これまで、自ら原子になって「相転移」現象を実感する実験や、光の三原色とLED(発光ダイオード)についてお話してきました。今回は、物質を炎の中に入れた時に発する光から原子の姿にせまるとともに、幅広い対象を扱うようになっている現代の物理の一端として、交通流という人間集団が起こす現象の謎に取り組んだお話を紹介します。

坂東 昌子先生
~Profile~
愛知大学名誉教授 NPO法人 あいんしゅたいん理事長
1965年同大学大学院理学研究科博士課程修了(博士号取得)。京都大学理学部助手、講師を経て、87年より愛知大学教養学部教授。専門は素粒子論、非線形物理。京都大学に保育所設立を実現させるなど、女性研究者の支援でも活躍。京都大学の湯川秀樹研究室で素粒子論を専攻。ノーベル賞を受賞した小林・益川博士とは助手時代は同じ研究室。2007年日本物理学会長・同キャリア支援センター初代センター長 を経て、2009年3月若手研究者支援のためのNPO法人「知的人材ネットワークあいんしゅたいん」を設立。現在に至る。
「4次元を越える物理と素粒子」「理系の女の生き方ガイド」など著書多数。大阪府立大手前高等学校出身。
炎色反応には電子のエネルギー機動が関わっている
物質を炎の中に入れて加 熱すると、銅なら青緑、リチウムなら黄色、ナトリウムなら赤色というように、物質によって炎の色が変わります。 花火の色もこの炎色反応を利用したものですが、なぜ物質(正確には原子の種類)によって炎の色が違うのでしょう。
炎色反応には、原子の中にある電子が深く関わっています。電子は原子核の周りをみな同じように回っているように見えて、実はそれぞれが決まった軌道を回っています。地球の周りを人工衛星が回っている様子を思い描いてもらうとわかりやすいかもしれません。
物質が熱や光などからエネルギーをもらうと、電子は、通常の軌道よりも高いエネルギーの軌道(外側にいくほどエネルギーが高い軌道)に移動しますが、すぐにより安定な元の軌道に戻ろうとします。元の軌道に戻るときにはエネルギーを放出します。この放出するエネルギーが、「光」となってみえるのです。炎色反応の色の違いは、電子が放出する光のエネルギーの違いによって起こるといえます。移動する軌道のエネルギー差の違いとも言い換えられます。
※ 電子のエネルギーはとびとびの定まった半径の軌道上のエネルギー準位)しかとれない。
原子核が持つ膨大なエネルギー
炎色反応を通して、原子の中の電子について少しイメージができたでしょうか。では、原子のもうひとつの構成要素である原子核はどのような性質を持っていて、どのような動きをしているのでしょう。
原子核の中では陽子と中性子が互いに強い力で結びついていて、とても大きなエネルギーが潜んでいます。この陽子と中性子が結合状態から解き放たれると大量のエネルギーが放出されます。これが核エネルギーです。核エネルギーを取り出すには、質量数の大きな原子核(ウランなど)を壊す核分裂と、質量数 の小さな原子核(水素など)をくっつけて質量数の大きな原子核をつくる核融合の2通りの方法があります。なぜ2通りあるのかというと、質量数が36(鉄)の場合がもっとも陽子と中性子がしっかり結合した安定な状態で、それより大きくなればなるほど、また小さくなればなるほど結合する力が小さくなり、原子核が不安定になるからです。核分裂や核融合をしてより安定な状態になる時に、結合エネルギーの差の分のエネルギーが核エネルギーとして放出されます。
この時、ひとつひとつの原子核内部はどうなっているのでしょう。ウラン235の核分裂の場合、中性子を原子核にあてることで分裂が起き、いくつかの軽い原子核に分かれて、平均して3つの中性子が外に放り出されます。この飛び出した中性子がまた別のウランにあたって、さらに核分裂が起こり、連鎖的にウランが分裂していきます。これを連鎖反応といいます。連鎖反応が起こるには、ウラン235が周りにたくさんなくてはいけません。あまり少ない数だと連鎖反応は起こらないので、一定の数のウラン235が必要です。この一定の量を臨界量といいます。臨界量を超すと連鎖反応が爆発的に起こって、大爆発を起こします。これが原子爆弾です。一方、飛び出してくる中性子を吸収材で減らして、反応の回数を調整することでエネルギーを得て発電するのが原子力発電です。
目に見えない原子の中にあるさらに小さな原子核が大きなエネルギーを持っているというのは不思議な感じがしますね。太陽のエネルギーの源も核エネルギーによるものです。太陽の主成分は水素ですが、高温高圧の太陽中心部では、水素原子核が核融合反応を起こして、ヘリウム原子核をつくっています。太陽の光は、この核融合反応による余分なエネルギーが放出されたものなのです。
※2 天然のウランにはウラン238とウラン235という2種類の同位体(化学的な性質は同じだが原子核の中の中性子の数が異なる)が存在している。ただしほとんどがウラン238で、ウラン235はたった0.72%しか含まれていない。このままでは濃度が低すぎて連鎖反応は起きないため、ふつうはウラン238を取り除いてウラン235を濃縮して利用する。
対象は素粒子から人間の集まりまで
いろいろな話をご紹介して きましたが、最後に私自身のことを少しお話するとともに、みなさんにメッセージをお届けしたいと思います。
私は、大学院では湯川秀樹先生の研究室で素粒子論を専攻していました。物理は素粒子から広大な宇宙までさまざまものを対象にしています。そして、どんなものでも根本的な原理まで戻って明らかにしようとするものです。
南部陽一郎先生の「自発的対称性の破れ」という言葉で有名になりましたが、当時から、たくさんの原子や分子が集まり、相互に作用することで全体の様子が一挙に変わる相転移現象(第1回でご紹介した自発磁化や超伝導などの現象)は、とても興味深いものでした。こうした現象は宇宙でも素粒子の世界でも、いたるところにみられます。最近では人間の集まりがみせる振る舞いにも応用できるのではと考えるようになりました。人間の集まりを対象にする場合、人は自由意思を持っているので原子などと同じ条件では考えられません。しかし、人間社会にも”ルール”はあります。
私がまず取り組んだのは、 運転に規則がある交通流の問題でした。電車だと車間距離が短くなっても渋滞しないのに、車の場合は混んできて、車間距離が縮まってくるとすぐに渋滞することを不思議に思ったことはありませんか。自動車を運転する時には、他車の動きを見て自車の動きを決めますね。つまり、 車同士の間に働く相互作用が原因ではないかと考え、交通渋滞を人間が起こす相転移現象だとみたのです。
そこで提唱したのが「最適速度モデル」(Optimal Velocity Model: OVモデル)です。「運転者は目前の車との車間距離に応じて最適速度に近づけるよう、車の速度を調整する」という、前車の動きをみて反応する後続車が、すぐには反応できずにそこに「時間の遅れ」が生まれることを組み込んだ模型になっています。この模型で解いてみると、混んでくると自発的に交通渋滞がひき起こされることがわかりまし た。OVモデルは「時間の遅れ」を取り入れた新しい理論として、国際的にも有名になりました。
その後、景気変動や気候変動にも同様の理論が応用できるのではと考えて、経済物理学や社会物理学の分野にまで研究のすそ野を広げました。素粒子の世界から原子や分子の集まり、人間の集まりが起こす現象までさまざまな研究をする中で、現代は、社会のルールとそこで起きる現象を、物理を使って分析できる時代になってきたと感じています。経済や経営はもちろん、生命科学、医学、心理学、工学などの分野に興味がある人も、その基本になる物理の手法を知ってほしいですし、広い分野で物理の方法を駆使すると、思いがけない学問の展開が出てくるだろうと思っています。