高校における探究活動と進路選択
3つの事例から大学との接続を考える

秋田県立秋田高校 教諭博士(生命科学) 遠藤 金吾さん

高等学校学習指導要領解説「総合的な探究の時間」「理数探究」の中では、
「探究を通して学んだことと他者理解とを結び付けながら自分の将来や
進路について夢や希望をもとうとする」
「探究の意義を理解させるとともに、
生徒の進路や在り方生き方などに肯定的な影響を与えるよう指導する」
という目標が記載されています。
では、実際の現場ではどのように活かされるのでしょうか。
今回は、私の経験から、探究活動が進路意識に影響を及ぼした事例を3例紹介します。

秋田県立秋田高校 教諭博士(生命科学)
遠藤 金吾さん

~Profile~
東北大学農学部卒業。東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生命科学)取得。東北大学加齢医学研究所科学技術振興研究員を経て、2008年より、秋田県の博士号教員。2016年より、現任校(秋田県立秋田高等学校)に勤務。専門は「DNA修復と突然変異生成機構」。埼玉県立川越高等学校出身。

CASE1 「勉強」→「研究」へ

今から15年ほど前、私が前任校に赴任したばかりの頃。当時、その学校では生物部は部員がおらず休部状態でした。ある日3年生のAさんが、私が博士号教員であることを聞きつけ、「生物の研究をしてみたい」とやってきました。その後、2年生2名も加わり、「生物部」の活動が始まりました。

Aさんは食品や栄養に興味があることから、「緑茶の抗菌作用」というテーマを設定し、民間の研究助成に応募して実験器具を揃え研究が始まりました。生徒たちは実験手技を習得するとともに、どのように実験条件を設定すれば良いのか、議論しながら試行錯誤をくり返して研究が進んでいきました。

「面白い結果も出たので、発表しよう」

私はそう言って、ある学会のジュニア部門への参加を提案しました。ただ、その学会はポスターでの発表で、A0サイズのポスターを印刷できる大判プリンターが学校にはなく、やむなく家庭用A4プリンターで手作り感満載のポスターを完成させました。

旅費も節約するために秋田-東京往復0泊3日の夜行バス弾丸ツアー。勢いと創意工夫で参加した初めての学会発表でした。

「他の学校、大きいポスターばかりだ」
「テカテカのきれいなポスターの学校もある」

と不安になる生徒たち。
「重要なのは見た目ではなく研究の中身だ」と励まして発表は始まりました。

発表時間中は生徒たちに任せ、後から様子を聞くと、
「審査員の先生が、『面白い研究だね』と言ってくれました」
「説明していると途中からハイになってきて楽しかったです」と生徒たち。それだけで十分な収穫だと思っていたら最優秀賞を受賞しました。試行錯誤して組み立てた条件設定がしっかりしていたことが評価されたようです。

研究を始める前は、「食品や栄養について『学びたい』」と、教育学部の家庭科コース志望だったAさん。探究活動を通じて、新しいことを発見する「研究」をしたくなり、「食品や栄養の分野って農学部にもあるのですね」と言って機能性食品の「研究」をするために、農学部に総合型選抜で進学しました。

CASE2 文系理系の間に壁はない

現任校の生物部でBさんが突然変異の研究を始めて半年が経った頃の話です。共同研究先の大学の研究室を訪問し、大学の先生や大学院生たちと研究についてディスカッションしていました。私はBさんに、学会発表の練習を見てもらったらどうかと提案しました。すると、練習もしておらず自信がないと言っていたBさんでしたが、プレゼンは完璧で、研究を十分理解していることがよく伝わりました。修士学生からの質問にも完璧に答え、交代した准教授の先生とも対等にディスカッションして一同を驚かせました。

帰り際に「あの子はうちの研究室にすぐにでも欲しいね」と言われるほどでしたが、学校のコース選択では「文系クラス」を選んだBさん。小さい頃から本が好きで、「文学部に行って文学の研究をしたい」からとのことでした。

文系クラスに進んだ後も「面白いから」と生物分野の研究を続けたBさん。常に最新の論文にも目を通して知識を更新していました。論文が掲載される科学雑誌も電子化が進んでおり、Bさんが小さい頃から馴染んできた「紙の本」の役割は減りつつありますが、「紙の本の文化の新しい方向性を打ち出すことはできないか」と、本の装丁を芸術に昇華したルリユール文化に着目。「本のあらゆる要素を総合芸術として昇華したい」と考え、文学部の中でも美学や芸術学の分野に志望を定めました。研究計画作成や面接におけるプレゼンテーションやディスカッションでは、それまで生物部の探究活動で培ってきた能力を発揮し、学校推薦型選抜で進学しました。

理系・文系に境はありません。大事なのは興味のあるものを探究するという姿勢であり、その経験は異なる分野での探究に必ず活きてくるのです。

CASE3 研究は嫌い→研究したい!

本校の理数科には、2年次から希望する生徒が進学します。理数科では「理数探究」という授業があり、理数系分野のグループ研究を行います。私が担当する生物班のリーダーになったCさん、リーダーになった理由を聞くと、「他のメンバーは忙しそうなので仕方なく引き受けました」という消極的なものでした。

当初、データ処理等で不慣れな様子だったCさんですが、数日後に変化がありました。「この薬剤の濃度はグラフから判断すると〇mg/mLが良いと思うのですが、先生はどう思いますか?」とデータを見せに来たのです。

「その通りで良いと思うよ。いつの間にかデータ整理できているね。誰かにグラフの作り方を教わったの?」と聞くと、「自分で色々試したらできました」。そして次にこの化合物も試してはどうかと提案もしてきました。

「面白そうだね。どうやって思いついたの?」と聞くと、「論文を色々読んでいたらこの化合物は条件に合うかなって」と答えました。

Cさんは突然、研究熱心になっていたのです。聞いてみると、Cさんは始める前は研究を面倒そうだと感じてやりたくないと思っていたとのことでした。しかし、やってみると、新しいことを発見する研究の楽しさに目覚めたのです。

3年生になったCさんがある日、相談に来ました。

「何となく人の役に立てたら良いなと思い、将来は漠然と臨床医になりたいと思ってきたのですが、研究がしたいです。できれば世界中の研究者と一緒に」と。

「どんな研究をしてみたい?」と聞くと、「がんに関する基礎医学の研究で新しい発見をし、研究医として、世界中の人の役に立ちたい」とのことでした。「無謀でしょうか?」という問いに

「やってみよう!」と私は答えました。

Cさんは研究への情熱とその卓越した研究能力が評価されて、学校推薦型選抜で進学しました。

まとめ 探究活動と大学入試

学校推薦型選抜や総合型選抜では、ペーパーテストだけでは評価できない「その学問分野への適切な理解や意欲・能力適性」を総合的・多面的に評価します。どのような意欲や能力を評価するのかは大学や学部・学科によって様々です。研究者や各分野のリーダー養成を目的に、探究活動を通して抱くに至った将来像や、身に付けた能力を評価する大学もあり、新しい時代を切り拓いていく人材育成の一翼を担うという意味で、一定の意義があると思います。もちろん従来のペーパーテスト重視の一般選抜でも、出題内容の工夫で様々な能力を評価することができますので、二つをバランスよく適切に活用し、多様な人材を選抜して教育していくことが大学には求められています。

探究活動だけでなく他の課外活動についても言えることですが、入試のために打算的に取り組んでも、長続きしなかったり、望ましい能力の伸長に繋がらなかったりすることも往々にしてあります。高校教員を含む周囲の大人たちは、その点を十分に理解し、探究活動という教育プログラムを通して、新しい時代を担う人材を育成していきたいものです。

高等学校「探究」の現場から その4

高校の探究活動における「高大連携」指導

秋田県立秋田高校 教諭 博士( 生命科学) 遠藤 金吾さん

現在、様々な形で「高大連携事業」が盛んに行われています。
今回は「探究活動」に関する高大連携について、
筆者の勤務校の「生物部」と「東北大学」との連携事例を紹介します。

1 東北大学「科学者の卵養成講座」

 小・中学生、高校生を対象にした講座ですが、高校生向けの事業には「基礎コース」と「発展コース」、「研究推進コース」があります。「基礎コース」では、東北大学の様々な学部の先生たちが高校生に向けて、それぞれの専門分野の講義を行い、それを受けた高校生はレポートを作成。優秀なレポート作成者は発展コースへと進み、東北大学で希望する分野の研究室に通って研究できます。「基礎コース→発展コース」への申し込みは「自己推薦」によって個々で申し込み、高校は関与しません。
 一方、「研究推進コース」は、高校の科学系部活動や理数科のような学科の授業内で実施している「理数探究」などの探究活動を東北大学が支援するというものです。高校生は「基礎コース」同様、講義を受けレポートを提出するなどしますが、「発展コース」の選抜対象にはなりません。申し込みも、「その探究活動を実施するグループ」単位で、学校側の推薦を得て指導教員が付くところも「基礎コース→発展コース」とは違います。また採択されたグループには、探究活動の指導役として、大学院生が「メンター」として
付きます。

2 メンターの役割 ~週報告~

 本校では生物部の研究グループが、この「研究推進コース」に採択されていて、日々学校で行っている研究の進捗状況を、毎週末、メンターに報告しています(週報告)。ただ、東北大学とは地理的に離れているため、報告にはメールやチャットツール、時にはオンライン会議ツールを使います。メンターからは、「こういう条件にしてみては?」「このような可能性はないだろうか?」などのアドバイスが送られてきますが、研究の最前線にいる大学院生からの定期的なメッセージは、高校生にとって何よりの励みになりますし、それがきっかけで研究に新たな方向性が拓かれることもあります。
 ただ、このコースはあくまでも「高校における探究活動」のサポートとして位置づけられているため、探究の過程で「これは大学の最先端の機器を使えば簡単に解決できるのでは?」という状況が生まれても、安易に大学の設備は使わないというのが東北大学の方針です。極力、高校生や大学院生には「若い頭脳」を駆使し、「創意工夫」をこらして代替案を考えてほしい。研究成果が出るに越したことはありませんが、このような過程を通じて彼らの思考力を磨くなど、人材育成を第一に考えたいからとのことです。

どんな週報告?

 以下に高校生が書いた週報告文の一例を紹介します。

今週は薬剤Aと薬剤B処理と薬剤X濃度検討を行いました。 ①薬剤Aと薬剤B処理 薬剤Aを培養前に添加した場合では、薬剤A、薬剤B単独実験区よりも、薬剤A×薬剤Bの実験区の方が、生存率が下がりました。 薬剤Bを加えた後に薬剤Aを添加した場合でも、薬剤Bの効果があまり見られませんでした。 ②薬剤X濃度検討 ほとんどの実験区の生存率が10%以下でした。そのため、実験中にミスをした可能性が高いと思います。

あらかじめ断っておきますが、この報告文は「今週は実験しました。来週も実験したいと思います」で終わっておらず、具体的で相当良いと思います。しかし、せっかくの成長の機会ですので、より良い報告文にするための改善点として、メンターと私は以下を提案しました。
・この条件の実験を何の目的で行っているのかを述べておらず、毎日見ているわけではない相手には伝わらない。
・薬剤の濃度はどうなっているのか、どんな実験区を設けていて、サンプル数はいくつか、など条件を伝えきれていない。
・①に関して、単に「生存率が下がりました」「効果があまり見られませんでした」としか言っておらず、具体的な数値を述べていない。
・①に関して、結果は述べているものの、その結果からどのようなことが考えられるのか(考察)を述べていない。
・②に関して、生存率が10%だとなぜ実験のミスだと言えるのか、その根拠が不明確で、本当にミスと決めつけて良いのか相手からはわからない。
・今回の結果を踏まえて、次回はどのような目的で、何をしようと考えているのかを述べていない。
といった具合です。
 このようなやり取りによって高校生たちは「相手に伝えるための文章作成術」を向上させていきます。そして、具体的な週報告を送ることで、メンターとのディスカッションは活性化され、より的確なアドバイスが得られる可能性が高くなります。また、週報告を行うためには、その前にデータをまとめ、グループ内や指導教員とのディスカッションが必要になります。「データをまとめずに無為に同じことをくり返してしまう」、「指導教員とのディスカッションがないまま、気づいたときにはあらぬ方向に研究が進んでいる」などは、高校生の研究あるあるですが、週報告があることでこのような事態を未然に防ぎ、研究をスムーズに進めることができます。

3 探究活動におけるメンターの役割~発表準備~

 近年、各種学会では「ジュニア部門」として、中高生による発表の場が設けられていることがあります。また、学会以外でも高校生の発表会は数多く実施されています。本校生物部も、研究成果をそれらの場で発表することを目標に日々活動していますが、「研究推進コース」はそのための支援も行ってくれます。
 具体的には、成果発表に必要な「論文作成」「要旨作成」「ポスターorスライド作成」「発表練習」の支援です。高校生は作成した論文、要旨、ポスター、スライドなどを、メンターにメールやチャットで送り、添削を依頼します。発表練習に関しては、オンライン会議ツールで見てもらったり、練習風景の録画を送って感想を求めたりします。いずれの場合もメンターは、「このような表現の方が伝わりやすいのでは?」「このグラフはこのようなデザインの方が見やすいのでは?」といったように助言してくれます。大学院生であるメンターは、学部の卒業論文を書いた経験から、論文の構成や科学用語の使い方を一通り身に付けています。その彼らから「真っ赤」に添削して返却された原稿を修正していく中で、高校生も少しずつ成長していくというわけです。
 加えてこのコースでは、申請すれば旅費も支給されます(支給条件はありますが)。大都市部では実感しにくいかもしれませんが、これは地方の高校生にとってはとてもありがたい制度です。地方はどこに移動するにも長時間かかり、交通費も嵩みます。近隣の県に移動するのに万単位の金額がかかることもざらで、宿泊費が必要となることも少なくないからです。

4 高大連携を行う上での高校教員の心得・高大連携の効果

 では、筆者のような指導教員の役割とは何でしょうか?高校の探究活動と大学連携で最も重要なのは、「高校教員が大学に任せっきりにせず、一緒に取り組むこと」だと思っています。本来指導すべき高校教員が何もしなかったら、メンターも良く思わないでしょうし、日頃からコミュニケーションを取って相互理解をしていないと、いつの間にか「進むべき方向の認識に食い違いが生じていた」ということにもなりかねません。しかしながら、博士号保有者である筆者が最初からコメントや添削をしてしまうとそれが全てになってしまい、メンターが意見を言う余地がなくなってしまいます。そこでまずは、メンターがコメントや添削を行い、その後に筆者が確認し、コメントや添削をするようにしています。
 筆者はこの高大連携事業は、高校の探究活動をアップグレードさせることを通して、高校生が様々な能力を磨き、成長するとともに、大学院生であるメンターが高校生に教えることにより、自らの研究能力を向上させる場になっていると考えています。高校生は、最先端の研究に従事している大学院生というロールモデルを間近に見て刺激を受けますし、大学院生は、限られた時間・設備でも懸命に探究活動に取り組む高校生から刺激を受け、「負けていられない」と自らの研究課題に取り組む意欲を高める。まさに双方に「意識面で相乗効果」が生み出されているのではないかと感じています。なお、メンターには指導時間に応じて、東北大学の規定に従って給与が支払われていますから、生活支援という面でもありがたいと思います。

5 最後に

 東北大学「科学者の卵養成講座」は国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)による「次世代科学技術チャレンジプログラム」および一般財団法人・三菱みらい育成財団の支援を受け実施されています。国家や大学の予算には限りがありますが、未来の科学技術や社会を担う有為な人材を育成するために、ぜひともこのような事業が継続・拡大し、探究活動における高大連携がさらに活性化していくことを切に願います。

先生 ~Profile~

東北大学農学部卒業。東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生命科学)取得。東北大学加齢医学研究所科学技術振興研究員を経て、2008年より、秋田県の博士号教員。2016年より、現任校(秋田県立秋田高等学校)に勤務。専門は「DNA修復と突然変異生成機構」。埼玉県立川越高等学校出身。

高等学校「探究」の現場から その3

高校における「研究倫理」指導

秋田県立秋田高校 教諭博士( 生命科学) 遠藤 金吾さん

遠藤 金吾さん ~Profile~
東北大学農学部卒業。東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生命科学)取得。東北大学加齢医学研究所科学技術振興研究員を経て、2008年より、秋田県の博士号教員。2016年より、現任校(秋田県立秋田高等学 校)に勤務。専門は「DNA修復と突然変異生成機構」。埼玉県立川越高等学校出身。

研究の世界では「研究不正」が起こることがあり、ニュースとして一般にも報道されることもあります。「研究不正」を起こさないために、全国の大学では研究倫理に関する教育が行われています。昨今の高校では、大学で言うところの「研究」に相当する「探究活動」が盛んに行われています。では、高校における「研究倫理教育」はどのように行われているのでしょうか。筆者の実践を交えながら紹介します。

高校「理数科」における「探究」

 筆者の勤務校には「理数科」という学科が設置されています。「科学的、数学的な能力を高め、思考力をもつ人材を育成すること、探究的な活動を通して、専門的な知識や表現力等の育成を行い、医師や研究者、技術者など、専門的な知識・技能を生かして社会に貢献できる人材を育成すること」を設置目的とした学科です(第七次秋田県高等学校総合整備
計画)。原則として「理数探究」を全生徒に履修させるものとされており、筆者の勤務校でも2年次に設定されています。高校で実施する教育活動の内容は「学習指導要領」に細かく定められており、「理数探究」「理数探究基礎」については文部科学省から平成30年に学習指導要領が告示されています。
 「理数探究」を含む「理数」の学習指導要領解説は実に50ページ以上にわたりますが、「理数探究」で実施する内容を抜粋すると次の通りです。
・ 個人又はグループで課題を設定して主体的に探究を行い、その成果などをまとめて発表させる。
・ 課題は数学や理科などに関するものを中心に設定させ、探究の手法としては数学又は理科に基づくことが必要である。
・ 中間発表を行うなど、途中段階での進捗を確認しながら粘り強く取り組ませることが重要である。さらに、探究した成果やその過程を報告書等にまとめさせることが求められる。
 そして、学習指導要領解説の中では、「内容の取扱いに当たっての配慮事項」として次のような記載があります。


高校生として配慮する研究倫理として、次のようなものが考えられる。
・ 探究の過程における不正な行為
・ 探究の過程における人権侵害


探究の過程における不正な行為について

 学習指導要領解説には、「研究活動における不正行為とは、データや研究結果などの『ねつ造』、『改ざん』、『盗用』などがある」と記載されています。
問題①:やり忘れた実験結果を、他の実験区のデータをもとに予想される値を算出し、結果の表に追記した。
問題②:顕微鏡写真を撮影したところ、ゴミのようなものが見えたので、見栄えを良くするために背景部分をコピペして消去した。
問題③:自分の研究と似た研究成果をインターネット上で発見し、発表会のスライドに、出典を明示した上で写真1 枚と文章を 1 文貼り付けた。
問題④:実験結果にばらつきがあったので、明らかにおかしそうだと思った数値を除外して平均値を算出した。
 これらは勤務校の「研究倫理セミナー」の中で出題したクイズです。読者の皆さんも考えてみて下さい。このようなクイズに答えながら、「どこまでは是でどこからが非か」ということを生徒たちは学んでいきます。なかなか難しいのは問題④で、「外れ値は自分
の感性に従って除去して良い」と考えてしまう生徒が意外と多いものです。科学的に判断するためには統計的な知識も必要になります。学習指導要領には「観察、実験、調査等の手法や統計処理の方法などを含んだ探究を遂行する上で必要な知識及び技能を身に付けさせる」とも示されていて、勤務校では「統計処理講座」も実施しています。
 学習指導要領解説は次のようにも述べています。


これら(不正行為)を防ぐため、探究の過程において適宜研究倫理について意識させる場面を設け、信頼できる探究になっているかどうかを確認させることや、探究の過程においてできる限り記録を取り再現性や信頼性を確保させることなどが重要である。


 大人の研究業界で「研究不正」が起きた際に、真偽を判断する情報源となるのは「研究ノート」です。全国の大学の研究室で「不正を疑われないための記録(ノート作成)」の作法についてはみっちりと学生に対して指導が行われています。研究ノートは、後から研究の過程を振り返ることができる「研究者の日記」であると同時に、不正行為を疑われないようにするための「証明書」でもあり、とても重要です。研究室ごとに流儀は多少違いますが、
・付け足しも削除もしていない新品のノートを用意(ルーズリーフ不可)。
・ 消しゴムで消せないようにペンで記載。
・ 修正液は元の記述がわからなくなるから使用不可。
・書き損じのときは、元の記述がわかるように二重線で修正。
・グラフや写真は糊で貼る。セロハンテープは剥がせるので使用不可。
ということを、大学で卒業研究を経験した方は指導教員から教え込まれたのではないでしょうか。高校の探究でも同じことを指導しています。

探究の過程における人権侵害・その他について

 学習指導要領解説には、「個人情報の不適切な扱い等による人権侵害が起こらないよう十分な配慮が必要である」と記載されています。
 では、ここで再びクイズです。
問題⑤:自作の石鹸をクラスの友達に試してもらったが、身近な材料を使ったので危険性は無いと思い、材料や危険性に関しては特に説明しなかった。
問題⑥:誕生月と100m走の記録との関係を調べるために、アンケート調査を行った。氏名・誕生月・100m走の記録欄だけを記したアンケートフォームをweb上に設置した。
 問題⑤は、安全上の問題に関する説明責任を果たしていません。問題⑥とも関わってくることですが、ヒトを対象とした研究は、被験者に対して十分な説明が求められます。昨今、GIGAスクール構想による1人1台端末の配備と校内のネットワークの整備により、webツールを用いてアンケートを配布し、集計することが簡単にできる時代になりました。高校生は安易に「〇〇に関する意識調査」というような研究を実施しがちです。読者の中で、大学の研究者としてアンケート調査を行ったことがある方、高校の先生で大学からのアンケート調査を請け負ったことがある方は、依頼文書はどうあるべきかということをご存じかと思います。
・ 目的や方法など、どんな研究に用いる内容なのか。
・ 参加者には利益や不利益があるのか。
・ 謝礼はあるのか。
・調査結果をどのように利用するのか。学術研究目的で発表に使う可能性があるのか。その場合、成果の権利はどこに帰属するのか。
・ 得た情報は、どのように管理するのか。
・ 学内の倫理委員会(高校の場合は「理数科」「探究活動委員会」などの教職員組織)の審査を経ているか。
・ 研究の責任者は誰なのか。
 これらのことを、事前に被験者に示し、同意を得ることが研究業界では求められますが、冒頭の学習指導要領解説の記述はこのことを示しています。
 動物実験に関する配慮も学習指導要領は示しています。一般財団法人公正研究推進協会「中等教育における研究倫理:基礎編」という教材では、「動物実験の3Rの原則」として、
①できるだけ脊椎動物を使わず、昆虫や微生物で代替(Replace)。
②用いる個体の数を減らす(Reduce)。
③与える痛みや苦痛を最小限に抑える(Refine)。
が掲載されています。生命科学系の大学では必ず指導する内容ですが、同じことを高校でも指導しています。ヒトや動物を対象とした実験に関する倫理規定は、海外の高校生のコンテスト、例えば「ISEF(アイセフ:International Science and Engineering Fair)」では非常に厳しく定められていますが、日本国内の高校の現場にはまだまだ浸透しきっていないというのが現実です。

最後に

 ここまで、「理数科」で実施している研究倫理教育を紹介してきました。大学の先生方は、「今の高校ではここまで指導しているのか」と驚かれたのではないでしょうか。では、「普通科」はどうでしょうか。現在、全国の普通科高校では必修科目として「総合的な探究の時間」が実施されています。現在の「総合的な探究の時間」の学習指導要領には研究倫理に関する記述はありません。しかし、筆者の勤務校では「どんな分野の研究でも大切なこと」「普通科の生徒も、大学で卒業研究に取り組むときのために」ということで普通科においても研究倫理教育を実施しています。本稿を読んでいただいた高校の先生方の参考になればと思います。

※本稿の実践内容の詳細は、筆者が共同執筆した「学校教育の未来を切り拓く 探究学習のすべて:PC×Rサイクルによる指導原理と評価法」(環境探究学研究会(著)・合同出版)に掲載しています。

次号予告 生成AIの登場と大学・高校の英語教育

対談

滋賀県立伊吹高校英語科教諭南部 久貴
VS 京都大学准教授金丸 敏幸

2022年11月末にChatGPTが公開されてから、すでに1年半が過ぎた。この間にも生成AIが提供するサービスは、今年5月に新バージョン・GPT-4omniが公開されるなど、機能性・精度面で向上し続けている。やがてくるであろうAI時代に備えて、教育現場での対応は待ったなしだが、現状は手探りで知見を積み重ねている状況だ。
言語を出力する生成AIは、特に英語教育と親和性が高い。英語教育の方法を根本的に変革させるだけでなく、英語教育の意義をも変えてしまうほどの可能性を秘めている。
 金丸先生は、京都大学の全学英語カリキュラムの改定・実施に携わってこられた。一方の南部先生は、育休中に生成AIと出会い衝撃を受け、その後の実践を昨年「ChatGPT×教師の仕事」(明治図書)として出版した。教育現場で蓄積されたAI活用のノウハウや、また言語を出力するAIの実際の挙動をも踏まえ、英語教育の方法論、さらにはその意義、果ては日本の新たな国際化に至るまで、生成AIと高校・大学の英語教育について様々な観点から語り尽くす。