超少子社会へ向けて大学連携が加速 – >近畿大学 × iU 情報経営イノベーション専門職大学

トピックスⅡ 超少子社会へ向けて大学連携が加速

近畿大学 × iU 情報経営イノベーション専門職大学

私立大学の統廃合時代が幕を開けるか?

伝統の総合大学と先進の専門職大学が歴史的な戦略的連携協定を締結!

調印は、7月1日に行われた。協定要旨は下記の通りだが、これに先立って、両大学の連携にかける意気込み、狙い、展望などについて、近畿大学の世耕石弘経営戦略本部長と、iU情報経営イノベーション専門職大学の中村伊知哉学長に、それぞれの抱負と、目指すところをお聞きした。

情報経営イノベーション専門職大学と近畿大学が戦略的連携協定を締結

~起業支援・eスポーツ広域連携・広報活動を通じて、私学の未来を共創~

1. 目的

  • 起業支援に係る協業体制
  • eスポーツにおける広域連携
  • 共同広報活動

2. 具体的な展開

起業支援に係る協業体制

  • 共同で起業支援プログラムの開発と実施に注力し、学生・教職員等の起業家育成を支援します。
  • それぞれが所有する人的資本の互換性確保・補完に向け、協力し合います。
  • 両大学の協力関係にある企業群に対し、双方の学生からのアプローチを可能とするよう努めます。

2大学で大学間共創モデルを先導


iU 情報経営イノベーション専門職大学 学長
中村伊知哉さん

多様性の交差点から予測不能な未来に強い人材を育成したい

このたび、近畿大学とiUが戦略的連携協定を締結したことは、今後の大学教育の在り方に対して大きな一石を投じるものと確信しています。超少子化、技術革新の加速度化、そして地政学的リスクが増大する現在、大学が単独で理想的な教育を実現することはますます困難になっています。そのような中で、東西の特色ある大学が自らの強みを生かしつつ連携し、新たな価値を創出しようとする今回の取り組みは、まさにこれからの「大学間共創モデル」の先駆けといえるでしょう。

とりわけ、近畿大学という一世紀の歴史を持つ日本屈指の総合大学と、iUという起業家精神を中核に据えた新しいベンチャー大学との連携は、分野の垣根や規模の違いを越えてイノベーションを生み出そうとする挑戦です。こうした多様性の交差点でこそ、予測不能な未来に強い人材が育まれると考えています。従来の「教育の標準化」ではなく、「個性と共創」が問われる時代にあって、両校の連携は新たな大学像を提示するものです。

あらためてiUとは

iUは2020年の開学以来、ICT×ビジネス×グローバルを軸にイノベーターの育成に取り組んできました。全員起業への挑戦や、さまざまな産学プロジェクトを通じ、フロンティア・クリエイティブ・ソーシャルの3領域でイノベーションを起こすことを目指しています。

産学プロジェクトを通じて学ぶスタイルから生まれるものはAIからメタバースまで、宇宙から量子まで、医療からアートまで、セキュリティからモビリティまで。そしてウェルビーイングにニューロダイバーシティまでと、これまでの大学の学びでは手の届かなかったものばかりです。

また本学では、産業界のトップリーダーが教員の多数を占めますが、その指導の下、数十のプロジェクトが走っています。そして3年次には全員が4ヶ月の企業実習インターンが必修として課せられます。

最大の特徴は全員起業、学生全員が4年間に1度は起業に挑戦する仕組みです。全員が起業に成功すれば、就職率はゼロですから、「目標就職率」はゼロです。その結果、iUは起業率(起業数÷学生数)で2年連続日本一を達成しており、年間の起業数でも8位にランクインするなど、小規模な新興大学ながらも目覚ましい実績を上げています。

大学発ベンチャー起業率ランキング(2024年度調査速報より)

順位 大学名 起業率 (%) 2024年度起業 (社) 学生数
1 iU 5.59% 85 698
2 東京科学大学 1.39% 187 13358
3 京都大学 1.16% 422 12837
4 神戸大学 0.51% 113 11460
5 北海道大学 0.39% 147 11384
6 デジタルハリウッド大学 0.37% 117 1341
7 会津大学 0.35% 44 1134
8 東京大学 0.34% 468 14074
9 大阪大学 0.30% 298 15111
10 慶應義塾大学 0.30% 377 28789

(出典)経済産業省「令和6年度産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書」より

しかし、起業を目的としているわけではありません。目標はイノベーションであり、起業はそれに挑戦する学習、経験という位置づけです。起業はたいていは失敗します。iUは、その失敗から得られる学びをこそ重視します。だから「失敗大学」なのです。ICT+ビジネス+グローバル・コミュニケーションという「知識」を身につけるとともに、プロジェクト+インターン+起業の「実践」で力をつける、これがイノベーターの基礎を作るスタイルです。

これまでiUは産業界との結びつきを重視し、約800社の連携企業、1000人の客員教員からなるコミュニティを築いてきました。今後は第2ステージとして、内外の教育研究機関との連携も深めたいと考えています。今回の近畿大学との連携は戦略的な意味を持ちます。単なる共同研究や学生交流にとどまらず、「東西の実践型教育機関が手を組み、日本の高等教育のイノベーションをリードする」ことを目指しています。

「ちょもろー」イベント

※これらの具現化、拡大を目指すイベントが「ちょもろー」。「ちょっと先のおもしろい未来の略で、先進的なテクノロジーに彩られた少し 未来の社会や生活、新しい取り組みのポップカルチャーが体験できる大人も子どもも楽しめるイベント。

起業家育成とeスポーツの2 軸でスタート

具体的な連携テーマの第一弾として、「起業家育成」と「eスポーツ」の2軸に着目しています。

まず「起業家育成」に関しては、iUがこれまで培ってきた起業支援プログラムに、近畿大学のネットワークやOB経営者の知見を掛け合わせることで、全国規模でのイノベーション・エコシステムの構築を目指します。学内ピッチコンテストの共催や、外部VCや企業との接点を増やす場の創出を進めていく予定です。

eスポーツ分野においては、教育・研究・地域連携の各側面で多層的な連携を計画しています。まず学生間の活動連携として、近畿大学とiUのeスポーツサークルによる交流イベントの企画を進めており、単なる競技の枠を超えた「学び合い」「協働型成長」の場を創出していきます。iUのeスポーツチーム「INSOMNIA」が1月に大阪で実施予定のファンミーティングにおいては、近畿大学が告知や集客面でサポートを行う予定であり、東西の学生コミュニティが互いの活動を補完し合う体制が動き始めています。

eスポーツチームINSOMNIA

中長期的には「ダブルディグリー制度の導入」「グローバル展開での共同キャンパス構想」「地域課題解決型プロジェクトの展開」など、連携の幅を拡張していければと期待しています。iUの機動力と、近畿大学の規模・総合力が融合することで、日本の高等教育の未来に新しい解を提示していきたいと考えています。

次世代型キャンパスの構築も視野に

iUは今後、京都や名古屋のインキュベーション拠点とも連携して起業支援ネットワークを広げるとともに、AI・データサイエンス・クリエイティブ産業といった領域へも展開を進める計画です。欧米MBAの誘致やアジアの提携校との交換プログラムの拡充、XRやAIを活用した次世代型キャンパスの構築にも着手する予定です。

今回の連携は、そうした未来を共に創っていける重要なステップであり、これまでの大学教育にない“可能性”を広げる挑戦であると捉えています。近畿大学との連携が、多くの学生・高校生・教育関係者にとって希望ある道標となることを願っています。


ベンチャースピリットに満ちた大学とのコラボで改革を加速、革新に挑み続ける姿勢をアピールしたい


近畿大学 経営戦略本部長
世耕石弘さん

近畿大学は今年で、創立100周年という大きな節目を迎えます。「100年大学」といっても、大規模私立大学の中ではまだまだ若い存在であり、新しいものにチャレンジする役割を担っていると認識しています。しかし一方で、本来の目的が忘れられてしまい形骸化してきた業務なども目につくようになってきました。そんな中で、専門職大学という全く新しいカテゴリーで設立され、既存の大学の価値観にはとらわれないiUさんとの連携は、改めて現状を見直すいいきっかけにもなると判断しました。

iUさんは、2023年に学生の起業率で日本一、その増加率では2年連続日本一※となるなど、大学界のベンチャーとも言うべき存在であり、その取組、実績からは学ぶべきところがたくさんあると考えています。また歴史や規模、スタイルも全く違う大学との交流自体にも大きな意味があります。例えば持っているネットワーク。本学は病院、研究所、中学・高校といった附属施設・学校やOB組織に加えて、コンソーシアムや大学間連携事業に参画することで、関西でもトップクラスの学外ネットワークを持っていますが、iUさんは、歴史的な大学が持てないような新しいネットワークを多数お持ちです。連携が深まり、人事交流なども進めば、本学の改革のヒントがいくつも見つかるのではないかと期待しています。iUさんとの連携は、本学も改革に挑み続ける大学であるとのアピールにつながるのではないでしょうか。

東西間の距離は、ICT教育で埋める

昨今、東西の大学間連携は珍しいことではありません。しかし多くは、同じような歴史を持ち、規模的にも同程度の大学同士によるものが多いのも確かです。その点、このたびの連携は、専門職大学と総合大学という極めて珍しい組み合わせであり、超少子社会へ向けての私学共生の一つの在り方として注目されると思います。

学生同士の交流という観点からは、東西を行き来するにはコスト面の負担が大きいというハンデは確かにあります。しかし本学、iUさんともに教育ICTでは先進的な取組をしていますから、かなりの部分はカバーできるのではないかと考えています。

日本のeスポーツと、eスポーツ教育をともに盛り上げたい

連携の目的のもう一方の柱がeスポーツに関するものです。eスポーツについては両大学ともに、その教育面の価値に注目し、それぞれ独自に活用を図ってきました。

本学は日本国内でも屈指の規模を誇るesports Arenaを有し、利用する学生も多く、またiUさんは、起業やイノベーション創出といった経済活動も視野に入れたeスポーツ教育に力を入れておられます。eスポーツを通じて、両校の学生がコミュニティを広げ、eスポーツ教育の新たな展開につなげていきたいと考えています。

近大が目指す起業家育成教育とは。

本学は、「創立100周年に向けて大学発ベンチャーを100社輩出」の目標をすでに達成し、現在は西日本の私立総合大学で一番多くの大学発ベンチャーを創出することを目指し、「関西で起業といえば近大」というブランドを作り上げていきたいと考えています。

「KINCUBAプログラム」

ただ、本学の学部段階での起業家育成教育では、多くの大学と異なり、正課で講義を開講しカリキュラムを整備するのではなく、部活やサークル活動のように、課外での展開に力を入れています。というのも、大学では学生同士のつながりが強い影響力を持つため、その力を活かしたいと考えたからです。身近な同級生、あるいは先輩・後輩が起業していると聞けば、学生の意識は一気に変わり、意欲に火が付きやすい。そこで、起業家精神を持っている、あるいは少しでも、“たとえ1ミリでも”、起業に興味をもつ学生のために、互いに刺激しあうための場を提供しようと、2022年10月に24時間365日開放のインキュベーション施設「KINCUBA Basecamp」を開設しました。

「KINCUBA Basecamp」

そもそも本学のメインキャンパスが立地する東大阪市は、モノづくりのまち、中小企業の集積する町として全国的に知られています。ここに集う企業の多くは、事業計画をきっちりと立て、綿密な構想の基に創業されてきたわけではなく、むしろ「夢をもって行動したい」というマインドをモチベーションの根っこにしてきたのではないか、このような地域の伝統や風土こそ、学生が起業を学ぶには最適な環境ではないかと私は考えています。

また本学の強みは、キャンパスやその周辺を訪れていただくとわかりますが、「多様な人々の集まり」です。経営学部、理工学部、薬学部、国際学部などといった異分野の教員・学生、あるいは周辺の商店街などで学生を温かく見つめる大人たちが集い、ある種カオスのような環境を生みだしています。学生たちは、その中に飛び込み、リアルな接触を通じて、自分たちのコミュニティを形づくっていくわけですが、そこから、互いの知を持ち寄って日々新たな試みに挑むまでの距離や時間は、極めて短いと考えています。

通信制・共通教育のオンデマンド化をさらに進めたい

私が部長を務める通信教育部は、創設者世耕弘一が、経済的な理由で27歳まで大学に行えなかった経験から、「学びたい者に学ばせたい」「すべての人が大学教育を受けられるようにしたい」との理念に基づき昭和32年に開設されました。その後、安価な授業料と原則無試験での入学をうたって発展してきましたが、コロナ禍には、それまでに体制を整えてきたオンライン教育が、全学的な展開の支えとなりました。

このような経緯もあり、本学では対面授業が再開されてからも、通信教育および共通教育のICT化を推進してきました。そしてその結果、今では語学科目を除く共通教養科目〔一般教育科目〕は、基本的には全てオンデマンドでも受講できるようになっています。それもあって、今春、開設された建築学部の通信教育課程の滑り出しも極めて順調です。

オンデマンド化の良さは、「何度でも視聴でき、理解度に応じて学修ペースを調整できる」など、個別最適な学びが可能なことに加えて、提供する側にとっては学修に関するデータが取れることにあります。一般的には、早送り視聴や成績低下の懸念を指摘する声もないわけではありませんが、本学では現在まで、こうした弊害は確認されていません。

ちなみに情報学部では、語学教育においても、専用アプリを開発しオンデマンド化を拡充しつつあります。これが整備されれば、英語・ドイツ語・フランス語・中国語にとどまらず、海外の若者の多様な学習ニーズに応えることができるようになりますから、日本の大学がもっと「世界を相手に」展開することも可能になるのではないでしょうか。

《脱偏差値》、グローバルスタンダードに目を向けてほしい

日本の大学がさらなる飛躍を遂げるには、関西で言えば、いわゆる「関関同立」「産近甲龍」といった偏差値で大学をランク付けするような価値観から自由になることが不可欠だと思っています。偏差値は入試の合格可能性の単なる指標にすぎず、入学者の潜在能力や、入学後に学生がどれだけ成長したかを評価するものではありません。ましてや大学自体を評価するものではないはずです。

大学のグローバル化が喫緊の課題であるなら、高校生には国内でしか通用しない偏差値ではなく、世界で通用する、まさにグローバルスタンダードを基準に大学を選んでほしいと思います。

さいわい本学は、THEなどによる世界大学ランキングにおいて、関西の私立総合大学中では常に最上位に位置付けられています。もちろん順位がそれほど高いわけではありませんが、すでに《京大・阪大・神大・近大》という評価は定着しつつあります。中でも医学部は2つの附属病院を有し、国立大学にも引けを取りません。今年、医学部、近畿大学病院が移転予定の新キャンパス「おおさかメディカルキャンパス」には、最新の設備機器が備えられ、来春には看護学部も設置されますから、優秀な研究者が集まれば世界的な評価はさらに高まることでしょう。

大阪メディカルキャンパス

高校生のみなさんがドメスティックな価値観から離れ、グローバルな価値観で大学を選択する時代が訪れた時こそ、日本の大学全体がさらに発展する時ではないか。本学はその時のために、国立大学にも伍していける大学を目指して改革を続けていきたいと考えています。

経済産業省による大学発ベンチャー実態等調査による。2024年度調査(10月末時点での、2023年度との比較による)「大学発ベンチャー企業数」 (2025年6月6日の中間発表)では、iUは4位、近畿大学は12位に入っている。

剛腕、逝く – 追悼、松本紘先生

剛腕、逝く

追悼、松本紘先生

元京都大学総長、理化学研究所名誉理事長、国際高等研究所所長

剛腕、と表現したら、間違いなく叱責を買っただろう。いや総長としての手腕ではなく、腕相撲の強さだと釈明したら大いに納得してもらえると思う。20代の学生にも負けないその強さを体験した人は少なくないはずだ。

時流におもねることを嫌う京都大学にあって、至難とも思える教養教育改革に道筋を付けた他、若手研究者育成のための「白眉プロジェクト」、日本の大学院改革を先導する「総合生存学環(思修館)」、アカデミアのタコつぼ化に一石を投じるための「学際融合センター」などを設置。教育・研究改革を精力的に推進、ガバナンス改革も断行された。入試改革、首都圏での京大の知名度再浮上にも力を入れられた。また副学長時代、CiRA (iPS細胞研究所)の設置を強力にバックアップされたことは良く知られる。

批判の声も聞かれなかったわけではないが、剛腕の2文字は耳にしたことがない。伝統の《対話》や《自由の学風》を尊重し、学生や若手研究者とはフランクに接する。加えて学生の送り手である高校教員への敬意溢れる接し方や、誰にでも幼少期の苦労を懐かしそうに明かされる人懐こさも、それに一役かっているのかもしれない。

人類の来し方行く末、その生存圏の未来、そして日本文化への鋭い洞察も多々お聞きした。中でもアカデミアの本質を射抜いた「学問とは真実を巡る人間関係である」の言葉は、多くの人の耳に残る。「80歳まで現役」の公約通り、総長退任後は上京し理研での激務もこなされた。一昨年春、郷里近くへ戻られ、静かな老後と思索の日々に思いを馳せられていたが、その実現は次世への課題となった。6月15日没、行年82歳。

在りし日のお姿

松本先生と高校生

松本紘先生と高校生

千葉県立千葉高等学校・中学校の全校生徒、保護者など約1500人を前に白熱の講演。終了後、会場ロビーで高校生たちに囲まれて (2011年7月15日)。

松本先生と校長先生方

松本紘先生と首都圏の校長ら

首都圏の公私立進学校の校長先生方と。恒例になった対話と意見交換会(第5回)の後で(2012年9月13日@品川)。

松本先生の講演

松本紘先生の講演風景

自ら企画した「京大高校生フォーラム IN TOKYO」(東京都教育委員会と共催)の第3回では、「100年後の未来」について高校生に考えてもらうとともに、講演も行った(2013年11月1日)。

関連リンク:松本紘先生の過去記事はこちら

新課程2年目、受験生の選択肢はますます増える。

来春も新しい学部(学環含む)・学科がたくさんデキル!

新課程2年目、受験生の選択肢はますます増える。

少子化の急激な進行による将来の受験人口の激減に備え、大学を募集停止にする法人が出始める一方、国が後押しする理工農系、データサイエンス系を中心に、社会のニーズに合わせた学部・学科の新増設や、既存学部・学科からの転換、その再編をはかる動きも目立つ。以下にそんな国公立大学、主要私立大学の事例を一部紹介する。

2026年度 主な新設学部・学科

大学 学部 学科 定員
国公立大学
熊本 共創学環 80
佐賀 コスメティックサイエンス学環 30
旭川市立大学 地域創造 地域創造 100
長野大学 共創情報科 90
福井県立大学 地域政策 地域イノベーション 70
県立広島大学 地域創生 情報 40
私立大学
立教 環境 環境 204
東京理科 創域情報 情報理工 360
科学コミュニケーション 80
明治 政治経済 政策 200
数学 70
中央 基幹理工 物理 70
応用化学 145
生命科学 75
都市環境 90
社会理工 ビジネスデータサイエンス 115
人間総合理工 75
精密機械工 145
立命館大学 デザイン・アート デザイン・アート 180
近畿大学 看護 看護 110
アントレプレナー
関西大学 文化 文化構想 170
文化観光 100
システム理工 グリーンエレクトロニクス 62
甲南大学 理工 物質化学 45
環境・エネルギー 40

※ 6月末時点で、文部科学省からの認可がまだ下りていない学部・学科も含まれています。

2024-2026年度 新設学部・学科 分野別構成


最大のトレンドは「情報・データサイエンス」

全体の22%を占め、トレンドが持続的であることを確定的に示しています。DX(デジタルトランスフォーメーション)を担う人材育成が、大学の最優先課題であることがわかります。

社会を支える「医療・保健」の安定した需要

「情報」分野に匹敵する20%の規模を維持。高齢化や健康志向を背景に、チーム医療を担う専門職の育成が急務であることがうかがえます。

見逃せない「教育・心理・福祉」という大きな柱

3年間累計では16%と高い割合を占めます。技術革新が進む中でも、人の心や成長、共生社会といった根源的なテーマが、変わらず重要視されていることを物語っています。

慶應義塾大学 伊藤公平塾長が重任。2期目に臨んでさらなる改革を目指す。

伊藤公平塾長の写真
慶應義塾大学 伊藤公平塾長

5月27日、慶應義塾大学の伊藤公平塾長(59)が、同日をもって任期満了を迎えた塾長職に重任した。28日に行われた記者会見で、伊藤塾長は、大学の今後の方針として国際的な教育交流の強化を掲げた。ハーバード大学の留学生受け入れ資格の停止措置についても言及し、国と対峙するハーバード大学の姿勢を支持し、同大学からの学生の受け入れについては、要請があれば交換留学生として受け入れる方針を表明した。さらに、留学している学生にはこの混乱から学んでほしい。若い頃に経験した大学のリアルな実態が今後の学びや経験にとって重要な核となるとも話した。

関連リンク:過去記事はこちら

高校「探究」の課題、どう乗り越えるか?

大学ジャーナル vol.162 P04

高等学校「探究」の現場から その8

高校「探究」の課題、どう乗り越えるか?

秋田県高校生探究発表会を通じて得た成果から

東海林 拓郎さんの顔写真

東海林 拓郎さん

秋田県立秋田中央高等学校 教諭 博士(生物資源科学)
秋田県立大学生物資源科学部卒業。秋田県立大学大学院生物資源科学研究科博士課程前期・後期修了 博士(生物資源科学)取得。NPO法人環境あきた県民フォーラム、一般社団法人あきた地球環境会議を経て、2016年より秋田県の博士号教員。2023年より、秋田県立秋田中央高等学校に勤務。専門は、土壌環境学。北海道立札幌月寒高等学校出身。

今号では、一昨年・昨年度と2年連続で開催した「秋田県高校生探究発表会(以下、探究発表会)」について、企画内容に加えて、企画意図や成果・課題を紹介します。「課題研究」に代表される高校の探究活動について知ってもらう一助となればと思います。

探究発表会の開催背景

「総合的な探究の時間」のスタートに伴い、文系や理系を問わず、全ての生徒は探究的な活動を通じた成果や学びを3年間蓄積することになりました。

ひと昔前までは、実業科や科学部、理系のクラスなどで実施される研究活動を「課題研究」と呼び、「探究活動」は理系がメインのイメージを持たれていたと思います。これを、全生徒を対象に実施するというのは大きな変化であったと言えます。スーパーサイエンスハイスクールに指定されている筆者の所属校でも(第Ⅰ期:平成25~29年度、第Ⅱ期:平成30~令和4年度、第Ⅲ期:令和5年度~)、第Ⅰ期では理系と躍進探究部(いわゆる科学部)に限定されていた課題研究を、第Ⅲ期には全生徒を対象に探究活動として実施するようになりました。

これらの変化から数年が経過し、以下の課題が浮き彫りになってきました。

文系の探究活動の成果発表の場が不十分
文系の探究活動の指導ノウハウが不足
文理問わず探究活動の指導経験について、情報共有の場が不足

以下、この3点についてさらに詳しく分析してみます。

文系の探究活動の成果発表の場が不十分

秋田県では、複数の高校がエントリーする自然科学系の成果発表の場は、学科やSSHの指定の有無などにもよりますが、年間に3~4種類存在します。そのため、学校としては、例えば、「今年度は、この3件は発表会Aで、こちらの2件は発表会Bで、あの4件は発表会Cで発表させよう」など、より多くの生徒に発表を経験させることができます。一方で、文系の探究活動の発表機会は、学校内の発表会か全国規模の大会に限定され、より身近な秋田県内での発表の機会は皆無でした。すなわち、文系の探究活動は、学校内という閉じられた環境で実施されるケースがほとんどであったのが実態と言えます。

文系の探究活動の指導ノウハウが不足

教科書会社からは「課題研究」や「探究活動」の進め方に関する出版物が発行されていますが、高校の理科教員のほとんどは卒業論文研究や修士論文研究を経験しており、これらの経験をベースとした指導が実践されているという印象を受けます(教科書を使用しないという意味ではありません)。一方で、文系の探究活動の指導に焦点を当てると、指導に当たる教員から「研究経験がない」という声が多く聞かれ、テーマ設定、仮説の導き方、仮説の検証方法に苦慮しているケースが散見されます。筆者は博士号教員派遣事業の一環で、秋田県内の高校に招かれて講演を行う機会がありますが、ここ数年、地域課題の解決をテーマとした「探究活動の進め方」についての依頼が急増しています。この傾向も、文系の探究活動の指導に対する不安の表れとも考えられます。

文理問わず探究活動の指導経験について、情報共有の場が不足

前述した2つの課題については、筆者の経験や、県内の博士号教員との情報交換で得た情報をもとに記述したものです。したがって、探究活動について客観的かつ網羅的に状況を把握した上での分析とは言えないかもしれません。しかし、秋田県に限った話かもしれませんが、これこそが最後の課題として指摘したい部分です。探究活動の指導ノウハウやカリキュラムとしての探究活動のマネジメントなど、教員間・学校間での成果と課題の情報共有が十分とは言えない状況なのです。

このような課題意識を持っていた中、Classi株式会社から、「関西学院大学高等部と開催している『中・高生探究の集い』のような発表会を秋田県でも開催できないか?」と打診されました。生徒と指導教員が理系分野に限定せずに「探究活動」をテーマに集う場は、上記課題をクリアする一歩となると考え快諾しました。

探究発表会とその成果

この探究発表会は、これまでに2023年度と2024年度の2回、開催しています。各年度とも、Classi株式会社と上記の課題意識を共有しつつ、1つひとつクリアできるよう議論を重ねて企画を進めました。実施概要は以下の通りです。

2023年度 2024年度
発表分野 不問 不問
発表形式 口頭発表(7件)、ポスター発表(22件) ポスター発表(34件)
主催者と参加者のコミュニケーション コンテスト形式・対象は口頭発表
賞金あり
基調講演あり
フィードバック形式 全員が対象
博士号教員などからコメント、賞金なし
基調講演なし
参加者同士のコミュニケーション なし 生徒交流会(生徒主催)、教員交流会
参加者数 127名 156名
参加校数 7校 9校

発表分野については、一貫して「不問」としました。これは、特に文系分野の発表機会を創出することを意図したためです。2024年度の内訳は、文系分野と理系分野が、それぞれ23件と11件でした。文系の探究活動の成果発表の場として、一定の成果を果たしていると考えます。

主催者と参加者のコミュニケーションについては、コンテスト形式をやめて、「論理展開の妥当性」の視点からフィードバックを行う形式へと転換しました。博士号教員などからのフィードバックには、生徒だけでなく、その探究活動を指導した教員へのメッセージも込められています。参加生徒に行った事後アンケートでは、「他校との交流・フィードバックが刺激になった」という声や、他校の探究活動の質の高さ、また自己成長への言及がみられました。

参加者同士のコミュニケーションの場をと、基調講演に代わり、生徒及び教員の交流会を設定しました。このうち教員交流会では、探究活動の指導教員や分掌としての担当者、博士号教員、主催者である筆者らも参加しました。各校の探究活動について基本情報を紹介してもらい(カリキュラム、教員あたりの指導件数、個人探究かグループ探究かなど)、抱えている課題やその課題の解決方策を共有しました。交流会で出た悩みの多くは「テーマ設定」に関するものでしたが、Classi株式会社から全国での取り組み事例や生成AIの利用事例が紹介され、博士号教員からはテーマ設定の時期について助言もありました。これまでは職員の異動等でしか知りえなかった、他校の取り組み手法や成果、課題を共有できた意義は大きいと考えています。

大学に期待すること

一教員としても所属校としても、秋田県の探究発表会の企画を通じて、Classi株式会社と協業した経験は大きな成果と言えます。中でも特に印象的だったのが、「中・高生探究の集い(兵庫県、主催:関西学院高等部,Classi株式会社)」に招待された際に実感した、大学の役割の大きさです。それは、大学側が単に専門的な助言や講評を行うだけでなく、「探究活動」を通して生徒に身に付けてほしい資質・能力を参加者に向けて発信するということです。「中・高生 探究の集い」では、将来にわたる探究的な営みに必要となる資質・能力について実感してもらえるように、大学の教員が生徒や教員向けの企画に関与する姿を目の当たりにしました。また、「令和6年度 東北地区SSH指定校発表会」の生徒向けワークショップの企画・運営に、東北大学が参画していたことにも同様の意義を感じました。

このような、高校生の探究活動の成果発表会の場と大学の関わり合いは、大学側にとっては高校の探究活動の実情を把握する機会となりますし、高校側にとっては大学が(ひいては社会が)求めている資質・能力を直接知る機会になります。入試制度が変容していくことを鑑みても、一定の意味があるのではないでしょうか。

雑賀恵子の書評 – となりの史学 戦前の日本と世界

雑賀恵子の書評

雑賀恵子

文筆家。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大附属高等学校天王寺校舎出身。著書に「空腹について」(青土社)、「エコ・ロゴス―存在と食をめぐって―」(人文書院)、「快楽の効用」(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号、書評を執筆。

書影

『となりの史学 戦前の日本と世界』

著者: 加藤陽子

発行: 毎日新聞出版 (2025年)

「となりの史学」という少しヘンテコリンなタイトルに、葉巻を咥えてVサインをするチャーチル、両手を前に組んでいるヒットラーやスターリン、顎に両手を当ててそっぽ向いてる蔣介石、もう一人、これは松岡洋右(かなあ、違うかなあ)が芝生の上に丸く並んでいるポップな手描きイラスト。真ん中に、本を小脇に抱えたにこやかな女性と、なんだか困って座り込み謝っているような男性。思わず手を取ってしまいたくなる、楽しい表紙だ。

著者は加藤陽子さん。東京大学大学院人文社会系研究科教授で、中高生への集中講義を通して日本近現代史を見つめた名著「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」で広く知られる歴史学者である。表紙だけではなく、本文中にもまんがを描いているのはモリナガ・ヨウさん。早稲田大学で地理歴史学を修め(だから歴史には詳しい)、イラストルポで独自の世界を築いている画文家だ。もちろん、表紙の真ん中の二人がこの二人である。この二人がタッグを組んで、第二次世界大-戦に突き進んでいく世界を、内外の第一線の研究者たちが書いた本を紹介しながら読み解いていくのが本書である。もともとは、東京大学出版会のPR誌「UP」に2010年から2018年まで「トナリのシガク」として連載されていたものだ。


「となりの史学」とはどういう意味だろう。直接の意図は、著者専門の日本近代史の隣接領域である西洋史・東洋史・グローバルヒストリーなどの世界史を「羨望しつつ面白がって、世の中の人々にもお知らせする」というものだったらしい。 最新の研究を収めた専門書を取り上げてじっくり読んでいくという連載時の文章を、「日本と中国」「日本とロシア」「日本と英国」「日本とドイツ」と二国間関係を柱にして分類し編み直している。 隣接領域というが、もちろん専門領域には概ね国家の枠組みがあるとはいえ、日本史は日本史として、中国史は中国史として孤立している訳ではないのは当然のことである。にもかかわらず、ごく最近まで、高校で習う歴史の授業では、日本史と世界史の二つに教科がくっきり分けられてきた。そして習ったそれらの歴史は、筋が通っていると思うし、それを基点に外国の歴史を眺めたりする。だが、隣りの国には、隣りの国の歴史観があることも忘れてはならない。お互いの歴史の見方を擦り合わせて、客観的に捉える作業が必要だ。「歴史総合」という教科ができたのもそのためだろう。

日本では、自国史を太平洋戦争終結前後を分水嶺と考え、現代社会を考察する際は1945年8月15日を起点とするのが一般的だ。 しかし中国では、「建設」(近代化)と「統一」(統一国家の形成)を二大目標に掲げた1911年の辛亥革命を起点とするという。 専門書を紐解きながらのこうした指摘は、なるほどなるほどである。

イラストの加藤先生はにこやかでありながらも、キリッと鋭く前を見ている。戦争に突き進んでいく世界の中での日本を捉え直すと同時に、本書は、私たちの生きている現代の日本の状況についてもきっちりと炙り出している。

本書は難しいかもしれない。けれども、誠実な学者というものの凄まじさは読むごとに静かに迫ってくる。

たとえば、日本ファーストの妄想じみた歴史観を主張し、積み重ねられた研究を切り捨てるような政治家が何を喋ろうとも、この静かな凄まじさには勝てないだろう。加藤先生が、菅政権によって日本学術会議新会員の任命を拒否された理由が、わかろうというものである。

今春、京都産業大学 情報理工学部・理学部が「情報プラス型」入試を導入

新課程2年目の2026年度入試は、情報を個別試験で出題する大学が増加、このチャンスを見逃すな!

奥田次郎先生の顔写真

京都産業大学 情報理工学部長
奥田 次郎先生

Profile

1993年東北大学工学部資源工学科 地質情報工学 卒業 工学士、1995年同資源工学専攻 地質情報工学 修士課程修了 修士(工学)、1997年同医学系研究科 障害科学専攻 高次機能障害学 博士前期課程修了 修士(障害科学)、2000年同博士課程修了 博士(障害科学)。2002年1月~2004年1月英国University College London Institute of Cognitive Neuroscience Visiting Scientist、2008年4月から京都産業大学 コンピュータ理工学部インテリジェントシステム学科 准教授、2011年から同先端情報学研究科 准教授、2015年から同教授。2012年3月~2015年3月 株式会社国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 動的脳イメージング研究室 客員研究員。2018年から京都産業大学情報理工学部 情報理工学科 教授、2024年から現職。兵庫県立神戸高等学校出身。

教科「情報Ⅰ」を必履修とする新課程への完全移行を受け、2025年度入試の大学入学共通テストでは、すべての国公立大学が「情報Ⅰ」を課すことになった。これと並行して、特に私立大学では、入試の個別試験の一部に「情報」の試験を新たに導入する大学が増えた。「情報プラス型」入試を実施した京都産業大学の情報理工学部・理学部もその一つ。一般選抜において「情報」を個別科目として明確に評価する先駆的な取り組みとして注目を集める。その導入の意図や経緯、今後の展開について、情報理工学部長の奥田次郎先生に聞いた。

2025年3月開催の情報処理学会全国大会(ポスターセッション)で紹介されたほか、情報処理学会・学会誌「情報処理」の記事 私立大学「情報」の入学試験どう作ってる?でも取り上げられ、教育的配慮と難易度のバランスが高く評価されるなど、全国の情報教育関係者からも注目を集めている。
情報処理学会・学会誌「情報処理」記事の詳細はこちら

note記事の詳細はこちら

なぜ「情報」を入試で問うのか?

高校の新学習指導要領で「情報Ⅰ・Ⅱ」が導入され、情報教育がプログラミングやデータ活用といった実践的内容に進化した。こうした学びを大学入試でも正当に評価すべきというのが、京都産業大学のスタンスだ。

「情報の力を持った学生を積極的に迎え入れたい。その素養を評価する手段として、入試科目に情報を設ける意義は大きい」と、情報理工学部長で、BMI※1など、データサイエンスと脳情報計測・分析を融合させた研究を進める奥田次郎先生は語る。実際、大学での学びにスムーズに接続できるという点でも、情報の試験は入学後のミスマッチ軽減に貢献するはずという。

1 Brain Machine Interface

「情報プラス型」入試の仕組みと出題内容

京都産業大学が2025年度の一般入試に導入した「情報プラス型」は、英語・数学に加えて「情報」を3科目目として選べる併願制度。スタンダード2科目型(英数)による判定に加えて、併願オプションとして情報を加えた3科目による判定が行われ、この2回の判定のどちらかで合格すれば良い、受験生にとって嬉しい制度だ。情報理工学部では、英数が各100点のところ情報の配点は200点で、英数にやや不安のある受験生にもチャンスが広がる。

情報プラス型入試形式の詳細はこちら

実際の出題例としては、アルゴリズムの出力を読み解く問題や、アルゴリズムを理解してコードを完成させる問題、あるいは統計データを分析して傾向を捉えるものなどがある。これらは単なる暗記ではなく、論理的思考力と課題解決力を評価する内容となっている。

「今の高校生は、情報という教科を通して『課題を見つけ、整理し、データをもとに仮説を立て、検証する』という、これからの時代に求められる重要な力を育んでいる。その能力を、大学の入り口で正当に評価しない手はない」と奥田先生。丁寧に練られた問題構成で、基礎的な理解から応用的な思考までが段階的に問われる。

初年度の反響と成果

導入初年度の2025年度入試では、情報理工学部に限ると志望者198名のうち約半数の95名が情報試験を選択。38名がこの方式で合格した。英数の得点だけでは届かなかったが、情報の得点で逆転した受験生もおり、入試に新たな突破口を開く制度としても注目される。

「英数では埋もれてしまうかもしれないが、情報で輝く生徒がいる。その芽を入試で見逃さないための制度」と奥田先生。結果的に、入学後の専門教育にスムーズに適合する人材の選抜につながるはずという。

この秋、公募推薦入試にも展開

個別試験での導入で手応えを掴んだ京都産業大学情報理工学部、理学部では、2026年度入学者へ向け、「情報プラス型」を公募推薦入試にも導入する。もちろん英語・数学の2科目判定と情報を加えた3科目判定の2回分の合否判定を受けられる選抜となる。「共通テスト前に情報の学びを活かす機会が増え、情報教育に力を入れる高校にとっても好材料となるのではないか」と奥田先生。

実は、同大学・同学部は、以前から情報に関する選抜では実績がある。AO入試(現総合型選抜)では20年以上前から作品提出型を、2015年度(2016年度入学予定者)からは筆記試験型(情報プラス型へ発展的解消)を導入。作品や試験成績に加えて、情報関連の資格取得やコンテスト参加・受賞等の自主的な活動の成果も評価するなど、入学者の情報能力を見ようという姿勢は一貫している。これは受験生からも、「自分の得意なことを評価してもらえる」と評価が高かったという。

入学後の教育環境と社会との接続

京都産業大学では、データ・AI活用に関する科目をすべての学部生向けに開講しているが、大学院では先端情報学研究科が2024年、文部科学省「令和6年度大学・高専機能強化支援事業(支援2:高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援)」に採択された。情報技術力を備え新たな価値を創造できる人材育成を目指すもので、IT企業と連携した実践的な演習科目の創設など、情報教育の高度化と社会実装に取り組む。また、デジタルファブリケーション分野の強化のためにデジタルものづくり工房「ファブスペース」を増強、地域のスタートアップ企業、伝統産業などとも連携する。

これからの情報入試と展望

関西では2026年度、総合大学を筆頭に、情報科目入試を導入する大学の増加が見込まれている。こうした中、京都産業大学は私立総合大学として、情報分野の入試改革をリードする存在を目指したいとする。

「理学部が理科の試験を入学者選抜で課すのと同じように、情報系学部が情報の試験を課すのは当然。情報の試験についてノウハウや意義・考え方を他大学・高校とも共有し、高校と大学の情報教育をつなげていきたい。『情報』に関する日本の大学入試とその教育のスタンダードを作る一助になれば」と奥田先生。京都産業大学情報理工学部からの熱いメッセージが伝わってくる。

2026年度入試へ向けて、「情報」を学ぶことが新たな可能性につながる時代がもう始まっている。

情報プラス型受験者の「情報」の得点分布 (情報理工学部受験者)

情報プラス型受験者の「情報」の得点分布を示す棒グラフ
情報プラス型受験者の「情報」の得点分布

「情報」の得点分布は50~60点台にピークがあり、基礎力のある層の挑戦がうかがえる。70点以上の高得点者もいる。ただし、合否には英数の得点も加味される点に注意。

情報プラス型入試の配点図
情報プラス型入試の配点図

いよいよ60周年

1967年、私立大学では最も早い段階で大型コンピュータを導入した京都産業大学。コンピュータ教育、入試事務や図書館業務などのコンピュータ化で全国の注目を集めた。1971年には、情報理工学部の源流というべき計算機科学科が設置された。

試験について

試験時間は80分。出題分野は「コンピュータサイエンス基礎」「プログラミング」「データ分析」の3領域。特徴的なのは、京都産業大学独自の入試問題用疑似プログラミング言語を用いたコーディング問題や、表やグラフを読み取って考察するデータ活用問題などで、探究学習との親和性も高い。

物理かじってみる? – AIも生物も物質も、物理が見出す”共通の仕組み”

拡散とトポロジーが映し出す、“生み出す力”と“壊れにくさ”の数学的構造

広野 雄士先生の顔写真

広野 雄士先生

~Profile~

筑波大学 システム情報系 准教授
東京大学大学院理学研究科博士課程修了。 博士(理学)。 専門は素粒子物理、統計物理、生物物理、機械学習とその応用。 原子核物理からスタートし、機械学習やシステム生物学、トポロジー的思考を導入したネットワークの解析まで、学際的領域に幅広く取り組む。 筑波大学附属高等学校出身。

生物の恒常性、物質の相転移、そしてAIによる画像生成 – 一見まったく異なる現象の背後に、共通する数理構造が潜んでいるとしたらどうだろうか。 そうした問いを起点に、物理・生物・情報といった複雑な領域に横断的に取り組んでいるのが、筑波大学の広野雄士先生だ。 原子核物理を出発点としながらも、機械学習やシステム生物学に、トポロジー的視点を取り入れ、今では“学習物理”という枠組みを掲げて研究を続けている。 最新の研究では、AI画像生成で注目される拡散モデルを、非平衡物理の立場から再構成するなど、実装と理論の両面から新たな視点を切り拓いている。

身近な現象とつながる拡散モデル

ノイズと回復のプロセスを示す図
ノイズと回復のプロセス

拡散モデルとは、AIが画像を生成するときに使われる方法のひとつだ。 最初は、まるでテレビの砂嵐のようなノイズだらけの画像しかないところから、少しずつ意味のある絵―たとえば猫の写真や風景画―を浮かび上がらせていく技術である。

このしくみは、たとえばコップの水に一滴のインクを垂らしたときを想像するとわかりやすい。 インクは水の中にじわじわと広がっていき、やがて全体がうっすら染まる。 拡散モデルでは、これと逆のこと―つまり、インクが広がる前の「元の形」を再現するような作業をAIが行っている。 この“逆再生”のような仕組みの背景には、物理学で研究されてきた拡散現象の数学的な構造がある。 たとえば、熱が高温から低温へと伝わっていく過程のように、何かが広がっていく動きを記述する数理的な枠組みが、データにノイズを加えていく過程に活用されている。 そして画像を生成する際には、その過程を逆向きにたどることで、秩序ある構造が少しずつ立ち上がってくる。 ここに、物理学とAIのつながりが見えてくる。

また、モデルの中で扱われる「ノイズ」は、ある意味で自然界の“揺らぎ”や“不確かさ”に対応しており、それをうまく扱うことで、AIは柔軟で多様な画像を生み出すことができる。

つまり、AIの最先端技術である拡散モデルの中には、古くから物理学が取り組んできた自然現象の数理構造が、そのまま生きているというわけだ。

ロバストな仕組みの背後にある「つながり」の構造

人の身体は、気温が少し変わっても体温を一定に保ち、血糖値も安定させる。 こうした「ちょっとした変化に強い」性質は“ロバスト性”と呼ばれ、生物が安定して生きるために欠かせない。

広野先生は、生体内で起きる複雑な化学反応のつながりを「グラフ」として捉え、分析している。 ここでいうグラフとは、点と線でできたネットワークのようなもので、各点が分子や反応を、線がそれらの関係を表す。

驚くべきことに、ある特定の“つながり方”をしているグラフは、外界の変化や、そこからのノイズに対して非常に頑丈にふるまうことがわかってきた。 こうしたロバスト性の背後には、「トポロジー」と呼ばれる“つながりの形”に着目する数学の考え方が関わっている。

似たような考え方は、物質の世界にも現れる。 たとえば「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる特殊な物質では、内部では電気を通さないのに、表面では少しくらいの傷や乱れがあっても電気が流れる性質が保たれるという不思議な特徴がある。 このような“壊れにくさ”は、物質の状態が持つトポロジカル不変量と呼ばれる量によって守られている。 つまり、見た目の構造ではなく、状態の“つながり方”に関わる抽象的な特徴が、物理的な性質を左右するのである。

遠回りにも見える歩みの中で

大学に入ったころ、広野先生は「生きているものと、そうでないものでは何が違うのか」という問いに関心を持っていた。 たとえば、犬と消しゴム。 どちらが生きているかは一目瞭然だが、その違いがどこから来るのかを考え始めると、意外と明確には説明できない。 そんな疑問から、生物とは何かを知りたいと思うようになり、生物学に強く惹かれていった。

しかし、生物学を深めるにつれ、個別の知識の積み重ねが中心となることに違和感を覚え、「この問いには物理学のような、もう少し抽象的な視点が必要なのでは」と考えるようになる。 そして学部3年次に物理学科へと進んだ。

ところが、そこで一気に視野が開けたわけではなかった。 むしろその後は、授業に出ずにアルバイトやインターンに明け暮れたり、しばらく大学を離れて働いていた時期もある。

研究を始めてからも、ひとつの道をまっすぐ進んできたというよりは、そのときの流れの中でいろいろなテーマに取り組んできた。 しかしその遠回りの中で、ときに思いがけず、それまで別々だったものがつながる瞬間もあったという。

物理・生物・情報といった分野を横断する現在の研究スタイルにも、そうした遠回りの経験が影響しているのかもしれない。

高校生へのメッセージ

AIが急速に発展し、「とりあえず動かしてみる」ことは誰にでもできる時代になった。 こうした流れに対して、「人間の役割がなくなってしまうのでは」と不安を感じる人もいるかもしれない。

しかし広野先生は、人間の脳とコンピュータは仕組みそのものが異なるため、同じ情報処理をしているように見えても、できることが完全に重なることはないと考えている。

「AIはたしかに強力な道具ですが、それだけで何でも代替できるものではありません。 むしろ、これからはAIが汎用技術として社会のあらゆる分野に入り込んでいく。 その中で、何を扱うかという専門性を持っていることが、ますます重要になると思います」

どんなに優れたツールがあっても、それをどう使い、何を生み出すかを決めるのは人間だ。 AIが広がる時代だからこそ、人間側にある知識や判断の力が、アウトプットの質を左右する。

ChatGPTのような生成系AIが、学びのパートナーとして活用できるようになってきている。 難しい論文を要約してもらったり、内容を噛み砕いて説明してもらったりといった具合に、学びの体験をより深く、リッチなものにできる。

実際、広野先生が共著の一人に名を連ねた『学習物理学入門』という書籍では、書籍の内容をあらかじめ学習したChatGPTと対話しながら、読者自身が学びを深めていけるような工夫も施されている。

「最近は無駄なくタイパ重視で生きようとする人も多いように思いますが、人生ってもうちょっと長いスパンで見た方がいいんじゃないかと思うんです」と広野先生。 「僕はこれまで、そのときそのときで面白そうだと思ったことに取り組んできただけで、正直あまり計画的ではなかった。 でも、研究者としての人生を30年くらいの スパンで見れば、そうやって関わってきた様々なトピックが、あとになって意外なかたちでつながってきたり、別の分野に応用できたりする場面が出てくるんですよね」。

無駄を避けて最短距離を行く――そんな生き方がよしとされがちな時代かもしれない。 けれども、短期的には非効率に見える選択が、長期的には思わぬ強みにつながることがある。

そして今は、AIをうまく味方につけることで、そうした探究の過程により多くの試行や学びを重ねることができる時代になりつつある。 AIは人間の力を奪うものではなく、選択肢や視野を広げてくれる存在だ。

AIとともに考え、学びながら成長していく――そんな時代が、すでに始まっている。

トポロジーとは?
ドーナツとコーヒーカップの図
ドーナツとマグカップは、トポロジー的には「同じ」。

ドーナツとマグカップは、一見するとまったく異なる形に見える。 しかし、トポロジーの観点からは、この二つは同じ形として扱われる。 どちらも「穴がひとつある」という特徴を共有していて、滑らかに変形できる範囲であれば、相互に移り変わることが可能だからだ。

トポロジーとは、物体のサイズや角度、素材などには依存せず、連続的な変形によって保たれる“つながりの構造”に注目する数学の一分野。 角を丸めたり、表面を伸縮させたりしても変わらない、図形の本質的な性質を捉えることを目的とする。

このような視点は、幾何学的な図形の分類にとどまらず、電気回路、分子構造、データ構造の解析、さらには物理学や生物学のネットワーク構造の理解にも応用されている。 トポロジーは、表面的な違いに惑わされず、内在する構造の共通性を見抜く手法を提供する。

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 物理





第14回 科学の甲子園全国大会 ― 実技競技①(物理分野)「スマホのセンサー」観戦記




第14回 科学の甲子園全国大会
実技競技①(物理分野)「スマホのセンサー」・観戦記

今回の物理分野の実技競技は、私たちが日常的に使っているスマートフォンに搭載されている加速度センサーについて学習することである。この種のセンサーは歩数の計測などに使われている。

物体の加速度とは単位時間当たりの速度の変化量である。鉛直落下では速さが刻々増し、それが重力加速度である。一方、速さが一定でも速度の向きが変われば加速度は 0 ではない。等速円運動が典型例で、半径 \(r\)、速さ \(v\) のとき、加速度は円の中心方向を向き、大きさ \(a\) は

\[
a = \frac{v^{2}}{r}\tag{①}
\]

で与えられる。

問1

半径 \(r = 10.0\,\mathrm{cm}\)、周期 \(T = 2.00\,\mathrm{s}\) の等速円運動について速さ \(v\) と加速度の大きさ \(a\) を求めよ。

\[
v = \frac{2\pi r}{T},\qquad
a = \frac{(2\pi)^{2}\,r}{T^{2}}
\]

<実験1>

加速度センサー付きマイコンボードと PC(アプリ Appin.exe)で \(X,Y,Z\) 軸の加速度をリアルタイム計測する。

問2

水平面に静置したとき 0 にならない軸とその値(有効数字 2 桁)を答えよ。
推定解:鉛直(\(Z\) 軸)で \(9.8\,\mathrm{m/s^{2}}\)。

問3

マイコンボードを前後左右上下に動かし、写真1の各方向が何軸に対応するか答えよ(水平面は \(X,Y\) 軸)。

問4

空欄補充 — 「センサー自身が運動する時の加速度に(    )を加えたものを測っている」
答:重力加速度


<実験2>

ロクロ上に回転板(6 パターンの縞模様)と測定板を取り付け、円運動の加速度と周期の関係を検証する。

ストロボ効果

iPad(30 fps)で縞模様を撮影し、逆回転が始まる直前を周期測定の指標とする。

問5

逆回転直前の加速度を計測し、加速度ベクトルの向きが物体と中心を結ぶ線(向心方向)であることを確かめよ。

問6

センサーを中心から \(r = 15.0\,\mathrm{cm}\) に固定し、5 パターンそれぞれで周期 \(T\) と加速度 \(a\) を測定せよ。合成は

\[
a = \sqrt{a_x^{2}+a_y^{2}}
\]

問7

縦軸 \(a\)、横軸 \(\dfrac{r}{T^{2}}\) (今回 \(r = 0.15\,\mathrm{m}\))としてプロットし、データが傾き \((2\pi)^{2}\) の直線に乗ることを示せ。

問8

半径を変えた 2 条件についても同様に測定し、同じグラフ上で直線性を確認せよ。


<実験3> ブラックボックス内センサー位置推定

ブラックボックス内の加速度センサー位置 \(C(x,y)\) を決定するため、測定板中心 \(O\) から距離 \(r_0\) の点 \(A\) を利用して 2 つの独立測定を行う。

\[
\begin{aligned}
&\text{(a) } r_a^{2} = x^{2} + (r_{0}+y)^{2},\\
&\text{(b) } r_b^{2} = y^{2} + (r_{0}+x)^{2}.
\end{aligned}
\]

連立して解くと

\[
\begin{aligned}
x &= \frac{\,r_b^{2}-r_a^{2}-2r_{0}^{2}\,}{4r_{0}}
+\frac{\sqrt{\,4r_{0}^{2}\!\bigl(r_a^{2}+r_b^{2}-r_{0}^{2}\bigr)-(r_a^{2}-r_b^{2})^{2}}}{4r_{0}},\\[6pt]
y &= \frac{\,r_a^{2}-r_b^{2}-2r_{0}^{2}\,}{4r_{0}}
+\frac{\sqrt{\,4r_{0}^{2}\!\bigl(r_a^{2}+r_b^{2}-r_{0}^{2}\bigr)-(r_a^{2}-r_b^{2})^{2}}}{4r_{0}}.
\end{aligned}
\]

ここに測定値 \(r_0,r_a,r_b\) を代入して \(C\) を求める。


実技競技①は競技者 3 名、競技時間 100 分。短時間で装置に習熟し、チームワークで課題に挑む姿は観客席から見ても頼もしく、楽しげであった。実験も学習も、何事も「楽しく取り組む」ことの大切さを感じさせる競技であった。

横浜国立大学名誉教授 佐々木賢

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 生物

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 数学


eスポーツと大学・高校 – 日本初 公民学連携eスポーツチーム「INSOMNIA」がアジア1位に

日本初の公民学連携eスポーツチーム「INSOMNIA」が3/29, 3/30に開催されたPokémon UNITE Asia Champions League 2025にて優勝を果たし、アジア1位となりました。

2025年度からeスポーツ教育を加速するiU(情報経営イノベーション専門職大学)

「2025年には、総観客動員数が1,000万人超えに!」——これはサッカーではなく、近年伸長著しいeスポーツについての予測【グラフ1】。コロナ禍や情報端末の普及で急成長したeスポーツ、2026年にはアジア大会、2027年にはオリンピック委員会の認める世界大会がサウジアラビアで開催される。こうした盛り上がりの中で、eスポーツを大学の正課に取り入れる大学も現れた。5年前、《起業する大学》を目指して《ICT×ビジネス×グローバル》をキャッチフレーズに開学、昨年、大学発ベンチャー起業率で一位、増加率2年連続一位となったiUだ。関連市場を含めた国内の市場規模は200億円に迫るとも言われ【グラフ2】、広いすそ野を持つeスポーツ【グラフ3】を起業の一つの柱と位置付ける。同大で、eスポーツプロジェクトを担うのは実業家でありコンサルタントの江端浩人教授。大学とeスポーツ、iUのeスポーツのこれまでと今後の展開についてお聞きした。

神戸 徹也先生の顔写真

江端 浩人先生

~Profile~

iU情報経営イノベーション専門職大学教授
上智大学経済学部卒、米スタンフォード大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)。伊藤忠商事で宇宙航空部門で活躍、ITベンチャーを創業後に売却。日本コカ・コーラでデジタルマーケティングを創設、日本マイクロソフトマーケティング責任者、ディー・エヌ・エー(DeNA)事業責任者などを経て独立。江端浩人事務所代表として各種企業のデジタルトランスフォーメーションやCDOシェアリング、次世代デジタル人材の育成に尽力している。メンバー7000名超の次世代マーケティングプラットフォーム研究会主宰。東京都立三田高等学校出身。

連携する「INSOMNIA」の優勝で、2025年度が幸先のいいスタートを

本学と墨田区と公民学連携協定を結ぶeスポーツチーム「INSOMNIA」(株式会社INS、本社:東京都墨田区、代表取締役:本橋壮太)が、2025年3月29、30日に開催された「Pokémon UNITE Asia Champions League 2025 FINALS(PUACL2025FINALS)」で優勝し、8月に開催されるポケモンワールドチャンピオンシップス2025にアジア王者として出場します。ポケモンユナイトは2026年愛知県で行われるアジア大会でも13の種目の一つに入れられていますから、「INSOMNIA」にはアジア大会への出場、そこでの活躍も期待されます。

始まりは2023年秋

本学のeスポーツの取組は、JeSU※1の特別顧問でもある中村伊知哉学長の肝いりで、2023年秋に発出した以下の6項目からなる「eスポーツ戦略」に始まります。
① eスポーツを学ぶ実践的カリキュラムの構築
② eスポーツ活動の科目の単位認定
③ eスポーツ活動のための学内施設整備
④ eスポーツを軸とした学校コミュニティーの発足
⑤ eスポーツによる地域貢献
⑥ 関連各種イベントの実施
これを受け2024年春にはeスポーツルームが開設されました。

私は2020年の開学以来、1年の必修科目「スタートアップ基礎」でアントレプレナーシップを、2022年からはゼミ活動「勝手にコンサル」を担当してきました。2024年度秋学期からは「Zコンサル」と「eスポーツ」に分け、後者ではゼミ生がeスポーツの大会運営・チーム運営等に関わり、またNASEF JAPANと連携し、ニュース翻訳配信も行っています。

※1 日本eスポーツ連合:2015年設立。ゲーム会社などの企業や団体、学校法人などが正会員、賛助会員として加盟。

2025年から本格的なeスポーツの学びが始まる

今春からは、一年生向け基礎科目「eスポーツ」が開設され、eスポーツの構造、配信技術、チーム運営、大会運営、地域活性化、ビジネス、マーケティング、メディア、コミュニティー運営など幅広く学びます。ゲストスピーカーも招く予定で、今後は「eスポーツを学んで卒業できるコース」創設も期待されています。

eスポーツはプロプレイヤーだけでなく、大会運営やチーム運営、スポンサー集め、グッズ販売、調査研究、教育提供など多岐にわたるビジネスチャンスを持っています。若者のコミュニケーション能力や協働力育成にも貢献し、プログラマーやエンジニアへのキャリア展開にもつながります。

生徒急増中の通信制高校の受け皿や、高大連携の積極的な展開も

通信制高校生徒たちにビジネスや起業の視点を提供することも大学の大きな役割です。高校との連携で指導者派遣やeスポーツルーム提供も進めており、今年夏には指導者派遣も実施予定です。

地域連携とその活性化

墨田区と連携して地域活性化に取り組んできた本学は、今後「墨田区のeスポーツ聖地化」も目指しています。蔵前国技館のように、地元ファンとチームを育成し、大きなムーブメントに育てていきたいと考えています。

※2 学生食堂・グラウンドの開放や、地域イベントへの参加、学園祭の一般開放などを実施。
※3 INSOMNIAは日本初の公民学連携のeスポーツチームとされる。

進む高大連携、その様々な形について考える

教育ジャーナリスト 後藤 健夫さん

Profile

南山大学卒業後、学校法人河合塾に就職。独立後、大学コンサルタントとして、大手私大においてAO入試の開発、入試分析・設計、情報センター設立等に関与、早稲田大学法科大学院設立にも参加。『セオリー・オブ・ナレッジ―世界が認めた「知の理論」』(ピアソンジャパン)を企画・構成・編集した他、専門誌への寄稿多数。2023年3月には『ホンマでっか⁈TV』に「次世代教育評論家」として出演。同年4月からは日本経済新聞夕刊に連載コラム執筆。高校や大学、地方自治体での講演、ゲストスピーカー多数。

少子化の勢いが激しい。この春の大学進学では18歳人口が減らなかったので、大きな打撃を受けた大学は少なかったが、いまの高2生が受験する27年度の入学者選抜では少子化の影響を大きく受けるだろう。これは高校受験を経験した現高2生はよくわかっていることだ。こうした中で、高校も大学も生徒募集、学生募集が難しくなっている。そこで、大学と高校が連携を強める動きが活発になっている。

一つの流れは、大学の系属校化である。附属校を名乗るが大学と高校の経営はそれぞれ別である。早稲田大学の系属校である早稲田摂陵高校は「早稲田大阪高校」に名称変更して「早稲田コース」を充実させる。近年、早稲田大学では全学生がデータサイエンス科目を受講する。政治経済学部で試験科目に数学を導入、商学部ではデータサイエンス科目の必須講座を増やすなど、文系であっても数理・情報教育に力を入れている。早稲田大阪高校では、こうした大学の状況に鑑みて「早稲田コース」では高2まで文理選択をさせず数学、理科、情報をしっかりと学ぶカリキュラムに変えた。これにより高校側は大学との結びつきを強くする。一方で大学側は、昨今、首都圏の大学入学者の占有率が高く、地方の学生の受け入れが弱まっている中で、地方出身の学生を確保し、学生の多様化を図ることができる。

明治大学は、1885年に創立された東京英語学校に端を発する日本学園を、系属校化するとともに共学化して、2026年度から「明治大学附属世田谷中学高校」とした。

さらに26年度には、北里大学が順天中学高校を系列化して「北里大学附属順天中学高校」にする。26年度入試から内部進学を受け入れるとともに、2028年度には法人合併を目指す。

大学としては、入学者を早期に確保できることはもちろん、伝統的な大学では大学教育や理念を理解した進学者を迎え入れることで、入学後の学内のムードづくりにもひと役買ってもらうことも期待できる。なお、系属校以外でも大学名を冠したコースを高校に設けるケースもある。系属校、コースでは大学が設ける入学要件を満たした生徒のみが進学でき、全員が進学できるわけではないことが多い。

もう一つの流れは、包括的な提携による高大連携だ。医学部や女子大をはじめ積極的な大学が多い。指定校推薦の枠を複数名分高校に与えるものが多いが、教育面での連携に乏しいものも少なくない。大学が高校の「総合的な探究の時間」で講評等を担うこともあるがその効果はどうだろうか。

こうした高大連携で大学の講義を高校生向けに提供するケースもあるが、なかなか教育効果が見えてこないところに課題がある。大学も高校も提携によって指定校推薦を確保したいのが本音だろうが、桜美林大学のように学生募集にとらわれず、総合的な探究の時間で活用できる課題を大学教員が動画にして広く提供するところもある。こうした「出張講義」のほうが教育としても募集広報としても効果があるのではないだろうか。

30年以上にわたってユニークな高大連携を実施しているのが昭和女子大学とその附属中学高校だ。「五修生」制度と呼ばれるこの仕組みでは、高校3年次に高校に在学しながら「科目等履修生」として大学で授業を受ける。昭和女子大学入学後にその単位を大学が認定するため、大学を3年で卒業できたり、協定を結ぶ上海交通大学等との学位(ダブルディグリー)を、昭和女子大学の学位と合わせて4年間で取得できたりする。こうした仕組みを、今後、昭和女子大学附属昭和中学高校は昭和医科大学とも実施することになった。

こうした大学と高校との連携は、国公立大学と地元の高校でもみられる。福島大学では改組して作られる予定の教育学部が、福島県立高校の「教育コース」と連携する。それぞれの教育がシームレスに繋がる連携を期待したい。

高校生にとっては、大学が積極的に高校に関わってくれることで、大学教育をより良く知る機会が増える。大学入試が緩和されると、大学は「選ばれる立場」になる。第1志望を大切にして、自分の興味関心に合った大学を選ぶようにしたい。

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 数学





筆記競技 数学(平方数と鳩の巣原理/3D 三目並べ)




筆記競技 数学

【第 9 問】

平方数の性質と鳩の巣原理による証明—平方数とは、ある整数を 2 乗して得られる数のことを指す。これは「図形数」(一定の規則で図形状に並べられた点の個数として表される自然数の総称)としても知られており,紀元前から興味の対象とされてきた。

《問 1》

自然数が平方数となるための必要十分条件,すなわち「(正の)約数の個数が奇数である自然数は平方数に限る」という古典的な命題の証明が出題された。

一般に,自然数を素因数分解して \(n = p_1^{a_1}p_2^{a_2}\dots p_k^{a_k}\) と書くと,約数の個数は \((a_1+1)(a_2+1)\dots(a_k+1)\) に等しい。

また,平方数を素因数分解すると,各素因数の指数がすべて偶数になることを用いて証明できる。

この問題を別の視点から眺めてみよう。自然数 \(n\) に対して,\(\sqrt{n}\) 以下の自然数 \(a\) が約数であったとする。このとき \(n/a\) も約数なので,これを \(b\) とおくと,\(b\) は \(\sqrt{n}\) 以上の自然数となる。つまり,約数全体は掛け合わせると \(n\) になる対 \((a,b)\) の集合で構成される。

もし \(\sqrt{n}\) が自然数(すなわち \(n\) が平方数)であれば \(a=b=\sqrt{n}\) となり,約数の個数が奇数になることが直観的にわかる。

また,\(\sqrt{n}\) 以下の素数で \(n\) を割り切れない場合,\(n\) は素数である(試し割り法)。

《問 2》

問 3 を解くための誘導問題。条件を満たす自然数をどのように構成するかがカギとなる。

条件〈1〉より素因数は 2, 3, 5 のみなので,すべて \(2^x 3^y 5^z\) の形で書ける数だけを考える。

条件〈2〉より,どの異なる 2 数を掛けても平方数とならないようにする必要があるため,具体的な数ではなく指数の偶奇に注目して素因数分解の形で考察した方が効率的である。

《問 3》

問 2 では異なる 8 個の自然数で条件を満たす組を構成できたが,9 個に増やすと必ず平方数になる組が存在する。これは鳩の巣原理を用いて示す。

鳩の巣原理とは「m 個の鳩の巣に m+1 羽の鳩が入ると,どこかの巣に 2 羽以上入る」という初等的事実である。ここでは鳩=9 個の自然数,鳩の巣=各数の指数部の偶奇タイプ(全部で 8 通り)とみなす。

指数部 \((x,y,z)\) の偶奇による 8 通りのタイプ分けに 9 個の数を入れれば,同じタイプが 2 つ以上現れ,その積は平方数になる。


【第 10 問】

三目並べ(○×ゲーム, Tic-Tac-Toe)を 3 次元に拡張したパズルに関する問題が出題された。

《問 1》

3×3 のマス目で四隅のボールの色が決まっているとき,残り 5 マスをどのように選んでも三目並びのない配置を作れるかを考える。解き方はナンプレの Naked Single に相当する手筋である。

《問 2》

3 次元拡張(三層構造)で,一番上の層が「タイプ C」なら必ず三目並びが存在することを示す。空欄補充形式の誘導問題。

《問 3》

さらに一般化して 3×3×3 の部屋で,いかなる配置でも三目並びが生じることを証明する。問 1 で 4 タイプ中 2 タイプは NG であったため,各層はタイプ B または C に限られるが,表面がタイプ C だと問 2 に帰着してアウト。従って表面はタイプ B となり,頂点 8 部屋の色が 2 パターンに絞られる。ここから問 2 の議論を繰り返す。

足利大学 非常勤講師 中川耕一

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 物理

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 生物


高等学校「探究」の現場から その7

Deep Researchの衝撃

新学期が始まりました。高校では他の教科と同時に「総合的な学習の時間」や「課題研究」の授業が始まります。本稿では、AI(人工知能)と探究活動との関わりについて、最近の進展を踏まえて考えてみたいと思います。

小林 哲夫さんの顔写真

秋田県立横手高等学校 教諭 瀬々 将吏さん

Profile

1991年 広島大学理学部物理学科入学、1995年 大阪市立大学大学院理学研究科前期博士課程物理学専攻入学、1997年 同研究科後期博士課程物理学専攻入学、2003年 単位取得退学。博士(理学)。2003年12月 大阪市立大学数学研究所 研究員、2004年12月 京都大学基礎物理学研究所 非常勤研究員/研修員/非常勤講師、2005年10月 慶應義塾大学 研究員、2006年9月 国立台湾大学 研究員、2008年4月 秋田県立横手清陵学院高等学校教諭、2020年4月から現職。兵庫県立芦屋高等学校出身。

探究活動の意義とは

2024年末頃から2025年4月の本稿執筆時までの間に、AI企業各社から「Deep Research」と呼ばれるサービスが相次いで発表されました。このサービスを用いると、従来、生徒が自力で遂行することが難しかった**「先行研究の調査」**が、わずか数分で完了してしまいます。

人間が「○○について調査して」と指示を出すと、AIはこちらの意図を柔軟に汲み取った上で整理されたレポートを完成させます。しかも、そのレポートには原典のリンクが付されているので、AIの解答に誤りがないかどうかをリンクから確認することができます。

より学術的なレベルでは、ElicitSciSpaceといった研究者向けのツールもあります。これらは研究者が膨大な労力をかけて行う「システマティックレビュー」を代行してくれます。

Deep Research の登場は高校の探究活動に大きなインパクトを与えます。なぜなら、いわゆる「調べ学習」の成果物そのものを代替してしまうからです。レポート課題を提出することだけを目的に Deep Research を使用すれば、それは宿題の答えを丸写しして提出することと同じであり、そこに学びはありません。

一方、Deep Research を含めたAIを「探究のアシスタント」として活用し、学びを深め、テーマ設定を進化させていくような使い方ができれば、素晴らしい成果が得られるでしょう。

大事なのは問う力

このような圧倒的なAIの能力を目の当たりにして、筆者が重要性を痛感しているのが「問う力」です。現在、AIの能力は著しく向上しており、教科学習であれ、探究活動であれ、生徒の疑問に対して普通の学校の教員では太刀打ちできないほど優れた答えを返してくれます。しかも質問できる回数や時間に制限はありませんから、生徒は望む限り対話を深めることができます。

問いをたくさん持っている「問う力」のある生徒はどこまでも賢くなることができ、それがない生徒との間に圧倒的な学力差が生じてしまう恐れも出てきます。AIが知的労働のほぼ全てを代替する世の中では、問題に答えることはあまり重要ではなくなり、「問題(問い)を見出すこと」こそが人間の役割になっていきます。このように言われる状況がすでに現れ始めているのです。

現在の初等・中等教育でも「問う力」は重視されています。例えば、「第4期あきたの教育振興に関する基本計画」でも、最重点課題のひとつが「問いを発する子どもの育成」です。AIの圧倒的な進化によって、その重要性はますます浮き彫りになってきたと言えるでしょう。

問う力を養う探究

では、どうすれば問う力を養えるでしょうか。筆者の答えは「問う力は探究によって養われる」です。

確かに、「問う力」の育成は教科学習の文脈においても重視されてきました。しかし、教科学習の基本的なデザインは、既に確立された学問体系のなかで与えられた問題を解くスキルを身につけることであり、「問う力」はそのスキルを高めるための手段に過ぎません。

一方、「総合的な探究の時間」などのオープンエンドな活動では、「問うこと」そのもの、どれだけよく問題に答えられるかではなく、どれだけ良く問うことができるかが目的になります。

そのためには、高校入試や定期考査に向けて問題を解くトレーニングを積み重ねてきたのと同じように、問いを立てるトレーニングを積み重ねる必要があります。

テーマ設定の難しさ

仮説検証型の探究活動において、活動期間内に解決を目指す問いは「リサーチクエスチョン」と呼ばれます。いわゆる「テーマ設定」とほぼ同義で、探究活動の中でも難しいこととされ、本連載でも何度か話題になっています。

しかし筆者にはその難しさを明確に説明する自信がありませんでした。そこで文献調査のツール「Elicit」を使用して、以下のように問うてみました。

「高校生が科学研究プロジェクトのための実行可能な研究テーマを選ぶ際、それを妨げる主な障壁は何か?」

すると Elicit は、499の関連論文の中から一定の質をクリアした40の論文を選び、その中から200種類のデータを抽出し、5つの障壁を挙げてくれました。

  1. 生徒の理科・数学の知識不足
  2. 指導教員、大学教員のサポート、カリキュラム等の不備
  3. 時間、設備、材料などのリソース不足
  4. 個人的な障壁(心理的要因)
  5. 教科学習や受験のプレッシャー

このうち、4. 以外の要因は探究の現場を担当する者からは容易に理解できるものです。高校の環境は大学と異なり、科学研究に全面対応したものではないため、テーマ設定の幅は大幅に狭められたりします。

そこで、これらの制約のもとで探究の質を高めるのに重要なのが、4. の「個人的な障壁」の克服です。

探究活動における「レリバンス」

Elicit によれば、「個人的な障壁」とは、自信のなさ、モチベーションの欠如、研究に対する不安、意思決定の困難さ、興味のなさなどとされます。中でも筆者が探究を指導していて実感するのが、研究テーマに対する興味のなさ、モチベーションの欠如です。

教育現場では、学習単元に対するモチベーションや興味を示す言葉として「興味・関心」という言葉を使いますが、「総合的な探究」では、「自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していく」(学習指導要領)と、生徒の人生にまで踏み込んだ表現がなされています。

つまりは、生徒本人が**「これは自分が解決したい問いだ」もしくは「これは自分の問いだ」と考えているかどうか**ということです。

このような問いに必要なのは、授業で習っていてすごく不思議に感じた、旅行に行って不思議な光景に出会った、本や映画で衝撃を受けた、あるいは実験しているうちに夢中になった、などの学びや体験で、**「自分事だと考えているかどうか」**を左右するのです。

《自分事》のニュアンスが、興味・関心では伝わりにくいということでよく使われるのが「レリバンス(関連性)」という概念です。この概念を使うと、探究活動における良い問いは:

  • 自分にとってレリバントな問い
  • 社会や学問にとってレリバントな問い

ということになるでしょう。

この「レリバンスの醸成」は高校の探究活動における大きな課題です。レリバントな問いを発する生徒は間違いなく質の高い探究を行えますし、AIに問いかけることで学びを深めていくことができます。

レリバンスについての研究はすでに世界中で蓄積されているようですが、その視点を取り入れた教育方法については、引き続き探究活動の指導を通して蓄積していきたいと考えています。

雑賀恵子の書評 – ご冗談でしょう、ファインマンさん

雑賀 恵子さん

Profile

文筆家。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号、書評を寄稿。

冗談やってるファインマンさん、って誰でしょう?
一言で語るなら、物理学者。『ファインマン物理学』は、カリフォルニア工科大学で学部1、2年生を対象に行った講義内容をもとにした物理学の教科書で、世界的に中で有名である。量子電磁力学の発展に大きく寄与したとして、1965年には、朝永振一郎らと共にノーベル物理学賞を共同受賞している。数々の業績は、多方面にわたり影響を及ぼすとともに、将来の技術革新につながる発想もを生み出した。1981年には、「物理学と計算」会議に登壇、量子力学の原理に従うコンピューターの必要性を論じた。スーパーコンピューターの何万倍もの速度を実現する量子コンピューターの開発は、このファインマンのアイディアが端緒になったという。

1918年に米国で生まれ、マサチューセッツ工科大学(あの名だたるMITだ)卒業後、プリンストン大学に進んで博士号を取り、ロスアラモス国立研究所を経て、コーネル大学やカリフォルニア工科大学で教授を務め、1988年に69歳で癌により亡くなる直前まで、生涯現役で活躍し続けた。

そんな恵まれた天才物理学者が、少年時代から始まって学生生活、そしてその後の研究生活までをエッセイにまとめたエッセイ、自叙伝が本書である。経歴だけ書くと、難解な分野における天才が語るエリート人生を思い浮かべてしまうかもしれない。それはそうであるにしても、茶目っ気たっぷり、いたずら大好き、自由気ままで破天荒、そんな生き方が、愉快なエピソードたっぷりに軽妙な筆致で描かれている。

「ご冗談でしょう」というのは、プリンストン大学院入学直後、大学院長主催のお茶会で社交上のヘマをして、院長夫人にいなされた言葉。そんな社交上のヘマに加えて、他にもあちらこちらでヘマをやらかしながらも、いろいろなことに好奇心を抱き、首を突っ込み、手を出し、いたずらっ子が遊んでいるように、学生時代も研究者人生も転がしている。楽しそうだ。何に対しても先入観を持たず、興味を持ち、自分に自信を持って人がしないこともやってみる、そこから創意工夫が生まれる、思わぬ発想も湧き出る。そうした闊達な精神が、リチャード・P・ファインマンを世界のファインマンにしたのかもしれない。そして若い読者は、社会に出ることを勇気づけられるだろう。

だが。ロスアラモス国立研究所、それは原爆開発のマンハッタン計画を遂行したところであり、もちろん彼自身、原爆製造に携わっている。このロスアラモス時代も、楽しかったといきいき語る。原爆実験が成功した時には、考えることを忘れて喜びに溢れかえる。自分が今生きている世の中に責任を持つ必要はない、とフォン・ノイマン(マンハッタン計画に加わっていた天才数学者)に吹き込まれたとうそぶき、「社会的無責任感」を強く持つようになり、物理学そのものに関心をあてて自分を貫く。いつもそういう生き方をしてきたから、楽しい人生を送ってきたし、幸せな男だという。

自分のしていることに没頭し、高い自己評価を持ち、社会とのつながりを考えない。現在のシリコンバレー・エリートたちなどに限らず、そんなひとたちをたやすく思い浮かべることができる。社会的無責任が楽しい人生を送る秘訣であると、もし短絡的に考えているなら、ぞっとする。

ご冗談でしょう、ファインマンさん。

​​杜の都の西北から 第9回

(学)東北文化学園大学評議員・大学事務局長、
弊誌編集委員 小松 悌厚 さん

Profile

1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省、99年在韓日本大使館、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局課長等を経て22年退官、この間京都大学総務部長、東京学芸大学参事役、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育機構理事等を歴任、現在に至る。神奈川県立相模原高等学校出身。

この春から、ふつうの風邪も5類感染症に!?

2025年4月からいわゆる「ふつうの風邪」も新型コロナウイルスと同じ「5類感染症」に引き上げられた。2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行されたときは、(感染症法令の)5類感染症に移行したことに伴い(学校保健安全法の)第2種感染症に位置付けたという内容とともに、移行後の感染症対策等について文部科学省から通知が発せられていたが、今回はないようだ。この違いを理解するには、5類感染症の制度的意義を確認する必要があると考える。また、感染症法制と学校保健安全法制は、相互に関連性と独立性をもつ制度であることに由来する。そこでここでは両制度の関係について経緯等も含めて概観することとしたい。

学校は児童生徒等が集団生活を営む場であり、感染症が発生した場合には感染が拡大しやすく、万一感染が拡大した場合には教育活動にも大きな影響を及ぼすこととなる。このため戦前の学校の発展とともに独立命令により、学校の伝染病対策は進められてきた。その経験も踏まえ、1958年に学校の保健管理を総合的に規律する「学校保健法」が施行され、この法律により伝染病の予防措置としての出席停止や臨時休業が法定された。学校において予防すべき伝染病については、同法施行規則において伝染病の種別を第1類から第3類と分類した上で、当時の「伝染病予防法」が規定していた重大な発生リスクを伴うものは、第1類伝染病とし、インフルエンザ等のように児童生徒等の罹患頻度が高く、学校において流行を広げる可能性が高いものは、第2類伝染病と規定した。そのうえで、各類別に属する伝染病に応じて感染拡大防止措置、出席停止期間や報告手続等が定められた。

学校保健法施行から分類の基礎としていた伝染病予防法は、1897年に施行された古い法律で、時代の要請に必ずしも応えきれていない面があった。このため学校保健法施行から40年が経った1998年をもって同法は廃止となり、新たな立法思想の下、「感染症法」が制定され翌年から施行されることとなった。

感染症法は、感染力と重篤性などにより対象となる感染症を1類から5類の類型に分類し、さらに新型インフルエンザ等感染症などの特定の感染症を加え、各分類に応じた対策等を規定している。1類・2類感染症は、感染力や罹患した場合の重篤性が高い感染症の疾病が挙げられており、その中でも特に危険性が高いものが1類に分類されている。3類は特定の職業への就業により集団発生をおこし得るもの。4類は動物や飲食物を介してヒトに感染するもの。5類は国が感染症発生動向調査(サーベイランス)を行い、その結果等に基づいて必要な情報を国民一般や医療関係者に提供・公開していくことによって、発生・まん延を防止すべきものとされている。

感染症法が施行された1999年に学校保健法施行規則が規定する伝染病の類型と疾病が変更された。それまでの1類・2類・3類の類別が感染症法との混同を避けるためか1種・2種・3種に改められた。また、改正後の第1種感染症は、感染症法の1類及び2類感染症となった。さらに、第2種感染症は、飛沫感染することが要件として追加された。これにより疾病の一部は、大幅に追加、移動、削除となった。

その後2008年に「学校保健法」を「学校保健安全法」に改正する際、同法がそれまで規定してきた「伝染病」の文言は「感染症」に改められた。

さて、冒頭述べたように、2025年4月7日施行の厚生労働省令により「ふつうの風邪」を含む、急性呼吸器感染症(ARI)が感染症法の5類感染症に位置づけられることとなった。先述のとおり5類感染症は、国が定点医療機関等を通じてサーベイランスを行い、得られた情報を提供・公開することで、感染症の発生・まん延を防止するための類型である。このことから、厚生労働省では、5類感染症に位置付けられるとしても、それが登校制限の対象とはならないとしている。今後、学校保健安全法令の関係規定が改正されるなどの制度改正がある場合はともかく、現時点では、学校が直ちに何か対応しなければならないことにはならないと考えられる。

このように、感染症法制と学校保健安全法制は相互に独立性を有しつつ関係性も併せ持つ。学校関係者は双方の制度について理解しておく必要があろう。

16歳からの大学論 | アカデミアとビジネスの関係

京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹 先生

Profile

1973年石川県生まれ。2010〜2014年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011〜2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に『研究を深める5つの問い』(講談社)など。

今回は、大学と企業との関係について書いてみようと思います。本誌「大学ジャーナル」の読者のみなさんにはあまり馴染みがないかもしれませんが、今日、大学を語るうえで企業との関係は切っても切り離せないものです。

―――もちろん、大学生は卒業したら企業で働くのだから、大学と企業は接続されたような関係じゃないの?

もちろん、学生やその保護者、高校の先生にとっては「就職活動」という文脈で、大学と企業との関係をまず想起するのは自然なことです。しかし、それは一面でしかありません。

今日、大学は研究活動資金を企業との共同研究、共同プロジェクトに頼る側面があり、その数は増加傾向にあります。大学の学長と企業の社長がにこやかに握手を交わして、億単位のプロジェクト開始を発表するプレスリリースをご覧になったことはありませんか?
企業が抱える課題、えてしてそれは自社の利益追求もさることながら社会的課題、ビッグイシューに挑むというものですが、それを大学の研究者と共同プロジェクトにて解決し、社会に貢献しようというのがねらいです。

企業にとっては、自社では足りない多様な専門分野の知見を活用することができ、大学にとっては、研究資金を得て業績や成果を創出することができる。まさにWin-Winの関係がここにはあります。

他にも今日では、多くの大学には冠に企業名のつく○○センターといった研究施設があちこちに存在しますし、最近は、大きいセッションホールの名前に企業名を付与するネーミングライツも流行っております。
「三限目の講義の場所は、○(企業名)ルームだね」といったように、学生が日常的にその企業名を口にして、その企業を身近に感じてもらおうというのが狙いだそうです。いやはや、すごい時代になったものです。

他方で、当然ながら課題もあります。企業にとっては、多額の資金を投入したにも関わらず見合った成果が得られない場合もありますし、企業と大学のマインドの相違、例えば大学側は研究成果の公表(論文)を重視する一方、企業側は知的財産の保護を重視するといったように、いろいろとコトは複雑です。

そして、このような運用の問題だけでなく、そもそも大学あるいは学問の「知」とは何か、ということが問い直されなければならないようなケースもあるかもしれません。
国立、私立問わず、大学には国からのお金が入っており、公共性という観点から見て、特定企業から研究資金を得て、そこのために何かを研究することをどのように解釈するか、ということです。

事実、このような企業と大学との共同は「産学連携」と呼ばれ、その黎明期である1970年代前後には、研究者、学生の間に大学の独立性や知の独占についての懸念が広がり、デモ行進にまで発展したという話もあります。

近年、産学連携はイノベーション創出の重要な手段として広く認識されていますが、このような歴史も知っておくことで、また違った目で大学と企業の関係を見つめることができるでしょう。

​​第14回 科学の甲子園全国大会

科学の甲子園は、全国の科学好きな生徒らが集い、競い合い、活躍できる場を構築・提供することで、科学好きの裾野を広げるとともに、トップ層の学力伸長を目的としています。


717校、8158人がエントリー

第14回大会には、717校から8158人のエントリーがありました。第14回科学の甲子園全国大会(科学技術振興機構主催、茨城県など共催)が、3月21〜24日の4日間、つくば市のつくば国際会議場およびつくばカピオで開催されました。

予選を勝ち抜いた全国47都道府県代表校は、1・2年生の6〜8人から成るチームで科学に関する知識とその活用能力を駆使してさまざまな課題に挑戦し、総合点を競い合いました。筆記競技と3種目の実技競技の得点を合計した総合成績により、東京都代表・都立小石川中等教育学校が第5回大会以来9年ぶり2回目の出場で初の総合優勝を果たしました。

2位は長野県代表・長野県諏訪清陵高校、3位は滋賀県代表・県立守山高校でした。

大会初日は開会式、オリエンテーション、科学に関する知識とその応用力を競う筆記競技を、2日目に実技競技を行い、3日目に表彰式やフェアウェルパーティーなどが行われました。

「第15回科学の甲子園全国大会」は、令和8年3月下旬に、茨城県つくば市で開催する予定です。


筆記

習得した知識をもとにチームで融合的な問題に挑む

筆記競技は各チームから6人を選出し行われました。競技時間は120分。メンバーそれぞれの得意分野を活かしてチームで協力しながら、理科、数学、情報の中から習得した知識をもとにその活用について問う内容で、教科・科目の枠を超えた融合的な問題など計12問に挑みました。

例えば第12問、東京都にある環状鉄道路線・山手線の品川駅から、山手線のS駅に住むおばさんの家まで移動する。ただし、推しのイベントが山手線のどこかの駅で突発的に発生する可能性があり、そのため移動を助けるプログラムを書いて準備しておくことを基本とし、品川駅を起点0にして、内回りに高輪ゲートウェイ駅を1、田町駅を2のように、大崎駅の29まで番号付けすることにする。なお、乗車時間は1駅区間あたり2分と概算するものとする。

上記の問題に対して原宿駅などの番号を答える問題や、品川駅から原宿駅までの最短乗車時間を求める問題、さらに難易度が上がり与えられた既定のプログラム1、2、3、4を使用しながら設問に解答していく複合的な問題。筆記競技では久留米大学附設高校(福岡県)が最高得点をあげ、第1位のスカパーJSAT賞を受賞しました。


実技1

データをアプリで解析 加速度センサーの理解を深める

「スマホのセンサー」(競技者3人・競技時間100分)

私たちが使っているスマートフォンには、GPS・ジャイロセンサー・加速度センサー・地磁気センサー・気圧センサーなど、数多くのセンサーが搭載されており、そのセンサー類で取得されたデータをアプリケーションで解析して活用しています。

実技競技1は、歩数を計測するためなどに搭載されている加速度センサーの位置を探す競技です。

  • 実験1「加速度センサーの特性」
  • 実験2「円運動における周期と加速度の関係」
  • 実験3「加速度センサーの位置」

問1〜問9までを解答した後、専用の「チャレンジブース」で問10の解答用紙を提出。今大会は県立静岡高校(静岡県)が1位となりトヨタ賞に輝きました。

実技2

手動でPCRを行い、ウイルスのDNAを検出せよ

「世界最大のウイルスを探せ!」(競技者3人・競技時間100分)

5カ所のフィールド(海水、沼の泥、水道水、降ってきた雨水をそのままコップに貯めたもの、雨水がしみとおった河川敷の土壌)のうちの3カ所から各1個、合計3個のチューブ試料を回収し、世界最大のウイルス「パンドラウイルス」のDNAが存在する試料を同定する実技競技です。

机上にある道具を使って、与えられたミミウイルスのDNAと共に、手動でPCRを行い、パンドラウイルスのDNAを検出しました。

PCR産物4個(チューブ試料3個+ミミウイルス)についてポジティブコントロール2個とともにアガロースゲル電気泳動を行います。パンドラウイルスのDNAのGC含量が高く、DNA二本鎖が一本鎖に解離しにくいことをヒントに、うまく手動PCRが行えるかを問う競技です。

この競技は、サーマルサイクラーを使わず、手動PCRを組み立てて行うには、本質的にPCRのしくみを理解し、かつチームとしてのまとまりがあって初めてできる実験であり、分子生物学の知識と共にチームワークも試されました。

手動PCRにおいて55°Cに設定された保温カップの中のチューブ内では、どのような反応が起こっているかなどの設問に解答しました。

最高得点を獲得した都立小石川中等教育学校(東京都)が1位に輝き、UBE三菱セメント賞を受賞しました。

実技3

蓄積したエネルギーを再利用し、レースに臨もう

事前公開競技「フライホイール大作戦〜回転エネルギーを操ろう!〜」(競技者4人・競技時間155分)

「フライホイール」=1枚ないし2枚で構成されたフライホイールと、「台車」=フライホイールを搭載できる構造で斜面に沿って下降することでフライホイールにエネルギーを蓄積できるものを使用し、フライホイールカーを製作して持ち込みました。

競技内容は次の2種目です。

  • 走行タイム制御レース
    製作したフライホイールカーを規定の長さの斜面上で下降させ、下りきった先の平面上で指定された距離を走行し、その走行タイムが目標タイムにどれだけ近づけられるかを競うレース。
  • バンプクリアレース
    斜面上で下降後、平面上にある突起(バンプ)を乗り越えながら、積載物内のボールを落とさずに走行し、指定された距離で走行タイムの短さを競うレース。

予選チャレンジを行った後、上位12チームによって決勝チャレンジが実施されました。競技得点は、決勝進出チームは決勝の結果、それ以外のチームは予選の結果により決定されました。

その結果、長野県諏訪清陵高校(長野県)が1位となり、学研賞に輝きました。

深堀 デキル!学部 – 京都産業大学 アントレプレナーシップ学環

今なぜ、アントレプレナーシップ学環なのか?

京都産業大学が、未来の「当事者」となる学生のための新しい大学教育を始動

大学教育への危機感を背景に、真にこれからの社会に必要な人材を育成しようと設立された京都産業大学。時代を先取りする数多くの取組で、今日の大規模総合大学としての地位を築いてきました。創設60年を期に満を持して開設を計画しているのがアントレプレナーシップ学環。その名もずばり、起業家精神と行動力を養う分野横断型の新学部。「建学の精神に立ち返りながらも、新たな教学改革をリードすべく構想した」と話す同学環長就任予定者の中谷真憲先生に、設置の背景や狙い、教育の概要について伺いました。

中谷 真憲先生の顔写真

中谷 真憲先生

~Profile~

学環長就任予定者/法学部教授
1993年京都大学法学部卒業。1999年京都大学大学院法学研究科博士課程修了。修士(法学)。京都大学大学院助手、立命館大学非常勤講師を経て、2001年京都産業大学専任講師。認定NPO法人グローカル人材開発センター専務理事兼事務局長。共著に『公共論の再構築』など。滋賀県立膳所高等学校出身。

これからの社会に真に必要な「人」の育成にむけて

大学っていったい何を学ぶところだろう?この問いは、「何のために大学に行くのか?」と同じものです。受験生なら誰しも、そして大学生の中にも時にそう思う人は少なくないと思います。

私はこれまで、専門である公共政策学の観点から、大学での学びやそこからのキャリア形成に強い関心を持ち、就職氷河期と言われた時期に、グローバル化の波が押し寄せる中で、グローバルな視野を持ちローカルの課題解決に挑戦できる人材育成のための「グローカル人材開発センター」※1 を、京都の5大学の有志と立ち上げ、産官学連携によるキャリア教育プログラムの作成や、新たな資格制度※2 の創設にかかわってきました。

当時と今とでは、学生の就職状況は大きく異なりますが、「大学で何を学ぶのか」「何を身に付けるのか」、あるいは「どう学ぶのか」といった本質的な問いに対して、いまだ明確な答えが示されているとは思えません。就職状況が劇的に改善したことで、その問いの持つ大事な意味さえ薄れてしまわないか心配です。

アントレプレナーシップ学環は、その問いに真剣に向き合い、これまでの実践から得た知見やネットワークを活かし、産官学連携、分野横断で応えるべく構想しました。AIとの共存も現実となる今こそ、これから自分は何をなすべきか、座学と実践との往還の中で、自分ごととしての「自己開拓型(自分を深く掘り下げる自己探究型)」の学びを通して、それを探究し、イノベーションの意義を知り、アントレプレナーシップ(起業家精神)、本学で言う「事(コト)起こしの精神」を養い、主体的に人生設計ができる人材の育成を図ります。

それを実現するために用意したのが、「学部等連係課程」※3 としての新しい教育組織です。複数の学部連携により、新たな学部相当の教育を創り出す、新しい大学教育の仕組みです。学びを連環させることから「学環(がっかん)」と呼びます。私の所属する法学部と、経営学部、現代社会学部が連携し、社会課題の探究・解決や起業には欠かせない幅広い知識やスキルを、分野を横断しながらも体系的に学ぶことができます。卒業時に付与される学士号は「ビジネス」です。

※1 現在は認定NPO法人グローカル人材開発センター
※2 GPM(グローカルプロジェクトマネージャー)、初級地域公共政策士
※3 令和元年(2019年)8月に学校教育法施行規則及び大学設置基準等の一部改正により、新たに設けられた「学部等連携課程実施基本組織に関する特例」により、複数の学部や研究科が連携して教育課程を編成することが可能になった。

やりたいことをデザインし、4年間没頭する学び

知識やスキルの修得のために効果的な学びとは、明確な目標に向けた、主体的、積極的な学びであることは誰しも認めるところだと思います。そのためには、自分が必要だと判断した知識やスキルが学べる授業を、自分で選べるに越したことはありません。

つまり、自らの学びをコーディネート、デザインし、座学だけではなく、学んだことを学外で実践して、再び大学で学べば、その知識・スキルは確実に定着します。それを私は、大学での学びを「自分ごと化」すると言っています。自分のやりたい目標のために、「あの先生の授業はここで使える」などと、自ら学ぶべきことをデザインできるような仕組み、それを可能にするのがアントレプレナーシップ学環です。

象徴的な科目が、2年次からの『セルフ・カルチベーション』です。演習科目の一つではありますが、「自分自身で目的や学修する内容をデザインする」自走型が特徴です。まず、スタートに当たっては、自分の目標と授業デザインを教員にプレゼンします。教員はそれらが、本人の目指すプロジェクトに結びつくか、取り組む意義を学生がしっかり自覚しているか、「自分ごと化」しているかどうかを丁寧に見極め学生にフィードバックします。

このようなやり取りを重ねて、一人ひとりの授業デザインが決まっていきます。そして、各自のプロジェクトや事業遂行のため、大学を飛び出し、その結果を発表します。探究したいこと、やりたいことに没頭する学びです。

実績ある「アントレプレナー育成プログラム」がベースに

『セルフ・カルチベーション』などのベースとなっている取組が、令和5年度に始動した全学部生のための「アントレプレナー育成プログラム」の授業群。文理融合型で、全10学部の教員が担当。定員を上回る受講希望がある人気プログラムです。

ここでも私は『アントレプレナーシップ演習A』を担当しています。昨年度は特にチャレンジングな取組として、豊田通商株式会社(トヨタグループの総合商社)と連携し、EVスクーター事業の展開をテーマにしました。

授業をよりリアルにするために、実物のスクーター数台と充電スタンドを提供してもらい、**JAF(日本自動車連盟)**には安全講習をお願いしました。この試みは好評で、学生たちは、キャンパス内外で実際にEVスクーターに乗って乗り心地を体感し、それを基に新規事業を考えました。最終的に提出した事業案には、数字の裏付けも入れましたから、豊田通商からは「期待する水準をはるかに超えたもので、学生の実力の高さに驚いた」と、高い評価をいただきました。

一拠点総合大学「ならでは

学環の基盤科目として開講するのが、「アントレプレナーシップ」「ビジネス探索」「ビジネスデザイン」の3つの科目群。これらの中には、『科学技術と未来社会』や、『食とテクノロジー』といった、最新のテクノロジーがどのような社会を創り出す可能性があるのかを探究する斬新な科目もあります。

また韓国、オーストラリア等の協定先に出かける『海外起業フィールドスタディ』や、『交渉力とプレゼンテーション』『スタートアップ・ワークショップ』なども新設します。

これらの取組を支え、加速するのに強みを発揮するのが、すべての学部が一つに集結する「一拠点総合大学」。あらゆる分野の専門家たちが一か所に集まっていますから、分野横断の学びを実現できます。学環の開設後には、キャンパスのそこかしこで、刺激的な交流が日々起こるのではないかと期待しています。

定員はわずか30名。しかし、もっと多くの仲間がすぐそこに。

アントレプレナーシップの輪を広げよう

定員は1学年30名、4学年合わせても120名の少人数体制です。自己開拓型の学びを実施するには、きめ細かなサポートが必要だからです。

ただ、「アントレプレナー育成プログラム」や、経営、法、現代社会の3学部による『展開科目』の授業では、様々な学部の学生と一緒に学びますので、仲間の数はかなり大勢になります。学部・学環、学年を越えて多様な学生同士の交流の機会が多く、アントレプレナーシップ育成の学びが相乗効果を発揮できる可能性は大いにあり、それが、日本の大学の学部教育にもインパクトを与えられないかと期待しています。

高校生へのメッセージ

「アントレプレナーシップ学環」は、大学で本気に学び行動したい人に応える場所です。高校時代に探究学習に力をいれていた人、何かにチャレンジしてみたいと思っているような「冒険者、求む」です。きっと、ワクワクするような4年間を過ごすことができると思います。

またここでの経験を社会に出てからも活かし、困難な課題にも前向きに挑戦することで、これからの社会・産業界で広く求められる存在になれるはずです。

特集 物理かじってみる? 化学編 – 産業構造の転換への期待が高まる

世界にこれまでなかった無機化合物の液晶を発見

昨秋、「原子を操って創る!無機量子材料」の研究開発で、第14回「フロンティアサロン 永瀬賞」※の特別賞を受賞した神戸徹也先生。量子コンピュータや超伝導体など次世代の先端技術に必要な材料、いわゆる量子マテリアルの開発では若手の第一人者として注目されてきた。今回は「ボロフェン」と呼ばれる無機物質に着目し、材料として利用できる新物質を開拓し液晶材料として発展させたことが、新たな材料科学の扉を開くものとして評価された。先生のここまでの道のりや、成功秘話、将来の夢などをお聞きした。

※「将来のノーベル賞候補」を発掘することを目指し、世界を牽引し、人類の未来への貢献につながる研究に取り組む若き研究者に贈られる賞。

神戸 徹也先生の顔写真

神戸 徹也先生

~Profile~

大阪大学准教授/若手卓越教員
1986年生まれ。兵庫県出身。東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員を経て、東京工業大学資源化学研究所助教。台湾交通大学特別講師、明治大学兼任講師、などを経て現職。国立研究開発法人科学技術振興機構 創発研究員も兼任している。
2024年 文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。専門は無機化学、ナノ材料科学、金属錯体化学。白陵高等学校出身。

研究者としての歩み直感に導かれて化学の道へ

「高校1年生のとき、先生に『国際化学オリンピックに出てみないか?』と言われたのが、すべての始まりでした。もともと物理や数学は大好きでしたが、化学は得意というわけではありませんでした。しかし、せっかくの機会だからと挑戦してみることにしたんです。最初の年は、国内予選の化学グランプリで惨敗。でも、それが悔しくて、翌年の高校2年のときは本気で勉強して臨み、なんとか国内予選で上位に入り日本代表に選ばれました。そして、国際化学オリンピックに出場、銅メダルを獲得しました。化学オリンピックの問題は、単なる暗記だけでは解けず、論理的に考え抜く力が求められます。そこで、考えることの面白さに気づかされました」と、神戸先生は高校時代を振り返る。

その後、東京大学に進学。「東大には『進振り制度』という独特のシステムがあって、1、2年生での成績をもとに3年生からの学部を決めることができるんです。物理や数学に進むか、それとも化学を選ぶかで本当に迷いましたが、結局は『自分が一番面白いと思うものを突き詰めたい』という気持ちが勝り、化学を選びました」と神戸先生。

博士課程を出た神戸先生は、東工大などで職を得た後、大阪大学へ。そこから本格的にボロフェンを中心とした新しい無機材料の開発を行っている。

偶然の発見?世界初の無機液晶が

ボロフェンは、ホウ素原子が一層に並んだ二次元構造を持つ新しい物質。ネーミングは炭素原子が蜂の巣状に並んだシート状の物質「グラフェン」に対応している。炭素原子からなるグラフェンは非常に軽く、強度が高い上、電気や熱をよく通す性質を持つことから、次世代の電子材料として注目されている。2010年には、アンドレ・ガイム氏とコンスタンチン・ノボセロフ氏が、粘着テープを使って黒鉛から単層のグラフェンを剥がし、その特性を明らかにしたとしてノーベル物理学賞を受賞している。

ホウ素原子からなるボロフェンはこのグラフェンに似た構造ながら、ホウ素特有の性質によって異なる機能が期待されていた。ただ、「最大の課題は、酸素と反応しやすくすぐに酸化し分解してしまうため、安定的に利用することが難しいことだった」と神戸先生。

神戸先生の東京工業大学での研究チームは、ボロフェンの層ごとに酸素原子を導入し、より安定した「ボロフェン酸化物」を作ろうと工夫していた。そんなある日、ある学生が偶然試した実験のさ中、これまで見たことのない独特な光学的性質を示し見慣れない物質が生成された。「これは一体何だろう?」とメンバーが戸惑う中、たまたまその場に居合わせた液晶に詳しい研究者が目を輝かせた。「これ、液晶のような挙動をしているぞ!」と。新たな無機液晶の誕生の瞬間だ。

「最初はまさか液晶になるとは思っていませんでした。でも、液晶の専門家がそばにいて、『これは液晶かもしれない』と指摘してくれたことで研究が新たな方向に発展したんです」と神戸先生はその時を振り返る。

ボロフェン酸化物とカチオン導入で電子機能がさらに向上

その後神戸先生のチームは、ボロフェン酸化物の層間に特定の金属イオン(カチオン)を導入すると、新たな特性が発現することを発見した。特にカリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)といったアルカリ金属のカチオンを導入した場合、層間の結びつきが弱まり、液晶としての性質がより明確に現れる。それらを入れた電子デバイスではキャパシタンス(電荷を蓄える能力)が飛躍的に向上。特にカリウムを導入したボロフェン酸化物液晶(K-BoLC)は、電極の間に配置することで、従来の材料に比べて10⁵倍以上のキャパシタンスを示した。
※現在の高誘電体の誘電率が数千程度であるのに対し、ボロフェン酸化物液晶はその値を遥かに凌駕する可能性を秘めている。

無機液晶は有機液晶と比べこんなにすごい!

これまで、有機化合物を主体としたものがほとんどだった液晶。今回、開発された無機液晶はそれらとは異なるいくつかの大きな特徴を持つ。以下にそれをまとめてみる。

1. 熱安定性が高い

低分子からなる一般的な有機液晶は、高温になると等方的な液体になることが多く、高温状態の使用に耐えられない。しかし、無機液晶は熱的に安定しており、高温環境でもその構造を維持できる。

2. 耐久性が高く、劣化しにくい

無機化合物は一般的に摩耗や紫外線に強いため、ディスプレイや光学デバイスに使えば寿命を大幅に延ばすことができる。

3. デバイス特性に優れる

無機液晶は、一般的な誘電体を用いた場合よりもはるかに高い静電容量を増大させる特性を持ち、電子デバイスのエネルギー貯蔵能力を向上させる。これは、ボロフェン酸化物液晶は、電場の影響でカチオンが動くためと考えられる。

4. 環境負荷の低減

一部の有機液晶は、製造時に環境に負荷をかける炭素系の化学物質を使用するが、炭素を利用しないことから環境に優しいデバイスになる可能性がある。

以上のような特徴を備えたボロフェンには様々な産業応用が期待される。「一つが宇宙など過酷な環境でも使える液晶」と神戸先生。従来の有機液晶は、過酷な環境では分解や劣化が進み、人工衛星や宇宙望遠鏡といった極限環境での使用は困難とされていた。しかし、無機液晶には高い耐熱性や耐放射線性があるため、強い放射線や極端な温度変化にも耐えられる可能性があるのだ。

「例えば人工衛星の光学機器や宇宙望遠鏡の可変レンズなど、その応用を考えるとワクワクしませんか」と、神戸先生は未来の大きな夢を語ってくれた。

高校生へのメッセージ

物理も化学も、高校で履修する内容は基礎として非常に大事ですが、研究の世界で使うものはまた別次元です。私自身、国際化学オリンピックに出場したことで、その一端に触れることができ、それが今の研究を選ぶきっかけになりました。今の高校生には、大学の講演会やシンポジウム、オープンキャンパスなど、最新の研究に触れる機会が豊富です。学校で学ぶ範囲に閉じこもらずに、少し背伸びしてみようという意気込みさえあればとても楽しい世界がのぞけると思います。

効き目あり 特別編

神戸 徹也先生の顔写真

宮田 清蔵先生

~Profile~

東京農工大元学長
1969年東京工業大学大学院博士課程修了(工学博士)後、東京農工大学助教授、カリフォルニヤ工科大学客員教授、ベル研究所客員研究員を経て、86年より東京農工大学教授。2001年には同大学学長。05年より独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)シニアプログラムマネージャー等を務めてこられた。

ボロフェンは、現在主流の希土類を使った磁石にとって代われる可能性を 秘めている。磁石は現代のエレクトロニクス社会に欠かせない存在であり、スマートフォンやパソコン内部のモーターをはじめ、さまざまなデバイスに広く 使われている。こうしたモーターの性能を高めるには、強力な永久磁石が必要となるが、その中核を担っているのが、ネオジムやサマリウムといった希土類元素だ。 世界は現在、これら希土類の供給の多くを中国に依存しており、経済安全保障上の大きな課題となっている。アメリカやヨーロッパがウクライナに注目する背景にも、希土類の埋蔵が関係していると言われるほどだ。こうした中、ボロフェンのような新しい材料で強い磁石が作れるとすれば、そのインパクトは計り知れない。「ボロフェンは2次元の液晶のような構造を持ち、分子を整然と並べやすいため、磁性材料としての応用が期待されます。もし希土類を使わずに強力な磁石を作ることができれば、産業構造そのものを変えられるかもしれません」と、宮田先生は語る。

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 生物





実技競技① ‐ 生物「世界最大のウイルスを探せ!」


実技競技① – 生物

「世界最大のウイルスを探せ!」というキャッチーなタイトルで行われたこの実技競技は、水を沸騰させて3つの異なる温度(98℃、55℃、72℃)のお湯を用意することからスタートした。競技説明の後、1分間の作戦タイムを経て、100分間の競技が始まった。

この競技では、次の4つのミッションが課されました。

ミッション1:フィールドの選定とDNA回収

5つのフィールドのうち、パンドラウイルスがいると思われる場所を最大3つまで選び、そこからDNAの入っているチューブを回収するというもの。この時点でパンドラウイルスのいるフィールドを正しく選択できないと、手動PCRや電気泳動をしてもパンドラウイルスのDNAを検出することはできない。ただし、配布された「実験の手引き」を手がかりにすれば、どこにパンドラウイルスが生息しているのか検討をつけるのは難しくないだろう。

ミッション2:手動PCRによるDNA増幅

次は、パンドラウイルスのDNAを手動で増幅するステージ。PCRの原理については省略するが、このときのポイントは、グリル鍋のお湯の量と沸騰の持続である。この3種のお湯が適切な温度に保たれないと、パンドラウイルスのDNAを増幅することができなくなってしまう。

ミッション3:電気泳動によるDNA断片の解析

増幅したDNA断片の大きさを確認するために、電気泳動を行う。電気泳動では、DNA断片の大きさによってDNA断片の移動距離が変わってくるため、パンドラウイルスのDNA断片が増幅されたかどうかを視覚的に判断することができる。電気泳動のウェルに試料を注入する作業にはコツが必要で、初めての操作で必ず成功するとは限らない。しかし、競技開始前に動画で丁寧に解説されているため、慎重に操作が行えたのではないかと思われる。また、電気泳動後のゲルの撮影装置も手作りしなければならず、「見やすく撮影できる装置」を作ることが鍵となる。

ミッション4:筆記問題と考察

最後のステージでは関連する筆記問題に解答する。PCRの原理やウイルスの生態系での役割などに関する問題が出題された。筆記問題の最後には、今回の実験結果をもとに考察する問題があり、手動PCRと電気泳動で得られたミミウイルスのDNAの結果をパンドラウイルスの結果と比較することにより、考察がしやすくなっている。

総じて、この競技には繊細な作業を手際良くやることや、チームワークが求められた。ところで、100分という短い制限時間の中で、20-30分ほどを手動PCRに費やさなければならず、そのポイントが「いかに温度を保つか」という現在の研究室では全く必要のないスキルであるという点で、この競技を不満に思った生徒もいたかもしれない。確かに現在の一般的な研究室では、PCRをサーマルサイクラーと呼ばれる機械を用いて行うからだ。

しかし今回の競技のように苦労して手作業でPCRを行うことは、その原理を改めて実感するのには欠かせない。最近は機器や試薬が便利なものになり、原理を知らなくても実験を進められる時代になりつつあるが、。出題者の意図は、現代のそうした潮流に対して、「科学を志す生徒には土台となる知識を学び続けることを怠らないでほしい」というメッセージが込められているのかもしれない。いずれにしても、あえて一回でも、手を動かしてその原理を体感することは、研究のアイディアを出したり、実験のトラブルシューティングをしたりする際にも役立つはずだ。

この競技は生徒たちにとって、単なる競技を越えた「学びの糧」になったに違いない。

京都大学農学部4年 土田美咲

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 物理

先輩が解説する2025科学の甲子園全国大会、筆記競技、実技競技 – 数学


創立100周年に向けて 改革を加速する東京都市大学

2029年に創立100周年を迎える東京都市大学。今年1月、新たに学長に就任された野城智也先生は、建築学の新分野であるサステナブル建築を出発点に 技術経営分野のイノベーション・マネジメントまで、分野を超越した、独自のアカデミック・キャリアパスを切り拓いてこられました。教員人生をスタートした場所であり、今また学長として戻られた東京都市大学に、どんな未来を託されるのか。イノベーション・マネジメントの視点も加え、これからの日本に求められる人材の育成について、また高校生へのメッセージをお聞きしました。

イノベーション創出の担い手になるために

――専門性を縦糸に デザイン思考を横糸に

東京都市大学学長 野城 智也先生

野城 智也先生
~Profile~
1980年東京大学工学部建築学科卒業、1985年東京大学工学系研究科建築学博士課程修了(工学博士)。同年4月より建設省建築研究所研究員。1986年同省住宅局住宅建設課係長などを経て 1990年同省建築研究所主任研究員。1991年武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科助教授、1998年東京大学大学院工学系研究科助教授、1999年同学生産技術研究所助教授、2001年同 教授、2007年同副所長、2009年同所長。2013年同学副学長。2018年同学価値創造デザイン人材育成研究機構長。2023年東京都市大学総合研究所特任教授、高知県公立大学法人高知工科大学教授。2024年1月から現職。専門分野はサステナブル建築、イノベーション・マネジメント。東京教育大学附属高等学校(現、筑波大学附属高等学校)出身。

私のアカデミック・キャリアパス

●武蔵工業大学(現東京都市大学)で研究者人生の基盤を固める

 私は、学部・大学院では建築を専攻しました。探索・試行の末に切り拓いたのはサステナブル建築(※1)という、計画・設計、構造・材料、環境工学という確立された建築学三分野を横串で刺したような分野で、地球環境の持続可能性を損なわない建築・都市の在り方を探究しています。具体的には、国内全体の30~40%を占めるとされる建築に起因するCO2などの温室効果ガスの排出をいかに減らすか、また、国全体の資源生産性(※2)を高める観点から、建築・都市を、どのような材料で構成し、どのようにして使いまわしていくべきかなどを研究し、その工学的解決策・緩和策を考案・提案してきました。
サステナブル建築研究の始まりは、1980年代後半。今でこそ、カーボン・ニュートラルという概念は世界中で共有され、建築においてはゼブ(ZEB:Zero-Energy Building)の概念は当たり前になっていますが、私が武蔵工業大学に赴任した1991年当時は、まだバブル経済の余韻が残っていて、建築業界は、スクラップ&ビルドで新築建物をどんどん増やしていくという風潮でした。そんな状況の中で私は、このままこのようなことを続けていっていいはずはないという危機感を抱きました。一部の研究者、建築家も、これからは地球環境に配慮した建築・まちづくりが大事だと考え始めていて、日本建築学会でも1990年に地球環境特別研究委員会が産声をあげていました。
何はともあれ、建築がCO2などの温室効果ガスをどのくらい出しているのかを定量的に測定し評価することが必要だと考えた私は、武蔵工業大学の学生諸君と一緒に、それぞれの建築材料が製造されるまでにどのくらいの温室効果ガスが排出されるのかを調査し、データベースとして発表しました。また、建築材料を使い回して資源生産性を高めるため、彼らと一緒に、建物の解体現場に出向き、それらがどう壊され、材料はどう廃棄されるのか、あるいはどうリユースされるのかを調査しました。そして様々なデータを泥臭く集めて分析して得た知見を英語圏で論文発表したところ、高い評価が得られたことから研究の手応えを感じ、その後の研究の方向性を定めることができました。
サステナブル建築を実現するためには、建築業界だけでなく様々な分野との連携が必要です。国内外の研究者との連携交流から、建築分野以外の企業や研究者とのネットワークも広がっていきました。 このように、私は、当時、武蔵工業大学と呼ばれていたこの東京都市大学で、自らの研究基盤を作ることができました。

※1 サステナブル建築とは、地域レベルおよび地球レベルでの生態系の収容力を維持しうる範囲に収まるように、省エネルギー・省資源・リサイクル・有害物質排出抑制を図り、その地域の伝統・文化を保ちつつ、将来にわたって、人間の生活の質を向上させていくことができる建築。

※2 生み出されたモノ・サービス・付加価値の量(output)÷使用資源量(input)、すなわち、単位量の資源を用いることによって生み出されるモノ・サービス・付加価値の量。経済活動において使用される資源をどれだけ効率的に活用して付加価値を生み出すかを示す指標。

世田谷キャンパス
横浜キャンパス

● 東大ではプロジェクト・マネジメント(※3)研究や、イノベーション・マネジメント
(※4)研究にも先鞭をつける

 1998年、母校、東京大学に教員として着任します。ただその着任先は、卒業・修了した建築学専攻ではなく社会基盤工学(土木工学)専攻でした。「コンストラクション・マネジメント」という新しい研究室の立ち上げに力を貸してほしいという要請に応じたものです。コンストラクション・マネジメントはまさに分野融合の分野でした。その後、急な欠員ができたなどの学内事情から生産技術研究所に移籍し、プロジェクト・マネジメント研究の開拓に従事しました。
その矢先、小宮山宏先生(その後東大総長)からお声がかかります。武蔵工業大学時代からのサステナブル建築に関する研究への取り組みをどこかでお聞きになったようで、先生が立ち上げようとしていたバイオマス(木くず、廃食油など生物由来の有機性資源)活用促進を目的とした研究開発プロジェクトへの参加要請でした。学内外の化学、機械工学、林学など様々な分野の専門家と連携し研究開発に取り組みました。地域に散在するバイオマス資源をどこで、どういう処理をすれば、その運搬収集に要するエネルギー使用も含めた利用効率が最大化できるのかを探究しました。また、当時出始めたバーコードやICタグを活用してバイオマスのトレーサビリティー・システムを開発し、それを森林資源にも適用・試行することで、日本の林業が抱える流通上の問題点も明らかになり、その課題解決にも取り組みました。
こうした異分野の専門家が連携して何かを創り出していった経験は、 MOT(management of technology)を担う技術経営戦略学専攻という新たな専攻を東京大学大学院工学研究科に立ち上げるお手伝いをした際にも活かされました。この新専攻で私は「イノベーション・マネジメント」という授業を託されましたが、この科目は、様々な得意技をもった人々が神輿を担ぐようにして現代のイノベーションが進んでいくことを理解し実践できるようになることが主眼になっています。武蔵工業大学が提供してくれた一年間の英国研修で知己を得たインペリアル・カレッジ・ロンドンのデビット・ギャン教授(のちに同副学長、さらに後にオックスフォード大学副学長)など多くの国内外の先達に示唆・助言をいただきながら、2016年には 、「イノベーション・マネジメント」 [書影]を出版することができました。

※3 独自の目的を期限までに達成していく一連の活動及びプロセスが、適切に動いていくように、種々の対策を施し、価値創造に導いていくこと。

※4 何らかの新たな取り組み・率先により、何らかの、精神的・身体的・経済的な豊かさや潤い、または、人や社会に役立つこと、あるいは、しあわせを創造・増進し、現状を刷新するような社会的な変革が生み出されるように、組織・プロセスを動かしていくこと。

イノベーション・マネジメントの 視点から見た 日本のものづくり産業

――どう活かす?日本の得意技

 かつてナンバーワンとも言われた日本のものづくり企業の多くは、情報技術を駆使して世界規模でサービス・コトを提供し巨万の富を築いている企業に、部品を提供することで売り上げをあげる立場になってしまっています。こうした状況が進んでしまった一因は、創造性の低下や、本質を見抜く力、言い方を変えると洞察力の欠如にあると私は考えています。
それは、日本語にはイノベーションという言葉がなかったため、技術革新と混同されるなど、必ずしもイノベーションが適切に理解されてこなかったこととも無縁ではありません。イノベーションは必ずしも技術革新を伴うものとは限りません。例えば、世界の多くのイノベーションの教科書で紹介されている「ウォークマン」。技術的には殆ど新しいものはあり ませんでした。しかし《音楽を持ち歩く》という新しい意味を創り出したのです。
iPhoneなどスマートフォンの部品の多くは日本製ですが、その新規性は単なる携帯電話ではなく、そこに《サービス端末》という新たな意味を与えたことにあります。
ウォークマン開発を主導した盛田昭夫さんも、iPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズさんも、人間にとっての新たな 《意味を作り》出すことという側面で創造力を発揮したわけで、人工物が人間にもたらす体験の本質を洞察する力がその創造力の基盤にあると考えられます。
これまでの日本の企業、特に製造業の縦割りの事業部制は、既存の人工物を改良、改善していく点では優れていました。 しかし、人にとっての新たな体験、新たな意味を提供する、まったく新しい種類の人工物を創出するためには、不向きの組織構造になってしまっています。
世界は今、GAFAと呼ばれる巨大IT企業が提供するモノ・コトと全く無縁で生活や業務ができなくなっているほどになっています。コロナ禍がもたらしたき方、教育についての大きな変化も、巨大 IT産業には追い風であったと後世の歴史家は評するでしょう。
私は、いまを席巻するこうした企業の本質は、《システムのシステムを構築する》ことにあると思っています。20世紀の日本企業のようにすべてを自前で行おうとするのではなく、Apple Storeに様々な企業が開発販売するアプリが「展示」されていることが象徴するように、何層にも分かれたシステム階層の基盤層、言い換えれば、さまざまなシステムを束ねる システムだけを自ら握るという戦略を組み立てています。
一昨年からは、こうした巨大なシステムの各層に、生成AIが適用されるようになり、教育を含むさまざまな分野で、人々にとっての新たな体験、新たな意味を怒濤のように生み出し始めています。
このように、強大化しつつある枠組みのなかで、少なくとも当面は私たちはこれからの産業のあり方、人材育成を構想せざるをえないと思います。ただ、将来は、この国から、新世代の「システムのシステム」の構築者、担い手が生まれていくよう、私たち大学の教育者は知恵を絞り実行していかねばならないと思っています。

専門性プラスデザイン・ シンキング

――神輿が担げ、二枚腰の人材を育成したい

●デザイン・シンキングのためのプログラム とPBLのさらなる充実を

 このような状況の中で、大学を卒業した後、「人生100年時代」をどう生きて行くのか。そのために必要な能力・スキルとは何か。かつて日本企業がもっていた社内での能力構築が縮退しているなかで、大学は一歩前に出ていかないといけません。
そこで、本学は、工学教育の良き伝統は守りながらも、本質を見抜く力を育成しようとしています。カメラのついた携帯を見たら、「もはやこれは携帯ではなく サービス端末になりうるのだ」と見抜けるような洞察力を、です。
そのためには、座学に加えて課題解決型学習(PBL)の重要性がますます高まってきます。本学では、「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム等、創造力を育むための授業、言い換えれば、デザイン・シンキングをトレーニングするプログラムが既に始まっていますが、今後それらをさらに本格化していきます。これらの取り組みは、未知の状況で出会った課題に対する解決策を組み上げていく力を育むだけでなく、異分野、異なる学科の仲間と取り組むことが大きな助けになるという体験知も生み出すことになり、こうして育まれた力や知は、将来どこかで、必ず生きてくるはずです。
ちなみに、一人の天才、発明家による業績が歴史を大きく動かすイノベーションは、これからもおきえるでしょう。ただ、イノベーションのやり方の主流は、様々な人が集まり、各自が得意技を出し合いながら生み出していく、いわば《みんなで神輿を担ぐ》ような流儀になっていくであろうと、最新のイノベーション・マネジメント研究では認識されるようになっています。試作されたプロトタイプについて、多様な人々が参画するフォーメーションを作り、みんなで「試作⇨評価⇨ 造り変える」のプロセスを繰り返す、その際、ユーザーと作り手が協働することが必要ならユーザーも巻き込んでいく、といった具合です。こうしたプロセスは、まさにサステナブル建築を開発していく際にも必要なものでした。仲間とのPBL、異分野のメンバーとの協働を通じたデザイン・シンキングの修練は、神輿の担ぎ手に なるための絶好のトレーニングになると思います。

「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム 授業の様子
●伝統の専門教育をさらに磨きつつ、教養教育も充実させたい

 もちろん専門性を育む教育の質保証はこれまで以上に重視していきたいと考えています。レートスペシャリゼーション傾向にあるように見える大規模大学とは異なり、入学直後から専門性の育成に取り組むことで、“手が動く”、基礎的な能力のある技術者を育てるという、武蔵工業大学時代から積み上げてきた産業界からの信頼をさらに強固にしていきたい。新進企業が興味を示さないニッチな分野で、日本が優位性を保ちながらイノベーションを進めていける余地はまだたくさん残されています。本学では、他大学では看板をおろしてしまったり、担当教員が殆どいなくなっている分野の先生方が力強く活躍されています。例えば、理工学部原子力安全工学科や理工学部電気電子通信工学科の強電分野、あるいは水素エネルギーの利用に関する教育研究については、日本全体を見渡しても私たちは貴重な担い手となりつつあります。これらの技術は、なくてはならぬ技術ですので、様々な挑戦をしつつ技術継承の責務を果たしていきたいと思います。
リベラルアーツ教育も充実させていきたいです。変化の激しい時代を生き抜くには、大学で学んだことだけでなく、《自学自考》、自分で学び、自分で考えつつ、継続的に能力構築していかねばなりません。その基盤となるのがリベラルアーツ教育です。哲学でもいいし、農業、歴史でもいい、専門以外に興味のある分野を見つけ、専門とは違ったアングルでものご とを考えられるようになることはとても大事です。ただ、中規模大学としては、用意できる教科数は大規模大学のように豊富ではないかもしれません。こうした問題意識を共有できる仲間の大学と連携することで、多種多様な科目を用意し、学生 諸君の多様な知的好奇心に応えていきたいです。こうした観点からは、教育コンテンツのデジタル化が進んでいることも追い風です。
創立100周年を迎える2029年以降、私たち大学のあり方とはどのようなものであるべきか。日本の大学というものの本質を見極め、未来の大学のあり方を洞察し、そのために必要な施策を考え実行に移していきたいと思っています。

高校生へのメッセージ

――専門プラスアルファで、先の見えない未来を切り拓く

 本学だけではなく、大学はみな、それぞれの専門領域で、4年間あるいは6年間でどのような能力を身につけていけるかを示しています。ただ、変化・変革の激しい時代には、大学で身につけた能力だけでその後の人生を乗り切っていくのは難しいでしょう。そこで大学で学んだことが陳腐化してしまったとしても、前例のない課題に対処できる能力を生涯に わたって構築していける素養を育成していきたい、本学はそういう思いで教育に取り組んでいます。言い換えれば、《二枚腰》の人材となれるようお手伝いしたいのです。私たちは、皆さんの大学生活が、専攻を縦糸に、自学自考能力を横糸にして、自らの力を磨く機会になるよう努めています。 専門課程の内容に加えて、貴兄貴女にとっての横糸を編み込める可能性も大学選びの観点に加えてみては如何でしょうか。

コラム

リカレントプログラムで、社会人を応援

 社会人を対象に、東京都市大学が得意とする応用的なデジタル・グリーン分野の知識と技術を修得する「東京都市大学リカレントプログラム」を開講。オンデマンドと対面授業を組み合わせた学習を提供。対面での授業は、渋谷サテライトクラスなどで開講される。マイクロクレデンシャル制度をベースに、オープンバッジ(デジタル証明)も発行。

社会人向けのリカレントプログラムを開講

太陽電池を一人一台、自給自足の時代を

探究応援号第6弾 学問と探求 日本を代表する研究者から高校生へのメッセージ

――光電気化学で次世代新エネルギーを

宮坂 力先生宮坂 力先生
桐蔭横浜大学 特任教授

~Profile~
1976年早稲田大学理工学部応用化学科卒業、1981年東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了。この間1980~81年カナダ・ケベック大学大学院生物物理学科客員研究員。1981年4月富士写真フイルム(株)入社,足柄研究所研究員、2001年12月~2017年3月 桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授、2017年4月桐蔭横浜大学医用工学部特任教授、2017年10月東京大学先端科学技術研究センター・フェロー、2020年4月~2023年3月、早稲田大学先進理工学研究科・客員教授。2023年1月朝日賞、2022年7月 英国 Rank Prize 等受賞多数。早稲田大学高等学院高等学校出身。

 新エネルギーの中核を担う太陽電池に転換期が訪れている【下グラフ:面積あたりの各国太陽光設備容量(経産省資料より)】。そこで注目を集めているのがシリコン製に代わる薄型太陽電池、中でもペロブスカイトと呼ばれる結晶の膜を使ったもので、実用化が目前だ。シリコンとは全く違う材料を使うことで、社会のありようまで変える可能性を秘める。世界情勢が不透明になる中で、国産の材料だけで作れることにも期待が集まる※1。2030年に太陽光発電のシェア14~16%を目標とする政府が、「早期の実用化を」※2と旗を振る中、電機や化学、住宅メーカー大手も2025年からの展開をにらんで生産体制を整える。ペロブスカイト太陽電池の発明者として脚光を浴びる宮坂力先生に、「大学研究者→企業の研究職→大学教員とベンチャー経営者」というキャリアから、研究・開発のこれまで、アカデミアのエコシステムなどを振り返っていただくとともに、高校生へのメッセージをお聞きした。

※1 日本のエネルギーの自給率はOECD諸国の中でも最下位に近く10数%と言われている。
※2 2021年10月に閣議決定された「エネルギー基本計画」では、2030年度の電源構 成として再エネ導入目標を36~38%とし、そのうち太陽光は14~16% とされている。 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/green_power から、経済産業省 グリーン電力の普及促進等分野ワーキンググループ 2023年8 月31日第6回も参照。

(経産省資料より)

そもそもペロブスカイトって?

鉱物の名前?

 元々はそうで、発見したレフ・ペロフスキー (ロシアの貴族、鉱物学者:1792~ 1856年)の名前に由来する。主成分はチタン酸カルシウム(CaTiO3)。カルシウムとチタン、酸素からできている無機化合物だ。珍しい構造をしているため【下図】、同じ結晶構造を持ったものの総称となっていて、これらの金属の酸化物からなるペロブスカイトは強い誘電性を示すのが特徴で、身近ではインクジェットプリンターの印刷ヘッドなどに使われている。いっぽうで、酸化物の代わりに、ヨウ素(I)などのハロゲンからなるペロブスカイトというものがある(たとえば、CsPbI3など)。これらは人工的に合成することができ、中には光を吸収すると発電をするものがある。

 このハロゲン化ペロブスカイトは溶剤に溶けることから、溶かした原料を塗って乾かし薄い膜にすると発電に使える。例えば、プラスチックフィルムなどに原料を塗ることで薄くて軽いペロブスカイト太陽電池を創ることができ、これを生活のいろいろな場所に設置することで、光が当たると高い変換効率で電力をつくることができるわけだ。【下図】

 現在普及している半導体シリコンを使った太陽電池とは、組成も製造方法も全く異なり、その特徴を比較するとこんなことになる。【下図】

ちょっと見ただけでも期待が持てそうだね。どんなことを学べば作れるのかな?

 研究開発分野は、光電気化学と呼ばれる。化学の中の「物理化学」の分野にある「電気化学」に生まれた領域で、光がかかわる電気化学という意味。半導体を電極に使った水の光分解はその典型的な例。ちなみに英語表記はPhotoelectrochemistry。 2004年に立ち上げたベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ株式会社は、その頭文字にCell(セル)を足したものだ。

ペロブスカイト太陽電池の発明

材料をガラス板やプラスチックフィルムの上に貼ったり印刷したりするだけって、ずいぶん突飛なアイデアだけど、いつ、どこで、誰が?

 発明に至る前段を話そう。僕は大学院博士課程を光触媒などで著名な本多健一先生※1の研究室で過ごし、修了後は日本有数のフィルムメーカーに就職した。植物の光合成を光電気化学でシミュレーションする研究をかわれてだ。ただ企業の研究所だからなんでもやらされた。人工網膜やリチウムイオン2次電池の研究開発は代表的なもの。製品化には至らなかったが、ともに原理を解明し『サイエンス』にも掲載された。もちろん僕一人の力ではないが。この間、準備万端の研究が、会社の都合で中断されるなど辛い思い出もある。まあ組織の一員だから、社命に従うのは当然だけど。

大学の研究とは違うね、で、転職を?

 結局45歳を過ぎて転職を考えだしたが、その頃に与えられたテーマが色素増感太陽電池だった。銀塩の写真の高感度化に使う色素増感技術を使って太陽電池を作るというアイデアで、化学で作る太陽電池の代表であり、発電の仕組みとしてはペロブスカイトの先輩にあたる。ただ個人的にはあまり乗り気ではなかった。液体(電解液)を使うから液漏れしたりして耐久性に問題があると予想していたからだ。発明者はマイケル・グレッツェル教授※2。1991年に論文を発表した彼は今でも研究を続けていて、最近では変換効率も14%まで高めている。あまり電力のいらない機器なら十分動かせる値で、商品化もされている。

※1 1925 ~2011年、東京大学教授、京都大学教授、東京工 芸大学教授、同学長、1972年の「本多-藤嶋効果」などで 知られる。酸化チタンに光触媒の性質があることに着目、数々 の発見・発明をリードした。
※2 Michael Grätzel:1944年~スイス連邦工科大学ローザン ヌ校教授

ここからペロブスカイトにどうつながる?

 ここまでの話で気づいた人もいるかもしれないけれど、光触媒も光合成も、色素増感も光のエネルギーを酸化還元反応で化学や電気のエネルギーに変える。光合成は二酸化炭素と水をグルコースに、光触媒は酸化チタンを半導体に使って水を分解して酸素と水素に。色素増感太陽電池とペロブスカイト太陽電池は光を直接電気エネルギーに変える。ここでも電子の輸送には酸化チタンが使われる。前者は可視光線を吸収させるために色素を使い(酸化チタンは紫外線しか吸収しないから)、後者は可視光線を吸って発電する半導体としてペロブスカイトを使い、これを電極に塗って印刷することで電池ができる。

全部つながるんだ!

 僕は会社を辞めてこの大学に移ってすぐ、さっき紹介したベンチャー企業を作ったが、研究室とそことの両輪で色素増感太陽電池も研究していた。そんな僕の前に、色素の代わりにペロブスカイトを使ってみたいという若者が現れた。日本で写真技術教育の伝統をもつ東京工芸大学の修士課程にいた小島陽広君で、ペロブスカイトを研究していた。紹介してくれたのは東京工芸大で教員をしていたがペクセル社の求人に応募、入社してくれた手島健次郎さんだ。僕は小島君の話を聞いて、「どんなものかわからないが、光機能があるということで、誰もやっていない方法だから、試しに実験してみてはどうか」と、彼を受け入れて、学外研究員という形で来てもらうことにした。

ずいぶん思い切ったね。伝統のある大学や、大規模大学では考えられないね。

 そう、ここは小規模だから小回りが利く。それに受験に失敗した子たちも多いから、彼らの刺激にもなると思った。もちろん不思議な縁も感じていた。当時の東京工芸大の学長はなんと本多健一先生。東大定年後に京大へ移籍され、その後東京へ戻っておられたんだ。
 小島君は僕の指導で、だれもがあまり可能性はないと思っていたペロブスカイトを使って黙々と実験を続けた。しかも修士卒業後は、僕が東大にも持つようになった研究室の博士課程に入ってくれた。
 そして博士課程3年目の2009年に、ペロブスカイトを使ってエネルギー変換効率を3.8%まで高め、世界初のペロブスカイトを使った太陽電池の論文を、僕と共著で出版した【下年表の赤の☆印】。小島君はこのペロブスカイトの研究で学位論文を出して博士号を取った。

さらなるブレークスルーが

そこからほぼ15年、現在は4万人のペロブスカイト太陽電池の研究者がいるとも言わるけど、すんなり来たのかな?

 まだまだ。ペロブスカイト太陽電池は、今でこそシリコン製の光変換効率に追いついたが、当時の4%弱からそれを上げるためには、もう一つブレークスルーが必要だった。
どんな?そしていったい誰が?
 当初、僕らは色素増感と同じようにヨウ素などを含んだ液体を電荷の輸送に使っていた。しかしこれではペロブスカイトの一部がそこへ溶け出して効率が上がらないという問題があった。

つまり、ペロブスカイトが電解液で分解してしまうということ?

 まあそうだね。これではいくら効率が上がっても実用性がない。小島君もそれに気づいていて、2008年には固体の可能性を示唆していた。ところがだ。

何か新展開が起こるんだね?

 詳しくは下の年表を見てほしい。僕の研究歴が中心だが、舞台はこの桐蔭横浜大学から、スイス、イギリスへ、さらには韓国、そして中国、ポーランドへも広がっていく。次も主役は若者だが、今度はイギリス人。

ええ…!?

 色素増感太陽電池に固体の電荷輸送材料を使えないかを研究していたヘンリー・スネイス君※3だ。彼がマイケル・グレッツェル教授のもとへ来ていた時、たまたまうちの研究室からポスドクとして行っていた村上拓郎君※4と仲良くなり、ペロブスカイトのことを知った。その後オックスフォード大に職を得た彼は、よほど気になったのか、院生を僕の研究室へ3か月間
送り込みペロブスカイトの作製法を習得させた。そしてまさにその一年後だった。彼の研究室はなんと10.9%という変換効率を達成したんだ【下図】。

色素増感からペロブスカイトへ(産総研資料より)
え、え、何をしたの?

 液体の電解質を、得意の固体にしてみたんだね。この高い効率には世界中がびっくり、「これは使えるぞっ!」ということになった。僕らとの共著論文は注目を集め、その後この時の関係者は世界的に権威ある賞をいくつも共同受賞した※5。そしてそれまでの色素増感太陽電池の研究者も、あっという間にペロブスカイト研究者になった!

そこからはとんとん拍子だね

 うん。僕らの研究室も特許をとるし、世界中が変換効率を上げるのに鎬を削り、今ではシリコンとほぼ同じ26%以上を達成している。あとは具体的な製品作り、いわゆる実装あるのみだ。

※3 Hennry Snaith:現オックスフォード大教授
※4 現国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)有機 系太陽電池研究チーム長
※5 2017年のクラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞に始まり、 2022年ランク賞、2024年朝日賞まで多数受賞。

日本の企業と、そこを目指す若者へ

ただ問題もあるんだね。日本の企業が出遅れてるって?ペロブスカイトはいいことづくめだし、素材開発で先行しているのに。

 やはり大企業は儲かるものしかやらない。儲かっている間はリスクを取る必要がない。前職でもこれは何度も経験した。しかも日本人には、石橋を叩いて渡る人、叩いても渡らない人が多い。欧米や中国に追い抜かれることが多い原因の一つだ。
 もう一つは、シリコン太陽電池のトラウマがある。当初、日本は圧倒的なシェアを誇っていたが、韓国、中国に逆転された。ペロブスカイトも「同じ太陽光発電だから、また負けるのでは」との先入観が経営陣に蔓延している。これから大企業に就職しようとしている人には、そんな風土を覆してほしい。今度は失敗しないぞって。

研究室の選び方

先生の周りでは人が育つと拝見しましたが、小島さん、池上和志さん、村上拓郎さん、手島健次郎さんと、バックグラウンドの異なる学生さん、若い研究者が、重要な局面で、表舞台や縁の下で活躍された。先生を東大に呼ばれた瀬川浩司さんを入れてもいいかもしれない。

 そうだね。彼は京大で本多先生の助手をしていて、東大教授になると僕を東大の客員教授に推薦してくれた。
僕はどこにいても、学生が喜ぶ顔を見るのが好きだ。そのためにできることはいろいろしてきたつもりだ。学部生でも海外の学界へ連れて行く。そして行った先で自分が触媒になって、いろんな人に会わせる。それがきっかけで育つ人が出てくる。

「人事、検分、努力を尽くす」を座右の銘とされているとか。

 《人事を尽くして天命を待つ》という古い言い回しをもじったものだ。《人事》とは人の集まり、巡り会わせ、これは企業の研究室であれ大学であれ、とても大事。人が人を呼び、輪が広がり、成果がうまれていく。ちなみに《検分》とは徹底的に調べて、いいものを探すこと。

「研究とは真実を巡る人間関係である」という言葉を聞いたことがあります。

高校生へのメッセージ

高校時代は広く浅く学ぶことはもちろん大事だが、深くやるものも一つはもちたい。『総合的な探究の時間』『理数探究』などという授業もあるから、方法論、手段を学びやすい。「これどうなってるんだろう?」と思ったら、そこから調べ始める。また一見テーマとは関係ないように思えることでも、手を伸ばせば届きそうだったら、まずは試してみよう。そして自分で納得できるまで徹底的に調べる。実験の中で、「あれ?」って何か引っかかることがあったら、見過ごさず立ち止まって原因を考えてほしい。先を急ぐあまり無視すると、大きな発見を見逃してしまうかもしれない。
 まさに「努力を尽くして…」成果を待つだ。この過程で、自分が何に興味があるかもわかってくるし、また不幸にも不成功に終わったとしても、それが分かったことも大きな成果だ。
 少し話は脱線するが、僕は今でも研究の合間を縫ってバイオリンを弾き、楽器として研究もしている。あらたに発見したことは権威のある専門誌に投稿することにしていて、これまでに3度も掲載された。
 中学・高校時代、スピード優先の受験勉強で一旦挫折を味わった僕だが、大学、大学院へと進む中で立ち直った。特に大学院時代は充実していて、『ネイチャー』や『サイエンス』に掲載されたものも含め、論文をたくさん書いた。それまでの「なぜの追求」「好きの追求」が花を開かせてくれたのだと思う。これは今でも僕を支えてくれているものでもある。

最後に生成AIについて一言お願いします

 AIは膨大な情報量(ビッグデータ)をもとに結論を出すわけで、考えているわけではない。AIに頼ると人が努力して思考する能力が衰える危険から、僕の見方は否定的だ。AIを情報の高度な処理だけに使うなら良いが。

ありがとうございました。

(関連コラム)

色素増感太陽電池制作にチャレンジ!――都立王子総合高校の科学部

使用したのはペクセル・テクノロジーズ社製の色素増感太陽電池実験キット(PECTOM02)。キットには作成マニュアルが添付されているが、高校生には戸惑うところもあり、顧問の適切なアドバイスや指示が必要だった。完成に至る一連の作業は、起電力、電流、光量による発電能力の違い、並列回路や直列回路など理科の基本的な学習に繋げることができる。
1.授業で使用している化学資料集で化学電池と太陽電池の仕組みを復習し、実験キットの取扱説明書に書かれている色素増感太陽電池の仕組みや作成手順等を確認した。
2.キットの内容や導電フィルムの裏表を確認した。このキットは電池2個で作成できるので、予算に余裕があれば4人の班あたり1キット、予算が少なければ、2班に1キットがよいと思われる。
3.作成はマニュアルを参照してもらいたい。
ここでは部員の活動を見ていて気づいた点を示す。丸数字はマニュアルの手順の番号である。
①導電性プラスチックフィルムへのチタンペーストの塗布…誰でもセロハンテープ3枚分の厚みで塗布できるようにマニュアルが工夫されている。しかし、最初にセロハンテープに乗せるペーストの量が少なすぎると薄くなり厚さにムラができる。点眼瓶に入っているぺ-ストは電池2個分なので、目分量で全液量の1/3程度を乗せるとよい。
③室温が低いときは時間を長めにとったほうが良い。
④セロハンテープでステンレス板の辺を包むように貼るのだが、「包み込む」という表現が理解できなかった部員もいた。
⑤対向電極となるステンレス板に裏表があり、鉛筆で塗りつぶすのは光沢の少ない白っぽい面がよい。
一連のダイジェストは
URL: https://youtu.be/qBbdOFw-kPQ
をご覧ください。(科学部顧問 木内美帆)


新しい社会を作るために
半学半教で、学生をまん中に置いて分野横断を加速

教育・研究分野で日本の大学界を先導する慶應義塾。
先頃は、他大学の学生も受け入れての大規模な職域接種でも注目を集めた。
この春、《義塾としての理想の追求》を掲げられて塾長になられた伊藤公平先生は、世界の最先端技術である量子コンピュータの研究者で、海外での研究経験も長い。教育DXに加え、グローバル化も一層加速すると予測されるポストコロナにおける日本の大学について、慶應義塾の進める改革を中心に、その展望をお聞きした。

P r o f i l e
1989年3月 慶應義塾大学 理工学部 計画工学科 卒業。1992年12月カリフォルニア大学バークレー校 工学部M.S.(修士号)取得。1994年12月カリフォルニア大学バークレー校 工学部Ph.D.取得。1995年4月 慶應義塾大学理工学部助手。専任講師。助教授を経て2007年4月から教授。2016年11月~2017年3月 大学グローバルリサーチインスティテュート副所長。2017年4月~2019年3月 慶應義塾大学理工学部長・理工学研究科委員長。2021年5月から現職。慶應義塾高等学校出身。

大学とは、慶應の使命とは

 大学は、生涯の友や師に出会うことのできる場であり、そこでの学びや経験が将来につながる《人生の好循環の起点》でありたいと思っています。現在大学を目指しておられるみなさんは、50年後の社会を作るわけですから、その使命を一人ひとりに《自分事》として認識してもらうとともに、自ら新しい社会を作っていく喜びをぜひ経験してほしい。
 一方、受け入れる大学には、学生が未来の社会設計に貢献、寄与できるための仕組みを作り、環境を用意する義務があります。慶應義塾の創始者、福澤諭吉の言葉を借りれば、「全社会の先導者」を育てる使命があるのです。慶應では今夏、ワクチン接種と並行して、学生自らが厳しい感染対策を策定し体育会やサークルで練習や活動を行ったことが功を奏し、感染第5波を免れました。こうした経験も、将来、エネルギー危機や環境危機の解決に挑戦する際、必ず活かされるものと期待しています。
 私立大学という立場からは、慶應はこれまで、経営の危機に瀕した際にも国に助けを求めず、「社中協力」の理念で乗り越えるなど、常に健全な少数派を目指して社会変革を行ってきました。創立から163年を経た今でこそ、国内の大学の中でそれなりの地位を得ていますが、「そこに行けばよい仕事につけ、将来が準備されている」というブランド大学の象徴的な存在になるのは避けたい。社会がどのようなピンチに遭遇しても、最悪のシナリオを想定しながらも常に楽観し、いい意味でスマートに、みんなで仲良くよい社会を作っていこうと周囲を巻き込んでいく。このような慶應の良さ、本来の精神を、もう一度呼び戻したいと考えています。

日本の大学のこれからについて世界の一流大学から取り残されないために

相対的ではあるにせよ、国際的な地位が下がってきていると言われる日本の大学ですが、今後は、大学間で競争するのではなく、国際展開も含め互いに協調していくべきだと考えています。
 例えば世界の学長が集う国際会議で、東大や、早稲田、慶應が個々に発言するより、「われわれは力をあわせてこんなことをしたい。だから一緒にやりませんか」と訴える。その方が耳を傾けてもらいやすいのではないか。大学入試改革に限らず今の日本の教育界では、少子化を理由に後ろ向きな議論になりやすいが、最悪に備えながらも前向きに考え、世界を視野に、節度を持って協調することに活路を求める方がはるかに建設的ではないでしょうか。
 ちなみにある国際会議では、「コロナ禍における学長の一番大事な仕事は」と問われた際に、日本を含むアジアの学長の多くが「学生の教育」と答えるのに対して、欧米の学長の多くは「資金の獲得」と答えました。事実、すでに一度に何兆円も集めてそれを運用している大学も少なくありません。しかし、例えば慶應がこうした競争に加わろうとすることは、世界の1%の富裕層を目指して平均的な日本人が財テクに走るようなもので、しようと思ってもできないし、また目指すべきでもない。日本の大学には、節度を守りみなで協調していいものを作るために努力しようというような、独自のやり方があるのではないでしょうか。

分野横断による教育改革

 慶應では、レベルの高い学生、教員、職員を一番の宝と考えていますが、私はこの3者をしっかりと横につなげ、様々な改革を行っていきたいと考えています。そして、世界が称賛するような学術的成果を生み出し、エネルギー問題、アジアの安全保障といった世界的な課題や、コロナ禍における経済支援や社会のデジタル化の後方支援といった国内の課題に対しても的確に提言していきたい。もちろんその過程では、福澤先生が「多事争論」と言われたように様々な意見が生まれてくることが望ましい。それが学生たちに様々な見方のあることを気づかせ、彼らの視野を広げ、新しい社会をデザインするのに役立ててもらえるからです。
 おりしも学術研究の世界においては、文理融合や学際融合など、20世紀までに深めてきた専門の垣根を一度解き放ち、異分野横断で新たな総合知を生み出そうという動きが目立ってきています。教育も足並みを揃え、リベラルアーツの見直し、STEAMなどの新たな概念の提唱も始まりました。
 そこで改革の一つと位置付けているのが、学生をまん中に置いた教員の連携、それが誘発する分野横断の学びの拡大です。すでに博士課程教育リーディングプログラムの実施を契機に、優れた研究業績をあげ改革に前向きな教員が、学生を介して協調し、組織を超えた連携を進めています。例えば医学部のプロジェクトにおいても、生命倫理や個人情報の取り扱いについては法学部の教員から、AIについては理工学部の教員から学ぶというように、組織の壁を越えて学生は複数の教員から学べるようになっています。学生を中心に、高い専門性を持った教員が横につながっていく。学生が自分事として、将来の社会設計のためにと助言を求めると、教員もそれに向き合い、応える中で専門性を高めていける。現在湘南藤沢キャンパス(SFC)も含めて、協調と組織を超えた連携の進め方について教員間で活発な議論が行われていますが、協調する教員が増えれば、教員の専門性をこれまで以上に引き出すことができますし、大学全体の教育・研究レベルを確実に向上させられると期待しています。慶應の力を最大限に引き出すためには、外から見てわかりやすいフラッグシップとなるような組織、学部を作るという選択肢もありますが、当面はこの流れを学部教育でも実施し加速させていきたい。改革には、学生が自分の将来に直接かかわることとして協調してくれることも大切だからです。

あらためて「半学半教」を

 学生をまん中に置くということにはもう一つ理由があります。テクノロジーの急激な変化によって、ICTでは教員より高い技術・能力を身につけた学生や、地球環境に関してはサステナビリティ・ネイティブとでも呼べるような高い意識をもった学生が増えてきたため、教える側と教えられる側という分け方にそれほど意味がなくなりつつあるからです。もちろんこれまでのように、良質な文学や哲学などの普遍的な学問を、教員から学ぶことを否定しているわけではありません。ただ、慶應義塾の精神である「半学半教」の理念が再び活かされる時代が訪れようとしているのは確かです。
 2年前に立ち上がった「AI・高度プログラミング・コンソーシアム」では、AIに詳しくプログラミングに長けた学生が他の学生に教えるという試みも始まっています。AIのように技術が日々進化するものは、学問として体系化されていないため科目になりにくい。とはいえ企業のインターンシップではプログラミング能力が問われることもある。そうした学問とビジネススキルとのギャップを、学生同士が学びあうことで埋めるという相乗効果も期待できます。
 大学教育改革についてはこれまで、国主導の施策が次々と打ち出されてきましたが、私たちの進めるこのような改革はそれとは一線を画します。私たちが始めた量子コンピュータ研究が東大にも広がったように、今後このような改革が他の大学へも広がってくれることを期待しています。

スタンダリゼーションを超えて、新しい授業、新しいキャンパスを作る

 コロナ禍によって教育の様々な問題点があぶりだされ、ポストコロナへ向けて教育は今、大きな転換期を迎えています。こうした中では、スタンダリゼーション、標準化ということにどう向き合うかも大事です。明治以来、教育の標準化を徹底してきた日本は、戦後、世界的な学力テストでトップとなるなど、それを高度経済成長の原動力としてきました。しかし今日のような変革期では、それにこだわり過ぎては改革を滞らせる恐れもあります。私大連(一般社団法人日本私立大学連盟)では、「ポストコロナ時代の大学のあり方――デジタルを活用した新しい学びの実現」(2021年7月)として、対面授業をどこまでオンライン授業で代替できるかについて提言をまとめ、新たな大学教育の方向性を示しました。そもそも一律の規定を定めることが妥当なのかは疑問です。
 例えば、フィールドワークに出ている人がコンピュータ端末で観察対象を見せ、教室にいる人が「もっとこっちにずらしてみてください」という具合に授業が進められた場合、これはオンラインによるものなのか、対面でのものなのか判断しにくい。新しいことにチャレンジしようというとき、標準化にばかりこだわると足かせとなります。儒学全盛で、しかも開国を巡って、西洋を夷狄とみなす人たちがいた幕末から明治にかけて、福澤先生が大変な勇気をもって洋学を持ち込んだように、私たちも未来を見据え、教育の本質を追い求めていきたいものです。
 来年4月からは、対面授業を全面的に行う予定にしていますが、全てコロナ前に戻るわけではありません。例えば理工学部の実験の授業について、私は以前から前もって説明ビデオを視聴してくることを提案していましたが、今やこれも可能です。今後は教員と学生で新しい授業、キャンパスを積極的に作っていきたい。1年半にわたり、通常のキャンパスライフができないままだった今の2年生については、まさに《新しいキャンパスを作っていく人たち》として、励まし続けていきたいと思います。

受験生へのメッセージ

 最近は、志望校選択において塾や保護者の影響が強まっていて、みなさんはその殻を破りにくくなっているように感じています。しかし将来、明るく楽しい、豊かな社会を作るのは他ならぬみなさんです。将来に悔いを残すような選択は極力避けてほしい。大学へ行かなくてもできることもあります。また第1志望合格を貫いて浪人するという選択肢もあるでしょう。
 最悪を想定する知力と想像力は、高校時代から育めます。チームワークも大切にしてほしい。前に進むためにも困難を克服するためにも欠かせないからです。みんなとともに新しい社会を作るためには、周りから応援される人、言い換えると「祝福された勝者」にならなければなりませんが、そのためには無駄とも思えることもたくさん経験することです。無駄は人生において必ず何かに役立ちますし、それを省くような人には誰もついてきません.そして社会の様々な問題に対して、「このままではだめだ」「こういう社会を作ってはどうだろうか」と諦めずに前向きに話し合うことです。
 質の高い教員の揃う慶應義塾では、ここまでお話ししたように、教員同士の協調も進んでいます。他の大学と同様、私たちはみなさんにより良い環境を用意すべく全力で努力していきたいと考えています。

地域で輝く大学となるために

尚美学園大学
SHOBI UNIVERSITY

尚美学園大学学長
久保 公人先生

京都大学法学部 昭和55年卒
文部科学省教育助成局施設助成課長、
高等教育局主任大学改革官、
同私学部私学行政課長、生涯学習政策局政策課長、
同生涯学習総括官、大臣官房人事課長、
高等教育局担当審議官、スポーツ・青少年局長を経て現職
この間、北九州市企画局長、
東京大学理事等を歴任
日本高等教育学会会員
滋賀県立膳所高等学校出身

受験生・保護者、高等学校の進路指導に大きな波紋を投げかけている大規模大学の入学定員管理の厳格化※1。
少子化が進む中、東京を頂点に大都市圏の大規模大学等に学生が集中し、
大都市圏周辺や地方の中小規模大学の学生募集にしわ寄せが及ぶことへの救済策として始まった。
自由競争を阻害するなどの批判も聞かれたが、効果が覿面に表れた今は、そうした大学の真価が問われる時でもある。
大都市圏周辺や地方にあって、中小規模ながら受験生に選ばれ続ける大学※2とは。
文部科学省で高等教育、私学担当などを歴任され、
4年前から尚美学園大学の学長を務められる久保公人先生にお聞きした。

※1 「平成28年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知 平成27年7月10日付)」において、「平成31年度から、入学定員充足率が1.0倍を超える入学者がいる場合、超過入学者数に応じた学生経費相当額を減額する措置を導入する。」としていたことについては、平成28年度から平成30年度までの3年間にわたって段階的に実施した不交付となる入学定員超過率の厳格化により、三大都市圏における入学定員超過や三大都市圏以外の地域における入学定員未充足の改善(※1)、三大都市圏に所在する大・中規模大学における入学定員を超える入学者数の縮減(※2)といった効果が見られ…平成30年9月11日「平成31年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)」より

※2 「…我が国の高等教育機関については、私立大学が多く、かつ、小規模な大学等が多いのが特徴であり、特に小規模な大学が多い地方において…今後とも、地方の学生のニーズに応える質の高い教育機会を確保していくことが重要である。少子化は、経営面で厳しい影響を及ぼすことは確かであるが、一方で少人数教育によって教育の質を高めることが可能…。」[「今後の高等教育の将来像の提示に向けた中間まとめ」(2018年6月28日 中教審大学分科会将来構想部会)4.18歳人口の減少を踏まえた大学の規模や地域配置(地方における教育機会)より]

研究で世界に伍していくことと同じように、
大学の教育力を上げていくことが大事

 18歳人口が大きく減少し、総人口も減少期に入った日本において、将来を支えていく若者の教育がこれまで以上に重要であることに、誰も異論はないと思います。一人ひとりの若者がしっかりとした教育を受け、社会を支えていけるようにすることは国の責務であるとともに、大学、中でも学生の8割を受け入れている私立大学の大きな役割だと思います。

 国による高等教育における大きな制度面の改革や枠組作りは、現状、トップエリートの底上げ、研究面で世界に伍していくための政策に傾きがちです。これは指標も立ち、説明しやすいからですが、実は日本の学生の大部分、将来、社会へ出て日本を支えていくであろうほとんどの学生は、こうした政策の恩恵を受けることはありません。企業の90%以上は中小企業と言われる中、その多くはそういうところへ就職し、有権者として地道に日本を支えていくわけですから、そうした社会人全体のレベルを少しでも上げる政策にも力を入れなければ、日本の将来は危ういと思います。

 またこれも一般的に言われることですが、優秀層には富裕層の子弟が多く、将来の保証もある。かつ国立大学へ進めば学費も少なくてすみます。しかし8割を占める私立大学生の中にはその反対のケースも多いのです。

 確かに右上がりの高度成長時代には、階層構造の中で、トップ層を伸ばせば、次の層、その次の層へとそれが伝播していくという図式を描くことも可能だったかもしれません。しかしこれからのフラットな、しかも少子化の進む社会では、世界に伍していかねばならないという部分は残るとしても、若者一人ひとりに知識とノウハウを身に着けてもらい、一人の落ちこぼれもなく、生き甲斐を持って逞しく生きていってもらわなければなりません。 昨今は、少子化の中でたまたま仕事が増え、就職状況も改善していますが、かつてのように市場そのものが拡大していき、学生がいくら増えても仕事も増えていくという状況ではありません。しかも、全員が東京を目指し、「末は博士か大臣か」と言われたように出世を望んでいたのとは違い、今は、社長になりたい人が少ないと言われるように、そこそこの暮らしができればいいというマインドが若者の間に蔓延しています。こうした中で、日本の繁栄を維持していくには高等教育においても、一部のトップエリートだけでなく、あらゆる層に配慮した政策を立案し、予算を配分していくことが強く求められると思います。高等教育の無償化もいよいよ始まりますが、とりわけ中堅以下の成績の学生を受け入れている大都市圏周辺や地方の中小規模大学、その多くは教育に力を入れているところでもありますが、そういう大学への投資が切に望まれます。

少子化、大都市圏集中の中で選ばれる周辺、地方の中小規模大学とは

《特色ある教育、面倒見の良い教育。素早い意思決定》

 もちろん限られた国の予算に対して、要求しているだけでは埒が明きませんから、各私立大学には建学の精神に基づき、自覚を持って、それぞれのアセスメント・ポリシー※3にそって人材を育成し、送り出した社会から高く評価されるよう努力することが求められています。本学で言えば、まさに開学の指針である「勇気・創造」を持って、ということになります。

 中小規模大学には、一人ひとりの学生に目を向けた教育がしやすいということと、少ない学部や学科構成の中で教育の特色を打ち出しやすいという強みがあると思います。

 本学を例に取れば、音楽の短期大学でスタートした経緯から、一人ひとりを大切にしていこうという伝統の下、短期大学時代には、学長を筆頭に全教員が全ての学生の名前を覚えているなど、とてもアットホームな雰囲気があったとも聞いています。4年制となり総合政策学部を作り、それは多少薄らいだかもしれませんが、クラス担任とは別に80名の全専任教員が、全学生約2500名を分担して授業や学生生活について相談に乗る「アドバイザー制度」などに、伝統はまだ色濃く残っています。

 特色のある教育内容、教育環境を提供し、スピード感をもって改革できるのも中小規模大学の特徴です。大規模総合大学は収入、財源が多く、教員もたくさん雇用でき、投下すべき資源も潤沢です。しかし反面、その多くは学部の独立性が強く、大学全体の特色作りはしにくく、素早い意思決定も難しい。その点、本学のような中小規模大学では、音楽とスポーツ、さらにはビジネスまでカバーする全国的にも珍しい組み合わせを追求することも可能です。その結果、幅広い学力層と多様な動機やキャリア意識を持つ学生が集まり、多様性に溢れたキャンパスが実現します。学生の中には、特定の分野に熱中してきた結果、高校まではそれほど勉強してきていない、あるいは一生懸命勉強したことがなかったため、大学の学問に触れて「意外に面白い」と感じる者もいる。一方、情報表現学科の「音響・映像・照明コース」など、学力レベルは高いけれど、ここにしかない分野ということで集まってくる学生もいます。スターになりたいと入学してくる学生がいる一方、そう考えて入学したものの、能力に限界を感じて裏方で生きていきたいと考えるようになった学生、あるいは最初から音楽関連の会社や組織でスタッフとして働きたいと考えている者もいる。また明確な目的意識もなく入学したけれど、本物のスタジオさながらの施設、音響設備などを使って学ぶうちに、自分のしたいことに目覚めるというケースもあります。 当然、方向転換のしやすい多様なカリキュラム、カリキュラム編成も必要です。高校時代まで音楽、情報、スポーツなどの分野に熱中してきて、それを職業にする・しないにかかわらず、社会人になってもそれを趣味として生かしていきたい。そういう希望を叶えることのできる大学、そういう多様な学生を、大々的に育成できる数少ない大学を目指すこともできるのです。

※3 アセスメント・ポリシー(学修成果の評価の方針):尚美学園大学は、ディプロマ・カリキュラム・アドミッションの3つのポリシーに基づき、機関レベル(大学全体)、教育課程レベル(学部・学科)、科目レベル(授業・科目)の3段階で学修成果等を検証する。
1.機関レベル(大学全体):学生の卒業率、就職率、アンケート等から、学生の学修成果の達成状況を検証する。
2.教育課程レベル(学部・学科):各学部・学科における卒業要件達成状況、単位取得状況、GPA等から、教育課程全体を通した学修成果の達成状況を検証する。
3.科目レベル(授業・科目):シラバスで提示された学修目標に対する評価、授業アンケート等の結果から、科目ごとの学修成果の達成状況を検証する。
《地域連携》

 地域連携も中小規模大学が持ち味を生かすための重要な取組の一つです。本学の立地する川越市は、埼玉県の中でも小江戸川越と呼ばれ、商業、工業ではなく歴史と伝統を謳い、芸術、文化による町づくりのために、伝統文化、音楽、芸術と連携していきたいとしています。こうした中で、市長も本学の音楽祭に時々足を運ばれたり、市主催の物産展などの様々なイベントに、本学の音楽やスポーツ分野の学生が、ボランティアとして参加したりするなど、本学との連携を深めています。私も、北九州市へ出向して地域のための人材づくりに携わった経験を活かし、川越駅前のホールのアドバイザリーボード(経営諮問委員会)に入ったり、商工会等へ顔を出したりして人脈作りに励んでいます。周辺の大学も、それぞれ地域との連携を進めていますが、地理的には本学が真ん中に位置していて、結びつきも一番強いと思います。また同じ音楽でも、ポップス、ジャズ、ミュージカル、ダンスと幅広いジャンルをカバーし、よりエンターテイメント系に寄っている本学は、市の求める文化とのかかわりを持ちやすいとも言えます。

時代に対応した教育で、可能性を秘めた大学に

 グローバル化が加速するとともに、Society5.0などの新しい社会への移行が目指される中、個々に求められるものやスキルは、今後、大きく変化していくと予想されます。ところが大学は、そうした変化に合わせるというより、自らが用意した学問分野毎に、たとえば法学部、経済学部、理学部といったような枠組みで学生を集めてきましたし、各学部の構成も、総合政策系の学部なら、法・経といった伝統的な学問分野を中心に置き、学生がその中から将来のキャリアを想定して必要な科目を選択していくという形がほとんどでした。

 しかし今は、それだけですべての受験生のニーズに応えられるとは思えません。今後の大学運営としては、時代に合わせた学問分野に重点を置き換え、なおかつ多様なコース等を設け、さらにそれを臨機応変に組み替えていく必要がある。たとえば法学部で言えば、「憲法」を中心に固定するのではなく、「商法」「会社法」といった、より企業やビジネスマンに関連の深い科目を増やす、あるいは公務員、起業家、ビジネスマンを目指す実践的なコースを編成し、中身も時代に合った科目に組み替えていくといった具合です。

 本学ではこのような考えに基づき、ここ数年間、毎年のように全学でカリキュラムを改正し、新しい学び方を導入したり、新しい専攻を作ったりしてきました。具体的には情報表現学科では、ブラックボックス化の進む工学系の部分はあえて避け、ソフト分野に軸足を移す。また6つのコースの中から好きな科目が選べる「クロスオーバー学習制」の導入です。音楽表現学科では、音楽教員を目指す「音楽教育専攻」に加えて、演奏力を高めることよりも好きな音楽に係わっていくことを大事にしたいという学生のための「音楽教養専攻」を開設しました。 本学のような大学は、高校からの推薦入学者が多いため、こうした改革が口コミに乗ると高校での評価が高まり、学生募集の追い風になります。実際、入学者数は私が学長になってから増加に転じ、今年は800名(定員660名)を超えました。もちろん改革はこれで十分というわけではありません。変化の激しい時代には、5年から10年同じことを続けているとすぐに時代に合わなくなってくる。今後ともさらなる見直しを続け、受験生のニーズに合った大学へと進化していかなければなりません。そして近い将来には、学部の壁を取り払い、もっと自由に好きな科目が取れ、転学科、転学部もしやすい大学を目指したいと考えています。

2020年4月、スポーツマネジメント学部(構想中)の開設を予定しています

 こうした一連の改革の流れに乗り、2020年に開設を予定しているのがスポーツマネジメント学部(構想中)です。ベースとなるのは総合政策学部のライフマネジメント学科スポーツコース。「音楽の尚美」として知られてきた本学にあって、総合政策学部の存在は多少認知はされてきましたが、その中にあるスポーツコースは人気を集めてきたわりには認知度があまり高くなかった。そこでそれをスポーツの名称を冠した新しい学部に拡大して、芸術と並ぶ本学のもう一つの柱にしたいと考えたのです。

 近年、生涯スポーツの概念の浸透や、自然体験の少ない子どもの健康増進、健全育成、超高齢社会における介護予防、健康寿命の延伸など、スポーツの捉え方は大きく変化し、スポーツ関連人材のニーズも高まっています。また2011年のスポーツ基本法に基づき、2012年には「スポーツ基本計画」が策定され、その起爆剤と目されたオリンピック招致も実現しました。そして5年目の見直し時期に当たる2017年に出された「第二期スポーツ基本計画」では、スポーツの概念を「する」だけではなく、「みる」「ささえる」にまで拡大し、エンターテインメント、イベント系、施設管理系など、分野そのものの拡大も明記されました。またスポーツの成長産業化として、スタジアム・アリーナの改革、スポーツ経営人材の育成・活用、新たなスポーツビジネスの創出・拡大なども謳われています。

 このような流れの中で、近年はスポーツ関連分野を教育組織の中に取り入れようとする大学も多いようですが、情報表現学科でエンターテインメント系分野を、総合政策学科でビジネス分野をカバーする本学としても、スポーツとそれらの分野とを連携させた新しいスポーツ学を創出できるのではないかと考えました。最近はフェンシングなどでも音響効果をいかして、見て楽しい演出がされていますし、フィギュアや、オリンピックの開会式・閉会式も音や映像とのセッティングが工夫されています。スポーツができる学生に、音楽、情報分野を融合させたエンターテインメント系やビジネスのノウハウを学んでもらうことで、ユニークな領域をカバーする他にない「教育」を通じて、「基本計画」が言うところの《新しい分野で活躍する人材》を育成できるのではないかと考えたのです。 さらに言えば、スポーツと音楽とを市場規模で比較した場合、前者は少ないと言われながらも5,5兆円ぐらいあり、CDの売り上げから見る音楽の約3000億円(レコード協会による)よりも遥かに大きい。しかもその10〜20倍と言われるアメリカを意識して、少なくともこの5,5兆円を2025年には15兆円にしようという目標も掲げられています。社会に役立つ人材育成という観点からも、より大きな市場で活躍する人材の育成は急務だと考えたのです。


【コラム】UNIVAS※4について

 この新しい日本の大学の試みについては、二つの視点から見ておく必要があります。一つは大学のスポーツ組織が、放映権を持つなどしてビジネスをしながら体制を整備していくという点、そしてもう一つは、スポーツ選手の学業支援を今以上に強化し、文武両道のスポーツマンを育成するという点です。前者についてはモデルとしているアメリカのNCAA※5にどれぐらい近づけるかはまだまだ未知数ながら、本学としては主として後者のメリットを勘案して加入しました。

 アメリカのNCAAはビジネスモデルが完成していますが、日本の体育会、運動部には、外部から監督、コーチを招くなどして、大学とは独立して活動してきたところが多い。そのため大学としてほとんど関与していなかったり、何が行われているか関知していなかったりするケースも多く、今後それをどう変えていくのかは大きな課題だと思います。実績のある学生をスポーツ特待生として募集しサークル活動を作るといったように、学生募集戦略に徹して経営と一体としてやってきた本学には、そのような心配はありませんが、ビジネスモデルとして伸ばしていけるかは次のステップになります。このことは、大学についてだけでなく、そもそもプロのスポーツ組織の運営とも関係していて、しばらくは試行錯誤が続くと思います。 後者については、アメリカの大学スポーツでは、学業成績が悪いと試合に出られなくなると言われていて、日本にもそうした考え方が定着していけば大学スポーツの質が向上し、大学でスポーツすることの意味や社会の評価も、これまで以上に高まるのではないでしょうか。

※4 一般社団法人大学スポーツ協会、略称。2019年3月に日本の大学スポーツを統括する団体として発足。
※5 National Collegiate Athletic Associationの略。全米大学体育協会。

人を育てる、人をケアする、人に寄り添う人になろう!

【トピックス】加速する国立大学改革—教育学部

2020年、日本初の共同教育学部へ!

教育学部から、大学教育改革を再加速したい

石田 朋靖先生 宇都宮大学長 石田 朋靖先生

~Profile~
昭和30年2月6日生まれ。1978年東京大学 農学部 農業工学科卒。1984年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。1983年8月山形大学農学部助手。1991年4月同助教授。1992年4月宇都宮大学農学部助教授。2000年9月同教授。2005年12月国立大学法人宇都宮大学評議員(兼務)(平成20年3月まで)2008年4月国立大学法人宇都宮大学農学部長(兼務)(平成21年3月まで)2009年4月国立大学法人宇都宮大学理事(平成27年3月まで)2015年4月から現職。群馬県立高崎高等学校出身。
平塚 浩士先生 群馬大学長 平塚 浩士先生

~Profile~
昭和20年(1945年)1月13日生まれ。昭和42年 群馬大学工学部卒。昭和44年 東京工業大学大学院修士課程修了、昭和47年同博士課程修了(理学博士)。昭和47年6月東京工業大学助手(理学部)1992年群馬大学教授(工学部)。同工学部応用化学科長(~平成8年3月)、工学部応用化学科長(~平成19年3月)群馬大学教授(大学院工学研究科)、国立大学法人群馬大学理事(企画・教学担当)・副学長国立大学法人群馬大学理事(研究・企画担当)・副学長、国立大学法人群馬大学理事(研究・企画担当)・副学長、2015年4月から現職。専門分野は機能物質化学、物理化学(光化学)。栃木県立足利高等学校出身。

改革を加速する国立大学の中にあって、特に注目の集まる教育学部。86大学中の約半数が設置するように、地域の教育の要、義務教育教員養成の中核的な担い手として期待されている。一方、少子化の進行が止まらない中、教員の需給予測から全体規模の縮小までもが言及されている(「教員需要の減少期における教員養成・研修機能の強化に向けて――国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校有識者会議報告書」2017年8月)。同時に、グローバル社会に対応し、ソサエティ5.0※1を築くに必要な能力の育成が急務とされる今、規模縮小の議論に加えて、これまで以上に質の高い教育を求める声も高まっている。そんな中、共同で教育課程を編成し学部教育の充実を図ろうという《共同教育学部》の開設を予定しているのが群馬大学と宇都宮大学。両大学の学長に、そのいきさつやこれまでの経緯、具体的な工夫、目指すところなどについてお話しいただいた。

その仕組や全体像、特徴は?

――まず基本的な仕組からご説明ください。

石田:モデルは平成24年にスタートした鹿児島大と山口大の共同獣医学部にあります。たまたま大学時代の友人が、山口大学側の担当ということで話を聞いていました。もちろん獣医学部と教育学部とでは修業年限も定員規模も違いますし、国家試験の有無などによる違いはあります。しかし連携する大学、学部が共同して、弱い科目を遠隔授業で補い合ったり、あるいは新たな課題に対応する共通科目を共同して設け、お互いの教育課程をほぼ同じようにして教育の質を高めようという点は同じです。

平塚:知識をきちっと伝えることを目的とする教養科目や専門科目を、双方で提供し合うのが「斉せいいつ一教育」ですね。それぞれ31単位ずつ出し、どちらの学生も62単位取る。今回の共同教育課程の卒業要件としては相手側大学の授業を2割以上取ることとなっています。「共通教育(科目)」も大きな特徴です。二大学間で単位数やシラバスなどを統一し、同一科目名で開講します。どの教育分野にも当てはまると思うのですが、カリキュラムが必ずしも必要十分なものになっておらず、いまだに教員が自分で教えたいものが大きな位置を占めている場合もある。全く違う組織同士で共通のカリキュラムを作るということは、こうした観点での改善効果もあり、国際的な通用性のある教育を進める上でも効果は大きいと思いますね。

石田:かなりの科目は通信メディアによる遠隔授業で行いますが、鹿児島、山口両大学からは、リアルの授業と遜色のない成果が得られているという報告も出ています。この間、情報技術は着実に進歩し双方向型の授業にも十分耐えられるような臨場感も期待できますし、空間に実像を形成する3Dの空間ディスプレイなどの技術によって、本物に近い臨場感まで味わえるのもSF映画の世界の話ではなくなりつつあります。こうした技術進歩を念頭に置きながら、遠隔講義を前向きにとらえ、ブラッシュアップする必要があると思います。もちろん教育実習や実技科目などはリアルのまま残るでしょうが。


――学生の行き来は?

平塚:実技科目などは対面式の授業が行われますが、その場合は教員の移動を中心とした集中講義を考えており、学生の移動は、新設する合同ゼミ合宿の形をとる「教職特別演習(集団宿泊研修)」だけですね。教育実習の前後(長期休暇中含む)に、赤城と宇都宮の野外実習ができる研修施設で2度行う予定です。

石田:それ以外にも、卒論レベルのゼミ単位で共同ゼミや発表会をするなど、相手校へ出向く機会は出てくるかもしれませんが、正門から正門まで車で1時間半くらいで行き来できるからやりやすい。


――学位は?

石田・平塚:二大学の連名で出します。


――入試について

石田:2020年度入試からは、両大学とも4系13分野という同じ枠組みでの募集になり、一般入試(前期日程)の個別学力検査等は実技教科を除き小論文と面接になります。

得られるもの、目指すところは?

――取組の背景、いきさつ

石田:それを説明する前に、この取り組みが生まれた背景を説明したい。
教育学部については平成13年に「今後の国立の教員養成系大学・学部の在り方について(報告)」が出され、少子化による需給見通しだけでなく、ゼロ免課程の存在や就職率の低さなどが問題とされる中、2004年(平成16年)には島根大学と鳥取大学が統合しました※2。

平塚:同じ頃、われわれは教育学部を軸に埼玉大学との統合を検討していました。結果的には挫折しましたが…。

石田:当時と比べ今は、状況はさらに切迫しています。少子化の進行が止まらず第6期(2034年~)には、宇都宮大学は現在の入学定員170名を、群馬大学は220名を、それぞれざっと100名程度にまで減らさなければならないとも言われている。

平塚:そうなると教科を教える講座も縮小せざるを得ない。しかし県の教育委員会が地元の国立大学の教育学部に寄せる期待はとても大きい。義務教育、中でも中学校教員養成にはすべての教科(10教科)に対応してほしいということです。統合によって補えても、地元の大学から取得できない免許が出てくるのは困ると。実はそれが、埼玉大学との統合が挫折した要因でした。


――地域の教育学部が弱体化せず、シナジー効果も高まる

石田:共同教育学部は、この点をまずクリアできます。地域から教育学部がなくなったり、弱体化したりしないことで、義務教育課程、教員研修体制に対して従来通り責任が持てる。

平塚:しかも二学部分のリソースがあるから、教員を戦略的に配置でき、社会のニーズに応える英語教育、特別支援教育なども拡充できます。

石田:宇都宮大学はこれまで、特別支援学校教諭免許としては3領域(知的障害・肢体不自由・病弱者)しかカバーできていなかったが、聴覚障害を加えた4領域をカバーする群馬大学と共同することで、教員を戦略的に採用し4領域に視覚障がい者を加えた5領域に対応できるようになります。

平塚:ほかにも様々なシナジー効果が期待できますね。

石田:宇都宮大学は小学校教員の養成に力を入れていて、小学校でのリーダーや指導法の提案者となることを目的とする「アドバンスト科目」を設けていますし、分野による縦割り意識に陥らないよう、4年間「一括クラス」で過ごすなどの特色があります。

平塚:中学校教員の育成に力を入れている群馬大学では、1年次から学校現場に触れる授業を行っていて、二大学が共同することでお互いの強みを共有できる。

石田:次期学習指導要領を見据えた教員養成、なかでも英語教育、グローバル教育やICT/プログラミング教育、Society5.0に対応する先進開発教育のためのForefront先端科目群や、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に対応するESD(Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)も強化できますね。

平塚:総合大学としての強みも発揮しやすい。

石田:宇都宮大学には国際学部があり、多文化共生プログラムや実践的な英語教育が強い。また農学部があり、附属農場・演習林での農林業体験もできますから、食・生命・環境教育をサポートできる。

平塚:群馬大学には数理データ科学教育研究センターがあり、教科におけるICT活用法だけでなく、プログラミング教育もサポートできます。更に医学部がありますので、心や体の健康を支える教育もサポートできるでしょう。

石田:相互の学生交流も楽しみです。「一括クラス」同志、メディアで交流したり、集団宿泊研修(教職特別演習)などを通じて、これまで以上に人間力、協働力を育成して行きたい。

平塚:教職を目指す意欲も醸成でき、結果的に教員採用試験の受験率や合格率も上がると期待しています。まさに教育学部に求められる教員養成機能の強化と教員養成教育の質の着実な向上が図れると思います。

石田:欲を言えば、100名程度収容できる学生寮が双方にあるといいですね。教育効果はもっと上がると思う。

平塚:同感です。 石田:ゆくゆくは、両県はもとより他地域の私立大学の教員養成課程への授業(コンテンツ)提供も可能にしたいし、地域の教員養成の質をさらに高め、骨太な教員を育てることで初中教育の質向上に対する役割を果たしたい。


――そもそもなぜこの二大学ですか?

平塚:埼玉大学との統合構想以外にも、具体的な連携にはいくつかの実績があります。例えば産学連携の観点からは、埼玉・茨城を入れた「北関東4大学(4U)」で。URA※3の採用、活用では茨城を入れた三大学で。

石田:こうした中で、そもそも宇都宮大学と群馬大学とは、医学部の有無を除けば、部局数や学生定員数などはかなり近く、しかも平塚先生とは10年前の学務担当理事時代からのお付き合いで気心が知れていました。

平塚:二大学とも悩みの本質はほぼ同じでした。そして4年前、お互いに学長になった時点で、教育学部はこのままでは難しい状況に陥るという共通認識に至りました。そこで経営の問題からではなく、地域の教育を支えるという責任感から改革に踏み切ろうと話し合いを始めました。

10年来、個人的な信頼関係を築いてこられたお二人。「お互いを蹴落とすのではなく、一緒になってそれぞれの大学の発展を願っていこうというトップ同志の信頼関係も改革推進の原動力だった」と。石田先生が群馬出身、平塚先生が栃木出身で、「出身がお互いにクロスしているのも何かの縁かもしれない」とも。

日本で初の試みとなる
共同教育学部に期するものは?

石田:以来、双方の執行部や教育学部のみなさんの協力を得て、ようやくこの春、ここまで漕ぎつけることができました。まだまだ未知数の部分もありますが、後戻りせず、改革を進めたい。

平塚:事前に想定したことだけでなく、やってみるとわかってくることもあるから楽しみです。たとえば「共通科目」を作る際には相互の教員が、同じテーブルにつくわけですが、みなさん喜々としてアイデアを出し合っておられたのが印象的でした。

石田:現在の状況からは、教育学部の改革は待ったなしですが、他の学部も今のままでいいわけではないと思います。「教育の質の保証」をと言われて久しいが、どれだけ進んでいるのか。教育学部は目的が明確な学部だからこそ、負の側面に光が当たりやすかっただけ。平塚先生とは工学教育改革の中で、JABEE認定プログラム※4の導入で一緒に汗を流しました。結果的には企業が取り上げてくれなかったため思うように広がりませんでしたが、教育の質保証、3P※5の明確化などについては、今よりはるかに踏み込んだ議論をしていました。それもあって、今回の改革が、大学教育改革を今一度加速させることにつながってほしいと願っています。

平塚:大学全体の資産を使っての改革ですから、まずはこれまで無関心だった学部が関心を示してくれるとありがたいですね。

石田:他大学とさえ連携するわけだから、学内でするのは当たり前と。

平塚:私は、学部教育においては教育学部ほど重要なものはないと思っています。ここに次世代を担う人材の育成がかかっているからです。大学教育改革を加速させる鍵を、ある意味で教育学部が担えたらとても象徴的ですね。

石田:日本の高等教育は、このまま放っておくと劣化する一方だと思います。教育学部だけでなく、大学全体のリソースを結集してそれを食い止める必要が遠からず訪れる。それには一法人複数大学制度や大学等連携推進法人の制度運用だけが唯一の方法ではないはず。今回のチャレンジが、そのための選択肢を一つ増やすことにつながってほしと思います。

※1 科学技術基本法第5期でキャッチフレーズとして唱えられた未来社会のコンセプト。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決の両立を目指す。
※2 島根大学の、教育職員免許取得を卒業要件としない学習課程と生活環境福祉課程の定員計100名を鳥取大に移動する一方、鳥取大の教員養成課程の定員70名を島根大に移動、教員養成に特化した。
※3 University Research Administrator:リサーチ・アドミニストレータ。研究開発内容について一定の理解をもち、研究資金の調達・管理、知財の管理・活用等をマネジメントする人材。
※4 Japan Accreditation Board for Engineering Education(一般社団法人日本技術者教育認定機構による。国際的に通用する技術者の育成を目的に1999年に設立された)
※5 アドミッション、カリキュラム、ディプロマそれぞれについての方針(ポリシー)。

第19回 むしろ「知識」ではなく「考え」を

京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 3月に新刊「学問からの手紙ー時代に流されない思考ー」(小学館)を上梓しました。発刊月に京都大学生協書店で月刊売り上げ第一位を頂くなど、ありがたい限りです。まだ一ヶ月たらずですが少しずつ感想を頂いており、今回はそれをもとに考えを深めたいと思います。


『細かい点を取り上げて議論するような本じゃない』(東工大・准教授)

 とてもありがたいご感想です。事実、拙書に頂いた感想のほぼすべてが、著者の論に対して何か意見を言うというものではないんです。なんと言ったらいいか、ご自身の志や今の研究に至る経緯などをとうとうと語られるものが多いんです。

 もちろん著者の未熟さから、読者にとって「ほんとにそうかな?」といったような気になる点も多々あるでしょう。しかしそれを個々にピックアップして指摘する気にはならないらしいのです。これはなぜなのか? おそらくは、この本が何かを主張したり、「・・すべき!」といった意見を述べたりしておらず、あるいは、これまで知らなかった知識を得てもらおうというものではないことが理由からではないでしょうか。あえて言うなら、考えを促す本。だとすれば学者冥利につきるというものです。


『軽快な語り口と整った文章とは裏腹に、一ページ一ページをめくるのがとても重たい。自分自身の学問との向き合い方を問い直され続けるような。院生だけでなく、学部生、中高生、いろんな人たちに届いてほしい「手紙」である。』(Twitterにてフォロワーの方から)

 これもまた不思議ですが、お読みいただいた多くの現役研究者の方々が、学部生や中高生にも本書を読むことを勧めておられます。とても嬉しいことです。たしかに本書は学問や大学について語ってはいますが、本当はそれらの根底にある生きることにおける本質そのものについて述べたつもりですので、研究や大学関係以外の方、そして学部生や中高生にも響くであろうというご感想をいただいたくことができて、わずかながらもその本質に迫れたのではないかと安堵しています。

 ただ、実はまだ中高生の方からのご感想は私には届いていません。そこでもし本紙の読者から何かしらの感想をいただけたら、この場で取り上げさせていただきたいと思います。勉強させてください。


『引き込まれつつ考えているとなかなか進まず本当に良い本です』(Twitterにてフォロワーの方から)

 実は、私が「良い本」と思うのは、まさになかなか読み進まない本なのです。一行読んではふと考え、車窓を眺めて思考にふける・・・(myベスト読書タイムは新幹線か京阪電車)。半日かけて1ページも読み進まないという時もあります。まさか自分の本がそのように読まれるようになるとは驚きでした。ありがたいことです。

 以上、拙書の振り返りをさせてもらいましたが、お伝えしたかったのは、知識を得ることもさることながら、それと同等かそれ以上に、「考える」ことが大事だということです。情報的な単なる知識なら教えることはできます。しかし「考える」ということは絶対に教えられません。「考える」というのは自らが感じ、自らが想うことでこそ発動される身体的行為です。どうやら本書も少しはそれに貢献しているようで、本当に嬉しい限りです。(つづく) 編集部では、昨年の「16歳からの志望理由書トライアル」に続いて、「学問からの手紙―時代に流されない思考―」の読書感想文を募集しています。応募方法は129号8ページをご参考に。

科学の甲子園全国大会

人工知能とゲノム編集などの第一線研究者4氏らが特別シンポジウムに

新イノベーションを創造するには

 各実技競技の1位は次の通り。
 実技競技①(トヨタ賞)=滋賀・県立膳所高校▽同②(パナソニック賞)=愛知・海陽中等教育学校▽同③(SHIMADZU賞)=岐阜・県立岐阜高校。
 各企業特別賞には、旭化成賞=茨城・県立並木中等教育学校、アジレント・テクノロジー賞=秋田・県立秋田高校、学研賞=石川・県立金沢泉丘高校、埼玉県経営者協会賞=埼玉・県立浦和高校、スカパーJSAT賞=長崎・青雲高校、帝人賞=岐阜・県立岐阜高校、テクノプロ賞=宮城・宮城県仙台二華高校がそれぞれ選ばれました。

右上から アジレント・テクノロジー賞、旭化成賞、SHIMADZU賞、パナソニック賞、トヨタ賞、テクノプロ賞、帝人賞、スカパーJSAT賞、埼玉県経営者協会賞、学研賞

 また、大会3日目に開かれた特別シンポジウムは「ポスト平成時代の新イノベーション」でした。日本人のノーベル賞受賞が相次いだ平成20年代ですが、華々しいニュースの影で、日本の科学技術に関する論文数やその引用数は海外と比べて低下傾向にあるといわれています。

 日本の科学の将来が懸念される中で迎える「ポスト平成時代」に創造的な研究や技術開発で、新たなイノベーションを巻き起こせるのかを人工知能やゲノム編集などの注目分野で脚光を浴びる研究者4氏がパネリストになり議論しました。

 パネリストは、情報工学者の暦本純一・東京大学大学院教授▽人工知能学者の松尾豊・東京大学大学院特任准教授▽ゲノム編集で注目される西田敬二・神戸大学大学院教授▽航空管制システムの研究者である伊藤恵理・国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所/電子航法研究所主任研究員の4氏。

左から 暦本 純一 氏、松尾 豊 氏、西田 敬二 氏、伊藤 恵理 氏

 4氏は、新しい時代のイノベーターになるために必要なこととして「理系、文系の融合。STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)教育+A(Art)も重要」(伊藤氏)▽「ディープラーニングの技術をぜひ学んでほしい」(松尾氏)▽「やりたいことから逆算することが大事」(暦本氏)▽「思いついてやろうとしても世界ではやっている人が多い。自分にしか思いつかず、普通には起こり得ないような組み合わせを目指せ」(西田氏)と語りました。

 また高校生へのメッセージでは「自分が何をやりたいか、何がしたいかを大事にしてほしい」(暦本氏)▽「大学で教えていると自分に制限を課している人が目立つ。それが成長を阻んでいる」(松尾氏)▽「置かれている環境でどれくらい成長しているかを意識したら、世界の中で自分にしかできないのはこれだということが分かってくる」(西田氏)▽「私はよく『女なのに』と言われたが、女だからできなかったことは一つもない。強さを持って科学と言う大義を果たすためにがんばってほしい」(伊藤氏)とエールを贈りました。

 また、大会最終日にはフェアウェルパーティーが開かれました。

(※記事は現地取材及び科学技術振興機構のHP「科学の甲子園」などを参照しました。※写真提供/国立研究開発法人 科学技術振興機構)

周到な準備と工夫で勝ち抜け

実技❷
化学から「糖」を問う/3種の実験で糖の種類を特定せよ

 「糖を問う」(同3人・同2時間)は化学の出題。1問目は旋光性を調べる実験です。糖の溶液に偏光した光を当て、その角度の変化から、糖の種類を特定します。2問目は糖の溶液に糖の検出や定量に用いる試薬であるフェーリング液を混ぜ、還元されることで起きる色の変化から糖を特定します。3問目は薄層クロマトグラフィー(TLC)を使います。TLCプレートに糖の溶液をスポットし、溶媒で展開。発色剤を塗って、熱することで色が浮かび上がる。これから糖を特定します。

 限られた時間の中で適切に実験するスキルが問われました。1位は海陽中等教育学校で「工作が得意な内川君が、途中で一部壊れた器具を修復してくれたのが1位になれた勝因」と喜んでいました。因」と喜んでいました。

実技❸
ツール・ド・さいたま/ジャイロ二輪車でデッドヒート

事前に公開された実技③は「ツール・ド・さいたま」(競技者4人・競技時間2時間30分)でした。用意された材料と工具でジャイロ二輪車を60分以内に製作し、定められたコース(予選は30㍍、決勝は33㍍)を走らせ、所要時間を競います。走行の安定性を増すジャイロ効果を2輪車に持たせるのと手回し発電機による充電時間の調整などがポイントになりました。

 事前出題だっただけに、各チームとも入念に準備を重ね、決勝レースを走りきった2輪車にはユニークな工夫がされていました。 予選の上位8チームが出場した決勝は、長崎・青雲高校、福井・藤島高校、岐阜・岐阜高校、神奈川・栄光学園の接戦になりましたが、岐阜高校が先行した青雲、藤島を抜き去り、栄光学園をかわしてデッドヒートを制しました。勝因は大胆な設計です。大幅な軽量化のためスタート直前に電池を外し、惰性でジャイロを走らせるように工夫しました。メンバーは「これでレースタイムを早められた。百折不撓(ひゃくせつふとう)(=何回失敗しても志をまげないこと)の精神でやったぞ!」と快哉を叫びました。

最後の最後まで考え抜く

709校、9075人がエントリー
過去最多の学校数と出場者

 科学の甲子園は、「広げよう科学の輪活かそう科学の英知」をスローガンに2012年に創設されました。今大会には、過去最多の709校から9075人がエントリーし、各都道府県の選考を経て、47校361人が出場を果たしました。

 開会式では、選手を代表して青森県立弘前高校の佐々木慎一郎さんと石黒詠子さんが「日本全国のサイエンス好きとの交流を深め、最後の最後まで考え続けることを誓います」と宣誓しました。大会初日に科学に関する知識とその応用力を競う筆記競技(360点)を、2日目に3つの実技競技(各240点)を行い、その合計点を競いました。

【筆記】物理や地学など6分野の課題に挑む

 筆記競技は競技者6人・競技時間2時間で、物理、化学、生物、地学、数学、情報の6分野12問に挑みました。例えば、物理の設問では、体長1㍉程度のバクテリアの多くが持つ鞭毛(べんもう)には直径50nm(ナノ・㍍)程度の回転モーターがあり、それを高速回転させて進みます。この鞭毛モーターが1回転する間に約1000個の水素イオンが細胞膜内に流入するといわれており、モーターが1分間に6000回転するとき、1秒間に細胞内に流入する水素イオンの個数を求めさせるなど、生物を取り扱った物理という分野融合的な問題でした。

 選手らは、教科・科目の枠を超えた問題に対しても、得意分野の異なるメンバーが、チームワークを発揮してカバーしあい、難問に挑みました。筆記競技では総合優勝の海陽中等教育学校が最高得点をあげ、第1位の講談社賞に輝きました。

【実技①】地学ペンタスロン/地学の「知の5種競技」で白熱戦

 「地学ペンタスロン」(競技者3人・競技時間100分)は地学の課題。古代オリンピックの5種競技がペンタスロン。これを高校で学ぶ地質や海洋、天文などに関した5課題にして「地学の知の5種競技」としました。

 選手らは、与えられた実技機材だけを使って、①地球の重さ②震源を決定③リップル(波状模様)を作成④浅海波の速度を測定⑤恒星までの距離、をそれぞれ時間内に求める難題に挑みました。

 ①は3種の岩石の密度を測定し、その結果から地球の中心核の物質を推定します。②は地図上の各地点の地震波の資料から震央の位置、震源の深さ、地震発生時刻を決定しました。③は水槽内の砂や水に触れずに波状模様を作成します。④は長い水槽内で波を発生させ、映像で記録し、その速度を測定するものです。⑤は地球から会場内に設置された模擬天体恒星Aまでの距離を求めました。 1位は滋賀県立膳所高校で「3つの課題で3人の得意分野があった。それをとことん突き詰めて得点できたのが大きかった」ことを勝因に挙げました。

2度目の日本一
愛知・海陽中等教育学校が総合優勝
―中学部門もW優勝の快挙達成―

2度目の日本一で総合優勝した海陽中等教育学校のメンバー

 第8回科学の甲子園全国大会(科学技術振興機構埼玉県など主催)が、3月15~18日の4日間、さいたま市のソニックシティとサイデン化学アリーナで開かれました。全国47都道府県代表の高校生たちがチームで競い合った結果、愛知県代表の私立海陽中等教育学校が3年ぶり2回目の総合優勝を果たしました。初の2度目の日本一です。また、中学部門の第6回ジュニア大会(昨年12月)でも優勝し、中高でW優勝の快挙を成し遂げました。全国大会の2位は前年優勝の私立栄光学園高校(神奈川県)、3位は滋賀県立膳所高校でした。海陽中等教育学校は、5月31日から米国・ニューヨーク州のコーネル大学で開かれる「サイエンス・オリンピアド2019」に参加します。

優勝の喜び「リベンジできた 努力報われうれしい」

 海陽中等教育学校は、2006年に開校した中高一貫の全寮制の私立男子校です。「科学の甲子園」では、第5回に初出場で優勝という快挙を達成。6回も総合3位、7回は埼玉県経営者協会賞を受賞した強豪校です。今年のメンバーは2年生6人と1年生2人。2年生は4人が東京大学を、2人が京都大学を志望しています。キャプテンは昨年も参加したもののインフルエンザにかかり競技には出場できず、今年こそは「リベンジを」とみんなで入念に準備を重ねてきたそうです。その努力が実り、筆記試験と実技競技②で1位に輝き、総合優勝に結びつけました。

 キャプテンで2年生の兒玉太陽(こだまたいよう)さんは「この日のためにがんばってきたから、努力が報われて本当にうれしい。やりきった気持でいっぱい。ジュニアが優勝し、この大会にも参加しているため、後輩に格好悪い姿を見せたくないなと努力してきた。W優勝で本当にうれしい。アメリカでも頑張ってきたい」と喜んだ。

 他のメンバーも「優勝の瞬間は実感がなかったが、時間がたつにつれ、しみじみと感じている」(穴田悠人さん・2年)▽「個人的には実技③で発電機を崩したり、地学実験では土星の大きさを測り忘れたりと悔いが残る。最終的に優勝できたことをチームメイトに感謝したい」(岡本直樹さん・2年)▽「個人の科学オリンピックでは5回連続銀メダル。また、2位ではとドキドキした。仲間と一緒の舞台で1位になれ、ジンクスを打ち破れたことがうれしい」(桜田晃太郎さん・2年)▽「レース競技では力が出せず、総合優勝は無理か、と話していた。他の競技で挽回し優勝できてうれしいが、実感がない。アメリカでは準備をしっかりしたい」(内川涼介さん・2年)▽「初の2回目の優勝、初のW優勝という記録をつくれてうれしい。結果は8人全員の力によるもの。全員に感謝したい」(田口仁さん・2年)▽「先輩にお世話になった。中1の時に先輩が優勝。その時から高校生になったらこの大会で優勝を夢見て頑張ってきたから、達成できてうれしい」(平石雄大さん・1年)▽「実技③でも事前にあまり参加できず、貢献できていないと思っていたが、先輩方の助けで優勝できうれしい。アメリカでも頑張りたい」(古舘勇人さん・1年)と喜びを語ってくれました。また、チームを引率した幡本陽介教諭は「学校としてはほとんど指導していません。生徒個人の資質と全寮制で夜間もみんなで準備に取り組めたのが大きかったのでしょう」と話していました。

私立栄光学園
滋賀県立膳所高校

スポーツを学ぶ。社会をリードする。

デキル!学部
2020年4月、尚美学園大学にスポーツマネジメント学部(構想中)が開設予定

運動能力の向上のための効果的な指導法をはじめ、健康増進、加えてエンターテインメントや情報ビジネスとの融合で、従来のスポーツ学の枠組みを超えた多彩な学びを可能にする新しい学部が誕生します。その名もスポーツマネジメント学部(構想中)。学びの最大の特長は、既存の2学部との連携。「健康・科学」領域に「ビジネス・産業」の領域を加えた6つのテーマ(左下一覧)について、卒業後の進路に直結する専門科目群による5つの履修モデル※を選んで学びます。インターンシップ、ボランティアなどの体験型プログラムも充実。また中学・高校教諭の一種免許の他、様々な資格取得が可能です。

※プロチーム運営スタッフ、スポーツ施設運営スタッフ、スポーツイベントマネージャー、スポーツインストラクター、保健体育教員

教員からのメッセージ

小泉 昌幸
教授
学部長予定者

ここにはスポーツを多面的に捉えた実践的で新しい学びがあります。入学前にはスポーツにアンテナを。「スポーツが好き」という気持ちを持つ、すべての人を歓迎します。


梶 孝之
准教授

好きを深め、得意を極める4年間を。競技だけでなく、観ること、分析すること、応援することが好きな人もスポーツが好きな人です。その好きを活かし、将来の仕事につなげてほしい。


茂木 康嘉
専任講師

スポーツは常に自ら考えて行動し、挑戦するもの。また一人で行うものでもありません。4年間、スポーツを自分の中心軸としたハイブリッドな学びを続けることで、何にでも興味の持てる、前向きな姿勢を身に着け、どんな職種でも十分に活躍できる力を養って下さい。


宮坂 雄悟
専任講師

新しい学部には、4年間を通して、自分がどのようにスポーツに関わっていくのかをじっくり考える幅広い学びの機会があると思います。教員や指導者を目指す人には、自らの指導を客観的に、長い目で見る力と、新しい“スポーツ観”を養ってほしいと思います。

スポーツ×ビジネス
スポーツ施設への集客、スポーツチームのファン獲得など経営面に欠かせないノウハウを学びます。

スポーツ×マーケティング
急成長したスポーツ用品メーカーのブランド戦略など、スポーツをキーワードに新しいカルチャーを生み出す方法を学びます。

スポーツ×イベント
話題の新種目「e-Sports」など世界を沸かせるイベントを考えます。

スポーツ×エンターテインメント
いつでもスポーツ観戦ができるような動画配信サービスなど、情報というアプローチからスポーツの魅力をいかに発信するかを学びます。

スポーツ×データ分析
トップアスリートの強さの秘密をスポーツ科学で解明するなど、科学の視点でスポーツを支えるスペシャリストを育成します。

スポーツ×教育・指導
「身体」や「健康」への関心の高まりを背景に、スポーツを通して多くの人々の健康を守るための方法を学びます。

平成からのメッセージ

【提言】これからの進路指導を考える

「文化という総合点で大学を見直す時期が来ています」から
関西私大ジャーナル創刊号(1995年5月1日)

平成最後の大学ジャーナルをお届けします。
平成7年春、「関西私大ジャーナル」として創刊以来23年。
一面では、第一線でご活躍の大学人、識者、文化人、経済人の
お話をご紹介してまいりましたが、その中には、鋭く時代を切り取り、
未来について確かな指針を示してくれた言葉も少なくありません。
今はその謦咳に接することのできない方々のお話の中から、
次につながるコメントをご紹介します。

京都大学名誉教授
森 毅 先生
(1928~2010年)東京生まれ。評論家、京都大学名誉教授。東京大学理学部数学科卒。学生時代時から評論活動を開始。主な研究テーマは「関数空間の解析の位相的研究」。主著に「現代の古典解析」「位相のこころ」「数学の歴史」「異説数学者列伝」

学生の気質は大学や
学部の〈文化〉に醸される

 長年大学教授をして学生達を見ていると、いろいろと面白いなと思うことがあります。なかでも毎年驚かされるのが、学生達の気質。入学した当初はバラバラだったはずなのに、半年も経つうちに、京大生は京大生らしく、文学部の学生は文学部の学生らしく、工学部は工学部らしく変わっていく。学生それぞれの資質もさることながら、大学や学部の色、何というのか〈文化〉とでもいったものに確実に染められてキャラクターができあがっていくんですね。

 そしてそれは、おそらく学生一人ひとりの『ソフトな学力』の基本ベースとなって、卒業後の一生にも大きな影響を与えていくのだろうと思います。

これからの時代に
必要なのは「ソフトな学力」

 今かりに、知識や技術など大学の授業で身につける内容を『ハードな学力』と呼ぶなら、『ソフトな学力』とは、関心を持ったある問題については必要な人脈や情報を広げ、確実にアクセスしていける能力のことだと僕は考えています。たとえば、環境問題について学びたいと思ったなら、仲間を集め、講座を準備し、教授を探してくる。そんなふうにゼロからカリキュラムを組み立てていける能力のことです。

 そこには、まず問題に対して「関心を持てる感性」が必要だし、アクセスしていくための「知的なネットワークの形成」も不可欠です。つまり「ソフトな学力」とは、人間が自立し、長い人生を歩んでいく上で最も大切なものなのです。

 また、これからの時代は、この『ソフトな学力』が、これまで以上に社会から求められてくるに違いありません。 ですから今の高校生達が大学を選ぶ際の基準も、この『ソフトな学力』のベースとなる各大学や学部の〈文化〉でなければならない、というのが僕の持論です。大学の知名度や偏差値、卒業時の就職率などではなくて。


【提言】大学制度を考える

「大学は本来、独創を生み出す機関だったはずです。」から
関西私大ジャーナル5号(1996年1月1日発行)

元東北大学 総長
西澤 潤一 先生
(1926~2018年)宮城県仙台市生まれ。1948年東北大学 工学部電気工学科卒。東北大学特別研究生期間満了。東北大学助手を経て、1954年助教授、1962年同電気通信研究所教授、1983年同所長、半導体研究所長も兼任静電誘導トランジスタ(SIT)をはじめ、光通信の三要素(送信源、伝送路、受信器)の発明・開発、光と電波の間の波長「テラヘルツ」の研究で知られる。1983年、日本人初のモートン賞受賞、同年文化功労者、1988年文化勲章受章。1990年~1996年東北大学総長。その後岩手県立大学、首都大学東京の学長を歴任。

 現在、残念ながら世界的に見て、日本からは本当に独創的な研究や人材が出ていない、という評価が固まっていることは確かです。しかしそこで「日本人は創造性のない民族だから」という消極的な説に逃げ込んでしまう人が、当の日本人の中に多いのはもっと腹立たしいことです。

 戦前を考えてみてください。あの貧しい時代に日本人は世界に十分に誇れる功績を、さまざまな分野に残しているじゃないですか。今の事態を改善するために、いろいろな方法が検討されていますが、私はまず、それをさせた戦前の教育というものを、もう一度見直すべきだと思っています。

 旧制教育、つまりヨーロッパ型の教育体制です。効率のため、規格のための教育ではなく、多様性を大切にし、個性を伸ばす教育。その典型が旧制の高等学校でした。(中略)

教育制度の複線化と
大学各自の棲み分けが
急務の課題

 もちろん、大学進学率が五割を超えるような今の時代に、旧制の教育制度がそのまま有効とは考えられません。また現在のアメリカ型の教育制度にも、いい点は当然あるわけです。また社会にはヨーロッパ型の教育を受けた人とアメリカ型の教育を受けた人、両方いないといけないんですね。

 そこで考えられるのが教育制度の複線化です。たとえば、四年制あるいは五年制の高校をつくる。中学と大学から一年ずつ削ってそこで一年間、徹底的な人間教育をやる。具体化するには時間がかかるでしょうが、検討してみる意義はあります。そうやって既存の学制の見直しそのものを図っていくことも重要です。

 一方、大学間の「棲み分け」もはっきりさせていくことが必要です。国公立大と私立大、また国立大の中でもそれぞれの役割分担があるはずです。旧七帝大の国立大学などは、むしろ実験装置の組み立てから始めるぐらいのつもりで、基礎研究にじっくり取り組む。一方、規制の枠の外で発想も自由にできる私立大学では、当面急がれる研究や実験を、最新の設備を導入して、産学協同でどんどんやっていく。

 棲み分けなんて言葉を聞くだけで、不平等だと異議をとなえる人もいるでしょうが、みんながみんな同じ方向に進まなければならないことこそ、不平等です。それぞれ違うんですから、人も大学も、それぞれの利点を伸ばしていく。それが、本当の意味での平等です。そのあたりを勘違いしたからこそ、いろいろな弊害が生まれてしまったんですね。


【提言】これからの大学を考える

「入試の弊害を憂う前に、大切なことを忘れていませんか。」から
関西私大ジャーナル5号(1996年1月1日発行)

元文化庁長官
国際日本文化研究センター所長
京都大学名誉教授
河合 隼雄 先生
(1928~2007年)兵庫県生まれ。1952年京都大学理学部数学科卒。奈良育英高等学校教諭、天理大学教授を経て1972年京都大学教育学部助教授、1975年同教授。1995年から国際日本文化研究センター所長。2002~2007年文化庁長官。

入試の多様化よりも
価値観の多様化を

 大学入試の弊害がさまざまに言われています。しかし、この問題は少しぐらい制度を変えてもすぐには解決しない、なかなか難しい問題だと私は思っています。なぜなら、日本人の心の問題、すべてにからんでいるためです。

 日本人というのは、大変ランク付けが好きな国民です。うちの子にはこんな長所があるんですよ、とは言わずに、うちの子は三番なんですよ、と言う。聞いている方も、それですぐに納得する。まるきり同じだと思いますね、入試制度も。一斉にテストして、一斉に点数を出して。しまいには大学にまで順番を付けてしまった。

 しかも、その順番というのが、偏差値というたった一つの尺度でしかない。本来、大学にはいろんな先生がいて、生徒にだっていろんな個性がある。でも、それらはあまり評価されないんですね。順番には並べにくいから。

 現在、小・中学校では「ゆとり教育」とか「個性の教育」とか、必死の教育改革が進められていると聞きます。ですが、そんな中でも、自分の子にだけは勉強させて一番に、と考えている親や教師は相当いると思います。本当に子供の将来を考えたら、それが何の得にもならないことぐらい十分わかりきっているでしょうに。

 結局、日本人というのは、“個性”が何かわからないから、すべて“順番”でいこうとするんですね。この考え方を変えないかぎり、大学入試の弊害もなくならない。むしろ、日本人の心さえ変われば、入試制度なんてどうでもいいとさえ思います。

 じゃあ、打つ手は何もないのかと言えば、そういうわけではないですね。

交流化と個別化が
大学の意味を変える

 まず、大学について言えば、大学が変わることによって、その持っている意味を変えていくという作業が考えられます。

 日本では、どこかにいったん所属したら、それで運命が決まってしまうといった考え方がかなり強くあります。今のところ大学は、その最たるものだという気がします。高校三年生の時点で決めた、あるいは決められた進学先を一生引きずっていかなければならない。それは、悲劇的なことです。

 これを変えていくためには、大学間の単位互換や転部・編入の制度をもっともっと充実させて、大学間の壁をなくしていくことが必要です。それと同時に、大学ごとの特色をはっきりさせていくこと。(中略)

いつも自分を
出発点に考える訓練を

 もともと私は高校の教師をしていたのですが、その頃の経験で言うと、自分なりに、「これがしたい」と決めて進学先や就職先を選んだ生徒は、三十年経った今も、やはりその人なりに満足のいく生き方をしています。さすがだと思いますよ。

 自分はこれがしたい、これが好き、これが習いたい、そうやって“選ぶ力”を持っていることが高校生にとってとても大切なことなんですね。

 だから、周りの大人たちは(教師だった当時は私も言いましたが)、「おまえは成績がいいから医学部へ行け」なんて簡単には言わないことです。また生徒の側も、あえて「僕にはこっちの方がいい」と言えるだけの自信を持つこと。そのためには、常に「自分が何をしたいのか」を考え続けていなければなりません。世間一般の標準とか平均とかではなしに、まず“自分”から出発する。常に、自分を生かす、自分の存在や自分の命を大切にすることを忘れないで欲しいと思います。時には、みんなと同じように勉強しなくていい、ぐらいの覚悟も必要ではないでしょうか。

 しかし、考えてみれば、弊害が指摘されるほど、たくさんの人が大学に進学できるようになったことは、ものすごく歓迎すべきことです。受験戦争とは言っても、昔に比べ、特別過酷になっているわけでもありません。

 さらに、ここに来て、「いい大学に入ったら幸福になれる」という、日本人の根本的な価値観そのものが、壊れかけてきているのも確かです。せっかく立派な大学に入っても、オウムに入信、なんて事件もありましたからね。

 こう考えてくると私には、本当の問題は、目に見えている入試の弊害よりも、日本人が序列性に代わる新しい秩序や人間関係を、まだ見つけ出せていない、まさにその点にあるのではないかと思えるのです。今一番大切で、一番急がなければならない問題が、盲点になっている。これまでの価値観が今後も通用するはずはない。さりとて新しい秩序も人間関係も見い出せない。そうして「おもろない」と孤立している人は、みなさんの周りにもたくさんいらっしゃるはずです。

 そこでもう一度、大学の話に戻るとすれば、本来、大学というのは次の時代を拓く新しい価値や秩序、そういったものを生み出す作業を担う場所でなくてはならないはずなんですね。言うなれば、世の中の根本を変革する使命を担っている。その意味で今後、大学も、そして大学に進学する人も、ますます頑張ってもらわなければならないのです。(以下略)


【提言】これからの大学教育を考える

「既成概念にとらわれない自由な発想を取り入れることが、教育改革の最大のテーマ」から
東海私大ジャーナル第2号(平成11年9月1日発行)

元名古屋大学総長 元広島大学学長
名古屋大学名誉教授 広島大学名誉教授
飯島 宗一 先生
(1922~2004年)長野県生まれ。1946年名古屋帝国大学医学部卒業。広島大学教授を経て広島大学学長。その後、名古屋大学医学部教授を経て名古屋大学学長。

大学の問題は
社会全体の問題

 大学教育の改革ということでいろいろと言われていますが、大学のみを安易に批判することは健全とは言えません。大学教育の問題といっても大学の中だけで起こっていることのみでなく、家庭や小・中学校教育からすでに問題は始まっているのです。さらに言えばそれは効率主義や経済主義のはびこる現代社会全体の問題 だとも言えるでしょう。

 企業や官僚のめざしてきた方向が現在のこの社会を作ったのだとすれば、その価値基準から一旦離れて、教育、学問が本来目指すべきものは何なのか、もっと地道に皆で議論すべきです。また、ここが悪い、あそこが悪いと、表面的な現象を非難しているだけでは解決の道は見出せません。本来めざすべきものは何かという根本問題をきちんと見据えたうえで、現実には、学問や文化を大切に、そして大学を大事にする姿勢があってこそ、良いものが生まれてくるのではないでしょうか。

東海地区の大学は
ここ十数年で格段に進歩した

 東海地区は関東と関西にはさまれ、大学教育の「谷間」などと言われることがありますが、ここ十数年で事態は非常に変わってきていると思います。東海地区の各県は、進学率の面でも改善されています。今、私学が苦しいとすれば、それは東海地区に限ったことではなく、全国どこでも同じです。こんな時だからこそ、学校としてどれだけちゃんとしたことをやっているかということが問われます。

 私どもはかつて、名古屋を中心にした東海地区の学長に呼びかけ、全国的にも珍しい国立、公立、私立の学長からなる「愛知学長懇談会」という集まりを結成しました。そこでは国立、公立、私立の垣根を越え、相互に学校を見学したり、問題を検討したりし、現在にいたるまでいろいろな成果を上げてきています。この大事な時期、大学教育の可能性を探るために、広い視野に立ったオープンな協力や話し合いが必要であることを強く実感します。(中略)

大学の未来は
自由な発想から生まれる

 少子化によって大学の未来はどうなるかと騒がれていますが、私は全く心配しておりません。人間の文明がある限り学問自体がなくなることはありません。そのくらいでつぶれてしまう大学があるとすれば逆にそれは淘汰されていいくらいなのです。それを保護するためと称して文部省があまりに口出しをし過ぎるのは好ましくありません。そのような「護送船団方式」は自由な発想を抑えてしまい、かえって活力を失わせることになります。国はもっと大学や大学の先生を信頼するべきでしょう。

 また、大学には教育の他に「学術研究」という重要なテーマがあります。日本は明治以来、先進諸国に追いつくために国として科学技術の研究に力を注いできました。その成果はけっして軽んじられるべきではありません。学問を育てる土壌には自由な発想が必要ですが、加えてそういった研究や成果を尊重する姿勢も大切です。

入試改革も
既成概念からの解放が鍵

 日本の入試は「絶対平等」「機密性」「秘密厳守」を大原則にしています。そして皆、これを当然のこととして受け入れていますが、実はこういった既成概念にがんじがらめになっていることが大学入試の一番の問題です。入試の方法を小手先だけいろいろ変えてみても、そこが変わらない限り根本的には何も変わらないでしょう。たとえば私は「入試センター」だけが試験をするのではなく、いろいろな組織やエージェントがそれぞれ入試判定を行ってもよいと考えています。受けたい学生はそれを受け、その判定を採用したい大学はそれを採用すればよい。それを提案した当時は夢のようなことだと言われましたが、そういった発想を受け入れられない意識の在り方こそが、今の日本の教育の行き詰まりを招いてきたのです。「入試センター」にしろ「学習指導要領」にしろ、日本の教育は、文部省のやり方を唯一絶対のものとして受け入れる姿勢自体を見直す必要があります。そんな既成概念からどれだけ解放されるかが、「入試」だけではなく教育改革全体のテーマであり、教育の質を向上させる鍵だと私は考えています。


【提言】 これからの教育を考える

「学校は学校で、できることから始めようじゃないですか。」から
関西私大ジャーナル7号 平成8年5月1日発行

元兵庫教育大学長
高校改革推進会議座長
兵庫教育大学名誉教授
上寺 久雄 先生
(1920~2018年)広島県出身。1960年広島大学大学院博士課程修了。小・中学校、高等学校教諭を経て、大阪教育大学教授、筑波大学教員大学院創設準備副室長、兵庫教育大学学長。その後、岐阜教育大学(現岐阜聖徳学園大学)学長。高校改革推進会議座長。

高校改革の波が
教育改革の渦に

 総合学科の設置、単位制の導入など、平成三年の高校改革推進会議結成をきっかけとして始まった「高校改革」が、急速な勢いで現実のものとなりつつあります。

 そもそも私たちが高校改革に着目したのは、都道府県別に管轄されてきた高校に、これまで改革の目がまったく向けられてこなかったという事情もさることながら、高校を拠点として、大学、中・小学、両方の改革を進めていきたいという狙いがありました。それが今、少しずつ実を結びつつあるようです。

 たとえば大学では、単位互換など、都道府県ごとに連帯する動きが見られるようになりましたね。これはまさに、高校改革で目指した学校間連携。専修学校での学習成果の単位認定、というモデルの実現と言えます。また、大学ではどこでも専門科目と一般教養科目の中間にあたる、いわゆる総合的な科目をふくらませようとする改革が盛んです。加えて入り口の部分では、推薦入試・一芸入試をはじめ、多様な選抜方法を用いた多元的な評価の試みが確実になされ始めています。どれもちょうど、中等教育における「新しい学力観」評価の動きと連動している形ですね。

 そもそも、学力というものの構造を考えた場合、そこには知識・技能といったいわゆる偏差値で測れる層がもちろんあるわけですが、それだけでなく、思考力・判断力・表現力・創造力といった能力値の層、意欲・関心・態度といった人間値とも呼べる層、その三つがあるわけです。学力というのは、実はそれらの総合力。これまでは個人の評価基準として、偏差値だけが重視されてきましたが、中学・高校・大学、それぞれの現場で、今ようやくそれ以外の層にもウエイトが置かれるようになって来たことは、喜ばしいことです。

高校の三年間は、じっくりと
自分の将来を見つめる時間

 私共の提案の背景には社会的な構造の変化があります。簡単に言ってしまえば、平均寿命が伸びて、学歴が通用しなくなったのですね。学校を出てから、六十年。大切なのは、自分がどこで何を学んできたかではなく、自分を一生かけてどう引き上げていくかの「自己教育能力」の育成です。

 これまでは、普通科・職業科の区分けに見られるように、いわば高校進学の時点で将来の選択をしなくてはなりませんでした。しかし本来、十五歳から十八歳という期間に本当に必要なのは、基礎を固めることなのです。基礎とは、それこそ人間としてどう生きるかという基礎の基礎もあるでしょうし、将来専門分野へ入っていくための基礎もあるでしょう。この両方の基礎固めこそ、この時期にして欲しいことなのです。ですから、少なくともこの三年間は、じっくりと自分の将来を考えるということに使って欲しいと思います。

 もっとも、自分の進路を早い時期から決められる人は、早く決めるに越したことはありませんよ。もちろん、将来いくらでもやり直しができるんだから、今はいい加減でいいというわけでもありません。選ぶ時は、真剣でなくちゃ意味がないですからね。(以下略)

2020年度学部新設構想特集桜美林大学
航空・マネジメント学群(仮称)

全国に先駆け、
航空分野に特化した学びを展開

特色ある教育内容と、学群の拠点化を進める桜美林大学。
2020年4月には、全国に先駆けて航空に特化した
『航空・マネジメント学群』の開設を予定している。
航空・マネジメント学群では、
「パイロット」「航空管制」「整備管理」「空港マネジメント」という4つのフィールドで、
高度な専門性と卓越した英語力を身につけた
航空各分野のプロフェッショナルを養成するという。
従来のビジネスマネジメント学群における
航空サービス分野(客室乗務員やグランドスタッフなど)の学びと併せ、
航空産業を網羅した学びが可能となる。

今なぜ、航空産業の学びが必要か

世界の航空運輸産業は、グローバル化の進展と途上国の経済発展、世界的な自由化の進展、空港や発着陸の拡充、LCCの参入など、拡大成長が期待されています。旅客機のオペレーションでは、ボーイング社は今後の20年間で、北東アジア地域だけで現在の1090機を1510機に、エアバス社は、航空・運送量を半年平均で4.4%ずつ増加すると予想しています。国内においてもJALの再建などの好材料も加わり、各社ともパイロットの増強を急いでおり、ニーズはますます高まると予想されます。また訪日外国人観光客は、昨年末に2000万人を突破し、国は2020年に4000万人、2030年に6000万人という目標を掲げており、パイロットのみならず、航空関連ビジネスや施設でも雇用の拡大が期待されます。

 桜美林大学は、2008年にパイロット養成課程(フライト・オペレーションコース)を開設し、これまで輩出した卒業生のパイロットへの就職率は100%を維持。また、ビジネスマネジメント学群では、アビエーションマネジメント学類において客室乗務員(CA)やグランドスタッフなど、航空分野において活躍する人材の養成に力を入れ、首都圏において航空関連教育の有力校として人材養成に貢献してきました。そして2020年には、昨今の航空関連人材への旺盛な需要増と、以前から桜美林大学が持つ航空分野への強みを更に強化し、新学群の開設に踏み切ることとしました。

新学群を構成する4つのフィールド

 新学群は、従来のフライト・オペレーション(パイロット養成)コースを継承する「パイロット」と、「航空管制」、「整備管理」、「空港マネジメント」の4つのコースからなります。全国に先駆け、航空に特化した高い専門性を身につけた人材の育成を目指します。

 「航空管制」では4年次春に航空管制官採用試験を受験、卒業後は航空保安大学校で8カ月の研修を受け、航空管制官として全国各地の空港で活躍することを想定しています。

 「整備管理」は、整備士などが行う整備作業を意味するのではなく、安全運航を支え、その信頼性を高めるための、機体・エンジン・部品等の整備や技術、品質の管理、および生産、部品補給、施設設備等についての一連の管理業務を身につけます。各分野についての基礎知識はもとより、ボーイング社での現場研修などを経て、整備管理業務のプロフェッショナルを育成します。エアラインの整備管理部門や航空整備会社への進路を想定し、「航空無線通信士」「甲種危険物取扱者」「第二種放射線取扱主任者」などの資格取得も目指します。

 「空港マネジメント」は、2016年から始まった国内100あまりの空港の民営化に伴い必要とされている、マネジメント人材を育成します。巨大インフラでもある空港は、昨今では商業的な機能としての活用も多く、運営次第では新たなビジネスの宝庫とも言えます。空港の地域社会や経済に果たす役割を考え、その規模や施設の機能、アクセスなどを考慮に入れ、航空部門と非航空部門を合わせた総合的な経営・管理運営に携わり、空港経営の一翼を担う人材を育成します。

 「パイロット」は従来のコース同様、「航空無線通信士」の資格取得に始まり、2年次秋学期からは、アメリカ・フロリダ州サンフォードにあるオーランド・サンフォード国際空港内の飛行訓練施設へ。この海外にある飛行訓練施設では、日米両国での操縦士(自家用)資格、計器飛行証明の取得を目指します。帰国後は、日本でプロのパイロットとして活躍するための「事業用操縦士技能証明」を取得します。学びの拠点を多摩アカデミーヒルズとし、全寮制で同じ目的を持った学生同士が切磋琢磨しながら学ぶスタイルも現行のフライト・オペレーションコースと同じです。

ビジネスマネジメント学群では、航空サービスの教育を明確に。
大学として航空産業全般に係る学びを網羅

 これまでのビジネスマネジメント学群アビエーションマネジメント学類は、フライト・オペレーションコースが新学群に改組し、「エアライン・ビジネスコース」と「エアライン・ホスピタリティコース」の二つのコースに。主に、客室乗務員(CA)やグランドスタッフなど航空サービス部門を志望する学生向けの学びが展開されます。また、ビジネスマネジメント学群は、学びの場を今春オープンした新宿キャンパス(新宿百人町)の都市型キャンパスに設置します。

 桜美林大学は、「町田キャンパス、新宿キャンパス、多摩アカデミーヒルズ、そして海外研修施設や現場研修など、桜美林のこれまでの経験・背景と教育リソースを活用した新しい航空産業の学びに期待してほしい」と語っています。

2020年度学部新設構想特集
静岡産業大学 スポーツ人間科学部(仮称)

スポーツを、
「する」「見る」「支える」ために

静岡に新しいスポーツ文化と、
それを支える新しい拠点つくりを目指す。

新学部における教育・研究・社会貢献に欠かせない
最新のテクノロジーを備えた施設、
新しいスポーツ観に基づく研究センターなどの新設、
拡充を着々と進める静岡産業大学。
あらためて新学部開設の背景や
その特徴を探ってみることにします。

いま、スポーツには
熱い視線が寄せられている

 2020年開催の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた盛り上がりは言うに及ばず、超高齢化社会への対応や子どもの体力向上、市民の健康増進や未病対策、そして地域振興、さらに直近では中学、高校での部活動指導のあり方など、スポーツにはこれまで以上に熱い視線が注がれています。加えて2016年、「日本再興戦略」における官民戦略プロジェクトの一つに《スポーツの成長産業化》が盛り込まれたように、内需拡大、地方創成が待ったなしのわが国において、スポーツには産業としても大きな期待が寄せられています。スポーツ用品の売り上げや関連施設の利用料、プロスポーツの観戦料、興行収入などの直接的な需要の他、スタジアム・アリーナの建設やスポーツツーリズム、街づくりなど周辺事業への波及効果も大きいと見られ、その市場規模は、2012年の5.5兆円から2020年に10.9兆円、2025年には15.2兆円になるとの試算もあります(日本政策投資銀行2012年)。また大学においても、18歳人口が減少する中、従来の教員、スポーツ指導者の育成に加えて、スポーツの専門性やそのノウハウを活かせる場所として、産業、教育、医療、行政、地域などでも応用できると考え、私立大学を中心にスポーツ系の学部・学科の新設も増え、全体の定員も増加傾向と言われています。

人材育成の目標も変わる。
スポーツ人間科学部(仮称)に託す理念

 こうした中、大学が育成したい人材像、学生に習得してほしい力も自ずと変化してきています。スポーツによる人間形成の観点は変わるべくもありませんが、そこへ、《スポーツを社会で活かせる人材》の育成をはじめ、やや抽象的に言えば、《社会をより良い方向へ変えていくために必要となる力》の習得という目標が加わってきます。というのも、学問の対象としてのスポーツはある種「融合領域」であり、経営に限らず、教育、文化、情報工学、心理、医学、保育・福祉など、様々な分野と関連するため、その研究を、社会の抱える様々な課題の解決に活かすことができるからです。スポーツを実践「する」だけでなく、学びの「題材にもする」ことで、産業、教育、医療、行政、地域などのあらゆる分野で活躍するために必要な力を身につけることにもつながっていきます。

 このような理念の下、全国的にも画期的な「スポーツ」を素材にして学ぶことのできる学部の開設に向け準備を進めるのが静岡産業大学。構想中の学部名称は「スポーツ人間科学部(仮称)」で、スポーツにビジネスだけでなく、教育・文化・情報科学・心理・福祉など、社会科学系の学問を融合させ、「スポーツ」を多面的に学べる場、言い換えれば、「スポーツ」をツールにした「総合政策学部」的な学部を目指します。

 学科は、《将来、スポーツを仕事にして活躍したい》人のための「人間スポーツ学科(仮称)」と、《スポーツを幼児教育、保育の素材として、保育活動に必要な知識と実技能力を身につける》人のための「こどもスポーツ教育学科(仮称)」。いずれも「実践力」を高めることに重きを置き、教室外での「実学教育」を充実させます。例えば、両学科ともに1年次に「基礎能力形成科目」や「情報基礎科目」などで基礎を固めた上で、社会の課題を発見し、解決策を探る力を養うためのフィールドワークや機材を駆使した実験実習に力を入れるなどして学科の専門性をより高めていきます。その他にも、地域での課題発見・解決に向けて取り組むプロジェクトやボランティア活動、学生の将来目標に合わせた「インターンシップ」や資格取得など、多彩なスタイルの授業を通じて、「自ら考え、行動する力」を身につけます。

 静岡産業大学は1994年4月に経営学部を磐田キャンパスに開設して、この春に25周年を迎えます。これまで地元の行政、企業などの協力によって開講している「冠講座」や幼時から小学生を対象にした「キッズスクール」、各種スポーツ研究センターが主催するイベント運営など「実学教育」に力を入れており、新学部においても、これらを継承し、さらに充実させていきたいとしています。

スポーツの価値を解き放つ
~SSUカレッジスポーツの挑戦~

 新学部は、日本のカレッジスポーツが抱える問題の解決も目指します。まず、設立を間近に控えた一般社団法人大学スポーツ協会UNIVAS(日本版NCAA)※1への参画も検討しており、将来的には法人化も視野に入れた静岡版NCAAの設立を目指しています。ここでは各クラブに大学組織の一員である部長を置くのが特長で、大学の理念やビジョンに沿って強化や活動を行い、大学全体のリソースを競技力の向上に活用します。また“する”だけでなく“見る”“支える”、さらには“広報する”価値や楽しさにも着目。地域との交流を活発にしてサポーターを増やし、学生を大会運営や広報活動に巻き込むことで興行面での魅力を高めるなど、多面的な展開を計画しています。

 また、アスリートとして活躍する学生たちの将来設計も重要な課題と捉え、就職・キャリア支援にも力を入れるなど、いわゆるデュアルキャリア※2の育成のために特別プログラムの充実を図っています。スポーツ文化の拠点として大学ほど適した施設はないことから、静岡県、磐田市と連携したスポーツの拠点作りにも力を入れ、カレッジスポーツ、スポーツビジネスで静岡県、磐田市を盛り立てる人材の育成、輩出を目指します。

※1 これまでアマチュア中心に運営されてきた日本のカレッジスポーツを、NCAAを模した収益を上げられる組織へと、抜本的に改革しようという試み。NCAAは全米大学運動協会。
※2 アスリートの社会人としてのキャリアを、アスリートを終えてからのセカンドキャリアとしてとらえるのではなく、アスリートとしてのキャリア形成と、社会人としてのキャリア形成の双方に同時に取り組むという考え方に基づく。

2020年度学部新設構想特集
大阪人間科学大学 保健医療学部(仮称)・心理学部(仮称)

チーム支援を先導できる
対人援助の専門職業人を育成、
日本の課題に挑戦する大学を目指す

開学以来の人間科学部1学部体制を3学部体制に

田中 保和 先生 大阪人間科学大学 学長
田中 保和 先生

~Profile~
京都大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科工業化学専攻修了。工学修士。大阪府立高校教諭、大阪府立高校長、大阪府教育委員会教育監、近畿大学教授等を経て、2017年4月から現職。専門分野は教育行政、生徒・進路指導、学校経営、理科教育。

2001年、学校法人薫英学園(1931年に薫英女子学院を創立)を母体に、1学部2学科体制でスタートした大阪人間科学大学。2016年からは理学療法学科を加えた1学部6学科4専攻で展開してきたが、学園創設90年、開学20年の節目を前に、2020年には、保健医療、心理の2学部を新設。保健医療分野には作業療法を加え3学部7学科体制を目指す。大規模な改革の背景、目指すところなどについて、田中保和学長にお聞きした。

AI時代、超高齢社会を前に、
あらためて対人援助の専門職業人を

 昨年は、人工知能(AI)の発達が人間の仕事にどのような影響を及ぼすかが、産業界のみならず、教育界も巻き込んで大きな議論を引き起こしました。この流れは今年も変わらず、議論はさらに加速し、かつ一層現実味を帯びたものになってくると予測されます。

 AIは人の仕事を奪うのか、あるいは人類はAIという道具を手に入れ、これまでより人間らしい生活が送れるようになるのか?いずれにしろ、こうした社会でますます大切になるのが、共感する心など人間らしい心の働きであり、仕事として求められるのは、医療・福祉、教育・保育などの対人援助職であることが多くの識者によって指摘されています。

 また、2025年には人口の4人に1人が75歳以上という超高齢社会となるわが国において、医療・福祉へのニーズは急速に高まっています。さらに注目される外国人労働者の受け入れにおいても、対人援助職はその中心的な職種であり、彼らをまとめ、指導育成できるリーダーの育成も急務です。

 一方で、対人援助職の多くについては、労働集約型と言った負のイメージが付きまといがちであることも否めません。これをいかに実態に即した明るいイメージに変えるか、希望に溢れ、働き甲斐を感じられる職業に変えていくか。これはまさに日本の課題であるとともに、我々のような対人援助職の養成を担う大学が、どれだけ優れた人材を育成、輩出できるかにもかかっているといっても過言ではないでしょう。

学部リニューアルの背景と狙い

 開学以来、建学の精神である「敬・信・愛」を展開した「自立と共生の心を培う人間教育」を教育理念に、主に対人援助にかかわる人材の育成に力を入れてきた本学ですが、2020年には、大幅な学部・学科体制の再構築(改革)を行うべく、目下、準備を進めています。

 これは一つに、対人援助に関する様々な学問分野の急激な高度化、専門化に対応するためです。医療・福祉分野はもとより、心理分野においても近年、公認心理師という心理職初の国家資格が誕生するなど、変化が加速しています。それと同時に、心理を学ぶ健康心理学科と医療心理学科臨床発達心理専攻の区分や、医療技術を学ぶ理学療法(理学療法学科)と言語聴覚(医療心理学科)とが異なる学科に配置されるなどの分かりにくさを解消することで、受験生やその保護者をはじめ、高校、地域、企業など、様々なステークホルダーに対して、対人援助の専門職業人の育成を通して、日本の課題に挑む本学の魅力と価値をより一層伝えていきたいという想いもあります。

 具体的には、理学療法士と言語聴覚士の養成課程を同じ学部に位置付け、新たに作業療法士の養成課程を加えてリハビリテーション系3分野をひとくくりとする保健医療学部(仮称)。これまでの健康心理と医療心理といった2つの心理領域を統合し、大学院と連携して公認心理師資格取得を視野に入れた心理学部(仮称)を開設します。《人間の日常生活の保障》を理念とする保健衛生学(リハビリテーション関係)と《人間と人間との共生》を理念とした心理学という2本の柱を立て、分野のアイデンティティを確立した上で、それぞれの教育・研究の高度化、専門化を目指すことにしたのです。

 従来からの人間科学部は、社会福祉学科に、医療福祉学科にあった介護福祉専攻を組み込んで、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士の福祉系三大国家資格に対応するカリキュラムを展開します。また、関西の大学としては唯一の視能訓練士養成課程は、リハビリテーションにも親和性はありますが、従来どおり、医療と福祉の両面からアプローチできるように医療福祉学科視能訓練専攻としました。

 この他、子ども保育学科では、保育士、幼稚園教諭に加えて、小学校教諭の免許も取得できるようになります。

対人援助職がヒーローに
なる日を目指して

 現在、大阪府教育委員会では、《入れる学校》から《入りたい学校》、《入ってよかった学校》選びを推進していますが、私たちはこれを大学にも当てはめ、《入ってよかった大学》を目指すべく、20年近く培ってきた面倒見の良さに一段と磨きをかけ、学生の《成長に、本気。》の大学を目指します。加えて地域貢献や地域との連携について、積極的にアピールするとともに、産学連携にも力を入れていきたいと考えています。

 教育面においては、1学部体制の下で培われてきた《チーム支援をリードできる人材》の育成に一層力を入れます。医療におけるチーム医療同様、心理職や福祉職、保育士や教員も含め、対人援助職も今や多職種連携の時代。本学ではすでに、一年後期に全員が、学科混在クラスで全学科のリレー講義を受講し、討論も行う「人間科学演習Ⅱ」を行っています。チーム医療教育では一般的になりつつある授業ですが、対人援助職養成ではまだまだ珍しく、本学の教育を特徴づけるものの一つであることから、3学部体制においても、「対人援助演習Ⅱ」としてさらに発展させていきたいと考えています。

 グローバル化や外国人受け入れへの対応では、2年前から希望者を募り、6日間に亘るベトナムでの介護実習「ベトナムハノイ・インターンシップ」を始めました。現地での実習を通じて、海外から受け入れる介護人材についての理解を深め、そのマネジメントに活かしてもらおうというものです。

 対人援助職に対する雇用条件の改善、職業としてのイメージアップに少しでも貢献すべく、『チーム支援を先導できる「対人援助の専門職業人」を育成し、日本の課題に挑戦する大学』を目指します。そのために次年度からの「新生5カ年計画(2019~2023)」の中で「未来科見学~近い未来、対人援助はヒーローになる~」をテーマとして、子どもたちの憧れとなるような、将来の夢となるような対人援助職を、全力で育てていきたいと考えています。

3学部7学科のリレー講義「対人援助演習II」で「チーム支援」の力を身に付ける

シリーズ 大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦
ともいき(共生)フェスティバル2018

地域住民、地元企業、行政、経済団体関係者、入学予定者が、『ともいき(共生)キャンパス』を実体験!

2018年12月8日(土)、年に一度の大学開放イベント「ともいき(共生)フェスティバル2018」が、京都文教大学・京都文教短期大学にて開催されました。今年のテーマは「親子でたのしもっ!」。学生企画の学内周遊ゲームや、地元企業・団体によるワークショップなどで会場は大賑わい。親子連れを中心に約3,000人が来場しました。当日は、2019年4月の入学予定者も「One Day Campus」として参加、地域と京都文教大学の教育・研究・社会貢献活動の繋がりを体感しました

地域連携学生プロジェクトブース

地域の課題解決を目的に、学生たちが自ら立ち上げたのが「地域連携学生プロジェクト」。本年度採択された4団体も、それぞれの活動を活かしたブース展開を行いました。

商店街活性化隊しあわせ工房CanVas「宝さがしスタンプラリー」

今年の「ともいき(共生)フェスティバル」は、子どもが主役!キャンパス全体で子どもたちが楽しめる企画を考えました。地元企業・行政のゆるキャラ6組や、京都文教大学・短期大学の学長を見つけて、決められたミッション(じゃんけんやハイタッチ、合掌など)をクリアするとシールがもらえます。

家族でゆるキャラを探したり、学長に話しかけ一緒に合掌するなど、普段はできない交流が生まれました。

シールが集まったらCanVasブースへ。企業・団体から提供してもらったノベルティグッズをプレゼントしました。

宇治☆茶レンジャー「おいしい宇治茶の淹れ方体験」

急須でおいしくお茶を淹れるコツを伝えるワークショップは、学外のイベントでも数多く実施している人気企画。参加者1人ひとりに、メンバーが寄り添い、茶葉の分量や急須の持ち方などを丁寧に伝えます。そのため、初めての子どもたちでもおいしく淹れることができます。ブースの参加者は途切れることなく、親子連れの姿もたくさん見られました。普段はあまりお茶を飲まない、という子どもも、茶レンジャーと一緒に淹れた宇治茶を飲んで「おいしい!」と笑顔になりました。

響け!元気に応援プロジェクト「響け!カフェ」

宇治を舞台にしたアニメ作品「響け!ユーフォニアム」を通して、アニメファンと地域を繋ぐ取組。ともフェスでは、アニメに関心の薄い人にも、作品の魅力が伝わるよう工夫しました。今回実施した「響け!カフェ」は、今年度より始めたものです。作品に登場する宇治市黄檗にあるパン屋さん「中路ベーカリー」のフランクデニッシュと、三室戸にある「幸栄堂」の栗まんじゅうなどを委託販売し、作品の紹介と併せて地元のお店もPRしました。

KASANEO「ファッションショー&フリマ」

高齢者に提供いただいた「想い出」の服を、学生の感覚を加えた着こなしで発表するファッションショーです。今回初めて、シニアモデルとして、宇治市高齢者アカデミー生に、学生たちの服を着て参加してもらいました。ファッションという切り口で世代を超えた交流を図っていきます。

メイン会場内の地域ブース

宝さがしスタンプラリーでは、地元企業に提供してもらった特別な景品をプレゼント!
【協賛】株式会社西山ケミックス、株式会社幸山商店、共栄製茶株式会社、源氏の湯、城陽酒造株式会社、京阪ホールディングス株式会社、京都府茶協同組合、宇治市、宇治商工会議所、公益社団法人宇治市観光協会

大好評の餅つき大会。京野菜いのうち、ベリーファーム宇治の協力のもと実施。つきたての餅をお汁粉(NPO法人就労ネットうじゆめハウスが調理)にして美味しくいただきました。

毎年人気の「子ども茶席」。昨年に引き続き、宇治市立北槇島小学校3年生が、「宇治学」で学んだお点前を披露しました(宇治市内産抹茶を使用)。

ご当地キャラクターも遊びに来てくれました!
・かばきち((株)西山ケミックス)
・ゴリゴリ戦隊五里ンジャー(城陽スマイル)
・ネギーマン(久御山町商工会青年部)
・ちはや姫(宇治市)
・深草うずらの吉兆くん(伏見区役所深草支所)
・伏見もも丸(伏見・お城まつり実行委員会)

「京都文教ともいきパートナーズ」をはじめとする、地元企業の社員による子ども向けワークショップを開催!(亜晃豊建、株式会社ベストライフ、株式会社ヤマコー、京都中小企業家同友会宇治支部、京都中小企業家同友会八幡久御山支部)。コースターやペンスタンド、クリスマスリースづくりや家電分解体験、プラダン工作等、子ども達は夢中になって取り組んでいました。

「認知症の人にやさしいまち・うじ」の実現に向けての研究の一環で講座を開催しました。認知症当事者や支える家族からの話に約200名が耳を傾けました。

宇治市ごみ減量推進課との共同研究「ごみ減量化に向けた大学リユース市の研究」のもと、「大学リユース市」を開催。参加者はみな、お目当ての物品を持ち帰りました。

本学小学校教員養成コースの学生が、子ども達に向けて、理科実験・工作・おもしろ算数・新聞づくり等を行いました。

宇治の小中学生から募集した400問以上の問題から、宇治にまつわるクイズをつくり、出題する「学長と一緒!ふるさと宇治検定」。どちらが正解かな!?

16歳からの大学論|第18回 科学と芸術について、改めて感じたこと

宮野 公樹先生 京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

Profile
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 先日、理工系の院生と、芸大の院生とが交流するイベントに参加しました。まず理工系院生による研究紹介があり、続いて研究室を見学。その後に芸大院生による作品の展示を見るという流れです。この手の「科学x芸術」企画は特に珍しいものではありませんが、今回、実際に参加していろいろと感じることがあったのでお話ししたいと思います。結論から言うと、科学と芸術とでは、それぞれ修養の仕方が違うことをあらためて感じたということです。

 まず理工系院生の研究説明を聞いて感じたことは、どうしても仕方がないことなのですが、それが「自身の研究の説明」というよりも「所属する研究室の研究紹介」ではないかということでした。「僕はこういう研究をしています」とプレゼンするものの、それは所属研究室が脈々と続けてきた研究山脈の一部。使っている理論や装置などは、彼が研究室に所属する以前から存在しているもの。つまり、彼の仕事(研究)は、研究室に配属されたときに教員から与えられたテーマの追及や、付随する理論や関係装置を使いこなすことなのです。独自性は、その研究を遂行する上での工夫として現われる。苦労し苦悩し、あてがわれた研究テーマをなんとか無事に(できることなら最速で)クリアすることが腕の見せ所となるわけです。

 これが良いとか悪いとか言いたいのではありません。科学の研究、特に実験系ではえてしてこういうことが多いのです。今日の科学は極めて複雑化、高度化、さらに付け加えるなら「技術化」しており、院生自身が自分の研究テーマ、すなわち「学術的な問い」を持つためには、膨大な経験を含めた基盤的予備知識が不可欠です。そしてそれらを身につけるためには数年(で済めばいいほうですが)かかる。こう考えると、理工系院生には「自身の研究を説明して」ではなく「この研究室を選んだ理由をプレゼンして」というお題のほうが良かったのではないでしょうか。

 理工系院生のプレゼンおよび研究室見学が、いうならば<説明>だとすると、芸大院生の作品の展示会からはむき出しの<感情>が感じられました。「私そのものです」と言わんばかりに並べられた作品と対峙すると、鑑賞する側も気持ちを揺さぶられます。例えば、この彫刻のこの部分はなぜこの色でこの形なのか。それに明確な根拠や理由などありません。しかし、「あれもちがう」「これもちがう」と、何百回、何千回と試した後に選択されたその色・形状からは、「これ以外にありえない」という意思、覚悟のようなものが感じられます。言うならば、芸大院生との対話は想いのぶつけ合い。「僕はあなたの作品からこう感じる」と伝えるだけで、まどろっこしい知識や前提条件を一切抜きにして、彼・彼女たちと自然観、人間観、世界観をやり取りできる。非常に濃密な、精神性の高い時間を持てたのです。ただ、物足りなさを感じる作品もないことはありません。もしかしたら、作品に凄みをもたせるためにはそれ相応の人生経験が必要なのかもしれません。ただしそれは、生きてきた時間の長さによるものではなく、どれだけ他の精神(人でもモノでも本でも)と本気の交わりをしてきたかによるものだと思います。

 今回強く思ったのは、科学も芸術も、本来、同じ根っこから生まれたはずなのに、現代ではなぜこんなにも別個のものとして扱われるのかということです。科学とてその始祖は、芸術と同様、この世界に対する驚きだったはずです。だからこそ、科学にしろ芸術にしろ、それを究めようと思えば、「そもそも科学とは」「そもそも芸術とは」という視点と思考を持たなければならない。さらにいうなら、自分を見つめるもう一人の自分を自分の中に存在させておくこと。そうでなければ、本当に心から自分自身で納得できる研究、作品を生むことはできないのではないでしょうか(続く)。

本連載の内容が本になりました!
研究と趣味の違いや、勉強と学問の違いなど、ぜひお楽しみください。

【新刊紹介】高大連携の成果を一冊に

集中講義
高校生の経営学
経営学部の受験を迷っている人に

洞口治夫
(法政大学経営学部教授)
小池祐二
(法政大学第二中・高等学校教諭)編著
文眞堂、2018年11月30日発行

 「本書は、経営学に興味を持ち、経営学部に進学しようかどうか迷っている高校生を念頭に置いて、経営学とはどのような学問なのか、経営学部ではどのようなことを学ぶのかについて紹介したもの」(あとがき)で、高校の進路指導、高校生の進路選択を悩ませてきた「経済と経営はどう違うか」、「経営学部と商学部とはどう違うか」などの《難問》解決を目指している。大学受験を控えた高校生であれば、「何のために今学んでいるのか」という疑問に突き当たるであろう。本書は、高校で学ぶ日頃の授業の意味について繰り返される素朴な疑問にたいして、「今、高校で学んでいる教科が、大学の経営学部の授業や職業選択にどのようにつながり、役立つか」を解説することで明快に答えている。

 本書は、夏休みや春休み、ゴールデンウィークなどを利用した5日間の集中講義を想定した構成になっている。初日と5日目がホームルームと特別講義からなるガイダンス、その間の3日間で、体育、政治経済①②③、数学①②、英語①②、国語①②③、地理①②、世界史、日本史といった高校の教科と経営学のつながりが解きほぐされていく。統計の基礎である数学や、産業史を扱う歴史、地域の産業やまちおこしに関連する地理だけでなく、英語ではスティーブジョブズの演説やドラッガーの原文の一部が紹介され、古典では井原西鶴や『今昔物語』も「高校の教科からみた経営学」との関連で語られていく。どのような教科でも、体育までもが、経営学とは無縁ではなく、経営学が社会の広範な領域をカバーしていることが明らかになっていく。

 本書に説得力があるのは、大学で経営学を教える教員と高校教員との共同作業、大学と付属高校との長年の教育連携、つまり高大連携授業の実践から生まれてきたものだからだ。本書のオリジナリティーもここにある。

 同時にこのことで、本書は企画意図に反して、経営学部以外への進学を考えている生徒にも、きわめて読み応えのある一冊になっている。進路指導にあたる高校教諭にとっても、信頼のおける参考書の一冊であろう。

 加えて本書には、「高校で学ぶ日本史・世界史・政治経済といった科目には、企業経営や起業家、あるいは経営学についての解説が少ない」こと、「高校の教科教育に企業経営についての丁寧な解説を加えたいという強い思いが」込められている(まえがき)。実社会や経済活動との関連を強く意識し、それが講義の随所にちりばめられているため、誰も無関心ではいられないのだ。

 本書のなかの教科概説である政治経済では、「社会の課題解決に挑む企業」として、ユニークな企業やベンチャー企業が実際の取材を通して取りあげられている。食品ロスをなくそうと、スクラッチベーカリー手法で100円パンを提供するアクアベーカリー、多品種少量生産とベンチャー支援事業で著名な東京の街工場、浜野製作所等々だ。どれも現下の日本の課題を浮き彫りとするような事例となっている。高校生という多感な読者の知的好奇心や挑戦する気持ちを刺激し、将来の生き方にも強いインパクトを与えてくれるだろう。まさに筆者の言う「未来のガイドブック」となっている。

 本書の構成に沿って、「1週間程度の時間をかけて、本書を読みながら、仲間と共に自分たちの未来についてディスカッション」するのもよし、もちろん一人で、空いた時間に、関心のある教科や事例、テーマから読み始めるのもいいだろう。

 その結果、高校時代の学びが楽しくなり、同時に早く大学へ進みたいと思うようになるかもしれない。「なぜこんな勉強をしなければならないのか」と悩む高校生にこそ、ぜひ手に取って欲しい一冊だ。

トピックス

群馬大学と宇都宮大学、全国初の共同教育学部を新設へ

 教育学部の連携を進めている群馬大学と宇都宮大学が、一部の授業を共通化して両大学で学部運営する共同教育学部を設置する方針を固めた。少子化による教員需要の低下を見越し、学部の存続と運営の効率化を図るのが狙いで、今春にも文部科学省に設置を申請、2020年度の開設を目指す。

 群馬大学によると、共同教育学部ではインターネットを使い、相手大学の得意分野の授業を受けられるようにするほか、授業内容も両大学で共同設計する。教員の相互派遣や学生間の交流も検討しているが、入試問題や合格判定は共通化しない。

 国立大学の連携では、島根大学と鳥取大学が2014年度に教員養成の学部を統合したほか、山口大学、鹿児島大学など4組計8校が獣医師養成の共同課程を設置している。しかし、共同教育学部の開設は全国でも前例がないという。

 群馬大学と宇都宮大学は小・中学校、高校の教員免許を包括的に扱ってきたが、少子化で今後、教員需要は減少するとみられ、国立大学教員も減少していることから、共同教育学部の設置で運営の効率化と教育の質の維持、学部の存続を図ることにした。

 教員需要の低下については、文部科学省の有識者会議が2017年、国立の教育大学、教育学部に対し、教員養成機能の統合や近隣校との分担、連携が必要とする報告書をまとめた。文科省がこの報告書を受け、各大学に2021年度末までに結論を出すよう求めていた。

東大入試、2020年度から
専用の英語力証明書導入へ

 東京大学は2020年度から始まる大学入学共通テストで、高校の調査書ではなく、専用の英語力証明書を導入することを決めた。英語の民間試験を必須としない方針を既に示しているが、高校の調査書に英語力の記載を求めると、他大学と別の専用の調査書を高校が作成することになり、混乱が予想されるためとしている。

 東京大学によると、2020年度実施の一般入試では出願資格として英語能力を6段階で評価する欧州言語共通参照枠(CEFR=セファール)の下から2番目に当たる「A2」以上の能力を持つことを求めている。これを証明するために、受験生に対し

・英語民間試験の成績
・出身高校などの調査書
・英語民間試験の成績や高校の調査書を提出できない理由書

-のいずれかの提出を求めることにしている。

 このうち、出身高校などの調査書提出について高校教員らからヒアリングしたところ、調査書が新学習指導要領に基づく様式変更や、大学による主体性等評価での活用などで検討が進められている段階にあるうえ、複数の大学を受験する生徒に対し、東京大学専用の調査書を作成しなければならなくなることが分かった。

 入試監理委員会で検討した結果、混乱を避けるために2020年度については調査書への記載でなく、英語力証明書を別紙で求めることにした。理由書の記載例や確認書類については継続して検討を進め、決定次第公表する。

2021年度入試に向けて 難問大学・人気大学が公表した「変更に係わる予告」まとめ

これまでの各大学の公表を、一般選抜中心に、①大学入学共通テスト、②英語資格・検定試験(英語外部試験、英語認定試験)、③主体性等評価の取り扱いの3項目に分けてまとめてみました。簡略化の過程で、ニュアンスが微妙に変わっている恐れもあり、また今後、各大学から新しい情報が出される可能性がありますから、必ず各大学のホームページをご確認下さい。

東京大学

②外部試験は大学入試センターが認めたもの。ただしCEFRのA2以上。または、CEFRのA2以上の実力が認められた高等学校による証明書。それ以外の場合は理由書。

京都大学

①記述式の採点後(段階別評価)、点数化してマークシートの点数に合算。
②CEFRのA2以上を求める。大学入試センターが認める外部試験あるいは高校の調査書。

北海道大学

①記述式は、その結果を点数化し、マークシートの得点に加点。配点は検討中。数学の記述式は、正誤のみの判定であること及び大問の中でマークシート式問題と一体で出題され記述式問題にも配点がなされることから、従来のマークシート式と同様の扱い。
②英語認定試験の活用については検討中。今年度中に発表。

東北大学

①共通テストの国語の記述式については段階別評価を利用して、合否判定に用いることはしない。ただし合否ラインに志願者が同点で並んだ場合、記述式の成績評価が高い方を優先。数学の記述式は、点数表示の成績を用いる。
②認定試験については、A2以上の能力を備えていることが望ましいが、認定試験の成績は求めない。点数化し、合否判定に用いることもしない。
③主体性評価については、5項目程度のチェックリストを設け、志願者の自己申告とする。合否ラインに志願者が同点で並んだ場合、チェックリストにおいて主体性評価の高い方を優先。チェックの根拠は調査書に求める。

名古屋大学

①記述式は、段階別評価を点数化、マークシートの得点に加算。200点満点に換算。数学の記述式問題は、マーク式問題の得点と合計し、100点満点とする。
②全受験者に共通テストの外国語試験の受験を課す。認定試験も利用。
③主体性等については今後準備ができ次第公表。

大阪大学

①原則5教科7科目。国語の記述式は、段階別成績評価を点数化、マークシートの得点に加点する。数学の記述式は、従来のマークシート式と同様の取扱いとする。
②CEFRのA2以上の能力を基準とする。認定試験の受験を課すとともに、2023年度までは共通テストの英語試験の受験も課す。

九州大学

①記述式問題を課す。具体的な加点方法については今後決定。
②全志願者に外国語試験の受験を課す。また認定試験を出願資格に。CEFRのA2以上だが、初年度は特例あり。
③主体性評価における調査初頭の活用方法等は、決定次第発表。

一橋大学

①共通テストを利用。センター試験で指定した教科・科目に同じ(国語、数学は記述式を含む)。
②認定試験と共通テストの英語の結果の双方を利用。具体的な活用方法については後日公表。

東京工業大学

①センター試験と同様、5教科7科目を全受験生に課す(記述式問題を含む)。国語の記述式問題は、段階別成績をマークシート式の得点に加点して活用。
②認定試験については、出願資格とする。出願資格はCEFRのA2以上。

筑波大学

①共通テストを利用。国語の記述式問題は結果を点数化し、マークシートの得点に加点する。具体的な活用方法については検討後、公表。数学の記述式問題は、従来のマークシート式と同様の扱い。
②認定試験の結果を活用し、共通テストの英語試験と合わせて評価。具体的な活用法については検討後、公表。
③調査書を点数化(50点)して活用。

私立

早稲田大学

①共通テストを利用した方式を実施(政経、国際教養、スポーツ科学)。
②認定試験を前提に検討中(政治経済)。英語外部試験のスコア提出者には加点(国際教養)。
③Web出願時に、出願要件として「主体性」「多様性」「協働性」に関する経験を記入。得点化はしない。

慶応義塾大学

①共通テストは利用しない。従来のとおり、各学部のアドミッションポリシーに則った入学者選抜を実施。
②従来のとおり、英語外部検定試験の受検及びスコア等の提出は課さない。将来的な利用については、引き続き検討。
③学部一般入学試験のインターネットによる出願の際に、「主体性」「多様性」「協働性」に関する経験について入力を求める。(本人が行うこととし、出願の要件とする。合否判定には用いない。)

上智大学

①共通テストを利用した選抜方式を新設。一般選抜は3方式。(1TEAPスコア利用型 2学部学科試験・共通テスト併用型 3共通テスト利用型)
②全方式において、英語4技能を測定する外部検定試験結果を活用。
③出願要件として、高校生活において主体的に取り組んだ活動の成果や、留学・海外経験、取得した資格・検定などについて、Web出願時に提出を求める。ただし、得点化はしない。

東京理科大学

①4方式をとる。A方式:共通テストを利用。B方式:大学独自の入学試験を実施。C方式:共通テストと大学独自の試験を併用。グローバル方式:英語の資格・検定試験を出願要件とし、大学独自の試験を実施。
②グローバル方式にて利用。基準となるスコア等については決まり次第、公表。
③高校の調査書、志願者には、高等学校までの活動報告、大学入学希望理由、学修計画等の記載を求める。合否判定には使用しない。

青山大学

①一般選抜は、2方式(共通テストを併用する方式、併用しない方式)
②併用方式で英語資格・検定試験の結果を得点の一部に加点。(利用しない学部もある)
③「主体性・多様性・協働性に関する経験」等を入力することを出願時に求める。合否判定には利用しない。

中央大学

①現行の「一般入試」、「統一入試」は続行。共通テストを利用した入学者選抜の実施を志向。
②共通テストを利用する方式の実施を志向。その際、英語については共通テストの点数にて検討外部検定試験のスコアも一部加味する方向で検討。

ICU国際基督教大学

①共通テストを利用しない。
②一般選抜Bで、外部試験にTOEFLの利用から、Cambrige English, GTECを追加。 「大学入学者選抜実施要項」第7学力検査実施教科・科目、試験方法等の決定・発表の3に、「個別学力検査及び大学入試センター試験において課す教科・科目の変更等が入学志願者の準備に大きな影響を及ぼす場合には、2年程度前には予告・公表する。なお、その他の変更についても、入学志願者保護の観点から可能な限り早期の周知に努める」とある。

第17回 「研究力」とは何か

京都大学 学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

 日本人のいわゆる基礎研究者がノーベル賞を受賞するとなるときまって現れる、「我が国の基礎研究、研究力が弱まっている。このままでは我が国から次のノーベル賞はでない!研究力を向上させ基礎研究をもっと強化すべき!若者の研究環境を改善すべき!」の荒々しいフレーズたち。正直言って、これらの意見には少し食傷気味です。毎度ノーべリストらがそう言ったところで何も学術界は変わってないことにこそ注目したほうがいいと思うし、ノーべリストらは、発言に注目が高まるこの時こそ、「○○すべき!」といった空想に近い理想論ではなく、「なぜここまで言っても未だに基礎研究が強化されないのか」について、思慮深い意見を世間に発してほしいと感じます。おそらくその発言内容は、ノーベル賞をとるぐらいの本物の研究者であるからこそ、そして現在の学術界を中心となって構築してきたドンであるからこそ、論語の言うところの「学べば則ち固ならず」という学問的内省的な観点に立った、現場の実情と研究組織のあるべき姿の狭間でも機能するような、本質を突いたものになると思うのです。

 今回は、それを待たずに一介の学者である筆者がその「研究力」なるものについて考えてみたので、それを紹介したいと思います。この研究力という単語。大御所らや政策側がさらっと使ったりしていますが、きちんと向き合ってみるととても曖昧なものだと気づいたからです。

 例えば、非常に短絡的に考えるなら、「研究力」とは論文を多く生産する能力ということになりましょうか。しかし、論文は量を稼げばいいってものでは断じてない。いわゆるゴミ論文を増やしたところで人類の知に貢献したと言えるわけがありません(しかし残念ながら、こういう考えが支配しているからこそ、ハゲタカジャーナルという金さえ出せばほぼ無審査で掲載するジャーナルもでてくるわけですが)。では、論文の量ではなく質の高さでしょうか。だとすると論文の「質」とはいったい何を意味するのかを考えなければいけません。掲載誌が有名だからといって優れた研究内容とは限りませんし、被引用数が多いといったところで、それは単に多くの研究に関わっているというだけで、研究の質が高いということと同義ではありません。極論ですが、あまりにメジャーになった理論(例えば、相対性理論など)は現在引用などされませんし、そもそもある一つの論文がどのように人類の知に貢献するかは歴史こそが判断しうるもの。現時点における瞬間的評価などで研究というものの価値を計られたらたまったものではありません。研究者はみな長期的、超長期的に考えてこそなのですから。

 このように少し考えただけでも、「研究力」とはいったい何を意味しているかわからなくなってきます。何かわからないものを強化することなどできませんし、もしかしたら、基礎研究が強化されないのも、結局はこの研究力という単語の内容が掴みきれていないことが原因かもしれません。

 いろいろ考えたあげく、筆者は、「研究力」とは「個々の研究者の研究遂行能力」とするには限界があると気づくに至りました。そもそも個々人の「能力」とすると、それは努力や資質、そしてなによりも研究にたいするモチベーションによるところが大きいわけで、それを突き詰めていくと研究力=人間力という妙な等式になってしまうわけです。人間力だから、スキルアップやインセンティブ付与などの政策的手段で鍛えようがないのです。

 さて、個々人の能力でないなら研究力とは何なのか。個々人の能力ではないとしたなら、残るは個々人を支える場の力ではないだろうかと考えつきました。例えば、若手研究者が「こんな研究をやりたい!」と発言したら、それを応援するような直属の上司(すなわち教授)が多いかどうか。そういう挑戦を認める政策や制度、気風があるかどうかこそが「研究力」のような気がするのです。新しいアイデアを頭ごなしに否定しない、少し一般的な考えからはズレるけれども、何やら可能性がありそうだと支援するだけの度量が、その研究組織にあるかどうか。それを認める政策はあるか。もっと言うなら、それを許すだけの度量が社会の側にあるかどうか、だと思うのです。つまるところ、研究力向上とは大学といった研究組織に閉じる話ではなく、むしろ社会全体の責任の範疇だと思うわけです。

 であれば、話は簡単です。本質的な効果を求めて真に研究力向上や基礎研究強化を図るなら、大学や研究者を相手にするのではなく、社会の理解促進に注力したほうがいいでしょう。なぜなら大学への投資はこれまで散々やってきたことですから。新しい政策で研究力を向上させる!というなら、論理的に考えれば、研究者ではなくそれを評価する側や社会に対してアプローチしたほうがいい、となるよと言いたいわけです。【続く】

*これまでに、エッジーな研究を助成する政策がなかったわけではありません(総務省の異能(Inno)vation等)。政策側や執行部側は、これらが学術界にどのような影響を及ぼしているかどうかを調べてから「研究力」について考えてみてもいいかもしれませんね。


日本版ディプロマ・サプリメントの開発を目指して

「卒業時における質保証の取組の強化」を目指す東京都市大学(東京都世田谷区)が、
第2回大学教育再生加速プログラム(AP)シンポジウム
「改めて、学修成果の社会への提示とその意義を考える」を開催
11月13日(於:世田谷キャンパス)


 東京都市大学は、文部科学省による平成28年度大学教育再生加速プログラム(AP)「高大接続改革推進事業」-テーマⅤ「卒業時における質保証の取組の強化」の選定を受け、日本版ディプロマ・サプリメントの開発を目指して学修成果を重視した教育改革を進めている。今回のシンポジウムは、学生が成長を実感できる大学教育の実現と社会に通用する学修成果の獲得に向けて、いま取り組むべき教育改革の考え方、事例や課題などを広く共有し、改めて理解を深めることを目的として開催された。

 シンポジウムの前半では、九州大学教育改革推進本部の深堀聰子教授が「学修成果に基づく学位プログラムの設計と教学マネジメントの在り方」と題して基調講演を行った。その後、東京都市大学の皆川勝副学長より、主体的な学修と卒業時の質保証の実現に向けた教育改革の状況、同大学の住田曉弘学生支援部部長より、AP事業を通じた学生のキャリア形成と成長支援の取組について報告があった。引き続き、玉川大学の稲葉興己教学部長より、アクティブ・ラーニング及び学修成果の可視化の取組について報告があった。

 後半では、文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室改革支援第二係長の河本達毅氏と株式会社NTTデータ公共・社会基盤事業推進部営業推進部長の松本良平氏を加えてパネルディスカッションが行われ、学修成果を重視したこれからの教育のあり方やその評価、学修成果の社会への示し方などについて議論が展開された。

 東京都市大学では、育成する人材像に則ってカリキュラム面での改革を進め、教育システムの改善、全学的なPBL科目の導入による段階的な能力育成、卒業研究ルーブリックの再整備などによって学修成果の評価方法の充実を図る。さらに、eポートフォリオを活用して学生が目標設定と省察を行い、自らPDCAサイクルを回すことで学修習熟度を確認しながら、これからの社会で必要とされる能力の獲得を実現できる取組を進めていくとしている。 「大学ジャーナル」オンラインより転載

大学英語教育改革座談会
大学の共通教育「英語」、その改革について考える

11月3日、学士会館にて

共通教育にも力を入れている大学を目指そう


ご出席の先生方

グローバル化を急ぐ日本の大学。
その象徴が国のリーダーシップで進むSGH事業。
前後してグローバル人材育成に特化した学部・学科の開設や、
既存の学問をグローバルな視野から捉えなおし、
グローバルに通用するスペシャリスト育成を目的にした教育組織への転換も相継ぐ。
ただその多くは、一部を改革することで大学全体への波及効果を狙ったもので、
それ以外の教育組織に属する学生の教育が今後の課題とも言える。
そのカギを握るのが共通教育の英語教育。
その現場で改革を担う、あるいは担ってこられた先生方と、
そのサポートに力を入れる民間事業者を代表して、
(株)GLOBAL VISION 代表取締役社長の田中良一氏にご参加いただき、
その現状と課題、今後の展望を語っていただいた。


改革の現状
カリキュラム、教材、eラーニングと実施体制

私立大学では

明星大学

内田:1、2年生対象に週1回、ネイティブと日本人による二種類の授業を行っている。10年程前からは、この二つの科目を同じ日に1限・2限または3限・4限と縦に並べ180分集中的に行っている。学生にとっては、1日で英語の授業が受けられるので好都合だが、教育効果の観点からは分散させたいという意見も強い。そもそも明星大学の共通教育のカリキュラムはとても複雑。例えば、教育学部生の多くは、幼・小・中・高の教員資格を取ろうと、授業をたくさん取るからこの方が都合がよい。eラーニングは一部の科目でやっているが実施上の課題が少なくない。

金丸:課題をしっかりとやらせるのが一番大変だ。 内田:次期改革に向けて組織的な準備が始まっているが、そこも視野に入れたい。テキストは統一したものを使っている。


昭和女子大学

司会:昭和女子大学は改革が一段落したとお聞きするが。

三宅:昨年までの5年間の文部科学省の「グローバル人材育成事業」(2012年から)で唯一のS評価をもらった。非常勤の先生方は約40名と少ないが、成功したのはまずFDをしっかりしたこと。教え方や評価など細かいところまで、最低でも年2回、非常勤講師説明会・セミナーを開いて研修している。

もう一つは大学としての方針をしっかり伝えたこと。大学全体として目指すところから、1年間で到達させてほしい目標スコアまで。統一のテキスト、シラバス、同じ数値目標の下で取り組むことで一体感が生まれ、モチベーションも上がる。それが学生に伝わってきているのではないか。

塩沢:目標スコアはTOEICなどの?

三宅:何点と言うよりは、現状から何点プラスというようにしている。未達成だからと留年させることはない。あくまでも成績評価の参考。eラーニングの修了率は97から98%。月一で学習状況を一覧にして非常勤の先生方にお配りする。していない学生は一目瞭然で、先生が声掛けをする。eラーニングの課題は週に2レッスンで、年間60レッスン。

江川:量は一般的?

三宅:少ないかもしれないが、授業以外で学習する姿勢が身についたと学生は言ってくれる。スマホ対応の教材を選び、電車の中など、空き時間にどこでもいいから取組むよう意識付けしている。

司会:eラーニングも評価の対象に?

三宅:一年では必修科目の宿題として全員、必ず取り組んでもらう。平常点として加算している。

金丸:本学のやり方にかなり近い。オンラインの学習支援システムGORILLAも必修にしている。

三宅:本来は自発的に取組むべきことだと思うが、放っておくとやらなくなる学生もいる。英語力は英語に触れる機会を増やせば増やすほど伸びるから、助成事業終了後も大学の予算で続けていることは多い。

金丸:eラーニングもその予算の中から?

三宅:いいえ、受益者負担。

田中:受益者負担の方が使用率は上がるようだが。

川越:それはそう思う。 三宅:「自分たちで払ってるんですよ」と、プレッシャーをかけやすい。


文教大学

塩沢:国際学部は1990年、第一次国際化を背景に開設。90年代から少人数のCALL教室を導入し、特にITを入れるなど改革を続けてきた。授業は1年次で週4回。1年次で集中的にやって、2年次では必修1コマ。3年次でもう1コマ。必修が10コマで、うち1年で8単位。2年の春学期には希望者対象の英語圏とタイへの短期留学があり、1セメスター英語で授業を受ける。参加しない学生には、英語の文献などを読む応用ゼミを取ってもらう。秋学期の1コマは必修でさらに引き上げを図り、3年の前期にもう1コマ(必修)で、就活するまでに力が落ちないよう配慮している。

eラーニングは2000年代初頭から導入。CASECでクラス分けし、その後も年1回、学期末に力をチェックしてもらっている。1年の必修授業の中にネットアカデミーを教材として導入。1クラス30人弱で6段階にレベル分け。下のクラスは少人数にして目が行き届くようにしている。授業や授業外でやらせるのを先生方がモニターして結果を全員に見せる。成績にも加味するから1年次にはかなり伸びる。短期留学に参加するとさらに伸びるが、問題はその後。そこで今は、1年の授業を少し減らして上の学年に移すことなどを検討している。

1年次では、4コマ中2コマがネイティブによるもので、スピーキングとライティング中心、残り2コマが日本人によるものでリスニングとリーディングが中心だ。さらにESP(English for Specific Purposes)などを選択科目として用意。単位数は第2外国語を含めて全部で18単位。英語については、かなり多くの学生が選択を4から6単位、あるいは全て取っている。最近は在学中、あるいは卒業後すぐにフルブライトで渡米して、向こうの大学で日本語を教える学生も出てきた。

川越:すごい。

塩沢:全員とは言えないが、トップの子たちはすごく伸びていると実感している。

川越:経済学科や観光学科も週4? 塩沢:国際学部ではそうです。学年定員は250名。英語教員は全部で25人。専任は5人でその他が非常勤。採用面接は念入りに行っているが、シラバスを統一にして、オブザベーションウィークに専任が授業を覗いてチェックしている。学生も厳しい。講読ばかりだと黙っていない。


神戸女学院大学

川越:《英語の女学院》と言われてきたが、今は他大学との厳しい競争に晒されている。文学、音楽、人間科学の3学部5学科体制。2013年に私が卒業生ということで戻り、英文学科を除く4学科の英語教育改革を担当している。カリキュラムを全面的に改訂し、TOEICの点を上げることとESPの充実の2本立てにした。本学をテーマにしたオリジナルテキストも作成した。他に英語学習についてなんでも記録しておける英語手帳もある。IP-TOEICは入学時と1年の12月、2年の7月に3回受検。IP-TOEICの結果は必修科目の成績の30%で、毎週単語テストを行うなど徹底している。英語を専門とする学科以外の全国平均は、ほとんど上がっていないと聞いているが、本学では入学から15ケ月で84点上がった。

1学年(英文学科を除く)500人で、3名の専任(日本人2名、外国人1名)で非常勤50名(日本人・外国人が半々)をコーディネートしている。シラバス、評価基準は統一で、前期、後期それぞれの終了後に集まり反省会を開く。3回のTOEIC受検費用は授業料の中に組み込まれている。eラーニングはATRとEnglishCentralを入れているが、前者は大学の費用で入れ、後者は教科書同様、学生にカードを買ってもらっている。

このほかOSAKA ENGLISH VILLAGEに1年生全員を送り込んだりもしている。学生のモチベーションはかなり上がる。英語検定懸賞コンペティションや英語スピーチコンテストも開いている。

今後はこのような取組の対象を1、2年生から3、4年生に広げたい。2年の前期でTOEICの学習が終わると3、4年で力が落ちる。4年は就活があるとしても、就職にTOEICは欠かせないから少なくとも3年生までは力をつけさせたい。ただ、専門科目との兼ね合いは難題だ。

司会:1,2年の授業は週4回ですね。

川越:はい、必修が4回です。他大学ではほとんど週2回だと思う。そのために卒業単位は124から128に増やしている。

司会:志願者の獲得にはつながっている?

川越:そこまではわからないが、『生徒を伸ばしてくれる大学100』(大学通信社)では、全国で29位、関西では5位、女子大では津田塾大学に次いで2位だ。英語教育改革も貢献できたと思っている。

江川:志願者獲得はPR次第のところもある。


国立大学では

宇都宮大学

江川:私は共通教育改革のため2007年度後期に宇都宮大学に招かれ、英語教育改革を推進してきた。最初に文部科学省に出した改革プランが高く評価され、潤沢な資金の獲得に成功。2009年度から「English Program of Utsunomiya University (EPUU)」と呼ばれる新プログラムをスタートさせた。4年が終了した時点で、大学英語教育学会(JACET)より、JACET賞(実践賞)をいただき、その後も改革を続けて、プログラムは現在10年目である。EPUUの特徴は、以下の5点。

  1. テーマは「浴びる英語」:学生に日常的にたくさんの英語を「浴びさせる」ため、大学の施設設備環境を整えた。コンピューター制御の英語学習用CALLラボを3室、8000冊の難易度別リーディング教材を備えたReadingラボ、欧米の映画DVD1300枚所蔵のDVDラボ、ワイドスクリーンのシアター、英語ネイティブ教員から1対1の指導を受けるクリニック等々。
  2. TESOL教員団による企画運営:日本人教員に関しては、海外の大学院で英語教授法(TESOL)を修得した教員のみを採用。現在、在外経験の平均は10年以上で、専任助教7人、准教授2人、教授1人が、グループによる企画運営をしている。他に非常勤の英語ネイティブ教員が多数いるが、彼らについてはプログラムの方針が徹底するよう、ネイティブ准教授が管理運営を担っている。
  3. 習熟度別授業、特に充実したHonors Program:TOEICにより習熟度別クラスを編成。国際学部がある関係もあって、極めて英語力の高い学生が多数いる。そのような学生に対しては、Honors Programにより、通常学生と一線を画す教育を行っている。
  4. 映画英語の重視:「英語嫌いを英語好きに、好きな学生はもっと好きに」する方策の一つとして、積極的に授業教材として映画を採り入れ、そのための施設を新設した。
  5. 「学生目線」の重視:全ての面において、とにかく、学生が楽しんで英語を学べるよう工夫した。授業は毎回アクティビティ中心に行っている。それから、EPUU入門の『PATHWAYS』、教員の異文化体験を漫画仕立てにした『Culture Shock』、身近な出来事について英語で読む新聞『EPUU TIMES』など、プログラムのオリジナル教材を数々作成した。専門英語に関しても、「教養英語プログラムにおける専門英語教育」のあるべき姿を検討し、2年次科目に学部別English for Academic Purposes (EAP)科目を設置、学部別教科書『ACE』を作成した。

川越:すごい。

江川:宇都宮大学は5学部、1学年1000名で、幸いプログラム運営には丁度良い規模。これ以上学生が多いと、統一して何かをするのが難しくなると思う。

司会:具体的なカリキュラムは?

江川:改正は学内の反対が強く難航したが、最終的にもらえたのは1、2年合わせて4コマ。それを2―2に配置せず、3―1にした。1年次に3コマ入れるのは、時間割作成が非常に大変だったが。2コマが日本人教員担当で、1コマが英語ネイティブ教員。つまり、学生全員が外国人に習えるようにした。2年次は1コマをほぼネイティブが教える。

更に夏には、約20人をアメリカの州立大学付属の英語学校に送り、1クラスに日本人一人だけという環境で勉強させる「EPUU留学」や、TOEIC650点以上のHonors Studentだけの合宿「Honors Camp」も実施した。 これらの様々な取り組みの結果、EPUUの学生評価は極めて高い。開始当初の1年生1000人の満足度平均が4.52(5点満点)、徐々に上がって現在は4.75である。


京都大学

司会:1学年が3,000名近い京都大学では?

金丸:京都大学の英語教育は、少し前までは批判の対象になったこともある教養英語だったが、これまでに二度改革が行われて、今は2回目の改革が一段落したところ。

1回目の改革(平成17年度)では、国立大学として初めてEAP(学術英語:English for academic purposes)を導入したが、教養学部を引き継いだ総合人間学部と、全学教育を担当するために新設された高等教育開発推進機構との連携が十分に取れず、うまく進まなかった。

平成25年に2度目の改革がスタート。新たに発足した国際高等教育院が、総合人間学部の先生方に代わってカリキュラムの企画や運営に責任を持ち、科目の設計から、単位習得状況の管理まで幅広くマネジメントすることになった。英語はEAPの中身をもう少しはっきりさせ、リーディングとライティングにリスニングも加えた。

リーディングは総合人間学部の先生に主に担当してもらうが、教科書はたいていの場合、各学部からの「こういう《教養》を身につけさせたい」との要望を受けて総合人間学部の教員が提案し、学部と協議して決める。たとえば、理学部ではワトソン・クリックのワトソンによる『The Double Helix』や『Silence Spring』、農学部では『Astrobiology』、医学部ではガンにかかった科学者が、毎週1回家族やこれまでの思い出などについて話すのをまとめた『Tuesdays with Morrie』といった具合。

江川:いわゆる教養英語用に出版社が作成したテキストではなく…。意外。文字通りのリーディングですね。

川越:理系的なことを教えるのは、内容的に難しくない?

金丸:そこについても相談。もちろん英語の専門家としてのプライドもあるから、扱う内容が決まれば教える側も必死だ。

ライティングは全学部統一のシラバスで達成目標も同じ。テストスコアなどの数値ではなく、Can-Doリストを作った。統一教科書は三種類。クラスは1クラス40人が標準だったものを20人にして150クラス設けた。前期と後期で、日本人の教員と外国人の教員とを入れ替え、公平性を保ちつつ、英語による授業にも慣れる仕組みにした。FDもしっかりやって組織的に運営している。リスニングは、eラーニングシステムGORILLAを独自に開発し、学習する教材もオリジナルのものを用意した。学習状況を測るため、専任教員3人でテスト問題を毎回6、7種類作って、学期中に4回、毎月1回先生方に授業中に実施してもらっている。採点と結果の通知についても、事務の協力を得て専任教員のみで行っている。成績はライティング、語彙、リスニングの3つの観点で評価している。ライティングについては、前期が英語のエッセイ300~500語、後期が1,000~1,500語の英語レポートを必須としている。語彙と合わせて、前期70点分、後期60点分が担当の先生の裁量範囲となる。リスニングについては、テストなどの結果を反映して30点分を先生方と学生に通知している。後期は20点分となるが、12月に実施するTOEFL ITPの一斉テストの結果を反映した20点を加えている。

司会:eラーニングについてはMy ET(英語用のスピーキング練習ソフトウェア:My English Tutor)をお使い?

金丸:現在は課外での学習に活用してもらっている。My ETの利用対象は大学院生も含めた全学生としている。My ETで学習した成果を活かして、英語スピーチコンテストなども実施している。

田中:2年前、My ETの世界大会へ参加した学生さんもおられた。

金丸:英語のカリキュラムについては、それまでの「英語Ⅰ」「英語Ⅱ」の2年一貫プログラムから、1年生だけをクラス指定の必修科目とし、2年生は選択必修として英語の枠を広げ、3つのカテゴリーに分かれたE科目を新設した。E1は英文学や言語学を中心に、主に総合人間学部の先生方の専門を中心とした英書講読が中心。E2は、《外国人教員100人雇用》で話題になった外国人教員(現在80数名)による英語による教養・共通科目の授業だ。現在は300科目ほど提供していて、それだけで専門以外の単位を揃えることもできる。留学生の多くも履修しているから海外の大学の講義のようで、学内留学的な位置付けだ。モチベーションが高く1年生で受講している学生もいるし、その中から実際に海外へ留学する学生も出ている。E3は技能中心ということで、プレゼンを中心としたスピーキングなどの授業はこの段階の選択でとれるようにしてある。大学院の共通科目としても提供していて、院生も混ざって学んでいる。

司会:GORILLAの学習状況は? 金丸:今年から学習時間についても記録を取るようにしたが、予想に反して学生はしっかりと勉強している。一週間で30分くらいかと思っていたが、実際には1時間半から2時間程度。学習時間が少し多すぎないかと心配されたぐらいだ。一方で、自由の学風と聞いて入ってきた学生からは、全く自由がないと恨まれている一面もある。


高校へのメッセージ
改革にも目を向けよう

司会:高校へ向けての発信は?

三宅:オープンキャンパスが大きいと思う。英語を専門とする学部・学科では、英語教育に対して保護者の関心が高いのは当然だが、そうでないところでも関心が高まっていると感じる。「英語は専門ではないが、これだけしっかりやっています」と説明すると安心する方が多いようだ。

司会:そういう取組を紹介するのが今日の趣旨。社会からの要請については?

田中:前職では企業が主な対象だったが、企業は今どんどんグローバル化していて、いい会社に就職しても英語がしゃべれないと上に上がれないし、下手をすれば本社にもいられないような時代だ。理系は最低限の英語でもなんとかなるかもしれないが。求められる英語力は、文系・理系、学部、また目指すキャリアによっても違うから、大学は学生の目標に応じて個別に対応してほしい。学生も、1年生ぐらいである程度の将来目標は持っておきたい。他のアジアの国は本気だ。韓国財閥では、TOEICで900点ないとエントリーシートが書けないところもある。日本の大学には、日本の子どもたちをグローバル化するにはどうすればいいのかをもっと真剣に考えてほしい。

また英語は練習量、トレーニングも大事で、そのためのパターンプラクティスは欠かせない。ゆっくり考えれば話せても実際のコミュニケーションの場面では待ってくれない。今、My ETの上にそれを補完するパターン学習を入れたFANGOで開発している。発音だけでなくリズム、ピッチ、強弱についても、どこが悪いかがわかるように特許を取っている。

川越:ちょうどMy ETのモニターを始めたところ。上手に点数が出る。

内田:1学年2000人で学生の英語力のばらつきはとても大きい。英検の上位級から中3程度の英語すら怪しい学生もいる。10数年前の全学英語教育改革で統一教科書、習熟度授業を導入したが、更なる改革を目指している。教育学部などは教科科目の必修がとても多いから、eラーニング等を入れ、授業外でも頑張る仕組みも必要かもしれない。

田中:日本のEFL環境の中で、AI、ITをどう使うかも考えていかねばならない時代だ。

三宅:本学の総合教育センターは、英語を専門としない1学年約1200人を対象にマネジメントしている。全員が英語好きではないし、英語が嫌いで、英語を仕事で使うことはないと思っている学生も多い。しかし卒業して職場に入れば英語が求められることもある。一方で、英語の先生には社会経験のない人もいるため、採用時には実際に英語を使って仕事をしてきたかも見ている。

塩沢:全学はキャンパスが2つで1学年2000人。共通教育の英語はなく、各学部独自の英語教育を行っていて差がある。

金丸:大学全体の取組は?

塩沢:両キャンパスでスピーチコンテストをしたり、国際学部発で隔月で研究会を開いたりして意識付けを図っている。英語教育でも全人的な教育を優先させたいと、検定試験に関しては慎重な意見が多い。

司会:足立キャンパス移転に伴う改革は?

塩沢:詳細は検討中だが、学部全体のカリキュラムを変える。語学の比重は変えずに、より地域、世界で即戦力としてグローバルに活躍できる人を育成するといったイメージか。地域との連携についてもグローバルや共生の概念が強調されるだろう。観光学科はもっと英語の力をつけビジネス寄りにしたい。学部全体では専門科目と、英語の授業時数とのバランスのとり方も一つの課題だ。

川越:かつての≪英語の女学院≫を是非取り戻したいと頑張っている。

江川:日本の大学の英語教育に関する認識は、大学によりあまりにも差がある。例えば、習熟度別授業一つをとっても、容易に導入できる大学と、教員の反対が強くてできない大学がある。近年、入学してくる学生の英語習熟度のばらつきが激しいのは歴然としているのだが、その対策に手をこまねいている大学が依然として多い。10年前の宇都宮大学の改革当時と違い、今は行政が旗を振りバックアップもしてくれているのだから、予算はともかく、まだ改革してないところはすぐにでもやるべきだと思う。

三宅:お金がなくてもできることはある。統一テキスト、シラバスなど簡単にできるところから始めればいい。

江川:改革を阻むもう一つの理由は、コーディネーター役として頑張る人材の不足。コーディネーター個人の負担も大き過ぎる。手が足りない点は、業者さんに上手に入っていただくのも一つの方法かもしれない。

金丸:京都大学の場合は、全体の目標を関係者のコンセンサスを取りながら進めてきたことが大きかったと思う。トップダウンだけでは難しい。関係者が納得することで英語の先生方の協力も得られた。もう1点は、英語教育を全体としてコントロールするコーディネーター役を設けたこと。私たち専任がそれらを任されていて、その立場からお話しをする機会も増えた。おかげで「京都大学の教育は放ったらかしではなかったんだ」と理解いただき始めている。

三宅:コーディネーター同士のつながりも大事ですね。

金丸:他の大学でも「似たところがあるな」とか。

司会:こういう視点も受験生には持っておいてほしい。 金丸:「組織による教育」についてはもっと目を向けて欲しいですね。

「丁寧な」マッチングと「手厚い」支援体制による低年次からの地域密着型キャリア教育
「地域インターンシップ」

シリーズ
大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦


京都文教大学では、建学の理念「ともいき(共生)」に共感する京都府南部地域の地元企業や自治体等と協働し、専門性と地域志向を兼ね備えた地域を担う人材を育成しています。その中核となるのが、独自の正課プログラム「地域インターンシップ」。地域協働ネットワーク「京都文教ともいきパートナーズ」を通じて、カリキュラム開発を行い、学生と企業、学生と学生、企業と企業が「共に育ち」「学び合う」仕組みを構築しています。

プログラムの流れ

地域インターンシップの特徴

チームティーチング形式で、学生同士が学び合う授業
定員40名に対し担当教員4名の充実した指導体制です。学生同士で意見や感想を述べる場もあり、より学びや経験が深まります。

京都文教大学の身近な地域(京都府南部地域)で「就業体験」
京都文教大学の協働先である地域の企業や自治体が学生を温かく迎え入れてくれます。「インターンシップに行けるか心配…」という学生にも、大学のサポートのもとチャレンジできる環境が整っています。

「自分の視野を広げたい!」学生のための「3×3」プログラムを新設
「色んな業界・会社をこの目で見てみたい」「自分の向き・不向きを知りたい」「行政にも企業にも興味があって実習先を絞れない」、そんな学生の声に応えるため、2018年度から「3事業所×3日」の実習プログラムもスタートしました。

受講生の声
栗山 秋香里さん 栗山 秋香里さん
(臨床心理学部2年次生)

実習先:3×3行政・企業コース(行政・商工会・企業の3事業所×3日間のプログラム)
3ヶ所の実習先でそれぞれ異なる業務を経験し、行政機関と企業で異なる「地域の関わり方」を学びました。行政機関の実習では、商店街の方々との会議に同席。地域住民の高齢化や集客の戦略など、地域が抱える課題について知り、考えるなかで、地域を支える行政の仕事の大切さを実感しました。
大當 一輝さん 大當 一輝さん
(総合社会学部2年次生)

実習先:運輸業(10日間プログラム)
駅員としての様々な業務体験のほか、社員の方々から安全管理や接客、サービスの基本など、貴重なお話を沢山拝聴できた10日間でした。接客の場面では、直接的に誰かの役に立てることに充実を感じ、「働く」ことに対して、ポジティブなイメージを持てるようになりました。

「高校・大学・地域・産業界」の接続をめざして

 京都文教大学では、2017年度から、「地域インターンシップ」の受入れ先を中心に、大学をハブとした地域協働ネットワーク「京都文教ともいきパートナーズ」を立ち上げ、京都府南部地域における「高校・大学・地域・産業界」の接続を図っています。

 京都文教大学の建学の理念である「ともいき(共生)」に共感、賛同いただき、学生の育成等に協力いただける企業や事業所、経済団体等を募り、インターンシップやPBL、学生のキャリア教育、学生と社会人の交流機会の創出、京都府南部地域における人材・異業種間交流、社員・職員研修や勉強会への教職員の派遣、地元企業や経済団体、行政を交えた意見交換会などを行っています。 「京都文教ともいきパートナーズ」の活動を通じて、学生と地域企業、事業所等との接続を図ることで、ミスマッチや早期離職を未然に防ぎ、就職時の地元定着に向けた取り組みを進めています。

統一学力試験と学業成績が鍵
幼稚園教諭を夢見てカリフォルニア州立大学へ

米(よね) モモ さん 米(よね) モモ さん

~Profile~
日系アメリカ人の父、日本人の母との間にロサンゼルス近郊で生まれる。6月にレドンドユニオン高校を卒業。6歳から北米沖縄県人会の琉球國祭り太鼓の活動に参加し、主要メンバーとして週末は練習に明け暮れる。カリフォルニア州立大学フラトン校は俳優のケビン・コスナーや歌手のグウェン・ステファニーらも通ったことで知られる。

高校のカウンセラーに進路相談

 私が志望大学選びを始めたのは、ジュニア(高校3年)の中盤、1月か2月頃でした。ほとんどの同級生がフレッシュマン(1年)やソフォモア(2年)で始めるのに比べ、私のスタートはとても遅かったんです。

 大学選びの条件は、ロケーションと学部でした。ロケーションに関しては、自宅から通学できる範囲を希望、そして学部は、キンダーガーテン(小学校1年の前の学年の幼稚園に相当)の教諭を目指しているので、小学校教育に定評のある大学を探しました。

 高校にはカウンセラーという、進路相談に乗ってくれる専門家のオフィスがあります。私は何度か担当のカウンセラーのオフィスに相談に行きました。自宅から通えるカリフォルニア州立大学のロングビーチ校とフラトン校について相談した結果、ロングビーチ校の合格基準とされるGPA(学業成績の平均値)に若干足りないので、GPAを押し上げるためにAPクラスを取らなければならないということでした。APというのは、高校で大学レベルの内容が学べる難易度の高いクラスです。でも私は、高校の勉強以外にサルサとヒップホップの部活にも参加していましたし、北米沖縄県人会の太鼓の活動もあったので、APクラスを取得するのは困難だという結論に達しました。

受験した3大学に合格

 そこで、同じカリフォルニア州立大学のフラトン校に照準を合わせることにしました。アプリケーションに必要なものはSATまたはACTといった統一学力試験の点数とGPAでした。UC(カリフォルニア大学)の場合は、小論文や推薦状の提出も条件になりますが、カリフォルニア州立大学にはそれらは求められません。また、高校時代にどれだけボランティア活動に参加していたかを示す積算時間も、UCのように重要視されないようです。

 私はSATを2回、ACTを1回受験しました。準備は特に塾などに通うことはせず、母が買ってくれた問題集をひたすら解きました。ちなみにSATの科目は英語と数学ですが、ACTはそれらにサイエンスも加わるので準備は大変です。結果的には、2度目のSATのスコアが良かったので、ACTではなくSATのスコアを提出しました。 受験したのは、カリフォルニア州立大学フラトン以外に、ロサンゼルス郊外にあるカリフォルニアポリテクニック大学ポモナ校と、北カリフォルニアのソノマステート大学。実は家から通える大学という条件でしたから、それに当てはまるのはフラトンだけ。他は寮生活になりますが、それでも、先輩から素敵な大学だと聞き、憧れて受験しました。キャンパス見学には行かず、大学のウェブサイトを見て、雰囲気を確認しました。結果的には3校ともに合格することができました。

合格後にキャンパス見学

 大学へは家から車で40分くらいかかりますが、近所には今も通っている先輩がいて「すごくいい大学だし、通学は最初のうち楽ではないけれど慣れるから」とアドバイスしてくれました。しかし見学に行ったのは進学を決めてから。非常に広大なキャンパスを目の前にして、「自分は本当にこの大学に通うんだ」と想像するだけで、私には衝撃でした。頭の中に、この大学でのまったく新しい生活が広がりました。

 州立大学ではよく地元コミュニティのイベントなども開催されます。私が見学に行った日も、アニメのイベントの当日で、キャンパスにはコスプレ姿の人たちが溢れていました(笑)。

 大学では単位をしっかりと取らなければならないと今から気が引き締まる思いです。勉強だけでなく、地元の高校とは違う、いろいろな地域から集まってくる新しい友人と出会うのも楽しみです。大学生活以外でも、6歳で始めた沖縄県人会での太鼓の活動もさらに忙しくなると思います。もともと、キンダーガーテンの先生になりたいと思ったのも、太鼓の活動で小さい子どもたちの指導を任されることが多く、責任と同時にやりがいも感じたからです。そしていつしか、子どもたちの指導を自分の仕事にしたいと思うようになりました。大学に通いながら家庭教師のアルバイトや幼稚園でのインターンもする予定です。 ポモナやソノマなど家から遠い大学にも合格しましたが、私はフラトンにして本当に良かったと思っています。家族や友人をとても大切に思っていて、地元にいたいという気持ちがとても強いからです。

雑賀恵子の書評-はじめての経済思想史

雑賀恵子

~Profile~
京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

はじめての経済思想史
中村 隆之
講談社現代新書 2018年

 いいところに就職しなければいけないと説教されるのは、収入が安定しているからだ。生きていくために必要なモノ、様々な行動ばかりではなく、現代の生活ではモノを手に入れ、コトを行うには、ほとんどあらゆる場合においてお金がなければならない。お金を手に入れるには、モノを生産して売るとか、労働を売って賃金を得るなどの方法がある。つまり、労働と金を交換することが働くということだとすると、「いいところ」とは要するに儲かるところだ。では、お金儲けはいいことか? 著者は、経済学の父アダム・スミスなら、よいお金儲けと悪いお金儲けがあると答えるだろうと言う。「よいお金儲けをできるだけ促進し、悪いお金儲けをできるだけ抑制することで、社会を豊かにしようとする学問」が経済学だとする観点から、「よいお金儲け」の捉え方の変化の物語として経済学史を綴っていくのが本書である。

 資本主義の道徳的条件を考え抜き、強者と弱者が共存共栄できるようなお金儲けを追求する自由競争市場を肯定したアダム・スミス。フェア・プレイを意識した道徳的人間が自由競争することによって全体が富み、弱者の能力も活かされるというのが、18世紀のスミスの説いた資本主義社会だった。しかしそうはならず資本が利潤獲得機械と化した19世紀にあって、資本を人間の手に取り戻し、他者との関係の中で生きる資本への転換を目指したのがJ・S・ミルである。A・マーシャルも同じく、利潤動機自体は否定せず、道徳的な行動という制約を課して、労働者への利潤分配をして社会が有機的に成長するというヴィジョンを打ち立てた。20世紀に入り、金融資本が発達すると同時に、第一次世界大戦によって進歩と安定の基調が崩壊して、英国は失業と慢性的な不況にあえいでいた。そこで、金融資本と産業資本の利潤追求のあり方を弁別し、価値を生み出す産業活動による利益追求で得た富を分配して、全体の富裕化を促進する方途を、従来の常識を打ち壊して考えたのがケインズである。著者はこうした文脈において、19世紀に社会主義を主張したマルクスを、資本主義の道徳的条件を満たすための試みが彼の経済学であったとして、ミル、マーシャル、ケインズとの共通性において捉え直す。

 現在日本を席巻している経済思想は、M・フリードマンが提唱した新自由主義だ。政府の介入を排除し、規制緩和の名の下に徹底的な市場主義を標榜し、自由競争市場で勝ったものが能力あるものとする。著者の文脈に照らし合わせれば、このような経済学は経済学の本流ではないということになる。 現実と格闘しながらより良き社会の実現を望んだ経済思想を本流として、スミスからフリードマンまでを描いた著者は、最後にこれからの方向性を「組織の経済学」から考えようとする。読むものは「冷静な頭と温かい心」(マーシャル)の経済学を知ることになるだろう。

昭和女子大学がJA全農かながわと協働でレストランメニュー考案

 昭和女子大学(東京都世田谷区)は、JA全農かながわ(神奈川県平塚市)・三浦市農協・JAよこすか葉山と協働で、三浦半島産のだいこんとキャベツを使った新しいレシピを京急百貨店(横浜市港南区)内のレストランと惣菜店に提案。和食・洋食・中華の合計8品が採用され、期間限定で販売することが決定した。

 昭和女子大学では、三浦半島産野菜の消費拡大と地産地消の推進を目的に、原正美准教授(生活科学部管理栄養学科)が特別講座「Do you 農 vegetables?」を開講。1年間で収穫体験や産地視察も含んだカリキュラムで、利益・手間・見た目も考えて売れる商品を開発し、実店舗に売り込むまでを体験する産学連携の実践的な講座だ。

 この特別講座の一環として農業協同組合と連携し、京急百貨店内レストラン向けの新メニュー開発プロジェクトがスタート。生活科学部管理栄養学科・健康デザイン学科の学生24名が参加した。学生らは、脇役となりがちなだいこんやキャベツを引き立たせたメニュー「大根とプロシュートのフィオーリサラダ」「大根と黒豚のトロトロ土鍋煮込み」「キャベツと豚肉の柚子しお鍋定食」などを考案、栄養バランスや盛り付けも工夫した。

 このメニューは、京急百貨店10階のレストラン3店舗(ターボロ・ディ・フィオーリ、點心茶室、おぼん de ごはん)、および地下1階の惣菜店(聘珍樓)で販売される。販売期間は、2019年1月10日(木)~2月6日(水)まで。


埼玉工業大学発大学ベンチャー
全国初の遠隔型自動運転車の同時走行実験に参加

 埼玉工業大学発ベンチャー、株式会社フィールドオートは、愛知県の豊橋総合動植物公園で行われた遠隔制御よる自動運転の車を2台同時に走らせる全国初の実証実験に参加した。

 フィールドオートは、自動運転に関するベンチャー。株式会社ティアフォーの出資により2018年6月26日に設立され、国内私立大学初となる自動運転技術の研究・開発を産学連携で推進する。これまで、埼玉工業大学の自動運転の研究プロジェクトとして、SIP※や埼玉県深谷市での公道実験などに取り組んできた。

 今回の実証実験は、自動運転の社会実装を見据えた最先端の実証実験に取り組む愛知県が主催し、豊橋総合動植物公園の園内バスとしての導入の可能性を検証するため遠隔型自動運転の実証を実施したもの。フィールドオートはティアフォーと連携して、自動運転車両のオペレーションの補助を担当した。

 実証実験では、車外の遠隔監視・操作拠点に設置した運転席で、2台の無人車両を同時に遠隔監視・遠隔操作。その遠隔監視時の車両は、ハンドル、アクセル、ブレーキが自動的に制御され、出発地から目的地まで自動運転を行う。運転席にドライバーが乗っていない複数の車を遠隔監視で走らせる実験は、全国初。園内の1.5キロを時速7キロで走行した。

※SIPは科学技術イノベーション創造のために、府省の枠や旧来の分野を超えて内閣府総合科学技術イノベーション会議が実施している国家プロジェクト。


大手前大学で国際看護学部の開設記念講演会を開催

日本初!2019年4月開設 大手前大学 国際看護学部 開設記念講演会

 2019年4月に日本で初めての国際看護学部を開設する大手前大学が、2018年12月8日・2019年1月12日の2回にわたり「大手前大学国際看護学部 開設記念講演会」を大阪市内で開催する。

 2018年12月8日(土)13:30~15:30に開催されるのは、大学マネジメント研究会会長・本間政雄氏による「大学での教育に求めること」と、大手前大学の鈴井江三子教授による「国際化と看護-アタラシイ看護教育への挑戦-」。講演会終了後はパネルディスカッション「大学教育のアタラシイ未来を考える-国際化と看護-」を行い、同大学の鳥越晧之学長がコーディネーターを務める。会場は大阪市中央区大手前のOMMビル。

 2019年1月12日(土)13:30~15:30は、NPO法人ロシナンテスの川原尚行理事長より「途上国での医療支援の現状と新学部に期待すること」というテーマで講演会を行う。終了後は、大手前大学客員教授の大橋一友氏が加わり対談する。会場は、大阪市北区のナレッジキャピタルカンファレンスルーム。 いずれも参加は無料で、2日間のうちどちらか1日だけの参加も可能。問い合わせは、国際看護学部開設記念講演会事務局(TEL:0798-32-7560)まで。


千葉工業大学 高校生製作のハイブリッドロケット打ち上げ

 千葉工業大学は「ロケットガール&ボーイ養成講座 2018」を2018年6月から開催。高校生たちがロケットの設計から打ち上げまで全て自分たちの手で体験してきた。最終回となった2018年9月23日、千葉県御宿町にある千葉工業大学の実験場で、高校生たちが製作したロケットの打ち上げ本番を迎えた。

 「ロケットガール&ボーイ養成講座 2018」には、応募者の中から選ばれた千葉、東京、神奈川など関東各都県の高校生13人(うち女子4人)が参加した。参加者はA、Bの2チームに分かれ、6月のキックオフ・ミーティングを皮切りに、小型ハイブリッドロケットの設計、製作、組み立てなど一連の工程を全て自分たちの手で行い、9月の打ち上げ本番に臨んだ。

 高校生たちが製作した2機のロケットはともに、火薬などは使わずプラスチック(ABS樹脂)が燃料。Aチームの機体は全長147センチ、重量5.5キロ、想定到達高度270メートル、Bチームは全長172センチ、重量3.8キロ、想定到達高度353メートルだった。

 打ち上げ本番では、Aチームが点火時の衝撃で飛び出したパラシュートがブレーキとなり、数十メートルの高さから発射台脇に落下するトラブルに見舞われた。Bチームは想定高度付近まで飛んだがパラシュートが開かず、機体は海上に落下し、待ち構えていた漁船に回収された。 残念ながら両チームとも100%の成功とは言えない結果だったが、参加した高校生たちはやり遂げたことに大満足な様子で、「将来は宇宙関係のエンジニアになりたい」などとコメントするなど、有意義な体験ができた様子だった。

進路のヒントススメ!理系 – 時間栄養学または時間食物学、という新たな分野を切り拓く

時計遺伝子の発見で、薬理、栄養、運動のすべてに時間軸を

柴田 重信 先生 早稲田大学理工学術院教授
先端生命医科学センター長
柴田 重信 先生

~Profile~
早稲田大学理工学術院教授。先端生命医科学センター長。九州大学薬学部卒業、同大学院薬学研究科博士課程単位取得退学。薬学博士。著書に『時間栄養学』(女子栄養大学出版部)、『体内時計健康法』(共著/杏林書院)など。福岡県立福岡高等学校出身。

近年、イワシやサンマの人気が上昇している。それらに含まれるDHAやEPAが健康にいいとされているからだ。児童・生徒には頭が良くなるというアピールもされる。しかし「いつ食べればいいか」となると答えられる人は少ないだろう。「どんな栄養を摂ればいいか」を一歩進めて、「いつ摂ればいいか」について科学的な示唆を与えようというのが時間栄養学。現在その最先端を走る早稲田大学の柴田重信先生に、最新の知見と今後の展望についてお聞きした。


時間栄養学の生まれた背景と、目指すもの

 時間栄養学(クロノニュートリション:chrono nutrition)は、時間生物学(クロノバイオロジー)を学問的裏付けに、栄養学を再構築していこうというもので、私が専門としてきた薬理学における時間薬理学と同じ発想に基づいている。3、4年前から研究者も増え関心も高まるが、これには昨年のノーベル生理・医学賞の受賞対象となったショウジョウバエの時計遺伝子の発見から、1997年においてヒトを含む哺乳動物での類似した時計遺伝子の発見が大きく寄与している。

 生物の体内リズムを司るメカニズムとして知られる体内時計。その在処が、脳の視交叉上核だけでなく、脳の他の場所や、各臓器や筋肉、さらには皮膚にいたるまで存在していることがわかったからだ。以降、視交叉上核にある時計は全体を司るという意味から「中枢時計」、あるいは「主時計」、脳の他の場所にあるものを「脳時計」、首から下にあるものを「末梢時計」と呼んで区別する。

 体内時計の周期は生物によって異なり、人間の中枢時計では一日が24時間より少し長い24,5時間(概日リズム)。そのため一昼夜に正確に対応するには、毎日0.5時間の誤差を調整(リセット)する必要がある。この調整には中枢時計では朝の光などの光刺激が、それ以外では、中枢時計の指示に加えて、食事、特に長時間の絶食後の食事が強く関与する。具体的には消化器官系へのインスリン分泌刺激による調整だ。ここに時間栄養学が求められる背景と、成り立つ根拠がある。

 私は長年、薬理学を専門としてきたが、健康科学、予防医学の観点からは、薬より、より日常的に摂取する食と栄養がより重要と考えるようになった。ただ栄養学が扱うのは化学物質の集合体で、薬のように単品ではないため、薬理学のように、血中濃度等を見て、薬効、どの成分がどれだけ吸収されて効果があったかを簡単に見ることはできない。さらに食となると、扱うのがその集合体だからもっと複雑だ。調理の仕方によっても《効き方》は変わってくる。たとえば水溶性植物繊維の多いゴボウを、ささがきとナノフード(微細加工)のそれぞれの形でネズミに与えると、後者は腸内細菌を強く活性化させるが、前者はあまり役立たない。また薬理が《飲み方》を含めるように、《食べる行為》も含めたり、その時の体調なども考慮したりするとさらに複雑になる。これらの点を考えると「時間食物学」と呼ぶ方が正確かもしれない。 現在、主な研究としては、食・栄養、食品機能成分が体内時計をいかに刺激し活性化させるかと、体内時計の特徴を踏まえた三大栄養食品、食品機能成分などの摂り方、その最適な時間の究明の二つを目指している。

特定機能性表示食品をいつ食べる?

 後者ではいくつかの特定機能性表示食品について、「いつ食べればいいか」をいくつかの企業と共同研究している。

 機能性表示食品は医薬品ではないから、厚生労働省や消費者庁からすれば「いつ食べてもいい」ということになる。ただ《機能》を、《生体と相互作用して何らかの効果をもたらすこと》と考えると、生体がダイナミックなリズムを持つ以上、薬と同様、インタラクションの仕方、タイミング等によって効き方も変わると考えるのが自然だ。薬との境界を設けることは難しい。《機能性表示》というものを止めない限り、「いつ食べればいい」かの問題は避けて通れないのではないだろうか。

実際、大手を中心にいくつかの企業では、データ収集と検証が進んでいる。たとえばDHAを含む魚製品に力を入れている水産加工会社では、オメガ3※1は朝の方が血中濃度は上がりやすいというデータを持っている。リコピン(トマトに含まれる赤の色素)を主成分とする製品の開発に力を入れている食品メーカーでは、その血中濃度は夕方より朝の方が上がりやすいとしている。これらの企業では、こうしたデータを持っておかないと、消費者の質問に答えられずビジネスにならない。

※1 オメガ3系脂肪酸:ALA(α-リノレン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサン塩酸)の総称。

朝食の重要性に新しい裏付けを

 体内時計にいかに刺激を与えるかという観点から注目しているのが朝食。一般的に朝食は、昼食や夕食に比べてそれまでの絶食時間が長いため、末梢時計に与える影響は大きい。あるヨーロッパの研究グループは、同じ光刺激の下で食事の時間を起床から5時間後にすると、起床後すぐに朝食をとった場合より、中枢時計はそのままなのに、末梢時計が2.5時間も遅れることを実験で突き止めた。これは中枢時計が通常通り光でリセットされても、末梢時計のリセットが5時間も遅らそうとしたから、その中点で2.5時間になったものと理解されている【下図Wherensら,2017】。見方を変えれば、朝食は体内時計に大きな影響を与えるという意味で、あらためてその重要性が再確認できる※2。

 にもかかわらず、おおむね朝食2:昼食3:夕食5というウェート配分が世界的な傾向だ。そこで私たちは、運動をしない夜にとる夕食には無駄が多いと、夕食の比率を4に減らし、朝食を3に増やすことを提案している。起きて何時間までを朝食とするかの定義はさておき、朝食の重要性をもっと認識してほしいからだ。ちなみに上のようなケースについて私たちは、体内時計がそろって目覚めていないという意味で、「朝食時差ボケ」と呼んでいる。朝食抜きで学校へ行き、午前中ぼーっとしていることがあるとしたら、それは低血糖によるものではなく、時計そのものが朝を示していないかもしれない。

※2 文部科学省は「早寝早起き朝ごはん」の国民運動を展開。平成18年には「早寝早起き朝ごはん」全国協議会も設立されている。

遅い夕食には「分食」、「攻めの間食」で対応

 忙しい現代生活では、夕食でも昼食から時間が大きく空いてしまうことが少なくない。すでに見たように夕食は、三食の中で一番ウェートが高いため、それまでの絶食時間が長いと、食事による刺激が強くなって血糖値が上昇し、体内時計が目覚めて夜型になるリスクがある。これは同時に肥満になるリスクでもある。これを軽減するのが「分食」。遅い夕食と昼食との間に軽く何かを口に入れて血糖値を上げておくと、夕食による血糖値の上昇が抑えられる(「セカンドミール効果」)。塾・予備校へ通っている場合は、その前におにぎりなどの主食を食べ、帰ってからおかずを食べる――「攻めの間食」を勧めたい。

 現代社会は夜型化が日に日に進んでいるが、基本的な設計は朝型が基準。これからシーズンを迎える入学試験も、朝からが一般的。学校や大学のカリキュラムやテストの多くも2時間目がゴールデンタイムだから、朝型の生活を維持しておくことが何よりも大切だ。すでに夜型になってしまった受験生は、少なくとも一週間前からは――3日では厳しい――朝型の生活に戻しておきたいもの。朝は光を浴び朝食をしっかりとって体内時計を目覚めさせ、夜はブルーライトを極力避け、カフェイン含量ドリンクを避け、体内時計を覚醒させないようにすることだ。


コラム①

受験生へのアドバイス
朝食では何を食べる?

 朝食では炭水化物に加えて、脂質、タンパク質の三大栄養素をバランスよくとることが大事。私たちの実験では、でんぷん質、魚油、タンパク質は、いずれもインスリン機能を促したり、ある種のホルモン分泌を介して体内時計を覚醒させる。タンパク質については、運動を伴うことで成長に必要な筋肉を作るという役割にも注目しておく必要がある。食後に通勤・通学で体を動かす朝食は、効率よく筋肉を作るためにも重要だ。小・中学生約1万人を対象に行っている食育に関する調査では、「朝食抜き」より、朝食でたんぱく質を摂る割合が少なく、朝食でたんぱく質をしっかり摂った児童・生徒の方が、勉強や運動が好きと答える割合が高いことが明らかになっている。

コラム②

高校生へのメッセージ

 私はもともと、うつやアルツハイマーの治療に関心があり、体内時計との関係で脳を調べていた。しかし体内時計がすべての細胞にあることがわかってからは、筋肉や骨、皮膚、さらには免疫系との関係、また運動と時間についても研究するようになった。皮膚の免疫では、化粧品会社との共同研究もしている。最近は、生活の夜型化や肥満の増加傾向を調べるために、ITベンチャーと共同して時計遺伝子のビッグデータを回析してクラスタリングすることも計画している。分野融合や異業種連携は、今後ますます進むと予想される。高校時代からいろんなものに興味を持っておくとともに、大学では一つのものを究める、自分の得意分野を固めておくことも忘れないでほしい。

進路のヒントススメ!理系 – 地球の果てで生命の謎に迫る

田邊 優貴子 先生 国立極地研究所
生物圏研究グループ 助教
田邊 優貴子 先生

~Profile~
2006年京都大学大学院博士課程単位取得退学。2009年総合研究大学院大学博士課程修了、博士(理学)取得。2009年4月~2011年3月国立極地研究所生物圏研究グループ研究員、2011年4月~2013年3月東京大学大学院新領域創成科学研究科・日本学術振興会特別研究員、2013年4月~2014年12月早稲田大学高等研究所助教。2015年1月~現職。第49次・第51次・第53次日本南極地域観測隊夏隊、第58次日本南極地域観測隊越冬隊など。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社:2013年)など。青森県立青森高等学校出身。

南極大陸と言って思い浮かぶのは、一面、白銀の世界。生物がいるなどと考えたことのある人は少ないのではないだろうか。日本の昭和基地の近くにたくさんある湖も一年のほとんどを氷に閉ざされ、短い夏の間だけしか水面をのぞかせない。しかし潜ってみると、そこには緑の世界が広がっていた。発見したのは田邊優貴子国立極地研究所助教(当時同研究所研究員)。二万年前まで氷河に閉ざされていた湖に芽吹いた生命の世界を探求している。現在の研究やこれまでの軌跡、高校生へのメッセージをお聞きした。

Q 現在のご研究内容についてお聞かせください

 南極・北極の両地域で研究を行っています。今までに南極7回に北極7回訪れました。それぞれ研究対象や内容は異なりますが、メインの南極の研究では、氷河後退後の湖の生態系を調査しています。南極では、二万年前まで氷河に覆われていた地域に、氷河後退後多くの湖ができました。元々、生物が全くいなかったと考えられるこれらの湖に潜って発見したのが、藻やコケに覆われた緑の世界。何らかの原因で生物が侵入したとしか考えられません。しかも湖によって、生態系が大きく異なります。それぞれ同じ時代に誕生し、非常に近い場所に位置し、同じ気候条件にさらされた湖にどうしてこのような違いが生じるのでしょうか。

 さらに、4年前には、それまでの調査地点よりさらに内陸に位置する一年中氷に閉ざされた湖に潜りましたが、そこは一面紫の世界でした。藻ではなく、地球上最古の光合成生物といわれるシアノバクテリアがメインの生態系が広がっていたのです。

 氷に閉ざされた世界で、なぜこのような生態系が誕生したのか、謎は深まります。南極は無生物状態から誕生した生態系を探れる地球上唯一の場所で、原始生態系の研究において他にない好条件を揃えた格好のフィールドだと思います。

 一方の北極では、湖の生態系の変化を見ることで気候変動の影響を調べています。地球温暖化や異常気象が叫ばれる昨今ですが、極地ではそれが顕著に表れます。食い止めるのはとても難しいことだと思いますが、それが生態系にどういう影響を与えるのか、それに対して私たちはどう対処すべきかを示していくのも科学者の仕事だと考えています。

 ここ何年かは海外調査が多く、文字通り地球を飛び回る日々でしたが、今年の春に南極越冬隊から帰国し、その後の海外調査も終えた今はやっとひと段落といったところ。これから一年ほどは、今までに採集した試料の分析やデータの解析作業、論文の執筆に専念する予定です。

Q なぜこのようなご研究を?

 子供のときにテレビで見たアラスカの風景に魅了され、以来、極北への憧れを抱き続けていました。大学4年の時、将来したいことも見えずに、流れのままに卒業することが嫌で、一年間休学し、向かったのがアラスカです。真っ白い広大な原野の中でオーロラに魅了されました。

 その後、大学院に進学したものの、当時は現在とは違う生化学を専攻、実験室で日々試験管と向き合う日々を過ごしていました。しかしアラスカの風景が片時も忘れられず、修士2年の夏休みに二度目の渡航。野生の動物、燃えるような紅葉、雪解け後の生命の芽吹き、短い夏の命のきらめき、生きているという実感を得ました。自分の心に素直に従おうと、博士課程の途中で、極地研に編入しました。 実は極地研に入るまで、生物学を勉強したことはありませんでした。高校でも物理・化学しか学んでいませんでしたから、一からスタートです。苦労はありましたが、自分がしたいことのためです。極地への憧れを胸に研究を続けた結果、2007年、第49次日本南極地域観測隊の一員として初めて南極の大地を踏むことができました。

Q これからどんな研究をしたい?

 南極大陸は広大で、その面積は日本の36-37倍で、まだまだ調査されていない場所や湖も数多く残っています。それらを調査していけば、おそらく今までにない発見があるに違いないと思っています。だから調査の範囲をもっと広げていきたい。もちろんそのためには、他国の南極基地・観測隊と交渉してその協力を取り付ける必要もあるでしょう。どのようにして生命は生まれたのか、原始生態系の秘密に迫るとともに、私たち人間も含めて生命はどこへ行くのか、それを知る第一歩となるよう、これからも研究と探求を続けていきたいと思っています。


コラム 高校生へのメッセージ

 自分の心が震えた経験を大事にしてほしい。自分の心に素直になって、それを生きる原動力にしてほしい。みなさんの前には、大学や専門学校に進学し、就職する、といったレールが暗黙のうちに敷かれていますが、人間にはもっと多様な生き方があっていいはずです。

 小学生から大学生まで、いろいろな方を対象に講演する機会も少なくありません。そこで心掛けているのは、子供たちが生きる世界を広げるためのきっかけを作ること。高校生にもなると、考え方もしっかりしてくる反面、自分の殻を作ってしまうことも少なくないと思います。しかし、いろんな人と話したり、様々な世界を見たりして、自分とは違う考え方、価値観を素直に受け入れる感覚を養うことも忘れないでほしいです。

 また女子の皆さんには、女性という勝手に作り上げられている古いイメージだけで自分のしたいことを諦めないでほしい。「男性だからできる」《女性だからできない》ということは決してないと思います。私自身、野外での調査活動も男性と一緒にこなしています。まして研究の世界では、成果を出せば、女性であることは全く問題になりません。才能や可能性を持ちながら、女性がそれを活かせないのはもったいない。自分の気持ちを大事にしてほしいと思います。


IIT-KGP(インド工科大学カラグプール校:Indian Institutes of Technology-Kharagpur)
パルシャ・チャクロバート(Prof. Partha P. Chakrabarti)学長が来日。
京都、東京で主要大学との交流を深める。

 11月9日の来日以来、京都大学、立命館大学、東京大学、早稲田大学等の執行部を訪れ、日本の大学との交流について精力的に意見交換を行ったチャクロバート学長は、12日には日印協力グループの開いたシンポジウムで代表のサンジーブ・スィンハ氏と対談。その中でチャクロバート学長はIIT‐KGP(以下IITK)について「学費は極めて安く、どんな地方、経済力の家庭に育った子どもにも進学の道は開かれており、厳しい入学試験を突破すれば、同じ中身、仕組みの中で学んでもらえる。そして死に物狂いで勉強して卒業すれば、どこに行っても活躍できる人材になれることを保証している。IITKが一人を育てることで、その学生の育った地域に発展をもたらすことができる」と語った。また日本とインドの交流については「ともに古い歴史を持つ点で共通している。今や世界中が、先端技術開発に目を奪われる中、伝統的な価値観、哲学をともに世界へ向けて発信し、あわせて若い世代に伝えていくことが必要だ。また、日本の教育システムは完成度が高く、子どもたちは勉強だけでなく、しつけやルールも身につけながら、ステップバイステップで成長していくが、インドでは、学校でルールや道徳を教えても、別の価値観を持つ家庭も多く徹底されない。だからなおさら、大学では科学・技術教育に力を入れなければならない。そのためか、IITKの卒業生は粗削りで、日本人に比べて大きくジャンプできる可能性を秘めている」、また「日本は現在、高度な技術を確立しているが、高齢化が悩みの種だ。反対にインドは、技術面ではまだまだ追いつかないが、若者が多くお互い補うことで素晴らしい未来が築ける」と語った。「AI時代に生き残るためにはどうすればいいのか」の会場からの質問には、「《自分とは何か》を考えること以外にない」と答え、加えて「現在のIT社会ではアメリカの極、中国の極の存在感が高まるが、これに対してインド・日本・ヨーロッパで、個人をもっと大切にするような第三極を作るべきだ」との見解も示した。

 IITは現在16校、IITKは1951年創設でその中で最も古い。グーグルCEOのピチャイ氏などを輩出していることで知られる。現在IITKでは、大学で学べない若者も高度な学術に触れられるよう、大量の図書を無料で閲覧できるオンライン図書館の充実にも力を入れている。

【記事提供:日印大学協力研究所】

世界の慶應義塾であるために

専門性を育む「実学」と、
「人間交際」のベースとなる
リベラルアーツの拠点を目指して

長谷山 彰先生 慶應義塾長
長谷山 彰先生

~学歴~
1975年3月 慶應義塾大学法学部卒業
1979年3月 慶應義塾大学文学部卒業
1981年3月 慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了
1984年3月 慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学
1988年9月 法学博士(慶應義塾大学)学位取得

~職歴~
1994年4月~1997年3月 駿河台大学法学部教授
1997年4月~2018年3月 慶應義塾大学文学部教授
2007年4月~2009年6月 慶應義塾大学文学部長
2009年6月~2017年5月 慶應義塾常任理事
2017年5月~ 現職
専門領域:法制史・日本古代史
宮城県仙台第一高等学校出身

大学改革、大学入試改革が進む中、早稲田大学とともに“私学の雄”と称される慶應義塾大学の動向に注目が集まっています。法制史、日本古代史がご専門で、昨年5月に塾長に就任された長谷山彰先生に、慶應義塾のこれまでとこれから、大学入試改革への対応や高校生へのメッセージをうかがいました。その言葉の端々からは、慶應義塾の塾歌の歌詞にもあるように、福澤諭吉が拓いた「学びの城を承け嗣ぐ」者としての揺るぎない教育に対するビジョン、未来へのビジョンが伝わってきました。

あらためて、福澤諭吉の“実学”“半学半教”“義塾”について

慶應義塾の使命と独自性の源泉

 昨今、産業界からは、大学に対して、即戦力となる学生の育成や、すぐに使える研究成果、技術を求める声が高まっています。これは《実学》重視の風潮と言えるかもしれませんが、この実学と、慶應義塾の創設者福澤諭吉の言う実学とは少し異なります。福澤は実学を、読み書きそろばんのようにすぐに役立つものではなく、証拠・根拠に基づいて真理を明らかにすること、つまり科学(サイエンス)、言い換えれば実証的な学問と捉えています。と同時に、社会で活用されないような学問は無意味だとも言います。そして慶應の使命とは、学問を通じて、社会と関わり、貢献していくことだとしています。今は、大学の使命とは教育、研究、社会貢献だとされますが、この言葉を受け継ぐ本学では、社会貢献はあくまでも教育・研究活動を通じてなされるものとして、前二者と並列しては語りません。

 実学とともに、慶應の精神をよく表す言葉が「半学半教」です。教える者と学ぶ者との「分」(役割)を決めず、先に学んだ者が後で学ぼうとする者を教えるという意味です。そのため慶應はどのゼミでも教授と学生が喧々諤々の議論を行うなど、自由な気風に満ち溢れています。そしてそれを支えるのが、“義塾”という形です。私たちが“私学”や“私立大学”と呼ばれることに少し違和感を抱くのは、この形、その成立の経緯によるのです。

 明治時代の早い時期に慶應は経営難に陥ります。それを救ったのが卒業生をはじめ関係者による資金、労力、知恵を持ち寄る「維持会」と呼ばれる組織です。福澤も出版で得たお金や土地を義塾(維持会)に寄付し、「今日からは檀家に頼まれて寺を守る住職のつもりでやっていく」と語ったといいます。義に賛同した人たちが集まって運営していくから「義塾」、福澤の命名が秀でていたことは、今日でもイギリス人にパブリックスクールのようなものだと説明すると、とてもよく理解してもらえることで明らかです。

 慶應に限らず多くの私立大学は、このような独自の理念、精神、歴史や設立の目的を持っています。そのため最近出された、「私立大学にも3類型の考え方を」という国の方針が※1、私学関係者の間に波紋を広げています。少子化が進む中、経営難に陥る大学を出さないようにとの配慮からでしょうが、ここ30年近く、「大学は自立性、多様性を持つべき」だとしてきた方針※2とは矛盾するのではないかと受け取られています。私立大学の立場からすれば、改革の方向性としては、その多様性、自立性を高めようというものの方がのぞましい。そもそも認証評価※3も、評価基準が一律のため、各大学がそれを意識した改革に走ることで個性を発揮しにくくなっている。そこへさらに新たな枠組を示せば、大学の多様性は生まれてこないのではないでしょうか。大学全体のあり方を考えることと、私立大学のあり方を考えることとは分けて考えるべきだと思います。

※1 今春、中央教育審議会の大学分科会将来構想部会において「世界的研究・教育の拠点」「高度な教養と専門性を備えた人材の育成」「職業実践能力の養成」の3類型による大学の機能分化のたたき台が提示されたことに端を発する。

※2 設置基準の大綱化(1991年)とそれに続く国立大学の独立法人化(2004年)。

※3 2004年に始まった制度。大学による自己点検・自己評価に第三者の目を加えようというもの。

慶應義塾とグローバル化

 日本の大学のグローバル化について語るとき、慶應が取り上げられることはあまりありませんが、実はスーパーグローバル大学創成支援事業が始まる段階で、グローバル化の大きな指標ともなる、海外大学とのダブル・ディグリーの数が圧倒的に多かったのは慶應でした。私たちは今もその数を増やす努力をしていて※4、特定の地域に偏ることなく、世界の様々な国・地域の大学と、研究者や留学生の交流を進めています。

 今後はさらに、これまでのように質を優先するだけでなく、量的な拡大を図るとともに、個々の研究者レベルでの交流を、大学間の交流や包括的な協定へと高め国際的な大学連携を構築していきたいと考えています。この中には、ワシントン大学セントルイスとの研究交流のように、従来あまりなかった医学部や病院の連携も含まれます。先頃はまた、カナダのブリティッシュコロンビア大学(UBC)と、双方の医学部、病院、ライフサイエンス分野を強化するための協定を結びました。産学連携にも力を入れ、創薬など、学術研究の社会実装にも積極的に取り組もうということになっています。

※4 2013年にはジョイント・ディグリーを含めて23件、2023年には35件を目指す。ジョイント・ディグリーは一つの学位記、ダブル・ディグリーは二つの大学の学位記。

2018年4月に竣工した大学病院1号館のある信濃町キャンパス

伝統を守り、未来を先導したい

 これまで慶應は160年の長きにわたって、建学の理念に基づきその伝統を守ってきましたが、大学入試改革、大学改革が進む中で、AO入試の導入や教育の質保証、外部資金の獲得などにおいて、時代が私たちに近づいているのではないかと感じることも少なくありません。

 入試改革(下段コラム参照)はもとより、教育の質保証に関しても、慶應はもともと進級や卒業の要件が厳しいことで定評があります。また今や、世界的に大学の課題とされる教育・研究のための自己資金の充実、外部資金の獲得では、卒業生組織の強い結束を活かした寄付金募集など、関係者の間では他大学の追随を許さないとされています。

 社会のあらゆる分野に人材を輩出してきているのも大きな特徴で、守るべき伝統です。官界、政界、財界はもとより、芸能界、スポーツ界に至るまで、多くの卒業生が活躍してきました。関心の高まるオリンピックについて言えば、日本人のメダル第一号は卒業生※5ですし、これまでオリンピック・パラリンピックに延べ130人以上の選手を送り出しています。これは多様な力、総合力を培う教育を続けてきた一つの成果だと思います。

 確かに世界の大学ランキングの順位を上げるには、文系学部を縮小し、理系学部を拡大して研究者数を増やすような方法もあるかもしれません。しかし私たちとしてはあくまでも、幅広い教養と専門知識を備えたバランスのとれた人材を世に送り出したい。もちろん研究力もさらに高めなければなりません。それはリベラルアーツ教育の土台でもあり、研究力のあるリベラルアーツ大学であるためには不可欠だからです。

 グローバル化とは、ヒト・モノ・カネが国境を越えて移動することですが、大学にとってそれは、共通ルールによる標準化の進展を意味します。そこで生き残るには世界標準に適合しながら、しかも個性を発揮すること。明治150年、慶應義塾命名150年の今、日本の大学として、私立大学として、そして慶應義塾として、いかに個性を発揮していくかをあらためて考え、今後も未来を先導していきたいと思っています。

※5 熊谷一弥:1890年-1968年。福岡県大牟田市出身のテニスの選手。1920年のアントワープ五輪で男子シングルス、ダブルスともに銀メダルを獲得。

高校生へのメッセージ

 教育改革、入試改革が進む今、少ない情報の中で不安になることもあるかもしれません。しかし、高校時代が、大学で専門性の高い学問を学ぶための基礎となる知識を身に付ける時期であることに変わりはありませんから、しっかりとその本分を果たしてほしいと思います。

 加えて本をたくさん読んでほしいと思います。単純に言葉の力を高めるだけではありません。一人の人間が一生の間に経験できることは限られていますが、読書はそれを補ってくれます。中でも古典に親しむことは、人類が積み重ねてきた経験、知恵を追体験し、ものの見方や視野を広げるのに役立ちます。これからは、“未知との遭遇”と言っていいほど不透明な時代と予想されます。そこで求められるのは目の前に起きている現象や課題の本質を見極める力、そしてそれを解決するための方法を考え出す創造的思考力ですが、読書はそれらを身につけるためにも大きな力になるはずです。

 もう一つ身に付けてほしい、心掛けてほしいのがコミュニケーション能力、それを高める努力です。異文化に出会ったとき、それを理解するだけでは不十分です。相互に交流を図り、衝突したときには、それを平和的に乗り越えていく。それには高いコミュニケーション能力が必要です。受験生だからといって一人で机に向かうのではなく、日頃から受験仲間や部活動の仲間と積極的に人間関係を作りあげていく、それを習慣にしてコミュニケーション能力を高めていってほしい。福澤諭吉も「世の中にもっとも大切なるものは人と人との交わりつき合いなり。これすなわち一つの学問なり」と、「人間交際(じんかんこうさい)」という言葉でこのことの大切さを説いています。 様々な変化に惑わされることなく、語学を含め、学問に必要な基礎的な力を確実に身に付け、読書を通じて先人の知恵に学ぶとともに、人間交際を怠らない。そんな高校生なら、大学に入って一段と飛躍するのは間違いないと思います。


入試改革、教育改革について語る

AO入試、センター試験

 慶應は1990年に湘南藤沢キャンパス(SFC)の総合政策学部、環境情報学部で、日本の大学で初めてAO入試をスタートさせました。昨今は実施する大学も飛躍的に増え、中にはきちんと学力を測っていないと批判されるものもあるようです。とはいえ慶應としては、受験生を多様なものさしで評価するという点で、やはりAO入試は完成度が高いと考えていて、今後、各学部ではその質をさらに高めることも含め、自立的に入試改革を進めることとしています。

 慶應はまた、私立大学として初めて大学入試センター試験に参加しました。残念ながら6年前に撤退しましたが、それは、いかに精度の高い優れた試験といえども、正解を選び出すというマークシートの形式である限り、限界があると考えたからです。

 グローバル化した社会では、正解のわからない、これまでの常識の通用しない事象が増えます。そこで求められるのは、いくつかの可能性の中から、失敗を恐れず自分の知識、経験をフルに活かして最良の答えを導き出すこと。だからこそ大学としても、これまで正しいとされてきた答えを選びだす力より、最良の答えを導き出す力、創造的思考力を入試で問いたい。そのことを通じて、それが大切であることを受験生に伝えたいのです。この点、センター試験だけでなく、これまでの大学入試全般には課題があり、それが今回の一連の改革を促した一つの要因でもあると思います。慶應としては新テストありきではありませんが、このようなメッセージが、今回の改革によって受験生に伝わることを望んでいます。

英語4技能の評価は?

 「話す」「聞く」を加えて英語4技能をバランスよく学び、総合的な語学力を養わなければならないことについて反対する人はいないはずです。ただ大学で高度な学問を学ぶための外国語の基礎としては、「読む」「書く」が大切であることに変わりありません。大学入試で「話す」「聞く」が重視されることで、高校教育の中で「読む」「書く」が少しでも手薄になると大学での学びに影響します。それぞれの大学・学部は、入学してから求められる語学力を考え、入試で何を測るのかを決めていく必要があります。上智大学が独自に試験を開発したことは、長年進めてきた国際化の推進に対する一つの回答になっていると思います。では慶應らしい英語の試験とはどういうものなのか、高校現場の意見もうかがいながら、今後の方針を早急に示していきたいと思っています。

 民間の検定試験の活用については、様々なテストを使うことで評価の公平性が保たれるのか、新たな受験料負担が経済的な格差を反映しないかなど、懸念されているポイントについて議論を深めています。拙速を避け、様々な選択肢を視野に十分に検討を重ねて答えを出していきたいと思います。

アクティブラーニングとパッシブラーニング

 アクティブラーニングについても、それが重要であることは言うまでもないと思います。一方で私は、それはパッシブラーニング、受け身の学習があって初めて活きてくるものと考えています。基礎知識を十分に身に着け、これまでの伝統への理解を深めた上で、それらを駆使して自由に討議し、自分の意見を生み出すことが大事です。研究者も、学会の状況をまったく知らずして論文を書くことはできません。先行研究、学会の通説、反対説とその理由などについて下調べをした上で、はじめてオリジナルの結論が出せる。アクティブラーニングとパッシブラーニング双方のバランスの取れた学習が必要だと思います。

記述式試験

 慶應は40年近くすべての学部で入試科目に国語を課していません。代わって小論文や記述式論述といった文章を書かせる問題を全学部で出題しています。

 私の学んだ文学部も例外ではありません。入試科目は外国語、地理歴史、小論文で、外国語の配点を高くしています。このような入試にする際、教授会では「文学部で国語の試験をしなくてもいいのか」という意見も出ました。しかし当時の学部長が、「英語ができる生徒は日本語もできる。小論文で日本語力を測るから大丈夫」と言って舵を切りました。試験の形態は、測りたい力によって変わります。日本語の能力については、何か一つのテーマについて長い文章を書いてもらうのが一番だと考えたのです。それがなければ、英文を翻訳する力も育たないという考え方です。

 最近、大学生、高校生の言語能力の低下を懸念する声が高まっています。文章を読んで理解し、自分の意見を言葉で表す能力がますます求められる中、大学がそれを入試で求めることで、高校でもそれにあわせた教育がなされていけば幸いです。簡単なことではないかもしれませんが、高校には言葉の力の育成に力を入れることを期待したいですし、入試でそれを測って評価するという慶應の方針に変わりはありません。大学入学共通テストの記述式試験も、そういう方向を目指してほしいと思います。

国際情報オリンピックが初めて日本で開催

 9月1日から8日にかけて茨城県つくば市で第30回国際情報オリンピック(IOI2018JAPAN)が開催され、世界87の国と地域から、約340人の高校生等が集まった。

 国際情報オリンピックは、数理情報科学の能力を競うプログラミング・コンテストで、毎年、様々な国・地域の優秀な生徒を一堂に集め、科学的・文化的経験を共有することを目的に開催されている。第一回大会は1989年に開かれ、日本は1994年から参加、今年で16回目の参加となった。

 競技は二日間行われ、それぞれ3問が出題される。制限時間は5時間。最終的に全問を通しての合計点数で競う。

 今大会には日本代表として4人の高校生が参加し、金メダル1個、銀メダル1個、銅メダル2個の成績を収めた。

 国際科学オリンピックは数学・物理・化学・情報・地学・生物学・地理の7分野で行われ、日本はそのすべてに毎年参加しているが、2020年に合わせた大会誘致にも取り組んでおり、2020年に生物学、21年に化学、22年に物理学、23年には数学の大会の開催を予定している。

アート&テクノロジーで、自然の中に隠されている日本美を発見し、世界に発信

進路のヒントススメ!理系 – STEAM STEMプラスArtな人を目指そう

今、STEAM教育やSTEAM教養という言葉に注目が集まっている。
S(科学:Science)、T(技術:Technology)、E(工学:Engineering)、A(美術:Art)、M(数学:Mathematics)で、
元々は本格的なIT社会の中で生きていくのに必要なリテラシーとして、アメリカ発で提唱されたSTEM教育に端を発する。
そこへ独創性やオリジナリティー、美意識の必要性を加えSTEAMと呼ばれる概念が生まれてきた。STEAMな人と、STEAM教育に力を入れる大学を紹介した。


京都最古の禅寺で室町時代には京都五山の一つとされた建仁寺。この秋、本坊を入った正面に展示されている国宝風神雷神図屏風の左側に12枚の襖絵が特別展示されていた。2014年に奉納された「雲の上の山水」で、実際に撮影した約1000枚の雲の写真を元に加工したデジタルアートだ。制作者は、メディアアートの先駆的存在として知られる土佐尚子京都大学大学院総合生存学館(思修館)※1特定教授。そこで「八思」と呼ぶ共通基礎科目の一つ、芸術を担当する。STEAMについて、また研究者として、アーティストとしての抱負を聞いた。

※1 初のリーディング大学院として2013年に開設。5年一貫制で異分野融合や実践型の教育に特徴がある。

土佐 尚子 先生 京都大学大学院総合生存学館
(思修館)特定教授
土佐 尚子 先生
~Profile~
アーティスト兼研究者。工学博士(東京大学)。武蔵野美術大学講師、ATR知能映像通信研究所研究員、米国マサチューセッツ工科大学建築学部Center for Advanced Visual Studies フェローアーティスト、京都大学情報環境機構教授を経て現職。研究テーマは、実験映画、ビデオアート、メディアアートを経て、先端技術で日本文化を情報化するカルチュラル・コンピューティングの領域を開拓、研究と作品制作を行う。20代に制作したビデオアート作品が現代美術の総本山であるニューヨーク近代美術館(MoMA)にコレクションされている。福岡雙葉学園高等学校出身。

Q 2015年の京都琳派400年にちなんだ京都国立博物館での大がかりなプロジェクションマッピング「21世紀の風神・雷神伝説」以外にも、2012年の韓国での麗水国際博覧会(EXPO 2012 YEOSU)の「四神旗」や、シンガポールのアートサイエンスミュージアムでの初のプロジェクションマッピング「サウンドオブいけばな:四季」など、海外でのご活躍も多い。最近のトピックスは?

A 文化庁長官から2016年度の文化庁文化交流使の任命を受け、8カ国10都市を訪問した。特筆すべき大きなプロジェクトは、昨年の4月、ニューヨークのタイムズ・スクエアMidnight Moment※2で、春が待ち遠しいNYの人々に「Sound of Ikebana(Spring)」の映像で桜などの春の花をプレゼントするという粋な文化交流を行い、毎深夜3分間、60台以上のビルボードに映し出された《生け花》は、ニューヨーク市民の注目を集めた。

※2 1980年代、治安維持のため始められたパブリックアート。NPOタイムズスクエアアートが運営する。

Q 新たな境地を切り拓かれたいと。心機一転のきっかけは?

A 研究者、教育者として、学部教育も担う教員であり続けることも捨てがたいことだったが、やはりアーティストとしては、後世に残る作品、≪歴史の中の点≫を残したいという思いが強い。そこでより自由な立場で芸術活動を行えるポストを選んだ。ニューヨーク近代美術館に25歳の時の作品ビデオアート『An Expression』(1985年)が収蔵されたこともあったかもしれない。芸術作品は、認められるまでに長い年月がかかる。そろそろ集大成に入らねばと考えた。もちろん事情はアカデミックの世界でも同じかもしれない。ただそれ以上にアーティストは、社会へいかに影響を与えるかが大事だと思う。

Q 初心に戻られた?

A 友人である森山朋絵さん(東京都写真美術館)の言葉を借りれば、《螺旋を描いて回帰した》というべきか。美大を出てフィルム、ビデオアートからCGへ。そして本格的なデジタルアートに取り組むため東京大学でメディア工学の学位を取得した。ATR(国際電気通信基礎技術研究所)を経て迎えられえたMIT(マサチューセッツ工科大学)では、文化、芸術のデジタル化を図るカルチュラルコンピューティングを始めた。まさにSTEAMの世界だ。

 しかし次第に、その限界も感じるようになってきた。確かに現代のアーティストの多くはSTEAMなしには生きていけない。なぜなら作品が後世に残るためには、伝統を継承するだけでなく、時代の最先端の技術を使うことも求められるからだ。一方で、コンピュータで創ったアートは、あくまでもインプットに対応したアウトプットでしかないことも事実だ。果たしてそれを美と呼べるのか。真の美、真のアートとは予測不能なものを含む。神々しく、何度見ても飽きないもの、さらには人間の生存と結びついたものでもある。だから人を惹きつける。東洋人にとっては、≪自然≫そのものと言ってもいいかもしれない。

 そんなアートをもう一度追求してみようと、大がかりなコンピュータベースのインタラクティブアートを止めた。

Q 絵画も音楽も、中途半端なものではコンピュータで作るものに負ける時代だと語っておられた。

A そう、だからアーティストとしては、レオナルドダビンチの時代からアーティストが行っている、まだデータになっていないアナログの新しい美を自然から発見しなければならない。

Q 具体的には?

A スランプに陥っていた2012年から、寺や雲の写真を撮り続けるなどアナログへの回帰を模索し始めた。建仁寺の襖絵は、その頃、飛行機から撮った雲の写真を加工したものだ。インプットはアナログの新しい美、アウトプットがデジタルアートとなり、とてもウエットなものになる。

Q 他には?

A 極微の世界を対象にしたInvisible(目に見えないもの)Beautyと呼ぶ作品だ。目に見えないものをコンピュータで可視化するというのは長年のテーマだが、テクノロジーの進歩で見えるようになった≪自然≫、美のパターン、例えば電子顕微鏡で見た氷の結晶、ハイスピードカメラで捕らえた流体の動きなどを扱う。

 その第一弾がSound of Ikebanaだ。スピーカーを上に向けて薄いゴムで覆い、その上に皿を置いて、そこへ色絵具を混ぜた粘性液体を入れる。それに下からの音による高速運動で波打たせ、その様子を2000フレーム/秒のハイスピードカメラで捕らえる。それがちょうど、自然の作り出す生け花に見える。しかも同じ形は一つもない。流体物理学の芸術だ。絵具の色を使い分け、俳句も添えて四季を表現し、絵具の色遣いを煌びやかにすることで、琳派の意匠にも近づけた。

Q なぜ生け花を。

A MITで禅コンピューティング(「ZENetic Computer」)に取り組んで以来、文化の中でも日本的なものの表現に強い関心を持ち続けてきたからだ。様々な面で西洋的なものの見方や考え方の行き詰まりが感じられる今、東洋的なるもの、中でも日本的なるものを世界へ発信するには絶好の機会だと思う。アニメやマンガもいいが、そろそろもっと本質的なものを発信すべき時期に来ているのではないか。

 産業応用面でも同じだ。スティーブ・ジョブズが禅に感動し、自社製品のデザインや機能にその思想を取り入れたことはよく知られているが、それが今や世界を席巻している。本家本元の日本はどうか。確かにここまでは乗り遅れてきた感がある。しかしそういうビジネスの世界展開に使える可能性を秘めたものはまだまだ埋もれている。まさにこれから、ということだろう。

 そこで企業と連携して、様々な日本美を取り出しアート空間の設計や商品・サービスに取り入れていくことを計画している。その方がスピードも速く社会への影響も大きいかもしれない。Sound of IkebanaやGenesis※3は、その面においても第一弾になるはず。期待してほしい。

※3 ドライアイスの泡を入れた粘性液体に、絵具を入れその相互作用をハイスピードカメラで捕らえ存在の起源に迫る。

未来を生きる鍵は、サイバー空間とアートにある

進路のヒントススメ!理系 – STEAM STEMプラスArtな人を目指そう

私は長年、ロボットの研究開発に携わってきましたが、最近のロボットを見てもらえばわかるように、かつての仏像ではありませんが、ロボットにもアートが求められます。
大阪芸術大学
アートサイエンス学科教授
萩田 紀博 先生

~Profile~
1954年生まれ。ロボティクス研究者。1978年慶應義塾大学大学院工学研究科修了。同年、電電公社(現NTT)武蔵野通信研究所入所。NTT基礎研究所、NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究企画部長、(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)知能ロボティクス研究所所長などを歴任。埼玉県立春日部高等学校出身。

拡大するサイバー空間を活かそう

 医療、科学技術の進歩で、今10代の学生やみなさんが定年を迎えるころには、寿命も100歳を超えると予想されています。定年が今のままだと、その後も30〜40年ほどの人生が待っていることになります。2050年代には、今働き盛りの40代の方が80代となって我が国の人口のピーク年齢となるため、自分たちの引退時には年金もあまり当てにできないかもしれません。では老後の生活設計も含めて、将来どうやって生きていくのか。一つのヒントはサイバー空間をうまく利用することにあるようです。

 今の社会では、リアルな空間に加えてネットを中心としたサイバー空間が大きく広がり始めています。買い物一つとっても、実際に買い物に行くよりもネットで済ます人が増えている。この傾向は、若者だけでなく年輩者にも見られますから、今後さらに加速していくのは確実でしょう。スマートフォンの登場によってサイバー世界でも生きるという選択が可能になってきているのです。

 将来を考えるには、科学技術の急速な進化と、それに伴う働き方の変化についても予想しておく必要があります。シンギュラリティ(技術的特異点、超知能が生まれる科学史的瞬間)を唱えたことで知られるアメリカの未来学者レイ・カールワイツの予測※1がすべて当たるとは思えませんが、50年ほど前に最先端技術だった顔認識システムが、今やスマートフォンの一機能としてみなさんの手元で動いているという事実からは、どんな最先端の技術でも、いずれそのアプリを誰もがダウンロードして使えるようになることを意味しています。これからのAIやIoT,ビッグデータの活用による技術革新を考えると、そのタイムラグはさらに短くなると予測されます。その結果、これまで少数の人によって独占的に利用されてきた研究や技術、仕事の成果を誰でも利用できるようになり、これらを活用して、だれもが創造性のあるアート作品や新サービスを生み出し、ネット(サイバー空間)やリアルな店舗で売り買いする時代になるのではないかと私は考えています。

 とはいえ、一部でいわれている、人間の仕事が極端に減っていくわけでもないと思います。EY総合研究所(2015年)による調査では、AIの発達によってなくなる仕事はあるが、これから2030年にかけてAIやロボットのアプリを組み合わせる仕事が増えるので、むしろ仕事は増えると予測しています。これらのアプリやシステムを利用する、自動運転やロボットサービス、工場のインテリジェント化等が進むことで、仕事は30倍近くに増えるといわれています。おそらく外国人労働者の受入れを増やすだけでは、人手不足は解消できないので、いずれサイバ―空間を利用した仕事(クラウドソーシングと言います)が著しく増えるのではないかと私は予想しています。

 そうであれば、リアルな空間での収入の目減りを、サイバー空間での副業、クラウドソーシングの仕事※2を、同時に10ぐらいこなすことで補うことが可能になるのではないか。そんな働き方なら、75歳を過ぎても十分やっていける。こんな明るい未来を私は描いています。

※1 2045年には人間の10~100億倍賢い機械が誕生し、それ以降について人間は将来の行方を予測できないなどとする。

※2 狭義には、見ず知らずの人と協力して一つの課題をやり遂げること。

アートを通じてチームワークを学ぶ

 ここからもう一つのキーワードが浮かんできます。それがアートです。

 クラウドソーシングには、何よりもチームワークが必要です。そしてそれこそが、アートの一つの側面でもあるのです。

 江戸時代の天才絵師葛飾北斎は、死ぬ直前、90歳ぐらいまで芸術活動を続けていました。これはかなり歳をとっても続けていけるというアートの一面を教えてくれます。と同時に、アートが、特に日本においては分業体制、つまり仕事を複数の工程にわけて分業し、全行程をメンバーのチームワークによって質の高い作品や製品を作ってきた歴史があります。巨匠北斎といえどもたった一人で活動していたわけではない。アートには、独創的創造性という側面に加えて、様々なスキルや個性を持った人が集まり、チームワークを組んで生まれる共創的な創造性という側面もあるのです。ここに、みなさんが未来に生きていくための第2のヒントがあると思います。

 よくSTEM(science technology engineering mathematics)教育が重要だと言われるように、21世紀では理数の能力を育むことはとても大切です。と同時に、そこにアートを加えSTEAM(STEMプラスArt)とすることで、研究や仕事の可能性はさらに広がります。みなさんの将来の働き方を考える上でも、これは重要なキーワードになると思います。

アートサイエンス学科で未来を切り拓く力を

 アートArtという言葉はもともと、古代ギリシャ語で医師や芸術家、技術者などの職人を意味するテクネTechneから派生したもので、面白いことにこの語源はテクノロジーTechnologyのそれでもあるのです。アートサイエンス学科はこのテクネという観点、つまりアートとサイエンス・テクノロジーをあわせた観点から社会問題にアプローチできる人材の育成を目指し開設されました。今春で開設2年目を迎えますが、これまでのところ入ってきた学生は、サイエンス・テクノロジー志向の学生とアート志向の学生、それに自分の将来を大学へ入ってから見極めたいという学生で、それぞれ3分の1ずついます。

 この学科における教育・研究で私が大切にしたいのが、ワクワク感excitement、超柔軟性super flexibility、そして多様性diversityの三つ。そこで従来の理系、芸術系のどちらの大学にもないような様々な取組を行っています。この新しい人材を育成するために、中でもユニークなトライアルを昨年やってみました。一つの授業を6人の教員が2人ずつ3グループ(教室)に分かれ、かつ学生も3グループに分け、各グループをさらに3班に分けます。たとえば今日の授業では、第1班は第1教室、第2班は第2教室、第3班は第3教室に移動し、同じテーマについて各教室で2人の先生がそれぞれ10分間プレゼンします。テーマはアートサイエンスにまつわるもので、「時間をアートサイエンスする」、「空間をアートサイエンスする」などの極めて抽象的なものもあります。各班の学生たちは、プレゼンのメモをとり、終了後、元の教室に戻って、班別にポイントを模造紙一枚にまとめ、班のだれか一人が発表します。一回の授業で同じテーマについて6人の教員から異なる話を聞くことは「ワクワク」しますし、「多様性」を受け容れる経験を積み、それぞれの内容を仲間で翻訳・共有し合える「超柔軟性」も育まれます。

 また、内容をまとめ、自らプレゼンする過程で「自主性」も身についていきます。4月の入学時には「プレゼンが一番苦手」と言っていた学生でも、7月の展示会「X展」では、プロジェクションマッピングなどを使って一般の来場者にプレゼンできるようになります。そして苦手と思っていたのは経験が足りないだけだったことを知るのです。

 教員側も、毎回違うテーマで6人のプレゼンを受けるうちに見る目の厳しくなった学生を、さらにワクワクさせようと努力しますから、とても良い循環が生まれていると思います。そういう意味では、この授業そのものがまさにアート的ですし、ここでの経験は学生が社会へ出てからも必ず活きてくると思います。

 この学科には、感想を書けと言われて、アニメ風に上手に絵を描いて提出する学生など、ユニークな学生が少なくありませんが、私は、それほど目立つことはなくても、もともと個性のない人間などいないと思っています。誰もが訓練次第で、将来生きていくのに必要なテクノロジーを身につけ、さらにはアート性を育んでいけると思っています。

 この学科ではこの他、様々なユニークな取組を行っています。4年間で、自らの個性を発揮しながら他人の多様性を受け容れ、新しいものを創造するというプロセスを経験し、みなさんの未来を切り拓いていってほしいと思います。

地域とともに共同研究!
「ともいき研究」で大学と地域パートナーが地域の課題に挑む!

シリーズ – 大学が地域の核になる—京都文教大学の挑戦

 京都文教大学では、2014年度に「地域協働研究教育センター」を立ち上げ、地域における本学の教育、研究、社会貢献活動を一体化する取り組みを進めてきました。その中でも特徴的なのが、地域の方々とともに取り組む「ともいき研究」です。

 「ともいき研究」では、京都文教大学の教員のみならず、地域の方からも研究を募集し、両者をマッチングして、共同研究を行っています。分野は、京都文教大学の学問特性をいかした地域福祉、保育、教育、まちづくり、観光、地域コミュニティ、防災など様々です。京都文教大学の持つリソースを活かしながら、住民、企業、行政、各種団体等の地域パートナーが協働して、ともに地域課題に取り組んでいます。

 2018年度は、以下の15件の共同研究プロジェクトが採択されました。本学の専任教員の約4割が関わり、学内外で延べ120名を超える研究員が地域課題に挑戦しています。

学生、地域住民、行政が協働して「マイ防災マップ」を作成
学生も共同研究のグループミーティングに参加
「ものがたり観光」をテーマにした連続講座
「ともいき講座」で研究成果を社会や学生に還元

 「ともいき研究」開始当初から、各共同研究に基づいた公開講座「ともいき講座」やまちづくりミーティングを開催し、地域課題の共有、研究成果の地域還元、学生への実践教育の場の提供などを実施してきました。2017年度から、研究成果の社会還元を重点化し、研究の質的向上を図るため、「ともいき講座」をはじめ、まちづくりミーティングやワークショップ、グループミーティングなどの実施を採択要件としました。地域の方々を対象としたこれらの取り組みを通じて、地域ニーズの把握のみならず、現任者向けの研修会や公開研究会など、研究テーマの特性に即した講座を行い、地域生涯学習力の向上に努めています。また、学生も研究活動に携わることで、地域課題と自らの学びを接続することができ、「ともいき研究」の取り組みは教育へも還元されています。

 「ともいき研究」を通じて、地域ニーズの把握、地域課題の解決へ向けての実践、地域生涯学習力の向上、学生の教育、それぞれが相互につながり、スパイラルアップする仕組みづくりを目指しています。

京都で初
外国人正社員が留学生に対応

学びと生活 – 留学生の居住支援

 文部科学省では国際的に活躍する人材の養成をめざし、2020年を目標に30万人の留学生を受け入れる「国際化拠点整備事業(グローバル30)」を進めている。京都でも、2018年5月現在で約1万1,000人の留学生が大学、専修学校、日本語学校などで学んでいる。

 ㈱フラットエージェンシー(京都市北区)は、京都で初めての試みとなる、外国人のお部屋探し専門の店舗「京都大学前店」を2009年5月にオープンした。この店舗の特色は、英語、中国語、韓国語などを話せる外国人の正社員が常駐し、話題となっている。

 「私たち外国人スタッフが母国語で対応することで、パーセプションギャップ(相互の理解不足)が解消されます。だから入居者の留学生や、マンションのオーナーさんも大いに安心されています」「慣れない日本での生活を細かくフォローできるよう努めています」と入社7年目、中国出身、龍谷大学卒業生の仇 暁敏子(キュウ・ギョウビンシ)さんは語る。

留学生の就職支援セミナーを主催

テーマ「日本企業で働くということ」で白熱のトーク

 京都市役所・堀場製作所・京都信用金庫・京都府国際センター・フラットエージェンシーが応援する就職支援セミナーがキャンパスプラザ京都で開催された。

 留学生と日本人学生が様々なワークショップを通じて、京都企業への関心を深め、「職業観」や「社会人基礎力」など、気付きを得る有意義なプログラムが展開されている。

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京都の大学へ進学する高校生に「お部屋の紹介」

『My Flats』お部屋探しのガイドブックを高校へ配布

 同社スタッフが主要な地方の高校を訪問し、京都で学生生活をスタートさせる新入生向けのガイドブックを進路指導室に設置している。

 “大学のまち京都”古都1200年の歴史、自由と進取の気風がある京都の魅力と共に、良質の賃貸物件データを満載した冊子は、さながら「お部屋探しの赤本」といえそうだ。

本社:京都市北区紫野西御所田町 9-1
フリーダイヤル:0120-75-0669
https://flat-a.co.jp

第16回 課題解決力と実行力を 求める裏には

京都大学
学際融合教育研究推進センター
准教授 宮野 公樹先生

~Profile~
1973年石川県生まれ。2010~14年に文部科学省研究振興局学術調査官も兼任。2011~2014年総長学事補佐。専門は学問論、大学論、政策科学。南部陽一郎研究奨励賞、日本金属学会論文賞他。著書に「研究を深める5つの問い」講談社など。

今年6月、経団連が以下のようなアンケート結果を公表した、とあります。


経団連が「高等教育に関するアンケート」を443社に調査

「産業界が大学卒業時点の学生に求める資質は『主体性』がトップで、『実行力』、『課題設定・解決能力』と続くことが、経団連の会員企業アンケート調査で明らかになった。順位を上げているのは『課題設定・解決能力』で、指示待ちではなく、自ら率先して課題解決に臨む姿勢が求められている」(大学ジャーナルオンライン編集部より)


 これを読むと、筆者は全身が脱力する感覚を覚えます。その短絡的な回答内容に落胆を覚えます。理由は2つあります。

 一つは、「課題解決を過度に重視する」という点。どうやら今日は、希望や夢、己の志や使命なんかよりも、課題や問題というネガティブなもののほうがありがたがられるようです。もちろん、課題や問題というものがこの世から無くなったことはないですし、ある問題の解決を我が宿命と考えることも立派なことです。しかしながら、立派なのはその志や勇気ある行為のほうであって、「課題」のほうではないはずです。「課題がある!」「問題がある!」と叫ぶ社会と、「私にはやりたいことがある!」と叫ぶ社会とでは、どちらがまだましでしょうか。もちろん、結果的にやることは同じかもしれません。しかし、筆者には後者のほうがはるかに健康的な気がするのです。

 もう一つ、「実行力を求める」という言葉。ちょっとひねくれた意見ですが、みんながみんな実行力があったら恐ろしいほど騒々しい社会になるだろうと思うのです。例えば、この社会には実行力はなくても質問が異様に鋭い人、いうなら質問力が高い人だってきっと必要でしょう(いわゆる文系、中でも哲学分野でまっとうに育った学生はきっとそうなると思うのですが)。

 これら「課題解決能力」「実行力」を重視する傾向は、現状の企業が悩んでいることを如実に表わしています。

 実は先日、東京である企業と打ち合わせをしてきました。昨今の企業によくあるように、新たに「イノベーション推進本部」といった類いの部署が設置され、その部署の人たちが次なる儲けの主柱となる新規事業の立ち上げを命じられているのです。「イノベーションの推進」と掲げているものの、結局は3年後に何か利益につながる成果を出せというプレッシャーがかけられている、と担当者は嘆いていました。結局、企業は「今のうちに何か新しいことをやらなければいけない」と強く信じており、その結果、実行力や課題解決能力などを重視しているのだと思います。

 ところが、この「イノベーションを3年以内におこせ」という言葉、これこそが諸悪の根源です。読者のみなさんにはこの矛盾がおわかりになるでしょうか。つまり、いわゆる「イノベーション」というものはまったく想定外の価値観の出現であり、それによって社会全体に影響が及ぶことをいいます。その想定外のことを3年で出せ!というのは語彙矛盾なのです。想定外のものは想定の外にあるから想定外。つまり、3年で出せ、というように計画的に実行できるものではない。筆者がその会社の上司なら、部下にこう言います。「失敗してもいい。だから3年間、おもいっきりやりなさい」と。これが本当にイノベーションをおこそうとする考え方だと思います。

 しかし、今の企業はなかなかこの言葉が言えない。そのような本当のチャレンジをできる(のできる、または、をする)余力が無い。正確に言うなら、精神的余力がないのです。よく、次の製品を開発するだけのゆとりとなる金がない、と企業はいいますが、必要とあれば何かを削ってでもお金をつくるのが企業というもの。結局のところ、超長期的、あるいは文明論的、哲学的に考えることを拒否する姿勢が、課題解決を重視したり、実行力を求めたりという行為に表れていると言えるのです。

雑賀恵子の書評 – 食べることの哲学

雑賀恵子

~Profile~
京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪産業大学他非常勤講師。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。

食べることの哲学
檜垣 立哉
世界思想社
2018年

 わたしたちの身体は、食べること及び呼吸することによって外部から物質を取り入れ、身体の恒常性を保ちエネルギーを産生する。食べることは、外部と私を繋いで関係性を築くことであり、生きるというのは外部と私の絶えない交通の中で営まれる。この交通は、生命の運動だ。わたしたちの食べるものは、水と塩を除いてはすべて生きものだからである。

 わたしたちは、そうして成り立っている身体であり、動物であり、つまりは生命である。一方で、人間は言語を持ち、技術を発達させ、社会というものを創り上げてきた。人間として生きるとは、構成された文化のなかで生活をするということである。

 哲学者の檜垣立哉は、まず人間を生物であると押さえた上で、動物としての身体と文化としての身体が絡み合い、ぶつかりあって存在するものと捉える。このぶつかりあいがみやすい姿をとって現れるのが食べるということであるとして、考える現場を食にさだめて思考を巡らせたのが本書である。

 まず、文化人類学者であり構造主義の潮流の中心として20世紀の思想を率いた一人であるレヴィ=ストロースの「料理の三角形」という概念を用いて、自然を文化に統合するものとしての言語と料理について考える。料理とは、自然からの食材を加工することであり、そこから技法が洗練される。肉体が発することができる音を調整し、規則化するのが言語だ。「自然をもちいながら切れ目をつくり、あるいは対立点を際立たせ、それによって文化という仕方のなかに包摂していく」。そのことで言語でも食でも共通のシステムをかたちづくっているというのである。

 食べるということをつきつめていくと、生きものを食べるのだから、殺害という項目にいきつかざるをえない。わたしたちは、何かを殺して食べているのだ。そして、食べるということと食べられるということとは、同じ平面上で進行している出来事だ。自然は、世界はそういうふうに成り立っている。わたしたちの身体は、その一部として置かれている。評者(雑賀恵子)の『エコ・ロゴス』を中心に据えて、檜垣は思考を進める。死に瀕する極限においては、食という形で生命を欲する身体は、欲する生命を分類しない。つまり人間をも食べる。通常は、カニバリズム(人肉食)を忌避しており、文化は同類食を退ける。ただ生きているだけの原初的な「剥き出しの生」(ゾーエー)と、法や言語といった制度化された生(ビオス)とが衝突する場所としてカニバリズムを設定して、生きるということはなにごとかを探っていく。生きるというのは明確に言語で表現しうることばかりでは決してなく、グレイゾーンの中でさまよっているものでもあるのだ。

 哲学、徹底的にものを考えていく試み。それを愛すること。食べることの哲学とは、生を愛することを見出そうとすることだろう。

どうして数学を学ぶの?第54回 作図ソフトウェアで作図してみよう

御園 真史
島根大学教育学部数理基礎教育講座准教授、博士(学術)

研究室公式ホームページ http://misono-lab.info/
ツイッターID miso_net

 みなさん、こんにちは。

 今日は、作図ソフトウェアであるGeoGebra Geometry(以下、GeoGebraといいます)を紹介したいと思います。

 作図というと、学校の授業では、三角定規とコンパスを使うというイメージがあるのではないかと思います。

 GeoGebraは、パソコンはもちろんのこと、タブレットやスマホでも無料でダウンロードして利用することができます。

 画面上で、線を引いたり、円をかいたり作図することができます。さらに、実際にかいた図形に対して、長さを測ったり、角度を測ったりする機能もあり大変便利です。

 画面1は、GeoGebraで、中学校でも学習する「角の二等分線の作図」を行ってみたものです。

 まず、「2点を通る直線」の機能を使い、点A、点Bを通る直線と、点C、点Dを通る直線を引いています。

 次に、これらの直線の交点をEとし、点Eを中心として、点Fを適当にとり、点Fを通る円をかきます。つまり、半径がEFの円をかきます。これには、「中心と円周上の1点で決まる円」の機能を使います。

 さらに、同じく「中心と円周上の1点で決まる円」の機能で、直線ABと円Eの交点をGとし、点Gを中心として、点Hを適当にとり、GHを半径とする円をかきます。

 今度は、「コンパス」機能を使い、Eと直線CDとの交点Iを中心として、半径がGHに等しい円をかきます。

 最後に、「2点を通る直線」の機能を使い、今書いた2つの円の交点の1つである点Jと点Eを結びます。

 これで、∠BEDの二等分線が作図できました。

 本当に角が二等分されているかを、角度を測って確かめることができます。「角度」の機能を用いて、∠BEJと∠DEJを測ってみると、図で示した場合では、どちらも30.8度となります。さて、作図をしてみて、青い点と黒い点があるのに気付いたかもしれません。

 図の青い点は、マウスなどで位置を自由に動かすことができます。一方、黒い点は、他の操作によって決まる点ですので、動かすことができません。

 紙の上での作図は1度書いてしまったら動かすことは極めて難しいですが、作図ソフトウェアを使うと、点の位置を自由に動かすことができます。コンピュータならではの機能ですね。 

 今の角の二等分線では、最初に打った点Aや点Cの位置などを変えたりできます。これらの点の位置を変えると、角度も変わっていきます。しかし、どのように点を動かしても、∠BEJ=∠DEJは成り立ちそうです。どうやら角の二等分線の作図は正しくできていそうです。

 ただし、これは証明にはなっていません。証明は、三角形の合同条件を用いてできますね。画面上では、点をいろいろ動かして、「帰納的に」確かめることはできます。「帰納的に」とは、簡単にいうと、数多くの事例から一般法則を導くという考え方です。性質を発見していくにはとても役立つと思います。

 さて、高校では数学Aで図形の性質を学びます。この単元では、本来作図をしっかりやらなくてはいけません。ところで、2022年度から高等学校で学習指導要領(カリキュラム)が新しくなります。そこでは、「コンピュータなどの情報機器を用いて図形を表すなどして、図形の性質や作図について統合的・発展的に考察すること」と明記されましたので、コンピュータを使った指導が高校でも当たり前になっていくことでしょう。

大学教育の質のさらなる向上を目指して

高大接続も積極的に活用、NEXT10を掲げ、大学改革を加速する中京大学の取組み

井口 弘和 教授 中京大学工学部機械システム工学科教授
教育推進センター長
井口 弘和 教授

~Profile~
1996年名古屋工業大学大学院博士号取得(工学博士)、2003年日本人間工学会認定人間工学専門家資格取得、1979年(株)豊田中央研究所入社、1999年同感性心理研究室室長、2004年中京大学生命システム工学部(旧)教授。2008年情報理工学部(旧)教授、2010年情報理工(旧)学部長、2013年工学部長、愛知県立昭和高等学校出身。

現在、多くの高校生や保護者が注視する大学入試改革、大学・高校関係者が模索する高大接続ですが、その目指すところが大学、高校それぞれにおける教育改革にあることは変わりません。こうした中、中部地区にあって、高大接続も含めて、大学を挙げて積極的に教育改革を進めているのが中京大学。2017年から教育推進センター長を務め、民間企業出身者ならではの視点から、教育改革、高大接続をリードする井口弘和教授に、これまでの取組みと今後の展望をお聞きしました。

学習支援ソフト「MaNaBo」から、学びの成果が確認でき、意欲を高める学生ポートフォリオシステムまで

 日本の大学一年生の半数以上が、週平均5時間未満、85%強が10時間未満しか勉強していないというショッキングな調査結果がよく知られていますが※1、本学ではこれを大学教育の危機と受け止め、2014年に次の10年を見据えて作成した「中京大学長期計画NEXT10“しなやかに挑み続ける、新生・中京大学”」(以下NEXT10)においても、教育の質の充実※2のための方策を真っ先に掲げています。このNEXT10を受け開設された教育推進センターでは、その全学的な推進を担っています。

 大学教育の質を保証するためにまず求められるのは、学生に、自発的に学修できる仕組みと環境を用意することと考えた私たちは、本年度、学習支援用のネットワークツール「MaNaBo」をリニューアルしました。宿題や演習をクイズ形式にしたり、ブログ形式やフォーラム形式など双方向の仕組みを取り入れるとともに、履歴から学生がどれぐらいアクセスしているかもわかるようにしました。来年度はさらに、授業終盤での授業アンケートをWeb上に記入できるようにし、教員が次の授業の参考にしたり、シラバスを改善したりできるようにICT環境を整備します。これらは授業の質を保つために最低限必要なことですが、整い次第、学生を勉強させる方法や評価の仕組作りなど、次のステップに進みたいと考えています。

 その一つが独自の学生ポートフォリオの開発です。学生がネット上に学修の計画から、活動や成果を個別に入力して記録していくもので、現在、新入試制度の下で合否判定のための資料として高校で利用することが検討されているeポートフォリオと類似したものです。本学では、教員による学修管理や成績等の証明にすることを目的にするのではなく、あくまでも学生の自発的な目標管理、主体的に学問へ向き合うためのツールと位置付けます。そのため、教員は、定期テストなどの結果だけでなく、学生の学修におけるプロセスも見ることができるようになっています。

 参考にしたのは、私の前職でのポートフォリオ。各人は年度の始まりに、自分の行動(業務)目標を掲げ、四半期ごとに達成状況を確認し、「自分はこんなに頑張ったからもう少し高く評価して下さい」とアピールします。このポートフォリオは上司の上司も確認しますから、会社の評価への信頼感は増し、モチベーションは上がります。

 生産活動ではない教育に、このようなシステムが馴染むかどうかは未知数ですが、少なくとも、一人ひとりの個性や伸びしろがわかり、教員による評価のバラつきが防げるというメリットはあると思います。将来、就職活動に使われるようなことになれば、企業からはまちがいなく重宝がられるはずです。

 個人的には、大谷翔平選手が使っていたマンダラチャートのようなものになれば、《学術とスポーツの真剣味の殿堂たれ》という本学の教育理念にも合致すると思います。

※1 東京大学大学院教育研究科大学経営・政策センターによる「授業に関する学修の時間–1週間あたり–日米の大学1年生の比較」(全国大学生調査2007年)【文科省HPより】による。平成28年度のJASSOの調査でも、1週間の、授業時間を除く予習・復習などの勉強時間は1~5時間と答えた学生が半数以上とされる。

※2 NEXT10は10分野からなっていて、〈教育推進〉の事項では、「≪学修意欲を高める教育環境の整備≫について自学自習も含めた能動的な「学修」に取り組むことが自然となるような教育環境を創造する」とされ、学生ポートフォリオやルーブリック評価による学力の可視化などを推進するとしている。

高大接続も様々に展開

 大学でこのような取組みを進めれば進めるほど、関心はやはり入学者の資質に向かいます。多様な入試を実施している本学では、入学前教育やリメディアル教育、初年次教育に力を入れてきました。しかし大学での教育の効率を考えると、高校3年間を大学で学ぶための準備期間と考え、その間に高校と大学とが協力して進路に対する意識を高めてもらったり、大学の学びに対する憧れを抱いてもらったりする方が良いのは明らかです。また高校生が大学教員と接することで、高校での学びに大きなモチベーションを与えることもできます。実際、次期学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びを促す方法の一つとして探求型授業が、さらにはそれを高大接続の中で実現していくことが求められています。

 こうした観点から本学では、2009年から、中京大学附属中京高等学校進学コース2年生の生徒を、毎年大学へ招き、大学で学ぶことについて意識を高めてもらおうと模擬授業を行ってきました。全学部が参加し、高大接続の足掛かりを模索するとともに、《高校・大学の7年一貫教育を実現する連携プログラム》の構築も進めてきました。

 2015年には、《学問的関心の涵養、問題発見・解決能力の育成、国際性・キャリア意識の喚起を促進する附属高校のカリキュラムおよび高大連携プログラム》を、両校教職員が共同して開発することとしました。

 もちろん一口に高大接続と言っても、大学、学部によって高校に求めるものは異なります。高3の段階で大学1年の勉強ができれば、多岐にわたる大学の授業を余裕を持って受けることができて理想的です。

 本学では、大学の正規の授業に「単位認定型先行授業」を設け、それを受講し、修了した附属校生にはそれを大学入学後の単位として認めるという「前取り単位」制を導入しました。北米等でAP※3といわれるシステムで、受講生からの評判は上々です。

 附属高校以外の高校への出前授業にも力を入れています。学部ごとに、高校生向けの授業に定評のある教員が、中京圏をはじめ、隣県の高校へ積極的に出向いています。

 教職協働と学生ファーストに強みを持ち、《元気のいい学生》を輩出する本学のさらなる教育改革、高大接続の今後の展開に期待して頂きたいと思います。

※3 Advanced Placement


コラム – 工学部が三重県立桑名高等学校と中京大学附属中京高等学校の生徒を招いて高大連携講義を実施

 工学部では去る8月1日と22日の二日にわたって、三重県立桑名高等学校と中京大学附属中京高等学校の生徒を名古屋、豊田のキャンパスに招き、高大連携講義を行った。産業技術は様々な学問分野の複合であることを実感し、進路選択や、大学で学んだことを社会にどう活かすかを考えてもらう機会にすることが目的で、各校から6名、計12名の生徒が参加した。

 一回目の8月1日は、名古屋キャンパスで行われ、「人工知能ロボット研究の最先端」「プラズマロケットと人工衛星開発の最前線」の二つの講義が行われた。

 午前の部に行われた「人工知能ロボット研究の最先端」では、機械システム工学科の橋本学教授(本誌126号参照)の指導の下、PCとカメラを一人一台使い、プログラムを作成したり、物体や人間の顔の認識など、人工知能技術を実際に体験してもらった。

 午後の部に行われた「プラズマロケットと人工衛星開発の最前線」は、電気電子工学科の村中崇信准教授と上野一磨助教が担当。真空装置を見学したり、電気回路を実際に組み立ててプラズマを製作したりした。

 参加した生徒からは、「電子回路の製作でははんだ付けが難しかった」「ロボットによる瞬時の三次元の物体認識が印象的だった」などの声が聞かれた。

 最後に行われたゼミ生との交流では、ゼミ生達から参加した生徒へ「高校では決められた授業を受けていると思うが、大学では自分の好きな授業で学べるのが楽しい」「自由にできることが増える分、自分で考えて行動することが大切。学べる環境の整った大学で意義のある大学生活を送ってほしい」などの感想やアドバイスが送られた。

 二回目は8月22日に豊田キャンパスで行われ、午前の部ではメディア工学科の瀧剛志教授による「人の動きを捉える映像処理」の講義が行われた。生徒達はプロサッカー選手の試合中の移動データを題材に、各選手の速度や加速度を計算し、選手の特徴を分析するなどした。

 午後の部では、情報工学科の道満恵介講師が「データ処理・パターン認識を用いた支援技術」を担当。生徒達はディープラーニングについて解説を受けた後、画像処理技術を用いてぶつからないクルマ作りを体験、画像処理がどのように行われているのかを学んだ。

 主催した工学部では、「全体を通して、初めて体験する実験に戸惑う生徒もいたが、教員や学生のアドバイスを受け何度もチャレンジするうちにこなせるようになり、成功した瞬間に歓声を上げたり、実験は難しかったが、最後には成功して嬉しかったなどと語ってくれるたりして、この取組みが高校生の学ぶ意欲を確実に高めていることが感じられた」としている。

2025へ向けて – 合格者に聞く その2
2018年度 京都大学特色入試

昨年度で三回目となった京都大学の特色入試ですが、年々受験者は増加し、試験内容にも変化が起こっているようです。今回は、そんな狭き門を潜り抜けた4名の合格者たちに話を聞いてみました。

佐藤 源気さん
農学部応用生物科学科
滋賀県膳所高校出身
西田 恵一郎さん
総合人間学部(理)
奈良県奈良高校出身

特色入試を受けようと思ったきっかけは何ですか?

佐藤くん 高2の頃から生物学オリンピックに挑戦するようになり、のめり込んでいきました。バイオテクノロジーに関心があり、元から京大農学部の応生に行きたいなと思っていましたが、特色入試を知り、自分がしてきたことを活かせるのではないかと思い、受験しようと思いました。

西田くん 僕は高3の秋まで特色入試の存在を知らなかったんです。他の国立大の推薦入試を友達が受けると聞いて、京大にも推薦入試ってあるのかな?と調べてみたら、「あった!」という感じで……(笑)。それで0.1%でも受かる確率があるならやってみようと、直前でしたが受験を決めました。

学びの設計書には何を書きましたか?

西田 僕は本当に高校時代の実績がなくて……(笑)。《苦手だった数学を克服して好きになった》というエピソードで何とか400字を埋めました。大学で学びたいことには、経済学、心理学、数学を挙げました。

佐藤 僕の受けた学部も形式は同じで、生物学オリンピックの活動や部活で生物系の研究をしていたことを書きました。あとは好きな分野や、将来、仕事としてやりたい分野、そしてそのために学びたいことをまとめ、すごく学問肌(アカデミック志向)のこってりとした文章を送りました(笑)。

西田 具体的にはどんな分野が好きなの? 佐藤 一番は遺伝子工学です。DNAを上手いこといじったりするのが好きで、将来もそれを続けていきたいと思ってます。そのほかに好きなのは、微生物学や数理生物学。特に大学に入ってからは、生物より数学や、物理、化学ばかりやっています。将来、遺伝子工学をやる上で微生物学の知識などは役に立つと思いますし、できれば自分の興味を力にして活躍したいと思っています。ゲノム研究には停滞している課題がいくつかありますから、それらの解決のために研究者の人たちが使ってくれるツールを作れたらいいなと思っています。

大学でやりたいことについて、いつ頃から興味を持ち始めましたか?

佐藤 小さいころから生き物が好きで、力を入れていた自由研究では、プランクトンの研究や寒天培地の培養実験を行っていました。高校に入ってミクロの世界に触れるようになって生物学への興味が一層深まり、勉強していくうちに、遺伝子工学や数理生物学へと興味が移ってきた感じですね。 西田 僕は決まるのが遅かった。高校一年生の時は数学が好きで理学部に行こうと思っていました。ただ、「数学だけで生きていけるほど好きか?」と考え直し、工学部なども見て回りました。その時に、ある大学のオープンキャンパスで経済学も面白いなと感じ興味が出てきました。そこで入試形式も考慮し、入学後には何でもでき、合格可能性も最も高かった総合人間学部に決めました。

二次試験の対策や、受験後の所感を教えてください。

西田 二次試験の文系総合問題の小論文は、対策のしようがないというか。正直、特色入試で受かるとは全く思っていなかったため、小論文に力を入れるのもどうかと思い、一般入試の数学や理科の勉強をするくらいでした。当日は、勉強のことは置いておいて、遊びに行くついでのような感覚で試験を受けました。小論文は、一般入試なら点数にならないような支離滅裂なことを好き勝手書いてしまい結果は壊滅的だったのではないでしょうか(笑)。終わった瞬間はもうダメかなと。ただ、あまり対策もしなかったのだからこんなものだろうと頭を切り替えました。かわって理系総合問題では、数学を2問とも完答、理科の頭の体操の問題も、すっとアイデアが浮かび解答欄を埋めることができ安心しました。

佐藤 二次試験は小論文と面接でした。応生はまだ特色が始まって二年目で、過去問も一年分しかありませんでしたが、それには前提知識が必要とされる問題が少しあったため、出題されそうな環境系の生物工学について少し調べたりはしました。ただ、一般入試の英語のほうが心配でそちらに力を入れ、あまりしっかりとはやりませんでしたが。小論文は、単語が五つほど書いてあって、その中から一つ選んでそれについて述べよ、というとてもふわっとした問題でした(笑)。「遺伝子組み換え作物」を選び、専門書で読んだことなどを思い出しながら、けっこう上手く書けたんじゃないかなと思います。面接は対策のしようがなく、高校の先生に一度、立ち居振る舞いの確認をしてもらうくらいで、あとはぶっつけ本番で臨みました。実際にはいたって普通の面接で、学びの設計書に書いたことについて聞かれるくらいでした。答えのある問いではなく、自分の考えを深く聞かれる感じでした。受験生一人に先生7人でしたが圧迫感はなかったですよ(笑)。でもユニークな問いもありました。「人生で一番美しいと思ったものは何ですか」と聞かれた時には、標準化や規格化の概念だと答えました。基準を処理することで色々見えてくるのがいいなと思っていたからです。それを使って高校の時に力足らずで終わってしまった研究を改善するならどうしますか、とも聞かれました。最終的にはあまり失敗しなかったので、手ごたえを感じました。

西田 すごいですね。僕は、試験を受けた後、小論文が壊滅的だったためダメだろうなと思ってました。合格後に点数が開示されますが、それを見たら小論文は合格者の中で最下位でした(笑)。そのかわり理科は上から二番目でした。 佐藤 バリバリの理系だね。僕は逆に、センターの点数でひやひやしました。応生は二次試験通過後、センターの点数の基準をクリアしたら合格が決まりますが、リスニングと国語で失敗。二日目の試験開始前に一日目の自己採点をしたため、精神状態が最悪のまま数学を受けました(笑)。僕を含め二次試験の通過者は3人いましたが、最終合格者は一人でしたから、意外と鬼門だったみたいです。

合格が決まった時の気持ちを教えてください。また、合格後はどう過ごしましたか。

西田 発表の日は京大のプレテストを受けていて、その昼休みに結果を見ました。絶対無理だと思いながら画面を開いたら合格していたので、友達が受験ムードの中、一人だけで喜ぶのも差し障りがありますから、「また会おう」と言って次の試験を受けずに帰りました(笑)。合格したらラーメンを奢ってくれると約束していた友人に電話したため、そこから学校中に広まってしまっていて、翌日先生に報告した時には来るのが遅いと言われました(笑)。

合格後に、塾のチューターさんに今のうちにしたほうがいいことを聞いたところ、自動車免許とTOEFLと言われ、自動車学校に通って免許を取ったところまではよかったのですが、TOEFLの方は参考書を買ったところで終わっています(笑)。 佐藤 僕のところは二次の結果がもう発表されていて、センターの点数を加味しての最終発表だったため、二次の時とセンターの自己採点の時はとても喜んだ反面、最終発表の日は落ち着いていました。僕は携帯で結果を見ましたが、父は仕事帰りに大学へ見に行っていました(笑)。生物部の先生へは、東大の推薦入試に合格した友達と一緒に報告に行き、その足でカラオケにも行きました。合格後は、受験勉強で読めてなかった本を読み進めたり、ちょこちょこ遊んだりしていました。あと、生物学オリンピックの先輩のつてで、京大の生物化学の会というゼミに参加させてもらい、早めに京大に通い始めました。

大学生活はどうですか?

佐藤 サークルに3つ入っていて、平日はサークルに参加して夜ご飯を食べて、帰りは終電、という忙しい日々を送っています。大学に入ったらもう少し本を読む時間があるのかなと思っていましたが、そうもいかず…(笑)。大学の勉強は、自然科学系は大丈夫ですが語学に苦戦しています。英語の課題が多くて…。あとは、学生6人で自主ゼミもしています。生物系は独学で足りますが、やはり物数化は人と一緒に進むことでいい影響を受けると思いますので、時間がなくても参加してしまいますね。

西田 僕は最近、下宿を始めて、終電を気にせずサークルに参加したり友人と遊んだりするようになりました。サークルは生協系イベントサークルと、ダイビングサークルに入っています。ダイビングのほうは、週一で座学を勉強したり、プールで泳いだりして、免許を取ろうと頑張っています。勉強面では、自分も周りも、大学生ってあまりまじめに授業を受けないんだなあ、と思いましたね…(笑)。 佐藤 僕も出席を取らない授業は厳しい状況にある…(笑)。

大学で学び始めて生活を経て、学びの設計書に書いたことから興味の変化はありましたか?

佐藤 僕は数理生物に寄りすぎているかなと感じることはありますけど、ある程度ぶれずにやれていると思います。サークルにいる数理専門の先輩からの影響が強く、生物の記憶がだんだん薄れつつあります(笑)。

西田 僕は心理学と数学の授業はとれましたが、経済学は抽選に落ちてしまって…。初回の授業に参加して本当に面白いなと感じたので、後期は絶対に取ろうと思ってます。心理学は『ヒューマンインターフェースの心理と生理』という授業を受けていて、人間の推論方法などを学んでいますが、元々興味のあった文系寄りの心理学で、とても面白いです。あと、パソコン操作に少し強いため、後期には新しくプログラミングの授業を取ろうかなと考えています。小さいころ、初めて買い与えられたのがパソコンゲームで、やっているうちにほとんど操作を覚えましたから。

佐藤 わかるわかる、トラブルに自分で対応していくうちに使えるようになるよね。 西田 そう、ナンバーロックのテンキー入力を最初からできるようにするために、自分で調べて設定をいじったりして、知識や技術が自然に身についていました。そう考えると、自分のやりたいことに向かって、そこに行きつくまでに立ちはだかる壁を突破していくタイプだったのかもしれません。

大学入学後に特色生であることを感じる出来事などはありましたか。

佐藤 僕は応生の専門の授業が基礎的な内容だったため、受講していません。それもあって、他の学科の人には全然会いませんから、今のところそういう出来事はないですね。応生は3,4回生で実験三昧になるそうなので、おいおい関りはできるのかな、と。
西田 僕は一般と特色の垣根を感じたことはないですが、英語が苦手なうえに、一般入試を経てない分、英語の授業で周りより苦戦することはありますね。
佐藤 僕も英語で進められる授業では同じことを思う。
西田 もし一般入試を受けてたら、「英語解けてたかなあ」とか考えますよね。授業で当てられて答えられなくていじられたら、「まあおれ特色やから!」と開き直るようにしてます(笑)。あと、入学直後に他の特色生を探し出して連絡を取り、一緒にご飯に行く計画を立てたりもしているので、上回生も含めた特色生同士のコミュニティができればいいなと思っています。


金 子璇さん
医学部医学科
兵庫県立芦屋国際中等教育学校出身

特色入試を受けようと思ったきっかけは?

 高校の先生の紹介でELCAS※1に高1の夏からの1年と、高2の夏からの1年で計2年参加していたのがきっかけです。ELCASでは最初様々な分野の先生の講義を聞いて、のちに参加者の興味関心にそった教室でさらに知見を深めるという経験をさせていただき、次第に京大に惹かれていきました。ただ自分の成績を考えると京大は少し厳しいかなと思っていたところ、ELCASでお世話になっていた先生に特色入試のお話を伺って、チャンスが増やせるならと受験を決めました。

 もともと生物、特に人体や細胞への興味がつよく、大学ではそれらを勉強したいと思っていました。人体をやるならやはり医学科と思っていたのですが、学力的には厳しいものがありましたから一般入試の出願は医学部人間健康科学科か、農学部で考えていて、特色の医学科は受かったらいいな、というだめもとくらいの気持ちで出願しました。

 出願要件に関して、科学オリンピック出場などは必須条件ではなく、高校の評定平均4.7以上とTOEFLの点数を持っていればいいということでした。出願自体は出しやすかった印象です。ただ、書類選考の時に、TOEFLの点数ではないかもしれませんが、何らかの足きりがありました。在籍していた高校が英語教育をしっかりしてくれていた学校だったので、私自身TOEFL自体はある程度自信があるスコアを持って受験に臨めました。

準備、学びの設計書

 特色をちゃんと受けようと思ったのは高3の8月で、もちろん塾でサポートなどもありませんでしたから、自分でいろいろ情報を集めるところからスタートしました。学びの設計書には、様々な友人たちとの議論や発表を通じて、自分の考えをいかに伝えるかを学べたことがメインテーマにコミュニケーションという観点から、ELCASでの経験と高校での経験を2本柱に書きました。研究の動機としては、人体の仕組みについて、とりわけ、体内で起きる反応を挙げました。目に見えない病原菌が人体に侵入すると下手したら死んじゃうこともあって、そのプロセスを研究してみたいということ。また、参加した「女子中高生のための関西科学塾」というプログラムの中で、補聴器をつけた中学生が、うまく話せないながらも、プログラムを通して感じた楽しさを語っている姿に感動して、自分の研究が社会に反映されて、少しでも人の助けになればいいと思ったことも書きました。

 書類自体は11月までには出来上がり、11/30の書類選考通過から過去問を解き始めました。ただ中身がすごく難しくて、わからないものばかり。自分なりに考えて、ネットで調べてみたり、本当に困ったところは高校の先生に相談してみたり。それでも正解が一つに決まらない論述問題が多かったので、これは答えが出せるか、よりも考え方をいかに理路整然に述べられるか、を見るテストなのだなと思うようになりました。過去問と平行して母が買ってくれた、科学的な思考、アイデアについての、京大の教授がお書きになった新書を読んでいて、それが面接のときに役立つこともありました。

試験

 すごく緊張しました。でも過去問よりは簡単になったかな、という印象です。過去問は、今大学の授業で必死にやっていることが問題になっていましたが、私の受けたときは高校生の理科の知識によった問題が多くなっていたと思います。ただ思考プロセスを問う問題であるという感覚は変わりないです。

 一日目を終えて、面接に進めることもわかったので、一段落していたのですが、面接が大変でした。4つ面接があり、一つはいわゆる普通の面接で、高校の成績や高校時の活動について。残り3つが特殊で、口頭試問のような形式です。まず20分で与えられた資料に目を通し、次の20分でその内容について教授2人相手にディスカッションという形式でした。内容は医療に関連することで、20分で準備するには深いテーマばかりでした。私は最後は普通の面接だったのですが、最後はクタクタでした(笑)。

入学して

 医学部の特色は基礎研究、MD研究者育成のための入試なので、一度担当の先生と面接を行いました。私は研究者になりたかったのですが、「特色で入ったけど研究者になるかどうかはあなたの希望次第だよ」ともお話しいただきました。特色の学生はMD研究者育成プログラムに申し込んで採択されたら奨学金が得られるとも伺いました。後期からは、私も、プログラムの一環として、研究室にお邪魔して実験などを学ぶ予定です。

 周りの学生との付き合いに関してですが、特色で入ると、最初のほうは、「特色生」という色眼鏡で見られて、特色だからすごいんでしょう、と言われますが、私は一般試験じゃ難しかっただろうという気持ちがずっとあるので、周りの学生のほうが勉強できてすごいと、やや引け目に感じた時期もありました。特色だって言いたくないとも思っていました。ただ、同じ京大に入ったらスタートは一緒なので、特色とか一般とかで比べる必要はないと思っています。なので、気楽にやってもらえたらいいと思います。はじめの頃は悩むこともありましたが、今は同級生と楽しく大学生活を送っています。

※1 ELCAS:京大が主催する高校生向けの体験型学習講座。文理問わず様々なコースが用意され、高校生が最先端の学術にふれる機会を提供している。

武 優樹さん
総合人間学部(理)
栄光学園高等学校出身

総合人間学部、特色入試を選んだ理由は?

 高校まで関東に住んでいたのですが、高2の夏に東大・東工大などのオープンキャンパスをあちこち回りました。ですが学びたいものがしっくりこなかったんです。学生の発表を見せる大学が多かったのですが、僕はどういう学生になるかだけでなく、どういう先生から教わるのかも大事だと考えていましたので。そんな中、京大理学部のオープンキャンパスでは様々な先生が実際に解説をしてくれました。ひと通り解説が終わった後、直接先生と話もできて、京大に行きたいと直感的に思いました。

 特色については母に教えてもらい、チャンスが増えるからと受験を決めました。学びの設計書など出願までに手間がかかりますが、なぜ自分がこの大学を志望しているかはっきり整理できる良い機会でもありました。また、関東からの受験なので宿泊や試験当日の気持ちの作り方など、一般入試に向けてのリハーサル、練習としても役に立つかなと。

 出願の準備を進める中で、理学部でなく総合人間学部(以下、総人)を受験しようと決めました。総人なら自分のやりたいことができると思ったからです。防災とメディアなど、一見すると別の学問分野を同時に学べるのが総人です。僕自身、根っからの理系というよりも高校でも社会が好きでしたし、一つの分野に絞らずいろいろやりたいと思っていたので、そういう意味でも総人が合っているかなと思いました。

学びの設計書に書いたこと 試験について

 小さいころから地震や津波など自然災害に興味がありました。東日本大震災をきっかけに関心を持ち始め、大学に入ったら地学をやりたいなと漠然と思っていました。学びの設計書には自然災害に対する防災とメディアの融合ができないかということを書きました。どんなに科学が発展しようと、日本に住んでいる以上、自然災害と共存していかなければなりません。そこで考えるべきは減災です。私は今発達しているソーシャルメディアなどを生かして減災ができないかと考えました。例えば、地震が起きて津波が起きるとなったとき、ドローン空撮を使い、津波を目で見えるよう報道したらどうなるのか。今のテレビでは陸からの定点カメラしか映していません。それは見る人にとって危機感がない。ドローンなどを用いて今起きていることが臨場感をもって視覚的に分かれば、危機感を得て助かる人も増えるかもしれません。

 少し話がそれますが、僕の母校では「歩く大会」という全校生徒で長距離を歩く企画がありました。しかし、コースは僕が中1の頃から全く変わっていませんでしたのでそれを変えてみようと思いたち、僕と同級生たち、それに一つ下の代の後輩たちと有志で組織を立ち上げ、実地調査をし学校にコースを提案するところまでしました。こういったことを学びの設計書の高校での活動として書きましたね。僕が在学中には叶いませんでしたが今年からコースの変更が実現するようです。

 今年は学びの設計書による足きりがなく、また面接もなかったので試験一発勝負だったのがつらかったですね。去年総人の特色を受けたのは15人でしたが、今年は43人で倍率8倍、合格は厳しいなと思ったので、その点は気楽でした。あくまで二次試験の練習のつもりで挑みました。しかし試験ではあるのでやっぱり緊張しましたし、一週間前からは食欲もなくなり少し病みそうでした(笑)。

 文系総合問題の負担が大きかった。準備も含めてかなり不安でした。今まで小論文を書く機会も多くなかったし、過去問を解いても時間内に解ききったことがなかったので、びくびくしながら本番を迎えましたね。なんとか10分前に書ききりました。

入学してみて、将来のこと

 学びの設計書で想定していた勉強と現状の勉強はかけ離れていません。前期は学びの設計書で書いたことに関連するような授業を取っています。高校までで学べなかった地学を重点的に学んでいるのですが、様々な授業の内容がリンクしていることや、同じような内容でも分野の違う先生だとこういう風に見るんだなという気づきがあり、面白く過ごしています。今のところは思った通りに学べている気がしていますね。

 将来的にはメディアと防災を繋げていきたいと考えています。いかに学んだことを社会に還元していくかを考えているので、マスコミ、報道関連の企業に就職できたらと考えています。今の社会は、情報の伝え方によって全てが決まってしまうようなところがあるので、学んだことを活かし、メディアを通じて防災に貢献していきたいです。

アメリカの大学受験では何が求められているか?
難関大に合格した生徒は語る その1

学業、スポーツ、ボランティア 積極的に取り組んだ高校4年間
エンジニア目指して
カリフォルニア大学サンディエゴ校へ

清水 真理恵 さん

~Profile~
日本人の両親のもとにアメリカ、ロサンゼルス近郊で生まれ育つ。現地校以外に中学1年生まで土曜日の日本語補習校に通い、日本語も身につけたバイリンガル。トーランス市のウエスト・ハイスクール卒。

UC6校に合格

 私の通っている高校では、1年生の時にUC(カリフォルニア大学)とカルステート(カリフォルニア州立大)に向けた受験対策について、カウンセラーが説明してくれます。私は、その時から自分が進む大学について意識するようになりました。また、同級生より1学年上の数学を学んでいた私は、STEM(Science, Technology, Engineering, Mathの頭文字、いわゆる理数系)の分野に進みたいと希望していました。そこで、ロケーション、学費、学部、研究施設や教授陣などをリサーチした結果、UCの6校に願書を送ることに決めたのです。

 私が受験したのは、すべてカリフォルニアの大学。生まれ育って慣れ親しんだ環境であること、海が近く1年中天候にも恵まれていること、さらに下に2人の弟が控えていることもあり、州外の大学に行くと学費が高くなってしまうからです。志願したのは、UCアーバイン、UCサンタバーバラ、UCリバーサイド、UCサンタクルズ、UCデービス、UCサンディエゴのUC6校と、カリフォルニアポリテクニック大学のポモナ校とサンルイオビスポ校、さらにクリスチャンなのでキリスト教系のチャップマン大学にも申請し、すべてに合格しました。その中から、車で2時間南下した場所にあり、寮生活にはなりますがUCサンディエゴを選びました。

重視される課外活動歴

 大学の合否の選考では、GPA(学業成績)、勉強以外の課外活動、ボランティア活動、共通試験であるSATの点数が問われますが、UCの場合はさらにエッセー(論文)が重視されます。私は高校では水泳とウォーターポロのクラブに所属していました。水泳部は男女チームともにパイオニアリーグで優勝、私は3年と4年では、女子水泳代表チームのキャプテンを務め、MVPにも選出されました。クラブ以外でも住んでいるトーランス市の市営プールで子どもたちを教えたり、ライフガードを務めたりするなど、水泳には特に力を入れていました。

 高校では3つのボランティアクラブにも所属していました。地域社会に奉仕するクラブ、より広い地域に向けて寄付活動に取り組むユニセフ、そして地域内の小学校と中学校で、子どもたちに勉強を教えるチュータリングのクラブです。ユニセフは親しい友人が入っていたことから入部しましたが、後の2つには自分の興味から加入しました。シニアだった今年は、そのうちの一つでテクノロジーコーディネーターとしてウェブサイトの運営の責任者も務めました。

 UCを含む私が受験した大学の願書には、このように高校でしてきたことを10項目まで書くことができます。ボランティア経験や活動でのリーダーシップ、さらには受賞歴などを細かく書くことで、大学は受験生を評価する判断材料にするのです。

 エッセーは、高校のクラスで練習しました。最初は「自分のエスニックバックグランド(ルーツ)」について書き、友達に読んでもらって感想を求めたり、先生に添削してもらったりしてブラッシュアップしていきました。

入学前の研修で手応え

 勉強、スポーツ、ボランティアにライフガードなどのアルバイトと、常にスケジュールはいっぱいの状態。それでも頑張れたのは、それぞれの活動で新しい友人ができて、彼らから刺激を受けることが楽しくて仕方がなかったからです。高校1年生の時に、活動を通じて知り合った上級生から刺激をもらいましたから、上級生になった時には、下級生たちのロールモデルになりたいと積極的に取り組むことができました。

 将来の仕事については、子どもたちに教えることが好きなので、当初は教師も考えました。しかし、今はケミカルエンジニアに興味があります。大学でエンジニアリングを勉強するには、大学のプログラムや研究設備、教授陣が重要になってくるので、3年生になる前の夏休みにはキャンパス見学をして、そのあたりも確認しました。

 キャンパス見学で最も好印象だったのがUCサンディエゴ。そして、入学の決定的な要因になったのは、今年の4月に参加したオーバーナイトプログラム。エンジニアリングを専攻したい生徒が3日間、UCサンディエゴに通って受ける研修です。その時の大学の雰囲気はとても素晴らしく、「ここの環境は自分に合っている」と実感しました。また学問だけでなくスポーツも活発な大学であることも選んだ理由です。大学では、新しいことに挑戦して、自分の可能性を試してみたいですし、大学に世界中から集まってくる留学生との交流もとても楽しみです。

2025へ向けて 高校eポートフォリオの構築、導入が進む その②

高大接続改革の決め手

データポータビリティを可能にし、安全性にも
最大限配慮したeポートフォリオシステム

埼玉県が東京大学、理化学研究所の協力を得て、独自に考案、本年度中の実証実験を経て、2019年度からの運用を目指す

高大接続改革が進む中、学習や課外活動などのプロセスをICTを使って記録するeポートフォリオに注目が集まっている。本紙でも前々号(129号)でJAPAN eポートフォリオ(JeP)の取組を紹介したが、JePの他にも少なくとも3社が運用を開始している。こうした中、埼玉県は、すでに電子カルテシステムなどで実績のある東京大学大学院情報理工学研究科教授で、理化学研究所でも分散型ビッグデータチームでチームリーダーを務める橋田浩一先生の協力を得て、独自のeポートフォリオで取り貯めた生徒の学習歴等を校務支援システムにデータ連携する仕組みを検討、本年度中の実証実験を経て、2019年度からの運用を目指す。大きな特徴はデータポータビリティと安全性を同時に満足させる点。その概要と将来展望について、8月末の記者発表での橋田先生の説明を元に再構成してご紹介する。埼玉県は1993年の業者テストの廃止や、2000年に始まる県立浦和高校と埼玉大学による高大連携事業で高校教育改革の先鞭をつけたことで知られるが、今回も全国の自治体として初めて、高大接続改革でも関心の高いeポートフォリオを活用した調査書作成に向けた取組をスタートさせる。

eポートフォリオ運用に
求められるすべての要件を満たす

 一般的にeポートフォリオ運用の要件として考えられるのは、以下の4点。

①データポータビリティ

②成績や出欠を管理する校務系システムとeポートフォリオとの連携

③校外から校内の情報システムへの不正アクセスの防止

④生徒による校務系システムへの不正アクセスの防止

③④は、文部科学省が策定した「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」(2017年10月)に示されたものだ。

 データビリティとは、パーソナルデータ(個人情報)をデータ主体本人が、管理者(例えば学校や病院などの事業者)から電子的に取得し、元の管理者に邪魔されずに、それを自分の意志で他者に開示するなど、自由に活用できることであり、そのためにPDS(Personal Data Store)とeポートフォリオとの連携が必要となる。その上で、教員がeポートフォリオの情報を取り込み、各生徒の調査書を校務系システムで作るため、eポートフォリオと校務系システムとを連携させる(②)ことが不可欠となる。その際の課題が③と④で、それをどう達成するかが、これまで大きな問題とされてきた。

 この度、橋田先生と埼玉県は、PDSとして橋田先生の開発したPLR(Personal Life Repository)を用いることで、この課題を一挙に解決する。

 PLRは分散PDSの一種であり、橋田先生が設立に関わったアセンブローグ社がその知財権を持つ。ほとんどのPDSが集中管理によってデータを共有するのに対し、PLRでは、データの管理者をデータ主体である本人だけにすることで、他者から介入されることなく、いろいろな他者とPLRクラウド経由で自由にデータを共有できる。しかも第三者は明示的な本人同意なしでデータにアクセスできないため、全員のデータがまとまって漏れることはない。さらにDRM(デジタル著作権管理者:Digital Rights Management)、つまりデータの暗号化とアプリの機能制限によって、利用者(個人と事業者)の過失による情報漏洩が防げるだけでなく、生徒が内申書等のデータを持っていても生徒自身にはその中味がわからないというようなことも可能だ。

 具体的には、eポートフォリオシステムが校外にある場合(ケース1)、校務系システムを校内でPLRとつなぎ、PLRクラウドを経て生徒のPLRとつなぐ。一方、eポートフォリオシステムが校内にある場合(ケース2)には、それを校務系システムと同様に校内でPLRとつなぎ、それを生徒のPLRとPLRクラウドを経由してつなぐ。いずれのケースでも、学校の外部との接続を校内のPLRによる内から外への接続に限定すれば(データ の流れは双方向)、校内の情報システムに校外 からアクセスすることはない。また、校務系システムからPLRクラウドに送るデータを、生徒の成績表など、本人に提供可能なものに限れば、生徒が校務系のデータに不正にアクセスすることはできない。

 PLRクラウドには様々な無料のオンラインストレージが使えるから、利用者数が膨大になってもコストがほとんどかからない。オンラインストレージの多くは通信路を暗号化するので、安全性がさらに高まる。

 ちなみにPDSの安全性を高めるのに望ましいのは、

①明示的な本人同意なしにデータにアクセスすることが技術的に不可能

②利用者の過失によるデータ漏洩が生じえない

③インターネット接続においてデータと通信路を暗号化

の3点だが、今回考案した方法はそのすべてを満たす。

 橋田先生は、「校外から校内の情報システムへのアクセスができないようにしつつ、校内の情報システムと連携できるPDSは、PLRしか現存しないと考える」とした上で、「無料のオンラインストレージをPLRクラウドに用いることで、利用者がたとえ何億人いてもアプリの保守コストだけでサービス全体を運用でき、きわめて安価」と話す。

 埼玉県ではこの特徴も活かし、生徒の学習歴を取り貯めるeポートフォリオと、調査書等の作成に用いる校務支援システムを連携させる仕組みを整え、2022年度に控える大学入学者選抜に備える。橋田先生は、「今後は、高大接続のツールとしてだけでなく、入学や就職のための出願受付システムについても、今年度内にはオープンソースで一般公開し、2019年度には、様々な要望等を取り入れて改良版を提供したい」としている。

EdTeckやHRTeck、
「スタディ・ログ」構想にもつなげたい

 eポートフォリオを学習系システムに一般化すれば、教育の新しい手法や、これまでになかったアプローチのための基盤としての期待が膨らむ。生徒が自宅など校外から学習系システムのデータにアクセスできれば、学習系システムからPLRで取得したデータを、同じくPLRで校務系システムに提供することで、校務系と学習系のデータを安全に連携、統合することも可能だ。この概念は、文部科学省が生涯学習時代を見据え、国民一人ひとりが自ら学修履歴を活用できるようにしようという「スタディ・ログ」構想にもつながる。また学びのビッグデータの収集・分析が可能になれば、EdTeck(教育(Education)×テクノロジー(Technology))やHRTeck(“HR(Human Resource)×Technology)の振興につながり、一人ひとりの教育の質をこれまでになく高めることができるだろう。もちろん、学習者本人が成績等を自ら管理して自らの意思で活用すれば、民間の教育サービス事業者からもそのデータを用いたこれまでにないきめ細かなサービスが受けられる。

 広がりは教育分野だけに止まらない。近い将来、母子手帳や健康診断などの医療・健康情報、および購買履歴などと統合して管理、活用できるようになれば、各人の総合的な生活の質の向上と、産業や文化の振興にもつながると期待される。


コラム – 今なぜデータポータビリティか

 AI技術の進展もあいまって、ビッグデータに基づくデータエコノミーが活発化している。その中で最も重要なのが各個人についてのリッチなデータ。すでに、個人データを預かって民間企業に提供する情報銀行などの取組も始まる。医療や教育の分野も例外ではない。教育ではeポートフォリオシステムがベースとなる。

 個人情報の価値が高いのは、その活用が本人の生活の質を高めるだけでなく、社会全体、産業・経済の発展にも大きく寄与するからだ。国内の個人向けサービスの年間の価値は約600兆円と推定される。そのうち家計消費、つまり生活者としての個人に対するサービスがおよそ300兆円。他に、勤労者としての個人に対するサービス、および家事、育児、近所付き合いといった無料のCtoC(Consumer to Consumer)のサービス――いずれもGDPにはカウントされない――が、合わせてほぼ同じ価値を生んでいると推定される。

 一方で、Facebook社による情報流出問題などを受けて、ネット上での個人情報保護の強化も進む。そこで、個人情報は本人が管理運用すべきという考え方が広がる。eポートフォリオでの≪~大学の●●研究室へ見学に行って、こう思った≫などの情報は、個人の思想、信条にかかわるので、医療情報等と同じく、要配慮個人情報であり、オプトアウトベースで使うことはできない。また、個人向けサービスは無数に行われているため、そのデータの共有と活用を一カ所で集中管理することは不可能で、各現場、つまり本人に管理運用を委ねるしかない。また、そもそも≪サービスの価値≫とはサービスを受ける者にとっての価値だから、それを高めるには、サービス受容者である個人が自分の都合の良いようにデータを運用するのが一番良い。

 5月28日にヨーロッパで施行され、世界標準になりつつあるGDPR(一般データ保護規則:General Data Protection Regulation)について、マスコミ等は個人の権利を守るために企業活動を制限するという側面を強調することが多いが、GDPRの第20条にはデータポータビリティの権利が明記されている。パーソナルデータを本人に返すことで本人が自由にデータを使えるようになり、その結果、社会全体でパーソナルデータの活用が盛んになり、大きなビジネスチャンスも生まれるなど、経済の活性化や産業振興につながる。国内でも、昨年施行された改正個人情報保護法が、2020年に予定されている再改正では、GDPR以上の個人情報の保護と活用を制度化する可能性が高い。

 サービス分野では今年、改正銀行法が施行され、モバイルペイメントによるキャッシュレス化に弾みがつくとともに、購買データのポータビリティも数年で確立するだろう。また2025年を目指して進む厚生労働省の医療制度改革では、ヘルスケアデータのポータビリティが確立するとみられる。学習歴も含め、各個人が自らの個人情報を管理・活用してその恩恵を受けるとともに、それが産業や経済の発展を促す社会がもうすぐそこに迫っている。

第5回「グローバルサイエンスキャンパス(GSC)」
全国受講生研究発表会(主催:JST 於:日本科学未来館)

文部科学大臣賞1件、科学技術振興機構理事長賞1件、審査委員長特別賞2件、優秀賞6件を選出。

 10月7日、8日の2日間、全受講生900名の内90名が参加して、38件のポスター発表で日頃の研究成果を披露した。審査は、次世代の科学者に求められる科学的探究能力の獲得度合い、研究の専門的達成水準、研究の意義や貢献を適切にアピールできているか、などを基準に行われ、結果は右の通り。

 文部科学大臣賞に輝いた袴田(はかまだ)彩仁(あやと)さん(静岡市立高等学校2年17歳)は、『BR反応における新しい振動の発見』のタイトルで発表。「GSCでは得られる情報量や専門知識の深さや幅が違う。大学の先生だけではなく、他校の生徒や先生とのディスカッションができるのも、研究を深める上でとても貴重。これからもBR反応のメカニズムや発見した振動について、より詳しく解明していきたい」と、今後の意気込みを語った。

高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう

高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう

京都大学 元総長 松本 紘先生

1942年生まれ。奈良県出身。

松本 紘先生

Profile

65年京都大学工学部電子工学科卒業。67年同大学院工学研究科(電子工学専攻)修士課程修了後、京都大学工学部助教授、NASAエームズ研究所客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、京都大学宙空電波科学研究センター長、同大学生存圏研究所長、理事・副学長などを経て、2008年10月より総長。
学外では、国際電波科学連合会長、地球電磁気・地球惑星圏学会会長などを歴任。 2007年秋の褒章にて紫綬褒章受章。
専門分野は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波工学、宇宙エネルギー伝送など。

ノーベル賞7人、フィールズ賞2人、ガウス賞1人、これは京都大学出身、または長年京都大学で教えていた人で、理学、数学の世界的な賞を受賞した人の数です。京都大学はまた、近年にはiPS細胞を創成し、その研究拠点としても世界をリードしています。さらに理系だけでなく、人文・社会科学においても、戦前戦後を通じて多くの碩学を輩出。古都京都にあって、首都東京にある大学とは異なる、独自の学風を育んできました。

昨年10月、第25代総長になられた松本紘先生に大学で学ぶべきことと、そのために高校時代にしてきてほしいことについてお聞きしました。

京大が求める人材は 少しぐらいの三振をしても大きなホームランを打てる人

大学と一口にいっても、現在日本には様々な大学があります。 一方、近年は大学の世界でも世界標準が意識され、すべての大学が学士力の基準を明確にし、4年間の学部課程の教育の質を保証しなければならないと声高に叫ばれるようになりました。 このことに異論はありませんが、われわれのように研究を重視する大学では、研究の質を高めることも大切です。 とくに学部の専門課程から大学院までを考えれば、研究と教育は不可分です。 教育の成果を上げるためにも優れた研究が行われなければならないのです。

またそれぞれの大学の伝統や学風、置かれたポジショニングも大切にしなければなりません。 京都大学では、文化の集積地である京都という世界的にも恵まれた好立地を活かして、首都圏の大学ではできないようなロングスパンの研究を大切にし、日々の短期的な成果に捉われないものの見方をじっくり育てるのも大きな使命の一つだと考えています。 誤解を恐れずにいえば、少しぐらい三振してもいい、そのかわり大きなホームランの打てる人材を輩出することも、京都大学の使命だと考えています。

大学とは勉強に対する価値観を一度白紙に戻して構築しなおす場

大学とは、学生にとってまず自分を磨く場であってほしいと思います。 決して将来のキャリア・アップのためだけの通過点ではありません。

大学は、これまでみなさんが経験してきた世界とはずいぶん違うと思います。とくに京都大学は、まずカリキュラムや教員の多様さからいっても高校までの比ではありません。また先輩や友人の中にはこれまで出会ったことのないような個性の持ち主もいて、時には自分がとても小さく見えることもあるでしょう。目指すべき方向性は共通しているが、中身やキャラクターは一人ひとり違う、それが大学のいい点であり、そんな仲間や先輩、教員と日頃接することで自分を大いに磨いてほしいと思います。

勉強以外のスポーツや芸術に伸び伸びと自由に取り組めることも大学の魅力です。 今はやりたいことを受験のために抑えている人も多いと思いますが、大学ではその重石もありません。 次の就職というゴールはありますが、大学受験に比べるともう少し多様で、その幅も広いと思います。

反対に、自分の将来設計は自分で立てなければならないことを改めて認識する必要も出てきます。 また、学び方も変えなければいけません。ゴールを目指しひたすら一本のレールの上を走るには、決まった手順や記憶に基づいて確実に正解を生み出せればいいかもしれません。しかし、大学で自分が没頭できる面白いテーマを発見するには、入学後、一刻も早く、それまでの勉強に対する価値観、フレームワークを変えなければなりません。私はこれをunlearning (それまで蓄えてきた知識や考え方、物の見方を白紙に戻す作業)と言っていますが、これまでの勉強に対する価値観やフレームワークをすべて否定しろというのではありません。自分が絶対と思ってきた物事にももっと多様性があることを知ってほしいということです。もしこのプロセスを経ないで、大学でもそれまでに自分で積み上げてきたものだけで勝負しようとすると、学ぶ成果は自ずと限定されてしまいます。

そもそも最先端の学問の成果というのも、刻一刻と変わっていきます。そこで重要なのは、全ての学問領域において正解は変わりうると、フレキシブルな考えを持つことです。大学とは、これまで正解と思われていたことが次々と塗り替えられていく場、新しい知が生成される最前線なのです。大学では教育と研究とは一体だというのも、ここに根拠があります。そして次の時代の新しい知を生み出すのは、もしかしたらみなさんなのかもしれないのです。

大学では裾野を広げて

大学では、入学までに抱いていた将来に対する漠然とした目標を、いよいよ明確にしていかなければなりません。 しかし、そのためにどうすればいいのかわからない、という学生も少なくありません。確かに、授業を受けるだけではなかなか形にならないのも事実です。 社会が求める人材と、大学の養成する人材との間にギャップがあるという指摘が、主に産業界を中心に上がってくるのはそのためです。それが、企業や産業界向きの人材を養成してほしいというメッセージではなく、様々なシチュエーションに対して柔軟に耐えうる人材を養成してほしい、適応力を身につけさせよ、ということならば、私は大賛成です。あわせて、これもよく言われますが、社会の一員として生きていくのに必要な発言力、発信力、対話力、いわゆるコミュニケーション能力を身につけることも、もちろん大切です。

戦略、戦術を立て、実行できるようになることも大切です。まず意思を持つこと、心を磨き、志を立てることです。どんな人生を送るのか、どのように社会に貢献するのか。目標を定めたら、次はそれに向かって全力で進むことです。何かに熱中する、何かをやり遂げようとすることで勢い、気迫が生まれます。すると初めて、知力だけでなくそれに耐えうる体力が必要なこともわかってきます。志、そして気迫、次に知力、その基盤となる体力を身につけてください。

いずれにしろ大学では、あらゆることにチャレンジしてみることです。高い山を築こうと思ったら、その分、裾野も広げておかなければならないでしょう。回り道だと思えることが一番の近道ということもよくあります。このことはみなさんわかっているとは思いますが、私の見る限り、やはりある程度意識的にする必要があります。たとえば自然科学系に進むにしても、人文、社会系の知識や、コミュニケーション能力を身につけることが大事なことはある程度わかっていると思います。しかし限られた時間の中で一見回り道に思えることをどうこなしていくのか。やはりこれは意識的にやらないとなかなかできないものです。

裾野を広げておかなければならないのは、何も学問の世界だけではありません。社会へ出れば、専門家同士の会話だけでは済まされないことがたくさんあります。自分の主張を誰もがわかる言葉で論理的に組み立て、様々な人を説得しなければならない。その力を決めるのは、自分が持っている知識や基礎的な能力、人間としての裾野の広さなのです。大学は全人教育の場だ、と一口にいうのは簡単ですが、実際は、回りを厭わず、様々なことに興味を持って基礎力を広げる努力をその前提にしているということを知ってほしいと思います。高校時代にはまず知識の集積をはかれ

高校時代に身につけてほしいことは、ここから自ずと見えてきます。 それは極めて単純、受験科目だけでなく、他のすべての科目や活動もおろそかにせず、真剣に取り組むことです。 頭だけでなく、体力も鍛える。体力には持続力と瞬発力がありますが、両方つけられればいうことなし、片方だけでも構いません。そういう私は、瞬発力は抜群で、持続力はありません。両方あればもっといい仕事ができたに違いありません。

そもそも、社会であれ、大学や高校であれ、必要とされる基礎力の基になるものは、記憶、知識の集積だと私は思っています。

よく数学や物理には、記憶よりも論理的な思考や独創性が必要だといわれますが、新しいことを創造しようにも、まず知識の集積がないと前へ進めません。最新の脳科学では、頭頂葉に注目が集まっています。ここが、優しさや人間らしさ、論理力、言葉でひとつひとつの事柄や物を結びつける能力、判断力 (スイッチ機構)などを担っているのではないかというのです。しかし、そこを鍛えようと思えば、神経回路でつながれている各部分を鍛えるしかないことは誰の目にも明らかです。ネットワークの先に様々な情報が集積されていなければ何も判断できないからです。たしかに記憶はすべてではありませんが、判断したり、論理的に考えたりする際には、それらを総動員する必要があるのです。

だから暗記することも大事です。円周率を百桁、千桁と暗記すること自体、あまり意味はないかもしれませんが、記憶のための神経回路を鍛えるという意味ではとても大事です。若いうちに鍛えておけば、記憶していることだけでも有利ですが、その回路が発達することで、他のことについても記憶したり理解しやすくなるというメリットがあります。知識を獲得しよう、暗記しようと必死になって努力すればするほど、そのプロセスは残るものですし、そういう訓練は若いときが向いているのです。

理系に進むにしろ、文系に進むにしろ、消去法で自ら選択肢を狭めていくのはとてももったいないことです。高校時代にはあらゆる教科を積極的に学び、様々な活動を経験して、自らの可能性を広げておいてほしいと思います。

誇り高い人を目指せ

最後に一つ、本学を目指すみなさんに、ぜひ目標にしてほしい人物像を紹介します。それは誇り高い人です。そのためには、私のよく言う〈自恃〉の精神が必要です。人に頼らず自らを頼って自分を鍛えるのです。

ただこれは口でいうほど簡単ではありません。自分に自信がないと自分に頼れないからです。こういう私も若い頃には自信など少しもありませんでした。しかし、それが普通の若者の姿だと思います。そのような若者に自信を持っていいと励ますのがわれわれの役目、言い換えれば大学の大きな使命なのです。

読み書きのリテラシーについて

高校生から大学生にかけての基礎的なリテラシー形成について少し触れておきましょう。

最近の学生を見ていると、情報化社会の進展で、確かにコンピュータリテラシーは行き届いているようです。反面、弊害も出ている。本を読まず、いろいろな人の話を直接聞くこともなく、インターネット上の情報をすべてだと思っている学生が少なくないことです。そんな彼らに日頃言っているのは、原典に戻れ、何でも鵜呑みにせずに自分の目で確かめよということです。そのためにも読書は極めて大事です。それも、できるだけ違った考え方に触れるために、たくさん早く読む習慣をつけることです。

そのための一つの方法として、私はよく、(本を見る)と言っていますが、キーワードを拾って著者の言いたいことを組み立ててみるのです。この読み方なら1冊15分から30分で読めますから、1日で数冊は読めます。そして自分の興味を惹く箇所は、あとで精読すればいいと思います。 この場合は論理を自分で組み立てなくても、著者の言っていることをそのまま受け止めればいいわけです。 速読と熟読という二つの読み方にはそれぞれ長所がありますが、若い時は前者をやらないとなかなか問題意識が起きてきませんし、それが収斂もしてこない。反対に、それはやればやるほど論理的思考が鍛えられると思います。

言語能力は対話するのに極めて大きな要素を占めます。どれだけの語彙を身につけているのか、何種類の言葉を読めて話せるか。言葉でも、言葉遣いでも、TPOによってどれだけ使い分けられるか、などが問われます。

グローバル化時代ですから、複数の言葉を身につけておくに越したことはありませんが、まずは日本語の力をしっかりとしたものにすることです。一般的な国語的能力に加えて、古典を読む力。漢字の力も含めてです。そして、現在は英語全盛ですが、国際語を必ず一つはマスターしなければなりません。大学生になれば、さらにそれ以外に最低一つは必要です。 その際、外国語で自分の興味のある分野について書かれたものを読むと非常にいい勉強になると思います。また、正しく発音する訓練も大事です。世間で一般的にいわれていることの逆かもしれませんが、自分がうまく話せないことはやはり聞けないからです。その証拠に、声に出さない語学の勉強というのは聞いたことがありません。〈眼耳鼻舌身意〉※といって、人間の認知能力を司るセンサーを順番にいった言葉がありますが、語学の習得ではとくに眼と耳が大事です。眼で見たものを、繰り返し声に出して耳に響かせ記憶の定着を図る。記憶が大事なのはあらためて言うまでもありません。

※”般若心経”の一節。眼耳鼻舌身意は感覚器官のことで六根と呼ばれる。意は事物を思量すること。心。

エピソードJ

※Jはフランス語で青春を表すjeunesseの頭文字。お話をお聞きする先生方に、読者の皆さんの時代を振り返っていただいています。

「語学にしろ、他の教科の勉強にしろ、「強固な基礎学力を形成するには自分の五感をフル活動させること」と、繰り返し記憶や感覚の大切さを説かれる松本先生。 原点にあるのは小さい時からの特技、教科書の丸暗記。 ただし普通の丸暗記ではない。 「落書きがどこにあるかまで見えているのだ。 もちろんすぐに忘れるけれど、繰り返している間にかなり長持ちした」と松本先生。 大学ではそれで仲間に嫌がられたこともあったという。

先生が京大で選んだのは開設間もなく全国の俊英が集まる、工学部電子工学科。「きっといい会社に就職できるから」だ。子どものころ、手書きで参考書を用意してくれた母親や、教育に理解のある地域の人たちに、早く一人前になった姿を見せたいということもあった。

そんな松本先生の運命を変えたのが、学部から大学院時代にかけて、たまたま隣の研究室に来られていた恩師、大林辰蔵先生。宇宙物理学が専門で、国産ロケットの打ち上げから日本の宇宙開発に大きな足跡を残した。普通の研究者にはない広い視野とものの見方に惹かれて、松本先生の目標は企業人から研究者へ、興味は、電子から遥かかなたの宇宙へと向う。

「覚えることが苦にならないのは何につけ有利だと思う。 試験に何が出ても、全部覚えていたら対応できる。これは今、5択に慣れた人にはとくに必要かもしれない。もちろん忘れてもいい、忘れないと覚えられないからだ。でもプロセスは残る」。これが、これまで数々の独創的研究を行ってこられた松本先生の一つの原点かもしれない。

杜の都の西北から 第10回 – 学習指導要領と清掃活動

杜の都の西北から 第10回

「掃除」してますか?

学習指導要領と清掃活動

(学)東北文化学園大学評議員、大学事務局長、弊誌編集委員
小松 悌厚さん

1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省。99年在英国日本大使館一等書記官、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局長等を経て22年退官。この間、京都大学理事・事務局長、東京学芸大学参事、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育振興機構理事等を歴任。現在は(学)東北文化学園大学評議員、同大学事務局長。神奈川県立相模原高等学校出身。

我が国の小中高等学校等では、児童生徒が日常的に教室等の清掃をする。子供の頃に掃き掃除や雑巾がけを分担して輪番制による清掃活動をした記憶があるだろう。これらの清掃活動は、単なる習慣ではなく正規の教育課程の一部として実施されている。学習指導要領の改訂に向けた検討がはじまったこのタイミングに清掃活動について考えてみた。

教育課程において、清掃活動は主として「特別活動」に位置づけられる。※1 特別活動には、学級活動、児童・生徒会活動、学校行事、小学校のクラブ活動などが含まれる。その中でも清掃活動は学級活動の一環として扱われることが多い。学級活動には、清掃のほか、日直業務、朝の会・帰りの会、集会活動、飼育・栽培などの当番活動が含まれ、これらの活動の目的は、児童生徒が望ましい人間関係を形成し、集団の一員として主体的に関わることで、自立し、協働しながら様々な課題に取り組む態度を育むことにある。日本の学校教育は、知育のみならず「知・徳・体」の調和の取れた全人的な発達を重視しているが、その特質を特別活動が象徴していると言える。

清掃活動が教育課程の一部であることは明らかだが、その基準である学習指導要領の位置づけは必ずしも明確ではない。現行の小学校学習指導要領では、学級活動の項目に当番活動の一例として簡単に言及されるのみであり、そのように位置づけられたのは平成20年以降でそれ以前はなかった。また、中高等学校の学習指導要領には清掃活動に関する記載はみられない。にもかかわらず、学校では当たり前のように日々清掃活動が行われている。特別活動関係の指導資料など、現場に近い資料では清掃活動が題材として取り上げられるのは定番になっている。このことから、清掃活動は制度としての学習指導要領よりも前に学校現場に定着していたと考えられる。

その可能性については、明治期以来の学校保健関連の法令から示唆を得ることができる。明治期には、学校衛生顧問会議の検討を得て学校医、学校歯科医、身体検査、学校伝染病予防等の法令等が個別に定められてきた。これらの法令等は内容を精選し纏められ、昭和33年に制定された学校保健法の体系に組み込まれた。その中にあったのが、「学校清潔方法」(昭和23年の文部省訓令第2号)。この訓令が学校の清掃の意義や清掃方法を定めたものであった。※2

学校清潔方法は冒頭で、学校環境の清潔維持が児童生徒の健康と学習能率の向上に寄与するとともに、「学校における清掃の指導訓練は、衛生教育の一環として系統的に実施させ、その実践は、学校だけにとどまらず生徒児童の家庭にも及ぼし更に社会公衆の衛生思想並びに美的観念の高揚にまで及ぶ」ことをも期待するとしていた。その上で、日常・定期・臨時の清掃手順等が具体的かつ詳細に規定されていた。学校清潔方法は、明治30年の文部省訓令第1号により導入され、学校保健法制定までの約半世紀にわたり学校教育に影響を与えてきた。

その発展の過程には、衛生に重きをおく医学専門家と、教育的道徳的価値を重視する教育専門家による協議や調整も行われていたと考えられる。前者の視点は学校環境衛生の発展に寄与し、後者の視点は特別活動の内実としての位置づけにつながり、さらに、海外からも関心が示される日本の学校教育の特色確立に寄与してきたのではないか。

その代表例がエジプト・アラブ共和国における取り組みである。平成27年の首脳間の相互訪問を契機に策定されたEJEP(エジプト・日本パートナーシップ)の枠組みの下、同国に日本型教育の要素を取り入れた教育が導入された。現地ではTOKKATSU(特活)と呼ばれており、JICA(国際協力機構)を通じた国際協力により、エジプト各地にEJS(エジプト日本学校)というモデル校が設置され、これを一般の小中学校へ展開する試みが進んでいる。令和7年現在、EJSは全国で55校に拡大している。TOKKATSUでは、日本の学校の朝礼、日直、清掃、学級会などの活動が導入されたが、とりわけ清掃活動については、当初、保護者の理解を得るまでに一定のプロセスを要したという。※3

特別活動に象徴される教育の特徴は、他国からも関心を寄せられており、これに応える形で平成28年には日本型教育の海外展開事業(EDU-Portニッポン)が始動し、その後も調査研究事業が展開されている。

学校清掃を例に概観してきたが、日本の学校で日常的に行われている活動の中には、明治以前から戦前にかけて発展してきた教育活動や、戦後の教育改革期に導入されたユニークな活動が含まれ、これらが特別活動に象徴される日本の学校教育の特色を形成している。時代の要請に応じて教育の見直しが進められる中で、関係者には、次世代に残すべき教育活動を的確に選定することが求められている。

1 例えば、田中耕治他『国立教育政策研究所紀要』第147集、教育課程研究センター、2018年には学校活動の変遷が整理されている。このように清掃活動を取り上げる事例は珍しい。

2 日常の清掃を例にとると、「教職員生徒等は、毎日始業前に、(中略)まず水をまいて少し床を湿し、静かに掃き出すか、湿ったおがくず、茶がら、もみがらを、床の上にまきちらしてこれを掃き出すか、(中略)湿った布でふきとる。」「黒板は清潔に保ち、ぬぐい、又はその掃除をする際には、チョーク粉が飛散しないよう注意し、又黒板ふきの粉は戸外で払う」など12項目にわたり、方法を規定している(本文は国立教育政策研究所のWEBサイトから抜粋して引用した)。

3 濱田博文「エジプトでのTOKKATSUの現状と可能性」『日本特別活動学会紀要』第26巻、2018年、3頁には、清掃に対する当社保護者からの抵抗があったが、実践を重ねるうちに好意的に捉えてもらえるようになったことが記述されている。

「Fランク」大学の登場から25年

大学ランキングからはわからない大学の実力 第10回

「Fランク」大学の登場から25年

むき出しのホンネが行き交う大学情報

教育ジャーナリスト 小林 哲夫さん

1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。著書に『「大学ランキング」のウソ』(宝島社新書)、『日本の「学歴」』(ちくま新書)、『早慶MARCH』(朝日新書)、『「Fランク」大学の真実』(中公新書ラクレ)。近著に『にっぽんの大学』(朝日新聞出版、橘木俊詔氏との共著)。

ネットメディア、週刊誌の大学記事にはタイトルを見るだけで滅入ってしまうことがある。その最たるものは「Fランク大学」だ。

『「Fラン大学は人生積んでる」は本当か 学歴を超えた「学ぶ意味」を考える』(ダイヤモンドオンライン2025年6月2日)

『いわゆる「Fラン大学」でも行かないよりは行ったほうがいい・・・「生涯賃金の推計」でわかる“大卒の決定的違い”』 (プレジデントオンライン2024年7月26日)

『日本に「Fラン大学」は必要なのか・・・10年後の「大学全入時代」を前に考えるべきこと』
『「教育機関」のベールを脱ぎ捨てた私大』(「週刊現代」2024年10月19日号)

『「なんでアホを押しつけるんだ。ちゃんと人事部門で面倒を見ろよ!」“Fランク大学出身者=役立たず”とレッテルを貼る経営者の“的”外れ』(文春オンライン2022年10月11日)

『奨学金が支える「Fランク大学」の葛藤と不安 1300万円のハンデを負って通う価値はあるか』(東洋経済オンライン 2016年4月26日)

これらの記事は「Fランク」大学を徒に貶めているわけではない。まじめな問題提起型もある。だが、定員割れ、難易度が下位、学生の低学力、中学や高校の補習教育実施などといった、大学のありようの描き方には通底するものがある。そこには「Fランク」大学がネガティブな方向に独り歩きしてしまいかねない芽が潜んでいるため、大学にすれば、「Fランク」というレッテルを貼られることは避けたいところだ。

そもそも「Fランク」大学はいつ、だれが作ったのだろうか。

きっかけは2000年に週刊誌で報じられた記事だ。こんなタイトル、リードの記事が出ている。

「受ければ受かる「Fランク」私大 194校 全実名 河合塾が格付けしたら、全国4割の大学が該当」(『週刊朝日』2000年6月23日号)

2000年、河合塾が入試資料としての難易度表に「Fランク」を付けたのが始まりだった。同誌によれば、Fはフリーパスの頭文字からとったとされる。Fの認定基準は、①実質倍率が2倍以下、②すべての偏差値帯で合格率が65%以上、③合格者の下限偏差値が35以下、の3つがすべて揃っていることである。 同誌にFランクと名指しされた学長のコメントが掲載されている。

「本学は少人数教育を伝統としており、入学後の教育により、有為な人材として社会に送り出す努力をしているのでそうした点を総合的に見てほしい」

「偏差値に頼る教育の弊害は明らかであり、本学はそれよりも品性や感性の豊かな学生を求めている。学力だけでなく、本学にふさわしい人間性により選抜している。良家の子女とはそんな女子なのである。二学科がFランクなのは、本学の本質にかかわりがない。一教育産業の偏差値が話題になることに首をかしげる」(「週刊朝日」2000年6月23日号)。

この記事はさらに別のメディアが伝えてこうして「Fランク」大学の登場から四半世紀経ったわけだ。

「Fランク」が登場するまで、これに相当する大学はどのように呼ばれていたか。「三流大学」「底辺大学」などが思い浮かぶ。もっとも、こうした言い方は公の場では憚られ、メディアで見出しになることはほとんどなかった。「三流」視するのは蔑みと受け止められ、さすがにまずいという抑制が働いたのである。上から目線で差別的と批判されるのを恐れ、特定の大学を見下すようなホンネは慎むべきという思いからだ。

しかし、「Fランク」は大学を語る上で業界用語になりつつあり、こうした抑制、恐れ、慎みを取っ払ってしまった。そしてSNSの普及で誰もが発信できるようになってからは、より一層、顕著になっている。受験、学歴をネタに語るユーチューバーたちが、無邪気に「Fランク大学」と喧伝する。彼らは受験生たちの偉大なるインフルエンサーとなりうるので、「Fランク」と呼ばれた大学にすれば、辱められたと受け止めてしまう。だが、「Fランク」はその定義があいまいであり、そして、あまりにも無機質な言葉ゆえ、「大学を傷つけられた」「学生募集に影響を及ぼした」などと反論したり、名誉毀損で提訴したりするのはきわめて困難だ。泣き寝入りするしかない。

これでいいのだろうか。

「Fランク」から派生されたむき出しのホンネによって、大学の現状とかけ離れた情報が伝わってしまっている。そのなかには、「幼稚園児」「小学生」、そして「バカ」「アホ」「マヌケ」から、見るに堪えないヘイト的なフレーズまでもある。

さまざまな学部や学科を作って工夫したが、学生募集で苦労している大学教職員がいる。第1、第2志望に受からず、不本意ながら難易度が下位の大学に入学した学生がいる。それでも大学は機能しており、教職員は学生をしっかり教育、指導し、学生はまじめに学んでいる。彼らに対して「Fランク」というレッテルを貼るのは「三流」「底辺」と見下すことと同じだ。そこで学ぶ学生を差別と偏見にさらしてしまい、たいそう傷つけている。それを避けるためにも大学受験用語から「Fランク」はなくしてほしい。塾や予備校、高校、大学、メディアは、どうか「Fランク」を使わないようにしてほしい。

どうか愛情をもって大学を見てください。

16歳からの大学論

16歳からの大学論 (第45回)

ETV特集「ねちねちと、問う」の舞台裏とその意義

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
宮野 公樹先生

1973年石川県生まれ。専門は、学問論、大学論。京大総長学事補佐、文部科学省学術調査官の業務経験も。近著「問いの立て方」(ちくま新書)。2025年5月、NHKによる7ヶ月間の密着取材が番組に(ETV特集「ねちねちと、問うーある学者の果てなき対話ー」)

実は、去年の9月から約7ヶ月、NHKの密着取材を受けてまして、この度、EテレのETV特集「ねちねちと、問う―ある学者の果てなき対話―」(初回放送:2025年5月17日)として放送されました。

この番組は、「学問とは何か」「本当に大切にしたいものは何か」を問い直すもので、成果主義や効率性に傾きがちな現代社会において、企業人や研究者に本質的な問いを投げかけ、思考停止を避け「自分のものさし」を取り戻すことの重要性を伝えたものです。ナレーションは又吉直樹さんが担当。京都大学ELP (エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム)での私の講義、受講生との対話、さらには「全国キャラバン3QUESTIONS」での議論を通じて、「ねちねちと問い続ける」姿勢を浮き彫りにしました。放送後、視聴者から「深い問いが心に響いた」「自分の価値観を見直すきっかけになった」などの声をいただき、大変励みになりました。以下、本誌読者の皆様に向けて、番組制作の裏側を率直にお話しします。

今回の撮影を通じて得た学びは非常に多く、本当に貴重な経験でした。撮影は合計で150時間に及び、膨大な素材から60分の番組を紡ぎ出すプロセスは、想像を絶するものだと思われます(編集は、ディレクターと編集者がやるので私ではないですが一笑)。「密着」と聞くと、24時間カメラが回っているイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。私のスケジュールをすべてディレクターが把握し、「この場面とここを撮影します」と、選ばれたイベントや場面に撮影クルーが入る形です。撮影チームは、ディレクター、カメラマン、音声担当の3名で構成。撮影の前半は、番組の方向性はまだ定まっておらず、日常の講義、対話、移動中の何気ない瞬間まで、ありとあらゆる場面を収録します。次第に「このテーマで進めよう」という指針が固まり始めると、その後は意図を持って撮影するシーンを選ぶという流れになります。しかし、150時間もの素材を60分に凝縮するため、使われないシーンはどうしても多くなります。特に、Voicyパーソナリティはるさんとの対談や、その後の交流会がカットされたのは残念でした。育児に関する話題など、大切なテーマになる?と思っていたのですが、いろいろな問題で使用できなかったようです。とても残念ですがこればかりは仕方ありません。

この番組制作を通じて強く感じたのは、ETV特集のアプローチのスタイルは「情熱大陸」や「プロフェッショナル仕事の流儀」とは大きく異なるということです。「情熱大陸」などは、まず番組の「枠」があり、そこに合う人物を探します。私の周囲にも「情熱大陸に出演した」という方は多いですが、番組側が常に被写体を探しているからこそ、声がかかりやすいのでしょう。

一方、今回の番組づくりは「問い」から始まります。ディレクターの「この人物(宮野)を通じて、こんなテーマを伝えたい!」という明確な意図が先にあり、それを実現するために全くゼロから丁寧に作り上げるのです。そのため、番組の作り込みが非常に深いのだと感じました。たとえばインタビューの時間。10時間を優に超えていたと思いますが、ディレクターは真剣に考え抜いた鋭い問いを投げかけてきます。「宮野さんも、当時は効率や成果を追求しすぎていたってことですか?」「今、振り返ってどうですか?」など、核心をつく質問に、私も全力で応える。時には議論が白熱し、深い対話が何時間も生まれました。しかし、その長時間の対話から番組で使われるのはわずか数分!まるで氷山の一角だけを番組で見せるような、なんとも贅沢な感覚を持ちました(笑)。

放送後、SNSでは「宮野さんの問いが心に刺さった」「対話に引き込まれた」との声が多く寄せられ、大きな励みになりました。撮影の裏話はまだまだたくさんありますが、今回はここまで。

番組終了後、多くの学びはVoicyにて放送しておりますので、よければぜひVoicyで検索し、宮野公樹をフォローください。また、番組NHKオンデマンドを契約しておられる方はいつでも見れます。それと、再放送があるかもしれないという情報もあります。

【物理ってなんだろう②】物理の世界はもっと多様に
愛知大学での新たな挑戦で見えてきたもの

物理屋60年の軌跡の一点描

京大に23年間務めた後、後半の23年間は、愛知大学で文系学生を相手に授業を受け持ち、学問の豊かさと広がりという貴重な経験をした。研究テーマは、素粒子論に加えて、交通流理論や経済物理学へ広げ、組織的な取組が必要な環境問題、女性研究者・ポスドク問題の研究環境改善のために日本物理学会でキャリア支援にも関わった。

坂東 昌子先生の顔写真

坂東 昌子先生

~Profile~

愛知大学名誉教授 NPO法人 あいんしゅたいん理事長
1965年同大学大学院理学研究科博士課程修了(博士号取得)。京都大学理学部助手、講師を経て、87年より愛知大学教養学部教授。専門は素粒子論、非線形物理。京都大学に保育所設立を実現させるなど、女性研究者の支援でも活躍。京都大学の湯川秀樹研究室で素粒子論を専攻。ノーベル賞を受賞した小林・益川博士とは助手時代は同じ研究室。2007年日本物理学会長・同キャリア支援センター初代センター長 を経て、2009年3月若手研究者支援のためのNPO法人「知的人材ネットワークあいんしゅたいん」を設立。現在に至る。
「4次元を越える物理と素粒子」「理系の女の生き方ガイド」など著書多数。大阪府立大手前高等学校出身。

文系学生への講義で、現代の諸問題に目覚める

一般教育科目を担当するようになって、文系の学生に自然科学の講義をする場合、現代社会が抱えている問題と切り離してはいけないという想いが強くなった。急激に発展した科学技術は私たちの生活を大きく変え、同時に、科学と社会の関係を深く反省させられる深刻な問題にも立ち会うことになった。それが原爆開発、優生思想に基づく生殖革命と環境問題だった。私は、これらの専門家ではない。しかし、研究者がそれらを自らの問題として取り組むには、教育の場を通じてまずは自らを鍛えることも必要だ。専門を超えて考えなければならないという想いがあった。

そして周りの仲間と、こうした問題について考えてみようと立ち上げたのが、愛知大学内共同研究「エネルギー・バイオテクノロジー問題の総合的考察」。これが専門以外にも自分の興味を広げさせてくれるきっかけとなった。しかし、単に趣味として、あるいは教養として、より広い領域を冒険しようとするだけではだめだ。そこで納得できないことがあれば自らの目で見直し、さらに専門家とネットワークを組み対等に議論できる力量をつけることが必要だ。とはいえ、専門外の学会に進出して論文を書き、レフリーとやりあい、ジャーナルに論文掲載するまでには苦労も多かった。ただ、多くの新たな発見もあった。

愛知大学教養学部で得た刺激と仲間

教養部には専門の仲間が少なく、議論もなかなかできないと思っていたが、入ってみると杞憂だった。特に、同期転入の浅野俊夫さんとはよく議論を戦わせた。教養部には刺激的で議論好きな教員が多く、専門を超え、時間を忘れて議論した。またドクターをとっていない仲間には、「ドクターを取れ取れ」と励まし、取得したらお祝いの会もする。そんな温かい雰囲気がとても好きだった。

教養教育では、自然科学全般を受け持つ。さらに当時は情報処理センター開所に伴って導入された情報科目の中身を構築する時でもあった。情報処理センターの立ち上げ時には、組織運営などの課題に次々取り組んだが、この時には教養部の多くの仲間が労を惜しまず応援してくれた。

教養部には一般教育研究室という高校の職員室のような部屋があり、アイデア交換したり、新しい試みに向けて盛り上がったりした。そこで磨き上げられたのが、情報教育と総合科目と教養ゼミだ。

総合科目は、共通のテーマを異なる専門家で授業する。私は授業の構成、講師の選定、管理などについて、コーディネータ役を積極的に引き受けた。そのため「情報と社会」「21世紀のエネルギー問題」「環境と命」「愛知万博」などテーマも自由に選べた。講師を外部から招聘できるため、ネットワークも一挙に広がった。また大流行したはしかに対する愛大全体での取組なども含め、医学と生命科学の諸問題をまとめた「生命のフィロソフィ」(世界思想社)の執筆に取り組んだことで、法学の側面からの尊厳死などの位置づけを知ることができた。

ゼミでの取り組みと研究の進化

講義では、文系学生にわかってもらう工夫をするうちに、理系学生相手では式でごまかしていたことがわかってきた。解説本を読み漁っていると、理解している著者とそうでない人とが透けて見えるようにもなった。理解が浅いままでは、文系相手の解説で間違ってしまうことがある。文系の学生だからといい加減に解説するのではなく、自分が納得したことを言葉にしなくてはならない。教養ゼミでは、「新発売のハイブリッドカー」「次世代エネルギ―」「教科書と環境問題」「科学嫌い調査」など、ワクワクするテーマをとりあげたが、学生たちも生き生きと取り組んでくれた。身近な環境問題のテーマとして、全小中学校に毎年配布する教科書の費用をフェルミ推定を使って推定し、教科書会社の意見を問う形で問題提起したり、ハイブリッド車の効率の推定をしたりと、身近な環境問題を取り上げた。これが注目され、環境コンクールで名大大学院の環境専門のチームを抜いて優勝したり、民間の団体とともに名古屋市の環境支援資金をゲットしたりと、学生たちが大活躍をした。名古屋市の環境担当職員や名大の院生とも仲良くなり一緒に研究会も開いた。

研究活動でも視野が広がった。高速道路で起こる渋滞は、それまで「トンネルの入口など車がスピードを変えるボトルネックで起こる」が通説で、渋滞領域と自由流領域は理論式も別々だった。物理屋は「原因がないのに渋滞発生、なんで?」「統一的に理解できないの?」と考える。愛大で唯一の物理屋の同僚長谷部さんと名大のポスドクも交えて議論し、車の渋滞モデル「最適速度模型:OV モデル」を提案した※。交通流の専門家にこのモデルへの意見を聞いたら、「この問題は解決済みです」と言われた。新分野に挑戦すると論文を出すジャーナルさえわからず、苦労の連続だった。結局、アメリカ物理学会の雑誌に掲載された。アメリカ物理学会が視野を広げてその守備範囲を大きく拡張していることを痛感させられた出来事でもあった。

新参者でも内容を見て評価してくれるのは海外なのだ。この論文を見たドイツのボッシュ研究所員から「あなたたちのモデルは実験してみたらよく合う」と評価され、評判になり引用数が増えていった。こうして、ヨーロッパから世界へ広がり、国内へは逆輸入されてやっと認められた。まず海外に挑戦すべしというのがよく分かった。自動運転の時代に突入した現在、引用数はさらに増え続けて4000近くになっている。
※ 統一的理解のためには、車の集団(多体系)の間に働く相互作用(原因)と交通流(結果)の関係式は微分方程式になる。ちょっと刺激を与えると少し変化する。その積み重ねが交通流の結果を与える。結果から原因を探すコツはここにある。ニュートンが偉かったのはここなのだ。多集団の場合は、ミクロとマクロを繋ぐ動的仕組みがいる。この話は、実は南部の「自発的対称性の破れ」というメカニズムを応用したもので、やはり物理学のアイデアが生きた仕事でもあった。

火星の気象災害 – 機械学習で砂嵐(ダストストーム)発生の仕組みにせまる

月とともに、大国間の宇宙開発競争が激しさを増す火星。先ごろ米大統領に就任したトランプ氏は、就任演説で有人火星探査への強い意欲を表明し、火星に星条旗を掲げることを「明白な天命(Manifest Destiny)」と宣言した。その火星での有人探査を妨げると危惧されているのが、特有のダイナミックな気象現象、巨大な砂嵐《ダストストーム》だ。いち早く機械学習を使ってその現象の解明と、発生予測の研究に挑戦してきたのが、理学部の小郷原一智准教授。先生にこれまでの研究の変遷と転機、そして今後の展望を聞いた。

小郷原 一智先生

~Profile~

京都産業大学理学部准教授
京都大学大学院理学研究科地球惑星専攻博士後期課程修了。博士(理学)。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)招聘研究員。滋賀県立大学工学部助教を経て2020年4月現職。専門は惑星気象学(特に火星)。
JAXA火星衛星探査計画 Martian Moons eXploration (MMX)メンバー。
岡山県立岡山城東高等学校出身。

シミュレーションによるダストストームの研究に汗をかいた大学院時代

高校時代から地学が好きで物理学者に憧れていた小郷原先生。専門は「惑星気象学」で、火星の研究を始めたのは学部4回生の頃。当時、火星は研究者が少なく、研究課題も多数残されていた。中でも砂嵐(ダストストーム)は、小さなものでも関東平野ほど、大きなものでは火星全体を覆うほどの規模で、そのメカニズムや発生時期の解明が大きな課題となっていた。

そのダイナミックさに惹かれて研究テーマに選んだ先生だったが、観測手段が限られる中、頼りとするのは理論や数値モデルを用いたシミュレーション。研究の精度をさらに高めるには、実際の観測データと照合し、つど計算モデルを修正する必要があった。

粘り強さと根気のいる研究だったが、修士課程では火星の南半球にある巨大な「Hellas 盆地」を発生源として全球に拡がるグローバル・ダストストームの研究や、博士後期課程では対象地域を広げ、ダストストームの発生しやすい地域の特定など、いくつもの成果を上げることができた。

ただ、実際の観測データが少ない中でのシミュレーションには限界があるのも確か。現在、地球の天気予報の精度が向上しているのは、広範囲に 60年以上蓄積してきた観測データのおかげ。これを火星に当てはめると、公転周期が地球の約2倍だから約 120 年もかかる! 加えて照合すべき観測の元
データも写真中心で、モデルに組み込むにはダストストームの発生メカニズムを推定しなければならなかった。

このように大学院時代の研究は順風満帆とはいかなかったが、これが次の職場での転機につながる。

転機はJAXA時代に。いち早く「機械学習」を取り入れた研究転換

博士課程を終えた小郷原先生は、ポスドク研究員として JAXA(宇宙航空研究開発機構)に勤務する。当初、大学院時代とは比べ物にならないような膨大な量のデータの存在はとても魅力的だった。しかし、すべて目視で行わなければならないことから作業は困難を極め、「一枚一枚処理するのは不可能に近い」とさえ思ったという。そこでもっと効率的にできないかと考えた時に目を付けたのが、当時まだ注目され始めたばかりの「機械学習」だった。ただ、そのためには自らのスキルアップも必要となる。

ここで小郷原先生は、思い切って職場を変える決断をする。工学系に転向し、滋賀県立大学に助教として着任、機械学習の技術を学生と一緒に学び始めたのだ。

そして9年後、観測画像からダストストームを自動検出する技術の開発に成功した。これにより観測データの効率的な分類と解析が可能となり、研究は飛躍的に進展した。特定の地域に限定はされているものの一貫した基準で季節ごとのダストストームの頻度や大きさを自動で計測できるようになったのだ。

火星研究の展望

「ダストストームは、以前は単一の現象だと漠然と考えられてきましたが、近年の観測でその発生メカニズムはそれぞれ全く異なることがわかってきました」と小郷原先生。そこから、水蒸気やダストの鉛直輸送量もダストストームごとに大きく異なるはずとの予想も成り立つ。現在は、火星周回衛星の観測画像からダストストームやダストデビル(塵旋風)※を自動検出して、形状・模様などの外見的特徴、季節や気圧との関連、それらの背後にある大気現象を特定する研究を進める。

惑星研究の全般的な意義については、「火星に限らず、他の惑星の気象を理解することは、地球の気象の深い理解にもつながる」と語ってくれた。
※ダストストームより小規模で、竜巻状に見える。

どんな授業?
理学部の1、2年生には、データサイエンスの基礎を教えています。
様々な種類のデータをコンピュータで分析するために必要な表現方法を学び、それを基礎に統計学や確率論に基づいて、データの扱い方や分析手法を理解し身に付けます。また、Pythonを使ったプログラミングを学び、既存のソフトウェアに頼るばかりでなく、与えられた問題に応じて自らプログラムを作成する力も養ってもらいます。理学部では4年次に、各自が研究テーマを設定し、卒業研究として発表してもらう「特別研究」があります。私の研究室の方針は、自分で面白いと思ったテーマがあればそれをサポートし、明確なものがない場合には具体的なアドバイスをするというものです。もちろんプログラミングの知識が必須なのは言うまでもありません。

どんな授業?

理学部の1、2年生には、データサイエンスの基礎を教えています。様々な種類のデータをコンピュータで分析するために必要な表現方法を学び、それを基礎に統計学や確率論に基づいて、データの扱い方や分析手法を理解し、身につけます。

また、Pythonを使ったプログラミングも学び、既存のソフトウェアに頼るだけでなく、与えられた問題に応じて自らプログラムを作成する力を養っています。

理学部では、4年次に各自が研究テーマを設定し、卒業研究として発表する「特別研究」があります。私の研究室では、自分で面白いと思ったテーマがあればサポートし、明確なものがない場合には具体的なアドバイスを行っています。もちろん、プログラミングの知識は必須です。

京都産業大学のHPがリニューアル。小郷原先生のご研究をはじめ、他学部・他学科の研究紹介もご覧いただけます。リンクはこちら。