきことはどんなに状況が変わろうとそれほど変わりません。好奇心を持って世界の動きに注目し、国際関係を学ぶのに必要な英語の基礎力を固め、幅広い教養を身につけるのに高校時代ほどふさわしい時期はありません。これからの社会でますます求められる真のグローバル人材を目指して、しっかりと準備してきてほしいですし、そういう高校生を国際関係学部では求めています。

ソーシャルイノベーター育成のための新しい英語学位プログラム
“TAISI”で「内なる留学」を

国内生15名を募集する「グローバル入試」の出願迫る

山田 満 早稲田大学社会科学部 学部長
山田 満 先生

~Profile~
東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。オハイオ大学大学院国際関係研究科東南アジア研究修了。博士(政治学)。埼玉大学教授、東洋英和女学院大学教授、東ティモール国立大学客員研究員などを経て、2009年から現職。専門は、国際関係論、平和構築論、東南アジアの政治。著書に、『東南アジアの紛争予防と「人間の安全保障」』(編著・2016:明石書店)、『難民を知るための基礎知識』(編著・2017:明石書店)などその他多数。
黒川 哲志 早稲田大学社会科学部 教務副担当(国際関係)
黒川 哲志 先生

~Profile~
早稲田大学政治経済学部卒。京都大学大学院法学研究科博士課程単位認定退学。博士(法学)。帝塚山大学助教授、米デューク・ロー・スクール訪問研究員等を経て、2004年より現職。専門は、環境法と行政法。おもな著作に、『環境行政の法理と手法』(2004:成文堂)、『環境法のフロンティア』(共編・2015:成文堂)などがある。

早稲田大学社会科学部は、新たな英語学位プログラム※1「ソーシャルイノベーションプログラム(通称TAISI)」※2を開設、2019年から日本国内の高校出身者にも門戸を開く。そのために、従来の「帰国生入試」にかわる「グローバル入試」を新たに実施する。一連の改革について、社会科学総合学術院長・社会科学部長の山田満先生や国際化推進を担当する黒川哲志先生など、社会科学総合学術院のみなさんにお聞きしました。

新しい英語学位プログラムで
国際社会に貢献する「ソーシャルイノベーター」の育成を目指す

 設立から半世紀以上、社会科学部は、様々な専門分野を統合的・学際的に一体化したカリキュラムで学べる場であることを大きな特徴として展開してきました。私大文系ではトップクラスの人気を誇る今も、《社会科学の総合》を目指す《社会に開かれた学部》として、学際・臨床・国際の三つの理念を掲げ、《社会構想力》をもった人材の育成を図っています。

 社会科学部での英語学位プログラム導入は、海外からの留学生・帰国生を対象にした2011年開設の「現代日本学プログラム」※3が契機。TAISIプログラムではそれを発展的に再編・拡大し、定員を20名から60名に増やし、入学時期も9月と4月の2回としました。

 TAISIプログラムが目指すのは、複雑化するグローバル社会で、「大志」を抱き自ら課題を明らかにし、解決策を打ち出すとともに、周囲を巻き込みながらその実現を図る《ソーシャルイノベーター》の育成です。社会構想力を身につけ、様々な社会課題を総合的に解決できる、グローバル時代の「社学」らしい人材、と言い換えてもいいかもしれません。

 カリキュラムは、社学の「学際性」を活かした4つの専門領域※4を基軸に、30名程度の少人数授業を中心に展開します。一番の特徴は、社学の持ち味である「臨床」を実現するべく、「フィールドワーク」を積極的に取り入れること。国内に限らず、インドネシアや東ティモールなど海外でのフィールドワークも予定しています。さらに、海外留学・海外インターンシップにもチャレンジしやすい環境を整備し、特に長期留学を積極的に奨励していきます。

 TAISIプログラムの入試制度は、①日本国内の高校出身者を主な対象とする「グローバル入試」、②海外の高校出身者を主な対象とする「英語学位プログラムAO入試」と、大きく2種類あります。①グローバル入試は4月入学:15名、②英語学位プログラムAO入試は4月入学:5名、9月入学40名を募集します。私たちが求めるのは、国際社会に貢献する人材になるという高い志を持った熱い受験生。特に日本国内の高校生には、アジアを中心に世界各国から集まる様々なバックグランドを持った仲間と相互に刺激し合う環境に身を置き、いわば「内なる留学」を体験することで、世界に貢献するソーシャルイノベーターを目指してほしいと願っています。

グローバル入試とは

 グローバル入試には、大きく二つの役割があります。一つは、国際社会に貢献する志をもつ国内高校の出身者をTAISIプログラムに受け入れること。もう一つは、いわゆる「帰国生」のように、豊富な海外経験を持つ人材を日本語学位プログラム(以下、一般プログラム)に受け入れることです。募集定員はTAISIプログラムが15名、一般プログラムが若干名。いずれも4月入学で、出願時に受験生がどちらかを選択します。

 出願期間は8月1日〜7日で試験は9月9日。試験は日本語による小論文で、別途、所定の英語検定試験※5のスコアが必要です。これに加えて、TAISIプログラム志願者には英語のエッセイを、一般プログラムの志願者には海外活動報告書と海外活動経歴証明書の提出を求めます。また、TAISIプログラムでは入学直後から《英語で》学ぶことになるため、CEFR B2以上のスコアを出願要件として設定しています。

 今回のTAISIプログラム開設やグローバル入試導入の背景には、国内の高校生や高等学校の変化があります。近年は、国内の高校から直接海外の大学を目指す生徒も少しずつ増えていますが、経済的負担やリスクの観点から国内の大学に一旦進学し、学部課程中に交換留学に行ったり、大学院で海外留学したりすることをオプションとする受験生も少なくないはず。TAISIプログラムはその受け皿として最適な選択肢の一つになると自負していますから、国際的なキャリアを目指す高校生には、ぜひ「グローバル入試×TAISIプログラム」にチャレンジしてほしいと思います。

 さらに近年は、国内の高等学校ではSGH※6やIB校※7をはじめ、先進的なグローバル教育を実践する高校が増えています。また、海外で教育を受けた生徒が帰国する際に、インターナショナルスクールではなく、通常の高校の国際コースに進学・編入するケースも増えていると私たちは捉えています。一方で、社会科学部の従来の帰国生入試では、少なくとも高2、高3で海外の高校に在籍していたことを出願要件としていたため、それに当てはまらずに受験できない「帰国生」も少なくありませんでした。日本人の海外進出が進むのにともない、一口に帰国生とは言い括れないくらい、その学歴は多様になっていると思われますから、高大接続の観点からも、こうした高校や高校生にこのような入試や教育プログラムを用意することは急務だと判断したのです。

 TAISIプログラムでは、すでに行われた英語学位プログラムAO入試(2018年9月入学)において、40名の募集定員に対して志願者は261名にのぼりました。定員の増加分を加味しても予想以上の反響があり、従来よりも更に優秀な学生が世界から集まっています。TAISIプログラムが、その革新性で社会科学部全体の多様化とグローバル化を牽引し、さらには日本の大学の閉塞状況を突破するのにすこしでも貢献できればと願っています。

 入試や学位の選び方はWEBサイトの仮想ケースなども参考に。https://www.waseda.jp/fsss/sss/news/2017/05/29/7099/

※1 英語学位プログラムは、英語による授業の履修だけで学位を取得できる(卒業できる)プログラムで、その割合が大学のグローバル化の指標の一つとされる。
※2 Transnational And Interdisciplinary studies in Social Innovationの略称。明治150年ということもあり、ウィリアム・クラーク博士のBoys, be ambitious.の言葉にもかけている。
※3 大学の国際化をめざすG30の一環。グローバル30は大学の国際化のためのネットワーク形成推進事業で、2020年を目途に30万人の留学生受入れを目指す「留学生30万人計画」の一環。
※4 ①持続可能な社会・都市・地域の実現に必要な知識や手法を学ぶCommunity & Social Development、②平和な社会を構築する上で必要な国際協力の在り方を平和研究の視点から学ぶPeace Building & International Cooperation、③経済的な視点から国際貿易や環境問題について学ぶEconomic & Environmental Sustainability、④社会の活性化に寄与する組織としての企業・団体などの活動を労働問題や社会保障を絡め学ぶSocial Organizations & Workingの4領域。
※5 英検、TEAP、IELTS Academic Test、TOEFL iBTのいずれか。
※6 スーパーグローバルハイスクール
※7 国際バカロレア認定校

UCのCollege of Educationと東京都市大学とは、2009年に協定を締結し、人間科学部の幼児教育研修プログラムにおいて、幼稚園・小学校の教員を目指す(都市大の)学生がカンタベリー大学で学んできました。このプログラムでは、UCで英語を勉強するだけでなく、ニュージーランドの学校を訪問したり、そこで授業を見学・体験したりもします。

東京都市大学との新たな連携プログラム

 今回の東京都市大学&カンタベリー大学留学プログラム(TUCP)は、サポートシステムも含め、東京都市大学の学生のためにつくられたカスタムメイドのプログラムで、工学系の学生を中心に、45人の学生が16週間UCで学びます。(※16週間は1セメスターに相当)。このプログラムは今年8月からスタートします。

 TOEIC600点以上が応募条件です。プログラムは主に3つの要素からなっています。最初の4週間はUC敷設語学学校で専門科目を受講するための英語力を身に着けます。その後UCの正規開講科目の専門科目や教養科目から2科目を選び9週間にわたってUCの学生とともに学びます。最後にロボット工学を含むラボラトリー・ワークなど、専門分野の集中講義を2週間受けます。こうして受講した科目の単位は東京都市大学の単位に互換認定されます。

 プログラムへの参加期間中は大学に近接する学生寮アイラム・アパート(Ilam Apartments)に滞在します。この寮は850人あまりの学生が入居しており、寮生との交流もこのプログラムの魅力の1つです。

 プログラム参加中は、スポーツや学生パーティーなど大学の様々な活動にも参加します。また、地元ラグビーチームの試合観戦、寮の活動など、多様な活動に参加して学生との交流を図ります。

 プログラムのスタート時は募集人員45名ですが、2020年には100名の学生をUCに迎える計画になっています。

東京都市大学とのさらなる交流

 また、UCでスポーツ・コーチングを学んでいる数名の学生が、今後東京都市大学のラグビー部においてインターンシップを行う予定があり、反対に東京都市大学の留学支援制度を利用し、教員がUCに1年滞在したことがあります。また、UCでスポーツ・コーチングを学んでいる数名の学生が、今後東京都市大学のラグビー部においてインターンシップを行う予定があり、反対に東京都市大学の留学支援制度を利用し、教員がUCに1年滞在したことがあります。

日本との交流

 スポーツ・コーチングが専門分野であるリチャード・ライト教授は、以前日本でラグビーを教えていたことがありますが、UCではこの他にも様々な日本との交流を行っています。また、園田学園女子大学とは30年来の交流があります。毎年、UCの10~15人程度の学生が来日し園田学園女子大学で2週間、文化的な側面も含めて日本の幼児、児童教育を学んでいます。さらに、2020年には園田学園女子大学の学生120人がUCで英語を学ぶという計画もあります。このように日本との交流を非常に重要視しており、今後も東京都市大学、園田学園女子大学との交流の質を高めていきたいと考えています。

UCの国際化

 現在UCの在学生約17,000人のうち、1,800人は世界100か国から来た留学生です。そのうち博士課程は400人、残りは修士か学部生です。また学部生として中国から350人、米国から250人、インドから150人の留学生が学んでいます。今後、東京都市大学、園田学園女子大からの留学生が同程度になれば、他の国・地域からの留学生と比較しても、ちょうどよいバランスの構成になると考えています。

 UCの国際化は教員に関しても実現されています。教授の半分は海外で生まれたか、海外で学んだ経験があります。また、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を含む世界中の大学との教員交流プログラムや、UCの基金を活用して、海外の教員が最大6カ月間UCで学ぶことができるシステムもあります。その他、ノーベル賞受賞者などを招聘し、毎年75の国際的な学術講演も実施しています。

日本からの留学生がカンタベリー大学で学ぶメリット

 UCはQS世界大学ランキングトップ1%に入る大学であり、世界トップクラスの教授陣から学ぶことは大きな価値があると考えます。また、UCでは多くの学生が協働して学ぶということ、学んだことを応用していくことに注力しています。世界トップクラスの大学でトップレベルの優秀な教授陣から、日本とは異なる学び方ができると思います。

 加えて学生街のコミュニティの中で生活できるのも、留学生にとっては貴重な体験機会が提供されていると言えます。

その11 哲子の相談室 | 大学入試と留学

日本文理大学特任教授
北岡 哲子

Profile
異分野から工学の世界に入り、感情・表情・脳と癒しをテーマに北岡オリジナル癒し工学を提唱。工学、医学、芸術、心理学、環境学、社会学、宗教人類学の新学際研究に従事している。08年12月に日本機械学会計算力学部門に「癒し工学研究会」を設立。09年、東京工業大学において博士(工学)を取得。日本機械学会、日本感性工学会、日本早期認知症学会、日本脳電位学会会員。2011年日本機械学会「癒し工学研究分科会」主査。東京工業大学大学院助教を経て、2015年4月より現職。他に自動車事故対策機構 自動車アセスメント等技術検討ワーキンググループ「予防安全技術検討ワーキンググループ」委員。著書は『癒しは科学で手に入る』(幻冬舎ルネッサンス新書)。2015年春からは、日経テクノロジーオンラインで『スポーツをテクノロジーする』を、電気新聞で「癒し工学の散歩道」を連載中。青山学院高等部出身。

相談

高校の1年生の女子です。特別、英語が好きというわけではないのですが、友人から、今後は入試のためにも留学しておくとよいと聞きました。なんとなく両親との関係もパットしないので家を離れてみたいし、楽しそうで、英語もすぐネイティブみたいになれそうで、受験に有利なら一石二鳥かなと考えています。ご意見お願いします。

回答

入試に有利になるかはケースバイケースだと思いますが、経験談をもとにいくつかの観点から意見を言わせてもらいます。
まず、留学によって得られるものは、他のことでも同じですが、本人の気持ちの強さによって変わるということを忘れないでください。その上で、留学は環境を変えてくれますから、例えば家族との関係をリセットするにも一番健全なやり方かもしれません。また友だち作りは苦手だけれど、友人はたくさんほしい。だから引っ込み思案の自分をかえたい、変身したい、と言う人にとっても大きなチャンスになるでしょう。
もちろん語学の壁や文化の違いなど、困難もつきものです。そこで以下では、留学経験が受験を含めたキャリアの中でどう活きたか、経験者の方に話を伺ってみました。
私立女子高の高校1年から2年にかけて10か月間、日本人のほとんどいないアメリカに留学し、3年間で高校を卒業。一般入試で進学した大学で再度留学、超人気の外資系企業に就職したばかりのAさん(女性)です。
*高校留学で英語が不自由なく話せるようになりましたか?大学受験でのメリットは?
もともと得意ではなかった英語力を上げたいと留学しました。ただ受験したのは一般入試でしたから、他のメリットについてはわかりません。留学先には日本からの留学生もいましたが、日本人同士固まっていては、留学の意味がないと思い、できるだけ現地の人と交流するように心がけました。おかげで英語に対する抵抗感がなくなりましたが、これが最大の収穫。高校時代の1年間の留学では、正直、社会で通用する英語力は身につかないと思います。その後、大学受験に向けて英文法をしっかり学んだことが、TOEICの点数アップや、就活に大いに役立ったと思っています。
留学で得られるものは外国語の力だけではありません。ホストファミリーや現地の人との文化の差を感じたり、彼らとうまく折り合いがつかなかったりしましたが、それをどう受け容れていくかを考えるいい機会になりました。
*後輩の高校生に留学を進めますか?
留学は、人間としてたくましく成長できるチャンスです。ただ、やる気がない状態で行っても、行ったきりで終わってしまうと思います。留学することで自分は何を得たいのか、確固たるものでなくても、何らかの目的意識を持っていくことが不可欠ですね。
また、一度しか行けないのであれば、大学での留学を薦めます。授業ではレポート作成など、自分の考えをきちんとまとめる勉強が必要ですし、より高度な語学力が求められるので、必死に学ばなくてはならないからです。
目的意識がはっきりしているか、それを貫く意思を強くもてるかで行動が変わってくる。海外に初めて出て、言葉も通じない、頼れる親もいないと、寂しさ、心細さから言葉が通じる人と仲良くしたいのは当然。しかしそこで、「留学にきているんだから」と踏ん張れるかどうか。それが留学経験を実りあるものにできるかどうかの分岐点のようです。また彼女の言葉から、留学経験で得た力を帰国後も養っていこうという姿勢は、大学入学後から就職に至るまで大きく影響することがわかります。そして彼女が最後に言っているように、大学入学後は、外国語能力を高めること以上に、自分の考えを述べる力が求められます。大学入試で評価されるかどうかはともかく、一番大事なのは、どのような目的意識で留学に行き、何を得て、それを大学や社会でどう役に立てたいかを考えることではないでしょうか(続く)。

このコーナーでは読者からの相談を受け付けています。お気軽に下記のアドレスへご連絡下さい。Kitaokatk@nbu.ac.jp

雑賀恵子の書評 | ビッグクエスチョンズ 脳と心

脳と心、そして「私」という謎への旅

リチャード・レスタック(著) / サイモン・ブラックバーン(編)

ディスカヴァー・トゥエンティワン

書籍の紹介画像

意識の不在と「生きている」ことの意味

あなたは、眠っている時どこにいるのだろう。もちろん、他者から見ればあなたの身体はベッドの上に横たわっている。だが、眠っているあなたはそれを知ることができるだろうか。

知覚や随意運動、記憶や思考をつかさどる大脳が休んでおり夢も見ないノンレム睡眠時は意識がないので、そもそも「〈自分〉がどこにいるか」という問いは出てくるわけがなく、知る以前の状態だ。もし、このまま目覚めないとしたら、自分は生きているのか、死んでいるのかわからない。眠ることはこの上なく気持ちがいいのに、こう考えると眠っている時は、〈自分〉がどこにもいないという意味でいわば「死んだ状態」と同じと言えるかもしれない。

そうすると、ずっと意識のない状態で横たわっている人には、経験を積むことはないのだから人生はないと断じてよいのか(多分、そうではない)。人生とは、経験の積み重ねによる記憶と意識の集積なのか。だが意識とは、身体と離れてあるわけではない。意識とは脳が作り出したものだ。その脳は、体中に張り巡らされた神経系の中枢であり、内部では物質が運動している。意識がなくても、身体は生きている。では、感情はどこから生まれてくるのだろう。心、というのはなんなのだろう。

20の問いから探る「人間」の正体

こうした素朴な問いは、実はとてもとても難しいテーマであり、古来より考えられてきたし、現代では哲学や医学、動物行動学、心理学、物理学、ロボット工学などあらゆる方面に展開される。人間とは何か、という問いであるからだ。

また、例えば俗に言う植物状態や重度の認知症の場合、主体というものがあるかどうか、受精卵の遺伝子操作の是非や胎児に人格があるのかどうか、といった、医療倫理などが絡む現実の問題にも繋がってくる。意識や心とは何か、それがあるというのはどういうことか、ということを考えるには、考えるということそのものが意識であるので、つまりは自己言及のパラドックスが付きまとうので厄介だ。

神経科医の手になる本書は、いわゆる心-脳問題を多角的に、分かりやすく語ったものである。著者は、脳と心(そして魂)の探求に、20の問いを立てて取り組んでいる。

  • 心は体なしに存在できるか
  • 脳はどのようにして生まれたか
  • 感覚とはなにか、意識があるとはどういうことか
  • コミュニケーションに言語は不可欠か
  • 脳の中の「私」とはなにか
  • 知識とはなにか
  • 共感や利他主義はどう生まれたか
  • 愛とはなにか、機械は脳をダメにするのか…

決定的な答えが、出されているわけではない。おそらく出されようもない。ただ、読者は「心」の不思議に改めて驚くとともに、進化の過程で「心」が生まれてきた意味に思いをはせるのではないか。挙げられた問いを出発点として、人間について「あなた」が考えていくための手掛かりを本書は豊かに与えてくれている。人間について、そう、「あなた」について、だ。

評者 Profile

雑賀 恵子 (さいが けいこ)

京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。

【主な著書】
『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。

大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

16歳からの大学論 | 第14回
その2「探究型学習」に逃げるな。

「探究」とは何か? ――調査型学習を超えて、己の問いを究める

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授

宮野 公樹 先生

~ Profile ~
1973年石川県生まれ。専門は学問論、大学論、政策科学。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他を受賞。著書に「研究を深める5つの問い」(講談社)などがある。

最近、「探究型学習」が重視されているそうですね。読者である高校生のみなさんの学校でも実施されていることでしょう。筆者は詳しくないですが、スーパーサイエンスハイスクール(以下、SSH)制度の波及効果ということでしょうか。生徒が何か課題を見つけてそれについて意見交換しながら答えを検討し発表をするという、研究に似た一連の活動を言うそうです。

これはこれで結構なことだと思います。各々の関心や問題意識を基に調べまとめ発表するのは、いい訓練になるでしょう。

それは「探究」か、それとも「調査」か

一方で気になることもあります。これは本当に「探究」なのかと。
何か対象を定めてそれについて調べ、まとめることは「調査」です。図書館で書物や図鑑、あるいはインターネットで検索すれば大抵のことはわかるでしょう。実験や観察という手法を導入しようが、教師がティーチャーではなくファシリテーターとして関与しようが、それはそれなりに調べ方や議論の仕方、発表の仕方といった「やり方」を学ぶには効果的でしょう。

しかしこれに留まるのなら「調査型学習」と定義したほうが良さそうです。もちろん、調査型学習でも大きな意味があり確実な成果が得られることとは思いますが、探究という言葉を使っている以上、それはやはり探究であってほしいと思います。

では、調査と探究とはどう違うか。それは探究という言葉の字面が想起させるように「深いかどうか」ということになるでしょう。ちょっと調べてみると、ほんとうの探究型学習においては概念(コンセプト)を考えることが大事であるとありました。例えば、ある文学作品の人物描写について研究するなら、それを多角的に理解できたということに留まるのではなく、そもそも文学とは何かといったように、議論の抽象度を上げることが大事とのことです。

その点において調査型と探究型は違うらしいのです。私はこれに同意はするものの、まだもの足りないと感じます。概念化することは「探究」とはやはり違う。個別課題についてその概念まで考えるというのは、抽象度が上がっただけ、議論を概念化させただけであり、「深く究める」のとは違うのではないかと。

「深く己の問いを究める」ということ

では、「何が探究か」と言えば、私は「深く己の問いを究めること」としたいです。

一般的に、何かについて知りたい、物事の本質について見極めたいとすれば、得られる知識はどんどん詳しくなっていくと思われています。が、これは本質ではありません。知識が詳しくなっていくと言うよりむしろ、問いが問いを呼び、それがどんどん連なって問いが根源に迫っていく… 根源的な問いとはつまるところ、己はなぜ存在するのかといった、自分の生き死にに繋がるようなものです。そういう領域に達してはじめて、探究と呼べるものになるのではないかと思うのです。

そういう意味での探究は、中学や高校では無理!という声が聞こえてきそうです。しかしそう考えることこそが現在の探究型学習の重要な欠陥ではないかと思っています。ほんとうの探究…その領域で思考することは、長年に亘って人生をかけなければならないことでもなければ、知恵熱が出るくらい考えつめなきゃいけないことでもありません。現在4歳の次男がいつも私に問いかけているようなこと、「おとうさん、宇宙は誰が作ったの?」といったようなことですから。

「学ぶ」ことと「生きる」ことは同義

結局のところ、調査型学習だろうが探究型学習だろうが、日常的な授業だろうが、どのような学習においても、すべてこのような根源的な領域に通じるもの、あるいはしみじみとその普遍(=もののあわれ)に想いを馳せるものでなければ学ぶ意味はこれっぽっちもないのです。

いずれ死ぬ人間として、生(=存在)について考えることほど重要かつ実践的なものはないはず。「学ぶ」ということは本来そういうことであり、「学ぶ」ということがそのまま「生きる」ことなのです。学校の授業ないしは勉強が、受験のための暗記になりがちであったにしても、まるで自分をみつめるもう一人の自分のように、今暗記しようとしている内容は、実は自分やこの世の存在に繋がっているのだと感じ入ることができるなら、きっとそれは一生ものの素晴らしい学びであると言えるのです。

最後にもう一度繰り返しますが、日々の授業がそうでなくてどうしますか。

探究型学習と名付けて何か特別なことをするよりも、日常が変わる方がより大切で実践的にきまっています。日々の講義がすべてほんとうの意味で探究であるよう、あるいはせめて少しでも探究の精神が匂いたつよう、教員は頑張るべきですし、学習者もまた、そのような教員、すなわち点数獲得や効率的暗記のテクニックの伝授に優れた教員ではなく、人生とはなんたるかを感じさせる教員を讃えたほうがいいのではないかと思うのです。(続く)

大学が地域の核になる – 京都文教大学の挑戦

地域連携学生プロジェクト:1年間の歩みと成果

地域に根ざし、地域に学び、地域の課題解決を目指す学生たちの自主的な取組を支援する「地域連携学生プロジェクト」。春に募集と選考を行い、2017年度は前年度から継続の3つのプロジェクトが採択された。6月のプロジェクト採択から、2月の成果報告会まで、活動期間は約1年間。それぞれ独自の活動を進めてきたプロジェクトの1年間の歩みを紹介する。

2018年2月、1年間の活動を通して、学生たちが学んだ事、プロジェクト活動の成果や課題をまとめて報告を行う「地域連携学生プロジェクト2017 成果報告会」が開かれた。当日は、選考にも携わった学内外の評価委員も招き、評価とコメントをもらった。報告会の内容を元に、3プロジェクトの1年間を振り返る。

宇治☆茶レンジャー

宇治☆茶レンジャーの活動風景
宇治茶の魅力を発信する活動風景

宇治市を中心とした京都府南部地域は、宇治茶の産地として知られている。このプロジェクトは、学生たちが宇治茶について学び、学びを通して知った宇治茶の魅力や楽しさを広く地域に発信する活動で、2017年度で8年目を迎えるベテランプロジェクトとして、学内のみならず地域での知名度も高い。

2017年には新メンバーが多数加入し、「宇治茶を知るきっかけづくりの場を増やす」を目標に掲げて活動を進めた。毎年秋に親子を対象に実施している「宇治茶スタンプラリー」(宇治茶にゆかりのあるポイントをクイズに答えながら巡るクイズスタンプラリーで、1万人近い参加者がある年も少なくない)や、中宇治地域のお茶屋を巡り、店主の話しに耳を傾けながら店舗ごとのこだわりのお茶を頂く「聞き茶巡り」といった主催事業だけでなく、学内外の地域イベントにも積極的に参加。

お茶を美味しく淹れるコツを伝えるワークショップや、観光シーズンに来訪者に宇治茶を振る舞うキャンペーンなど、参加者とプロジェクトメンバーが直接的に関わる企画の実施にも力を入れた。2018年度も継続実施を予定しており、従来の主催事業のブラッシュアップと子どもたちを対象にしたワークショップの企画を検討している。

商店街活性化隊 しあわせ工房 CanVas

商店街活性化隊 CanVasの活動風景
商店街と連携した賑わい創出の取り組み

本学のサテライトキャンパスがある宇治橋通り商店街と連携し、商店街の魅力発信、認知度向上、立ち寄り客の増加など、まちの賑わい創出に取組むプロジェクト。2017年度には、以前より実施している「宇治ロゲイニング」の定期的な開催と、商店街の店主さんとのさらなる関係作りに取り組んだ。

5月、9月、11月にターゲットを絞り、それぞれの参加者に合ったロゲイニングを実施し、2月には広く一般に募集をかけ、過去最大の参加者を集めることに成功した。また商店街の各店舗へのヒアリング調査を実施し、プロジェクトへの要望や商店街のニーズ把握を行った。

2018年度には、ヒアリング調査で伺った商店街からの要望や希望を少しでも実現できるよう活動方針を検討し、宇治橋通り商店街に必要とされる団体に育っていくようさらなる連携強化を進める。また、宇治市の西部エリア「小倉」で、新たな商店街組織「宇治小倉商店ネットワーク」が立ち上がったが、その主催になるイベントでスタッフを務めたり、会議、ワークショップに参加したりと、新たなエリアでの活動展開も始めた。市内の商店街同士が連携協力を進めるなかで、宇治橋通り商店街のみならず、宇治市内の商店街全体に目を向けた活動に期待が高まる。

響け!元気に応援プロジェクト

響け!元気に応援プロジェクトの活動風景
アニメ作品を通してファンと地域を繋ぐ

宇治を舞台にしたアニメ作品「響け!ユーフォニアム」を通して地域とファンを繋ぐ取組を行っている。この作品は、宇治市出身の小説家武田綾乃氏原作による小説をアニメ化したもので、2度のテレビアニメ化と2本の劇場版が制作され、2018年4月にはスピンオフの長編映画「リズと青い鳥」、また年内に別の完全新作映画の公開も控えている。

最初のテレビ放映から3年経った今も、物語の舞台である宇治を訪れるファンは多く、また新作映画の公開を機に新たなファンも増えてきている。この状況を捉えて、プロジェクトでは、2016年より宇治橋通り商店街にある本学のサテライトキャンパスにて、月に2回(第2土曜/第4日曜)、定期的にファンが集える場所として「響け!休憩所」を開設している。このような年間を通して継続的に実施する取組は、他のプロジェクトにはなく、評価委員からも高い評価を得た。

しかし、休憩所のマンネリ化などが課題としてあげられており、新しいファンも気兼ねなく訪れられるような工夫をしていくことが、2018年度の取組の1つの柱となる。また、これまでも連携のある京阪電車や、作品のファンが結成した吹奏楽団などの他団体とのコラボ事業にも積極的に取り組んでおり、作品を応援する地域全体で、作品のファンから地域のファンを育てていく取組を進めていきたいと考えている。

高校と大学の対話を深めよう 挑む心をどう育てるか、2020のその先へ

座談会の様子

山極 壽一 先生

京都大学総長 山極 壽一 先生

~Profile~

1975年3月 京都大学理学部卒業
1977年3月 京都大学大学院理学研究科修士課程修了
1980年3月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定退学
1980年5月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程退学
1980年6月1日 日本学術振興会奨励研究員
1982年4月1日 京都大学研修員
1983年1月16日 財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー
1988年7月1日 京都大学霊長類研究所助手
1998年1月1日 京都大学大学院理学研究科助教授
2002年7月16日 京都大学大学院理学研究科教授
2009年4月1日 京都大学教育研究評議会評議員(2011年3月31日まで)
2011年4月1日 京都大学大学院理学研究科長・理学部長(2013年3月31日まで)
2012年4月1日 京都大学経営協議会委員(2013年3月31日まで)
2014年10月1日から現職
東京都立国立高等学校出身

2009年11月19日に始まり、通算9回目となった本座談会。この間、秋入学に始まり、大学入試改革についての議論も加速しました。今回の大学入試制度改革には、いくつかの伏線と様々な背景、要因が考えられますが、その一つに、若者の間に広がる過度に正解を求めたり、決められたレールの上を進むことを良しとするようなマインドに対する、産業界や大学の危機感があったことは否めません。大学入試改革にどこまでインパクトがあるかはともかく、高大接続、記述式、多面的・総合的評価などのキーワードは、この文脈の中に置くことで初めて意味を持ちます。今回はグローバル社会の中を逞しく生きていくのに欠かせない「失敗を恐れず挑戦する心」、「挑む心」を育むために、大学は、高校は何を課題としてその解決にどのように取り組んでいるのかを軸に話し合っていただきました。(10月12日学士会館にて)

京都大学総長と首都圏進学校校長座談会 高校と大学の対話を深めよう

京都大学のこの1年

山極: 大学は今、様々な改革を加速させていますが、その柱は、国際化、産学連携、自律的な資金の確保の三つです。
国際化は教育面では学生のモビリティを高めることが目的です。京都大学でも100を超える大学と大学間学生交流協定を結び、単位互換の仕組みなどを整備することにより、一旦は京都大学に入りそこから海外へチャレンジするという選択肢を用意しています。
様々な留学の形があってもいいということで、「おもろチャレンジ」(京都大学海外渡航支援制度一鼎会プログラム)を昨年から始めています。期間は3週間以上で、行先は大学に限りません。学生自身で企画し、行先の選定、事前交渉など全て自分でやってもらいます。30件を目途に、審査に通れば上限30万円を支援します。昨年は115名の応募の中から31件採用しましたが、行先にはアフリカなども含まれています。今年は昨年より多い143件の応募があり、予想より学部生が増え、しかも女子が多くなっています。一昨年から開始した「学生チャレンジコンテスト」は、学生自身が活動計画を立てて、それがおもろかったらwebに掲載し、一般の方々からクラウドファンディングで資金を集めるというものです。他に「学際研究着想コンテスト」というのもやっています。
高校生に大学からのメッセージを伝えるのも非常に重要であり、毎年、高校生に模擬授業を提供する「サマースクール」を、また都道府県の教育委員会等との連携による「サイエンスフェスティバル」も行っています。サイエンスフェスティバルでは、選ばれた高校生のチームには京都大学に来てもらい、発表して競ってもらいますが、高校生とは思えないようなアイデア、取組もあります。理学部から始まった「ELCAS」では、本学の教員が月二回、週末に高校生たちへ大学と同じような内容の講義や実験・指導を行っています。講義・実習を行う基盤コース19分野に135名、研究室に配属され少人数制で実験・実習を行う専修コースに18分野28名が参加しています。また、今年度からは分野を人文系にも広げています。
特色入試は、当初ハードルが高いのではと避けられる傾向もありましたが、熱意があれば、能力以外の要素も選考の対象になると説明を続け、徐々に高校や高校生の理解が広がってきたと実感しています。入学してきた学生がどれぐらい伸びるか、大いに期待していますし、今後さらに枠を広げていきたいと思っています。
産学連携では、日本の指定国立大学法人制度の最初の3大学に選ばれました。自然科学分野だけではなく、人文社会科学の牽引者となることが期待されているというのが意外でしたが、元々京都学派と言われるベースがありますから、きちんと人文社会科学系の学問から立て直し、それを国際的に発信していく核を作りたいと考えています。その一環として掲げたのが、「吉田カレッジ構想」で、日本語で講義やセミナーを受けられる留学生を募ります。また、優秀な学部学生を海外から募り、日本人学生と混住する寮を現在建設中です。現在、大学院生中心に2,200人ぐらいの留学生を、数年のうちに4,000人以上にしようという計画です。
その他、リカレント教育として、京都の文化芸術系の国公私立大学と組んで10大学で、「京都アカデミアフォーラム」を立ち上げ、この秋には東京丸の内に専用のオフィスを開設しました。
挑む心をどう育むか――参加校は今

杉山: 今年も16人京大にお世話になりました。「吉田カレッジ構想」など、京大のグローバル化は着実に進んでいると感じました。今日のテーマでもある、チャレンジする若者を増やすために、大学もいろんな仕掛けをしていると感じると同時に、高校では、まだまだそれが大きな課題として残っているのではないかという気がしています。全般的な印象では、今の生徒には失敗することを恐れたり、安定志向に走ったりする気質がありますが、それは保護者にもあると思います。それを打破するにはいろんな仕掛けが必要ですが、本校は男子校ということで、「無理難題に挑戦しろ」と様々な取組を行っています。その一つが50キロを7時間で歩く古河強歩大会。こういう取組に仲間と一緒に挑む中で次第にチャレンジするマインドが育ってきます。また一年中、スポーツ大会をしています。クラスマッチで教員チームも必ず入りますが、とても強く、自分たちを乗り越えてこいとばかりに盾になっています。このように教員が矜持を示すことも大事です。学校として様々な仕掛けを作り、その上で保護者の意識も変えるよう働きかけることが大事だと考えています。

杉山先生

稲垣: 3年生の京大への志望は増えていて、来年度も20名弱は受けてくれると思っています。進路選択には、先輩たちが戻ってきて話をしてくれるのがとてもいい刺激になりますが、京大生は研究系の話や、興味のあることをいろいろやっていくのが面白いという話をします。今日もまた「おもろチャレンジ」のお話をお聞きして、学生にすべて自分たちで考えさせるという考え方を、大学で取り入れてくれているとのことで、高校側としては非常にありがたいと思っています。 本校の体育祭も生徒だけで作り上げていく一大プロジェクトです。3年生が、2年のこの時期に引き継いで一年間かけて生徒だけで作り上げていく。引継ぎのための膨大なマニュアルにも見るべきものがあります。生徒だけで作り上げていくことで、見えない力の育成に大きく寄与していると考えています。それがあるからこそ、体育祭が終わると急きょギアを入れ変えて受験勉強に臨みます。校長としては、失敗を恐れる子たちが少し増えてきているように感じていますから、ハードルをもう一歩越えるために何を仕掛けていくか、それがこれから非常に重要になってくると思っています。

稲垣先生

吉野: 今の子どもたちには失敗を恐れ、親が敷いたレールの上を素直に進む子が本当に多い。下手するとそのまま真っすぐ、周りを見ないまま、失敗しないままで大人になってしまう場合もある。そこで15年ほど前から、思春期の前半に当たる中学3年間では、家庭でやるべきさまざまな後押しを、生徒指導、生活指導として学校でも援助しようということになり、今ようやく軌道に乗ってきたところです。 具体的には、まず3日に一回、席替えします。いろいろな価値観を持つ子とぶつかりあい、親から与えられた自分の価値観だけが正しいのではないことに気づかせ、それを乗り越えて価値観の違う他者と一緒に行動できるような環境を作ることで、チャレンジしながら失敗を恐れない子に育ってほしい。またアサーション(自己表現)トレーニングも取り入れていて、コミュニケーション能力を高めることで、クラスを越え、学年を越え、学校を越え、さらには国境を越え、文化、歴史観の違う国の人と、明日の平和な世界を一緒に作っていく能力が育つのではないかと期待しています。 本校の考えるグローバル化とは、国際競争に負けてしまうから頑張れと言うのではなく、価値観の異なる隣の子と一緒に行動できる資質を伸ばし、世界の中で活躍できるように自分の枠を外に広げていくこと、一歩踏み出してチャレンジできる素養を育てていくことだと考えています。これは、入学段階で「もう少しチャレンジしておけば良かった」などと考えている生徒の意識変革にもつながると思います。

吉野先生

柳沢: 開成では、中学1年生は1学期の学校行事や部活の経験を通じて、ロールモデルとしての先輩を見習うことで、自主性、自律性を養います。進路選択についても、教員は口出ししません。最近は海外の大学に行く卒業生も増えていますから、その影響からか、学校全体で今年は40名強が海外のサマースクールに行っています。部・同好会活動は70ほどあり、おおむね自分がやりたい部活は揃っています。OBによる億単位の寄付金を基金にしたのが「ペン剣基金」。自分がしたい研究を、大学の教員のように申請書を書き、審査を受ける。誰でも、つまり中学1年生でも、教員でも参加できます。審査を通ると平均20~30万くらいのお金が使え、最後に報告書を出すことが必要です。チャレンジできる場、機会がたくさんあり、生徒たちは親とべったりとくっついているのが恥ずかしいという感覚を持つようになりますから、一番寂しい思いをしているのは母親かもしれません。

柳沢先生

梶取: 本校は自由と自立を重んじる学校と言われていますが、昔に比べると生徒ははるかに小粒になってきています。また男子校とはいえ、以前よりはひ弱になっている。これには親との関わり方の影響が大きいと思っています。 今や高校も大学もグローバル化一色ですが、私は、海外に限らず、外に出ることを「広義のグローバル化」と捉え、そういう機会を増やし、まずは生徒の足腰を鍛えたいと思っています。授業だけでなく、校外学習など様々な体験をさせながら、英語の4技能の強化だけでなく母語の4技能をきちんと身につけ、何にでも挑戦できるタフな生徒を育てたい。まだ模索中ですがそう考えています。

梶取先生

山極: それには個人指導、一対一の対話が必要で、そういう環境を作ることも大事だと思います。どれがフィジビリティが高いのかを見抜く力などは、経験のある人に少しだけサジェスチョンをもらうだけでずいぶん違ってきます。

梶取: 将来、シンギュラリティが来ると言われる中で、単に技術を学ぶだけならおそらく学校はいらなくなる。やはり専門集団の大人がいて、いいこと悪いことも含め、いろいろなことを学べてこそ学校だと思います。

百瀬: 確かに今の生徒、家庭は成功志向が強いと思います。また、反抗期を迎えないまま卒業していく生徒がいるのではないかとも懸念しています。母親が敷いたレールに乗り、冒険しない。他流試合も怖がる。反面、SSHで課題研究に取り組む生徒はタフになっていきます。そこで今は、課題研究を理数だけではなく、人文社会系にも広げています。1年から開講し、何にでも挑戦する態度を育むきっかけの一つにしてほしいと。生徒には、家庭事情や経済的な問題を踏まえつつも、いろんな体験をさせ、より深く考える必要のある機会を作って、一歩先へとステップを踏んでいってほしいと思っています。 本校では生徒の動機付けについても工夫していて、その一環として大学の先生だけでなく卒業生、企業の研究所などからもゲストを迎え、話を聞かせてもらっています。

百瀬先生

山極: 動機付けにはやはり、時代の高みに上り、先を見る必要があると思います。具体的な目標を立てるまでは必要ないと思いますが、産業界でもアカデミアでもいいから、そこで頑張っている人たちの話を聞くことはとてもいいと思います。

佐藤: 「おもろチャレンジ」に一番興味を持ちました。特に院生よりも学部生にもっとチャレンジを促す仕掛けを考えられていることです。この春、千葉高に赴任して、まず大学に入り、大学院に入ってから頑張ればいいと考えている生徒がいることが少し気になりました。おもろチャレンジに応募してくる学部生は、将来はともかく、とりあえず今はこれをしてみたいということでしょうか。

佐藤先生

山極: 学部生の企画には、フラダンスを習いにハワイに行きたいなどの、将来の研究やキャリアと全く結びついていないものもあります。自分の思いを第一にして、裸一貫で行ってやり遂げてくる、それは将来の目標に直接結びつかなくても大きな力になるはずです。高校現場では誤解もあるかもしれませんが、われわれは学部生を大学院で囲い込みたいとは思っていない、可能性を伸ばすためには他へいってもらってかまわないと思っているからです。

佐藤: 高校生にもこういうチャレンジをさせたいですね。大学に進んで、自分の研究をもっと深めていくのが、「チャレンジする」ということではないかと思います。本校でも総合学習での調べ学習や、「千葉高ノーベル賞」などがありますから、こういう形でどんどん研究にチャレンジし、その上でこういう大学に行きたいというようになってほしい。まず大学に入っておいて、チャレンジは大学院でしよう、あるいは海外に出ようと考えているのを、高校や大学でも「チャレンジする」としたいと、今日のお話を聞いて感じました。

登壇者

平: 男子生徒には、マニアになる脳というか、興味・関心が湧くと深掘りする子が多いですから、知識をいかに定着させるかより、いかに刺激を与え続けるかが学校の役割になると考えています。そのための一つが国際交流であり、もう一つが「教養総合」です。後者は2004年から始めたもので、高1、高2で学年の枠を取り払って土曜日に2時間、基本的には少人数授業で、人文、語学、芸術、スポーツ、科学、それとリレー講座に分けて、各学期で一つ取ることになっています。必修で、高1高2で全部で6種類取ることになります。当時大学では教養教育が縮小され、一方、大学入試に特化した効率的な勉強を重視する生徒が増えてきていたため、教養教育を高校で担おうとわれわれ教員が始めました。やはり学校は、刺激を与える装置を用意するのが一番大事だと思っています。

平先生

山極: スポーツと違い、学問の力は複線で伸ばしていかなければなりませんから、一つのことばかりやるのは考えものです。ここで修めたことが別の場面で活きるわけですから、将来、方向転換できるような幅の広さをもつことが学問の豊かさ、可能性につながると思います。

杉田: 「おもろチャレンジ」は本校のSGHの取組とよく似ています。「ローカルな生物資源を利用してグローバルな製品として発信しよう」というテーマの下、市場調査から海外フィールドワークまで行います。海外に出たり、会社を起こしたりなど、かつての高校生からすれば夢のようなことが、手の届くところにある。このような取組がきっかけになり、チャレンジするための壁は低くなっているのではないかと思います。ちなみにこのプロジェクトに参加した生徒の一人は特色入試で合格させてもらいました。京大へは毎年6名程度で行っていますが、興味を持つ生徒も相当数いますから雰囲気もあっているのかなという気もしてきました。

武内: 挑む力ということでは、ご出席の公立校同様、生徒には第一希望は譲らないというようなところがあり、浪人率は高いほうだと思います。また勉強だけでは人間の幅を広げられませんから、学校生活の中でできるだけいろんなことに挑戦できるように、いろいろな仕掛を用意しています。典型的なのが「一高祭」と「歩く会」、そして「一高オリンピック」と呼ぶ体育祭です。どれも、生徒が実行委員会を作り自分たちの手で作り上げていき、教員はサポートに回るだけです。かかり集団とか小集団の中で、失敗も成功も味わうことで、自信がついてくる。自信がないと何事にも挑戦できませんから、学校行事、部活も含めて学校の中で、自己肯定感や自信をつけさせ、挑む心を後押ししていくのが公立学校のやり方ではないかと思っています。 卒業生の声は、やはり生徒の進路に大きな影響を与えます。学部生、特に1年生が、どれだけ入学後に充実感を感じているか、逆に言うと、大学が学部生をどれだけ大切にしているかが、必ず次の世代に如実に反映されてくると思っています。

山極: SGHやSSHで学び、野心を持って大学に入ってきても、それにきちんと応えられないようではまずいと思います。生意気な学生は生意気なりにいろいろなところで芽を出してほしいですから、まずは1、2回生でそのためのチャンスを与えたい。1回生の野心をどれだけ伸ばしていけるかがこれからの大学のミッションでもあると思います。

岸田: 3年前から京大ツアーを始め、今年は40名参加しました。本校の雰囲気は体育祭と文化祭の違いはあれど湘南高校と似ているかもしれません。文化祭では、3年生は80分の演劇を2日間で8回こなします。お客さんも今年は二日間で1万1717名来られました。1年生のアンケートを見ると、大体6割が文化祭に惹かれ、あと部活動にもということで来ています。その点では同質の生徒が増え、昔に比べ全体的に小粒になってきているかもしれません。ただ、文化祭を引き継ぐ際には、毎年改良していこうとしていますから、まだまだチャレンジ精神は旺盛だと感じています。SSHやSGHの指定は受けていませんし、学校で3年間過ごしたいと海外留学にも行きたがらない生徒が多いですから、その目を、いかに外に向けさせるかが一番の課題だと考えています。

岸田先生

竹鼻: 昨年度「宇宙リチウム問題」の研究で京大総長賞を受賞した卒業生が、7月の「土曜未來講座」でその話をしてくれました。実は4年前にもこの卒業生に「理系の先輩に学ぶ」という「土曜未来講座」をしてもらい、その影響もあってか、今年は浪人生も含めて、京大に9名入学させていただきました。女子は自信が持てない子が多く、100%自信がないと手を上げられない。そこで、憧れの先輩と接したり、生徒同士で学内外での取組を報告し合ったり、「自分もできるかも」と思わせる仕掛けをたくさん用意しています。海外研修は30年ほど前から行っています。価値観の違いに気づき、親元を離れて他人の家で過ごすことで自立が図れます。英語の上達より、苦労を味わう経験の方が大切な学びだと感じています。3年前から3ヵ月留学も始め効果を上げています。

竹鼻先生

山極: いよいよ女子寮を改築します。きれいになり収容力も増す。女子学生の割合も増えています。とくに工学部の建築やかつての土木系(地球工学科)ですね。もともと医学系は多いし、教育でも女子の比率が高くなっています。理学部も私のころは300名のうち8名だったのが今は一割になりました。農学部も、農業を志向する女子が目立ってきたこともあり、増えています。京都は市民が学生を手厚くサポートする。特に女子学生にはみな注目しています。東京にいるのとは全く違う雰囲気を味わえ、親からも独立していけますから、ぜひ来てほしいと思います。

鵜崎: 本校の生徒には男子校の生徒のようなところがあります。チャレンジ精神に溢れ、好奇心も強く、何かやりたいと思っている生徒が多い。人生最大のカルチャーショックは、女子学院に入学したときだったと言う卒業生もいるほど、個性的な生徒が集まっています。京大にお世話になる生徒が一昨年は多かったですが、昨年はそれほど多くなくブームにはなりませんでしたが、特色入試には反応し、今年もその勢いは続いているようです。 いろいろな大学から出張授業などのお話をいただきますが、生徒は学校を介しての情報にはあまり触手を伸ばしません。自分でオープン授業などを見つけて入り込んでいくことに喜びを見出すのが主流のようです。 首都圏の大学に進学する生徒が多い中で、遠方に行きたいという生徒もいますが、保護者がなかなか離したがらないのと、外的な要因で諦めることもあります。口にはあまり出しませんが、小学生で塾に通い、その後6年間、私立の授業料を払ってもらっていますから、親にずいぶん経済的な負担をかけていると考えるのでしょう。 学校としては、生徒が元々持っている興味・関心をできるだけ持ち続けられるように指導しています。生徒は目標を決めるとそれに向かってまっしぐらになり、それらを一つずつ削ぎ落としていきます。しかし将来、それらがどういう形で役に立つかはわかりません。ただ、柳沢先生のところと同じで、あまりこちらが言うと乗ってきませんから、言い方には十分注意しています。

鵜崎先生

山極: 生徒が選んでくるのは先生ですか、学問のタイトルですか。
崎: 学問のタイトルに先にピンときて、そこから研究内容や先生に関心を持つようです。

山極: 両方必要だと思いますが、これからの学問は、教える側と学ぶ側が一対一になることが大事ですから、先生がすごく重要になってくると思います。そこで附置研でおもろい研究をしている先生たちに発表してもらって高校生との対話の機会を設けたり(京都大学附置研究所・センターシンポジウム「京都からの提言」)、変人を自称する先生の研究に芸人がツッコむ「京都大学変人講座」というのをやっています。一方で、この先生の下で学びたいという気持ちを抱かせるような人をどんどん作らないといけないとも思っています。東京でもやれば高校生は来てくれるでしょうか。

鶴崎: 見つけたら「私が」と。でもみんなで一緒に行こうとは思わない。自分だけが知っていることに心地よさを感じているところがありますから。

齋藤: 本校には小学校でリーダー的な存在だった子と、全くそういうこととは無関係だった子が入ってきますが、前者の中には、全員がリーダーになる必要はないとわかり、自分でそれまで意識してこなかったような能力に気づく子も出てきます。それはそれで悪いことではありませんが、最近少し気になるのは、「輝けない」と不満を漏らす生徒がいること。成績もピカピカで何をやっても目立って、親子ともにみんなからすごいねって思われないからつまらないのだという意味のようです。もちろん6年間の間には、積極的にやろうという子と、そうでない子とは出てきます。全員に自己肯定感を持ってもらえるよう努力しているのですが。 文化祭、体育大会は、本校でも立候補した実行委員が運営していきます。女性教員が多いので、いきおい細かくなりすぎたり、母親になりすぎたりしてしまうきらいもあります。教員が乗りこえるべき壁になることは必要ですが、生徒の自由な発想を妨げてはいけないと、自分たちでも注意しています。 母親の影響は、男の子ほどは強くないと思います。同性である分批判的で、「あの人の言うことは気にしないでください」のような言い方をする生徒もいますが、それはそれで正しい成長かなと思っています。 大学で地方に行く場合、東京にいるとほとんどの学問が地元の大学にありますから、保護者を説得する必要があります。その際の切り札は「医学部に行くから」が多い。親御さんが少しずつ子離れをしていくにはそれなりの理由も必要です。「この大学のこの先生の下で学びたい」などというのもいいと思います。保護者を説得するのも子どもの成長につながるかなとも思っています。そこで親が立ちはだかってはいけませんとお伝えしますが、子どもに「どこでもいい」と言いながら、親の希望を叶えるよう求める例もあります。 女子生徒には男子生徒とは違う力をつけてほしいと思います。女子校にいる間は、「女のくせに」も「女の割に」も言われずに過ごしていますから、大学や社会でそう言われた時にめげない強さが必要です。また結婚、出産でキャリア上、足踏みをすることは必ずありますから、「後ろに下がったのでは?」と思った時も、足踏みを続けていたらいつか前に出られると考えるしぶとさも必要です。それがないと、どんな仕事も続けていくことはできません。そういう強さとしぶとさを、中高の守られている間に身につけさせてあげたいと思っています。0か100かしか考えられないのが優等生の一番の弱点ですから。

齋藤先生

武内: 「吉田カレッジ構想」は京大のキャンバスに世界を持ってくるということだと思いますが、私も、「勉強と行事や部活に頑張った子は自らの進路実現も諦めない」といった伝統的な学校経営の価値観を、「世界の中での日比谷」の視点で捉え直す必要があると考え始めています。SSHや東京グローバル10で、生徒を引率して行ったハーバード・ケネディスクールでは、韓国、中国、インドからの留学生が圧倒的で、日本人は1%程度にすぎません。視野を広げ、世界に人脈を広げた彼らが自国に戻り、仕事に、研究に、行政に携わっていくことを考えると、日本の将来に強い危機感を感じます。生徒は生徒で、有名な大学の先生や学生との懇談を通して、将来の目標が明確になり、学習意欲も高まったという者が出る反面、多くは自分の未熟さを意識して、学年が上がるにつれ自己評価が下がっていきます。しかしこれは、次の学びのステップにつながるものでもありますから、今年からはニュージーランドと韓国に姉妹校を作り、短期の交換留学も始めました。異なる価値観を持つ高校生とのつながりの中で、自らの学びについて考え、モチベーションを高めていく。まだまだ解は出ませんが、私自身も挑戦しながら、生徒たちにも挑んでいってほしいと考えています。

武内先生

座談会へのメッセージ

東京都立西高等学校校長 全国高等学校長協会会長 宮本 久也先生
「世界に通用する大きな器を作る」――生徒が文武二道にチャレンジする中で、主体性を育み、豊かな人間性を涵養することを目指す本校においても、近年は挑戦よりも安全・安定を志向する生徒が目に付きます。大学受験に際しても、保護者の意向に沿ってか、浪人覚悟で挑戦する生徒の割合が少なくなってきています。もちろんこれは、大学院重点化や、就職氷河期以降の就職に強い大学志向などによって、学部段階であえてチャレンジする価値が低下していることによるのかもしれません。ただ教師から見て、18歳段階でのチャレンジを先へ延ばすことは、いずれどこかでそれに迫られることを考えると決して好ましいことではありません。またそれが、「頑張らなくてもいい」というような風潮につながらないかとも懸念しています。
インターネットの普及で、知を授ける場としての高校や大学の役割は低くなってきているのではないかとよく言われます。しかし一方で、「面倒見の良さ」が生徒・保護者の学校選びの一つの指標になっているように、教えられること、正解を与えられることに慣れた子どもたちにとって、その役割は逆に高まっているとも言えます。また核家族化や地縁血縁の希薄化などを背景に、学校には、様々な個性の集まる場の持つ教育力も期待されるようになりました。このことは、学問を教えることを通じて人間を作る、若者を大人にしていく場でもある大学についても言えるでしょう。特に、対話を根幹とする教育で優れた学生を育てようという京都大学のような大学には、それが強く期待されていると思います。
大学入試制度改革にはこれまで、「高大接続システム改革会議」を中心に関わってきましたが、関心が各大学の個別試験へと移る中、各大学それぞれの学部が、どのように対応してくれるのか、その教育改革とあわせて見届けていきたいと思います。また過去5回参加した本座談会については、その中から首都圏公立進学校交流会が生まれ、今はその輪が7校に拡大、校長のみならず教員・生徒の交流も始まるなど、都県を超えた公立高等学校の連携のきっかけともなったことを付記しておきます。

座談会集合写真

16歳からの大学論 | 第13回 その2 研究者の興味・関心とは?

宮野 公樹先生

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授

前回は、興味・関心は誰しもが持つものなのに、大学に籍をおく研究者の興味・関心だけ特別扱いするのはなぜだろうと述べ、結論として「なぜ研究者だけが興味・関心を突き詰めることを仕事として許されるんだろうという問いをもった研究者のみが、その興味・関心を突き詰めるに値するのだ」と締めくくりました。今回はこの結論について詳しく述べます。

素朴に考えると、研究者がその興味・関心を突き詰めることが許されるのは、社会や万民のために役立つから、と回答できそうです。しかし、この「役立つ」という言葉は、本連載第9回「役に立つ研究or 役に立たない研究?」で述べたようにとても曖昧なもの。あらゆる事柄が、いつ、誰にとって、どのように「役に立つ」のかは、まったくわからないからです。言い換えれば、すべてのものが「役に立つ」といえるのです。であれば、研究者がその興味・関心を突き詰めることが許される理由として、「社会や万民のために役立つから」というのは妥当な答えとは言えないでしょう。では、どう考えればいいのか。

それは、第11回「研究と趣味はどう違う?」で述べた結論と実は同じなのです。ここでは、蝶の収集を趣味にする人と蝶の研究者の違いについて取り上げ、研究者は蝶の収集や情報を得ることより、その背後にある原理や法則に関心があると述べました。つまり、蝶を超えたところでの不思議について探求しているのです。大学研究者においてはさらに問いを深め、「では、原理や法則をなぜ自分は知りたいと思うのか」というところまで自問しなければならないと書きました。それについて、この回では満を持して丁寧に追っていきます。

例えば、研究者の自問自答とはこういったものです。「私は蝶の研究者だ。なぜ蝶が好きなのか?それは蝶に美しさを感じるからだ。蝶のどういうところが美しいと感じるのか?色形というより、その生き方だ。ずっとさなぎだったのに突然美しく変態し、1年もたたずに死を迎える。老いて死ぬ人間とはまったく逆だからかもしれない。死の直前が人生で一番輝くときであるとは!では、なぜその人間との違いに惹かれるのか?自分は死が怖いのか。いや、正確に言うと死の迎え方になにか理解を得たいのかも知れない・・・」。

自問もここまでくると、すでに個人の興味・関心を超え、万民に共通する死にまつわる考察へと昇華しています。筆者は、この領域で思考し研究することが学問をになう大学での研究者に求められることだと思うのです。これは決して、死について研究すべきだと言っているのではありません。あるいは、蝶の研究を「通じて」、自分を含めた人というものを探求せよと言いたいのでもありません。蝶の研究と自分を含めた人というものの探求を「重ねる」こと。蝶を見ながら自分、そして人間を見る。その方法と想いこそが学問の姿であり、それなしで研究を進めても単に細かくなるだけで、大勢の人に「好き勝手にやってるだけだ」と思われるような研究に間違いなく陥ります。それは、一つ問いを解明するとまた次の問いが生じるだけで、どこまでやってもきりがなく終わりがないからです。終わりがなければ続ければ続けるほど、どんどん問題設定が細かくなり、現実から乖離したものになるのは当然のことです。しかし、大学でやる本来の研究、すなわち学問のための研究は、「役に立つor立たない」といった損得勘定を超えた味わい深さを、その成果を通じて人類に与えることができる。なぜなら、「人間をみたい」という根源的な問いが、個別の研究の背景に存在するからです。そして、それは問いそのものを客観視する目を持ち、なぜ問うのかという問いとともに研究を進める中からしか生まれないのです。

最後にきっちりと、「なぜ大学で働く研究者だけが興味・関心を突き詰めることを仕事として許されるんだろう」という問いに答えるとするなら、それは「研究ではなく学問をしている」からだということになるでしょう(続く)。

ススメ!理系 | 技魔女が語る、工学女子から見る日本の課題

「リケジョ」などの言葉も生まれ、女子の理系の大学への進学が注目されてきましたが、最近ではさらに、女性活躍推進法の制定や働き方改革の推進、イノベーションが求められる中での多様性の確保などの観点からも、それを後押しする声は一層高まっています。 リケジョの中でも最もなり手が少ないと言われるのが工学分野。一般的には、進路選択時における科目適性や保護者の意向、大学での研究環境などが原因とされていますが、企業の第一線で活躍している先輩女子の目にはどう映っているのか。日立グループの女性「技術士」で作る「チーム・技魔女」の創設者千木良美由紀さんと、若手メンバーのおひとり秋山梓さんに、日ごろのお考えについてお話いただきました。

千木良美由紀さんと秋山梓さん
写真左:(株)日立建設設計 千木良 美由紀さん
写真右:(株)日立システムズ 秋山 梓さん

技魔女とは?「チーム・技魔女」は何をしている集まりですか?

千木良: 「チーム・技魔女」は日立グループ、約30万人の社員の中で、技術士資格を持つ女性で組織されたチームで、メンバーは現在16人。女性として、チームとして、何かを社会に物申そうというわけではなく、協力を求めたいときに、お互いに情報を共有できるプラットホームがあると良いということで始まりました。女性技術者として問題を共有できる仲間意識があり、しかも少人数だったので組織化しやすく、すぐに活動が軌道に乗りました。 活動するのは勤務時間外、自分にとって面白く、納得してできることを中心に、単純なボランティアではなく。「プロボノ・パブリコ」と呼ばれる専門知識・技術を活かした社会貢献を目指しています。私たちは専門分野も世代も勤務地も異なるため、何かの事業につながるような活動よりも、キャリアに関する幅広い情報提供などに強みがあると思っています。 大学では理系に進学して、専門職に就きたいと考えている高校生に、私たちの経験を紹介しているのもその一つ。女性技術士には文系から理転した人もいますから、アドバイスするというより、一人ひとりの経験から多様な進路があることを知ってもらえればと考えています。

秋山: 中3から高2の女子生徒を対象にした「女子中高生夏の学校」(通称夏学)という宿泊研修型イベントに、科学研究者に交ざって参加しています。生徒さんには、様々な実験に参加してもらい、理系ならではの面白さを味わってもらいます。それとともに、親子でキャリアについて相談に来られるケースもありますから、ありのままの経験をお話しし、進路選択や将来のキャリアをイメージするのに役立ててもらっています。

性差について、適性について、ステレオタイプの考え方から脱却を。

秋山: ある時、塾や高校の進路指導において、女子に理系進学を敬遠させるようなことがあると聞いて驚いたことがあります。私自身は、「女性だから」「男性だから」と言われたことのないまま、国立大学の理系に進学しました。もともと男性の多い高校で、理系を選択した時には女性はさらに少なくなりましたが、決して進路指導によるものではなかったと思います。 女性が理系進学を敬遠する理由として、特定の科目に得意不得意があるからとも聞きます。私は大学ではCGを作るなど画像工学を学び、今は仕事でwebのシステム構築をしていますが、高校時代、数学が特に得意だったわけではありません。本をよく読んでいたこともあり、国語のほうが点数はよかったくらいです。ただ、頑張って考えると答えが一つに決まる理系科目のほうが性に合っていただけです。

千木良: たしかに女子生徒には、物理や数学は苦手で、生物は得意という人が多いかもしれませんし、それによって大学受験のための戦術を考えることには一理あるかもしれません。ただ、教育というものが、(今)ではなく次のステージを目的に行われるようでは問題です。それに興味や適性は、性差ではなく個人差によることのほうが大きいと私は考えています。

秋山: 成績はいいけれど興味はないという教科より、点数は低いけれど面白いと思える教科の勉強が活かせる分野に進むのもいいと思います。点数が取れないからと切り捨てるのはよくありません。興味がある方が、将来、長く付き合っていけると思いますから。

千木良: 反対に、特に興味がある分野ではなくても適性がある場合もある。それはそれで、それを突き詰めることで社会に大きく貢献できるかもしれません。その結果、仕事も楽しくなる。世の中の役に立っているという実感は仕事をしていく上でとても大事だからです。「成績に拘らず好きな分野に進みなさい」「興味よりも適性で選んでもよいよ」とみとめてくれる環境であってほしいと思います。 何事においてもそうですが、ステレオタイプに何でも決めてしまうことが問題だと思います。教科書のやり方とは違うけれど、どうしても自分の信じるやり方で突き詰めてみたいという人にはやらせてみてほしい。興味を持ってチャレンジすることが、イノベーションにつながるかもしれない。アインシュタインやエジソンも学校では落ちこぼれだったと聞いています。 しかし今、教育の現場にも、組織化された会社にも、異分子を受け入れる素地はほとんどありません。これは女性だけの問題ではないと思います。男性にも同じ思いをしている人はいるはず。他の人と同じことはしたくないという人は、性別に関係なく一定の割合でいますから。女性の問題に戻れば、男性が多い職場だから、育休、産休、親の介護で休むと目立ちますが、女性ばかりの社会、会社ならそれは当たり前で、男性が喫煙のために休憩すると異端扱いかもしれません。つまりどちらが正しい、価値があるということではない。マジョリティの声や、やり方が優先されるのは、組織運営の合理性からはやむをえないかもしれませんが、今、求められているイノベーションを生みだす環境からは最もかけ離れたものだと思います。

やりたいことを実現する方法はいくらでもある。情報を集め、決して諦めないこと
―高校生へのメッセージ―

千木良: かつて、指導者や保護者の情報不足が原因で、理系への適切な進路指導ができていないという経済産業省の調査結果を見たことがあります。女性が理系に進むのは大変といったイメージが大人の中で先行しているのでしょう。しかし今は、どの業種にも女性技術者の会はありますし、男女共同参画が謳われるようになってからは、多くの団体に男女共同参画運営委員会が置かれ、女性が委員長になって積極的に活動しています。また日立グループでは女性社員を支援する施策がたくさん打ち出されています。この手の情報は、きちんと調べればかなりあると思います。ただし、求めていかないとなかなか辿り着かないのかもしれません。概して理系の人たちは、縁の下の力持ちのような働き方をしていて、表に出て「こんなことをしています」と声を大にすることは少ないですから。

秋山: 理系の仕事をして、家庭を持ち、子どもを産んで普通に生活をしている女性はたくさんいるという事実があまり知られていないんでしょうね。「ここにいますよ!」って言いたいです(笑)。それも日立グループ内には、環境に恵まれているせいか結構います。ただ、「恵まれています」と声をあげる人は少ない。事実、不満の声のほうがあがりやすく、メディアでもそういった声がとりあげられやすい。 そもそも、仕事の大変さという点では理系も文系もない、と私は思っています。また、女性は理系に向かないなどとよく言われますが、それと同じくらい向かない男性もいます。私も男女の差は本質的ではないと思います。みんながそうしているから。「みんな同じことをしよう」っていうのは少し無理があるのでないでしょうか。

千木良: ダイバーシティーの対極ですね。

秋山: そういうマインドは、誰かが決めてくれるのを待つことにつながり、よく言われる指示待ち人間、ちょっとしたことにも踏み出せない人を作っていくなのではないか。みんながイノベーション目指して血眼になる必要はないと思いますが、みんなが待ちの姿勢になっては困ります。

千木良: そもそも中高生の周りに、「女性はこういう仕事に向いていない」と思わせる環境があること自体が問題です。といって女性はみな社会に出て働くべきとも思っていません。女性にも向き不向きがありますから、結婚して家庭で子どもを育てることに向いている人もいるでしょうし、子どもを産มない選択をして働き続ける人もいるでしょう。やりたいことがやれない、自由を奪われるような環境はなくしてほしいと切に思います。「チーム・技魔女」はそういう環境を打破しようとする人の側に立ちたいと思っています。 やりたいことに立ちはだかる障害を解決する手段はいくらでもあると思います。思う存分働きたいからとハウスキーパーさんを頼む、というのは良い事例です。身近に良い手段を見つけられなければ、自らそれを提供する環境を作る側に回って新事業を立ち上げるという解決手段もあります。 「親に反対されるから」「難しそうだから」「友達とは違う道だから」と尻込みしないことです。そのためには、保護者や先生には、子どもたちが中学や高校のうちから選択肢を決めないよう、書く、偏りのない情報を提供してあげてほしいと思います。加えて、学生時代にもっと勉強しておけばよかったと考えている社会人は実に多いですから。どうすれば、子どもたちが自ら、いろいろな分野の勉強をしたいと思うようになるかを考えてほしいですね。

秋山: 私も、学生時代もっと勉強しておけばよかったと後悔している一人です。今は新しいことを、当時よりずっと真剣に勉強しています。もし今、大学に入り直せるなら人工知能とか機械学習について学んでみたいですね。

キャンパスは世界の縮図、グローバル社会を生きていくのに必要な体験を

南カリフォルニア大学のキャンパス

南カリフォルニア大学(USC)学長 C.L マックス・ニキアス先生に聞く
日本の高校生へのメッセージ

全米の高校生が注目するウォール・ストリート・ジャーナル/TIMESの最新ランキングでは総合15位、THE世界大学ランキングでは60位の南カリフォルニア大学(略称:USC)。第11代学長のC.L マックス・ニキアス先生は、キプロス出身でデジタル信号処理の分野の先駆者。古典も教えておられるためか、ゆっくりとした話しぶりと穏やかな物腰からは、アメリカで厳しい競争社会を生き抜いてこられたとは思えないゆとりを感じさせてくれます。来日に合わせて、USCについて、日本の高校生へのメッセージをお聞きしました。

C.L. マックス・ニキアス先生の顔写真

C.L. マックス・ニキアス 先生

南カリフォルニア大学 学長

~Profile~

南カリフォルニア大学(USC)の 11代学長。現人文科学の分野においてロバート C. パッカード学長職と、マルコム R. キュリー職を兼務。USCヘルスシステム理事会議長。1991年からUSCで教鞭をとり、ナショナルリサーチセンターのディレクター、学部長、学務担当副学長などを経て、2010年8月から現職。電気工学と古典の教授職を務め、毎年秋期には新入生向けの古代アテネにおけるデモクラシーと演劇の特別セミナーを担当している。デジタル信号処理、デジタルメディアシステムと生体臨床医学研究の先駆者として世界的に知られ、その数々の発明や特許は、米国国防省によってソナー、レーダーやコミュニケーションシステムに採用されている。全米技術アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アテネアカデミー、米国発明家アカデミーなど、複数のアメリカの国立アカデミーに所属。カーネギー財団からは、栄誉ある、アカデミック・リーダーシップ賞も授与されている。アテネ国立技術大学で学士号を取得したのち、ニューヨーク州立大学バッファロー校で修士号(科学)と博士号を取得。2人の娘さんは、ともにUSCを卒業。

USCのミッションと、日本の高校生へのメッセージ

はじめに少し本学の紹介をすると、西海岸の大学では最も古い歴史があり、アイビーリーグも含むトップ28私立大学の一つです。また、全米に約3000ある大学のうち、研究力があり、大学の役割である教育と研究の双方が機能するリサーチユニバーシティと呼ばれるトップ 60の大学の中でもトップランキングに位置付けられています。

このような大学としてのUSCのミッションとは、大学で創造された知を次の世代へ渡していくこと、言い換えると新しい世代へ教育のサイクルを毎年毎年つないでいくこと、そしてこれまで蓄積してきた知を伝えるだけでなく、新しい知を創造し、それを学生に翻訳することの二つだと言えます。

本学には2016年度秋学期で44,000名以上の学生が在籍していますが、学部生は約19,000名、大学院生が約25,000名。学部1年生は2,800名ですべて高校卒業者、男女比はおよそ46:54です。これはアメリカの高等学校では女性の卒業生が多いことによるのかもしれませんが、倣っておくと女子大になる憧れもありますから(笑)、アドミッションオフィスでは、できるだけ50:50に保とうと苦労していると思います。3年次編入は800名で、多くはコミュニティカレッジ出身者。この中には一旦社会に出ていた学生も含まれています。ちなみにトップ28私大の中で、コミュニティカレッジからの編入を受け入れているのは唯一USCだけです。大学院生の多くは社会で3年以上働いてきた人たちです。

日本人学生は学部生39名、大学院生85名、履修証明プログラム等を受講する学生が73名、全部で197名です。海外の高校生が学部へ入学するのに必要なことは募集要項を見てもらえばいいですが、語学力に不安のある場合は、USC国際語学アカデミーで、例えば入学前の夏に、2、3ヶ月集中的に勉強してもらうことができます。また、たとえ入学してくる学生が、大学教育を受けるのに必要な資質を十分備えていなくても、卒業する時には花が咲くように指導するのも大学の目的だと考えています。

グローバル・コンフェレンスで話すニキアス学長

USCコラム

学部には、人文科学、映画技術、教育、音楽、社会福祉、会計、コミュニケーション・ジャーナリズム、工学、作業療法、建築、舞蔬、老年学、薬学、美術、デザイン、歯学、法律、理学療法、ビジネス、演劇、医学、公共政策の22学部がある。

注目の学部としては、USCスクール・オブ・シネマティック・アーツ(映画芸術学部)、USCアネンバーグ・スクール・フォー・コミュニケーション・アンド・ジャーナリズム(コミュニケーション・ジャーナリズム学部)、USCレオナード・デイビス・スクール・オブ・ジェントロシー(老年学部)などがある。

研究機関は100以上あり、その中で注目されているものにはUSCクリエーティブ・テクノロジー研究所(ICT)、USCリスク・アンド・エコノミック・アナリシス・オブ・テロリズム・イベンツ研究所 (CREATE)、USCアルツハイマー・セラピューティック研究所 (ATHI)などがある。

著名な卒業生・校友には安倍晋三(現內閣総理大臣)、三木武夫(元内閣総理大臣)、山中龄(五輪競泳 4つの銀メダル保持者)、ロバート・ミツヒロ・タカスギ(日系人初の連邦判事)、ジョン・ウェイン (俳優)、ニール・アームストロング(宇宙飛行士)、ジョージ・ルーカス(映画監督)、フランク・ゲーリー (建築家)らが含まれている。

USCに期待してもらえること

日本人の高校生が本学を選ぶにあたって、大きなメリットとなるのは豊かな国際性だと思います。本学には全米50州はもとより、世界128の国・地域から、約90の異なる宗教を信仰する留学生が集まっていて、その数は約13,340人で、全米では2番目の人数です。私は日頃から、大学のキャンパスは世界の縮図でなければならないと思っていますが、経済がグローバル化し、企業間の競争もグローバル化している今、大学での国際的な体験は以前にも増して重要です。学生時代にそれを十分積んでおけば、卒業してキャリアをスタートする際、すでにそういう社会に対応できるスキルが身についているからです。そういう意味からも、USCのキャンパスはまさに教育的 (educational) な環境だと言えるでしょう。

奨学金に関して USCは、国内最大級の財源を持っていて、その中から年間3億3千万ドルを拠出しています。ただ、海外からの学生に対しては大学院が中心で、学部段階では学費に教科書代、寮費を合わせると、他の米国トップ20枚に進学する場合と同じように、日本よりはかなり高額になることは覚悟しておいてほしいと思います。もちろんそれに見合った将来が得られるはずです。一方、大学院では海外からの学生に対しても手厚く、それらをフルに使えば授業料が無償で、かつ給与をもらうこともできます。

高い研究力を支えるのは、年間約7億ドルの研究費です。多くは連邦政府の競争的資金や民間の基金から調達しています。工学系、医学系を筆頭に産業界との結びつきも強く、アメリカの中でも最大級のスポンサープログラムでは、年間5000~6000万ドルを支援してもらっています。

大学の食堂の様子

デジタルテクノロジー時代のコミュニケーションと、ミレニアルズのマインドセットについて

私は最近、Eメールの使用を自粛しています。大学のような大きな組織を運営するリーダーとして、毎日多くの時間を、それを読んで返事をするのに割くのは効率的ではないと考えたからです。チームのメンバーとはできるだけ顔を合わせる、あるいは電話で話すようにしました。この方が、時間はかかるがはるかにコミュニケーションを取りやすく、しかも生産的です。 (USCは学生との距離の近い大学でありたい)という強い思い入れから、私が主導して小グループの学生との定期的なミーテイングも始めました。短時間ですが、大学の良い点、改善すべき点などについて、つねに貴重な意見が聞けます。状況にもよりますが、やはり顔と顔を合わせ、お互いに顔の表情を見ながらコミュニケーションを図ることは、感情的なつながりも持ててとても有意義です。将来、もっとVRやイマージング、没入型の技術が進化して、バーチャルな環境で電話会議ができるようにならば別ですが、それまではできるだけ顔が見え、声の聞こえるコミュニケーションを大事にしたい、Eメールは TXT メッセージのサイズに限るべきではないかとさえ考えています。

生徒たちと意見交換するニキアス学長

デジタルテクノロジーの進化によるだけではないと思いますが、ミレニアルズポピュレーションの学生のマインドセットはアメリカでも問題です。彼らは大学を高校の延長のように考えていて、大学にも、保護者同様、自分たちに快適な環境を整えてくれるべきだと期待しているようです。

そこで私たちは新入生に対して、大学ではこれまでの快適さから抜け出すことが重要で、リスクを取ることを恐れないようにと繰り返し伝えています。リスクを取っても、もちろん80%程度は成功しません。大事なことは、リスクを取り失敗を重ね、そこからできるだけ早く立ち直ることを大学の4年間で学んでもらうこと。なぜならそれが人生だからです。

ミレニアル世代のこと。1980年ごろから2000年の初期にかけて生まれた世代。

卒業生は語る

英語での発信力を磨き、日本の広報力を高めることに貢献したい

山田 真梨子さん (2007年人文科学部卒)
USC の学部はアカデミックなものだけでなく、スポーツからアート、さらにはエンターテイメント系まで揃っていて、卒業生にはハリウッドの著名人などもいます。スポーツでは一時、オリンピックで獲得した金メダル数が、日本より多いこともありました。また富裕層の子弟も多く、独特の雰囲気があるのも特徴の一つといえるかもしれません。

この留学生活で得たのは、そんな独特な世界で培った多様性への理解、そこで生き抜くための忍耐力で、今現在でも私の人生に大きく影響していると感じさせられます。

USCで日本語と国際関係を学び、今は日本の大学の国際広報に貢献

東京大学本部広報課 特任専門職員 ウィットニー・マッシューズ Whitney Matthews さん (2008年人文科学部卒)
USCに入学すると、「あなたは今日からトロージャンファミリーの一員です」と歓迎されるように、USCはファミリーであることをとても大切にしています。卒業生の集まりなどに行っても、知らない人とでもすぐ親しくなれるのもそのため。当然、仕事を紹介しあうことも多くなるし、生涯のネットワークにもなります。

(お二人の詳しいお話の続きは次号で)

2020に向けて
学力試験だけでなく調査書、諸活動の記録も評価
千葉商科大学が一般入試・センター試験利用入試に『総合評価型』を導入

高大接続改革を先取りする

千葉商科大学の新しい選抜方式「総合評価型」入試

高校教育、大学教育、その結節点である大学入試を一体的に改革し、高校・大学の連携・接続の中で、知識及び技能と答えが一つに定まらない問題に自ら解を見出していく思考力・判断力・表現力、さらにはそれらの基になる主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度(次期学習指導要領の示す「学びに向かう力、人間性等」)、いわゆる「学力の3要素」を備えた若者を育てようと始まった高大接続改革。大学入試では、大学入試センター試験の改革(2020〔平成32〕年度から実施の大学入学共通テスト)に加えて、これまでのAO(2021〔平成33〕年度入試から総合型選抜)・推薦などの特別選抜(2021〔平成33〕年度入試から学校推薦型選抜)、一般入試(2021〔平成33〕年度入試から一般選抜)の枠組について、名称の変更も含む改革、改善が始まろうとしています。現在各大学においても国の示した行程を念頭に、改革に備えていますが※1、多くの大学にとって課題なのが一般入試の改革。一点刻みの選抜を避け、知識及び技能だけでなく、3要素のすべてを多面的・総合的に判断することが求められています。こうした中、いち早くそれを先取りし、2018年度入試から新しい選抜方式を導入するのが千葉商科大学。一般入試「総合評価型」とセンター利用入試「総合評価型」の2種類。その特徴と狙い、導入の背景、経緯を紹介します。

※1 現在、5分野で延べ28大学1センター1団体が、入学者の選抜方法や、教科の学力の測定、主体性等の評価方法について調査研究を行っている。

「総合評価型」とは

「学力試験と提出書類を組み合わせて評価」するとされるように、受験生は、出願に当たって調査書だけでなく検定試験やクラブ活動等での実績を示す書類等を提出することで、当日の学力試験の結果に加え、日頃の学業成績や出欠状況、諸活動の記録などによって、多面的、総合的な評価が受けられるというもの。言い換えれば、推薦入試やAO入試の理念を一般入試やセンター利用型といった学力による選抜にも取り入れたものと言えます[コラム]。従来、調査書は、一般入試の出願に提出は義務付けられてはいても、参考程度とする大学がほとんどですから、受験生の多い一般入試で「積極的に」評価するというメッセージは、高校教育に大きなインパクトを与えると考えられます。

具体的には、一般入試「総合評価型」では、学力試験が外国語、国語、地歴・公民、数学から2科目選択で200点満点。調査書等の提出書類は40点満点で、合計点の17%を占めます。調査書等の書類で評価されるのは、評定平均値、出欠状況、取得した検定・資格、課外活動状況の4項目。配点は各学部・学科のポリシーを反映したものになります。

定員は初年度、商経学部25名、政策情報学部2名、サービス創造学部5名、人間社会学部5名、国際教養学部4名ですが、初年度の様子次第では、今後さらに増やしていく予定と同大学入学センター。2月1日の同じ日に実施する前期2科目型にも出願できるのも特徴ですが、これは、これまでにない全く新しい入試を少しでも受けやすくしようという受験生への配慮と考えられます。

「導入の背景」、求める生徒・育てたい学生像

大学教育改革に当たって各大学には、アドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)、カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針)、ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)の3つのポリシーを公表することが求められていますが、大学入試に直結するのがアドミッション・ポリシー。大学入学者に求める学力を明確にし、具体的な入学者選抜方法を明示するものです。

千葉商科大学では、社会から期待されているのが「地域の中堅・中小企業で活躍できる人材育成」だとして、アドミッション・ポリシーでは、 ①実社会における諸課題を発見し、解決するための専門教育と幅広い教養教育で知識・技能を学ぶ意欲を持つ学生 ②実社会の多様な人々との連携と、アクティブ・ラーニング(AL)により主体性、協働性、公平性を身につける意欲を持つ学生 ③これらの学びを通して思考力・判断力・表現力、倫理観を修得する意欲を持つ学生 を求めるとしています。千葉商科大学が卒業生を多く輩出する中堅・中小企業では、大企業以上にどんな現場でも協働し、物事に柔軟に対応できる人材が求められます。そこでアクティブ・ラーニング(AL)を軸にした実学教育はきわめて重要となり、実践的な学びを活性化する積極的でコミュニケーション能力の高い学生が求められるのです。

しかし、特色ある教育に力を入れる大学の多くに共通するのが、母集団の多い一般入試では、受験生や進路指導による偏差値による大学・学部選びが相変わらず優勢で、大学の求める資質を持った学生を獲得しにくいという悩みです。従来型の1点刻みの学力試験では、求める資質についての評価を入り込ませる余地はない。また受験生側からしても、当日の一回限りの、しかも一点刻みの選抜では、自分が本来行きたいと考える大学に、必ずしも合格するとは限らない、という状況があります。

その点、今回のような総合評価型の入試であれば、「学力試験では合格基準点に2点足りないが、生徒会長をしていてALをリードできる資質があるはずだから、ぜひ合格させたい」といったように、大学が自らのアドミッション・ポリシーに合致した学生を獲得できる可能性は飛躍的に高まると考えられます。

2019年度には学力型AO入試を。スピード感重視でさらなる改革に挑む

千葉商科大学が3つのポリシーの見直し、入試改革に要した時間はわずか1年とされます。この異例のスピードについて入学センターでは、「私学ならではの柔軟性とガバナンスの確立に加えて、実学志向のALを軸とした教育改革が進んでいたことと、入試区分や評定平均値別に入学した学生の成績から離籍率(退学率)までを追跡した詳細なデータの蓄積があり、それをベースに議論することで教職員の意思疎通が図られているから」とコメントしています。

戦後二度目と言われる大学入試の大改革は、大学入試をはさんで高校教育と大学教育が断絶しているシステムから、両者の連携を深め、接続性を重視するシステムへの転換を目指しています。そのためにも、高校での学業や課外も含めた様々な活動、取組が正当に評価される選抜システム・手法の開発が、今すべての大学に求められています。

2019(平成31)年度入試には、総合評価型を補完する学力型AO入試(仮称)の導入を予定している千葉商科大学。多くの大学が入試改革に臨む2020(平成32)年に、受験生に混乱を与えることがないよう、今からその準備を始めておきたいと入学センターは語っています。

コラム

去る7月13日に公表された文部科学省による「高大接続改革の実施方針等の策定について」には、「平成33年度大学入学者選抜実施要項の見直しに係る予告」も含まれている。その中の「①大学入学者選抜に係る新たなルールについて」「2区分のあり方の見直し 一般入試の課題の改善」では、一般入試について以下のように記されている。

「筆記試験に加え、(主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度)をより積極的に評価するため、調査書や志願者本人が記載する資料等※2の積極的な活用を促す。(かつ)各大学の入学者受け入れの方針に基づき、調査書や志望者本人の記載する資料等をどのように活用するかについて、各大学の募集要項等に明記することとする」

※2 エッセイ、ディベート、プレゼンテーション、各種大会や資格取得の記録、探求的な学習の成果に関するレポートやその概要などを含む。

ススメ!理系 | ヘッドピンを倒せ!コントロールできるものを見つけ、それを全て理想に近づけよう

人見光夫氏の顔写真

人見 光夫 氏

マツダ株式会社 シニア技術開発フェロー
常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・統合制御システム開発担当

~Profile~

1979年 東京大学大学院航空工学科修士課程卒業。同年、東洋工業(現在のマツダ)入社。2001年 パワートレイン先行開発部長、2007年同開発本部副本部長、2010年同開発本部長(2011年 執行役員 パワートレイン開発本部長)、コスト革新担当補佐。2014年常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・電気駆動システム開発担当。2015年常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・統合制御システム開発担当。2017年常務執行役員(シニア技術開発フェロー) 技術研究所・統合制御システム開発担当。著書に『答えは必ずある一逆境をはね返したマツダのエンジン開発』(ダイヤモンド社:2015年)。岡山県立岡山朝日高等学校出身。

地球温暖化防止、CO₂排出削減を旗印に、自動車産業では、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)の改善、改良が進んでいます。2040年までには、イギリスやフランスが、ガソリンやディーゼルを使った内燃機関(エンジン)しか持たない車の販売を禁止するとも言われていて、それに追随する動きが増えるとも予想されています。一方、近い将来において、世界中の車をすべてEVやFCVにするのは現実的ではないとして、ヨーロッパを中心に内燃機関の改良をさらに進めようという動きもあります。日本では唯一、乗用車部門で内燃機関の改善でヨーロッパに対抗するのがマツダ。ディーゼル車で世界最高効率の燃費を実現したパワートレイン※1開発責任者の人見光夫さんに、内燃機関へのこだわり、その改善にかける意気込み、イノベーションを生むための秘訣についてお聞きしました。

※1 エンジン、トランスミッション、ドライブシャフトなど、パワーを生成し、伝達する機構。

自動車産業の今後の展望と、私たちの選択

2011年、スカイアクティブ※2ガソリンエンジンを積んだ「デミオ」は、当時の日本の法定モードである10-15モードにおいて30km/Lという HV車並みの数字を達成し、内燃機関の改良でHV並みの環境に優しい車が作れることを世界に示しました。

しかし皆さん方の中には、自動車産業への誤解も根強いかもしれません。内燃機関はCO₂を排出する元凶で、地球規模での車の大幅な増加を考えると、将来的にはすべての車をクリーンエネルギーを使う EVやFCVに置き換える必要があると。

もう内燃機関の時代は終わった、これからは電気の時代だと言われ始めてしばらくすると内燃機関に関連する大学の研究室には、学生が集まりにくくなったと聞いています。CO₂排出と地球温暖化の相関については、学術的な検証に委ねるとして、クリーンなエネルギーである電気や水素だけで、世界中の自動車を動かすべきだという言説には巧妙なトリックが潜んでいます。

まず「クリーンなエネルギーを使って」という言葉が問題の本質を隠しています。

電気で言えば、確かにそれ自体はクリーンエネルギーですが、それがどのように生み出されたかについても考える必要があります。たとえば日本の場合、3.11以降、その90%近くは火力発電(うち30%近くは石炭)によるものです。当然、EVは火力発電による電気で走っているということになります。EV推進のため、その販売割合を法律で定めたカリフォルニア州でも、石炭を使った火力発電所があります。また現在のEVに欠かせない大型の電池の製造に伴うCO₂の排出も考える必要がありますから、EVをCO₂排出量がゼロでクリーンであるという誤解を生むような伝え方は問題があると思います。

もう一つ、近い将来、世界で15億台にも、20億台にもなると予想される車の多くをEVにしたとして、その充電に必要な電力がどれぐらい要るかを誰か考えたことがあるでしょうか。

国内で考えると、一年間で車が消費するガソリンと軽油の半分を内燃機関の代わりに再生可能エネルギーで走るEVで肩代わりするとして、EVのために今より追加で必要な電力は一年間で1790億kWh。それを現在の発電容量比率である太陽光発電で85%、風力発電で15%という分担比率で考えると、一年あたり太陽光発電が1520億kWhと風力発電は270億kWh今より余計に発電しなければならない。太陽光発電と風力発電の現在の日本における稼働率はそれぞれ13%, 20%であるため、必要な発電設備容量はそれぞれ1億3000万kW、1500万kWとなります。

内燃機関をEVに替えてガソリン、軽油の年間消費の半分を減らすには、EVにしにくい大型車は内燃機関のままとすると、大ざっぱな試算では大型車を含めて日本にある7700万台の車のうち大体4400万台をEVにしないといけなくなる。台風などが接近している暑い日にほとんどの家庭ではエアコンを使用していますが、そんな最中の夜、みんなが一斉に充電したらどうなるでしょうか。夏の暑い日は日本の電力供給力の余裕は2000万kWから4000万kW程度しかありません。家庭用充電器は3kWですから、2000万kWなら700万台弱の充電しかできません。それ以上では停電します。夜は太陽光発電はできませんからバックアップとしての火力発電の増強が必要になります。このバックアップ火力発電は、今ある火力発電と合わせて現状の火力発電相当の発電量の供給をすればいいだけなので稼働率は大幅に低下して、維持費が大幅にあがりコストアップします。太陽光発電も火力に比べると高くなりますから、皆さんの負担をする電力料金は高くなります。さらにいうなら、この太陽光や風力発電で得られた電力を電気自動車などに回さず、発電時のCO₂発生の多い石炭発電の抑制に使えば電気自動車に使うよりはるかにCO₂抑制効果が高いということです。バックアップ火力発電も充電器も準備することなくより大きな効果が出るのです。

また内燃機関の改善余地はまだまだ大きく残っています。石炭発電だけですべての自動車よりも沢山のCO₂を出しているわけですから、発電領域は発電領域でCO₂を減らす努力をし、自動車は自動車で内燃機関を改善するといったように、双方で努力するほうがはるかに効率的、効果的にCO₂を低減できます。また大都市の大気汚染が進んでいるから都市部から内燃機関車を排除するという動きに関しても、最新の排ガス規制に不正などしないで対応した車であれば問題は起きないと考えています。なぜなら大都市東京では自動車起因の環境問題は出ていないからです。

※2 スカイアクティブテクノロジー、マツダの理想を追求するために新規開発されたエンジン、トランスミッション、ボディー、シャシー。2006年にスタートし、2010年にマツダの次世代技術として正式発表された。

※3 カタログ燃費と実走行時の燃費とでは違うが、その差はEVの方が大きいとされる。

ヘッドピンを狙え

もちろん私たちは企業ですから、内燃機関の改良は理想論だけによるものではありません。会社の規模や財務状況、置かれたポジショニングを考えた消去法による選択、決断によるものでもありました。

もし当時、HVやEV開発に着手していたとしても決して利益は生んでいなかったと思います。特にEVは全く利益などは生まれなかったでしょうから選択肢にはなりえませんでした。バブル崩壊以降、経営危機に見舞われた弊社は、一時は外資による資本提携を受け入れるなど、生き残りに汲々としてきました。しかもヨーロッパの排出ガス規制は年々強まる一方ですから。それに対応しながら、少ない資金で製品の独自性を出すには、強みである内燃機関の効率改善、燃費改善に託すという選択肢しかありませんでした。

そのエンジンの開発を責任者として任された私が心掛けていたのが、ボーリングに譬えればヘッドピンを狙ってそれを倒すことでした。それを上手に倒せば、他のピンも全て倒せる、つまりストライクが取れる。どんな物事も根っこはつながっていて、必ず要になるポイントがあり、そこを解決すると他のことも一気に解決できるという譬えです。

そのためには全体を俯瞰し、問題をできるだけ絞り、シンプルなものにする必要があります。

では、内燃機関を改善する際のヘッドピンに当たるものとは何か。それは損失を低減すること、内燃機関には排気損失、冷却損失、機械抵抗損失、ポンプ損失の4大損失があり、それらを低減するために人間がコントロールできる因子は圧縮比、比熱比、燃焼時間、燃焼タイミング、壁面熱伝導、吸排気行程圧力差、機械抵抗の7つしかないというように整理ができました。それらはエンジン開発者ならだれでも知っていることですが、このように整理されたものはそれまで見かけたことがありませんでした。これらの因子をどういう順で理想に近づけていくかと考えた時に、まず圧縮比(本当の狙いは膨張比)を高めることにしました。詳しくは拙著(写真)に譲りますが、そこに全社で30名という、決して多いとは言えない研究スタッフ(大手は1000人以上)の力を振り向けました。

圧縮比は、通常のガソリンエンジン車では11か12。高めれば高めるほど通常運転域の熱効率は上がります。しかし圧縮比を上げれば上げるほどノッキングという異常燃焼が出やすくなり、それを避けると大きくトルクが低下してくるため、誰も圧縮比14、15という世界は試そうともしていませんでした。そんな中である時私は、「トルクが下がると言ってもまさか反対には回らないだろう。中途半端に1つずつ上げて試すぐらいなら一気に15で試してみたらどうだろうか」と、思い切ってテストしてもらいました。

すると、15にしてもそれほど大きくトルク低下はしませんでした。後で見ると低温酸化反応というのが起きていてトルク低下を抑制してくれていました。私が大きな手応えを感じたのはその時です。

これまでの常識に囚われず、パラメータを極端に振ってみたことがブレークスルーのきっかけになった。その後、スカイアクティブは、14という世界一の高圧縮比ガソリンエンジンと低圧縮比ディーゼルエンジン(いずれも高膨張比)の開発に成功しました。

もう一つのヘッドピンはCAE※5 (計算解析)を使ったシミュレーションによる開発でした。従来の開発のやり方は、試作エンジンを作ってテストし、問題点はエンジンに訊くといった試行錯誤の開発であったため、新技術領域以外からも問題が様々な形で出て、多大な工数と時間を費やしていました。また使用形態がすべて網羅できるわけでもないため、品質問題も多数出ていました。それを試作する前に計算で検討できるようにしようというのがシミュレーション開発です。安易に物を作るとそれに頼ってしまい、また問題が出たら関係部門やサプライヤーさんなどと調整するなどの手間がものすごくかかります。しかし物がない段階で計算で検討できればそのような時間は不要になりますし、何よりも考えを練りに練ってから進めるようになります。この取組が功を奏し、今ではさらに進んで、企画構想段階から開発製造段階まで、いろいろなレベルのモデルを取り揃えて目的に応じて使いこなすモデルベース開発に移行できつつあります。モデルには模範という意味もありますので考え方、プロセスの在り方まで模範となるものを作り、それにそってやろうというところまでこの考え方を広げつつあります。

※4 マツダは世界で唯一、ロータリーエンジンを実用化した。

※5 Computer Aided Engineering

同じやるなら世界一を目指そう

開発に限らずいかなる仕事においても、理想像、究極の姿を思い描いて、自分達で制御可能な因子を並べどういう順でどこまでやるかのロードマップを描く、そして後はその実現のための具体的手段を案出し実行する。このような当たり前のことを当たり前にやることがイノベーションにつながったわけです。もちろん実現に至る過程は苦労の連続で、その間は悩んで悩んで悩み抜かなければなりません。ヘッドピンを見つけるというのはまずこのような考え方をすることだと思います。ただし目指す方向、つまり理想を達成するための制御因子を網羅的に、しかもシンプルに描くというのはそれほど簡単ではない。だからシンプルに表現できなければまだわかっていないということだと思います。

ここで大事なのが、答えは必ず見つかる、ヘッドピンは必ずあると信じることです。そして理想像をしっかり描くこと。それができていれば、途中で挫折したり、目標が目移りしたりすることもなく、他人に何と言われようとその達成に向けて没頭できるはずです。私が新入社員によく言うのは、人生は短い。だから同じ仕事をするなら世界一を目指せということ。今の世の中では世界一に到達しても、すぐに追いつかれるから二番でいいということはありえないのです。

私の若い頃からの夢は究極の内燃機関を作ることでした。もちろん他社に勝つことだけが目的ではありません。それが社会的に意義があると考えるからです。内燃機関の改良、改善はまだまだ可能です。発電時のCO₂を考慮したEVに勝つ。実用燃費を30%改善できれば、火力発電で得られた電気で走るEVに勝てるので、「まずは火力発電をなくすことに力を入れてください」と胸を張って言えるようになります。エンジニアにとっては、社会的に意義のあることがモチベーションにつながるのです。

最後に一言。私の経験では、自分で考え実践してみてうまくいったものだけが身につきます。そしてそれしか、危機や最後の土壇場で自信をもって使えませんし、それを身につけている人だけが、成功した後も次はもっとよくしたい、もっとよくできるはずだと考えるのではないでしょうか。人により大きな成長を促すヘッドピンとはまさにこれだと思っています。

コラム

2013年に国内で自動車が消費した燃料はガソリンが5680万kL。これをすべて燃やすとCO₂は1億3200万トン出る。これを電気自動車が消費する電力に換算すると2190億kWh。軽油の消費量は2435万kLで、CO₂排出量は6400万トン、電力に換算すると1032億kWhで、ガソリンと軽油とでは1億9600万トンのCO₂を排出したことになる。これは3222億kWhの電力消費に相当するが、電力使用に際しての送電、充電のロスを1割程度と考えると実際には3580億kWhの発電が必要になる。これを排出原単位(ある製品を1トン生産する過程で排出されるCO₂の量。日本は0.57kg-CO2/kWh。3.11以前は0.47kg。中国は0.77kg)から計算すると、2011年のCO₂排出量は1億6800万トンだが、2015年は2億トンとなり、電気自動車の方がCO₂排出量が多いことになる。

16歳からの大学論 | 第12回 研究者の興味・関心

宮野 公樹 先生

京都大学学際融合教育研究推進センター 准教授

研究者の「興味・関心」はなぜ特別扱いされるのか

ずっと健康的な食事にこだわっているとか、スマホなどIT技術の進展に関心があるとか、たいていの人は何かしらのことに興味・関心があるものです。そして、自身の興味・関心に従って研究している、あるいは自分の興味・関心を徹底的に突き詰めることが仕事となったのが研究者である、と一般的に考えられているでしょう。

このような書き方だと、すぐさま読者の方は「実は、そうじゃない。つまり研究者も興味・関心にしたがって研究しているわけじゃないと言いたいんだな」と続きの文を連想されるでしょう。確かに、それも言いたいことの一つではあります。実際、「興味・関心に従って研究しているか?」と研究者にアンケートを採ったなら、おそらくほぼ100%に近い数でYesと答えるでしょうが、それは興味・関心を広く捉えた上での話。例えば、その質問に続いて、「では、あなたの日常的な研究活動、あるいは今取り組んでいる研究は興味・関心にダイレクトに沿ったものですか?」と尋ねたのならば、Yesの数は大幅に減ると思われます。つまり、「興味・関心を突き詰める」ということは、そのまま「やりたいことだけをやる」とイコールではないのです。

さて、この回で筆者が言いたいのは、そのような「実際の現実は違うよ」といったシニカルな態度でものをわかったように振る舞うことではなく、むしろ、(大学に勤める)研究者はなぜ興味・関心を突き詰めることを許されるのか、研究者の興味・関心というものはそんなにたいそうなことなのか?と問うことです。この問いが、研究者自身にも、そして大学を外部から見る立場の人たちにおいても、見事に欠落していると思うのです。

改めていうまでもなく、興味・関心の中身に優劣はありません。そもそも、優劣など付けようがありません。誰それが何かに興味・関心を持つというものは極めて自由なことですし、極めて個人的なことです。一般的に「仕事」というものには、どういうわけか辛いもの、我慢するもの、趣味と対極にあるものという通念があるため、興味・関心という自由かつ個人的なことを突き詰めることが仕事となった研究者に対して、世間は何かしらの憧れをもつのでしょう。そして、研究者もまたそのような特権的な意識があるため、ノーベリストなどは、ことあるごとに「研究者は興味・関心に従って研究することが大事」などというのでしょう。しかし、企業の社長、会長が年頭訓示などで「社員は興味・関心に従って仕事することが大事」と言われるのはついぞ聞いたことがありません。もし先に述べたように、興味・関心というものに優劣も高低もないとすれば、なぜ研究者の興味・関心だけが突き詰めるに値するもの、もっというなら、税金を投入するのに値すると思われているのでしょうか。

この問いへの応答は、まさにここ数回にわたって述べてきた「趣味と研究の違い」というものに通底するため、くどくどと繰り返すつもりはありませんが、強いて逆説的に言うなら、「私(研究者)の興味・関心だけ、なぜ特別扱いなんだろう・・・。研究者ではない人だって私と同じ興味・関心を持つ人はいるはず。しかし、なぜ私だけが仕事としてそれができるんだろう。その違いはなんだろう。責任はなんだろう」と、最低一度は真剣に問うたことがある研究者のみが、あるいはその問いをずっと抱き続けている研究者のみが、その興味・関心を突き詰めるに値する、と言えるのではないでしょうか(続く)。

ススメ!理系 | 次世代エンジニア育成のために
アマゾン・ロボティクス・チャレンジ 「Stow task」部門で世界3位に輝いた中京大学工学部に聞く

ロボットが商品を棚に収納している様子

アマゾン・ロボティクス・チャレンジ世界3位
中京大学に聞く、AI・ロボット時代の人材育成

ロボカップ2017名古屋世界大会に併催された知能ロボット競技大会、「第3回アマゾン・ロボティクス・チャレンジ」で、中京大学(知的センシング研究室)は三菱電機株式会社(先端技術総合研究所)等との合同チーム(チーム名:MC²)で出場し、「Stow task」 (商品を棚に収納する動作)部門で世界3位、日本勢ではトップとなりました。中京大学から参加したのは工学部機械システム工学科・橋本研究室の学生・院生の20人。橋本先生に、好成績の要因と、Al、ロボット時代に向けた高度エンジニアの養成について、産学連携教育などをキーワードにお聞きしました。

橋本学先生の顔写真

橋本 学 先生

中京大学工学部 学部長

~Profile~

大阪府立住吉高等学校出身。1985年大阪大学工学部溶接工学科卒。1987年大阪大学大学院工学研究科修了。同年三菱電機(株)入社 生産技術研究所 先端技術総合研究所に勤務。2008年中京大学情報理工学部教授。2013年中京大学工学部教授、2017年中京大学工学部学部長。専門は画像情報処理、知能ロボティクス。

アマゾン・ロボティクス・チャレンジに参加する意義

今年の第3回アマゾン・ロボティクス・チャレンジには、世界各地から約30チームが応募し、その中から予選を勝ち抜いた16チームが名古屋に集まり、それぞれが考案したユニークな人工知能ロボットで、「Pick task」 (商品を棚から取り出して箱に入れる動作)と、「Stow task」を競いました。海外からは、マサチューセッツ工科大、プリンストン大、カーネギーメロン大、ボン大学などが、日本からは、東京大、奈良先端科学技術大学院大、鳥取大学が参加しました。

私たちのチームのこれまでの成績は、第1回アメリカ大会が「Pick task」 部門で6位(この時は「Stow task」部門がなく、大会名もアマゾン・ピッキング・チャレンジ)。ドイツのライプツィヒで行われた第2回では、「Pick task」 部門で8位(この時から「Stow task」部門も開設)でした。

この大会には、研究上、教育上の2つの点で大きな効果があると考えています。まず研究面では、参加学生たちが、人工知能とロボットの世界レベルの最先端技術を開発することです。この大会で上位に食み込むためには、深層学習を用いた物体識別や、3次元物体認識など、その時点で最高レベルの高度な人工知能技術を開発していく必要があります。その結果、それらの技術は研究論文にまとめられて国内外の学会などで発表できるレベルになります。また教育面では、この大会が、学生たちのモチベーションアップと視野を広げることに大きく寄与していることです。本研究室からも、応援団も含めると30人以上の学生がこのイベントに出場し、同じ目標をもって挑戦している世界中の学生たちと交流しました。これは世界視野をもつエンジニアを目指す学生たちにとっては、たいへん大きな財産となります。

次世代エンジニアに求められる力

次世代エンジニアに求められる力は4つです。その中で最も大切なのは、我が国が強みとするものづくりに関する「技術力」です。特に強調したいのは、ハードウエアもソフトで作り、創薬にもAIやロボットが係わる今、その価値を最大限に活かすための高度な情報技術やシステム技術を駆使する力が重要であるということです。また、システムが複雑化・巨大化してくると、チームを超えて、場合によっては他社と横の連携を図らなければならないことから、核となる要素技術に加えて、「グランドデザイン力」システム全体を設計する力が必須となります。

二つ目は「即戦力」。ただしこれは、アプリを使いこなすなどの「すぐに使える技術」という狭い意味ではなく、世界や社会の情勢がどのように変化しても「自分なら必ず問題解決できる」という強い自信の根拠、源泉となる力のことです。具体的には、基礎数学、物理、化学などの基礎的な力や、論理力や問題分析力、文章読解・構成力のようなすべての分野・領域に共通する基礎スキル、さらには粘り強さや集中力のような資質です。

三つ目は芯(心の内部)に世界視野を持ち、何事もグローバルに考えることができる能力です。すべての産業において、大手企業に限らず、グローバル経営が不可欠になっている今、英語が話せるというスキル以上に、何を考えるにしても、常に世界を見据えて考えるという自然な価値観を養うことが大事です。

四つ目は、挑戦そのものを恐れないこと。挑戦しなければ失敗はしませんが、成功もしません。どちらの経験もなければエンジニアとしての成長は望めません。産業界が求めるのは、失敗しない人材ではなく、挑戦する人材。「挑戦しないこと」は、失敗しないという安心感と引き替えに、成長の好機を自ら放棄しているということに気づかなければなりません。

工学部および機械システム工学科・橋本研究室の人材育成方針と取組み

中京大学工学部は「ものづくり学術交流拠点」と位置付ける名古屋キャンパスと、「IT産学連携拠点」と位置付ける豊田キャンパスに学科(機械システム工学科、電気電子工学科、情報工学科、メディア工学科)を展開。Wコア連携と呼ぶ独自の仕組みで、即戦力、適応力、基礎力の養成を通じて、「次世代に活躍できる工学人材」の育成を目指しています。

カリキュラムの特徴を一言でいうと、体験重視の実習系科目と、分野を問わず応用可能な理論を学ぶ座学とが協調する初年次教育、さらに早めの研究室所属(2年後期から3年にかけて)による「日々の研究活動を通じた教育」にあります。また中京大学は11の学部を有する総合大学です。このスケールメリットや充実した施設を使って、他学部の学生と連携して研究を行ったり、日常的に交流することで、幅広い視野を養うこともできます。

こうした恵まれた環境をベースに、本研究室では、企業から高く評価される人材を育成するために、3つの独自の仕組みを設けています。

一つ目は「物事に挑戦する機運を作り上げるための仕組み」。研究室内独自のコンテストや、他大学との共同研究、学外コンテストなどに挑戦し、他者から評価を受ける機会をたくさん設定しています。学生たちは、挑戦すればよい結果を生むこともそうでないこともある、成功にも失敗にも明確な理由がある、負けたときでもがんばれば次に勝てることがあるということを学び、徐々に挑戦を恐れなくなります。

二つ目は「過去、現在、未来のつながり」を感じさせるための仕組み」です。本研究室では、配属が決まった時点から多くの自主課題を課します。個々の学生に合った適切な難度の、「がんばれば解ける」レベルの課題を設定し、振り返りの機会を増やすことで、学生自身が自分の成長を確認する機会を多く与えます。これにより、学生たちはまず「過去の行動と現在の自分」がつながっていることを意識し始め、「努力力」(努力する力)の大切さを知ることになります。それらはやがて、「現在のがんばりが未来の自分を作っていくに違いない」「なりたい自分になるためには奇跡に期待してはいけない」などの確信に変わっていくのです。

三つ目は、「社会との接点を持つための仕組み」です。今回のような大会や卒業研究以外にも、学生のほぼ全員が、工学部が支援する学生主体のプロジェクト、国内外の学会発表、企業や公的機関と行う研究プロジェクトなどにも積極的に参加しています。企業を経験した者からすると、学生を大学という小さな世界の中だけで育てるのはとても難しい。そこで自分たちと異なる価値観を持つ企業人に触れたり、他大学の同年代の学生たちの存在を実感したりすることで、大学や研究室は実は広い世界の中のほんの一部に過ぎないことを自覚してもらうことが必要です。自分を常に広い視野でポジショニングする、このことは、グローバル時代のエンジニアに欠かせないことなのです。

高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう

高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう

京都大学 元総長 松本 紘先生

1942年生まれ。奈良県出身。

松本 紘先生

Profile

65年京都大学工学部電子工学科卒業。67年同大学院工学研究科(電子工学専攻)修士課程修了後、京都大学工学部助教授、NASAエームズ研究所客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、京都大学宙空電波科学研究センター長、同大学生存圏研究所長、理事・副学長などを経て、2008年10月より総長。
学外では、国際電波科学連合会長、地球電磁気・地球惑星圏学会会長などを歴任。 2007年秋の褒章にて紫綬褒章受章。
専門分野は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波工学、宇宙エネルギー伝送など。

ノーベル賞7人、フィールズ賞2人、ガウス賞1人、これは京都大学出身、または長年京都大学で教えていた人で、理学、数学の世界的な賞を受賞した人の数です。京都大学はまた、近年にはiPS細胞を創成し、その研究拠点としても世界をリードしています。さらに理系だけでなく、人文・社会科学においても、戦前戦後を通じて多くの碩学を輩出。古都京都にあって、首都東京にある大学とは異なる、独自の学風を育んできました。

昨年10月、第25代総長になられた松本紘先生に大学で学ぶべきことと、そのために高校時代にしてきてほしいことについてお聞きしました。

京大が求める人材は 少しぐらいの三振をしても大きなホームランを打てる人

大学と一口にいっても、現在日本には様々な大学があります。 一方、近年は大学の世界でも世界標準が意識され、すべての大学が学士力の基準を明確にし、4年間の学部課程の教育の質を保証しなければならないと声高に叫ばれるようになりました。 このことに異論はありませんが、われわれのように研究を重視する大学では、研究の質を高めることも大切です。 とくに学部の専門課程から大学院までを考えれば、研究と教育は不可分です。 教育の成果を上げるためにも優れた研究が行われなければならないのです。

またそれぞれの大学の伝統や学風、置かれたポジショニングも大切にしなければなりません。 京都大学では、文化の集積地である京都という世界的にも恵まれた好立地を活かして、首都圏の大学ではできないようなロングスパンの研究を大切にし、日々の短期的な成果に捉われないものの見方をじっくり育てるのも大きな使命の一つだと考えています。 誤解を恐れずにいえば、少しぐらい三振してもいい、そのかわり大きなホームランの打てる人材を輩出することも、京都大学の使命だと考えています。

大学とは勉強に対する価値観を一度白紙に戻して構築しなおす場

大学とは、学生にとってまず自分を磨く場であってほしいと思います。 決して将来のキャリア・アップのためだけの通過点ではありません。

大学は、これまでみなさんが経験してきた世界とはずいぶん違うと思います。とくに京都大学は、まずカリキュラムや教員の多様さからいっても高校までの比ではありません。また先輩や友人の中にはこれまで出会ったことのないような個性の持ち主もいて、時には自分がとても小さく見えることもあるでしょう。目指すべき方向性は共通しているが、中身やキャラクターは一人ひとり違う、それが大学のいい点であり、そんな仲間や先輩、教員と日頃接することで自分を大いに磨いてほしいと思います。

勉強以外のスポーツや芸術に伸び伸びと自由に取り組めることも大学の魅力です。 今はやりたいことを受験のために抑えている人も多いと思いますが、大学ではその重石もありません。 次の就職というゴールはありますが、大学受験に比べるともう少し多様で、その幅も広いと思います。

反対に、自分の将来設計は自分で立てなければならないことを改めて認識する必要も出てきます。 また、学び方も変えなければいけません。ゴールを目指しひたすら一本のレールの上を走るには、決まった手順や記憶に基づいて確実に正解を生み出せればいいかもしれません。しかし、大学で自分が没頭できる面白いテーマを発見するには、入学後、一刻も早く、それまでの勉強に対する価値観、フレームワークを変えなければなりません。私はこれをunlearning (それまで蓄えてきた知識や考え方、物の見方を白紙に戻す作業)と言っていますが、これまでの勉強に対する価値観やフレームワークをすべて否定しろというのではありません。自分が絶対と思ってきた物事にももっと多様性があることを知ってほしいということです。もしこのプロセスを経ないで、大学でもそれまでに自分で積み上げてきたものだけで勝負しようとすると、学ぶ成果は自ずと限定されてしまいます。

そもそも最先端の学問の成果というのも、刻一刻と変わっていきます。そこで重要なのは、全ての学問領域において正解は変わりうると、フレキシブルな考えを持つことです。大学とは、これまで正解と思われていたことが次々と塗り替えられていく場、新しい知が生成される最前線なのです。大学では教育と研究とは一体だというのも、ここに根拠があります。そして次の時代の新しい知を生み出すのは、もしかしたらみなさんなのかもしれないのです。

大学では裾野を広げて

大学では、入学までに抱いていた将来に対する漠然とした目標を、いよいよ明確にしていかなければなりません。 しかし、そのためにどうすればいいのかわからない、という学生も少なくありません。確かに、授業を受けるだけではなかなか形にならないのも事実です。 社会が求める人材と、大学の養成する人材との間にギャップがあるという指摘が、主に産業界を中心に上がってくるのはそのためです。それが、企業や産業界向きの人材を養成してほしいというメッセージではなく、様々なシチュエーションに対して柔軟に耐えうる人材を養成してほしい、適応力を身につけさせよ、ということならば、私は大賛成です。あわせて、これもよく言われますが、社会の一員として生きていくのに必要な発言力、発信力、対話力、いわゆるコミュニケーション能力を身につけることも、もちろん大切です。

戦略、戦術を立て、実行できるようになることも大切です。まず意思を持つこと、心を磨き、志を立てることです。どんな人生を送るのか、どのように社会に貢献するのか。目標を定めたら、次はそれに向かって全力で進むことです。何かに熱中する、何かをやり遂げようとすることで勢い、気迫が生まれます。すると初めて、知力だけでなくそれに耐えうる体力が必要なこともわかってきます。志、そして気迫、次に知力、その基盤となる体力を身につけてください。

いずれにしろ大学では、あらゆることにチャレンジしてみることです。高い山を築こうと思ったら、その分、裾野も広げておかなければならないでしょう。回り道だと思えることが一番の近道ということもよくあります。このことはみなさんわかっているとは思いますが、私の見る限り、やはりある程度意識的にする必要があります。たとえば自然科学系に進むにしても、人文、社会系の知識や、コミュニケーション能力を身につけることが大事なことはある程度わかっていると思います。しかし限られた時間の中で一見回り道に思えることをどうこなしていくのか。やはりこれは意識的にやらないとなかなかできないものです。

裾野を広げておかなければならないのは、何も学問の世界だけではありません。社会へ出れば、専門家同士の会話だけでは済まされないことがたくさんあります。自分の主張を誰もがわかる言葉で論理的に組み立て、様々な人を説得しなければならない。その力を決めるのは、自分が持っている知識や基礎的な能力、人間としての裾野の広さなのです。大学は全人教育の場だ、と一口にいうのは簡単ですが、実際は、回りを厭わず、様々なことに興味を持って基礎力を広げる努力をその前提にしているということを知ってほしいと思います。高校時代にはまず知識の集積をはかれ

高校時代に身につけてほしいことは、ここから自ずと見えてきます。 それは極めて単純、受験科目だけでなく、他のすべての科目や活動もおろそかにせず、真剣に取り組むことです。 頭だけでなく、体力も鍛える。体力には持続力と瞬発力がありますが、両方つけられればいうことなし、片方だけでも構いません。そういう私は、瞬発力は抜群で、持続力はありません。両方あればもっといい仕事ができたに違いありません。

そもそも、社会であれ、大学や高校であれ、必要とされる基礎力の基になるものは、記憶、知識の集積だと私は思っています。

よく数学や物理には、記憶よりも論理的な思考や独創性が必要だといわれますが、新しいことを創造しようにも、まず知識の集積がないと前へ進めません。最新の脳科学では、頭頂葉に注目が集まっています。ここが、優しさや人間らしさ、論理力、言葉でひとつひとつの事柄や物を結びつける能力、判断力 (スイッチ機構)などを担っているのではないかというのです。しかし、そこを鍛えようと思えば、神経回路でつながれている各部分を鍛えるしかないことは誰の目にも明らかです。ネットワークの先に様々な情報が集積されていなければ何も判断できないからです。たしかに記憶はすべてではありませんが、判断したり、論理的に考えたりする際には、それらを総動員する必要があるのです。

だから暗記することも大事です。円周率を百桁、千桁と暗記すること自体、あまり意味はないかもしれませんが、記憶のための神経回路を鍛えるという意味ではとても大事です。若いうちに鍛えておけば、記憶していることだけでも有利ですが、その回路が発達することで、他のことについても記憶したり理解しやすくなるというメリットがあります。知識を獲得しよう、暗記しようと必死になって努力すればするほど、そのプロセスは残るものですし、そういう訓練は若いときが向いているのです。

理系に進むにしろ、文系に進むにしろ、消去法で自ら選択肢を狭めていくのはとてももったいないことです。高校時代にはあらゆる教科を積極的に学び、様々な活動を経験して、自らの可能性を広げておいてほしいと思います。

誇り高い人を目指せ

最後に一つ、本学を目指すみなさんに、ぜひ目標にしてほしい人物像を紹介します。それは誇り高い人です。そのためには、私のよく言う〈自恃〉の精神が必要です。人に頼らず自らを頼って自分を鍛えるのです。

ただこれは口でいうほど簡単ではありません。自分に自信がないと自分に頼れないからです。こういう私も若い頃には自信など少しもありませんでした。しかし、それが普通の若者の姿だと思います。そのような若者に自信を持っていいと励ますのがわれわれの役目、言い換えれば大学の大きな使命なのです。

読み書きのリテラシーについて

高校生から大学生にかけての基礎的なリテラシー形成について少し触れておきましょう。

最近の学生を見ていると、情報化社会の進展で、確かにコンピュータリテラシーは行き届いているようです。反面、弊害も出ている。本を読まず、いろいろな人の話を直接聞くこともなく、インターネット上の情報をすべてだと思っている学生が少なくないことです。そんな彼らに日頃言っているのは、原典に戻れ、何でも鵜呑みにせずに自分の目で確かめよということです。そのためにも読書は極めて大事です。それも、できるだけ違った考え方に触れるために、たくさん早く読む習慣をつけることです。

そのための一つの方法として、私はよく、(本を見る)と言っていますが、キーワードを拾って著者の言いたいことを組み立ててみるのです。この読み方なら1冊15分から30分で読めますから、1日で数冊は読めます。そして自分の興味を惹く箇所は、あとで精読すればいいと思います。 この場合は論理を自分で組み立てなくても、著者の言っていることをそのまま受け止めればいいわけです。 速読と熟読という二つの読み方にはそれぞれ長所がありますが、若い時は前者をやらないとなかなか問題意識が起きてきませんし、それが収斂もしてこない。反対に、それはやればやるほど論理的思考が鍛えられると思います。

言語能力は対話するのに極めて大きな要素を占めます。どれだけの語彙を身につけているのか、何種類の言葉を読めて話せるか。言葉でも、言葉遣いでも、TPOによってどれだけ使い分けられるか、などが問われます。

グローバル化時代ですから、複数の言葉を身につけておくに越したことはありませんが、まずは日本語の力をしっかりとしたものにすることです。一般的な国語的能力に加えて、古典を読む力。漢字の力も含めてです。そして、現在は英語全盛ですが、国際語を必ず一つはマスターしなければなりません。大学生になれば、さらにそれ以外に最低一つは必要です。 その際、外国語で自分の興味のある分野について書かれたものを読むと非常にいい勉強になると思います。また、正しく発音する訓練も大事です。世間で一般的にいわれていることの逆かもしれませんが、自分がうまく話せないことはやはり聞けないからです。その証拠に、声に出さない語学の勉強というのは聞いたことがありません。〈眼耳鼻舌身意〉※といって、人間の認知能力を司るセンサーを順番にいった言葉がありますが、語学の習得ではとくに眼と耳が大事です。眼で見たものを、繰り返し声に出して耳に響かせ記憶の定着を図る。記憶が大事なのはあらためて言うまでもありません。

※”般若心経”の一節。眼耳鼻舌身意は感覚器官のことで六根と呼ばれる。意は事物を思量すること。心。

エピソードJ

※Jはフランス語で青春を表すjeunesseの頭文字。お話をお聞きする先生方に、読者の皆さんの時代を振り返っていただいています。

「語学にしろ、他の教科の勉強にしろ、「強固な基礎学力を形成するには自分の五感をフル活動させること」と、繰り返し記憶や感覚の大切さを説かれる松本先生。 原点にあるのは小さい時からの特技、教科書の丸暗記。 ただし普通の丸暗記ではない。 「落書きがどこにあるかまで見えているのだ。 もちろんすぐに忘れるけれど、繰り返している間にかなり長持ちした」と松本先生。 大学ではそれで仲間に嫌がられたこともあったという。

先生が京大で選んだのは開設間もなく全国の俊英が集まる、工学部電子工学科。「きっといい会社に就職できるから」だ。子どものころ、手書きで参考書を用意してくれた母親や、教育に理解のある地域の人たちに、早く一人前になった姿を見せたいということもあった。

そんな松本先生の運命を変えたのが、学部から大学院時代にかけて、たまたま隣の研究室に来られていた恩師、大林辰蔵先生。宇宙物理学が専門で、国産ロケットの打ち上げから日本の宇宙開発に大きな足跡を残した。普通の研究者にはない広い視野とものの見方に惹かれて、松本先生の目標は企業人から研究者へ、興味は、電子から遥かかなたの宇宙へと向う。

「覚えることが苦にならないのは何につけ有利だと思う。 試験に何が出ても、全部覚えていたら対応できる。これは今、5択に慣れた人にはとくに必要かもしれない。もちろん忘れてもいい、忘れないと覚えられないからだ。でもプロセスは残る」。これが、これまで数々の独創的研究を行ってこられた松本先生の一つの原点かもしれない。

杜の都の西北から 第10回 – 学習指導要領と清掃活動

杜の都の西北から 第10回

「掃除」してますか?

学習指導要領と清掃活動

(学)東北文化学園大学評議員、大学事務局長、弊誌編集委員
小松 悌厚さん

1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省。99年在英国日本大使館一等書記官、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局長等を経て22年退官。この間、京都大学理事・事務局長、東京学芸大学参事、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育振興機構理事等を歴任。現在は(学)東北文化学園大学評議員、同大学事務局長。神奈川県立相模原高等学校出身。

我が国の小中高等学校等では、児童生徒が日常的に教室等の清掃をする。子供の頃に掃き掃除や雑巾がけを分担して輪番制による清掃活動をした記憶があるだろう。これらの清掃活動は、単なる習慣ではなく正規の教育課程の一部として実施されている。学習指導要領の改訂に向けた検討がはじまったこのタイミングに清掃活動について考えてみた。

教育課程において、清掃活動は主として「特別活動」に位置づけられる。※1 特別活動には、学級活動、児童・生徒会活動、学校行事、小学校のクラブ活動などが含まれる。その中でも清掃活動は学級活動の一環として扱われることが多い。学級活動には、清掃のほか、日直業務、朝の会・帰りの会、集会活動、飼育・栽培などの当番活動が含まれ、これらの活動の目的は、児童生徒が望ましい人間関係を形成し、集団の一員として主体的に関わることで、自立し、協働しながら様々な課題に取り組む態度を育むことにある。日本の学校教育は、知育のみならず「知・徳・体」の調和の取れた全人的な発達を重視しているが、その特質を特別活動が象徴していると言える。

清掃活動が教育課程の一部であることは明らかだが、その基準である学習指導要領の位置づけは必ずしも明確ではない。現行の小学校学習指導要領では、学級活動の項目に当番活動の一例として簡単に言及されるのみであり、そのように位置づけられたのは平成20年以降でそれ以前はなかった。また、中高等学校の学習指導要領には清掃活動に関する記載はみられない。にもかかわらず、学校では当たり前のように日々清掃活動が行われている。特別活動関係の指導資料など、現場に近い資料では清掃活動が題材として取り上げられるのは定番になっている。このことから、清掃活動は制度としての学習指導要領よりも前に学校現場に定着していたと考えられる。

その可能性については、明治期以来の学校保健関連の法令から示唆を得ることができる。明治期には、学校衛生顧問会議の検討を得て学校医、学校歯科医、身体検査、学校伝染病予防等の法令等が個別に定められてきた。これらの法令等は内容を精選し纏められ、昭和33年に制定された学校保健法の体系に組み込まれた。その中にあったのが、「学校清潔方法」(昭和23年の文部省訓令第2号)。この訓令が学校の清掃の意義や清掃方法を定めたものであった。※2

学校清潔方法は冒頭で、学校環境の清潔維持が児童生徒の健康と学習能率の向上に寄与するとともに、「学校における清掃の指導訓練は、衛生教育の一環として系統的に実施させ、その実践は、学校だけにとどまらず生徒児童の家庭にも及ぼし更に社会公衆の衛生思想並びに美的観念の高揚にまで及ぶ」ことをも期待するとしていた。その上で、日常・定期・臨時の清掃手順等が具体的かつ詳細に規定されていた。学校清潔方法は、明治30年の文部省訓令第1号により導入され、学校保健法制定までの約半世紀にわたり学校教育に影響を与えてきた。

その発展の過程には、衛生に重きをおく医学専門家と、教育的道徳的価値を重視する教育専門家による協議や調整も行われていたと考えられる。前者の視点は学校環境衛生の発展に寄与し、後者の視点は特別活動の内実としての位置づけにつながり、さらに、海外からも関心が示される日本の学校教育の特色確立に寄与してきたのではないか。

その代表例がエジプト・アラブ共和国における取り組みである。平成27年の首脳間の相互訪問を契機に策定されたEJEP(エジプト・日本パートナーシップ)の枠組みの下、同国に日本型教育の要素を取り入れた教育が導入された。現地ではTOKKATSU(特活)と呼ばれており、JICA(国際協力機構)を通じた国際協力により、エジプト各地にEJS(エジプト日本学校)というモデル校が設置され、これを一般の小中学校へ展開する試みが進んでいる。令和7年現在、EJSは全国で55校に拡大している。TOKKATSUでは、日本の学校の朝礼、日直、清掃、学級会などの活動が導入されたが、とりわけ清掃活動については、当初、保護者の理解を得るまでに一定のプロセスを要したという。※3

特別活動に象徴される教育の特徴は、他国からも関心を寄せられており、これに応える形で平成28年には日本型教育の海外展開事業(EDU-Portニッポン)が始動し、その後も調査研究事業が展開されている。

学校清掃を例に概観してきたが、日本の学校で日常的に行われている活動の中には、明治以前から戦前にかけて発展してきた教育活動や、戦後の教育改革期に導入されたユニークな活動が含まれ、これらが特別活動に象徴される日本の学校教育の特色を形成している。時代の要請に応じて教育の見直しが進められる中で、関係者には、次世代に残すべき教育活動を的確に選定することが求められている。

1 例えば、田中耕治他『国立教育政策研究所紀要』第147集、教育課程研究センター、2018年には学校活動の変遷が整理されている。このように清掃活動を取り上げる事例は珍しい。

2 日常の清掃を例にとると、「教職員生徒等は、毎日始業前に、(中略)まず水をまいて少し床を湿し、静かに掃き出すか、湿ったおがくず、茶がら、もみがらを、床の上にまきちらしてこれを掃き出すか、(中略)湿った布でふきとる。」「黒板は清潔に保ち、ぬぐい、又はその掃除をする際には、チョーク粉が飛散しないよう注意し、又黒板ふきの粉は戸外で払う」など12項目にわたり、方法を規定している(本文は国立教育政策研究所のWEBサイトから抜粋して引用した)。

3 濱田博文「エジプトでのTOKKATSUの現状と可能性」『日本特別活動学会紀要』第26巻、2018年、3頁には、清掃に対する当社保護者からの抵抗があったが、実践を重ねるうちに好意的に捉えてもらえるようになったことが記述されている。

「Fランク」大学の登場から25年

大学ランキングからはわからない大学の実力 第10回

「Fランク」大学の登場から25年

むき出しのホンネが行き交う大学情報

教育ジャーナリスト 小林 哲夫さん

1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。著書に『「大学ランキング」のウソ』(宝島社新書)、『日本の「学歴」』(ちくま新書)、『早慶MARCH』(朝日新書)、『「Fランク」大学の真実』(中公新書ラクレ)。近著に『にっぽんの大学』(朝日新聞出版、橘木俊詔氏との共著)。

ネットメディア、週刊誌の大学記事にはタイトルを見るだけで滅入ってしまうことがある。その最たるものは「Fランク大学」だ。

『「Fラン大学は人生積んでる」は本当か 学歴を超えた「学ぶ意味」を考える』(ダイヤモンドオンライン2025年6月2日)

『いわゆる「Fラン大学」でも行かないよりは行ったほうがいい・・・「生涯賃金の推計」でわかる“大卒の決定的違い”』 (プレジデントオンライン2024年7月26日)

『日本に「Fラン大学」は必要なのか・・・10年後の「大学全入時代」を前に考えるべきこと』
『「教育機関」のベールを脱ぎ捨てた私大』(「週刊現代」2024年10月19日号)

『「なんでアホを押しつけるんだ。ちゃんと人事部門で面倒を見ろよ!」“Fランク大学出身者=役立たず”とレッテルを貼る経営者の“的”外れ』(文春オンライン2022年10月11日)

『奨学金が支える「Fランク大学」の葛藤と不安 1300万円のハンデを負って通う価値はあるか』(東洋経済オンライン 2016年4月26日)

これらの記事は「Fランク」大学を徒に貶めているわけではない。まじめな問題提起型もある。だが、定員割れ、難易度が下位、学生の低学力、中学や高校の補習教育実施などといった、大学のありようの描き方には通底するものがある。そこには「Fランク」大学がネガティブな方向に独り歩きしてしまいかねない芽が潜んでいるため、大学にすれば、「Fランク」というレッテルを貼られることは避けたいところだ。

そもそも「Fランク」大学はいつ、だれが作ったのだろうか。

きっかけは2000年に週刊誌で報じられた記事だ。こんなタイトル、リードの記事が出ている。

「受ければ受かる「Fランク」私大 194校 全実名 河合塾が格付けしたら、全国4割の大学が該当」(『週刊朝日』2000年6月23日号)

2000年、河合塾が入試資料としての難易度表に「Fランク」を付けたのが始まりだった。同誌によれば、Fはフリーパスの頭文字からとったとされる。Fの認定基準は、①実質倍率が2倍以下、②すべての偏差値帯で合格率が65%以上、③合格者の下限偏差値が35以下、の3つがすべて揃っていることである。 同誌にFランクと名指しされた学長のコメントが掲載されている。

「本学は少人数教育を伝統としており、入学後の教育により、有為な人材として社会に送り出す努力をしているのでそうした点を総合的に見てほしい」

「偏差値に頼る教育の弊害は明らかであり、本学はそれよりも品性や感性の豊かな学生を求めている。学力だけでなく、本学にふさわしい人間性により選抜している。良家の子女とはそんな女子なのである。二学科がFランクなのは、本学の本質にかかわりがない。一教育産業の偏差値が話題になることに首をかしげる」(「週刊朝日」2000年6月23日号)。

この記事はさらに別のメディアが伝えてこうして「Fランク」大学の登場から四半世紀経ったわけだ。

「Fランク」が登場するまで、これに相当する大学はどのように呼ばれていたか。「三流大学」「底辺大学」などが思い浮かぶ。もっとも、こうした言い方は公の場では憚られ、メディアで見出しになることはほとんどなかった。「三流」視するのは蔑みと受け止められ、さすがにまずいという抑制が働いたのである。上から目線で差別的と批判されるのを恐れ、特定の大学を見下すようなホンネは慎むべきという思いからだ。

しかし、「Fランク」は大学を語る上で業界用語になりつつあり、こうした抑制、恐れ、慎みを取っ払ってしまった。そしてSNSの普及で誰もが発信できるようになってからは、より一層、顕著になっている。受験、学歴をネタに語るユーチューバーたちが、無邪気に「Fランク大学」と喧伝する。彼らは受験生たちの偉大なるインフルエンサーとなりうるので、「Fランク」と呼ばれた大学にすれば、辱められたと受け止めてしまう。だが、「Fランク」はその定義があいまいであり、そして、あまりにも無機質な言葉ゆえ、「大学を傷つけられた」「学生募集に影響を及ぼした」などと反論したり、名誉毀損で提訴したりするのはきわめて困難だ。泣き寝入りするしかない。

これでいいのだろうか。

「Fランク」から派生されたむき出しのホンネによって、大学の現状とかけ離れた情報が伝わってしまっている。そのなかには、「幼稚園児」「小学生」、そして「バカ」「アホ」「マヌケ」から、見るに堪えないヘイト的なフレーズまでもある。

さまざまな学部や学科を作って工夫したが、学生募集で苦労している大学教職員がいる。第1、第2志望に受からず、不本意ながら難易度が下位の大学に入学した学生がいる。それでも大学は機能しており、教職員は学生をしっかり教育、指導し、学生はまじめに学んでいる。彼らに対して「Fランク」というレッテルを貼るのは「三流」「底辺」と見下すことと同じだ。そこで学ぶ学生を差別と偏見にさらしてしまい、たいそう傷つけている。それを避けるためにも大学受験用語から「Fランク」はなくしてほしい。塾や予備校、高校、大学、メディアは、どうか「Fランク」を使わないようにしてほしい。

どうか愛情をもって大学を見てください。

16歳からの大学論

16歳からの大学論 (第45回)

ETV特集「ねちねちと、問う」の舞台裏とその意義

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
宮野 公樹先生

1973年石川県生まれ。専門は、学問論、大学論。京大総長学事補佐、文部科学省学術調査官の業務経験も。近著「問いの立て方」(ちくま新書)。2025年5月、NHKによる7ヶ月間の密着取材が番組に(ETV特集「ねちねちと、問うーある学者の果てなき対話ー」)

実は、去年の9月から約7ヶ月、NHKの密着取材を受けてまして、この度、EテレのETV特集「ねちねちと、問う―ある学者の果てなき対話―」(初回放送:2025年5月17日)として放送されました。

この番組は、「学問とは何か」「本当に大切にしたいものは何か」を問い直すもので、成果主義や効率性に傾きがちな現代社会において、企業人や研究者に本質的な問いを投げかけ、思考停止を避け「自分のものさし」を取り戻すことの重要性を伝えたものです。ナレーションは又吉直樹さんが担当。京都大学ELP (エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム)での私の講義、受講生との対話、さらには「全国キャラバン3QUESTIONS」での議論を通じて、「ねちねちと問い続ける」姿勢を浮き彫りにしました。放送後、視聴者から「深い問いが心に響いた」「自分の価値観を見直すきっかけになった」などの声をいただき、大変励みになりました。以下、本誌読者の皆様に向けて、番組制作の裏側を率直にお話しします。

今回の撮影を通じて得た学びは非常に多く、本当に貴重な経験でした。撮影は合計で150時間に及び、膨大な素材から60分の番組を紡ぎ出すプロセスは、想像を絶するものだと思われます(編集は、ディレクターと編集者がやるので私ではないですが一笑)。「密着」と聞くと、24時間カメラが回っているイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。私のスケジュールをすべてディレクターが把握し、「この場面とここを撮影します」と、選ばれたイベントや場面に撮影クルーが入る形です。撮影チームは、ディレクター、カメラマン、音声担当の3名で構成。撮影の前半は、番組の方向性はまだ定まっておらず、日常の講義、対話、移動中の何気ない瞬間まで、ありとあらゆる場面を収録します。次第に「このテーマで進めよう」という指針が固まり始めると、その後は意図を持って撮影するシーンを選ぶという流れになります。しかし、150時間もの素材を60分に凝縮するため、使われないシーンはどうしても多くなります。特に、Voicyパーソナリティはるさんとの対談や、その後の交流会がカットされたのは残念でした。育児に関する話題など、大切なテーマになる?と思っていたのですが、いろいろな問題で使用できなかったようです。とても残念ですがこればかりは仕方ありません。

この番組制作を通じて強く感じたのは、ETV特集のアプローチのスタイルは「情熱大陸」や「プロフェッショナル仕事の流儀」とは大きく異なるということです。「情熱大陸」などは、まず番組の「枠」があり、そこに合う人物を探します。私の周囲にも「情熱大陸に出演した」という方は多いですが、番組側が常に被写体を探しているからこそ、声がかかりやすいのでしょう。

一方、今回の番組づくりは「問い」から始まります。ディレクターの「この人物(宮野)を通じて、こんなテーマを伝えたい!」という明確な意図が先にあり、それを実現するために全くゼロから丁寧に作り上げるのです。そのため、番組の作り込みが非常に深いのだと感じました。たとえばインタビューの時間。10時間を優に超えていたと思いますが、ディレクターは真剣に考え抜いた鋭い問いを投げかけてきます。「宮野さんも、当時は効率や成果を追求しすぎていたってことですか?」「今、振り返ってどうですか?」など、核心をつく質問に、私も全力で応える。時には議論が白熱し、深い対話が何時間も生まれました。しかし、その長時間の対話から番組で使われるのはわずか数分!まるで氷山の一角だけを番組で見せるような、なんとも贅沢な感覚を持ちました(笑)。

放送後、SNSでは「宮野さんの問いが心に刺さった」「対話に引き込まれた」との声が多く寄せられ、大きな励みになりました。撮影の裏話はまだまだたくさんありますが、今回はここまで。

番組終了後、多くの学びはVoicyにて放送しておりますので、よければぜひVoicyで検索し、宮野公樹をフォローください。また、番組NHKオンデマンドを契約しておられる方はいつでも見れます。それと、再放送があるかもしれないという情報もあります。

火星の気象災害 – 機械学習で砂嵐(ダストストーム)発生の仕組みにせまる

月とともに、大国間の宇宙開発競争が激しさを増す火星。先ごろ米大統領に就任したトランプ氏は、就任演説で有人火星探査への強い意欲を表明し、火星に星条旗を掲げることを「明白な天命(Manifest Destiny)」と宣言した。その火星での有人探査を妨げると危惧されているのが、特有のダイナミックな気象現象、巨大な砂嵐《ダストストーム》だ。いち早く機械学習を使ってその現象の解明と、発生予測の研究に挑戦してきたのが、理学部の小郷原一智准教授。先生にこれまでの研究の変遷と転機、そして今後の展望を聞いた。

小郷原 一智先生

~Profile~

京都産業大学理学部准教授
京都大学大学院理学研究科地球惑星専攻博士後期課程修了。博士(理学)。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)招聘研究員。滋賀県立大学工学部助教を経て2020年4月現職。専門は惑星気象学(特に火星)。
JAXA火星衛星探査計画 Martian Moons eXploration (MMX)メンバー。
岡山県立岡山城東高等学校出身。

シミュレーションによるダストストームの研究に汗をかいた大学院時代

高校時代から地学が好きで物理学者に憧れていた小郷原先生。専門は「惑星気象学」で、火星の研究を始めたのは学部4回生の頃。当時、火星は研究者が少なく、研究課題も多数残されていた。中でも砂嵐(ダストストーム)は、小さなものでも関東平野ほど、大きなものでは火星全体を覆うほどの規模で、そのメカニズムや発生時期の解明が大きな課題となっていた。

そのダイナミックさに惹かれて研究テーマに選んだ先生だったが、観測手段が限られる中、頼りとするのは理論や数値モデルを用いたシミュレーション。研究の精度をさらに高めるには、実際の観測データと照合し、つど計算モデルを修正する必要があった。

粘り強さと根気のいる研究だったが、修士課程では火星の南半球にある巨大な「Hellas 盆地」を発生源として全球に拡がるグローバル・ダストストームの研究や、博士後期課程では対象地域を広げ、ダストストームの発生しやすい地域の特定など、いくつもの成果を上げることができた。

ただ、実際の観測データが少ない中でのシミュレーションには限界があるのも確か。現在、地球の天気予報の精度が向上しているのは、広範囲に 60年以上蓄積してきた観測データのおかげ。これを火星に当てはめると、公転周期が地球の約2倍だから約 120 年もかかる! 加えて照合すべき観測の元
データも写真中心で、モデルに組み込むにはダストストームの発生メカニズムを推定しなければならなかった。

このように大学院時代の研究は順風満帆とはいかなかったが、これが次の職場での転機につながる。

転機はJAXA時代に。いち早く「機械学習」を取り入れた研究転換

博士課程を終えた小郷原先生は、ポスドク研究員として JAXA(宇宙航空研究開発機構)に勤務する。当初、大学院時代とは比べ物にならないような膨大な量のデータの存在はとても魅力的だった。しかし、すべて目視で行わなければならないことから作業は困難を極め、「一枚一枚処理するのは不可能に近い」とさえ思ったという。そこでもっと効率的にできないかと考えた時に目を付けたのが、当時まだ注目され始めたばかりの「機械学習」だった。ただ、そのためには自らのスキルアップも必要となる。

ここで小郷原先生は、思い切って職場を変える決断をする。工学系に転向し、滋賀県立大学に助教として着任、機械学習の技術を学生と一緒に学び始めたのだ。

そして9年後、観測画像からダストストームを自動検出する技術の開発に成功した。これにより観測データの効率的な分類と解析が可能となり、研究は飛躍的に進展した。特定の地域に限定はされているものの一貫した基準で季節ごとのダストストームの頻度や大きさを自動で計測できるようになったのだ。

火星研究の展望

「ダストストームは、以前は単一の現象だと漠然と考えられてきましたが、近年の観測でその発生メカニズムはそれぞれ全く異なることがわかってきました」と小郷原先生。そこから、水蒸気やダストの鉛直輸送量もダストストームごとに大きく異なるはずとの予想も成り立つ。現在は、火星周回衛星の観測画像からダストストームやダストデビル(塵旋風)※を自動検出して、形状・模様などの外見的特徴、季節や気圧との関連、それらの背後にある大気現象を特定する研究を進める。

惑星研究の全般的な意義については、「火星に限らず、他の惑星の気象を理解することは、地球の気象の深い理解にもつながる」と語ってくれた。
※ダストストームより小規模で、竜巻状に見える。

どんな授業?
理学部の1、2年生には、データサイエンスの基礎を教えています。
様々な種類のデータをコンピュータで分析するために必要な表現方法を学び、それを基礎に統計学や確率論に基づいて、データの扱い方や分析手法を理解し身に付けます。また、Pythonを使ったプログラミングを学び、既存のソフトウェアに頼るばかりでなく、与えられた問題に応じて自らプログラムを作成する力も養ってもらいます。理学部では4年次に、各自が研究テーマを設定し、卒業研究として発表してもらう「特別研究」があります。私の研究室の方針は、自分で面白いと思ったテーマがあればそれをサポートし、明確なものがない場合には具体的なアドバイスをするというものです。もちろんプログラミングの知識が必須なのは言うまでもありません。

どんな授業?

理学部の1、2年生には、データサイエンスの基礎を教えています。様々な種類のデータをコンピュータで分析するために必要な表現方法を学び、それを基礎に統計学や確率論に基づいて、データの扱い方や分析手法を理解し、身につけます。

また、Pythonを使ったプログラミングも学び、既存のソフトウェアに頼るだけでなく、与えられた問題に応じて自らプログラムを作成する力を養っています。

理学部では、4年次に各自が研究テーマを設定し、卒業研究として発表する「特別研究」があります。私の研究室では、自分で面白いと思ったテーマがあればサポートし、明確なものがない場合には具体的なアドバイスを行っています。もちろん、プログラミングの知識は必須です。

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アニメサイエンスが地球を救う――細胞農業の最前線を切り拓く

羽生 雄毅さんインテグリカルチャー株式会社 CEO 羽生 雄毅さん
~Profile~
1985年生まれ。栄光学園中学校から父親の転勤でパキスタンへ。インターナショ ナルスクールオブイスラマバードからオックスフォード大学へ。2006年同化学科卒、 2010年同博士課程修了。博士(化学)。東北大学多元物質科学研究所、東芝研 究開発センターシステムラボラトリ―勤務を経て独立。2015年インテグリカルチャー (株)創業、現在に至る。近著に『夢の細胞農業 培養肉を創る』(さくら舎)がある

インテグリカルチャー株式会社※1CEO 羽生 雄毅さんに聞く

※1 インテグリカルチャー株式会社は、シチズンサイエンスで細胞性食品の開発を進めるShojinmeat Projectを母体に、当初、それに必要な実験装置を入手するために登録したスタートアップ。ここから生まれた非営利のシンクタンク日本細胞農業協会(CAIC:Cellular Agriculture Institute of the Commons)が一般社団法人細胞農業研究機構(JACA)の発足に携わるなど、グループ全体で、日本の細胞性食品の開発、細胞農業発展を牽引する。

本気で人生を賭けるものとは?

 2017年、シンギュラリティ大学(Singularity University)のGSP(Global Solution Program)に日本から初めて選ばれた羽生雄毅さんは、主催者の「キミのMTPは?」の質問に、「アニメサイエンス」と答えて、笑いをとったという。
 MTPとはMassive Transformative Purposeの略。羽生さんは「人生をかけて何をするか」の意と心得る。
 アニメサイエンスは、ハリウッドのムービーフィジックス(映画『スタートレック』に出てくるような物理学)を意識した造語。SFアニメの描くサイエンスで、荒唐無稽かもしれないけれど楽しく、ハリウッド映画の描くものより明るいトーンであることを強調したかったと言う。
 シンギュラリティ大学は、シンギュラリティ概念※2の提唱者レイ・カーツワイル氏が、評論家のピーター・ディアマンディス氏とともに2008年に開設した私塾。様々な教育活動を行うが、その一つがGSP。今は休止しているが、世界の課題解決に突き抜けたアイデアをもって挑もうという若者を集めたコンテスト、GIC(Global Impact Challenge)を世界各地で開催し、各会場での最優秀者をシリコンバレーに招待して行う10週間の研修キャンプ。羽生さんはその日本人第一号。ソニー(株)がスポンサーとなり2017年に日本で初めて開催されたGICで6,000人の中から選ばれた。
 「現地には企業家、研究・技術者に加えて政策立案に係る若者もいた。最先端テクノロジーを、世界から選んだ異能の人に与えたら、どんな化学反応が起こるかを見るための実験だったのでは?」と羽生さん。「当時の仲間とは今でも頻繁にコンタクトを取っている。GSPが人生の転換点の一つであったことは間違いないと」振り返る。

※2 日本語では「技術的特異点」と訳される。超知能が生まれる科学史的瞬間。今の時点ではAI (人工知能)が「人間よりも賢い知能を生み出せるようになる時点」を指す。

羽生さんが認められたテーマが、「人工培養肉で世界の食糧危機を救う」

 人工培養肉とは、代替タンパク源の一種だが、動物食物由来のものと異なり、生きた動物の幹細胞(たとえば筋肉の)を、特殊な培養液に浸して増やし成長させたもので、2013年、オランダのマーストリヒト大学教授のマーク・ポスト博士が開いた試食会で注目が集まった。英語ではcell-based meat、国内では近年、培養魚肉や培養脂肪も含めて、一般的に「細胞性食品」と呼ばれる。

 動物を殺すことなく、本物と同じ成分の食肉を作る技術は、人口急増による食糧不足、とりわけ経済発展著しい途上国における食肉消費の増加、それによって懸念される《プロテインクライシス》を回避させてくれるものと期待が高まる。

 また、穀物や水の大量消費につながる牧畜の増加に歯止めをかけることで、CO2をはじめとする温暖化ガスの削減、さらに国内においては、近年、食糧安全保障の観点から懸念される食糧自給率の改善にも寄与するだろう。

 開発の成否は、培地や培養液、培養技術の他に、大量生産のためのプラント作りにかかると羽生さん。当初は200g3000万円、現在でも数百万円ともいわれる生産コストをどれだけ下げられるか。羽生さんたちが注目を集めるのは、現状でも3万円以下にまで下げることのできる独自の材料・技術と、それをベースに構築した基盤を公開することで細胞農業※3の新たなインフラという新しい産業のルール作りを目指している点だ。

※3 細胞農業(Cellular Agriculture)とは、本来は動物や植物から収穫される産物を特定の細胞を培養することにより生産する方法。細胞性食品はその製品の一つ。

大量生産のためのプラント作り

それは同人サークル活動から始まった

 羽生さんが細胞性食品の開発を思い立ったのは、2013年に参加した江東区主催の起業セミナー。そこで「何かSFっぽいことをしたいな」「たとえば人工的に肉が作れれば、将来、人類が火星に住むようになっても困らないだろう」と思ったという。そして2014年、都内の小さな溜まり場で仲間とともにShojinmeat Project(培養肉の研究開発プロジェクト)を始める。当初、培養に欠かせない血清があまりにも高額なことに悩まされたが、2016年に加わった川島一公さん(現インテグリカルチャー株式会社CTO)が、「共培養」※4という方法を使うことを提案して開発に弾みがついた。

 Shojinmeat Projectがユニークなのはものづくりのアイデアだけではない。手軽な価格で手に入りやすい材料を見つけ、高校生も自宅から実験に参加して、ニコニコ動画で発表するなど(オープンサイエンス)、企業や大学によらない、若者中心のシチズンサイエンスを展開してきた点。またカウンターカルチャー、反権威主義の下、集まった同人クリエーターによるサークル的な組織運営にある。

 一方で、海外の同業とは早くから連携、「細胞農業のある世界」の下地作りにも取り組んできた。

※4 複数の種類の細胞を同時に培養すること。

日本の細胞農業を牽引

 そんな活動が2017年から一変する。(株)リバネスのラボにて共培養のコンセプト実証に成功し、自宅で培養肉を作る高校生の姿がテレビで全国放送されると、東京女子医科大学清水達也教授よりTWIns(東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究センター)に招かれてラボを開設。2018年から2019年にかけて、清水達也教授らとの共同研究による微細藻類から作った培養液による閉鎖系空間での食肉生産が、JAXAの宇宙探査イノベーションハブが実施する研究提案プログラム(TansaXチャレンジ研究)に、「3次元組織工学による次世代食肉生産技術の創出」が、JSTの「未来社会創造事業」(現在の内閣府の「ムーンショット」目標5につながる)に採択され、産官学による展開へと発展する。 

 2016年には細胞性食品を自動生成する画期的なCulNet Systemを開発、特許も取得。直近では、Shojinmeat Projectよりスピンオフしたスタートアップであるインテグリカルチャー(株)が、細胞性食品に欠かせない培養液や細胞培養装置のインフラ提供を世界に先駆けて始めるのに協力し、JACA(一般社団法人細胞農業研究機構)による細胞農業という新たな産業の基盤やルール作りをサポートする※5。細胞性食品量産に向けて、残る課題とは何なのか。

 「培養肉そのものを作ることは、今日、技術的にはそれほど難しくはない。実際、Shojinmeat Projectの公開する動画『DIY細胞培養』を見れば高校生でも作れる。難しいのは、それを大規模かつシステマチックに、コンスタントに製造するための原料や装置の開発、そしてそのための投資だ」と羽生さん。

 もちろん成果は、すでに形になり始めている。一つが、細胞性食品の量産技術を進める中で派生した技術の医薬品や化粧品への応用。化粧品ではすでに商品化もされている。細胞培養技術を使った化粧品は、「美容成分をいくらでも生成できるから、これまでのものにない様々な特徴を持つ」と羽生さん。

 そして今春、羽生さんたちは、2025年の大阪万博で、国産初の細胞性食品として、「細胞性フォアグラ」を試食できるようにすると発表した。先行するシンガポール、アメリカに続き、細胞農業という夢の技術の商業化の一里塚となるか、注目される。

※5 設立時の事務局は、Shojinmeat Projectから細胞農業に特化した非営利のシンクタンクとして切り離されたCAIC(Cellular Agriculture Institute of the Commons)が担った。

CulNet System
細胞培養技術を使った化粧品
細胞性フォアグラ

羽生さんの原点 SF、アニメ、ゲーム

 羽生さんに、今話題の生成AIについて聞いてみた。返ってきた答は「大歓迎」「自分が神になれるから」?その心は「生成AIとVRチャットを組み合わせれば、作りたいものが何でも作れるから」だと。

 羽生さんの原点は、小さい時から慣れ親しんだマンガやアニメ、ゲーム、そしてその中心にあるSFだ。培養肉はSFの定番だったから、レゴや積み木を使ってSF世界を想像して遊んでいるうちに、いつの間にか知っていた。

 古さや伝統が格上とされる場面が多いが、SFこそ「崇高」なもの、と羽生さん。そこには人類の夢が、人類にとって必要なもの、人類の望む未来、そして未来への警告も描かれているからだと。だからあえてアニメサイエンスと呼ぶのだとも。

 SFに惹かれ熱中したのがゲーム。中学生になると『シムシティ3000』(街を作るシミュレーションゲーム)などでSF的な建物を設計して未来都市を作り、画像編集で物語(ほとんどSF小説)を書いて掲示板に連投したという。ニコニコ動画で初音ミクの動画を作る際も設定はSF。まさにオタクそのもの。ちなみにそれらの作品の中には、すでに培養肉も、後に社名となるインテグリカルチャーの名前も登場する。

 もっとも、「自分が没入してきた世界はSF小説の世界とは違う」「ゲームも対戦型ではなく、どちらかというと《箱庭作り》に近い」と羽生さん。空想や想像するだけでなく、それらを形にする、表現することに興味があるのだと。培養肉もまさにその一つだ。

羽生さんが本当に知りたいこと 心がけること

 いま一番興味があるのは、OS(基本ソフト)の異なるシステム、生物で言えば本能の違う生物。それらがどんな世界を見、どんな意識を持っているのか。

 地球外知的生命にも、きっとSFはあるはず。彼らの見る夢とは一体どんなものなのか。

 身近なハチやアリになりきってみよう。個体が生存するために「タダ働きはしたくない」という本能を身につけたわれわれは、お金という概念を生んだが、ハチやアリのような知的生命体なら、お金という概念の存在しない文明を作っているかもしれない。それは果たしてどんな世界なのか。いじめやハラスメントはあるのか。組織はどんな考えに基づいて作られているのか。

 羽生さんはさらに続ける。物理法則さえも異なる世界だってあるはず。それらを知るには、今、自分を自分にしているあらゆる前提を外してみることが必要だと。

高校生へのメッセージ

 日本では今、突き抜けたアイデアを持って、これまでの技術にブレークスルーを起こすようなイノベーターの出現が待ち望まれているが、ここでも求められるのは「全ての前提を外してみること」だと羽生さん。

 「人はみな想像力を持っている。だから本来は何でもできるはずなのに、様々な前提が邪魔してそれを阻んでいるのではないか。

 一つには、周りの目を気にしすぎることがある。また大人たちの期待、アドバイスが原因のこともあるだろう。特にライフハック(仕事の質や効率、生産性を高めるための手段や技術)とエシックス(倫理)とを混同して『こうすべき』『こうあるべき』と繰り返される言葉には注意が必要だ。大人自身も気づいていないことが多いが、例えば「いい大学へ入るべき…」という言葉を考えてみよう。「わが子には幸せになってほしい」と願うのは当然だが、そのためのアドバイスとして、それがどんな子どもにも当てはまるのか。それが子どもの将来の可能性を、将来の道(選択肢)を狭める要因の一つになってはいないのか。この際、子どもたち自身も、『それは倫理なのか、ライフハックなのか』、『そのライフハックは間違っていないか』と問い直すことが必要だ」と。

 「もちろんこう言う自分も、博士課程を出るまではその区別がついていなかった」と羽生さん。「目が覚めたのはその後独立してから。GSPに参加したことも大きかった」と。

 また「本来の目的が忘れられ、形式だけの残る《常識》や《良識》にとらわれすぎることにも注意が必要だ」と羽生さんは続ける。確立された当時の背景や目的が置き去りにされ、ルールだけが残り、しかも目的化されていることが少なくないからだと。「これはチンパンジーの社会にもあると聞くが、それを前提にしては何も進まないに決まっている。SDGsも大事だが、単なる標語に踊らされるのでなく、17の項目の裏にある綿密な計算式にも目を向けてほしい」と前提をうのみにしないようにとアドバイスをくれた。

 「今後ますます重要になってくるのは、違うOS、それに依拠したシステムを持つ他者について、思いを巡らせることだ」と最後に羽生さん。「世の中のルールや仕組みの多くは人間の本能に依拠しているようなところがある。しかしニューロダイバーシティ※6を超えて、人間だけでなく、生物全てが限りなく地続きになる世界に目を向けた時には、そうした価値観、依拠すべき前提は崩れ去る。細胞性食品開発の目的の一つとする人も多いが、牛や豚にも感情や意識があるのだから苦しめてはいけないと考えるのもその一つ」。「極めつけはAI 」と羽生さん。「われわれは今後、自分たちとは全く異なる本能(基本ソフト)をもつものと、否応なく向き合い、ともに生きていかなければならないからだ」と未来を引き寄せる。

※6 Neurodiversity:神経多様性。Neuro( 脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方であり、特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念(以下略…)」

【2022年4月8日、経産省:「ニューロダイバーシティの推進について」より】