初出: 大学ジャーナル Vol.163(2025 年 9 月)
結論から申し上げますと、そうではありません。以下に、なぜ理工系が中心と思われているのかをご説明します。
バブル崩壊後の1990年代以降、日本経済の停滞を背景に、政府はイノベーション創出のエンジンとして産学連携を強力に推進してきました。1995年の「科学技術基本法」や1998年の「大学等技術移転促進法(TLO法)」など、大学の研究や技術を企業へと移転するための制度的な整備が進められました。
2001年には、さらに国家主導で科学技術を推進するため、その司令塔として内閣総理大臣が議長を務める「総合科学技術会議」(2014年に「総合科学技術・イノベーション会議」と改称)が設置されました。こうした一連の制度設計の背景には、「科学技術創造立国」という、科学技術研究の発展が経済的競争力の強化につながるという理念があります。そこでおのずから、科学技術研究に直接関わる理工系の学問分野が、産学連携の主な対象として考えられるようになったのです。
この「イノベーション駆動装置」としての大学観は、そのまま「文系不要論」へとつながっていきます。2015年、文部科学省が国立大学に出した通知は、少子化や社会のニーズの変化を踏まえ、特に教員養成系や人文社会科学系の学部について、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」に積極的に取り組むよう促すものでした。この通知は「文系学部を廃止せよ」と受け取られ、大きな波紋を呼びました。後に文部科学省は、「廃止」は教員免許の取得を目的としない「ゼロ免課程」に限ったものだと説明しましたが、この騒動は長らくくすぶっていた「文系軽視」の風潮を表面化させることとなりました。2025年の現在でも、「文学は何の役に立つのか?」(岩波書店)という書籍が平野啓一郎氏によって出版されています。もちろん、このタイトルは逆説的に使われています。
このように産学連携は、わが国における経済的競争力強化の理念の下、それに即さない学術分野の軽視を伴うと、学問の危機として語られる側面があります。しかしそれももはや過去のこと。今や、企業倫理を扱うELSE分野★は、いわゆる人文系の産学連携として花形であり、多くの大企業が大学との連携を進めています。先日も、人文系のベンチャーが多く設立されているというニュースもありました。今後、大規模な産学連携は増える一方、もっと気軽に連携する「産学連結」も増加し、二極化するように感じます。
なお、筆者は、現代思想2025年10月号「特集=学問の危機」にて、「社交としての産と学。―これからの(=本来の)在り方へー」というタイトルで寄稿しています。よろしければご参照ください。★「Ethical, Legal, and Social Exchange」の略で、直訳すると「倫理的、法的、社会的な交換」となります。これは、科学技術の発展が社会に与える影響や、それに伴う倫理的・法的・社会的な問題を多角的に研究する分野を指します。
プロフィール
P r o f i l e1973年石川県生まれ。専門は、学問論、大学論。京大総長学事補佐、文部科学省学術調査官の業務経験も。近著「問いの立て方」(ちくま新書)。2025年5月、NHKによる7ヶ月間の密着取材が番組に(ETV特集「ねちねちと、問うーある学者の果てなき対話ー」)。京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授宮野 公樹先生



