雑賀恵子の書評
改訂版
澤野 雅樹 平凡社ライブラリー、2026年
本書で「活用」されている?ドゥルーズというのは、20世紀を代表するフランスの哲学者ジル・ドゥルーズのことである。日本では精力的に翻訳が進んだ80年代前半から、フェリックス・ガタリ、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダらとともに、彼らの著作は、それまでの哲学のイメージを吹き飛ばす現代思想として広く受け入れられた。既存の言語を解体するような独自の造語を多用し、新しい概念を繰り出していくドゥルーズ。その本は極めて難解だ。とはいえ、高尚な哲学の本だなどと身構えず、まったくわからないままに文章を追っていくと、自分が別のもの、別の在り方へと連れ出されるような奇妙な解放感に捉われてしまった、などという人もいる。そうなのだ、ドゥルーズ自身、なんの研究者であるとか学問体系の中で位置付けられることを拒み、縦横無尽に圧倒的な速度と強度を持って思考していった人なのだろうから。
本書は、ドゥルーズ哲学をまとめたり、わかりやすく解説したりするものではない。ドゥルーズの著作群および盟友ガタリとユニットを組んで書いた著作群の両方から「いくつかの概念を取り上げ、次々に例を挙げては、どう使用すればドゥルーズの哲学がわかるかを示し、いかに世界の見え方が変わってゆくのかを見定める」、つまり説明するのではなく、実際に「使用する」というのが、著者の目論見だ。道具としての哲学を使用する、というタイトルだけ見れば、なんだかうまく生きるためのいじましいノウハウ本かと勘繰ってしまうかもしれない。だが、それは全く違う。
本書は、第一部「われわれの時代の哲学に向けて」と第二部『われわれの生存の哲学に向けて」との二部に分けて、それぞれキーワードとなる概念を章立てしていく。キーワードは、順に「此性と強度」、「差異と特異性」、「器官なき身体と強度的な夜の記憶」、「欲望する生産と出自資本」、「反生産と愚行の還流」、第二部に「現実の創造」、「折り目<襞>」、「仮面、地図、生成」、最後が「差異の反復」。なんのことやら想像もつかず、さっぱりわからないかもしれない。しかし本書は、身の回りのことやら日常生活のことやらなども織り込んで、やわらかく語りながら、これらキーワードをゆっくりとほぐしていき、章が進むごとに、ときほぐされたキーワードを積み重ねていく。読んでいるうちに、なるほどとドゥルーズの思想が身体の中に沁み込んでいくような気もする。
ドゥルーズは、あまり易しくないけれども優しい、と著者はいう。どういう「優しさ」か。それは、私たちの生が共鳴し、私たちの生を肯定する優しさだ。「他者に優しさを求め、『人から肯定されたい』と望む精神に対し、肯定されたいと願う生のうちに、それ自身を肯定しうる力があることを気づかせる」ものだ、と。
道具としての哲学、あえてこのようなタイトルをつけた著者の誘いに乗って、ドゥルーズの思想を使い、自分というものを動かしてみたい。



