博士課程教育リーディングプログラムフォーラム2017
「はかせだものみんなちがってみんないい~自分のキャリアを開くための「意思決定」のヒント~」が開催

フォーラムのパネルディスカッションの様子

博士課程教育リーディングプログラムフォーラム2017 レポート
はかせだものみんなちがってみんないい
〜自分のキャリアを開くための「意思決定」のヒント〜

10月19日から21日まで、名古屋にて博士課程教育リーディングプログラムフォーラム2017が開催された。そのなかで、名古屋大学・PhDプロフェッショナル登龍門2の学生有志主催にて「はかせだものみんなちがってみんないい〜自分のキャリアを開くための「意思決定」のヒント〜」という企画が催された。同企画では、PhDプロフェッショナル登龍門を履修する近藤菜月氏をモデレーターとし、博士課程教育リーディングプログラム(LP)修了生4名:武居弘泰氏(大阪大学・超域イノベーションプログラム修了、現シスメックス株式会社)、白石晃將氏(京都大学・思修館プログラム修了・現外務省)、乾敏恵氏(同志社大学・グローバルリソースマネジメントプログラム修了・現パナソニック株式会社)及び全光慶高氏(大阪大学・生体統御ネットワーク医学教育プログラム修了・現IMS Japan)をパネリストに迎え、大学院生、大学教職員を含む約80名の参加者とともに、LP履修生が「新しいタイプのキャリア」を切り拓くためのヒントを探った。

昨今、大学院重点化による博士学位取得者の増加や、産業界における多様性及びイノベーションのニーズ拡大にともない、博士学位取得者の取りうる進路は多様化しつつある。既存のレールに縛られず独自のキャリアを開拓しようとするLP履修生には、このような時代の流れが追い風となる一方で、前例のない世界に飛び込むことに対する不安や葛藤もつきまとう。同企画中、「LP履修時にはどのようなことを意識して行動すべきか」「各LPにおけるリソースの効果的な活用法はどのようであるか」「進路に悩んだ際の判断材料、決断方法は何か」など、現役のLP履修生が抱える悩みや疑問がぶつけられ、試行錯誤の末に自分の道を見つけつつあるLP修了生のリアルな回答を聞くことができた。

パネルディスカッションは2部構成にて行われた。第1部は、「パネリストの進路形成・ストーリー紹介」と銘打って、各LP修了生が、自らのキャリア選択や、LP履修時の葛藤や模索、試行錯誤についてざっくばらんに語った。「各LPの履修科目を通じて自分のキャリア観が明確になった」 「進路選択において重要な影響を与える恩師との出会いがあった」などLPを効果的に活用することが出来た例が挙げられた。一方で、「既に社会に出ている同期と比較すると焦燥感があった」「研究・専門性をどのように位置づけるか非常に悩んだ」というLP履修生独自の悩みや、「就職した現在においても、博士号取得者としての専門性や知見の明確な効果がまだ見られていない」 「周囲は多くが文系の学部出身者で自然科学系の博士号取得者はほとんどいない」などLPを修了した今でも苦労しながら道を切り開いている状況が紹介された。

会場の参加者との全体討論の様子

モデレーターとの対談を通じ、一見「順風満帆な成功者」に見えるパネリストが、LP履修時、そして今現在においてもLP先駆者としての悩みを持ちながら奮闘している姿が浮き彫りとなった。博士学位取得者のキャリア形成には「正規のルート」が存在しないことが改めて強調された。修了生からは「怒られるまでやってみよう」というメッセージから、前例がないことに臆せず挑戦することが重要であると勇気づけられたほか、「与えられた機会」を「将来につながる機会」として認識するアンテナをもつことが必要であるとのアドバイスなどもあった。

第2部は「全体討論」として、1)多様なキャリアを考える際に「博士学位」や「専門性」をどのように位置づけるか、2)バイタリティある人材を育成するために「LPができることは何か」という視点から活発な議論が展開された。両議題に対してパネリストから、「ある分野において課題を設定し、その解決に向けてアクションを取り、結果について評価をする。博士号の取得というのは、その一連のプロセスが出来る人に与えられるものであると考える」「LP履修にあたり自身の目的意識を明確化し、LPを効果的に活用することが重要である」といった持論が展開された。その後、会場の参加者を交えて議論を深化させた。LP修了生からは、海外の人類学者が、「自分は人に寄り添うプロ/専門家である」と表現したことに刺激を受けたというエピソードが紹介された。「専門性」や「能力」を自分の言葉で定義し、異なる分野においても自らの強みを見いだし、発揮できるようになることの重要性が強調された。また、専門分野で培う分析力に加え、LP履修によって得られる俯瞰力や先見性といった総合的な力の育成が重要であるとされた。

今回の企画は、修了生の声に刺激され、全国のLP履修生に「新しいタイプのキャリア形成」について考える機会を提供することができた。また、学びの主体である学生の視点から大学院教育を再考することの重要性が顕在化され、盛況のうちに幕を閉じた。なお、登壇者のプロフィールと当日の様子を撮影した動画は企画ウェブサイト(https://leadingforum2017-student.locatinto.jp)上で公開している。

キャンパスは世界の縮図、グローバル社会を生きていくのに必要な体験を

南カリフォルニア大学のキャンパス

南カリフォルニア大学(USC)学長 C.L マックス・ニキアス先生に聞く
日本の高校生へのメッセージ

全米の高校生が注目するウォール・ストリート・ジャーナル/TIMESの最新ランキングでは総合15位、THE世界大学ランキングでは60位の南カリフォルニア大学(略称:USC)。第11代学長のC.L マックス・ニキアス先生は、キプロス出身でデジタル信号処理の分野の先駆者。古典も教えておられるためか、ゆっくりとした話しぶりと穏やかな物腰からは、アメリカで厳しい競争社会を生き抜いてこられたとは思えないゆとりを感じさせてくれます。来日に合わせて、USCについて、日本の高校生へのメッセージをお聞きしました。

C.L. マックス・ニキアス先生の顔写真

C.L. マックス・ニキアス 先生

南カリフォルニア大学 学長

~Profile~

南カリフォルニア大学(USC)の 11代学長。現人文科学の分野においてロバート C. パッカード学長職と、マルコム R. キュリー職を兼務。USCヘルスシステム理事会議長。1991年からUSCで教鞭をとり、ナショナルリサーチセンターのディレクター、学部長、学務担当副学長などを経て、2010年8月から現職。電気工学と古典の教授職を務め、毎年秋期には新入生向けの古代アテネにおけるデモクラシーと演劇の特別セミナーを担当している。デジタル信号処理、デジタルメディアシステムと生体臨床医学研究の先駆者として世界的に知られ、その数々の発明や特許は、米国国防省によってソナー、レーダーやコミュニケーションシステムに採用されている。全米技術アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アテネアカデミー、米国発明家アカデミーなど、複数のアメリカの国立アカデミーに所属。カーネギー財団からは、栄誉ある、アカデミック・リーダーシップ賞も授与されている。アテネ国立技術大学で学士号を取得したのち、ニューヨーク州立大学バッファロー校で修士号(科学)と博士号を取得。2人の娘さんは、ともにUSCを卒業。

USCのミッションと、日本の高校生へのメッセージ

はじめに少し本学の紹介をすると、西海岸の大学では最も古い歴史があり、アイビーリーグも含むトップ28私立大学の一つです。また、全米に約3000ある大学のうち、研究力があり、大学の役割である教育と研究の双方が機能するリサーチユニバーシティと呼ばれるトップ 60の大学の中でもトップランキングに位置付けられています。

このような大学としてのUSCのミッションとは、大学で創造された知を次の世代へ渡していくこと、言い換えると新しい世代へ教育のサイクルを毎年毎年つないでいくこと、そしてこれまで蓄積してきた知を伝えるだけでなく、新しい知を創造し、それを学生に翻訳することの二つだと言えます。

本学には2016年度秋学期で44,000名以上の学生が在籍していますが、学部生は約19,000名、大学院生が約25,000名。学部1年生は2,800名ですべて高校卒業者、男女比はおよそ46:54です。これはアメリカの高等学校では女性の卒業生が多いことによるのかもしれませんが、倣っておくと女子大になる憧れもありますから(笑)、アドミッションオフィスでは、できるだけ50:50に保とうと苦労していると思います。3年次編入は800名で、多くはコミュニティカレッジ出身者。この中には一旦社会に出ていた学生も含まれています。ちなみにトップ28私大の中で、コミュニティカレッジからの編入を受け入れているのは唯一USCだけです。大学院生の多くは社会で3年以上働いてきた人たちです。

日本人学生は学部生39名、大学院生85名、履修証明プログラム等を受講する学生が73名、全部で197名です。海外の高校生が学部へ入学するのに必要なことは募集要項を見てもらえばいいですが、語学力に不安のある場合は、USC国際語学アカデミーで、例えば入学前の夏に、2、3ヶ月集中的に勉強してもらうことができます。また、たとえ入学してくる学生が、大学教育を受けるのに必要な資質を十分備えていなくても、卒業する時には花が咲くように指導するのも大学の目的だと考えています。

グローバル・コンフェレンスで話すニキアス学長

USCコラム

学部には、人文科学、映画技術、教育、音楽、社会福祉、会計、コミュニケーション・ジャーナリズム、工学、作業療法、建築、舞蔬、老年学、薬学、美術、デザイン、歯学、法律、理学療法、ビジネス、演劇、医学、公共政策の22学部がある。

注目の学部としては、USCスクール・オブ・シネマティック・アーツ(映画芸術学部)、USCアネンバーグ・スクール・フォー・コミュニケーション・アンド・ジャーナリズム(コミュニケーション・ジャーナリズム学部)、USCレオナード・デイビス・スクール・オブ・ジェントロシー(老年学部)などがある。

研究機関は100以上あり、その中で注目されているものにはUSCクリエーティブ・テクノロジー研究所(ICT)、USCリスク・アンド・エコノミック・アナリシス・オブ・テロリズム・イベンツ研究所 (CREATE)、USCアルツハイマー・セラピューティック研究所 (ATHI)などがある。

著名な卒業生・校友には安倍晋三(現內閣総理大臣)、三木武夫(元内閣総理大臣)、山中龄(五輪競泳 4つの銀メダル保持者)、ロバート・ミツヒロ・タカスギ(日系人初の連邦判事)、ジョン・ウェイン (俳優)、ニール・アームストロング(宇宙飛行士)、ジョージ・ルーカス(映画監督)、フランク・ゲーリー (建築家)らが含まれている。

USCに期待してもらえること

日本人の高校生が本学を選ぶにあたって、大きなメリットとなるのは豊かな国際性だと思います。本学には全米50州はもとより、世界128の国・地域から、約90の異なる宗教を信仰する留学生が集まっていて、その数は約13,340人で、全米では2番目の人数です。私は日頃から、大学のキャンパスは世界の縮図でなければならないと思っていますが、経済がグローバル化し、企業間の競争もグローバル化している今、大学での国際的な体験は以前にも増して重要です。学生時代にそれを十分積んでおけば、卒業してキャリアをスタートする際、すでにそういう社会に対応できるスキルが身についているからです。そういう意味からも、USCのキャンパスはまさに教育的 (educational) な環境だと言えるでしょう。

奨学金に関して USCは、国内最大級の財源を持っていて、その中から年間3億3千万ドルを拠出しています。ただ、海外からの学生に対しては大学院が中心で、学部段階では学費に教科書代、寮費を合わせると、他の米国トップ20枚に進学する場合と同じように、日本よりはかなり高額になることは覚悟しておいてほしいと思います。もちろんそれに見合った将来が得られるはずです。一方、大学院では海外からの学生に対しても手厚く、それらをフルに使えば授業料が無償で、かつ給与をもらうこともできます。

高い研究力を支えるのは、年間約7億ドルの研究費です。多くは連邦政府の競争的資金や民間の基金から調達しています。工学系、医学系を筆頭に産業界との結びつきも強く、アメリカの中でも最大級のスポンサープログラムでは、年間5000~6000万ドルを支援してもらっています。

大学の食堂の様子

デジタルテクノロジー時代のコミュニケーションと、ミレニアルズのマインドセットについて

私は最近、Eメールの使用を自粛しています。大学のような大きな組織を運営するリーダーとして、毎日多くの時間を、それを読んで返事をするのに割くのは効率的ではないと考えたからです。チームのメンバーとはできるだけ顔を合わせる、あるいは電話で話すようにしました。この方が、時間はかかるがはるかにコミュニケーションを取りやすく、しかも生産的です。 (USCは学生との距離の近い大学でありたい)という強い思い入れから、私が主導して小グループの学生との定期的なミーテイングも始めました。短時間ですが、大学の良い点、改善すべき点などについて、つねに貴重な意見が聞けます。状況にもよりますが、やはり顔と顔を合わせ、お互いに顔の表情を見ながらコミュニケーションを図ることは、感情的なつながりも持ててとても有意義です。将来、もっとVRやイマージング、没入型の技術が進化して、バーチャルな環境で電話会議ができるようにならば別ですが、それまではできるだけ顔が見え、声の聞こえるコミュニケーションを大事にしたい、Eメールは TXT メッセージのサイズに限るべきではないかとさえ考えています。

生徒たちと意見交換するニキアス学長

デジタルテクノロジーの進化によるだけではないと思いますが、ミレニアルズポピュレーションの学生のマインドセットはアメリカでも問題です。彼らは大学を高校の延長のように考えていて、大学にも、保護者同様、自分たちに快適な環境を整えてくれるべきだと期待しているようです。

そこで私たちは新入生に対して、大学ではこれまでの快適さから抜け出すことが重要で、リスクを取ることを恐れないようにと繰り返し伝えています。リスクを取っても、もちろん80%程度は成功しません。大事なことは、リスクを取り失敗を重ね、そこからできるだけ早く立ち直ることを大学の4年間で学んでもらうこと。なぜならそれが人生だからです。

ミレニアル世代のこと。1980年ごろから2000年の初期にかけて生まれた世代。

卒業生は語る

英語での発信力を磨き、日本の広報力を高めることに貢献したい

山田 真梨子さん (2007年人文科学部卒)
USC の学部はアカデミックなものだけでなく、スポーツからアート、さらにはエンターテイメント系まで揃っていて、卒業生にはハリウッドの著名人などもいます。スポーツでは一時、オリンピックで獲得した金メダル数が、日本より多いこともありました。また富裕層の子弟も多く、独特の雰囲気があるのも特徴の一つといえるかもしれません。

この留学生活で得たのは、そんな独特な世界で培った多様性への理解、そこで生き抜くための忍耐力で、今現在でも私の人生に大きく影響していると感じさせられます。

USCで日本語と国際関係を学び、今は日本の大学の国際広報に貢献

東京大学本部広報課 特任専門職員 ウィットニー・マッシューズ Whitney Matthews さん (2008年人文科学部卒)
USCに入学すると、「あなたは今日からトロージャンファミリーの一員です」と歓迎されるように、USCはファミリーであることをとても大切にしています。卒業生の集まりなどに行っても、知らない人とでもすぐ親しくなれるのもそのため。当然、仕事を紹介しあうことも多くなるし、生涯のネットワークにもなります。

(お二人の詳しいお話の続きは次号で)

2020に向けて
学力試験だけでなく調査書、諸活動の記録も評価
千葉商科大学が一般入試・センター試験利用入試に『総合評価型』を導入

高大接続改革を先取りする

千葉商科大学の新しい選抜方式「総合評価型」入試

高校教育、大学教育、その結節点である大学入試を一体的に改革し、高校・大学の連携・接続の中で、知識及び技能と答えが一つに定まらない問題に自ら解を見出していく思考力・判断力・表現力、さらにはそれらの基になる主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度(次期学習指導要領の示す「学びに向かう力、人間性等」)、いわゆる「学力の3要素」を備えた若者を育てようと始まった高大接続改革。大学入試では、大学入試センター試験の改革(2020〔平成32〕年度から実施の大学入学共通テスト)に加えて、これまでのAO(2021〔平成33〕年度入試から総合型選抜)・推薦などの特別選抜(2021〔平成33〕年度入試から学校推薦型選抜)、一般入試(2021〔平成33〕年度入試から一般選抜)の枠組について、名称の変更も含む改革、改善が始まろうとしています。現在各大学においても国の示した行程を念頭に、改革に備えていますが※1、多くの大学にとって課題なのが一般入試の改革。一点刻みの選抜を避け、知識及び技能だけでなく、3要素のすべてを多面的・総合的に判断することが求められています。こうした中、いち早くそれを先取りし、2018年度入試から新しい選抜方式を導入するのが千葉商科大学。一般入試「総合評価型」とセンター利用入試「総合評価型」の2種類。その特徴と狙い、導入の背景、経緯を紹介します。

※1 現在、5分野で延べ28大学1センター1団体が、入学者の選抜方法や、教科の学力の測定、主体性等の評価方法について調査研究を行っている。

「総合評価型」とは

「学力試験と提出書類を組み合わせて評価」するとされるように、受験生は、出願に当たって調査書だけでなく検定試験やクラブ活動等での実績を示す書類等を提出することで、当日の学力試験の結果に加え、日頃の学業成績や出欠状況、諸活動の記録などによって、多面的、総合的な評価が受けられるというもの。言い換えれば、推薦入試やAO入試の理念を一般入試やセンター利用型といった学力による選抜にも取り入れたものと言えます[コラム]。従来、調査書は、一般入試の出願に提出は義務付けられてはいても、参考程度とする大学がほとんどですから、受験生の多い一般入試で「積極的に」評価するというメッセージは、高校教育に大きなインパクトを与えると考えられます。

具体的には、一般入試「総合評価型」では、学力試験が外国語、国語、地歴・公民、数学から2科目選択で200点満点。調査書等の提出書類は40点満点で、合計点の17%を占めます。調査書等の書類で評価されるのは、評定平均値、出欠状況、取得した検定・資格、課外活動状況の4項目。配点は各学部・学科のポリシーを反映したものになります。

定員は初年度、商経学部25名、政策情報学部2名、サービス創造学部5名、人間社会学部5名、国際教養学部4名ですが、初年度の様子次第では、今後さらに増やしていく予定と同大学入学センター。2月1日の同じ日に実施する前期2科目型にも出願できるのも特徴ですが、これは、これまでにない全く新しい入試を少しでも受けやすくしようという受験生への配慮と考えられます。

「導入の背景」、求める生徒・育てたい学生像

大学教育改革に当たって各大学には、アドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)、カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針)、ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)の3つのポリシーを公表することが求められていますが、大学入試に直結するのがアドミッション・ポリシー。大学入学者に求める学力を明確にし、具体的な入学者選抜方法を明示するものです。

千葉商科大学では、社会から期待されているのが「地域の中堅・中小企業で活躍できる人材育成」だとして、アドミッション・ポリシーでは、 ①実社会における諸課題を発見し、解決するための専門教育と幅広い教養教育で知識・技能を学ぶ意欲を持つ学生 ②実社会の多様な人々との連携と、アクティブ・ラーニング(AL)により主体性、協働性、公平性を身につける意欲を持つ学生 ③これらの学びを通して思考力・判断力・表現力、倫理観を修得する意欲を持つ学生 を求めるとしています。千葉商科大学が卒業生を多く輩出する中堅・中小企業では、大企業以上にどんな現場でも協働し、物事に柔軟に対応できる人材が求められます。そこでアクティブ・ラーニング(AL)を軸にした実学教育はきわめて重要となり、実践的な学びを活性化する積極的でコミュニケーション能力の高い学生が求められるのです。

しかし、特色ある教育に力を入れる大学の多くに共通するのが、母集団の多い一般入試では、受験生や進路指導による偏差値による大学・学部選びが相変わらず優勢で、大学の求める資質を持った学生を獲得しにくいという悩みです。従来型の1点刻みの学力試験では、求める資質についての評価を入り込ませる余地はない。また受験生側からしても、当日の一回限りの、しかも一点刻みの選抜では、自分が本来行きたいと考える大学に、必ずしも合格するとは限らない、という状況があります。

その点、今回のような総合評価型の入試であれば、「学力試験では合格基準点に2点足りないが、生徒会長をしていてALをリードできる資質があるはずだから、ぜひ合格させたい」といったように、大学が自らのアドミッション・ポリシーに合致した学生を獲得できる可能性は飛躍的に高まると考えられます。

2019年度には学力型AO入試を。スピード感重視でさらなる改革に挑む

千葉商科大学が3つのポリシーの見直し、入試改革に要した時間はわずか1年とされます。この異例のスピードについて入学センターでは、「私学ならではの柔軟性とガバナンスの確立に加えて、実学志向のALを軸とした教育改革が進んでいたことと、入試区分や評定平均値別に入学した学生の成績から離籍率(退学率)までを追跡した詳細なデータの蓄積があり、それをベースに議論することで教職員の意思疎通が図られているから」とコメントしています。

戦後二度目と言われる大学入試の大改革は、大学入試をはさんで高校教育と大学教育が断絶しているシステムから、両者の連携を深め、接続性を重視するシステムへの転換を目指しています。そのためにも、高校での学業や課外も含めた様々な活動、取組が正当に評価される選抜システム・手法の開発が、今すべての大学に求められています。

2019(平成31)年度入試には、総合評価型を補完する学力型AO入試(仮称)の導入を予定している千葉商科大学。多くの大学が入試改革に臨む2020(平成32)年に、受験生に混乱を与えることがないよう、今からその準備を始めておきたいと入学センターは語っています。

コラム

去る7月13日に公表された文部科学省による「高大接続改革の実施方針等の策定について」には、「平成33年度大学入学者選抜実施要項の見直しに係る予告」も含まれている。その中の「①大学入学者選抜に係る新たなルールについて」「2区分のあり方の見直し 一般入試の課題の改善」では、一般入試について以下のように記されている。

「筆記試験に加え、(主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度)をより積極的に評価するため、調査書や志願者本人が記載する資料等※2の積極的な活用を促す。(かつ)各大学の入学者受け入れの方針に基づき、調査書や志望者本人の記載する資料等をどのように活用するかについて、各大学の募集要項等に明記することとする」

※2 エッセイ、ディベート、プレゼンテーション、各種大会や資格取得の記録、探求的な学習の成果に関するレポートやその概要などを含む。

ススメ!理系 | ヘッドピンを倒せ!コントロールできるものを見つけ、それを全て理想に近づけよう

人見光夫氏の顔写真

人見 光夫 氏

マツダ株式会社 シニア技術開発フェロー
常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・統合制御システム開発担当

~Profile~

1979年 東京大学大学院航空工学科修士課程卒業。同年、東洋工業(現在のマツダ)入社。2001年 パワートレイン先行開発部長、2007年同開発本部副本部長、2010年同開発本部長(2011年 執行役員 パワートレイン開発本部長)、コスト革新担当補佐。2014年常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・電気駆動システム開発担当。2015年常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・統合制御システム開発担当。2017年常務執行役員(シニア技術開発フェロー) 技術研究所・統合制御システム開発担当。著書に『答えは必ずある一逆境をはね返したマツダのエンジン開発』(ダイヤモンド社:2015年)。岡山県立岡山朝日高等学校出身。

地球温暖化防止、CO₂排出削減を旗印に、自動車産業では、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)の改善、改良が進んでいます。2040年までには、イギリスやフランスが、ガソリンやディーゼルを使った内燃機関(エンジン)しか持たない車の販売を禁止するとも言われていて、それに追随する動きが増えるとも予想されています。一方、近い将来において、世界中の車をすべてEVやFCVにするのは現実的ではないとして、ヨーロッパを中心に内燃機関の改良をさらに進めようという動きもあります。日本では唯一、乗用車部門で内燃機関の改善でヨーロッパに対抗するのがマツダ。ディーゼル車で世界最高効率の燃費を実現したパワートレイン※1開発責任者の人見光夫さんに、内燃機関へのこだわり、その改善にかける意気込み、イノベーションを生むための秘訣についてお聞きしました。

※1 エンジン、トランスミッション、ドライブシャフトなど、パワーを生成し、伝達する機構。

自動車産業の今後の展望と、私たちの選択

2011年、スカイアクティブ※2ガソリンエンジンを積んだ「デミオ」は、当時の日本の法定モードである10-15モードにおいて30km/Lという HV車並みの数字を達成し、内燃機関の改良でHV並みの環境に優しい車が作れることを世界に示しました。

しかし皆さん方の中には、自動車産業への誤解も根強いかもしれません。内燃機関はCO₂を排出する元凶で、地球規模での車の大幅な増加を考えると、将来的にはすべての車をクリーンエネルギーを使う EVやFCVに置き換える必要があると。

もう内燃機関の時代は終わった、これからは電気の時代だと言われ始めてしばらくすると内燃機関に関連する大学の研究室には、学生が集まりにくくなったと聞いています。CO₂排出と地球温暖化の相関については、学術的な検証に委ねるとして、クリーンなエネルギーである電気や水素だけで、世界中の自動車を動かすべきだという言説には巧妙なトリックが潜んでいます。

まず「クリーンなエネルギーを使って」という言葉が問題の本質を隠しています。

電気で言えば、確かにそれ自体はクリーンエネルギーですが、それがどのように生み出されたかについても考える必要があります。たとえば日本の場合、3.11以降、その90%近くは火力発電(うち30%近くは石炭)によるものです。当然、EVは火力発電による電気で走っているということになります。EV推進のため、その販売割合を法律で定めたカリフォルニア州でも、石炭を使った火力発電所があります。また現在のEVに欠かせない大型の電池の製造に伴うCO₂の排出も考える必要がありますから、EVをCO₂排出量がゼロでクリーンであるという誤解を生むような伝え方は問題があると思います。

もう一つ、近い将来、世界で15億台にも、20億台にもなると予想される車の多くをEVにしたとして、その充電に必要な電力がどれぐらい要るかを誰か考えたことがあるでしょうか。

国内で考えると、一年間で車が消費するガソリンと軽油の半分を内燃機関の代わりに再生可能エネルギーで走るEVで肩代わりするとして、EVのために今より追加で必要な電力は一年間で1790億kWh。それを現在の発電容量比率である太陽光発電で85%、風力発電で15%という分担比率で考えると、一年あたり太陽光発電が1520億kWhと風力発電は270億kWh今より余計に発電しなければならない。太陽光発電と風力発電の現在の日本における稼働率はそれぞれ13%, 20%であるため、必要な発電設備容量はそれぞれ1億3000万kW、1500万kWとなります。

内燃機関をEVに替えてガソリン、軽油の年間消費の半分を減らすには、EVにしにくい大型車は内燃機関のままとすると、大ざっぱな試算では大型車を含めて日本にある7700万台の車のうち大体4400万台をEVにしないといけなくなる。台風などが接近している暑い日にほとんどの家庭ではエアコンを使用していますが、そんな最中の夜、みんなが一斉に充電したらどうなるでしょうか。夏の暑い日は日本の電力供給力の余裕は2000万kWから4000万kW程度しかありません。家庭用充電器は3kWですから、2000万kWなら700万台弱の充電しかできません。それ以上では停電します。夜は太陽光発電はできませんからバックアップとしての火力発電の増強が必要になります。このバックアップ火力発電は、今ある火力発電と合わせて現状の火力発電相当の発電量の供給をすればいいだけなので稼働率は大幅に低下して、維持費が大幅にあがりコストアップします。太陽光発電も火力に比べると高くなりますから、皆さんの負担をする電力料金は高くなります。さらにいうなら、この太陽光や風力発電で得られた電力を電気自動車などに回さず、発電時のCO₂発生の多い石炭発電の抑制に使えば電気自動車に使うよりはるかにCO₂抑制効果が高いということです。バックアップ火力発電も充電器も準備することなくより大きな効果が出るのです。

また内燃機関の改善余地はまだまだ大きく残っています。石炭発電だけですべての自動車よりも沢山のCO₂を出しているわけですから、発電領域は発電領域でCO₂を減らす努力をし、自動車は自動車で内燃機関を改善するといったように、双方で努力するほうがはるかに効率的、効果的にCO₂を低減できます。また大都市の大気汚染が進んでいるから都市部から内燃機関車を排除するという動きに関しても、最新の排ガス規制に不正などしないで対応した車であれば問題は起きないと考えています。なぜなら大都市東京では自動車起因の環境問題は出ていないからです。

※2 スカイアクティブテクノロジー、マツダの理想を追求するために新規開発されたエンジン、トランスミッション、ボディー、シャシー。2006年にスタートし、2010年にマツダの次世代技術として正式発表された。

※3 カタログ燃費と実走行時の燃費とでは違うが、その差はEVの方が大きいとされる。

ヘッドピンを狙え

もちろん私たちは企業ですから、内燃機関の改良は理想論だけによるものではありません。会社の規模や財務状況、置かれたポジショニングを考えた消去法による選択、決断によるものでもありました。

もし当時、HVやEV開発に着手していたとしても決して利益は生んでいなかったと思います。特にEVは全く利益などは生まれなかったでしょうから選択肢にはなりえませんでした。バブル崩壊以降、経営危機に見舞われた弊社は、一時は外資による資本提携を受け入れるなど、生き残りに汲々としてきました。しかもヨーロッパの排出ガス規制は年々強まる一方ですから。それに対応しながら、少ない資金で製品の独自性を出すには、強みである内燃機関の効率改善、燃費改善に託すという選択肢しかありませんでした。

そのエンジンの開発を責任者として任された私が心掛けていたのが、ボーリングに譬えればヘッドピンを狙ってそれを倒すことでした。それを上手に倒せば、他のピンも全て倒せる、つまりストライクが取れる。どんな物事も根っこはつながっていて、必ず要になるポイントがあり、そこを解決すると他のことも一気に解決できるという譬えです。

そのためには全体を俯瞰し、問題をできるだけ絞り、シンプルなものにする必要があります。

では、内燃機関を改善する際のヘッドピンに当たるものとは何か。それは損失を低減すること、内燃機関には排気損失、冷却損失、機械抵抗損失、ポンプ損失の4大損失があり、それらを低減するために人間がコントロールできる因子は圧縮比、比熱比、燃焼時間、燃焼タイミング、壁面熱伝導、吸排気行程圧力差、機械抵抗の7つしかないというように整理ができました。それらはエンジン開発者ならだれでも知っていることですが、このように整理されたものはそれまで見かけたことがありませんでした。これらの因子をどういう順で理想に近づけていくかと考えた時に、まず圧縮比(本当の狙いは膨張比)を高めることにしました。詳しくは拙著(写真)に譲りますが、そこに全社で30名という、決して多いとは言えない研究スタッフ(大手は1000人以上)の力を振り向けました。

圧縮比は、通常のガソリンエンジン車では11か12。高めれば高めるほど通常運転域の熱効率は上がります。しかし圧縮比を上げれば上げるほどノッキングという異常燃焼が出やすくなり、それを避けると大きくトルクが低下してくるため、誰も圧縮比14、15という世界は試そうともしていませんでした。そんな中である時私は、「トルクが下がると言ってもまさか反対には回らないだろう。中途半端に1つずつ上げて試すぐらいなら一気に15で試してみたらどうだろうか」と、思い切ってテストしてもらいました。

すると、15にしてもそれほど大きくトルク低下はしませんでした。後で見ると低温酸化反応というのが起きていてトルク低下を抑制してくれていました。私が大きな手応えを感じたのはその時です。

これまでの常識に囚われず、パラメータを極端に振ってみたことがブレークスルーのきっかけになった。その後、スカイアクティブは、14という世界一の高圧縮比ガソリンエンジンと低圧縮比ディーゼルエンジン(いずれも高膨張比)の開発に成功しました。

もう一つのヘッドピンはCAE※5 (計算解析)を使ったシミュレーションによる開発でした。従来の開発のやり方は、試作エンジンを作ってテストし、問題点はエンジンに訊くといった試行錯誤の開発であったため、新技術領域以外からも問題が様々な形で出て、多大な工数と時間を費やしていました。また使用形態がすべて網羅できるわけでもないため、品質問題も多数出ていました。それを試作する前に計算で検討できるようにしようというのがシミュレーション開発です。安易に物を作るとそれに頼ってしまい、また問題が出たら関係部門やサプライヤーさんなどと調整するなどの手間がものすごくかかります。しかし物がない段階で計算で検討できればそのような時間は不要になりますし、何よりも考えを練りに練ってから進めるようになります。この取組が功を奏し、今ではさらに進んで、企画構想段階から開発製造段階まで、いろいろなレベルのモデルを取り揃えて目的に応じて使いこなすモデルベース開発に移行できつつあります。モデルには模範という意味もありますので考え方、プロセスの在り方まで模範となるものを作り、それにそってやろうというところまでこの考え方を広げつつあります。

※4 マツダは世界で唯一、ロータリーエンジンを実用化した。

※5 Computer Aided Engineering

同じやるなら世界一を目指そう

開発に限らずいかなる仕事においても、理想像、究極の姿を思い描いて、自分達で制御可能な因子を並べどういう順でどこまでやるかのロードマップを描く、そして後はその実現のための具体的手段を案出し実行する。このような当たり前のことを当たり前にやることがイノベーションにつながったわけです。もちろん実現に至る過程は苦労の連続で、その間は悩んで悩んで悩み抜かなければなりません。ヘッドピンを見つけるというのはまずこのような考え方をすることだと思います。ただし目指す方向、つまり理想を達成するための制御因子を網羅的に、しかもシンプルに描くというのはそれほど簡単ではない。だからシンプルに表現できなければまだわかっていないということだと思います。

ここで大事なのが、答えは必ず見つかる、ヘッドピンは必ずあると信じることです。そして理想像をしっかり描くこと。それができていれば、途中で挫折したり、目標が目移りしたりすることもなく、他人に何と言われようとその達成に向けて没頭できるはずです。私が新入社員によく言うのは、人生は短い。だから同じ仕事をするなら世界一を目指せということ。今の世の中では世界一に到達しても、すぐに追いつかれるから二番でいいということはありえないのです。

私の若い頃からの夢は究極の内燃機関を作ることでした。もちろん他社に勝つことだけが目的ではありません。それが社会的に意義があると考えるからです。内燃機関の改良、改善はまだまだ可能です。発電時のCO₂を考慮したEVに勝つ。実用燃費を30%改善できれば、火力発電で得られた電気で走るEVに勝てるので、「まずは火力発電をなくすことに力を入れてください」と胸を張って言えるようになります。エンジニアにとっては、社会的に意義のあることがモチベーションにつながるのです。

最後に一言。私の経験では、自分で考え実践してみてうまくいったものだけが身につきます。そしてそれしか、危機や最後の土壇場で自信をもって使えませんし、それを身につけている人だけが、成功した後も次はもっとよくしたい、もっとよくできるはずだと考えるのではないでしょうか。人により大きな成長を促すヘッドピンとはまさにこれだと思っています。

コラム

2013年に国内で自動車が消費した燃料はガソリンが5680万kL。これをすべて燃やすとCO₂は1億3200万トン出る。これを電気自動車が消費する電力に換算すると2190億kWh。軽油の消費量は2435万kLで、CO₂排出量は6400万トン、電力に換算すると1032億kWhで、ガソリンと軽油とでは1億9600万トンのCO₂を排出したことになる。これは3222億kWhの電力消費に相当するが、電力使用に際しての送電、充電のロスを1割程度と考えると実際には3580億kWhの発電が必要になる。これを排出原単位(ある製品を1トン生産する過程で排出されるCO₂の量。日本は0.57kg-CO2/kWh。3.11以前は0.47kg。中国は0.77kg)から計算すると、2011年のCO₂排出量は1億6800万トンだが、2015年は2億トンとなり、電気自動車の方がCO₂排出量が多いことになる。

求む!ITで人の役に立ちたい学生

オフィスで議論する人々

ITクラフトマンシップを掲げ、働き方改革を先導するゾーホージャパン(株)。これからのITエンジニアの育て方について聞く

勤務形態や情報公開、人を大切にする企業理念に基づく経営などが評価され、第7回「日本で一番大切にしたい会社」大賞※1で審査委員会特別賞を受賞したゾーホージャパン株式会社(本社:横浜市 代表取締役社長 迫洋一郎)。2016年、2017年と2年連続で日本における「働きがいのある会社」※2にも選ばれています。第5次産業革命の進展に伴い、IT人材不足が叫ばれる日本。ITリテラシーのない文系出身者も積極的に採用し、グローバルに活躍できるITエンジニアに育成するという同社の企業理念や社内の教育体制、求める人材像についてお聞きしました。

大山一弘氏の顔写真

大山 一弘 氏

ManageEngine & WebNMS 事業部
事業部長 技術部長

※1 本誌124号5Pに詳しい。

※2 Great Place to Work (GPTW)は、「働きがい」に関する調査を行い、一定の水準に達していると認められた会社を各国有力なメディアで発表する活動を世界約50カ国で実施している専門機関。

採用で重視すること、独自の研修システム

当社は、Zoho Corporation (シリコンバレーで起業、現在インドに本社)で開発したソフトウェアを販売する日本法人として、2001年に設立されました。

製品開発は行いませんが、社員には販売や、顧客への対応、技術サポート等を行う上で、製品やITに関する知識・技術は不可欠です。にもかかわらず、2007年に始めた新卒採用(技術職)では、ITによる社会貢献への意欲があれば、文系・理系を問わずITリテラシーのない学生にも門戸を開きました。実際、初年度に入社した3名のうち、ITの知識があったのは1名だけ。しかし入社後の教育で、残り2名も大きく成長してくれました。

当時の新人研修もとてもユニークなものでした。インド本社には、Zoho Universityという社内教育機関(社内学校)があります。2005年に社会貢献もかねて開設したZoho Universityでは、裕福ではない家庭に育ち、経済的な理由で主に大学へ行けないインドの子どもたちに2年間、英語とITの知識を教え、ほとんどの卒業生を社員に採用します。その社内学校へ、半年間日本の新入社員を派遣し、ITや製品についてだけでなく英語にも慣れてもらうというものです。最初の3ヵ月間は、日本で3ヵ月後に開かれるITの展示会でお客様に製品説明ができるようになることを目標とし、後半の3ヵ月では、展示会の反省や見えてきた課題について勉強してもらいました。

この研修は2010年まで続きましたが、現在は半年、ないしは一年間で日本の基本的な商習慣を学んでもらうことを優先しながら、入社2年以内にはほとんどの新入社員がインド出張を経験します。英語教育については、インドとのやり取りが最高のOJTですが、TOEICの受検も推奨していて、860点以上を取るか、2年連続で730点以上を取るまで毎年受検してもらっています。検定料は会社が負担していますが、勉強自体は社員が個別に主体的に行っています。また、ITやセキュリティに関してeラーニングで自習できる環境も整えています。

スーパーフレックス制やテレワークも、フレキシブルな勤務形態が強み

週40、50時間の残業は当たり前とも言われるSEやプログラマーに比べると、わが社の技術職の残業時間は一日当たり1時間以下。そのため家へ帰って趣味に没頭したり、ITの勉強ができたりしますから、充実した毎日が送れ、業務に対しても新鮮な気持ちで臨めて効率もあがります。またテレワークによる自宅勤務も可能で、出産を控えて出勤に支障のでる社員などが、自分の都合にあわせて働き方を選択できるようになっています。さらに2016年からは、テレワークと組み合わせたコアタイムのないスーパーフレックス制度も導入し、多様な働き方が一層可能になりました。この背景には、10年後、20年後、30年後も良い会社として成長していきたいと考えたときに今いる社員がずっと残り続けて、一緒に良い仕事をしてくれるような会社にしたい、そのために柔軟に働ける制度が必要、という当社代表の考えがあります。ちなみにインドの本社も、様々な働き方のできる、とても働きやすい職場と評判です。所属部署については、ほとんどの新入社員は、一旦技術部に配属されますが、面談の中で希望を聞いておき、タイミングを見て異動できるようにしています。技術部門を経験して営業やマーケティングに移ることで力を発揮する人も珍しくありません。

採用面接で重視すること、求める学生像

弊社の今年の採用基準は、企業理念の根幹である「人の役に立ちたい」から、「ITを通して人の役に立ちたい」という熱い思いが行動に表れているか、です。業界全体として理系の職種が不足する中、ITに詳しくない理系の学生も含め、文系でもこうした意欲のある学生は積極的に採用していきたいと考えています。入社時に知識や技術がなくても、本人に強い気持ちがあれば十分やっていけることが、これまでの経験から明らかだからです。

面接時に重視するのは人となりです。大学の成績は見ませんが、何を、どう学んできたか、そしてどんな学生時代を過ごしてきたかについてお聞きします。もちろん学生時代だけでなく、高校時代の過ごし方について語ってもらっても構いません。総じて、ITに対して意欲的で、学生時代は研究などに没頭し、自ら学ぶ力をつけた人には伸びしろがあります。逆に情報系のリテラシーは豊かな人でも、努力を怠ればどんどん追い抜かれていきます。

ITを使って人の役に立つことに強い思いがあれば、グローバルなITエンジニアになるのは社会へ出てからでも遅くないと思います。

インドの新人研修に参加して

総務部 豊田 陽子さん (新卒採用一期生)

ITに関してはインドで初めてしっかり学びました。技術的なことを英語で学ぶので授業や製品トレーニングについていくことで精一杯でしたが、インドの社員の方はとても親切に指導してくださいましたし、向こうへ行ったからこそ広げられた人脈や仕事の仕方や考え方の多様さへの気づきは帰国後の業務の助けとなり、とても有意義な研修でした。

16歳からの大学論 | 第12回 研究者の興味・関心

宮野 公樹 先生

京都大学学際融合教育研究推進センター 准教授

研究者の「興味・関心」はなぜ特別扱いされるのか

ずっと健康的な食事にこだわっているとか、スマホなどIT技術の進展に関心があるとか、たいていの人は何かしらのことに興味・関心があるものです。そして、自身の興味・関心に従って研究している、あるいは自分の興味・関心を徹底的に突き詰めることが仕事となったのが研究者である、と一般的に考えられているでしょう。

このような書き方だと、すぐさま読者の方は「実は、そうじゃない。つまり研究者も興味・関心にしたがって研究しているわけじゃないと言いたいんだな」と続きの文を連想されるでしょう。確かに、それも言いたいことの一つではあります。実際、「興味・関心に従って研究しているか?」と研究者にアンケートを採ったなら、おそらくほぼ100%に近い数でYesと答えるでしょうが、それは興味・関心を広く捉えた上での話。例えば、その質問に続いて、「では、あなたの日常的な研究活動、あるいは今取り組んでいる研究は興味・関心にダイレクトに沿ったものですか?」と尋ねたのならば、Yesの数は大幅に減ると思われます。つまり、「興味・関心を突き詰める」ということは、そのまま「やりたいことだけをやる」とイコールではないのです。

さて、この回で筆者が言いたいのは、そのような「実際の現実は違うよ」といったシニカルな態度でものをわかったように振る舞うことではなく、むしろ、(大学に勤める)研究者はなぜ興味・関心を突き詰めることを許されるのか、研究者の興味・関心というものはそんなにたいそうなことなのか?と問うことです。この問いが、研究者自身にも、そして大学を外部から見る立場の人たちにおいても、見事に欠落していると思うのです。

改めていうまでもなく、興味・関心の中身に優劣はありません。そもそも、優劣など付けようがありません。誰それが何かに興味・関心を持つというものは極めて自由なことですし、極めて個人的なことです。一般的に「仕事」というものには、どういうわけか辛いもの、我慢するもの、趣味と対極にあるものという通念があるため、興味・関心という自由かつ個人的なことを突き詰めることが仕事となった研究者に対して、世間は何かしらの憧れをもつのでしょう。そして、研究者もまたそのような特権的な意識があるため、ノーベリストなどは、ことあるごとに「研究者は興味・関心に従って研究することが大事」などというのでしょう。しかし、企業の社長、会長が年頭訓示などで「社員は興味・関心に従って仕事することが大事」と言われるのはついぞ聞いたことがありません。もし先に述べたように、興味・関心というものに優劣も高低もないとすれば、なぜ研究者の興味・関心だけが突き詰めるに値するもの、もっというなら、税金を投入するのに値すると思われているのでしょうか。

この問いへの応答は、まさにここ数回にわたって述べてきた「趣味と研究の違い」というものに通底するため、くどくどと繰り返すつもりはありませんが、強いて逆説的に言うなら、「私(研究者)の興味・関心だけ、なぜ特別扱いなんだろう・・・。研究者ではない人だって私と同じ興味・関心を持つ人はいるはず。しかし、なぜ私だけが仕事としてそれができるんだろう。その違いはなんだろう。責任はなんだろう」と、最低一度は真剣に問うたことがある研究者のみが、あるいはその問いをずっと抱き続けている研究者のみが、その興味・関心を突き詰めるに値する、と言えるのではないでしょうか(続く)。

シリーズ 大学が地域の核になる | 京都文教大学の挑戦その1
【開催!「全国まちづくりカレッジ2017in宇治」】

グループミーティングの様子
活動報告会の様子

こんなことが聴きたい、こんな話がしたい

学生たちの思いをかたちにした「まちカレ」開催レポート

まちカレとは、行政や商店街等との協働によるまちづくり活動に携わる学生団体・大学教職員地域関係者が一堂に会し、情報交換や交流を深めるまちづくり学生たちの全国大会です。2002年に始まり、本学も2009年より毎回参加しています。参加校が持ち回りで担当し、今回は京都文教大学が開催校を務めました。9月15日(金)、16日(土)の2日間で、北は北海道から南は九州までの25団体(大学17校、高校3校)が参加。学生のみならず地域住民や企業・行政関係者など地域の方々にもご来場いただき1日目は約250名、2日目は約200名が参加しました。

同じ学生という立場で、場所は違っても地域に出て地域と向き合い、地域で活動を行う学生たち。他団体の取組はやはり気になります。最初に行う活動報告会で、実行委員が大切にしたのは、思う存分話し、思う存分聴くこと。参加団体が多いため、4教室に分かれて実施しましたが、1団体15~20分としっかり報告できる時間を設けました。

続いては、グループミーティングです。まちカレの主役は学生ですが、まちづくりには欠かせない地域の方にももっと参加して欲しい、という思いから、学生と地域住民が一緒に語らえる時間を設けました。「行政との連携」「企業との連携」「参加型イベント」「広報活動」の4つのキーワードのもと、行政や地元企業など地域の方から話題提供いただき、それに基づき少人数でテーブルを囲み議論を深めました。

1日目の最後は、懇親会です。実行委員が力を入れたのが「ご飯のおとも”選手権」です。各地から集まる参加者に、佃煮やお漬け物など白ご飯と合わせて食べるとおいしい「ご飯のおとも」を持参いただき、どの団体のおともが一番おいしいかを投票で決めるユニークな企画です。見事優勝したのは、福岡県の西南学院大学の「太宰府梅の実ひじき」。おいしくてお腹いっぱいの企画は、参加者からも大好評でした。

2日目は、会場を宇治の中心部に移し、フィールドワークです。本学には宇治地域で活動を行う地域連携学生プロジェクトが3つあります。プロジェクトはそれぞれのテーマに沿ったまちあるきの手法を確立しており、参加者にそれを体験いただき、そこから宇治の魅力を知ってもらう企画です。フィールドワークを通して面白いと感じたところを写真に収め、午後からのグループワークで「今日のベストショット」を1枚選出。コメントと合わせてTwitterで投稿し、投稿内容と発表から賞を選出しました。身近な素材である写真とTwitterという手段を使うことで、学生たちが感じた宇治の魅力の発信もできました。また、2日目のプログラムは、宇治市が進める「宇治の魅力発信プラットフォーム」と連携しており、審査には宇治市長にも加わっていただき、宇治市賞の贈呈と総評をいただきました。

約半年かけて準備を行ってきた学生実行委員会。初めての経験ばかりで、手探りで進めてきましたが、参加者からもプログラムについて高評価をいただき、満足度の高いまちカレを創ることができました。この経験は今後のプロジェクト活動や地域連携活動にも活かせるはずです。次回のまちカレは、2018年2月に三重県伊勢市の皇學館大学で行われます。

ススメ!理系 | 次世代エンジニア育成のために
アマゾン・ロボティクス・チャレンジ 「Stow task」部門で世界3位に輝いた中京大学工学部に聞く

ロボットが商品を棚に収納している様子

アマゾン・ロボティクス・チャレンジ世界3位
中京大学に聞く、AI・ロボット時代の人材育成

ロボカップ2017名古屋世界大会に併催された知能ロボット競技大会、「第3回アマゾン・ロボティクス・チャレンジ」で、中京大学(知的センシング研究室)は三菱電機株式会社(先端技術総合研究所)等との合同チーム(チーム名:MC²)で出場し、「Stow task」 (商品を棚に収納する動作)部門で世界3位、日本勢ではトップとなりました。中京大学から参加したのは工学部機械システム工学科・橋本研究室の学生・院生の20人。橋本先生に、好成績の要因と、Al、ロボット時代に向けた高度エンジニアの養成について、産学連携教育などをキーワードにお聞きしました。

橋本学先生の顔写真

橋本 学 先生

中京大学工学部 学部長

~Profile~

大阪府立住吉高等学校出身。1985年大阪大学工学部溶接工学科卒。1987年大阪大学大学院工学研究科修了。同年三菱電機(株)入社 生産技術研究所 先端技術総合研究所に勤務。2008年中京大学情報理工学部教授。2013年中京大学工学部教授、2017年中京大学工学部学部長。専門は画像情報処理、知能ロボティクス。

アマゾン・ロボティクス・チャレンジに参加する意義

今年の第3回アマゾン・ロボティクス・チャレンジには、世界各地から約30チームが応募し、その中から予選を勝ち抜いた16チームが名古屋に集まり、それぞれが考案したユニークな人工知能ロボットで、「Pick task」 (商品を棚から取り出して箱に入れる動作)と、「Stow task」を競いました。海外からは、マサチューセッツ工科大、プリンストン大、カーネギーメロン大、ボン大学などが、日本からは、東京大、奈良先端科学技術大学院大、鳥取大学が参加しました。

私たちのチームのこれまでの成績は、第1回アメリカ大会が「Pick task」 部門で6位(この時は「Stow task」部門がなく、大会名もアマゾン・ピッキング・チャレンジ)。ドイツのライプツィヒで行われた第2回では、「Pick task」 部門で8位(この時から「Stow task」部門も開設)でした。

この大会には、研究上、教育上の2つの点で大きな効果があると考えています。まず研究面では、参加学生たちが、人工知能とロボットの世界レベルの最先端技術を開発することです。この大会で上位に食み込むためには、深層学習を用いた物体識別や、3次元物体認識など、その時点で最高レベルの高度な人工知能技術を開発していく必要があります。その結果、それらの技術は研究論文にまとめられて国内外の学会などで発表できるレベルになります。また教育面では、この大会が、学生たちのモチベーションアップと視野を広げることに大きく寄与していることです。本研究室からも、応援団も含めると30人以上の学生がこのイベントに出場し、同じ目標をもって挑戦している世界中の学生たちと交流しました。これは世界視野をもつエンジニアを目指す学生たちにとっては、たいへん大きな財産となります。

次世代エンジニアに求められる力

次世代エンジニアに求められる力は4つです。その中で最も大切なのは、我が国が強みとするものづくりに関する「技術力」です。特に強調したいのは、ハードウエアもソフトで作り、創薬にもAIやロボットが係わる今、その価値を最大限に活かすための高度な情報技術やシステム技術を駆使する力が重要であるということです。また、システムが複雑化・巨大化してくると、チームを超えて、場合によっては他社と横の連携を図らなければならないことから、核となる要素技術に加えて、「グランドデザイン力」システム全体を設計する力が必須となります。

二つ目は「即戦力」。ただしこれは、アプリを使いこなすなどの「すぐに使える技術」という狭い意味ではなく、世界や社会の情勢がどのように変化しても「自分なら必ず問題解決できる」という強い自信の根拠、源泉となる力のことです。具体的には、基礎数学、物理、化学などの基礎的な力や、論理力や問題分析力、文章読解・構成力のようなすべての分野・領域に共通する基礎スキル、さらには粘り強さや集中力のような資質です。

三つ目は芯(心の内部)に世界視野を持ち、何事もグローバルに考えることができる能力です。すべての産業において、大手企業に限らず、グローバル経営が不可欠になっている今、英語が話せるというスキル以上に、何を考えるにしても、常に世界を見据えて考えるという自然な価値観を養うことが大事です。

四つ目は、挑戦そのものを恐れないこと。挑戦しなければ失敗はしませんが、成功もしません。どちらの経験もなければエンジニアとしての成長は望めません。産業界が求めるのは、失敗しない人材ではなく、挑戦する人材。「挑戦しないこと」は、失敗しないという安心感と引き替えに、成長の好機を自ら放棄しているということに気づかなければなりません。

工学部および機械システム工学科・橋本研究室の人材育成方針と取組み

中京大学工学部は「ものづくり学術交流拠点」と位置付ける名古屋キャンパスと、「IT産学連携拠点」と位置付ける豊田キャンパスに学科(機械システム工学科、電気電子工学科、情報工学科、メディア工学科)を展開。Wコア連携と呼ぶ独自の仕組みで、即戦力、適応力、基礎力の養成を通じて、「次世代に活躍できる工学人材」の育成を目指しています。

カリキュラムの特徴を一言でいうと、体験重視の実習系科目と、分野を問わず応用可能な理論を学ぶ座学とが協調する初年次教育、さらに早めの研究室所属(2年後期から3年にかけて)による「日々の研究活動を通じた教育」にあります。また中京大学は11の学部を有する総合大学です。このスケールメリットや充実した施設を使って、他学部の学生と連携して研究を行ったり、日常的に交流することで、幅広い視野を養うこともできます。

こうした恵まれた環境をベースに、本研究室では、企業から高く評価される人材を育成するために、3つの独自の仕組みを設けています。

一つ目は「物事に挑戦する機運を作り上げるための仕組み」。研究室内独自のコンテストや、他大学との共同研究、学外コンテストなどに挑戦し、他者から評価を受ける機会をたくさん設定しています。学生たちは、挑戦すればよい結果を生むこともそうでないこともある、成功にも失敗にも明確な理由がある、負けたときでもがんばれば次に勝てることがあるということを学び、徐々に挑戦を恐れなくなります。

二つ目は「過去、現在、未来のつながり」を感じさせるための仕組み」です。本研究室では、配属が決まった時点から多くの自主課題を課します。個々の学生に合った適切な難度の、「がんばれば解ける」レベルの課題を設定し、振り返りの機会を増やすことで、学生自身が自分の成長を確認する機会を多く与えます。これにより、学生たちはまず「過去の行動と現在の自分」がつながっていることを意識し始め、「努力力」(努力する力)の大切さを知ることになります。それらはやがて、「現在のがんばりが未来の自分を作っていくに違いない」「なりたい自分になるためには奇跡に期待してはいけない」などの確信に変わっていくのです。

三つ目は、「社会との接点を持つための仕組み」です。今回のような大会や卒業研究以外にも、学生のほぼ全員が、工学部が支援する学生主体のプロジェクト、国内外の学会発表、企業や公的機関と行う研究プロジェクトなどにも積極的に参加しています。企業を経験した者からすると、学生を大学という小さな世界の中だけで育てるのはとても難しい。そこで自分たちと異なる価値観を持つ企業人に触れたり、他大学の同年代の学生たちの存在を実感したりすることで、大学や研究室は実は広い世界の中のほんの一部に過ぎないことを自覚してもらうことが必要です。自分を常に広い視野でポジショニングする、このことは、グローバル時代のエンジニアに欠かせないことなのです。

高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう

高い山を築くなら、裾野を大きく広げよう

京都大学 元総長 松本 紘先生

1942年生まれ。奈良県出身。

松本 紘先生

Profile

65年京都大学工学部電子工学科卒業。67年同大学院工学研究科(電子工学専攻)修士課程修了後、京都大学工学部助教授、NASAエームズ研究所客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、京都大学宙空電波科学研究センター長、同大学生存圏研究所長、理事・副学長などを経て、2008年10月より総長。
学外では、国際電波科学連合会長、地球電磁気・地球惑星圏学会会長などを歴任。 2007年秋の褒章にて紫綬褒章受章。
専門分野は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波工学、宇宙エネルギー伝送など。

ノーベル賞7人、フィールズ賞2人、ガウス賞1人、これは京都大学出身、または長年京都大学で教えていた人で、理学、数学の世界的な賞を受賞した人の数です。京都大学はまた、近年にはiPS細胞を創成し、その研究拠点としても世界をリードしています。さらに理系だけでなく、人文・社会科学においても、戦前戦後を通じて多くの碩学を輩出。古都京都にあって、首都東京にある大学とは異なる、独自の学風を育んできました。

昨年10月、第25代総長になられた松本紘先生に大学で学ぶべきことと、そのために高校時代にしてきてほしいことについてお聞きしました。

京大が求める人材は 少しぐらいの三振をしても大きなホームランを打てる人

大学と一口にいっても、現在日本には様々な大学があります。 一方、近年は大学の世界でも世界標準が意識され、すべての大学が学士力の基準を明確にし、4年間の学部課程の教育の質を保証しなければならないと声高に叫ばれるようになりました。 このことに異論はありませんが、われわれのように研究を重視する大学では、研究の質を高めることも大切です。 とくに学部の専門課程から大学院までを考えれば、研究と教育は不可分です。 教育の成果を上げるためにも優れた研究が行われなければならないのです。

またそれぞれの大学の伝統や学風、置かれたポジショニングも大切にしなければなりません。 京都大学では、文化の集積地である京都という世界的にも恵まれた好立地を活かして、首都圏の大学ではできないようなロングスパンの研究を大切にし、日々の短期的な成果に捉われないものの見方をじっくり育てるのも大きな使命の一つだと考えています。 誤解を恐れずにいえば、少しぐらい三振してもいい、そのかわり大きなホームランの打てる人材を輩出することも、京都大学の使命だと考えています。

大学とは勉強に対する価値観を一度白紙に戻して構築しなおす場

大学とは、学生にとってまず自分を磨く場であってほしいと思います。 決して将来のキャリア・アップのためだけの通過点ではありません。

大学は、これまでみなさんが経験してきた世界とはずいぶん違うと思います。とくに京都大学は、まずカリキュラムや教員の多様さからいっても高校までの比ではありません。また先輩や友人の中にはこれまで出会ったことのないような個性の持ち主もいて、時には自分がとても小さく見えることもあるでしょう。目指すべき方向性は共通しているが、中身やキャラクターは一人ひとり違う、それが大学のいい点であり、そんな仲間や先輩、教員と日頃接することで自分を大いに磨いてほしいと思います。

勉強以外のスポーツや芸術に伸び伸びと自由に取り組めることも大学の魅力です。 今はやりたいことを受験のために抑えている人も多いと思いますが、大学ではその重石もありません。 次の就職というゴールはありますが、大学受験に比べるともう少し多様で、その幅も広いと思います。

反対に、自分の将来設計は自分で立てなければならないことを改めて認識する必要も出てきます。 また、学び方も変えなければいけません。ゴールを目指しひたすら一本のレールの上を走るには、決まった手順や記憶に基づいて確実に正解を生み出せればいいかもしれません。しかし、大学で自分が没頭できる面白いテーマを発見するには、入学後、一刻も早く、それまでの勉強に対する価値観、フレームワークを変えなければなりません。私はこれをunlearning (それまで蓄えてきた知識や考え方、物の見方を白紙に戻す作業)と言っていますが、これまでの勉強に対する価値観やフレームワークをすべて否定しろというのではありません。自分が絶対と思ってきた物事にももっと多様性があることを知ってほしいということです。もしこのプロセスを経ないで、大学でもそれまでに自分で積み上げてきたものだけで勝負しようとすると、学ぶ成果は自ずと限定されてしまいます。

そもそも最先端の学問の成果というのも、刻一刻と変わっていきます。そこで重要なのは、全ての学問領域において正解は変わりうると、フレキシブルな考えを持つことです。大学とは、これまで正解と思われていたことが次々と塗り替えられていく場、新しい知が生成される最前線なのです。大学では教育と研究とは一体だというのも、ここに根拠があります。そして次の時代の新しい知を生み出すのは、もしかしたらみなさんなのかもしれないのです。

大学では裾野を広げて

大学では、入学までに抱いていた将来に対する漠然とした目標を、いよいよ明確にしていかなければなりません。 しかし、そのためにどうすればいいのかわからない、という学生も少なくありません。確かに、授業を受けるだけではなかなか形にならないのも事実です。 社会が求める人材と、大学の養成する人材との間にギャップがあるという指摘が、主に産業界を中心に上がってくるのはそのためです。それが、企業や産業界向きの人材を養成してほしいというメッセージではなく、様々なシチュエーションに対して柔軟に耐えうる人材を養成してほしい、適応力を身につけさせよ、ということならば、私は大賛成です。あわせて、これもよく言われますが、社会の一員として生きていくのに必要な発言力、発信力、対話力、いわゆるコミュニケーション能力を身につけることも、もちろん大切です。

戦略、戦術を立て、実行できるようになることも大切です。まず意思を持つこと、心を磨き、志を立てることです。どんな人生を送るのか、どのように社会に貢献するのか。目標を定めたら、次はそれに向かって全力で進むことです。何かに熱中する、何かをやり遂げようとすることで勢い、気迫が生まれます。すると初めて、知力だけでなくそれに耐えうる体力が必要なこともわかってきます。志、そして気迫、次に知力、その基盤となる体力を身につけてください。

いずれにしろ大学では、あらゆることにチャレンジしてみることです。高い山を築こうと思ったら、その分、裾野も広げておかなければならないでしょう。回り道だと思えることが一番の近道ということもよくあります。このことはみなさんわかっているとは思いますが、私の見る限り、やはりある程度意識的にする必要があります。たとえば自然科学系に進むにしても、人文、社会系の知識や、コミュニケーション能力を身につけることが大事なことはある程度わかっていると思います。しかし限られた時間の中で一見回り道に思えることをどうこなしていくのか。やはりこれは意識的にやらないとなかなかできないものです。

裾野を広げておかなければならないのは、何も学問の世界だけではありません。社会へ出れば、専門家同士の会話だけでは済まされないことがたくさんあります。自分の主張を誰もがわかる言葉で論理的に組み立て、様々な人を説得しなければならない。その力を決めるのは、自分が持っている知識や基礎的な能力、人間としての裾野の広さなのです。大学は全人教育の場だ、と一口にいうのは簡単ですが、実際は、回りを厭わず、様々なことに興味を持って基礎力を広げる努力をその前提にしているということを知ってほしいと思います。高校時代にはまず知識の集積をはかれ

高校時代に身につけてほしいことは、ここから自ずと見えてきます。 それは極めて単純、受験科目だけでなく、他のすべての科目や活動もおろそかにせず、真剣に取り組むことです。 頭だけでなく、体力も鍛える。体力には持続力と瞬発力がありますが、両方つけられればいうことなし、片方だけでも構いません。そういう私は、瞬発力は抜群で、持続力はありません。両方あればもっといい仕事ができたに違いありません。

そもそも、社会であれ、大学や高校であれ、必要とされる基礎力の基になるものは、記憶、知識の集積だと私は思っています。

よく数学や物理には、記憶よりも論理的な思考や独創性が必要だといわれますが、新しいことを創造しようにも、まず知識の集積がないと前へ進めません。最新の脳科学では、頭頂葉に注目が集まっています。ここが、優しさや人間らしさ、論理力、言葉でひとつひとつの事柄や物を結びつける能力、判断力 (スイッチ機構)などを担っているのではないかというのです。しかし、そこを鍛えようと思えば、神経回路でつながれている各部分を鍛えるしかないことは誰の目にも明らかです。ネットワークの先に様々な情報が集積されていなければ何も判断できないからです。たしかに記憶はすべてではありませんが、判断したり、論理的に考えたりする際には、それらを総動員する必要があるのです。

だから暗記することも大事です。円周率を百桁、千桁と暗記すること自体、あまり意味はないかもしれませんが、記憶のための神経回路を鍛えるという意味ではとても大事です。若いうちに鍛えておけば、記憶していることだけでも有利ですが、その回路が発達することで、他のことについても記憶したり理解しやすくなるというメリットがあります。知識を獲得しよう、暗記しようと必死になって努力すればするほど、そのプロセスは残るものですし、そういう訓練は若いときが向いているのです。

理系に進むにしろ、文系に進むにしろ、消去法で自ら選択肢を狭めていくのはとてももったいないことです。高校時代にはあらゆる教科を積極的に学び、様々な活動を経験して、自らの可能性を広げておいてほしいと思います。

誇り高い人を目指せ

最後に一つ、本学を目指すみなさんに、ぜひ目標にしてほしい人物像を紹介します。それは誇り高い人です。そのためには、私のよく言う〈自恃〉の精神が必要です。人に頼らず自らを頼って自分を鍛えるのです。

ただこれは口でいうほど簡単ではありません。自分に自信がないと自分に頼れないからです。こういう私も若い頃には自信など少しもありませんでした。しかし、それが普通の若者の姿だと思います。そのような若者に自信を持っていいと励ますのがわれわれの役目、言い換えれば大学の大きな使命なのです。

読み書きのリテラシーについて

高校生から大学生にかけての基礎的なリテラシー形成について少し触れておきましょう。

最近の学生を見ていると、情報化社会の進展で、確かにコンピュータリテラシーは行き届いているようです。反面、弊害も出ている。本を読まず、いろいろな人の話を直接聞くこともなく、インターネット上の情報をすべてだと思っている学生が少なくないことです。そんな彼らに日頃言っているのは、原典に戻れ、何でも鵜呑みにせずに自分の目で確かめよということです。そのためにも読書は極めて大事です。それも、できるだけ違った考え方に触れるために、たくさん早く読む習慣をつけることです。

そのための一つの方法として、私はよく、(本を見る)と言っていますが、キーワードを拾って著者の言いたいことを組み立ててみるのです。この読み方なら1冊15分から30分で読めますから、1日で数冊は読めます。そして自分の興味を惹く箇所は、あとで精読すればいいと思います。 この場合は論理を自分で組み立てなくても、著者の言っていることをそのまま受け止めればいいわけです。 速読と熟読という二つの読み方にはそれぞれ長所がありますが、若い時は前者をやらないとなかなか問題意識が起きてきませんし、それが収斂もしてこない。反対に、それはやればやるほど論理的思考が鍛えられると思います。

言語能力は対話するのに極めて大きな要素を占めます。どれだけの語彙を身につけているのか、何種類の言葉を読めて話せるか。言葉でも、言葉遣いでも、TPOによってどれだけ使い分けられるか、などが問われます。

グローバル化時代ですから、複数の言葉を身につけておくに越したことはありませんが、まずは日本語の力をしっかりとしたものにすることです。一般的な国語的能力に加えて、古典を読む力。漢字の力も含めてです。そして、現在は英語全盛ですが、国際語を必ず一つはマスターしなければなりません。大学生になれば、さらにそれ以外に最低一つは必要です。 その際、外国語で自分の興味のある分野について書かれたものを読むと非常にいい勉強になると思います。また、正しく発音する訓練も大事です。世間で一般的にいわれていることの逆かもしれませんが、自分がうまく話せないことはやはり聞けないからです。その証拠に、声に出さない語学の勉強というのは聞いたことがありません。〈眼耳鼻舌身意〉※といって、人間の認知能力を司るセンサーを順番にいった言葉がありますが、語学の習得ではとくに眼と耳が大事です。眼で見たものを、繰り返し声に出して耳に響かせ記憶の定着を図る。記憶が大事なのはあらためて言うまでもありません。

※”般若心経”の一節。眼耳鼻舌身意は感覚器官のことで六根と呼ばれる。意は事物を思量すること。心。

エピソードJ

※Jはフランス語で青春を表すjeunesseの頭文字。お話をお聞きする先生方に、読者の皆さんの時代を振り返っていただいています。

「語学にしろ、他の教科の勉強にしろ、「強固な基礎学力を形成するには自分の五感をフル活動させること」と、繰り返し記憶や感覚の大切さを説かれる松本先生。 原点にあるのは小さい時からの特技、教科書の丸暗記。 ただし普通の丸暗記ではない。 「落書きがどこにあるかまで見えているのだ。 もちろんすぐに忘れるけれど、繰り返している間にかなり長持ちした」と松本先生。 大学ではそれで仲間に嫌がられたこともあったという。

先生が京大で選んだのは開設間もなく全国の俊英が集まる、工学部電子工学科。「きっといい会社に就職できるから」だ。子どものころ、手書きで参考書を用意してくれた母親や、教育に理解のある地域の人たちに、早く一人前になった姿を見せたいということもあった。

そんな松本先生の運命を変えたのが、学部から大学院時代にかけて、たまたま隣の研究室に来られていた恩師、大林辰蔵先生。宇宙物理学が専門で、国産ロケットの打ち上げから日本の宇宙開発に大きな足跡を残した。普通の研究者にはない広い視野とものの見方に惹かれて、松本先生の目標は企業人から研究者へ、興味は、電子から遥かかなたの宇宙へと向う。

「覚えることが苦にならないのは何につけ有利だと思う。 試験に何が出ても、全部覚えていたら対応できる。これは今、5択に慣れた人にはとくに必要かもしれない。もちろん忘れてもいい、忘れないと覚えられないからだ。でもプロセスは残る」。これが、これまで数々の独創的研究を行ってこられた松本先生の一つの原点かもしれない。

科学の甲子園全国大会 実技2 解説

科学の甲子園全国大会 実技競技②「イオン交換エクスプレス」

競技概要

硫酸銅(Ⅱ)水溶液を陽イオン交換樹脂カラムに通して硫酸とし、その硫酸のモル濃度を水酸化ナトリウム水溶液による中和滴定で測定する。
あわせて、8種の白色粉末について、提示された陽イオン(3種)・陰イオン(4種)の候補から、イオン交換後の水溶液のモル濃度や式量の違いを手がかりに組成式を推定する内容であった。

本課題は、高校生にとって取り組みやすいテーマ設定であり、中和滴定という高校化学でなじみ深い実験を軸に構成されていた。
一方で、中和滴定は基本的な実験であるがゆえに、操作や器具の扱いに関するマナー、安全管理が重要となる。

中和は酸と塩基の反応であり、とくに塩基はタンパク質を加水分解して変性させるため、皮膚・目・口に触れないよう十分な注意が必要である。
その意味で、保護めがねやゴム手袋の着用、そして実験を立って行うという基本は、二次的危険の回避という観点からも妥当であり、会場ではこれらがよく守られ、全体として事故なくスムーズに実施されていた。

ただし、長年にわたり中学・高校・大学、さらに実験教室などで幅広い年齢層への実験指導に携わってきた立場から見ると、細部にはいくつか改善の余地も感じられた。
以下、その点を整理して述べたい。

器具類に関する気づき

まず気になったのは、手袋の色が青と白で統一されていなかった点である。青色の手袋は硫酸銅(Ⅱ)水溶液と同系色であり、付着の確認がしづらい可能性がある。

また、廃液用バケツが黒色で、外側から内容物の状態が確認しにくいように見えた。

さらに、想定される滴定回数に対してコニカルビーカーなどの器具数が十分だったかも気になった。1試料につき3回滴定を行うとすると、全体では相当数の滴定操作が必要となる。予備実験において、時間内に全工程を無理なく終えられるか十分に検証されていたかは、確認したい点である。

実験方法に関する課題

滴定操作については、誤差要因となりうる点がいくつか見受けられた。とくに次の2点は基本事項として重要である。

  1. 滴定時にロートを外していない学校がかなり見られたこと
  2. ホールピペットおよびビュレットの共液洗浄が十分に徹底されていなかったこと

これらはいずれも、中和滴定の精度に影響しうる基本操作である。とくにロートをつけたままの滴定は、操作上の不適切さとして明確に扱ってよい内容であり、採点上の減点対象とするか、あるいは周囲のスタッフがその場で指摘し是正を促してもよかったのではないかと思われる。

また、滴定用の水酸化ナトリウム水溶液をビュレットへ注入する方法についても、実施側で十分に議論されていたか気になった。
会場では、ビュレット台を床に置いて注液する場面も見られたが、ガラス器具を床に置いて操作することの妥当性には疑問が残る。

「目より下にして強塩基を注ぐほうが安全である」という趣旨の注意には一理あるものの、その結果として床に膝まずいて操作することになれば、かえって危険性や不衛生さが増す可能性もある。
保護めがねとゴム手袋を着用させているのであれば、器具を安定した作業台上で適切に扱う方法との整合性も含め、より合理的な説明と運用が求められるように感じた。

追加実験で示された反応について

追加実験では、硫酸銅(Ⅱ)水溶液にヨウ化カリウムを加える反応が示されていた。会場のモニター映像では、褐色の沈殿のようにも見える映像が映し出されていたが、この反応そのものは高校化学では一般的に扱われない内容である。

反応機構としては、銅(Ⅱ)イオンが還元されて銅(Ⅰ)イオンとなり、同時にヨウ化物イオンが酸化されてヨウ素を生じ、その後、銅(Ⅰ)イオンがヨウ化物イオンと反応してヨウ化銅(Ⅰ)の白色沈殿を生じると考えられる。

想定される反応式

Cu2+ + e → Cu+

2I → I2 + 2e

2Cu2+ + 2I → 2Cu+ + I2

2Cu+ + 2I → 2CuI↓

∴ 2Cu2+ + 4I → 2CuI↓(白色)+ I2(ヨウ素溶液:褐色)

総括

今回の実技競技は、会場に流し台など水を扱う設備が利用できないという制約の中で実施されたものであり、その条件を考えれば全体として大きな問題はなかったといえる。
ただし、そのような制約下だからこそ、器具の選定や配置、操作方法の統一、安全指導の説明の仕方には、より丁寧な配慮が必要である。

中和滴定は高校化学における最も基本的な定量実験のひとつである。だからこそ、単に手順をなぞるだけでなく、実験方法や器具の扱いに伴うマナーを、どこまできちんと伝えられているかが問われる。
そうした基本が少しずつ曖昧になっているのではないかという懸念を抱かせる実技でもあった。

日本化学会フェロー、元東洋大学教授

柄山 正樹

科学の甲子園全国大会 実技1 解説

科学の甲子園を読み解く

表面波と内部波は同じ理論でつながる

科学の甲子園「海の波の速度の不思議」を、流体力学・波動論・気象学から読む

概要

第15回科学の甲子園全国大会の実技競技①「海の波の速度の不思議」は、見かけ以上に豊かな内容をもつ。表面波の位相速度を測るだけでなく、水粒子の運動、サーフィンという具体的な直観、密度成層下の内部波、さらに塩分差による波速の変化までを一続きの問題として扱っているからである。本稿では、この競技を「表面波と内部波は別物ではなく、同じ界面波の理論の二つの顔である」という観点から読み解く。対象読者は、理数系に強い関心を持つ高校生、教員、保護者、そして大学初年級から学部ゼミ程度の流体・波動・気象に関心をもつ読者である。数式は省きすぎず、しかし記事として読めることを優先してまとめた。

1 はじめに

今回の競技の魅力は、単なる「計測実験」ではなく、一見別々に見える現象を統一的に捉える視点を高校生に要求している点にある。大型水槽では海面を模した表面波を扱い、実技卓上の小型水槽では真水と食塩水の界面に生じる内部波を扱う。表面波は誰もが目に見て知っているが、内部波はふつう海の中に隠れていて見えにくい。しかし両者は、本質的にはいずれも界面波である。違うのは、界面の上下にある二つの流体の密度差の大きさである。

このことを一歩進めて言えば、表面波は「水と空気の界面波」であり、内部波は「水と水の界面波」である。水と空気の密度差は非常に大きいので、復元力にほぼ通常の重力 g がそのまま効く。他方で、真水と食塩水の密度差は小さいので、復元力は換算重力 g’ に弱められる。その違いが、表面波と内部波の速度差として現れる。今回の競技は、この事実を自分の手で確かめる実験になっている。

2 競技の骨格:五つの問いは何を見ているのか

競技の設問は大きく五つに分かれている。整理すると、次のようになる。

1. 表面波の位相速度を二つの波長について測る。
2. 表面付近の水粒子の運動を観察し、波の上にスケッチする。
3. その波でサーフィンをするなら、波のどこに立つのがよいかを考える。
4. 真水と約5%食塩水の界面に生じる内部波の位相速度を測る。
5. 約10%食塩水に変えたとき、内部波の位相速度がどう変わるかを予想し、実測とずれたなら理由を考える。

この並びはよくできている。問1で波の速さという量的把握を行い、問2で粒子運動という運動学に踏み込み、問3でそれを具体的な身体感覚へ翻訳させる。そこで終わらず、問4・問5で「似ているが遅い波」である内部波へ進み、最後に密度差というパラメータで二つの現象をつなぐのである。つまり、

表面波を測る → 粒子運動を理解する → 直観へ翻訳する → 内部波へ拡張する → 密度差で統一する

という一本の流れをもっている。

3 表面波:何を測っているのか

3.1 位相速度と群速度

競技資料でも「波の速度」は、波の形が進む速さとして定義されている。これは位相速度であり、

cp = ω / k

で表される。ただし ω は角振動数、k = 2π / λ は波数である。今回の動画計測で直接追っているのは、波峰や波谷の移動なので、基本的に測っているのは位相速度である。

しかし波動論では、エネルギーや波束の包絡が進む速度として群速度

cg = dω / dk

も重要である。深水重力波では cg = cp / 2 となり、山そのものの移動とエネルギーの輸送が一致しない。高校の教科書では「波の速さ」は一語で済まされがちだが、今回の競技を大学以降の目で見ると、すでに「何の速度を測ったのか」を問う入口になっている。

3.2 ポテンシャル流、Laplace 方程式、境界条件

表面波の理論を最も簡潔に書くなら、出発点は Navier–Stokes 方程式そのものではなく、その一次近似としての非粘性・非圧縮・渦なし流である。流速場を速度ポテンシャル φ で

u = ∇φ

と表せるとき、非圧縮性 ∇・u = 0 から

2φ = 0

すなわち Laplace 方程式が得られる。水底では法線方向速度が0であり、自由表面では運動学的境界条件と力学的境界条件が課される。これらを線形化して解くと、有限水深 h の表面重力波の分散関係

ω2 = gk tanh(kh)

が得られる。

したがって位相速度は

cp2 = ω2 / k2 = (g / k) tanh(kh)

である。ここから、

  • 浅水極限 kh ≪ 1 では tanh(kh) ≈ kh より
    cp ≈ √(gh)
    つまり波長にほとんど依らない。
  • 深水極限 kh ≫ 1 では tanh(kh) ≈ 1 より
    cp ≈ √(g / k) = √(gλ / 2π)
    したがって長波ほど速い。

となる。問1で二つの波長の速度を測らせているのは、まさにこの分散性の有無を肌で感じさせるためだと読める。

3.3 水粒子は波と一緒に前進しているのか

競技資料の冒頭には、水粒子そのものは遠方まで移動しないのに、エネルギーや波形は伝わるという説明がある。ここは波動の本質である。線形理論では、表面波に伴う水粒子は、一般に円または楕円軌道を描く。深水に近いほど表面付近では円運動に近づき、有限水深では楕円となり、底に近づくほど運動は小さく扁平になる。

このことは問2に直結する。粒子は波の山と一緒にそのまま右へ運ばれていくのではない。山では右向き速度が大きく、谷では左向き速度が大きく、全体としては円・楕円状の局所運動をしている。高校段階ではつい「波が右へ進むのだから水も右へ進む」と思いがちだが、そこを見破らせる設問である。

なお、より高いレベルでは、有限振幅の厳密解として Gerstner のトロコイド波がある。そこでは粒子軌道が正確に円運動として記述されるが、線形理論の表面波と完全に同一視はできない。記事としては、線形理論では円・楕円軌道、非線形の代表例として Gerstner 波という整理がよいだろう。

4 内部波:見えない波の速さを測る

4.1 二層流体の界面波

内部波は、密度の異なる二つの流体の境界面に生じる波である。上層密度を ρ1、下層密度を ρ2(ρ2 > ρ1)、各層の厚さを h1, h2 とする。二層流体の小振幅界面波の分散関係は、標準的には

ω2 = gk (ρ2 − ρ1) / [ρ1 coth(kh1) + ρ2 coth(kh2)]

と書ける。

密度差が小さいときには、換算重力

g’ = g (ρ2 − ρ1) / ρ2

を用いて

ω2 ≈ g’k [coth(kh1) + coth(kh2)]−1

と見てよい。さらに長波極限では

cint2 ≈ g’ h1h2 / (h1 + h2)

となる。

この式の意味は明快である。表面波ではほぼ g が復元力として効くのに対し、内部波では g’ しか効かない。しかも真水と食塩水の密度差は小さいので、g’ ≪ g である。したがって内部波は表面波よりずっと遅い。問4の本質は、単に「内部波は遅かった」という観察ではなく、なぜ遅いかを密度差の弱い復元力として説明できるかにある。

4.2 表面波は内部波の極限である

今回の競技でもっとも印象的に書けるのはここである。表面波と内部波は別々の理論ではない。表面波は、実は密度差が極めて大きい二層界面波の極限として得られる。

実際、上層を空気、下層を水と見なして ρair ≪ ρwater とすれば、上の二層分散関係は

ω2 ≈ gk tanh(kh)

へと戻る。すなわち、

密度差が小さい界面波 ⇒ 内部波 / 密度差が極めて大きい界面波 ⇒ 表面波

である。

この見方は教育的なインパクトが大きい。高校では別々に習いがちな現象が、実は一つの理論の中で連続的につながっているからである。数学的には「極限操作で一致する」という経験を、物理の側から味わえる好例である。

4.3 死水現象とのつながり

競技資料が内部波を導入する際に「船が進まなくなる不思議な現象」を挙げているのも非常に良い。これはいわゆる死水現象である。密度成層した海では、船のプロペラや船体運動が界面に内部波を励起し、その生成にエネルギーが奪われるため、船は目に見える表面波以上の抵抗を受ける。見えにくい内部波が、見える運動を支配するのである。高校生にとっても、ここは「目に見えないものが力学を決める」という意味で印象に残るだろう。

5 気象学との接続:内部波は海だけの話ではない

この競技は地学・海洋の実験に見えるが、気象学とも深くつながる。大気もまた密度成層した流体だからである。気象学では、安定成層の強さを温位 θ を用いて

N2 = (g / θ) dθ / dz

で表す。N はブラント・ヴァイサラ振動数で、空気塊を少し持ち上げたときに浮力がどれだけ強く元へ戻そうとするかを示す量である。N2 > 0 なら成層は安定であり、そこでは内部重力波が存在できる。

海洋では密度の高度分布 ρ(z) を用いて同様に

N2 = −(g / ρ0) dρ / dz

と書ける。今回の小型水槽は、この連続成層を二層モデルに極端に単純化したものと見なせる。つまり、卓上の内部波実験は、実は山岳波、晴天乱気流、対流圏界面付近の重力波、さらに海洋の温度躍層を伝わる波動などへつながっている。

もう少し視野を広げれば、熱帯太平洋ではケルビン波やロスビー波が温度躍層の変位と結びつき、エルニーニョ・ラニーニャの力学に関わる。もちろん今回の内部波とロスビー波は同じ式で書けるわけではないが、成層流体の界面や躍層の変位が、大規模な大気海洋現象の本体であるという見方は共通している。小さな水槽の実験が、海洋物理や気候力学の入り口になっているのである。

6 五つの問いへの簡易解答と専門的コメント

ここでは、記事の読者が競技問題の意図を追いやすいように、各問について「簡易解答」と「背景コメント」を併記する。

問1 表面波の位相速度を求める

簡易解答 波長 λ と周期 T から c = λ / T で求める。浅水近似がよく効くなら、二つの波長でほぼ同じ値になる。有限水深の分散が効くなら、長い波の方が速い。

コメント ここで測っているのは位相速度である。理論式 ω2 = gk tanh(kh) に照らせば、この設問は「浅水波か、有限水深の分散波か」を見分ける問いになっている。単に二個の数値を出すだけの問題ではない。

問2 水粒子の動きをスケッチする

簡易解答 水粒子は波の進行方向へ一様に運ばれるのではなく、表面付近で円ないし楕円に近い軌道を描く。深水では円、有限水深では楕円、深くなるほど運動は小さくなる。

コメント 波が右へ進んでいても、水粒子そのものが右へ流れ去るわけではない。ここで波と流れの違いが問われている。高校物理を超えて、粒子軌道まで意識できるかがポイントである。

問3 サーフィンをするなら波のどこに立つか

簡易解答 波の峰の直前、進行方向側の斜面が最も自然である。少なくとも谷ではない。

コメント 波峰付近では表面粒子の前向き速度が大きく、エネルギーの流れも前向きである。現実のサーフィンは砕波、板の揚力、重力による斜面滑走が加わるためより複雑だが、設問の狙いは「問2の粒子運動を具体像に翻訳できるか」を見ることにある。

問4 5%食塩水と真水の界面に生じる内部波の位相速度を求める

簡易解答 表面波と同様に c = λ / T で求める。ただし値は表面波よりかなり小さいはずである。

コメント 復元力が g ではなく換算重力 g’ で決まるので、内部波は遅い。長波極限では c2 ≈ g’ h1h2 / (h1 + h2) で見積もれる。ここで初めて、密度差が速度を決めるという地学・海洋の感覚が数式として現れる。

問5 10%食塩水にすると内部波の位相速度はどう変わるか

簡易解答 速くなると予想するのが基本である。ただし2倍にはならず、増え方は概ね √g’ に従う。

コメント 密度差が増せば g’ は大きくなり、内部波は速くなる。しかし実験では、界面がぼやける、混合が起こる、層厚がずれる、有限振幅効果が出る、読み取り誤差が入るなどの理由で、理論どおりにきれいな値は出にくい。だからこそ、問5は最も研究的である。理論と実験のズレをどう語るかが問われている。

7 教育的意義:なぜこの課題はよくできているのか

この課題が優れているのは、計測・理論・直観・応用が一体になっている点である。数値を取るだけならば、単なる動画解析で終わってしまう。しかしこの競技は、

  • 波の速さという量を測らせ、
  • 粒子の軌道という見えにくい運動を描かせ、
  • サーフィンという日常的直観へ接続し、
  • さらに内部波という見えにくい現象へ拡張し、
  • その両者を密度差の理論で統一する

という構成をとっている。

この順序は、理数教育として理想的である。なぜなら、観察した事実を抽象化し、その抽象化を別の現象へ移し替えるという科学の基本的営みそのものだからである。特に意欲ある高校生にとって重要なのは、「別々に習った事柄が、一つ上の視点から見ると同じだった」という経験である。表面波と内部波の関係は、その典型例になっている。

また、教員や保護者の視点から見ても、この課題は「高校内容を越えすぎていないのに、大学内容へ自然に接続する」点で秀逸である。浅水近似、分散関係、ポテンシャル流、成層安定、換算重力といった概念は、必要なら大学初年級以上の言葉で深められるが、競技そのものは実験観察として成立している。知識量で押すのではなく、よい問いの設計で学びを引き上げているのである。

8 おわりに

科学の甲子園の良問は、解答だけを見ても真価が伝わりにくい。今回の「海の波の速度の不思議」もそうである。表面波と内部波の速度を測るという表面上の課題の背後には、

Laplace 方程式と境界条件、分散関係、粒子軌道、換算重力、安定成層、そして海洋・気象への接続

が折り重なっている。

そして何より印象的なのは、表面波と内部波は別物ではなく、同じ界面波の理論の中でつながっているという事実である。水と空気のように密度差が大きければ表面波となり、水と水のように密度差が小さければ内部波となる。高校生の実験課題の中に、極限・近似・統一という理論物理の醍醐味がすでに埋め込まれているのである。

この意味で、この課題は単に「波の速さを測る実験」ではない。見えている現象の背後に、見えにくい一般理論を探し当てる練習であり、理数教育の核心に触れる実技競技であったと言ってよい。

参考文献

  1. 第15回科学の甲子園全国大会 実技競技①「海の波の速度の不思議」問題と手順.
  2. 吉岡大二郎『振動と波動』東京大学出版会.
  3. 今井功『流体力学』岩波全書.
  4. 今井功『流体力学 前編』東京裳華房.
  5. 戸田盛和『流体力学 30講』朝倉書店.
  6. 小倉義光『一般気象学 第2版』東京大学出版会.

科学の甲子園全国大会 実技3 解説

電磁誘導を得点へ翻訳する

科学の甲子園・実技競技③「目指せ! 電磁力でカップイン」を、電磁気学・回路論・最適化から読む

概要

第15回科学の甲子園全国大会の実技競技③「目指せ! 電磁力でカップイン」は、トムソンリング装置を自作し、アルミニウム製リングを得点エリアへ射出する競技である。見た目は派手で、観客には「リングが飛ぶ」場面が強く印象に残る。しかし、その本質は単なる演示実験ではない。

コイル、鉄心、発射台を会場で製作し、事前製作のTR電気回路とジャンプリングを組み合わせ、60秒という短いチャレンジ時間の中で期待得点を最大化する、制約付きの工学的最適化問題である。

本稿では、まず競技ルールがどのような目的関数を定めていたかを整理し、次にトムソンリングを可動変圧器として捉える理論、交流型jumping ringで知られる位相差の議論、そして今回の競技をコンデンサ放電型パルス駆動として読む視点をまとめる。さらに、コイル巻数、リング寸法、鉄心構成、発射角、充電電圧、機械的固定などの設計変数が、どのように飛距離・再現性・発射回数・着地分布へ効くかを考察する。

1 はじめに

科学の甲子園の実技競技は、しばしば「高校の知識を使った工作競技」と受け取られる。しかし今回の実技競技③は、それよりはるかに豊かな内容を含んでいた。公開競技問題冊子によれば、競技時間は160分で、そのうち製作・試行・調整に使えるのは65分である。予選ではカップ中心が発射エリア境界ラインから400cmの位置に置かれ、得点はカップ100点、グリーン45点、ラフ20点、範囲外0点で計算される。1回の予選チャレンジは60秒であり、その時間内なら検査に合格したジャンプリングを何個発射してもよい。予選上位8チームが決勝に進み、決勝では中心距離が300cmから500cmの範囲で改めて指定される。

このルールだけでも、競技の本質が「どれだけ高く、どれだけ遠くへ一発飛ばせるか」ではないことがわかる。実際に最大化すべき量は、最高到達高度でも最大飛距離でもなく、60秒内に打てる発射回数と、各発射の最終静止位置に応じた得点の総和の期待値である。つまりこの競技は、電磁誘導の演示実験をそのまま競技化したものではなく、電磁気学・回路論・機械的損失・得点規則を一つの目的関数へまとめた設計問題として読むべきである。

本稿の基本的立場は明快である。すなわち、この競技は「トムソンリングを作る競技」ではなく、「トムソンリングを得点装置へ翻訳する競技」だったということである。そのため以下では、まず競技の骨格と設計変数を整理し、そのうえでトムソンリングの理論を交流型とパルス放電型の両面から読み直し、最後に上位校の戦略を物理的に解釈する。

2 競技の骨格:何を設計し、何が制約されていたのか

公開競技問題冊子によれば、会場で新たに製作するのはコイル、鉄心、発射台であり、ジャンプリングとTR電気回路は事前製作物を持ち込む形式であった。使用材料としては、手巻き用のポリエステル銅線(1.6mmおよび1.2mm)、直線なまし鉄線(直径約2mm、長さ約1000mm)25本、各種テープ、輪ゴム、紙、木材、ねじ類などが与えられる。工具類をTR装置の材料として流用してはならないこと、材料の弾性などを利用したばね仕掛けを備えてはならないこと、発射台は指定木板上の固定面にのみ設置することなども明示されている。

この制約は教育的に非常に重要である。競技者が成功するには、単なる器用さではなく、どの変数が本当に効くのかを見抜かなければならないからである。競技で実質的に可変だったものを整理すると、概ね次の四群に分けられる。

設計変数 主な物理量への影響 競技上の意味
コイル巻数・線径 抵抗R、インダクタンスL、磁場強度、電流立ち上がり dI/dt 一発の強さと再現性の両立
アルミリング寸法・形状 質量m、抵抗Rr、離脱挙動、姿勢安定性、着地時の接触挙動 飛距離だけでなく着地点分布にも影響
鉄心本数・束ね方・長さ 磁束集中、渦電流損失、飽和、位置依存磁場 初期加速と有効作用距離を左右
充電電圧・発射角・固定法 投入エネルギー、摩擦損失、振動損失、再充電待機時間、発射回数 期待得点の最大化に直結

ここで特に重要なのは、競技冊子そのものが「求められる性能」として、(i) 床上のTR装置から射出したリングが300cm〜500cmの範囲の指定位置に再現性よく到達できること、(ii) 限られた時間により多くのリングを発射できる操作性を持つこと、の二つを挙げている点である。後者は、物理的な「一発の強さ」に加えて、競技工学としての手数が明示的に問われていることを意味する。

本競技で最適化すべき対象は「最大飛距離」ではない。「1射あたりの期待得点」×「60秒での発射回数」に近い量である。

3 トムソンリングとは何か:可動変圧器として見る基礎理論

トムソンリング(jumping ring)は、交流コイルあるいは急峻なパルス磁場によって金属リングに誘導電流を流し、そのリングを飛び上がらせる実験として古くから知られている。直感的説明では「レンツの法則により反発するから飛ぶ」と言われることが多いが、それだけでは不十分である。

より体系的には、コイルを一次側、リングを短絡二次側とする可動変圧器として見るのがよい。一次側電流を Ip(t)、リング電流を Ir(t)、相互インダクタンスを M(z) とすると、リングに誘起される起電力は

Er(t) = −M(z) dIp/dt

と書ける。リング自身のインダクタンスと抵抗をそれぞれ Lr(z), Rr とすれば、リング電流は

Lr(z) dIr/dt + RrIr = −M(z) dIp/dt

に従う。ここで重要なのは、MとLrがリング位置zに依存しうることである。すなわちこの系は、飛びながら結合が変わる非線形系である。

LaderaとDonosoは、リングに働く瞬間力を

F(t) = Ir(t) · 2πa · Bρ(z, t)

と整理している。ここで a はリング平均半径、Bρ はコイル・鉄心系が作る磁場の半径方向成分である。リング内を貫く軸方向磁束の変化が誘導電流を生み、その誘導電流が半径方向磁場と相互作用して軸方向のローレンツ力へ変換される。したがってジャンプリングの原理は、

磁束変化 → 誘導電流 → ローレンツ力

という三段階で理解するのが適切である。

この見方の利点は、競技上の工作の意味が見えやすくなることにある。たとえば、リングと鉄心の距離を詰める工夫は、単に「近い方が強そう」という曖昧な話ではない。M(z)を大きくし、初期の誘導起電力を増やし、大きな力が生じる領域を、リングがまだ十分に遅い位置で使うための工夫なのである。

4 交流型の古典理論:位相差が平均上向き力をつくる

古典的なトムソンリング装置は、商用交流でコイルを励磁する形が多い。このとき「レンツの法則で常に反発する」と考えると、各半周期で引力と斥力が相殺しそうに見える。ここで本質的なのが、リング電流の位相遅れである。

一次側が角周波数ωの正弦波で駆動され、リングの実効インダクタンスと抵抗をL, Rとすると、リング電流の位相遅れφは

tan φ = ωL / R

で与えられる。TjossemとBrostは、平均上向き力が

⟨F⟩ ∝ S(z) sin²φ

の形で整理できることを示した。ここでS(z)は高さによる形状関数であり、リングがコア先端に近いほど大きい。

式の意味は大きい。φ = 0、すなわち純抵抗的で位相差がなければ、上向き平均力は出ない。逆に位相差が十分にあると、瞬間力は時間的に完全には打ち消されず、周期平均として上向き成分が残る。JefferyとAmiriは、トムソンリングを単純な「一象限だけのレンツの法則説明」では理解できないことを明示的に論じ、位相差の実測も報告している。

さらにTjossemとBrostは、リング長さを変える典型設定では、コア上に置かれたリングの実効インダクタンスが大きくは変わらず、主として抵抗だけが変わるため、最適リング条件がR ≈ ωL、すなわちφ ≈ 45°の近傍に現れることを示した。ここから、「軽いリングほどよい」「導電率が高いほどよい」といった単純化が危険であることがわかる。質量を下げると抵抗が増え、位相差や電流振幅が変わるからである。

ただしここで重要な注意がある。今回の科学の甲子園の装置は、交流定常駆動そのものではなくコンデンサ放電型のパルス駆動である。したがって、これらの式をそのまま数値最適化の公式として使うことはできない。それでも交流型理論は、リングの抵抗・インダクタンス・位置依存結合が本質であることを明瞭に示しており、競技を読むための重要な土台になる。

5 今回の競技をパルス放電型として読む

配信中に示されたTR電気回路の説明と装置写真から、今回の競技の回路は、乾電池とDC-DC昇圧部でコンデンサを充電し、サイリスタを介してコイルへ瞬間放電する構成であった。コンデンサ容量は0.1F、コンデンサの定格充電電圧は35V、昇圧部の設定は30V程度までと示されていた。したがって一発あたりの蓄積エネルギーは

EC = 1/2 CV²

C = 0.1F, V = 30V とすると EC ≈ 45J

となる。これは高校生向け競技としては十分に大きく、しかも「数十ジュール級の短時間パルス」を扱っていたことを意味する。

このとき一次側電流は、理想化すればRLC過渡現象として理解できる。コイルのインダクタンスをLp、主回路抵抗をRp、コンデンサ容量をCとすれば、電流Ipは

Lp dIp/dt + RpIp + (1/C) ∫Ip dt = 0

で記述され、固有角周波数は ω0 ≈ 1/√(LpC)、減衰率は α ≈ Rp/(2Lp) で与えられる。Waschkeらは、パルス駆動型トムソンリング装置において、与えられたコンデンサに対してコイルのインダクタンスが小さいほど共振周波数が上がり、電流および磁場の時間変化が大きくなり、加速に有利であると論じている。

ここから、今回の競技で「巻数を増やせばよい」とは限らない理由が見えてくる。巻数を増やせばNIの意味では磁気モーメントは増えやすいが、同時に抵抗とインダクタンスも増える。すると電流立ち上がり dI/dt が鈍り、リングに誘起される起電力も小さくなりうる。逆に巻数を減らしすぎれば磁束そのものが不足するかもしれない。したがって、今回の最適設計は「強い磁場」だけでなく、短時間でどれだけ大きい磁束変化を与えられるかに依存する。

また、今回の回路にサイリスタが使われていた点も重要である。サイリスタは、一度ゲート信号で導通すると、電流が保持電流を下回るまでオン状態を保つ素子であり、大きな突入電流を機械接点なしで扱える。短時間に大電流を流したい本競技では理にかなっている。教育的にも、これは「電磁誘導実験」に回路工学が本格的に入り込んでいることを示す。つまりこの競技は、磁場を作る工作ではなく、時定数とスイッチングを含む電力パルスの設計でもあった。

6 設計変数を物理で読む

6.1 コイル:巻数は磁場だけでなく時定数を決める

コイルの巻数・線径は、磁場強度、抵抗、インダクタンスを同時に変える。交流理論ではリングの位相差を通じて平均力に効き、パルス理論では一次電流波形と dI/dt に効く。今回の競技では1.6mmと1.2mmの指定線材を使えたので、太線を少巻きにして低抵抗・低インダクタンス・大電流立ち上がりを狙う設計も、細線を増巻きして磁束を稼ぐ設計も考え得た。どちらが勝つかは一義的ではなく、リング質量、鉄心形状、目標距離、そして操作性まで含めた系全体で決まる。

6.2 リング:質量と抵抗の両方を背負う

リングはアルミパイプから切り出して作る。長さや加工法によって質量mと抵抗Rrが同時に変わるため、「軽いほどよい」とは言えない。交流型文献で最適抵抗が現れることはすでに述べたが、パルス型でも事情は似ている。軽すぎれば電流は流れにくくなり、重すぎれば加速しにくい。さらに実際の競技では、飛翔中の空気抵抗、着地時の回転、カップ縁や保護マットとの接触もあり、リングは単なる「質点」ではない。

リング形状の工夫については、上位校のコメントとして「ジャンプリングを27個用意し、飛ばしやすいように斜めにカットした」という趣旨の情報が伝えられている。ここで斜め切りの効果を断定するのは慎重であるべきだが、少なくとも、切断面の対称性を崩すことで離脱時の姿勢、回転開始、着地時の接触挙動に影響を与えた可能性はある。つまりリング形状は、電気的パラメータだけでなく、射出後の幾何学的安定性にも関わる。

6.3 鉄心:磁束集中だけではなく損失も考える

競技冊子では鉄心を2mm径程度の直線なまし鉄線から製作するとされている。これは偶然ではない。鉄心を細線束で構成すると、単一の太い導体に比べて渦電流ループを作りにくく、損失が抑えられる。MITの講義ノートでも、軟磁性材料における渦電流損失の低減には薄片化・細分化が重要であることが強調される。競技スライドに「鉄心の本数 → 渦電流の抑制」とあったのは、厳密には「細い鉄線を束ねることにより渦電流損失を抑えうる」という意味に読むのが自然である。

ただし、鉄心は単に細ければよいわけではない。本数を増やせば断面積が増え、飽和しにくくなって磁束を稼げる一方、質量や機械的干渉の問題も出る。さらに長さも重要で、コイル上方にどこまで鉄心を伸ばすかは、磁場が有効に作用する高さ範囲と関係する。Waschkeらは、低電圧で大きく飛ばす装置において、鉄心上部の磁場分布が加速位相に重要であり、最適長さは単純計算では決まらず経験的最適化が必要だと述べている。本競技でも、鉄心長さは「とりあえず長い方がよい」ではなく、コイル近傍の強い場をどの範囲まで使いたいかという設計問題だったと考えられる。

6.4 摩擦・固定・角度:損失の工学

競技スライドは、工作上のエネルギー損失として、鉄心との摩擦、鉄心長さによる回転損失、発射台やコイルの固定不足による振動損失を挙げていた。これは非常に本質的である。力学教科書の問題では、入力エネルギーはそのまま飛翔エネルギーへ変わるように書かれがちだが、現実の装置では、

EC = E電磁加速 + Eジュール損 + E摩擦 + E振動 + E回転 + …

であり、欲しいのは E電磁加速 の比率を上げることである。Waschkeらも、コイルを強固に固定するだけで跳躍高さが30%以上改善し、リングがゆるく乗っていると摩擦で運動量を失うと報告している。今回の競技で発射台の固定、リングと鉄心の位置合わせ、木板全体の一体化が重視されたであろうことは、物理的に十分納得できる。

また、発射角も戦略変数である。射出後を単純な斜方投射とみなせば、空気抵抗や跳ね返りを無視した到達距離は

R ≈ (v0² / g) sin 2θ

で与えられる。しかし実際には、初速v0自体が電磁力の作用時間、摩擦、装置内接触に依存し、着地後はカップ縁やグリーン外周で反射しうる。したがって角度調整は単なる射程調整ではなく、着地の入り方と跳ね返り方の制御でもあった。

7 この競技の本当の最適化:最高到達高度ではなく期待得点

ルール面に戻ろう。得点エリアは外側200cm四方、その内側にグリーン約120cm四方、中心に直径30cmのカップがあり、得点はそれぞれ100点、45点、20点、0点である。さらに、チャレンジ終了の合図後に発射されたリング、分裂したリング、選手に当たったリング、許可されない操作をしたリングは無効となる。よって競技者の評価関数は、単に「よく飛ぶほどよい」ではなく、

E[score per shot] = 100pcup + 45pgreen + 20prough + 0pout

これを1射あたりで考え、さらに60秒内の発射回数Nで重みづけする。

つまり、

max E[N] ・ E[s(X)]

に近い形の設計問題になっている。ただし実際にはNと着地分布Xは独立ではない。電圧を上げて一発を強くすると飛距離は伸びるかもしれないが、再充電時間が延び、着地の散らばりも大きくなりうる。

この見方に立つと、上位校の戦略コメントは非常に示唆的である。岡山朝日高校について伝えられたコメントでは、おおむね「リングを27個用意し、形状にも工夫を加えた。カップ周りではアルミの枠に弾かれてグリーンから外れやすいと判断し、電圧を下げて手数を重視した。さらにリングと鉄心をできるだけ密着させた」という内容になっていた。ここで最も重要なのは、電圧を下げたという判断である。

これは一見すると保守的戦略に見えるが、むしろ本質的である。電圧を下げれば投入エネルギーは二乗で減る。しかしその代わり、(i) 充電時間が短くなりやすい、(ii) 跳ね返りや飛びすぎによる0点が減りやすい、(iii) 装置やリングの挙動が安定しやすい、という利点がある。もしカップ付近の着地が強すぎて反射し、0点域まで出やすいのであれば、1発の威力を下げてグリーン滞在確率を上げた方が、期待得点はむしろ増える。これは、最大飛距離問題を得点分布問題へ読み替えたという意味で、非常に成熟した戦略である。

また「リングと鉄心をできるだけ密着させた」という判断は、相互インダクタンスM(z)を増やすという意味で理論と整合的である。初期位置での相互インダクタンスが大きければ、同じ一次電流波形でもリングに誘起される起電力が大きくなり、短い作用時間の中で必要なインパルスを得やすい。したがってこの戦略は、交流型の位相差議論よりむしろ、パルス放電下でいかに大きな初期インパルスを得るかという視点に沿っている。

8 交流理論と競技現場の橋渡し

ここまでの議論をまとめると、今回の競技は「交流型トムソンリングの理論」と「コンデンサ放電型パルス装置の現場設計」が重なり合う位置にあったと言える。理論面で押さえるべきことは次の三点である。

1. トムソンリングは、一次側コイルと二次側リングからなる可動変圧器として見ると理解しやすい。リング位置によって相互インダクタンスと磁場が変わるため、これは位置依存結合をもつ非線形系である。

2. 交流型では、位相差が平均上向き力の本質であり、リング抵抗と実効インダクタンスの兼ね合いで最適条件が現れる。

3. 本競技のようなパルス型では、位相差の考え方をそのまま数式適用するのではなく、投入エネルギー、電流立ち上がり、位置依存結合、損失、再充電時間へ読み替える必要がある。

教育的に面白いのは、この三点が高校範囲をわずかに越えながらも、決して専門家だけの話ではないことである。理数系高校生なら、電磁誘導、オームの法則、エネルギー保存、斜方投射といった既知の要素を足場にしながら、相互インダクタンス、RLC過渡応答、磁気損失、最適化という大学的概念へ自然に進める。つまりこの競技は、高校の公式をそのまま当てはめる問題ではなく、高校の知識を組み合わせて大学の見方へ踏み出す問題なのである。

9 理数教育として見たときの豊かさ

大学ジャーナルの読者を念頭に置くと、この競技が持つ教育的価値は少なくとも四つある。

第一に、現象の背後に一般理論があることを学べる。トムソンリングは演示実験としては古典的だが、本競技ではそれを製作・最適化・得点化まで含む形に拡張している。そのため、ファラデーの法則、レンツの法則、交流回路、磁性体、スイッチング素子、射出運動が一つの文脈に統合される。

第二に、「よく飛ぶ」と「勝てる」が一致しないことを学べる。これは理科オリンピック型の問題でも重要な感覚である。物理量の極大化と競技目的関数の極大化が別であるという事実は、実験計画や工学設計の核心に近い。

第三に、モデルの適用範囲を考える訓練になる。交流型文献の式を見つけたからといって、そのまま今回のパルス型装置へ代入してはいけない。逆に、パルス型だからといって交流型理論が無意味になるわけでもない。この「似ているが同じではない」という感覚は、学部以降の科学で極めて大切である。

第四に、工作が単なる手作業ではなく理論の延長であることを体験できる。リングの切り方、鉄心の束ね方、コイルの固定、電圧設定、角度調整は、すべて理論の物理量に対応している。工作の上手さと物理の理解が分離していないことを、競技が可視化していた点は大きい。

10 おわりに

実技競技③「目指せ! 電磁力でカップイン」は、派手にリングが飛ぶこと自体が魅力的な競技である。しかし本当に見るべきなのは、その一瞬の背後にある設計思想である。コイルをどう巻くか、鉄心をどう作るか、リングをどう切るか、どの電圧で何発打つか、どの角度で着地させるか。そこでは、電磁気学、回路論、材料、機械的損失、確率、競技ルールがすべて一つの最適化問題に畳み込まれている。

そして何より重要なのは、この競技が「現象を理解し、制約を読み、一般理論を現場の判断へ翻訳する力」を問うていたことである。大学以上の学びにつながる理数教育とは何かを考えるうえでも、この競技は非常に優れた題材だったと言ってよい。演示実験に見えるものの背後に変圧器理論、位相差、相互インダクタンス、RLC過渡応答、渦電流損失、最適化が潜んでいることを、高校生の競技という形で可視化した点に、この課題の真価があった。

参考文献

1. 第15回科学の甲子園全国大会 実技競技③「目指せ! 電磁力でカップイン」公開競技問題冊子.

2. 科学の甲子園全国大会 配信映像(YouTube Live アーカイブ).

3. R. N. Jeffery and F. Amiri, “The Phase Shift in the Jumping Ring,” The Physics Teacher, 46 (2008), 350–357.

4. P. J. H. Tjossem and E. C. Brost, “Optimizing Thomson’s jumping ring,” American Journal of Physics, 79 (2011), 353–358.

5. F. Waschke, A. Strunz, and J.-P. Meyn, “A safe and effective modification of Thomson’s jumping ring experiment,” European Journal of Physics, 33 (2012), 1625–1634.

6. C. L. Ladera and G. Donoso, “Unveiling the physics of the Thomson jumping ring,” American Journal of Physics, 83 (2015), 341–348.

7. D. V. Langley and R. Arieli, “The Jumping Ring as an inquiry project: A learning-opportunities perspective,” Journal of Physics: Conference Series, 1929 (2021), 012070.

8. R. P. Feynman, R. B. Leighton, and M. Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. II: Mainly Electromagnetism and Matter. Addison–Wesley.

9. D. J. Griffiths, Introduction to Electrodynamics. Pearson.

10. F. W. Grover, Inductance Calculations: Working Formulas and Tables. Dover.

11. MIT OpenCourseWare, “Chapter 11: Inductance and Magnetic Energy.”

杜の都の西北から 第10回 – 学習指導要領と清掃活動

杜の都の西北から 第10回

「掃除」してますか?

学習指導要領と清掃活動

(学)東北文化学園大学評議員、大学事務局長、弊誌編集委員
小松 悌厚さん

1989年東京学芸大修士課程修了、同年文部省入省。99年在英国日本大使館一等書記官、02年文科省大臣官房専門官、初等中等教育局企画官、国立教育政策研究所センター長、総合教育政策局長等を経て22年退官。この間、京都大学理事・事務局長、東京学芸大学参事、北陸先端大学副学長・理事、国立青少年教育振興機構理事等を歴任。現在は(学)東北文化学園大学評議員、同大学事務局長。神奈川県立相模原高等学校出身。

我が国の小中高等学校等では、児童生徒が日常的に教室等の清掃をする。子供の頃に掃き掃除や雑巾がけを分担して輪番制による清掃活動をした記憶があるだろう。これらの清掃活動は、単なる習慣ではなく正規の教育課程の一部として実施されている。学習指導要領の改訂に向けた検討がはじまったこのタイミングに清掃活動について考えてみた。

教育課程において、清掃活動は主として「特別活動」に位置づけられる。※1 特別活動には、学級活動、児童・生徒会活動、学校行事、小学校のクラブ活動などが含まれる。その中でも清掃活動は学級活動の一環として扱われることが多い。学級活動には、清掃のほか、日直業務、朝の会・帰りの会、集会活動、飼育・栽培などの当番活動が含まれ、これらの活動の目的は、児童生徒が望ましい人間関係を形成し、集団の一員として主体的に関わることで、自立し、協働しながら様々な課題に取り組む態度を育むことにある。日本の学校教育は、知育のみならず「知・徳・体」の調和の取れた全人的な発達を重視しているが、その特質を特別活動が象徴していると言える。

清掃活動が教育課程の一部であることは明らかだが、その基準である学習指導要領の位置づけは必ずしも明確ではない。現行の小学校学習指導要領では、学級活動の項目に当番活動の一例として簡単に言及されるのみであり、そのように位置づけられたのは平成20年以降でそれ以前はなかった。また、中高等学校の学習指導要領には清掃活動に関する記載はみられない。にもかかわらず、学校では当たり前のように日々清掃活動が行われている。特別活動関係の指導資料など、現場に近い資料では清掃活動が題材として取り上げられるのは定番になっている。このことから、清掃活動は制度としての学習指導要領よりも前に学校現場に定着していたと考えられる。

その可能性については、明治期以来の学校保健関連の法令から示唆を得ることができる。明治期には、学校衛生顧問会議の検討を得て学校医、学校歯科医、身体検査、学校伝染病予防等の法令等が個別に定められてきた。これらの法令等は内容を精選し纏められ、昭和33年に制定された学校保健法の体系に組み込まれた。その中にあったのが、「学校清潔方法」(昭和23年の文部省訓令第2号)。この訓令が学校の清掃の意義や清掃方法を定めたものであった。※2

学校清潔方法は冒頭で、学校環境の清潔維持が児童生徒の健康と学習能率の向上に寄与するとともに、「学校における清掃の指導訓練は、衛生教育の一環として系統的に実施させ、その実践は、学校だけにとどまらず生徒児童の家庭にも及ぼし更に社会公衆の衛生思想並びに美的観念の高揚にまで及ぶ」ことをも期待するとしていた。その上で、日常・定期・臨時の清掃手順等が具体的かつ詳細に規定されていた。学校清潔方法は、明治30年の文部省訓令第1号により導入され、学校保健法制定までの約半世紀にわたり学校教育に影響を与えてきた。

その発展の過程には、衛生に重きをおく医学専門家と、教育的道徳的価値を重視する教育専門家による協議や調整も行われていたと考えられる。前者の視点は学校環境衛生の発展に寄与し、後者の視点は特別活動の内実としての位置づけにつながり、さらに、海外からも関心が示される日本の学校教育の特色確立に寄与してきたのではないか。

その代表例がエジプト・アラブ共和国における取り組みである。平成27年の首脳間の相互訪問を契機に策定されたEJEP(エジプト・日本パートナーシップ)の枠組みの下、同国に日本型教育の要素を取り入れた教育が導入された。現地ではTOKKATSU(特活)と呼ばれており、JICA(国際協力機構)を通じた国際協力により、エジプト各地にEJS(エジプト日本学校)というモデル校が設置され、これを一般の小中学校へ展開する試みが進んでいる。令和7年現在、EJSは全国で55校に拡大している。TOKKATSUでは、日本の学校の朝礼、日直、清掃、学級会などの活動が導入されたが、とりわけ清掃活動については、当初、保護者の理解を得るまでに一定のプロセスを要したという。※3

特別活動に象徴される教育の特徴は、他国からも関心を寄せられており、これに応える形で平成28年には日本型教育の海外展開事業(EDU-Portニッポン)が始動し、その後も調査研究事業が展開されている。

学校清掃を例に概観してきたが、日本の学校で日常的に行われている活動の中には、明治以前から戦前にかけて発展してきた教育活動や、戦後の教育改革期に導入されたユニークな活動が含まれ、これらが特別活動に象徴される日本の学校教育の特色を形成している。時代の要請に応じて教育の見直しが進められる中で、関係者には、次世代に残すべき教育活動を的確に選定することが求められている。

1 例えば、田中耕治他『国立教育政策研究所紀要』第147集、教育課程研究センター、2018年には学校活動の変遷が整理されている。このように清掃活動を取り上げる事例は珍しい。

2 日常の清掃を例にとると、「教職員生徒等は、毎日始業前に、(中略)まず水をまいて少し床を湿し、静かに掃き出すか、湿ったおがくず、茶がら、もみがらを、床の上にまきちらしてこれを掃き出すか、(中略)湿った布でふきとる。」「黒板は清潔に保ち、ぬぐい、又はその掃除をする際には、チョーク粉が飛散しないよう注意し、又黒板ふきの粉は戸外で払う」など12項目にわたり、方法を規定している(本文は国立教育政策研究所のWEBサイトから抜粋して引用した)。

3 濱田博文「エジプトでのTOKKATSUの現状と可能性」『日本特別活動学会紀要』第26巻、2018年、3頁には、清掃に対する当社保護者からの抵抗があったが、実践を重ねるうちに好意的に捉えてもらえるようになったことが記述されている。

「Fランク」大学の登場から25年

大学ランキングからはわからない大学の実力 第10回

「Fランク」大学の登場から25年

むき出しのホンネが行き交う大学情報

教育ジャーナリスト 小林 哲夫さん

1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。著書に『「大学ランキング」のウソ』(宝島社新書)、『日本の「学歴」』(ちくま新書)、『早慶MARCH』(朝日新書)、『「Fランク」大学の真実』(中公新書ラクレ)。近著に『にっぽんの大学』(朝日新聞出版、橘木俊詔氏との共著)。

ネットメディア、週刊誌の大学記事にはタイトルを見るだけで滅入ってしまうことがある。その最たるものは「Fランク大学」だ。

『「Fラン大学は人生積んでる」は本当か 学歴を超えた「学ぶ意味」を考える』(ダイヤモンドオンライン2025年6月2日)

『いわゆる「Fラン大学」でも行かないよりは行ったほうがいい・・・「生涯賃金の推計」でわかる“大卒の決定的違い”』 (プレジデントオンライン2024年7月26日)

『日本に「Fラン大学」は必要なのか・・・10年後の「大学全入時代」を前に考えるべきこと』
『「教育機関」のベールを脱ぎ捨てた私大』(「週刊現代」2024年10月19日号)

『「なんでアホを押しつけるんだ。ちゃんと人事部門で面倒を見ろよ!」“Fランク大学出身者=役立たず”とレッテルを貼る経営者の“的”外れ』(文春オンライン2022年10月11日)

『奨学金が支える「Fランク大学」の葛藤と不安 1300万円のハンデを負って通う価値はあるか』(東洋経済オンライン 2016年4月26日)

これらの記事は「Fランク」大学を徒に貶めているわけではない。まじめな問題提起型もある。だが、定員割れ、難易度が下位、学生の低学力、中学や高校の補習教育実施などといった、大学のありようの描き方には通底するものがある。そこには「Fランク」大学がネガティブな方向に独り歩きしてしまいかねない芽が潜んでいるため、大学にすれば、「Fランク」というレッテルを貼られることは避けたいところだ。

そもそも「Fランク」大学はいつ、だれが作ったのだろうか。

きっかけは2000年に週刊誌で報じられた記事だ。こんなタイトル、リードの記事が出ている。

「受ければ受かる「Fランク」私大 194校 全実名 河合塾が格付けしたら、全国4割の大学が該当」(『週刊朝日』2000年6月23日号)

2000年、河合塾が入試資料としての難易度表に「Fランク」を付けたのが始まりだった。同誌によれば、Fはフリーパスの頭文字からとったとされる。Fの認定基準は、①実質倍率が2倍以下、②すべての偏差値帯で合格率が65%以上、③合格者の下限偏差値が35以下、の3つがすべて揃っていることである。 同誌にFランクと名指しされた学長のコメントが掲載されている。

「本学は少人数教育を伝統としており、入学後の教育により、有為な人材として社会に送り出す努力をしているのでそうした点を総合的に見てほしい」

「偏差値に頼る教育の弊害は明らかであり、本学はそれよりも品性や感性の豊かな学生を求めている。学力だけでなく、本学にふさわしい人間性により選抜している。良家の子女とはそんな女子なのである。二学科がFランクなのは、本学の本質にかかわりがない。一教育産業の偏差値が話題になることに首をかしげる」(「週刊朝日」2000年6月23日号)。

この記事はさらに別のメディアが伝えてこうして「Fランク」大学の登場から四半世紀経ったわけだ。

「Fランク」が登場するまで、これに相当する大学はどのように呼ばれていたか。「三流大学」「底辺大学」などが思い浮かぶ。もっとも、こうした言い方は公の場では憚られ、メディアで見出しになることはほとんどなかった。「三流」視するのは蔑みと受け止められ、さすがにまずいという抑制が働いたのである。上から目線で差別的と批判されるのを恐れ、特定の大学を見下すようなホンネは慎むべきという思いからだ。

しかし、「Fランク」は大学を語る上で業界用語になりつつあり、こうした抑制、恐れ、慎みを取っ払ってしまった。そしてSNSの普及で誰もが発信できるようになってからは、より一層、顕著になっている。受験、学歴をネタに語るユーチューバーたちが、無邪気に「Fランク大学」と喧伝する。彼らは受験生たちの偉大なるインフルエンサーとなりうるので、「Fランク」と呼ばれた大学にすれば、辱められたと受け止めてしまう。だが、「Fランク」はその定義があいまいであり、そして、あまりにも無機質な言葉ゆえ、「大学を傷つけられた」「学生募集に影響を及ぼした」などと反論したり、名誉毀損で提訴したりするのはきわめて困難だ。泣き寝入りするしかない。

これでいいのだろうか。

「Fランク」から派生されたむき出しのホンネによって、大学の現状とかけ離れた情報が伝わってしまっている。そのなかには、「幼稚園児」「小学生」、そして「バカ」「アホ」「マヌケ」から、見るに堪えないヘイト的なフレーズまでもある。

さまざまな学部や学科を作って工夫したが、学生募集で苦労している大学教職員がいる。第1、第2志望に受からず、不本意ながら難易度が下位の大学に入学した学生がいる。それでも大学は機能しており、教職員は学生をしっかり教育、指導し、学生はまじめに学んでいる。彼らに対して「Fランク」というレッテルを貼るのは「三流」「底辺」と見下すことと同じだ。そこで学ぶ学生を差別と偏見にさらしてしまい、たいそう傷つけている。それを避けるためにも大学受験用語から「Fランク」はなくしてほしい。塾や予備校、高校、大学、メディアは、どうか「Fランク」を使わないようにしてほしい。

どうか愛情をもって大学を見てください。

16歳からの大学論

16歳からの大学論 (第45回)

ETV特集「ねちねちと、問う」の舞台裏とその意義

京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
宮野 公樹先生

1973年石川県生まれ。専門は、学問論、大学論。京大総長学事補佐、文部科学省学術調査官の業務経験も。近著「問いの立て方」(ちくま新書)。2025年5月、NHKによる7ヶ月間の密着取材が番組に(ETV特集「ねちねちと、問うーある学者の果てなき対話ー」)

実は、去年の9月から約7ヶ月、NHKの密着取材を受けてまして、この度、EテレのETV特集「ねちねちと、問う―ある学者の果てなき対話―」(初回放送:2025年5月17日)として放送されました。

この番組は、「学問とは何か」「本当に大切にしたいものは何か」を問い直すもので、成果主義や効率性に傾きがちな現代社会において、企業人や研究者に本質的な問いを投げかけ、思考停止を避け「自分のものさし」を取り戻すことの重要性を伝えたものです。ナレーションは又吉直樹さんが担当。京都大学ELP (エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム)での私の講義、受講生との対話、さらには「全国キャラバン3QUESTIONS」での議論を通じて、「ねちねちと問い続ける」姿勢を浮き彫りにしました。放送後、視聴者から「深い問いが心に響いた」「自分の価値観を見直すきっかけになった」などの声をいただき、大変励みになりました。以下、本誌読者の皆様に向けて、番組制作の裏側を率直にお話しします。

今回の撮影を通じて得た学びは非常に多く、本当に貴重な経験でした。撮影は合計で150時間に及び、膨大な素材から60分の番組を紡ぎ出すプロセスは、想像を絶するものだと思われます(編集は、ディレクターと編集者がやるので私ではないですが一笑)。「密着」と聞くと、24時間カメラが回っているイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。私のスケジュールをすべてディレクターが把握し、「この場面とここを撮影します」と、選ばれたイベントや場面に撮影クルーが入る形です。撮影チームは、ディレクター、カメラマン、音声担当の3名で構成。撮影の前半は、番組の方向性はまだ定まっておらず、日常の講義、対話、移動中の何気ない瞬間まで、ありとあらゆる場面を収録します。次第に「このテーマで進めよう」という指針が固まり始めると、その後は意図を持って撮影するシーンを選ぶという流れになります。しかし、150時間もの素材を60分に凝縮するため、使われないシーンはどうしても多くなります。特に、Voicyパーソナリティはるさんとの対談や、その後の交流会がカットされたのは残念でした。育児に関する話題など、大切なテーマになる?と思っていたのですが、いろいろな問題で使用できなかったようです。とても残念ですがこればかりは仕方ありません。

この番組制作を通じて強く感じたのは、ETV特集のアプローチのスタイルは「情熱大陸」や「プロフェッショナル仕事の流儀」とは大きく異なるということです。「情熱大陸」などは、まず番組の「枠」があり、そこに合う人物を探します。私の周囲にも「情熱大陸に出演した」という方は多いですが、番組側が常に被写体を探しているからこそ、声がかかりやすいのでしょう。

一方、今回の番組づくりは「問い」から始まります。ディレクターの「この人物(宮野)を通じて、こんなテーマを伝えたい!」という明確な意図が先にあり、それを実現するために全くゼロから丁寧に作り上げるのです。そのため、番組の作り込みが非常に深いのだと感じました。たとえばインタビューの時間。10時間を優に超えていたと思いますが、ディレクターは真剣に考え抜いた鋭い問いを投げかけてきます。「宮野さんも、当時は効率や成果を追求しすぎていたってことですか?」「今、振り返ってどうですか?」など、核心をつく質問に、私も全力で応える。時には議論が白熱し、深い対話が何時間も生まれました。しかし、その長時間の対話から番組で使われるのはわずか数分!まるで氷山の一角だけを番組で見せるような、なんとも贅沢な感覚を持ちました(笑)。

放送後、SNSでは「宮野さんの問いが心に刺さった」「対話に引き込まれた」との声が多く寄せられ、大きな励みになりました。撮影の裏話はまだまだたくさんありますが、今回はここまで。

番組終了後、多くの学びはVoicyにて放送しておりますので、よければぜひVoicyで検索し、宮野公樹をフォローください。また、番組NHKオンデマンドを契約しておられる方はいつでも見れます。それと、再放送があるかもしれないという情報もあります。

【物理ってなんだろう②】物理の世界はもっと多様に
愛知大学での新たな挑戦で見えてきたもの

物理屋60年の軌跡の一点描

京大に23年間務めた後、後半の23年間は、愛知大学で文系学生を相手に授業を受け持ち、学問の豊かさと広がりという貴重な経験をした。研究テーマは、素粒子論に加えて、交通流理論や経済物理学へ広げ、組織的な取組が必要な環境問題、女性研究者・ポスドク問題の研究環境改善のために日本物理学会でキャリア支援にも関わった。

坂東 昌子先生の顔写真

坂東 昌子先生

~Profile~

愛知大学名誉教授 NPO法人 あいんしゅたいん理事長
1965年同大学大学院理学研究科博士課程修了(博士号取得)。京都大学理学部助手、講師を経て、87年より愛知大学教養学部教授。専門は素粒子論、非線形物理。京都大学に保育所設立を実現させるなど、女性研究者の支援でも活躍。京都大学の湯川秀樹研究室で素粒子論を専攻。ノーベル賞を受賞した小林・益川博士とは助手時代は同じ研究室。2007年日本物理学会長・同キャリア支援センター初代センター長 を経て、2009年3月若手研究者支援のためのNPO法人「知的人材ネットワークあいんしゅたいん」を設立。現在に至る。
「4次元を越える物理と素粒子」「理系の女の生き方ガイド」など著書多数。大阪府立大手前高等学校出身。

文系学生への講義で、現代の諸問題に目覚める

一般教育科目を担当するようになって、文系の学生に自然科学の講義をする場合、現代社会が抱えている問題と切り離してはいけないという想いが強くなった。急激に発展した科学技術は私たちの生活を大きく変え、同時に、科学と社会の関係を深く反省させられる深刻な問題にも立ち会うことになった。それが原爆開発、優生思想に基づく生殖革命と環境問題だった。私は、これらの専門家ではない。しかし、研究者がそれらを自らの問題として取り組むには、教育の場を通じてまずは自らを鍛えることも必要だ。専門を超えて考えなければならないという想いがあった。

そして周りの仲間と、こうした問題について考えてみようと立ち上げたのが、愛知大学内共同研究「エネルギー・バイオテクノロジー問題の総合的考察」。これが専門以外にも自分の興味を広げさせてくれるきっかけとなった。しかし、単に趣味として、あるいは教養として、より広い領域を冒険しようとするだけではだめだ。そこで納得できないことがあれば自らの目で見直し、さらに専門家とネットワークを組み対等に議論できる力量をつけることが必要だ。とはいえ、専門外の学会に進出して論文を書き、レフリーとやりあい、ジャーナルに論文掲載するまでには苦労も多かった。ただ、多くの新たな発見もあった。

愛知大学教養学部で得た刺激と仲間

教養部には専門の仲間が少なく、議論もなかなかできないと思っていたが、入ってみると杞憂だった。特に、同期転入の浅野俊夫さんとはよく議論を戦わせた。教養部には刺激的で議論好きな教員が多く、専門を超え、時間を忘れて議論した。またドクターをとっていない仲間には、「ドクターを取れ取れ」と励まし、取得したらお祝いの会もする。そんな温かい雰囲気がとても好きだった。

教養教育では、自然科学全般を受け持つ。さらに当時は情報処理センター開所に伴って導入された情報科目の中身を構築する時でもあった。情報処理センターの立ち上げ時には、組織運営などの課題に次々取り組んだが、この時には教養部の多くの仲間が労を惜しまず応援してくれた。

教養部には一般教育研究室という高校の職員室のような部屋があり、アイデア交換したり、新しい試みに向けて盛り上がったりした。そこで磨き上げられたのが、情報教育と総合科目と教養ゼミだ。

総合科目は、共通のテーマを異なる専門家で授業する。私は授業の構成、講師の選定、管理などについて、コーディネータ役を積極的に引き受けた。そのため「情報と社会」「21世紀のエネルギー問題」「環境と命」「愛知万博」などテーマも自由に選べた。講師を外部から招聘できるため、ネットワークも一挙に広がった。また大流行したはしかに対する愛大全体での取組なども含め、医学と生命科学の諸問題をまとめた「生命のフィロソフィ」(世界思想社)の執筆に取り組んだことで、法学の側面からの尊厳死などの位置づけを知ることができた。

ゼミでの取り組みと研究の進化

講義では、文系学生にわかってもらう工夫をするうちに、理系学生相手では式でごまかしていたことがわかってきた。解説本を読み漁っていると、理解している著者とそうでない人とが透けて見えるようにもなった。理解が浅いままでは、文系相手の解説で間違ってしまうことがある。文系の学生だからといい加減に解説するのではなく、自分が納得したことを言葉にしなくてはならない。教養ゼミでは、「新発売のハイブリッドカー」「次世代エネルギ―」「教科書と環境問題」「科学嫌い調査」など、ワクワクするテーマをとりあげたが、学生たちも生き生きと取り組んでくれた。身近な環境問題のテーマとして、全小中学校に毎年配布する教科書の費用をフェルミ推定を使って推定し、教科書会社の意見を問う形で問題提起したり、ハイブリッド車の効率の推定をしたりと、身近な環境問題を取り上げた。これが注目され、環境コンクールで名大大学院の環境専門のチームを抜いて優勝したり、民間の団体とともに名古屋市の環境支援資金をゲットしたりと、学生たちが大活躍をした。名古屋市の環境担当職員や名大の院生とも仲良くなり一緒に研究会も開いた。

研究活動でも視野が広がった。高速道路で起こる渋滞は、それまで「トンネルの入口など車がスピードを変えるボトルネックで起こる」が通説で、渋滞領域と自由流領域は理論式も別々だった。物理屋は「原因がないのに渋滞発生、なんで?」「統一的に理解できないの?」と考える。愛大で唯一の物理屋の同僚長谷部さんと名大のポスドクも交えて議論し、車の渋滞モデル「最適速度模型:OV モデル」を提案した※。交通流の専門家にこのモデルへの意見を聞いたら、「この問題は解決済みです」と言われた。新分野に挑戦すると論文を出すジャーナルさえわからず、苦労の連続だった。結局、アメリカ物理学会の雑誌に掲載された。アメリカ物理学会が視野を広げてその守備範囲を大きく拡張していることを痛感させられた出来事でもあった。

新参者でも内容を見て評価してくれるのは海外なのだ。この論文を見たドイツのボッシュ研究所員から「あなたたちのモデルは実験してみたらよく合う」と評価され、評判になり引用数が増えていった。こうして、ヨーロッパから世界へ広がり、国内へは逆輸入されてやっと認められた。まず海外に挑戦すべしというのがよく分かった。自動運転の時代に突入した現在、引用数はさらに増え続けて4000近くになっている。
※ 統一的理解のためには、車の集団(多体系)の間に働く相互作用(原因)と交通流(結果)の関係式は微分方程式になる。ちょっと刺激を与えると少し変化する。その積み重ねが交通流の結果を与える。結果から原因を探すコツはここにある。ニュートンが偉かったのはここなのだ。多集団の場合は、ミクロとマクロを繋ぐ動的仕組みがいる。この話は、実は南部の「自発的対称性の破れ」というメカニズムを応用したもので、やはり物理学のアイデアが生きた仕事でもあった。

火星の気象災害 – 機械学習で砂嵐(ダストストーム)発生の仕組みにせまる

月とともに、大国間の宇宙開発競争が激しさを増す火星。先ごろ米大統領に就任したトランプ氏は、就任演説で有人火星探査への強い意欲を表明し、火星に星条旗を掲げることを「明白な天命(Manifest Destiny)」と宣言した。その火星での有人探査を妨げると危惧されているのが、特有のダイナミックな気象現象、巨大な砂嵐《ダストストーム》だ。いち早く機械学習を使ってその現象の解明と、発生予測の研究に挑戦してきたのが、理学部の小郷原一智准教授。先生にこれまでの研究の変遷と転機、そして今後の展望を聞いた。

小郷原 一智先生

~Profile~

京都産業大学理学部准教授
京都大学大学院理学研究科地球惑星専攻博士後期課程修了。博士(理学)。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)招聘研究員。滋賀県立大学工学部助教を経て2020年4月現職。専門は惑星気象学(特に火星)。
JAXA火星衛星探査計画 Martian Moons eXploration (MMX)メンバー。
岡山県立岡山城東高等学校出身。

シミュレーションによるダストストームの研究に汗をかいた大学院時代

高校時代から地学が好きで物理学者に憧れていた小郷原先生。専門は「惑星気象学」で、火星の研究を始めたのは学部4回生の頃。当時、火星は研究者が少なく、研究課題も多数残されていた。中でも砂嵐(ダストストーム)は、小さなものでも関東平野ほど、大きなものでは火星全体を覆うほどの規模で、そのメカニズムや発生時期の解明が大きな課題となっていた。

そのダイナミックさに惹かれて研究テーマに選んだ先生だったが、観測手段が限られる中、頼りとするのは理論や数値モデルを用いたシミュレーション。研究の精度をさらに高めるには、実際の観測データと照合し、つど計算モデルを修正する必要があった。

粘り強さと根気のいる研究だったが、修士課程では火星の南半球にある巨大な「Hellas 盆地」を発生源として全球に拡がるグローバル・ダストストームの研究や、博士後期課程では対象地域を広げ、ダストストームの発生しやすい地域の特定など、いくつもの成果を上げることができた。

ただ、実際の観測データが少ない中でのシミュレーションには限界があるのも確か。現在、地球の天気予報の精度が向上しているのは、広範囲に 60年以上蓄積してきた観測データのおかげ。これを火星に当てはめると、公転周期が地球の約2倍だから約 120 年もかかる! 加えて照合すべき観測の元
データも写真中心で、モデルに組み込むにはダストストームの発生メカニズムを推定しなければならなかった。

このように大学院時代の研究は順風満帆とはいかなかったが、これが次の職場での転機につながる。

転機はJAXA時代に。いち早く「機械学習」を取り入れた研究転換

博士課程を終えた小郷原先生は、ポスドク研究員として JAXA(宇宙航空研究開発機構)に勤務する。当初、大学院時代とは比べ物にならないような膨大な量のデータの存在はとても魅力的だった。しかし、すべて目視で行わなければならないことから作業は困難を極め、「一枚一枚処理するのは不可能に近い」とさえ思ったという。そこでもっと効率的にできないかと考えた時に目を付けたのが、当時まだ注目され始めたばかりの「機械学習」だった。ただ、そのためには自らのスキルアップも必要となる。

ここで小郷原先生は、思い切って職場を変える決断をする。工学系に転向し、滋賀県立大学に助教として着任、機械学習の技術を学生と一緒に学び始めたのだ。

そして9年後、観測画像からダストストームを自動検出する技術の開発に成功した。これにより観測データの効率的な分類と解析が可能となり、研究は飛躍的に進展した。特定の地域に限定はされているものの一貫した基準で季節ごとのダストストームの頻度や大きさを自動で計測できるようになったのだ。

火星研究の展望

「ダストストームは、以前は単一の現象だと漠然と考えられてきましたが、近年の観測でその発生メカニズムはそれぞれ全く異なることがわかってきました」と小郷原先生。そこから、水蒸気やダストの鉛直輸送量もダストストームごとに大きく異なるはずとの予想も成り立つ。現在は、火星周回衛星の観測画像からダストストームやダストデビル(塵旋風)※を自動検出して、形状・模様などの外見的特徴、季節や気圧との関連、それらの背後にある大気現象を特定する研究を進める。

惑星研究の全般的な意義については、「火星に限らず、他の惑星の気象を理解することは、地球の気象の深い理解にもつながる」と語ってくれた。
※ダストストームより小規模で、竜巻状に見える。

どんな授業?
理学部の1、2年生には、データサイエンスの基礎を教えています。
様々な種類のデータをコンピュータで分析するために必要な表現方法を学び、それを基礎に統計学や確率論に基づいて、データの扱い方や分析手法を理解し身に付けます。また、Pythonを使ったプログラミングを学び、既存のソフトウェアに頼るばかりでなく、与えられた問題に応じて自らプログラムを作成する力も養ってもらいます。理学部では4年次に、各自が研究テーマを設定し、卒業研究として発表してもらう「特別研究」があります。私の研究室の方針は、自分で面白いと思ったテーマがあればそれをサポートし、明確なものがない場合には具体的なアドバイスをするというものです。もちろんプログラミングの知識が必須なのは言うまでもありません。

どんな授業?

理学部の1、2年生には、データサイエンスの基礎を教えています。様々な種類のデータをコンピュータで分析するために必要な表現方法を学び、それを基礎に統計学や確率論に基づいて、データの扱い方や分析手法を理解し、身につけます。

また、Pythonを使ったプログラミングも学び、既存のソフトウェアに頼るだけでなく、与えられた問題に応じて自らプログラムを作成する力を養っています。

理学部では、4年次に各自が研究テーマを設定し、卒業研究として発表する「特別研究」があります。私の研究室では、自分で面白いと思ったテーマがあればサポートし、明確なものがない場合には具体的なアドバイスを行っています。もちろん、プログラミングの知識は必須です。

京都産業大学のHPがリニューアル。小郷原先生のご研究をはじめ、他学部・他学科の研究紹介もご覧いただけます。リンクはこちら。

アニメサイエンスが地球を救う――細胞農業の最前線を切り拓く

羽生 雄毅さんインテグリカルチャー株式会社 CEO 羽生 雄毅さん
~Profile~
1985年生まれ。栄光学園中学校から父親の転勤でパキスタンへ。インターナショ ナルスクールオブイスラマバードからオックスフォード大学へ。2006年同化学科卒、 2010年同博士課程修了。博士(化学)。東北大学多元物質科学研究所、東芝研 究開発センターシステムラボラトリ―勤務を経て独立。2015年インテグリカルチャー (株)創業、現在に至る。近著に『夢の細胞農業 培養肉を創る』(さくら舎)がある

インテグリカルチャー株式会社※1CEO 羽生 雄毅さんに聞く

※1 インテグリカルチャー株式会社は、シチズンサイエンスで細胞性食品の開発を進めるShojinmeat Projectを母体に、当初、それに必要な実験装置を入手するために登録したスタートアップ。ここから生まれた非営利のシンクタンク日本細胞農業協会(CAIC:Cellular Agriculture Institute of the Commons)が一般社団法人細胞農業研究機構(JACA)の発足に携わるなど、グループ全体で、日本の細胞性食品の開発、細胞農業発展を牽引する。

本気で人生を賭けるものとは?

 2017年、シンギュラリティ大学(Singularity University)のGSP(Global Solution Program)に日本から初めて選ばれた羽生雄毅さんは、主催者の「キミのMTPは?」の質問に、「アニメサイエンス」と答えて、笑いをとったという。
 MTPとはMassive Transformative Purposeの略。羽生さんは「人生をかけて何をするか」の意と心得る。
 アニメサイエンスは、ハリウッドのムービーフィジックス(映画『スタートレック』に出てくるような物理学)を意識した造語。SFアニメの描くサイエンスで、荒唐無稽かもしれないけれど楽しく、ハリウッド映画の描くものより明るいトーンであることを強調したかったと言う。
 シンギュラリティ大学は、シンギュラリティ概念※2の提唱者レイ・カーツワイル氏が、評論家のピーター・ディアマンディス氏とともに2008年に開設した私塾。様々な教育活動を行うが、その一つがGSP。今は休止しているが、世界の課題解決に突き抜けたアイデアをもって挑もうという若者を集めたコンテスト、GIC(Global Impact Challenge)を世界各地で開催し、各会場での最優秀者をシリコンバレーに招待して行う10週間の研修キャンプ。羽生さんはその日本人第一号。ソニー(株)がスポンサーとなり2017年に日本で初めて開催されたGICで6,000人の中から選ばれた。
 「現地には企業家、研究・技術者に加えて政策立案に係る若者もいた。最先端テクノロジーを、世界から選んだ異能の人に与えたら、どんな化学反応が起こるかを見るための実験だったのでは?」と羽生さん。「当時の仲間とは今でも頻繁にコンタクトを取っている。GSPが人生の転換点の一つであったことは間違いないと」振り返る。

※2 日本語では「技術的特異点」と訳される。超知能が生まれる科学史的瞬間。今の時点ではAI (人工知能)が「人間よりも賢い知能を生み出せるようになる時点」を指す。

羽生さんが認められたテーマが、「人工培養肉で世界の食糧危機を救う」

 人工培養肉とは、代替タンパク源の一種だが、動物食物由来のものと異なり、生きた動物の幹細胞(たとえば筋肉の)を、特殊な培養液に浸して増やし成長させたもので、2013年、オランダのマーストリヒト大学教授のマーク・ポスト博士が開いた試食会で注目が集まった。英語ではcell-based meat、国内では近年、培養魚肉や培養脂肪も含めて、一般的に「細胞性食品」と呼ばれる。

 動物を殺すことなく、本物と同じ成分の食肉を作る技術は、人口急増による食糧不足、とりわけ経済発展著しい途上国における食肉消費の増加、それによって懸念される《プロテインクライシス》を回避させてくれるものと期待が高まる。

 また、穀物や水の大量消費につながる牧畜の増加に歯止めをかけることで、CO2をはじめとする温暖化ガスの削減、さらに国内においては、近年、食糧安全保障の観点から懸念される食糧自給率の改善にも寄与するだろう。

 開発の成否は、培地や培養液、培養技術の他に、大量生産のためのプラント作りにかかると羽生さん。当初は200g3000万円、現在でも数百万円ともいわれる生産コストをどれだけ下げられるか。羽生さんたちが注目を集めるのは、現状でも3万円以下にまで下げることのできる独自の材料・技術と、それをベースに構築した基盤を公開することで細胞農業※3の新たなインフラという新しい産業のルール作りを目指している点だ。

※3 細胞農業(Cellular Agriculture)とは、本来は動物や植物から収穫される産物を特定の細胞を培養することにより生産する方法。細胞性食品はその製品の一つ。

大量生産のためのプラント作り

それは同人サークル活動から始まった

 羽生さんが細胞性食品の開発を思い立ったのは、2013年に参加した江東区主催の起業セミナー。そこで「何かSFっぽいことをしたいな」「たとえば人工的に肉が作れれば、将来、人類が火星に住むようになっても困らないだろう」と思ったという。そして2014年、都内の小さな溜まり場で仲間とともにShojinmeat Project(培養肉の研究開発プロジェクト)を始める。当初、培養に欠かせない血清があまりにも高額なことに悩まされたが、2016年に加わった川島一公さん(現インテグリカルチャー株式会社CTO)が、「共培養」※4という方法を使うことを提案して開発に弾みがついた。

 Shojinmeat Projectがユニークなのはものづくりのアイデアだけではない。手軽な価格で手に入りやすい材料を見つけ、高校生も自宅から実験に参加して、ニコニコ動画で発表するなど(オープンサイエンス)、企業や大学によらない、若者中心のシチズンサイエンスを展開してきた点。またカウンターカルチャー、反権威主義の下、集まった同人クリエーターによるサークル的な組織運営にある。

 一方で、海外の同業とは早くから連携、「細胞農業のある世界」の下地作りにも取り組んできた。

※4 複数の種類の細胞を同時に培養すること。

日本の細胞農業を牽引

 そんな活動が2017年から一変する。(株)リバネスのラボにて共培養のコンセプト実証に成功し、自宅で培養肉を作る高校生の姿がテレビで全国放送されると、東京女子医科大学清水達也教授よりTWIns(東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究センター)に招かれてラボを開設。2018年から2019年にかけて、清水達也教授らとの共同研究による微細藻類から作った培養液による閉鎖系空間での食肉生産が、JAXAの宇宙探査イノベーションハブが実施する研究提案プログラム(TansaXチャレンジ研究)に、「3次元組織工学による次世代食肉生産技術の創出」が、JSTの「未来社会創造事業」(現在の内閣府の「ムーンショット」目標5につながる)に採択され、産官学による展開へと発展する。 

 2016年には細胞性食品を自動生成する画期的なCulNet Systemを開発、特許も取得。直近では、Shojinmeat Projectよりスピンオフしたスタートアップであるインテグリカルチャー(株)が、細胞性食品に欠かせない培養液や細胞培養装置のインフラ提供を世界に先駆けて始めるのに協力し、JACA(一般社団法人細胞農業研究機構)による細胞農業という新たな産業の基盤やルール作りをサポートする※5。細胞性食品量産に向けて、残る課題とは何なのか。

 「培養肉そのものを作ることは、今日、技術的にはそれほど難しくはない。実際、Shojinmeat Projectの公開する動画『DIY細胞培養』を見れば高校生でも作れる。難しいのは、それを大規模かつシステマチックに、コンスタントに製造するための原料や装置の開発、そしてそのための投資だ」と羽生さん。

 もちろん成果は、すでに形になり始めている。一つが、細胞性食品の量産技術を進める中で派生した技術の医薬品や化粧品への応用。化粧品ではすでに商品化もされている。細胞培養技術を使った化粧品は、「美容成分をいくらでも生成できるから、これまでのものにない様々な特徴を持つ」と羽生さん。

 そして今春、羽生さんたちは、2025年の大阪万博で、国産初の細胞性食品として、「細胞性フォアグラ」を試食できるようにすると発表した。先行するシンガポール、アメリカに続き、細胞農業という夢の技術の商業化の一里塚となるか、注目される。

※5 設立時の事務局は、Shojinmeat Projectから細胞農業に特化した非営利のシンクタンクとして切り離されたCAIC(Cellular Agriculture Institute of the Commons)が担った。

CulNet System
細胞培養技術を使った化粧品
細胞性フォアグラ

羽生さんの原点 SF、アニメ、ゲーム

 羽生さんに、今話題の生成AIについて聞いてみた。返ってきた答は「大歓迎」「自分が神になれるから」?その心は「生成AIとVRチャットを組み合わせれば、作りたいものが何でも作れるから」だと。

 羽生さんの原点は、小さい時から慣れ親しんだマンガやアニメ、ゲーム、そしてその中心にあるSFだ。培養肉はSFの定番だったから、レゴや積み木を使ってSF世界を想像して遊んでいるうちに、いつの間にか知っていた。

 古さや伝統が格上とされる場面が多いが、SFこそ「崇高」なもの、と羽生さん。そこには人類の夢が、人類にとって必要なもの、人類の望む未来、そして未来への警告も描かれているからだと。だからあえてアニメサイエンスと呼ぶのだとも。

 SFに惹かれ熱中したのがゲーム。中学生になると『シムシティ3000』(街を作るシミュレーションゲーム)などでSF的な建物を設計して未来都市を作り、画像編集で物語(ほとんどSF小説)を書いて掲示板に連投したという。ニコニコ動画で初音ミクの動画を作る際も設定はSF。まさにオタクそのもの。ちなみにそれらの作品の中には、すでに培養肉も、後に社名となるインテグリカルチャーの名前も登場する。

 もっとも、「自分が没入してきた世界はSF小説の世界とは違う」「ゲームも対戦型ではなく、どちらかというと《箱庭作り》に近い」と羽生さん。空想や想像するだけでなく、それらを形にする、表現することに興味があるのだと。培養肉もまさにその一つだ。

羽生さんが本当に知りたいこと 心がけること

 いま一番興味があるのは、OS(基本ソフト)の異なるシステム、生物で言えば本能の違う生物。それらがどんな世界を見、どんな意識を持っているのか。

 地球外知的生命にも、きっとSFはあるはず。彼らの見る夢とは一体どんなものなのか。

 身近なハチやアリになりきってみよう。個体が生存するために「タダ働きはしたくない」という本能を身につけたわれわれは、お金という概念を生んだが、ハチやアリのような知的生命体なら、お金という概念の存在しない文明を作っているかもしれない。それは果たしてどんな世界なのか。いじめやハラスメントはあるのか。組織はどんな考えに基づいて作られているのか。

 羽生さんはさらに続ける。物理法則さえも異なる世界だってあるはず。それらを知るには、今、自分を自分にしているあらゆる前提を外してみることが必要だと。

高校生へのメッセージ

 日本では今、突き抜けたアイデアを持って、これまでの技術にブレークスルーを起こすようなイノベーターの出現が待ち望まれているが、ここでも求められるのは「全ての前提を外してみること」だと羽生さん。

 「人はみな想像力を持っている。だから本来は何でもできるはずなのに、様々な前提が邪魔してそれを阻んでいるのではないか。

 一つには、周りの目を気にしすぎることがある。また大人たちの期待、アドバイスが原因のこともあるだろう。特にライフハック(仕事の質や効率、生産性を高めるための手段や技術)とエシックス(倫理)とを混同して『こうすべき』『こうあるべき』と繰り返される言葉には注意が必要だ。大人自身も気づいていないことが多いが、例えば「いい大学へ入るべき…」という言葉を考えてみよう。「わが子には幸せになってほしい」と願うのは当然だが、そのためのアドバイスとして、それがどんな子どもにも当てはまるのか。それが子どもの将来の可能性を、将来の道(選択肢)を狭める要因の一つになってはいないのか。この際、子どもたち自身も、『それは倫理なのか、ライフハックなのか』、『そのライフハックは間違っていないか』と問い直すことが必要だ」と。

 「もちろんこう言う自分も、博士課程を出るまではその区別がついていなかった」と羽生さん。「目が覚めたのはその後独立してから。GSPに参加したことも大きかった」と。

 また「本来の目的が忘れられ、形式だけの残る《常識》や《良識》にとらわれすぎることにも注意が必要だ」と羽生さんは続ける。確立された当時の背景や目的が置き去りにされ、ルールだけが残り、しかも目的化されていることが少なくないからだと。「これはチンパンジーの社会にもあると聞くが、それを前提にしては何も進まないに決まっている。SDGsも大事だが、単なる標語に踊らされるのでなく、17の項目の裏にある綿密な計算式にも目を向けてほしい」と前提をうのみにしないようにとアドバイスをくれた。

 「今後ますます重要になってくるのは、違うOS、それに依拠したシステムを持つ他者について、思いを巡らせることだ」と最後に羽生さん。「世の中のルールや仕組みの多くは人間の本能に依拠しているようなところがある。しかしニューロダイバーシティ※6を超えて、人間だけでなく、生物全てが限りなく地続きになる世界に目を向けた時には、そうした価値観、依拠すべき前提は崩れ去る。細胞性食品開発の目的の一つとする人も多いが、牛や豚にも感情や意識があるのだから苦しめてはいけないと考えるのもその一つ」。「極めつけはAI 」と羽生さん。「われわれは今後、自分たちとは全く異なる本能(基本ソフト)をもつものと、否応なく向き合い、ともに生きていかなければならないからだ」と未来を引き寄せる。

※6 Neurodiversity:神経多様性。Neuro( 脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方であり、特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念(以下略…)」

【2022年4月8日、経産省:「ニューロダイバーシティの推進について」より】

「フュージョンエネルギー」に注目 「ENGINEERING(工学)」をFUSION(融合)」し、エネルギーの未来を切り拓く 

武田 秀太郎さん武田 秀太郎さん
九州大学都市研究センター・准教授
京都フュージョニアリング株式会社・共同創業者
文部科学省 核融合科学技術委員会
原型炉開発総合戦略TF 主査代理

~Profile~
2014年京都大学工学部物理工学科卒業。2016年京都大学大学院総合生存学館、修士課程相当修了。2018年京都大学大学院エネルギー科学研究科早期修了、博士(エネルギー科学)取得。2019年ハーバード大学大学院修士課程修了(サステナビリティ学)。2018年京都大学大学院総合生存学館特任助教、2020年国際原子力機関(IAEA)プロジェクト准担当官、2022年京都大学大学院総合生存学館特定准教授を経て、現職。2019年10月には京都フュージョニアリング株式会社を共同創業。 International Young Energy Professional of the Year 賞、英国物理学会IOP若手国際キャリア賞、IAEA事務局長特別功労賞ほか、多数受賞。日本国籍で唯一のマルタ騎士団騎士。FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』コメンテーター。東海高等学校出身。

エネルギー工学と計量サステナビリティ学(Sustainametrics)を研究する傍ら、「フュージョンエネルギー」スタートアップである京都フュージョニアリング株式会社を共同創業した武田秀太郎さん。 研究力と実務実績から数々の国際賞を受賞するとともに、国際支援活動が評価され、現在日本国籍でただ一人のマルタ騎士団のナイトでもあります。 FBS福岡放送『バリはやッ!ZIP!』にてコメンテーターもこなす武田さんに、大学発スタートアップの可能性、国際活動についてお聞きし、未来のアントレプレナー、国際協力の場で活躍することを目指す高校生・大学生に向けたメッセージをいただきました。


提供:京都フュージョニアリング株式会社
提供:ITER機構
提供:核融合科学研究所

世界中の「ENGINEERING(工学)」を「FUSION(融合)」し、未来を切り拓く、京都フュージョニアリング株式会社

みなさんは、「フュージョンエネルギー」という言葉を聞いたことがありますか?フュージョンエネルギーは、「核融合」とも呼ばれていたエネルギーで、太陽を始めとする宇宙全ての星を光らせているエネルギーです。太陽は水素でできていて、この水素同士が融合(フュージョン)してヘリウムに変化することで、膨大なエネルギーを生み出しているのです。

 もし、地上に太陽を作ることができれば、地球環境に優しい未来の持続可能なエネルギー源になるとして、今大きな期待が寄せられています※。これが、「フュージョンエネルギー」です。フュージョンエネルギーは海水中に豊富に含まれる水素原子から大きなエネルギーが得られ、事故のリスクが低く、石油や石炭のように地域、産地、また埋蔵量に偏りがありません。まさに究極のクリーンエネルギーなのです。

 実際に、現在世界では多数のスタートアップや研究機関によって、物理学やプラズマ科学を駆使したフュージョン炉の開発競争が巨額の費用をかけて行われています。そんな中で私たちは、それらのプレーヤーにとって必要不可欠な「プラント技術の研究開発」と「炉心特殊機器の研究開発」の二つに事業領域を絞り、強みとする新たなスタートアップ「京都フュージョニアリング株式会社」を2019年に立ち上げました。

 「FUSION(融合)」と「ENGINEERING(工学)」を掛け合わせた造語による社名には、世界中の工学者とフュージョニア(フュージョン研究者)を融合させ、エネルギーの未来を切り拓きたいという想いが込められています。現在従業員は70名を超え、東京、京都、そして米国や英国で密に連携をとりながら研究開発を展開しています。

 私たちは、世界中の研究機関や民間企業を対象に、先進ハードウェア群の開発や設計支援など、各種炉心要素技術の開発に初期段階から参入し、数十年に亘って継続的に、主要設備を製造、納入するという息の長いビジネスを展開しています。実際これまでに英国原子力公社など多くの顧客から発電プラントの概念設計や、ジャイロトロンという特殊装置の受注などを獲得しています。

※ITER国内指定機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構HP参照

同HPによれば、「ITER(イーター)」は、平和目的のための核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証するために、人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトで、「ITER」はラテン語で道という意味を持ち、核融合実用化への道・地球のための国際協力への道という願いが込められているという。

フュージョンエネルギーはあと何年で実現するか?

 これについてはこれまで、「いつまでたっても30年先」などと言われてきました。しかしここ数年の間に、情勢は変わりつつあります。欧米の政府機関関係者の多くが、2035-2040年に実現すると宣言するようになったのです。実際に英国ではフュージョン発電所を設置する候補地の選定が終了しましたし、米国ではホワイトハウスがフュージョンエネルギーサミットを開催し、2040年までに実現すると宣言しています。このようにフュージョンエネルギーの実現が現実味を帯びてきた背景には、民間投資の伸びが挙げられます。米国では2021年、民間企業によるフュージョンエネルギーへの投資額が米国エネルギー省のそれを抜き去り、研究開発が国家主導から民間主導に変わりつつあります。2010年代に見られたSpaceXによる有人宇宙飛行の推進がそうですが、民間主導になるとスピード感が出て、柔軟性も高い。ビル・ゲイツ財団やグーグルが出資する米国マサチューセッツ工科大学(MIT)発のスタートアップCommonwealth Fusion System(CFS)社も、2025年までには実験炉を用いて発電の商業化への道筋をつけ、2030年代初頭の商業用の完成を目指しています。

きっかけはエレベーターの中に?

 このような状況の中で、その中核を担える位置にいることに大きなワクワク感を覚えている私たちですが、会社設立のきっかけは、4人目の共同創業者であり現在Chief Innovatorを務めるRichard Pearsonさんとの出会いでした。元々、私と当時の指導教員で設立構想を練り始めたのが2018年でしたが、同年の国際会議でのRichard Pearsonさんとの出会いがそれを加速したのです。

 Richard Pearsonさんは、当時既にスタートアップに勤務していたこともあって、私は会議後に彼の会社を訪問させてもらいました。そしてそこで比較的小規模の施設で行われていた最先端の研究開発を目の当たりにして、「自分たちにもできる!」と大きな可能性を感じたのです。成功する確率が1/100しかなければ挑戦すらしないのが一般的かもしれませんが、子どもの頃から好奇心旺盛だった私の性格と、もう一人の創業者の情熱が相まって、社名も会議後の懇親会で決めるといった具合に急ピッチで創業を進めました。

 ところでRichardとの出会いには前段があります。アメリカの滞在先ホテルのエレベーターでたまたま乗り合わせ、何となく会話をはずませていたところ、実は同じ学会に参加していたことが偶然にも分かったのです。振り返れば、まさにそれが人生の転機でした。

大学発スタートアップ企業には可能性がいっぱい

 現在、日本には大学発のスタートアップ企業が約3300社あると言われています。日本全体で大学教授が6 ~7万人いるとすると、単純計算で20人に一人が会社を持っている時代です。しかも驚くことに、3300社のうち64社が上場を果たしています。大雑把に言えば、大学発スタートアップは50分の1の確率で社会に大変革を起こせるわけです。

 こう考えると、確率はとても高い。それなら、興味のある学生さん、若手教員を始め大学関係者のみなさんも挑戦する価値があるのではないでしょうか。

 日本経済が成長軌道を取り戻すためには、勢いのあるスタートアップの出現が欠かせないとの認識から、日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出しました。近年は社会も、スタートアップ企業の失敗に寛容になってきており、一度ダメなら二度目、二度ダメなら三度目といった具合に何度も挑戦権が得られるような風潮も生まれつつあります。

 スタートアップ企業と中小企業とでは、資金調達の使途や方法に大きな違いがあります。スタートアップは、市場を新たに創出するような破壊的イノベーションを生むのが目的で、投資家から資金を得て、大きくスケールアップすることを目指しています。よく学生さんで誤解をされておられる方がいるのですが、スタートアップは主に借金ではなく、同じ志を共有してくれる仲間から資金を得ています。「借金が残るのが怖いのでスタートアップ起業は考えていません」と言われる学生さんにたまに会いますが、まずはその心配が不要であることをお伝えしたいです。

 スタートアップ企業の中でも、特に大学発の魅力は、学術の探求という情熱と社会への貢献というミッションを両立できるという点だと思います。スタートアップの仕事には、大学では感じることのない刺激があります。大学にとって、研究に100%の力を注ぐ純粋な学者はなくてはならない存在ですが、今後は、起業スピリットを持った冒険心あふれる教員など多様な研究者が混ざりあうことも必要ではないかと考えています。

もう一つの大きな夢、計量サステナビリティ学の確立

 当面の目標は、世界的な研究者として認められることですが、そのための起点の一つが、日本にしっかりしたサステナビリティ学※を確立させること。というのもこれまでのサステナビリティ学は、文理融合によるアプローチが基本とは言え、数理的手法による仮説検証などはあまり行われておらず、純粋学術にも、人材育成、産学連携にも振り切れていない理念先行の分野にみえるためです。しかしサステナビリティ学とはそもそも社会変革の学ですから、定量性を持って、社会に確としたインパクトを与えることが必要だと考えています。

 そこで今取り組んでいるのが、データサイエンスの知見も入れながら持続可能なエネルギー源の社会経済分析や技術評価を行うといったように、サステナビリティ学に実証的内容を持たせる試みです。サーキュラーエコノミーからESG、LCAまで、データサイエンス的な観点から計量的に分析し統合し指標化していく。経済学が計量経済学に発展していったように、サステナビリティ学を計量サステナビリティ学にしていきたいのです。

 目下、研究会を主催していて、すでに論文も15本集まり、4月には、計量サステナビリティ学の学術会議を一般社団法人化することにも目途がついています。今後が楽しみです。

※東京大学第28代総長小宮山宏の提唱によるとされる。『地球温暖化問題に答える』(東京大学出版会)、『地球持続の技術』(岩波新書)などに詳しい。本誌65,75に関連記事

高校生・大学生へのメッセージ

とにかく知的好奇心を大切にして自由にいろいろなことに取り組んでください。周りから言われたことを過度に気にしないことも大事です。幼いころからの旺盛な知的好奇心や行動力が、今の自分を形成してくれたと思います。

聖ヨハネ騎士勲章ナイト・オブ・マジストラル・グレース( 聖ヨハネ騎士勲章)を

受賞、日本で唯一の存命するマルタ騎士に

 2022年に私は、青年海外協力隊、国連職員、そして大学教員として、バングラデシュ、香港、東南アジアにおいて国際支援活動を継続してきたことが認められ、マルタ騎士団によってナイトに叙任されるとともに、聖ヨハネ騎士勲章を受勲しました。日本国籍の騎士叙任は約90年ぶりで、現在、日本国籍の唯一のナイトとなりました。

 マルタ騎士団はカトリックの騎士団として11世紀に設立されました。騎士団でありながら国際法上の主権を有し、パスポートを発行し、120カ国と外交関係を結ぶとともに、国連にオブザーバーの地位を有する「領土なき独立国」です。現在世界に13,500人の騎士、95,000人の常勤ボランティア、52,000人の医療専門職員を擁しており、医療活動、戦争や飢餓に苦しむ人々の緊急支援、自然災害への救援など、国際人道支援を120カ国で展開しています。欧米では中学や高校の歴史の教科書などに掲載されているなど、世界史的にも国際的にも非常に注目を集めていますが、日本での知名度は低く、その向上にも貢献していくつもりです。

社会の役に立ちたい!悶々とした高校・大学生活で見えてきた将来像。

高校、大学で抱いた問題意識から、3.11を契機に自衛隊へ。

大学へ戻ってからも科学技術と社会の繋がりをとことん考える

好奇心旺盛な性格で、社会活動に興味を持ちだしたのは高校生の時。学校での勉強に満足できず、社会運動に参加したり、政治家と直接、意見交換したりしました。生意気にも「社会とはなんと非合理なのだろうか」と考え、教育改革など社会運動にのめり込んでいったのです。好奇心旺盛な若者を、放任主義とも取れるほど自由に活動をさせてくれた高校と両親にはおおいに感謝しています。あの頃の体験があるからこそ、今のバランスの取れた社会に対する視点があると思います。

 高校卒業後は京都大学工学部工学物理工学科に進学。3回生まで自由に学業に励んでいましたが、やはり国の税金で学ばせてもらいながら社会に貢献できていない自分に違和感を覚えるようになりました。そんな折に起きたのが東日本大震災。思うところがあった私は新学期になる前に大学に休学届を提出、二年間自衛隊に入隊しました。少々やりすぎだったかもしれませんが、大学に戻ってからは、科学技術と社会の繋がりをとことん考えるようになりました。

 大学院ではエネルギー工学に加え、持続可能エネルギー政策やその経済性の分析、さらに技術の受容性を研究、修了後は、国連や京都大学での職を経て、現在に至っています。

「地球持続の技術」(岩波新書)
 環境問題の解決と、次の世紀へ向けていかに持続可能な社会を作っていくかが、21 世紀人類にとっての最大の課題。「20 世紀の後半には地球環境の悪化に対する警告がなされました。21 世紀にはそれに対して具体的な答えを出さなければならない。そしてそれはエンジニアとしての使命でもある」(小宮山先生)ことから、本書は書かれた。主に物質とエネルギーの側面から、温暖化や化石エネルギーの枯渇といった問題へのアプローチを試みる。さらに後半では、2050 年を目標に自動車のガソリン使用量を1/4に、エアコンの電力消費量を1/3 になど、すべてのサービスに使用されるエネルギーは1/3 にできるはずという具体的なプランが展開されている。執筆当時からおよそ10 年たった今、小宮山先生は自らの主張について、「ますます確信を深めています。ただ、エアコの効率はすでに当時の2倍になっていて、これだけはうれしい誤算。もっと大胆に言っておけばよかった」と顔をほころばせる。【本紙65号:2006年9月9日発行、東京大学 小宮山 宏 総長インタビューより】