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戦争と法

文:大学ジャーナル編集部

命と暮らしは守られるのか

初出: 大学ジャーナル Vol.163(2025 年 9 月)

防空法という法律をご存知だろうか。1937年、戦時または事変の際に空からの攻撃を受けた場合によって生じる被害を軽減するために作られた日本の法律である。この法律によって、実際どのようなことが行われていたか。たとえば防空空地の設置、建物疎開というのがある。人の密集する都市部に住んでいたら、ある日突然ここは防空空地にするから立ち退け、と有無を言わさず追い出され、その辺りの家と共に自分の家が壊された。また、空襲で焼夷弾が落とされる最中でも、退去禁止と応急消化義務によって、その場に留まって消火に努めなければならなかった。つまり、誰に向けての法律かというと、軍以外のもの、すなわち民間に命じるものだ。そして、この法律によって守られるのは、人の命でもなく、私有財産でもなく、暮らしでもなく、「国家」である。 こんな法律は戦前にできたものだからであって、いまの時代、このような法律はない。もしも何か起こった時、つまり、戦争や有事の際には、国家は国民を守ってくれるはずであり、そのための法律は整備されている――と、漠然と思っているかもしれない。そもそも、日本は憲法に定められた通り、戦争などしないし、どこかの国が攻めてきたら日本を守る自衛隊があるではないか。 そうなのだろうか。いまもし、日本で戦争が起きたら、私たちの命と暮らしは、どのようになるのだろうか。それを、法制度に基づいて考えてみようとして書かれたのが本書である。

現在、戦争において国民の生命・身体・財産を守るための法制度として、2003年成立の「事態対処法」(正式には「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」)と、それを具体化した「国民保護法」(=「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」)がある。もしもの事態には、戦争の他に、大災害があり、こちらにも法律がある。   本書ではまず、戦争法制と災害法制の類似点と相違点が比較される。どちらも国民を守ることが目的ではあるが、復旧、復興に関しては、戦争被害は国民全部が耐え忍ぶもので、個人の復興に関わる保護制度がないことが大きな違いだろう。 その上で、日本や外国における過去の事例、世界においては現在時で進行している事例、原発事故の時の事例など実際に起こったことを具体的に参照しながら、もしも現在日本に戦争が起こった時にどうなるのか、ということが述べられる。戦争についての法とはなにか、どのように運用されるのか、を軸にして、現在の法が検討される。 わかっているようでも、本書を読むと知らないことがほとんどで、自分の身や生活がどうなるかを具体的に想像したら、ぞっとするのではないか。 いま、とりわけ東アジアの情勢を引き合いに日本を守るためと憲法改正を主張し、軍事力増強を目指す声も聞こえるようになった。だが、かれらが大きな声で守るべき日本という時、日本の国益という時、それは国家のものであっても国民の益ではないのだ。そして、一旦戦争が起こったら、勝っても負けても、国民には大きな被害が出る。 わたしたちの命と暮らしを守るために外交も軍事も防衛も情報も駆使されるべきだ、という願いを込めて、本書は書かれた。そうだ。憲法を改正するにしろ、新しく法を作るにしろ、まず、現行法がどのようなものであるか、改正案や立法案が具体的にどんなものか、法とは何か、ということを知らなければ始まらない。わたしたち一人ひとりが政治主体であることを強く意識して、考えていこう。

キャプション

  • 永井 幸寿岩波新書、2025年

プロフィール

雑賀恵子の雑賀 恵子文筆家。京都薬科大学を経て、京都大学文学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。大阪教育大学附属高等学校天王寺学舎出身。著書に『空腹について』(青土社)、『エコ・ロゴス 存在と食について』(人文書院)、『快楽の効用』(ちくま新書)がある。本誌では、2008年11月発行の79号から、ほぼ毎号、書評を寄稿。

大学ジャーナル Vol.163 掲載

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