第6回 杜の都の西北から

進むか、キャンパスの全面禁煙

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員

小松 悌(やす)厚(ひろ)さん

~小松 悌厚さんProfile~
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

喫煙が健康に及ぼす影響は多岐にわたる

 厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」では、喫煙とがん、循環器疾患、呼吸器疾患、2型糖尿病、歯周病の因果関係について、推定するのに十分な科学的根拠があるとして「レベル1」に判定されている。報告書は、疫学研究の成果から、未成年者や若者の喫煙はニコチン依存性が重篤化し、生涯喫煙量も増加するため、死亡や疾病発生リスクが増加すると警鐘を鳴らしている。未成年者や若者に対する喫煙対策の重要性は、教育機関も社会的責務を負っていると言える。

 喫煙は喫煙者本人だけでなく、周囲の人々にも「受動喫煙」による被害をもたらす。検討会報告書によれば、受動喫煙と肺がん、虚血性疾患、脳卒中、小児喘息の既往歴に関しても「レベル1」に分類されている。  近年では、若者の喫煙防止や公共の場所における受動喫煙防止策を含む喫煙対策が、世界レベルで進められている。その中で世界保健機関(WHO)の貢献は無視できない。WHOは「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(FCTC)」を起草し、2003年に採択に導いた。FCTC第8条は、締約国に対して立法・行政などを通じて、公共の場所における受動喫煙防止措置を講じることを求めている。FCTCの発効を受けて、WHOは定期的に各国のたばこ対策の推進状況を評価(MPOWER)している。FCTC8条の項では、病院や学校など、8種類の公共の場について「包括的な禁煙措置」を講じている国・人口は、2007年には10か国・2億4400万人だったが、2022年には74か国・21億人に増加しているという。

日本における喫煙対策の進展

 日本はまだ「包括的な禁煙措置」を講じている国とはなっていないが、世界的な潮流を踏まえ、国内の法制度を順次整備している。FCTCが輪郭を見せ始めた2002年、日本でも健康増進法が施行され、公共施設における受動喫煙防止が推し進められた。また、同法に呼応して労働安全衛生法等の規定も都度整備されている。さらに、東京オリンピックを控えた2018年には健康増進法が大幅に改正され、学校や病院など、受動喫煙により健康を損なうおそれが高い者が主として利用する「第1種施設」とされ、同施設では原則として全面禁煙が義務化され、大学もその対象となった。改正健康増進法の施行を受け、多くの大学が屋内喫煙所を撤廃し、キャンパス内全面禁煙化に向けて舵を切った。しかし大学の中にはキャンパス内全面禁煙に踏み切れない大学もある。大学による対応にはばらつきがある。

 厚生労働省の「喫煙環境に関する実態調査」によると、2019年度に「敷地内全面禁煙」を達成している大学は41.8%だったが、2020年度には60.4%に急増した。しかし、その後は漸増に転じ、2021年度には65.8%、2022年度には67.3%にとどまっている。

 調査結果からは、いまだに3割以上の大学がキャンパス内に喫煙所を設置していることがわかる。その理由は以下による。改正健康増進法では、第1種施設の全面禁煙を原則としているが、その例外として法令の要件を満たす「特定屋外喫煙所」は設置可能となっているのだ。もちろん国として推奨しているものではない。また、喫煙所を設置している大学についても、喫煙に寛容だからというわけではないだろう。むしろ、完全禁煙にすると、大学周辺の道路や公園で学生が喫煙を繰り返し、周辺住民とトラブルになる事例もあることを懸念して、特定屋外喫煙所を設置している例が多いのではないか。  一方で、長期的な計画を立案し様々な施策を総合的に推進することによりキャンパス内全面禁煙を成し遂げた大学もある。中には、医療サポートやカウンセリング、教育・啓発活動、教職員によるパトロールや服務強化など、根気強く教職員が全学的に取り組みを進めた結果、全面禁煙に辿り着いたという例もある。きめてがあるわけではないのだ。健康増進法の趣旨を踏まえれば、キャンパス内完全禁煙100%が望まれるが、この問題に対する大学の苦悩はしばらく続くことになるだろう。

参照・引用した資料・ 厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」2016年。本報告書では、米国公衆衛生総監報告書に倣い,喫煙と疾患等との因果関係を 4 段階で判定している。 レベル1は「科学的証拠は,因果関係を推定するのに十分である」としている。・ WHO Report on the global tobacco epidemic 2023 p51-55・ 厚生労働省「喫煙環境に関する実態調査」の調査結果(令和元年度から4年度)

杜の都の西北から 第6回

進むか、大学の性的マイノリティ支援

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員 小松 悌(やす)厚(ひろ)さん


~Profile~
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

 大学等における性指向や性自認に関するマイノリティ(性的マイノリティ)学生に対する国の施策の動向について概観する。
マイノリティは、貧困、障がい、発達特性、外国ルーツなどによる社会的少数集団である。マイノリティは、社会的排除の対象となるなど不当な扱いや不利益を被るリスクに直面している。その中でも性的マイノリティは、青年期から孤立や孤独を感じたり、差別、偏見によるリスクを抱えていることが多い。認定NPO法人ReBitが2022年に行った調査によると、十代の性的マイノリティの自殺念慮が全体よりも3.8倍も高かったという*1。こうしたデータは当事者である若者が生きづらさを感じていることの証左であり、大学等が当事者である学生を支援し環境を整える必要性を物語っている。
 性的マイノリティの学生に対する大学等の支援については、国の施策に先んじて、国際基督教大学(ICU)などが先駆的な取り組みに着手している。また、総合大学などにおいても支援体制の整備等を進めている。こうした中、政府は、2018年に大学等教職員向けの啓発資料として、独立行政法人日本学生支援機構による「大学等における性的指向・性自
認の多様な在り方の理解増進に向けて」をとりまとめ公表した。この資料は、大学等が取り組むべき方策として、①学長や副学長等の下で、実効性・機動性を有する組織を立ち上げ、その組織が検討・実行の役割を中心的に担うこと、②各大学等の建学の理念や特色を考慮しながら、自らの基本理念を掲げ主体的に取り組むこと、③基本理念に沿って各場面に必要となる対応等を明示すること、 ④専門的な人材を配置した相談窓口等の体制を整備し情報共有等を図ること、 ⑤雰囲気の醸成、アウティング(当事者の意思に反する暴露)対応、個々の教員・担当者との調整、高等学校との連携などの役割も必要であること、等が具体的に例示されており、大学が取り組みを進める上で
の参考となっている。
 さらに、2023年6月には、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律 」(理解増進法)が公布された*2。
 理解増進法は、国としての「基本理念」を明示し規定している(3条)。基本理念の概略は、①全ての国民が、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるという理念にのっとり関連施策が行われるべきこと、②相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを旨として関連施策が行われるべきこと、③性的指向及び性自認を理由とする不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下で関連施策が行われなければならないこと、である。
 理解増進法にはさらに、基本理念に基づく国・地方公共団体、事業主、学校に求められる役割等が明らかにされている(4 ~ 12条)。理解増進法が求める国の役割のうち、推進体制の整備、学術研究の推進、基本理念に基づく基本計画等の策定、施策の実施状況の公表等については政府の義務となっている。なお、本法は大学等(幼稚園等を除く)に求められる役割について規定している*3。大学等の設置者に対しては、性的指向及び性自認の多様性に関する学生等の理解の増進に関し、教育又は啓発、教育環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより、性的指向及び性自認の多様性に関する学生等の理解の増進に自ら努めるとともに国や地方公共団体が行う理解増進策に協力すべきことを規定する。さらに、設置者及び大学等に対しては、学生等が性的指向及び性自認の多様性に関する理解を深めるために、教育又は啓発、教育環境に関する相談体制の整備その他の必要な措置を講ずべきことを求めている((6条③、10条③)。
 同法は政府に対して、基本理念の総合的かつ計画的な推進を図るための基本計画の策定を求めている(8条)。現在、政府において基本計画の検討が進められているという。こんご基本計画が策定され、大学等が取り組むべき施策の方向性がより詳細に示されることで、大学等における、性的マイノリティの学生支援の取組が一層加速されることが期待される。法律がめざす「包括的な共生社会」に向かっていくことを期待したい。

*1 認定NPO法人ReBit「LGBTQ子ども・若者調査2022」についてHPで公表されている調査結果による。同法人はGBTQの子ども・若者の支援をしている団体で2022年9月4日から9月30日までの間、LGBTQなどのセクシュアル・マイノリティの子ども・若者の、学校・暮らし・就活等の現状に係るアンケート調査を実施し、本件引用を含む調査結果を分析し公表している。(本調査の有効回答は2623人)

*2 理解増進法制定以前は、性的マイノリティに関する包括法がなかったため、当事者団体、支援団体、学術団体、法曹界等が新法の制定等を求めてきた。当初の超党派の国会議員による法案作成から最終的な法律となるまでの過程等で曲折があったが、本稿では、理解増進法が制定されたことの意義に着目しその内容を概観することに主眼を置くこととする。なお、本法の規定は施行後3年を目途として、その時の状況等を勘案し検討を加え、その結果に基づき必要な措置が講ぜられることになっている。(附則2条)

*3 理解増進法の条文では大学を含めて「学校」、学生を含めて「児童等」と規定しているが、本稿ではそれぞれ「大学等」「学生等」と称することとした。

杜の都の西北から 第5回

大学にとっての「改正障害者差別解消法」とは?

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員 小松 悌(やす)厚(ひろ)さん

~Profile~
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

 障害者の権利擁護に向けた政府の取組が進展している。令和6年4月には改正障害者差別解消法が施行され、障害者に対する合理的配慮(reasonable accommodation)の提供が事業者にも法的に義務付けられた。改正法施行に先立ち、令和5年3月には、政府全体の「基本方針」が閣議決定され、この基本方針に即して文部科学省など各府省が所管する事業分野における「対応指針」が分野ごとに策定された。これら政府の基本指針や対応指針等は改正法施行と同じ4月から実施されている。
 一連の制度改正により、合理的な配慮の提供について法的な義務を負うこととなる事業者の中には、私立学校の設置者も含まれる。本年4月から私立大学等も合理的配慮の提供が義務化されたが、それはこのような文脈によるものなので、特別に教育機関のみが改正法の対象となったものではない。
 私立学校における合理的配慮の義務化により、国公私立の全ての大学等が合理的配慮の提供義務を法的に負うこと等を踏まえ、文部科学省は、昨年5月「障害のある学生の修学支援に関する検討会」を立上げた。検討会は大学等が共有すべき「基本的な考え方」などについて審議を重ね、本年3月に報告(第三次まとめ)をとりまとめた。報告は「障害のある学生の現状」、「これまでの取組の進捗状況」など7章と附属資料等で構成されている。ここでは主要な検討テーマである「障害学生支援に関する基本的な考え方」「諸課題の考え方と具体的な対処の取組」の章に掲載された事項のうち、主要な事項の概要を紹介する。文部科学省ホームページから、検討会の報告の主要な文言を抜粋・要約すると以下のようになる。
1.大学等は、自らの価値を高め、学生に対する責務を果たすため、事前的改善措置により教育環境の整備を図るとともに、障害学生支援を障害学生が平等に学ぶ権利を保障する手段であるとの認識の下で、着実に実施することが必要。支援では合理的配慮以外の学生支援リソースも総合的に活用することが望ましい。
2.「障害の社会モデル」の理解に関して、社会的障壁とは、障害がある者にとって生活上の障壁となるような社会における一切のものをいう。この考えに基づくと、障害のない学生を前提とし構築された仕組みや構造が社会的障壁となっている場合がある。このことを大学等の構成員全てが理解し、社会的障壁を除去するとともに、各種支援リソースを総合的に活用しながら取り組むことが必要。
3.障害の根拠資料に関する考え方について、個々の状況を適切に把握するため、学生から根拠資料の提出を求めることが適当。一律に「根拠資料がなければ合理的配慮を提供しない」といった形式的な対応をとらないよう留意する必要がある。
4.責任の所在を明確にし、障害学生支援に取り組むために、教職員の共通認識が不可欠。その手段としては教職員向けの対応要領・ガイドライン等が有効である。
5.学生の状況と授業の状況を総合的に考慮し、オンライン参加の可否を個別に判断すること。対面とオンライン学修を組み合わせたブレンディッド型授業も要考慮。大学等の事情ではなく、本人の意向や教育の質の担保の観点が必要。
6.大学等と国、地域・企業・民間団体等との連携や大学等連携プラットフォームを更に活用すること。
 最後に、本報告は、「大学等が学生を第一に考え、障害のある学生が平等に教育を受ける権利を享受できる環境を構築することは、コンプライアンスの観点からはもちろんのこと、開かれた大学等として価値や魅力を高めるための重要な要素となる。各大学の役員や管理職はこのことを強く認識し、障害学生支援への理解を深めるとともに自大学等の運営方針の一つとして位置づけ、取組を推進していくことが望まれる」としている。このたびの改正法による合理的配慮の義務化を契機として、大学等における障害のある学生への修学支援が一層充実されるとともに、公正な社会の実現に向けた取組が加速化することを期待したい。

杜の都の西北から 第3回 やはり大切なのはGRIT(グリット)

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員 小松 悌厚(やすひろ)さん
~Profile~
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

高大接続改革等の進展を背景に、一斉に客観的な知識を問う従来型の大学入試は、いまや多様な入試形式の一部にすぎなくなった。代わって、個々の大学が独自のアプローチにより受験生の意欲や学びに向かう姿勢などを多面的に評価する新たな入試が拡がっている。かつて画一的だった大学入試は、多様性と柔軟性を重視する方向に着実に進化している。

これからの大学は、高等学校とも連携し、受験生一人ひとりの能力・適性をきめ細かく見極め、入学後の伸びシロも展望し丁寧に評価し判断することになるだろう。この方向はいわゆる名門大学でも変わらない。短期間の瞬発力や一発勝負は通用しなくなるわけだ。若者にとって大学入試は大きなライフイベントである。受験勉強は一朝一夕で終わるものではない。大学入学後も含めた長期的な目標達成への道程として捉えるべきであろう。

ところで、成功の鍵になるのは、才能や呑み込みの早さ、瞬発力ではなくGRIT(グリット)にあるという考えをご存知だろうか。GRITは日本語で「やり抜く力」とされている。ペンシルベニア大学の心理学教授であるアンジェラ・ダックワース博士は、GRITの重要性を科学的に究明したことで知られている。博士とその研究については、以前、東北大学の入試問題でも取りあげられたこともある。博士は、GRITに関する研究の功績が認められ2013年に米国で天才賞といわれているマッカーサー賞を受賞している。博士の著書は世界各国で翻訳・出版されており、我が国でも邦訳が出版されている(神崎朗子訳、ダイヤモンド社、2016年)*。TEDトークの視聴回数は1300万回に及ぶ。

余談になるが、私がGRITについて知るところとなったのは、勤務する東北文化学園大学の加賀谷豊学長が式辞の中で紹介されたことによる。加賀谷学長は、先ず入学式の訓示の中でダックワース博士の研究やGRITの重要性を説かれた後、新入生に卒業後の理想の自分を想像する時間を与え、その後GRITにより「なりたい自分」の実現に向かって地道に努力することの大切さと大学の役割を説示されていた。

GRITに関するダックワース博士の研究を簡単に紹介すると、その要点は、学問を含むあらゆる分野において成功している人は、知能指数が高いとか、特別な才能に恵まれているのではなく、長期的視座で目標を設定し、その実現に向けて「情熱」と「粘り強さ」をもって継続的に努力し、苦難に立ち向かい困難を乗り越えた人だったというものだ。この「情熱」と「粘り強さ」を構成要素とする力がGRIT(やり抜く力)なのである。GRITは先天的なものではなく、いつからでも獲得でき、さらには向上させることができるとされる。著書には様々な実証研究やエピソード、GRITの伸長方法や測定スケール等も紹介されているので一読をお勧めする。

大学受験生にとってもGRIT(やり抜く力)は非常に重要であると言える。単なる知識や才能だけでは目標は達成できない。長期的な視座、継続的な努力、熱意と粘り強さこそが、成功につながることを改めて強調したい。

※アンジェラ・ダックワース著 神崎朗子訳『GRITやり抜く力』ダイヤモンド社 2016年

杜の都の西北から 第2回 いつから「保護者」? いつまで「保護者」?

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員 小松 悌厚(やすひろ)さん
~Profile~
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

 新型コロナウイルス感染症に対する規制緩和の流れの中で、大学にも賑わいが戻ってきている。学生同士が直接触れ合い、仲間と課外活動や学校行事を楽しめるようになったのは3年ぶりとなる。卒業式、入学式も今年は多くの大学でコロナ禍以前のように保護者の参加も可能となった。大学によっては、保護者がキャンパスを来訪するタイミングを捉えて懇談会を開催するなど、その後の大学との関係構築を図ろうとするところもある。保護者との信頼関係を基礎として学生の出欠その他の学修状況等を共有することで、学生が課題に直面したときも適切な支援が可能になる。多くの学生は、成人とはいえ未だ成熟途上にある。学生の教育をになう大学にとって、保護者との関係強化は、教育の質保証や教育効果向上に直結する重要な課題なのだ。

 ところが、近年、一部の大学で学生の父母等を「保護者」と称するのを避け、代わりに「父母」「両親」「親」等を使用する動きがみられる。その背景には、昨年施行された改正民法における成年年齢の引下げがあるようだ。法令用語としての「保護者」は、一般に未成年に対する養育義務を有する者をいう。そうなると成年しかいない大学生の父母等を「保護者」とすることは不適切だということだろう。確かに一理はある。しかし、それを根拠に「保護者」と呼ばず「父母等」とすることは妥当だろうか、少し考えてみることとしたい。

 学校法制で「保護者」は、就学義務に係る法令の規定として登場する。この義務を負う者について、教育令や第一次小学校令は「父母後見人等」と称していたが、明治23年の第二次小学校令では「学齢児童ヲ保護スヘキ者」となり、明治33年の第三次小学校令において「保護者」となった。同令32条は「学齢児童保護者ト称スルハ学齢児童ニ対シ親権ヲ行フ者又ハ親権ヲ行フ者ナキトキハ其ノ後見人ヲ謂フ」と規定している。この保護者の規定は、100年を超える歳月を経ているが、現在の学校教育法16条の規定とほぼ同じである。

 次に、「保護者」が学校や社会に受け容れられた経緯について考えたい。戦前は、「父兄会」や「母姉会」のように性別の組織が学校の支援を行っていたが、戦後は、文部省がPTAを奨励する中で「父母の会」等として広まっていった。

 その一方で、戦前由来の「父兄」語も根強く流通していた。それが、昭和の終わり頃には、父兄は、男尊女卑を連想させるとして批判され、これに代わる呼称として、「父母」の使用の動きがひろまった。ところが、さらに時代が下ると今度は、「父母」についても、父母の一方、親戚(代行者)、児童福祉施設の長、後見人などに養育されている子がいる現状に対する理解と配慮が足りないと指摘されるようになり、そのことで従前は「父母」と称していた向きも「保護者」の呼称を使うようになったわけだ。

 このように、社会の変化にともない家庭環境も多様化している中で、多くの人々に受け容れられてきたのが「保護者」だといえる。大学が自らの考えに拠って「保護者」を定義し呼称することは、それはそれであってもよいことではないだろうか。(続く)

杜の都の西北から 第1回 新しくて古い? “新”学習指導要領 (学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、弊誌編集委員

小松 悌厚さん
~Profile~
1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

 2021年度から、高大接続改革の一環である新たな大学入学共通テストが導入され、選抜方式は一般選抜、総合型選抜、推薦型選抜方式に移行した。入学者選抜、高等学校教育、大学教育を通じて一体的に学力形成が図られるようにするのがねらいだった。さらに、2025年度入試からは出題内容が大幅に変更される。大学入学共通テストでは、出題教科に「情報Ⅰ」が加わり、国語は、内容の拡充に伴い試験時間も延長されるという。地理歴史は、総合性を重視した科目と探究に係わる科目に再編成される。公民の現代社会の代わりに公共が設定される。数学は科目が再編され数学②の内容に数学Cが加わるとともに試験時間も延長となる。英語も新たな教科名に変更になる。

 共通テストをはじめとする2025年の大学入試内容の大幅な変更は、新しい高等学校学習指導要領の完全実施を踏まえたものだ。新しい学習指導要領では、内容を知識・技能、思考力・判断力・表現力等、学びに向かう力と人間性等の三つの柱で再整理し、主体的対話的で深い学びを進め社会で生きる力や社会で活かす力を培うことを狙いとしており、大学入試においても改善の趣旨が反映されることとなる。

 大学関係者は、2025年度から新しい学習指導要領の下で学んだ学生の学修を円滑に進めるために、これまで入試の改善や円滑な高大接続に資する初年次教育、その他の教育課程の在り方等の検討を幅広く進めてきた。目前に迫った新しいカリキュラム編成に向けた詳細設計を慌ただしく準備を進めているのが実情であろう。

 しかしながら、新しい学習指導要領の制定に至る経緯も含めて振り返ってみると、2025年度入試で受け入れる高校生が学ぶ新しい高等学校学習指導要領が改訂されたのは2018年。その内実を検討した中央教育審議会の審議は2014年から2016年となる。「新しい」学習指導要領といってもそれほど新しくはないわけだ。

 学習指導要領は、昭和の時代から、およそ10年ごとに全面改訂というサイクルが定着している。10年もかかる背景には、文科省の検討着手から告示、解説書編纂・周知、教科書編集・出版・採択というチェーンで関連業務が進むからだ。幼稚園、小学校から学校段階ごとに実施時期が異なる上に、高等学校段階は学年進行となるので、完全実施に至るまでには相当の歳月を要することとなる。将来的には、時代の変化に対応できず教育内容が陳腐化することも危惧されかねない。教育DX等により改訂プロセスの効率化や、10年ごとにフルモデルチェンジすること以外のよい方法も見いだせるかもしれない。今後、学習指導要領の改訂プロセスの合理化に関する検討が行われることを望みたい。