大学ジャーナル UNIVERSITY JOURNAL

初出: 大学ジャーナル Vol.141(2021 年 2 月)

あなたの眼は大丈夫?

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、小学校から大学まで、オンライン授業が急速に普及しましたが、日常的なスマホ利用も広がる中、タブレットやディスプレイによる学習と視力との関係についても考える必要があります。ICT教育と視力について、長年「近見視力」の調査、研究を行ってこられた桃山学院大学名誉教授の高橋ひとみ先生に寄稿していただきました。

高橋 ひとみ先生高橋 ひとみ先生
桃山学院大学名誉教授

プロフィール
高知大学教育学部卒。2007年度東京大学大学院教育学研究科衞藤隆研究室私学研究員。2012年度金沢大学医薬保健研究域医学系藤原勝夫研究室私学研究員。専門は健康教育学分野で、長年近見視力をテーマにした研究に取り組む。愛媛県立新居浜東高等学校出身。

眼からの情報は80%

マルチメディア社会と言われる今日、眼からの情報は80%以上といわれています。そんな中、政府は「GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール実現推進本部」を設置し、「子供たち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境の実現に向けて~令和時代のスタンダードとしての1人1台端末環境」と題した文部科学大臣メッセージを発出(2019年12月19日)し、2023年度中の実現を目指していましたが、おりからの新型コロナウイルスの感染拡大を受け、初等・中等教育の現場では、2020年度中にすべての児童生徒に情報端末を配備すべく準備を進めています。

教育現場でもタブレット端末を使った授業が行われるようになると、眼からの情報量は増加します。学童期から情報化社会を生き抜くための情報収集能力を身につけるという利点があるものの、視覚情報を能率良く入手するためには良好な視力が、これまで以上に必要です。

オンライン授業で必要な視力

オンライン授業が行われるようになると、授業形態は「黒板中心」から「タブレット中心」へと変化します。「遠くを見るとき」と「近くを見るとき」の眼の仕組みは異なります。これまで、学校教育を円滑に進めるには「黒板の文字を判読できる」視力が必要として、遠見視力検査が行なわれてきました。しかしタブレット端末を使った授業では「タブレット画面の文字を判読する」近見視力が必要です。遠見視力検査が行われるようになってから約140年が経過しており、その意義と有効性は一応確立していますが、「近くを見る作業」のための視力を評価する方法としては十分ではありません。近見視力不良者の視覚情報入手の効率が懸念されます。

「遠くを見る視力」と「近くを見る視力」

一般的に、「遠くが見えれば近くも見える」と思わ れていますが、「遠くを見る」ときと「近くを見る」ときの眼の仕組みは異なります。したがって、「遠くが見えるが近くが見えにくい」人がいます。遠くを見るときは、眼に光が平行に入ってくるので、網膜上に焦点を合わせるために、毛様体筋は緩んで水晶体を薄くします。一方、近くを見るときは、眼に光が広がって入ってくるので、毛様体筋は緊張して水晶体を分厚くします。これを眼の調節作用といいます【下図参照】。

意外に多い近見視力不良者

私たちは、「視力に問題を持つ」子どもの学習機会を保証するために、教育現場で様々な調査を実施してきました。その結果、近見視力不良者は約20%いることが分かりました。「遠見視力も近見視力も不良者」は約12%、「近見視力のみ不良者」は約8%でした。また、近見視力不良者は近業(近くを見る作業)時の学習能率が低いこと、弱度遠視の子どもが多数存在していることなどが明らかになりました。さらに、調節機能不良のため視力が不安定で、「見えたり」「見えなかったり」する子どもの存在も確認されました。調節機能が低下すると、焦点を合わせることが困難になり、視力低下を招きます。

オンライン授業を進めるうえで、なんらかの対策が必要な子どもの存在が明らかになったのです。

近見視力不良者の負担

近見視力不良者は、遠見視力不良者や健常視力者に比べて、「近くを見る作業」時には「より大きな調節力」が必要になります。「近くが見えにくい」ので、ピントを合わせようと毛様体筋が異常に緊張するからです。毛様体筋の異常緊張が続くと眼が疲れ、近くを見る作業の能率が低下します。

さらに、近見視力不良者の近業時の負担(疲労や作業能率)を明らかにするために行なった脳波の実験(「近見視力不良者の近業時の注意量の定量化」)では、近見視力が強くかかわる作業においては、判別の難易度によって注意の配分量が異なり、作業能率に影響を及ぼすことが示唆されました。すなわち、眼前の「見えにくい文字」を判読するときには、注意力を高めて情報の有用性を判断し情報処理を行っていることが推測されました。

「近くが見えにくい」だけなのに!

遠見視力不良者は、学校の遠見視力検査で発見されます。眼科医院を受診し、精密検査を受けると遠見視力不良の原因が判明するので、原因に合った治療が行なわれます。その結果、「遠くがハッキリ見える」ようになります。しかし多くの学校では近見視力検査は行われていません。「視力の問題」なのに「能力がない・努力が足りない・根気が続かない」等と誤解され、生涯学習社会に適応できない近見視力不良者の存在が懸念されます。

今後、ICT教育の推進により、近見視力不良者の負担が増加することは必至です。遠見視力不良者ともども、「視覚情報を得る上での負担」がないよう教育環境を準備する必要があります。

以上を踏まえ、以下に、各自でできる対策、また注意すべき点などを記しました、ご参考に。

スマホ老眼?

PCやスマートフォンなどの操作では、「近くに焦点を合わせる」ために毛様体筋が緊張します。この「時間」が長かったり、「頻度」が多かったり、「機器との距離」が近かったりすると、毛様体筋は異常緊張し疲労困憊します。その結果、調節力が低下し調節不良症になり、網膜上にピントを合わせることが困難になります。すなわち、老視(老眼)のように「近くが見づらく」なります。一般的に言われるスマホ老眼です。最近、幼児がタブレット端末に興じている姿をよく目にします。その操作技術には目を見張りますが、眼への影響を考えると望ましくありません。平面な画面にもかかわらず、物を立体的に見せるモニター画面を幼児期に頻繁に見ていると、眼球運動機能や両眼視機能が低下し、立体視機能が衰え、遠近感がなくなります。

あなたの眼は大丈夫?

VDT※作業に従事する人に義務づけられているVDT健診の項目には、遠見視力検査と近見視力検査があります。視覚情報を能率良く入手するためには良好な遠見視力と近見視力が必要だからです。自分の遠見視力は知っていても、近見視力を知らない人は多いのではないでしょうか。情報化が進展した生涯学習社会を生き抜くために、近見視力を確認してほしいと思います。

※Visual Display Terminals パソコンなどのモニター画面のこと

IT機器(情報端末)の利用環境

◉部屋

オンライン作業の部屋は自然光を取り込みながらも、直射日光が当たらない配慮をします。部屋の明るさ、机上の明るさの基準は200ルクスです。机が窓から離れている場合は人工照明で補います。この時、光源が直接眼に入らないように、また、ディスプレイに反射しないように設置します。ドライアイを予防するために、IT機器は冷暖房の送風口付近から離れた場所で使いましょう。部屋の冷暖房にも注意が必要です。ヒトが最も快適な温度は18度前後、快適な湿度は50%前後と考えられています。眼に優しい環境です。

◉姿勢

IT機器や机・イスなどの位置や高さを調整して、適切な姿勢でオンライン作業を行ないましょう。適切な姿勢とは、背筋を伸ばし、イスに深く腰を下ろし、床に足裏がついた状態です。人にとって最も楽な姿勢であり、眼の負担が最も少ない姿勢です。眼とディスプレイとの距離は50cmくらい、キーボードや本・ノートとは30cmくらい離します。ドライアイ予防のために、ディスプレイは下向きの角度で見るように設置します。

◉時間

IT機器は「長時間、継続して使用しない」ことです。長時間の使用は目の調節機能を低下させ、視力不良を招きます。加えて、PCやスマートフォンなどのディスプレイから発せられるブルーライトは瞳孔反応を誘発し、眼精疲労を招きます。さらに、ブルーライトを長時間浴びたり、夜間に浴びたりすると、体内時計が狂い睡眠障害を起こすという報告もあります。途中に休憩を入れ、「遠く」と「近く」を交互に見ると、毛様体筋のストレッチになり、その緊張をほぐしてくれます。

◉その他

「栄養」「運動」「休養」に留意した生活を送りましょう。栄養面では、偏食をしないで、ドライアイや眼精疲労を予防するため に、ビタミン類やカルシウム、ミネラルを含んだ食品の摂取を心がけましょう。無理なダイエットや肥満もドライアイや眼精疲労を招きます。また、屋外での身体活動は、体力を向上させるだけでなく、3Dに眼を動かすので眼球運動や両眼視機能を高めます。さらに、体力向上により血液の循環が良くなり眼の機能も高まります。しかも適度な運動は深い睡眠を誘い、十分な休養にもなり、目の疲れもとってくれます。

大学ジャーナル Vol.141 掲載

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